【娘たちのお正月準備】(1)

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2010年10月6日(水)。
 
千里がU20アジア選手権の行われたインドから帰国した後、出羽に行った“前日”。 
千里は、朝9時に留実子、サクラ、誠美、華香、玲央美、江美子の6人と上野駅で待ち合わせた。
 
「千里の着物がなかなか斬新だ」
と江美子から言われる。
 
「これね。中学1年の春に、インクジェットプリンタで和服に直接印刷するシステムのキャンペーンやっている所に偶然行きあって、そこで自分で絵を描いて、速攻でお仕立済みの着物に印刷したものなんだよ。まあ帯は今年買った街着の帯を締めてきたけど」
 
「自分で絵を描いたの?」
「そうそう」
「千里ってこんなに絵が上手かったのか」
 
「もしかしてその場で着物が1枚できちゃう訳?」
「標準サイズでないと無理だけどね。当時私は164cmくらいだったかな。だから普通の着物のサイズで何とかなったんだよ。今日はおはしょり無しで着ている」
 
「じゃ振袖もその場で出来ちゃう?」
 
「1〜2ヶ月掛かるらしい」
「なぜ?」
 
「印刷の仕方にも色々あるんだよ。これは顔料インクで直接染めてる。だからたしかにすぐ出来上がるけど耐久性が無い。私これ久しぶりに出してきたけどこれ着たのってまだ5回くらい。顔料で直接染めた服は雨に当たったりしたらアウトだし。せいぜい10回程度着るのが限度だと思う。コスプレ大会に着ていく程度にはいいんだけど」
 
「成人式も1回しか使わないからそれでいい気がする」
 
「まあそれでいい人はそれでもいいかもね。でも、染める工程だけインクジェット使って、それ以外はきちんと通常の振袖とか訪問着を作るのと同じ工程で作る方法もある。それだとどんなに急いでも1ヶ月は掛かる。今の時期は混んでいるから2ヶ月掛かる可能性あると思う」
 
「なるほどー」
 

「長身の女の子が着る場合。まあ女の子とは限らないけど、そういう子が着る場合、反物の長さとか幅とかの問題もあるんでしょ?」
と玲央美が言う。
 
「そうなんだよ。普通の振袖用の反物はだいたい16-18メートルくらいなんだけど、それでは全然足りないんだよね〜。それと幅も普通の反物の幅は38cmなんだけど、それで作ると裄丈(ゆきたけ)が足りないんだよ」
 
「ゆき?」
 
「背中の中心点から袖口までの長さ。これが足りないと、いわゆるツンツルテンになってしまう」
「それはみっともないな」
 
「だから幅の広い生地を使う必要がある。こないだ頼んだレオの振袖の生地は長さが22メートル, 幅が43cmのものを使っている」
 
「やはりそういうビッグサイズの生地が存在するわけね?」
「うん。サーヤやマチの場合は更に広いものが必要。一応幅45cm 長さ24メートルの生地の在庫もあることを確認した」
 
「それは真っ白の生地な訳ね?」
「そう。その生地をこれから染めちゃう」
 

駅を降りて1分ほど歩いた所に、その《ソフトハウス》はあった。
 
「おはようございます。電話していた村山です」
と言って千里は入って行く。
 
「いらっしゃいませ」
 
と受付の女性はにこやかに立ち上がったものの、千里たちを見て固まってしまった。
 
「あのぉ・・・・えっと、男の方でしたでしょうか?」
とその女性は言った。
 
「まあ男と誤認されるのには慣れているかな」
と華香。
 
「女子トイレや女湯の脱衣室、プールの更衣室で悲鳴あげられたことは数え切れないというか」
とサクラ。
 
「とりあえず生物学的には女だと思います」
と玲央美。
 
「私たち、バスケットの女子日本代表なんですよ」
と千里が言った。
 
「ごめんなさい!」
と言って、受付の女性は謝っている。
 
奥の方から作業服を着た30代の男性が出てきた。
 
「これは?」
 
「あの、電話でご連絡頂いた村山様と、バレーボールの女子日本代表の方々だそうです」
 
と受付の女性。
 
「いえ、バスケットです」
と千里が訂正すると
 
「ごめんなさい!」
と言って、女性はもう消え入りそうな顔をしていた。
 

奥から出てきた男性は専務の肩書きがある三角(みすみ)という名前の名刺を配り、千里たちを応接室に案内してくれた。受付の女性が紅茶とフルーツケーキを配ってくれた。
 
「村山様がお召しになっている着物はもしや?」
と専務さんが訊く。
 
「7年ほど前、北海道グリーンランドで御社のキャンペーンがあっていた時、作ってもらった着物なんですよ」
 
「おお。それはご愛用頂いてありがとうございます。でも7年前の着物がよく持っていますね」
「保存がたまたま良かったんだと思います。それにまだ5回くらいしか着ていないので」
「なるほどですね」
 
「これって顔料方式だから、あまり耐久性が無いですよね?」
「よくお分かりで」
 
と言って専務さんはこの会社で開発したシステムの説明をしてくれた。 

千里が着ている服で使われている技法は顔料インク印刷方式と言い、その場で白い服に印刷することで、速攻で服が出来てしまうのが特徴であるという。洋服・和服どちらにも使えるが、あまり耐久性が無いのが欠点で、1回限りのイベントスタッフの服とか、コスプレ用などなら使えるということ。
 
この他に、模様をいったん紙に印刷して、それを熱転写で服に移す方法もあり、デザインの自由度があるものの、生地はポリエステルに限られるので、Tシャツや普段着の和服などにしか使えないということ。
 
本格的な染めを行うのには、反応染料インクまたは酸性染料インクというものを使うという。反応染料はコットンなどの植物繊維用、酸性染料はシルクなどの動物性繊維用で、どちらも普通の後染め(*1)の和服反物を作るのと同様、前処理、蒸し、洗い、ゆのし、といった工程が必要だと専務さんは説明した。 

(*1)
先染め:染めた糸を織って布にする:絣(かすり)や西陣織など。

後染め:布にした後で染める:友禅(ゆうぜん)や更紗(さらさ)など。 

「そのあたりの工程に関しては新潟に工場があって、そちらでやっているんですよ」
 
「実はそのあたりの制作工程がよく分かってないのですが」
と江美子が言う。
 
「手描き友禅の場合、最初に糊置きというものをして、染料が広がらないようにします。その上で手描きで絵を描いていきます。更に地の色を染めます。そこまでした上で生地全体を蒸して色を定着させます。それから全体を水の中に入れて、糊を流し落とします。いわゆる「友禅の水流し」という工程ですね。昔は川の中でやっていたのですが、川自体の水質が悪化して布を汚してしまうことと、この工程自体が環境汚染を引き起こすと言われるので工場の中に水流しができる設備を作っていて、そこでやっています」
 
「水流しってテレビのニュースとかで見たことある気がする」
「今では観光目的でデモンストレーションしているくらいですね」
「なるほどー」
 
「その後最後に、ゆのしというのは全体に蒸気を当てて、生地の乱れや寄りなどを直していくんですよ。それでやっと反物が完成するので、そこから縫い上げることになります」
 
「絵羽模様のことも説明してあげてください」
と千里が言う。
 
「はい。振袖や訪問着では絵羽(えば)模様という技法が使われています。これは模様が布の縫い目を越えてきちんと継続するように作るもので、そのため最初に白い布地をいったん裁断し、仮縫いした上で、その状態で絵を描いていくんです。そして描き終わったら、仮縫いをほどいて元の反物の形に戻し、それからその先の工程を進め、完成したらまた仕立てるんですね」
 
「なんて面倒な事を」
 
「ところがインクジェットで染める場合は、コンピュータできちんと計算してちゃんと絵柄が継続するように印刷しますので、この最初の段階での裁断・仮縫いが必要無いんですよ」
 
「おぉ!」
 
「それとやはり絵を描いていく時間が一瞬で終わるのがインクジェット方式の良さですね」
 
「けっこう凄いことをしている気がする」
 
「現在実は国内に、友禅の絵を描ける人、きちんと糊を置ける人というのが少なくなってきているんですよ。長い修行が必要なもので、今の若い人たちには耐えられないという問題と、教える側も昔の感覚で劣悪な環境でまともに教えようとせず、勝手に盗み取れみたいな感覚のある所も多くて、今のままだと日本の友禅は絶滅してしまうと思います。今、多くの振袖は中国で染められています」
 
自分や玲央美が頼んだものも多分海外染めだろうなあと千里は思った。 
「その内、日本では友禅は作れなくなってしまうのではと私は危惧しています。それなら人間の手ではたいへんな部分だけでも機械とコンピュータに置き換えて、基本的な技法自体は残していかなければならないと私は考えているんですよ」
 
と専務さんは熱く語った。
 

「ところで、この子たちに合う振袖を作れるサイズの生地ありますよね?」
「大丈夫ですよ。うちは外人さんの振袖なども制作しているので、このくらいは大丈夫です。身長2mを越える女性の振袖を作ったこともあります」
 
「凄い!」
 
「ちなみに大きい声では言えませんが、実は男性からの注文も結構ありまして」
「なるほど〜!」
「そういう訳で実は170-80cm代の振袖はわりとよく制作しているんですよ」
「なんか安心した」
 
専務さんは、みなさんが日本代表の方たちなら、無料にしてその代わり宣伝に使わせてもらえないかとも言った。しかし千里は、その辺りの話をバスケ協会とし始めると、やたらと時間がかかりそうだし、下手すると競争会社などにも見積もりを取ってなどと言い始めたりして、面倒なことになりかねないし、時間も掛かる可能性もあるので、お金は払いますから、できるだけ速く作って欲しいと言った。
 
「最近のバスケ協会って結局誰がコントロールしているのか、さっぱり分からないんだよなあ」
と玲央美なども言っている。
 

「それで実際問題として、振袖1枚、おいくらくらいで出来るものなんですか?」
と江美子が尋ねる。
 
「それは使う白生地の品質によりけりです」
と言って、専務はみんなを奥の倉庫のような所に案内してくれた。
 
「これがいちばん高い生地です。これで作った場合、皆さんの背丈でしたら。だいたい60万円くらいになるかと思います」
「きゃー」
 
「これは割とお勧めの生地で、これで30万円」
「なるほどー」
「これがいちばん安い生地で、これなら15万円で作れます」
「魅力的だ」
 
「実際触ってみて下さい」
と専務さんが言うので、触ってみる。
 
「なるほど〜。触り心地が全然違う!」
「振袖にした時の見た目も全然違いますよ」
 
と言って専務さんは実際に制作済みの振袖を見せてくれた。
 
「これは標準サイズなので、少し安い価格になっておりますが、皆さんの体格ですと、申し訳無いのですが、これの2割増しということで計算させて下さい。この50万円と書いているのが、みなさんの体格で作ると60万円になります」
 
千里たちは50万円、40万円、25万円、20万円、17万円、13万円と書かれた振袖を触ったり眺めたりしてみた。
 
「確かに違いが分かる」
「私たちって違いの分かる女ね」
「でも見た目に難があっても安いものには魅力がある」
 
その時、留実子が少し離れた所の棚に畳んで置いてある振袖に目を留めた。 
「そこに置いてあるのは何ですか?8万円と書いてあるように見えるのですが」
 
「それは絹ではなくて、ポリエステルなんですよ」
「化繊ですか!?」
「化繊にしては高い気もするのですが」
 
「ちょっと触って見て下さい」
と専務が言うので触ってみる。
 
「これ本当にポリエステルなんですか?」
「なんか見た目もポリエステルに見えない」
 
「東レが開発したシルックという生地です。見た目も性質も絹にひじょうによく似ています。ですから正絹よりはずっと安いですが、普通のポリエステルよりはずっと高いです」
 
「でもこれ、そこの13万の正絹よりかえって見た目が良い気もするのですが」
 
「確かに生地の厚みとかは20万円の正絹クラスの厚みがあるんですよ。ですから、確かに価格は安くても13万の正絹より見た目はいいですね。しかし生地がポリエステルなので、振袖ではあっても第1礼装としては使えません。あくまで普段着、せいぜい外出着にしかなりません」
 
「でもそれにこだわらなければ、私たちのサイズでも10万円で振袖が作れる?」
 
「作れますけど、着ていける場所は限られますよ」
と専務は困ったような顔で言う。
 
「成人式ならポリエステルでも構わない気がする」
「うん。普段着で来る人もあるわけだし」
「そう言われるとそうなのですが・・・」
 

「しかしここはお金は全部千里が出してくれるということだから、価格を考えなければ、その30万円の生地あたりが使い手が良いような気はする」
 
と江美子が言う。
 
「そうだ。千里が出してくれるということを忘れていた」
と華香。
 
千里は手を額にやって苦笑している。
 
「もう好きな価格で注文して。60万円の生地でもいいよ」
と千里は言っている。
 
「まあ千里はそうは言っているが、さすがにこんないい生地のを買ってもらうのは気が引ける」
と誠美。
 
「やはり30万円ので行こうよ」
「それなら4着で120万円かな」
 

「分かりました。では、みなさんの採寸をさせて頂けますか?」
 
と専務さんは言い、女性スタッフに、サクラ・華香・誠美・留実子の採寸をしてもらった。
 
4人の採寸をした女性スタッフが
「次はどなたですか?」
と訊いた。
 
「レオ、ここの振袖も作っちゃったら?」
と江美子。
「いや2つ振袖があっても」
「札幌と東京で各々着るとか」
「うーん・・・・」
「それとも小樽でも出るんだっけ?」
 
「実は昨夜、小樽市の助役さんから電話掛かってきて」
「おぉ!」
「名誉市民にすると言うのを断って、市長表彰にしてもらった」
「名誉市民にしてもらえばいいのに」
「そんなのになったら面倒くさい。変なことして剥奪されたら市民の恥と言われそうだし」
「欲が無い」
「でも確かに小樽の成人式には出ないといけない雰囲気。札幌は東京と同じ1月10日・成人の日に成人式するんだけど、小樽は前日の1月9日にあるんだよ」
 
「だったら振袖が2つあってもいいね」
 
「もし他の3人の方も作られるのでしたら、ディスカウントして7人分まとめて30x7=210万円の所を180万円とかではどうでしょう?」
と専務さんが言う。
 
「1人分が無料になる感じかな」
「ええ。そういう線で」
「1人あたりにすると26万円くらい。通常サイズの振袖を作る価格より少し高い感じか」
「はい。257,143円ですね」
と専務は電卓を叩いて言った。
 
「だったらですね。もうひとり、背の高い子がいるんですよ。その子に数日後ここに来させますから、その子まで入れて8人で切りの良い数字で200万とかではどうでしょう?」
と江美子が言う。
 
8人で200万なら1人あたり25万円である。
 
「いいですよ。ではそのお値段で」
と専務さんは笑顔で言った。
 
「それを全部千里が出してくれるということで」
と江美子。
「うん、いいよ、いいよ」
と千里も苦笑している。
 
それで結局、玲央美・江美子・千里も採寸してもらった。
 
なお、もうひとりというのは、アジア選手権の直前に盲腸で入院してしまった後、現在は退院していったん博多に戻っている桂華である。
 
江美子が電話連絡してみると、桂華は直前にレンタルを予約すればいいだろうと思っていたらしいが身長165cmを越えたら、極端に数が減るよと江美子が言うと「え〜〜!?」と言い、念のため何軒かレンタル屋さんに問い合わせると、170cmサイズのものはもう予約が一杯でと言われたらしい。それでこちらで安価にしかも短期間に作れるなら、その話に乗ると言ってきた。彼女は当初レンタルで7-8万くらいかなと考えていたらしい。
 
「ちなみに、優勝記念にこの振袖代金、全部千里が出してくれるらしいから」
「うっそー!? それはありがたく頂いておこう」
と桂華は言っていた。
 

デザインに関しては、古典的な絵柄、現代的デザイン、デザイナー、などの既製のデザインの他、千里が今着ている着物のように、自分でデザインしてもいいということであった。
 
「難しいデザインだと時間が掛かるとかいうことは?」
「関係ありません。プリンターですから」
「あっそうか!」
 
留実子は絵に自信が無いから、と言って、現代的なデザインの中から選択していた。本人の写真を撮って、モニターの中で試着させてみる。
 
「サーヤはもっと大柄の絵のが似合う気がする」
「うん。その方が映える気がする」
と江美子や玲央美が言い、彼女らがデザイン見本を見て
「たぶんこちらがいいよ」
と言って推奨してくれた。そちらをモニター上で着せてみると、凄く格好良くなった。
 
「りりしい〜!」
「女必殺仕事人って感じだよ」
「うん。格好良い」
などと褒められて。留実子もすっかりその気になり、そのデザインで行くことにした。
 
誠美、華香、サクラもやはり大柄な絵を使ったものが似合った。
 

玲央美は既にひとつ別に作っているしと言って、自分で絵を描いてみると言い、パソコンでお絵描きを始めた。
 
「あ、inkscapeですか?」
「はい。お使いになったことありますか?」
「ええ。これなら分かります」
 
と言って、タブレットを操作している。
 
江美子が
「バスケしている絵の振袖着てみたいけど誰か描けない?」
などと言うので、千里が描いてあげることにした。
 
「千里もinkscape使えるんだ?」
「このソフトは分かる」
 
と言って千里も作業に取りかかる。
 
実は雨宮先生に言われてCDジャケットを一晩で作るというのを何度かやらされたので覚えたのである。
 
本人の要望を聞きつつ、華香や誠美が茶々も入れる中、千里は2時間ほど掛けて江美子がレイアップシュートしている絵を描いた(その間、他の子たちは実際に印刷された生地のサンプルなどを見せてもらいながら、おやつを食べていた)。
 
絵が完成したところで、モニター上で着せてみると、これが格好いい。 
「こんな振袖着る人は絶対他にはいないから、これでいこう」
と江美子はかなりテンションがあがっていた。
 
その頃には玲央美のデザインもできあがっていた。こちらはライオンが赤白青のバスケットボールで遊んでいる様なのだが、そのライオンが物凄く可愛い。そして玲央美は丁寧に陰影付けをしており、とっても立体的に感じるのである。 
「インクジェットの着物ではよく自動で付けたグラデーションが入っているけど、それって人間の手描きではあり得ない絵柄なんだよね。だから自動のグラデーションじゃなくて、わざと手作業で陰影を付けた」
と玲央美は言っている。
 

専務さんは
「この程度は賄賂にはならないでしょうから」
と言って、お昼に仕出しを取ってくれた。
 
なお、千里は江美子の絵で時間を使ってしまったので、自分の振袖のデザインは、自宅のパソコンで作ってメールすることにした。inkscapeまたはIllustrator形式(.svg or .ai)でデータを作って送ってもらえればいいということであった。 
また「もうひとり」というのが、博多に住んでいると言うと、わざわざ来社されなくても、採寸はお母さんにでもしてもらって、デザインは、この会社のサイト上でデザインを選択するか、あるいはinkscapeなどでデータを作ってメールしてもらえばいいと専務さんは言っていた。
 
「Photoshopでもいいですか?」
と江美子が訊く。
 
「その場合は、1200万画素程度以上のpsd形式でお願いします。デジカメの場合は、一眼レフでないと難しいと思いますが、4000x3000程度以上でJPEGからではなく、Raw data(圧縮していない撮影したままの画像データ)から取り込んで欲しいです。画素数は多ければ多いほどいいです」
 
江美子は専務から聞いた内容をそのままメールに打ち込んで送信していたようである。もっとも専務が raw dataと言っていたのを江美子は low data と書いてしまい、桂華を悩ませることになった。
 

千里はその週までは大学を公休にしてもらっているのをいいことに、自分用の振袖デザインを6日から7日に掛けて作成した。また江美子に描いてあげた絵についても、三角専務と連絡を取って、更に調整させてもらった。調整後のデータを試着モニター写真と一緒に送ったら
 
「凄い格好よくなってる。これでお願い」
ということであった。
 
ちなみに千里が自分用に描いたのは、雌雄の鳳凰がバスケットボールで遊ぶ姿であるが、小さな雌雄の鳳凰も隅の方に1羽ずつ描いている。
 
自分と貴司と、京平と小春かなあ、と千里は考えていた。
 
でもこれ未婚の人の絵柄じゃないみたい!!
 
そんなことを考えたら、斜め後ろ方面で小春がクスクスと笑ったような気がした。 
『ところで小春は女の子になれそう?』
『なかなか許してもらえないんだよ。もし男の子に生まれてしまったら性転換して女の子に変えてよ。できたら赤ちゃんの内に』
『さすがに赤ちゃんを性転換する訳にはいかないなあ』
 
(小春との会話はチャンネルが異なるので《くうちゃん》以外の眷属には聞こえない)
 
なお桂華は「自分で絵を描いて変になったら嫌だから」といって既製デザインで、伝統絵柄のものを選んだようである。
 
なお振袖の完成は12月頭くらいの予定ということであった。やはり工場のスケジュールが立て込んでいるらしい。
 

2010年10月8日(金)。
 
今年のWリーグが開幕した。初日は昨年優勝のサンドベージュと準優勝のビューティーマジックの対戦で、他の試合は明日から始まる。
 
千里はこの週末はずっとローキューツのメンバーとともに練習をしていた。インドお土産の紅茶とチーズケーキを配ったら、チーズケーキの方は一瞬で無くなったが
 
「これ結構美味しいね〜」
という声があがっていた。
 
10月9日。
 
大阪市中央体育館で、近畿実業団バスケットボール選手権大会の準決勝・決勝が行われ、貴司たちのMM化学は惜しくも準優勝で、全日本実業団競技大会の切符を逃した。
 

10月11日(祝)。
 
千里とローキューツのメンバーは大半が千葉駅に、一部は船橋駅などに集まり、船橋から東武野田線で鎌ケ谷駅まで行った。一部は直接そちらに入った子もいる。この日は千葉県立鎌ケ谷高校で、先月の千葉県クラブバスケット選手権大会の続き、準決勝と決勝が行われるのである。
 
準決勝の対戦相手、フドウ・レディースのメンバーは対戦前から嫌そうな顔をしていた。もっともここは現在ジョイフルゴールドに居る近江満子が一時期在籍していたチームで結構強い。それで、こちらは「ややマジ」なメンツ 
浩子/聡美/夢香/岬/桃子
 
で出て行った。すると桃子の身長(178cm)を見ただけで、相手のセンターの人が戦意喪失している。ティップオフは当然桃子が取って攻め上がる。聡美が鮮やかなレイアップシュートを決めて先制する。
 
その後も、向こうのパスを聡美や岬などがカットしては反転して攻めて行くパターンが多く発生し、前半だけで20-50と大きな差がつく。それで後半は司紗、夏美、菜香子などといった《地区予選要員》も出して行く。それでも相手がもうやる気を失っていたので、更に差が広がっていき、結局35-102で決着した。千里や麻依子たちの出る幕は無かった。
 
午後からの決勝の相手はサクラニャンとの激戦を制して勝ち上がってきたサザン・ウェイブスである。「かなりマジ」な
 
凪子/国香/薫/麻依子/桃子
 
というメンツで出て行く。さすがにサザン・ウェイブスはこのメンバーを見ても見ただけでビビったりはしない。それでもティップオフは桃子が取って凪子がドリブルで攻め上がる。麻依子と国香のスクリーンプレイから麻依子がミドルシュートを入れてローキューツが先制する。
 
その後、サザン・ウェイブスも結構頑張った。
 
しかしトップエンデバー招集経験もある凪子のゲームメイク、同等のレベルの麻依子、国香のプレイ、そして桃子の高身長を活かしたリバウンド拾いに相手はなすすべもない。
 
結局43-92で勝利。
 
結局千里と誠美の出る幕は無かった。
 
これでローキューツは千葉県クラブ選手権を2連覇した。
 
1−2位のローキューツとサザン・ウェイブスは来年2月5-6日に行われる関東クラブ選手権に進出する。3位以下のチームは12月に行われる千葉県クラブバスケットボール選抜大会に出場してその1−2位のチームが来年夏の関東クラブ選抜(裏関)に出場することになる。
 

試合が終わったのが15時前で、そのあと表彰式を経て、いったん船橋に出て打ち上げをした。この時、練習場所の話題が出た。
 
「いつも練習に使っている総合体育館は、アクセスはいいんだけど、どうしても行事が多いし、特に今からの時期はバスケットやバレーの大会やってて使えないこと多いでしょう。どこかもっと空(す)いてる体育館は無いかなあ」
 
「それ私たちもこないだ話してた。なんか身体動かせないと悶々としちゃうんだよね〜」
 
「千葉市内か、あるいはその周辺でも空いてる体育館はどこかあると思う。ちょっと体育館巡りしてみるよ」
 
と、まだ就職先が決まらないのに、一向に焦っていない玉緒が言った。 

打ち上げが終わった後、千里は東京駅に移動すると19:10の《のぞみ》に乗った。21:43に新大阪に到着し、地下鉄で千里中央に移動する。自分でマンションの鍵を開けて中に入る。
 
「ただいまあ。浮気してなかった?マイハニー」
と言って、LDKでバスケ雑誌を読んでいた貴司に抱きつく。
 
「浮気なんかしてないよ。僕は千里一筋なんだから」
と言って貴司が千里にキスする。
 
「じゃ、取り敢えずこのクッキー捨てていい?私が今度焼いてあげるから」
と言って、貴司のスポーツバッグの中に入っていた手作りクッキーの袋を取り出して、ゴミ箱に捨ててしまう。
 
「なんでそういうの見つけるの〜?」
と貴司は呆れている。
 
「今日のおしおきは何がいいかなあ」
「お手柔らかに」
 

取り敢えず愛の確認をしたあとは、ベッドの中で半ばまどろみながら会話を交わすが、内容は結局バスケの話題である!
 
「実業団は惜しかったね」
 
「あと少しだったから悔しかった。総合は頑張るよ」
 
その夜は朝まで一緒に過ごし、翌朝、朝御飯を作って貴司を会社に送り出した。その後、千里は《きーちゃん》の力で千葉市内のアパートに転送してもらい、身支度を調えて学校に行った。
 

10月12日(火)。日本バスケットボール協会はフル代表の新しい監督に元女子日本代表監督で、現在はFS大学男子バスケットボール部監督の風城氏を選任したことを発表した。新しいチーム代表は強化部副部長の塚山氏が当面兼任することになった。
 
風城氏と塚山氏の2人で、11月のアジア大会に臨む日本代表12名を急ぎ選考することになる。
 

「なんか嫌なムードだなあ」
と亜津子は夕方、千里にわざわざ電話してきて言った。
 
「代表監督の件?」
「そうそう。FS大学の男子バスケ部は今年インカレ出場を逃してたまたま風城さんが空いていたんだよね。それで白羽の矢が立ったみたいなんだけど、あの人は、もう長いこと女子バスケットからは離れていたんだよね」
 
「以前日本女子代表を率いていたんでしょ?」
「でも当時は惨憺たる成績しか出していない」
「うーん。。。。」
 
「FS大学の男子バスケ部は風城さんが監督になってからの7年間でインカレに出たのは1度だけ。いくら女子代表監督の経験があるといっても、もう少しマシな人はいなかったのかなあ」
と亜津子はかなり辛辣なことを言っていた。
 
「女子バスケの事情を全く知らないみたいだからさ。自分が名前を知っているメンツ中心に選んじゃうかもね」
「ということはベテラン中心?」
 
「そうなりそうな気がするよ。まあアジア大会の間はWリーグもお休みだからその間にみっちり練習して今期優勝とオールジャパンに向けての英気を養おうかなと思っているけどね」
「いくら何でも、あっちゃんは選ばれるでしょ?」
「多分無理」
 

さて、千里が通う(?)C大学では10月1日から後期の授業が始まっていた。 
この2年生後期からは、教養的な科目が減り、専門的な科目がほとんどになる。英語・フランス語と体育以外は、全て数学の講義である。この日も1時間目が整数論、2時間目は位相幾何、3時間目は数理論理学であった。
 
結果的にこの後期からは、授業で他の科の子と一緒になる機会は少なくなり、数物科の数学系コース専攻の子ばかりになる。同じクラスでも物理系コースの専攻の子(真帆や玲奈など)とはあまり会わなくなる。教室もだいたい小さな教室を使い、参加者も10人以下のものが多く、もはや代返はできなくなる。 
それで実はみんな桃香のことを心配していたのだが、初日桃香はやはり休んでいた!
 
さて千里は日本代表の遠征で10月1日の時点ではまだインドにおり、帰国したのは10月5日である。しかしその後も忙しいだろうからということで8日(金)まで公休にしてもらったので、10月12日(火)になって、大学に出て行った。 
この日千里は朝までしていたデートの余韻もあって楽しい気分だったので、レモンイエローのコットンブラウスにそれよりやや濃い色の丸首セーター、それに膝丈のピンクのプリーツスカートを穿いて出て行った。スカート姿であることについて先日は紙屋君に呼び止められたし、何かクラスメイトから言われるかなぁ?と思っていた
 
しかしこの日は特に何も言われなかった!
 
紙屋君が笑顔で手を振ってくれただけである。彼はごく普通のレディスパンツ(前開き無し)を穿いていた(トイレはどうするのだろう?)。
 
千里はこの日堂々と女子トイレを使ったが、トイレで朱音や友紀と一緒になっても、ごく普通におしゃべりしながら列に並んでいた。もっともこの2人とは過去に何度も女子トイレで遭遇しているので、今更である。
 
結局この日千里はスカートを穿いていることについて誰からも何も言われないままアパートに帰ることになり、ちょっと拍子抜けした気分だった。
 
「まあいいや。これからはスカートで出て行こう。楽だし」
と千里は独り言を言った。
 
実はスカートでは自転車もスクーターも使いにくいので今日は車で往復したのである。 
(朝は眠かったので、運転を《こうちゃん》に任せて大学に着くまで仮眠していた)
 

千里は6月下旬から9月まではバスケットの合宿・遠征が連続していたので、ファミレスの方は休職していたのだが、この日10月12日の夜の勤務から復帰した。その間に店長が辞めて、副店長だった芳川さんが店長に昇格していた。また夜間店長もかなり交替しており、女性の牧野さんが金土の夜間店長に就任していた。
 
結局千里は、11日に千葉県クラブ選手権に出た(ベンチに座っただけで試合には出てない!)あと、大阪まで往復して夜間に貴司とデートし、12日(火)は学校に出てから夜間ファミレスでバイトし、また13日(水)は学校に1日出たので、千里が自由になったのは13日の3時間目終了後である。
 
さすがに疲れたから帰って寝ようと思い、3時間目の講義が終わった後、駐車場で車のキーをアンロックしていた時
 
「千里〜、今日車で来たの?」
と言って声を掛けてきたのは、紙屋君と美緒である。
 
「うん。どこか行くなら送るよ」
「あ、助かる。でもさすがに横浜まで行ったりしないよね?」
 
千里は苦笑する。
 
「いいよ。横浜まで送るよ」
「やった!」
 

それで2人をインプレッサの後部座席に乗せて千里は車を出した。
 
「横浜のどこまで行くの?」
「みなとみらい21まで行ってくれたら凄く嬉しい」
「OKOK」
 
それで千里は取り敢えず穴川ICを上り、宮野木JCTから東関東道に進む。この道はそのまま途中から首都高湾岸線になる。
 
「さっすがインプレッサはパワーあるなあ。僕のフィットとは大違いだ」
などと紙屋君は言っている。
 
「そのフィットにもだいぶ乗っけてもらった」
と美緒。
 
「デート・・・じゃないよね?」
「まさか」
 
「でも最近けっこうよく一緒に居るみたい」
「お互いの性欲の処理はしているけど、デートという認識は無い」
「まあそうだろうね」
 
と言ってから千里は悩む。性欲の処理というけど、2人がセックスする訳はない。それは多分“原理的に”不可能だ。
 
「清紀って女の子にあそこ触られても平気なんだっけ?」
と千里は訊く。
「まさか。女の子に触られると萎えちゃうよ。やめろ〜!って感じ」
と清紀。
「ふむふむ」
 
「私たちはお互いのお股には接触しないよ。ただ裸になって背中合わせてお互い自分で処理する」
と美緒が言っている。
 
「不思議なデートだ」
「だからデートじゃないって」
「一緒にいることで、結構気分が高まるんだよ。お互いの振動を感じ合うことでわりと興奮する」
「面白いかも」
 
「今夜も横浜のホテルを予約してる。食事付き」
「ホテル代は僕が持って、食事代は美緒が持つ」
「へ〜。まあ楽しければいいよね」
 

千里は結局運転は《きーちゃん》に任せて(千里の身体の中に入ってもらった)自分は意識を眠らせていた。
 
みなとみらいでは、パシフィコ横浜でプラモデルの展覧会が行われていた。これが目的だったようである。美緒はそういえばプラモデルが好きと言っていた(さすが理系女子である)ので紙屋君がそれに付き合ったものか。
 
紙屋君が高速代とガソリン代と言って3000円くれたので、ありがたく受け取っておいた。千里はせっかく横浜まで来たし、中華街にでも寄っていくかと思い、中華街のチャイナパークに駐め、どこにしようかな、と考えながら歩いていたらバッタリと桃香と遭遇した。
 
「おお!ここで知り合いに会えるとは天の助け!」
などといきなり言われる。
 
「唯物論者の桃香が天の助けと言うのは珍しい」
「私も1年の内1秒くらいは神を信じることもある」
 
つまり《天の助け》と思ったのも1秒だけなのか!?
 
「でも桃香、今日はどうしたの?解析学の講義は**教授ぼんやりしてるから朱音が代返してあげてたけど、代数と電子計算機理論は欠席になっちゃったよ」
 
「ごめーん。実は昨夜恋人と喧嘩して、横浜に置き去りにされちゃって。彼女の車で来てたんだけど、帰る手段が無くてどうしようと思ってた。携帯もバッテリー切れになって。お腹空いたからこの通りで匂いだけでも味わっていた」
 
「財布は?」
「バッグごと彼女の車の中。後で返してくれるとは思うけど」
「まさか昨夜からずっとここに居るの?」
「山下公園で仮眠した」
「ほとんどホームレスだね」
 
よく襲われなかったものである。
 
もっとも桃香が男性と誤認された可能性はあるなと千里は思った。デートしていたからだろうが、メンズのシャツとズボンを穿いているし、元々髪は男のように短い。お化粧もしていない。
 
「ね、千里、あとでお金払うから取り敢えず何か食べさせてくれない?」
「まあいいよ。おごってあげるよ」
「おお!それはすばらしい!!」
 
むろん、おごりを遠慮するような桃香ではない。
 

結局、聘珍樓(へいちんろう)に入ることにする。
 
「ここ高そうだけど大丈夫?」
とさすがに桃香は心配そうだが
「うん。バイト代入ったばかりだし大丈夫」
と言って、案内してもらって2階のテーブル席に行く。
 
実際9月末にけっこうな額の印税が入っているのである。ただしお金はフェニックストラインの口座に入金されており、千里はそこから毎月40万円の給料をもらって学費と生活費、バスケットの活動費をまかなっている。なお振袖代の200万円は個人の貯金から払えるので問題無い。
 
まだ早い時間だったこともあり、客も少ない。そのせいか広めのテーブルに案内された。コース料理を頼む。
 
「桃香がいて良かった。コース料理って2名以上でないと頼めないからさ」
「へー。でも5600円か。けっこう高くない?」
「うん、大丈夫だよ」
 
桃香は「2名で5600円」と誤解しているが、1名様5600円である。2人なら11200円である。むろんそれを知ったら多分桃香は「出よう」と言い出すだろう。 
「ここは周富徳さんが昔総料理長していたお店なんだよ」
「ああ、あのおっさん、こんなまともなお店の責任者だったんだ?」
「料理人というよりコメディアンみたいな雰囲気を漂わせているよね」

「でもホント桃香って女の子専門みたいね」
「私は男には興味無い」
「沢居さんだけが例外?」
「あれは気の迷いだな」
 
千里としては万が一にも沢居さんと桃香の関係が復活したりすると、緋那があぶれて、貴司への攻勢を強めかねないので、ここは少し気になる所なのである。
 
「だったら安心した」
と千里は言ったのだが、桃香は「ん?」と思う。まさか千里って私に興味あるわけじゃないよね?私は男の子は恋愛対象外なのにと思ったりする。
 
「千里は女の子には興味無いよな?」
「まさか。私はストレートだよ」
「そのストレートって、男の子が好きなんだっけ?女の子が好きなんだっけ?」
 
「私は女の子なんだから、好きなのは男の子だよ」
「あ、そういうことか」
 
と思ってから、桃香はドキッとした。女の子? そういえば千里のことを女の子と見たこと無かったなと思う。
 
ふと千里の格好を見ると、水色のコットンシャツに薄黄色のカーディガンを羽織っており、ボトムは長めの白いプリーツスカートである。千里を「男の子」というフレームで見ていたので気付かなかったが、「女の子」と思って見ると、センスいいじゃんと思う。
 
お化粧はしてないが、ノーメイクでも充分可愛い女の子の部類である。長い髪におそらくストレートパーマを掛けて、さらさらと流している。今は食事中なので、髪が顔に掛からないようにクリップで留めているが、それを外すと日本的美少女という感じだ。桃香はどちらかというともっと線の細い子のほうが好みなのだが、ややボーイッシュな子も結構いける。どちらかというと、そういう子との方が長持ちしている気もする。
 
ん?千里ってボーイッシュな女の子なんだっけ??
 
「千里、何かスポーツとかするんだっけ?」
「趣味の範囲でバスケットしてるよ」
「へー。私はバスケは分からん」
「桃香は何かスポーツとかするの?」
「全然。水泳はわりと得意だけど、部活ではしたことないし。中学・高校の時は科学部だったんだよ」
 
「すごーい。やはり理系少女なんだ。私はさっぱり理科とか分からなくて」
 
「千里はなぜ理学部に来た?というくらいに機械音痴・理科音痴だよな」
「うん。化学とか生物とか不得意。薬品とか生物の名前を全然覚えきれない。化学式も覚えきれないし。こないだもエテンとエタンを勘違いしてたし。家電品とかも、どうしても必要なものだけは何とか覚えてるけど、ふだん使っているソフトでも、触ったことのないメニューがたくさんある」
 
「私なら知らないメニューがあったら、まず触ってみるんだけどな」
「そんなの触って元に戻せなかったら恐いもん」
「元のファイルのコピーを取っておけば恐くないよ」
「あ、そのあたりからよく分からない。セーブしていたつもりが、変わってしまった後のが、いつの間にかセーブされてて、元のが無くなってるし」
「いや、だからコピー取っておくのであって」
「うーん。。。そのあたりが結局分からない」
 
「やはりなぜ理学部に来た?だな。でも数学は割と得意みたい」
「うん。機械とか実験器具とかに触らなければ問題無い」
 
「なるほどー!千里、何次元の立方体くらいまで頭の中にイメージできる?」
「あれ、私あまり得意じゃないのよ。7次元くらいが限界。8次元はもう頭が混乱して見えなくなっちゃう。**先生は9次元までは分かるって言っていたね」
 
「9次元が分かるって絶対異常。7次元がイメージできる人はかなり凄いと思う。私は頑張って5次元が限度だ」
 
「だって5次元図形なんて、普通に扱えるじゃん。私も7次元は集中しないと分からないよ」
「いや、やはりそれは凄いと思う。千里、x^3-10x^2+31x-30 を因数分解できる?」
と桃香はメモを見ながら言う。
 
「(x-2)(x-3)(x-5)」
と千里が3秒ほどで答えると
「なぜ即答できる?」
と桃香は呆れるように言った。
 

1時間半ほど掛けてのんびりとコース料理を楽しんだが、少しずつ人が増えてきたので出ることにする。
 
「おごちそうさま」
「いえいえ」
 
「千里はここまで何で来たの?電車?」
「車で来たから、千葉まで桃香を乗っけていくよ」
「助かる!」
 
それで駐車場の方へ向かっていたら、美緒と紙屋君がこちらに歩いてくるのと遭遇する。
 
「今から晩ご飯?」
「そうそう。そのあとお楽しみタイム」
「じゃ頑張ってね〜」
「そちらもね〜」
 
と言って別れたが、千里は独り言のように呟いた。
 
「そちらもねってどういう意味だろう?」
 
「うーん・・・」
と言って桃香は腕を組む。この子、これ無意識なのかね〜?と桃香は悩んだ。 

「あ、このインプは以前にも乗せてもらった」
「うん。また借りてきたんだよ。後部座席で寝てるといいよ」
「そうさせてもらう。やはり野宿はけっこうこたえた」
「荷室に入っている毛布勝手に使ってね」
「さんきゅ」
 
それで桃香は一応シートベルトはした状態で、横になって眠ってしまったようである。千里も運転を《こうちゃん》に任せて意識を眠らせた。
 

夕方で混んでいたので、千葉市内に戻って来たのは1時間半後である。 
「いや助かった。千里もずっと運転していて大変だったでしょ。少し休んでいかない?」
 
「そうだね。じゃちょっと」
と言って車を桃香のアパート近くの時間貸し駐車場に駐め、アパートに行く。 
桃香はその辺に駐めといても大丈夫だよと言っていたが、この付近は駐車違反の取締りが結構厳しい。そして実は千里が駐めた駐車場は“ある問題について”『安全な領域』でもあるのである。
 
しかし桃香のアパートに来るのは半年ぶりだ。千里はアパートのそばに立ってみて「気の流れ」が大きく変化していることを認識して満足する。やはり、あのお地蔵さん利いてるなあ。後でお供え持っていこう。
 
後ろの子たちがワクワクしているようなので『処分していいよ』と言うと、飛び出していって“このアパート以外”の部分に漂っている“浮遊物の処分”を始めてくれた。
 

「あ!こんな所に私のバッグが」
と桃香が声をあげている。どうも桃香の彼女が玄関前に放置していったようである。
 
「無くならなくてよかったね」
「全く全く」
 
と言って、桃香はバッグの中から財布を取り出し、その財布の中から鍵を取り出して、アパートの部屋のドアを開けた。
 
「それバッグが無かったら、もしかして部屋にも入れなかった?」
「ああ、大丈夫。その時はここに予備の鍵があるから」
と言って、メーターボックスのふたをあけ、水道のメーターにマグネットで貼り付けてある鍵を取り出して見せる。
 
「それ、無茶苦茶不用心」
「だって、鍵を中に入れたまま、うっかりドアを閉めてしまうことってよくあるだろう?」
「そう?」
 
「でもみんなに知られているから、朱音とかが勝手に中に入って寝ていることもある」
「あぁ・・」
 

取り敢えず中に入る。冷蔵庫の中から桃香がビールっぽい缶を2つ出してくる。 
「ごめーん。私、車運転しないといけないから」
「あ、そーか。待って。何か無かったかな」
と言って桃香は、イオンの29円のサイダーを出して来た。
 
「あ、これ私も大量に買う」
「これ安くていいよな?」
「うんうん。安いの大好き」
 
「安物好きというのでは、私と千里の好みは一致している気がする」
「ちなみにその桃香が飲んでるのは?」
「これはディスカウント・ショップで買った1個69円の第4のビール。韓国産」
「イオンのバーリアルより安いじゃん!」
「あ、バーリアル飲んでる?」
「私が飲む訳じゃ無いけどね。普段は彼氏には一番絞りとかプレミアム・モルツとかを買ってあげるけど、浮気とかした時はバーリアルになる」
 
「なるほどー!そうか。彼氏居たんだったね」
「でも浮気性だからなぁ」
「なんか耳が痛い」
「もしかして桃香も浮気性?」
「浮気のおしおきなら何度もされた」
「何されるの?」
「縛り上げたまま放置して帰っちゃうとか」
「それどうすんのさ?」
「誰か助けてくれそうな子に電話して助けてもらう」
「なるほどー。ガールフレンドがたくさん居るんだ?」
「いや。たくさんという訳じゃないんだけどね」
 
そんな会話をしながら、桃香は千里に彼氏がいるということは相手はゲイなのかな?だったらビアンの自分とは接点が無いから、千里はひょっとしたら朱音とか真帆とかの女性の友人より安心して友だち付き合いできる子なのかも知れないと考えていた。
 
(この時点ではまだ桃香は千里に恋愛感情は持っていない。高岡で襲おうとしたのは、条件反射の部類である!) 

「だけど、このアパートって割と便利な場所だよね」
「千里、いやに遠い所にアパート借りてたよな」
「うん。遅くなった時に帰るのが結構大変なんだよ」
「ここは大学の南門から歩いて10分くらいだし、遅くなったら泊まってもいいよ。朱音とか玲奈とかはよく泊まっているし」
 
千里は一瞬考える。
 
「私って桃香の恋愛対象外だよね?」
「多分。千里、ちんちんあるんだよね?」
「あるけど」
 
「だったら完全に対象外だ。ちんちんは自分に付いてるのは構わないけど、相手に付いてるのを見たら嫌な気分になる」
「桃香、ちんちんあるの?」
「時々ね」
 
「ふーん。でも高岡で桃香の実家に泊まった時、私、襲われそうになったけど」
「済まん。済まん。寝ぼけてたもんで」
 
「まあ襲われることないのなら、時々泊めて」
「OKOK」
 
ここの結界のメンテもしたいしね〜。後ろの子たちにたくさん食べさせてあげられるしね〜。ここあの神社より凄い餌場じゃん!と千里は考えていた。 
何かの時は、りくちゃん守ってね、と言おうとしたが《りくちゃん》はまだ『食事中』のようであった。
 
「だけど逆に女の子を泊めた時、襲いたくなることは?」
 
「クラスメイトには基本的には手を出さない」
 
ほんとかなぁ〜?
 
「夜中に朱音に殴られたことはあるが」
「まあいいや」
 
 
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