【娘たちの卵】(5)

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千里は卵子採取の後、午前9時頃に退院して、駐車場に駐めているインプの後部座席に乗り込み、毛布をかぶって寝る。
 
『さすがにきつかった。こうちゃん。高岡まで送って』
 
『それはいいけど・・・』
と《こうちゃん》は言いつつ、戸惑っているようだ。《たいちゃん》が訊く。
 
『卵子の採取できちゃったけど、千里、卵巣あるの?』
『まさか。あれは誰か別の人の卵巣から採取したんだよ。私が寝ていたら、すっと誰か別の人が私に重なった感じがした。その人の卵巣から採取されたんだと思う。大神様の操作だと思う』
 
『なるほど。そういうことだったのか』
 
微妙な部位の操作なので、男の眷属たちは遠慮して廊下で待機していた。女性の眷属である《たいちゃん》だけが付き添っていた。彼女は驚いていたし、廊下で様子を伺っていた男性眷属たちもどうなってんだ?と思ったようである。
 

この時、《きーちゃん》は北海道に武矢の精液を取りに行っている。武矢の身体に付いている睾丸は元々千里の睾丸なので、これは実は千里の精液である。《きーちゃん》は事情を知っているので傍に居てもらってもよかったのだが、そうすると彼女が他の眷属から質問攻めにあってしまうので遠くに居てもらった。
 
《すーちゃん》は千里の身代わりでスペインに居る。
《びゃくちゃん》は千里との位置交換に備えるため常総ラボに居る。
《いんちゃん》も千里との位置交換に備えるため市川ラボに居る。
《てんちゃん》と《わっちゃん》は《きーちゃん》に頼まれて大学の理学部の図書室で資料を探していた。
 
つまりこの時は《たいちゃん》以外の女性眷属は全員出払っていたのである。
 

その日、都内某所で∞∞プロの鈴木社長と、§§プロの紅川社長が秘密の会談をしていた。
 
「そういう訳でヒバリ君の尿および飲みかけのコーヒーから脱法ドラッグ未指定の7th hellの成分が検出された。髪の毛も取らせてもらって分析した所、ここ1〜2ヶ月の間に7th hell, 7th heaven, Day tripperほか数種類のトリプタミン系ドラッグを飲んだ形跡があることが分かった。腹心の女性カウンセラーに事情聴取させたのだけど、ここしばらく自分でもよく分からない興奮状態になることがあって、デビューの重圧からくる精神的な変動だろうかと思っていたというんだ。そんなこと言えばきっとデビューできないと思って隠していたけど、元々精神的に不安定になりやすい性質らしい。中学の頃、夜中に夢遊病者のようになって何kmも先まで歩いて行っていたこともあると。でもここ1年くらいは割と安定していたらしい」
 
「うーん。それはうちが頼んだカウンセラーには絶対言わなかったろうな。鈴木さんとこで調べてもらって良かった。でもそのことは僕は聞かなかったことにしたい。あの子は基本的には良い子だよ。それより問題は」
 
「うん。それで、誰かから何かドリンクとか栄養剤みたいなものをもらったことがないかと尋ねたのだけど、心当たりが無いという。これは嘘を言っているようには思えなかったとカウンセラーは言った」
 
「つまり誰かに密かに盛られたということでしょうね」
「彼女のアパートをうちの調査部に捜索させたいんだけど」
「頼みます。そうなるかもと思って鍵を持ってきました」
と言って紅川が鈴木に鍵を渡す。
 
「彼女は適当な病院に入院させて薬抜きをしよう」
「福岡市に住んでいるお母さんも呼び寄せています。郷里の近くの病院に入院させた方がいいと思う」
 
「それと問題は彼女に薬を飲ませたのが誰かということなんだよ」
「うちの事務所の中に誰か犯人がいる可能性ありますよね?」
「あるいは夏休みの間に実施したツアーの参加者か」
「事務所あるいは所属タレントの調査は私がやります。鈴木さん、ツアー参加者の方を調べてもらえませんか。他の事務所の人とかフリーの人が多くて」
「分かった。それはこちらでやる」
 
「申し訳無い。しかし僕自身がもう引き際なのかも知れない。ここ数年の新人が全然うまく行かなくて。やっと有望な子が出てくれたと思ったらこの始末で」
 
「その問題は後から考えようよ」
「済まない」
 

《こうちゃん》が運転するインプレッサは(9月8日)13時頃、高岡の青葉の家に到着した。青葉はまさに今、家を出て昨日魚重さんと一緒に行った神社に向かおうとしていたところで、千里の到来にびっくりした。千里が千葉に帰る途中でここに寄ったと言うと
 
「大阪から千葉に帰るのに高岡を通るの!?」
と青葉は戸惑ったが、青葉の後ろに居候している《姫様》が笑っているので、どうも運命の歯車に巻き込まれているようだと青葉は認識する。
 
「ちー姉、ちょっと付き合わない?」
「いいけど」
 
それで千里は巫女服に着替えて、インプレッサに青葉を乗せ高岡駅に向かった。
 
「そういえばちー姉、よく大阪に行ってるみたいだね」
「まあ会う人がいるから」
 
青葉はハッとした。
 
「ね、まさかその人って例のヴァイオリンをくれた人?」
「そうだよ」
「その人、他の女性と結婚したって言ってなかった?」
 
「うん。さすがにあいつが結婚した時は私も落ち込んだ。だって中学1年の時から、何度も別れたり復活したりしながら11年続いていたからさ。数ヶ月立ち直れなかったよ」
 
「そんな10年も付き合っていて、どうして結婚しなかったの?」
「結婚式はしたよ。高校生の時だけど」
「へー!」
「青葉、私の携帯取って」
 
「うん」
「それでデータフォルダ/フォトフォルダを選んで、上矢印を7回押す」
「うん」
「開いてみて」
「わあ・・・」
 
それはまだかなり若い千里がウェディングドレスを着てタキシードを着た男性と並んでいる姿であった。この人がちー姉の彼氏なのか。格好いいじゃん!
 
「貴司も私も当時はまだ高校生だったし、ある程度の年齢になってから正式に婚姻しようということにしていたんだよ」
「へー。たかしさんって言うのか」
「それで2012年に、あらためて結婚式披露宴をして入籍もしようと言って、正式の結納も交わした直後にいきなり婚約破棄された」
「酷い」
 
「あいつ、とにかく浮気性で毎年2〜3人と浮気していたからさ。その相手もただの浮気相手かなと思ってて、油断していたら婚約したと言うから最初何を言っているのか意味が分からなかったよ」
 
「でも私、ちー姉は桃姉と恋愛関係なのかと思っていた」
「前から言っていると思うけど、私と桃香の関係は友だちにすぎない。ただ貴司に振られた後、私に桃香がプロポーズしてさ」
「うん」
「それで落ち込んでいたから桃香の求婚に同意して桃香とも結婚式をあげたんだよ」
「へー」
「ところが桃香の奴、結婚式を挙げて1月もしないうちに女の子連れ込んで寝てて」
「酷い」
 
「さすがに私もカチンと来たから、離婚宣言して、桃香からもらったエンゲージリングと結婚指輪も返した。桃香も離婚に同意したから、私と桃香の関係は元通り友だちに戻った」
 
「ちー姉って、ひょっとして浮気性の人ばかり好きになってない?」
「うーん。まあそれで私がいったん桃香に返した指輪だけど、桃香が、私だけのために作ったものだから、ファッションリングとしてでも持っていてくれないかというからさ、ダイヤの指輪はもらっておくことにして、ただし右手の薬指に填める」
 
「そういうことだったのか。でも右手薬指にでも填めてあげるちー姉は優しいと思う」
「もっとも私はバスケやってるから、普段は何も付けないけどね」
 
青葉はまた考えた。
 
「ちー姉って、まさか現役選手?」
 
「KARION金沢公演で私のシュート見たでしょ? 現役から遠ざかっている人があんなにゴールできるわけないじゃん」
「バスケまだやってたんだ!?」
 
「昔の仲間と一緒に、最初は健康増進のためとか言って始めたんだけどね。私自身が事実上のオーナーになっている千葉ローキューツとは競合しないように、東京都のクラブバスケット協会に登録した。40minutesというチーム。実際にはローキューツのOG、東京の江戸娘(えどっこ)という所のOG、TS大学やW大学のOGなどが多い」
「へー」
 

「それでさ。大阪に行ったのは今回は貴司の子作りに協力するためだったんだよ」
と千里は言った。
 
「どうやってそんなの協力するのさ?」
「彼の奥さんって、不妊症なんだよ。卵子が育たなくて、それで前の旦那とも離婚になっちゃったらしい」
「ああ、向こうは再婚なんだ?」
 
「まあそれで、今日体外受精を実施したんだよ。体外で精子と卵子を受精させて分裂し始めた所で奥さんの子宮に入れる」
「うん」
「結果が分かるのは数日後だけど、失敗したと思う」
 
(実際には子宮投入は6日後なのだが、千里は今回は失敗することを確信していた)
 
「ちー姉がそう言うのなら、きっとそうだろうね」
「成功確率を高めるために実際の奥さんの生理周期に合わせて実施しているから、来月リトライになると思うんだ」
「うん」
 
「受精卵が子宮に着床するには、物凄く微妙な条件が必要なんだけど、あの奥さん、生理を司っている脳下垂体の調子がよくないみたいでさ。きちんとそれをコントロールできてないんだよね。不妊の原因の大半はそれだと思うんだよ。あと卵子の質、精子の質、双方にも問題がある」
 
「あの卵子を採取するのって凄く辛いんだよ。膣から針を刺して卵巣まで届かして、そこから卵子を取ってくるんだけど、エコーで見ながらとはいえ1回で取れないこともある。それに麻酔掛けていてもかなり痛いんだよ」
 
「マジで痛そう・・・」
「うん。凄く痛かったよ。来月もしないといけないと思うとうんざり」
 
青葉は千里のことばに何かひっかかりを感じた。
 
「卵子を採取したのって、奥さんだよね?」
「内緒」
「なんで〜〜!?」
 
「まあそれは置いといてさ」
「うん」
「来月、受精卵を子宮に投入する時に、青葉、パワーを貸して欲しい」
「私でできることなら」
 
「青葉のヒーリングの波動を受けていたら着床が成功する確率がぐっと高くなると思うんだ。だからその受精卵を子宮に投入する時に青葉に電話するから奥さんにヒーリングの波動を送ってあげて欲しい」
 
「実際に会ったことのない人にはヒーリングはできないよ」
「それまでには会えると思う」
「分かった」
 

やがて千里が運転するインプレッサは高岡駅に着く。駅の駐車場に駐め、駅前で魚重さんと落ち合った。青葉は「姉でやはり巫女をしているんです」と千里を紹介した。魚重さんの車で現場に向かうことにするので、インプレッサから荷物をたくさん積み替えた。
 
「準備が大変だったんですね!」
と魚重さんは言った。
 

神社に行くと青葉は言った。
 
「姉さん、こないだのパワーストーンを使う。神社の周囲に埋めるから手伝って」
「OKOK」
 
それで千里は青葉が用意していたシャベルを持ち、新しい神社の周囲に穴を掘っては青葉がその中に念の込められた玉依姫神社のパワーストーンを埋めていく。だいたい直径30cm, 深さ50cmくらいの穴を掘り、その底にパワーストーンを置いて10cmくらい土を掛ける。
 
「大変そうですね。お手伝いしましょうか?」
と魚重さんが言ったので
「それではここを掘って下さい」
 
と言って“元々インプレッサに載せていた”別のシャベルを渡す。千里の指定した場所を魚重さんは掘ってくれた。青葉は自分が何も言わないのに千里が極めて的確な場所を指定したので感心していた。2人で手分けして全部で8つの穴を掘り、8個のパワーストーンを埋めた。
 

ここで青葉は千里と魚重さんに、車の中で待機していて下さいと言った。そして青葉は車の周囲にバリアのような結界を掛けると、自分は大量の白い紙を持ち、それを1枚ずつ地面に置きながら、どうも古い神社の所まで行くようである。
 
千里は青葉が見えなくなった所で車の周囲の結界をより強固なものにした。たぶん、これはこのくらい強い結界でないと無理。
 
『くうちゃん?』
『任せろ』
 
《くうちゃん》はこの新神社の鳥居から、青葉が掘った8つの穴につながる“結界のチューブ”のようなものを作った。ここに何かが飛び込んでくると、まるでソーターに掛けたかのように、8つの穴に導かれるようにである。
 
待っている間は、魚重さんが青葉のことを色々聞くので、曾祖母が岩手県でも有名な霊能者で、その血を引いているので霊的な能力が高いこと。実際には曾祖母の晩年はまだ幼稚園児だったあの子が曾祖母の仕事を代行していたことなどを語った。魚重さんは「凄い人は小さい頃から凄いんですね」と感心していた。
 
「こういうのはいわゆる隔世遺伝だから、姉妹間でも差が出るんですよ。私はその辺にいくらでもいる普通の霊能者程度の力しか無いですけど、あの子はたぶん日本でも五指に入る力を持っています」
 
と千里が言うと、
「その手の話も聞きますね」
と魚重さんも納得していた。
 
待つこと30分ほど。向こうの方から物凄いものが押し寄せてくるのを感じた。
 
「何です?あれ?」
と魚重さんが訊く。千里も焦る。
『千里、自分を守れ。魚重は俺が守る』
と《とうちゃん》が言うので任せる。超強力なバリアを張る。
 
それはまるで雄叫びをあげる兵(つわもの)どもの集団がやってくるかのようであった。魚重さんが「わぁ」と声をあげて目を瞑り、手で頭を覆った。
 

千里は気をしっかり持ち、一切の隙の無い状態にした。やってきた集団の大半は鳥居から入り《くうちゃん》の作ったルートに沿って8つの穴に分散されて吸い込まれていく。一部そこから外れてこちらにやってくるものがある。しかし千里がそれを睨むと、慌てて鳥居の方に戻り、どこかの穴に吸収された。
 
騒動はたぶん1分くらいで終わった。
 
神社から来る地響きで車もかなり揺れた。
 
《くうちゃん》が鳥居から各穴に通じるパイプを消す。これで穴に入った“ものども”はもう外に出ることができない。
 
静寂が戻るので魚重さんがおそるおそる目を開ける。
 
「もう大丈夫ですよ」
と千里は笑顔で言った。
 
「なんだったんですかね?」
「神様の移動ですね。少々荒々しい神様のようですけど」
と千里は言いながらも、“神様”にもいろんなのがあるんだなと思った。
 
20分ほどして青葉が戻ってきた。さっき置いていった紙を回収して戻ってきたようである。千里と魚重さんは車を降りた。
 
「どうですか?さっきはびっくりしました。何だか狼の大群でも来たかという感じの物凄い音でしたけど、みんなこの神社の中に飛び込んで行って、そのまま消えてしまったみたいで」
と魚重さんは言う。
 
青葉は何かを確かめるように神社を見ていた。どうも青葉が予想したのとは状況が違うようである。たぶん青葉は鳥居の中に誘い込んだ上で、その後8つの穴に分散吸収させようと思っていたのだろうが、そのやり方を採るには巨大すぎる霊団であった。
 
青葉もやり方が無茶だよ!と千里は思った。
 
千里は車の荷室に載せているアルミの箱を開け、麻の袋に入っている銅剣を取り出して青葉に渡した。
 
「はい、青葉。これをあそこに埋めたら完成なんでしょ?」
と言う。
 
青葉は一瞬ギョッとしたようだが、すぐに平静を装って
 
「うん。ありがとう」
と言った。そして、まるで自分が千里に頼んでそれを預かっていてもらったかのような顔をして、新神社の祠の前に行き
「姉さん。ここに深さ40cmくらいの穴掘って」
と言う。
「OKOK」
と言って千里が細い縦穴を掘ると、青葉は剣の先端を下にして埋めた。うん。やり方は分かってるじゃん、さすが、と千里は思う。そして青葉がその剣をぐいっと穴の中に押しつけた瞬間、神社周囲の8つの穴で騒いでいた“何か”がおとなしくなる。青葉はそこに土を掛けて穴を埋め、完全に埋めてしまった。そして真言を唱える。すると8つの穴に収まっていた“何か”の微動まで停まり、完全に静寂になった。
 

「これでもう大丈夫です」
と青葉は笑顔で魚重さんに言った。
 
ふーん。やはり青葉は演技力あるね!と千里は思った。
 
青葉は魚重さんに
 
「この剣を掘り返されたら困るから、ここに石の板か何かを置けますかね?」
と言ったが、千里は補足する。
 
「石板が1枚あったら、掘り返してみたくなる人があるだろうから、鳥居から祠まで石の道を作ればいいですよ。工事で出た石がたくさんありますよね?」
「ええ。できますよ。それで封印されるんですね?」
 
「それと神社の周囲にアイテムを埋めた所も掘り返されたくないので、木を植えるか燈籠か何かでも上に置きたいですね」
と千里は更に付け加えた。すると青葉は
 
「燈籠より木を植えるのがいいと思う。木の成長に伴って封印が更に固まる」
と言った。
 
「それもできると思います」
と魚重さん。
 
「では木を植えるまでのつなぎで簡易封印します。木を植える時にこの封印の紙をどけないで、この上に植えて下さい」
と言って、青葉は車の荷室を使ってその場で8枚の半紙に8つの梵字を書く。そして各々を穴の底に置き、更に土を掛ける。穴の上には丸くカットしたプラダンを載せ、更に穴の入口にはプラスチック製の帽子を乗せて、風で飛ばないように杭で打ち付けた。帽子を載せるのは千里が半分手伝った。
 
「その帽子とプラダンはのけていいですよね?」
「はい。どちらも万一の場合の雨対策ですから、外して捨てていいです」
と青葉は言ったが、千里は
「もっともこれから1週間くらいはここに雨は降らないとは思いますが」
と付け加えた。青葉はポーカーフェイスで頷いている。
 
「できるだけ早く植樹します!木の種類とかは良いものがありますか?」
 
青葉が千里を見る。
 
もう!そんなの私に頼らないで答えてよ、というか最初から苗木を用意しておいて欲しかったんだけど!?と思いながらも笑顔で答える。
 
「“立山森の輝き”などがいいねと青葉言ってたね」
 
「おぉ!“かがやき”という名前が入っているのがいいですね!」
「はい」
 
これは富山県森林研究所が開発した“無花粉杉”なのである。2012年から出荷され始めた。花粉をつけない木を植えることで、封印力が高まる。“かがやき”は無論、来年春から北陸新幹線を走る速達列車の名前である。
 

「結局、やはり悪霊が暴れていたんですか?」
と魚重さんは訪ねた。
 
「悪霊ではないですね。これは巨大なエネルギーの塊です。最初はG峠の合戦で亡くなった人たちが霊集団を作ったものだと思いますが、800年の時を経て、ネガティブなものは浄化され、この付近の祖先霊なども吸収して、穏やかな霊団になっていたと思います。それがやはり工事の騒音で安眠妨害されたのでしょう。ここはトンネルから離れているから、新たな安眠の地になると思います。もう大丈夫です」
 
「安眠の地なら、あまり人が近寄らない方がいいんですかね?」
 
「大丈夫ですよ。むしろたくさん人が訪れた方が霊の浄化は促進されますし、またこういう場所はエネルギースポットになるから、受験とか商売繁盛とかにも御利益(ごりやく)があると思います」
 
「お、そういうこと霊能者さんが言ってたと広報誌に書いていいですか?」
「いいですけど、この道、せめて舗装しましょう」
 
「それは予算取れると思います。地元対策費ということで舗装させますよ」
 

最後に神社跡と新神社の間をつなぐのに使った紙を新神社の境内でお焚き上げして完了とした。青葉が持参していたペットボトルの水を掛けしっかり消化しておく。灰が残るが、雨が降れば地面に吸収されていくだろう。
 
「でも参拝客が来るならトイレは付けた方がいいですよね。手を洗う所も必要かな・・・」
と魚重さん。
「トイレは簡易トイレでいいと思いますよ。手洗場はどうしようかな?」
と青葉が言ったので千里は
 
「そこの地下水を吸い上げればいいんじゃない?」
と言った。
 
「ああ、そこを掘ればいいよね」
と青葉は千里に話を合わせている。やはり青葉は演技力がある。
 
「地下水が出ますか?」
と魚重さんが言うので、千里は
 
「ここにありますよ」
と言って、千里は地下水までの距離がいちばん短い場所に立った。
 
「ここを掘れば2mくらいで地下水脈に達します」
「掘らせよう!ちょっと印を付けておきます」
 
と言って、魚重さんは車に積んでいた鉄パイプを1個そこに刺した。
 

千里と青葉は17時半頃に高岡駅で魚重さんと別れ、取り敢えずインプレッサで青葉の家(桃香の実家)まで行った。
 
「あら、千里ちゃん来たんだ?」
と朋子が笑顔で歓迎する。
 
それで一緒に御飯食べようと言って、3人で協力して夕飯を作っていたら、千里の携帯が鳴る。冬子からである。青葉に聞かせられない話の可能性もあると思ったので、千里は仏間に行き、居間との襖も閉めてから電話を取った。
 
「おはよう。どうしたの?」
「実は昨日の横浜の公演のあとで、政子が間違って千里のフルートを持ってきちゃったみたいで」
「え?ほんと。ちょっと待って。折り返し電話する」
 
それで千里は青葉に
「ちょっと車見てくる」
と声を掛けて近くの時間貸し駐車場まで行く。そして荷室に入れているバッグを確認した。冬子に電話する。
 
「ここには見慣れないYamaha YFL-777がある」
「それが政子のフルートだと思う。今どこにいるの?持って行くよ」
 
「今日は高岡に寄って、東京方面に向かおうと思っていた所なんだよ。あと1時間ちょっとで行けると思うんだけど」
「あ、だったらうちのマンションに寄らない?」
「OKOK。お邪魔するね」
 

千里はそれで電話を切って、家に戻る。
 
「ごめーん。泊まっていくつもりだったけど、急用で東京に戻らないといけなくなった」
と言う。
 
「あら。御飯は?」
「食べてから帰ります」
 
3人で一緒に御飯を食べた後、朋子がおにぎりを作ってくれた。2人が駐車場まで見送ってくれたので、会釈して千里はインプレッサを発進させた。
 
小杉ICまで運転すると、IC手前のポプラで車を駐める。そして新幹線で東京に戻っていた《きーちゃん》と位置交換してもらう。それで千里は恵比寿の冬子のマンション前まで来た。インプレッサは《きーちゃん》が運転して東京に戻る。おにぎりも《きーちゃん》が夜食に頂く。
 

千里は冬子の携帯を鳴らし、中に入れてもらった。すると雨宮先生が来ているので驚く。冬子はどうもローズ+リリーのアルバムに関する作業をしていたようだが、雨宮先生はひとりでカティーサークを開けて飲んでいた。冬子は千里にローズヒップティーを入れてくれた。政子は防音室の中でフルートの練習をしているようだ。冬子のフルートを借りているらしい。
 
「忘れないうちに」
と言って政子が間違って持ち帰った千里のフルート(Sankyo Artist Ag925 Drawn)を冬子が渡すので、千里も自分のサンキョウのフルートケースに入っていた政子のフルート Yamaha YFL-777 を渡す。
 
雨宮先生が言った。
 
「そういえばあんたたち聞いてる?高岡の息子がオーディションに合格した」
 
「高岡って、ワンティスの高岡猛獅さんですか?」
「もちろん」
「息子さんがいたんですか?夕香さんの子供ですか?」
「むろん高岡と夕香の子供に決まってる。これ誰にも言わないで」
「はい」
 
「今何歳なんですか?」
「中学1年生。このことを知っているのは、ワンティスでも私と上島と三宅と支香の4人だけ。他には加藤課長や紅川さん」
 
「紅川さんって、これ§§プロが関わっているんですか?」
「そうそう。彼は§§プロからデビューする」
「§§プロって女の子専門かと思ってました」
 
「これまで§§プロはフレッシュガールコンテストというのを毎年やっていたんだけど、ここ数年不作じゃん」
「確かに」
 
「それで新機軸を切り開こうというわけでもう少し音楽的な素養のある子を選ぶべく、ロックギャルコンテストというのを開いた。これは全国で予選をやって今までオーディションに無縁だった層まで掘り起こした。そして歌唱力重視。もちろん最低限の可愛いさも必要だけどね」
 
「へー」
「その優勝者が高岡の息子だったのさ」
と言って雨宮先生は笑っている。
 
「むろん主催者側は高岡の息子とは知らなかった。優勝した後で契約の話をしようとして保護者と会ってみて仰天」
 
「ちょっと待ってください。ロックギャルって女の子を選ぶコンテストじゃないんですか?」
と冬子が戸惑うように言う。
 
「友達が勝手に応募して。それで書類審査に通っちゃって通知が来たから、まあ行くだけ行くかと言ってオーディションに出てきたらしい。ところが優勝しちゃったんだな。まあ二次審査・三次審査とやっている間に本人もけっこうやる気になってきた」
 
「女装が好きな子?」
「いやいや。本人は普通の男の子だと主張している」
「でも女の子のオーディシヨンなら、スカート穿かせますよね?」
 
「スカート穿くことには抵抗感が無いらしい。凄く可愛い子でさ。小さい頃から、友だちとかに唆されてけっこうスカート穿いていたらしい。それでスカート穿いてと言われたら、何の疑問もなく穿いちゃったと。本人はそもそもロックギャルコンテストというのが女の子のオーディションだとは知らなかったというんだな」
 
「その子の名前は?」
 
「高岡と夕香は正式に結婚してないから、長野の籍に入っているんだよ。それで戸籍名は長野龍虎というんだけど、里親の元で育てられていて、里親の苗字・田代を名乗っているから、通常は田代龍虎で通っている」
 
と雨宮先生が言うと
 
「え〜〜〜!?」
と千里が声をあげた。
 
「どうかした?」
「それって埼玉県熊谷市に住んでる田代龍虎ですか?」
 
「ああ、住所は覚えてないけど、埼玉県だったよ。あんた知ってるの?」
 
「その子が小学1年生の時に知り合ったんです。その後も頻繁に会ってますよ。あの子、物凄く歌がうまいです」
「へー」
 
「奇遇だね。でもあんた、高岡の子供とは知らなかったんだ?」
と雨宮先生が訊く。
 
「田代夫妻にも会ってますし、あの子が田代さんちに行く以前から知っていましたが、高岡さんと夕香さんの子供とは知りませんでした」
と千里。
 
「でもまああの子を女装させたら、女の子にしか見えないでしょうね」
と千里は付け加える。
 
「じゃ、その子、女装でロックギャルとして売り出すんですか?リュウコというのも芸名ですか?」
と冬子が尋ねる。
 
「まさか。普通に男の子アイドルとして売り出す。龍虎は本名。空を飛ぶ龍に吠える虎で龍虎だよ」
 
「ああ。そういう字ですか。コが付くから女名前かと思っちゃった。じゃ、§§プロさんが男の子を手がけるんですか」
 
「ずっと以前にも男の子を売り出したことはあったものの全然売れなかったんだよ。でも今回は絶対売れると紅川さんは意気込んでいる」
 
「高岡さんの子供というのを公開するんですか?」
「それは表に出さない。テレビ局とかにも言わない。あくまで期待の新人として売り出す。それを本人も支香も望んでいるから」
 
「私もその方がいいと思います。七光りでデビューさせても潰れてしまいますよ」
「まあ公開するとしたら、あの子が少なくとも20歳すぎてからだな」
 

そんなことを話していたら、防音室内でフルートの練習をしていた政子に電話が掛かってきたようである。楽しそうに話していたが、やがて防音室から出てくる。
 
「雨宮先生、千里、いらっしゃーい。冬、私出かけてくる」
「今から出かけるの?」
「美空がさ一緒にジンギスカン食べに行かないかって」
「ああ。美空と一緒か」
「美空のお姉さんが車で迎えに来てくれるらしい」
「月夜さんが一緒なら安心だ」
 
「いいんじゃない?行っておいでよ。新宿かどこか?」
「札幌だって」
「北海道の?飛行機あったっけ?」
「21時が最終らしい」
 
今から行けばぎりぎり間に合うだろう。
 
「じゃ泊まりになるね?」
「うん。明日の最終便で帰ってくる」
「了解〜」
 

それで政子はまもなく迎えに来た美空たちと一緒に出かけて行った。それを見送って雨宮先生が言った。
 
「ケイ、醍醐、私たちも何か食べに出かけない?」
「それもいいですね。何食べますか?」
「復活した宮崎牛のステーキを食べに」
 
「それって、まさか宮崎に行くんじゃないですよね?」
「もちろん宮崎に行く」
「でも飛行機ありましたっけ?」
 
「宮崎行きは19:05が最終です」
と千里が携帯の時刻表を見ながら言う。
 
「福岡行きは?」
「20:00です。これも今からでは間に合いません」
「新幹線は?」
「博多行きは18:50が最終です」
 
「明日にしますか?」
と冬子が訊いたのだが、雨宮先生は言った。
 
「よし。車で行こう」
「え〜〜〜!?」
 
「でも先生、ウィスキー飲んでおられる」
「そうそう。私はアルコールが入っているから運転出来ない。だから千里運転して」
 
千里は大きく息をついて答えた。
「分かりました」
 
名古屋往復のあと一晩掛けて成田から大阪までドライブして、高岡まで更に移動したかと思ったら、今度は東京から宮崎かい!今日は何て日だ?千里は《こうちゃん》を見たが、彼は平気そうでOKサインをしている。彼は5日くらいは不眠不休で運転出来ると言っていたもんなあと思う。
 

雨宮先生は
「あいつらも連れて行こう」
と言って、上島に電話した。
「あ、今そちらに来てるんだ?だったらちょうどいい。一緒に東京駅まで来てよ」
などと雨宮先生は言っている。
 
一方冬子は八重洲口のトヨレンに電話してエスティマ・ハイブリッドを借りる予約をした。それで上島たちにも東京駅八重洲口のトヨレンまで来てもらうことにした。
 
冬子・千里・雨宮の3人は恵比寿駅から山手線で東京駅に移動した。上島と龍虎も1時間ほどでやってくる。今日は偶然上島の所で打合せをしていたらしい。龍虎は千里を見ると驚いたような表情をした。千里は笑顔で手を振り、運転席に座る。
 
冬子が助手席、上島と龍虎が2列目、雨宮先生が3列目に乗って、車は出発した。カーナビに設定した目的地は雨宮先生のリクエストで鹿児島神宮(別名正八幡)である。
 
「龍ちゃん、ご無沙汰」
と運転しながら千里が龍虎に言う。
 
「こんばんは、千里さん。上島のおじさんから何か作曲家関係の集まりと聞いたのですが、千里さんは誰かの関係者ですか?」
 
「うん。私は醍醐春海とか鴨乃清見の名前で作曲しているんだよ」
と千里が言うと
「え〜〜〜!? 鴨乃清見って千里さんだったんですか!?」
と龍虎は驚いている。
 
3列目に座っている雨宮先生が助手席の冬子に向かって言った
 
「まあそういう訳で、ケイ、この子が高岡と夕香の遺児、長野龍虎だよ」
 
この紹介に冬子は大いに混乱したようである。
 
「高岡さんと夕香さんの子供って、今度デビューする息子さんだけじゃなくて、娘さんもいたんですか?」
 
「違う違う。この子がその息子だよ」
「ちょっと待ってください。女の子ですよね?」
「男の子だよ」
「え〜〜〜!?」
 
「まあ、この子がトイレの場所を訊いたら、100人中100人が女子トイレの場所を教えるね」
と千里は言っている。
 
「ごめーん。てっきり女の子だと思っちゃった」
と冬子。
 
「そういう訳で、龍虎、これがローズ+リリーのケイだよ」
と上島。
 
「ケイさん、初めまして。長野龍虎と申します。よろしくお願いします」
と龍虎はきちんと挨拶して頭を下げた。
 
「ローズ+リリーのケイです。龍虎ちゃん、こちらこそよろしくお願いします」
と冬子も言った。
 
「芸名とかは考えておられるんですか?」
「それはまだ。名前は僕が付けてあげてと紅川さんからはこちらに投げられているんだけどね」
と上島。
 

そういう訳で5人を乗せたエスティマは深夜の東名を走っていった。少しお腹が空いたという話になり、足柄SAでトイレ休憩するとともに、千里が適当に食糧を買ってきた。ここまで千里がずっと運転していたので冬子が
「少し代わろうか?」
と言ったものの
「平気平気。冬こそアルバム制作で疲れてるでしょ?寝てなよ」
と千里は言った。
 
「ところで質問です」
と雨宮先生が言った。
 
「今休憩した時、みんな男子トイレに入った?女子トイレに入った?」
「へ?」
 
「醍醐は?」「もちろん女子トイレですけど」
「ケイは?」「同じく女子トイレです」
「雷ちゃんは?」「男子トイレだけど」
「じゃ龍虎は?」「えっと・・・」
 
「ん?」
 
見ると龍虎はまた顔を真っ赤にしている。
 
「いや、その男子トイレに入ろうとしたんですけど、『君、こちら違う』と言われて追い出されちゃって」
「あぁ・・・・」
「で、どうした?」
「ごめんなさい。女子トイレを使いました」
 
と言って龍虎は俯いている。
 
「まあ、それは龍ちゃんが幼稚園の頃からの日常だね」
と言って千里は笑っていた。
 

夜も遅いので、みんなすぐに寝てしまう。全員寝た所で千里も《こうちゃん》に運転を任せて意識を眠らせた。ちなみにこの頃《きーちゃん》は千里のインプレッサを運転して、富山県から東京に向けて走っていた。
 
千里が目覚めたのはもう朝である。雨宮先生が日出直前に鹿児島神宮に到着したいというので、途中の溝辺PAで休憩、時間調整して、その後は冬子が
「運転代わるよ。千里は少しでも寝てて」
と言って運転席に就き、5:51に鹿児島神宮の駐車場に入った。
 
みんなで拝殿まで歩いて行き、5:57の日出と同時にお参りした。
 
雨宮先生は、今回の旅は実は7年前の宿題を果たしに来たものだと説明した。7年前に大西典香の『Blue Island』を制作した時に“霧島神宮”に行ったつもりが、本当は霧島神宮は5つに別れているので、他の4つにも行っておきたかったのだという。
 
「で僕と龍虎が同行した理由は」
と上島が訊くが、
「ついでだね」
と雨宮先生は言った。
 

鹿児島神宮の後は、その霧島神宮に行くが、ここで一行は千里の知り合いの沙耶という女性と遭遇する。千里は彼女を「この人が霧島大神様です」と紹介したが、冬子たちは理解できないようであった。女性神職さんか何かと思ったようである。彼女は全員を昇殿させて祈祷をしてくれた上で、千里に笛の演奏を聞かせてと言った。それで千里がフルートで瀧廉太郎の『花』を吹くと、龍虎がそれに合わせて歌を歌った。その美しい歌声に、龍虎の歌を初めて聞いた冬子や雨宮も、そして沙耶も感動している様子であった。
 
「素敵な演奏だった」
 
「きれいだったね。ケイさんもそちらの美少女中学生も歌声が素敵」
と沙耶は言っている。
 
「そちらも歌手さんですか?」
と沙耶が尋ねる。
 
「まだデビュー前なんだよ。来年の春くらいにデビュー予定」
「名前は?」
「まだ芸名は決まってないけど、本名は田代龍虎ちゃんという子」
 
「へー。リュウコか。そのまま芸名でもいい気がする。でもこれだけ可愛いくて歌も上手ければ売れるだろうね。国民的美少女って感じだよ」
と沙耶が言う。
 

「いや、この子、女の子に見えるけど、男の子だから」
 
「うっそー!?」
と沙耶は驚いている。
 
「女の子になりたい男の子?」
「いや、普通の男の子。別に女の子になりたくはないらしい」
 
「そうなの?あんた男になるにはもったいないよ。私が女の子に変えてあげようか?ちゃんと赤ちゃんも産めるようにしてあげるよ」
「ボク、別に女の子にはなりたくないですー」
「遠慮しなくてもいいのに」
と沙耶が言っているので、千里は
「よけいな親切はしないように」
と言っておいた。
 
「あれ?あんた小さい頃に大きな病気したでしょ?」
と沙耶は言った。
 
「はい。幼稚園から小学1年生に掛けて2年くらい入院していたんです。その入院中に千里さんと知り合ったんですよ」
と龍虎は答える。
 
「ふーん。。。。」
と言って沙耶は龍虎を見ていたが
 
「ちょっと貸して」
と言うと、龍虎の服をめくってお腹の所に手を当てた。
 
龍虎は突然女の人に直接触られて少しドキドキしているようだ。
 
「これでいいと思う」
と5分ほどした所で沙耶は言って手を放した。
 
「ありがとう」
と千里が言う。恐らく医師も見つけられないような微少な病変の素を治してくれたのだろう。それはひょっとすると40年後に龍虎の生命を奪うはずのものだったかも知れないと千里は思った。
 
「まあ特別サービス」
と沙耶。
 
「余計な親切はしなかった?」
と千里。
 
「してない、してない」
と沙耶は言ったが、何か怪しいなあと千里は思った。
 

霧島神宮の後は“御池(みいけ)”が美しい、霧島東神社(きりしまひがしじんじゃ)、狭野神社(さのじんじゃ)、霧島岑神社(きりしまみねじんじゃ)、東霧島神社(つまきりしまじんじゃ:読み方注意)とまわった。この5社が元々の“霧島神宮”の末裔なのである。そのあと山之口SAで休憩した。
 
ここでトイレに入ろうとした時、龍虎はまたトラブっている。
 
男子トイレに入ろうとして「あんた違う」と言われて、女子トイレに入るハメになっていた。それで雨宮先生から
 
「龍虎、あんた女装していた方が問題が小さい」
と言われ、スカートを穿かされることになる。
 
「ズボンでも女の子に見えていたけど、スカート穿いたら、誰も男の子とは思わない」
と冬子が感心するように言っていた。そして雨宮先生は
 
「あんた、この後は女子トイレを使いなさい。でないと揉め事多発」
と言っていた。
 

その後、青島に行って青島神社に参拝。更に鵜戸神宮まで行った。
 
拝殿でお参りしてから裏手に回ると「お乳岩」という所がある。雨宮先生が
 
「ここ、おっぱいが大きくなる岩よ。あんたたち触って行かない?」
と言ったが、
 
「私は今のサイズで充分なので」(冬子)
「これ以上大きくなると試合に差し支えるので」(千里)
「僕は胸を膨らませる必要はないから」(上島)
 
と言って誰も触らない。それで雨宮先生が
 
「龍虎は、触ってみない?」
と言ったら、
「はい」
と言って、触っている!
 
「やはり、あんたおっぱい大きくしたいのね?」
「え?この岩触ったらおっぱい大きくなるんですか?」
「あんた話聞いてなかったの?」
「どうしよう。おっぱい大きくなっちゃったら」
と言いつつも、龍虎は困ったような顔ではなく、期待するような顔をしているので冬子と上島が顔を見合わせていた。千里も雨宮先生も苦笑している。
 
絶対今のは話を聞いていたのに、聞いていなかった振りをして触っている!
 

運玉投げの所に来る。
 
「この素焼きの玉をそちらから、向こうにある亀の形をした岩の窪みに投げ入れることができたら運が開けると言われています。男性は左手で、女性は右手で投げてください」
 
と説明を受け、全員5個ずつ玉をもらう。
 
最初に雨宮先生が右手で投げたが2個岩の凹みに入った(雨宮先生は実は高校時代甲子園まで行った元野球選手:外野手である)。上島は左手で投げたが1個も入らなかった。冬子は右手でやってみるが、全く届かない。
 
「次は龍虎ちゃん行く?」
と冬子が言ったが、千里が
「龍虎は真打ちだよ。私が先に行く」
と言って千里は右手で5個全部入れた。
 
周囲から歓声が上がる。
 
「さっすが、世界一のシューター」
と冬子が言った。
 
「さて、龍ちゃんの番だよ」
 
それで龍虎が左手に玉を持って投げようとしたのだが、近くにいたおじさんが注意する。
 
「君、女の子は右手だよ」
 

龍虎は一瞬上島の顔を見たが上島は笑って頷いている。それで龍虎は
右手に持ち替えて投げた。
 
遠く届かない。
 
「それ全力で投げないと届かないよ」
と雨宮先生が言う。
 
それで龍虎は大きく振りかぶって思いっきり投げた。しかしあと少し届かない。
 
「これ、マジで全力出さないとダメですね」
「そうそう」
 
それで龍虎は2〜3歩助走まで入れて思いっきり投げた。
 
玉は岩の凹みに当たったものの、跳ねて向こうに行ってしまった。
 
「当たった、当たった。その調子」
「はい」
 
それで4個目を投げるがわずかに軌道がずれて右側に落ちてしまう。
 
「しっかりと目標を見て」
と千里が助言する。
 
それで龍虎は最後の玉を思いっきり投げる。手を放す瞬間まで目を離さない。しかし投げた勢いでバランスを崩す。それを千里がさっと抱き留めた。
 
玉はきれいに岩の凹みに乗った。
 

「やったやった」
「これで龍ちゃんの望みは叶うね」
「何望んだの?」
 
「あっ」
「ん?」
 
「何も考えてませんでした」
 
「ああ、だいたいそんなもの」
 

鵜戸神宮を出た後、一行は黄泉の国から戻った伊邪那岐命が禊ぎをした場所を訪問した。そこには大淀川の豊かな流れがある。それをしばらく見ていた時、上島は言った。
 
「龍虎の芸名はアクアにしよう」
 
「アクア?」
 
「伊邪那岐命が黄泉国の汚れ(けがれ)をこの川の水で禊いだように、龍虎の歌で人々の心が浄化されるようにという意味だよ」
と上島。
 
「それにこないだ龍虎のホロスコープを見てくれた占い師さんが龍虎は水星が根だと言っていたでしょ?」
 
「あ、そんなことを言われました」
 
「水星が龍虎の運気の鍵となる。水の星が運気を握っているから、やはりアクアでいいと思う」
 
「龍虎って出生時刻はいつだったっけ?」
と千里が訊く。
 
「14:21です」
 
千里は携帯を操作している。そしてしばらく見ていた。

 
「ああ。確かに水星がファイナルになっている」
と千里は言う。
 
千里はメモにこのような感じのダイアグラムを描いた。
 
V/獅子→太陽/獅子(F)
 
火星・冥王星・A/射手→木星/蟹→月/乙女→水星/乙女(F)
M/天秤→金星/蟹→月↑
E/山羊→土星/双子→水星↑
 
海王/水瓶→天王/水瓶(F)
 
「これって、太陽もそのファイナルになるわけ?」
「そうそう。太陽もFinal dispositorになる。でもそちらは実質太陽だけ。多くの天体が月や水星が絡む支配星系列に入っている。まあ龍虎の女性的な面が強いのも分かるよ。女性的な局面のほうがエネルギーが大きいんだな」
 

「じゃ、龍虎の芸名はアクアということで」
と雨宮先生が言った。
 
「この旅は結果的にはアクアの芸名を決める旅だったんだな」
と雨宮先生。
 
「そうだったんですか!」
と龍虎は驚いたように言った。
 

この日はステーキ屋さんに行って宮崎牛をみんなで堪能した。コースが終わった後、デザートを食べていたらお店の人が入ってきて
 
「本日はレディスデイで、これは女性のお客様だけに特別サービスです」
と言って、冬子、千里、龍虎の前にだけアイスクリームを置いていった。
 
上島が悩んでいる。
 
「なぜモーリーの前には置かれなかったんだろう?」
と上島が言うが、雨宮先生は
「私男だし」
と言っている。
 
「どうして僕の前にも置かれたのでしょうか?」
と龍虎が言うが、雨宮先生は
「女の子にしか見えないし」
と言っていた。
 

お店を出た後は、青島近くのリゾートホテルに泊まった。部屋はツインの部屋とトリプルの部屋を予約していた。予約した冬子は、こう泊まればいいと考えたらしい。
 
2人部屋 上島・龍虎(男性同士)
3人部屋 雨宮・千里・冬子(女性同士)
 
ところがホテルのフロントが「未成年の女の子を苗字が違う男性と一緒の部屋に泊めることはできない」と主張した。少女売春を疑われたのである。龍虎は男の子だと言っても信じてくれない。すると雨宮先生は「自分と上島を同室にして」と言った。
 
「私と彼は元恋人なの。だから一緒でも構わないから」
「分かりました。それではその部屋割りでよろしくお願いします」
 

そういう訳で、こういう部屋割りで泊まることになったのである。
 
2人部屋 上島・雨宮(恋人??)
3人部屋 千里・冬子・龍虎(女性同士??)
 
御飯はもう食べてきたので、一息ついた所でお風呂に行くことにする。上島は作業があるという話で、雨宮・千里・冬子・龍虎の4人で地下の大浴場に行った。男女が別れる所で龍虎はひとりで男湯へ、冬子・千里・雨宮は女湯へと別れて暖簾をくぐる。
 
ところが、暖簾をくぐった途端、男湯の方から
 
「お客様、困ります!」
という声が聞こえてくる。
 
そして困ったような顔をした龍虎が、女性従業員に《連行されて》女湯に来る。
 
「女性のお客様はこちらでお願いします」
と言って従業員さんは出て行った。
 
「ボクどうしましょう?」
と龍虎が困ったような顔で言うが
 
「女湯に入ればいいじゃん」
と雨宮先生は言った。
 
「え〜〜〜!?」
 
そういう訳で、千里たちは龍虎を女湯に入れてしまったのだが、龍虎がそもそも女の子用の下着をつけていることに呆れ、浴室に入って、あそこはしっかりタオルで隠しているものの、恥ずかしがったりしている様子が全く無く、どうも“女湯慣れ”しているとしか思えないことに、冬子も雨宮も呆れているようであった。
 

浴槽の中でおしゃべりしていたら、長崎から来たという女性2人組が入ってきた。向こうはどうも雨宮先生を母親、冬子・千里・龍虎を姉妹と思ったようであった。
 
ちなみにこの4人は全員出生時には男性であった!
 
「そちら大学生と高校生と中学生くらい?」
と女性客が訊く。
 
「私は去年大学を出て今はOLなんですよ。この子は高校生で、この子はまだ小学6年生で」
と冬子は答える。冬子は本当は千里の1つ下なのだが、千里はだいたい若く見られがちなので、そちらが妹と思われたのだろう。
 
「なるほどー」
「いや、中学生にしてはおっぱい小さいなと思った」
 
冬子は龍虎の胸が少し膨らんでいるようにも見えたのだが、体育の成績は1学期は4だったなどと言っているから、運動が得意で腕を支える胸の筋肉が発達しているのかも、と解釈したようである。千里は龍虎の胸が膨らんでいる理由を知っている。
 
女性客の言葉に、龍虎は顔色ひとつ変えずに言った。
「私も早くお姉さんたちみたいにおっぱい大きくなるといいなと思うんですけど」
 
やはり胸を大きくしたいのか!?
 
「大きくなるよ。だってお姉ちゃんたち2人ともおっぱい大きいもん」
と女性客は笑顔で答えた。
 

お風呂からあがった後は22時頃に寝た。翌朝は5:30に起きて、青島に渡り日出を見たが、この時点で月はまだ西の空に残っており、はからずしも太陽と月を左右に見ることになった。前方には大海原が広がる。
 
「これがまさに左・天照大神、右・月読命、前・須佐之男命かもね」
という意見も出た。
 

「よし帰ろう」
 
それで一行は宮崎空港に行き、レンタカーを返却。羽田行きにチェックインした。手荷物検査を通り、搭乗案内を待っていた時、唐突に声が聞こえる。
 
「君、女子トイレが混んでいるからといって、男子トイレに来るなよ。それ、おばちゃんのすることだぞ」
 
見ると龍虎がまたまた男子トイレに入ろうとして、咎められたようである。千里は苦しそうに笑った。冬子がそちらに行く。
 
「だめじゃん、龍ちゃん。私と一緒にこちらにおいで」
と言って冬子は龍虎を女子トイレに連行した。
 

9月9日朝、千里・冬子・龍虎・雨宮・上島の5人は宮崎から羽田に戻った。
 
宮崎7:35(SNA51)9:10羽田
 
なおSNAはスカイネット・アジア航空(現ソラシド・エアー)である。
 
その後、上島は吉竹零奈の制作に顔を出し、雨宮も誰かの音源製作があるらしかった。冬子はKARIONのアルバム制作に入り、龍虎は学校があるので、熊谷に戻り、お昼頃に到着して午後の授業に出た。制服は彩佳に電話して学校まで持って行ってもらっておいたのだが、彩佳は学生服とセーラー服を並べ
 
「どちらを着たい?」
と言った。すると龍虎は
「どっちにしよう?」
とマジで悩むように言ったので、クラスメイトたちが
「やはり悩むのか!?」
と言っていた。
 

千里は葛西のマンションに戻って夕方まで寝た。
 
横浜→成田→大阪(卵子採取)→高岡(神様の引越)→東京→宮崎→東京
 
4000kmの旅であった(飛行機870kmとワープ470km以外はほぼ車での移動)。その前日には名古屋まで新幹線往復700kmというのもあった。
 

9月10日は夜中スペインでチーム練習に参加(8-9日は休ませてもらった)した上で午前中寝てから午後作曲作業をする。そして夕方、合宿のために東京に出てきた貴司を迎えて、北区の合宿所まで送っていった。
 
「社内に不穏な空気が漂ってる」
と貴司は言った。
「社長が入院したままだから副社長が会社を動かしているんだけど、こないだから2つも大きな受注を逃したんだよ」
「ありゃ」
「会社は必ずしも一枚岩では無い。先代社長の頃からの社員は今の社長に反感を持っていた。その人たちが副社長を支持しているけど、この2連続受注失敗で社長派が、副社長の経営手腕にあからさまに文句を言い始めて、会社が真っ二つに割れてしまいそうな気配なんだよ」
 
「社長の病状は?」
「全く変わらず。意識は戻っていない」
 
「貴司、マジで今年こそNLBでもbjでもいいから行きなよ。それ逃げ出した方がいい気がする」
「そんな話も今バスケチーム内で出ている感じ」
 
貴司は11日からNTCで合宿した上で、韓国仁川に移動し、アジア大会に出場する。アジア大会は9月17日からである。
 

§§プロでは全ての社員、パート社員、派遣社員、臨時雇いスタッフなど、および全所属タレント・委託契約タレント、全研究生・練習生の薬物チェックを行った。その結果、薬物の反応がある人は皆無だった。そもそもヒバリが契約したのは昨年だが、彼女の髪の毛から推察される薬物摂取時期は今年の夏くらいの時期に限定されるのである。
 
紅川と鈴木はツアー参加者と楽屋に出入りした可能性のあるイベンターやレコード会社関係者にターゲットを絞ったが、フリーのアーティストなどはキャッチするのが難しく、しかも穏やかに薬物検査に協力してもらうために結構な苦労をしていた。
 

福岡市近郊の精神病院にしばらく入院して“薬抜き”をすることになった照屋清子(明智ヒバリ)は母から言われた。
 
「社長さん平謝りしてたけど、変な薬を盛られるとか、芸能界って怖い所だね。あんたこれ直ったら、もうそんな事務所辞めて、こちらであらためて高校に入りなおさないかい?」
 
ヒバリはオーディションに合格したので高校を辞めて上京している。一応彼女はNHK学園に編入して通信で高校の授業を受けてはいる。入院中もお勉強は続けることにしている。それがむしろ精神を安定させるのに効果があることが期待されるのである。スクーリングも保護者の付き添いで出席する方向で調整中である。
 
「お母さん。私やはり歌が好きなの。だから、半年くらい入院してここを出たらまた東京で頑張るよ。入院中もお給料は出してくれるというから、その恩返しもしたいし。薬はほんとに怖いから、飲み物とかには気をつけろってデビュー前にも言われていたもん。私が脇が甘かっただけだよ」
 
「そうかい。でも帰りたくなったらいつでも帰っておいで。違約金請求されたら、母ちゃんもパートに出て頑張って返すから」
 
「うん」
 

冬子は&&エージェンシーを解雇されてしまった、Purple Catsの4人に何か仕事が無いだろうか?と音羽(織絵)から尋ねられて、あちこち聞いてみた。すると∞∞プロで近々デビューする、丸山アイちゃんという女性歌手の音源製作を手伝ってもらえないだろうかという話が飛び込んで来た。彼女は現在18歳で長崎の高校を卒業して東京に出てきて、自主制作CDをあちこちの事務所に持ち込みしている内に、∞∞プロの目に留まったらしい。
 
引き合わせてみると、お互いに結構息が合う感じであったし、音楽に関する価値観もわりと合う感じだった。それで、アイも自主制作音源は作っていても、プロの音源製作は未体験なので、そのあたりの指導も含めて、∞∞プロが取り敢えず年末まで4人を雇ってくれることになった。
 
「もしそちらが空いていたら、春のツアーにも付き合ってもらえると嬉しい」
と∞∞プロの鈴木社長は言っていた。
 
 
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【娘たちの卵】(5)