【娘たちのお正月準備】(4)
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(C)Eriko Kawaguchi 2017-07-08
千里は火木土にファミレスのバイトがあるので、7,9,11日の夜に仕事をし、12日(日)の早朝、勤務を終えるとそのまま電車と新幹線を乗り継いで、大阪に向かった。振袖のケースを持って行く。成人式の日は貴司は試合の日程が入っており、千里の晴れ姿を見ることができないので、その前に見せてあげようというので持って行くのである。
新幹線の中で熟睡。起きてから新大阪で地下鉄御堂筋線に乗り継ぐ。9時すぎに千里中央駅に到着。歩いてマンションまで行く。自分の鍵でエントランスを開け、33階まで上がる。そして貴司の部屋まで行った時、千里は顔をしかめた。
ちょうどドアが開いて、そこから緋那が出てきたのである。しかも笑顔の貴司もいる。
千里はカチンと来た。
「貴司、なんで彼女をこんな所まで入れるのよ?一晩一緒に過ごしたの?」
と千里は詰問するように貴司に言った。
「あ、えっと・・・」
と貴司は何だか焦った顔をしている。
その時、緋那が千里に向かって勝ち誇ったような顔をして言った。
「私これもらったから」
その緋那の左手薬指にはダイヤの指輪が輝いている。
千里は完全に頭に血が上った。
「なんでそうなる訳!? この浮気者!屑!死んじまえ!」
と言うと、振袖の入っているケースで貴司を殴った。
日本代表シューターの腕力でしかも遠心力付きで、振袖・長襦袢・肌襦袢・帯・草履が入って5kgはありそうな和服ケースで殴れば、さすがの貴司も、吹っ飛んでしまう。
それで貴司は床の上に倒れてしまったが、死んではいないようだなと見ると千里はそのまま踵を返してエレベータに向かった。
北大阪急行(地下鉄御堂筋線)に乗り新大阪駅に戻ると、やってきた新幹線に飛び乗り、東京に向かった。
はらわたが煮えくりかえるようである。バッグの中に入っているアクアマリンの指輪を窓から投げ捨てたい気分だったが、あいにく新幹線の窓は開かない。
貴司から何度も電話やメールが入るが、メールは全部そのまま削除、電話は着信拒否を設定した。
あまりにもむしゃくしゃしたので、千葉に戻ると、房総百貨店体育館に行き、スリーを500本撃ったが、今日の千里は全く精度を欠いた。5本に1本くらいしか入らない。
千里が何かイライラしている様子なので、あまり声を掛けずにいた浩子が、千里がミネラルウォーターを飲んでいる時に、おそるおそる声を掛けてきた。
「なんか調子悪いみたいね」
「むかつくー」
「何があったか知らないけど、今日はもうあがって一眠りした方がいいと思うよ」
「そうしようかな」
と言って、千里は帰ることにし、アパートに戻ると、シャワーを浴びてぐっすりと寝た。
そして翌13日(月)の朝、目を覚ますと、指輪、金色リングの携帯ストラップ、マンションの鍵を一緒に適当な箱に詰め、宅急便で貴司のマンション宛に送ってしまった。中には「地獄に堕ちろ!」と書いたメッセージカードを入れておいた。
その日は結局、学校を休んで、フェラーリ612スカリエッティ(三宅先生から!ライフと交換で貸してもらった。雨宮先生は千里のインプを持ったまま依然“逃走中”らしい)に乗ると、高速に乗って、首都高→中央道→長野道→上信越道→関越とループを走ってきた。
さすがパワフルなフェラーリだけあって、少し油断すると物凄い速度になりそうなので慌ててブレーキを踏む。
しかし凄い車で結構な距離ドライブしたら、少しは気分が落ち着いた。それでも貴司に対する怒り自体は納まらない。自分は振られたのだろうか?というのも考えるのだが、その失恋の感情より怒りの感情の方が遙かに大きい。
千葉北ICを降りて、自分のアパートの方向に走っていたら、路上を歩いている桃香を見る。
車を停めてクラクションを鳴らす。
「あれ?千里?」
「桃香、どこ行くの?」
「ちょっとお使いに行ったんだよ。直帰していいから、バスか何かでアパートに帰ろうと思っていた所」
「送っていこうか?」
「助かる」
それで桃香を乗せる。
「これ凄い車だね」
「知り合いから借りた」
「よくこんな高そうな車を貸すね〜!」
「これ新車で買うと3000万円だったと思う」
「ひぇー!」
「何なら少し一緒にドライブする?」
「するする。楽しそう!」
それで結局千里はまた千葉北ICに逆戻りし、今度は館山自動車道方面に行く。そしてアクア・ブリッジを渡って、海ほたるにいったん駐めた。ふたりが車を降りると、周囲がこの車に注視している感じである。何と言っても目立つ車だ。
ここで一緒に晩御飯を食べ、たわいもない話をしてから、車に戻る。
そしてアクア・トンネルを走って川崎方面に走っていた時、千里は初めて、その問題に触れた。
「私・・・振られたかも」
桃香はしばらく無言だったが言った。
「千里、アパートに戻ったら、一緒に少し飲まない?」
千里はしばらく考えてから答えた。
「それもいいかもね」
それで千葉まで戻ると、スーパーの駐車場にフェラーリを駐め、金麦350ccを1箱(6缶×4パック)と、お総菜やオヤツなどを買った。
それで千里のアパート近くの駐車場に駐め、アパートに戻る。これが桃香にとっては千里のアパートへの初来訪になった。
「適当にそのあたりに座って」
「うん」
と言って台所に置いてあるコタツの所に座る。それでとりあえず金麦を2本取り出すと
「取り敢えず乾杯」
と言って缶をぶつけ合い
「頂きまーす」
と言って飲む。
「やはり金麦って美味しいよね」
「うん。いつも安いのばかり飲んでるから、たまに飲むと凄く美味しく感じる」
ふたりは千里の恋愛問題は敢えて話題にせず、大学生活のこと、バイト先でのことなどを楽しくおしゃべりしながら、適当に料理をつまみ、お酒を飲んでいた。
1時間ほどそんなことをしていて、桃香はトイレに立つ。ここまで既に桃香は金麦を4本、千里も2本空けている。そしてトイレから戻って来た時、初めて気がついて言った。
「千里、なんで本棚とか衣装ケースとか、全部台所に置いてあるの?居室がほとんど空じゃん」
「ああ。このアパート雨漏りが酷くて、そちらの部屋は使えないんだよ。台所は雨漏りしないから、こちらで生活している」
「えー?それは不便じゃないの?」
「まあ最近、荷物の置き場所に結構困っている」
「なんか本棚が二重に置かれているし、かなり大量に段ボールが積まれているし」
「さすがにどこかに引っ越すべきかという気も、し始めているんだけどね」
「この段ボールとかだけでも、何ならうちのアパートに置かない?すぐは使わないものなんでしょ?」
「あ、置かせてもらったら助かるかも。夏服とか、使用頻度の低い本とか、古いCDとか各種記念品とかなんだよ」
「うちなら使う時はいつでも勝手に入って使ってもらえばいいし」
「なるほどねー」
それで善は急げ?ということで、明日にでも一部の段ボールを桃香のアパートに運び込ませてもらうことにした。
結局その日は台所にふたつふとんを敷いて寝た(千里が貴司用の布団に、桃香が千里用の布団に寝る)。
しかし酔っているのもあり、桃香はつい“いつもの癖”で、千里の布団の中に手を入れて、お股の付近を触る。この日の千里は1日で新潟ループ700km, 東京湾ループ120kmを走ってきただけあって完全に疲れて熟睡していたので、触られていることに全く気付かなかった。
そして桃香は千里のお股に触って「え!?」と思う。
ちんちんが無い!?
触った感触がまるで女の子のお股なのである。
まさか、千里って本当は女の子だったの〜?
桃香はあまりにも驚いたので意識がはっきりしてしまい、この日は千里をこれ以上襲わなかった。
それでこの日、千里は貞操を奪われずに済んだのである!
14日・火曜日はふたりとも寝過ごしそうになるのをギリギリで起きて、フェラーリで大学に出て行った。車を駐車場に駐めていたら、紙屋君が
「すごい車だね!買ったの?」
などと訊くが
「まさか。借り物だよ〜」
と答えておいた。
この日、授業が終わると千里と桃香は誘い合って一緒にフェラーリに乗り、千葉北IC近くの千里のアパートまで行ったが、ふたりが仲良さそうに(?)凄く格好良い車に一緒に乗るのを多数の友人たちが見たので、彼女たちは一様に顔を見合わせていた。
さすがに借り物のフェラーリで荷物を運んで傷つけたりしてはいけないし、そもそもこの車は荷物を運ぶには不便なので、千里は市内に住む友人から軽トラを借りてきて、これで段ボール箱を20個ほどと一部の本棚・衣装ケースを桃香のアパートに運び込み、本棚以外は取り敢えず押し入れに放り込んだ。
「桃香さあ、こちらの四畳半に散乱している荷物だけど、これ棚とか買ってきて、そこに入れたらスッキリしない?」
と千里は言った。
「それは朱音や玲奈に指摘されたことはある」
「よかったら、私、少し片付けようか?」
「そ、そうか?」
それで軽トラがあるのをいいことに、千里は桃香と一緒にホームセンターに行き、“エレクターもどき”のスティールラックを2つと、カラーボックスを念のため6個買って、桃香の部屋に運び込んだ。
ふたりで一緒に組み立てるが、ここでは桃香がとっても頑張った。実際この手の作業があまり得意でない千里がやっていたら、カラーボックスを組み立てるだけでも一週間掛かっていたかも知れない。
桃香がてきぱきとスティールラックを組み立て、カラーボックスも組み立ててしまう。カラーボックスの内3つは押し入れの中に置いた。それでこのラックとカラーボックスに荷物を置いていくと、これまで物に埋もれていた4畳半がスッキリしたし、6畳の方もかなり物が減った。
「これは6畳にも布団を2組敷けるかも」
「ここって簡易宿泊所している雰囲気あるみたいね」
「でも見違えたね〜」
「素晴らしい」
千里の荷物の中には楽器類もある。特に、ベース、ギター、大型88鍵のキーボードは目立った、
「千里、ギター2つも持ってるんだ?」
と桃香が言うが
「それ1本はギターじゃなくてベース」
と千里は言う。
「なんか違うんだっけ?」
「弦が4本で少し大きめのがベース。ギターは弦6本」
といって千里はケースから中身を出してみせる。
「なるほど!」
「ここに書いてあるのがメーカー名?」
「そうそう」
「何て読むんだろう?こちらはフェンダー?」
「うん」
「こちらは・・・・ガイブゾン?」
「ギブソン」
「へー。どちらも聞いたことないや。ヤマハとかカワイなら分かるけど」
カワイがギター作ってたっけ??(*1)
しかし桃香は洋楽好きと聞いていたのだが、楽器にはあまり詳しくないようだというのを千里は認識した。ギブソン(Gibson)もフェンダー(Fender)も知らないとは。しかしこれは千里にとっても好都合である!
なお、千里のベースはFender Jazz Bass American Elite、ギターはGibson SGである。いづれも新島さんに勧められて昨年買ったものだが、高校時代はフェンダー傘下の廉価モデル・ブランド、スクワイヤのAffinity Jazz Bassを使っていた。自動車学校の寮に持ち込み、“モエっち”と一緒に弾いていたのがそのベースである。フェンダーを買った後、スクワイヤのベースは鮎奈に譲った。
(*1)河合楽器製作所は1958年以降ギターを作っており、太めの三日月のような形の“ムーンサルト”などという名器(?)もあったが、2000年頃までに撤退した模様。ギターの製造は傘下のテスコ(Teisco.元は独立のギターメーカーで1967年にカワイの系列になった)が行っていたが、このテスコ自体2004年にカワイウッドに吸収されて消滅している。
かなり荷物を搬出したので、千里のアパートの台所には本棚1つ、衣装ケースが2つのほか、冷蔵庫・洗濯機などが残ることになる。
「これでやっと千里のアパートの台所は生活可能になった気がする」
「うん。ここしばらく物に埋もれて寝てたから」
「昨夜も、足がどうしても段ボールの上になってしまうし、ここの荷物、上に落ちてこないよな?と思いながら寝てた」
この日は千里がファミレスのバイトの日なので、桃香のアパートで一緒に夕食を取ったあと、千里はフェラーリで出勤していった。
明けて、12月15日(水)。
この日は学校をサボることを前もって友人たちには言っている。この日は千里と桃香は、2人で成人式の前撮りに行くことにしていた。
千里はファミレスの夜勤が終わると、車を大学構内に駐めてから歩いて桃香のアパートまで行った。桃香は寝ていたが、勝手に中に入って仮眠させてもらう。千里が9時すぎに起きた時もまだ桃香は寝ていたので、とりあえず顔を洗い、朝御飯を作ってから桃香を起こす。
一緒に朝御飯を食べてから、行きつけの美容室に行った。
この美容室は千里と桃香の行きつけの美容室であるが、ふたりは偶然にもここを大学に入って間もない頃から利用していた。ここを選んだのは「安いから」!であり、桃香も千里もこういう部分の価値観は近い。若い姉妹の美容師さんで経営している店で、やはり安いことからC大学生の利用率は高いようである。C大の学生は概して貧乏な子が多い。男子は1000円カットの店を利用する子も多いようだが、やはり女子はバイトを考えても、万一の?デートなど考えても最低限の技術のあるお店で切らないと後悔することが多い。
セットが終わってから一緒に電車で東京に出て、軽くお昼を食べてから、14時少し前に呉服屋さん指定の写真館に入った。ここに着付師さんも居て、着付けしてもらえるのである。成人式が近いので、他にも前撮りに来ている女の子が数人居た。
桃香に先に着付けしてもらい、千里は別室で長襦袢まで自分で着ておいた。それで短時間で千里の着付けは終わり、写真を撮ってもらう。何枚も撮影した中で、各々単独で撮ったものを2枚ずつと、2人並んで撮ってもらったもの1枚を選んで、取り敢えずデータでもらう。キャビネサイズにプリントした写真はあとで送ってもらうことにした。
撮影後、振袖を脱ぎ、千里がたたんでケースに入れる。それで一緒に桃香のアパートまで戻った。
一昨日の金麦がまだ残っているので、冷蔵庫から出してきて、開けて飲みながら、USBメモリでもらった写真を一緒に見る。キャビネ版にプリントしたものは成人式の頃に送ってくることになっている。
「可愛く撮れてるね〜」
「この写真屋さんは当たりだよ。先輩のとか、従姉(愛子)のとか見ると、酷いのがあるもん」
と千里は言う。愛子の写真はあまりに酷かったので、結局、成人式の後になったものの、従兄の浩之君が撮り直してくれたのである。
ふたりはしばらくお互いの写真を見ていたが、そのうち桃香がふたり並んだ写真を見て「並んで写ってると、結婚写真みたい」などと言い出した。
「でも女同士で結婚できるんだっけ?」
と千里は疑問を呈する。
「あれ?千里ちゃん、男の子じゃなかった?」
と桃香はわざと言ってみた。一昨日以来、桃香としては千里の性別に疑惑を持っている。
「えー!?私女の子だよ。だから振袖着てるし」
ふーん。今日は女の子を主張するのか。この子、その時の都合次第で男を主張したり女を主張したりしてないか?
「そうだっけ?確認したいので裸になってみてください」
「寒いから嫌です」
「でも女の子なら私の恋愛対象です。襲っちゃいます」
「抵抗します」
桃香としてはこれまで千里に恋愛的な興味は無かったのだが、ここで急に関心を持ってしまった。本当に女の子なら・・・・セックスできるじゃん!
「性欲ありますか?」
「あります」
「私に欲情しませんか?」
「私は女の子は恋愛対象外です」
「女の子同士の方が気持ちよくなれるよ。教えてあげるから、やってみない?」
「興味ありません」
「しょうがないなあ。これでも感じない?」
桃香は服を脱いで、全裸になった。
千里はじっと桃香を見ていて目を離さないが、視線が冷静だ。うむむ。こういう反応は初めてだ。レズっ気のある子なら、これで結構ドキドキしたような顔をする。逆にノンケの女の子だと、笑ったり目をそらしたりする。しかし千里はまるで着衣の人物を見るかのように静かに見ている。
「寒いよ。風邪引いちゃうよ」
と千里は静かに言う。
「寒いから千里も裸になって、私をお布団の中に連れてって」
と桃香は熱い視線で千里を見つめた。
「裸になるのは構わないけどね」
と言って千里は服を脱いだ。
「え!?」
と思わず声をあげたが、やはり千里のヌードは桃香が「もしや」と思っていた通りだった。
くびれたウェスト、豊かなバスト、曲線を帯びた腰のライン、ついでに撫で肩。どう見ても女の子のボディラインだ。そして何よりも・・・股間には男の子を示すようなものは存在せず、茂みの中に、縦のラインまで見える。
「千里、いつ手術しちゃったの?完全に女の子の身体じゃん」
「手術とかしてないよ。おっぱいはね、ヒアルロン酸注射。プチ整形というやつだけど、整形手術じゃなくてただの注射だから、何ヶ月かたつとヒアルロン酸が身体に吸収されて小さくなっちゃう。それと極端に大きなサイズにはできないから、今の私にはこのくらいのサイズが限界。これだけ注射してもらうのにも15万掛かっちゃったけど」
「じゃそれ女性ホルモンとかで大きくしたんじゃないの?」
「女性ホルモンは飲んでないよ」
「へー」
女性ホルモンは飲んでないというのなら・・・まだ男性は廃業してないということだろうか??しかし・・・
「おちんちんは!?」
「タックしてるだけ」
「タック?ズボンとかスカートのウェストタックみたいな?」
「近くに寄ったり触ったりして観察することを許可する」
と言って、千里は初めて微笑んだ。
桃香はそばによって、よくよく観察した。「ん?」などと言いながら触ってみる。そして、千里にやはり、おちんちんがあることを確認してしまった。触ると、くすぐったそうにしている。でも触っても大きくならないようだ。これたぶん・・・女性ホルモンやっていて、男性能力は失われているのかも!?いやでも女性ホルモンはしてないと言ってたな???
しかし・・・ちんちんなんてものに触ったのは久しぶり・・・と思ってから、去年、研二と数年ぶりのデートした時にも触ったことを思い出す。
研二も女装癖あるし、もしかしたら、私、男でも女装癖のある子は平気なのかも?という新しい仮説が頭の中に生じた。もっとも、研二の女装は可愛いが、女装しても性格が男のママなのがやや問題だ。千里は凄く女の子らしくて、こちらも心がときめいてしまう。
「凄い!なるほど。こうなってるのか。確かにこれはタックだよ。折りたたんで接着しているわけか」
と桃香は少し興奮して言う。
「医療用ホッチキスで本当に縫っちゃう人もあるんだよ。そしたら絶対外れない。でもそこまですると内部を洗ったりするのに不便だから、私みたいに接着剤で留める人が多い。これなら3〜4日もつ。半日に1度くらいメンテしてれば、1ヶ月でも2ヶ月でも維持できる。実際には月に1度くらい外してきれいに洗ってまた接着するんだよ。逆に、コスプレ用とかで数時間だけもたせるなら、防水性の幅広ビニールテープで留めちゃう手もある。テープだとパンティ脱いでヌードは見せられないけどね」
「なるほどー。でもこれ、このまま、おしっこもできるようにしてあるんだね」
「うんうん。これ最初考えた人は天才だと思う。接着剤がしっかりしてるから、プールやお風呂に入ったくらいでは取れないよ」
「へー、接着剤なのか。これなら女湯に入れるじゃん。でもたしかにこれじゃ男としてのHは不可能だし、ヴァギナが無いから女の子としてもHできないね」
「だから、睾丸が生きてる人は性欲抑えるのに大変みたい。オナニーできないし」
「千里、睾丸は? これ触ってもよく分からないけど」
と言って桃香はその付近にかなり触っている。
「体内に押し込んでいるよ」
「じゃ存在するのね?」
「うん。でも私は男性機能使うつもりないから構わないけど、これずっとやってると、睾丸が体内で高温になって機能障害が起きやすい。男性として生殖する気のある人は絶対やっちゃいけない」
「そうか。男として生殖する気はないのか」
「できたら女として生殖したいけど、卵巣や子宮がないから出来ないけどね」
「私は卵巣と子宮あるけど、女として生殖できないかも。男との恋愛面倒くさいし。千里となら生殖できそうな気もしたんだけど」
「ごめん。ボクは桃香とはお友達でいたいし、恋人にはなれない。恋愛的に女の子に興味無いんだ。だからこれを見せた」
「うん。それは承知。私も男の子には恋愛的な興味無いし。でもだから千里と生殖したいと思ったのよね。私も千里と恋人になるつもりは無いよ。私も千里とはお友達のままでいたい」
「ちょっと待て?恋人にはならず生殖だけ??」
千里はお姉さん座りして股間には自然に手を置く。
その時、桃香は唐突に思いついた。今言ったのはただの言葉の綾だったのだが、本当に千里と生殖してみたい気がしてきた。
「うん。生殖オンリー。恋愛無し。各々恋人持つのは自由」
「セフレ〜?」
「セックスフレンドじゃなくて生殖フレンドかな」
「でも生殖するにはセックス・・・・あ、そもそも私、女の子とはセックスできないと思う。タックを外しても。女の子抱いても性的に興奮しないから」
「そっかー。でも射精はできるよね?」
「ごめん。それもしたことない」
「もしかしてオナニーしたことないんだっけ?」
「うん。したことない」
「それ試してみたいなあ。私が気持ちよくなるように刺激してあげるよ。千里たぶん女の子感覚に近そうだから、女の子にするようにしてあげたらクライマックスまで行きそうな気がする」
オナニーしたことないって千里のはたぶん立たないのだろう。立たないおちんちんは女の子みたいに指で押さえてぐりぐりしてあげれば逝きそうな気がする。
「待って。それ恋愛としてのセックスじゃないんだよね?」
「うん。さっきも言ったように、生殖するのに千里の精子もらえないかなと実は今思いついた」
「えっと・・・・」
「女の子が恋愛対象でなくても、恋愛と無関係に気持ちよくなるのは構わないよね?」
と桃香が言うので、なんかそれ紙屋君と美緒の関係みたい?などと千里は思ってしまった。
「そうだなあ」
「私頑張って刺激してあげるからさ。それでもし射精できたら、その精子ちょうだいよ。その精子を冷凍保存しておいて、大学を出てからでも人工授精で子供を作りたい」
「うーん。私、あまり父親になりたくないけど。私、心は女の子だから」
「セックスして妊娠させるわけじゃないからいいじゃん?化学合成とかで精子作れたら便利だけどそれはできないし、男の人から精子もらうのも抵抗あるけど、千里は女の子だから千里の精子ならいいかなと。あ、私ひとりで育てるし、養育費とか請求したりはしないし、認知も求めないし、千里は他の男の人と結婚していいよ」
「私、男の人と結婚できるかな・・・・」
「彼氏に振られたと言っていたけど、簡単に諦めるなんて千里らしくないと思う。再度チャレンジしてごらんよ。相手が婚姻届け出すまでなら、逆転の可能性あるよ」
「そうだよね」
それ去年紙屋君からも1度言われたな、と千里は思った。
「千里どっちみち、戸籍はその内、女の子に直すつもりなんだろう?」
「それは当然直す」
「だから千里は他の男の子と結婚してもいいから、そのために性転換手術を受ける前に、私に精子を提供してくれない?AID(*1)みたいなものだよ」
(*1)AID = Artificial Insemination by Donor 非配偶者間人工授精。
配偶者間で行うのは、AIH = Artificial Insemination by Husband という。但し、桃香と千里の間で行われたものは、千里が事実上桃香の妻なので、むしろ AIW = Artificial Insemination by Wife とでもいうべきだろう。
「ちょっとそれ考えさせて」
千里としては思いも寄らない提案だったので、今すぐ結論が出せない気がした。
「私がその子の父親が千里だということ、誰にも言わずにおけば、千里が性別を変更するのに何も問題ないよ(*2)。性別を女にすれば男の人と結婚できる。あ、その時その人との赤ちゃん欲しかったら、私が卵子あげるね」
と桃香は言った。
それはまた思わぬ提案であった。
もしかして、もしかして、それで桃香から卵子をもらって、それに貴司の精子を受精させて“京平”を作ることができる?? あ、でも貴司の精子は・・・どうやってでも絞ってこれそうな気がする!
「・・・それいいかも。私が桃香に精子あげる代わりに桃香から卵子をもらえばいいのか。でも精子を冷凍保存できる所ってどこにあるんだろ」
千里はこのために自分に“男の子の時間”が残されていたのかと思い至っていた。
(*1)性同一性障害の特例法では、性別を変更する条件として下記を挙げている。
一.二十歳以上であること。
二.現に婚姻をしていないこと。
三.現に未成年の子がいないこと。
四.生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
五.その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。
制定当初は「子がいないこと」という条件だったが、2008年6月18日の改訂(半年後に施行)で「未成年の」という条項が加えられ、子供が成人すれば性別を変更できることになった。
「精子の冷凍保存については、医学部の友達に聞いてみるよ。確か保管料は年間5万円くらいと聞いた気がする。5〜6年後に使うのならそのくらいは何とかなると思うし」
と桃香は言う。
「でもそれって本来不妊治療とかの目的では?あと癌の治療受ける前とか」
「そのあたりはコネと誤魔化しで」
「じゃ精子採取の件はそのあたりの話が分かった所で再度考えさせて」
「分かった」
「でも私、ほんとに射精したことないから、精子取れなかったらごめんね」
「それは絶対取ってみせる」
「桃香ならできるような気もしてきた」
と言って千里は微笑んだ。
「でも今日は千里が確かに女の子であることを裸を見て確認したから満足」
「じゃ寝ようか?裸のままでもいいよ。何もできないけど」
「確かに男としてはHできないけど、それ女役ならいけるよね」
「どこに入れるのさ!?」
「入れる所あるじゃん。私はバージンを失いたくない女の子には別の所に入れているよ」
「ちょっと待ってぇ!」
「でも今日はいいや。そのうち寝込みを襲っちゃおう」
「怖いなあ。やはり私は台所で寝ようかな」
それで結局、千里も桃香もちゃんと服を着た。前回泊まった時は台所に寝たのだが、お部屋が片付いたので、桃香が6畳に、千里は4畳半に布団を敷き、間の襖も閉めた。それでも会話はできる。
少しおしゃべりしていた時、桃香が少し襖を開けて言った。
「成人式の日にさ・・・」
「え?」
「成人式の記念に、Hするカップルってよくいるじゃん。千里、成人式の日にやらせてよ」
「私、だから桃香と恋愛するつもりはないんだけど」
「うん。だから恋愛無し、後腐れ無しで、単純に快楽を味わうだけで」
それまさに紙屋君と美緒の関係だなあ。
「男の発想だ、桃香って」
「あはは。私は中身は男なんだよ」
紙屋君と美緒も、どちらかというと美緒が男で、紙屋君が女の子だよなあと千里は思った。美緒は男に生まれていたらたぶん女の子3〜4人身籠もらせそうだ。千里は男性心理が分からないが、貴司などの話を聞くと、男の子って目の前に女の子がいたら、別に恋愛感情がなくても、セックスしてみたくなるらしい。たぶん美緒も桃香もそういう発想なのだろう。
「でも桃香ってFTMじゃないよね?」
「うん。私は基本的にレスビアンであって男になりたい訳では無い」
「だいたい成人式にそういうことするカップルって、ふだんから普通にしているのでは?」
「確かにそうだ」
「あと振袖脱いじゃうともう着れないよね?」
「帰りは洋服だね」
まあ《きーちゃん》に着付けしてもらう手はあるけどね、と千里が思うと、《きーちゃん》はOKサインを笑顔で出している。
そんな会話をしてから、また襖を閉めてその日は寝た。例によって深夜に桃香は千里の布団に侵入しようとしたものの、しっかり撃退しておいた。
「信じられない。女の子のお腹を蹴るなんて」
「正当防衛。もう寝なさい」
「分かった。今夜は引き上げる」
「でも桃香って本当は男ってことないの? ちんちんどこかに隠してるとか?」
「私も時々探してみるのだが、ちんちんは見当たらないようだ」
探してみるのか!?
どこを探すんだ??
翌16日・木曜日の朝は起きてからふたり分の朝御飯を作って一緒に食べる。
「できたての暖かい朝御飯を食べるのっていいなあ」
などと桃香が感動している。
「ねぇ、千里、いっそここにずっと住まない?雨漏りのするアパートよりいいじゃん」
「それは考慮に値する提案という気もするけど、私、ここに泊まったら貞操が危なそうで怖い」
「まだ、ここに泊めた同級生をやっちゃったことはないよぉ」
「同級生じゃなければ、やっちゃったことあるんだ?」
「いや、そういう子は最初から、そのつもりで連れ込んだ子だし」
「なんか怪しいなあ」
ともかくもそれで一緒にフェラーリに乗って学校に出て行く。またここで2人が一緒にフェラーリから降りてきたのを多数の友人たちに目撃され、“どうもあの2人は怪しい”という噂が増産されていく。
その日はファミレスのバイトの日なので、千里は学校が終わると、フェラーリでそちらに向かった。翌17日金曜日の朝、学校に出る前に仮眠するのに自宅まで戻るより、桃香んちに行った方が近いなと思って、千里はフェラーリを運転して桃香のアパートまで行った。
そして2時間ほど仮眠した所で電話で起こされる。みると緋那である。不快な気分になるが、1分くらい着メロが鳴った所で電話を取る。
「はい」
「千里さん、私、謝らないといけないことあって」
「え?」
「こないだ貴司のマンションで鉢合わせした時、指輪見せたでしょ?」
「うん・・・」
「私『これもらったの』と言ったから、千里さん、貴司が私にくれたんだと思ったよね?」
「・・・・違うの?」
「ごめん。私もわざと、そう誤解されるように言ったんだけど、その後、貴司が倒れて気を失う事態になるのは想定外で。介抱している間に千里さん帰っちゃったし」
「ちょっと待って」
「私、実は研二からあの指輪をもらったんだよ」
「え〜〜〜〜!?」
それでは千里はとんでもない誤解をしたことになる。
「でも貴司を誘惑したのは事実。私、貴司に研二と婚約したことを言った上で最後にもう1度だけセックスさせてと言って誘惑したのよ」
「それで?」
「貴司は結局してくれなかったよ。ただハグだけしてくれた」
「それで充分浮気前科1犯だな」
「キスもしてと言ったけど、唇にはダメだと言って、額(ひたい)にしてくれた」
「浮気前科2犯だ」
「でも貴司は千里さん一筋だと思う。貴司、千里さんに電話が通じなくて困っているみたい。どうしても連絡付かなかったら、今日会社休んで千葉まで行ってみると言ってた。週末は試合があって動けないらしいし」
「分かった。貴司の浮気は浮気として、そういう状況なら、私殴ったこと謝りに今日、向こうに行くよ」
「ほんと。良かった。私と千里さんって、結構いいライバルだったし」
「そうだね。結構共同作戦で貴司の浮気を封じたりもしたしね」
「なんか楽しかったね」
それで千里は貴司に電話した。
「ごめん。緋那さんから事情聞いた。あの指輪は研二さんが緋那さんに贈ったのね」
「分かってくれたらいいよ。あいつ、あそこでわざと誤解されるような言い方をしたし」
「今日大学休んでそちらに行くよ」
「夕方からにしない?僕も会社あるし」
「そうだね。じゃ大学終わったらそちらに行く」
「あ、千里」
「うん?」
「あのさ。ボーナスも出たし、ダイヤの指輪を買ってあげるから、あらためて婚約指輪として受け取ってくれない?」
「そうだなあ。じゃ、貴司がこの後1年間浮気しなかったら受け取ってあげるよ」
「う・・・努力してみる」
実際に千里が婚約指輪を受け取るのは約1年後、2012年の1月である。
千里が電話を切ると、桃香が微笑んでこちらを見ていた。
「仲直りできた?」
「うん。今夜、会いに行ってくる」
「うん。頑張るといいよ。週末はずっと向こうで過ごすの?」
「そうしたいけど、土曜日はバイトがあるから、明日の夕方までには戻るよ」
「私でもよければバイト代わってあげたいくらいだけど」
「桃香、飲食店のバイトしたことある?」
「無い」
「桃香、料理とかできたっけ?」
「ほとんどできない」
「ちょっと厳しい気がするなあ」
そういう訳で17日(金)の授業が終わると、千里は大学構内に駐めたフェラーリに乗って大阪に向かった。乗り込もうとしていた時、桃香が来て
「北海道の親戚(笑美一家である)が東京に出てくるんで、迎えに行きたいから羽田まで乗せてもらえない?」
と言った。
「OKOK。乗って」
と言って、桃香を助手席に乗せてフェラーリを出す。
そして、ふたりがまた一緒に(仲良さそうに?)フェラーリに乗り込んで行ったのを、玲奈と優子が見ていて、顔を見合わせた。
「あのふたり、最近かなり親密になってない?」
と優子。
「いや、こないだも何人かでその話をしていた所。かなり怪しいよね」
と玲奈。
「でも、桃香ってレスビアンじゃなかったの?」
「だから、千里が最近完璧に女の子してるから、ストライクゾーンに入ってきたのではないかと」
「うむむむ・・・」
千里は羽田で桃香を降ろすと、空港建物の中に入っていったのを見送ってから自分も“荷物”を持って降りて《こうちゃん》に
『よろしく〜』
と言った。《こうちゃん》はそのまま車をアパート近くの駐車場に回送し、その後、遊びに行った!
一方千里は、予め予約していた伊丹行きに搭乗した。伊丹空港からはモノレールで千里中央に出た後、北大阪急行に乗り継いで桃山台駅まで行く。そして貴司が練習している体育館に行った。1Fのフロアに入って行き練習を見ていたら、貴司がびっくりしてこちらを見た。びっくりしたついでにパス失敗して叱られていた!
インターバルでこちらに寄ってくる。
「練習見に来てくれたの?」
「うん。鍵、貸してくれない?」
「じゃ、控室の僕のスポーツバッグの中に入っているの、持って行ってくれない?」
「OK」
それで千里は貴司に手を振ると控室に行き、スポーツバッグ(千里がプレゼントしたスポルディング限定品)を開けると、中から見慣れた優佳良織のキーホルダーが付いた鍵を取り出す。これ持っててくれたんだなあと少し涙腺が潤む。きっと私と顔を合わせる機会があったらいつでも渡すつもりだったんだろう。フロアにいったん戻って貴司に手を振って体育館を出る。
その後、北大阪急行に1駅乗り千里中央まで戻るとセルシーで買物をする。
上等な牛肉、鶏1匹(丸ごと)、合挽肉、野菜などを買う。ヱビスビールの限定6缶パックを2パック買った所で、これを《せいちゃん》に鍵を渡して、先にマンションに持って行ってもらう!
自身は阪急百貨店に寄り、アンテノールでケーキを4個、お酒コーナーでボルドー産の赤ワインを買う。それからマンションに戻り、《せいちゃん》に鍵を開けてもらって中に入り、お料理を作り始めた!
貴司の練習はまだ3時間くらい続くはずである。
まずは丸鶏の内臓をきれいに取り、よく洗った上でスパイスを擦り込み、下味の液に漬ける。牛肉と野菜を切って、圧力鍋に放り込み、ガス台に掛け、圧力が掛かった状態で15分。火を止めて自然放置。一方もうひとつのガス台でキャベツの葉を茹でる。電磁調理器で、タマネギを炒め、合挽肉、パン粉・牛乳少々とボウルで混ぜる。これを茹で上がったキャベツで巻き、ほどけないようにスパゲティを刺す。ルクルーゼのいちばん大きなのに並べ、別途混ぜた調味料を入れて電磁調理器に乗せ、タイマーで30分煮る。
そんなことをしている間に圧力鍋のふたが落ちるので、ふたつの鍋に分け、片方はカレー、片方はシチューにする。10分ほど弱火で煮た上で鍋ごと水冷する。
オーブンの余熱を始める。
マカロニを煮て、チーズとリンゴを切り、マカロニサラダを作る。できあがったら冷蔵庫に入れる。水冷した鍋からカレーとシチューを冷凍用のビニールパックに小分けして詰める。料理名と日付をマジック書きした上で冷凍室に放り込む。オーブンの余熱が終わった所で、下味を付けていた鶏を取りだし、オーブンに入れて1時間加熱する。
そして寝た!
30分ほど寝て、疲れを取った所でシャワーを浴びて汗を流す。肌襦袢、長襦袢、を着る。このあたりまでは自分で出来るが、振袖は《きーちゃん》に頼む。今日着るのは、プリンタで染めた、鳳凰家族の振袖である。
《たいちゃん》から『貴司君、練習場を出たよ』という連絡が入る。ロールキャベツの鍋を温め直す。食卓にグラスを並べ、赤ワインを置く。ケーキの箱を冷蔵庫から出して置く。
やがて貴司が帰ってくる。貴司自身がドアを開ける前に内側から開けて、
「おかえり、マイダーリン」
と言うと、そのままキスをする。
「待って、中に入ってから」
と言って貴司は中に入ってドアを閉め、そのまま千里と5分くらいキスした。
「誤解して殴ったりしてごめんね。それに指輪を送り返しちゃったりして」
「分かってくれたらいいんだよ。でも凄い服を着てるね!」
「これ、U20アジア選手権のメンバーで一緒に作った振袖なんだよ。プリンタ染め」
「これ、プリンターなの? それにしてはきれいだね!」
「とにかく入って入って」
と言って中に入れる。
「あなた、お風呂にする?ごはんにする?それとも、わ・た・し?」
「えっと・・・何かいい匂いしてるし、ごはんにしようかな」
「じゃ、座って座って」
と言って、キッチンのテーブルに貴司を座らせる。
「メインディッシュ」
と言って、オーブンからローストチキンを取り出す。
「すごーい!」
「ロールキャベツもあるよ」
と言って、鍋から深い皿に盛る。冷蔵庫からサラダを出してきて、これも皿に盛る。
「ワインもあるし、ビールも冷えてるよ」
「じゃ、ワインで乾杯して、その後、ビールを飲もうかな」
「OKOK」
と言って、千里はワインを開栓しようとしたが、その手を貴司が止めた。
「その前に、これを再度受け取ってくれない?」
と言って、バッグの中から青い指輪のケースを取りだした。
「うん」
と言って千里は小さく頷く。貴司が指輪を取りだし、自分で千里の左手薬指に填めた。
キスする。
「私、もう貴司の奥さんだからね。私のことは好きにしてね」
「僕はもう7年前からずっと千里のことは僕の奥さんだと思ってる」
それでまたキスした。
「そうだね。almost alwaysそう思ってくれているよね」
「オールモ・・?」
「まあ気にしないで」
almost always(ほとんどいつも)の意味は、数学屋さん以外にはまあ分からないだろう、と千里は思う。almost everywhere, almost all などと類似の概念で、その命題が成り立たない時刻の測度(あるいは濃度)がゼロであることを示す。貴司は千里の「浮気チェック」を恐れているので、浮気をした次の瞬間、千里に叱られるかも?などと考えてしまう。つまり継続して他の女性のことだけを考えることができない体質になっている。
almost allというのは数学屋さんの間では解析的延長(analytic continuation)などと共に、よく「日常会話」に使われるフレーズである。
例えば女の子パンティを手に取ったら、ついそれを穿きたくなり、それでつい完全女装してしまったとしたら、女装したのは、女の子パンティを手に取ったことから来る「解析的延長」である!
貴司は続けて金色の携帯ストラップも渡したので、千里は素直に受け取って、自分の携帯に取り付けた。これで貴司の携帯に付いているものとお揃いである。
「この鍵は私が持ってて良い?」
と言って、さっき貴司のスポーツバッグから持って来た優佳良織のキーホルダーが付いた鍵を見せる。
「それは千里の鍵だから、千里が持ってて」
「うん」
千里はこの鍵を何度か貴司に返したことがあるものの、たいていすぐ戻され、結局、貴司が阿倍子と結婚していた間(2013-2017)も、美映と結婚していた間(2018-2020)も、ずっと持っていた。2020年春に貴司が埼玉に引越した時は新しいマンションの鍵と交換した。
ワインは結局貴司が開けてくれる。2つのグラスに注ぎ、
「僕たちの愛に乾杯」
「私たちの未来に乾杯」
「ついでに少し早めのメリークリスマス」
「メリークリスマス」
と言ってグラスを2度合わせた。
その後、ビールを出してくる。
「わぁ、ヱビスビールだ」
「毎回は買わないけどね」
「でもやはりこれは美味しいよ」
それで食事を始めようとしたのだが、貴司が注意する。
「千里、食事の前にその服は脱いだ方がいい」
「脱いで、裸になった方がいい?」
「いや、普通の服を着て!」
「OKOK」
「でもそれ可愛い柄だね」
「この夫婦の鳳凰が貴司と私。この小さな鳳凰2羽は私たちの子供」
「へー」
「たぶん私、2人産むと思うから」
「・・・・」
それで千里は、わざと貴司の目の前で帯を解き、振袖を脱ぎ、長襦袢と肌襦袢を脱いで裸になる。その上でブラとパンティを付け、普段着のワンピースを着た。貴司がドキドキした目でこちらを見るのが快感だった。
「理性が吹き飛びそうだった」
「吹き飛ばしてもいいのに」
「いや、せっかくの御飯を暖かい内に食べたいし」
「この振袖、取り敢えずこのマンションに置いておいてもいい?」
と振袖や襦袢を畳んで和服ケースにしまってから言う。
「いいけど、成人式は?」
「別口でも振袖作っちゃったんだよね〜。そちらは型押しの“友禅風”で」
「へー」
「だから、成人式はそちらを着るよ」
「千里、どこの成人式に出るの?留萌?旭川?千葉?」
「千葉に出るよ。留萌は9日、旭川と千葉は10日なんだけどね。留萌にはお正月に帰省しようと思ってて」
「ああ、それもいいかもね」
「貴司は今年は帰省するの?」
「それが年末年始に韓国出張が入っちゃって」
「大変だね!」
「でも僕うっかりクリスマスのプレゼント買ってなかった。後で何か適当なものを買って、そちらに送るよ」
「うん。高い物でなくていいからね。ボーナスはエンゲージリングを買う時まで取っておいてね」
「そうする!」
実際、貴司はこの冬のボーナス、翌年夏のボーナス、冬のボーナスを合わせて千里にダイヤの指輪を買ってくれることになる。
「あと、これも持って来ちゃった」
と言って、千里はヴァイオリンケースを出す。
貴司は笑って受け取ると、ケースを開けてヴァイオリンを取りだし、胴の内部に貼り付けてある紙を取り出す。
「大好き。殴ってごめんね」
と書いてある。それでまたふたりはキスした。
この日ふたりは仲良く、食事をし、ケーキも食べた。貴司はヱビスビールを4缶も飲んだし、千里も1缶飲んだ。
そして食事の後、千里、貴司の順にシャワーを浴びて、寝室でたっぷりと愛の確認をした。
翌土曜日は朝から練習に行く。千里は貴司を送り出してからその日の晩御飯を作って冷蔵庫に入れてから、体育館に行ってみた。
貴司たちが練習している。明日日曜日に今季リーグの最終戦があり、これに勝てば3位になることができる。船越監督の指導も熱が入る。千里はお昼を貴司と一緒に食べた後、「じゃ頑張ってね」と言って桃山台駅に行き、新幹線で千葉に戻った。夕方からファミレスに出勤する。
12月19日(日)、貴司のチームは今期の大阪実業団リーグ戦最終戦に臨んだ。この試合に勝って、チームは1部で8チーム中3位となった。今期1部に昇格したチームとしては、充分な成績である。
祝勝会を終えた後、貴司は梅田に出ると、ジュエリーショップでアクアマリンをあしらった18金のイヤリング(6万円)を購入。そして新幹線に飛び乗ると東京に向かった。途中で千里にメールする。
《急に申し訳無いけど東京駅に来てくれない?今新幹線の中》
《会えるのは嬉しいけど、明日の仕事はどうすんの?》
《この新幹線が20:53に東京に着くんだよ。それで21:20の新大阪行き最終新幹線で帰ろうと思う。だから千里、東京駅の東海道新幹線ホームまで来られない?渡したいものがあるから》
《だったら、深夜ドライブデーとしない?私車持っていくから、夜間大阪までドライブしながらデート。朝、大阪で貴司をお見送り》
《千里、学校は?》
《平気平気》
それで千里はフェラーリを満タンにすると東京駅に貴司を迎えに行った。駅近くの駐車場に駐めて新幹線改札口で貴司と会う。そのまま貴司を近くの帝国ホテルのレストラン街に連れて行った。
「何か高そうなお店ばかりなんだけど」
「今夜はクリスマスデートするカップルが多いからどこもいっぱいだったのよね〜。バイト代入った所だから、私が持つよ。こないだ殴ったお詫びで」
「その話はもう済んでいるのに」
和食の店に入る。予約しているのでスムーズに席に案内される。
「お酒飲む?」
「じゃ少し飲もうかな」
というので、予め在庫を確認しておいた剣菱の限定品・瑞祥黒松剣菱4合瓶を頼む。千里はオレンジジュースを頼んだ。
「あれ?千里は飲まないの?」
「だって私、未成年だもん」
「忘れてた!」
それで乾杯する。
「今季3位おめでとう」
「千里も今季かなりいい成績だったね」
と言って、グラスを空ける。
「このお酒、美味しい!」
「良かった。灘のお酒だけどね」
「大阪から東京に出てきて神戸のお酒を飲むというのは不思議な気分だ」
そして飲み終えてから
「それに私、運転しないといけないし」
と千里は言った。
「それも忘れてた!!」
千里としては、疲れている貴司には大阪までの行程中寝ていてもらいたいと思い、運転できないようにするのと眠りやすいようにするのを兼ねて、わざと飲ませたというのもあった。
「これクリスマスプレゼント」
と言って、貴司はイヤリングの入ったジュエリーボックスを渡す。
「何か高そう!」
「付けてみてよ」
「うん」
それで千里がイヤリングを両耳につける。
「可愛いよ」
「そう?」
と言って千里も鏡に映して見る。わぁ〜、大人っぽいと千里は思った。
それで楽しく食事をしながらおしゃべりをした。むろん話題はバスケットの話ばかりである! 千里もこういう話が好きなのだが、貴司がほんとに楽しそうにバスケのことを話す、その表情がまた千里を幸せな気分にしてくれた。
22時で閉店なので、お店を出る。駐車場に移動する。
「何この車?」
と貴司がフェラーリを見て驚く。
「借り物。というか、私のインプを友だちが持っていって、まだ返してくれないのよ。この車はその代わりにといって貸してくれた」
「凄い車だね!」
ともかくも、車に乗った所でキスした。
すぐに車を出す。首都高に乗る。
「凄いパワーだ」
「うっかりアクセル踏み続けると凄い速度になるよ」
「やってみたーい」
「こんな所でやったら捕まるって」
実際千里が運転していると、後ろから白いマークXが付いてくる。千里はエンジンブレーキを使って制限速度-3km/hくらいまで落とす。普通の車ならここまで落とすと追い越して行くのだが、マークXはこちらに速度を合わせてピタリと追尾する。
「覆面パトカーだね」
と千里が言う。
「え?そうなの?」
「こんなにピタリと付いてくるのはおかしい。こちらはわざと追い越しやすいように少し速度を落としているのに。それによく見るとルームミラーが2つ付いてるし(*1)。青い服の人2人乗り」
「おぉ!」
(*1)ルームミラーが2つ付いているのは覆面パトカーの大きな特徴と言われた時期もあったのですが、2017年現在では、ルームミラーが1個しかない覆面も増えているらしいです。
そのマークXはしばらくフェラーリの後を付いてきたものの、こちらが制限速度-3km/hでずっと走っていると、やがて分岐で別の方面に行った。
「別の獲物をハントしに行ったようだ」
「まあこんなオービスとかもあるような所でスピードは出せない」
「だよね〜」
それでまたバスケの話をしている。しかし貴司があくびをする。
「ごめんごめん。試合の後で疲れているよね。リクライニングして寝ててね」
「そうさせてもらおうかな」
それで貴司は助手席をリクライニングさせて、そのまましばらく千里とおしゃべりしていたが、東京ICを通る前に眠ってしまった。千里も運転を《こうちゃん》に任せ、精神を眠らせた。
貴司が目を覚ますと、もう空は明るくなっている。車は停まっていて、千里も運転席で寝ているようだ。愛用のG-Shockの時計を見ると5:30である。貴司の気配を感じたせいか千里が目を覚ます。
「おはよう。目が覚めた?」
と千里が言う。
「ぐっすり寝た感じ。ここは?」
と貴司が訊く。
「桂川PAだよ。ここから会社まで1時間で行くよ」
「一度マンションに入れる?」
「うん。だったら、6:30くらいに出発すればいいね」
「1時間後か。だったらさ?」
「いいよ」
というので2人は車に目隠しをした上でトイレに行って来てから、後部座席に入る。
「面白いことしてる」
「フラット化してあるんだよね〜」
座席の形に合わせてカットした発泡スチロールが乗せてあり、後部座席が平らになっているのである。
「千里がしたの?」
「この車のオーナーさんだよ」
「なるほど〜」
それでその上に長さ1.8mのビッグクッションを敷き、更にその上に毛布も置く。
「さて、これで準備OK」
「えっと・・・」
「メリークリスマス、まいだーりん」
「メリークリスマス、マイハニー」
それで2人はたっぷりと愛の確認をした。
貴司は結局そのまま眠ってしまったので、千里は身体を貴司の下から抜いて服を着ると運転席に座り、貴司をマンションまで送っていった。千里(せんり)に到着したのは7:00すぎであった。
千里(ちさと)は貴司を千里(せんり)のマンションで「あなた、いってらっしゃい」と言ってキスで送り出した後、少し仮眠し、そのあとシャワーを浴びる。買物に行って今日の晩御飯を作り、料理は先日同様、パイロセラムの容器に移して冷蔵庫に入れた。お部屋の掃除などをしてから、フェラーリに乗り
『じゃ、こうちゃん、よろしく〜』と言って、後部座席でぐっすり眠った。
千里は千葉までぐっすり眠るつもりだったのだが、携帯の着信で起こされる。雨宮先生である!
「あんた、今どこ?」
「えっと、今伊勢湾岸道を東京方面に向かっています。さっき、長島をすぎた所です」
と《こうちゃん》に教えてもらった情報を伝える。
「あんたいい所にいるね〜。ちょうど良かった。1時間以内にNHKの名古屋放送局に来れる?」
「えっと、栄(さかえ)ですかね?」
「近くだね。ここは東桜1丁目」
「車駐められますかね?」
「駐められるように言っておく。今、何に乗っているんだっけ?」
「三宅先生からライフと交換した612スカリエッティです。あのぉ、よかったらインプを返して欲しいんですけど」
「スカリエッティなら好都合。私もインプでここに乗り付けているから、帰る時はそれで帰ってよ」
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【娘たちのお正月準備】(4)