【△・第3の女】(1)

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2017年3月下旬。
 
龍虎(アクア)は学校の春休みを利用して集中的に行われていたTVドラマ『ときめき病院物語III』の撮影でくたくたになって(高校通学のため)赤羽駅の近くに新たに契約したマンションに辿り着いた。
 
「疲れた。自分のスペアが欲しい」
などと独り言を言い、シャワーも浴びずにベッドに潜り込んで爆睡した。
 
死んだように眠っていて、ふと起きたら薄暗い。時計を見ると6時すぎである(*1).
 
「きゃー、朝7時に六本木に行かなきゃいけないのに」
と言って慌てて起きて取り敢えずトイレに行く。
 
ズボンとパンティ(*2)を下げて便器に座る。
 
おしっこをするが、感覚が異様である。
 
「ん!?」
 
と思って自分のお股を見てギョッとする。
 
「嘘!?ちんちんが無くなってる!?」
 

龍虎はおしっこが終わってからきちんと拭いた後で、腕を組んで考えた。
 
『でもちんちん無くなったの久しぶりだなあ』
 
1分ほど考えていたものの
 
「また“こうちゃんさん”の悪戯かなぁ。ま、いっか。お仕事には関係無いし」
 
などと言ってパンティをあげトイレを出る。
 
取り敢えず、ちんちんよりお仕事が優先である!
 
シャワーを浴びたい気はしたものの時間が無いのでパスして、下着から全部服を交換する。ブラジャーをつける時に胸に“感触がある”ことにも気付く。ドラマその他の撮影で頻繁に女の子役をさせられるため(実際『ときめき病院物語』でも佐斗志と友利恵の兄妹を演じている)、龍虎は常時胸にブレストフォームを貼り付けている。だから胸はあっても、シリコンなので触った感触が無いはずなのである。
 
ところが今日は胸に触ると触られた感触がある。つまりこの胸はブレストフォームではなく本物のようである。ちんちんが無くなっていたことから、この程度は想像の範囲なので気にしない!
 
それで普通に女の子下着を着けた上に、キャミソールにブラウス(*3)を着て、学校の制服(ブレザー *4 とズボン)を着て龍虎はマンションを出、駅に向かった。
 

歩いていて大いに戸惑う。
 
今は6時20分くらいのはずなので、そんなに人が多くないだろうと思っていたのに、人が物凄く多いのである。
 
なんでこんなに朝早くから人がいるの〜?お祭りでもあったっけ?などと考えていると、何だか酔った感じの会社員風の男性なども見掛ける。この人たち朝からお酒飲んでる訳?と顔をしかめる。それでも何とかして赤羽駅まで行き、Pasmoで入って埼京線新宿方面の7番ホームに行く。放送局に入るには新宿まで行ってそこから大江戸線に乗り換える。所要時間は30分くらい。遅刻はもう免れないが、駅を出たら局までダッシュだな、などと考えている。
 
それで電車を待ちながらふと発車標を見て「へ!?」と思う。
 
新宿  18:26
新木場 18:30
新宿  18:37
 
のように表示されているのである。
 
龍虎は「なんでそんな先の電車が表示されてるの〜?」と考えてから少しして自分が重大な勘違いをしていたかもということに気付く。
 
ブレザーの内ポケットから愛用のAQUOS SERIE mini (Pink)を取り出す。電源を入れてそこに表示される時刻を見る。
 
「うっそー!?」
と龍虎は思わず声をあげた。
 

そこには 18:21 3月24日金曜日 と表示されているのである。
 
朝の6時じゃなくて夕方の6時だったの〜〜!?
 
青くなる。
 
僕、夕方まで寝ちゃった?どうしよう?撮影は僕抜きで進められていただろうか?橋元プロデューサーも他の出演者の人もきっと激怒してる。僕、役を降ろされちゃうかも。それとともに“人気を鼻に掛けてわがままな行動”とか書かれて凄いバッシングされたりして・・・
 
そんなことを考えていた時電話が鳴る。見るとその橋元プロデューサーである。龍虎はオフフックするなり謝った。
 
「アクアです。本日は本当に申し訳ありませんでした」
「え?どうかしたの?ああ、あの『ヒポクラテス』を『ヒポポタマス』(*5)と言っちゃった件?あのくらい気にすること無いよ。まあアクア君にしては珍しいNGだったけどね。主役の三崎京輔君なんて毎回10個はNG出してるし」
 
などと橋元さんは言っている。
 
「いえ、今日はすっかり寝坊してしまって」
「ああ。そういえば今日は到着したのが開始10分前だったね。でも遅刻じゃないから全く問題無いよ」
「え?私撮影に出ました?」
「・・・出てたけど」
「あれ〜〜!?」
 
「なんか混乱してる?あ、それより明日の撮影の場所を伝えるのを忘れていたことに気付いて。鱒渕さんの電話が繋がらなくて、それで直接君の携帯に電話したんだよ。明日の撮影は六本木のスタジオじゃなくて、山本病院の方でやるから」
 
「はい、分かりました」
「集合時刻は朝8時ね」
「はい。ちゃんと30分前には入れるようにします」
「うんうん。でもハードな撮影が続いているから今日はゆっくり休んでね」
「はい、休みます」
「じゃ鱒渕さんにはこちらからもメールしてるけど、君からも連絡しておいて」
「はい」
「じゃ明日も頑張ろう」
「はい。ありがとうございました」
 
それで龍虎は電話を終えたものの、腕を組んで考える。とりあえず鱒渕さんには明日の撮影場所の件をメールした。そして更に考えたが、プロデューサーから『ゆっくり休んで』と言われたことを思い出す。
 

「寝よ」
と言うと、アクアはそのまま改札を出てマンションに戻った。
 
(この場合、自動改札機は通れないので係員のいる所で乗車を中止したことを申し出て処理してもらった)
 
「夢でも見てたのかなあ。僕眠ったままお仕事出かけて、演技したのきれいに忘れちゃってるのかしら?」
などと独り言を言う。
 
制服を脱いで、下着も脱いでシャワーを浴びた。髪を洗い、コンディショナーをして、そのあとボディソープをつけたソフトスポンジで身体中を洗う。胸を洗う時、シャワーを当てていると少し気持ちいい気がした。お股も丁寧に洗う。中も指で洗うが、あそこに指が触れるとちょっと気持ちいい。女の子っていいなあ、などと思ったりする。しかし2年ほど前にもこの状態は経験しているので、懐かしい気はするものの、興奮したりはしない。
 
身体を拭いて少し考えたものの、龍虎は結局裸のままベッドに潜り込み、そのままスヤスヤと眠った。(龍虎は性欲が無いのであそこをいじって楽しんだりはしない)
 
翌日起きた時、そっとお股に手をやると、おちんちんは存在した。胸に手をやってみると、おっぱいはあるが感触が無い。それでここにあるのはブレストフォームであることを認識する。スマホの電源を入れる。3月25日(朝)5時である。
 
「昨日のはやはり夢だったのかなあ」
と口にして、龍虎はトイレに行ってくると、10分ほど掛けてお股を接着剤でタック。女の子の形に偽装した上で、裸のまま!?朝御飯を作り始めた。
 

このように、寝過ごしたと思ったら自分はちゃんと撮影に行っていた、というできごとが実はこの後4月16日まで何度も起きた。性別についてもどうも不安定で男の子になったり女の子になったりしていた。その男の子になっている場合もおちんちんが《こうちゃんさん》が付けてくれたダミーの場合と“本物”になっている場合があることに気付く。
 
これって、こうちゃんさんの悪戯だろうか?
 
でも数日に1度まるごと休めて楽〜!と龍虎は思っていたのである。
 
ただ不思議なのは丸一日寝ていた日も、その日の撮影で起きたことを自分がちゃんと覚えていることだった。ボディダブルを務めてくれている西湖や、共演者の馬仲敦美ちゃんとおしゃべりした内容を覚えている。
 
龍虎は古典の時間に習った胡蝶の夢という話を思い出していた。撮影に行ったのが夢で現実の自分は寝ていたのか、寝ている自分が夢で本当はちゃんと撮影に行ったのか、どちらとも取れる気がした。
 

(*1)2017年3月24日の東京地方の場合、
 
夜明5:07 日出5:39 日入17:56 日暮18:28
 
となっている。従って夕方の6時(18時)過ぎなら急速に暗くなっていく時間帯だが、朝の6時過ぎなら既に日出もしていて充分明るい。つまり薄暗い訳がなかったのである。
 
(*2)忙しい龍虎に代わって、数日前、彩佳たちが熊谷市の実家から赤羽のマンションへの引越の作業をしてくれたのだが、彩佳たちはその時龍虎の男物の服を下着も含めて全部棄ててしまった!それで男物の服が無いので、龍虎は仕方なく(?)女物の下着をつけている。女物の服はファンから大量に送られてくるので、どっさりある。
 
ありすぎて困って少し西湖や後輩、また年上だが川内峰花(後の山下ルンバ)などにも分けてあげているので、峰花などは洋服代が助かる!と言っているが、西湖の部屋にも女物の服があふれている。
 
ファンの間の口コミで、アクアはパンティはS、ブラジャーはC70、スカート(アクアにズボンを送ってくるファンは存在しない)はSもしくはW56あるいは7号、アウタートップはLもしくはB85または11号、といった数字が出回っている。ボトムが7号に対してトップが11号という極端なアンバランスなのは、ウェストが56cmと細いのに対してバストがCカップで84cmほどあり既製服を着ようとするとバストに合わせて11号になってしまうためである。
 
ファンの中にはわざわざアクアのスリーサイズ B85-W55-H82 に合わせてオーダーして作ったものを送ってきてくれる人もある。実はプロのデザイナーで毎月試作品(?)を送って来てくれる人まである。事務所では“おなじみ”の人の場合は信用してノーチェックでアクアに渡している。
 

(*3)龍虎はバスト偽装しているので男子用のワイシャツが入らない。それで女子用のブラウスを愛用している。
 
(*4)龍虎が通うことになったC学園高校は今回が初めての男子生徒の受け入れで、しかも男子枠は最大3名なので、男子制服が定められておらず「学生らしい服装」とだけ言われている。それで龍虎は彩佳に唆されて買ってしまった女子制服の上だけを利用し、下は制服のスカートと同じ布のズボン(女子仕様で前開きはダミー)を作ってもらい、それを穿いている。なおブレザーの前合わせし右前に変更している。
 
(*5)ヒポクラテス(Hppokrates)は古代ギリシャの医者(c.460-c.370 BC)で、「医学の父」と呼ばれる。病院の物語なので古代医学の元祖として名前が出てきたのだろう(多分)。ヒポポタマス(hippopotamus)は動物のカバ(河馬)である!
 

2017年4月1日時点での主な登場人物の年齢・学年:-
 
千里・桃香・玲央美26歳、京平1歳9月、貴司27歳、阿倍子37歳、美映30歳、花園亜津子27歳、高梁王子24歳、冬子・政子・コスモス25歳、青葉19歳:大2、彪志23歳、龍虎(アクア)15歳:高1、西湖(今井葉月)14歳:中3、高崎ひろか・品川ありさ17歳:高3、桜木ワルツ18歳:高校を卒業したばかり、鱒渕水帆21歳。
 
コスモスは2015年春に§§ミュージック社長に就任した。
アクアのデビューは2015年1月。
 
鱒渕は2年前の2015.3に川崎市内の音楽系短大を卒業して§§プロに入りアクアの担当になった。音楽系を出ているので実はピアノも歌もかなりうまい。楽器も色々な楽器をわりと弾く。ギターやサックスは並みのスタジオミュージシャン程度の演奏技術を持つ。
 
高梁王子は2012.3に日本の高校を卒業。2012.9-2016.6にアメリカの大学に通ってNCAAで活躍。ドラフトの対象となり2016年春からWNBAにも参加。つまり花園亜津子の渡米より1年前からWNBAで活動している。ジョイフルゴールドと二重在籍だがシーズンがぶつからないので問題無い(WNBAは5-9月)。その代り日本とアメリカを頻繁に往復するので「どこでもドアが欲しい!」と言っている。亜津子はそんなに往復する体力はないと言って、ほぼアメリカに行きっぱなしである。
 
貴司は2013年8月に阿倍子と結婚、2018年1月に離婚。2月に美映と結婚する。
 

2017年4月16日の夜、龍虎(アクア)は22時すぎに仕事が終わり、西湖と一緒に鱒渕水帆が運転する“白いアクア”で港区のスタジオを出た。鱒渕は赤羽に行って22:50くらいに龍虎と西湖を降ろした。正確には龍虎はマンションの前で、西湖は赤羽駅で降ろす。西湖はそこから電車で桶川まで帰る。鱒渕はふたりを降ろした後、川崎市麻生区内の自宅まで戻る。近くの月極駐車場に駐め、学生時代から暮らしている1Kのアパートに入る。
 
今もらっている給料なら3LDKくらいのマンションに充分住めるが忙しすぎて引越を考える余裕もないのである!
 
到着したのは0時すぎである。鱒渕はシャワーも浴びずにベッドに潜り込んで眠った。
 
夢の中ではアクアが3人に分裂して仕事が3倍になり、鱒渕はとても手が回らずに「もう死ぬぅ!」と叫んでいた。
 

西湖は赤羽駅で降ろしてもらうと高崎線に乗って30分で桶川到着。そこからタクシーで自宅マンションに戻った。西湖は念のため冷蔵庫の中に何もないのを見てから、コンビニに行くことにした。スタジオを出る時に着ていた制服を普段着に着替える。ちなみに着ていたのは中学の女子制服!である。
 
2015年秋に『ねらわれた学園』の端役の人たちの役を決める時、西湖はアクアのボディダブルを務めるのと同時に同級生の男子役(顔出し)ももらえるということだったの会議に出席した。台詞テストを受けた時に監督が
 
「君うまいね!男子のセリフのある役はもう埋まってしまっているけど、君って女顔だから、女子の同級生役してくれるなら、セリフのある役をあげるけど」
 
と言われたので「やります!」と答えた。それで女子生徒として顔出し・セリフありの役をもらった。
 
しかし女子生徒役だから、撮影現場にも女子制服で来てねと言われたので、適当な女子制服を川崎ゆりこ副社長から出してもらい、それを着てスタジオ入りしているのである。実際には西湖は学校が終わった後、駅の多目的トイレ!で女子制服に着替えた上で放送局やスタジオなどに入る。そして帰りは女子制服のまま帰宅して自宅で着換えている。
 
コンビニに行く時に普段着に着替えているのは、埼玉県の条例で、18歳未満は22-4時の間、出歩いてはいけないことになっているので、制服を着たままコンビニに入ると注意されるからである。とはいっても西湖の両親は劇団事務所に詰めていてほぼ不在なので、コンビニが利用出来ないと西湖は餓死してしまう!
 
そういう訳で知り合いのコンビニの店長さんが目こぼしをしてくれるものの、制服は勘弁してということだったので普段着に着替えているのである。
 

コンビニは今日は店長さんがお休み(あるいは休憩中?)のようで、バイトの女性だけだった。この人ともわりと顔なじみなので、一瞬「ん?」という顔はしたものの、すぐに笑顔になって「いらっしゃいませ」と言われ、夜間外出の注意はされなかった。
 
スパゲティ・カルボナーラとLチキ2個、おにぎり2個(朝御飯用)とインスタント味噌汁、1Lの紙パックジャスミンティーを買う。Lチキを2個・おにぎりを2個買ったせいか、おしぼりを2個、持参のエコバッグに入れてくれた。それも要らないと言おうとしたのだが、袋は不要と言ったのでいったん取り出したレジ袋をしまっていたので、更に面倒を掛けるのは悪い気がして、まいっかと思い受け取った。
 
お金を払った後でコンビニの人が“29赤”のボタンを押すのを見る。
 
ボクだいたい女の子だと思われること多いなあ、などと思うが、スカートを穿いている子は女の子と思われるのが普通である!
 
(アクアから大量に女物の服をもらうので、それがあふれていて、西湖の家では最近制服以外の男物の服が発掘困難になりつつある)
 
ちなみに“19赤”ではなく“29赤”を押されたのは、未成年だと声かけとかしないといけないからかな、と思った。
 
「そうだ。これ時間が過ぎて本当は廃棄しないといけないんだけど良かったら」
と言って、肉まんとポテトの入った袋を渡される。
 
「ありがとうございます!頂きます」
と言って笑顔でもらう。
 
「夜道気をつけてね。懐中電灯とか防犯ブザー持ってる?」
と訊かれたので
「はい。どちらも持ってます。ありがとうございます」
と答え、懐中電灯はポケットから取り出して、点灯させてからお店を出た。
 
両親からほぼ放置されている西湖は日々このようにして命を繋いでいるのである。
 

22:40頃に赤羽のマンションの前で降ろしてもらった龍虎はエレベータで10階まであがり、自分の部屋に入った。
 
このマンションは18階建てなので、高額所得者の龍虎であれば最上階の18階に住んでも良さそうだが、10階に住んでいるのは“消防車の梯子が届く高さ”を選んだからである。一般的なはしご車は30mまでしか届かない(一応東京消防庁は40mのはしご車や消防ヘリも持っている)。このマンションの10階の床が28mの高さなので、10階以下に住むことにしたのである。
 
自分の部屋に入ると、まず服を全部脱いでしまう!それからバスルームに行き、熱いシャワーを身体に掛ける。これでかなり疲れが取れるのである。
 
身体を拭いてファンからもらったマイメロのバスローブを着る。
 
テーブルの上に母の字で「夕食と朝食作っておいたよ。冷蔵庫の中」というメモが置かれている。龍虎は微笑んでまずは冷凍室から、そのままチンOKの保存容器に入った御飯を取り出してチンする。その後、冷蔵庫の中から晩御飯っぽい回鍋肉(ホイコーロー)を出して、それもチンした。
 
食卓に持って行き、足を伸ばして座椅子に座り、
「頂きます。お母ちゃんありがとう」
と言って食べようとした時、
 
「そうだ。あのジュース飲んじゃおう」
と言って、撮影の時に沢田峰子さんからもらったオーストラリア土産のジュースのことを思い出し、バッグの中からそれを取り出そうとした。
 
その時、突然凄い光と音がした(と思った)。
 

「わっ!!!」
 
と声をあげ、後ろに倒れるようにして手をつく。そして龍虎は目の前に居る2人の人物を見て
 
「君たち誰?」
 
と言ったが、目の前に居た2人も
 
「君たち誰?」
と言った。
 

2017年4月17日 0:25頃。
 
“千里”はバンコク行きの飛行機に乗っていた。前日になるが22:50頃に桃香・京平・雨宮先生から続けざまに連絡があった。
 
(1)経堂のアパートにいる桃香からは「産まれそう」という連絡
(2)大阪の京平からは「ママのぐあいがわるい」という連絡
(3)タイの雨宮先生からは「お金持って来て」という連絡
 
である。それで「身体が3つ欲しいよ」と思いながら選手村のビルを出て駐車場へ向かおうとしていたら、物凄い光と音があった。一瞬気が遠くなったが、気が付いたら羽田空港に居た。それで《くうちゃん》が転送してくれたのかな?それにしては激しい転送の仕方だなと思いつつも、羽田に飛ばされたということは、タイに向かえということだろうと思い、バンコクへの往復切符を買い、0:20発の便に乗ることにした。
 
切符を買った後で《くうちゃん》に、
 
『桃香の用事と京平の用事は何とかなります?』
と尋ねたら
『何とかなるよ』
というお返事があったので、安心した。多分誰か他の眷属を行かせたのだろうと考え、京平には後で連絡しておくかと思った。
 
桃香は自分の眷属が自分に扮して行ってもそれを千里自身と思うだろう。しかし京平にはその手の偽装は通じない。それが誰なのかを見抜いてしまう。でも別に問題ないだろう。京平は明らかに自分より遙かに高い霊的能力・・・の素質を持っている。まあ、さすがに1歳10ヶ月では、まだまだ私には及ばないけどね!
 
(京平の誕生日は2015年6月28日15:30)
 

出国手続きをして搭乗口で待っていたら電話が鳴る。これが23:40頃であった。見ると龍虎(アクア)からであった。
 
「はい」
「千里さん、折り入ってお願いがあるんですが、今どこにおられます?」
「羽田だけど」
「どちらかに行かれます?」
「タイまで行くけど、明日の夕方くらいまでには帰国するよ」
「慌ただしいですね!」
「エロい先生の用事でね」
「あの先生ですか!大変ですね」
「何の用事だった?」
 
「千里さんでなきゃ信じてもらえないようなことなんです。もしよかったら明日帰国なさってから、お疲れの所申し訳無いのですが、夜中でも会えないでしょうか?」
 
「何か急ぎの用件なのね?」
 
今夜は何て日だと思った。これでは身体が4つくらい欲しいぞなどと思う。
 
「そうなんです。千里さんもお忙しいのに申し訳無いんですが」
と龍虎は言っている。
 
「龍ちゃんには負けるよ!だったら明日の夜。龍ちゃんのマンションに行けばいい?」
「はい」
「じゃそれで」
 

それで龍虎とは電話を終えた。
 
すぐに搭乗案内が始まる。千里はエコノミーなので優先搭乗は無い。立って列に並ぶのは疲れるので列がはけるのを待ってから搭乗ゲートを通った。
 
席に着いてから20分ほどでB747は羽田空港を離陸した。千里は寝てようと思ってから、ふと気付いて《きーちゃん》に語りかけた。
 
『ね、きーちゃん。誰がどちらに行ったんだっけ?』
 
しかしお返事が無い。
 
眷属たちのリーダーは《とうちゃん》だし、いちばん千里が使っている(こき使っている?)のは《こうちゃん》だが、全体を把握しているキーパーソンであり、また千里と最も長い付き合いなのも《きーちゃん》である。それで彼女に尋ねたのだが・・・
 
寝てるのかな?何か最近Jソフトのお仕事が大変そうだしなどと思い《たいちゃん》に声を掛けてみた。
 
ところが返事が無い。
 
ん?
 
眷属たちはこちらが頼んだ用事、あるいは勝手に見つけた用事?で千里の所から離れて行動することもあるものの、基本的に《とうちゃん》《たいちゃん》の2人はよほどのことがない限り、千里のそばを離れることは無い。だったら、よほどのことが起きている??
 
《とうちゃん》にも呼びかけてみるが返事が無い。千里は他の眷属にも呼びかけてみるが誰も返事しない。《くうちゃん》とは会話が出来るが、彼は必要なこと以外話してくれない。千里は最後に
 
『わっちゃん?』
と呼びかけてみた。彼女の正式名?はワシリーサ(Василиса)で略して“わっちゃん” である。
 
『はい』
とお返事がある。千里はホッとした。
 
『良かったぁ。みんな居なくなっちゃったのかと思った』
と千里。
 
『私も何があったのか分からなかったんです。でも気が付いたら誰も居なかったんですよ』
と彼女は言っている。
 

うーん。。。。と千里は考えた。かなり眠いが、これは寝る前に解決しておかなければならない問題と判断した。
 
千里は小学4年生の時に《きーちゃん》と出会って以来、彼女とのコネクションに使用していた古いラインを使って彼女の位置の捕捉を試みてみた。こういうラインが存在していることは《きーちゃん》本人も忘れているだろう。普段千里と彼女は出羽の美鳳さんが設定してくれた標準的な眷属接続チャンネルを使用している。
 
飛行機はどんどん東京から遠ざかっている。しかし千里は精神を集中することで、彼女が東京にいることを認識した。そして・・・
 
!??
 
「何これぇ!?」
と思わす声をあげた。
 

《きーちゃん》はどこか病院のような所に居て、周囲に他の眷属たちも見える。全員揃っている。というか《わっちゃん》以外の眷属が全員居るのである。《すーちゃん》なんてアメリカに行ってもらっていたはずなのに。
 
『僕が勾陳の要請に基づいて召喚したからね』
と《くうちゃん》が言っている。
 
それで(くうちゃんを除いて)11人の眷属が集まっているのかと納得した。《わっちゃん》は美鳳さんが付けてくれた眷属ではないから《くうちゃん》の作業の対象外なのだろう。
 
しかし千里がいちばん困惑したのは、彼らのそばのベッドに“千里”が寝ていることであった。どうも意識を失っているようである。
 
『今にもっと面白いことが起きるよ』
と《くうちゃん》は言った。
 
それで遠ざかる飛行機の中から東京のB中央病院へのコネクションを頑張って維持していると、やがて1:20頃、その病室に“千里”が入って来た。飛行機の中の千里は仰天したが、寝ている千里のそばにいる眷属たちも仰天しているようである。
 
そして病室に入ってきた千里と寝ていた千里は合体し、むくりと起き上がった。傍に付いていてくれた玲央美が泣いて抱き合っている。
 
千里はさすがにこのコネクションの維持が辛いので、いったん切った。
 

『私が3つに分裂しちゃったの?』
という質問に《くうちゃん》が答えない。それで千里はひらめいた。
 
『4つに分裂したんだ?』
すると《くうちゃん》は
『まあ、そういうこともあるかもね。僕もびっくりした』
と言った。
 
それで千里は少し考えてから再確認する。
『今入って来た千里はたぶん、桃香の所に行って何か対処してきたんじゃないかな?私がバンコクに向かっていて雨宮先生の対処をしようとしているし、もうひとりの千里は大阪に行って、阿倍子さんを助けようとしている』
 
『正解。さすがだね』
 
『もしかして私って霊体だけ?さっき意識を失って寝ていたのが肉体っぽい』
『君の眷属たちが実体化している時に近い状態だよ』
『なるほどー。だったら私、不可視にもなれる?』
『肉体を放棄すればなれるけど』
『それはやめとこう。まだしばらくは人間でいたいし』
『ふふふ』
と《くうちゃん》は笑ったが、深く追求しないことにした。
 
『私もいづれあの肉体に合体するの?』
『時がくればね。ただ君が分裂あるいは増殖したのはその必要性があったためだと思う』
と《くうちゃん》は言った。
 
彼は珍しく雄弁に語った。
 
『おそらくバイパスが必要なのだと思う。人間にしても龍や天女などにしても、更には僕たちのような存在にしても、あらゆる生命体はORではなくANDで生きている。4日前に生きていて、3日前に生きていて、一昨日生きていて、昨日生きていて、今日生きているから、明日も生きられる。一昨日死んでいたら昨日はもう生きていない」
 
『くうちゃんは死なないのかと思った』
 
『死ににくいようにバイパスを作るんだよ。僕はこういう存在としては下っ端だから、21個のバイパスで生きている。美鳳などはバイパスが244本ある。概ね100本以上のバイパスを持つ者が“神様”と呼ばれる』
 
『くうちゃんは神様なのかと思っていた』
『神様より下っ端の存在だよ。君の眷属の中で、貴人と勾陳はバイパスを持っている。だから、あの2人はエイリアスを出せるだろ?』
『うん。あの子たちは同時に別の場所で存在できる。めったに使わないけど』
 
と言ってから千里は尋ねた。
 
『もしかして私、バイパスが無いと死ぬってこと?』
『小春君が実際問題として君のバイパスに近い役割を果たしていた』
『あの子が居なかったら私とっくに死んでる。その小春の気配も感じられない』
『小春君の居場所は自分で探しなさい。ただ小春君もさすがにそろそろ寿命だ』
『ほんとはあの子、10年くらい前に死ぬ予定だったみたい』
『小春君は今年死ぬよ』
 
と《くうちゃん》が言うので、千里は厳しい顔になった。それは本人も自分はもう長くないと今年1月に遠刈田から東京に帰る新幹線の中で言っていた。
 
『そして君が産み直す』
『うん。そういう約束をしている』
『だから彼女が再度産まれてくるまで、君はひとりで生き続けなければならない。ところが君って、簡単に死ぬんだよね』
『すみませーん』
『だから自分が複数必要になったのさ。断線しても電流が流れる並列回路にするために』
 
『うーん。。。。』
 
『だから小春君が再度産まれて、ある程度の能力を使えるようになるまでは君はひとつに戻れないと思うね』
 
『そっかー』
 
『でも小春君に頼らなくても今後は自力で生き続ければいいんじゃないの?君もそろそろ小春君から卒業しなきゃ。そして小春君は純粋に君の娘として育ててあげなよ』
 
『考えておきます。でも私が複数いたら周囲が混乱しません?』
『混乱するだろうね。でもきっと1番か2番が対処すると思うよ』
『私は3番?』
『そうそう。君は第3の女だね』
『まいっか』
 
と言ってから再度千里は尋ねた。
『私って均等に分裂したんですか?』
 
『僕が今3人を見ている感じでは元々の千里のパワーが3分割されて、1番は0.4 2番は0.9 3番の君が0.7くらいかな』
『合計2.0になるんですけど!?』
『分裂の時に倍増したからね』
『あはは』
 
『それと性別も不均等に分裂したね』
『え?そうなんですか?』
『0番は京平君を産んだ女の身体を引き継いだ。1番は本人も最後まで気付かなかったようだけど、男の子だった。でも0番の肉体と合体したことで男の子の身体は消滅した』
 
『それは消えていいです』
『2番は純粋に女の子、3番は男の子』
『私男の子なんですか!?』
と言って、慌てて千里はお股を触ってみた。
 
『付いてない気がします』
『君の場合は性転換手術済みだから』
『あ、そういうこと?』
 
『だから3人は男の子・女の子・男の娘に分裂したのさ。まあ本当は2012年に分裂の芽はできていたのだけどね」
「そうなんですか!?」
 
「性転換手術を受けて女の子になった身体を美鳳君が強引に天然女子の身体に変更してしまったろ?その時、相補対(そうほつい, complementary pair)として男の子の身体も生まれていたのに美鳳君は気付かなかったようだね。だから0番と合体して消滅したのはその時にできていた男の子の身体なのさ」
 
「そんな事情が・・・」
 
「そういう訳で、1番にはおちんちんが付いていたんだけど本人は気付かなかったみたいね。でも君は外見上は女だけどベースが男だから生理が無いし、女性ホルモンを摂ってないとドーピング違反に問われる可能性があるよ』
 
『生理は面倒だけど、女性ホルモンを日々摂るのも面倒だなあ』
 
その後、しばらく千里は《くうちゃん》と話したのだが、さすがに眠くなってきたので寝ることにした。《くうちゃん》は言った。
 
『君より2番の千里の方が霊的な能力は高い。だからきっとワシリーサくんはこちらに残ったのかもね』
 
『ハンディキャップということかな』
『私頑張りますね』
と《わっちゃん》が言う。
 
『よろしく』
 

千里(千里3)はタイ行きの飛行機の中で朝起きた時、昨夜は京平とコンタクトを取らなかったことを思い出した。京平は今(大阪に行った)千里2と一緒かも知れないと想像した。それで慎重に京平とコネクションを繋いでから、彼を起こさないようにして周囲を検索する。車の中のようだ。高速に乗っている?いつも京平に付いている伏見の人(この日は真二郎さん)と、確かに“千里”が居て運転中であることが分かる。
 
「なんてパワーだ」
 
と千里は思わず声に出した。京平の傍にいる“千里”(千里2)は物凄い霊的パワーを持っている。元の千里を1として0.9くらいのパワーと《くうちゃん》は言っていたけど、嘘だ。元の千里の2倍、自分の3倍くらいある。
 
肉体の拘束から解き放たれたから霊的パワーも解放されたのでは!?
 
『気付かれないようにしなくちゃ』
 
と千里(千里3)は考えながら様子を伺う。すると千里2が運転するランドクルーザー・プラドはパーキングエリアに入り駐まる。そして千里2はトイレに行ったようである。このタイミングで千里3は京平に呼びかけた。
 
『京平まだ寝てるかな?』
『今起きた』
『ごめんねー。今日はお仕事で会いに行けないけど、明日は行くからね』
『あ、うん、いいよ』
 
千里3は決めたのである。
 
自分が分裂していることに、まるで気付いていないように行動しようと。ついでにオーラは千里1の更に半分くらいの小ささを装って、霊的能力が低い振りをしようと。そうすれば多分千里2は自分が分裂していることに気付き、千里1も3も自分よりずっと霊的能力が低く、自分が何とかしなければと思って全体の調整をし始めるだろう。結果的にDHCPサーバーのような役割をしてもらおうという魂胆なのである。
 
「だってDHCPサーバーがLAN上に2台あったらおかしくなるもんね〜。私はスレイブを務めればいいんだ」
と千里3は独り言を言った。
 

「あのぉ、ボクは長野龍虎なんだけど」
「えっと、僕は長野龍虎なんだけど」
「何これ?私は長野龍虎なんだけど」
 
と3人の“龍虎”は言った。
 
「もしかしてボク3人になっちゃった?」
と言ってお互いの顔を見る。
 
そして言う。
「やった!私が3人居るのならさ、3人で交替で仕事に行かない?」
「いいね!それ」
「そしたら3日に1度仕事をして後2日寝ていられる」
 
と3人は盛り上がる。
 
「待って。どうせならさ、1人が学校に行って1人が仕事に行って、1人は休んでいるというのは、どうよ?」
 
「あ、それがいい!」
「休んでいる日は渡された楽譜とか台本とか見ていたら?」
「うん、それでもいい」
 
「3人で交替でこなせば仕事も何とかなるよね」
「最近なんか仕事の量がどんどん多くなってきているもんね」
「中学時代より明らかに増えつつある」
「3人で協力してやっていこう」
 
と言って3人はお互いに手を出し合って握手をした。
 

「ん?」
と3人の内2人が声を出した。
 
「ね、もしかして君、女の子?」
「え?」
と言って、指摘された子は自分のお股を見ている。
 
「あ、おちんちん無い。僕、女の子みたい。君たちは2人とも男の子?」
「どうかな?」
 
それで各々自分の性器をチェックする。
 
「私、これ“本物の”男の子みたい。ほら、おちんちんが大きくできる」
「すごーい!そんなに大きくなっているところ、初めて見た!」
 
「君は?」
「このおちんちんは、こうちゃんさんが付けてくれたダミーだと思う」
 
「ということは?」
 
「僕たち、男の子と女の子と男の娘に分離したんだよ」
 

「だったらさ、ドラマで女役する時は女の子の私がして、男役する時は男の子の僕がすればいいんじゃない?」
 
「男の娘の僕は?」
「交代要員。だから男の子の僕は、ブレストフォーム外しちゃいなよ。あれって夏は汗掻いて大変だしさ」
 
「よし、そうしよう」
と言って、男の子の龍虎はブレストフォームを取り外してしまった。
 
「女の子の僕さんは、それ胸は本物?」
「本物みたい。感触があるもん」
 
「そうだ。男の子と女の子と男の娘ならさ、龍虎M・龍虎F・龍虎NあるいはアクアM・アクアF・アクアNと呼び分けない?」
 
「ああ、それが分かりやすいかも」
 
それで3人は回鍋肉を3人で分けて食べ、それだけでは足りなかったので冷凍室からお肉を出して来て解凍した上で、ホットプレートで焼いて食べながら、楽しく今後の計画を練ったのであった。取り敢えず明日の担当を決め、明日はNが学校に行き、Fが仕事に行き、Mはマンションに1日居て朝食と夕食の準備をすることにした。
 
なお、母が来て掃除などもして御飯を作ってくれるのは週末だけである。その時買い出しなどもしてくれている。龍虎たちは話し合い、3人分の食糧を確保するため、ネットスーパーで食べ物を買い、またオイシックスにも申し込むことにした。
 
(このマンションは荷物は宅配ボックスで受け取れる)
 

「今度のタイでの写真撮影どうする?」
 
「3人で交替して撮影。友利恵はF、佐斗志はMが撮影に応じる」
「そうじゃなくてパスポートの問題」
「あ・・・」
 
「どうしよう?」
 
「撮影は誰か1人が行ってくる?」
「いや、それだと多分倒れる。なんかハードそうだもん」
 
その時Nが言った。
「ねぇ、パスポートってふだん使いのサマンサのバッグに入っているよね?」
「あっ」
 
実はテーブルの上には沢田さんからもらったジュースが3本乗っているのである。もらったのは1本だが、自分が増殖した時にジュースを持っていたのでジュースも3本になってしまっている。
 
「バッグもそれぞれ持ってるよね?」
 
分裂した時に、龍虎はバッグからジュースを取り出そうとしているところだったのである。
 
それで各自バッグの中を見ると、パスポートが各々のバッグの中に入っていた!
 

「じゃこれを各々使えばいいね」
とMが言ったのだが、Fが否定する。
 
「それは無理だよ」
「どうして?」
 
「パスポートを使って入出国すると、それが即外務省のデータベースに反映される。だから出国しているのに、入国せずに再度出国することはできない」
 
「うっ。何て不便な」
「困ったな」
 

Nが提案した。
「千里さんに相談しようよ」
 
「それがいいかもね」
「千里さんなら、きっと何とかしてくれる」
「こうちゃんさんでも何とかしてくれるだろうけど危ないよね?」
「うん。ついでに何されるか分からない」
 
龍虎の中で千里への信頼は絶対だが、こうちゃんは信用が無い。
 
それで自分のスマホ(AQUOS SERIE mini SHL24)を出す。これもバッグの中に入っていたので各々同じアクオスを持っている。Nが代表して電話すると幸いにも千里はすぐ電話を取ってくれた。
 
なお掛けたのはNだが、同時にFとMのスマホも通話中になったので、この3台がクローンであることが分かる。FとMはスマホを耳に付け通話を傍受だけする。
 
「千里さん、折り入ってお願いがあるんですが、今どこにおられます?」
「羽田だけど」
 
龍虎は千里が羽田に居ると聞き、困ったなと思ったものの、幸いにも千里は明日にも東京に戻ってくると言う。千里が明日の夜中でも会えないかというと千里は龍虎が本当に困っているようだと感じ取ったようで会ってくれることになった。
 

それでこの日、龍虎たちは安心して寝ることにしたのである。
 
「布団が1人分しか無い」
「じゃ、掛け布団と毛布と敷き布団の選択」
「じゃんけんで勝った人から選ぶ」
 
それでFが最初に勝ち抜けて敷き布団を取り、それをかぶって寝た。次にNが勝って掛け布団を取った。それでMは毛布をかぶって寝た。風邪を引かないようにエアコンを強めに入れて寝ることにする。
 
「お布団買おうよ」
「うん。すぐAmazonで注文する」
と言って、Fがパソコンを操作して注文していた。
 

「ね、ね、学校の制服も3つ作らない?」
「ああ、それがいいね」
「どうせ作るならこうしない?」
とFが提案する。
 
「Mが着るようにさ、右前合わせのブレザーを作ってもらうんだよ。僕は今ある左前合わせのブレザー着るからさ」
 
「ああ。なるほど。Nはどうすんのさ?」
「右前にして」
「じゃブレザーは右前のを2つ作る。ボトムはどうする?」
「ズボンで」
とMとNが言った。
 
「じゃ僕がスカート穿くね。ズボンは1本だけ注文すればいいね?」
「よし、だったら明日お留守番するMがC学園の制服を作っている業者さんに電話して事情を説明した上で頼んでよ。2個作るのは洗い替えとか言っておけばいいと思う」
「分かった。連絡する」
 

タイで雨宮先生を“救出”した千里3は4月17日(月)14:30に成田に戻ってきて雨宮先生を三宅先生に引き渡した。
 
三宅先生は、千里がガラケー使いのためLINEで連絡が取れないので“雨宮先生が”料金を払うからスマホを1台持っていてくれないかと言われ、SHARP AQUOS Phone SERIE mini SHV38 champagne-pink を渡された。千里3はこれはいいものが手に入った、千里1・2に知られずに連絡が出来る、と思った。
 
Aquos Phone Serie を使う人:-
龍虎 Serie mini SHL24 Pink (2014.2発売)
青葉 Serie mini SHL24 blue (同上)
千里3 Serie mini SHV38 champagne-pink (2017.2発売)
和泉 Serie SHV34 Navy (2016.6発売 miniではない)
音羽 Serie SHL25 pink (2014.6発売 miniではない)
 
なお、ゆまもAquos Phoneを使用しているが、AUのSerieではなくDocomoのAquos Phone Zeta SH-06E blue (2013.5発売)である。
 
三宅先生からは今回面倒を掛けたお詫びに率のよいお仕事をあげると言われ、AYAの曲を頼まれた。それで千里は矢鳴さんを呼んで少しドライブしながら構想を練ることにする。矢鳴さんに連絡してから《わっちゃん》に言った。
 
『矢鳴さんが来る前に都内にホテル取ってそこに行って少し仮眠しててくれない?そして夜中に龍ちゃんのマンションに行って欲しいんだけど』
 
『私でいいんですか?』
『私自身が動くと2番に知られるからね。それで取り敢えず彼の話を聞いて欲しいのよ。連絡もらったら必要な処置はとる』
『分かりました』
 

千里3はUQ Mobileのショップに行き、UQ Wimaxのモバイルルーター W04(Huawei, Wimax2+/au 4G-LTE両用), Zenfone3 Laser (Asus, Silver)
を購入し、初期設定してもらい、アドレス帳もT008からコピーしてもらった。
 
千里は T008, Zenfone3, Aquos Serie のコピーを《くうちゃん》に頼んで作ってもらい、片方は“工作用”に《わっちゃん》に渡した。
 
それで《わっちゃん》はこの3台の携帯とルーターを持ち、赤羽駅近くのホテルを予約すると電車でそちらに移動してチェックイン。シャワーを浴びて寝た。《わっちゃん》は蛙なので、シャワーで水分をたっぷり肌に当てると、生き返るような気分になる。
 
千里3の方は16:20頃にアクオス・セリエから《きーちゃん》に短いメールを送った。
 
《新しいスマホを借りたから電話番号とメールアドレスを伝えておくね》
 
葛西駅で矢鳴さんと落ち合い、彼女の運転するアテンザで東北道・磐越道を走る。磐梯山SAで車中泊する。
 
22:30頃《きーちゃん》からこういうメールが入る。
 
《今脳内通信が不調なんです。今居る場所を教えてください》
 
千里3は、きーちゃんは“3人の千里”の存在に気付いたようだなと思い、苦笑しながら返信する。
 
《きーちゃん!?よかったぁ。心細かったよ。今は磐梯山SAの新潟方面。今夜はここで車中泊になると思う》
 
《そちらに行きます。そして取り敢えず私とは交信できるようにします》
 

《わっちゃん》は23時過ぎに仮眠から目覚めると、再度シャワーを浴びてたっぷりお肌に水分を補給する。それから千里に擬態して身支度をし、歩いて龍虎のマンションまで行った。
 
千里のアクオス・セリエのクローンで龍虎に電話し、中に入れてもらう。
 
「あれ?千里さんじゃない?」
と龍虎は言う。千里に擬態していても本人でないと分かるようだ。さすがである。
 
「私は千里の眷属の《わっちゃん》だよ。私のことは内緒でね。千里が“ミッション”中なんで私が代わりに来たけど、話を聞いて千里に連絡するから。それで千里は必要な措置を取ってくれると思う」
 
「だったら、わっちゃんさん、よろしくお願いします」
と龍虎はぺこりとお辞儀をすると、隣の部屋との障子を開けて
「出ておいでよ」
と言った。
 
すると“龍虎”が2人出てきたので、わっちゃんは仰天した。
 
「誰?君たち!?」
 

《わっちゃん》は“龍虎たち”の話を聞き
 
「それは協力できると思うよ」
 
と言い、自分の Zenfone3 Laser から千里の Aquos Serie mini SHL24 に電話すると事情を説明した。T008を使わないのは通話記録を千里2に見られないようにするためである。
 
千里3は話を聞いて驚いたものの、すぐに事態を理解し、直接龍虎とも電話で話して、いくつかのことを確認した。それで《くうちゃん》と話し合い、当日龍虎3人の内2人を日本からタイに転送してあげることにした。
 
わっちゃんも龍虎の支援のためタイに行くことにし、千里のクレカを使い、アクアが泊まる予定のホテル内に千里の名前で部屋を予約した。
 

その夜、千里3が磐梯山SAのアテンザ内で仮眠(前列に矢鳴さん、後列に千里が寝ている)していると、午前3時頃、《きーちゃん》がミラに乗って来た。ミラの車内に移って話す。
 
《きーちゃん》は、出羽の方で眷属の使い方について注意され、しばらく他の眷属と通信が出来ないと説明する。千里は内心《きーちゃん》も苦しい言い訳するなあと思いつつ、彼女と新しい通信鍵を交換した。
 
(きーちゃんはここに来る前に用賀のアパートで寝ている千里2の通信鍵を書き換えている。この段階できーちゃんは、3人の千里が全員分裂に気付いていないと思っていたが、実際には2も3も既に気付いていた)
 

3番は朝になってから矢鳴さんの運転で新潟→佐渡往復→関越で東京に帰還し、深川で少しバスケの練習をしてから18日夜は【葛西】に入って休んだ。その夜、千里1は【経堂】で寝ており、それを確認して千里2は京平と一緒に【用賀】で寝た。
 
19日、千里3はレッドインパルスの体育館(川崎市)に行って少しバスケの練習をしたので(近いから)【用賀】に泊まった。その日、千里2は京平を合宿が終わった貴司にランドクルーザー・プラドごと引き渡し、深川アリーナでバスケの練習をしてから【葛西】で寝た。
 
3人の千里が泊まった場所:-
4/17(Mon) 1=経堂 2=用賀 3=磐梯山SA
4/18(Tue) 1=経堂 2=用賀 3=葛西
4/19(Wed) 1=経堂 2=葛西 3=用賀
 
19日の寝る場所が前日と入れ替わったのに《きーちゃん》は肝を潰す。こんなんで千里が再統合されるまで3〜4年(くうちゃんの予想)もやっていけるだろうかと不安を感じた。
 
4月20日(木)午前中、千里2は《きーちゃん》を呼び、自分が分裂していることに気付いていることを話した。そして、一緒に3人の千里の居場所調整をやっていこうと話した。ここに、千里2・きーちゃん・京平の3人による“△”プロジェクト(trinity project) がスタートしたのであった。
 
 
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【△・第3の女】(1)