【娘たちの面談】(6)

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12月25日の夜24時(26日0時)すぎに千里と別れた後、貴司は心の中のものがすっぽり抜けた気分で、ドライブでもしようかと思ったものの、アウディを千里に貸したことをすぐに思い出す。
 
千里が置いていったZZR-1400はあるが、貴司は大型二輪どころか普通二輪の免許も持っておらず運転できない。
 
「千里も忙しそうなのに、よくそんな免許取るよなあ」
などとつぶやく。
 
取り敢えず近くのコンビニに行き、週刊誌など立ち読みしていたら
 
「あれ?細川さん」
と声を掛けられる。和服姿の女性だが、どこかで顔を見たことがある気がする。えっとこの人は誰だったっけ?
 
「あ・・・緋那のお友達の?」
「ええ、沢居です、お久しぶりです」
 
貴司は2年ほど前2009年12月に緋那と待ち合わせていた所に千里が来て、緋那とのデートをぶち壊した時、この女性が千里のインプに同乗してきていたことを思い出した。つまり千里の知人なのだろう。その時、千里はインプの鍵を緋那に渡して自分のインプを使っていいよと言ってさっさと貴司のアウディA4に乗り込んだのだが、彼女は緋那とも友人だった様子であった。そしてその夜、千里と緋那は再度会ったようでふたりは話し合い?緋那がマンションの鍵を千里に返して緋那は自分との関わり合いを(一応)断ったのである。
 
もっとも緋那は本当に完全に諦めた訳ではなく、2010年の5月には自分の不在中の留萌の実家に押しかけてきて父にお土産を渡して「よろしくお願いします」と言ったと聞いて貴司はぶっ飛んだ。もっとも帰宅した母が追い出してお土産も捨ててしまったらしい。
 
緋那についてはその後の動向を聞いていなかった。
 

「緋那とは時々会われるんですか?」
と貴司は尋ねた。
 
「結婚しました」
と沢居が言ったが、貴司は理解できなかった。
 
「緋那が結婚したんですか?」
「ええ」
「誰かいい彼氏ができたんですね」
「結婚したのは私です」
 
貴司には理解できない。
 
「沢居さんも結婚なさったんですか?」
「ええ、緋那と」
 
やはり貴司には理解できない。
 
「緋那と沢居さんが結婚したんですか!?」
「そうですよ。12月10日に結婚式を挙げました」
「え?まさか女同士で?」
「私、男ですけど」
「え〜〜〜!?」
 

少しドライブでもしながら話しませんかということになり、沢居がコンビニの前に駐めていた赤いギャラン・フォルティスに乗り、貴司はその助手席に乗せてもらった。
 
「私はこういう服を着るのが好きだから着ているだけなんだけど、しばしば女装しているように誤解されるんですよね〜」
などと沢居は言っている。声も女性の声である。
 
なお、彼女(彼?)はコンビニに居た時は、和服に合わせて草履を履いていたのだが、運転する時はバックベルトのあるミュールに履き替えている。
 
「えっと・・・僕には女装しているように見えます」
「そうですか?おかしいなあ」
などと彼女(やはり彼女と書こう)は言っている。
 
「緋那とは高校時代に恋人同士だったんですよ。高校卒業後は切れていたんですが2年前に再会しまして」
 
それがあの2年前の南摂津駅での遭遇だったのだろうか?と貴司は考えていた。
 
「その時、私は緋那に今でも好きだから恋人になって欲しいと言ったのですが、自分には好きな人がいるからと断られまして」
 
と沢居は言っているが半分は嘘である。緋那と再会したのは南摂津駅での遭遇の1月ほど前、千葉のファミレスでだったのだが、この時、沢居は緋那にふられて結局桃香とホテルに行っている。
 
(『私ちんちん付いてるよ』と言う桃香を“去勢”して女の子に変えてセックスしている)
 
「そうですか・・・」
「ところがその1ヶ月後に、千里さん、細川さんを含めて4人での遭遇があって」
と彼女が言うので、やっと貴司には当時の状況が分かった。
 
「あの時、細川さんと千里さんがさっさとアウディで去ってしまったので、私と緋那は取り残されて仕方ないので残されたインプレッサに乗ってデートをしまして」
 
「あぁ」
 
「それでやっと私は緋那を口説き落として、恋人関係が復活したんですよ」
「そうだったんですか・・・」
 
「それで去年の秋にやっと指輪を受け取ってくれまして」
「緋那さんはわざわざその指輪を僕に見せに来ました」
「あはは、あの子らしい」
と沢居は笑っている。
 
その見せに来た現場を千里に見られて、千里は自分が緋那に指輪を贈ったように勘違いし、喧嘩になったもののすぐに誤解は解けて千里は謝った。しかし・・・この夏にも再度同じようなことをやられた!
 
緋那も緋那だが、自分も脇が甘いし、千里もまた簡単に誤解するし、何か全員、「どっちもどっち」という感もある。
 

「それで今年の6月に緋那の両親と会って結婚に同意してもらい、7月に結納を納めて、今月結婚したんですよ。実は新婚旅行に行っていて、昨日24日に帰国したばかりなんですけどね」
と彼女は言った。
 
「そうだったんですか!」
「新婚旅行先ではしばしばレスビアンの夫婦かと思われて苦労しましたが、パスポート見せて納得してもらいました」
「なるほどー」
 
つまりこの人、新婚旅行に女装で出かけたのか!?
 
「千里さんや細川さんにも色々ご迷惑掛けてしまっているような気がしますけど、もうそちらに干渉することはありませんから」
 
そう願いたいよ!
 
「細川さんたちはいつ結婚するんですか?」
と沢居は訊いた。
 
貴司はひとつ息を吸ってから答えた。
 
「年明けに再度プロポーズするつもりです。たぶん来年中に結婚します」
 
「それは良かった。幸せになってください」
「ええ、そちらも」
とふたりは言って、握手を交わした。握った沢居の手は女性の手のような感触だった。
 
この人、もしかして女性ホルモン飲んでる?と貴司は思った。
 
和服は身体の線が分かりにくいが、それでも胸がけっこうあるように見える。これはパッドなのだろうか?それとも、おっぱい大きくしているのだろうか。
 

貴司を乗せた沢居のギャラン・フォルティスは府道2号(中央環状線)を走っていたのだが、八尾市の神武町交差点で府道5号に移った。後から聞いてみたのだが、沢居も特に何か考えて移動した訳ではなく、適当に曲がっただけらしい。
 
この道はやがて南港方面に行く。そして《眼鏡橋》との愛称もある千本松大橋に“登って”木津川を越える。この橋は大型船舶が下を通行する必要性から桁下が33mにもなるように作られており、両岸の道路から橋まで登る720度のループがある。
 
沢居はこのループをぐるぐる回るのが楽しそうであった。貴司はちょっと目が回るなと思ったものの、33m(1階3mとして12階)の高さを走るのはなかなか快適だ。それで橋の上を走っていた時のことであった。
 
「あれ?今の」
「うん。何だろう?」
 
通り過ぎてしまったのだが、何か歩道の所に人影が2つあり、揉めているように見えたのである。
 
沢居はハザードを焚いて車を路肩に駐める。そしてふたりとも降りてそちらに駆けつけた。
 
貴司の目には身体の大きな浮浪者のような男が、女性を羽交い締めにして、今まさに橋から突き落とそうとしているように見えた。女性は靴が脱げて裸足である(実際にはストッキングを履いていた)。
 
「何してる!?」
と貴司が大きな声で言う。
 
すると男は驚いて手を放した。
 
女性が座り込む。
 

「君、大丈夫?」
と沢居が女性に声を掛けて手を握り、更にハグした。(それ自体が痴漢行為では?と一瞬貴司は思った)
 
貴司は男に言った。
「今警察を呼ぶからそこから動くな。俺はプロのバスケット選手だ。腕力ではお前に負けないぞ」
 
若干ハッタリだ。実は貴司はそんなに腕力のある方ではない。それにプロと名乗ったのは詐称だ!
 
「ちょっと待って。君たち何か誤解している」
と男は言った。
 
30歳くらいかと思ったのだが、声が若い。まだ22-23くらいだろうか。
 
「誤解?」
 
「この女性がここから身を投げようとしていたんです。それを僕が停めたんですよ」
と男は言っている。
 
へ?
 
「君、本当?」
と沢居が女性に訊く。
 
「はい、そうです。私色々嫌なことあって死のうと思って。それで飛び降りようとした時に、この人に呼び止められて。それでも飛び込もうとしたので、この人に身体を押さえられて。それで死にたいから放してと言っていたところなんです」
 
「本当?ごめん!勘違いして」
と貴司は言った。
 
「どっちみちここは寒い。よかったら一緒にどこかもう少し暖かい所に行かない?」
と沢居は言った。
 
冬の千本松大橋は風も強いし無茶苦茶寒い。
 
「分かりました」
と女性が言った。
 

それで結局女性を助手席に乗せ、貴司と男が後部座席に乗って、車は発進。橋の向こう側でUターンして、10分ほど走り、手近のファミレスに入った。
 
女性は篠田と名乗った。男性は花見と言っていた。
 
貴司が
「ここは僕がおごるよ」
と言ってすき焼き定食を4人前頼んだ。
 
女性は泣いていたが、隣に座った沢居がずっと手を握ってあげていたら、かなり落ち着いたようで、沢居から
「人生ほんとに辛いこともあるだろうけど、塞翁が馬っての知ってる?悪いことがあった後には必ず良いことがあるんだよ」
などと言われると
 
「そうですよね。私また頑張ってみようかな」
と言って、30分くらいした所で冷めてしまったすき焼き定食を食べた。
 
ただ彼女はこの日は自分のことについてあまり詳しいことは話さなかった。
 

花見の方は
「まあ僕はたまたま通りかかっただけなんだけどね。でも頂きます。実はもう2日何も食べてなかったので」
などと言って、あっという間にすき焼き定食を食べてしまったので
 
「何ならお代わりします?」
と貴司から言われ
 
「あ、だったら何か安いのでもいいですので」
などというので、ピザとチキンを取ってあげたら
「美味しい美味しい」
と言って食べていた。
 
「花見さんもお若いのに何か苦労しておられるようですね」
と貴司が言う。
 
「いや。ちょっと人間関係でトラブって逃げ出してしまって」
と彼は言っていた。
 
その話し方が犯罪性のものを感じさせたので、貴司と沢居は顔を見合わせた。
 
「もし必要なら、警察に行きます?付いていってあげますよ」
「うーん。いっそ警察に捕まるようなことなら、まだ楽なのですが」
「ヤクザか何かとの揉め事?」
「そういう系統ではないです。でも自分が根性無しだった。ちゃんと謝らなければいけないのを逃げ出して大阪まで来てしまって」
 
「花見さん、東京方面の人ですか?」
と沢居が言った。彼のイントネーションが少なくとも関西の人のものではなかった。
 
「ええ。半月前までは埼玉に住んでいました」
 
「もしその人に再度会うのに、東京方面に戻られるのでしたら、新幹線代くらい貸しましょうか?」
と貴司は言った。
 
「そうですか?実は悩んでいたんですが、戻る金も無いしと思っていた所で」
「だったら貸しますよ。返すのは余裕が出た時でいいですから」
「済みません!」
 
この日4人は明け方まで3時間ほど話していた。途中代わる代わるトイレに行くが、絶対に篠田さんは2人以上で見ているようにしていた。ちなみに沢居はちゃっかり女子トイレを使っていた!
 
この日の出来事で、結果的に貴司と沢居は2人の人物を助けたことになったようだが、このことが自分と千里との関係に新たな波乱を生み出すことになるとは、この時貴司は思いもよらなかったのであった。
 

ローズ+リリーはケイ本人から聞いた話では、実際には2007年8月1日に偶然福岡市で一緒にステージに立って歌ったのが最初の歌唱らしい。何でも女の子向け漫画のキャラクターショーで2人とも着ぐるみを着て歌ったということだった。
 
ふつうの格好で一緒に歌ったのはその5日後の8月6日で東京都内でギターとベースを持って街頭ライブをしたらしいが(ケイは結構万能プレイヤーだがマリがベースを弾けるとは知らなかった)、その2日前の8月4日に伊豆のキャンプ場で一緒に曲を書いており、それが後にアンコールの定番曲となる『あの夏の日』ということであった。
 
初期のローズ+リリーをプロデュースした須藤美智子とはその最初の8月1日の突発ライブ以来の関わりらしいのだが、そういえばあの人とは私も小学生の頃に遭遇して蓮菜と2人で突発ライブをやったなというのを千里は思い起こしていた。この業界では何人か須藤美智子に突発ライブをやらされたと言っている人がいるので、本来歌うべきアーティストが来てない時に近くに居た人を徴用してライブをやらせてしまうというのは、どうも彼女の得意技のようだ。
 
ローズ+リリーが本格的に活動しはじめたのはこの突発ライブから1年後の2008年8月3日、宇都宮のデパート屋上で、リリー・フラワーズという女声デュオの代役だったらしい。須藤さんの会社の名前《宇都宮プロジェクト》というのはここに由来する。
 
そのライブが好評で「CD無いんですか?」などとお客さんから訊かれたので須藤さんは1日でCDを作ってしまった。
 
これがローズ+リリーの記念すべき最初のCD『明るい水』で、鍋島康平さんが数年前に別の歌手に歌わせたものの全く売れなかった曲である。しかしこの歌がマリとケイの声と歌い方に偶然にもマッチしていたこともあり、10万枚のヒットとなる。翌年5月に亡くなった鍋島康平さんにとって最後のゴールドディスクとなった。
 

彼女たちはあまりにも急速に売れてしまったため、実は各々の親の承認を取らずに活動していた。それがバレるきっかけになったのが、2008年12月19日の写真週刊誌によるローズ+リリーの『正体』すっぱ抜き報道なのだが、その情報をその週刊誌の契約記者に売ったのが、マリの元婚約者・花見啓介だった。
 
この騒動でローズ+リリーは活動休止に追い込まれ(ライブ予定やテレビ出演などのキャンセルなどで恐らく数千万円の損害が出た)、須藤美智子は解雇されて半年間の音楽マネージメント活動禁止、マリ・ケイおよびその周辺人物との接触も禁止という処分をくらうのだが、この事件が起きた時、○○プロの事実上の経営者である浦中部長は
 
「週刊誌にチクったのは誰なんだ? 明日の日の目が見られないようにしてやる!」
と言った、と千里は後にケイから聞いた。
 
この人もなかなか恐いがこの人の場合普段から強面である。新人アイドルが浦中さんにじろっと見られただけで泣き出したという伝説もある。しかし千里は時々思うのだが、いつもニコニコしている∞∞プロの鈴木社長の方がひょっとすると、もっと恐いのかも知れない。
 
その浦中さんのせいなのかどうなのか、花見の周辺に怪しげな黒服・サングラスの男たちが出没し、脅迫電話のようなものが掛かってくるようになったらしい。
 
ただ、この時点ではまだ浦中さんのバックにいる組織(警察や自衛隊のOBから成る私立探偵集団。警察関係者とのコネが凄いので高い調査能力を持つ)は、情報提供者が誰かを突き止めていなかったようである。
 
青葉によればこれはこの件に怒った政子による呪いが起こした超常現象ではないか、つまりいわゆる"Men in Black"ではないかという。実際電話は電話線を引き抜いても鳴っていたらしい!
 

それで結局花見は逃げ出す。高速バスを乗り継いで鹿児島まで行くが、その旅先にも黒服の男が出没する。ついにフェリーに乗って沖縄まで行くとやっと黒服の男の姿は消えたが、お金も無くなってしまい、彼は工事現場で働き簡易宿泊所に寝泊まりする生活を始めた。
 
その後彼は仕事仲間に誘われて九州に戻り、あちこちの工事現場で働いて一時は富山や青森の新幹線の工事現場で働いていたらしい。しかし2年弱の放浪生活を経て2010年の秋頃、仙台の食品製造会社に就職することになる。ところがここが震災でやられてしまい、彼は同系列の埼玉の工場に異動した。
 
そしてたまたま都内に出てきていた時、偶然ケイと遭遇する。
 
ケイは自分自身は怒ってないが、一度須藤さんには謝りに来てこの件にきちんと決着を付けておいた方がいいと勧め、彼もそれに同意して2011年12月8日、UTPに来ると言っていたのだが、彼は現れなかった。
 
ケイが困惑して彼にもらっていた名刺に書かれた勤め先に電話すると、突然辞めてしまったので困っているという話である。実家にも電話してみたが、お母さんは彼が埼玉に来ていたことを知らなかったようである。ケイは高校時代の友人の谷繁さんや花見のお母さんとも話をして、全国版のスポーツ新聞に広告を出した。
 
《啓介、全て許す。父病気、帰ってこい》
 
というものである。たったこれだけの広告でも全国紙に出すとなると料金は5万ほど掛かる。現在の花見さんの家庭には辛い負担だったようなので、この広告代はケイが出してあげたらしい。
 
実は彼は2008年秋に起こしたレイプ事件の補償問題も抱えていた。バイト先の同僚の女性をレイプしたが、花見の両親が被害者と両親に土下座して謝り、600万円の賠償金を支払うことで和解し告訴はしないことにしてもらった。その賠償金は毎月10万ずつ60回(5年)に分けて払うことで合意していたらしい。
 
しかし直後に彼自身が失踪してしまい、賠償金は彼の父が頑張って毎月払っていた。しかしその父も会社の倒産で失業し、体調も悪くて再就職もできず、支払いが滞っていた。先方は金が欲しくて言うわけではないが、約束は守って欲しいと主張。娘が結婚することになったので本人ももう忘れてしまいたいと言っているので、もうここで清算してもらえないかと言ってきて、お母さんは本当に困っていたらしい。
 
(ちなみに強姦罪には告訴時効が無い。つまり15年経過して事件そのものが時効になるまでは告訴可能である)
 

12月27日の朝、花見は貴司からホテルに1晩泊まって、お風呂にでも入ってから東京に戻るといいですよと言われホテル代までもらったので新今宮駅近くの一泊2000円のホテルに泊まり、着ていた服もコインランドリーで洗濯した。朝ホテルのモーニングサービスのおにぎりを食べてからチェックアウトすると、なんば駅まで歩いて行き、東京行き4000円の夜行バスの切符を買った。普段ならもう少し安い便があるのだが、年末でどうしても高騰していた。
 
(実際にはホテル代に1万円、新幹線代1万5000円にお弁当代5000円として合計3万円もらっている)
 
午前中のスーパーでシールが貼られ50円になっているパンを3つ買っておき、1つをお昼用、2つは夕食用にする。ペットボトルの空きに公園の水飲み場で水を入れておき、これを飲み物にする。1000円の散髪屋で髪を切ったら、かなり気分がよくなった。
 
午後は知り合いの「雑誌拾い屋」さんと一緒にゴミ箱などから捨てられている雑誌を拾って集めて売るバイト?をして、これでこの日は800円もらった。
 
夕方、とっておいた夕食用のパンを食べる。そしてなんば駅まで歩いて行き、バスを待つ。雑誌拾いとかもよくしている習慣で、ゴミ箱に落ちていたスポーツ新聞を拾ってバスの出発時刻まで読んでいたら、その広告に気付いた。
 
《啓介、全て許す。父病気、帰ってこい》
 
この『啓介』って自分のこと〜〜?
 
でも「父病気」って・・・。父ちゃん、病気なのか?
 
花見は居ても立っても居られなくなり、公衆電話を探すと、落ちてたのを拾って持っていた!穴の塞がれた!?怪しげなテレホンカードを入れて、実家の電話番号を押した。
 
「啓介なの?」
と母の声がする。
 
「新聞の広告見た。父ちゃんどうしたの?」
「それよりあんた今どこに居るの?」
「大阪に来ていたんだけど、東京に戻ることにして、今バスを待ってる」
「それ何時に着くの?」
「東京駅鍛冶橋に朝6:50の予定だけどずれると思う」
「私そこに行くから、絶対そのバスに乗ってよね」
「分かった」
 
それで花見は28日朝母と3年ぶりに再会したのであった。その場にはこの件で色々骨を折ってくれていた、高校時代の友人・谷繁太郎(元書道部部長)の姿もあった。
 

12月27日(火).
 
★★レコードの町添部長は、それでなくても多忙な所に太荷問題の処理もあって、思わず「自分が2人欲しい」などと言ったりもする中、何とか時間を作ってタイに飛んだ。
 
HND 12/27 1:00-5:30 BKK
BKK 12/27 22:35-12/28 6:55 HND
 
バンコクまで実質日帰りである。
 
ここで町添さんが無理してバンコクに行ったのは、マリのお父さんと面談しておく必要があると思ったからである。
 
町添さんは12月上旬にケイのお父さんとは面談をし、ローズ+リリーの活動再開について内諾を取っている。
 
「あの子も手術して本当に女の子になってしまったし、そこまで覚悟しているのであれば、私も止めません。よろしくお願いします」
とケイの父は言っていた。
 
マリの父は勤めているデパートが12月27日は店休日ということだったので、それに合わせて飛んだのである。
 
タイは一応1月1日も祝日ではあるのだが、むしろタイの暦での旧正月である4月13-15日の方が盛大に祝われる(その他に華僑たちは旧暦の正月:今年は1月23日:も祝う)。それでこの時期はわりと通常運用なのである。
 

お土産なども渡し、お忙しいでしょう?などと世間話もした上で本題に入る。
 
「あの子たち、実際問題としてどのくらい人気なんですか?」
「11月に出した『涙のピアス』と『可愛くなろう』は『涙のピアス』が100万枚を突破しましたし『可愛くなろう』も現在65万枚売れています」
 
「そんなに・・・」
 
「実は発売した時に混乱してしまってローズクォーツ名義で出てしまったのですが7月に発売した『夏の日の想い出』は当初名義が違っていたのであまり注目されなかったものの、実質ローズ+リリーのCDだということが知られてからはぐいぐい売上げを伸ばして10月末に100万枚を突破しています」
 
「連続ミリオンですか」
「震災の直後に発表した『神様お願い』に関しては、売上枚数を公開しないという条件のもとに、印税を全て震災の被災地に寄付することになっています。これが実は260万枚を突破しているんですよ」
 
「え〜〜〜!?」
 
「これは歌謡史に残るヒット曲です。歴代8位の売上です」
と町添部長は言った。
 
これ以上売れた物は、およげ!たいやきくん(子門真人)/女のみち(ぴんからトリオ)/TSUNAMI(サザンオールスターズ)/だんご3兄弟(おかあさんといっしょ)/君がいるだけで(米米CLUB)/SAY YES (CHAGE & ASKA)/Tomorrow never knows (Mr.Children) の7曲しか無い。
 

「政子さんも、ご両親に認めてもらうために色々頑張っておられます。大学の単位も早めに取れるものは取ってしまっておられるようですよね。ですから来年もローズ+リリーは限定的な活動に留めて単位を取れるだけ取り、再来年はほぼ卒論だけの作業になるので、本格的に音楽活動をしたいと思っておられるようなんですよ」
 
と町添さんは説明する。
 
「あの子の将来とか考えていたのですが、あの子はどう考えてもOLとか務まらない気がしますしね」
 
とお父さんは言う。
 
「あの子がOLなんかしたら1日でクビになると思う」
と隣でお母さんは言う。
 
「今ケイさんと話しているのでは来年の春以降、来年度は4回くらいのライブができないだろうかという線なんですが」
 
「ああ、そのくらいなら学業にも負担にならないでしょうね」
と言ってから、お父さんはもっと根本的な問題を尋ねた。
 
「でも今回のシングルは久しぶりの発売だったので買ってくれただけということはないでしょうか?だから実際に復帰してもそうそうは売れないということはないでしょうか?」
 
「ローズ+リリーのCDというのは、実は定期的に出ていたんですよ。まずは2009年6月にベストアルバム『長い道』をリリースして40万枚売れています」
 
「アルバムで40万枚というのは凄いですね」
 
「10月には価格0円で『雪の恋人たち』をネットストアでリリースしました。これは85万ダウンロードされています」
 
「0円とはいえ凄まじいですね」
 
「2010年の1-3月にはふたりの受験勉強の生中継『ローズ+リリーと一緒に受験勉強』というのをラジオで放送しまして、これが凄い聴取率でした」
 
「やってましたね!」
「2010年9月には一般発売はせずに放送局やカラオケ屋さんなどにだけ配る『恋座流星群』を発売しましたが、実際には海賊版がネットストアに登録されて、レコード会社が気付いて公開停止されるまでの10日間に23万件のダウンロードがありました」
 
「10日で23万件ですか」
「何も宣伝せずに口コミだけで情報が広がってそれだけですから、普通に発売していたら間違い無く100万枚突破しています」
 
「うーん。。。」
 
「同様の騒ぎは2011年1月に公開された『Spell on You』でも起きまして、この時はプレスされた海賊版が国内外で35万枚売れています」
 
「凄いですね」
 

「それでこの時は度重なる海賊版騒動でJASRACに呼ばれて注意されまして」
と町添さんが笑いながら言うと
 
「それは大変でしたね」
と政子の父も笑っている。晃義もその“海賊版”自体が恐らくケイと町添さんが自ら仕掛けたものであることを言外に感じ取ったようである。
 
「その時JASRACから、7月までに必ずローズ+リリーのCDを一般の人が買える形で発売することを約束させられました。それで出した2枚目のアルバム『After 2 years』が現在までに52万枚売れています。そしてその後の
『夏の日の想い出』が先ほども言いましたようにミリオンです」
 
「分かりました。あの子たちは私が思っていた以上に人気なんですね」
 
「ええ。それでぜひ本格的な活動についてご両親の許可が頂きたいと思いまして」
 
「ご主旨は分かりましたが、もう少し検討させて頂けませんか?」
「はい。よろしくお願いします」
 
両親と町添さんの対談はお昼を挟んで夕方近くまで続いた。
 

12月27日(火).
 
この日は関東ドームでラッキーブロッサムのラストライブが行われた。千里たち元DRKのメンバーは鮎川ゆまから招待され、これを見に行った。
 
実際に行ったのは下記の10人である。
 
千里、蓮菜、花野子、梨乃、鮎奈、京子、麻里愛、孝子、留実子、恵香。
 
この時期のゴールデンシックスの正メンバーは花野子・梨乃・鮎奈・京子の4人で、音源製作の時は蓮菜も参加している。つまりこの時点ではゴールデンシックスを結成した時に、花野子が新たにスカウトしてきたメンバー(希美・香奈絵・真乃)は全員退団して元DRKのメンバーしか残っていない。その5人のほかに千里と麻里愛は作曲担当として関わっている。
 
以上7人の他に関西から呼んだ孝子、北海道から呼んだ留実子と恵香で10人となった。それ以外のメンツはバイトや勉強などで都合が付かなかった。京都・北海道から来た3人の交通費・宿泊費はゆまが「アゴ・アシ・マクラは出しますから」と言ってくれたので、ありがたく出してもらった。
 
千里たちはライブが始まる前の楽屋にもお邪魔し、差し入れのシュークリームなどを渡した。御礼にラッキーブロッサムのメンバーが色紙に寄せ書きを書いてくれた。これは宝物である。花野子が保管しておくことにしたが、その場で全員自分の携帯で写真を撮った(千里の分は蓮菜が撮影してくれた)。またここに来てないメンバーにもデータで送ってあげた。
 
ライブは興奮のルツボであった。過去のヒット曲を合計28曲演奏。最後はゆまが体力を使い切ってふらつくほど全速力で駆け抜けていった。ゆまが所属していたドリームボーイズのダンスチームの仲間も駆けつけてきてパフォーマンスを披露したし、ゆまの友人の宝珠七星、ドリームボーイズのサックス奏者・野村博之と3人でサックスの三重奏をするパフォーマンスもあった。
 

ライブが終わって会場を出た時、千里は桃香からメールが入っていることに気付いた。電話してみる。
 
「どうしたの?桃香」
「いや、実家に里帰りしようと思ったんだけど、全然予約が取れないんだよ。千里、今誰かから車を借りたりしてないよね?」
 
「1台ATの車を借りてるけど」
「ATだと助かる。もし千里、北海道に里帰りしないなら、一緒に高岡に行かない?」
「まあいいかな」
 
どっちみちオールジャパンがあるので、横須賀から網走までバイクで走るのはそれ以降である。
 
それで千里は千葉L神社に奉仕している《きーちゃん》と話をした。
 
『きーちゃん、悪いけど、アウディを運転して高岡まで行ってくれない?』
『それはいいけど年末年始の神社のバイトは?それに青葉と会ったら千里じゃないことに気付かれるよ』
『うん。だから途中の行程だけ代行して欲しいんだよ。向こうに着いたら私と交代』
『なるほど〜!』
 

それで千里自身はライブが終わった後は、千城台の体育館に行ってローキューツのメンバーと練習をし、一方《きーちゃん》が桃香を迎えに行くことにした。
 
《きーちゃん》は神社のお勤めを27日の夜10時で辞した後、西千葉駅近くの立体駐車場に駐めているAudi A4 Avantを運転して桃香のアパートに行き、桃香を拾った。
 
「あれ?これ外車?」
「でも右ハンドルだから国産車と同じだよ」
 
「でもなんか高そうな車だ」
「ATだから桃香も運転できるでしょ?」
「ぶつけたらどうしよう?」
「保険に入っているから、大きな損傷はそれでカバーできるよ」
「だったら何とかなるかな」
 
それでコンビニに寄って非常食と飲み物を確保した上で、高岡に向けて夜0時頃、出発した。桃香と2時間程度で交代で運転することにした。
 
それで千葉から上里SAまで(138km)を桃香、軽井沢と妙高高原で濃霧が発生して難易度の高い上信越道経由名立谷浜SAまで(218km)を《きーちゃん》、呉羽PAまで(117km)を桃香が運転する。
 
桃香が運転している間、《きーちゃん》は後部座席で寝ているのだが、その間は《いんちゃん》が桃香の運転を監視して、危ないことはさせないようにしていた。実際車が高そうだということから、今夜の桃香は慎重に運転したのでトラブルも発生しなかった。
 

妙高SAを出た後、濃霧の出ている区間を通り過ぎる。《きーちゃん》もかなり神経を使って運転する。その後、上越JCTで上信越道から北陸道に移行するが、そのすぐ先に名立谷浜(なだちたにはま)SAがある。ここはジャンクションから距離が短いので、気をつけてないと、うっかり通り過ぎてしまう。
 
ここで休憩してその後、桃香が運転したのだが、ここからトンネルだらけの区間になる。ラジオは役に立たない。もっとも夜で外は見えないからトンネルの中も外も大差無いし、カーナビには音楽が入っている。それをランダムプレイしている。
 
千里が使っているのは車に固定する必要のないSANYOのミニゴリラである。本当は車のパーキングブレーキに接続して、パーキングブレーキが引かれていない時は操作できないようにする仕様なのだが、その端子をショートさせて他の車に簡単に移動できるようにする方法が広く知られている。このゴリラもその処置が施してあるのでインプに乗せていたのをこちらに持って来ている。
 
カーナビに入っているのは千里の趣味で国内のポップスが多い。桃香は洋楽専門で、国内のポップスは聴かないのだが、千里の選曲はうまい歌手の歌だけで構成されているので、桃香にも充分聴き応えがあった。
 
しかしそれでも知らない曲が多いので眠くなる。
 
コーヒーが欲しいな。缶コーヒーはうっかり荷室に入れていたなあ・・・と思っていたら、カシャッという缶を開ける音がして、
 
「はい、桃香」
と言って助手席からふたを開けた缶コーヒーが渡される。
 
「ありがとう、千里」
と言ってコーヒーを受け取り、数口飲むと少し目が冴えた。
 
目が冴えてきてからふと思う。
 
「誰!?」
と声を出して助手席をチラ見するが誰もいない。
 
「今の誰だったの〜〜〜!?」
 
桃香はさすがにやばいような気がしたのですぐ先にあった越中境PAに入り、30分ほど仮眠した。
 

そういう訳でその後(缶コーヒーのストックを助手席に持って来て、千里が持っていたクールミントガムももらって置いた上で)1時間ほど運転して、呉羽PAに到着したのは28日8:30頃である。
 
ここは広いPAである。フードコートで朝食を食べるが、車に戻った所で、千里と《きーちゃん》が入れ替わったので、千里本人が、ここから先の約18kmを運転して、伏木にある桃香の実家に到着した。
 
千里は昨日のライブの後《りくちゃん》にインプを駐めている葛西の駐車場に運んでもらい、そこから千城台の房総百貨店体育館に行って、27日夜23時頃まで一部のメンバーと練習を続けた。その後、そのインプで最後まで残っていたメンバーを各々の自宅近くまで送り届ける。そして葛西のマンションでぐっすり寝た後、呉羽PAにいる《きーちゃん》と交代した。
 
でも結果的に朝御飯を食べ損なった!
 
《きーちゃん》の方は千里と交代で葛西のマンションに入ると、インプを運転して神社に行き、そちらの勤務に入る。彼女は桃香が運転している間寝ていたので、問題無い。
 

なお、千里が高岡に行っている間、ローキューツの練習は運動能力の高い《こうちゃん》が千里の代理をしていた。普段誠美は彼女以外のメンツとゴール下の争いであまり勝負にならず、いちばん体格の良い桃子とやっても圧勝するのが、今日は千里に全く勝てない。
 
「誠美が勝てないなんて・・・」
「さすがフル代表だけのことある」
 
それで誠美はかなり闘志を燃やしてプレイしていた。《こうちゃん》も楽しそうに誠美の練習台を務めた。結果的に彼女にとってはオールジャパンに向けてひじょうにいい練習になったようである。
 
「しかし千里、今日は何だかワイルドだ」
「スリーは調子悪いみたいだけど、ランニングシュートがよく入る」
「普段よりパワーがある感じ」
「というより、今日は何か凄く男っぽい」
 
「私、男の娘だし」
「ちんちん、付いてないよな?」
「秘密」
 
但しシャワールームで他のメンバーと一緒に汗を流したのは《てんちゃん》である!それで麻依子から
 
「確かにちんちんは付いてないなあ」
などと言って触られた!
 
ちなみに《こうちゃん》自身はシャワーだけ葛西のマンションのバスルームを使った。
 
「あんたに女子トイレまでは許しても、さすがに女性のシャワー室は禁止」
などと《きーちゃん》が言っていた。
 
「まあ切っちゃえば入室許してもいいけど」
「それはあと2000年くらい考えさせてくれ」
 

一方高岡に行った千里の方は朋子・青葉と一緒におせち料理を作ったり、氷見に行って鰤を買ってきたりしていた。昨年は洋彦が巨大な鰤を丸ごと買ってもてあましたので、今年は5kgサイズの小さなものを買ってきた。例によって千里が鮮やかに3枚に下ろした上で、刺身にしたり、照り焼きにしたりして食べた。骨や頭は大根と一緒に煮ておつゆにする。
 
12月30日(金).
 
千里と蓮菜が「東郷誠一」名義で提供した山村星歌の『みずいろの片思い』がRC大賞の金賞を受賞したので賞状のカラーコピー郵送しますという連絡が新島さんからあった。この曲はYS大賞の優秀賞も受賞している。山村星歌は昨年は新人賞を取っているが、今年も金賞である。現在15歳の中学3年生。おそらく高校に入ると活動が活発化するのではないかと思われる。
 
彼女は芸能人が多く通学している品川区のD高校に進学予定ということであった。
 

CD制作詐欺事件に関して、各アーティストへの返金と、ひととおり引き継ぎの作業が終わった12月30日、太荷は町添部長に尋ねた。
 
「ところで警察への告訴はいつ頃になりますか?もしまだ時間があるのでしたら、一度墓参りに行ってきたいのですが」
 
ここ半月ほどの彼を見ていた町添さんは言った。
 
「被害は弁済した。実際問題として何か事件があったと思っている人は誰もいない。この業界ではデビューしたい人が何百万円も個人的に負担するのはわりとよくある話」
と町添さんは言った。
 
「あ、はい・・・」
 
「それから今回の被害額は全て松前社長が個人的に負担している。しかし君は破産してしまうから、その債務も消えてしまう」
 
「えっと・・・」
 
「だから何も起きなかったんだよ」
「では告訴は?」
 
「名古屋の近く、正確には常滑市、セントレア空港の近くにね。僕の知り合いも関わっているCDプレス工場が建設中なんだよ。というより実際にはほぼ出来ていて、4月くらいから稼働し始める。それで営業社員を募集しているんだよね」
 
「はい?」
 
「ちょっと年明けにも行って面接受けてみない?僕の名刺をあげるから」
 
と言って、町添部長は自分の名刺の裏に「太荷君を紹介します。気が弱い所があるけど粘り強いし度胸もあっていい奴です」と書くと、太荷に渡した。
 
「部長・・・・」
「まあ頑張ってね」
 
「はい」
 
と言うと、太荷は泣き出した。
 

1月1日.
 
お正月なので、青葉に千里が昨年の成人式で着た“友禅風”の振袖を着せてあげた。今年は桃香と千里は秋に買ったシルックの振袖を着た。シルックの生地にインクジェットプリンタで印刷しているという点を除けば、きちんと本来の振袖の製造工程にのっとって制作された着物である。お値段は10万円!であった。洗濯機で洗濯可能という話ではあったが、千里が
 
「本当に洗濯機で洗っても大丈夫ですか?」
と訊くと
「大丈夫と・・・思いますけどね」
とお店の人が言っていたので、取り敢えず洗濯機は使わずに手洗いしてみようと桃香と話していた。
 
娘たち3人が振袖を着たので朋子も訪問着を着た。
 
それで桃香が持って来ていたスーパーニッカをおとそ代わりにして
「明けましておめでとうございます」
と言ってグラスを合わせた。
 
千里と朋子はシングルの水割りで飲んでいるが桃香はロックである。未成年の青葉はクリスマスの残りのシャンメリーにした(桃香が「お正月くらい、いいじゃん」と言ってウィスキーを勧めたが、朋子が「ダメ」と言った)。
 
お雑煮も食べたが、朋子が作ったお雑煮は、焼いた丸餅に鶏肉・かまぼこ・ゴボウ・人参など多数の具が入ったもので、汁はすまし汁である。
 
石川・富山は東西文化の境界線であることから、この地域には実に様々な雑煮が存在し、家庭ごとにバラバラであったりすると言っていた。
 
そもそも丸餅・切餅が混在している。それをそのまま鍋に入れて柔らかくなるまで煮る流儀と、焼いて柔らかくしたものの上に別途作った煮汁を掛ける流儀。具にしても、餅以外何も入れない流儀、かまぼこや菜っ葉など少量の具を入れる流儀、具沢山にする流儀がある。またすまし汁・味噌味・醤油味、更に砂糖を入れる流儀や、小豆を入れて、ぜんざいのようにする流儀まである。
 
元々地域的なバリエーションが多かったのが、近年の生活スタイルの変化で簡易化が行われている事情などもある。きちんと杵で搗いた餅なら鍋に直接入れてもいいが、米粉成形して作った餅は鍋に入れたら溶けてしまうので、別途焼く必要がある。
 

「灯油缶とかも西日本は青、東日本は赤というんだけど、石川・富山界隈ではどちらも見るんだよなあ」
と桃香は言っている。
 
「東西の実際の境界線はどこなんだろう。石川・富山のことば自体は関西方言に近い気がするけど」
「そうそう。北陸方言は京都の言葉の影響が強いと言われている。文化的にも関西系が強い気がする。正確な境界は呉羽山。これが富山市の中心を通っているから富山市は市内でも東部と西部の文化・気質が違う」
 
「へー!」
 
「高岡はやはり西日本文化という気がするよ」
と桃香。
「桃香見てると関西人と言われても信じる」
と千里。
 
「呉羽山が境界だけど、金沢市は特殊なんだよね。加賀前田家の3代目・前田利常公に徳川家光のお姉さん・珠姫がお嫁入りしたから、この時江戸からたくさんのお供を連れて行っている。それで金沢は江戸文化の強い影響を受けた」
と朋子が説明する。
 
「それで更に東西が混淆したわけですか」
 
「ちなみに北陸方言はだいたい新潟県の糸魚川付近から福井県の嶺北まで」
と桃香。
 
「れいほく?」
 
「富山県は呉羽山より東を呉東、西を呉西というけど、福井県は敦賀と鯖江の間にある高い山地より北を嶺北、南を嶺南という。どちらもそこで気象も違うし、文化も違うんだよ」
「高い山があったから、そこで文化が切れたんだろうね」
 
「うん。そうだと思う。ちなみに富山は昔は外山と書いた。呉羽山より外側の地区という意味。昔は高岡が国府だから、高岡から見た言い方だろうね。現在の富山市は呉羽山の内側の地域まで含んでしまっているけど」
 

青葉は和服の格とかも全然知らないと言っていたので千里が解説していた。
 
「基本的に未婚女子の第1礼装が振袖。既婚女性なら留袖」
「その下が、訪問着、付下げ、小紋、普段着の街着などとなる。浴衣も夏専用の普段着ね」
「だいたい値段と連動するけど、大島紬のように高価なのに普段着にしかならないものもある。最近ではウールや化繊の着物も増えているけど全部普段着。今私と桃香が着ているものも振袖だけど化繊だから実は普段着」
 
「少し混乱してきた・・・」
と青葉が言うが
 
「ポリエステルでイブニングドレス作っても普段着にしかならないようなもの」
と桃香が言うと
「あ、そういうことか!」
と青葉も納得していた。
 
「着物の格というのは、低すぎると失礼になるし、高すぎると大げさになる。だから実は選び方が凄く難しい。地方による差もあるしね。結婚式とかの場合はだいたい事前に『このくらいで揃えようよ』みたいな相談があることが多い」
 
「そうしてもらうと助かる」
 
「振袖や訪問着は絵羽模様という技法が使われている。ほら、こことか縫い目を越えて模様が続いているでしょ?」
「あ、ほんとだ」
 
「これは元々の布をいったん裁断して仮縫いし、着物の形にしてから模様を入れておいて、その後で仮縫いをほどいて元の反物の形に戻し、それでその後の蒸し・水流し・ゆのしなどの工程を進める。それで出来上がった所で再度縫って着物の形に仕立てる、ということをしている」
 
「面倒くさいことしてるね!」
 
「もっとも今私や桃香が着ている振袖の場合はコンピュータ染めだから、その作業をしなくてもコンピュータがちゃんと縫い合わせた時に模様が継続するように印刷してくれている。それで工程が簡単になる」
 
「ああ!」
 
「それでインクジェット染めは安く仕上がるんだよ」
 
「安いのはいいことのような気がする」
と青葉が言うと
「おお、意見が一致した!」
と言って桃香が喜んで青葉と握手している。朋子は呆れている。
 

「付下げより下位の和服ではこういう面倒なことはしてない。だから模様が縫い目で切れてしまう。でも付下げの場合は模様の上下が決まっていて、模様が逆さまにならないように布を使用する。小紋の場合は、上下ひっくりかえっても構わないような模様しか入れない」
 
「なるほど〜!」
 
「ところが最近は技術が上がっていて、付下げなのに模様が続いているものもある。着物に仕立てた時に模様が続くような位置に模様を入れているんだよね」
 
「わあ・・・」
「今みたいにコンピュータ染めが一般化すると、付下げと訪問着の境界は無くなってしまうかもね。実際既にかなり曖昧になってきているから」
 
「そういうのは変わっていっても構わない気がする」
 
「今振袖の制作は、日本国内で手作業によって作られるものは費用が掛かりすぎて高額の着物になってしまうことから激減している。そもそも職人さんが高齢化している。若い人があまり入って来ていない。結果的にそれで手作業で作るもののほとんどは中国で製作されている。一方、日本国内ではプリンタで染めるものが広まりつつある。反物を染められるインクジェットプリンタが現在2000-3000万円で買えるようになってきた。これは多分5〜6年後にはもっと安くなってプリンタ染めが大きな勢力になっている気がするよ」
 
と千里は言っていた。
 

うっかり青葉以外の全員がお酒を飲んでしまったので、歩いて近くの神社まで初詣に行って来た。
 
「青葉も私もこれが男の身体で迎える最後のお正月だね」
などと千里が言っていたが
「いや既にふたりとも、かなり女の身体になっている気がする」
などと桃香は突っ込んでいた。
 
振袖はみんな神社から戻ると脱いでしまう。
 
「ああ、身体が楽になった!」
などと桃香が言っているし
「私も和服なんか着たら肩が凝った」
と朋子まで言っていた。
 
「昔は全部和服だから、ここで普段着の着物になっている所だけどね」
と千里。
 
「私は肌襦袢付けてるだけで肩が凝る」
と桃香。
 
お昼にまた鰤の刺身におせちを食べ、午後は日本旅行ゲームというすごろく系のゲームをして遊んだ。
 
「これ桃香が中学生の頃に、私と桃香と亡くなった伯母(*1)と3人でよく遊んでいたのよ。久しぶりにやった」
と朋子が言っている。
 
「いやこのゲームは面白いですよ。私もハマってしまいそう」
と千里。
 
「じゃまた帰省してきた時も4人でやろう」
と桃香は童心に返った感じで言っていた。
 
(*1)義子。朋子の母・敬子の姉で、朋子が幼い頃は、不在の母・敬子に代わって朋子・典子姉妹のお母さんのように接してくれていた。子供たちが関西在住であったこともあり、晩年はこの家に入り浸っていた。この家に千里が来た時に使用している食器はこの義子が使用していたものである。
 

桃香のバイトが1月2日から入るので1日夕方に帰ることにする。17時頃に早めの晩御飯(桃香の要望でカレーライスにした)を食べてから出発する。
 
また桃香と千里が交代で運転して千葉に戻ることにする。
 
但し桃香は千里から「アルコールチェックが必要」と言われ、チェックすると0.55mg/Lもある。
 
「今から6時間くらいは運転不可」
「うっ」
「だから東部湯の丸まで私が運転するから、その後を代わってよ」
「分かった」
「たくさん水分取って寝ているといいよ。トイレ行きたくなったらすぐPAなりSAなりに駐めるから」
「そうしよう」
 
それで千里の運転で実家を出た。これが18時頃である。
 

実際には、小杉ICから北陸道に乗る直前、IC近くのポプラに寄った所で千里は《こうちゃん》と交代している。《こうちゃん》はこの時刻まで千里の代理を務めてローキューツのメンバーと一緒におり軽い練習などもしていた。
 
ローキューツのメンバーはお昼に集合して、1時間ほど軽い練習をした上で東京体育館に移動している。それで早い時間帯の試合を観戦していたのだが、ちょうど千里が《こうちゃん》と交代した時刻から軽いウォーミングアップを始めている。
 
この日のローキューツの試合は19:00からで、四国代表のチームに快勝して、2回戦に駒を進めた。
 
「お昼の練習の時まではスリーの調子がよくなかったみたいだけど、さすが本番になったらきちんと決めるな」
と麻依子から言われる。
 
「まあ私は本番に強いからね」
と千里は言っておいた。
 

この日、四国の土佐清水市に住む咲子、北海道の旭川市に住む天子は電話で新年の挨拶をし、お互いまた来年の正月も迎えられるといいね、などと話した。
 
深夜。天子がトイレに起きてから部屋に戻ろうとした時、トイレのドアを開けた所に千里が立っているのを見て声を出しそうになったが、千里は唇の前に指を立てて、静かにと言った。
 
「おばあちゃん、こちらに来て」
と小さな声で言って千里が案内する。弾児のアパートに居たはずなのに、回廊のような所を通るので
「ここどこ?」
と訊く。
 
「ここは京都の伏見稲荷の中にある場所なんです。でも夢だと思って下さい」
「うん。そうする!」
 
やがて千里は小さな和室に天子を案内した。
 
「ここで待ってて」
「うん」
 

待っていると小さな男の子が出てきてお茶とおたべさんを出した。
 
「はじめまして。ぼく京平と言います。あと3年したら生まれるから、まだ死なないでね」
と京平は言った。
 
「あんた、もしかして千里ちゃんの子供?」
「そうだよ」
「もしかして千里ちゃんと貴司さんの子供?」
「ぼくのパパの名前はたかしだよ」
「へー!」
 
じゃ、やはり千里ちゃんって実は本当の女の子なんだろうか?などと考えながらしばらく天子が京平とおしゃべりしていたら、そこに
 
「失礼します」
と言って千里が別の人物を連れてくる。
 
「さきちゃん!」
「あまちゃん!」
 
ふたりは感激のあまり抱き合っていた。
 
「今夜のことは初夢ということで」
と千里が言うと
 
「うん。夢でいい!」
と天子と咲子は言った。
 

“千里”と桃香の一行は18時頃桃香の実家を出た後、小杉ICから北陸道下りに乗り、上越JCTで上信越道に入って、東部湯の丸SAまで行った。途中有磯海SAと妙高SAで1時間ほど休憩しているので、東部湯の丸に着いたのは夜中の0時頃であった。桃香は“千里”に「1月2日になったから姫始めしようよ」と言ったものの、強烈に撃退されている。
 
《こうちゃん》は女装はけっこう好きだが、女性機能は無い!むろんあそこに入れられるのも絶対嫌だ。
 
「何もこんなに強く殴らなくても」
と桃香がお腹を押さえながら言う。
 
「桃香は一度去勢が必要だな」
などと言いながら《こうちゃん》はそれ何度俺言われたろう?と自問していた。マジで危うく去勢されそうになり逃げ出したこともあった。
 
「これまで千里には2回去勢されてるんだけど」
「じゃ次やったら3回目」
 
しかし・・・と《こうちゃん》は考えていた。
 
自分があちこちのメスの龍や人間の女に産ませた子供はたぶん数十人(匹)いる。人間の女が彼の子供を産んだ場合は霊感あるいは身体能力の優れた人間になることが多いようである。概して寿命も長いようだ。
 
『千里は人間の両親から産まれたようだけど絶対龍の血を引いているよなあ』
などとも彼は思う。
 
千里は物凄く“成長速度”が遅いのである。声変わりが高校3年になってやっと来たのはそのせいもあると《こうちゃん》は考えていた。もしかしたらあの子は120-130歳くらいまでは生きるかも知れない。
 
『意外に俺の子孫だったりして!?』
 
 
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【娘たちの面談】(6)