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■春足(10)
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この日は17時頃に明恵と真珠、更に19時頃、吉田君も来た。
「定時で帰れること多いの?」
「融資の人は遅くなることもあるけど、それでも残業は月20時間くらいだよ」
「少ないね!」
「普通の支店の人はほとんど残業は無い。俺が務めてるのは支店ではあっても事実上の石川県本店だから、少しはあるけど、俺の部署は残業月10時間くらい」
「いいなあ」
などと真珠が言っている。明恵も真珠も3年生なので、そろそろ就活が必要である。一応2人ともこの夏は何ヶ所かインターンしてきたらしい。
2人は戸籍を女性に修正済みなので、もちろん女子として就職する。2人が就職した後の『北陸霊界探訪』の体制については全く未定である。
“妖怪足つかみ”に関する情報を整理するが、青葉が没にした分を見て
「あ、これは微妙かもと思ったやつだ」
などと明恵が言っているものもあった。
「でもこれかなりありふれた妖怪だという気がしてきた」
「うん。“ひだるがき”とか、枕返しとか、一反木綿(いったんもめん)とか塗り壁とか並みにありふれた妖怪かも」
「あ、これ枕返しとノリが似てるかも」
「確かに愉快犯っぽい」
「向こうは悪ふざけのつもりでもそれで骨折してる人もあるからなあ」
「向こうはごめんなさいって言ってるかも」
「あるかもねー」
「やはり人間は足が2本だから倒れやすいんだよ」
などと吉田が言う。
「足を増設するわけにもいかないし」
と幸花。
「でもスフィンクスの質問では老人は杖を突いてるから足3本ということだったね」
と真珠が言う。
テーバイの町近くに住むスフィンクスは、通りがかる旅人に
「朝は4本足、昼は2本足、夕方は3本足になる生き物は何か?」
というナゾナゾを出し、答えられないと、旅人を食べてしまっていた。
エディプスは、
「それは人間だ。赤ん坊の時は両手足で這い這いし、おとなは2本の足で歩き、老人は杖を突いて歩くから」
と答え、それでスフィンクスは撤退し、旅人を襲うことは無くなったという。
「杖を持ち歩くことを推奨する?」
「転ばぬ先の杖か」
と真珠が言った時、青葉は「あれ?」と思ったが、その時はその先まで頭が行かなかった。
「杖持ってプールには行けないしなあ」
「杖持ってバージンロードは歩けないし」
「いや90歳と100歳の結婚式なら杖ありだと思う」
「その年齢ならありだけどね」
「まさに転ばぬ先の杖」
「カンガルーはしっぽが強くて、あれで身体を支えられる」
「おお、カンガルーは3本足の生き物か?」
「カンガルーになる?」
「どうやって?」
「いや、人間も3本目の足を使えばいいんだよ」
と吉田が言うので、明恵は頭を抱えている。しかし真珠はまだ気付いていない。
「人間には3本目の足なんて無いし」
と真面目に答えられて、吉田が困っている。
「いやその、3本目の足とか真ん中の足とか言うじゃん」
と吉田が言うので、やっと真珠も分かった。
「だったら吉田、その足で立ってみろ」
と言って、真珠は吉田の“3本目の足”を掴んだ!
「やめろー。痛い痛い痛い!」
「だいたいそんな短い足では立てないだろ?」
と幸花が呆れて言っている。
「足自体は立つんですけど」
と吉田。
「だったらそれで全体重支えてみろ」
と真珠。
「勘弁して〜。折れる〜」
と吉田。
「折れるようでは使い物にならないな」
と幸花は言いながら、先日青山と“折れる”話をしたなと思った。
「折れたら使い物にならなくなります」
と吉田。
「まあ使い物にならなくなったら、潔く手術して取っちゃえばいいね。いい病院紹介してあげるよ」
と明恵は言っている。
「まだ男を廃業したくないよぉ」
と吉田。
「でも吉田、女子の社員証持ってるんだろ?」
「女子更衣室の掃除とか、女子更衣室に連絡や広報の紙貼って来てとかよく頼まれるから持ってるんですよー」
「じゃ女子更衣室で着替えてトイレも女子トイレ使ってるの?」
「ちゃんと男子の社員証も持ってるから男子トイレ使いますし、着替えるのは男子更衣室ですよ(ということにしとこう)」
「そういや青山君はマジで女子社員になっちゃったのよ」
と言って、幸花が彼(彼女?)が何かにひっかかったようにして転ぶ場面を撮影したビデオをみんなに見せる。
「これリアルタイムで撮ったの?」
「いや。再現ビデオ」
「でも本当に何かにひっかかったみたい」
「記憶が新しい内に再現してもらったからね」
「これまだ妖怪の跡が残ってるよ」
と青葉が言う。
「除霊が必要?」
「いや自然に消えたと思う。そんなに強い妖怪じゃないから」
「でも青山さん、可愛い」
と吉田が言っている。
「スカート姿で勤務してるんだって。そもそも彼というか彼女と言った方がいいのか、勤務しているのが女子のみの部署なんだよ」
「すごーい!」
「このビデオも放送に流していいよね」
「もちろん入れましょう」
と明恵と真珠が言っている。
「社員証と運転免許証も見せてもらったけど、お化粧した顔で写ってたよ」
「おお。すごいすごい」
「コロナが落ち着いたら結婚するらしいけど、ウェディングドレス着て式をあげるって」
(本人はまだ悩んでいるのだが、幸花のレベルでは既に確定事項になっている)
「すごーい!そこまで行ったのか」
「性転換手術はしたの?」
「まだらしいけど、結婚するまでには受けるかもね」
「ああ、手術しておかないと初夜に困りますよね」
「でも今タイに渡航するのも大変だしね」
「吉田は性転換手術いつ受けるの?」
「そんなの受けるわけないだろ?」
「しかし3本目の足というのは、どっちみち、女には使えない手段だ」
と幸花は話を元に(?)戻す。
「ちなみに今の会話放送しませんよね?」
「吉田が全体重をそれで支えてみせたら放送してもよい」
「やらせてみましょう」
「勘弁して〜」
などと言っていたのだが、実際は放送されてしまう!(さすが深夜番組)
吉田が「俺の人格が疑われる」と言っていたが、「今更今更」と幸花は言った。
区画整理に伴う青葉たちの引越先探しだが、うまい具合に、すぐに、今住んでいる伏木町内で220坪(21m×35m)の土地が見つかった。実は小学校の校庭に隣接する土地で、騒音問題から買い手が無かったらしい(学校の入口は反対側なので、スクールゾーンには掛かっておらず車の通行規制は無い)。地目は一応宅地である。朋子も桃香や青葉も、子供の声は気にならないと言った。この広さがあれば、桃香が言うように平屋で建てても充分6LDKの家が作れる。青葉が実際に現地に行ってみて運気の良い土地と判断した。そもそも学校のおかげで、物凄く清浄なのである。元気な子供たちの声は強い浄化力を持つ。ここは穴場だと青葉は思った。
現地には古い民家が建っていたが、売る場合、古い家屋は撤去して更地にして渡すという話であった。それで引き渡しは11月2日くらいになるという話である。
「じゃここ買います」
と青葉が、不動産屋さんに言った時、その“古い家屋”が目の前で物凄い音を立てて崩れてしまった!
母が呆然としている。桃香がほこりで咳をしている。不動産屋さんも驚いたようである。
《姫様》がVサインしている。もう、全く、親切なんだから。
「やはりかなり、痛んでたんでしょうね」
と桃香。
「瓦礫の片付けだけすればいいみたい」
「ですね。これなら来週、10月19日くらいなら引き渡しできると思います」
と不動産屋さんも言った。
事務所に行き、基本的な説明を受けた上で売買に同意し、青葉は代金1980万円(1800万+消費税) を即現金(振込)で払った。
「コンビニか何かでもお建てになります?」
と不動産屋さんは尋ねた。2000万円を現金でというのは会社関係かとも思ったのだろう。
「いえ、普通の民家です。孫たちが集まってきた時に収納できる広さが欲しいんですよ」
「なるほど」
「この子、音楽家だから収入が大きいんですよ。だから資金的な余裕はあるので」
と桃香が言うと
「なるほど、そういうご職業でしたか」
と不動産屋さんは納得していた。
「工務店は心当たりがありますか?」
「はい。私が関わっている工務店があるので、そこに頼みます」
「分かりました」
10月16-17日に短水路選手権に参加する津幡組は10月14日に千里のA318で能登空港から熊谷に移動する予定で、こちらに来ている桃香もそれに同乗して浦和に戻るつもりだった。ところが12日になって桃香が
「優子たちも同乗させていい?」
と言い出した。
優子さんが信次さんの命日にお墓参りに行きたかったものの、緊急事態宣言が出ていたので移動を控えていた。解除されたので行ってきたいのだと言う。
「そうか。信次さんのお墓に参れるのは、優子さんだけか」
「そうなんだよ。千里も波留さんも再婚しちゃったから」
信次の法的な子供と母親
奏音 2016.08.19←府中優子(未婚)
早月 2017.05.10←高園桃香 (2021季里子と結婚)
由美 2019.01.04←川島千里 (2021貴司と結婚)
幸祐 2019.04.01←水鳥波留 (2020原野由梨と結婚)
(早月の本当の父は千里だが、戸籍に記入することができないため、父親がいないのは可哀想と康子が言い、信次の子供ということにしてしまった)
「じゃ悪いけど感染対策上、選手と一緒には乗せられないから別便にしてもらえる?」
「自動車か何か?」
「ジェット機もう1機呼ぶから」
「ひぇーっ」
それで桃香も優子も恐縮していたが、青葉は選手移動用のA318と別にHonda-Jetを1機呼び、桃香・優子・奏音を乗せることにした。すると「3人だけでジェット機一台使うのは申し訳無い」と言って、優子さんの御両親も一緒に墓参りに行くことになった。つまりHonda-Hetには5人乗る。
Honda-Jetは10月13日に能登空港に来てもらった。そしてその飛行機に千里と、播磨工務店の南田社長が乗ってきたので、青葉は自分のマーチニスモで迎えに行った。
青葉が千里と南田を連れて自宅に戻ると、パジャマ姿でビールを飲んでいた桃香が南田を見て
「わっ」
と声を挙げて、慌てて2階に駆け上がった。桃香は青葉が千里を迎えに行ったと思っていたのである。
10分後、桃香はちゃんと(?)トレーナーとジーンズのパンツを穿いて戻って来る。
千里が南田社長を紹介すると
「社長さんご自身がいらっしゃったんですか」
と朋子が恐縮していた。
「まあ他に動ける者がいなかったので」
と南田は言っている。
「それで新しい家の間取りを決めよう」
と千里は言った。
桃香が平屋にしようと言ったのは、朋子の体力を考えてのことである。2階建ては日常的に階段の上り下りをしなければならないので、足腰が衰えてくると、2階にあがるのがおっくうになって、2階が放置になってしまうのではないか。また手摺りは付けるにしても、やはり転落事故が怖いと言うのである。
「青葉ほどは忙しくない娘が孫付きでこちらに住んでて毎日掃除をしてくれたらいいんだけどね」
「お母ちゃん、桃姉が掃除とかする訳が無い」
「確かにそうだ!」
「孫の子守で目が回るだけだな」
と桃香本人!が言っている。
ということで、予算に余裕があるのなら平屋建てにしようということになったのである。
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