【娘たちの面談】(5)

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ラッキーブロッサムは2006年にデビューしたフュージョンバンドである。ボーカルを入れずに、フロントマンの鮎川ゆまはアルトサックス(あるいはウィンドシンセサイザ)でメロディーを吹くという“玄人好み”のスタイルがうけて幅広い年齢層のファンを獲得した。
 
女性をフロントマンにするのであれば、多くの場合その子に歌わせる。多少歌が下手であっても歌わせるのが絶対的に人気を取りやすい。
 
しかし、ゆまは充分歌がうまいにも関わらずこのバンドでは歌わずにサックスを吹いている。レコード会社はその構成にかなり疑問を持っていたようであったが、実際にその形式でデビューさせてみると、若い女性たちが「ゆまさん、格好いい!」と反応し、1980-90年代にザ・スクエア(後のTスクエア)やカシオペアなどを聴いていた40代くらいの層が、あのような音楽の遺伝子継承者のように感じてファンになるという現象が起きたのであった。
 
それでCDは何度もゴールドディスクを記録し、ライブチケットは毎回ソールドアウトで、化粧品会社や旅行会社のCMにも何度も採用されたりした。
 
フロントマンのゆまについて当初は「男?女?」とファンが混乱したし、レコード会社も敢えて性別を明言しなかった。
 
「え?男の子でしょ?」
「いや女の子だよ」
「まさか男の娘?」
 
情報が交錯してどうやら女性であるようだということ。どうもレスビアンらしいということが、ファンの間で周知されるまで1年近く掛かっている。その性別の曖昧さのおかげで、かえってセクシャルマイナリティのファンが多数付いた。ライブ会場から脱出しようとしていたゆまがファンに捉まり、押し倒されて!多数の女性ファン・男の娘ファンからキスを奪われるという事件も発生したほどであった(本人は「ラッキーラッキー」と言っていたという噂も)。
 

しかしさすがに5年間疾走してくると、ほころびも出てきた。昨年はドラムスの幣原咲子が数ヶ月にわたって腱鞘炎のため休養したし(サポートのドラマーを入れ、咲子にMCをさせてツアーをした)、今年は夏前にベースの相馬晃が骨折してずっとベースが弾けない状態にあり、フルートの貝田茂がベースに回ってサポートのフルーティストを入れてライブや音源製作をしていた。更に夏にリーダーの河合龍二にセクハラ疑惑が報道され、本人も被害者とされた女性歌手も報道内容を否定したものの、結局リーダーを辞任することになった(ついでに婚約者と破談してしまった)。そしてそれを機会に複数のメンバーから半年くらいでも休みたいという声が出てくる。
 
それで話し合った結果、2011年いっぱいでラッキーブロッサムは解散することになったのである。河合さんはリーダー辞任は表明したものの、結局解散まで《暫定リーダー》を続けることになった。
 
ラストライブは12月27日(火)に関東ドームで行われることが発表されたが、チケットは一週間でソールドアウトした。
 
ただしラッキーブロッサムは12月30日に表彰式が行われるRC大賞の特別賞の受賞が決まったので、7人揃ってのラストビューはこの日の授賞式が行われる新国立劇場ということになる。
 

年末。日本バスケット協会では、年明けに発表する男子日本代表の候補選手の選考が進められていた。男子の代表監督はジョン・ウォースターというイギリス人のバスケット指導者が就任予定なのだが、ウォースター氏の来日は来年2月に予定されており、それ以前に代表選手の候補者はこちらで30人程度選んでおいてくれという依頼だったのである。
 
それで強化部長と昨年U18の監督を務めた鱒山さんの2人で事務局がまとめてくれた主な選手の成績データを元に30人程度を選んでいた。
 
だいたいまとまった所で各々の所属先に電話して「もしかしたら選考するかも知れないのだが」と伝えて内諾を取っていく。
 
ところが32人の候補者の内4人も各々の事情で「申し訳無いが」と言われてしまった。
 
「30人程度と言われたんだから28人でもいいよね?」
「いや、30人程度と言われたら最低30人揃えてないとまずいですよ」
 
それでふたりで検討して、1人は大学生でA大学の溝尾選手を選ぼうということで意見が一致し、チームに連絡して内諾を得る。
 
「あと1人入れたいなあ」
「今の人数構成ならスモールフォワードですよね」
「うん。スモールフォワードが5人しか居ないからもう1人くらい欲しい」
 
3人候補にあがったものの、1人は怪我で療養中、1人は大学を卒業できるかどうか瀬戸際で今必死に論文を修正している最中という話、1人は同じチームから2人日本代表に選ばれていて、これ以上出すのは困ると言われてしまった。
 
「うーん・・・。他に誰か居ないかなあ」
と言っていた時、鱒山は唐突に2月に合宿をしていた時、女子の日本代表・村山と一緒に見学に来ていた男子選手のことを思い出した。
 
「けっこういい動きをしていたよ」
「何歳くらいですか?」
「たぶん22-23歳くらいじゃないかな」
「取り敢えず人数揃えたいし、一度召集してみますかね」
 
名前を覚えていなかった!ので村山に電話して尋ねた(村山の電話番号は強化部長が自分の携帯に入れていた)。
 
「あ、名前ですか?大阪のMM化学という所に所属している細川貴司と申します。ええ、演歌歌手と名前が似てますが、本人は歌は下手です。ヴァイオリンはうまいんですが、自分で歌うのはダメみたいですね」
 
と千里は電話で答えた。
 
「どんな字?」
「細い、三本川に、貴族の貴、つかさです。チームの連絡先電話番号は06-****-****。生年月日は1989年6月25日、出身校は留萌S高校です。
インターハイに2度、ウィンターカップに1度出ています」
 
「分かった。ありがとう」
 
それで電話を切る。
 
「あまり聞かない名前の高校で、インターハイ2度、ウィンターカップ1度って結構凄い実績なんじゃない?」
「なぜ実業団なんかに居るんだろうね。JBLでなくてもbjに滑り込めるだろうに」
 
それで成績を確認すると彼のチームは大阪の実業団リーグで3部からここ数年で浮上して1部まで上がってきており、上位で優勝争いをしているチームであること。そして彼自身、今年はアシスト王を取っていることが分かる。
 
「これはひょっとしたら掘り出しものかも知れないよ」
 
ともかくもチームに連絡した所向こうは驚いていたようだが、代表合宿に出すのは構わないという返答であった。
 
「良かった!これで何とか30人揃った」
 
と強化部長と鱒山さんは胸をなで下ろした。
 

12月16日深夜(17日早朝)。町添取締役の家での秘密会議は続いていた。
 
加藤課長が須藤さんに電話すると、確かに昨日太荷さんが来社したという。
 
「何か忘れ物をしていってませんかね」
「ちょっと事務所に行ってみます」
「それ僕たちと一緒に行っていい?」
「はい」
 
この時点では松前さんたちは、須藤さんは“被害者”なのか“共犯者”なのかどちらもあり得ると考えていたのである。
 
それで町添部長・松前社長・鬼柳次長・加藤課長の4人が笹塚駅で須藤さんと落ち合うことにした。
 
この月までUTPの事務所は笹塚駅から歩いて7分ほどの所にあった。それを今度の1月に、新宿に移転することになっている。
 
千里が運転して4人を笹塚駅に運び、一方でワランダーズのリーダーの家に行っていた吉住先生が車で須藤美智子が住んでいる金町に向かい、彼女を拾ってやはり笹塚に向かう。
 
両者が合流したのはもう午前4時である。
 
それから事務所に行く。応接室で話したというので入って見ると、そこに須藤の知らないカバンが置かれていることに気付く。
 
「緊急の場合だ。開けさせてもらおう」
と松前さんが言い、開ける。
 
するとそこには「★★レコード制作部次長・太荷**」という名刺がたくさん入った名刺入れ、何種類かのCD、アーティスト・プロモーション企画書などが入っていた。
 
「知らないアーティストもいる」
「今仕掛けている最中なのではないかと」
 

「何か問題があったんですか?」
 
と戸惑うような顔をしている須藤を見て、松前さんたちは、この人は知らなかったなというのを感じ取った。
 
鬼柳次長が
「そういえば、須藤さんとはまだ名刺を交換していませんでしたね」
と言うので
「あ、すみません。今名刺持って来ます」
と言って、慌てて自分のデスクに行き名刺を取ってきた。
 
それで名刺を交換する。
 
「あら?制作次長になられるんですか?」
「僕はこの春から制作部の次長をしているんですよね」
 
「え?でも太荷さんは?」
「この春に★★レコードを退職しました」
「え〜〜〜〜!?」
 
その驚く表情を見て、松前さんたちは須藤さんが“被害者”の側であることを確信した。
 
加藤課長は後から「あの人は元々にぶい人なんですよ」と松前さんたちに言っていた。
 

鞄の中身を確認して、これなら絶対に太荷はこれを取りに戻ってくるだろうと思われた。それで4人は事務所の楽器倉庫に隠れて待機する。須藤には詳しい話はしていないのだが、大変なことが起きていることを把握したようで、いざ太荷さんが来た時にふつうに応対する自信が無いという。それで結局そういうのに強そうでもあり、太荷さんが、最も警戒しなさそうな桜川悠子を呼び出して対応させることにした。それで須藤も一緒に楽器倉庫に隠れる。
 
須藤の指示で、悠子が事務所に来る時、コンビニに寄ってきてくれたので、松前さんたちはお弁当を食べ、お茶・コーヒーを飲みながら待機する。トイレは交代で行ってくる。
 

太荷が姿を現したのは9時だった。
 
「いらっしゃいませ」
と明るい声で悠子が応対に出る。
 
「済みません。まだ今日は誰も出てきていないんですけど」
と笑顔で言う、若い悠子の顔を見て太荷はホッとした様子であった。
 
「★★レコードの太荷だけど、昨日こちらに打合せに来た時に忘れ物をしたみたいなんだよ」
「あら、それは大変でしたね。どちらで打合せなさいました?」
 
悠子は昨日は休んでいたのである。
 
「会議室のような所だったんだけど」
「でしたら、こちらでしょうかね」
と言って、悠子は彼を応接室に案内する。
 
「そうそう。この部屋なんだよ」
と言って彼は中に入った。
 
「ありますかねぇ。何をお忘れになったんですか?」
と言って悠子も探す振りをする。
 
「うん。鞄なんだけどね」
と言って太荷も探す。
 

やがて太荷は部屋の端に置かれた鞄を見つける。
 
「あった、あった」
と太荷。
 
「良かったですね」
と悠子。
 
それで太荷が鞄の中身を確認した上で部屋を出ようとしたら、部屋の入口の所に、松前・町添・鬼柳・加藤の4人が立っているのを見る(悠子は既に部屋を出ている)。
 
太荷は鞄を手から落とした。
 
「何か僕たちに言うことが無い?」
と松前さんが言う。
 
「申し訳ありませんでした」
と太荷は言い、その場に土下座した。
 

太荷の手口はこうである。
 
有望そうで、本当にレコード会社が声を掛けてもおかしくないアーティストを見つけ、メジャーデビューの話を持ちかける。それでCDの制作をさせて、その費用をうまくピンハネしていく。できたらプレスさせてその代金もピンハネする。最後は「デビューの話はダメになった」と言って姿を消す。
 
元々太荷が辞職するはめになったのは、業務上横領を指摘されたからである。ただ、この業界では「厳密に言えば横領」というとても微妙な営業的支出が発生しがちである。
 
打ち上げ費用や差し入れなどで、本来経費として認められないようなものをアーティストや事務所などとの付き合い上出してあげなければならないことは、しばしばある。それで多くの担当が自腹を切っているのだが、自腹で払いきれないような多額の出費もある。それを仮払いのお金から払っていて、精算できない場合は、結果的には仮払金を横領したことになる。多くの場合はそれを最終的にはボーナスで精算しているし、会社側も多少配慮してボーナスをその分割り増ししてあげていたりする。
 
太荷次長の場合、そのような種類の出費がここ5年ほどの累積で2000万円近くに及んでいたことが発覚した。彼は気が弱い性格で、ちゃんと余分に掛かった費用を上司の町添部長に報告していなかったのである。それで退職金で精算することにして退職した。監督責任で町添部長も減給処分になっている。
 
ここまではこの業界では、割とよくある話である(困ったことに)。
 
一方、彼は長年奥さんとの仲が悪化していたらしい。仕事が忙しいために、すれ違いになってしまい、奥さんとは長くまともに会話していなかったという。それで退職を機に離婚を切り出されたのだが、退職金は横領とみなされた分の弁済に充てられたため、お金が無かった。彼はサラ金から借りて慰謝料を奥さんに払った。サラ金からお金を借りたのはまだ在職中だったので、上場企業の次長の肩書きで、年収1000万円という彼の源泉徴収票を見てサラ金はお金を貸してくれた。
 
しかしその後退職して、再就職もうまく行かず、返済ができない。
 
そんな時、若いアーティストから「太荷次長さんですよね?俺たちのバンドの音聞いてもらえませんか?」と持ちかけられた。最初は欺すつもりはなかったのだが、結果的に欺すことになってしまった。
 

松前さんは言った。
 
「二度とこういうことをしないと誓う?」
「誓います」
 
「これまでに欺したアーティストを全てここに書きなさい」
「はい」
 
それで彼が書いたのは、ワランダーズ、スカイロードを含む7組のアーティストである。
 
「少しこちらのメンツで話し合うから君はちょっと待ってて」
と松前さんは言った。
 
車で待機していた千里を呼び出し、大部屋の方で須藤さんと千里に太荷さんを見ていてもらい、その間に応接室で4人で話し合う。千里と一緒に近くで待機していた吉住先生、いったん信濃町の§§プロに行って待機していた紅川さんと雨宮先生もすぐこちらに向かうということであった。
 

千里が加藤さんに頼まれてコンビニでお弁当やお茶などを買ってきたので、それを太荷さんに勧めると、最初は遠慮していたものの、千里と須藤さんもそのお弁当を食べ始めると、
 
「僕も食べようかな」
 
と言って食べ始める。彼は放心状態ではあったものの、食べてお茶を飲むと少し落ち着いたようである。
 
悠子がコーヒーを入れて勧めると
「美味しい!」
と言っていた。このコーヒー豆も実は千里の差し入れである。
 
「このコーヒー本当に美味しい。何の銘柄ですか?」
と須藤さんが訊く。
 
「ジャマイカですよ。最近現地に行って来た知人からお土産にもらったんですが、ひとりではもてあますんで持って来ました」
「へー」
 
「ジャマイカというとブルーマウンテンが有名ですけど、あれはジャマイカ島の標高800m以上の土地で栽培されたものだけがブルーマウンテンを名乗れるんですよね。これは700mくらいの土地で栽培されたものなんですよ」
 
と千里は説明する。
 
「惜しいですね」
「だからブルーマウンテンに近い味がします」
「それなら美味しい訳だ」
 
「雨宮先生はブルーマウンテンに物凄く近いから、女の子に物凄く近い男の娘のようなものだと言ってましたが」
と千里は言ったのだが
 
「へー。でも雨宮先生って、結構、漢(おとこ)らしいですよね。頑張っている女性もいるなあと思って、いつも尊敬しています」
などと須藤さんは言っている。
 
ん?もしかしてこの人、雨宮先生が男だとは知らない??
 

紅川社長と雨宮先生は20分ほどでやってきた。それで7人で話し合う。
 
(松前・町添・鬼柳・加藤・吉住・紅川・雨宮。ちなみに秋風メロディーはいったん自宅に戻って寝ていて、お昼すぎにこちらに顔を出した)
 
松前社長たちは、まず詐欺にあったアーティストの救済について話し合った。それでこのような方針を固めた。
 
・現在進行中だった2組のアーティストに関しては「担当が代わった」と称して、加藤課長の腹心・南係長がフォローし、作業を継続する。
 
・ワランダーズに関しては、太荷本人から「いったんダメと言われたけど、頑張ったら発売OKになった」と伝えさせて、その後をやはり南が引き継ぐ。音源はよくできているのでJASRACシールだけ貼り直して2月くらいに発売の方針で。
 
・雨宮から持ち込まれた《スカイロード》、吉住から持ち込まれた《らべんだ》、上野が関わった《紅梅》については、やや時間が経っているので、各々雨宮・吉住・上野から各アーティストに連絡して「他のレーベルからデビューできることになった」と言い、★★レコードのレーベルのひとつである《ライミューズ》(rimuse)から出す方向で考える。rimuseは鬼柳次長がこの春まで元々統括していたレーベルで、現在の統括者も鬼柳次長の腹心の松園室長である。この3つの音源もよく出来ているがレーベルが変わるのでマスターを流用してプレスし直しの方向で。
 
・最初に被害に遭った《クロコダイル》については、3ヶ月経っており、意向が不明であるのと、太荷が持っていたCDを聴いた感じではアレンジの練り不足であり、録り直した方が良さそうなので、再制作の方向で。音楽の方向性からレーベルは★★レコードがよいので鬼柳次長が面談を申し入れた上で同意できたら鬼柳次長に近く口の堅い森元係長が処理する。
 
・いづれも被害にあった人たちの負担額はすぐに精算する。
 
・精算に必要なお金、またプレスし直しの代金、録音し直しの場合のスタジオ代などは、松前社長が個人で負担する。松前さんが個人で負担するのは、万一バレた場合に、松前さん1人が責任を負えばいいようにするためである。
 

「結果的に南君の負担が大きい気がする」
 
「それで思ったんだけど、今南君はローズ+リリーとローズクォーツを担当しているよね。あれの作業量がかなり大きいから、その2つを別の人に分離しない?」
と鬼柳次長が言う。
 
「それがいいかもです。南はそもそもオーバーフローしているので、充分ケイちゃんたちのフォローができてないんですよ」
と加藤さん。
 
「誰かいい人いる?」
と町添部長が訊く。
 
「実は今年の春入る新人なんだけど、ローズ+リリーのファンですと面接の時に言った子がいてね」
「女性?」
「うん。氷川真友子君というんだよ」
 
「じゃその子と少し話してみよう」
と加藤課長は言った。
 
その結果、まだ正式入社前の1月中旬から、氷川がローズ+リリー、ローズクォーツと、もうひとつスリファーズを担当することになるのである。
 

話し合いはお昼を悠子に買ってきてもらい、昼食を食べながら継続された。午後は主として、太荷の処遇に関して話し合った。
 
「とにかくどこかに就職させる必要があると思う。どこか紹介する?」
「また問題起こしたりしませんかね?」
「根は真面目な奴なんだよ。ただ少し気が弱いのが欠点なんだよね。今回の事件も結局自分はもう辞めたというのを言い出せなかったことから来ている」
 
「借金については自己破産させよう。弁護士くらい付けてやって」
「その方がいいと思います」
 
それで結局、長年の付き合いである町添部長がどこか再就職先を探してあげることになった。
 
本人を呼んで話し合いの結果を通告する。大荷本人は午前中ずっと千里や須藤と色々話して、かなり精神状態が改善されていたようである。
 
応接室に入っていった時、彼は言った。
 
「本当に申し訳ありませんでした。須藤さんたちと話している内に気持ちは固まりました。それで厚かましいことは承知で社長にお願いがあります」
 
「なんだね?」
 
「私は服役することになるかと思いますが、その後何とか仕事を見つけて頑張って返済しますので、被害にあった方々への弁済を一時的に肩代わりしてくださることはお願いできないでしょうか。私は何も資産もなく、お金を貸してくれるような親戚もなく、それで今カードローンやサラ金に1500万円ほどの借金がありまして」
と太荷は言った。
 
「借金に関しては自己破産しなさい。弁護士代は出してあげるから」
 
この場合「弁護士代を貸す」のは無意味である。貸した場合、破産処理の過程で破産の対象債務となり債務が消えてしまうからである。破産処理においては全ての債権者を公平に扱う必要があるという観点から、全ての債務を消滅させなければならない。特定の債務だけを残すことは許されない。だから弁護士報酬も必ず先払いである。後払いにするとそれも破産対象債務になり弁護士は報酬の請求権を失ってしまう!
 
「本当ですか?ありがとうございます。助かります」
と言って、太荷は土下座して感謝した。
 
「被害のあった所については、すぐこちらで弁済用のお金を準備するから、君がそのお金を自分で持っていって渡して」
「分かりました!そうします」
 

各アーティストとの接触は年内に行われた。お金を返す作業に関してはこのようにした。
 
・ワランダーズについては須藤に直接松前さんが渡す。これはこの日の内に実行されたので、須藤は「よかった!夜逃げせずに済む!」などと言って喜び、悠子が呆れたような顔をしていた。
 
・スカイロード、らべんだ、紅梅については、各々太荷が各代表者の所に行き
「負担を掛けて申し訳無かった。取り敢えずそちらが負担していた分は営業費から出たので渡しておく」と言って、お金を渡す。その上で雨宮・吉住・上野から「他のレーベルで興味を持ってくれた」と言って、ライミューズとの打合せを進める。
 
・現在進行中だった2件に関しても太荷が直接会って、「取り敢えず今まで掛かったお金の分の仮払い」と言って、お金を渡した上で「担当が変わるのでよろしく」と言っておく。その後、鬼柳次長から連絡する。
 
クロコダイルについても太荷がお金を返した上で、すぐに鬼柳次長が面談した。
 
すると彼らは夏にプレスしたCD(★★レコードの名前が入っている)を自分たちで自主流通させて売っていたらしい。それについては★★レコード側でもそれを追認することにし、在庫分は★★レコードが引き取ることにした。そして鬼柳は、現在流通させているものと別に新曲を2つ用意して今度こそ本当に★★レコードから販売しようと提唱し、彼らは喜んでいた。
 
なお太荷の身分については「嘱託になっていた」ということにした。
 

時間を戻してUTPで大きな出来事のあった12月17日の夜23時頃、千里は雨宮先生と一緒に笹塚のUTP事務所を出た。
 
「いやぁ疲れた。どこかでメシ食おう」
と雨宮先生は言っている。
 
「どこがまだ開いてますかね」
「少しドライブしてから銀座に行こう。おごるから」
「銀座の相場は、私はおごりでないととても行けません」
「億の収入がある人がよく言うよ」
 
それで結局首都高をぐるっと一周してから銀座に行く。夜遅くなるので駐車場の空きがある。
 
「ここ駐めちゃいましたけど、ここは夜間は出し入れできないみたいですね」
「どうせ今から飲むから、車は動かせないよ」
「じゃいいか」
 

それで千里も数回連れてきてもらったお店に入る。座っただけで1万円飛ぶお店であるが、お酒は良いものを揃えている(結果的に高い)。まずはワインで乾杯して
「お疲れ様でした」
と言う。ボルドーのシャトー製のワインである。1本7−8万する品だと思ったが、さすがに美味しい。
 
適当に料理(これも高い店だけあって美味しい。どこかの高級レストランに居た人を引き抜いたらしい)も出してもらいながら飲む。今日は千里もけっこう飲んだ。
 
そして2時間ほど飲み食いしてから(代金は20万円くらいになった模様)、どこかホテルにでも入って寝ようという話になる。
 
「ちなみに私と一晩寝る気は無い?」
「おちんちん切り落とされたくなかったら、そういう誘いはやめた方がいいと思います」
「あんたは本当に切り落としそうで恐い」
「サービスで女性器を形成してあげてもいいですし」
「遠慮する」
 
「そもそも立つんですか?去勢してからもう4年くらいでしょ?」
「それが最近調子良くないのよ。どこかいい病院とか知らない?」
「タイにヤンヒー病院というところがありますが」
「それじゃ、ちんちん無くなっちゃうじゃん!」
 
「先生もそろそろ男の辞め時という気がしますけどね」
「どうにも立たなくなったら、その時考える」
 
結局マリオット銀座に入りプレミアムローズ・ツインの部屋を2つ、各々シングルユースで取った。
 
「襲ったりしないから、もう少し一緒に飲もうよ」
「まあいいですけど」
 

それで途中のお店で買って持ち込んだサントリーローヤルで水割りを作り、雨宮先生は飲んでいる。千里は、さっきのお店で少し飲み過ぎたかなと思い、こちらはジャスミン・ティーである。
 
「あんたこそ戸籍上の性別はいつ変更するのよ?」
と先生が訊く。
 
「2012年中には変更するつもりです」
「だよね。大学卒業する前にやっておかないと面倒でしょ?」
「そうなんですよ。就職してから性別変更するのは大変だし」
 
すると雨宮先生は顔をしかめる。
 
「あんた、さすがに就職する必要はないでしょ?」
「三食昼寝付きの主婦を目指しているんですけどね〜。相手が本当に結婚してくれるものなのか。ここしばらく音沙汰無いし」
 
「あんたが忙しすぎるだけだと思う」
 
「・・・・。珍しいですね。先生が私の恋路を後押ししてくださるって」
「まあたまにはそんな気分の時もあるさ。向こうから音沙汰無かったら、こちらから会いに行けばいい」
 
「そうですね」
と言って、千里は少し考えてから
 
「これ少し頂きます」
と言って、自分でも水割りを作って1杯飲んだ。
 

「あ、そうそう。実は千里に謝らないといけないことあってさ」
と雨宮先生は、おもむろに言った。
 
「へ?何ですか?」
 
「いやあ、実は借りていたST250なんだけど」
「違反切符でも切られました?」
 
「それが壊しちゃって」
「壊すってどのくらい?」
 
「完全にバラバラになってしまった。修理は不可能」
 
「どうやったら、そうなるんです!?」
と千里は怒るより呆れて言った。
 
「うん。だからあのZZR-1400はその代わりにあげるから」
と雨宮先生は頭を掻きながら言った。
 

「でもそんなバラバラになるほどの事故って、お怪我はありませんでした?」
と千里はマジで心配して訊いた。
 
「うん。大丈夫。私はバイクから降りて、“知り合い”と少し話をしていたんだけど、その“知り合い”と少しこじれてね。その子がバイクを蹴ったら動き出して、崖の下に落ちてしまって。下には誰もいなくて怪我人は出てない」
と雨宮先生は照れながら言っている。
 
それで今日の雨宮先生は妙にご機嫌がよかったのかと思い至った。
 
「“知り合い”ねぇ」
 
「結果的に向こうも『ごめんなさい』と言って、それで私も許してもらえたから、仲直り賃みたいなものかな。養育費の額でも妥結したし」
 
「また妊娠させたんですかぁ?今度も男の娘ですか?」
「いや、今度は天然女性。あんた、なんで私が男の娘を妊娠させたこと知ってるのよ」
「先生が自分でたくさん人に言いふらしてましたけど」
「うっ・・・」
 

「どうやったら男の娘を妊娠させられるのか原理がよく分かりませんが」
「ちんちんはグイと押し込むとひっくり返って穴になるのよ」
「へー!」
「だからそこに入れてセックスできる。するとちゃんと妊娠するんだな」
「それどこから産むんです?」
「もちろん、ちんちんの先から産むに決まってる」
「かなり無理がある気がしますが」
 
「プティハイエナ方式よ」
「何です?それ」
「プティハイエナのメスにはちんちんもタマタマもある。ちゃんとそこからおしっこもできる。しかしメスは気に入ったオスの前では筋肉をグイっと収縮させて、ちんちんを体内に収納すると、そこがヴァギナになるんで、それでセックスして妊娠する。出産する時は胎児はちんちんの中を通って出てくる」
 
「マジですか!?」
「実際には高確率でちんちんは裂けてしまう」
「痛そう!」
「裂けてしまうと産道が短くなって、結果的に2度目以降の出産は楽になる。ちんちんは使い物にならなくなってしまうけど」
 
「じゃ2009年頃に先生の赤ちゃんを産んだ男の娘さんはもうおちんちん無いんですか?」
 
「うん。やはり出産の時にちんちんは裂けてしまって修復は困難という医師の診断だったから、使い物にならないちんちんは取っちゃえよと勧めて、きれいに手術して取ってもらった。最初はおちんちん無くなっちゃったと言って泣いてたけど、ママになったんだから頑張れと励まして、それで気を取り直して戸籍も女に直して、ちゃんと出産届も出して、その子を育てているよ。男が出産した例は珍しいと医者も言ってた」
 
「確かにレアでしょうね」
と言いつつ、先生の話はどこまで真実でどこからジョークか分からないと千里は思った。
 
「メスにもちんちんがある動物としてはワオキツネザルとかフォッサもいる。フォッサのメスの場合はちょっと変わっていて性成熟する少し前の頃にちんちんができる。でも性成熟するとそのちんちんは無くなってしまうんだな」
 
「面白い生態ですね」
「たぶん未熟で妊娠するのは危険な時期にレイプされないようにちんちんを付けるんだと思う」
「なるほど」
「人間も女子中高生にはちんちん付けさせたらどうかね?」
「安いポルノ小説にありそうな話という気もします」
 

「それで一応バラバラになった部品はだいたい回収してはいるけど」
「放置したら不法投棄になりますしね」
「バイク屋に持ち込んでみたけど、組み立てるより新しいの買った方が遙かに安いし一度破断した部品は危険だという話」
 
「でしょうね。でもZZR-1400は、かなり大きいんですが、以前乗っておられたCBR400RRはどうなさったんですか?」
「あれは今鮎川ゆまに貸してる。代わりにあの子のポルシェ・パナメーラを借りてる」
「あぁ・・・」
「どうせあんた年内は忙しいでしょと言って」
「確かに忙しいでしょうね」
 
「そうそう、ラッキーブロッサムの解散ライブのチケット、あんたたちの分を10枚確保しているらしい。どこに送ればいいかと言ってたけど」
 
「でしたら蓮菜のアパートに送ってください。私だと危ないです」
「確かにあんたは抜けが多いもんな」
 
「先生の弟子ですから」
 

「あ、それで忘れる所だった。書いて欲しい曲だけど、今度作るバイク乗りたちの群像劇のドラマの主題歌なのよ。4月放送開始。ドラマだから放送局が著作権持ちたいということで買い取り」
 
「なるほど〜」
 
「山田深夜の『千マイルブルース』とか『ひとたびバイクに』といったバイクと旅をテーマにした短編集をベースにしている。それでバイクに乗る人、特に大型バイクに乗っている人の視点から曲を書いてくれという依頼」
 
「それで大型バイクの免許を取ってくれということだったんですね」
「ところであんたニポポ人形って知ってる?」
「そりゃ知ってますよ。私は道産娘(どさんこ)ですから」
 
「じゃちょっとZZR-1400でそのニポポ人形売ってる所まで往復してきてくれない?横須賀から出発して。『千マイルブルース』はそういう話なのよ」
 
「横須賀から網走(あばしり)ですか?津軽海峡はどうするんです?」
「バイクにフロートを付けて」
 
雨宮先生なら根性で海の上を走れと言われるかもと思ったが、そこまでは言われなかった。しかしそれでも無茶である。
 
「海水に浸けたら動かなくなると思いますが」
「まあフェリー使ってもいいよ」
「そうさせてもらいます」
「八戸(はちのへ)から苫小牧(とまこまい)に渡って」
「なるほど。そのルートですか」
 
「本当はこの作品に出てくるワルキューレで往復して欲しい所だけど、まあ忍者でまけとくわ」
 
「ワルキューレだと北欧版くノ一(くのいち)という感じかな」
「ああ、それに近いかも知れん。オーディン配下の、くノ一かもね」
 

「まあそれで仮題・ワルキューレの騎行、ニポポの子守歌、といった感じの曲を書いて欲しい」
 
「分かりました。それでは書き上げたものがこちらにございます」
と言って、千里はコムデギャルソンのキャンパスバッグの中から楽譜を2つ取り出すと雨宮先生に渡した。
 
先生は目を丸くしている。
 
「すみません。タイトルが『金のウィングで飛んで』、『こけしの子守歌』になっていますが、そのタイトルと歌詞の該当部分だけ直しましょう。こんな感じで」
 
と言って千里は譜面の該当部分にボールペンで修正を入れてしまった。
 
「データも直してしまいましょう」
と言ってノートパソコンを取り出すと、今ボールペンで直した所をデータ上も修正してしまう。
 
「サビを輪唱に改造します。ウポポと言うんですよ。音階もこういう感じで、ラドレミソの5音階を使うとアイヌっぽくなるんです。実際にはトンコリはラレソドファと完全四度つまり周波数比3:4で調律するから5音に限定されるわけではないみたいなんですけどね」
 
「ほほお」
 
「先生のご指示で参加したツーリングの行き先が、こけしで有名な遠刈田温泉で、ツーリングのリーダーのバイクはホンダのゴールドウィングだったので、そういうタイトルになってたんですよね〜」
 
などと千里はデータを修正しながら言った。
 
ニポポ人形は網走界隈で作られている木彫りのアイヌ人形である。男女ペアで彫られることが多い。特に網走刑務所の受刑者たちが作っているものは有名だ。木彫り人形という意味ではこけしの親戚かも知れない。ホンダのワルキューレはゴールドウィングの姉妹機のようなものである。
 

「呆れた。今の修正で歌詞にもメロディーにも北海道情緒が出てしまった」
「地元ですから」
「この水平対向六気筒って所はいいの?」
「元々ワルキューレはゴールドウィングのエンジンを流用して作られたものなので、どちらも水平対向六気筒です」
「へー、そのあたりは知らなかった」
「ポルシェ911が水平対向六気筒ですよね」
「うん。それは知ってる。実は高岡絡みのポルシェ996があってさ。ワンティスのメンバーで共有していてたまに乗るんだよ」
 
(966は911シリーズのモデル名。911のモデルは順に901/930/964/993/996/997/991となっている。ワンティスのリーダー高岡猛獅は996 40th anniversay editionで婚約者の長野夕香と一緒に中央自動車道を走っていて事故死した)
 
「へー。あの車は修復できないくらいに壊れたんじゃないんですか?」
「うん。その付近は話せば長くなるんだけどね」
と言ったが、雨宮先生はその件についてはそれ以上語らなかった。
 
「はい、これでできあがりです」
と言って、千里はデータをUSBメモリーにコピーして先生にお渡しした。先生とおしゃべりしながら、ほんの20分程度で改造してしまった。
 
「参った。さすが仕事の速い醍醐だ」
 
と言いながら先生は再度譜面を見ている。
 
「いつも無茶言われてますから」
「あんたの作業って何度か見たけど試行錯誤をしない。最初からゴールを目指して直球で作ってしまう」
「何かおかしいですか?」
 
「いや、きっとそれが醍醐としてはやりやすいんだろうね。あんた初見も得意だし」
と雨宮先生は、楽しそうに言う。
 
「私は最初の勢いだけですから。ジェットコースターみたいなものなんですよ」
「ああ、確かに飽きっぽいのが欠点だ」
「よく言われます」
 
「しかしホントにいい曲を書くなあ」
「オリジナリティがゼロでしょ?」
「そうそう。どこかで聞いたような気がするメロディーが随所に出てくる。でもそれがいい。覚えやすいし歌いやすいんだよ。だいたいオクターブくらいで作られているから、歌唱力のない歌手にも歌わせられる。素人のカラオケでも楽に歌える」
 
「きっとその内、人工知能が作曲するようになったら、こんな感じの曲を沢山書きますよ」
 
「そうかも知れんよね〜」
と雨宮先生も同意していた。
 
「ケイにはこういう曲は書けないんだよ」
と雨宮先生は言う。
 
「彼女はたぶんこの手の曲が出来てもボツにしてるんだと思います。声域についても、彼女は広い声域を持っているからそれを活かしたいだろうし」
と千里は言う。
 
「そう。だから面白い」
 
「そういう書き方はいづれ行き詰まると思うんですけどね〜。音の組合せって有限なんだから。それで最近はオリジナリティを求めて難しい和音の世界にはまり込んでいる」
と千里は言う。
 
「まあどこかで妥協点を見い出すと思うよ」
と雨宮先生は言っていた。
 

12月23日(金).
 
千里は千城台の房総百貨店体育館で近まるオールジャパンに向けて数人のチームメイトと一緒に練習した後、付属の合宿施設のシャワールームで汗を流してから、ライダースーツに身を包むとZZR-1400に跨がる。
 
「何か巨大なバイクが置いてあると思ったら千里のだったのか」
と麻依子が言っている。
 
「麻依子はいつ結婚するの?」
「そうだなあ。明日結婚しちゃおうかな」
「まじ?」
 
「式は夏くらいに挙げようかと思ってる」
「へー!」
「だから私、3月いっぱいで退団するかも」
「そっかー」
 
「千里はいつ結婚するのさ?」
「あいつが再度プロポーズしたら結婚してもいいかな」
「ふむふむ。じゃ明日かも知れないね」
「うーん・・・」
 
「それと浩子がやっと就職先が決まったらしい」
「良かった!」
「だからあの子も3月で退団したいと言ってる」
「なんか随分退団者が出るなあ。夏美もでしょ?」
「うん。夏美も就職するから3月で退団の予定」
 
「するとかなりの人数入れないと陣容が保てない気がする」
「5〜6人入れないといけないね。浩子が次のキャプテンは千里さんにお願いしていいかなあ、とか言ってたけど?」
 
「うーん。。。私も逃げだそうかな」
 

結局麻依子を彼女のアパート近くのコンビニまで送って行ってから高速に乗る。そして首都高/東名/名神と走り続けた。途中の休憩を入れて9時間ほどの走行でいつものように大阪中央環状線(府道2号)の千里(せんり)インターを降りた。
 
到着したのは夜中の2時頃である。
 
大阪に来た時にいつもインプを駐めている駐車場にZZR-1400を駐めて、盗難防止チェーンを掛ける。そしてマンションに行き、自分の持っている鍵で勝手にエントランスを通り、エレベータで33階まであがって3331号室の鍵を開け、音を立てないようにそっと部屋に入る。
 
まずは服を脱ぐ!
 
シャワーを浴びてバイクで走ってきて掻いた汗を流す。あの付近は念入りに洗っておく。軽くオードトワレを振る。そして身体を拭いて寝室に行く。
 
貴司が寝ている。
 
ベッドの下の方から潜り込み、パジャマとトランクスを下げる。
 

している内にかなり大きくなってくる。貴司は起きない。熟睡してるのかな?と思ったら「千里好きだよぉ」とか言っている。
 
よしよし。間違わずにちゃんと私の名前を呼んだね。他の女の名前を口に出したら、これ切り落としていた所だよ、と思いながら更に刺激する。
 
やがて貴司は眠ったまま逝ってしまう。出た後をきれいにしてあげていたら、やっと目を覚ました。
 
「え?千里!?」
「貴司を食べちゃったよ」
 
「あっ逝ってる!?起きて体験したかった!」
「じゃ1年後のクリスマスに」
「1年間お預けなの〜?」
 

貴司が起きたので一緒にリビングに行く。
 
「クリスマスケーキにシャンパンも買ってきたよ」
と言って出す。
 
「わあ。大きい」
「貴司が4分の3くらい食べてね」
「頑張る」
 
取り敢えずシャンパンを開けて乾杯した。
 
「メリー・クリスマス!」
「メリー・クリスマス!」
 
ケーキは8分割して2個を小皿に分けて千里が取り、残りを貴司の前に置いた。
 
「シャンパンも美味しい。ケーキも美味しい」
「シャンパンは何がいいのか分からなかったから、お店の人に訊いてモエ・エ・シャンドンのネクター・アンペリアルを選んだ」
 
「うーん。僕はシャンパンはよく分からないや。でもこのシャンパンは美味しい」
「飲みやすい感じだよね。このケーキはモンサンクレールで買ってきた」
 
実はどちらもバイクで運ぶと問題が起きそうだったので、葛西のマンションに置いておき《くうちゃん》にさっき転送してもらったのである。
 
「チキンは今夜作るね」
「楽しみだ」
「ローストチキンがいい?フライドチキンがいい?それとも唐揚げ?」
 
「うーん。。。フライドチキンかなあ」
「じゃそれで。朝になってからお買い物行ってくるね」
「うん」
 

ケーキを食べながら、たくさんおしゃべりをしたが、全部バスケットの話題ばかりである。
 
「え〜?日本代表に招集されるの?」
と千里はしらばっくれて驚いたふりをして言った。
 
「いや、まだ確定じゃない。代表候補に召集するかも、って話なんだよ」
と貴司。
 
「それはチャンスだよ。頑張ってアピールして代表枠入りを狙おう」
 
「情報収集してみると外人の監督さんが来るらしいね」
「へー」
「たぶん候補30-40人くらいから絞っていって最終的には12人。だから数字的には3倍の競争。でもたぶん半分くらいは既に確定してるだろうから、実際には30人程度で5−6人の枠を争う生存率10%か20%くらいの競争だと思う」
 
「でも日本代表への招集は初めてじゃん」
「うん。どこで見てもらったのかなあ」
 

ケーキを食べた後はまた寝室に行き、たっぷりと愛の確認をした。バスケをした後でバイクで9時間走り、その上でお腹も満たして、それでセックスまですると、さすがの千里も自然に眠ってしまう。
 
結局起きたのは24日のお昼頃である。
 
「ごめーん。完全に熟睡してた」
「千里はいつもオーバーワークだから、時々はしっかり寝ないといけないよ」
 
結局お昼はカップ麺を食べることになる。
 
午後から貴司のチームの練習があるので、千里が貴司のアウディを運転して練習場まで乗せて行き、そのままイオンに行って買物をした。
 
いったんマンションに戻りフライドチキンの下味を付ける。
 
まずは大量の手羽元を、岩塩・ブラックペパー・ニンニク・ショウガ・水の混合液に浸して3〜4時間置く(その間寝てた)。
 
このチキンを2度揚げするのだが、時間を見計らって1度目を揚げる。
 
片栗粉・卵・牛乳の混合液に浸けてから、薄力粉・強力粉・天然塩・ホワイトペパーを混ぜたものにつけて、10分くらい揚げる。いったんバットに取り、余熱で中まで火を通す。
 
練習が終わる頃にアウディを運転して迎えに行く。そして戻ってから2度目の揚げをする。表面が黒っぽくなるまで揚げる。しかし1度揚げているので短時間でその状態に到達する。この方法で短時間にフライドチキンをたくさん供給できる。
 
「凄い。これケンタッキーとかの味に似てる」
「ケンタッキーの場合はもっとたくさんスパイス使っているけどね。片栗粉と牛乳・卵を使うことで表面がカリカリになって、お店のフライドチキンっぽくなるんだよ」
 
「へー」
 

この日もふたりはひたすらバスケットの話をしていた。千里は今年のクリスマスはひょっとしたら貴司から「結婚してくれ」と言われるのではと思い、半分は不安、半分は期待の気持ちでいたのだが、貴司はその話はしなかった。
 
元々24歳くらいになってからなどと言っていたし、まだその気は無いのかなあ、大学卒業したら大阪に来て一緒に暮らしてよとも言われるのではと思っていたのだが、そういう話も出ずに、千里としてはやや消化不良気味であった。
 
貴司から大阪に来てと言われなかった場合、私、大学出た後はどうすればいいんだろう?と悩む。やはり東京で就職かなぁ・・・。それとも大学院に入っちゃおうか。
 
(と千里が思考したら、どこかで『ぎくっ』とした人がいたようである)
 

25日の日中はふたりで一緒に伏見に行き、京平に会う。京平は最近かなりバスケが上達してきている。ランニングシュートもきれいに決められるので、1on1とかをやるが、さすがに今の京平では千里や貴司を停めることができない。
 
「やはりパパは強いなあ」
などと言っていた。
 
「だけど京平は、お母ちゃんのことは『お母ちゃん』で僕のことは『パパ』なんだな」
と貴司はふと気付いて言った。
 
「何か最初そう言っちゃったから、そうなってるけど、どちらかに統一したほうがいいかな?」
 
「いや別に構わないよ」
 

京平とたっぷり1日遊び
 
「じゃ京平またね〜」
と言って別れる。
 
「あ、お母ちゃん、パパ、雨が降ってるからこれ持って行って」
と言って、京平が2人に傘を渡した。
 
「この傘は?」
「境内に落ちてたんだよ。でも少し修理したら使えそうだと言って、安二郎さんが修理してストックしてるんだよね」
 
「なるほど〜」
「そういうケースは人間の法律でも問題ない気がする」
 
そういう訳で傘を差してお山を降り、電車で大阪に戻る。セルシーで買物をして、この日はビーフシチューを作った。
 
「美味しい、美味しい。ほんと千里は料理がうまいなあ」
と貴司は感激していたようである。
 
その後に「毎日御飯を作ってくれないかな」とか続くといいのだけど、そういう要求はしないのかな〜?と千里は思いながらも、微笑んでいた。
 

寝室で愛の再確認をした上で、0時頃帰ることにする。
 
「じゃまた来るね」
と言って貴司にキスをする。
 
「インプで来てるんだっけ?」
「ううん。今日はバイクで来たんだよ」
「でも雨降ってない?」
「レインウェアと防水手袋・ブーツも持って来てるから大丈夫だよ」
「だけど雨の日は視界が悪いから危ないよ。そうだ。僕のアウディに乗ってかない?」
「貴司が送ってくれるの?」
「そうしたいけどまだ会社があるから。この後、1月14日までは使わないから大丈夫だし。オールジャパンの応援に行くからさ。その時、帰り僕が運転して帰るよ」
 
「なるほどー!」
 
「でも何のバイクで来たの?ディオチェスタじゃないよね?」
「さすがに原付で千葉から大阪まで走るのは無謀すぎる。でも見る?」
「うん。見る」
 
それでアウディを出してまずはZZR-1400を駐めている駐車場に貴司と一緒に行く。
 
「こんな巨大なバイク買ったの!?」
と貴司が驚いている。
 
「仕事の都合で二輪免許取って最初Suzuki ST250で練習してたんだけどさ。知り合いがそれを借りていって壊してしまったということで、代わりにこれをもらったんだよ」
 
「これ高そうなのに」
「まあお金持ちだからいいんじゃない?」
「でもなんでローゼンメイデン?」
「恥ずかしいんだけどね。貼り直してもいいよと言ってたけど、貼り直しかたが分からないや」
 
「じゃ道具用意しておいて、お正月に行った時に貼り替えやってあげるよ。何のイラストに貼り替えるの?」
「それが思いつかないのよね〜。バイク用のイラストシート売ってるサイトも見てみたけど、気に入ったのが見つからなくて」
 
「プリンタで自分の好きな絵をプリントして貼り付けられるよ」
「そうなの!?」
 
「千里、絵が上手いし自分で描く?」
「Inkscapeとかで描いていいんだっけ?」
「Inkscapeならいちばん問題無い。描いたら送ってよ。プリントして持って行くから」
「うん。じゃ描いて送る」
 

それで貴司と2人でZZR-1400からアウディに荷物を載せ替えた上で、貴司をマンション入口まで送り、キスして別れた。つまりZZR-1400はそこに駐めたままである。
 
そして千里(ちさと)はアウディで千里(せんり)インターを上り、府道2号(中央環状線)、名神、東名、首都高と走って江戸川区葛西の駐車場に26日朝10時頃帰還した。
 
なお実際に運転したのは千里に擬態した《こうちゃん》で千里本人は後部座席に行って毛布をかぶって寝ていた(大阪に行く時は千里自身が全部運転している。実は網走行きの練習なのである。真冬の北海道の道を走る前に東京−大阪間を走ってみておきたかった)。
 
 
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【娘たちの面談】(5)