【娘たちのお正月準備】(2)

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千里の大学では2年後期まで体育の授業がある。千里は1年前期でソフトボール、後期でサッカー、2年前期はエアロビクスを希望したもののバスケットボールに振り替えられてしまった。そして最後の体育の授業となる2年後期は水泳を希望した。秋から冬になる時期に希望者は少ないかなあと思ったのだが、希望者が30人ほどいたということで成立。千里は後期は大学構内のプール(25mの室内温水プール)で水泳をすることになった。
 
千里は水泳に関しては小学1〜3年の間は水着問題で、男子水着など着けたくないので体育の時間の水泳の授業を全部見学で押し通した。しかし泳ぐ技術がないと、船などに乗っていて事故があった時に助からないと心配した女子の体育の先生が4年生の時から毎夏、個人授業をしてくれて、千里はかなり水泳が上達した。そして中学・高校では開き直って女子水着で水泳の授業に参加していた。
 
そういう訳で、クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、横泳ぎ、立ち泳ぎに関しては千里はまあまあ泳げる状態になっていた。また千里はスタミナがあるので、スピードはそんなに無くてもかなりの長距離を泳ぐことができる。
 
その最初の授業は10月14日にあった。
 
2時間目が体育だったので、水着やバスタオル、水泳帽・ゴーグルといったセットを持ってプールに行く。今季の授業では朱音が一緒になった。
 
途中で一緒になり、おしゃべりしながらプールの方に行く。それでおしゃべりしながら更衣室の前まで来たので、朱音が小さく手を振った。しかし千里は後ろを振り向いて
 
「あれ?誰か居た?」
などと言いながら、一緒に女子更衣室に入ってしまう。
 
「ん?」
と朱音は一瞬顔をしかめたものの、そのまま
「うーん・・・」
と考えるような顔になる。そして
「ま、いっか」
と言った。
 

千里は朱音の表情の意味が分からないので、何だろう?と思ったものの、そのまま朱音と一緒に更衣室の中に進む。朱音は“できるだけ目立たないように”という配慮で、千里を壁際のロッカーに誘導したが、そのことに千里は気付かない。 
それで結局ふたりでおしゃべりしながら着換えるのだが、数人の女子の視線が千里に注がれていることを朱音は意識していた。しかし千里は全く意識していないように見える。
 
千里がスカートを脱ぎ、ポロシャツを脱いだ所で朱音は微笑む。
 
「なんだ、最初から着て来たのか」
「うん。面倒くさいしね」
 
千里はごく普通の競泳水着を身につけている。
 
「これまるでおっぱいがあるみたいだ」
と言って、千里の水着のバスト部分に触る。
 
「うーん。そのあたりは想像に任せる」
と千里は言った。
 
「ちんちんも付いているようには見えない」
「女の子にちんちんがある訳無い」
 
朱音は何だか悩んでいる。
 
「脇毛とかは処理してるね?」
「バスケのユニフォームもだいたいノースリーブだから、見えると恥ずかしいから処理してるよ。でも外国選手とかは、別に処理せず見せてる人たちもいる」
 
「ああ、そのあたりは国民性かもね」
 

授業では最初に参加者の泳力を確認するということで8人ずつ4組に分け、好きな泳法で泳いでみてと言われる。一応1往復(50m)泳げたら上がりということにするが、やはり偏差値の高い大学の学生だけあって、5m付近で立ち上がる子や、そもそも飛び込めなくて、中に入ってから泳ぎ出す子(たいてい10m以内で立ち上がる)、顔を水に浸けるのを怖がり、犬かきのようにして泳ぐ子などもあった。
 
千里は余裕で50m往復してきて「泳げる子」グループに入れられた。朱音はターンができなくて25m泳いで向こうまで行った所でいったん立ち上がり、そのあとまた25m泳いで戻って来たが、やはり「泳げる子」グループに入れられた。10m程度以内で立ち上がった子が「泳げない子」グループ、向こうの端まで行くのに3〜4回立ち上がった子が「まま泳げる子」グループとされた。
 
それで実際問題として、8つのコースの中で1〜2コースを泳げない子に割り当て、ここでは先生がひとり付いてバタ足の練習やビート板を使っての練習などをした。いちばん人数の多かった「まま泳げる子」を6〜8コースに割り当て、そちらも先生がひとり付いて、クロールの型の確認や息継ぎの仕方の練習などをしていた。実際問題としてこのレベルの子たちは息継ぎさえ覚えたら、スピードが出なくても25mまでは泳げるはずなのである。
 

「泳げる子」グループは男子5人と女子2人(千里と朱音)であった。このグループはほぼ放置されることになり4〜5コースを割り当てられ『好きなように泳いでいて』と言われた。実際問題として4コースを往路、5コースを復路としてみんな自由に泳ぐことにする。
 
「紙屋君って、おっぱいは無かったのね」
などと朱音が水泳パンツ姿の紙屋君を見て言う。
 
「そりゃ僕はふつうの男だからおっぱいは無い」
と紙屋君は言うものの
「その『普通の男』というのには疑問点がある」
と渡辺君は言う。
 
「ブラ跡もついてないし」
と朱音。
「僕は女の子パンティは穿くけどブラジャーはつけないよ」
などと紙屋君は言っている。
「やはり開き直ってるな」
と朱音。
 
「でもやはり村山はおっぱいあったんだな」
と山本君が言うと
「それは当然あるに決まっている」
と渡辺君が言っている。
 
「お股の所も女の子みたいに見えるんだけど」
という声に
「そりゃ村山は女だし」
 
と紙屋君は言い、朱音は「ふーん」と小さな声をあげた。
 
そして「まま泳げる」組に入った女子たちからは
「千里ちゃん、ウェストのくびれがすごーい!」
という声が飛んできていた。
 

しばらく自由に泳いでいたのだが、朱音がいつも壁の所で停まっている。それでターンがうまく出来ないというので、千里と紙屋君が教えてあげることにした。緩衝領域として空けてある3コースを許可をもらって使用する。 
「これ最初はかなり恐いんだけど、慣れたら凄く楽しくなるから」
と言って紙屋君が模範演技を見せてくれる。
 
「原理とかは教わったんだけど、試しにやってみたら身体がぐるぐる回転して訳が分からなくなった」
 
「じゃ朱音の身体を支えてあげるから、やってごらんよ」
と千里が言う。
「えー!?」
「紙屋君に支えられた方がいい?」
「いや、千里でいい」
 
それで千里が朱音の身体を掴まえて、手で助けて回転を掛けてあげた。 
「あ、何となくいい感じだった」
「少しこれ何度かやってみよう」
 
と言って、朱音が壁に向かって泳いでくる所からくるっと回って壁を蹴り身体を半回転させる所まで千里が支えて何度もやってみた。
 
「ちょっとひとりでやってみる」
「うん。やってみて」
 
それでひとりでやってみるも最初の2回はうまく行かなかった。しかし3回目できれいにターンすることができた。
 
「できた、できた」
「うん。なんか気持ち良かった」
 
それでそのまま何度も練習する。たまに遠すぎて壁を蹴ることができなかったのもあったが、その距離感も次第に分かっていったようである。
 
「だいぶできるようになったね」
「うん。これ気持ちいい!今日はこのままもっとターンの練習しよう」
と言って、朱音もかなり楽しくなったようであった。
 

水泳の授業が終わってから女子更衣室に行く。朱音は千里がどうするのだろうと思ったら、ちゃんと着換え用のラップタオルが出てくる。
 
「なるほど〜。ちゃんと問題無いようになってるな」
「何か問題があった?」
「ううん。OKOK」
と言って、朱音は楽しい気分で自分も水着を脱いでタオルで身体を拭き、下着と服を身につけた。
 
「でも千里に身体を触られても何も感じなかった」
「そりゃ女同士触ってもお互い何も感じないでしょ」
「うん。普通に女の子に触られている感じだった」
「私が女の子じゃなかったら何なのさ」
 
と言って千里が笑っているので、朱音は「こいつは・・・・」と思いながら可愛いティアードスカートを穿いた千里を見た。
 
千里が「女の子のボディラインにしか見えない」ごく普通の女子競泳水着姿を授業中さらしていたので、この終わりの着換えの時には、特に誰も千里には注視していなかったようであった。
 

さて、新学期になってから千里は毎日スカートを穿いて学校に行っていたのだが、その千里のスカート姿について、初めて「指摘」があったのは、10月15日(金)の午後、数物科・生物科合同の女子会がいつものガストで行われた時である。 
「あ、そういえばここ2〜3ヶ月、千里はスカートが多い気がするね」
などと玲奈は言った。
 
「2〜3ヶ月って8−9月は夏休みだったけど」
「だったら、6月くらいから?」
「前期はバスケ活動でほとんど大学に出てない」
「だったら、去年の秋くらいからかな」
 
「去年の11月頃、私はお化粧してスカート穿いている千里を見た」
などと優子が言っている。
 
「6月の上旬にも千里はスカート穿いて学校に来ている」
という指摘もある。
「ああ、あの時もお化粧してた」
 
ん?それもしかして、きーちゃんでは?と思うと、きーちゃんは目をそらしている。 
「まあ、基本的にみんな千里のことは女の子としか思っていないから、女の子の千里がスカート穿いているのを見ても誰も奇異には思わないんだな。だからスカート穿いているというのに誰も気付かなかったんだと思うよ。私も全然気付かなかった」
と真帆が言う。
 
「私は個人的には千里のスカート姿は何度も見ているから、今言われて今日スカートだったことに気づいた」
などと桃香は言っている。
 
「まあ千里がおかしな男装して学校に来たりしない限りはこの話題はここまでだな」
と友紀が結論づけるように言う。
 
ということで、以後、千里の《女装》が話題になることは無かった!
 

10月16-17日、旭川ではL女子高体育館とN高校体育館を使用して、ウィンターカップの旭川地区予選が行われた。14校が参加し、L女子高とN高校がシードされたが、結局この2校が決勝戦まで勝ち上がり、67-49というロースコアでN高校が勝ち優勝した。
 
優勝したN高校、準優勝のL女子高が来月の道大会に進出する。
 

10月19日(火)。千里がアパートの鍵を閉め、ファミレスのバイトに行くのにインプを駐めている駐車場に行こうとしていたら、車が停まる音がして真っ黄色のライフから何と雨宮先生が降りてくる。
 
「千里、あんたのインプ貸して。代わりにこのライフ貸すから」
「いいですけど、どうしたんです?」
「ちょっと沖縄まで走って来たいのよ」
「沖縄までは道路が無いと思いますが。それにフェラーリの方がパワーあるのに」
「ちょっと、自宅に戻れないのよ」
「ああ。またどこかの女性歌手とトラブルですか?」
「あまり詮索しないで〜。代わりに山村星歌の曲書かせてあげるから」
「山村星歌ですか!?」
「あの子のCDは固定ファンが大量買いするから、毎回確実に50万枚売れる。印税だけでも3600万円だよ。まあ葵が歌詞書くなら葵と折半で」
「美味しい仕事ですね」
 
「あんたのインプは葛西?」
「いえ。今近くの駐車場に駐めてます」
「だったら、そこまで乗せて」
 
それで千里がライフの運転席に座り、雨宮先生が助手席に座って駐車場まで行く。駐車場に駐めているインプの鍵を開け、ETCカードや大学の構内駐車許可証などを取ってから、先生にインプの鍵を渡した。
 
「ガソリンは適当に入れて使って下さい」
「うん。助かる。あ、私もETC自分の挿さなきゃ」
と言ってライフに入れていたETCカードを抜き取り、インプに挿した」
 
「じゃね」
と言って先生はインプレッサに乗り、逃亡していった。
 

それで千里はライフに乗ってファミレスへ出かけた。ちなみにライフは車検証を見たら、三宅先生のものだった。
 
翌日。10月20日(水)。
 
ファミレスのバイトが終わって千里がライフを運転して学校に向かっていたら千葉駅の近くで桃香が道を走っている。
 
車を駐めてクラクションを鳴らす。
 
「桃香どうしたの?」
「バイトが6時で終わる予定だったのが、突発事態が起きて7時半まで掛かったんだよ。学校に間に合わない〜!と思って」
 
「桃香がまじめに朝から学校に出てくるのは偉い。取り敢えず乗ってよ」
「さんきゅさんきゅ」
と言って桃香はライフの助手席に乗り込んだ。
 
「この車は?」
「借り物〜」
「千里、いろんな人から車を借りるんだな」
「うん。私は借り物、もらい物が物凄く多い」
「なるほど〜」
 
それで大学構内まで車で行き、所定の場所に駐める。
 
「間に合った。助かった」
と桃香が言う。
 
それで車を降りて2人で理学部の棟の方に向かおうとしていたら、玲奈に遭遇する。
 
「おはよう!」
「おはよう!珍しい組み合わせだね。どうしたの?」
と玲奈が言うと
「いや、昨晩徹夜になってしまって」
と桃香が言った。
 
すると玲奈は「へー」と言った上で
 
「まあがんばってね」
と言って手を振り、物理化学実験棟の方に向かった。
 
「頑張ってねってどういう意味だろう?」
と千里は首をひねった。
 
桃香はどうも自分の言葉が玲奈を誤解させたような気はしたものの、千里が気付いていないようなので、この件は忘れることにした。
 

10月20日の午後、バスケット協会から、アジア大会に出場する女子日本代表のメンバーが発表されたが、そのリストを見て千里さえも「うーん」と、うなった。 
PG 富美山 足立 SG 三木 川越 SF 山西 早船 呉橋 PF 宮本 簑島 花山 C 石川 馬田

 
自分は入らないだろうとは思っていたものの、本当に亜津子や王子が入ってないのには驚いた。今いちばん「脂が乗っている」状態の広川さんや武藤さんまで落ちているのは信じがたい。そしてしばらく千里はリストを見ていたのだが、これは8月末時点の代表候補の中からWリーグに所属している選手で年齢が上の順に12名選んだものに近いことに気付く。あのメンツに居なかった足立や呉橋は昨年まで代表活動していて今年は「ご卒業」していた年代の選手だ。 
「こんな陣容で大丈夫か!?」
と思わずひとりごとを言ってしまった。
 
すると三木エレンから電話が掛かってきた。
 
「代表選出おめでとうございます」
と千里は言ったのだが、エレンは
 
「辛いよぉ。村山ちゃん、代表に来て欲しかったよぉ」
などと泣き言(?)を言っている。
 
「それ、花園に言って下さい」
 
「私はもう今回の世界選手権で代表引退しようと思っていたのにさ」
「それは困ります。私は三木さんを倒して代表に入りたいから、2年後まで頑張って下さいよ」
「花園ちゃんも、次は自分が私より若い番号つけますから2年後まで死なないでくださいと言ってた」
 
「あはは。でも何で花園や広川さんまで落ちたんですかね?」
「年齢順選考」
「やはり・・・」
 
「それとどうもWリーグ以外の組織に選手派遣の協力を依頼する時間がなくて、Wリーグの中だけから選んだらしい。取り敢えずアメリカの羽良口とスペインの横山は無理だった」
 
「あぁ・・・」
 
「せめて高梁だけでも何とかならないかと強化部長が打診したけど、日本代表の強化日程がウィンターカップの予選とまともにぶつかるから出せないと、県体連の方から拒否されたって」
 
「E女子高じゃなくて、県体連からですか!?」
「だって県体連としてはインターハイBEST4のE女子高に今度こそは優勝をと期待したい。でも今のE女子高は高梁抜きでは県大会で優勝する力が無いんだよ」
「それは言えてますよ。そこそこ強いんですけどね」
 
高校3年の時、自分と玲央美がウィンターカップ予選を欠場してU18アジア選手権に出られたのは、玲央美のP高校は自動出場だったし、当時の旭川N高校は暢子、留実子、雪子、絵津子といった全国レベルのメンツが居て、千里抜きでも北海道大会で優勝する力を持っていたからだ。E女子高は来年は分からないが、今年はまだ高梁抜きでは多分県BEST4くらいの力しかない。
 
「それからアジア大会の日程が、関東総合とぶつかるからさ」
「あ、そうでした?」
「それで、村山ちゃんと、佐藤ちゃんの出場について、東京協会も千葉協会も断ると言ってきたって」
 
「あははは。私、そんな話全く聞いてないのに。でも私もさすがに関東総合は欠場したくないです」
「クラブチームや実業団にとっては重要すぎる大会だもんね〜。今回の代表チームはあまりにも弱すぎて涙が出るよ」
 
「まあそう言わずに頑張ってください」
と千里は最後はエレンを慰めるように言った。
 

エレンが言っていた、ウィンターカップの岡山県予選であるが、1〜2回戦が10月23-24日(土日)に行われた。岡山E女子高・岡山H女子高・倉敷K高校はいづれも地区予選(8月)は免除でこの大会に出たのだが、3校とも順調に2回戦まで勝ち上がりBEST4になった。BEST4のもう1校は倉敷S高校である。 
この続きは11月13-14日に行われる。
 

10月29日(金)。桃香が都内の呉服店に頼んでいた振袖が出来上がった。桃香は大学の帰りに受け取ったが、自分で着られるものでもないし、バイトもあるので受け取ったまま、バイト先に持っていき、ロッカーに入れておいて、翌朝帰宅する時、自宅アパートに持って帰った。徹夜作業疲れてそのままぐっすり30日は寝ていたので、桃香が実際の振袖を見たのは、30日も夕方になってからである。
 
その10月30日(土)、千葉県秋季選手権大会(総合千葉予選)の1回戦が行われたが、ローキューツは不戦勝であった。明日の2回戦(準々決勝)からの参加になる。この日千里たちは16時から18時まで臨時に借りたC大近くの体育館で練習をしてから解散する。バスで帰宅するのに千葉駅方面に向かって歩いていたら、コンビニから出てきた桃香とバッタリ遭遇した。
 
桃香はジャージの上下である。
千里もジャージの上下である。
 
「桃香何か運動したの?」
「いや。これは寝間着代わり。千里は?」
「うん。ちょっと体育館で運動してきた」
「偉いなあ。私は大学の体育の授業くらいしか運動してないよ」
 
桃香は今期サッカーを選択しているらしい。
 

そんな話をしながら歩いていたのだが、桃香が
 
「そうだ。私の振袖ができたんだよ。見ない?」
というので
「見る見る」
と言って千里は桃香と一緒に桃香のアパートに行くことにした。
 
そしてふたりが楽しそうにおしゃべりしながらアパートに入っていくのを偶然そばを通りかかった聡美が見ていたのだが、ふたりは聡美に気付かなかった。 

桃香はお店で入れてもらったプラスチックのケース(持ち手付き)を開けると中の振袖を取り出した。
 
「きれいだね〜」
と千里。
「うん。きれいだなと思った」
と桃香。
「まるで初めて見たようなこと言ってる」
「うん。実は初めて見た」
「なぜ〜?」
「だって注文した時は生地の写真しか見てないから」
「ああ」
 
千里が袖を通してみるといいよと言うので、桃香もその気になり袖を通して前を合わせてみる。鏡に映す。
 
「うん。けっこう似合う気がする」
「桃香は目鼻がハッキリしてるから、こういう派手な柄は似合うよ」
と千里は言った。
 
「あっそうだ。千里写真撮ってよ」
と言って桃香は自分の携帯を渡して千里に撮らせたのだが・・・
 
「千里君、これは何を写したの?」
「あれ〜?」
 
「いいや。鏡に映して自分で撮ろう」
と言って、結局片手を伸ばして自撮りしていた。いちばんきれいに撮れたのを640x480に縮小した上で左右反転させ、お母さんにメールしていたようである。 
「へー!左右反転とかできるんだ?」
と千里が感心したように言う。
 
「だってそうしなきゃ鏡に映したのを撮っているから」
「なるほどぉ!」
「いや、こんなことで感心されては困る」
と桃香は当惑している。
 
結構楽しんでから桃香が「たたみ方が分からない」と言い出した。
 
「たたみ方くらいは分かるよ」
と言って、千里は桃香の振袖をたたんであげた。
 
「そのたたみ方で正解のような気がする」
「和服は縫い目でたためばいいんだよ。そうしたら傷まないから」
「へー。そのあたりは私は浴衣とかでも適当だった」
 

10月31日(日)。千葉県秋季選手権大会の2回戦が行われる。
 
ローキューツは強敵・千女会と激突した。このチーム相手には当然最強の布陣で出て行く。
 
凪子/千里/薫/麻依子/誠美
 
ほとんどプロレベルの布陣である。それでも千女会は物凄く強かった。 
ローキューツは昨年この大会の決勝で千女会と当たり辛勝しているが、その時は向こうは中核選手が出ていなかった。今回は向こうも最強布陣で来ている。むろんこちらも昨年からかなり強い選手が加わっているのだが、それでも最後のほうまで競ることになった。
 
最終的には何とか60-66でねじ伏せた。
 
その他この日勝ち残ったのは、市川A高校、E大学、昨年準決勝で当たったK大学の3チームであった。
 
準決勝と決勝は11月3日に行われる。
 

「房総百貨店の体育館ですか」
「うん。バレー部の強豪だったけど、あそこも最近経営が厳しくて2年前に廃部になって、体育館は使用していないんだよ。更地にして売却しようかという話もあったものの、土地価格がずっと低迷してるでしょ。元々安い土地を求めて建てた体育館で、交通の便も悪いから売れないんだよ」
 
「それを借りられないかという話ですか」
 
ローキューツが練習する体育館について、現在は千葉市の公共体育館を使っているのだが、中心的な体育館なので、行事やスポーツ大会などでふさがっていることも多く、充分な練習ができないこともあるというので、どこか空いている体育館がないか探していたのである。
 
この話は谷地コーチが友人から聞き込んできた情報である。
 
「バレー部が使っていたのならバレーコートのラインが引かれています?」
「ペイントされている。削ってペイントし直してもいいだろうし、ビニールテープで対応してもいい」
「テープいいでしょ」
「うん。削って引き直しとか、お金かかりそうだし」
 
「でもそこに行く交通は?」
「モノレールの千城台駅から2.5kmくらいあるんだよね。歩くと30分だけど」
「走りましょう」
「走ったら15分でしょ」
 
「いや、昼間ならそれでもいいけど暗くなったらぶっそうだから、ひとりで駅まで来た場合は、誰か車で来ていて、駅との間を送り迎えしないと痴漢とかにあったらいけない」
 
「男装しようか?」
「バレると思うな」
「じゃ女装しよう」
「意味分からん」
 
「車の問題は対応できると思うな」
 

「それで実際問題としていくらくらい出せば借りられそうなんですか?」
「全く使っていないにも関わらず今維持費が年間600万円掛かっているらしい。ほとんどは固定資産税なんだけど。だからそれをカバーできるくらい出す人があったら貸してもいいという話」
 
「600万円ですか!?」
 
「その半分の年間300万円程度出してくれるならたぶん貸してくれるのでは、と友人の話。光熱費は別」
 
「光熱費ってどのくらい掛かるの?」
「いちばん大きいのは電気代らしい。だから日中の使用が主で、灯りとか付けず冷暖房も入れないなら、たぶん月間5万も行かないだろうと。しかし冷暖房をバンバン使えばたぶん15万か20万」
 
「そこは我慢しよう」
「夏は窓開ければいいよね」
「どっちみち練習してたら汗掻くよ」
 
「あと、売却が決まった場合は、その時点で契約を解除してもらいたいと」
「まあそれはいいでしょう。千里どう?」
 
「うん。年間300万くらいなら出していいよ」
 
と言いつつ、最近私も椀飯振舞い(おうばんぶるまい)だなあと思った。頑張って作曲で稼がなきゃ。
 
なお山村星歌の曲は可愛いのを書いて既に渡している。11月末か12月頭くらいに発売されるはずである。
 
「だったら、村山さん、今度一緒に来てくれる?}
「分かりました」
 

10月30-31日には和歌山市のビッグホエールで近畿総合選手権が開催された。千里は自分たちの千葉総合と日程が重なるので見に行くことはできなかったものの、貴司たちは1回戦不戦勝、2回戦勝利で決勝に進出する。
 
しかし決勝では、大阪総合の決勝戦でも当たったチームに再び敗れて準優勝に終わり、オールジャパンの切符を掴むことはできなかった。
 

一方の千里たちは11月3日、千葉総合の準決勝と決勝に臨む。
 
午前中に行われた準決勝の相手は関女2部のE大学である。むろん充分強い所なので心して掛かったが、千里と誠美は最後まで出なくて済んだ。
 
そして午後からは関女1部のK大学との決勝戦を迎えた。昨年はこの大会の準決勝で当たったチームである。昨年は3軍からの緊急徴用でベンチ入りしていた高校の時のチームメイト佐々木川南が今年は正式に1軍まであがってきている。川南も昨年冬の旭川N高校の合宿に付き合い“進化した”千里を見たりもして大いに刺激され、かなり頑張ったようである。
 
もっともまだスターターに入るほどではなくベンチスタートである。相手のスターターはこのようになった。
 
PG木下/SG福原/SF山口/PF中谷/C宮野
 
宮野というのは札幌P高校にいた宮野聖子で、高校時代の玲央美のチームメイトである。千里や麻依子は何度もやり合った相手なので試合前からお互い手を振ったりしていた。また木下や福原は昨年ローキューツと対戦しており、特に福原は昨年の試合で千里のマーカーを務めた上手い人である。今年は主将になっている。 
対するこちらはむろん最強の布陣である。
 
凪子/千里/薫/麻依子/誠美
 

試合が始まると、相手はなんと宮野聖子が千里のマーカーを務めるダイヤモンド1のゾーンを組んだ。常識的にはダイヤモンド1をするなら福原さんがマーカーになるのが妥当な気がするのだが、むしろ千里をよく知っている聖子をマーカーにしたのだろう。
 
聖子は最初から全力全開。ファウルも覚悟という感じの激しい動きで千里を停めに来た。
 
しかし千里はその聖子を凌駕してしまう。
 
今年1月頃の千里ならまだ分からなかったろう。実際聖子は旭川N高校と札幌P高校の半合同合宿で千里とOG戦で戦っている。
 
しかし千里はあの後、フル代表での合宿を経験し、国際試合も多数こなし、U20アジア選手権を戦ってきて、物凄く進化している。聖子は千里を全く停めきれない。そこで途中でやはり福原主将と交代する。しかし停められない。 
結局第1ピリオドは千里のスリーが炸裂して16-26と大差が付く。
 

第2ピリオド、K大学は千里にダブルチームする戦術で来た。聖子と川南が2人で千里をはさみ、動きを制限する。千里を最もよく知っている2人による守備で、さすがの千里も少し得点力が落ちる。
 
しかし千里だけ抑えても誠美はゴール下を完全に支配する。リバウンドはほとんど取ってしまうので、K大学は確率の低いミドルシュートをあまり撃つことができず、近くからのシュートに頼らざるを得なくなる。
 
それでも第1ピリオドほど一方的にはならず、このピリオドを18-22で終えることができた。前半で34-48である。
 

第3ピリオドは千里・誠美・麻依子といった主力が休む。この間に向こうは猛攻を掛けてきたが、国香や聡美たちには12点差まではOKと言っておいた。それでどんどん点を取られても彼女たちは焦らず、落ち着いたプレイを続けた。結局はこのピリオドは 28-20と8点差で、ここまで62-68である。
 
第4ピリオドは千里たちが復帰する。このピリオドでは聖子と福原さんが2人で千里のマークに入ったが、それでも千里はふたりをうまく振り切ってスリーを放り込む。そして福原さんが千里のマークに入っているとどうしても向こうの得点力は落ちてしまう。
 
結局このピリオドは18-24となり、合計80-92でローキューツがこの試合を制した。 

試合が終わり、審判がローキューツの勝ちを宣言した後、福原さんも聖子も首を振って、参ったという感じの表情であった。千里は2人とも、川南ともハグして健闘を称え合った。
 
こうして千里たちは秋季選手権を2連覇して関東総合に駒を進めた。
 

11月4日(木)、千里が大学が終わってからファミレスのバイトに行く前に体育館で汗を流していたら、渋谷の呉服屋さんから、振袖が出来たという連絡が入った。それで明日、5日(金)に取りに行くと返事しておいた。
 
翌日の朝、バイトから戻った千里は「じゃ後はよろしく〜」と『千里』に言うと、布団に潜り込んですやすやと眠ってしまった。それでやれやれという表情の『千里』は思いっきり可愛い服を着て軽くメイクすると、スクーターに乗って大学に出かけた。
 
大学の講義を4時間目まで受けた後で、玲奈から
「千里、このあと用事ある?」
と声を掛けられるも
「これから振袖の出来たの取りに行くのよ」
と答えると近くに居た桃香が
 
「あ、じゃ私も一緒に行くね」
と言った。
「そう?じゃ一緒に」
と『千里』は答える。
 
それで桃香と一緒に取りに行くことになったのだが、そのふたりの会話を聞いて教室内の数人が素早く視線を交換していたのは何だろう?と『千里』は思った。 

先週の桃香は単純に受け取っただけだったのだが、千里はこの日は着付けしてもらうことにしていた。この店で買った振袖の着付けは無料である。
 
取り敢えず受け取り、ケースから出してみるが、とてもきれいである。さすが高いだけあるなどと桃香と言い合っていた。
 
今日は振袖の試着着付けをする人が何人もいたようで、着付師さんが空くまで1〜2時間待って下さいということであった。お茶とお菓子が出てきたので、頂きながら桃香とおしゃべりしつつ待つことにする。ところがその時桃香が 
「私も一緒に着れたらよかったんだけどね」
と言ったのを鈴木さんが耳にする。
 
「あら、それでしたら、そちら様も一緒に着付けしましょうか?」
と鈴木さん。
 
「でもこの店で作った振袖ではないのですが」
「そんなの誤魔化しておけば大丈夫ですよ」
「じゃ、頼んじゃおうかな」
 
と言って桃香は大急ぎで千葉まで往復して自分の振袖を持って来た。
 
桃香が戻って来た時、ちょうど『千里』の着付けが終わった所だったので、そのまま次に桃香が着付けしてもらった。桃香が着付けしてもらっている間に『千里』の方は鈴木さんが写真を撮ってくれていたのだが、桃香の着付けも終わると続けて桃香の写真、そして2人並んだ所の写真まで撮ってもらった。 

「提携している写真館の方にお越し頂ければプロの腕で3枚2万円でお撮りすることもできるのですが」
 
「それは成人式の直前くらいにお願いすることにして」
「やはり美容院くらい行ってからにしたいし」
 
「確かにそうですよね。もし日程が決められるなら決めて頂くと予約をお入れしますが、どうしましょう?」
 
「そうですねぇ」
と言って『千里』は自分の手帳を開いてスケジュールを確認する。
 
「12月15日とかどうですかね?」
「少々お待ちを」
と言って鈴木さんはパソコンで空きを確認しているようである。
 
「12月15日なら私も行けるな」
と桃香。
「じゃ一緒に撮りに行こうか?」
 
「12月15日、おふたり大丈夫です。何時頃がよろしいですか?」
「午前中美容院に行って、午後着付けと撮影に行けばいいかな」
「では14時くらいとか?」
「ああ、そのくらいがいい感じです」
「では12月15日午後2時、村山様と高園様、ご予約入れておきますね」
 

この日は振袖を着たまま、ふたりで渋谷の街を歩き、ドーナツ屋さん
に入って、チョコドーナツとコーヒーを飲みながらおしゃべりすると
いう、やや危険なことをした。写真を桃香が自分のと千里のとを各々
の携帯で撮り、自分のは母にメールしておいた。
 
「さすがにこのまま焼肉屋さんに行くのはまずいよね?」
と桃香が言う。
「それはさすがにやめとこうよ。焼肉するならこれを脱いでからだよ」
と『千里』は言った。
 
「だったら、一緒にお肉買って帰ってうちでホットプレートで焼肉しない?」
「いいよ」
 
それでふたりは振袖を着たままいったん千葉まで電車で戻り、桃香のアパートで振袖を脱ぎ、『千里』がそれをきれいに畳んでケースに収納している間に桃香がお肉を買ってくる。それでホットプレートを出して焼肉をした。呉服屋さんに行ったのがそもそも遅い時間だったので、晩ご飯が終わったのはもう22時半くらいである。
 
「千里、帰りのバスある?」
「びみょー」
「だったら泊まってく?襲ったりしないから」
「その後半はやや怪しい気もするけど、私もバージンじゃないし泊まっていこうかな」
 
桃香のアパートにはしばしば同級生(朱音や優子など)が泊まっていくので客用布団も2組ある。それで『千里』はその客用布団のひとつを台所!に敷くと、そこで寝ることにした。
 
「千里、和室でもいいのに」
「いや、そちらで寝るのはさすがに貞操が恐い」
「朱音みたいなこと言ってる」
「なるほどー。朱音も台所で寝る訳か」
 
『千里』は念のため《せいちゃん》に
『千里の身体を守ってね』
と言ってから、すやすやと寝た。
 
この日は桃香的には、千里が初めて桃香のアパートに泊まって行った日である。 

一方、前日、バイトから戻ったあと仮眠していた《千里》は、午前10時半頃目を覚ますとバスケットの道具を持ち、近所の駐車場に駐めていたインプレッサの後部座席に乗って《こうちゃん》に
『じゃよろしく〜』
と言って、毛布をかぶり眠ってしまった。
 
《こうちゃん》はぶつぶつ言いながらも高速を走って東京駅まで行くと千里を降ろす。千里は御礼を言って降りて、東海道新幹線の改札前に行った。車はそのまま《こうちゃん》が江戸川区の駐車場に回送する。
 
千里が行った時はまだ人は少なかったが、やがてローキューツのメンバーが少しずつ集まってくる。明日と明後日は、高知で全日本社会人バスケットボール選手権が行われるのである。ここで2位以内に入ると、お正月のオールジャパン(皇后杯)に出場することができる。
 
やがて集まってきたメンバー全員で改札を通り、12:30の《のぞみ35》に乗車した。
 
東京12:30-15:56岡山16:05-18:48高知
 
新幹線から《南風17号》に乗り継ぎ、その日は高知市内の旅館に投泊した。なお、この日の夕方以降しか動けないメンバーに関しては翌日朝からの移動になった。
 
千葉5:36-6:14東京6:30-9:56岡山10:05-12:28高知
 
朝からの移動になったメンバーについてはタクシーに相乗りして会場に入ってもらう(タクシーチケットを予め渡している)。高知駅から会場の春野総合運動公園までは路線バスの直行便がなく乗り換えて1時間掛かってしまうが、車で走ると20-30分で到着する。
 

全日本社会人選手権は、男子は16チーム、女子は8チームで争われる。6日は10:00と11:40から大アリーナに3つ、小アリーナに1つの合計4つ取られたコートで男子の1回戦8試合が行われた。そして13:20から女子の1回戦4試合がやはり4つのコートで同時進行で行われる。ローキューツの初戦の相手は千里が散々お世話になっている、山形D銀行(実業団一位)であった。 
先日の実業団競技大会の決勝戦で山形D銀行は玲央美にダブルチームを掛けて封じたのだが、今日は千里にダブルチームを掛けてきた。
 
するとそれを見たベンチは早々に千里を下げて代わりに岬を投入する。 
この交替に相手は困惑する。向こうは岬のデータを持っていない。しかし岬は充分上手い選手なので、ひょっとして何か凄い選手だろうか?と疑心暗鬼になってしまったようである。
 
それでも試合はD銀行が押し気味ながらも大差はつかないまま進行する。途中で麻依子に代えて国香、更に国香がそのままPGの位置に入って凪子に代えて聡美といったメンツを入れていく。それで前半は44-32と12点差になった。 

そして後半。
 
凪子/千里/薫/麻依子/桃子
 
というメンツで始める。
 
当然向こうは鹿野さんと石立さんの2人が千里に付くダブルチームをしてくる。 
ところが千里は簡単にふたりを振り切ってしまう。
 
つまり、千里は前半休んでいたのに対して、鹿野さんも石立さんもずっと出ていたので、その分の疲れがあって、今日はまだ全然プレイしていなかった千里に付いていけないのである。
 
D銀行の監督が「しまったぁ」という顔をしている。
 
この作戦は実は実業団競技大会の決勝戦のビデオを見ていた薫が提案したものである。今年のローキューツなら、千里抜きでも実業団のトップチーム相手にそう酷いことにはならないだろうというので提案したのだが、実際他のメンツで何とか持ち堪えてくれた。加えて麻依子や凪子も計画的に休ませておいた。 
また薫はD銀行の他のチームとの試合のビデオも見て、鹿野さんや穂波さんの癖を見つけ、マッチングする国香や岬・聡美・夢香たちに指示を与えておいた。それでかなり彼女たちを停めていたのである。また向こうは岬や聡美が結構彼女たちを停めるので「こいつら結構やるじゃん」と感じ、今まで情報が無かったがかなり凄い選手ではと思い込んでしまった。
 
そのあたりも薫の考えた心理戦である。
 

相手は石立さんを下げて、今日まだ出ていなかった大原さんを出すが、大原さんの技術ではまだまだ千里に簡単に振り切られてしまうので実質千里は鹿野さんだけを相手にしている感じになった。大原さんに代えて東海林さんを付けるが東海林さんも前半結構出ていたので、元気いっぱいの千里にはスピードで置いていかれる。
 
かくして第3ピリオドは千里のスリーが炸裂し、12-30という恐ろしいスコアになった。ここまでの合計は56-62と、ローキューツが逆に6点差を付ける。 
第4ピリオドになっても千里の勢いは止まらず、更にこのピリオドは誠美がセンターに復帰したので、リバウンドは全部誠美が取ってしまう。
 
それでローキューツは最終的に72-94の大差で山形D銀行に勝利した。
 

「参った。作戦勝ちだったね」
と鹿野さんが試合終了後、千里とハグしてから言った。
 
「何度もは使えない作戦ですけどね」
と千里も鹿野さんに笑顔で言った。
 
この日他に勝ったのはジョイフルゴールド(実業団2位)、女形ズ(クラブ1位)、そして千女会(教員1位)である。
 
そして明日の準決勝の相手は玲央美たちのジョイフルゴールドである。 
つまり千里たちと玲央美たちのどちらかはオールジャパンに行けるが、両方が行くことはできない。
 

ところで5日の晩、桃香の家に泊まった『千里』は《せいちゃん》のお陰で貞操を守ることもでき、6日朝さわやかに目覚めていた。桃香が熟睡しているようなので、取り敢えずコンビニに行って、カップ味噌汁とおにぎりにサラダを買ってきた。8時半になっても桃香が起きないので起こす。
 
「桃香、桃香、バイトあるって言ってなかった?」
「何時だっけ?まだ8時半じゃん」
「朝ごはん買ってきたけど」
「朝ごはん? なんて素敵な言葉」
 
それで桃香は起きてきて千里と一緒に御飯を食べた。
 
「サラダなんて入るのが女の子だなあ」
「え?サラダとか買わない?」
「私はひたすら肉だ」
「そんな食生活じゃ身体壊すよ〜」
 
そんなことを言いながら桃香は自分の携帯を見ていたが
「げっ」
と声を出す。
 
「どうしたの?」
「いつも土曜日は10時からなのに、今日は9時かららしい」
「嘘!?」
 
今は既に8:42である。
 
「このメール、昨夜着信してる。全然気付かなかった」
と桃香は言っている。
 
「そうだ。私、昨日車で学校に来たから、まだ校内に駐めたままなんだよ。車持って来て送っていこうか?」
 
「それでも車を取りに行くだけでも10分掛かる。そのあとここに回送するのに2分掛かって・・・。あ、そうか。ふたりで一緒に学校まで走って行って、それで乗せてもらえばいいんだ」
 
「ああ、それならいいね」
 

それで桃香は1分で身支度を調える(?)と、千里と一緒にアパートを出て大学までジョギングする。『千里』はかなり手加減して走るのだが、それでも桃香がしっかり付いてくるので「へー。大したもんだ」と思った。
 
それで6分で大学の駐車場に到達するが、車に乗ろうとしていたら、そこに由梨亜が通りかかった。
 
「おはよう。どうしたの?」
「いや、バイトに遅れそうになって千里に送ってもらおうと思って」
「あれ?一緒にいたの?」
「うん。千里は昨夜うちに泊まったんで」
「へー。じゃまあバイト頑張ってね」
「うん。ありがとう」
 
それで『千里』が車を出し、桃香をバイト先のコールセンターに送っていった。到着したのは8:58であった。桃香は千里に御礼を言うと同時に車を飛び降り、入口に走り込んでいった。
 

《きーちゃん》は桃香を降ろした後は、いったん桃香のアパートに戻り、メーターボックスの所に入っている鍵で部屋を開けると、朝御飯を食べた後の片付けをした。そしてふとんもきちんと片付けた上で、車を千里のアパート近くの駐車場に回送して、千里のアパートで仮眠した。
 
夕方起き出すと、インプを運転してバイト先のファミレスに行き、夜間の勤務をこなした。
 
この日の夜は玲奈、美緒、友紀、由梨亜の4人がやってきた。長居しそうなので壁際の席に案内した。実際この4人は結局朝までいた。
 

この日、美緒は最近紙屋君とよく一緒に行動していることについて追及される。 
「みんな、まさかとは言っているんだけどさあ。ふたりの親密度が物凄い気がする」
と玲奈が言う。
 
「お互いの性器は見てないよ〜。だからデートじゃないよぉ」
と美緒は弁解する。
 
「いや、充分デートをしている気がする」
「だって清紀は女の子には興味無いし、ちんちん付いてない子には性欲が湧かないらしいし」
「美緒はどうなの?紙屋君にはほんとに関心が無い訳?」
「私は入れてくれない男の子には興味が無い」
 
「なんてあからさまな・・・・」
 

美緒はあんまり自分が追及されるので、矛先を交わそうと桃香の話を出す。 
「私たちより、桃香と千里が最近怪しい気がしない?」
「ん?」
 
「最近、桃香と千里ってよく一緒に歩いていると思わない?」
「そう言われてみると確かに、よく一緒にいるような気がする」
 
ちょうどそこに千里が通りかかるので声を掛ける。
 
「はい、お水交換するね」
と言って4人の前にあるコップを取ると、新しい水を入れたコップを4つ置く。 
「千里最近、よく桃香と会ってない?」
と美緒が訊く。
 
「そういえばそうかな」
と『千里』が答える。
 
「昨夜は桃香の所に泊まったと言ってたよね?」
と由梨亜。
 
「そうそう。遅くなったから桃香の所に泊まったんだよ」
 
「セックスとかするの?」
と玲奈が訊く。
「まさか。それ物理的に不可能だと思うけど」
「ん?」
 
「昨夜は私は台所に布団敷いて寝たよ。じゃ、ごゆっくり」
と言って『千里』は行ってしまう。
 

4人は顔を見合わせる。
 
「物理的に不可能なんだっけ?」
という声があがるが
 
「ここだけの話。千里は既におちんちんは取っているというかなり確かな情報がある」
と美緒。
「いや、それはもう確定情報」
と玲奈が言う。
 
「ちょっと怪しいとは思っていた」
と友紀。
 
「だいたい、千里は女子バスケット日本代表なんだから。ちんちんなんかある訳無い」
と玲奈。
 
「嘘!?」
「男子日本代表じゃなかったの?」
と由梨亜。
「女子日本代表だよ」
と言って、玲奈は自分のサブノートパソコンを取り出すと、auのデータ通信専用カードW06Kでネットに接続し、バスケット協会のU20女子アジア選手権の特設サイトを開く。
 
「おお、千里が載っている」
「すごーい。優勝してスリーポイント女王にベスト5?」
「あの子、そんな話、学校では何もしなかったのに」
 

「だったら、もしかして千里って元々女子なの?」
と友紀が訊く。
 
「それは分からない。“村山千里 性転換”とかで検索しても何もヒットしない。もし千里が元男子で性別変更して、女子代表になったのなら、そういう情報がネットにあると思うんだよ。ところが全くそういう話が引っかからないということは、千里は元々女であったか、あるいは」
 
と言って玲奈はそこで言葉を切って言った。
 
「何らかの事情で、小学校高学年あるいは中学生くらいでバスケットを始めた当初から、女子バスケット選手であったか」
 
「最初から女子バスケット選手であったのなら、最初から女の子なんじゃないの?」
 
「じゃどうして大学入学当初は男装とかしてたんだろう?」
「もしかしたら男の子になりたい女の子なのかもというのも考えてみた」
 
「それはあり得るね!」
 
「どうもさ。大学に入った当初の頃、千里は彼氏と別れたっぽいんだよ」
「ふむふむ」
「ところがその後でその彼とヨリを戻したみたいなんだよね」
「ほほぉ!」
 
「だから女を辞めようとしたけど、彼氏との仲が復活してやはり女に戻ろうと思い直して現在の千里の状態になっているとか」
 
「あり得る気がしてきた」
「じゃ、やはり千里は生まれながらの女の子?」
 
「ただ、千里は名前は伏せるけど、少なくとも2人の同級生男子に、高校時代に性転換手術を受けたと話している。ここだけの話、その2人は千里のヌードを見ている。完全に女の子のヌードだったらしい」
と美緒は言う。
 
「それは凄い情報だ」
「なんで男子にヌード見せる訳?」
「デートしたんだと思うけど」
「なんて大胆な」
「セックスもしたの?」
「ふたりとも女の子には興味の無い子だったからセックスしてない」
「ああ、なんかその2人というのがだいたい見当付いた」
 
「でもそれもしかして高校時代ということにして実は中学生の内に性転換手術を受けていたりして」
 
「それもあるかも。だから最初から性転換手術を受けて学校にも女子として通学している状態でバスケ部に入ったのなら、誰も千里が性転換した元男だとは知らないまま女子選手をしていると」
 
「でももしそうなら、自分が男だった痕跡を徹底的に隠すと思う」
「うん。私もそこに思い至った。千里はわざわざ自分は男だとか言ってたもん」
 
「結局、千里は元々女の子な訳?それとも性転換して女の子になった訳?」
と友紀が訊く。
 
「結局よく分からないんだよね〜」
と美緒。
「でも、少なくとも現在千里が女の身体であることは間違い無い」
と玲奈。
 
「なるほど」
 
 
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