【△・瀬を早み】(4)
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(C)Eriko Kawaguchi 2018-07-22
2017年12月23日、貴司と千里(千里3)のデート。
体育館での“バスケットデート”が終わった後、千里と貴司はホテルに戻り、部屋に入ってシャワーで汗を流す。そして裸のままベッドに一緒に入るが、ここで5cmほど間を開けるのがルールである。タッチ禁止である。
「ねぇ、クリスマスだし、記念日だしセックスしちゃダメ?」
「結婚中の男性とはセックスできません」
「何度かしてくれたじゃん」
「じゃ日本代表に復帰できたらしてもいいよ」
「それ厳しいなあ」
「貴司の実力なら、まともな練習相手と日々やっていれば復帰できると思うけどなあ」
結局いつものように貴司が自分でするのを見ていてあげる。特別サービスで出た後を拭いてあげたら感動していた。
その後はふたりとも運動をした後の疲れで眠ってしまう。
起きてからは(服を着て)おやつなどを食べながらお話をする。今年は非結婚五周年・木婚式ということで、木製品を贈り合った。貴司から千里へは輪島塗の可愛い赤い箸、千里から貴司へはバスケット選手模様のコルク・コースターである。
「阿倍子さんとは8月に皮婚式だったんでしょ?何か贈りあった?」
「阿倍子はそういうのには全く関心が無いみたいで、結婚記念日を祝った記憶が無い」
「まあ気にしない人もいるかもね」
「誕生日のプレゼントももらったことないし」
と貴司が不満そうに言うと、千里はおかしそうに笑った。
最後は千里がまた加賀友禅の訪問着を着て、貴司もラルフローレンのスーツを着て、下に降りてレストランで夕食を一緒に食べてから別れた。
この日貴司は天国の気分であった。それが翌日、美映からの「妊娠した」という連絡で地獄に叩き落とされる気分になる。
年末年始、千里3は全日本バスケット(皇后杯)に向けて1軍チームの練習に熱が入っていた。
千里1は12月29日が2軍の年内最終練習で
「よいお年を〜」
と言って別れたものの、作曲依頼が大量に来ていて悲鳴を上げる。
結局12月30-31日の2日間で3曲書き上げて、12/31 23:59に送信すると、残っていた最後の力で布団に潜り込み、ひたすら寝た。
そして起きたらもう1月2日の朝だった。
それで近くの神社で初詣をして家に帰ってきた所で朱音から
「産まれそう」
という連絡があり、駆けつける。
朱音の夫は沖縄に出張中らしい。桃香も11月に高岡に帰省したまま、向こうに根を生やしている。それで朱音が頼れそうなのは千里くらいだったのである。
千里は朱音をミラに乗せて病院に運び込み、結局赤ちゃんが生まれるまで面倒を見ることになる。赤ちゃんが生まれたのは1月4日の朝であった。
1月5日、千里1はミラを運転して高岡まで行った。10月に信次を高岡に連れていった時「来月結納するから、その後で婚約指輪を見せに来るね」と朋子に言っていたものの、なかなか高岡に行く機会が無かったのである。
「ごめんねー。全然来られなくて」
と千里1は言ったが
「千里、君は11月25日にもこちらに来たではないか」
と桃香から言われる。
「え?嘘!?だったら、私、もう指輪見せた?」
「その時は持ってくるのを忘れてきたと言っていた」
「そんな指輪を忘れる訳ない。ずっといつも持っているのに」
「いや、高岡に来たこと自体を忘れている君がそういう発言しても」
「あれ〜〜!?」
「やはりちー姉は春の落雷以来おかしい」
と青葉が言っていた。
今回の千里1の高岡滞在中に、千里1のiPhoneが故障していることが発覚する。
「これは恐らく何か高電圧の物に曝されている」
と桃香。
「その高電圧の物ってちー姉のことだと思う」
と青葉。
それで新しいスマホ買う?と言われたものの、ガラケーにしたいと千里1は言った。
「だってスマホ買ったら、またすぐ壊しちゃう気がする」
というので、1月7日、青葉の成人式が終わった所で、千里1は桃香・早月と一緒にミラに乗って東京に戻った。
ミラの助手席をめいっぱい前に出して、後部座席左側にベビーシートをセットして早月を乗せる。その隣に桃香が乗る。そして運転席は千里である。
早月を乗せる以上、絶対に桃香には運転させられない!ので、千里がずっと運転して東京に戻った。
一方千里2はLFBの試合が12月17日の後、1月7日まで無いので、ローズ+リリーのカウントダウンライブ(今年は福岡市の博多ドーム)に参加した。
フランスのチームでの練習は12月29日(金)で終了し、30日から1月1日(月)までお休みである。千里は29日18時(日本時間30日2時)で練習を終えると、取り敢えず葛西のマンションに入って少し寝た。30日朝から新幹線で博多に移動し、シーホーク・ホテルに行き、ローズ+リリーの新マネージャー鱒渕さんから部屋の鍵をもらった。結局またひたすら眠って疲れを取った。
31日は午前中にリハーサルを行ったが、ケイは夕方福岡に来ることになっているし、マリは《リハーサルをすると疲れてしまい本番で歌えない》という問題があるので、マリとケイの役を姫路スピカと西宮ネオンが代行してくれた。この2人がマリとケイの身長に比較的近いのである。
「え〜?僕スカート穿くんですか?」
とネオンが抵抗していたが
「お仕事・お仕事」
と言ってケイの衣裳を着せていた。
夕方から1月1日の0:20までカウントダウンライブはおこなわれ、その後は耶馬溪のホテルに移動して休んだ。1日のお昼に打ち上げをおこなう。多くの出演者はそのまま1日も泊まって2日に帰るのだが、千里・冬子は忙しいので1日の内に帰ることにする。
その途中で千里(千里2)は自分が3人に分裂していること、琴沢幸穂の正体が実は分裂した自分であることを冬子に打ち明けた。冬子は驚きはしたものの、結構素直にその話を受け入れてくれた。ほんとに物に動じない人である。
また3人の中の1番が川島信次と結婚しようとしていることも話したので、冬子はお花でも送るよと言っていた。
ふたりは1日の18時過ぎに羽田に到着して別れた。
千里はその日は葛西でぐっすり寝て2日の練習(9-18時=日本時間17-26時)からフランスのMBFチームに合流した。
※お正月付近の3人の千里の動き
12.29 1=練習最終日 2=練習最終日 3=全日本に向けて練習中
12.30 1=必死作曲中 2=博多へ移動 3=練習最終日
12.31 1=同上 2=カウントダウンに出演 3=休みだが常総で玲央美と練習
1.1 1=睡眠中 2=冬子と一緒に耶馬溪→東京 3=同上
1.2 1=朱音を入院させる 2=MBF練習再開 3=同上
1.3 1=朱音に付いている 2=MBFで練習 3=1軍練習再開
1.4 1=朱音が出産 2=同上 3=1軍練習
1.5 1=ミラで高岡へ 2=同上 3=全日本QF
1.6 1=高岡滞在中 2=同上 3=全日本SF
1.7 1=夕方東京へ 2=試合 3=全日本決勝を観戦
1.8 1=新しい携帯を買う 2=休養日 3=休養日
1.9 1=2軍練習再開 2=MBFで練習 3=1軍練習再開
1月6日(土).
この日、千里1は高岡滞在中であった。千里2はフランスで練習(日本時間で17:00-26:00)に出る。そして千里3は全日本バスケット選手権(旧オールジャパン)の準決勝が14:00から行われ、これはBS-1で全国に生中継された。
旭川の浅谷家では、
「千里おばちゃんが出るよ〜」
と賢二が言って、テレビを点けて試合を観戦しようとしていた。
この当時浅谷家の子供は由紀恵(6)、絵令奈(4)、奈緒美(2)の3人である。ところが美輪子はプイと席を立つと台所に行ってしまう。
「ミワリン、千里ちゃんの試合見ないの?」
と賢二が声を掛ける。
「私、あの子見損なった」
「結婚のこと?」
「貴司君一筋と思っていたのに」
「だけど不倫を続けるのはよくないよ。普通に結婚してくれる男性が現れたんだから、いいじゃん」
「あの子は一途なのを気に入って不倫であろうとも応援していたのに」
そんなことを言っていた時、スクーターのような軽いエンジン音が聞こえ、家の前で停まる。ピンポーンとドアチャイムが鳴る。
「郵便屋さんかな?」
「はーい」
と美輪子が大きく返事して玄関に行く。
「千里!?」
「おばちゃん、明けましておめでとう」
「おめでとう・・・・」
「あがっていい?」
「うん、まあいいけど」
それで千里は
「お邪魔しまーす」
と言って上にあがる。
「これ、由紀恵ちゃんと絵令奈ちゃんと奈緒美にお年玉」
と言って3人にポチ袋を配った。お金の価値が分かっている由紀恵が凄く喜んでいる。
賢二がびっくりする。
「千里ちゃん、試合は?」
「ああ、そろそろ始まるんじゃないかな」
それで実際テレビを見ると、レッドインパルスのスターターが紹介される所である。
「背番号1、広川妙子」
と呼ばれて、妙子が全員とハイタッチしてからコートに出て行く。
「背番号30、三輪容子」
と呼ばれて、容子が残る全員とハイタッチしてからコートに出て行く。
「背番号16、入野朋美」
と呼ばれて、朋美が残る2人のスターターと控え選手全員にハイタッチしてからコートに出て行く。
「背番号24、鞠原江美子」
と呼ばれて、朋美が残るメンバーたちとハイタッチしてコートに出て行く。
「背番号33、村山千里」
と呼ばれて、千里がベンチ全員とハイタッチしてからコートに出て行く。
続けて、エレクトロウィッカの選手が1人ずつ名前を呼ばれる。
武藤博美/馬田恵子/河原恭子/加藤絵理/永岡水穂
「これって録画中継?」
と賢二が尋ねる。
「生中継ですよ」
と千里は答える。
「じゃ、あそこに居るのは?」
「千里ですね」
「じゃ、ここに居るのは?」
「私も千里ですね」
「千里ちゃんって2人居るの〜〜〜!?」
と美輪子と賢二は驚いたように言った。
千里が何とか事情を説明して、美輪子たちに納得してもらった翌日。
1月7日は青葉の成人式であったが、このようにこの日は進行した。
成人式は10:30-11:30に行われる。青葉は前日に美容室に行っていたのだが、朝から千里1が振袖(金沢の工房で買ったもの)を着付けしてあげた。青葉は9時半頃自宅を出て会場に向かった。
千里3は前日の準決勝でチームが敗退したものの、この日は決勝戦を観戦する予定である。しかし試合は11時からなので、成人式の前なら動くことが可能であった。それで千里に擬態した《きーちゃん》と入れ替わりで高岡に来て(千里が高岡にいる間は、きーちゃんが代理をする)、成人式が始まる前の青葉に会い、ご祝儀を渡し、明日香に記念写真を撮ってもらった。千里3は式が始まると東京に戻った。
千里2はこの日試合があるのだが、試合時間は15:30(日本時間23:30)からなのでこの時間帯は問題無く動ける。それで成人式が終わった後の会場前に《きーちゃん》と入れ替わりで行き、またご祝儀を渡した。今度は美由紀が記念写真を撮ってくれた。千里2は「寄って行く所があるから」と言って青葉たちと別れ、フランスに戻った。
そういう訳で青葉は成人式のお祝いを3人の千里から各々もらったのである。(全員1万円入れてくれていたので3万円ゲット)
2017年のアクアのスケジュールはこんな感じで進行した。
2016.11月-2017.1月 『時のどこかで』撮影
2016.12.24-1.5 冬のドームツアー
2017.2-7月 『ときめき病院物語III』撮影
2017.03.11-12日 震災復興支援イベント
2017.04.29-5.07 春のドームツアー
2017.07.15-8.06 夏の全国ツアー(7.29苗場)
2017.08.07-9.02 『キャッツアイ』撮影
2017.10.7-12日 厄払い旅行
2017.11月-2018.1月 『少年探偵団』撮影
2018.2-7月 『ほのぼの奉行所物語』撮影
9-10月はドラマの撮影にも映画の撮影にも掛かっておらず、比較的スケジュールに余裕がある。とはいっても、毎日どこかのテレビ局かスタジオに行ってお仕事があるのは変わらない!
もっとも9-10月に比較的ゆとりができたのは映画『キャッツアイ』の撮影で、アクアがほとんどNGを出さず、撮影がすいすいと進行したことによるものが大きい。
なお、この年リリースしたCDは下記である。
2017.03.22 Aq8『星の向こうに/ナースのパワー』
2017.07.05 Aq9『憧れのビキニ/サンダーボルト−青天の霹靂』
2017.10.04 Aq10『真夜中のレッスン/恋を賭けようか』
2017.12.27 Aq11『夕暮れ時間/BD Fight!』
アクアのCDは毎回ミリオン売れているのだが、特に9枚目のシングルはカップリング曲で出した『サンダーボルト−青天の霹靂』が大きく話題になり、200万枚を超えるヒットとなって、この時点でアクアの最大ヒット曲となった(レコード会社では増刷する時に両A面に変更した)。
アクア主演(小林少年役)の連続ドラマ『少年探偵団』の撮影は3ヶ月間の放送分(全12回)を11月上旬から2月下旬までの3ヶ月で撮影するので、無理は無さそうに見えるのだが、この時期は年末年始の特番が入るし、出演者もツアーに入ったり、ディナーショーをしたりするケースがあり、出演者のスケジュール確保が実はかなり厳しい。
それでアクア以外にもボディダブルで撮影しておいてアフレコする、というケースも多く、制作現場は結構混乱していた。しかもアクアのボディダブル今井葉月のように、多くの共演者に覚えてもらっている人ならいいのだが、あまり馴染みの無い人、あまり見たことのない人が入っていたりすると、共演者も誰が誰の役だか分からなくなることもあった。
そして撮影も大詰めになってきた2月、アクアのボディダブルである葉月が受験のため、撮影に参加できない事態となる。ここでの葉月の離脱は、受験のためやむを得ないとはいえ、監督が頭を悩ませることになる。
一応葉月の代役で姫路スピカや白鳥リズムらが来てくれているのだが、葉月はアクアの代役をやるだけあり、かなりの演技力を持っていたので、やはり、俳優としてはそれほど訓練を積んでいないスピカやリズムでは苦しい所があった。
その日、“アクアたち”は
「西湖(葉月)ちゃん、何とか行く学校が決まるといいね」
などと心配しながら、いつものように台本をカッターで3分割!して、3人で分担して読んでいた。
その時、ドアノブを回すガチャッという音がする。
その瞬間、アクアMが絶妙の反射神経でベッドの下に滑り込んだ!
が、NとFはMほどの反射神経が無いので「あっ」とか言葉を発しながらも、その場に座っている。
入って来たのは河村監督である。
「アクア君、申し訳ないんだけど、どうしても人が揃わないので今夜の撮影は・・・」
とまで言ってから、目の前にアクアが2人居るのを見て驚いた顔をする。
「だ、だれ?」
「すみませーん。この子、ボクの従妹でアメリカに住んでいるんですが、久しぶりに日本に帰国したので、陣中見舞いに来てくれたんですよ」
とアクアNが河村さんに説明した。
「君、アクア君にそっくりだね!」
「でも女の子ですけど」
「構わん、構わん、君ちょっと撮影に協力してくれない?」
「え〜〜〜!?」
何でも怪人二十面相が少女歌手をコンサートの最中に誘拐するという予告をしているので、小林少年がその少女歌手に変装し、歌手は男装して会場に入るというストーリーらしい。
ここでこの少女歌手をアクア自身が演じるという趣向なのだが、この撮影には本格的にボディダブルが必要である(合成している時間が無い)。演技力のある葉月を想定して脚本が作られていたので、何とかスピカに頑張ってもらうか、あるいは誰か演技力のある人を臨時に徴用するか、監督もプロデューサーと議論していたらしい。
アクアは背が低いのでボディダブルを務められる人が限られるのである。その中で演技力のある人というのは、ひじょうに難しい。
しかし顔がそっくりの人がいれば、演技力がそれほどなくても、結構何とかなると思われた。
「え〜?アクア君の従妹なの?」
とその時残っていたスタッフが驚く。その場に居たのは撮影スタッフと、山村マネージャー(ギョッとしている)、明智文代役の山村星歌である。
「君、名前は?」
「じゃアクアの従妹のマクラということで」
「面白い子だ」
「君、物怖じしない性格みたい」
「心臓が5つくらいあるだろうと言われます」
「気に入った。今日のストーリーの撮影をするよ!」
それでマクラ(アクアF)に可愛いアイドル歌手の衣裳をつけてもらい、北里ナナ役をしてもらう。
誘拐予告を受けて怖がっているナナの所に
「明智先生が不在なので」
と言って、文代さんと一緒に小林少年が訪れて、予告状を確認し、対策を話し合う場面を撮影する。
それで会場まで、小林少年がナナに化けて行くことになる。
「すごーい!私男の子になってみたかったの。でも小林さん、男の子なのに、女の子に化けることできます?」
とナナ(演:マクラ=アクアF)が言う。
(原作では「小林さん、男の子のくせに、ナナ子になれて?」というセリフなのだが、こういう“悪い意味の無い”「くせに」は昭和40年代頃以降は使用されなくなっているので「なのに」に変更している)
「ちょっと部屋をひとつとナナちゃんの衣裳をひとつ貸して下さい」
と文代が言い、衣裳を借りて出て行く。
すぐにアクアがその服を着てメイクもして戻って来る。
「すごーい!私そっくり!まるで本当に女の子みたい。いっそのこと、私の代わりにステージで『ナナの海』を歌って下さらない?」
とナナが喜んでいるが、この場面は、ほんとに同じ顔が並んでいるので、撮影スタッフの中からも
「凄い」
という声が漏れる。
「まあ視聴者は合成だと思うよな」
と山村が(内心は焦りながら)言っている。見ているプロデューサーも頷く。
一方ナナ役のマクラにも男装してもらい、そちらは文代さんが付き添って会場に向かう。一方、ナナに変装した小林少年もマネージャー(人が居ないので、小池プロデューサーがマネージャー役を演じた)と一緒に会場に向かう。
移動に車を使う所は、ブルーバックの前に車を停めているセットがあり、そこで撮影しておいて、あとで背景をコンピュータで埋め込む。
その後、楽屋で両者が落ち合うシーンが撮影され、やがてコンサートが始まって、ナナが可愛いステージ衣装を着けて舞台に登場、彼女のヒット曲(ドラマの挿入歌『ナナの海』加藤珈琲作詞・琴沢幸穂作曲)を歌う。
ところがその最中、突然照明が落ち、灯りが再度点いた時にはステージ上にナナは居なかった。
場面は縛られて猿轡までされたナナが車の後部座席に転がされ、怪人二十面相が車を運転しているシーンに移る。この付近は、車撮影用のセットの所で車だけ交換して撮影されている。なお、今日は二十面相役の大林亮平が来られなかったので、山村マネージャーが覆面を付けて(二十面相が覆面をしているのは全く不自然では無い)演じている。
「山村さん、演技力あるね」
などと、監督とプロデューサーが話していた。
そしてアジトに連れ込まれたナナが
「怪人二十面相君、残念だったね」
と言う場面となる。
「きさま・・・まさか小林か!?」
(声については後で亮平がアフレコする)
「今警察もここに駆けつけてくる。おとなしく縛につきなさい」
「おまえ、まさかその格好でスカート穿いてステージで『ナナの海』を歌ったのか?」
「君はすっかり欺されたようだね」
「お前、女の子になる才能あるぞ、いっそ性転換して少女探偵にならないか?」
「ボクは別に女の子になる趣味はないけど」
「嘘つけ!」
という台詞のやりとりには、撮影スタッフや、傍で見ているマクラ(アクアF)も忍び笑いをしていた。
しかしそこにパトカーが到着するような音がする。
「くっそう。この勝負はまたお預けだ」
と二十面相は言うと、発火装置のボタンを押し
「警官がこの部屋に辿り着くまで、お前生きてたらいいな。じゃな」
と言って、秘密の出口から立ち去ってしまった。
物凄い煙の立つ中、ナナの可愛いステージ衣装を着たまま、縛られて苦しそうにしている小林少年(アクアN)。そこにやがて制服姿の警官数名(テレビ局のADさんたち)と、明智文代が駆けつける。
「文代さん、ごめんなさい。二十面相逃げてしまいました」
「いや、あなたが無事だったから良かった」
と言って、文代は小林少年の縄を解き、抱きしめた。
(山村星歌は「アクアちゃん抱きしめちゃった。役得、役得」と言っていたらしい)
この日は深夜2時すぎまでこのクライマックス場面を4時間ほど掛けて撮影。残りは最終回の1回だけとなる。
「マクラちゃん、凄くいい演技してた。君も女優デビューするつもりない?」
「すみませーん。もう来週には向こうで学校が再開するので帰らなくちゃいけないんですよ」
「だったら、今週いっぱいは撮影に協力してくれない?」
「人気絶頂のアクアの従妹とかで騒がれたくないから、他の俳優さんたちのいない所でなら応じてもいいです。あと、私のこと自体を秘密にしてくれませんか?記者にアメリカまで追いかけてこられたら迷惑だし」
「いいよ!それでいこう!」
そういう訳で、この後今週いっぱい、アクアは2人体制で残りの撮影を行い、『少年探偵団』は無事クランクアップに至ったのであった。結果的に葉月が出て来られなかった所を3人のアクアでカバーしてあげたようなものであった。
2018年1月15日、千里C(せいちゃん)が中心になって開発していた○○建設のシステムがリリースされ、せいちゃんも肩の荷を下ろすことが出来た。
1月21日、貴司が阿倍子と離婚した。慰謝料の1000万円は先行して阿倍子に渡したので、このお金で阿倍子は自分の母から実家の土地建物を買い取り、阿倍子の母はそのお金を、この物件の所有権を巡って揉めていた従姉に遺産相続の遺留分として支払い、実家の所有権問題は解決した(貴司が依頼した弁護士に同席させ、念書を取った)。
それで阿倍子は実家に戻ることができることになり、1月23日に引越をすることになった。しかし阿倍子は体力が無く作業が全然出来ない。それで貴司が引越を手伝っていたものの途中で喧嘩になってしまった。結局貴司が千里(千里1)を東京から呼び出して、手伝わせることになる。
千里1が手伝ってくれたおかげで何とか引越屋さんが来る時間に荷造りが終わり、京平とともに実家に戻った阿倍子は、積み上げられた大量の荷物を見て
「これどうやって片付けよう?」
と思っていた。
そこに晴安がやってきた。
「ごめんねー。引越の手伝いに行けなくて」
「ううん。ハルが向こうに顔出していたら、いろいろやばかったし」
「おじちゃん、どうして女の人の服を着てるの?」
と京平は晴安に尋ねた。
「こういう服が好きだから着ているだけ」
「ふーん。ボクもスカート穿くの好きだし」
「うん。好きな服を着ていいと思うよ」
「おじさん、ママと結婚するの?」
ダイレクトに訊かれて、晴安は困ってしまった。妻との関係は冷え切っており、離婚に応じることは同意してもらったものの、現在彼女は妊娠中なので、その子が産まれて1歳になるまで、具体的な条件などの話し合いは延期することになっている。離婚が成立するのは早くても2019年秋以降と思われる。
(実際には2019年10月に晴安は離婚し、2020年2月に阿倍子は晴安と再婚した)
「そのうち結婚するかもね」
「だったら、パパとか言った方がいい?それとも・・・ママンとか?」
「パパよりママンの方が好きだけど、ママとママンが紛らわしいから、いっそ名前でハルちゃんでもいいよ」
「うん、分かったよ、ハルちゃん」
と京平は言った。
それで晴安がこの後数日にわたってここに来て荷物の整理をしてくれたお陰で実家も何とか住める状態になった。
阿倍子が退出した翌日24日、美映が貴司のマンションにバッグ1つの荷物だけで引っ越してきて同棲が開始される。貴司は阿倍子が返してくれたマンションの鍵を美映に渡した。鍵には阿倍子が取り付けていた可愛い女の子狐のキーホルダーが付いていたが、貴司はそれを何にも考えずにそのまま美映に渡す。この無神経さが貴司の困った所だが、美映はそういうのを全く気にしない性格なので
「あ、可愛いじゃん。阿倍子さんの趣味?」
と言っただけで、平気でそれを使用続けた。(さすがの貴司もそのセリフを聞いて「しまった」と思ったものの、美映が気にしないようなので、いいことにした)
ふたりの婚姻届はすぐ出すのは節操が無さ過ぎるかもといって、離婚から半月後の2月3日夕方17時頃に提出された。
ちなみに2月3日は16:06からボイドに突入していた(翌朝6:46まで)。
婚姻届の提出がボイド時間帯になったのは、千里2の霊的操作(要するに呪い!)の作用である。
一方信次と千里1は結婚式は3月17日に行うのだが、新婚旅行の予約の都合で2月16日に婚姻届を出すことにした。千里1は占星術でこの日の15:30頃に届を出すのが最良という結論を出していた。
これに対して千里2は青葉に頼んで当日千里1を高岡に呼んで、千里1本人には提出ができないようにした上で、呪いを掛けて、婚姻届を最悪の時間である同日11:30に提出させることに成功した(提出したのは信次の母)。これは千里2と千里1の占星術戦争であったが、青葉の協力もあったことから、霊的なパワーが桁違いの千里2側の勝利となった。
貴司の所属するMM化学は今期1勝6敗に終わったが、その唯一の勝ち星を拾ったチームは他で2勝して2勝5敗となった。今季は2勝5敗のチームが3つあり、得失点差でこのチームは6位となった。2勝5敗3チームの中で得失点差が最も悪かったチームが7位となって入れ替え戦に出る。
そして・・・貴司のチームは8位となり、無条件で2部に転落した。
これを受けてMM化学の田中社長は、バスケ部の練習時間特例を廃止することを宣言した。2月以降、バスケット部員は練習時間に関して全く考慮されないことになり、各自の1日の仕事をきちんと終えてから練習に行くようにということになった。完璧に「余暇活動」扱いである。結果的には《定時退社日》の水曜しかチーム練習はできないことになる。
結局監督は退任し、貴司が監督を兼任することになった。
また練習時の体育館の使用料金が会社からは支出されないことになり、4月以降は部費から払ってくれと言われた。しかし部費は各部員が毎月1000円出し合って運用しているもので、とても負担できない。それで使用料については貴司が個人的に出すことにしたいと表明。了承された。
これは1回5000円なので、週一回として月間2-2.5万円の負担になる。
貴司はチームでほとんど練習できずにいること、そして12月の千里とのデートでも「練習不足」を指摘されたことから、以前練習に参加させてもらっていた、《市川ドラゴンズ》の九重さんに連絡を取ってみた。
「ああ、いいよ。俺たちは毎日夜9時頃からのんびりと練習してるから、いつでもおいで」
「ありがとうございます!」
ちょうど日本代表に初めて選出された頃、貴司はハイレベルな人たちと日常的に練習したいと思っていた所、茨城県の《女装ビーツ》の白鳥さんが「大阪に住んでいるのなら、兵庫に私の知り合いが参加しているチームがあるんだけど」と言って、ここを紹介してくれたのである。
市川ドラゴンズは兵庫県市川町(千葉県市川市ではない)に本拠地を置くクラブチームだが、バスケット連盟には加入していない。しかしメンバーは元プロを含む極めてレベルの高い人たちばかりである。
市川町へは会社が終わってから新快速で姫路まで行き、播但線に乗ると21時までに最寄り駅まで到達できるのである。市川ドラゴンズのメンバーも仕事が終わってから練習を始めるということで、練習は夜9時から12時頃まで行われる。
会場は比較的新しい体育館で、バスケットのコートが2コート取れる。日中は市川町や隣の福崎町などの住民、小中学生などが使用しているが夜間はドラゴンズ専用になるらしい。体育館は防音設備がしっかりしているので夜間に使用しても音が近隣の住宅街に漏れない。
実はここの練習に参加していた結果、貴司は阿倍子が起きている内には自宅に戻らない生活になってしまった(12時過ぎまで練習した後は当然帰りの列車は無い。朝1番の列車で大阪に出てくると、会社の始業時間には間に合うが、自宅に寄ることは不可能)
ただ市川町との往復電車代は1回4000円ほど掛かり、月に20回行けば8万円にもなる。
千里2は2月上旬、貴司に電話して、阿倍子さんに払った慰謝料は自分に出させてもらえないかと話した。
「でも千里、1000万円とか払えるの?」
「私はお金を使うようなものが無いんだよ。遊ぶ時間とか全然無いし。だから給料がどんどん貯まっていてさ」
「そうか。SEって残業代が凄そうだよね」
それで阿倍子に払った慰謝料は千里が出して、その金額は銀行に返済することにした。
「実際、1000万円の返済しながら養育費の送金は無理だよ」
「それは自分でも厳しいなとは思っていた」
「美映さんの赤ちゃん産まれる時は色々お金掛かるし」
「そうなんだよね。京平の時もかなり思わぬ出費があった」
貴司は虫が良すぎるとは思ったのだが、市川町への交通費についても打診してみた。
「ああ。そのくらいはいいよ。毎月6万くらい送ってあげようか?」
「済まない!そのくらいあると助かる」
「だから阿倍子さんへの養育費、しっかり送ってあげてね。阿倍子さんと京平はそれだけが頼りだから」
「うん。頑張る」
「そうそう。交通費の支援の分はいいけど、1000万円は借用証書、書いてよね」
「もちろん書くよ」
「公正証書でね」
「うん。この金額なら当然だと思う」
「それと美映さんが産んだ子供が2歳くらいになった所で離婚して」
「ごめん。それは確約できない」
と貴司は答えるが、千里(千里2)もこれは“ジャブ”として言っているだけである。
貴司はずっと気になっていたことを訊く。
「千里は川島さんとはどうするの?」
「予定通り結婚するよ。今月中に入籍する」
「そうか・・・」
「貴司があまりにも薄情だから、こちらも結婚することにした」
「分かった。でも僕には離婚を求めるの?」
「当然」
「うーん・・・」
と貴司は悩んでいたが、訊いた。
「今月下旬の僕たちのデートは?」
「もちろんいつも通りに」
「良かったぁ」
と言う貴司に、千里2も少々呆れた。
なお2月16日に千里と信次の婚姻届が提出されたら、すぐに千里2がそのことを貴司に電話した。すると貴司はすごくがっかりしたような様子だったので、千里2も「私時々さすがに貴司の頭の中が理解できなくなることがある」と思った。
ところが2月下旬、貴司は半月近くにわたる上海出張が入ってしまい、デートができなくなった。それで貴司は上海からメールを送り
「帰れそうにないからアマゾンでバレンタイン送るね」
と伝えて、川崎のマンションにチョコレートを送った。
それが届いたのを見て、千里3は貴司に電話した。
「バレンタインって普通、女が男に贈るんだけど」
「実は送った後で気がついた」
「貴司、実は男の愛人にチョコレートを送っているとか?それでうっかり、私にもチョコ送っちゃったとか」
「僕は男には興味無いよ!」
「それすごーく、怪しいと思っているんだけど、昔から」
それで結局
「じゃ私がホワイトデー送るよ」
「ごめーん。誕生日プレゼントは何がいい?」
「そうだなあ。エスティローダーの春のセットとかいいかな」
「分かった。何とかする」
といったことになった。
3月11-12日、岩手県でローズ+リリー主宰の復興支援イベントが行われ、青葉や千里2もこれに参加している。青葉は12日のイベントが終わったら盛岡の彪志の実家に行き、泊めてもらった(彪志は東京にいるので不在)。13日は1日文月の買物に付き合ったりした。
14日に東京に出てきて夕方から北新宿のTKRでアクアの新曲発表記者会見をした。
その後、青葉は千里1が結婚前で色々忙しくしているのではないかと思い、手伝うことがあったら手伝おうと思って千葉に行こうと思ったが、念のため千里1の携帯に電話を入れてみた。
するとまだ用賀にいるというのでびっくりする。行ってみると千里は必死で作曲作業をしていた。
「ちー姉、千葉に行かなくていいの?」
「それより私はこの曲を今日中に完成させなければ」
話を聞いてみると、結婚式までに仕上げればいいと言われていた曲を申し訳ないが早めに仕上げてほしいと連絡があったらしい。
入力は手伝う必要がないようなので、青葉は食糧を買ってきてあげたりして側面サポートをした。
「でも全然荷造り進んでないみたいだけど」
「とても引越なんてできない」
「でも新婚旅行終わったら向こうで暮らすんでしょ?」
「無理。それでは仕事できない」
「同居しないの〜?」
「5月くらいには一段落しそうだから、そしたら身の回りのものだけ持って向こうに行くよ。そして毎日ここに通勤してくる」
「だったら千葉にマンション借りて、ここにある装備をそこに持っていったら?」
「あ、それでもいいかな」
「じゃ私が手配しておくよ」
「助かる。頼む」
それで千里が何とかその曲を仕上げて天野に送信したら、雨宮先生から
「済まないけど、今日中に1曲書いて欲しい」
と言われて、さすがの千里も絶句することになる。
上島雷太を含む30名ほどの政治家・官僚・芸人などを近日中に逮捕するという決定は、実際には東京地検特捜部の会議で、3月14日に決定された。
証拠隠滅などを防ぐため、極秘ではあったのだが、これだけの大量逮捕をするにはどうしても多数の人間が動くことになる。
この3月14日の内にこの情報を掴んだのは、音楽関係者では、紅川勘四郎会長、雨宮三森、そして虚空と千里の4人であった。
虚空はいよいよ来たなと考えて、兼ねてから用意していた楽曲のいくつかの仕上げ作業を始めた。千里も《きーちゃん》と話して、千里1・千里3に準備していた楽曲の調整作業を依頼するのだが(それで作業途中のものは仕上げを急いでもらった)、ふたりが話し合っていた所にコスモスから(天野貴子に)連絡があり、上島先生の作品が使えなくなるので緊急に代替作を書いてもらえないかと言われたので、こちらもその作業を始めようとしていた所だと話した。
コスモスは紅川会長からの連絡で作業を始めていたのだが、天野に連絡してみたら、そちらも動き始めた所と聞いたので、この時点で結構な人が察知したのかなと思ったのだが、音楽関係者で知っていたのは、まだごく少数だったのである。
ちなみに政界関係には絶対に漏れないように、今回の東京地検のプロジェクトでは政界とコネクションがあるかもしれない検事や職員を外して、わずか5人の検事と7人の職員のみで、極秘に作られたクローズドなSNS "Untachable"を使って進められており、そちら方面には一切情報漏れを起こさなかった。それで代議士Sも都議Tも逮捕状を提示されて驚愕していたらしい。
(但し代議士Sの逮捕は国会開催中なので、法相の認可の上、議院運営委員会で承認され、国会本会議でも承認されなければならないので、逮捕状の執行は他の逮捕者より1日遅れになった。この時期、政府は重要案件を抱えており、野党の闘争材料にされたくないので速やかに承認した。なおSの秘書は19日朝に全員逮捕されていたので、Sは証拠隠滅のしようもなかった)
コスモスから連絡を受けた天野貴子(きーちゃん)は頼まれた10曲を結婚式を直前に控えた千里1を避けて、2番と3番に5曲ずつ割り振り、千里1には(結婚式に掛かってしまい遅れると困るので)今頼んでいる分を少し前倒しに仕上げて欲しいと連絡した。それで1番は16日までに仕上げる予定だったものを頑張って14日(実際には15日朝)までに仕上げた。
ところが千里1が
「仕上げた!少し結婚式の準備しなくちゃ!」
と思っていた所に、雨宮先生から直接
「緊急ですまん。16日までに、これこれこういう趣旨の曲を書いてくれ」
という連絡があり、千里1は悲鳴をあげることになるのである。
4月から始まるFHテレビのドラマ主題歌を三つ葉が歌うことになっており、上島雷太から楽曲の提供を受け、既に音源製作も終わり、プレスも終わって3月21日(水)発売のため、19日(月)に発送する予定になっていた。
雨宮はこの曲が使えなくなることに気がついた。
しかし今の段階ではあまり人に知られるのはまずい。そこで3月15日の朝6時、雨宮は千里の家電に直接電話し「緊急に1曲、明日までに書いて欲しい」と言い、これで千里1が絶句することになったのであった。
千里1は必死で曲を書き、結局17日の朝完成させ雨宮に送信した。
千里は精神力も体力も使い果たして眠ってしまった。午後から結婚式があるのに、一向に千里が姿を見せないので、千葉の川島家では「まさか結婚式のドタキャン?」と心配して、信次が用賀のアパートまで様子を見に行き、熟睡している千里を発見することになる。
一方、千里1に何とか曲を書いてもらった雨宮は、三つ葉の3人を個人的に呼び出し、代替曲だということも知らせずに音源製作をさせた。マネージャーのフロート大堀(副社長)は、秘密を守ってくれる人なので事情を打ち明けたら驚愕していた。
なお、カップリング曲を書いたのは毛利五郎である。彼も詳細を知らされないまま突然「16日までに1曲書いて」と15日の昼前に言われ、実際に書き上げたのは17日のお昼過ぎだったが、ちょうど千里の曲の歌唱がだいたい完成しつつあった時だったので何とかなった。
今回はどちらの曲も、伴奏は千里や毛利が作ったMIDIデータをそのまま使用することにした。秘密保持の問題を考えると生バンドを使う訳にはいかなかった。
雨宮は17日いっぱい掛けて音源を完成させ、技術者に無理を言って18日のお昼までにマスターを制作させる。その日の午前中にテレビ局の長沼プロデューサーとレコード会社の日吉室長にだけ、漏れたら一大事なので絶対に他に漏らさないで欲しいという条件で状況を打ち明けて制作承認を取る。日吉は佐田副社長に相談できないかと言ったが、万一あんたが首になったら、どこかいい所を紹介するからと言って納得させた。佐田副社長はあまりにも危なすぎる。彼にしても村上社長にしても、ダークな人脈が多い。
そしてマスターは18日の午後いちばんに工場に持ち込みプレスさせる。
それで何とか(逮捕報道を受けて)19日の夕方にドラマのCDは全国に向けて発送することができ、21日の発売日に間に合わせたのである。先にプレスしたCDは廃棄だが、発送前に差し替えられたので被害はたいしたことない。
3月16日、警察関係にコネの多い○○プロの丸花茂行社長が上島らの逮捕情報を掴んだ。
霊的な力を使用している虚空と千里は別として、丸花の情報キャッチが紅川や雨宮より遅れたのは、丸花がふつう使用している情報網が今回は特捜部からシャットアウトされていたためである。
翌3月17日、雨宮・東郷・後藤・蔵田を集めて5人で緊急会談を開く。この時、雨宮は今知ったような顔をして、丸花の顔が潰れないようにしてあげた。(雨宮がこの会議に出ている間、音源製作の指揮はフロート大堀が執った)
それで緊急に100曲くらいの代替曲を作ることになり、新島は天野貴子に連絡して、醍醐春海・琴沢幸穂で分担して20曲お願いできないかと頼んだ。それで天野は既に千里2と3がコスモスから頼まれた5曲を書いている最中なので、新婚で申し訳無いとは思ったが、千里1に10曲と、2と3に5曲ずつ頼むことにした。結局30曲を千里1・2・3で10曲ずつ書くことになる。千里1は結婚式の翌日起きたら天野からメールが入っているのに気付き
「私って結婚式くらいでは休めないのね・・・」
と嘆いた。それで新婚旅行の最中はハワイの自然の中を歩き回り、ネタ探しをした。信次はとても体力がもたないので、別行動にしショッピングなどをしていることになる。
千里1が信次に伴われて、結婚式を挙げる予定になっている千葉市内のホテルに姿を現したのは3月17日の13時頃だった。
「千里ちゃん、今日信次と結婚してくれる?」
と心配そうに康子が声を掛けたが
「遅れてすみませーん。ここ数日徹夜で仕事していて、丸3日ほど寝てなかったので」
と千里が申し訳なさそうに言う。
「マジで72時間くらい寝てなかったらしい」
「え〜〜〜!?」
すぐに着付けとお化粧をしてもらい、14時からの結婚式、15時からの披露宴に臨んだが、二次会まで終わると、
「ごめん、限界。寝る」
と言って、新郎新婦用に確保した部屋のベッドで熟睡してしまった。起きたのは翌日、太一たちの結婚式が始まる直前であった(信次に起こされた)。
3月17日の13:00、レッドインパルスは秋田で今季プレイオフの準々決勝に臨むことになっていた。勝てば来週の準決勝に進出できるが、負けたら今季はこれで終わりである。
この日首脳陣は千里がちゃんと秋田に来てくれるか心配していた。実は1月に“村山十里”が「3月17日に結婚するので」と言っていたのである。そして千里が、他の選手が乗っていた朝1番の秋田行き新幹線(こまち1号)で姿を見ないという連絡がキャプテンの広川からあり、心配した。
ところが当の本人は10時ジャストに会場に姿を現した。
「すみませーん。今まで寝てました」
などと言っている。
実は千里3は作曲作業をしている内に眠ってしまって、朝の新幹線に間に合わなかったため、《きーちゃん》に転送してもらったのである。
「来てくれたか!キャプテンが新幹線内に見ないというので心配していたよ」
「ごめんなさい!すぐ連絡します」
と言って、千里はすぐ広川主将に連絡していた。
千里3はこの日の試合が終わった後、チームメイトと一緒に新幹線で東京に戻ったが、東京駅で解散した後、そのまま新幹線を乗り継いで大阪に行った。そして大阪市内に1泊した後、18日(日)の日中、貴司とデートをした。
(千里1は太一の結婚式に出席している所である。千里2は葛西で睡眠中)
ところがこのデートの最中に、貴司が阿倍子と離婚して、美映と結婚したことを知り、千里3は激怒した。
千里3はこの話を全く聞いていなかったのである。
手当たり次第、その付近の物を投げつけて貴司を非難する。貴司はその話は1月にしたし、2月には慰謝料の肩代わりの話までしたのに、なぜ今更怒るんだぁ!?と理解不能である。
千里3が貴司に色々物を投げつけている最中に、天野貴子(きーちゃん)から千里3に電話が入る。
「いったい何?」
と千里3が怒ったように言うので、きーちゃんはギクっとした。
「あのぉ、お忙しい所、申し訳ないのですが、例の上島先生の代替であと5曲、書いて欲しいんですけど」
と《きーちゃん》は恐る恐る頼んだ。
「それはいいけどさ、貴司を去勢したいから協力してくんない?」
と千里3。
「いいですよ〜」
と《きーちゃん》は気軽に言い、次の瞬間貴司の男性器が消失した。尿道口だけが空いている、いわゆるヌルの状態になってしまう。
「うっそー!?」
と貴司が叫ぶ。
「貴司、そのビバビバだかビバノンノンだかという女と離婚して、私の所に戻って来たら、ちんちん戻してあげるから、それまではちんちん無しで過ごしなさい」
と言って千里3は出て行った。
そういう訳で貴司はまたしばらくの間、性器の無い状態で過ごすハメになるのである。
「またちんちん無くなっちゃった」
などと貴司は疲れたような顔で呟いていた。
(貴司は男性器が消失している時期にバスケットの技術がレベルアップする傾向があるのだが、本人はそのことに気付いていない)
この時点でまだ2人は、貴司から千里への誕生日プレゼントと、千里から貴司へのホワイトデーのチョコを交換していなかったのだが、千里2が《つーちゃん》に頼んで交換してしまった。
お昼過ぎ、貴司はとぼとぼと自宅マンションに帰る。
「あれ、早かったのね」
「うん。わりと早く仕事が片付いた」
貴司はこの日、会社から呼ばれたと称して出かけていたのである。
「お疲れ様!お昼は食べた?」
「あ、結局食べ損なった」
「じゃチャーハンでも作るね」
と言って、美映はお昼を作ってくれた。こういう時、阿倍子ならラーメンとかピザの出前でも取る所だが、美映は料理好きなので、きちんと御飯を作ってくれる。これはいいなあ、と貴司は思っていた。
それでキッチンのテーブルに座ってふたりで食べていた時、美映は貴司の手提げバッグに入っている包みに気がついてしまった。
「それ何?」
「え?何だろう」
と言って取り出してから血の気が引く。
それはホワイトチョコレートの包みなのだが、《私の愛する貴司へ》
というメッセージがハートマークの中にフェルトペンで書かれたカードが貼り付けられていたのである。
「これどういうことか説明して欲しい」
と美映が怒りの表情である。
「え、えっと、ファンの子からの贈り物かな」
「ファンの子が《愛する貴司へ》とか書く訳ないじゃん、貴司、愛人がいるの?」
「いや、違う、これは・・・」
と貴司が弁明するが、弁明すればするほど、罪を認めたも同然である。
結局
「今夜の御飯は抜き!」
と美映から宣言されてしまった。
なお、これが阿倍子ならチョコも捨てさせる所であるが、美映は神経が太いので
「これ私だけで食べちゃおう」
と言って、箱を開けて美味しそうに食べていた。一応紅茶だけは貴司にも入れてあげた(妊娠中なので美映はコーヒーも避けている)。
「今晩は私だけサーロインステーキでも食べようかな」
などとも言っている。
「貴司はお茶だけね。お茶に砂糖入れてもいいよ」
「ほんとにごめーん」
ちなみに、ふたりは美映が妊娠中なのでセックスはしない。それで貴司の性器が消失していることは、バレずに済んだ。
■3.14(Wed)
11:00 上島らの逮捕方針決定。
午後、虚空→千里→紅川→雨宮がこの順に↑の決定を察知
18:00 アクアの新曲発表記者会見
20:00 コスモスから天野に代替曲10曲依頼。
21:00 青葉が用賀のアパートに行き千里1と会う
■3.15(Thu)
6:00 千里が天野から急ぐと言われていた曲を完成して送信
7:00 雨宮から千里に三つ葉の代替曲依頼
■3.16(Fri)
16:00 丸花社長が上島逮捕方針の情報を得る。
■3.17(Sat)
_6:00 千里1、三つ葉の代替曲を完成させ、送信
11:00 信次が用賀で熟睡している千里1を発見。
13:00 千里1と信次、式場に到着
13:00 千里3、秋田県立体育館でWリーグ準々決勝
14:00 千里1と信次の結婚式
15:00 千里1と信次の披露宴
17:00 丸花・後藤・蔵田・雨宮・東郷の会議
17:10 千里3移動。秋田17:10-21:04東京21:23-23:45新大阪
18:00 千里1と信次の二次会
21:00 千里1はホテルの部屋で熟睡し、初夜は空振り
24:00 三つ葉の音源完成
■3.18(Sun)
_4:00 千里2、マルセイユでLFBの試合
_6:00 千里2が青葉たちの泊まっているホテルに姿を現す
_8:00 新島から天野に20曲の作曲依頼
_8:10 新島からケイに作曲依頼(やはりと言われる)
_8:20 新島から青葉に作曲依頼(今朝聞いたと言われる)
_8:30 新島から寺内雛子に作曲依頼(4曲書いたと言われる)
10:00 千里3が貴司とデート。美映との結婚を知り激怒。
10:00 天野から千里1・2・3に作曲依頼の連絡
10:00 太一と亜矢芽の結婚式
11:00 太一と亜矢芽の披露宴
13:00 太一と亜矢芽の二次会
13:00 三つ葉の代替曲マスターを工場に持ち込む
18:00 千里や太一たちを成田でお見送り
18:55 太一と亜矢芽が新婚旅行に出発 NRT 18:55(JL771) 3/19 6:40 SYD
18:55 千里と信次が新婚旅行に出発 NRT 18:55(NH7024) 3/18 6:55 HNL
■3.19(Mon)
_9:00 逮捕状の一斉執行(S議員を除く)
15:00 西湖が試験の帰りに一斉逮捕のニュースを見て驚く
17:00 三つ葉の代替曲を全国のショップに発送
■3.20(Tue)
10:00 衆議院議員Sの逮捕状執行
12:00 西湖、G高校発表を見に行く。不合格でワルツに連絡
14:00 比較的微罪と思われる芸能人や大学教授など送検
■3.21(Wed)
10:00 三つ葉の新曲発売(実際には20日夕方から店頭に並ぶ)
■3.22(Thu)
千里2が先行してできた曲を§§ミュージックに持ち込む。
西湖が千里と一緒にJ高校に行き入学許可。
用賀のアパートを西湖が引き継ぐことになる。
3.24-27 アクアと西湖、ワープステーション江戸で時代劇撮影
3.25(Sun) 千里3、Wリーグ表彰式に出る
3.26(Mon) 湖斐が入学辞退の連絡(勾陳が介入)
3.27(Tue) 千里と信次が成田に戻る。千里は用賀に。
3.27(Tue) 青葉が用賀を訪れマンションの鍵を渡す。
3.28(Wed) 信次に名古屋転勤の辞令
3.28(Wed) 西湖の父がJ高校と交渉するが辞退撤回不可
3.29(Thu)PM 上島ら罪の軽い数名が釈放される。
3.29(Thu)夕方、上島雷太の記者会見。無期限活動停止。
3.30(Fri) 西湖が父と一緒にS学園に行き入学許可
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【△・瀬を早み】(4)