【女子中学生・春ランラン】(2)
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それは3月のことだった。
その日の朝、公世が姉と一緒に母の車で海岸沿いのポイントまで来ると司が走ってくるのを見た。
「おはよう」
「おはよう」
「きみちゃんももしかして早朝ジョギング?」
「そうそう。一緒に走ろうか」
「うん」
それで公世と司は弓枝の自転車伴走で一緒に走り始めた。むろん公世の方がずっと脚力があるが、司も体力はあるので必死に付いて行く。それで司は公世に会う前から走っていた2kmと合わせてこの日は12km走った。
(傍目には女子が2人でジョギングしているように見える)
「ごめん。ぼく足手まといにならなかった?」
「ううん。ペースは落とさなかったけど、つかさちゃんも頑張ったね」
「早朝ジョギング時々やってるの?」
「毎朝と毎夕やってるよ」
「さっすが!」
と司は感心する。全国大会で5位になる人は違うなあと思った。
「ねね。朝だけでも一緒に走ってもいい?」
「いいよ。お互いがんばろう」
「うん」
それで司も毎朝10km走ることになったのである。
小糸は朝起きて顔を洗い(小春に教育されてこういう習慣ができた)、ふと玄関から外を見たのだが、母(小春)の所に来て言った。
「ねえ、お母ちゃん、外にヒグマがいるんだけど」
「へ?」
(小糸は小春が養女にした)
小春も起きて玄関の窓から外を見ると、成獣と思われるヒグマが門の扉と相撲を取っている。というか“てっぽう”をしている感じだ。コリンも物音に気付いてやってくる。
「どうしたの?」
「ヒグマなんだけど」
コリンと小春・小糸は台所を共有するお隣さんである。
(再掲)
見ている内にヒグマは門扉を壊してしまい、庭に入ってきた。家の玄関に体当たりする。小春とコリンは玄関の間に通じる戸も閉めて3人で一緒に小春の部屋に入り、部屋と台所の間の襖(ふすま)も閉めた。
しかし玄関を突破されたら、あとはごく簡単に突破されるだろう。
「お母ちゃん怖いよぉ」
「千里を呼ぼう」
とコリンが言って電話を掛ける。千里Rは庭に瞬間移動でやってくるとヒグマを瞬殺した。
「もう大丈夫だよ」
と千里がコリンたちに声を掛ける。3人が庭に出てみるとヒグマが倒れて絶命している。
「千里さん強ーい」
と小糸が感心している。千里は九重を召喚すると
「このヒグマ、早川ラボに持ってって血抜きして」
と命じた。
「へいへい」
「ついでにそこの門の扉と玄関を修理してくれない?」
「その門の扉は直すの無理ですよ。新しいのに交換しましょう。ついでに玄関も」
「じゃよろしくー。お金は前橋さんからもらって」
「私、あの人苦手〜」
「あはは」
ということで千里は小春たちに手を振るとジョギングで帰って行った。
なお門扉も玄関ドアも今までの木製のを丈夫なアルミ製品に交換してもらい、モニターカメラも付けたので安心度が上がった。また窓も全てサッシに交換した。
千里がパジャマ代わりのトレーナー姿のまま外から走って戻ってきたのを見て母が訊いた。
「あんたそんな格好でどこ行ってたの?」
「軽い運動」
「ジョギングか何か?」
「ううん。ヒグマ一頭仕留めてきた」
「は?」
今の時期は冬籠もり明けでお腹を空かせたヒグマがよく出没する。きっとキツネの匂いがいかにも美味しそうに思えて侵入を試みたのだろう。
千里たちは熊の肉については熊カレーで売ることにし、骨については一部を熊骨ラーメンを作っているお店に売り渡したほかは焼いて余分な肉片などを除いた上で、勾陳がコネを持つ資材企業に“無料”で引き取ってもらった。牛骨同様、建築資材になるらしい。
普通なら引取料が必要らしいが、それを無料でよいことにしたのは勾陳の顔である。ただしきれいに焼いておくことが必要条件でこれは歓喜の友人たちに確実にやってもらった。
この引き取りをしてくれていたのは実は八重龍城(霊能者としては“歓喜”として知られる:千里の眷属の歓喜(南田兄)とは別人)であった。勾陳はしばしば彼のパシリをさせられているので、その縁で依頼してみたらOKしてくれた。
「あれ?お前誰かの眷属になったの?」
「まあ虚空さんがもう少し大きくなるまでは遊び相手になるかな」
「ほほお。お前が屈服したというのは相当の腕だな」
「何で私が負けたの分かるんです!」
「面白そうだから協力してやるよ。それはタダで引き取る」
という訳で、かなり強力な霊能者が現れたことを最初に知ったのが歓喜であった。勾陳に(彼を殺さずに)勝てるということは最低でも桃源や虎月より強いことになる。
そういう訳で残ったのは熊の皮であるが、これはきーちゃんが杉村八助(真広たちの祖父)に紹介してもらい札幌の革製品業者に持ち込んだら喜んで高価買い取りしてくれた。これだけで熊肉の解体費を上回った
「それ多分年に10頭から20頭くらい入ると思うんですが」
「何枚でも買い取りますから持って来て下さい」
このメーカーが豊富な材料をもとに販売した熊皮財布は人気商品となり、この業者も大きな利益を得た。
「柚美ちゃんの体調もかなり回復したみたいね」
と貴子は柚美のドライバーを務める裕恵に言った。
「はい、今は大学の許可を得てレポートの提出で受講に代えているんですが、5月の連休明けからは大学に通おうかなと言っておられます。私がドライバーと授業中の赤ちゃんのお世話とします」
「あんた子供に懐かれるから子供の世話にはいいかもね」
「それだけが私の取り柄なんですよね」
「少し落ち着いたら、あんたたちの子供を作ろうか」
「はい?」
「それで、ハイジが産む?それとも裕恵ちゃんが産む?」
「私たちが子供産むんですか〜〜?」
とハイジも裕恵も驚いて言った。
「裕恵ちゃん、性転換手術の痛みと出産の痛みのどちらが辛かったかレポートする世界初の女性になってみない?」
「あのぉ、私子宮無いんですけど」
「子宮くらい無くても妊娠の手段はいくらでもあるよ」
「そうなんですか!?」
(むろん小登愛の子供を産ませるつもり:貴子としては2人とも妊娠してもよい)
4月29日のパーキングサービス札幌ライブに参加した司は、4月30日の夕方帰宅するのに留萌行きの高速バスに乗ったのだが、途中で母から電話が掛かって来た。
「あんた今どこに居る?」
「どこだろう?高速を走ってるけど」
「次はどこで停まるの?」
「えーっと」
隣で雅海が「次は砂川吉野」と言う。
「砂川吉野だって」
「だったらそこで降りて。ピックアップするから」
「うん。何かあったの?」
「厚真町(あつまちょう)の祖母ちゃん、あんたには曾祖母ちゃんになるけど、が亡くなったのよ」
「あらあ」
「お葬式に行くから」
「分かった」
と言ってから
「帰りはいつになる?」
と訊く。
「まだ細かい日程決まってないけど、5月2日が友引だから、2日に通夜して3日に葬式になると思う」
「ぼく2日の学校は?」
「休んで。学校には連絡しとく」
「分かった」
せっかく部活ができる2日にぼくが休んじゃったら(キャプテンの)菅原君が文句言いそうだけど、お葬式なら仕方ないよね、と司は思った。
それで司は車内でトイレに行った上で、高速の砂川吉野バスストップで運転手さんに
「急用ができたので」
と言って途中下車し、この道(道央道)とここでクロスする道道115号側に移動した。
(とても簡単な回文:道道、道央道、道東道)
30分ほどで父の車に拾ってもらった。この車に乗っているのは、母だけである。
「ぼく男の子の服に着替えたほうがいい?」
「いやそのままでいい。女の子になってしまったものは仕方ないから親戚にお披露目だな」
「きゃー」
そんなことしたら、ぼくもう男の子には戻れない、と思う。
(既に戻れない所までとっくに来てたけどね)
札幌の先の輪厚(わっつ)PAで兄3人と合流する。一番上の航(わたる)兄は現在札幌市内の会社に勤めている。拓(ひらく)兄は旭川の大学生、隼(はやと)兄は旭川の専門学校生である。
拓が自分の車(ホンダロゴの中古車(*6))に隼を乗せて札幌まで走り航を拾った。航は休日だからと思ってビールを飲んでいたので車が運転できなかった。でも車はここで航の車(ファミリア 2000年型)に乗り換えた。隼はまだ免許を取っていない(自動車学校に通学中な)ので、拓がひとりで運転せざるを得ない。
輪厚(わっつ)PAで航が買っていたお弁当とおやつの一部をこちらの車にももらった。
2台の車は休憩したあと、道央道を南下、苫小牧東ICで降りて、厚真町に向かった。
(*6) ロゴはフィットの先代の車。シティの後継。
葬儀の日程は母の予想通り、2日が通夜で3日が葬儀となった。つまり4/30, 5/1, 5/2 の3日間現地に泊まることになる。曾祖母の遺体は冷蔵室に入れられているということで、司たちは冷蔵室の前でご挨拶しただけで、その日は旅館に入る。
喪主になる司の大伯父は、集まってくれる親族のために旅館を取ってくれていた。留萌組は6人なので隣り合う2部屋(8畳+6畳)が取られていた。両親と兄弟4人と考えたのだろうが、母が
「司はこちらで寝なさい」
と言って、兄たちに布団をこちらに移動してもらった。
司は
「ぼく疲れたから先に寝る」
と言って、浴衣に着替えると、布団に潜り込み眠ってしまった。両親は交替でお風呂に行ったようである。実際司はライブの疲れ+移動疲れで本当にすぐ眠ってしまった。
「つかちゃん、つかちゃん」
と言って母に起こされる。外はもう明るくなっているが、まだ日出前のようである。携帯を開いてみると3:50だ。
(厚真町の2005.5.1の日出は4:27)
「お風呂行かない?」
「こんな時間にお風呂やってるの?」
「ここは源泉掛け流しだから、24時間営業なんだって」
「へー」
「一緒にお風呂行かない?今の時間なら人は少ないよ」
「行く」
母にこの身体を見られたら何か言われるかも知れないけど、いきなり親戚中の前で披露するよりはマシだ。
それで母と一緒にお風呂に行く。渡り廊下を通って浴場棟に入る。左に行くと男湯、右に行くと女湯である。母はチラッと司を見た。司は少し怖かったけど、自分はこの身体ではこちらに行くしかないと心を決めて右手に行く。それで母も微笑んで一緒に右に行く。
暖簾をくぐって脱衣場に入るが早朝なので誰も居ない。
浴衣を脱ぐ。ブラジャーとパンティだけになる。胸は膨らんでいるように見えるし、パンティに膨らみは無い。ブラジャーを外す。Cカップサイズのバストがあらわになる。パンティを脱ぐ。そこには何もぶらさがるような物は無く、茂みの中に縦の筋が1本見える。母は頷いて自分も浴衣とブラ付きキャミソール、ショーツを脱いだ。
ここでは特に何も言わず浴場に移動する。そして司は流し場で髪を洗い、身体を洗った。昨年数回女の子の身体になった時もその後でトマム行った時も時間が短かったこともあり、あまりよく女体を意識していなかったが、今回は意識しながら洗った。
ちょっとドキドキだけど、これが今は自分の身体だもんね。お股を洗う時はかなりドキドキした。これ多分優しく洗わないといけないよね。司は両手に泡を付けて優しくそして丁寧に、割れ目ちゃんの中を洗った。
最後に全身にシャワーを当ててから浴槽に入る。母と並ぶ。
「手術した跡とか痛まない?」
と母は訊いた。
「それは大丈夫だよ」
「だったら良かった」
それから母とは、曾祖母さんのこととか、親戚のこととかを色々話した。会話が途切れた時、司は訊いた。
「お母ちゃん、ぼくが女の子になったこと叱らないの?」
「あんたが自分で女の子になる道を選択したのならそれを叱ったりしないよ。あんたの人生なんだからね」
「ありがとう」
「でも野球は続けられないね。ソフトボールに行く?」
「それなんだけど、札幌SY高校というところの先輩に誘われているんだよ。うちにきて女子野球部に入らないかって」
「女子野球部なんてあるんだ!」
「女子野球部のある高校が道内に3つあるんだって。それに大学生のチーム、社会人のチームを入れてリーグ戦してるらしい」
「へー。でもそこ私立?」
「そこの先生に公立並みの学費で済むようにしてあげるから入らないかって言われた」
「いい話じゃん!」
「ほんとにそこに行こうかなぁ」
「いいと思うよ」
5月1日は親戚同士の挨拶で1日が終わった感じだった。父と兄3人は飲み会に捕まってしまった。
「あれ?隼ちゃんの下にも男の子いなかったっけ?」
「この子は女の子だけど野球やってるんですよ。体力は兄たち以上にありますね」
「ああ、男の子並みの女の子なんだ?」
「小さい頃はよく男の子の服着てたから」
「ああ、それで勘違いしてたのかな」
しかし隼兄は未成年なのに「いいじゃん、いいじゃん」と言われてお酒を飲まされていた。見ると従兄弟でまだ中学生っぽいのに飲んでいる子もいた。ぼく女の子で良かったぁと思った。さすがに女の子たちは飲み会には連れ込まれていない。でも従姉妹たちと一緒に様々な雑用をし、葬儀の準備でお花を飾ったり、料理のお手伝いをしたりした。
「航ちゃんのとこに妹さんがいたのは知らなかった」
「でも腕が太いね」
「これでよく手術して女になった元・男と思われます」
と自分で言っちゃう。
「それ信じたくなるかも」
「私野球やってるから腕も足も太いんですよ。ピッチャーとかキャッチャーとかやってるから」
「ソフトボールじゃなくて野球なんだ!」
「男子に交じってやってますよ。キャッチャーやってて打球がお股に当たってもわりと平気だから、女ならではの有利さだと言われます」
「ああ、男の子は大変ネ」
司は母に封筒を渡した。
「香典をかなり包んだでしょう?これ今回のライブでもらったギャラ。少ないけど足しにして」
母は笑顔で言った。
「確かに結構包んだから凄くありがたいけど、社会人の航から取るから、あんたは心配しなくていいよ。貯金してなさい。あんたも社会人になってから助けて」
それで母は封筒を司に返した。
通夜・葬式では母が持って来てくれていたセーラー服を着た。中高生はこういう場が制服で済んでしまうのが楽な点である。しかし人前でセーラー服を着るのは初体験になった。恥ずかしいけど、今更学生服なんて着られないもんねー。
通夜の後、母と一緒にお風呂に行くと、伯母さんたち、従姉妹たちと遭遇する。手を振って湯船でそばに寄り、おしゃべりをする。
「こうやって裸になっている所を見たら間違いなく女の子だ」
と従姉に言われる。
「男の子が女湯にいたら大変ですね」
「そういう子を見付けたら、スパッと切り落として女湯に入れる身体にしてあげよう」
「それきっと泣いて喜びますよ」
母が呆れた顔をしていた。
5月3日のお昼までで葬儀は終わったので、15時頃解散になる。
しかし父も航もかなり飲まされていて、アルコール検知機を使うまでもない状態だったので、初日以降は母が用事を言いつけて飲み会に参加させないようにしていた拓兄と母の2人で車を運転して、帰還した。
父も5日まで寝ていたが、航・隼も5日まで二日酔いに苦しんでいたらしい。
5月6日(金)の朝、ジョギングから帰りシャワーを浴びた司が、学生服を着てズボンを穿いて部屋から出て来たので、母は驚くように言った。
「あんたなんでセーラー服じゃないのよ?」
「いやちょっと」
と照れるように答えて、司はその格好で学校に出掛けた。
公世は4月29日から5月1日まで早川ラボでの準合宿(*7)をした後、5月2日(月)はふつうに学校に学生服、改造・女子用スラックスという格好で登校した。
(*7) 宿泊はしないので準合宿という。宿泊しない主たる理由は夜中に熊が出た場合の問題である。
ところが朝の会が終わった後、
「工藤さん、ちょっと来て」
と言われて、職員室に行くと、岩永先生から
「工藤さん、済まないけど今から性別検査を受けてほしいのだけど」
と言われる。
「どうしたんですか?」
「つまり性別の抜き打ち検査らしいんだよ」
「ああ」
それで岩永先生の車で指定の病院に向かう。
「中体連としての見解はこういうことらしい。性別検査の結果、確かに君が男子ということになれば、取り敢えず今年度一杯は君を男子選手として扱う。もし女子という判定になった場合、できたら女子の部に出てほしいが、どうしても男子の部に出ることを希望する場合は、中学の間は暫定的に認める。でも高校以降は女子の部に出てほしいと」
「ぼくは男子ですから問題無いはずです」
と公世は言ったが、女子下着を着けてるのやばいなあと思った。
「それに万一女子だとしても男子として登録することは可能ですよね。昨年札幌鍛錬会の時に理事さんだかが言ってました」
「うん。その制度もある。男子として出たい女子は女子の登録証を返納する条件で期限付きの男子部門への登録証を交付してもらうことができる。その場合、未成年はその年度、20歳以上は3年間、女子の部には出られない」
実は公世について使うことになるかも知れないと思い、あの後調べておいたのである。
「ぼくは男だと思いますが、万一女と判定されたら先生、その手続きお願いします」
「分かった」
と答えながら、岩永先生は、そういう話をするということは、やはりこの子実は女子なんだろうなと思った。
病院では、おしっこを取られた上で、身長・体重、TB/UB, W, H を測られる。血圧を測ってから採血する。MRIに入れられてかなり長時間検査された。その後心理テストのようなものをされた。最後に婦人科!に行かされて、全裸で身体の形を観察された。
女物の下着を着けていることは医師にしっかり観察された。
「生理は来てます?」
などと訊かれる。
「そんなのありません、ぼく男ですから」
と公世が答えると婦人科医は頷いていた。
診察が終わった後、公世自身は廊下で待っているように言われ、岩永先生だけ医師に呼ばれた。
「本当は保護者にしか話せないのですが、顧問の先生なら良いでしょう。クライアントさんは両性体のようなのですが」
「ああ、そうでしょうね。純粋な男子ではないと思いましたよ」
「男として生きるか女として生きるかは本人次第だと思います。クライアントさんは卵巣はありますがサイズがやや小ぶりですし、今は機能がほぼ休眠しているようですね。一方で陰茎状のものはありますが睾丸が無いです。一見睾丸のように見えるのは単なる脂肪の塊です。ホルモン的にも女性ホルモン優位なので、男子の部にも女子の部にも登録可能だと思いますよ」
ああ、彼はさすがに睾丸は無いよね、と岩永先生は思った。でも卵巣もあるのか。あるかも知れない気がする。でないと彼の女性的な外見は説明できない。
「本人が男子として出たいと言っているんです。男子の部に出場可能とコメントしていただけませんか」
「問題ありません。女子の部にも出られますけどね」
と医師は言った。
さて、4月30日の夕方、司が途中下車したのでひとりで留萌まで帰った雅海であるが、その日は女体の快適さを充分味わいながら寝た。昨年夏や今年初めに女の子に変えてもらった時は、あっという間に男の子に戻ってしまったので自分の女体を充分感じる余裕もなかった。しかし今回は10日間も女の子の身体を味わえるので、これ素敵だなあと思った。
(10日で済むといいね)
布団の中で“女の子だけの気持ちいいこと”してみようかなと思ったものの、この日は疲れていたので、布団の中に入ったらすぐ眠ってしまった。
翌日5月1日、のんびりと朝御飯を食べていたら鞠古君から電話がある。
「ね、プール行くのに付き合ってくれない?」
「へ?」
「俺と留実子で“ぷるも”(市営の温水プール)に行きたいんだけどさ、女子更衣室に入るのに性別の証人になってもらえないかと思って。ほかに女子の友人が全然つかまらなくて」
「はあ?」
雅海は、鞠古君が女子更衣室を使いたいのだろうかと首をひねりながら自分の水着とゴーグル・水泳帽に着替え用タオルなどを持って出て行ってみた。
「鞠古君、女子更衣室使うの?」
「俺がそんなの使ったら逮捕されるよ。留実子が女子更衣室に入るための証人をお願いしたいんだよ」
「へ?」
留実子本人が説明する。
「ぼくが男子更衣室使えたらいいんだけど、そういうわけにはいかないから女子更衣室を使いたいんだけどさ、ひとりで入ろうとすると確実にスタッフに摘まみ出されるし、中で悲鳴あけられるから、女の友人と一緒に入りたいんだよ。でもぼく全然女の友だちいなくて。千里や沙苗は剣道の合宿やってるし」
「ああ」
つまりぼくが女子更衣室にルミちゃんと一緒に入るのか!
入れるけど。
それでチケットを買って(鞠古君が3枚買った)、男女の更衣室前で別れる。男子の更衣室の入口にはスタッフはいないので、鞠古君はバストが目立つものの中に入ることができた。
問題は女子更衣室の入口である。ここにはスタッフさんがいて
「ちょっと。ここは女子更衣室。男の子は男子更衣室に行って」
と言われる。それで雅海が証言する。
「この子、男の子に見えるけど女の子なんです」
「うそ言っちゃいけない」
「何なら胸に触ってみてください」
「あれ、あんた胸があるね」
「この子性別よく間違われるんですよ」
「ふーん」
ということで通してはくれたものの付いてくる!
中の女性客たちが緊張してこちらを見てる。「きゃっ」と悲鳴をあげかけた人もいるが、雅海が付いてるし、スタッフさんも付いてきているので取り敢えず注視している。
それで留実子が服を脱ぐと、確かに女物の下着を着けている。でもおばちゃんは見ている。それで留実子は下着も脱いで裸になった。
「ほんとに女の子なんだね!」
とおばちゃんは言った。
(なおこの日、留実子はかつらを着けて丸刈りの頭を隠していた。この後は水泳帽をかぶるので水泳中にかつらが外れる恐れは少ない)
「女子更衣室使って問題無いですよね」
「うん。まあいいことにするか」
などとおばちゃんは言っていた。
雅海は服の下に水着を着けていたので、そのまま服を脱ぎ、女子用水着を着けた留実子と一緒にシャワーゾーンを通ってプールサイドに出た。
鞠古君が待っている。
「ともは無事着替えられた?」
と留実子が訊く。
「中にいたおじさんに注意されたけど、ちんちん触らせて納得してもらった」
「鞠古君も大変だね」
鞠古君は病気治療のために女性ホルモンを投与されているので(*8) バストが膨らんでおり、女子用ワンピース水着の上に男子用トランクス型水着を重ね着している。女子用水着だけでは、ちんちんの形が膨らんでまるで変態みたいに見えるし、泳いでいる内にこぼれる恐れもあるらしい。
男性器を隠すだけならパレオでも隠せると思うが、彼は別に女の子になりたい気持ちとかは無いのでパレオは着けない。だから女子水着を着たい男の娘とは方向性が逆である。
(*8) 鞠古君の睾丸については、事情が複雑で筆者もよく考えなければ分からないが取り外してライブ保存キットで動態保存されているはず。鞠古君の身体に現在入っていて女性ホルモン投与により死につつあるのは千里U(実質W)の睾丸、つまりQ大神が千里の細胞から作った千里クローンの睾丸である。鞠古君の治療が終わった段階で破棄される予定(保存している鞠古君の本来の睾丸に戻す)。
ふたりのデートを邪魔してはいけないと思い、雅海はウォーキングコースに行き、ずっと歩いていたが、鞠古君と留実子は長距離コースでひたすら何百メートルも泳ぎ続けていたようである。すごいなーと思った。
雅海は女子水着を着たのはもう多分5回目くらいなので、女子水着を着てても特に緊張したりはしない。昨年夏の水泳の授業では男の身体に女子水着を着けたが女の身体で女子水着になったのは、昨年夏のパーキングサービスのライブの時以来であった。
「やはり女の身体に女子水着を着けるほうが楽だな」
などと雅海は思っていた。
5月2日、雅海はいつも通り、学生服を着て学校に出かける。
「あんたいい加減セーラー服に換えたら?」
「えへへ」
などと母と言葉を交わし、出て行った。でもやはりぼくその内セーラー服で通学するようになるんだろうなあと自分でも思った。
雅海は男子制服を着てても学校で女子トイレ・女子更衣室を使う。男の身体で女子トイレ・女子更衣室を使うのは軽い罪悪感がある。でもこの日はそういう感覚が無く、ごく普通に女子トイレを使うことが出来たし、体育の時間に着替えることができた。
(現時点で男子制服で女子更衣室を使うのは、雅海(1組)と留実子(3組)の2人)
「雅海ちゃん、少しおっぱい大きくなった?」
「少し成長したかも」
などと女子のクラスメイトと言葉を交わしても、今はぼくも女子だもんねーとい気持ちから、照れずに言葉を交わすことができた。
この感覚もいいなあ。今回は8日までの限定(本当に期間限定ならいいね)だけど、中学卒業したら、貴子さんに完全な女の子に変えてもらおうかなという気分になった。
学校から帰ると母が言った。
「明日層雲峡に行くよ」
「層雲峡に何しに?」
「桜坂さんが5月3-5日に行く予定だったのが、急に行けなくなったらしいのよ。今からキャンセルしたらキャンセル料100%じゃん。だから代わりに行きませんかと言われて、父ちゃんがクーポンを3万円で買い取った。桜坂さんはただでいいと行ったんだけど、ただじゃ悪いからね」
「へー」
「家族4人で予約していたらしいのよ。桜坂さんとこは夫婦と娘さん2人。だから連れて行くのは娘2人。念のために山登(やまと)に性転換して温泉に行く気無い?と言ったら、女になってちんちん無くすのは嫌だというから、羽月(はるな)とあんたで」
「別に性別までチェックされないと思うけど」
「それが娘さん2人の部屋はレディスフロアに取られてるのよねー」
「ああ」
「それに僕、5日がゲームの発売日だから行きたくない」
と当の山登(やまと)。
性転換するのよりゲームの発売日を逃すのが嫌なようだ。まあさすがに性転換はジョークと思っているのだろう。
「私も友だち何人かと札幌に遊びに行く約束してたんだけどねー。そちらはキャンセル。山登もせっかく女の子になるチャンスなのに。ちんちんくらい取ってもいいと思うんだけどね。山登が女の子になれば私たち5姉妹になれるし」
などと羽月(はるな)姉は言っている。
「でもレディスフロアなの?」
「まーちゃんは既に性転換済みだから問題ないね」
つまりぼく女の子の身体のままでいないといけないのか。。。。まあ8日まではこの身体だからいいことにするか。
でもこの身体を姉ちゃんや母ちゃんに見られることになる!!
羽月姉が、自分が昔着ていた服を数枚雅海にくれて、雅海は他に下着を日数+1日分持って父の車(スプリンター)に乗った。
旭川のポスフール(後のイオン)で買い物して、本とかおやつを買い、お昼も食べて、16時頃に層雲峡に入る。それで旅館にチェックインした。連休なので人も多いようだった。チェックインの手続きをしている最中も電話がかかってきて
「申し訳ありません。満杯なんですよ」
と番頭さん?が答えたりしていた。
取り敢えず部屋に入る。両親は5階のデラックスツイン、雅海と姉は6階レディスフロアのツインがわりあててある。エレベータを降りた所にフロントがあって女性の仲居さんが座っている。
「いらっしゃいませ」
と言われて“白い恋人”の小さな紙袋を1つずつもらったが、ここに仲居さんがいるのは、やはり万が一にも男が侵入しないように見ているのだろう。
それで611号室に入った。
部屋の中にもウェルカムスイーツが置かれている。
「こちらの今もらったやつは?」
「あとで食べればいいんじゃない?」
「そだねー」
それでケトル(*9)でお湯を沸かし、お茶を入れてウェルカムスイーツのノースマンを食べた。
(*9) ティファールのケトルは2001年に発売され、お湯は保温しておくものではなく都度沸かすものという新しい?文化を生み出した。
(実は螺旋階段を1周登って昭和30年代の方向性に戻ったのだったりして)
それで少し落ち着いたころ、羽月姉は突然雅海に襲いかかった!
「何するの!?」
「へへへ、お嬢ちゃん、おいらといいことしようぜ」
「ちょっとぉ!」
それで羽月姉は雅海のパンティーを下げ、お股を露出してしまった。
「へー。すっかり女の子になったんだね」
と言って姉は割れ目ちゃんを開いてみている。
「ちゃんとクリトリス、おしっこの出るところ、ヴァギナとあるんだね」
「やめてよー」
「いつ性転換手術受けたのさ?やはり1月にトマムに3泊4日ツアーが当たった友だちに誘われたからと言ってたの、あれ本当は札幌の病院で手術受けたんでしょ?」
ああ、それ疑われていたのかと思った。あれは本当にツアーを当てた司ちゃんに誘われてほんとにトマムに行ったんだけど。それに手術受けたら4日で回復することはないのだが、性転換手術を詳しく知らない人はそのあたりも分からないだろう。
「ごめん。ノーコメントで」
「まあいいや。でもあんたがレディスフロアに泊まる資格があることを確認できた」
と行って姉は解放してくれた。パンティを穿いてスカートの乱れを直す。
「疑ってごめんね。お詫びに私のお股も見せてあげようか」
「いい!」
でもその後はごく普通の会話をした。
「でも山登がよくちんちんぶらぶらさせて家の中歩いてるけど、かなり大きくなってるよね」
「思ったぁ。ぼくのはあんな大きくなかったよ」
「あんたはちんちんぶらぶらさせて歩くことは無かったけど、お風呂に入ってるのをうっかり開けてしまった時、小さな子供のちんちんみたいと思った」
「実際ぼくのは幼稚園児並みたったみたい」
「やはりあんたみたいな子はたぶん元々女の子なんだろうね。だからちんちんも発達しない」
「中学に入る時に女の子になっちゃった沙苗ちゃんもちんちん無くなる前は3cmくらいだったって」
「あの子は中学に入る時に手術したんだっけ?」
「沙苗ちゃんの場合、ちんちんがどんどん縮んでいって消滅したらしい」
「そういうこともあるんだ!」
「そしてちんちんが消滅したあと、ヴァギナができてその穴が充分深くなったと思ったら生理始まったらしい」
「へー。だったらあんたもその内生理来るかもね」
「・・・」
「どうしたの?」
「生理くるかもしんない気がする。留萌に帰ってからでいいからナプキン買うのに付き合ってくれない?」
「OKOK。生理が来たらもう一人前の女の子だね」
と羽月姉は言っていた。
ついでに
「取り敢えずプレゼント」
と言って自分が持って来たパッケージから2個くれた。
「付け方練習しなくていい?」
「それは分かる」
「ああ、やはり時々付けてみてたのね」
「御免。ノーコメント」
夕食は食堂に食べに行くのかと思ったら、部屋まで持って来たくれたので、雅海と姉は5階に降りて両親の部屋に行き一緒に食べた。
「ゴールデンウィークで人が多いから一度に客に来られると食堂がさばききれななくなるんだって。だから旅館の都合で各部屋まで持っていく」
「なるほどー。混んでいるから故のサービスか」
「客としても楽でいいよね。ただ家族や友人で複数の部屋に分泊した人はどこかひとつに配送する」
「ああ」
それで雅海たちはのんびりと夕食を味わったが、とても美味しかった。
夕食後は食器を廊下に出しておいて、お風呂に行く。
男女に分かれるところで父がチラッと雅海を見たが、雅海は堂々と女湯の方に向かった。母・姉と一緒に赤い暖簾をくぐる。そして服を脱ぐが母は頷いていた。
浴室に入り、洗い場で身体を洗ってから浴槽に浸かる。母・姉と近くに集まる。
雅海は身体のことで何か言われるかなと思ったのだが、特にそのことについては言われなかった。
「層雲峡なんていつでも来れると思ってるから実はなかなか来ないよね」
「そそ。一般に名所って地元の人はあまり来てない」
「私は中学の修学旅行で来た」
と羽月。
「ああ」
「小学校の修学旅行は稚内(わっかない)だったし」
「雅海は小学校の修学旅行、どこ行ったんだっけ?」
「私は定山渓温泉とルスツ」
「いいとこ行ってるな」
「ルスツは2〜3時間だったよ」
「もったいない!」
「たぶん短時間の安いチケット使ったんじゃないかな」
「ああ」
「リゾートなんてのも道内の人は行かないよね」
「まああれは東京の人がお金をたくさん落としてくれるためのものだから」
しかし最後に母は行った。
「あんたの修学旅行の件で広沢先生から照会があったんだけど、普通の女子と同じ扱いでいいですと回答しとくね」
え?
え??
え〜〜〜〜!?
2日目はオプショナルツアーで層雲峡の景色を楽しみ、銀河流星の滝を見て、ロープーウェイで大雪の春景色を眺めてきた。
雅海はこの日も疲れてぐっすり眠っていた。
そして5月5日のお昼頃旅館を出て途中旭川で少し休憩する。
ここで雅海は羽月につれて行ってもらってナプキン売場に行く。姉お勧めセンターインのナプキン、オーガニックコットン(パンティライナー)、それと生理用ショーツ、生理用品ポーチと選んでもらった。もちろん代金はギャラをもらったばかりで懐が暖かいので自分ではらった。
そしてケンタッキーを買ってから留萌に帰還した。食べたら全員寝た。
雅海はこの日も疲れていたのでそのまま熟睡した。
結局“女の子だけの秘密の楽しみ”をしてみようと思ったものの、いまだにできない状態のままである!
5月6日の朝、雅海は少し迷った末に結局学生服とスラックスの格好で居間に出て来たのだが母は
「セーラー服とスカートに着替えて」
と言った。
「お母ちゃん、ごめん。ぼくまだ女子制服で通学する勇気無い」
と言ったのだが母は
「あんたの性別検査するから」
と言った。
「へ?」
それで雅海は念のため一度シャワーを浴びてから、真新しいショーツとブラジャーにキャミソール、ブラウスを着て、セーラー服の上下を身に付けた。そして母の車で旭川に出て大きな病院に入った。
ここで雅海はおしっこを取り(セーラー服を着ているので女子トイレを使う)、身長・体重・TB/UB/W/H を測られ、血圧を測ってから採血される。そしてMRI室に行って全身のMRIを取られた。その上で精神科に行き心理テストを受ける。それから婦人科!に行って、医師に裸を観察される。
「まずいよー。お医者さんに裸を見られたらもうぼく女子生徒にならなければいけないのでは?」
と不安になった。
(何を今更?)
雅海は退出して少ししてから母だけが呼ばれる。何を話してるのかなあと物凄く不安になる。診察室から出て来た母は
「何も心配することはないからね」
と笑顔だった。
結局雅海は診察結果を聞いていないが、何となく想像はついた。やはりぼく「あんたは完全な女子だから月曜からはセーラー服で通学しなさい」とか言われるのかなあと思った。しかし母は特に何も言わなかった。でもポスフールで可愛いお洋服とかスカートとか買ってもらった。
さて、司の方は曾祖母の葬儀に行っていて5月3日に留萌に帰ってきた。
疲れてはいたがジョギングに行こうと思い、早朝出掛けて行く。5月4-5日は剣道部グループ全員と一緒に走った。5月6日はまた公世ちゃんと2人だった。
「え〜!?公世ちゃん、また性別検査受けさせられたの?」
「全く参ったよ」
「だって1ヶ月くらい前に検査されたばかりなのに」
「だよねー。中体連は抜き打ちで検査したかったみたいね。でも司ちゃんは検査されなかったんだ?」
「5月2日は学校休んでたから」
「ああ、だったら今日検査されたりして」
「え〜!?」
それで司はジョギングから帰りシャワーを浴びてから貴子さんに電話してみた。
繋がらない! (もちろんんわざと取らない)
メールもしてみたが反応が無い。
そして司がその日、学生服と女子用スラックスで学校に出て行くと案の定朝のホームルームが終わった後で校内放送で呼び出される。
それで司は職員室に行ってみた。すると中体連のスタッフさんが
「ちょっと来て下さい」
と言い、車で連れ出す。そして病院に行った。
実はこの日、強飯先生が出張で居なかっため、中体連のスタッフが出て来たようであった。
「よりによってこんな日に性別検査ってまずいよぉ」
と司は思う。
おしっこを取った後、身長・体重、TB/UB, W, H を測られる。完璧に女子の体型である。血圧を測ってから採血する。MRIに入れられてかなり長時間検査された。その後心理テストをされる。そして最後に婦人科!に行き公世は受けなかった検査、“内診”までされる。
ひぇー!恥ずかしい!!!
と思った。
「安心していいよ。君が間違い無く完全な女性であるという診断書出しておくね」
と40代の女医さんは言った。
「あのお、完全な女子ということになると野球の大会に出られないので男子という診断が欲しいのですが」
「は?」
それで司は自分は野球部で、度々女子と間違われて選手登録資格に疑義を持たれていた。それで抜き打ちの性別検査を受けさせられたのだと思う。女子だということになれば野球の大会に出られなくなるし自分が出ないとうちの野球部の戦力が大きくダウンして道大会で勝てなくなるから、何とか男子という診断が欲しいと説明した。
「でもあなたは間違い無く女の子だよ。卵巣・子宮もあるし」
あはは。あるだろうな。
医師は言った。
「私は医師の倫理として嘘は書けませんから、あなたは間違い無く女性であるという診断書を書きます。出場資格については中体連さんと話し合ってください」
という訳で、司は「間違い無く女子」という診断書を書かれてしまったのである。(そのあとどうなったかは後述)
「え?花絵さん結婚するんですか?」
とP神社で恵香たちは驚いて言った。
「私が留萌を離れると祖父ちゃんが困るみたいだけど、まあ仕方ないかな」
と本人は言っている。
「どういう人なんですか?」
「大学の時のクラスメイトなんだよ。学生時代にデートしたこともある。セックスすることになるかなあと思ったけど、彼の部屋で一晩過ごしたのに何も起きなかった」
「女性に興味が無いのでは?」
「その可能性はあるけど、好きだと言われたから結婚してもいいかなと」
「結婚するまではセックスしない主義だとか」
「今どきそんな男は存在しないって」
「EDだったりして」
「その程度気にしない」
「実は女だとか」
「ああ、それも全然問題なし」
「お、すごい」
「女だったら彼に赤ちゃん産んでもらおう」
「楽でいいですね」
「いつ結婚するんですか」
「秋くらいかな」
「どこに住むんですか」
「札幌になると思う。だから祭礼の時とかは妊娠してない限り手伝いに来るけどここに常駐はできない」
「みんな結婚しちゃう」
と恵香が言う。
「まあ梨花ちゃんも名目上は巫女長だけど、あまり出て来てないからなあ。私が抜けたら、純代ちゃんが事実上の巫女さんのリーダーということで」
「え〜!?無理ですー」
と当の純代(高3)は言っていた。
2005年5月8日(日).
岩手県大船渡市で、青葉の曾祖母・八島賀壽子が亡くなった。1923年生であり享年83である。青葉は嵐の予感がしていた。これ以降、青葉の家は、家族という制度が崩壊して、青葉(小2)と姉の未雨(小6)は両親からほぼ放置されるようになる。
5月8日(日)の夜、貴子が雅海の部屋に出現した。
「あれ?司ちゃんと一緒じゃないの?」
「それが実はややこしい問題が起きてて」
と言って、雅海は司が抜き打ち性別検査を受けさせられ、間違い無く女性であるという診断結果が出たことを話す。
「良かったじゃん。この機会に法的な性別も女性に変えてしまおう」
「それで彼は困ってるんですよ」
と言って、雅海は司が女子ということになれば、野球の大会に出られなくなる可能性があることを説明した。
「女子野球の選手になればいい」
「それ本人は結構その気になってるみたい。でも取り敢えずこのままでは来週の大会に出られなくなる可能性があるんですよ。彼が出ないとS中は北北海道大会で初戦敗退しますよ」
「ああ」
「貴子さん何かうまい手が無いですかね」
「それは色々手段はある。必ず何とか出場できるようにする」
「ほんとですか」
「でもそういう状況なら今あの子を男の娘に戻したら話がややこしくなるね」
「そうだと思います」
「だったらしばらく女の子のままにしておくか」
「それがいいかも」
「じゃ落ち着いたら元に戻してあげるね。じゃね」
と言って貴子は消えてしまう。
「え?」
と雅海は思った。
「ぼくは男の子に戻りたいんですけどー」
(君こそ今更戻ったら話がややこしくなると思うぞ)
さて、光辞の朗読については、千里が4月中にかなり頑張ったので随分進み、残りは20-30ページと真理さんは言っていた。このままだと5月中に完了するなと思っていた。ところが、連休明けに送られてきた光辞の写しの入った封筒を見た時、千里は何か違和感を感じた。
何だろう?
と思いながら開封したが、今日の光辞は読めないと思った。
これは真理さんが書写したものではない。
千里は真理さんの携帯に電話を掛けた。しかし「この電話番号は現在使われておりません」となる。仕方ないので気は進まなかったが、河洛邑に掛ける。それで高木真理さん、もしくは遠駒貴子さんにと言ったのだが・・・・この電話はあちこち回されたあげく切れてしまった。
もう!
これでは連絡のしようもない。
困っていたら、その日の夜遅く、遠駒貴子(恵雨)さん本人から電話が掛かってくる。恵雨さんは小さな声で話す。BGMに村田英雄だか三波春夫だかが掛かっている。人に聞かれたくないのだろう。(盗聴器に警戒しているのもある)
「実は真理と子供の紀美・貞美が河洛邑を出てしまって」
「ああ」
とうとう“誰も居なくなった”のか。
「今回送った写しは、実は**ちゃんに写してもらったんだけど、ダメだったか」
来光と前妻さんとの子供の娘である。来光さんの孫に当たる。恵雨さんがやらせてみたということはある程度の霊的センスがあるのだろう。
「私自身が書き写せたらいいんだけど、私は目が衰えていて、とても正確な書写ができない。さすがに原本を送るわけにもいかないし」
「恵雨さんはお身体は?」
「目や耳は衰えているけど、全体的な体調は悪くない」
つまり真理さんが急いでいたのは、自分自身が協会にいられなくなるからその前にできるだけ多くのページを処理したかったのだろう。
「私夏休みになったら、またそちらに行きますから、その時に残りは読みましょう」
「そうしてくれる?ごめんね」
ということで光辞の朗読完成は夏休みまで保留されることになる。
「私最近なんか身体がきついけど、それまでは頑張らなくちゃ」
と千里Yは思った。
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【女子中学生・春ランラン】(2)