【娘たちの卵】(2)
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(C)Eriko Kawaguchi 2018-12-09
青葉が千葉市内に建立した玉依姫神社の御札授与所は、最初は土日だけ開けるつもりだったのが、夏休みは平日でも参拝客が多く、取り敢えず夏休み中は毎日開けないかという話になった。
しかし毎日開けるとL神社では人手が足りないので、結局フェニックストラインで縁起物の販売をすることにし、そのついでに御札などを求められた時もそちらの販売員が「神社の嘱託」として対応することにした。
ここで販売する縁起物としては祠の前に置いた招き猫と同じ常滑焼工房の招き猫、千里がだるまを買った高崎のだるま製造元のだるま(量産品)、それに招き猫のストラップである。これも常滑焼の製造元さんに相談したら「いいよ。作ってあげるよ」と言われてひじょうに品のあるミニ招き猫ができあがった。これらの縁起物には、フェニックストラインのロゴ(炎鳥)と
《千葉市花丘玉依姫神社/監修:千葉市L神社》
と書かれたシールを貼付または添付することで、L神社と合意した。これらは8月の上旬から販売されることになった。
(翌年にはこれにシーサーも加わることになる)
そしてこの販売員として、千里は暇そうにしていた40 minutes(元Rocutes/晩餐館)の後藤真知を雇うことにしたのである。
彼女はあまり女らしくない性格だし、空気を読むのが苦手な面もあって、過去に何度か短期間仕事に就いても人間関係に疲れて辞めてしまっていたようである。それで
「ひとりで勤務できるのなら問題無い。やるやる」
と彼女は張り切っていた。
なお土日はL神社の巫女さんも来てくれるので2人勤務になるが、短期間なので大きな問題は無いようである。
彼女は通勤用にスズキのGSR250Sを衝動買い!して、江戸川区の自宅から通勤してくることにした。
要するにこの神社が交通機関から見放された場所にあるので、車かバイクでもないと通勤不能なのである。更に真知の場合自宅から最寄り駅まで20分歩く必要がある。
「10回払いで買っちゃったんですけど、10ヶ月以上お仕事ありますよね?」
「うん。最低1年は続けるよ」
と千里は笑顔で言った。
通勤費(ガソリン代+高速代)は全支給するので高速を通って30分ほどである。千里は《げんちゃん》に頼んで、道路側の物置を少し拡張してGSR250Sを置けるように改造してもらった。
辛島さんは「女性ひとりで勤務していて変な客とか来たら」と心配したのだが、実際に真知を引き合わせると「杞憂だった」と言った。
身長178cm 握力50kg(公称)の彼女を襲おうと思う男はそうそう居ないだろう。
「もし襲われたら相手の睾丸握り潰してやりますよ」
などと彼女は言っていた。実際彼女はスティール缶を握りつぶしてしまうので本当は握力60kgくらいあるのではという気がする。
それに万一の時はたぶん《姫様》が助けてくれるんじゃないかな?と千里は思った。真知は《姫様》にかなり気に入られたようなのである。
もっとも、彼女が毎日ここに詰めてくれるようになった後、テレビのロケに来た谷崎潤子は
「美人男の娘巫女さんがいると聞いてやってきたのですが」
などと言っていた!
真知は巫女ではないので、巫女さん同様の衣裳ではあるが緋袴ではなく松葉色の袴を穿いてもらうことにしていたのだが、秋に伊勢の神宮で研修を受けてきて、L神社の巫女さんとしても認定され、秋以降は緋袴を穿くようになった。
(伊勢に行った時「あのぉ、男性の巫女さんは困るんですけど」と言われたらしい!)
「ところでお客さんが居ない時間帯は暇じゃない?」
と千里は彼女に訊いた。
「ああ。ゲームやったり、あるいはドリブル練習とかしてるから大丈夫ですよ。ボール1個、倉庫に置いてるし」
「だったらバスケットのゴール設置してあげようか?」
「あ、嬉しいかも」
それでスポーツ用品店で壁に取り付けるタイプのバスケットゴールを買って持って行ったのだが・・・。
「天井が低い」
と千里は呟いた。
「ユニットハウスだし」
と《りくちゃん》が言う。
「これ天井の高さどのくらい?」
「2.5mくらいじゃない?」
と《せいちゃん》
(実際に《たいちゃん》と《りくちゃん》で計測してみたら258cmあった)
「バスケのゴールって3メートルくらいだっけ?」
「10フィート。メートル法で言えば3.048m」
と《こうちゃん》
「足りないじゃん」
「床を掘ろうか?」
と《こうちゃん》が言う。
「できる?」
「一晩でやっちゃるよ」
「じゃよろしく〜」
「OK。青龍、玄武、やるぞ」
「俺たちも手伝うのかい!?」
3人はそれで何だか議論しながら設計図を引いていたようだったが、千里に尋ねた。
「あのさ。倉庫の床を掘っても狭いじゃん。社務所の下を掘ってもいい?」
「社務所が使えなくなるじゃん」
「社務所の床はちゃんと使える状態で、その下にバスケできるだけの空間を作っちゃう」
「社務所がちゃんと使えるならいいよ」
「よし、これで行こう」
3人は地下室の壁や天井にするための鉄筋コンクリートの枠を別の場所で2日掛けて作ったようである。いわばプレキャスト・コンクリートである。それができた所で、夜中に社務所と倉庫を“ちょいとのけて”、その下に深さ7mもの空隙を作ってしまった。そして漏水処理用の設備も作り込んだ上で、別途作っていたコンクリート・パネルを床・壁に填め込んでボルトで固定する。サービスで小型のエレベータまで組み込む。最後に天井のコンクリート・パネルを乗せてまた固定し、その上に社務所の建物を再度乗せたのである。
社務所と地下室の行き来は小型エレベータを使うか、40段の階段を昇り降りするかである。この階段の上端は参拝客からは見えないように衝立で隠しておく。
かなり大規模な工事だったはずだが、彼らは(事前にコンクリートパネル作りなどの準備をしていたとはいえ)これを1晩でやってしまったのである。
《こうちゃん》によると『山を崩したり川を堰き止めたりするほどではないけど』楽しかったらしい。それを聞いて千里はこの子たちにも娯楽が必要なんだなと思った。もっとも《げんちゃん》と《せいちゃん》はその後丸2日寝ていたようである。
なお最初はコンクリート剥き出しだったが、これじゃ危ないよと千里が言って壁と天井には防音板、床にはフローリングを貼り付けてもらったが、接着剤のシンナーの臭いが抜けるのにヒーター・扇風機・換気扇を掛けっ放しにして、さすがに一週間掛かった。
なお、地下室はどうしても周囲の土から漏れ出してくる水分があるし、雨が降ったら大量の水が出るので、ポンプで吸い上げてタンクに貯め、雨水を集めたものと一緒にトイレの洗浄水として使用するようにした。こういう工作は《せいちゃん》が得意である。
この地下室は1.5間×4間(2.7m×7.2m)で、床から天井まで7mあり、バックボードの上に3mほどの余裕がある。このバックボードを《せいちゃん》はリモコンで回転できるように改造したので、斜めや横からゴールに迫る時の練習もできる。真知は完成した地下練習施設!?を見て
「すごーい!秘密基地みたい!」
と言って面白がり、ここでたくさん練習をしていたようである。なお、ここに居ると社務所に人が来ても気付かないケースも考えられたので、敷地内または駐車場に人が来たら通知音が鳴ってモニターにも表示されるように《せいちゃん》が工作してくれた。それで人が来たら小型エレベータで社務所内まで上がり、ワンピース型!のかぶるだけで済む巫女衣裳を着てにこやかに応対するのである。
「だけど人間に頼んだら数百万円掛かることをしてもらったし、何か御礼しなくていい?」
と千里が訊くと、《こうちゃん》が言った。
「だったらさ、市川ドラゴンズの連中にアパート用意してやってくんない?」
「そんなの御礼でなくても言えばいつでも用意してあげたのに。今までどうしてたの?」
「だいたいみんなあの界隈の山の中で洞窟とか見つけて過ごしていたんだけど、なんか山中で工事やってんだよ」
「ああ。たくさんトラックが出入りしてたね。何作ってるんだろ?」
「ゴルフ場か、メガソーラーか知らないけど工事の音がうるさい。実は工事の発破で崩れてしまった洞窟もあって」
「大丈夫だった?」
「平気平気。仕返しにトラック5台壊しただけ」
「それ人は死んでないよね?」
「ああ。それは大丈夫。俺たちは抑制的だぜ」
「じゃ、何か適当な土地を探さないとね」
「実は探してある」
「へー」
「見てくれる?」
「OKOK」
千里は新幹線で姫路まで行き、実際に市川町内のアパート候補地というのを見に行った。
「既にアパート建ってるじゃん」
「素敵だろ?」
「餌食べ放題だね」
「うん。普通の人間は入居出来ない」
「じゃ不動産屋さんに連れてって」
「OK」
それで千里は市川町内の不動産屋さんに行き、そのボロアパートを土地ごと現金500万円で買い取った(実際土地だけの値段)。
不動産屋さんは甘地駅とかイオンとかでよく千里を見掛けているようで、笑顔で取引に応じてくれた。
「崩して家でも建てられます?」
と訊いたが
「ボロアパートでもいいからすぐ入居したいと言っている知人がいるので、その人たちに住んでもらいます。時期を見て建て替えるかも」
「そちら会社か何かやっておられるんですか?いつもご主人と仲が良さそうと思って見てますよ。ただ、あそこ、最後の住人が出てから3年くらい無人だったんですよ。言わずに売って後から問題になるとまずいから言いますけど、幽霊が出るという噂で」
「入居するのが山伏の集団なので、多分あっという間に幽霊は居なくなります」
「おお!それは凄い!」
貴司たちは8月4日から6日まで合宿を続け、8月7日朝に羽田から台湾に向けて出発したが、千里はこれを空港で見送った。
羽田8:50-11:30松山
この日に、女子代表の最終的なAチーム・Bチームのメンバーも発表されたが、今回はどちらにも海外のメンバー(羽良口・高梁・村山)が1人も入っていない。大丈夫かなあと千里は不安を感じた。
男子が龍良無しでは苦しいのと同様、日本も高梁王子無しではかなり厳しい。
バスケット協会は6月に麻生太郎が会長を辞任した後、NBLのトヨタ自動車出身の人が会長に就任し、bj側とリーグ統一に向けて話し合いをしているようだったが、話し合いは空転している雰囲気だったし、そもそも会合が成立しない事態も起きていた。
FIBAが指定している回答期限は10月末、あと3ヶ月しか無い。
千葉県八千代市で行われているインターハイ。
千里は結局N高校のチームにほぼ付き添い、千城台の体育館で、たくさん福井英美との手合わせもした。結局この期間は千里はスペインの方はお休みにさせてもらい、貴司とデート(精液採取)した8月3日以外はずっとチームに付いていた。
旭川N高校は1回戦・2回戦・3回戦と快勝していったが、8月5日の準々決勝で愛知J学園とぶつかり、接戦を演じたものの3点差で敗北した。
しかし最終的に福井英美はこの大会のリバウンド女王に輝いた。得点でも2位という大活躍で、いきなり全国区の選手になった。
そして英美はU-18日本代表候補に緊急追加招集されることになった。8月25日からU-18第2次合宿のフランス遠征が控えているので、すぐにパスポートを作ってくれと言われ、お母さんに電話して必要な書類を揃えてもらうように言っていた。
2014年8月9日(土).
横須賀市でサマーロックフェスティバルが行われ、KARIONもローズ+リリーもこれに参加したが、千里はKARIONの伴奏者として演奏に参加した。
『夕映えの街』で巫女衣裳を着て舞い、『雪のフーガ』その他幾つかの曲でフルートを吹き、『恋のブザービーター』ではまたバスケットボール・パフォーマンスをした。曲の最後で美空が笛を吹くのに合わせてシュートをし、それがゴールにきれいに飛び込むと7000人ほどの観衆が沸く。これは本当に快感だと千里は思った。なお美空には『バスケットボール元女子日本代表の村山千里さんでした』と紹介してもらうことにした。
「“元女子日本代表”って、“元‘女子日本代表’”という意味にもとれるけど、“‘元女子’日本代表”という意味にもとれるよね」
などと政子が言っていた。
「元女子の日本代表なら、元は女であって現在は日本代表ということで、結局、男子の日本代表ということ?」
と美空。
「男子の日本代表になったことはないなあ」
と千里は苦笑しながら答えた。
この日のステージではその後、Rainbow Flute Bands、チェリーツインなども出ていたので、千里は彼女たちの楽屋にも差し入れを持って行き、おしゃべりなどしていた。遠上笑美子とは直接話したのが初めてとなったが
「ご挨拶にお伺いしなくて申し訳ありません」
と言っていた。
「いや、醍醐君をキャッチするのは、かなり難しい」
と顔を出していた兼岩会長が言っていた。
「まあまだ学生ですから」
「先生おいくつですか?」
「23歳ですよ〜。現在修士課程の2年生」
「醍醐君は現役のバスケットボールの選手なんだよ。現在スペインのリーグに参戦している」
と兼岩さん。
「すごーい!」
と遠上笑美子。
「それ知っている人少ないんですよ〜」
「だって去年もLFBで大活躍したじゃん」
「スペインの試合は日本の地上波では放送されてませんからね〜」
「笑美子ちゃん、実は私はお姉さんのこと心配している」
と千里が言うと彼女の顔が曇る。
「私も訊いてみたんですが、何かあったみたいなんですよね。でも誰にも言いたくないみたいなんですよ」
「実は私はAYAのデビューにも関わっているんだよ」
「そうだったんですか!?」
「インディーズ時代の曲だけど『ティンカーベル』とか私が書いているから」
「あ、あの曲好きです!」
「たぶん色々な人が声を掛けているとは思うけど、歌とか芸能活動のこととは関係無く、ただおしゃべりするだけでもいいから気軽に電話してと言っておいて。一応番号渡しておく」
と言って千里は名刺に電話番号を書いて笑美子に渡した。
「ありがとうございます。お伝えします」
サマーロックフェスティバルのあった夜は横須賀市内のホテルでローズ+リリー、KARION, XANFUSの合同打上げが行われ、千里は美空に誘われてこれにも顔を出した。バックバンドの人たちを含めて演奏に参加した人やスタッフなども全員誘われたようで、ローズ+リリーのライブにダンスで参加した近藤うさぎ・魚みちるも来ているし、更には無関係のはずのチェリーツインの紅ゆたか・紅さやか・桃川春美まで来ていた。何でも近くに居たので「おいでよ」と言って連れてきたらしい。
★★レコードも各アーティストの担当者の他、加藤課長や八雲礼朗さん、八重垣虎夫さん、一畑和茂さんとかが居る。八雲さんや八重垣さんたちは各々誰の関連で来ているんだっけ?と千里は考えたが、どうも結局近くにいたのでノリのいい織絵がまとめて連れてきたようである。撤去作業に行かなきゃと言っていたものの「そんなの若い人に任せておけばいいよ」と加藤さんが言ってくれたらしい。実際この3人は腕力は無さそうで、力仕事には向いていない雰囲気だ。3人は一応撤収作業用に作業服を着ていた。
加藤課長が
「ここに★★レコードの売上げの多分7割くらいに関わる人たちが集まっている」
などと言っていた。
八雲さんが桃川はるみと親しそうに話していたが、そういえばこの人は、チェリーツインの初代担当だったというのを千里も思い出した。
「当時『八雲さん』と呼ばれて八雲さんと桜木八雲ちゃんが同時に返事したりしてたね」
と紅さやかが懐かしそうに言う。
少し?酔っている紅ゆたかが言う。
「何かうちは性別の怪しい人が多いよね。桜木八雲はいつも男装しているし、春美ちゃんはいつも女装しているし、紅さやかも女装しているし、八雲さんもこうやって男装が多いし」
「俺は女装しないよ!」
と紅さやかが抗議していたが
「紅ゆたかさんと紅さやかさんは夫婦だという説もあるけど」
と“いつも女装している”と言われた桃川春美が反撃している。
「裸になって抱き合ったことはあるな」
「おぉ!」
「あれは冬山で遭難しかかったからな」
「さやかの性転換説というのもあるんだけど、少なくともあの時は付いてた」
「今でも付いてるけど」
八雲礼朗さんが居心地の悪そうな顔をしていたが、そういえばこの人さっき“男装してる”と言われていたなと千里は思い起こしていた。
打ち上げの途中でトイレに立った時、ケイ=冬子と遭遇する。彼女は千里に先日、大阪から東京に戻る時にインプレッサの車内で話した貴司とのことを訊かれた。
「冬子。私さ。もしかしたら不義の子を作ってしまうかも」
冬子は千里の言葉の意味を取りかねたようで質問した。
「それ千里が父親になるの?母親になるの?」
「それがどちらがいいのか、まだ分からないんだよね」
「うーん・・・・」
「あの子とは私が母親になってやると約束してるんだよね」
「あの子って?」
という質問に千里は答えなかった。しかし冬子は言った。
「千里、その彼氏のこと好きなんでしょ? だったら作っちゃえばいいよ」
それで千里は少し考えてから笑顔で言った。
「そうだよねー。やっちゃおうかな」
打ち上げが完全に混沌としてきた頃、XANFUSの音羽が言った。
「何か今日は性転換した人がたくさん居る気がする」
「何人いるかな。ケイに近藤うさぎさんに醍醐さんにオリーに」
と光帆が言うと
「私は性転換してないよ!」
と音羽が言った。
「以前ちんちん付いてなかったっけ?」
「ついてない、ついてない」
そのやりとりを笑って聞いていた千里は言った。
「この部屋の中には今、私も含めて5人、MTFポスト・オペがいるよ」
「へー!」
「FTMポストオペも1人いる」
「それは凄いな」
「あっそうか。オリーはFTMだったっけ?」
「私はただのレズのつもりだし、ちんちん付いてないし」
「いや隠しているのかも知れん」
「隠せるはずのない状況を見てるでしょ?」
と織絵(音羽)。
「でもちんちん隠すのの達人っているよね?」
と美来(光帆)。
「逆にあたかもちんちんが付いているかのように装う達人もいる」
と由妃が寄ってきて言う。
「偽おっぱいも、偽ちんちんも、精巧なのがあるからなあ」
「高いけどね」
「例えばこんなのもある」
と言って千里が1本バッグから取りだしてみせると
「凄い」
という歓声が上がる。
「これ一瞬、本物をちょん切って持って来たかと思った」
などと由妃が言っている。
「ちょっと見せて」
と言って、八重垣さんまで手に取って見ている。
「これ凄い。1本欲しい」
と八重垣さん。
「虎ちゃんは既に1本持っているのでは?」
「今付けているのと交換したい」
「どうやって交換するんです?」
「ロックを外してグイっと引き抜いて、新しいのをガチャッと填め込み、またロックを掛ける」
「カートリッジ式なんですか〜?」
「それいいかも」
「毎年1回新しいのと交換しないといけなかったりして」
「ちんちんメーカーで毎年新型を出してテレビCM流してたりして」
「車検もあったりして」
「ちんちん税が掛かったりして」
「あ、ボクのおちんちんはカートリッジ式だよ」
と由妃が言っている。
「ゆきちゃん、ちんちん持っているんだっけ?」
「あいにく今日は持って来てない」
「由妃ちゃんも、男の子なのか女の子なのか悩む時がある」
「由妃ちゃん、結構男装してるよね?」
「ボクは女の子とデートする時は男の子に変身して、男の子とデートする時は女の子に変身するから」
と由妃は言っている。
「男の娘とデートする時は?」
「女の息子になるよ。向こうにちんちんがあったらこちらはちんちん無し。向こうにおっぱいあったから、こちらはおっぱい無し」
「由妃ちゃん、おっぱいもカートリッジ式なの?」
「残念ながらカードリッジではないんだけど、CカップとEカップの2倍ズーム。今日はうっかり標準サイズ」
「ああ、2倍ズームのおっぱい持ってる女の子は時々いる」
「3倍ズームしてる子いる」
「そこまで行くと凄いな」
「男の子のおちんちんはズーム機能持ってるから、女の子のおっぱいもズームでいいんだよ」
「確かに確かに」
由妃はかなり際どい話を知っていて、さすがの織絵や美来が息を呑んだりするのを八重垣さんが興味深そうに聞いていた。普通の男性なら、居たたまれなくなるのだろうが、“彼”はむしろ積極的にこの話に乗ってきた。「そういう場合はこういうのもある」と言って、由妃も知らないようなものまで話して「それ教えて」と言って、由妃や織絵がメモを取る場面もあった。
話がどんどん混沌としていく中、千里はまたトイレに立った。どうもビールを飲み過ぎたようである。
千里はむろん女子トイレに入るが、中に入ろうとした時、八雲礼朗さんが出てきた。向こうがギョッとした顔をしたが千里は平然として“彼女”に会釈して中に入った。
今日は作業着で性別が曖昧だし、そもそも“彼女”なら背広を着ていたとしても女子トイレで騒がれることはあるまい、と千里はチラッと思った。
8月9-10日、栃木県の県立県北体育館で国体バスケット競技の関東ブロック大会が行われた。東京選抜は決勝戦で千葉選抜とぶつかり、激しい接戦の末、2点差で千葉選抜が勝った。千葉選抜は半分がRocutesのメンバーで、対ジョイフルゴールドの秘策がうまく当たり、実力的には上の東京選抜を倒した。藍川監督が凄い顔で千葉チームの実質的な監督の役割を果たした薫を睨んでいた。
要するに玲央美も王子も居ない体制で生まれる“ほころび”を突いたのだが、これで東京選抜は国体本戦まで厳しい練習が続くことが確定した。この大会は2位以上が本戦に行けるので、千葉選抜・東京選抜ともに10月に長崎県で行われる本選に出場する。
「40 minutes組の子たち、毎日三鷹に来ない?」
「行く」
と橘花。
「私も行く」
と麻依子。
「希良々ちゃんはどうするの?」
「藍川さん、子連れで行ってもいいですか?」
「OKOK。昭子に面倒見させよう」
「え!?」
「昭子ちゃん、ママの体験もしてみようよ」
と唆すと、本人は
「おっぱいあげたりとかしてみたい気もする」
とかなりその気になっていた。
「おっぱい型の哺乳器もあるよ」
「それいいなあ」
8月10日(日).
この日《きーちゃん》は神社のお務めはお休みさせてもらって朝一番の飛行機で単身北海道に飛んだ。
羽田6:10(NH4791 737-500)7:45新千歳
そして空港内で“ある人物”と会った。
「ちょうどスクーリングで札幌に出てきていたから、ホテルのベッドの上で朝半覚醒の状態になっている所を採取してきた」
「ありがとう」
「本人は“また息子と浮気してしまった”と思っているかもね」
「あははは」
それで《きーちゃん》は新千歳から伊丹へ飛んだ。
新千歳9:30(NH3132 CRJ)11:25伊丹
それでお昼過ぎに豊中市内の病院に行き、理歌の振りをして病院のスタッフに精液バッグを渡した。ついでに阿倍子に
「北海道土産の『白い恋人』と、あと今駅前で買ってきたタコヤキだけど」
と言って渡すと、何だか涙を流して
「ありがとう」
と言っていたので、さすがの《きーちゃん》も悪い気がして、30分くらい付いていた。
「でもバスケット選手って本当に忙しいんですね」
「そうですね。冬はシーズンだし、春から秋にかけては日本代表の活動があるし。更に兄貴の場合、社員選手で会社の仕事もしているから」
「もう週に1回くらいしか会えないのは慣れてしまいました。遠洋漁業の船員さんよりはマシかなと思って」
「それは亭主元気で留守の典型パターン」
「ああ、そのパターンだと思うことにしました」
病院を出たところで千里に電話した。
「ありがとう。本当は私が行かなきゃいけないのに」
「修士論文書くので最近頭が爆発気味だったから飛行機に乗ってぼーっとしているのも気分転換になったよ」
「ごめんねー。それも全部押しつけちゃって。論文何とかなりそう?」
「何とかするよ」
彼女には1日お休みを与えたので、京都を散策すると言っていた。
ちなみに今回、精液を取りに行くのを《きーちゃん》にやってもらったのは、精液の出所を(眷属たちに)あまり明確にしたくなかったからである。
千里と《きーちゃん》は小学生の時から繋がりがあり、千里はしばしば彼女には他の眷属たちに知られたくない裏工作をしてもらっている。但し当時は契約関係にあった訳ではない。《きーちゃん》が“美鳳が預ける眷属”の1人として千里に渡されたのは大神様の配慮である。
今回の体外受精はそういう訳で8月3日に採取した貴司の精子(冷凍)と千里が《きーちゃん》に北海道から運んで来てもらった“ある人”(仮名C君)の精子を使用した。今回阿倍子の卵子は5個取れたが、2個に貴司の精液、3個にC君の精子を掛けた。
またこれまでは初期胚移植といって受精させてから2〜3日で子宮に投入していたのだが、ここまで全滅だったので、今回は5〜6日培養してから投入する胚盤胞移植という方式を採ることにした。
すると、貴司の精液を掛けたものは4日目に分裂が停まってしまったが、C君の精子を掛けたものは3つとも6日後まで分裂を続けた。
「これは物凄く優秀な精子ですよ」
と医師が驚いて貴司に電話で報告する。それで前回同様、3つ子になっても構わないという方針で3個とも阿倍子の子宮に投入した。
8月10日(日).
季里子が元気な女の子を出産した。名前は伊鈴(いすず)で、季里子が夏樹との間に作った子供は2人とも女の子となった。
この出産に際しては、桃香も夏樹も病院の廊下で待っていて、産声が聞こえた瞬間、桃香と夏樹が手を取り合って喜んでいたので、季里子のお父さんが孫の誕生に喜びながらもそのふたりの様子には腕を組んでいた。
ちなみに季里子の2人の娘の名前(らいさ・いすず)は、デ・キリコの最初の妻 Raissa Gurievich、2度目の妻 Isabella Pakszwer Far に由来する。命名者は父親の夏樹である!今度の子供がもし男の子だったら“いさむ”にしようと思っていたらしい。
2014年8月10日(日).
第1回ロックギャルコンテストの本選が新宿文化ホールの小ホールで行われた。2次予選の後、本人辞退と、保護者の芸能活動同意取り下げ(実際には勝手に親の印鑑を押していたケースと思われる)が数人あったものの、その分は辞退のあった地区で追加合格を点数次点だった人に連絡して補充。結局定員の24人で争うことになった。
この24人は、優勝しなかった場合でも、§§プロの練習生あるいは研究生になって、全国各地の提携芸能学校で優待料金あるいは無料で歌やダンスのレッスンを受けることができる。また優秀な子は§§プロの歌手のライブでバックダンサーやコーラスに登用されたりドラマや映画の端役に採用される場合もある。
一般公開はされていないが、各出場者に6人まで付き添いできる(東京駅または羽田空港までの交通費および前泊・後泊のホテルクーポンも支給)。この6人の中に必ず親権者を入れることという条件が入っていた。その他に審査員と、シックスティーンおよび誠英社の他の雑誌等の記者が会場に入る。
つまり基本的に《内輪》のイベントとなった。
龍虎はこの本選に彩佳・宏恵・桐絵の親友3人および“両親”の田代夫妻、“親権者”である長野支香と一緒に出かけた。
開始30分前に控室に出場者が集められる。1名の付き添い(女性限定)が認められるので、彩佳が付いていった。
彩佳は面白いなと思った。ここに集まっているのは、全員“アイドル”っぽくないのである。多分このオーディションはそういうアイドルっぽくない実力派を求めているんだ。これなら龍虎はかなり上位を狙える気がした。
誰か入ってくるので見たら、川崎ゆりこである。
ざわめきが起きる。
「みなさん緊張してませんか?」
と言ったら、ひとりの子が
「アースしてます」
と答えた。《緊張=金鳥⇔アース》という連想だが、笑ったのは半分くらいである。龍虎も笑っているので「ああ、大丈夫だな」と思った。ここで笑えないのは、マジで緊張しているということである。それに芸能人の魂として、誰かがジョークを言ったら、多少詰まらなくても“ノリ”で笑ってあげるものである。
彼女は更に「これがアースです」と言って、紐のようなものを腰から垂らしている。これには苦笑があちこちから漏れている。
ゆりこはその子に
「君は合格確率が0.1%上がったな」
などと言っている。
「100%くらい上げてもらえません?」
「私に100億円くらい賄賂持って来たら考えていい」
「100円にまけてください」
「君、ほんと面白いね。名前教えて」
「北海道から来ました柴田邦江です」
「よしよし。覚えておこう。君にはマイナス20点投票しておく」
「え〜〜〜!?」
今回はほぼ全員が笑った。
ゆりこが今日のオーディションの流れを説明する。
10:00からまず自己アピール。審査員室に1人ずつ入って、挨拶をしてから壁際まで歩き、戻ってきて中央の位置に立ち、笑顔で自分をアピールする。時間は1分以内で三次審査の時と同様である。歩いてもらうのは、歩く姿勢を見たいからで、モデルのオーディションではないので歩き方自体は採点対象ではない、とゆりこは説明した。
10:40くらいからダンス。全員水着を着てフロアに入り、音楽に合わせてダンスする。ダンスの振付はその場で振付師の人が指導する。10分間の練習時間を経て、本番は5分。振付師の人も見やすい位置に立って一緒に踊るのでどうしても覚えきれなかったら、振付師の踊りを見ながら踊ってもよい。
水着になってもらうのは手足の動きを正確に見るためなので、スタイルは採点対象ではないから、お腹のサイズや胸のサイズに自信の無い人も気にしなくてよいと川崎ゆりこは言った。これには結構笑いが起きていた。
11:20くらいからステージに出て歌唱審査。採点の70%はこの歌唱審査なのでダンスなどで失敗した人も諦めずに全力でやって欲しいとゆりこは言った。
ゆりこはその後、全員に声を掛けて回っていたが、龍虎の所に来てあれ?といった顔をして言った。
「君、ズボン穿いて来たんだね。スカートにしてと書いていたと思うんだけど。ウォーキングの時の足の動きを見るのに、ズボンでは分かりにくいんだよね」
「え?それ女の子だけかと思いました」
と龍虎が答える。
「君、女の子じゃない訳?」
と川崎ゆりこが言う。それに龍虎が答えようとしたのを彩佳が遮って言った。
「すみません。この子時々自分の性別が分からなくなるんです。今着換えさせますので」
「うん。よろしく。自分の性別が分からない人は胸に触ってみよう」
と言って川崎ゆりこは龍虎の胸に触り
「君は間違い無く女の子だよ」
と言った。
「私も何度か一緒に温泉とかに入って女の子なのは確認していますから」
「だったら問題無いね」
それでゆりこは、次の子の所に行ってしまう。
「龍、これに着換えて」
と言って、彩佳はスカイブルーの膝丈チュールスカートを出す。
「やはりスカートなの〜?」
「いいじゃん。スカートの方が可愛いし、さっきゆりこさんが言ったように、スカートの方が足の動きがよく見えるんだよ。モデルオーディションとかでもスカートで参加するのが常識」
「まあいいけど」
龍虎もスカートを穿くのは嫌いではないので、その場でスカートを穿き、ズボンは脱いだ。脱いだズボンは紙袋に入れる。
「そういえば水着審査もあるんだね?」
「ちゃんと水着は持って来てるよ」
「ありがとう。それ不確かだった」
「でも振付を10分で覚えられるかなあ」
「龍は覚えるの速いもん。大丈夫だと思うけど」
「でも水着になったら、おっぱいが少しあること変に思われないかな」
おっぱいが無い方が何か言われると思うけど、と彩佳は思った。
「そのくらい問題無いと思うけど。さっきも、ゆりこさんに触られたけど何も言われなかったでしょ?」
「あれ、ドキッとした」
まず自己アピールだが、これは要項にも書かれていたので、例によって彩佳たち3人が龍虎と一緒に考えて1分以内で言えるように調整している。龍虎はそれを暗記してすらすら言えるように練習しておいた。これは渡された番号札とは無関係にランダムに呼び出された。龍虎は3番目に呼ばれて案内の人(沢村という名札を付けていた)と一緒に審査員室に行く。
龍虎は「失礼します」と言って部屋に入り、ちょっとドキドキしながらゆっくりとファッションショーに出るモデルさんみたいな感じで腰でバランスを取った歩き方で壁まで行き、くるりと180度回ると戻って来る。このあたりが中央かなぁ?と思うあたりで立ち止まり、審査員たちのテーブルの方向を見る。真ん中に三次審査の時にも見た紅川社長が座っている。龍虎は一礼すると笑顔で「おはようございます。関東代表の田代龍虎、中学1年生です」と自己紹介した上で1分間の口上を述べた。
審査員さんたちが全員無表情なのでこれはかなり緊張した。終わった所で沢村さんが「では控室に戻って下さい」と言うので、龍虎は一礼後「よろしくお願いします」と言ってからドアの方を向き、やはりモデルさんみたいな感じでウォーキングして、ドアの傍まで行く。部屋の中を振り返り一礼して「失礼します」と言って外に出てドアを閉めた。そして沢村さんと一緒に控室に戻り、小さい声で「ありがとうございました」と彼女に言う。龍虎がそう言うと沢村さんは笑顔で会釈した。それで部屋の中に入り、彩佳の傍に戻った。
「緊張したぁ」
「龍もアースしておく?」
「他の人と同じ事してもダメだよ」
「まあそうだね。この世界は猿真似は嫌われる」
自己アピールの最後の人が戻ってきた所で
「それではダンステストに行きますので、皆さん水着に着替えて下さい」
と言われた。
「じゃこれ水着ね」
と言って彩佳は袋の中から水着を出す。
「これどこで着換えるんだろう?」
「みんなここで着換えてるよ」
「え?でも他は女の子なのに」
「龍は別に女子と一緒に着換えても問題無いはず」
「ま、いっか」
と言って龍虎は服を脱ぐ。上着を脱ぎ、スカートを脱ぎ、ブラウスを脱ぐ。そしてブラジャーを外し、パンティを脱ぐ。そして水着を着けようとして
「あれ?これワンピース型?」
と言う。
「龍はおっぱい少しあるから、トランクス型は無理だよ。これを着なよ」
「あ、それどうしようと思ってた。まるで女の子みたいだけど、いいかなあ」
「問題無いって」
それで龍虎はそのままワンピース水着を着てしまった。
「出番まではこれ着ておくといい」
と言って彩佳がラッシュガードを渡すので、
「ありがとう」
と言ってそれも着た。
みんな素早く水着に着替えたようである。龍虎は自分の脱いだ服をきちんと畳むので、それを彩佳は紙袋の中に入れた。見ると、ちゃんと自分で畳む子と付き添い(多くはお母さん)が畳んであげている子と半々くらいの感じだ。
10分ほどした所で沢村さんが来て
「みなさん、水着は着られましたか?それではダンスチェックの会場に案内しますので、出場者のみ来てください。付き添いの方はここでお待ち下さい」
と言う。
「じゃ行ってくる」
「頑張ってね」
それで龍虎はラッシュガードを脱いで畳んだ上で彩佳に渡し、他の出場者と一緒に審査会場に向かった。
案内された場所はリハーサル室と書かれていた。結構広いフロアである。
そこに台があってレオタードを着た人が立っている。この人が振付師さんかな?
「適当に並んで下さい」
と言われたが、フロア全体の真ん中付近に立とうとする子が多い。龍虎は前の方が空いてるなあと思って、振付師さんのそば、前方中央付近に立った。その近くに来たのが1番の番号札を付けた“アース女子”柴田さんと、8番の子、24番の子であった。24番の子が中央に立ちたがっているようなので龍虎は譲る。それで、前方中央付近に24番、その左側に龍虎、その左側に1番、24番の子の右側に8番、その右側に20番の子が立った。
「では音楽を流しながら1回踊ってみます」
と振付師さんは言った。
それで音楽が流れる。振付師さんが身体を動かす。龍虎はそれを見ながら実際に身体を動かしてみた。そして24番の人を含めて前に並んでいる5人だけが最初からこれをやったのである。他の子は最初はただ見ているだけだったが前方の5人が身体を動かしているのを見て「はっ」としたように、同様に身体を動かし始めた。
見ているだけで振付を覚えるのは至難の技である。実際に身体を動かしてみなければ、身体の動きは覚えられない。
5分間の音楽が終わり、振付師さんのダンスも終わる。
「もう1回だけやってみますので、これで覚えて下さい」
と言う。それでもう一度音楽とともに振付師さんがダンスをし、今度は全員が最初から振付師さんと一緒に踊った。
「今から10分間練習タイムです。その後、本番行きます」
と言って振付師さんは座ってしまう。
フロアはざわめいている。
大半の子が全然覚え切れてないのである。隣の柴田さんが龍虎に訊いた。
「覚えました?」
「だいたい。ちょっとやってみましょうよ」
「ええ」
それで柴田さんと龍虎の2人で踊り出す。24番の人もだいたい覚えたみたいで自分で踊ってみている。8番の人はかなり不確かな感じだが、それでも24番さんや龍虎を見ながら踊っている。20番さんはもっと不確かっぽいが、横の4人を見ながら踊っている。
「ここって、こうでしたっけ?」
「こうじゃなかったかな?」
「あ、そうか。こうでしたね」
などと柴田さんと龍虎はお互いの不確かな所を確認しながら踊っていった。
24番さんはひとりだけで動きを記憶の中から掘り出しながら練習していた。20番さんと8番さんは結局不確かなまま。そして他の参加者は全くお手上げに近いようだった。
10分後、タイマーが鳴る。そして審査員の人たちがフロアに入ってくる、
「では本番行きます」
と振付師さんが言って音楽がスタートする。
思いっきり踊り出したのは、柴田さん、龍虎、24番さん、8番さんの4人である。20番さんは不安げに踊っている。しかし・・・8番さんは振付師さんの動きと違う!違うのに堂々と踊っている。この人凄いなと龍虎は思った。覚えきれなかったのでもうオリジナルの動きにしてしまったのだ。これをどう評価するかは審査員次第かもという気がした。そしてフロアの大半の子は覚えきれてないので、結局振付師さんの動きを見ながら踊り、結果的にタイミングが合わなかったり、きちんと手足が伸びておらず、小さくまとまったダンスになってしまっていた。
審査員の中で何人か。紅川さん、堂本さん、秋風さん、の3人はフロアの中に進み、ダンスしている参加者の間を縫って個々の参加者の踊りを間近で見ている。龍虎は最前面で踊っているが、それでも秋風コスモスさんが近くまで来てじっと見ているのでややドキドキした。おっぱいあるの変に思われないかなあと、まだ思っている。しかしダンス自体は堂々と踊った。
音楽が終わる。
「お疲れ様でした。控室に戻って、自己アピールの時に来ていた服に着替えてください。すぐに歌唱審査が始まります」
と沢村さんが言った。
それで控室に戻るが、柴田さんから言われた。
「バレエか何かやってます?」
「ええ。小学2年生の時からで、人より始めたのが少し遅いんですけど」
「いや。凄く身体の動きのセンスがいいから、きっとこれはバレエかダンスの経験者だと思いましたよ」
「柴田さんは・・・新体操か何かですか?」
「よく分かるなあ。ついでに名前覚えられてる」
「最初から凄くアピールしましたもん」
「やはり何か目立つことしなきゃね」
「ですよね〜」
「そちらもわざわざ性別でボケてたし」
えっと・・・。
「お名前訊いていい?」
「田代龍虎です」
「へー。りゅうこちゃんか。子のつく名前は最近珍しいですね」
「そ、そうですね」
ここで字の訂正までしなくてもいいかな、と龍虎は思った。
あまり時間が無いようなので、控室に戻ったらすぐ水着を脱ぎ、パンティ、ブラジャー、ブラウス、スカート、上着と身に付けた。
本選の歌唱審査はステージに立ち、観客を前に、ロックバンド(Gt/B/KB/Dr) をバックにその場で歌を歌うというものである。ロックバンドは3組用意されており、交替で伴奏を務める(5分×24人なら120分なので連続演奏は無理)。
楽曲は過去3年以内に国内の大手レーベルから発売されたCD/DL音源の中から歌いたいものを3つまで予め届けておき、その場でその中のどれかを指定されて、生バンド演奏をバックに歌う。使用するのはハンドマイクである。キーの高さは原則としてオリジナルとする。どうしても変えたいという場合は変更申請をしてもらうが、認められるとは限らない、と告知されている。
龍虎は
ワンティス『恋をしている』(2013)
小野寺イルザ『琥珀色の侵襲』(2014)
ローズ+リリー『疾走』(2013)
という3曲を届けておいた。
『恋をしている』は高岡猛獅の遺品の中から新たに発見された譜面で「TT作詞FK作曲」というクレジットがされていた。TTは高岡猛獅である。FKという人物は“女の子”という以外情報が無かったが、この曲を発表した後、本人から連絡があり、特定されたらしい。しかしどういう人かは公開されていない。この曲は雨宮三森と上島雷太のオクターブ違いのツインボーカルで録音されたので雨宮の高さで歌うと一般的なアルト歌手に歌うことができる。なお、元々のワンティスは高岡と上島の男声ツインボーカルが多く、一部夕香・支香を入れた四人で歌う曲もあった。
『琥珀色の侵襲』は元々はワンティスが2001年11月に発表した曲だが、今年初めに小野寺イルザがカバーしている。この小野寺版は彼女の音域に合わせて移調されているので、一般的なソプラノ歌手なら歌える。
『疾走』は高岡猛獅と長岡夕香が亡くなる直前に書いた詩に上島雷太が曲を付けたものだが、2013年にローズ+リリーの歌で10年ぶりの初公開となった。元々上島が自分で歌うつもりで作曲していたのをケイの音域に合わせて移調したので、普通のソプラノ歌手なら歌うことが出来る。
そういう訳で実は3曲とも本来ワンティスの作品なのである。
そして龍虎の音域は一般的なソプラノ・アルト歌手の音域をほぼカバーしている。(正確にはアルトのいちばん下の音G3が出ない)
本選歌唱審査は11時半頃から開始された。なお優勝者はこの場では発表されないことになっており、結果は1ヶ月以内に郵便で通知されることになっている。これは恐らく優勝者が辞退したり契約で揉めた場合に備えるためではと彩佳は思った。
龍がもし優勝した場合、やはり男の子だということが分かった時点で取り消しかなあ。それとも性転換して女の子になって下さいと言われたりして!?龍はけっこう唆せば女の子になっちゃう気もするけど。
歌唱審査は渡された番号札の順に始まった。龍虎が渡された番号は16番である。三次審査の時は有望な子を後ろに集めていた。これは龍虎より有望な子が8人居るのだろうかと彩佳は最初思った(彩佳はダンス審査などを見ていない)。
トップバッターで出てきたのが、さっき控室で「アースしてます」と言った北海道代表の柴田さんである。AKB48の『恋するフォーチュンクッキー』を指定されて歌う。
物凄くノリのいい歌だ。観客から思わず手拍子が起きる。歌自体も上手い。ハンドマイクの特性を活かして、ステージ上を動き回りながら、様々な方角の観客を見ながら、時には指差すような動きまで入れて歌っている。この子、このまま即デビューさせていいのではと感じるほどだった。
まあ、龍には負けるけどね。
彼女は曲が終わって大きな拍手をもらうと「サンキュー!」と大きな声で言って投げキスまでした。
2番目以降に出てきた子はトップの柴田さんからすると、見劣りする感じだった。それなりに上手いのだが、柴田さんほどのノリは無い。あるいは歌の上手さで劣る感じだった。見ていると観客の居るステージで歌うのに慣れてないのか、足ががくがく震えて立っていられなくなり座り込んでしまう子まで居た(それでも歌だけは最後まで頑張って歌い、拍手をもらった)。
8番で歌ったのが九州代表の川内峰花さんだった。この人は正統派のアイドル歌手という雰囲気を持っていた。SUPER☆GiRLSの『常夏ハイタッチ』を歌ったが、ひたすら可愛くパフォーマンスをした。先頭で歌った柴田さんとは完全に逆方向の魅せ方である。
この人は若干音程が不安定だったが、多分たくさん練習すれば改善されるのではと思った。1ヶ所歌詞を忘れたのか適当な歌詞で歌ったが、観客の大半は歌詞が適当であることに気付かなかったのではと思った(バックバンドの人がギョッとして譜面を確認していた)。かなり度胸のある子のようだ。そしてここまで出てきた中では最もアイドル性を感じた。
まあ、龍には負けるけどね。
その後9番以降は、また彼女より見劣りする感じの子が続く。
それで彩佳は確信した。
これは本命を何ヶ所かに分散したんだ。多分、1番の人、8番の人、16番の龍、そしてきっと24番の人、その4人の勝負なのでは?
やがて「16番関東代表田代龍虎さん」と呼ばれて龍虎が出てくる。
「それでは『琥珀色の侵襲』を歌って下さい」
と言われた。バックバンドの演奏が始まる。龍虎はマイクを握りしめて目を瞑っていたが前奏が終わると同時に目を開けて歌い出す。
柴田さんがまるでロックバンドのボーカルのように、川内さんがまるでアイドル歌手のように歌ったのに対して、龍虎は「まるで正統派歌手のように」歌った。ほとんど身振り手振りを入れず歌だけに集中している。長い音符を本当に長く伸ばす。表情は無理に笑顔を作らず、むしろ歌詞の世界に没入したかのように《明け方に起きた“何かの襲撃”に不安を持った少女》のような顔である。その龍虎の歌い方に、会場にいる人々は呑み込まれたかの表情をしていた。手拍子も打たずに静かに聴いている。
そして演奏が終わると、その静寂が物凄い拍手に変わった。
龍は・・・龍は・・・
優勝した。
彩佳はそう思った。
例によって17番以降の子たちはやや見劣りする感じであった。20番の人は少し良かった。
そして24番、最後に出てきた子は8番の川内さんと同じような路線、アイドル歌手的なパフォーマンスをした。ただこの人は歌もそこそこ上手い、顔もそこそこ可愛い。スター性もそこそこある。
でも全部中途半端な気がした。
それに歌い方に妙な癖がある。これは「自分は歌が上手いと勘違いした人」にありがちな歌い方なのである。
8番や20番の人なら集団アイドルとかでもやっていけそうだし8番さんなら、集団アイドルのグループ内トップになれそうだが、この24番さんの場合は「部品になれない」ので、集団アイドルでも難しいと彩佳は思った。
この子のパフォーマンスでオーディションは終了し、最後に秋風コスモスと川崎ゆりこが2人でステージに上がり、漫才のようなパフォーマンスをして観客を笑わせてくれた。
これは多分この2人がステージをもたせている間に審査員たちが話し合っているのでは?と彩佳は思った。
秋風コスモスは歌は下手くそだがトークの才能はあるよなあと彩佳は思う。この人はそう遠くない時期にバラエティタレントのような道に進むのだろう。川崎ゆりこは歌も上手いしトークも上手い。人気としては秋風コスモスより1歩下がるものの、多分この人が今の§§プロの稼ぎ頭かもという気もした。
最後に紅川社長が出てきて挨拶をして、今日のイベントは終了した。
いったん解散となるが、龍虎の“親権者”である長野支香の携帯に
《お話したいのですが、御本人と親権者の方で、良かったら今から新宿Pホテル2階レストランSまで起こし頂けませんか?》
という連絡が既に入っていた。
「これ優勝したんだと思うよ」
と彩佳は言った。
「え〜〜?ボクが!?だって最後に出てきた人とか凄い可愛かったのに」
「いや、純粋なパフォーマンスでは龍がいちばん凄かったと思う」
と長野支香が言った。
「これ田代さんたちも行きます?」
「いえ。親権者と書いてあるし、長野さんだけで行ってきて下さい。私たちは何かあったら行けるように、Pホテルのラウンジで待機しています」
「分かりました」
それで支香が「今から向かいます。現在まだ新宿文化ホールです」とメールすると「レストランSの入口で紅川(べにかわ)で予約していると言って下さい」と返信があった。
それで全員でPホテルまで行った上で、龍虎と長野支香だけがエスカレーターで2階に行き、他の5人はラウンジに入った。田代幸恵が飲み物とサンドイッチを注文して、おしゃべりしながら待つ。
「ところでこれ女の子のオーディションだったと思うんだけど、龍は女装でもしてデビューするの?」
と桐絵が訊くと
「え!?女の子のオーディションだったの!??」
と田代夫妻は驚いた様子である。
「知らなかったんですか?」
「あの子、女の子のオーディションに応募するって、やはり女の子になりたくなったのかな?」
と田代涼太。
「全然気付いていないというのに1票」
と宏恵は言った。
「だったら失格するというのに1票」
と田代幸恵は言った。
「でもその場合、男の子タレントとして別途デビューしてという話になるかもよ」
と田代涼太。
「やはりその線かな」
と桐絵。
「まさか性転換して女の子アイドルやってとは言わないだろうし」
と宏恵。
「いや、その手の話はたまにある」
と田代幸恵が言う。
「たまにあるんですか〜〜〜!?」
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【娘たちの卵】(2)