【娘たちのお正月準備】(5)
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(C)Eriko Kawaguchi 2017-07-09
「分かりました。演奏か何かの仕事ですか?」
と千里は訊いた。
「そそ。スリファーズって、女の子っぽい3人組でさ。ケイに伴奏させるつもりが、あいつ沖縄に行っているらしくて」
と雨宮先生は言う。
「ああ。そういえばケイが女の子3人組のユニットをプロデュースするとかいうニュースが流れていましたね。あれ?今“女の子っぽい”と言いました?」
「うん。見た目は全員女の子なんだけど、ひとり実は男の子が混じっているから」
「ふーん。女装っ子なんですか?それともMTF?」
「学校にも女子制服で通学しているらしいから、MTFなんじゃないの」
「へー。最近はそういう理解のある学校が増えてきた感じですね。でもケイは急用ですか?」
「今ケイはローズクォーツのツアーで回っているんだけど、今日は空いているはずだから、金沢から呼びだそうと思っていたのよね。金沢から名古屋までは150kmしかないから時速3000kmのF-15に乗せれば3分で来れるし」
「それ無茶です」
と言いつつも、雨宮先生なら、そのくらい平気で要求しかねんなと千里は思う。
「でも今日は空いているからと言って沖縄に行ったらしい」
と雨宮先生。
「休暇ですか?」
「なんかファンの女の子が危篤状態になって、そのお見舞いらしいよ」
千里は一瞬意識を飛ばした。その子が峠を越えて危機を脱したことを認識するが、それは口に出さない。
「助かるといいですね」
「うん。私も祈っている」
雨宮先生にしては優しい言葉だなと千里は思った。
「でもそういうことなら伴奏しますよ」
「実際あとどのくらいで来れる?」
すると、電話の内容を聞いていた《こうちゃん》が
『あと5分』
と言った。実際車は既に高速を降りて市内を走行している。ルートはスムーズに行けるように《たいちゃん》が助手席に座ってナビゲートしている。
「あと5分で到着します」
「偉い偉い。入口の所にマネージャー行かせておくから」
「分かりました」
実際、《こうちゃん》が運転するフェラーリは5分で名古屋放送局に到着した。入口の所でおろしてもらう。あの人かな?と思った人に声を掛けると、△△社の遠藤さんという人であった。その人に守衛さんに話してもらって、車は駐車場に入れることができた。
それで車は《こうちゃん》に任せて遠藤さんと一緒に控室の方に行く。
スリファーズの3人と、★★レコードの北川さん、そして雨宮先生が居る。
「醍醐春海さんでしたね?」
と北川さんから言われた。
「はい、ご無沙汰しております」
それで北川さんがスリファーズの3人を紹介してくれたので、千里は《作曲家・醍醐春海》の名刺を3人に配った。
「醍醐先生は、鈴木聖子、KARION、ラッキーブロッサムなどの曲を書いておられるんですよ」
「わぁ!ラッキーブロッサムの!」
どうもその3組の中ではラッキーブロッサムが最も彼女らには知名度があったようである。
「まあそういう訳でこの3人のプロフィールを簡単に紹介すると」
と雨宮先生が言う。
「リードボーカルでソプラノの春奈、メゾソプラノの彩夏、アルトでボク少女の千秋。それでこの中の1人が男の子なんだけど、誰か分かる?」
などと雨宮先生は言う。
「春奈ちゃんでしょ?」
と千里が言うと
「よく分かりますね!」
と北川さんが驚いたように言った。
「知ってました?」
「いや、気の巡り方が男性タイプなんですよ」
「へー!」
「時間があったら、逆転させてあげられるんだけどなあ」
と千里が言うと
「あのぉ、霊能者さんか何かですか?」
と訊かれる。
「私はただの巫女ですよ」
と千里は答えた。
「もう巫女歴は8年くらいだよね?」
「そのくらいですね」
「へー!凄い」
「もし良かったら、今度、お時間の取れる時にお願いできませんか?」
「いいよ。但し、大事なお仕事が一週間以内に入っている時は避けて。最初は新しいバランスに戸惑うかも知れないし」
「じゃ年明けてからかなあ」
「でも2月にツアーがあるし」
「よかったら春休みくらいとかにお願いできませんか?」
「じゃ空いている時間を確認して連絡してもらえる?」
「分かりました」
番組は名古屋ローカルで生放送し、後日他の地区でも深夜に流すということであった。毎回若手のアイドルを2組ずつ取り上げる番組で、今日はスリファーズと線光花火らしい。1組の出番は12分ほどでスリファーズは3曲演奏する。その伴奏のキーボードを千里に頼むということであった。
楽曲は3曲とも、作詞作曲:マリ&ケイと書かれている。その楽曲を見て千里はマリがかなり精神力を回復させてきているのを感じた。おそらく、あと半年もすれば、あの子たち自分たちの活動を再開させるのではないかと思った。
取り敢えず3曲その場で合わせてみて、北川さんからOKをもらう。
「今初見ですよね?」
と春奈が尋ねる。
「そうだけど」
「よく弾けますね!」
「この子もケイも即興演奏に物凄く強い。完全初見、ぶっつけ本番というのもけっこうやってるよね」
と雨宮先生は言っている。
「まあ、そういう仕事ばかり私の所には回ってきますね」
「すごーい」
千里はそつなくスリファーズの伴奏をこなした。放送終了後、その場で先生からギャラを現金でもらい、先生と一緒に駐車場に行って、フェラーリとインプの間で荷物の移し替えをする。それで千里は自分のインプに乗って、東京へ向かった。
また《こうちゃん》に運転してもらう。《こうちゃん》には休んでいてと言っておいたのだが、実際には名古屋近辺のメスの龍をナンパしていたようで、楽しくデートしてきたらしく、機嫌が良かった。
東名をひた走って、16時、都内の業務スーパーに到着する。
「おお、来た来た」
と言って、川南、雪子、揚羽、司紗、夜梨子が寄ってくる。
「遅くなってごめーん」
「お肉とか、野菜は私たちの車に積んだんですけど、お米を少しそちらに乗せてもらえません?」
と揚羽が言う。
「OKOK」
それでみんなでお米を買いに行き、20kgの米を10袋買い、カートに乗せて車まで運んだ。夜梨子のヴィッツに4袋、千里のインプに6袋乗せる。普通の女の子の腕力では20kg入りのお米なんて、とても持てないのだが、それを持てるのが、さすがバスケット女子たちである。
ちなみに、東京遠征に参加するバスケ部のメンバーが40人ほどいるので、お世話係の子たちやコーチ陣、教頭先生なども合わせて60人ほどのメンツは1日で20kg以上のお米を食べてしまう。合宿所では5升炊きの釜を2つ用意している(米5升は約7.5kgで、これで御飯茶碗112.5杯分になる)。
このお米の購入で買い出しの品物がだいたい揃ったので、みんなで一緒に旭川N高校の合宿所となる東京V高校に向かった。旭川N高校女子バスケ部のメンバーが今夜到着して、28日まで8日間、ウィンターカップへの出場を含む合宿に入るのである。千里たちは昨年同様、お世話係と練習相手を兼ねたボランティアである。
一行は8時頃、到着したが、いきなりOGとの練習試合をやる。今年のウィンターカップのベンチ枠に入ったのはこういうメンツであった。
3年生(5) SF.絵津子 PF.不二子 SG.ソフィア GF.胡蝶 C.紅鹿
2年生(7) PG.紫(Cap) SG.花夜 SF.福代・SF.和花・PF.美宇 PF.ヒナ C.由実
1年生(3) PF.カスミ PG鮎美 SF.沙季
対するOG組はこうである。
PG.雪子(N大) 司紗(Rocutes)
SG.千里(Rocutes) 夏恋(LA大)
SF.敦子(J大) 夜梨子(Joyful Diamond) 麻野春恵(KQ鉄道)
PF.暢子(H教大旭川) 田崎舞(JP運輸) 薫(Rocutes) 川南(K大) 蘭(N大) 山口宏歌(AS製薬)
C.留実子(H教大旭川) 揚羽(CJ化学)
田崎さんが山口さんから「あんた今年のキャプテンね」と言われて「え〜?」と言っていたが、頑張ってみんなに指示を出していた。
留実子と暢子は千里が招待して、わざわざ旭川から出てきてもらった。この2人が入っているのと入っていないのでは戦力が段違いである。
そしてこの試合はOG組が現役組を圧倒する。絵津子が悔しそうな顔をしつつ肩で息をしていた。
「そういう訳で地獄の合宿が始まる訳だ」
と白石コーチが楽しそうに言う。
「日本代表が3人入っているからな」
と暢子は言うが、彼女自身、日本代表にかなり近い実力を持っている。また夏恋や川南などが大学のバスケ部で随分成長している所を見せた。
12月24日、クリスマスイブは「デートの無い子は集まろう」という話になった。それでいつものガストに出てきたのは、真帆・朱音・桃香・『千里』の4人だけである。
「あれ、桃香と千里はふたりで熱い夜を過ごすのかと」
などと朱音が言う。
「えー、別に私たちはそんな関係じゃないよ」
と桃香は答える。
実際まだこの時期は桃香としても千里に興味は持っているものの、まだ恋人とかガール(?)フレンドという意識までは無かった。
4人で話していたら、生物科の香奈から電話があり、向こうは2人だけということだったので合流する。それで香奈と聡美(*1)が来る。それで6人での《シングルベル女子会》となった。
(*1)同名で申し訳ないのですが、生物科の聡美は三村聡美、千里がローキューツに勧誘した聡美は東石聡美で別人。また生物科の優子は苫篠優子、桃香の元恋人の優子は府中優子で別人です。
この日は「どこかにいい男いねが?」という感じの話になり、理学部の男子の品評会になった。
「やはり男はちんちんだよ」
などとかなり酔っている感じの朱音が言い出す。
「千里、ちんちんのでかい男子知らない?」
「知らないよぉ」
「でも男子トイレで並んでしてたら、隣の人の見えないもの?」
「うーん。。。私はそもそも男子トイレってほとんど入ってないし、立っておしっこしたこともないし」
などと『千里』は苦笑しながら言う。
「うーむ。。。。」
「そこの所に微妙な疑問があるのだが」
と真帆が言う。
「千里って、たぶん立っておしっこするのに必要なものが存在しないよね?」
この質問にみんなごくりとツバを飲む。
「立っておしっこするのに必要なものはあるよ」
と『千里』は答えると、バッグの中からビニールに入った三角形の紙がたくさん重ねてあるものを取り出す。そしてその中から1枚取りだして広げてみせた。
「何それ?」
と疑問の声があがる。
知っていたのは桃香だけである。
「マジックコーン(*1)じゃん」
「何するの?」
「これをおしっこの出てくる付近に当てると、女でも立ち小便ができる」
(*1)Magic cone. FUD(Female Urination Device)としては老舗。
corn(トウモロコシ)ではなくcone(円錐)であることに注意。
「桃香、そういえば時々男子トイレ使っているよね?こんなの使っているの?」
「マジックコーンは使い捨てだから不経済。私はトラベルメイトだ」
「何それ〜?」
それで桃香が出してみせる。
「おお、これはリーチが長い」
「そうそう。マジックコーンは短いのも不満なんだよ。洋式トイレでなら使えるけど、男子トイレの朝顔だと、届かずに下にこぼしてしまうこともある」
などと桃香は言っている。
「それとトラベルメイトは、おちんちんと組み合わせられる」
と言って桃香は周囲を見回すと、
「あまり人前で見せるもんじゃないから、ちょっとだけ」
と言って、バッグから“おちんちん”を出してみせた。
みんなゴクリとつばを飲んだ。実はこの場で男性とのセックス経験があるのは桃香と千里だけで、他は全員処女である。実物を間近にリアルで見たことがない。
「これが中空になっているからここに差し込める」
と言って、トラベルメイトを中に挿入してみせる。
「すごい」
「これで、まるでちんちんからおしっこしているように見えるんだよ」
「凄いものの存在を知ってしまった」
桃香はすぐにそれをバッグにしまった。
「でもでも、千里、そういう道具を使うということは、やはりおちんちんは無いんだ?」
「あるよ〜。でも私の、すごく小さくて、立ってできないんだよ。それもあって小さい頃から、座ってしかしてなかったけど、どうしても立ってしなければいけない時のために、マジックコーン持っているんだよ。実はトラベルメイトは、おちんちんが付いていると使えない。マジックコーンだと、受け口が広いから、おちんちんがあっても使えるんだよ」
「なるほど!」
みんなはもう少し千里を追及したいような感じではあったが、あまり詰問するのもという感じで、この日はここまでしか話をしなかった。しかし桃香は逆にその千里の説明に納得していたようである。実際桃香は数日前に、千里のおちんちんを触って確認したばかりである。それで桃香はこんなことを言ってしまう。
「確かに千里のちんちんは、普通の男の子のもの(といっても研二のしか知らない)よりかなり小さいけど、トラベルメイトの口にははまらないかもね」
「桃香、千里のちんちんを知っているような発言だが」
「あ、いや、別にそういう訳では・・・」
と桃香が焦って言うので、他のメンツは思わず顔を見合わせた。
しかしこの桃香の発言で「千里は多分もう、ちんちんは取っている」という説はいったん、弱くなった。
この日はみんなやけに酒量が進んでしまったようであった。
優子が危ない感じだったので、タクシーに乗せて、運転手さんに《千里》が3000円渡して、アパートまで送り届けてくれるよう頼んだ。真帆は香奈と同じ方向なのでタクシーに相乗りしていくと言っていた。
朱音は自力で帰ると言っていたのだが、足取りが怪しいので、《千里》と桃香で協力してとりあえず、桃香のアパートに運んだ。階段の所は千里がひとりで45kgの朱音をおんぶして階段を登ったが桃香は
「やはり千里って男の子だったんだ!」
と言っていた。
この問題についてはあまり突っ込まれたくないので、そのまま“誤解”は放置することにした。
布団を敷いて朱音を寝せる。千里は《びゃくちゃん》に様子を尋ねたが、彼女の見立ててでは、2時間も寝たら回復するだろうということだったので、そのままにしておくことにした。取り敢えずほぼ無意識の状態のままストローで水を充分飲ませ、トイレにも1度行かせてから寝せた。
桃香はワインをグラス4杯、ビールを大ジョッキ2杯飲んでいる。『千里』もワイングラス2杯にビールをグラスで7-8杯飲んでいるが、2人とも全く平気である。桃香はもともと酒豪だし、《千里》も雨宮先生にかなり鍛えられていてアルコールに耐性ができている。もっとも今日ほんとに飲んだのはN高校のメンバーと練習をしていた《千里》つまり千里本人に代わって女子会に出席した『千里』つまり千里B(きーちゃん)であるが、彼女も元々お酒には強いし、現在は千里のアパートで寝ている。なお今夜、V高校の宿舎には《てんちゃん》が千里に擬態して入っている。
「おやつが欲しいね」などと言って、(千里が)クッキーを作り始める。桃香はバーリアルのストックを出して来て、迎え酒している(先日の金麦はもう全部飲んでしまったらしい!)。
「そういえば沢居さん、婚約したんだね」
「うん。聞いた。なかなか指輪を受け取ってくれなかったのが、やっと受け取ってもらえたと聞いた。あれ?でもなんで千里知ってるの?」
それで千里は
桃香=沢居=A子=B男=千里
という図を書いてみせた。
「つまり、沢居さんとA子さんが安定していると、こちらは私の彼氏にちょっかいを出されなくて済む」
「それで千里、研二のこと気にしてたのか!」
と桃香はやっと納得がいった。
「まあ、私は男には興味無いから」
と桃香。
「じゃ、私にも興味無いよね?」
と千里。
「千里が本当に男の子であるのならね」
「男の子だっての、分かってもらうために、こないだ触らせたのに」
「確かにそうなんだけどなあ」
と言って、桃香は頬杖をつく。桃香としてはまだ微妙な疑いを持っているのである。
クッキーが焼き上がった頃、ようやく朱音が目を覚ました。
「オレンジジュース飲むといいよ」
と言って、注いであげる。
「ありがとう」
「アイスクリームとか買って来ようか?」
「あ、私も食べる」
と桃香が言うので、千里がコンビニまで行き、乳脂肪分たっぷりという感じのアイスを3つ買ってきた。
「さんきゅー」
と言って朱音はアイスを食べているが、まだ意識が完璧ではない。
「最近、桃香と千里はかなり親密な関係なのではという噂があるのだが」
と茜が言う。
「それは無い。桃香は仮名I子ちゃんと親しいし、私は仮名B男と恋愛関係にあるし」
と千里が言うと
「それ、仮名になってない」
と言って桃香が文句を言う。
「でも千里、なぜ私が藍子と親しいことを知っている?」
「その件はこないだ、桃香で出てない時に女子会で話題になっていた」
と朱音が言う。
「うっ・・・」
「だから、桃香は今、藍子ちゃんとラブラブだよ」
「千里も今彼氏がいるらしい」
「うん。クリスマスプレゼントにこれもらった」
と言って、千里はバッグから、先日貴司からもらったイヤリングを出してみせる。
「高そうなイヤリングだ」
と桃香。
「シングルベル女子会に出ていて、ちゃっかりそういう男がいるとは」
と朱音。
「24日にはデートしてないし。桃香も先週デートしてたね?」
「なぜ知ってる〜?」
「それも噂になってた」
「うっ」
「桃香はその藍子ちゃんから何かもらったの?」
「あ、いや、彼女の手作りケーキを一緒に食べただけ」
「充分らぶらぶしてるな」
「じゃ質問を変えよう」
と朱音は言う。
「千里、ちんちんはもう無いだろう?」
「あるよ〜。ちっちゃいけどね」
と千里は答える。
「それは先日私が確認した」
と桃香が言う。
「どうやって確認したの?」
「直接触らせてもらった」
「やはり桃香と千里は、かなり怪しいことしてるんだ?」
「してない、してない」
「私が桃香の恋愛対象ではないことを確認してもらうために触らせたんだよ」
「ふーん。何か怪しい気もするけどなあ」
「いづれは取るよ」
「まあそうだろうね」
と朱音は取り敢えず納得する。
朱音は先日のファミレスでの深夜の集まりに出ていないので、千里が女子日本代表であることを知らない。
「でも、おっぱいはあるだろう?」
「それはある。ヒアルロン酸注射をしたんだよ」
「ああ」
と朱音は言った。
「知ってる?」
「知ってる。私もやろうかと思ったことあるから」
と朱音は言う。
「え?朱音知ってたんだ。私は全然知らなかった」
と桃香。
「そりゃ、桃香みたいに元々胸大きかったらね。でもあの注射、結構高い割に一時的に大きくするだけで、何ヶ月かたったら元に戻っちゃうよ。シリコン入れたらいいのに」
「まだそこまで気持ちが固まってなくて」
「ふーん。正直でよろしい」
「理解してくれてありがと」
「そうだ、成人式はふたりとも振袖?」
「うん」
「うん」
「あ、やはり千里は振袖なんだ!もし背広とか着てきたらみんなで寄ってたかって脱がせて振袖かドレス着せよう、なんて妄想してたんだけどな」
「あはは。それはよくある萌え小説の展開」
「でもおっぱい大きくしたんじゃ背広着れないね」
「そもそも背広なんて私持ってないよ」
「でも千里、塾の講師する時に背広着たとか言ってなかった?」
「あれは彼氏から借りたんだよ」
「ほほぉ!」
「むしろ桃香のほうが振袖って意外だ。桃香こそ背広ではないかと」
「うーん。私も自分がFTMではと思った時期もあるんだけど、やはり私はただのレズのようだ」
「そうかそうか。でもやはりおふたりさんお似合いだよ」
「朱音も振袖?」
「それがさあ・・・・」
と言って、朱音は自分で買った振袖、母が勝手に買って送ってきた振袖の2つがあることを言う。
「いっそ、母ちゃんが送って来たのは捨てちゃおうかと思ったんだけどね」
「それは可哀相だよ」
「うん。振袖は女の子に着てもらうために生まれて来たのに」
「実は私もそれで捨てきれなかった」
「両方着て写真撮ればいいよ。実際の成人式にはどちらか片方しか着られないけど」
「そうだなあ。両方写真撮るか。お金掛かるけど」
「親との関係がうまく行ってないのは千里もだろ?」
と桃香が言う。
「そうなんだよね〜。私が女の子してること、お父ちゃんには言ってないから」
「千里が1年後まで生物学的に男の子のままでいることは、到底考えられないから、千里、この正月は、帰省して男の子としての最後の姿をお父ちゃんに見せておいでよ」
と桃香は言った。
「そうしようかな」
「それで成人式の写真は振袖を着た姿を送ってあげればいいのだ」
「それは送るけど、お母ちゃんは絶対お父ちゃんに見せないと思う」
「ああ」
今年のウィンターカップで、旭川N高校は昨年のウィンターカップ4位、今年のインターハイでBEST4という成績なのでシードされており、初日の23日は不戦勝であった。24日の2回戦からの登場になったが、鳥取県の高校に快勝して、初陣を飾った。
試合は14時すぎに終わったので、その後宿舎に戻り、千里たちOGと濃厚な練習をして、夕方にはあがり、お風呂に入り、お互いにマッサージなどもして身体を休める。
25日の3回戦では宮崎県の強豪、宮崎K高校と当たったが、これも40点差で勝利。今年も旭川N高校のレベルが高いことを示した。
この日でBEST8が出そろったが、ここまで残っているのは、
旭川N高校・東京T高校・愛媛Q女子校・福岡C学園・札幌P高校・大阪E女学院・愛知J学園・岡山E女子校といった所である。
ここからは強豪同士の潰し合いになっていく。
なお、インターハイ準優勝の岐阜F女子校は高梁王子を擁する岡山E女子校に17点もの大差で敗れてこの日で消えてしまった。神野晴鹿・鈴木志麻子・水原由姫と日本代表が3人も入ったメンツが高梁を抑えきれなかった。
この試合の様子を、先に試合が終わって勝ち残った、旭川N高校・東京T高校・愛媛Q女子校・福岡C学園のメンツが厳しい顔をして見ていた。
「もう高梁1人のチームじゃなくなったね」
と東京T高校の吉住杏子が言う。
「翡翠史帆(ひすい・しほ)も怖い。雨地月夢(あまち・るな)も怖い」
と福岡C学園の大橋美幸。
「まあ当たるのは決勝戦だけどね」
と旭川N高校の松崎由実。
「どこが決勝戦に出るかは取り敢えず置いといてね」
と愛媛Q女子校の小松日奈は言った。
この4人はトップエンデバーで顔を合わせているので、わりと親しい。お互いにメールアドレスも交換している。
「しかし高梁は今年は誰かが停めるだろうけど真に怖いのは来年だよ」
と吉住杏子。
「あれでまだ2年生だからね」
と松崎由実。
高梁王子は1992年生まれで絵津子や鈴木志麻子・吉住杏子らと同年の生まれだが、1年間留学したため、学年は1つ下の松崎由実や水原由姫・小松日奈・大橋美幸などと同じ2年生である。
「だけどなんで由実ちゃんがキャプテンじゃないの?」
と吉住杏子が尋ねる。吉住杏子は現在の東京T高校キャプテンである。
「ああ、キャプテンなんて面倒そうだから、原口紫が日本代表に選ばれたのをいいことに『日本代表がキャプテンやらなくてどうする?』と言って押しつけた」
などと由実は言っている。
「なるほどー」
「まあ確かにキャプテンは面倒くさそうだ」
と大橋美幸。
「私もウィンターカップ終わったらキャプテンやらざるを得ないみたい」
と小松日奈は言っている。愛媛Q女子校はウィンターカップ後に3年生が引退して2年生中心のチームになる。現在の同校のキャプテンは3年生の山形治美である。
「でも旭川N高校は、ベンチに入ってない子で凄く背の高い子がいるね。由実ちゃんと変わらないくらいに高い。あの子、背は高いけど、まだ技術が高くないの?」
とN高校の事情をよく知らない小松日奈が言う。
「あの子は戸籍上男子なんで、出せないんだよ」
と由実。
「ああ、そういうことか」
「身長は178cmで私とほぼ同じね。学校にはちゃんと女子制服を着て通学してるし、生徒手帳もちゃんと女になっているんだけどね」
「あの子、かなり強いよ。背丈だけじゃなくて、リバウンド取るセンスが凄くいい」
と練習試合で対戦したことのある福岡C学園の大橋美幸は言う。福岡C学園は千里と桂華の世代で交流が深まったことから、よく練習試合をしている。
「私なんかは、倫代に負けたら、お前らの性器を交換して、倫代を出すぞ、と脅されている」
と由実。
「女やめたくなかったら頑張らないといけない訳だ!」
「ちんちんあるのも悪くない気はするけどね」
「確かに確かに」
千里が、ずっとウィンターカップに出ている旭川N高校に付いているので、年末年始のファミレスのバイトは《てんちゃん》に、神社の巫女の仕事は《きーちゃん》に出てもらっていた。そういうわけでこの時期は、千里が同時に3ヶ所で稼働していたことになる。
なお千里が勤めている(?)ファミレスは31-3日はお休みである。この時期はむしろ稼ぎ時というのでフル回転のファミレスが多い中「正月は休むもの」と言って、全てのお店と移動販売車を休業してスタッフを休ませるこの会社は、その件で経済雑誌に取材を受けたこともある。
一方《きーちゃん》が出ている神社の方は、こちらこそ年末年始は書き入れ時である。おみくじをしたり、縁起物の頒布をしたり、昇殿しての祈祷のお手伝いをしたり、時間が空いたら境内の掃除をしたりで、《きーちゃん》は大忙しであった。《きーちゃん》が神社の方を担当したのは、何と言っても祈祷で龍笛を吹く必要があるからだ。《きーちゃん》は充分龍笛が上手いのだが、もう1人の龍笛担当の由衣さんが首をひねっている。
「どうかしました?」
と美歌子が尋ねる。
「なんか千里ちゃんの龍笛がいつもと違う感じで」
「そうなんですか?」
こういうのは普通の人には分からなくても同じ横笛吹きには分かってしまうところである。
「体調でも悪いんですかね?」
「いや、物凄い円熟味を感じる。まるで100年か200年、龍笛を吹いてきたみたいな」
「午前中、丸田さんに騙されて御神酒飲んじゃったみたいだから、それで調子良くなっちゃったとか」
「だとすると、物凄い偶然の産物なのかも」
一方、桃香も年末年始は通販の申し込みも多く、勤務時間が長くなっている感じであった。一応桃香は30日から4日までお休みをもらっている。
千里は何だか忙しそうで、25日以降はほとんど会えなかったものの、この時期桃香は他の女子たちにも指摘された藍子ちゃんとラブラブの状態であった。藍子はC大学の文学部に通っており、しばしばキャンパス内でも会っている。どうもそれを玲奈たちに目撃されているようだ。彼女も今度成人式で、12月26日に前撮りをした。ちょうどバイトの空いている時間になったので桃香も一緒に付いていった。
「私が着付けとかできるのなら、プライベートにも着せてみたいんだけどなあ」
などと言っている。
「でも桃香も振袖というのは意外だ」
「何着ると思った?」
「セーターとジーンズとか」
「藍子は私の性格をよく分かっている気がする。私もそのつもりだったんだけど母ちゃんが振袖着ろって言うからさあ」
「まあ親としては娘に振袖着せたいよね」
「しかし並んで写真撮れたら良かったんだけどなぁ」
「それじゃまるで結婚式の写真だよ」
などと藍子は言っている。
写真を撮り終えてから(振袖は脱いで普段着に着替え)、バイトの時間まで短時間のデートをする。少しおしゃれなイタリアンレストランで御飯を食べながらのデートになった。普段はラーメン屋さんとか、せいぜい吉野家とかマクドナルドなので、こういう所に連れてくるのも、桃香としてはかなりの贅沢である。
「そういえばこないだ、桃香、何だか背の高い女の子と歩いていたね」
といきなり藍子に指摘されるので、桃香はむせる。
「まあ桃香は浮気の天才だから、多少は気にしないけどね」
「いや、あの子は男の子なんだよ」
「はあ?」
「いわゆる女装っ子だよ」
「桃香って、女装っ子でもいいんだ?」
「いやだから、男の子は恋愛対象外だって」
「ほんとに〜?」
とどうも藍子は桃香をかなり疑っているようであった。
「でもフェラーリに乗り込む所見たけど、どこかのお金持ちの娘?あ、いや息子になるのかな?」
「あの車はお金持ちの知り合いから借りたものだって。あの子は車は持ってないんだけど、よくいろんな友人から車を借りている」
「フェラーリを貸してくれるって凄いね!」
「だから、あの子、インプレッサとか、マジェスタとか、ライフとか、アクティとか、ミラとか、アウディとか、フェラーリとか、色々な車に乗っている所を見たよ」
「ふーん。そんなによくその子の車に乗っているんだ?」
「いや、だから恋愛関係じゃないって」
結局桃香は今夜のバイトが終わった後、明日再度藍子とデートすることを約束して別れた。浮気を疑っている彼女のご機嫌を取るのに、どうも明日はもっといい所に食事に連れて行かないとやばいようだ! 高岡への帰省は格安バスかなあ、などと考え始めていた(桃香はもとより新幹線とかで帰省するつもりは毛頭無いが《夜行急行・能登》の予約が取れなかったので、普通列車乗り継ぎで帰るつもりだった)。
東京体育館。
12月26日は4回戦(準々決勝)の4試合が行われた。
旭川N高校は吉住杏子や佐々木千代花・永岡水穂らを擁する東京T高校との激戦を制して70-72で辛勝した。吉住杏子はこれが高校最後の試合になる。試合終了後、友人でもあり、お互いにマーカーになって激しいゲームをした松崎由実とハグして今後の頑張りを誓い合った。
ほかの試合では、門脇春花や大橋美幸らの福岡C学園が山形治美や小松日奈の愛媛Q女子校に勝ち、渡辺純子が率いる札幌P高校も富田路子らの大阪E女学院に勝ち、高梁王子の岡山E女子校は加藤絵理や夢原円の愛知J学園を粉砕した。
高校女子バスケの絶対的女王である愛知J学園との試合が60-80という大差であったことで、他の学校はあらためて高梁王子の恐ろしさを認識した。
結果的に今年はU18チームのセンターであった富田路子(大阪E女学院)・吉住杏子(東京T高校)・小松日奈(愛媛Q女子校)・夢原円(愛知J学園)の4人全員がこの日で消えてしまった。
そしてBEST4には、旭川N高校・福岡C学園・札幌P高校・岡山E女子校の4校が勝ち残った。
ウィンターカップは3位決定戦があるので、この4校は最終日まで試合があることが確定である。そしてこの4校の中の1校だけはメダルがもらえない。
旭川N高校はまさに昨年のウィンターカップでそのメダルがもらえない4位に甘んじたので、今年こそは“金色の”メダルを取るぞ!と絵津子たちは気勢を挙げていた。
12月27日(月)。
東京体育館はこの日からセンターコート仕様になる。
昨日まではフロアに2コート取られて2つの試合が同時に行われていたのだが、今日からは中央に1コートだけ取られて、1度に1つの試合のみが行われる。そのセンターコート仕様になって最初の試合は、旭川N高校と福岡C学園の準決勝であった。
「お客さん少ない」
と1年生の徳宮カスミが言う。
「今日は第2試合を見に来る客が多いだろうからね」
と2年生の松崎由実は言う。
「岡山E女子校と札幌P高校の準決勝が今年のウィンターカップの事実上の決勝戦だと、ネットには書かれていた」
と3年生の夢野胡蝶が言う。
「言わせておけばいい。私たちは勝つだけ」
と同じく3年生の湧見絵津子が言った。
キャプテンは2年生の原口紫ではあるが、やはりこのチームの精神的な支柱は14番の背番号を付けた絵津子である。
早朝の練習では性別問題で出場できない横田倫代や、OGの千里・暢子たちも入って濃厚な練習をしている。そのあと、30分ほど仮眠してから朝御飯を食べ、会場に出てきた。
福岡C学園との試合は接戦になった。
姉妹校の旭川C学園が近くにある縁もあって、両者は年に3回以上練習試合をしており、お互いの手の内はほぼ把握している。それでも練習試合では見せていなかったコンビネーションプレイも繰り出して、戦いは続く。
両者譲らないまま試合は延長戦に突入する。
客席では、旭川N高校の応援席には、千里・暢子・留実子・揚羽・川南・夏恋などが最前列に陣取って大きな声で声援を送っている。福岡C学園側も、桂華・サクラ・朋代らが必死で声援を送っている。
しかしどちらかが点を取ればすぐ相手も取り返す展開が続く。第2延長では一時期旭川N高校が6点リードしたが、C学園1年生の岩永咲絵が連続してスリーを放り込んで追いつき、第3延長に突入する。
このオーバータイムでもシーソーゲームが続いていたが、残り3秒でN高校1点リードの場面から、福岡C学園の大橋美幸がブザービーターとなる逆転のゴールを決めて、激戦を制した。
試合終了のブザーが鳴った時、床に座り込んで立てない選手が何人もおり、審判が数回促して、やっと整列してゲームの勝敗が宣言された。
福岡C学園は歓喜であったが、N高校はみんな泣きじゃくっていた。ひとり松崎由実だけが仁王のように立ち尽くしていた。
この試合が第3延長まで行ったため、第2試合は11:30からの予定が11:50からに繰り延べられ、以下今日の全試合が20分遅れで始まることになった。
旭川N高校の控室が沈痛なムードで、まだ泣いている子もいる中、暢子と千里がガラッとドアを開けて入ってくる。
「さて、君たちのこれからの予定は?」
と暢子が訊く。
「第2試合を見た後で宿舎に帰って練習します」
とキャプテンの紫が答える。彼女もかなり泣きはらした跡があった。
「ふーん。他の試合を見物している暇があるんだ?」
と暢子は言った。
その言葉に紫はキリッとした顔をして応えた。
「みんな、P高校とE女子校の試合なんか見てないで、さっさと帰ってたくさん練習しようよ」
「それで少なくとも第2試合の学校よりは2時間くらい長く練習できるね」
と松崎由実が言う。彼女は最初からそれを提案するつもりだった雰囲気である。
「いいですか?南野コーチ?」
と紫が訊く。
「もちろん。それをあんたたちが言い出すのを待っていた。暢子ちゃんたちも協力してくれない?」
と南野コーチ。
「もちろんです。徹底的に鍛える」
と暢子は言った。
そこでN高校のメンツはすぐに控室を出ると、電車を乗り継いで1時間ほどで東京V高校まで辿り着き、すぐに練習を始めた。絵津子は千里と、由実は暢子と、紫は雪子と、不二子は薫と、紅鹿は揚羽と、ソフィアは敦子と、胡蝶は留実子と、みんな1on1で濃厚な練習を続ける。花夜・沙季たちのシュート練習は千里が電話をして呼び出した昭子が見てあげていた。
休憩をはさんでこの日の練習は夜中10時すぎまで続いた。練習を長時間中断せずにカロリーが取れるように、司紗や夜梨子がハンバーガーやフライドチキン、を大量に調達してきてくれたし、千里が応援に呼び出したローキューツの浩子と玉緒がおにぎりを大量に作ってくれたが、飛ぶように無くなっていった。
もうひとつの準決勝で札幌P高校が1点差で勝ったという情報は10時に練習が終わった時点でやっと部員たちに報されたが、詳しい内容は明日の朝説明すると白石コーチは言った。
それで一応練習終了、お風呂に入って寝なさいということになったが、胡蝶・由実・カスミと絵津子・不二子・ソフィアの6人だけは、特に許可をもらって、更に夜中過ぎまで練習を続け、暢子や千里たちがそれに付き合ってあげた。練習が終わった後は、薫・千里・司紗の3人が手分けして、6人のマッサージをしてあげた。ローキューツの浩子と玉緒が調達してきてくれた牛丼をこの6人で20杯も食べた!
なお最後まで練習に付き合った千里・暢子・留実子・揚羽・夏恋・川南の6人は、手伝ってくれた浩子・玉緒と一緒に深夜のファミレスで食事を取りながら少しおしゃべりし、そのあと2時過ぎに解散した。
12月28日(火)。
ウィンターカップ最終日。
朝から昨日の岡山E女子校と札幌P高校の試合の様子が報告される。実際に試合を見学した白石コーチからP高校がどうやって高梁を抑えたかの説明がなされた。
「単純明快。渡辺純子が1人で高梁にマッチアップした」
と白石コーチは説明する。
「それで純はプリンを抑えたんですか?」
と絵津子が質問する。
「いいや」
と白石コーチは答える。
「それで勝てたんですか?」
「渡辺君は高梁君を完全には封じることはできなかった。しかしそのパワーを半減させた」
あぁ・・・という声があちこちからあがる。
「高梁君を半分のパワーに落とすだけで、今年のE女子校には勝てるんだよ。P高校は他にも凄いメンツが揃っているから」
「だったら今日の試合では・・・」
とキャプテンの紫が途中まで言って口をつぐむ。
「誰かが、高梁君のパワーを半分まで落とす仕事をする必要がある」
と白石コーチは言ってから、みんなを見た。
「私にやらせてください」
と決意を込めた表情で湧見絵津子は発言した。
「うん、頑張りなさい」
と宇田先生が言った。
「ちなみに、渡辺君は昨日の試合のブザーが鳴った後、倒れてしまって、担架で運び出されたよ」
と白石コーチ。
「私も試合が終わったら倒れるくらいのつもりでやります」
と絵津子は言った。
「渡辺君の場合、180cm 70kgと体格にも恵まれているから、183cm 87kgの高梁君に対抗できた面もある。湧見君は164cm 58kg。体格的にはかなり厳しいよ」
と白石コーチは言う。
「体格で負ける分、スピードで勝ちます」
と絵津子は言った。
「大きな体重の子と激突しても吹き飛ばされない要領、付け刃(つけやいば)になるかも知れないけど、私と花和(留実子)で少し湧見に指導したいんですが」
と千里が言った。
「頼む」
と宇田先生が言った。
それで千里と留実子は絵津子を連れて別室に移動する。それで千里は体重の大きな選手でも、重心が入っていたら、そう簡単には吹き飛ばされないという“原理”を説明する。
「やってみせるから。私は168cm 60kg。サーヤは184cm 76kg。それ以上に筋力ではとてもかなわない。だけど私はサーヤにぶつかられても平気。サーヤ、私に遠慮せず全力でぶつかってみて」
「うん」
それで留実子は本当に遠慮無しで向こうから走ってきて千里にぶつかった。
千里はびくともせず、逆に留実子の方が跳ね返される。
ごくりと絵津子が唾を飲んだ。
「それが重心が入っているからですか?」
「そういうこと」
それで絵津子に姿勢を取らせ、千里が少し調整する。
「まず私が軽くぶつかってみるよ」
と言って千里は走って来て絵津子に体当たりする。
「おっ。ぐっと来ましたけど、平気でした」
「じゃ次は本気で」
と言って千里は勢いを付けて走って来てぶつかる。
「わぁ。。。何とか持ち堪えた」
「少し芯がずれてる。こんな感じ」
と千里は調整する。それで何度か調整しながら千里がぶつかってみる。
「だいぶうまくなった。じゃ、サーヤやってみよう」
それで留実子がぶつかると、ぐらつく!
「芯がずれてる。足、重心、相手からの作用点が一直線になるようにしないと動いてしまう。だから、相手の動きを見て調整する動体視力が必要」
「もう一発行きましょう」
「うん」
それで10回くらいやっている内に絵津子も要領を覚えたようで、留実子にぶつかられても動かなくなった。
「じゃ、サーヤ今度は本気でぶつかってみよう」
「え〜!?今の本気じゃなかったんですか?」
「さっきのは100%本気、今度は150%本気」
「ひゃー」
と言いつつも、絵津子は留実子の全力激突に持ち堪えた。
「よしよし、うまく行った」
と千里。
「この要領を覚えたら、お相撲さんにもなれるね」
と留実子。
「そうか。これ相撲の立ち会いなのか!」
「性転換した時のために覚えておくといいかも」
10:00。
東京体育館のセンターアリーナに旭川N高校と岡山E女子校のスターティング5が整列した。
旭川 紫/ソフィア/絵津子/不二子/由実
岡山 楠木/雨地/翡翠/高梁/平野
どちらも厳しい表情である。勝てば銅メダルが獲得できるが、負けると何も無い。賞状しかもらえないのに表彰式に並ばなければならない。昨年N高校のメンバーはその屈辱を味わった。
ティップオフでは平野が勝ってE女子校が攻めて来るが、絵津子はピタリと高梁に付いた。高梁もこの相手はそう簡単には振り切れないというのが分かっているので無理はしない。しかし楠木の巧みなゲームメイクでうまく高梁はゴールを決めることができた。
その後、絵津子はひたすら高梁とボールマンとの間に入り、できるだけ高梁にボールが渡らないようにする。高梁がボールを持っている時は、彼女がゴールに向かって進入しにくいようにプレイする(高梁から他のメンツへのパスはあまり気にしない)。そうすることによって高梁による得点をかなり防ぐことができた。
絵津子はとにかく高梁を抑えることだけに集中し、自分ではいっさい攻撃に参加しない。その分、ソフィアや由実が頑張って点を取っていく。リバウンドについては、由実がディフェンスでは8割、オフェンスでも半分近く取り、トップエンデバーに召集された選手の貫禄を見せる。
一度ややイライラした感じの高梁はファウル覚悟で絵津子を蹴散らしてゴールを奪おうとしたが、高梁が激突しても絵津子は全くその場から動かず、高梁のチャージングが取られる。高梁が「うっそー!?」という顔をしていたが、絵津子はポーカーフェイスである。しかしこの激突で、以後、高梁も絵津子にぶつからないように攻め込まないと勝てないと認識した。
試合は高梁の得点が抑えられているため、地力に勝るN高校有利に進んでいく。今大会で大きく成長した、高梁に続く第2のポイントゲッター翡翠については、情報分析のうまい薫が、白石コーチと一緒にここまでの試合のビデオを見て研究、彼女の弱点を見つけてしまったので、不二子と胡蝶にうまく抑えられてしまい、この試合では彼女の得点はわずか8点であった。
そして高梁の得点も“30点に留まり”、対するN高校はソフィア、胡蝶、由実、カスミといった面々が頑張って得点を重ねた。
そして試合終了のブザーが鳴った時、スコアボードには50-73というまさかの大差の点数が表示されていた。
そしてそのブザーを聞いた瞬間、高梁に対峙して激しく動き回っていた絵津子が崩れるようにして倒れた。
結局担架で運び出される。
こうして旭川N高校はウィンターカップで2年ぶりにメダルを獲得したのであった(前回は銀メダル、今年は銅メダル)。
試合終了後、高梁王子は怒りの表情でコートを見つめていた。実は昨日も似た表情で立っていたが、2日続けて同じ作戦でやられたことに激しい怒りが込み上げていた。
3位決定戦は大方の予想はE女子校の圧勝だったのだが、N高校の大健闘に試合後大きな拍手が送られた。このゲームの録画はその後配信でも随分閲覧されたようである。
続いて行われた決勝戦では昨日大健闘の渡辺純子は何とスターターから外れていた。昨日のプレイで激しく消耗して、とてもまともにプレイができる状態ではなかったのである。
しかし純子を欠いてもP高校は強い強い。伊香秋子がどんどんスリーを撃ち込むし、工藤典歌、久保田希望、西川祐子らが頑張って得点を重ねて福岡C学園を圧倒した。福岡C学園は昨日の延長3回までもつれた試合で全員消耗していて精彩を欠いた面もあり、結局62-94という大差で勝負が付いた。
渡辺純子も最後の1分だけ出してもらい、ゴールも決めることができて笑顔であった。
(P高校はオールジャパンにも出るので、それが純子の高校最後の試合になる)
こうして今年のウィンターカップは、優勝・札幌P高校、準優勝・福岡C学園、3位・旭川N高校、4位・岡山E女子校というので決着した。
“北海道9冠”の完成である(2008-2010でP高校がインターハイとウィンターカップを全部制し、国体では2008,2010が旭川選抜、2009が札幌選抜)。
3位決定戦の最後で倒れた絵津子は、ブドウ糖の点滴をしてもらって決勝戦の間ひたすら寝ていたら何とか歩ける状態まで回復し、表彰式には出てきて笑顔で3位の盾を受け取り、観客に手を振っていた(賞状を紫と由実が受け取り、盾を絵津子、記念品カタログをソフィアが受け取った)。
大会の得点女王は2位に大差を付けて高梁王子、3P女王は伊香秋子、リバウンド女王は旭川N高校の松崎由実、アシスト女王はE女子校の楠木梨紗が獲得した。楠木のアシスト数が多くなったのは、王子の得点が無茶苦茶多かったからである! そしてベスト5は下記のように発表された。
伊香秋子(P.SG)/湧見絵津子(N.SF)/渡辺純子(P.SF)/高梁王子(E.PF)/大橋美幸(C.C)
MVP:渡辺純子(札幌P高校:2年連続)
この5人が前に出て表彰された所で、渡辺純子が王子に握手を求め、王子も最初は一瞬ためらったものの思い直したように握手した。ちゃんと応じられるのが、やはり王子も精神的におとなになった部分である。純子は絵津子と王子にも握手するよう促し、ふたりも握手した。3人は日本代表に行けばチームメイトになるのだから、わだかまりを残してはいけない。
大会長さんが「今年の選手はハイレベルな人が多くてベスト5を選ぶのに物凄く議論があった」と言っていた。
おそらくはポイントガードの江森月絵(P高校)・原口紫(N高校)、リバウンドが僅差2位で優勝に貢献した工藤典歌(P高校)、あたりも候補に挙がったのであろう。
表彰式の後は、新宿に出て焼肉屋さんで3位の祝勝会を開いた。費用はこの日旭川から出てきていた理事長さん持ちであった。この一週間練習に協力したOGたちも上等なお肉に舌鼓を打っていた。
湧見絵津子もこの頃までには完全に体力回復し「やけ食い」と称してかなりのお肉を食べていた。彼女は暢子とかなり話し込んでいた。絵津子は札幌F大学、ライバルの渡辺純子は札幌C大学に進学がほぼ内々定しており、ふたりは春からは札幌のリーグ戦で対決することになる。不二子・ソフイア・胡蝶は関東の実業団1部チームに内々定しており、紅鹿は札幌U大学で、睦子の後輩になる。
「まあ、そういう訳で、北海道に戻ったら地獄の合宿な」
と暢子は言っている。
「え〜〜〜!?」
という声が1〜2年生部員から上がるが
「3年生5人が抜けるから新しいチーム体制を早く確立したいし、4月からはコートの形が大きく変わるから、新しいコートになれてもらわないといけないからね」
と南野コーチが言った。
「朱雀のラインの引き直しはどうするんですか?」
「今貼っているテープは全部剥いだ上で、タラフレックスというのを敷くんだよ。それは年明けてから入れてもらうことになっているんだけど」
と宇田先生。
「何日の工事になります?」
と由実が訊く。
教頭先生が手帳を見て「1月9-10日に工事してもらうから、11日月曜日から新しいレイアウトが使えるよ」と答える。
「どこか、既に新しいレイアウト線が引かれた体育館って無いですかね?他の学校の子とも話していたんですが、あれってできるだけ早くあのラインに慣れた所が、次のインターハイを制しますよ」
と由実が言う。
「うーん。あちこち訊いてみたんだけど、まだみんな様子見の所が多くて。おそらくうちが道内の高校で最初になると思う」
と宇田先生。
その時、千里が言った。
「千葉まで来るなら、うちのチームの体育館が既に新しいレイアウトになっているけど」
「それどこですか?」
「一応千葉市内。千葉モノレールの終点から3kmくらい。寂しい所だから、女子高生が歩くのは絶対不可。車での送迎が必要」
と千里は言う。
「そこで合宿できませんか?」
と由実が言った。
みんながざわめく。
「こちらは構わない。どうせお正月はほとんどのメンバーが休みだし。でも宿泊場所はどうする?」
と千里。
「千葉方面でどこか安く泊まれる所ってありませんかね?」
という声が出るが、その時、薫が言った。
「あそこの体育館に付属して宿泊施設もあったよね?」
「うん。でも多分4年くらい使ってない」
「寝泊まりするだけなら何とかならない? 食事とかはどこか別の所で作って運ぶという方式で」
「訊いてみる」
それで千里がその場で房総百貨店の総務部長さんに電話した。すると本当にそのままでいいのなら使ってもいいという返事がもらえた。
「かなり傷んでいるから、タダで貸していいって」
「そこ部屋はどのくらいあるの?」
「6畳の部屋が12個だって。だから1部屋に5-6人ずつ寝れば何とかなる」
「それは何とかなる気がする」
「寝具は?」
「レンタルする必要があると思いますが、そのくらいの費用は私が出しますよ」
と千里は言う。
「じゃ東京合宿に続いて明日から千葉合宿かな?」
「うっそー!?」
「まあ3年生は受験とかもあるし帰った方がいい。1〜2年でも予定のある人は帰って良い。有志だけで少し鍛えてもいいかな?どうでしょう?宇田先生?」
と南野コーチが言う。
「東京方面のボランティアの人でオールジャパンに掛かってない人で助けてもらえる人があるなら。どうでしょう?教頭先生」
と宇田先生は教頭先生にあげた。
「校長が良ければ」
と教頭先生。
「理事長が良ければ」
と校長先生。
「じゃ、滞在費用として僕が個人的に100万円寄付するよ」
と理事長。
「おお、凄い!」
それで急遽、宇田先生、教頭先生、校長先生の3人で手分けして全部員の保護者に合宿延長をしていいかというのを電話して打診した。結局1−2年生全員のOKが取れた。更に東京方面の企業への就職が内々定している3年生のソフィア・不二子・胡蝶も参加することになった。
なお帰りの航空券はそもそもフリーにしてあるので、1月上旬の帰道にしても問題無い。
千里は体育館をN高校に貸す件に付いて監督とコーチに連絡して承諾を得る。また薫に頼んで全員に同報メールを送り、年末年始の間、旭川N高校の合宿で体育館を占有したいので、どうしても練習したい人には個別対応したいという旨の連絡をした。
1月9-10日に千里たちの学年の子が成人式になり、指導側が大量に抜けるので、合宿は8日までということになった。それなら9日のオールジャパン決勝戦を見学できないかという話が出る。教頭先生がすぐ照会したが、決勝戦はもう売切れで無理ということだった。
「8日の準決勝なら取れるらしい」
「じゃ、それを見てから帰りましょう」
それで合宿は8日の朝までということになった。(準決勝は12:00からと14:10から)
「私も参加するぞ。サーヤも参加するよな?」
と暢子がやる気満々に言う。
「まあいいよ」
と留実子はやや困ったような顔ながらも言う。お金の無い彼女は本当はバイトでもしたいところであったろう。
「千里は当然参加だよな」
と暢子。
「そうだね。言い出しっぺだし」
と千里は言った。
だけど、それなら私、実家に戻れない??どうしよう?と千里は考えていた。
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【娘たちのお正月準備】(5)