【女子中学生・春ランラン】(1)

前頁次頁目次

1  2  3  4  5 
 
2005年3月25日、名古屋で愛地球博が始まる。これに先行した3月6日には地球博関連の交通機関として、日本初の“浮上式”リニアモーターカー旅客線「リニモ」が開業した。(浮上式でなくても良ければ長堀鶴見緑地線、大江戸線などでリニアモーターは既に使用されていた。この年の2月にも福岡の七隈線が開業している)
 

2005年3月26日(土).
 
黒沢柚美は、元気な男の子を出産した。予定日は5月8日で1ヶ月以上早い出産だったが、赤ちゃんは元気だった。そしてこの出産に、自分の男系子孫を諦めていた杉村蜂郎は狂喜した。
 
杉村蜂郎には3人の息子が居たが、三男の古広は女装癖があり、将来的には性転換手術を受けて女になると言っていた。蜂郎は上に2人も息子がいるし、まあ三男なら性転換して女になってもいいかと諦めていた。
 
ところが昨年の夏、上の2人が相次いで性転換してしまい、蜂郎は当時ショックで寝込んでしまった。ところがそんな所に古広が恋人の女性を妊娠させてしまったので中絶の費用を貸してと言ってきた。
 
蜂郎は喜んで古広の彼女・柚美に「全面的に支援するからぜひ産んで欲しい」と申し入れたのである。古広はまだ高校2年生なので柚美と結婚することができない。それでこの子供を古広が胎児認知し、また古広が18歳になったところで婚姻届けを出す予定である。
 
先行して2人は昨年11月から同棲して夫婦として一緒に暮らしていた。柚美は大学生だが、絶妙な時期の出産となったため、休学無しで大学に復帰できそうである。
 

なお“元長男”の初広は女性(レスビアン)の婚約者・鈴花がおり、彼女と法的に婚姻したいので、身体は女性になったものの法的な性別は修正しない。“元次男”の真広は性別を訂正したので、法的には次男あらため長女となった。そして従兄の杉村桂助と婚約した。
 
桂助は小さい頃から親に「お前は女になる手術を受けて真広ちゃんの嫁さんになれ」と言われ(多分70%くらいジョーク)「ぼくお嫁さんになるのかなあ」と思っていた。でもずっと真広のことが好きだった。それが真広のほうが女になってしまったので、桂助は男性の身体のまま真広と婚約した。
 
彼は現在、急速に女性化しつつあり、ふたりは双方女性の服を着てデートしている。そして彼は真広から“桂花”と呼ばれている。精液の冷凍も作り「これでいつでも去勢できるね」と言われてドキドキしている。彼はこの3月で大学を卒業。旭川市内の企業に勤め始めたが、会社には男装(但し下着女装)で出ていき、アパートに帰ると女装という二重生活になっている。彼はタックされてしまったのでもう小便器が使用できない(元々使ってなかったけど)。なお真広は札幌に住んでいるので、ふたりは週末同棲している。
 
杉村蜂郎は自分の後継ぎには、高校時代はインターハイにも出場し、国立大学にストレートで合格した真広を現在考えている。女社長でもいいかなと思う。そのあと、古広の息子に引き継げたらというのが蜂郎の夢であるが、真広の子供(真広と桂花のどちらが産むのかよく分からない:真広の精液も保存されている)でもいい気がしている。
 

2005年4月6日。
 
留萌の中学校ではこの日が始業式であった。
 
彼(彼女?)は学生服とセーラー服を目の前に並べ、どちらを着ていくか悩んでいた。
 
セーラー服を着たいけど、そんなの着ていったら叱られるかなあと不安で、そちらを着る勇気が無い。
 
「あんた、そろそろ行かなきゃ」
と言って母がドアを開けたので
「きゃっ」
と小さな声をあげてブラジャーを着けている胸の前で両手をクロスして身体を隠す。母は一瞬で状況を把握した。
 
「セーラー服着ていったら?」
「勇気が足りないよぉ」
 

2005年3月26日から4月3日まで、S中女子剣道部、R中女子剣道部の精鋭グループは旭川の、天野貴子の家に付属した道場で強化合宿をした。その終わりかけ4月2日は少し自由時間を取った。この時間に工藤公世はスポーツ用品店に行って新しい靴を買い求めた。
 
靴を見るのに千里も付き合ってくれたが、今使っているのがエアクッションタイプなので、次はゲルクッションのを買ってみた。
 
「お客様、よくこちらにお見えになりますよね」
「ええ、だいたい1月で1足履き潰すので」
「1ヶ月で?スポーツ選手ですか?」
「はい。剣道ですが、基礎トレで毎日20km走っているので」
「1日20kmですか!マラソン選手並みですね」
とお店の人は驚いていた。
 
「ちなみに靴下は1回のジョギングで穴が空きます」
「なるほどですね」
とお店の人は感心していた。
 

2005年3月27日、深川留萌自動車道の沼田IC−北竜ひまわりIC間が開通した、これで深川から留萌方面への“平野部”の工事が完了し、いよいよ山越え部分の工事が進むことになる。次は幌糠(ほろぬか)に作られるICまでで、この間の工事は山中に道を通すので、難工事が予想される。
 

その幌糠ICができてしまうと完璧に“スキップ”されてしまうことになるR233沿いの場所に忘れ去られたような小さなドライブインがあった。
 
留萌がスケソウダラ漁で賑わっていた頃は人もたくさん来て、客席も広く、従業員も何十人も雇っていたが、留萌が寂れていくと共にお客さんも減り、店の経営も傾いた。
 
店の床面積が広いとそれだけ税金も高いので、10年ほど前に客席10席ほどの小さな店に建て替えた。現在は70代の夫婦のみでやっている。息子2人は深川で協同でフランチャイズチェーンの飲食店のオーナー店長をしている。実際問題として現在お店はほとんど道楽で開けているような状態であり、生活費も息子たちからの支援で何とかしている状況であった。
 
そして幌糠ICができたら、この道を通る車が激減するのは目に見えているので夫婦は店を畳む時期を模索している状態だった。
 
このお店に4月1日「熊カレー鹿カレー300円。テイクアクトOK(原文ママ)」という幟旗(のぼりばた)が立ったのである。ピンク地に黒文字、熊の絵付きで、とても目立つ。
 
しかし何と言っても“300円”という安い値段に惹かれて車を停め買っていく客(多くはテイク“アウト”)が相次ぎ、初日はいきなり100食も売れて「売り切れ」
の紙を貼ることになった。
 
この店にはすぐに地元メディアが飛び付き、記者も試食して
「美味しいですね」
とレポートし、それでますます客が来て、この店は繁盛するようになったのである。
 

この地は峠下と言い、留萌本線の峠下駅からあまり遠くない場所にある。以前は峠下小学校というのもあったが、1989年に廃校になっている。小学校ができる前は、ポンルルモッペ駅逓所が明治時代に置かれていた場所で、その記念碑も近くに残っている。“ルルモッペ”というのは、この付近を流れて留萌港に注ぐ留萌川のことで、この川の名前が“留萌”の語源と言われる。アイヌ語で「汐が深くまで及ぶ川」という意味らしい。
 
駅逓所というのは、江戸時代に松前藩が設置した、拠点基地であり、旅人の休憩所ともなる施設だった(今でいえば道の駅?)。明治時代に北海道の開発が進むにつれ、道内に多数の駅逓所が作られ、その和は数百に及んだが、開発が落ち着いてくるとその役割を終えて閉鎖されていった。
 
このお店の名前は最初“峠下”という村の名前をアイヌ語で言った“ルチシポク”を名乗っていたが、昭和40年代に英語に直訳した「ダウンヒル・ハウス」という名前になった。しかし10年前に店を小さく建て直した時“峠の丼屋”と改名した。
 

今回のプロジェクトは、1月に千里Gが室蘭まで旧友の珠良に会いに行ったのをきっかけに始まった。とにかく“早川ラボ”でたくさんヒグマやエゾシカが穫れるので、それを処理しようということで「熊カレーを作ろう」ということになったのである。
 
このプロジェクトは、割としっかりしている前橋善枝が主導している。熊肉の解体については、留萌市内の熊料理のお店に協力を求めた。しかしその店で販売できる量を超えているということで、結局、珠良のお父さんが提案した熊カレーを作ろうということになった。
 
そこで目を付けたのが丼物を販売していて御飯と汁の組み合わせに慣れていたこのお店だったのである。実際には深川で飲食店をしていた息子たちの内、次男さんが留萌に戻って来て、前橋などと打ち合わせた。味に関しては、千里・蓮菜・玖美子などのP神社グループの好みで監修したので、女子中生好みの甘いフルーティーなカレーになった。
 
リンゴと蜂蜜を加えていて、ハウス・バーモントカレーに少し似た味である。使用しているカレー粉は珠良のお父さんの会社が販売しているG&Bカレー粉。
 
「なんかちょっとC&B(*1)カレー粉と一瞬空目しません?」
「それ偶然の一致ね。G&Bは Girls and Boys で、女の子も男の子美味しいと思ってくれる味だよ」
と珠良父は言っていた。
 

(*1) C&B (Crosse & Blackwell) はカレー粉で有名な英国の食品会社。明治時代に日本でカレーが食べられるようになった当初、みんな C&B のカレー粉を使っていた。国産のカレー粉を最初に作ったのはキンケイ食品(現在のエバラ食品につながる会社)と言われる。
 
なおS&Bとは無関係である。
 

経営組織としては、このお店自体を天野産業で買収し、次男さん夫婦に毎月の給料の最低保証をした。だからこそ次男さん夫婦は留萌に帰ってきてくれた。
 
カレー粉は珠良の父の会社から安価に仕入れる。馬鈴薯・玉葱・人参については当面、店の夫婦が自分の畑で作っているものを使用したが、安定供給のため、近所の農家からも買うようにした。お米も留萌市内の契約農家から仕入れる。そして前橋が精肉の形にした、熊肉・鹿肉を持ち込み、次男さん夫婦でカレーを作り、試作品を2月・3月と作った末に、4月1日の午後から一般発売するようにしたのである。老夫婦が販売員およびお客様係である!
 
ヒグマ・カレー、エゾシカ・カレー 各300円
トンカツ丼、牛丼、天丼 各300円
親子丼 250円
納豆丼、玉子丼、木の葉丼、とろろ丼 各200円
 
(数的にはトンカツ丼・親子丼がもっとも売れた。熊カレーは客寄せ商品)
 
テイクアウトの客で希望者には、次男さんの奧さんの提案で紙エプロンを付けるようにした。車内で食べていて車が揺れたときに服を汚さないようにするためである。
 
300円などという安い値段で提供できるのは、熊肉をとても安価(事実上解体費のみ)で提供でき、お米・野菜なども安価に入手できるからである。それに千里としては熊肉・鹿肉の処分が目的なので、儲ける必要は全く無かった。
 
しかしこのお店は繁盛して、連休前には売り子のパートさんを雇うことになった。(地元の女子高生を数人雇った)
 

「千里さん、割り箸や木のスプーンを買うの面倒です。木材加工所をひとつ買いませんか」
と九重が言う。
 
「そんなの売ってるの?」
「経営の苦しい所たくさんあるから、そこの借金を返してあげて、社長はそのまま所長か何かの名目で残ってもらって、経営権だけこちらに取ればいいんですよ」
「ふーん。任せる」
 
ということで、前橋が主導して、天野産業は木材加工所、次いで製材所を買収。更に小さな製紙工場も買収して、このカレー屋さんで使用する使い捨て容器、木のスプーン、紙エプロンなどを自給できる態勢にし、ますますコストを下げることに成功する。熊肉の解体についても、何人かの眷属(歓喜のお友だち)に学ばせスタッフを増員して処理能力を上げた。
 
(九重のお友達なら危ないが、歓喜のお友達なら信頼できるだろうと千里は考えた)
 

2005年4月。
 
千里たちのS中では新2年生も新3年生もクラスの再編を行わなかった。3月下旬の時点で新3年生は81人で3クラスを維持できる下限人数、新2年生は78人で2クラスになる人数だった。
 
北海道のこの頃の基準
1年生:1学級は35人以下
2-3年生:1学級は40人以下
 
つまり1年生は70人まで2学級、71人以上で3学級。
2−3年生は80人まで2学級、81人以上で3学級、となる。
 
3年生はギリギリだが万一新学期が始まるまでに1人でも転出すれば2学級に再編し直さなければならない。2年生は否応なしに2学級である。それでどちらも“再編しない”ことで3クラスを維持した。2クラスにすると教室が寿司詰めになってしまう。
 
新1年生は1年生の特例を使っても3クラスにできないため2クラスで密度の高い教室になる。
 
ここの学校は生徒数の多かった時代の名残で、狭い敷地に多数の教室を確保するため、各教室の面積が狭い。校長は「基準通りの学級数にしろと言うなら校舎を建て替えてくれ」と教育委員会に要求した。すると2年3年を再編しないことを認め、それに対応する教員数を確保してくれた。
 
校舎は2007年にF中学を吸収合併する際に建て替えられることになる:一時的に生徒数が増えてまた3クラスになる。
 

新学期の男の娘たちの状況。
 
沙苗とセナはもう完全に女子生徒なので、当然セーラー服で出て来た。2人は女子トイレ・女子更衣室を使用する。ふたりは生理もあるので完全な女性になったと思われる。ふたりとも戸籍を女子に訂正済みである。
 
雅海はほとんど女生徒扱いにされているのに、まだ男子制服で出て来る。彼女はトイレも更衣室も女子用を使うし、身体測定も女子と一緒である、それなのにまだ「恥ずかしい」と言って男子制服での通学を続けている。
 

司はますます女子度がアップして男子制服を着ていても女子にしか見えない。彼は1月以降いつもブラジャーを着けているようになったし、男子トイレの小便器を使わなくなったので
「とうとうペニスを切断したのでは?」
「かなりバストが発達してきたのでは?」
とみんなから噂されている。
 
(彼は試合中に打球が股間に当たってもほとんど平気であることから、睾丸を除去済みなのは確実と言われている)
 
司は一応男子制服を着て登校してきたものの、この4月に、とうとう男子更衣室の使用禁止を宣告された。
 
「男子更衣室使っちゃだめというなら、ぼくどこで着替えればいいの?」
「用意した」
といって保健室に連れて行かれる。
 
「ああ、司ちゃん、心配しなくていいよ。あなたはここで着替えてね」
と保健室の先生に言われ、彼女は公世と同様、保健室のカーテンの向こうで着替えることになった。
 

公世は昨年の夏以降何度も性転換されて、女の子になる度にトイレに困っていたのだが、それが秋頃やっと落ち着いたかと思ったら唐突に男性尿道が消失してまたトイレに困る状態になった。それを12月下旬に修正してもらい、やっと普通に男性的排尿ができるようになった。
 
しかし彼自身の女性化が進行しているため、友人達に個室に誘導されるようになってしまい、彼は男子トイレは使うが、個室しか使わない(使わせてもらえない)状態になっている。また彼は着替えは保健室でしてねということになっている。
 
彼を女性化したい人は複数いるようだ。彼はセーラー服も持ってはいるが、本人の意識は男なので、男子制服で登校してくるし、道着も基本は紺色である。
 

新2年生の潮尾由紀(うしお・よしのり)は
「君、女子剣道部に行く?」
と訊かれて
「どうしよう?」
と悩むように答える子である。卒業までずっと男子剣道部に居るとは思えない。そもそも男子生徒のままとはとても思えない。クラスメイトたちは、彼女が女子制服で通学し始めるのは既に“織り込み済み”の状態である。
 
彼女は道着も白である。彼女はクラスメイトの女子から
「ゆきちゃん、女子トイレに来ない?」
「ゆきちゃん、女子更衣室に来ない?」
と言われて
「恥ずかしい」
と言っている子である。1月頃、何か心境の変化?があったようで、女性化が更に進み始めている。恐らく女性ホルモンを飲み始めたのではとみんな言っている。もう下着は女子下着しか着けていないようで、女子更衣室に連れ込まれるのは時間の問題かも。
 
(女子選手が男性ホルモンを飲めばドーピングだが、男子選手が女性ホルモンを飲むのは別に禁止ではない)
 

司、公世、由紀は身体測定は個別測定されている。
 
また公世は中体連の剣道連盟から、司は中体連の野球連盟から、各々性別診断書を取ってくれという要求があり、各々指定された病院に行って検査を受けた。2人とも「確かに男性」という診断書が出たものの、剣道部の岩永先生も、野球部の強飯先生も
「どうやって医者を誤魔化したんだ?」
と思わず呟いた。
 
(由紀も多分夏には性別診断を受けさせられる。そしてきっとあの子の場合は「確かに女性」と診断されそう!)
 

さて新学期は学級の再編はされなかったものの、委員は改選された。図書委員・放送委員などの“専門職”はそのままだが、他の委員は改選される。千里たちの3年1組では、男子は飛内君、女子では優美絵がクラス委員に指名された。
 
「クラス委員なんて無理ですー」
と優美絵本人は言っていたが
「まあやってみよう」
とみんなに励まされていた。実は蓮菜と玖美子がどちらも受験勉強のため委員を辞退したのでこの付近に回ってきた。でも去年同様、学年途中で交替することになるかもねーと千里は思った。昨年は1学期は恵香がクラス委員を務めたが、ミスが多く本人も「私には向きません」と言うので、2学期からは世那に代わった。世那は結果的に男子クラス委員と女子クラス委員の両方を経験するという不思議な経歴を持つことになった。
 
なお今年はクラスが再編されなかったので、生徒手帳も更新されず“3年”というシールが配られ、各自生徒手帳の身分証明書欄に貼ってということになった。小春はこのシールを2枚確保し、1枚は自分の生徒手帳、1枚は千里Bが持つ“男子16番”の生徒手帳に貼り付けた。(千里R/千里Yは女子31番の生徒手帳を使っている)
 

S中の女子剣道部は1年生の新入部員を迎えた。
 
N小出身
ノラン・エイジス(英国国籍)、エヴリーヌ・ポアン(フランス国籍)、カレン・バウアー(ドイツ国籍)、丸橋五月(日本国籍!)
P小出身
棚橋揺子
増毛町から転入
佐倉美比奈
 
N小剣道部にいたもうひとりの波頭由紀ちゃんはミニバスと兼部だったので迷った末、バスケ部を選んだらしい。五月ちゃんも卓球部と兼部で悩んでたらしいが、春休み中にラケットのケースをうっかり踏んじゃって割れてしまったので、買い直すと高いしと言って、剣道部に来てくれた。
 
「なんか外人さんが多い」
と美比奈ちゃん。
 
「全員日本の小学校を卒業したことで、大会参加資格がある」
と五月ちゃんが言っていた。
 
1年生は全員春の大会の個人戦に出すことにする。団体戦は2−3年生で構成する。
 

今年女子バスケ部には剣道部とどちらにするか迷った末こちらを選んだ波頭由紀ちゃんを始め3人の新入部員があり、部長の数子は
「やったぁ!これで大会に出場できる」
と叫んだ。
 
実は千里と留美子を除くと5人ギリギリしかいなかったのに、その内のひとり新2年生の伸代が転校してしまった。それで現状4人しかおらず、このままでは出場もできない状態だった。
 
しかし波頭由紀は数子の言葉を聞いて「この部、大丈夫か?」と思い、バスケ部を選んだことを後悔し始めていた。
 

4月16日(土).
 
千里Rは今年度最初の旭川行きをした。朝一番の高速バスで旭川駅まで行く。瑞恵にきーちゃんの家まで運んでもらい、その日はフルート・ピアノのレッスンを受ける。
 
そして翌日は午前中龍笛の手ほどきを受け、午後からは越智さんに来てもらって剣道の指導を受けた。夕方、天子のアパートに顔を出してから瑞恵に旭川駅まで送ってもらったが、駅に到達する前に(疲れたので)消えた!
 
(髪の長い女性が後部座席で走行中に消える怪異!?)
 

数子はメイン体育館で剣道部の練習をしている千里の所に来て言った。
「ねね、千里ちゃん、23日、バスケ部の春の大会なんだけど、出てくれないよね」
「23日?ごめーん。翌日24日が剣道部の大会だから、練習に集中したいからパスで」
「そっかー。ごめんね」
 
数子は同じクラスの留美子の机の所に来て言った。
「ねね、ルミちゃん、23日、バスケ部の春の大会なんだけど、出てくれないよね」
「あ、ごめん。23日24日は応援団で野球部の応援に行くからパスで」
「そっかー。ごめんね」
 
数子は放課後、部活を休んでバスでC町まで行き、P神社まで行って、そこにいる千里に訊いた。
「ねね、千里ちゃん、23日、バスケ部の春の大会なんだけど、出てくれないよね」
「23日?ごめーん。頼まれている仕事(実は光辞の翻訳)をできるだけ急いで欲しいらしくて。しばらく時間は取れないと思う」
「そっかー。ごめんね」
 
数子はひとりになると叫んだ。
「つまり春の大会は千里・留美ちゃん抜きで戦わないといけないの〜〜!?」
 

実際真理さんからは
「事情は今話せないけど、翻訳作業をできるだけ前倒しでお願いしたい。私も書写頑張る」
というお手紙が来ていたのである。
 
光辞の翻訳は真理さんが原文を見ながら書写し、それをこちらに郵送してくるので、千里がそれを朗読し、その朗読を小町が録音して真理さんに送り返している。できるだけ急ぎたいというのは、もしかして遠駒恵雨さんの健康状態にでも問題が生じているのだろうかと千里は考えた。恵雨さんは87歳の高齢である。
 
千里は真理さんが書写したものは読めるが、コピー機でコピーしたものでは読めない。真理さん以外の、たとえば紀美などが書写したものでも読めない。光辞は読む人も選ぶが、書写する人も選ぶようなのである。
 
それで千里はこの所、空いている時間はずっとこの朗読作業をしていた。
 

中体連野球大会留萌地区大会が4月23-24日に留萌市内の中学校運動場を使って開催された。
 
S中は市内の中学校グラウンドでC中と対戦した。
 
試合前。向こうのベンチ。
 
「何で向こうは女子が入ってるんですか」
「なんか男子として出場していいという許可を取ったらしいよ」
「へー。でもやりにくいなあ」
しかし彼らはすぐに司の実力を知ることとなる。
 
この試合S中は1年生ピッチャーの小森君が先発した。司がマスクをかぶった。小森君は右腕の直球投手で、彼が使えるようになると、2年の左腕・山園君と2本柱にしてピッチャーのやりくりが楽になる。
 
彼は一巡目は何とか相手打線を抑えたものの2巡目では打たれ始める。ノーアウト13塁になったところで打順はクリーンナップに回る。小森君はかなり辛い顔をしている。
 

小森が投球する。1塁ランナーがスタートする。バッターが空振りする。司はボールを持ち大きくふりかぶって2塁へ投げた。
 
のを見て3塁ランナーが本塁に突っ込む。
 
しかし司は実は2塁へ投げたのではなく、ピッチャーの小森君に投げていた。小森君は一瞬ビクッとしたものの反射的にキャッチしてすぐ司に戻す。
 
3塁ランナーは司にタッチされてアウト。
 
それでピンチを脱した。
 
その後は冷静さを取り戻した小森君が4番バッターを三振、5番バッターを内野ゴロに打ち取ってこのピンチを無失点で切り抜けた。そしてその裏、ライトに入っている前川君がソロホームランを打って貴重な1点を奪った。そして5回からはその前川君がマウンドに立ち、多彩な変化球で相手打線を翻弄。S中は1回戦を勝ち上がった。(勝投手小森)
 

24日の地区決勝はR中との対戦である。
 
R中はもちろん司の怖さを知っているので1年生部員が
「あれ、向こうは女子が入ってるんですか」
と言っても
「あの選手は女子ではあっても男並みの実力だから甘く見るなよ」
と先輩が注意していた。
 
それでも早々に1年生の走者が牽制で刺され
「嘘だろ?」
という顔をしていた。
 
この試合は2年生の山園君がR中の強力打線をきれいに抑える。立ち上がりにランナーを出したが上述のようにすぐ司に牽制で刺されてチャンスが消えた。山園君も2回以降はペースに乗って気持ち良く投げていた。
 
山園は昨年までは直球とカーブしか無かったのが、今年はチェンジアップを覚えたので、これでR中の打者はタイミングを外しまくられ、彼の前に沈黙する。試合は内安打で出た菅原君を阪井君がバントで送り、前川君のタイムリーで勝ち越した。(勝投手山園)
 
これでS中は地区大会を制し、来月行われる春の北北海道大会に進出した。
 
この2日間、河合君を団長とし、留美子を旗手としたS中応援団は必死の応援を送り、優勝した時は物凄い歓喜だった。河合君の声が枯れていた。
 

23日には小平町でバスケットの大会が行われた。S中女子はシードされていたのだが、千里と留美子が双方居ないと得点もできないしリバウンドも取れない。成長中だった点取り屋の伸代まで居なくなったのでM中にダブルスコアで敗退。早々に消えた。
 
昨年R中と何度も死闘を演じたチームとは思えない、あっけない敗退だった。R中は対S中の秘策を練っていたのにSが初戦で消えるとは“想定外”(*2)で、拍子抜けであった。
 
数子は1年生たちが何か話し合ってる風なのが何とも不気味な気がした!
 
男子のほうも、昨年の3年生の学年が抜けたことで実力が落ちまくっており、こちらも初戦敗退してしまった。
 
(*2) この年、ホリエモンこと堀江貴文が使った“想定内”“想定外”が流行語となった。
 

4月24日(日)、増毛町体育館と増毛中学を舞台に、中体連剣道の大会が行われた。
 
今回の大会で団体戦の参加校は男子10校、女子6校である。男子は1回戦→2回戦→準決勝→決勝(4校が1回戦から/6校が2回戦から)となるが、女子は1回戦→準決勝→決勝である。4校が1回戦から、2校が2回戦(準決勝)からであるが、当然S中とR中が1回戦不戦勝でシード(*3)されている。
 
団体戦
9:00 男子1回戦(2) 女子1回戦(2)
9:30 男子2回戦(4) 女子準決勝(2)
10:00 男子準決勝(2)
10:30 女子決勝(1)三決(1)
11:00 男子決勝(1)三決(1)
 
(*3) シードとは「種を蒔く」という意味で、大会の組み合わせ表(bracket)において強いチームをトポロジー的に遠い所に置き、対戦ができるだけ後で起きるようにすること。不戦勝が発生する場合不戦勝できる場所に置くことが多いが、不戦勝そのものをシードというのではない。この付近は時々誤解している人がいる。
 

S中は9:30頃からの2回戦(準決勝)からだが、先鋒・次鋒・中堅までで3勝して順当に決勝戦となる。当然相手はR中である。両者のオーダーはこのようであった。
 
先鋒:月野聖乃(1級)2年
次鋒:原田沙苗(二段)3年
中堅:羽内如月(初段)2年
副将:沢田玖美子(初段)3年
大将:村山千里(二段)3年
 
先鋒:山倉綾耶(1級)1年
次鋒:中村桃実(1級)1年
中堅:田詩歌(1級)2年
副将:前田柔良(初段)3年
大将:木里清香(二段)3年
 
S中は新人戦の時とオーダーが変わってないが、R中は先鋒・次鋒を変えてきた。部員数が多いから多分実力僅差の部員が多いのだろう。S中の場合、清水好花が伸びそうで伸び悩んでいる。男子かと思うほどの長身だが、その体格が必ずしも有利に働いていないようである。
 

先鋒戦、相手の山倉綾耶は長身の選手であるが、パワー勝負になると最近筋力を鍛えている聖乃も負けていない。2分までに2本取って勝つ。次鋒の中村桃実はあまり体格が無く、その分スピードのあるタイプ。でも沙苗の敵では無かった。あっという間に沙苗が2本取る。
 
ということで、最初の2試合はあっけなくS中が勝った。安藤先生が頭を抱えていたので、もしかしたらオーダーの読み違えかも知れない。後で沙苗と玖美子が話していたが、向こうはこちらのオーダーを、ノラン/如月/沙苗と予想していたのかも。
 
中堅戦の如月vs詩歌は、普段からたくさん対戦している同士の組合せとなった。激しい戦いが繰り広げられる。双方一歩も引かない攻防が続く。しかし時間切れ寸前、如月が胴で1本取った。
 
それでS中の優勝となった。千里は優勝はしたものの木里さんと対戦できなかったので不愉快だった。木里さんも負けたことより、千里と対戦できなかったのが不愉快なようであった!
 

男子のほうはこういうオーダーだった。
 
春女秀香(1)/吉原翔太(2)/潮尾由紀(2)/竹田治昭(3)/工藤公世(3)
 
例によって
「なんでそちらは女子が3人も入ってるんですか?」
と言われ、
「工藤さんも潮尾さんも春女さんも男子への参加が認められています」
という説明で始まる。
 
(完全に“女子選手だが男子への参加が認められている”ということにされている(*4))
 
しかし2回戦も準決勝も大将戦に行く前に勝って上位に上がっていく。そしてS中とR中で決勝戦になった。しかし今度は大将戦に回る前に、副将の竹田君のところで負けてしまい、準優勝に終わった。竹田君が
「ごめーん」
と言っていたが、総合力では向こうが強いからやむを得ない。
 
結局団体戦では公世は一度も試合をしていない!
 

(*4) 剣道部男子に異様に男の娘が多い問題について、当人も小さい頃はよく女の子と間違われていたという佐藤君は
「たぶん女性的な性格だから『男らしくなるように』と武術をやらされた結果」
と言っていた。
 
佐藤君自身は思春期以降は女の子と間違われることはなくなったという。
「まなちゃん、女の子になりたくなかった?」
「べ、べつに」
 
(怪しい)
 
彼は長髪の多いS中運動部男子の中で珍しい坊主頭である。その件に付いて沙苗は『たぶん髪を伸ばすと女の子に間違われるから』と言っている!
 
ただ、佐藤君は身長が174cmもあり、女装する場合はそれがネックになる。
「欧米に行けばその身長でも女性に見てもらえるかも」
「別に女装する趣味は無い!」
 
(怒る所がますます怪しい)
 

12時から個人戦が始まるが、個人戦は男子は増毛町体育館(8面)、女子は増毛中学校体育館(4面)と分離される。
 
「なんかいつも女子が狭い会場に移るの差別と思わない?」
「そんなこと言っても男子のほうが参加人数多いし」
「多い人数は広い会場でないとさばけない」
「女子の参加人数のほうが多ければ、女子が広い会場を取ることになると思う」
「うむむ」
 

女子のスケジュールはこのようになっている。参加者は77人である。
 
12:00.1r 26->13 (77->64)
12:28.2r 64->32 (64->32)
13:24.3r 32->16
13:52.4r 16->8
14:06.QF 8->4
14:16.SF 4->2
14:26.三決
14:36.Final
 
まず、1回戦から出た丸橋五月・棚橋揺子・佐倉美比奈はいづれも敗退した。2回戦で消えたのが3年生の世那と真由奈、1年生のエヴリーヌとカレンであった。3回戦で、聖乃、真南、ノランが消える。今回、好花はここを勝ち上がり、Best16にS中は5人(千里・玖美子・沙苗・羽内如月・清水好花)残った。
 
4回戦はこうなった。
 
千里S○−×倉岡C
吉田M○−×田R
桜井F○−×羽内S
前田R○−×神田H
沢田S○−×木下M
中村R○−×清水S
原田S○−×井上C
木里R○−×広島K
 
R中の中村さんは1年生で唯一Best8に残った。これは組み合わせの運が良かったのもある。本人も「まぐれまぐれ」と言っていた。
 

そしと準々決勝。
千里S○−×吉田M
前田R○−×桜井F
沢田S○−×中村R
木里R○−×原田S
 
順当に最強の4人が残り、準決勝では千里と木里清香が勝ち、この2人での決勝となる。2004年1月の新人戦以来、5回連続である。ここまでは村山3勝・木里1勝であったが、2人の実力がほぼ等しいのは誰の目にも明らか。
 
例によって息つく間もない、激しい勝負が展開される。どちらも本割では1本が穫れず延長戦となる。時間切れ寸前、双方最後の勝負。お互いに面打ちに行ったところで「面あり」の声。旗を見ると赤1白2。判定が割れたものの清香の勝ちであった。千里は挨拶をして下がった後、思わず首を振った。しかしこの2人の勝負では審判の旗が割れやすい。実際戦っている本人たちもどちらが早かったが、分からなかった。
 
そういう訳で、今回は清香が優勝て千里が2位であった。
 

男子のほうでは公世が圧倒的な強さで1位。R中の所沢君が2位、3位がC中の広瀬君、4位にS中の竹田君が入った。BEST8に潮尾君(さん?)が入っている。
 

休み明けの25日、バスケ部の1年生3人が揃って退部届けを提出した。そして波頭由紀は女子剣道部に参加を申し込み、残りの2人は女子バレー部に加入した。
 
千里は数子と由紀と3人で話し合い、“日程が重ならなかったらバスケ部の試合にも参加する”
という条件付きで、女子剣道部に入ることになった。だからバスケ協会の登録も維持する。バスケ協会の会費、スポーツ少年団の余分な会費は千里が払う!
 
「千里先輩が払って下さるんですか」
「私、留美子の会費も払ってるし。もはやついで」
 
これで女子バスケ部は彼女を入れると5人確保できることになる。
 
「でもきっと剣道部のほうがバスケ部より練習はきついよ」
「素敵です。私身体を鍛えたいから。男に負けない力を付けたいんですよね」
「うん。女は強くなくちゃね」
 
「でも由紀ちゃんが2人になるね」
 
(潮尾由紀もほぼ女子とみなされている:彼女の名前を「よしのり」と読む人は居ない)
 
「ああ、潮尾さんでしょ?小学校の時は、向こうが“ゆっこ”で私が“ゆっきー”でしたね。ついでにバスケ部の雪子さんは“スノー”で」
 
「そうか。君がバスケ部に行った場合もゆきちゃんが2人なのか」
「ゆきってありふれた名前なんですよ」
 
しかし彼女を入れて女子剣道部1年は7人の大所帯となった。(2年4人3年5人)
 

2005年4月25日9時18分頃、JR福知山線でスピードを出し過ぎた電車が脱線して近くのマンションに激突。車両が潰れる悲惨な事故で、運転士を含む107名が死亡、562名が負傷。1991年の信楽高原鐵道列車衝突事故(死者42名)を上回る戦後4番目の大事故となった。
 
この事故を上回る戦後の事故というと、八高線の列車脱線転覆事故(1947 184名)、鶴見事故(1963 161名)、三河島事故(1962 160名)であり、安定期に入ってからは信じがたいほどの大事故となった。
 
そして今回の事故を引き起こした要因としてJR西日本がおこなっていた“日勤教育”という前時代的な懲罰制度が国会でも問題にされた。
 

今年のゴールデンウィークの状況は下記であった。
 
4.29(金)みどりの日(*5)
4.30(土)
5.01(日)
5.02(月)平日
5.03(火)憲法記念日
5.04(水)国民の休日
5.05(木)こどもの日
5.06(金)平日
5.07(土)
5.08(日)
 
(*5) この年“昭和の日”を創設する法案が通り、2007年から実施された。そのため、2006年までは4月29日は「みどりの日」であった。
 

3-5日がきれいに週の真ん中に入ってしまい、あまりゴールデンではない。千里や清香たちは今年は旭川には行かず、“早川ラボ”で準合宿をすることにした。また如月たちは天野道場のほうで練習をする。
 
早川ラボで準合宿をするのはこのメンツである。
S中:千里、玖美子、沙苗、公世
R中:清香、柔良
指導者:道田、弓枝
 
早川ラボ組は、早朝海岸に集合して5kmジョギング(公世は10km)。保護者の車で早川ラボに移動して1日練習。夕方また海岸に移動して5km(公世は10km)ジョギングである。
 
むろんS中は休み中の部活は禁止なので、建前的には、
「個人で練習しているが、たまたま同じ場所での練習になったので手合わせもしている」
ということになっている。
 

天野道場で練習したのはこのメンツである。
S中:如月、聖乃、真南、潮尾由紀
R中:詩歌、中村桃実
指導者:忌部
 
潮尾由紀は女子制服を着て道場に来ていた。
「もう連休明けからはそれで学校に来る?」
「そんなとても恥ずかしくてできません」
「その格好で外を歩いているなら今更だと思うなあ」
 

「でも、きみちゃん、よく走ってるよね」
「10kmは一気だよ。靴下と靴を激しく消費するけどね」
「でも筋肉たくさん付いたら女の子の服着てる時、性別を誤解されたりしない?」
「女の子の服とか着ないって」
 
(姉の)弓枝さんによると、ジョギングポイントまで行く時の服として可愛いスカート用意してあげたのに穿かないらしい!
 
もっとも公世の筋肉は“女子アスリート”の筋肉の付き方だよなあと玖美子は思っていた。彼の身体付きは女子マラソン選手などに似ている。恐らく去勢済みではないかと玖美子は密かに?想像していた。
 
(沙苗と千里と恵香に言っただけ。ちなみに恵香は“放送局”の異名を持つ!)
 

4月28日(木)の夕方、司の野球部の練習が終わるのを待ってから、雅海の母の車で司と雅海は一緒に留萌駅前まで行き、札幌行き最終高速バスに乗り込んだ。
 
留萌駅前18:30 (高速るもい号) 21:11時計台前
 
終点まで行かず、時計台前で降りて、雅海と司は&&エージェンシーが取ってくれたホテルのツインの部屋に泊まる。明日4月29日(祝)に、パーキングサービスのゴールデンウィーク・ツアー初日札幌公演があるので、雅海と司はバックダンサーのパトロール・ガールズのメンバーとして招集されている。
 
2人は車内でトレーナーとスカートという格好に着替えていたが、その格好でコンビニでお弁当を買ってからホテルにチェックイン。お弁当を食べてシャワーを浴びてから貴子さんに連絡した。
 
「頼んでいた件、そちらのお手空きの時間にお願い出来ますか」
「OKOK。今から行くよ」
と言って5分で来てくれる。
 
「じゃ2人とも可愛い女の子に変えてあげるね」
「お願いします。また明日の夜に男の子に戻して下さい」
「そんな1日だけなんてもったいない。ゴールデンウィークが終わる5月8日の夜まで女の子の身体をたっぷり楽しみなよ」
「え〜〜〜!?」
と言いながら、2人は眠りに落ちて行った。
 

翌日4月29日の朝、ふたりは爽快に目が覚める。この爽快さで女の子の身体になったことを感じる。トイレに行って、自分の身体を確認してから言った。
 
「5月8日の夜に男の子に戻してもらえるらしいけどどうしよう?」
「ぼくも考えたけど、学校が休みの間は特に問題無い気がする」
「でも5月2日(月)と6日(金)は?」
「1日くらいは何とかなるよ」
「そだね」
 
それで2人はまあ何とかなるだろうと思うことにして、朝食に行って来た。バイキングなので、2人ともパン(モーニングロール)を5〜6個、オレンジジュース3杯、ウィンナー10本くらい、オムレツ3〜4個、食べて満腹した(←君たち野菜も食べなさい:それにしても女子の食欲ではない)。
 
一応ダンスは各々充分練習しているが、再度mp3プレイヤーで今日のセットリストを流しながら午前中軽く練習した。9時過ぎ。シャワーを浴びて美しい女体の汗を流す。鏡を見ながら、やはり女の子の身体って美しいなあと思った。
 
連泊するので、荷物はそのまま置き、動きやすい服装で身の回りのものだけ持ってホテルを出る。10時頃、集合場所に入る。前回踊ったのとほぼ同じメンツである。お互いにハグしたりする。パトロールガールズ本メンバーのオーリンさんとアルカさんが来るので、みんなで
「おはようございます」
と挨拶する。セットリストを確認し、出入りのタイミングを確認する。
 
「まあダンスは適当に」
とアルカ。
 
「適当でいんですか?」
「どうせみんな目当てはパーキングサービスだし。私たちは刺身のつまね」
「なるほどー」
 

11時頃、早めのお弁当が配られ、いただく。その後、本番衣裳を着てみてサイズに問題が無いか確認する。
 
「司ちゃん、これ胸苦しくない?」
とアルカさんが言う。
 
「大丈夫ですよ」
「ねぇ、オーリンこれどう思う?」
 
オーリンさんが来て、司の胸の所に触る。
 
ドキドキ。
 
「大丈夫っぽい気もするけど、本番中にストリップショーになったらやばいから交換しよう」
 
ということで、司はブラウスが交換になった。司ちゃん、野球で腕とかも鍛えてるから、胸の筋肉も発達して女の子になった時も胸が大きくなったのでは?と雅海は思った。
 

12:00 開場。ホールの前に長蛇の列を作っていた観客(ほとんどが若い男の子)がどんどん会場に吸い込まれていく。見ていたら、録音機器を服の下に隠し持っていたのが見付かり、叩き出されている子がいる。なんかヤクザっぽい人に威嚇されてる!?こっわぁと思う。ダンサーの子たちで思わず視線を交わす。やはりこういう興行にはヤクザさんとかも関わってるのかなあと思う。
 
空気を察してオーリンが言った。
 
「ああ、あの人は元警察官。一見ヤクザだよね」
と言って笑っている。
 
ヤクザを捕まえる側か!つまりヤクザより怖い!?
 

13:00 開演。緞帳が上がるのとともに、雅海たちパトロールガールズが踊り始める。パーキングサービスが左右から半分ずつ入ってきて、歌い始める。物凄い歓声である。雅海も司も凄い快感を感じていた。
 
ライブは前半1時間、ゲストタイム(ルート64)を経て後半1時間、アンコール10分と踊り続ける。くたくたになる。
 
パーキングサービスはライブ終了直後に2台の乗用車で脱出しているが、パトロールガールズは、お着替えして謝礼が配られ、斉藤社長からの言葉があった後、札幌駅前まで連れてってもらってから解散になった。雅海と司は疲れたので取り敢えずホテルに帰って、夕方くらいまでひたすら寝た。
 

夕方、目が覚めてシャワーを浴び、(ホテル内のレストランは高いので)2人で近くのガストに行き夕食を取っていたら司の携帯に着信がある。見るとOGの生駒優である。昨年まで野球部の女子マネをしていた人で、今年春、女子野球部のある札幌SY高校に進学した。
 
司は電話を取ってから
「ちょっと待ってください」
と言って、ロビーまで行き
「お待たせしました」
と言う。
 
「司ちゃん札幌に来てるんだって。おうちに掛けたらお母さんがそう言ってた」
 
「はい。ちょっと用事があって出て来てたんですよ。明日帰るつもりですが」
「だったら明日さ、ちょっとうちの高校まで来てくれない?」
「はい?」
「うちの高校の野球部の練習環境とか説明してあげるから」
「はあ」
 
この時、司は単に学校を紹介してくれるだけだと思った。
 
「じゃ何時頃行きましょうか」
「13時くらいに来てくれる?」
「いいですよ」
 
それで司は翌日、SY高校に行ってみることにしたのである。
 

それで翌日、円山動物園に行ってるという雅海と別れて、司はお昼過ぎ、SY高校に行った。
 
優さんは校門のところで待っててくれた。
 
「今北海道に女子の硬式野球チームは5つしか無いんだよ。ここはその内の1つ」
「へー」
「高校チームが3つと大学チーム1つ、クラブチーム1つ」
「へー」
 
「この5校に加えて、宮城県の高校チームも加えて6校でリーグ戦してる」
「6校もあるとけっこう楽しいですね」
「そそ。でも陣容が整ってるのはここと苫小牧のチームの2つだと思う」
「凄い」
 
「この学校は元々7年くらい前までは女子校だったんだよ。それで女子野球部ができた経緯があるみたいね」
「ああ、元々女子だけだったから女子の部活も盛んだったんですね」
 

「うん。専用グラウンドとかあるわけじゃないし、グラウンドは男子野球部、サッカー部、陸上部と共用だけどね」
「ああ、でもそれはうちの中学も似たようなもんです」
「うんうん。でも冬はちゃんと除雪するし、ナイター設備もあるから、わりと遅くまで練習できてる」
「ナイター設備は素晴らしい」
 
優は校舎の中や体育館なども案内して回ってくれた。
 
体育館にいた時に、女性の先生が近づいてくる。
 
「お早うございます」
と優が挨拶するので、司も
「お早うございます」
と挨拶する。向こうも
「おはよう」
と言う。
 

「優ちゃんその子は?」
「後輩なんです。うちに入って女子野球部に入らないかと勧誘してるんですけどね」
「へー。ポジションは?」
「キャッチャーですけど、ピッチャーもできますよ」
「ふーん。君のボールを見せてよ」
 
それでグラウンドに行く。先生は女子野球部の顧問で沼田先生といった。
 
ミットは優が自分のを貸してくれた。司は軽く準備運動してから、振りかぶって優のミット目がけて投げる。先生が驚いたような顔をした。それで優の要求通り、インサイド・アウトサイド、低め、高めと投げ分ける。またカーブやチェンジアップも投げる。
 
「凄いコントロールがいいね」
と沼田先生が感心している。
 
「司ちゃん。今度は私のボールを座って受けたあと牽制球のつもりで私に送球して」
 
それで優がワインドアップからボールを投げ、司はそれをキャッチすると素早く優に送球した。
 

「肩がいいねぇ!」
と言って、先生が拍手している。
 
「君凄いね。わりと華奢な身体付きなのに凄い速い玉投げる。今120km/hくらい出てたよね」
「普段はもっと出るのですが今日はあまり調子良くないようです」
「充分な準備運動無しで投げたからかな。でもこのスピードでも凄い」
 
(司は男の身体では130km/h出るが今女の身体になっているので球威が落ちている)
 
「ぜひうちに来て女子野球部に入ってよ。授業料は優遇して、公立並みで済むようにしてあげるからさ」
「でも女子野球部といわれてもぼく男子だし」
「はぁ!?」
「この子性別誤魔化して、今男子の野球部に入ってるんですよ」
と優が笑いながら説明する。
 
「性別誤魔化すって無理があり過ぎ。女子にしか見えないのに」
「ですよね」
「ちょっと失礼」
と言って先生は司の胸とお股!に触った。
 
「うん。君は女子で間違い無い。バストもあるし、お股に変な物は付いてないし」
 
「性別誤魔化すのも、中学までが限界だから、高校からはちゃんと女子に戻ってうちの高校の女子野球部に入りなよと言ってるんですよ。この子の実力なら、ソフトボールとかやってるレベルじゃないでしょ?」
 
「あのボールを投げられるのなら、ソフトボールとかしていたくないだろうね。でもさすがに男ですとか主張するのはもう無理だよ。これだけ身体が女らしく育ってきたら」
と先生は言っていた。
 
ぼく今ほんとに女の子の身体になってるから反論できなーいと司は思った。
 

帰りのバスの中で雅海に訊かれた。
 
「司ちゃん私立の高校とかに行くの?」
「授業料が公立並みで済むようにするから来ないかって誘われた」
「すごいじゃん。特待生?」
「みたいなものらしい。心が揺らいでしまう」
「いいじゃん。特待生なんてある所なら強い所じゃないの?」
「苫小牧の高校とそことが2強らしい」
「へー。だったら甲子園とかにも行ける可能性あるんじゃないの?」
「あ、いや誘われたのは女子野球部なんだよ」
「はあ?」
「今女の子の身体だから男ですと主張できなかった」
 
雅海は考えた。
 
「女子野球部に入るのなら、本当に女の子になってしまう必要があると思う」
「だよねー。でも最近うちの両親、ぼくのことほぼ女の子扱いなんだよね。今のままなら20歳になる前に性転換手術受けることになるかも」
「性転換手術受けるより貴子さんの手で完全性転換してもらっほうがいいと思う」
「というか今完全性転換状態なんだけどね」
「そのあたりはぼくも同じだなあ。ぼく高校は女子制服で通うことになるかも」
と雅海は言う。
 
司は言った。
「雅海ちゃんさあ、7月の修学旅行どうするつもり?」
「うっ」
「学校内はみんな理解してくれてるから、学生服着て女子トイレ使っても誰も問題にしてないけど、校外ではそれできないよ。雅海ちゃん、男子の服装してても女の子にしか見えないから、男子トイレは使えないと思う」
 
「うーん・・・・」
「そのトイレ事情はぼくも同じなんだけどね」
「ああ」
 
 
前頁次頁目次

1  2  3  4  5 
【女子中学生・春ランラン】(1)