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■夏の日の想い出・ダブル(4)
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あと10分ちょっとで開演という時、政子が「あっ」と声を挙げて会場内に向かって走り出す。風花が慌ててその後を追う。政子は男の子をひとり捕まえて戻って来た。政子がその子を捕まえ、風花が政子を捕まえている図である。
「西湖ちゃん!」
と私は声を挙げた。
「おはようございます。天月西湖(あまぎ・せいこ)と申します」
と言って彼はきちんと挨拶する。
「この子は『ときめき病院物語』でアクアのボディダブルを務めているんですよ。体付きが似てるから、アクアが佐斗志君を演じている時は友利恵ちゃんの衣装を着てそばに座り、アクアが友利恵ちゃんを演じている時は佐斗志君の衣装を着てそばに座って身体だけ撮されている」
と私は説明する。
「なるほどー。確かに似たような体型かも」
「年はアクアよりひとつ下の中学1年生」
「へー」
「『ときめき病院物語』は9月で終わっちゃうけど、10月からのやはりアクアが出演する『ねらわれた学園』では、アクアの同級生役で出るんですよ」
と私。
「はい。今回はセリフのある役を頂きました。実際にはたいていは映像に映るだけで、セリフは2〜3回に1言くらいなのですが」
と西湖。
「いや、それだけでもセリフのある役は大きいよ」
と小風が言う。
「芸名は付いたの?」
「まだなんです。8月中には決めてくださるそうです」
「でも芸名が無いと番組のクレジットに表示するのに困らない?」
「いや、クレジットまではしてもらえないので」
と言って西湖は頭を掻いている。
「まあ少しずつ売り込んでいけばいいね」
と和泉。
「でも、せいこちゃんって可愛い名前だし、そのまま芸名でもいいかもね」
と小風は言う。
「いや、可愛すぎて本人としては困っているんですが」
と西湖本人。
「でも、せいこちゃん、声が凄く低い。声だけ聞いたら男の子かと思っちゃう」
と美空が言う。
「え、えっと・・・」
と言って西湖が困っているので、私がコメントする。
「男の子かと思っちゃうって、男の子だから」
「え〜〜〜!?」
「女の子かと思った!」
と和泉も小風も美空も言うので、本人は真っ赤になっている。
「やはり女の子になりたい男の子?」
「別になりたくないですー。ドラマの撮影ではたくさん女の子の衣装着ましたけど」
西湖は今、サマーロックフェスティバルのロゴが入った濃紺のTシャツに7分丈のジーンズを穿いている。髪も芸能活動の都合で(学校の許可を得て)長めにしているので、男女どちらにも見えることは見える。
「でも、せいこって名前は?」
「西の湖と書いて《せいこ》なんです」
「格好いいかも!」
「両親は音で聞いたら女の子の名前と誤認されるとは思いも寄らなかったらしい」
と私。
「音で聞くと女の子の名前に聞こえるというのではアクアの本名の龍虎もそうだけどね」
「ところでアクアの同級生役って、同級生男子の役?同級生女子の役?」
と小風が訊く。
すると西湖が真っ赤になるので、小風たちが顔を見合わせる。
そこに花恋が
「そろそろスタンバイしてください」
と声を掛けたので、私たちは西湖を置いてステージ袖に行った。
13:10。KARIONのステージが始まる。
最初は和楽器の音を強烈に鳴らして『黄金の琵琶』を演奏する。洋楽器の音に慣れた観衆の耳に、和楽器の音は強烈な存在感を感じさせる。それで最初はみんな手拍子も忘れて聞き惚れている感じであった。
演奏が終わったところで4人で
「こんにちは、KARIONです」
と挨拶すると、初めて大きな拍手がある。
それで和泉が伴奏者をひとりずつ紹介していくが、その時
「グロッケンシュピール、中田政子」
と和泉が発言したとき、初めてマリの存在に気づいた聴衆から物凄い歓声と拍手があった。
今日は日差し対策で伴奏者は全員サングラスを掛けていたので、気づかなかった人も多かったようである。
続けてやはり和楽器をフィーチャーして『アメノウズメ』を演奏する。青葉の書いた『黄金の琵琶』はロマンティックな曲であるが、私の書いた『アメノウズメ』はややエロティックな曲である。以前Eliseはこの2曲を評して
「『黄金の琵琶』はキス、『アメノウズメ』はセックス」
と言っていた。
ここで和楽器の人たちが下がって、代わりにコーラス担当のVoice of Heartが入ってくる。そして過去のヒット曲から
『星の海』『海を渡りて君の元へ』『ゆきうさぎ』
を演奏した。
その後、春に出したシングルから『魔法の鏡』『お菓子の城』を演奏する。更に2月に出したアルバムから『アラベスクEG』『フレッシュ・ダンス』と演奏し、最後の『皿飛ぶ夕暮れ時』を演奏していた時。
突然、冴子と実和子の2人でテーブルをステージに運び込んでくるので、何事か?と思う。テーブルの中央には白いテーブルクロスも敷かれている。そして曲のクライマックス、ステージ袖から、いきなり青い皿が飛んでくるので、私たちはびっくりした。チラッと左右に目をやるが、和泉も小風も美空も驚いている風なので4人とも知らなかったパフォーマンスのようである。
皿はピタリとテーブルクロスの上で停止したので、観客から歓声があがる。
そしてそこに何とウェイトレス姿の西湖が近づいて来て、テーブルの上に停止したお皿の上に、さきほど屋台で買ってきた焼きそばをひとつフードパックから移した。
ちょうどそこで曲は終了となり、4人で観客に手を振るが、美空はノリでそのテーブル上の皿を取り、添えてある割り箸を取って一口食べてみせるパフォーマンスをし、それにもまた歓声があがっていた。
それで私たちは退場したが、舞台袖に知らない女性がいるのでどうも仕掛け人っぽい顔をしている花恋に尋ねる。
「ユニバーシアード日本代表シューターの神野晴鹿さんです」
と花恋が紹介する。
「わぁ!日本代表さんでしたか」
「私、千里さんの弟子なんです」
と晴鹿さんは言っている。
「代わりにやってくれないかと言われたんですけど、試してみたんですが、上に乗っているやきそばをこぼさずに皿を停止させるなんて、やはり私にはとてもできないという結論に達して。空っぽの皿なら何とかなるので、それで勘弁してもらいました」
と晴鹿さん。
「それでウェイトレスの可愛いせいこちゃんが出てきたのか」
と政子は、キラキラした目で言っている。
「焼きそばはカップ焼きそばを作って使うつもりだったのですが、屋台の焼きそばを直前に買ってきたので、それを使いました」
と花恋。
「控室に持って行って食べねば」
と美空。
それで皿には取り敢えずラップを掛けてから、みんなで控室に引き上げた。焼きそばは結局10個買ってあったが政子は1個半までと風花から言われたので美空もそれに付き合い、2人で3個。その他、和泉・小風・私に、西湖、晴鹿さん、そして美野里・夢美が1個ずつ食べた。
西湖はウェイトレス姿のまま食べている。
「せいこちゃん、違和感無く女の子に見える」
「最近実はけっこう開き直ってます」
「やはりドラマでは同級生の女子役?」
と訊かれると
「それはすみません。ドラマが始まってからのお楽しみということで」
と西湖は言う。さっきは突然訊かれたので恥ずかしがったのだろうが少し時間が経って、冷静に回答できる心の余裕ができたようだ。
「なんかほとんど答えたも同然という感じだ」
と小風。
「ねぇ、もしかしてアクアも女子生徒の役?」
「それは言ってはいけないことになっているので。済みません」
「おぉ!」
「期待しておこう」
と政子は楽しそうに言っていた。
ローズ+リリーのステージは19時からだが、KARIONのライブ終了後少し落ち着いたところで、私と政子はAステージのある植物公園の方に戻った。西湖はこのあとFステージを見に行くと言っていた。和泉・小風・美空はバラバラであちこち見に行くらしい。
Aステージの控室にはスターキッズの面々の他、応援の演奏者もだいたい集まっている。今回は青葉たち3人が来ていないので、サックスとフルートを誰に頼もうかと言っていたら、鮎川ゆまが「南藤由梨奈と時間帯がかぶってないからしてもいいよ」と言ってくれたので、サックスをゆま、フルートは彼女が率いるレッドブロッサムの幣原咲子さんと貝田茂さんにお願いした。幣原さんはレッドブロッサムでは現在はドラムス担当だが、レッドブロッサムが初期にクラシックを演奏していた時代はフルート担当であった。貝田さんはラッキーブロッサムでフルートを吹いていた。実際にはレッドブロッサムの4人は全員フルートもクラリネットも吹けるらしい。
南藤由梨奈のステージはBステージの15時からになっており、こちらに彼女らが来たのは16時半頃であった。演奏に参加する3人だけでなく、もうひとりのメンバー鈴木和幸さんも見学と称して付いてきた。
「おはようございまーす。お邪魔しまーす」
と言って4人が入ってくる。
「おはようございます。お疲れ様です。よろしくお願いします」
と私も挨拶する。
風花がコーヒーをいれてくれて、4人に出す。
「ありがとう。風花ちゃんと一緒にフルート吹けばいいのかな?」
とゆまは言うが
「済みませーん。私はローズ+リリーの演奏には原則として参加しないんです」
と風花は答える。
「なんで?」
「私はKARIONの伴奏陣にカウントされているんで、混乱を避けるために両方の兼任はできるだけしないようにしているんですよ」
「へー」
「まあ、ローズ+リリーでも過去に何度かは風花に吹いてもらったこともあるけどね。一応交通整理してるんですよ」
と私。
そんなことを言っていた時、ゆまはヴァイオリニストのひとり長尾泰華さんに目を留める。
「タイカちゃん、久しぶり〜」
とゆまが声を掛ける。
「あ、いや。どもー」
と長尾さんは照れてる!?
「あ、知り合いでした?」
「私もタイカちゃんも雨宮先生の弟子」
「え?そうだったの?」
長尾さんは先日の苗場で松村市花さんの知り合いということでヴァイオリンの演奏をお願いしたのだが、ひじょうに上手な演奏者で、今回もまたお願いしていた。七星さんよりずっと上手いし、ひょっとしたら松村さんや鷹野さんより上手いかもと私は演奏を聴いて思っていた。
「でもタイカちゃん、ますます女らしくなってる」
とゆまが言うと
「ゆまさんも、ますます男らしくなってますね」
と長尾さん。
「あはは。先日から2度ほど、スーパー銭湯の女湯で悲鳴あげられた」
とゆまは言っている。
ふたりの会話に政子がピクッとした。
「長尾さん、ますます女らしくなってって、まさか男の娘?」
と尋ねる。
「えーっと、まあそんなものかなあ」
と長尾さん。
「あ、ごめん。それ秘密だった?」
とゆま。
「いや、別に隠してはいないんだけどね」
と長尾さん。
「すごーい。どこまで改造してるんですか? あり・なし・なし?」
と政子が尋ねる。
「えっと、あり・あり・なしです」
と長尾さんは答える。
「全然気づかなかった!」
「何度かKARIONのツアーに参加したこともあったよね?」
「ええ。随分前ですけどね」
「醍醐春海ちゃんとも一緒だったんでしょ?」
「そうそう。ふたりで『あんた女の子にしか見えない』と言い合ってました。ちょっと懐かしいですね」
と長尾さんはこちらを見ながら言う。
「長尾さん、醍醐春海の知り合い?」
と私は驚いて訊く。
「どちらも雨宮先生の弟子なので」
「なるほどー」
「私も醍醐ちゃんも雨宮先生の《男の娘コレクション》のひとりのようなんですよ」
「うむむ」
「私がヴァイオリン弾いて、醍醐ちゃんがキーボード弾いて、ふたりセットで蘭子さんの代理だったんですよ」
「そうか。私はだいたいどこかに隠れていたから、代理演奏者とあまり顔を合わせてないんだ」
「雨宮先生は男の娘の代理は男の娘にさせないと、すり替えがバレやすいと言ってましたよ」
「ほほぉ」
「私や醍醐は雨宮先生から事情を説明されていましたから、ああ、あそこに蘭子ちゃん隠れているみたいだな、とか思いながら演奏してましたけど、臨時に頼まれた演奏者だと全然知らない人もあったみたいですね」
「でも長尾さんが男の娘なら、仲良くしたいわあ」
などと政子は言っている。
「マリさん、ほんとに趣味が変ですね」
と長尾さんは笑いながら言う。
「よく言われる」
それで結局政子は長尾さんとアドレスの交換をしていた。
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