【娘たちの面談】(2)

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千里は富山から9月5日(月)の朝に戻ってきた後、5,6日にもバイクの教習に行って第1段階を終了。7-9日(水〜金)で第2段階も終了して12日(月)に卒業試験を受け1発で合格した。それで修了証書をもらい9月13日(火)に幕張の近くにある千葉運転免許センターに行き、普通二輪免許を手にした。これで千里は400ccまでのバイクに乗ることができることになる。また免許証の帯の色がグリーンからブルーになった。有効期限は2014年4月3日までとなる。
 
なお桃香は今年春の誕生日に免許更新を迎えてブルー免許(有効期限2014.5.17まで)に切り替わっている。千里と桃香はほぼ同時に免許を取得したのだが、その時点では誕生日の関係で、千里の免許は2012.4.3まで、桃香の免許は2011.5.17までと、ほぼ1年ずれていた。しかし千里がここで二輪免許を取ったことでいったんふたりの免許の有効期限は近い日付になった。
 

9月10日(土).
 
あきらと小夜子の最初の子供・みなみが生まれた。千里は桃香と一緒にお見舞いに行った。
 
「午前中に和実ちゃんと淳ちゃんが来て、ついさっき政子ちゃんも来てたんだよ。冬子ちゃんは何か忙しいらしくて、時間を見つけて来ると言っていたらしい」
とあきらは言っている。
 
「ああ、今音源製作してるからね」
と千里が言う。
 
「ローズ+リリーの?」
「いや別のアーティストの。冬は色々なものに関わっているから」
「へー」
 
この時期は芹菜リセの音源製作に入っているはずである。主導しているのは蔵田孝治だが、洋子(冬子)の関与も大きい。それで製作と作曲の名義はヨーコージ(洋子+孝治)である。
 
「自分は子供なんて作れないと思っていたから、いざこうやって自分の子供が生まれてみると、もう嬉しくて嬉しくて」
とあきらは満面の笑顔である。
 
「まあ、性別を変更する人は自分に正直に生きる決断をした時点で子供は諦めているからね」
と千里は言ったが
 
「いや、性別を変更するつもりはないんだけど」
などとあきらは言っている。
 
「まあ性別不詳だよね」
と小夜子。
 
「うーん。。。一応男のつもりなんだけど」
とあきらは言うが
 
「いや、少なくとも男には見えない」
と全員から言われている。
 

「みなみって由来とかあるの?」
 
「この子を産んだ時に唐突に《みなみ》ということばが浮かんだから」
と小夜子が言う。
 
「あ、それはあるのよね。きっと、赤ちゃんが自分の名前はこうしてねって自己主張してるんだと思う」
と千里。
 
「でもそれ以外に私たちが初めてデートしてキスした場所が南紀白浜だったというのもあって。まあ正確には偶然遭遇しておしゃべりしただけなんだけどね」
 
「初デートの場所か〜!」
「そういう記念碑的な名前もいいよね」
 
千里は唐突にそのことを思いついた。
 
「その初デートの時、あきらさんはどんな格好してたの?」
「えっと、あの時はまだ高校生だったら、普通の高校生っぽい服だったと思うけど」
となぜかあきらは焦った表情で言う。
 
その表情を見て桃香は気付いた。
 
「つまり女子高生っぽい服を着ていたんだ?」
「そんなことないよぉ」
「まあ、あの時、私はてっきりそこにいるのは女の子だと思ったのよね〜。アッキーだったんで、びっくりした」
 
「なるほど〜!」
と納得の声があがる。
 
「いやスカートも穿いてなかったし」
とあきら。
「そうだね。膝上のキュロットにピンクのブラウスで可愛い麦わら帽子を被っていたね」
「ふむふむ」
 

千里は二輪の免許は取ったものの、少し練習しなきゃ不安だよなあと思った。それで自分のディオチェスタで走って、千葉市郊外の中古バイク屋さんを訪れた。
 
「何か安い250ccバイクないですか?」
とスタッフさんに尋ねた。千里が250ccがいいなと思ったのは、何といっても車検が無いので維持費が安く済むからである。
 
「ビッグスクーターですか?」
「いえ。MT車がいいです。練習したいので」
「ああ、大型狙いですか?」
「そういう訳でもないんですけどね。たぶん最初はぶつけたり倒したりすると思うんで、少々壊しても惜しくないようなのがいいんですよ」
 
「ああ。だったら、安いのでいいですね」
とスタッフさんも千里の趣旨を理解したようで、探してくれる。
 
「これはどうですか?」
と最初に見せられたのはヤマハのYBR250である。
 
「これFI車だから楽ですよ」
「済みません。FIって何でしたっけ?」
 
スタッフさんは一瞬「うっ」という顔をしたものの、笑顔で説明してくれる。このあたりが女の子のお得な所である。
 
「FIはフュエル・インジェクションで、燃料噴射装置ですね。電気の力を使って燃料と空気を混ぜ合わせるんですよ。エンジンで燃料を燃やすには燃料を霧状にして空気と混ぜることが必要なのですが、それを電子制御でやってくれるんです」
 
「FIが付いてない場合は?」
「キャブレーターという機械的な仕組みでそれをやります。電気を使わずにベルヌーイの定理を使ってこれやるんです。ベルヌーイの定理ってご存知ですか?」
 
「高校の化学(ばけがく)で出てきた気がする。圧力の高い所から低い所へと流体が移動すると、より後押しされる力が働いて流体は加速されるってやつでしたっけ?」
 
「そうです、そうです」
とスタッフさんは言っているが、多分化学ではなく物理学で習っている!それもおそらく高校ではなく、大学の教養部であろう。
 

「ですからキャブレーターを使った車、略してキャブ車は始動に要領がいるんですよ。今、四輪自動車はほとんどFI車になってしまいましたが、バイクではけっこうキャブ車が残っているんですよね」
とスタッフさん。
 
「でしたら、キャブ車の方がいいです。大変な方で練習したいので」
「なるほどー。あ!それなら、確かあれがあったんじゃないかな」
 
と言ってスタッフさんが連れて行ってくれたところにあったのはスズキの ST250 E-type という車種である。
 
「練習にということなら、これがいいかも。これはセルスタートとキック・スタートのどちらもできるんですよ」
 
「キックスタートって、何かペダルを数回踏んでスタートさせる奴ですか?」
「そうです、そうです。最近じゃ、かなり数が減りましたけど」
「それで最近のボタン式でも始動できるんですね?」
「ええ。これはそれが併設されてるんですよ。ちょっとやってみます?」
 
と言ってスタッフさんはやり方を教えて、キックスタートとセルスタートの両方でエンジンを掛けさせてみてくれた。
 

「ありがとうございます。練習には最適ですね。これにしようかな。お値段は8万くらいですか?」
と千里は言った。
 
「お客さん、そりゃ無いですよ。ここに書いてある通り12万8千円です」
とスタッフさんは言う。
 
「9万くらいにまからない?」
「無理です」
「98,000円」
「いや、128,000円でもかなりお値打ち品ですよ。新車なら49万円ですよ」
「そこを何とか10万以下で。納車はこちらに取りに来ますし」
 
「うーん。。。。じゃお客さん、美人だから諸経費込みで175,000円の所を17万ジャストというのではいかがです?」
「ぜひそれを15万ジャストで」
「うーん。。。。。169,000円」
 
千里もここは無理しなくてもいいかなと思った。
 
「では168,000円で」
「168,900円」
「じゃそれで」
と千里はそこで妥協した。
 
「ありがとうございます。お支払いはローンにしますか?」
「今、現金で払いますよ」
「それはありがとうございます!」
と思わずスタッフさんの笑みがこぼれる。
 
「現金で払うから、これのブレーキパッドだけでも交換できません?」
 
スタッフさんは参った!という顔である。これは実は《げんちゃん》が費用が掛かっても交換させろとアドバイスしたのである。
 
「じゃそこまではサービスで」
とスタッフさんも笑顔で言った。
 

それで千里は事務所の中に入って書類を書き、その場で1万円札を17枚数えて渡す。そして1100円のお釣りをもらった。
 
「整備して登録手続きをして、明後日にはお渡しできます」
「では15日に取りに来ます。よろしくお願いします」
「はい、お待ちしております」
 
それで千里は9月15日(木)にあらためて《りくちゃん》に運んでもらって再度店を訪れ、ST250を受け取ったのであった。ライダースーツを着て、ヘルメット、手袋などもちゃんと用意して行ったので帰りはそのバイクを運転して帰って来た。
 
そういう訳でこの後しばらくは、千里がST250を使い、ファミレスのバイトに行く《てんちゃん》がディオチェスタを使うという体制が成立する。この月は千城台に練習に行くのにも積極的にバイクを使った。乗り方自体については《こうちゃん》が結構教えてくれた。
 
『こうちゃんって何でも運転できるね』
『俺は乗り物であれば空母から遊園地の自動車に、人間の女の子まで何にでも乗るよ』
と彼は言っている。最後の付近は聞かなかったことにした。
 
『船とか飛行機も?』
『船は大航海時代に帆船でイギリスからインドとかまで航海したこともあるし、現代の南極観測船やタンカーに原子力潜水艦も動かしたことある』
 
『飛行機は?』
 
『ジャンボもエアバスも飛ばしたことあるよ。一番よく飛ばしたのは空の貴婦人と言われたDC-8かな。自衛隊のF15イーグルも経験ある』
『すごーい。イーグル・ライダーなんだ!』
 
『もっともベトナム戦争の時はベトコン側で参戦してMig-21(МиГ-21)を操縦した。アメリカのF-4とかB-52とか10機撃墜した。赤い星のキルマークを10個描いてたよ』
『わぉ』
 
『実はアポロ宇宙船で月にも行って来たことある』
『マジ!?』
『月に行って来た龍は世界中で俺だけかも』
『ほんとに色々やってるね〜』
 

さて、千里たちは青葉の付き添いで10月上旬にアメリカまで行ってくることになったのだが、その前に今月は高知に行ってくることになる。敬老の日の連休(9/17-19)を利用しての往復である。
 
青葉 高岡6:26-9:34新大阪9:45-10:30岡山11:05-13:40高知13:50-15:31中村15:41-16:42清水BC
千里 東京7:10-9:45新大阪↑
 
この週末は神社のバイトはお休みさせてもらい、ファミレスのバイトは《せいちゃん》に代理をお願いした。
 
『なんで俺が代役〜!?』
と言っているのを
『せいちゃんの女装可愛いよ』
などと言って、おだてて、メイドっぽいファミレスのユニフォームを着せてしまった。《せいちゃん》は
『スカート恥ずかしい』
と言っていた。
 
そういう訳で9月いっぱいは《きーちゃん》と《てんちゃん》はお休みである。
 

千里本人は、土曜日の朝から桃香と一緒に新幹線に乗って岡山に向かった。新大阪で青葉たちが乗ってきて合流する。
 
「でも桃姉とかは向こうに時々顔出してるの?」
と青葉が訊くと
「いや、長く行ってない。小学生の頃に1度来たきり」
と桃香。
 
「結婚式で親戚と顔は合わせているけど、ここじゃなかったし」
「聖火(みか)さんの子供世代の結婚式に連れて行ったから九州方面に4回行っているね」
「みかさんというのが、九州に住んでおられるんですか?」
「聖火さんは与那国島」
「わっ」
「聖火さんの子供たちは、いちばん上の萌枝さんは長崎県の平戸、2番目の清(さやか)さんは那覇、3番目の芽衣さんは福岡、4番目の透(とおる)さんは与那国で、聖火さんの家の近くに住んでいる」
 
「けっこう分散してますね」
「いや、そもそも高園家の兄弟が全国的に分散してるから」
「そうなんですか?」
「聖火さんは与那国で、風彦(たつひこ)さんは稚内だし」
「それは本当に南北に分散してる」
「うちが富山で、洋彦(きよひこ)さんが千葉だし」
「ほんとによく分散してますね!」
 
「日本一遠く離れて住んでいる兄弟だって、洋彦伯父さんが言ってた」
と桃香。
 
「与那国と稚内がいる時点でそうでしょうね」
と千里も言った。
 

岡山で瀬戸大橋を渡る特急・南風に乗り換えるが、この《南風》という列車は、岡山から宿毛まで行く便と高知止まりの便があり、高知行きの場合、高知−宿毛間が《あしずり》に引き継がれるようになっている。あしずりは南風を補う列車なので、この時期は1日2往復であったが、上下の本数が一致しない時期とか、下りのみで上りのあしずりが存在しなかった時期などもある。
 
中村駅に到着したのが15時半である。あしずりは高知−窪川間はJR四国土讃線だが、その先は土佐くろしお鉄道になる。土佐くろしお鉄道は中村までが中村線、その先は宿毛線になるのだが、実は中村線は窪川→中村、宿毛線は宿毛→中村なので中村駅というのは中間駅なのに、どちらから到着する列車も下りであり、中村駅を発車する列車は全て上りである。宿毛線の終着駅が中村なのは、元々宇和島からここへつなぐ予定だったからである。
 
この中村駅前からバスに乗り継いで約1時間ほどで土佐清水市に到着する。そこから更にタクシーに乗って、やっと和彦の家に到着するが、10時間半におよぶなかなかの長旅であった。
 

「これ高知あたりでレンタカー借りて走ってきた方が早かったかな?」
と桃香は言うが
「道が悪いから、あまり大差無い気がする」
と朋子は言っている。
 
「何kmあるんだっけ?」
「確か高知からここまで150km。レンタカー代も高いしね」
「150kmなら2時間で行くな」
と桃香。
「警察に捕まらなければね」
と朋子。
 
2時間で着くのはどう考えてもスピード違反だ(この時期、高知自動車道は中土佐ICまでしか開通しておらず、高知から46kmしかない。つまりその後100kmほど一般道R56/R321を走る必要がある)。
 
「富山空港か小松空港から高知空港に飛ぶ便は無いんだっけ?」
と青葉が訊く。
「伊丹と羽田しか無いのよね〜」
「微妙だなあ」
「飛行機使っても結局9時間掛かる」
「東京から10時間でロサンゼルスに着くのに」
 

「ごめんください」
と玄関の引き戸を開けて朋子が声を掛ける。
 
「はーい」
と言って出てきたのは40歳くらいの女性である。
 
「あら、佑子さん、お久しぶり」
「朋子おばさん、ご無沙汰です。どうぞ、おあがりください」
「はい、失礼します」
 
それで4人とも靴を脱いで家にあがる。
 
この時、青葉は「あれ?」と思った。
 
青葉がキョロキョロしているので案内してくれている佑子が
「どうかした?」
と訊く。
 
「いえ、この家はお仏檀はどちらの方角だろうと思って」
 
青葉は訪問したら最初にお仏檀にご挨拶しなければと思っていたのに、その仏檀の気配が無いのである。
 
「ああ、うちは和彦じいさんが宗教嫌いだから、この家には仏檀も神棚も無いのよ」
「それで! いえ。仏檀の気配が無いので、神道のお家かなと一瞬思ったのですが、その神棚の気配も無かったので。でもキリスト教のお家でもなさそうだしと思って」
 
「気配?」
「この子、凄く霊感が強くて、神社とかお寺の位置がわかるらしいです」
と朋子が説明する。
 
「なるほどね〜。だったら落ち着かないでしょ?」
「いえ、無宗教の施設はそれなりに身の置き方はわかるので」
 
と言いつつ青葉は、宗教的な設備が無い割にはここの家は「気の乱れ」が無いなと思った。何かこの家の「気」を統合しているものがあるのだろう。
 

玄関を入って縁側を少し歩き、この家の中心の部屋かなという感じの広い部屋に至る。
 
ここは「茶の間」と呼ばれていて、この主屋(おもや)の全ての部屋から直接アクセスできる。縁側を通っても全ての部屋に個々にアクセスできるが、全ての部屋の中心にこの「茶の間」がある。プライバシーと利便の双方を活かした面白い作りだと思った。
 
茶の間には案内してくれた珠子さん以外に13人の男女がいた。つまり佑子さんを入れてこの家には14人の人が居た。
 
和彦(1916)・咲子(1924)、山彦(1943)・珠子(1946)
春彦(1968)・佑子(1970)・礼彦(1994)・史彦(1998)
秋子(1973)・武石貞男(1968)・満彦(1993)・安子(1995)
相沢博史(1967:佑子の兄)・江頭幸司(1969:珠子の甥)
 
春彦と秋子は山彦・珠子の子供である。もうひとり夏彦という子供がいるのだが大阪在住で今日は来ていない。また春彦の子供3人の内、一番上の芳彦も大阪に住んでいる(こちらは大学生)。
 
「ご無沙汰しておりました。なかなかこちらに来なくて申し訳ありません」
と朋子が正座して挨拶する。
 
青葉・桃香・千里も朋子の後ろで正座して頭を下げた。
 
「桃香ちゃん、久しぶりに見た。大きくなったね〜」
と60代くらいの女性が青葉を見て言う。
 
「あ、いえ、私が桃香ですが」
と本当の桃香が発言する。
 
「え!?あんたが桃香ちゃん!?男の子かと思った!」
と言っているのが珠子である。
 
「すみませーん。あまり女らしい服を着るのが好きじゃないもので」
と桃香は言っている。
 
確かに今日の桃香はロングTシャツに男物のデニムジャケットを羽織っていて、元々髪も短くしているので、充分男に見える。
 
「このセーラー服着ているのが養女にした青葉なんですよ」
と朋子。
 
「初めまして。青葉です。よろしくお願いします」
と青葉が丁寧に手を突いて挨拶する。すると一番奥に座っていた70歳くらいかな?という感じのおばあちゃんが
 
「めんこいな」
と言った。
 
唐突に東北弁が出てくるのでびっくりする。
 

「あのぉ、東北のご出身ですか?」
と青葉が訊いた。
 
「そうそう。わたしゃ八戸の出身」
「へー」
 
「和彦じいさんは転勤族だから。元々はここ清水の出身なんだけど、東京帝大を出て内務省に入った後、全国を飛び回っている。八戸に居た時に咲子ばあさんと結婚したが、1週間後に宮崎に転勤の辞令が出た」
 
と山彦さんが説明している。
 
「あらあ」
 
「とにかく1年単位で全国転勤して回るから、咲子ばあさんはそれぞれの土地の言葉を覚える暇もなく、結局南部弁で押し通してる」
 
「なるほどぉ」
 
「この人が定年になった後、30年ほど清水に居るから、幡多弁(はたべん:高知県西部方言)も分かることは分かるけど、自分で話すのは南部弁(青森県東部及び岩手県北部・秋田県北東部の方言)」
 
「ああ。その感覚何となく分かります」
 
「青葉ちゃんが大船渡だというんでちょっど楽しみにしてた」
と咲子さんは言っている。
 
青葉が育った大船渡は気仙語の文化圏で、南部弁とは全く違うのだが、地域的に南部弁を話す人達との交流も多く(彪志がそうである)、青葉は南部弁のイントネーションが心地よく感じられた。
 
「まあ同じ三陸だよね」
と桃香も言っている。
 

「そちらの女性は?」
と千里のことを訊かれる。
 
「桃香ちゃんの奥さん?」
という声が掛かる。
 
「うん。私はそれでいい」
などと桃香は言っている。
 
「えーっと。青葉を保護した経緯はお聞きになったかもしれませんが、震災で家族を亡くしたこの子を、私と桃香さんとで保護したので、私も桃香さんもこの子の姉代わりということにしています。それで今日は一緒に参りました」
と千里は言ったのだが
 
「千里、この場に及んで恥ずかしがることないから」
などと桃香は言っている!
 
「うん。女同士の結婚は別に恥ずかしくない」
「いや、そもそも桃香ちゃんが男の子なのではないかという気がする」
「だったら、ふつうに男女のカップル」
 
などと物わかりが良すぎる意見が出て、千里は頭を抱えていた。
 
「桃香ちゃん、ちんちん付けてないの?」
「いやあ、欲しいなとも思うのですが、女を捨てるのも惜しいし」
「女になりたいけど、ちんちん無くしたくないって友だち知ってる」
「そういうの結構デリケートだよね」
「とりあえず、ちんちん付けちゃったら?」
「おっぱいはそのままでもいいし」
「息子ちゃんも娘ちゃんも両方あったら便利だよ」
「それもいいなあ」
 
と言いつつ、桃香は先日見た夢(?)のことを思い起こしていた。あの早紀ちゃんとの逢瀬は現実だったのか夢だったのか判然としない。ふたなりの女子高生とか、やはり妄想かなあとも思う。
 
「あれちんちん付けるのってどうするの?」
「ちんちん要らない男の子のを移植するのでは?」
「ああ、最近ちんちんを取りたがってる男の子多いもんね」
「余ってるちんちん、たくさんありそうだよね」
「献血みたいな感じで、要らない人からどんどん回収して、欲しい人に配ればいいんじゃない?」
「あ、そのアイデア、いいと思う」
 
そんな会話に青葉は居心地の悪そうな顔をしているが千里はむしろ笑っているので、ちー姉って平常心が凄い!と青葉は思っていた。
 

到着したのが17時頃なので、もう晩御飯を一緒に食べましょうなどという話になる。ここで千里と青葉がさっと席を立ち、珠子や佑子・安子たちを手伝う。「あら、座っていればいいのに」と言われるが、「いえ遠慮せずにこき使ってください」と言って手伝う。
 
「あ、シマアジをまだ三枚に下ろしてなかった」
と珠子さんが言うと
「私がやりましょうか?」
と千里が言い、あざやかに下ろしてしまう。
「すごーい。お魚屋さんみたい」
「手際がよかった」
「猟師の娘ですから」
「千里ちゃん、どちらの出身?」
「北海道の留萌です。ホッケとかシャケとかも下ろしますよ」
「すごいねー」
 
そのまま大皿に盛りつけるが、他にも柵(さく)の状態のお魚もあるので、それも刺身に切って盛りつけた。他のお料理もみんなで皿に盛りつけていく。青葉は高校1年の安子と、おしゃべりしながら鶏の唐揚げをたくさんあげた。
 

一方桃香は茶の間に根を生やして
 
「桃香ちゃん、行けるでしょ?」
などと春彦さんたちに言われて
「好きです。頂きます!」
と言ってラガービールを飲んでいる。
 
どうやら、ここでは桃香は“男衆”に分類されている感じもある。
 

人数が多いだけに、大量のお魚や料理がどんどん消費されていく。お酒もどんどん開けられていく。ラガービールで始まって、日本酒、焼酎とどんどん開けていく。調子に乗って高校生の満彦・礼彦まで飲んでいたのは、各々の母親から叱られる。次第に桃香を含む“男組”と、千里・青葉を含む“女組”は微妙な距離を開けて各々盛り上がった感じであった。
 
夜10時頃、まだまだ飲む態勢の“男組”(春彦・貞男・博史・幸司・桃香)を放置して、“女組”と未成年の子、および禁酒している和彦・山彦は離れに引き上げる。斜面に立つ家なので、主屋の裏側、少し高い場所に主屋よりやや小ぶりの離れが建っており、主屋とは屋根付きの階段で結ばれている。ふだんは和彦・咲子の居場所になっているが、20人程度の収容能力はあり、今日はここで適当に布団を敷いて、寝ることにした。
 

翌9月18日、離れに寝ていた“女組”が起きて主屋に下りて行くと“男組”が完璧にダウンしている。“女組”で協力して朝御飯を作り、“男組”を含む全員に食べさせるが、桃香は
 
「さすがに飲み過ぎた気がする」
などと言っていた。
 
この日の午前中はお墓参りをした。お昼は昨日の料理の残りに新たにハガツオの竜田揚げと焼きそばまで投入する。昨日お酒メインになってしまった人たちがこれを食べてくれたので、きれいに無くなって、珠子さんが
 
「余らなくて良かった良かった」
と言っていた。
 
午後は朋子が珠子・佑子と一緒に買物に出たのだが、その後で秋子が
 
「そうだ。温泉に行こう」
と言い出す。
 
「誰か運転できる人?」
と秋子が訊くので千里が手をあげる。
 
「桃香姉も運転免許は持っていますけど、千里姉が運転した方がいいです」
と青葉。
「そもそも桃香はまだアルコールが抜けてないと思う」
と千里。
「青葉も運転はできるけど、まだ免許を持っていない」
と桃香。
 
「それあまり人に言わないでよ〜」
 
「じゃ千里ちゃんにお願いしよう」
 
ということで、秋子の夫・貞男さんのジャスティに乗って、10kmほど離れた所にある日帰り温泉に行くことにした。ちなみに貞男さん本人は昨夜飲み過ぎた所を更に迎え酒している!それで車に乗ったのは、秋子・安子・青葉・桃香・千里の5人である。
 

けっこうカーブの多い道なのだが、千里は緩急を付けて加速度ができるだけ小さくなるように走って行くので秋子さんが
 
「千里ちゃん、運転うまーい!」
と感心していた。
 
やがて温泉のある旅館に到着する。
 
「あれ?ここ平屋建てですか?」
「この旅館は斜面に建っているのよ。ここが最上階で、お部屋や温泉はここから下に降りていくのよね」
「都会の地下マンションみたいなものか!」
「そうそう」
と秋子が言っている。
 

それで5人で受付に行き、秋子さんが「日帰り温泉・大人5人」と言う。料金は4000円であるが、千里がさっと千円札を4枚出した。
 
「泊めてもらっているし、車も出してもらったから温泉代はこちらで払いますよ」
「あら、悪いわね。運転もしてもらっているのに」
と秋子さんは言うがそのまま受け入れる。係の人は領収書を書いて千里に渡し、鍵を5つ秋子に渡した。
 
それでおしゃべりしながら階下に降りていく。男湯と女湯に別れているので、当然のように全員女湯に入る。この時、桃香が「うっ」と声をあげた。
 
「どうかした?」
と秋子が訊く。桃香は青葉と千里が平然として女湯の暖簾をくぐったのに声をあげたのだが、青葉も千里もむしろ桃香の方を不思議そうに見ている。
 
「まあいいか」
と言って、桃香も中に入った。秋子がロッカーの鍵を全員に配る。秋子は何となく赤い鍵を安子、青葉、千里に渡し、黒い鍵を桃香に渡した。桃香も特に何も考えずにその鍵を受け取ったのだが・・・
 
「36番というロッカーが無い」
と言う。
 
「ん?」
 
桃香は脱衣場をぐるっと回ってきたのだが
「おかしい。ロッカーの番号は101番から始まっているようだ」
と言う。
 
「桃香、それ鍵の札の色が違う」
と千里が言った。
 
「ん?」
「他のみんなのは赤いのに、桃香のだけ黒い」
と千里。
 
「それもしかして男湯の鍵とか」
「あら、係の人間違えたのね」
と秋子は言うが、いや桃姉の風体を見たら男性と思ったかもと青葉は思った。
 
「じゃ交換してもらってこよう」
と桃香が言ったのだが
「それ私が行ってくるよ。桃香だと揉めそうな気がする」
「むむむ」
 

それで千里は桃香の持っている黒い鍵を持つと、受付まで戻って係の人に声を掛けた。
 
「すみません。この鍵に合うロッカーが見当たらなかったんですが」
と千里は笑顔で言う。
 
「あら、これは男性用のロッカーの鍵ですね。ごめんなさい。渡し間違ったみたいですね。こちらをお使い下さい」
と言って赤い札の鍵を渡してくれた。
 
「ありがとうございます」
と千里は言って、その鍵を持ち帰り、桃香に渡した。
 
「はい、どうぞ」
「うん、ありがとう」
と言って受け取ったものの、桃香は結構悩んだ。
 

その後は、全員服を脱いで浴室に入るが、青葉も千里もそのヌードが女の子のヌードにしか見えないので桃香はまた悩んでいた。
 
各々身体を洗ってから浴槽の中でまた集まる。
 
「桃香、何悩んでいるのさ」
と千里が言う。
 
「いや、何でもない」
「もしかして男湯に入りたかった?」
「うーん。。。別に男湯には興味無いし、胸があるから男湯には入れない気がする」
「手術して胸取っちゃう?」
「それは時々悩む時もある。でも私はあくまでレスビアンであって、FTMではないつもりだし」
 
「まあ男になりたかったらいつでもなれるけど、一度男になってしまったら女には戻れないから、子供10人くらい産んでから考えるといいかもね」
などと千里は言っている。
 
「10人!?」
 
「さすがに10人も産むつもりはない」
 

なお、朋子は買物から帰ってから、青葉と千里が桃香たちと一緒に温泉に行ったと聞き、しばし悩んだものの
 
「まあボロは出さないでしょ、あの子たち」
と独り言を言った。
 
その日の夕飯は、鉄板を何枚も出して焼肉をした。この日の買出しの代金は朋子が払おうとしたのだが、珠子が
 
「おばあちゃん(咲子)から資金もらってるから」
と言って払っていた。
 
この日も桃香は“男衆”たちと楽しそうに飲み明かしていた。
 

千里が珠子と一緒に追加する野菜を切っていたら、そこに咲子が来て
 
「伊右衛門は無かったっけ?」
などと言う。
 
「あら、お母さん、誰か若い子に言えばいいのに」
と言って、台所のワゴンの中段に置いている箱を取り出して伊右衛門のペットボトルを取り出す。
 
「私が持って行きますよ」
と言って千里がそれをさりげなく受け取る。
 
その時、珠子が思い出したように言った。
 
「そうだ。お釣り返すの忘れていた」
 
それで珠子が自分の財布を出して咲子にお金を渡すと、咲子は食器棚の引出の中から大きなガマグチを出してそれを入れる。その時千里が
 
「あれ?」
と声を出した。
 
「どうしかした?」
「おばあさん、その財布に付けてる根付けを見せてもらえませんか?」
「これ?」
 
「私が持っているのに似てるなと思って」
と言い、千里も伊右衛門をいったんテーブルに置いて、貴司からもらったミュウミュウの財布をバッグから取り出し、その小銭入れの中に入れている小さな鍵を取り出す。その鍵に根付けが結びつけてある。
 

「あ、ほんとに似てる」
と珠子が言う。
 
「そちらはサルだね」
と咲子。
 
「おばあちゃんのはネズミですね」
と千里。
 
「これもしかしたら十二支の根付けかしら」
と珠子。
 
「売っているものではなくて、手造りっぽい」
「でも雰囲気が似てる」
 
「千里ちゃんのは誰かの形見?」
「形見ではなくて、まだ生きていますが、私の父の母からもらったんですよ。自分が持っているには強すぎるからと言われて」
と千里。
 
「その人は自分の夫のお母さん、結果的には私の曾祖母になる人からもらったものらしいです。ですから、たぶん大正年間の話だと思います」
と千里は言う。
 
これは武矢の母・天子(1932生)から千里が小学生の時にもらったもので、天子は自分の夫の母であるウメからもらったものだが、実はウメは天子の母の姉にも当たる(従兄妹同士の結婚)。
 
「これは私も母ちゃんからもらったんだよ。母ちゃんも自分には強すぎるからあんたが持ってなさいと言われた」
と咲子は言っている。
 
「私にはよく分からないけど、たぶんどちらも強いパワーが込められている感じ」
と珠子は言う。
 
「材質が同じものっぽいし、作りの雰囲気も似てるから、もともとセットで作られたものかもね」
と珠子は両方の根付けに触りながら更に言った、
 
「だったら、元々の持ち主は姉妹か仲の良い友だちだったのかもね」
と咲子。
 
「すると、私の家系が咲子おばあさんの家系とどこかでつながっているのかも知れないですね」
 
「うん。私はそれはあんたを見た瞬間思ったよ」
と咲子が言うので
 
「へー!」
と珠子は感心していた。
 

この日も飲んでいる男衆(桃香を含む)は放置して、女衆や未成年などは離れで寝たのだが、夜中に千里がトイレに起きた時、千里は
 
「ちょっと」
と咲子に呼び止められた。
 
「あの場では話が面倒になるから言わなかったんだけど、あんたは私の妹分のアマちゃんに似てるんだよ」
と咲子は言った。
 
「私に根付けをくれたのが、私の祖母の天子という人なんですが、その人ともしかして姉妹ですか?」
 
「そうそう。戸籍上の名前は天子だけど、アマちゃん・サキちゃんと呼びあっていた。小さい頃、姉妹のように仲が良かったのよね。繋がりとしては従姉妹くらいなんだけど。もう長く連絡が取れてなかった」
 
“従姉妹くらい”というのは微妙な表現だ。しかしきっと親族ではあるのだろう。
 
(村山天子は1932生、高園咲子は1924生である)
 
「そうだったんですか!」
「アマに会いに行くことある?」
「何かお伝えすることがあれば行ってきますよ」
「だったら、私の写真を1枚持って行ってよ」
と言って、咲子は自分の部屋の箪笥の中から写真を1枚持って来た。和彦と並んで写っている写真だが、けっこう古ぼけている。恐らく20年くらい経っている。
 
「これは元のネガとかは残っていますか?」
「ううん」
 
「だったらコピーを取りますよ。それとおばあちゃんの今の写真を撮らせてもらっていいですか」
「ちょっと待って!着換えてくる」
 

それで咲子は少しいい服を着てきたので、《びゃくちゃん》に頼んで写真を撮ってもらい、また《りくちゃん》に言ってコンビニまで往復してきてもらい20年前の写真のカラーコピーを取った。
 
「じゃ私がこのコピーの方を持っておくよ」
「分かりました。天子さんにこちらの連絡先をお伝えしていいですか?」
「うん。よろしく。今どこに住んでいるの?」
「北海道の旭川です」
「そっかー」
「向こうもけっこう矍鑠(かくしゃく)としてますよ。電話でもするように言いますよ」
「ほんと?連絡が取れたら嬉しい。北海道じゃとても会いに行けないけど」
 
と咲子は嬉しそうに言った。
 

19日はお昼まで滞在し、午後から移動した。
 
中村15:10-19:41岡山19:49-20:35新大阪21:01-23:59高岡
 
来る時は《南風》《あしずり》を高知駅で乗り継いだが、帰りは中村から岡山まで《南風24号》が直行するので、そこで東京行きの《のぞみ62号》に乗り継いだ。そして千里と桃香はそのまま東京まで乗り(23:13着)、青葉と朋子は新大阪から《サンダーバード45号》富山行きに乗り継いだ。
 
南風・新幹線の車内では今度のアメリカ行きの件に付いても少し打ち合わせた。全体的な日程はこのようになる。
 
10/06(木) 青葉と朋子が東京まで出てくる。
10/07(金) HND 0:45 - 10/06 19:15 LAX
10/07(金) 朝からサンフランシスコに移動し、バーリンゲームで診察を受ける10/08-09(土日) 観光?
10/10(月) 恐らく診察の結果を聞く
10/11(火) 予備日
10/12(水) 帰国予定。多分10/13着。
 
病院側との電話連絡では月曜日に診断結果を伝えられるとは思うが、場合によっては火曜日以降にずれ込む可能性もあると言われているので、青葉は学校には1週間休むかもと伝えている。
 
帰りのチケットも現時点では確保していない。桃香も最初往復で頼むつもりでいたものの、向こうの診察の都合で帰りが数日遅れる場合もあるかもよと千里が言うので片道だけで確保したのである。帰りは現地で確保することになる。正規のチケットなら日程が変更できるのだが、格安チケットは変更ができないのが難点だ。国によっては帰国便のチケットを提示しないと入国で揉める場合もあるのだが、日本のパスポートでアメリカに入国する場合は大丈夫だろうということになった。
 

9月20日(火).
 
千里は羽田から旭川まで飛行機で飛び(6:50-8:30)、叔父(父の弟)弾児の家に同居している天子を尋ねた。
 
「あら、すっかり美人さんになっちゃって」
と弾児の奥さん・光江さんが歓迎してくれた。
 
「あんた、もう身体は直したんだっけ?」
「もう睾丸は取りました。性転換手術は来年受ける予定で、その後、戸籍も女に修正します。母には言っているのですが、父とは揉めること必至ですね」
 
「だろうね〜。何かあったら言ってね。こちらで力になれることはするから」
「すみません」
 
「兄貴は物わかりが悪いからなあ」
などと弾児叔父さんまで言っている。
 

それで天子に、咲子から言付かったものを渡すと、天子は涙を流していた。
 
「サキちゃん生きてたのか。戦争の混乱でお互いに連絡が取れなくなっていたんだよ」
と天子は言っていた。すぐに電話を掛けるが、涙を流して会話をしていた。お互いに話したのは実に66年ぶりくらいということである。しかしその66年の歳月が簡単に吹き飛んでしまうほどお互いの気持ちは通じていたようである。
 
「千里ちゃん、私の写真撮ってよ。サキちゃんに郵送してあげたい」
「すみません。私機械音痴だから、光江おばさん、お願いします」
「OKOK」
 
それで光江が写真を撮り、すぐにプリンタで印画紙にプリントした。天子は手紙を書くと言い、それと一緒に送ることにした。
 
「子供の頃に、おばあちゃんからもらったこの根付けで分かったんですよ。記念の品だから、おばあちゃんに返しましょうか?」
 
「ううん。それはあの時も言ったように、私には強すぎるんだよ。千里ちゃんが持ってて」
「分かりました」
 

せっかく旭川まで来たので、その日は美輪子の所にも顔を出し、夕方の便で東京に戻った(19:45-21:35)。
 
そしてそのまま、ST250で走って行き、その日のファミレスの夜勤に入った!
 
『助かったぁ!女装しなくてすむ』
などと千葉で待機していた《せいちゃん》が言っていた。
 
《こうちゃん》などは女装も大好きのようだが、《せいちゃん》はあまり好きではないようである。もっとも数年後には日常的に女装するハメになるのだが!
 
「あら、今日は夜間店長、いつものスクーターじゃないんですね」
と駐車場で遭遇した、一緒に夜勤する後輩の女子大生が言った。彼女はオレンジ色のヤマハ・ビーノ(50cc)に乗っている。
 
「うん。たまには気分を変えてみようかなと思ってね。こないだ普通二輪免許取ったんで、今少し練習中なのよね」
 
「へー」
「でも既に2回電信柱に激突した」
「大丈夫ですかぁ!?」
「平気平気。その程度で壊れるようなヤワな身体してないから」
 
実際には激突直前に《りくちゃん》に空中に待避させてもらい、壊れたバイクは《げんちゃん》が修理してくれた。
 
「そういえばバスケットとかするんでしたね?」
「うん。バスケットの活動資金をファミレスのバイトで稼いでいる感じかな」
「大変ですね!でも大学は?」
「私は不良学生だから」
「なるほど〜!」
 
ちなみに《きーちゃん》と《てんちゃん》は休暇中なので、その付近には居ない。《きーちゃん》はアメリカの友人に会いに行ってくると言っていたので、どうせ10月上旬に千里自身がアメリカに行くから、その時に合流しようと彼女には伝えている。
 

9月25日(日).
 
千葉県クラブ選手権大会が行われたが、ローキューツは圧倒的な強さで優勝。2月に栃木県でおこなわれる関東クラブ選手権に進出した。
 
千里たちの大学は10月3日から後期の授業が始まった。《てんちゃん》は夏休みが終わり、千里の元に復帰したが《きーちゃん》はまだなので、それまでは大学には千里自身が通っている。ああ、なんか大学の授業受けるの久しぶりだなあ、と千里は思った。
 
10月4日(火)のファミレス夜勤は《てんちゃん》がしてくれたが、6日から来週いっぱいはファミレスの方はお休みさせてもらう。
 
そしてその6日、青葉と朋子が《はくたか》および上越新幹線の乗り継ぎで東京まで出てきた。千里と桃香は東京駅で合流し、一緒に羽田空港に移動する。出国手続きをしてから夕食を取り、そのあと深夜の出発時刻までロビーで待機する。千里は椅子に座ったまま仮眠していた。
 
「でも出国はあまり揉めなかったみたいだな」
と桃香が言っている。
 
「ニューハーフなんですぅと言ったら通してくれた」
と青葉は言っている。
 
「私も咎められたが、間違い無く女ですと言ったら『ああ、性別を変更なさったんですね』と言われた」
と桃香は言っている。
 
「確かに青葉や千里ちゃんより、あんたの方が危ない」
と朋子。
 
「千里に揉めなかったと訊いたら?『私オカマなんです』と言ったら通してくれたと言っていたから、同様だったみたいだ」
と桃香。
 
「戸籍を修正できるまでは入出国の度に大変だね」
と朋子は言っていた。
 

0:45の出発時刻には朋子もうとうととしていたが、桃香と青葉がしっかり起きていたので、朋子も千里も青葉・桃香に起こされてロサンゼルス行きに搭乗した。朋子は搭乗するとすぐ眠ってしまったが、千里も青葉もすぐ寝る。桃香はしばらく音楽を聴いていたが、話し相手が居ないので、じきに眠ってしまった。
 
ロサンゼルスに10月6日19時前に到着した。そして入国審査で揉める。この時、朋子、青葉、桃香、千里の順に並んでいた。
 
「この航空券とパスポートは男性のものだが、あなたは女性ではないのか?」
と青葉が言われた。
 
「この子はトランスジェンダーなんですよ」
と青葉の次に審査を受けるので待っていた桃香が寄って行き言う。
 
「証明書とかをお持ちですか?」
「いいえ」
「別室で身体検査させてもらっていいですか?」
「いいですよ」
 
それで青葉は女性の検査官と一緒に別室に入る。身体を触られて「女性のように感じる」と言われるので、結局裸になり、男性であることを確認してもらった。こういう場合に備えてタックは解除しておいたのである。しかし検査官は「この男性器は本物?」などといって触る!
 
「触っても大きくならない。作り物じゃないの?」
「女性ホルモンを摂っているから勃起能力は消失してるんです」
 
それでもなかなか納得せず、引っ張ったりしても外れないので、本物かも知れないという感じのところで、やっと解放してくれた。
 

その桃香は
「あなたは女性の航空券とパスポートを持っているが、男性なのでは?」
と言われる。
 
「私は女です」
と言って、日本の運転免許証を取り出して見せるが、運転免許証には性別は記載されていない。結局
 
「別室で検査を」
と言われる。
 
「仕方無いなあ。ちなみに、私の後ろにいる子は女みたいに見えるけど、男ですから」
と桃香は言った。それで別室に行き、検査官から身体を触られるが
 
「あれ?女性のような感触だけど、ちんちんがありますね」
と言われる。
 
「あ、それ作り物です」
と言って、ズボンと男物のパンツを脱ぎ、ちんちんも取り外して見せる。それで取り外した後はちゃんと女性の形になているのを見てもらった。
 
「確かに女性のようですね」
と言われてそれで解放してもらった。
 

さて千里は前に並んでいた桃香から「その子は男ですから」と言われて、困ったなあと思った。案の定
 
「あなたのお友達は男だと言っていたが、あなたは女性のように見えるし、パスポートも航空券も女性のものですね」
と言われる。
 
「私は女ですけど、彼女は勘違いしているんですよ」
「念のため別室で検査してもいいですか?」
「はい、どうぞ」
 
それで結局千里も別室に入れられる。しかし千里も桃香同様女性の検査官に着衣のまま触られ「確かに女性ですね」と言われてすぐ解放してもらった。
 
そういう訳で入国審査では朋子以外の3人が全員別室にご案内されたが、青葉がいちばん大変で、千里は簡単に済んだのである。
 

タクシーでホテルに入りチェックインする。
 
部屋はツインを2つ予約していた。予約したのは桃香であるが、
 
朋子と桃香→同じ苗字なので同室になれる
青葉と千里→どちらもパスポート上男性なので同室になれる
 
と桃香は考えていた。パスポートは4冊まとめて渡したが、フロントマンはその番号だけ控えると
「予約は女性2名、男性2名で入っていますが、実際は男性1名、女性3名ですね?」
と言った。
 
「慣れてなくて予約の時、操作間違ったかも」
と千里が言うと、フロントマンは頷いて鍵を2つ渡してくれた。
 
ここでフロントマンは4つのパスポートの内、青葉のパスポートだけが男だったし、“見た目”では桃香が男に見え他の3人は女に見えるし、その男に見える桃香が代表してパスポートを渡したので、パスポートの性別と実際の性別は一致していると思ってしまったのである。
 
むろん部屋は実際には朋子と青葉がひとつ使い、千里と桃香がひとつ使う。
 

部屋に荷物を置いてからホテル内のレストランに行く。
 
夕食をオーダーする。
 
「何かお昼くらいのような気がするのだが」
と桃香。
 
「私の時計では12:15」
と千里が言っている。
 
「今は20:15だよ」
と青葉。
 
青葉は機内にいる内にロサンゼルスの時刻に合わせていたようだ。
 
「じゃ時差が8時間あるのか」
「いや16時間の時差だよ」
「よく分かんないや。桃香、私の時計直せる?」
「貸して」
と言って桃香が千里が愛用しているスントの腕時計を受け取る。
 
「何かいい腕時計を使っているな」
と言って、桃香は時計を世界時モードにし、設定をLAX の夏時間にしてくれた。
 
「すごーい。私は説明書見ても出来ないのに」
「こういうのは、だいたいパターンがあるから少し触れば分かるよ」
「桃香、男の子みたい」
「えへへ」
と桃香は褒められて(?)得意そうである。
 
「桃姉は男の子みたいというのが褒め言葉になるのか」
「千里や青葉は女の子らしいというのが褒め言葉だな」
 
「私のはどうすればいいんだろう?」
と朋子が言うので桃香は見ていたが
 
「これはそのまま針を16時間戻した方がいい」
と言って調整していた。
 
ちなみに桃香は時計を持って来ていない!携帯の時刻設定をやはりロサンゼルスの夏時刻に変更していた。
 

「しかし入国審査は参った。うっかりちんちん付けてたから、取り外して女だということを確認してもらった」
と桃香。
 
「男になりたい女と思われたかもね」
「そんな気はする」
 
「私は完全に裸になった上でちんちん触られて、大きくならないから作り物ではと疑われてひっぱったりされた」
と青葉。
 
「たいへんだったね」
 
「ちー姉は?」
「私も似たようなものかな」
と千里は言っておいた。
 
「千里は男の声を出してみせれば男と納得してもらえるだろう」
と桃香は言っている。
「うん。それもやったよ」
「なるほどねー」
 
「でもアメリカで性転換手術を受けて帰国する時は、もう身体で証明するのが不可能だよ。どうする?」
と桃香が指摘する。
 
「ほんとにどうしよう!?」
と青葉は悩んでいた。
 
「性転換手術を受けて女になりました、という医師の診断書を発行しておいてもらえばいいと思う」
と千里が言う。
 
「なるほどー、それは行けそう」
「桃香も性転換手術で男になりましたという証明書を書いてもらうといいかもね」
「どこで書いてもらおうか」
と桃香が悩んでいるふうなので、朋子が顔をしかめていた。
 
桃香は時々1万円で性転換手術が受けられるなら男になりたい、などと言っているが、千里は1万円で手術してあげますという病院があったら、その方がよほど恐い、と言っている。
 

食事が終わったら寝ることになる。
 
「まだお昼過ぎのような感覚なんだけど」
「取り敢えず寝ればいいよ」
「やはりここはセックスすれば安眠できると思う」
「セルフサービスでどうぞ」
 
「そんなこと言わずにしようよぉ」
と桃香は言って寄ってくるが、しっかり撃退する。
 
「暴力反対」
「セクハラ反対」
 
「旅先なんだからセックスくらいいいじゃん」
「**ちゃんに告げ口しちゃうよ」
「なんで千里、私の彼女の名前知ってるの〜?」
「朱音も美緒も知ってたよ」
「ぐっ・・・」
 

明けて10月7日。
 
6日夕方に羽田で落ち合い7日になってから飛行機に乗ったのに6日の夕方に着いて、また7日というので2日だぶっている気分である。朝から空港に行きサンフランシスコ行きの飛行機に乗って、空港を降りた後バスでバーリンゲームに入る。バス停から更にタクシーに乗って、その病院に入った。
 
例によって、手術を受けたいのは桃香かと思われる。
 
「私がSRS(Sex Reassignment Surgery)を受けたいんです」
と青葉が言うと
 
「え?君ほんとにMTFなの。手術済み?」
と言われる。
 
「いえ、まだ手術はしてません。でも女性ホルモン優位ですし、それでバストも発達していますし、睾丸は自然消滅してしまったんです」
 
「自然消滅!信じられない」
「東洋の神秘かも」
「東洋の神秘なら、そのまま卵巣や子宮が自然発生したりしてね」
 
などと言いながらも、青葉はさまざまな検査を受けることになる。自分史は一応(英語で)書いておいたのだが、それについてもかなり細かいことを質問された。青葉は英語の会話は問題ないので、通訳など無しで質問に答えていく。
 
保護者の朋子も質問されるが、これは千里が通訳をしてあげた。
 
「そういえばあなたは、クライエントのお姉さん?」
と医師が直接千里に尋ねるので
 
「私はクライエントの姉代わり(surrogate sister)なんですよ」
と千里は答えた。
 
朋子が
「訳あって青葉を保護することになったのですが、最初にあの子を保護したのが私の娘の桃香と、この千里ちゃんだったので、ふたりは姉代わりということにしています。特に千里ちゃんは、英語がうまいし、青葉と同じMTFなので、色々と力になってくれるだろうということで一緒にこちらに来てもらいました」
 
と言い、それを千里が通訳すると、最初医師は頷いていたものの千里がMTFという話に驚いたような顔をした。
 
「え?あなたもGIDなんですか? Post-op?」
と千里自身に尋ねる。
 
「いえ、Pre-opです」
と千里は笑顔で答えた。
 
「あなたも手術希望ですか?」
「すみません。私は既にタイの病院で来年の夏手術することにしていて予約済みです」
 
それで医師は頷いていた。
 

医師との話が終わった後で、今度は朋子から訊かれた。
 
「千里ちゃんも手術するんだ?」
 
「来年の夏休みに手術する予定です。青葉と同時期になるかも知れませんね」
と千里。
「兄弟から姉妹へそろって性転換というパターンだな」
と桃香が言っている。
 
「桃香も一緒に男に性転換する?北海道の越智さんからもらったお金で桃香も手術受けたら?」
と千里が言うと
 
「ちょっと待って。心の準備が」
などと焦っていた。
 
 
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【娘たちの面談】(2)