【女子中学生・冬の旅】(2)

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セーラー服の行方。
 
千里の周囲で男の娘たちが着ているセーラー服はこのようになっていた。
 
鞠古花江→鞠古知佐→セナ→雅海
 
鞠古知佐は1日だけ姉のセーラー服を着たものの、留実子や千里に励まされて自分が男だと思っているのなら、たとえペニスを失っても自分は男だと思い直し、女子制服を着るのはやめて、それをセナに譲った。
 
セナはその女子制服を1〜2学期は時々着ていたが、3学期からは毎日着るようなった。
 
しかし3月に姉の亜蘭が中学を卒業したので、その制服をもらった。それで鞠古君からもらった制服は雅海に譲った。でも雅海はまだその制服で通学する勇気が無い。
 
司の制服
 
司が持っている女子制服は、天野貴子(きーちゃん)が余計な親切で作ってプレゼントしたものである。でも彼はまだ女子制服で通学する勇気は無い。
 

公世の制服
 
公世の部屋に掛かっている女子制服は姉の弓枝が自分が中学時代に着ていた制服を押しつけたものである。弓枝は公世にスカート(主として通販の失敗物!)やブラジャー・パンティ(新品)を押しつけるので、最近、公世の衣裳ケースは、女物が3割ほどを占めるようになっている。(その分、男物を処分されていることに、公世はまだ気付いていない)
 
また公世は1学期まで着ていたワイシャツを「女の子になると聞いたから」といって捨てられてしまっていたので、8月の全国大会から帰ってきた後、“新しいワイシャツ”を数枚買った。この新しいワイシャツのボタンの付き方が、1学期まで着ていたワイシャツとは左右逆であることを、公世は全く意識していない。なぜ意識しないのかは、作者も分からない!
 
彼は学生ズボンも捨てられていたし、学生服は、あまりに汚れていたのでこれも捨てられてしまい新しい学ランと学生ズボンを買っている。この学生ズボンはファスナーが浅くて男子トイレの小便器が使用できなかったが、誰か親切な人が改造してくれて、使用できるようになった。
 
公世のトイレ事情
8.20-22 大会会場では女子と思われて男子トイレ使えず。女子トイレ使用。
8.24 しばらく個室ばかり使っていたので気分で個室使用
8.25-30 ズボンから排尿器官が出せず個室使用
8.31 女の子になってしまったので個室使用
9.1-11.30 男の身体に戻りズボンも改造されていたので小便器使用(*5)
12.1-10 男性尿道が消失したので個室使用
12,13-24 男性尿道が復活したので小便器使用(*5)
8.25-1.18 早川ラボには女子トイレしか無い。(本当は九重たちが使用している男子トイレが管理人室内にあるのだが、公世はそのことを知らない)
 
(*5) 本人は小便器を使いたいのだが、男子トイレの個室が空いている限り、他の男子たちが「工藤さん、個室空いてるよ」と言って、個室に誘導されてしまうので、結果的にこの時期、公世は9割以上個室を使用している。また男子たちはみんな、公世は小便器を使わないものと思っているので「工藤さんにペニスは無いはず」と思っている。
 

さて、S中剣道部女子の上級者たち(千里・沙苗・如月・公世)が山の中にある早川ラボで濃厚な練習をしていた時期、聖乃や真南など、中級者の1年生女子は夏休みにも使わせてもらったA町公民館で自主練習をしていた。
 
彼女たちは公民館のホールで練習していたのだが、庭ではソフト部?の女子2名が練習しているようだった。公民館の人の指導で、両者は国道にジョギングに出る時は一緒に出ることにした。こちらはまだ4名だからいいが向こうは2名なので、女子中学生2人でのジョギングはやはり不用心である。
 
ジョギングしながら少し言葉を交わしたが、向こうは12月中にやっていたのは2年生女子と3年生女子の1名ずつだった。3年生の人は受験があるので年内一杯で離脱し、1月に入ってからは別の2年生が入り2年生女子2人で練習していた。1月から来た2年生はとても背が高くて、最初男子かと思ったが、声が女の子なので、どうも女子のようである。
 
その背の高い人はウィンドミルで投げていた。それで聖乃たちは、そういえばソフトボールってウィンドミル投法を使うよなと思い出した。でも年内に練習していた2人は野球みたいにワインドアップ・モーションで投げていた。1月に入ってからも、その背の高い女子と組んでいる、もうひとりの年内から練習していたほうの女子は、ワインドアップで投げていた。ソフトボールでも上手投げする人あるのかな?などと聖乃たちは思っていた。
 
彼女たちとはよくトイレでも一緒になり
「寒いねー」
「そちら屋外で寒くない?」
「そちら足袋履いて板張りの床って冷たくない?」
などとと声を交わしていた。
 
(く、く、く、く、くえすちょん(古い!古すぎる!)。ここで投球練習をしていた女子3人って誰々なのでしょうか?)
 

冬休み中のP神社では、広海は中3で受験勉強中、千里は三重に行き、沙苗は剣道の練習をしていて、蓮菜・恵香・セナが小町と一緒に巫女控室には居た。恵香が笛係、蓮菜とセナ・小町で昇殿祈祷するお客さんを先導したり、太鼓を叩いたりしていた。玲羅が来ている時は玲羅にも笛を吹かせた。お正月は小学生は大半が休んでいた。寒いからあまり出歩きたくないのだろう。それに昇殿すると、拝殿はストーブが入ってても寒いし!
 
お客さんが居ない時、蓮菜と恵香はお勉強をしているが、セナはだいたい漫画を読んでいる。
 
「セナ、冬休みの宿題は終わった?」
「まだだけど頑張る」
 
全然頑張っていない!
 
時々、セナの“おしゃべり仲間”で剣道部にも勧誘した真由奈も顔を出すので、お客さんにお茶を出したり、お守りや御札の販売などを手伝わせていた。彼女は待機時間はセナとおしゃべりしながらも一応冬休みの宿題をしていた。
 
P大君はその様子を見ていて
「うん。これならセナは多分市外の高校に進学することはあるまい」
と思っていた。
 
「やはりセナを女の子にしてあげてよかった」
 

セナは自分の身体がどうも完全な女の子になったみたい、とは思ったもののまあいいか、どうせぼく法的には既に女の子だしと思ってあまり気にしていなかった(←気にしなさすぎ!)。
 
千里ちゃんにしてもらった偽装女体でも、12月以降の真女体でもオナニーの快感はほとんど同じだったし(ほんとうに偽装だったのか?)。
 
セナは男の子時代はオナニーをした記憶や勃起した記憶が無いので射精の快感も知らない。やはり男子として不完全だったのだろう。でも昨年7月以降は女の子のオナニーを週に1度くらいしている。快楽にひたりながら「ぼく、お嫁さんになれるかなあ」などと考えている。
 
セナは最近男の子だった頃のことを忘れつつあり、男の子って、どうやっておしっこするんだっけ?おしっこする時、ちんちん邪魔じゃないのかなぁなどと思ったりする(←忘れすぎ)。
 
自分は物心ついた頃からずっと女の子だったような気もして
 
「ぼくって元々女の子だったのかも」
と思ったりする。
 
なおセナの男子制服は、弟の慧瑠(さとる)に譲ったので、彼が4月から使用する予定である。
 

2005年1月8日(木・友引・たいら)
 
千里たちが早川ラボで練習していたら、何か大きな音がする。
 
「またエゾシカでも外壁に掛かったかな」
と沙苗が言う。
 
早川ラボは二重の鉄筋コンクリート壁に守られており、外壁の外側には電線が張られており高圧電流が流されている、一応人間が間違って接触したりしないように、外壁の更に30cm外側に樹脂製のフェンスもある。この樹脂製のフェンスを壊して中に進入してきた害獣はこの高圧電流にやられて昇天する仕組みである。
 
この樹脂製のフェンスを壊せるのはヒグマとかエゾシカの類いなので、高圧電流にやられるのは、だいたいその2種類の動物に限られる。エゾタヌキなどはフェンスを壊せないしフェンスの隙間(約3cm)は通り抜けられない。
 

「みんなは練習してて。外に出ないで」
と千里はみんなに言うと
 
「すーちゃん」
と管理人室にいる朱雀に声を掛け、2人で表に出てみた。それで外に出てみると、2〜3歳のヒグマである。瀕死の状態で苦しみ暴れているので、千里はトドメを刺して楽にしてあげた。
 
「あ、キツネ」
と朱雀が言う。見るとまだ子供のキタキツネが“落ちている”。
 
「ヒグマにやられたのかな」
と言って見ると爪を掛けられたようで結構出血している。しかし千里が近づいた時、キツネは前足を少し動かした。
 
「まだ生きてる」
と言って拾い上げる。
 
「びゃくちゃん」
と白虎を呼ぶ。
 
「この子、助かると思う?」
「大きな血管は切ってない。助けようと思えば助かるかも知れないけど、今の段階では何とも言えない」
「止血できる?」
「貸して」
と言って、白虎はそのキツネを抱くと、止血をしてあげたようだ。ついでに何か薬を塗っている。
 
「血は止めたから看病すれば助かる可能性はある。保証はできないけど」
「ありがとう!ちなみにエキノコックスは?」
「罹ってないと思う」
「良かった」
「ほかの伝染病はすぐには分からない。千里がその子を看病するならこれから検査するけど」
「お願い」
「その検査が終わるまでは他のキツネとは接触させないこと」
「了解」
 

千里は九重を呼び、ヒグマの血抜きをしてくれるよう頼んだ。そして子ギツネを抱いて室内に戻る。
 
「ヒグマだったよ。また明日は焼肉かな」
「結構クマ肉がやみつきになって来つつある」
と清香が言っていた。
 
「その子は?」
「ヒグマにやられたみたい。でもまだ息がある。看病してみる」
「へー」
「私あがるから、みんなは練習続けて」
 

それで千里は、子ギツネを管理人室に寝かせ、朱雀に見ていてもらう間にシャワーを浴びて着替えた、管理人室に戻ると白虎が色々検査してくれているようだ。検査結果は30分くらいで判明する。
 
「特に変な病気・寄生虫にはやられてない」
「良かった」
「生き延びた場合でも、たぶん明日の朝くらいまでは意識は戻らないと思う」
「私ずっと付いてるよ」
「何かあったら呼んで。役に立つかどうかは分からないけど」
と言って白虎はいったん姿を消した。
 
剣道の練習のほうは16時で終了し、みんな迎えに来た保護者の車で帰っていく。沙苗が心配そうに
 
「無理しないでね」
と言って帰って行った。
 

みんなが帰ったのでオンドル(床暖房)の火も落とし、管理人室と、すーちゃん・てんちゃんが寝る宿泊室だけの電気暖房に切り替える。千里はこの日、ずっと子ギツネの傍に付いていた。
 
なお村山家のほうは、いつものようにコリンが千里の振りをして夕飯だけ作ってくれたはずである。千里が村山家に夜中居ないのは通常になっているので、母たちも気にしない。
 
早川ラボに泊まった千里(千里R)は、だいたい1時間半単位で目を覚ます度にキツネの様子を伺っていた。紙コップに水を組んでスポイトで水を飲ませてあげると一応飲んでいるようである。夜中少し熱が出ていたので、冷却剤を額に載せてあげた。
 
明け方、子キツネは目を覚ました。
 
千里は「源ちゃん!」と源次を呼んだ。彼は5分ほどでやってきた。
 

「可愛い女の子ですね」
と源次は言った。
 
「女の子なんだ!」
「ですよ。小っちゃいからぼくの恋愛対象ではないけど」
 
「この子と少し話してくれる?この付近の子かなあ」
 
それで源次がその子と少し話しているようだ。源次がこちらにキツネ語?を通訳してくれる。
 
「旭岳の生まれらしいです。年齢は1〜2歳だと思うけど、自分でもよくは分からないって。もう親離れしてるって」
 
旭岳?なぜ旭岳で生まれたメスのキツネがこんな所に居る?オスなら移動するのも分かるけど。しかし千里は旭岳ということから、あることを連想した。
 
「ね。君もしかして人間の言葉分からない?」
と千里はキツネに語り掛けた。
 
するとキツネは戸惑うような顔をしている?
 
「このお姉さんは大丈夫だよ」
と源次が言った感じである。すると子ギツネはホッとしたように
 
「助けて下さってありがとうございます」
と人間語で話した。
 
それでこの子は“一族”の者であることが判明した。
 

「私は“ちさと”。君名前ある?」
「お母ちゃんからは“いと”と呼ばれてました」
「へー。いとちゃんか。可愛い名前だね」
と千里が言うと、照れているようだ。
 
「でも君旭岳の生まれなら、なんでこんな遠い所まで来たの?」
 
「実は人間の女の子が私を拾ってペットとして飼っていたんです。私は普通のキツネの振りをしていたんですけど、その子、お母さんに叱られて、この山に捨てられました。知らない土地でどうしよう?と思ってた時にクマに襲われて、でもクマは何か罠にかかったみたいで」
 
旭岳の周辺ではA大神の主導で一昨年の春から、エキノコックスの駆除薬入りの餌を撒いたりしている。また大神の眷属が“一族”の長老たちと話し、エキノコックスの中間宿主となるネズミやリスを“生では”食べないように指導している。それで今、あの付近も留萌周辺同様、エキノコックスの罹患率が低下し始めているはずだ。特に“一族”の罹患率は低いだろう。それでこの子も無事だったのだろう。
 
「そのクマは倒したよ」
「クマを倒せるって凄いですね」
「このお姉さんは強いよ。龍にだって勝てるから」
「すごーい!!」
 

寄生虫や感染症には罹ってないということだったので、取り敢えず小春の家に移すことにした。千里がその子を左手で抱いて、右手で源次と手をつなぎ、千里は小春の家に瞬間移動した。
 
「わっ」
と源次が驚いている。“いと”も驚いている。
 
「小春ちゃん留守だし、納戸を使わせてもらおう」
と千里は言って千里は小春の納戸の荷物を出して、そこに30cm×30cmのカーペット(100円ショップで買ったものが小春の部屋に落ちていたので借りた)を敷いて“いと”を寝せる。千里は自分の肩掛け(100円ショップもの!)を彼女の身体に掛けてあげた。
 

↑の小春側(東側)の納戸(SR)に“いと”を寝せた。
 
早川ラボの冷蔵庫に入っていた“北海道チーズ蒸しケーキ”を小さくしてあげたら美味しそうに食べていた。水も紙コップに注いでストローを付けてあげたら飲んでいた。“一族”の者なので、ストローの使い方は当然分かる。でも今は立ち上がったり、人間態に変身するパワーは無いようである。
 
「源ちゃん、この子の体力が回復するまでしばらく面倒見ててあげられない?」
「いいですよ。小町もこんな小さな子には嫉妬しないと思うし」
 

源次は、妹でもできたかのようにお世話してくれた。なお、彼には弟はいるが、妹は(本人の知る範囲では)いないらしい。小町も神社のお仕事が終わった後来て、“いと”と色々おしゃべりしてくれた。“いと”は結構2人になついていた。彼女は源次と小町を夫婦と思ったので、ふたりが照れていた。
 
千里はこの2人の結婚式、いつさせてあげようかなと思った。神社でする?P大神は許してくれそうだけど。
 
これが本当のキツネの嫁入り!
 
“いと”については当面コリンにも少し気をつけておいてもらう。
 
“いと”はコリンを怖がっていた。源次が「あのお姉ちゃんはぼくらを食べたりはしないよ」と言うと、安心していた。
 

(*6) “小春の家”は、2003年春に小春がP大神の手を離れてA大神配下に復帰した時、P神社に住むわけにはいかないが、千里の家の近くに住んだ方が便利だろうということでA大神の指示により、ミミ子(朝日瑞江)が用意したものである。
 
ここの土地・建物の登記は千里名義になっている。記念すべき?千里の最初の所有地である。千里は母の字をそっくりに書けるので、しばしば母から学校の書類なども
「あんたが書いといて」
などと言われている。それで、大神は千里G!に同意書を書かせ、勝手に実印を押させて“保護者の承認”がある形にして、千里名義で登録した。
 
千里の母に変装したミミ子は、千里名義の通帳を法務局の人に提示し、毎月、遠駒貴子(**) 名義で高額の振り込みがあることを示して親の代理名義ではなく、本当に娘の千里が買った土地であることを説明した。
 
(**) “遠駒貴子”は遠駒恵雨の本名。恵雨さんは様々な面倒を避けるため、法人名義の“理数協会”を使用せず、個人名義で報酬を払ってくれている。
 

(再掲)

 
この家は留萌がスケソウダラ漁で潤っていた時期に建てられた長屋だったものである(むしろ文化住宅(*7)に近い)。当時は2つの世帯が入居していた。それで各部屋に風呂とトイレが付属している。
 
ミミ子は工務店さんに頼んで、部屋はそのままにして台所の壁をぶち抜き1つのLDKに改造。また半間サイズだった玄関もまとめて1間サイズにした。そのほか、石油式のボイラーを導入し、畳の表替え・ふすま紙の張り替えをし、トイレは洋式便器に交換。風呂もタイル張りだったのをホーローの浴槽に交換。シャワー付きにした。風呂は以前は薪で焚く外釜方式だったが、ボイラーを付けたので、いつでもすぐにお湯が使えるようになった。土地(と家)自体は60坪で48万円だったが、改造費で150万円飛んでいる。
 
千里Rが取った剣道関係のメダルや賞状はコリンの部屋の棚に置かれている。また、千里の道着は、父に見られないように、いつもこの家で洗濯している。小学生の頃は、これらは神社の空き部屋に置かれていた。道着も神社で洗濯していた。また千里は年々増えていく楽器もここに置くようにした。
 

(*7) 文化住宅というのは、高度成長期に多く建てられた“新形式”の長屋である。主に関西方面でこの言葉が使用されたが、関西では“ん”にアクセントを置いて発音したらしい。古い長屋は、台所・トイレが共用だったが、文化住宅には個々にトイレと台所が付属していた。それで従来の長屋より“文化的”であるとして文化住宅と呼ばれた。当時の文化住宅の多くにはお風呂は無く、お風呂は銭湯に行っていた。ミミ子が買った家はお風呂が付いていたので、高級文化住宅かも?工法は2×4(ツーバイフォー)でしっかりしているので平成の時代まで持ちこたえていたようだ。
 
この家は約3年間使用された後、“ある人”が改築、という名目で実質建て直して軽量鉄骨構造の3LDKに生まれ変わることになる。バス・トイレが真新しいし2組あって好都合なので、それを残したから“改築”らしい。
 

1月11日(火).
 
札幌に予備校の合宿で行っていた、玖美子と(前田)柔良が留萌に戻って来て、早川ラボでの練習に加わった。これて10人体制での練習になる。練習場は2つなので、練習場の境界は無視して自由に対戦するが、結構お互いに衝突する。
 
「戦場はこんなものだろうな」
「お互いにぶつかり合うのは通常でしょうね」
「うっかり隣の敵を倒したりして」
「敵ならいいけど味方斬っちゃったりして」
「いや、それは普通に起きてたと思う」
 
「夏には練習場を増設すべきかなあ」
 

千里Rはやはり早川ラボが手狭になってきたことと、短期間の集中練習の間に2度もヒグマが引っかかったことから、今年はクマの“当たり年”かも知れないと思い、きーちゃんに電話した。
 
「多少値が張ってもいいからさ、留萌市内の“危険でない場所”に400-500坪の土地が確保できないか探してもらえない?」
 
「いいけど何するの?」
「現在の天野道場と早川ラボを統合したいんだよ」
「へー」
「天野道場は、高速道路の工事が始まったら速やかに立ち退かなければいけないでしょ(*8)」
「うん」
「早川ラボは、ヒグマ・エゾシカの出現率が高いからさ」
 
(*8) この時期はすぐにも移動することになるものと思っていたのだが、実際にはかなり後になった。それでこの時点での天野道場は翌年以降も“分室”として残ることになる。
 

「それ、きっとわざとおびき寄せてるよ」
 
「だろうね。でも誘引しなくても来るでしょ?」
「うん。山の中だもんね」
「私が居る間はいいけど、私が中学卒業して他の町に行ったら守る人が居なくなるからさ」
「確かにね」
「それで町中の道場に統合したいんだよ」
「分かった。じゃ太陰に探させようかな」
「ああ、それがいいかもね」
 
千里としては、夏までは早川ラボを使うが、来年の冬休みまでに町中の道場が使えるといいという希望を出しておいた。
 
「早川ラボの跡地はどうするの?」
「カレー工場にするか、あるいはキノコ作りでもするかなあ」
「キノコ作りなら山の中でないと不便だけどカレー工場は山の中はやめたほうがいいと思う。絶対従業員の犠牲者が出る」
「そうだなあ」
 

数子はP神社に行き、巫女衣装を付けたまま勉強会をしている蓮菜に訊いてみた。
 
「ねぇ、1月15日・土曜日にバスケの新人戦あるんだけど、千里に参加してもらえないかなあ」
 
しかし蓮菜は答えた。
 
「今回も無理だと思う」
「そうなの〜?」
「いつもこの神社に居る千里は三重県に行ってるのよ。あの子は17日か18日くらいに戻ってくる」
「惜しい」
「剣道部の千里は同じ15日に大会があるから無理」
「2人ともアウトかぁ〜!」
「もうひとり、Q神社に行ってる千里は絶対女子の試合には出ないからね」
「仕方ない。今回は千里抜きで頑張るか」
 

数子は留実子に打診した。
「15日にバスケの大会あるんだけど出てもらえる?」
「何月?」
「1月」
「悪い。その日はサッカーの大会があって応援しにいくから、旗手が抜ける訳にはいかないから、悪いけどパスさせて」
「え〜〜!?」
 
ということで、女子バスケ部の新人戦は、千里・留実子抜きで出なければならなくなった。つまり5人ギリギリである!秋の新人ワークスと違って公式大会だから助っ人が使えない。つまり交替要員無しで40分走り回る必要がある。
 
「春の大会も多分無理だと思う」
「分かった頑張ってね」
 

2005年1月15日(土).
 
留萌支庁最北端・幌延町の、幌延町総合体育館と近くの幌延中学校を会場にして、中学剣道新人大会が開催された。保護者の車に相乗りして移動している。
 
鶴野先生の車:真南・聖乃・如月(急成長組)
沙苗の母の車:沙苗・玖美子・千里(精鋭組)
好花の母の車:セナ・好花・真由奈(趣味の剣道組)
 
(でも好花は真南に誘われて冬休みの自主練習に参加した)
 
留萌市街地から、幌延町総合体育館までは、だいたい3時間ほど掛かる。それでこの日は朝5時半にC町バス停に集合し、国道232号を北上した。
 
日本海沿いの“オロロンライン”は天塩町の所で国道232号から道道106号に移るが、幌延町の中心部に行く場合は106号には進まず、そのまま国道232号に沿って内陸部に入る。全長300mの天塩大橋(*9)を越えてから道道121号に入り、最後は町道を1.2kmほど走って体育館に到達する。
 

(*9) 天塩大橋はこの地域の名称の由来にもなっている天塩川(*10)に架かる橋である。この物語より後の、2008年から2020年に掛けて架け替え工事が行われ、全長506m幅員13mの新橋に架け変わっている。この時代は全長300m幅員6mの旧橋の時代である。この旧橋は1957年に開通しているが、その橋ができる前はここは渡し船による通行であった。旧橋の工事に当たっては、1955年に当時の架橋技術の粋を集めて作られた、長崎県の西海橋建築のための設備が再利用された。つまりそれほどの難工事だった。
 
一方、国道232号と別れて日本海沿岸を北上する道道106号の天塩河口大橋(500m)は1973年から1982年に掛けて建設された。この橋の完成により、留萌から稚内方面へのバイパスが確保された。
 
(*10) 天塩川(てしおがわ)自体の名称の由来は、ずっと以前にも述べたが、魚を獲る仕組みの梁(やな)のことを昔は“てし”と言っていたからである。自動車輸入業ヤナセの創業者さんの家はずっと昔は梁の近くに家があったのかも?(梁瀬家は高崎の近くの豊岡村の出身)
 

今回の大会の団体戦で、S中女子はこのようなオーダーで出ることにした。
 
先鋒:月野聖乃(1級)
次鋒:原田沙苗(初段)
中堅:羽内如月(1級)
副将:沢田玖美子(初段)
大将:村山千里(初段)
 
“純粋実力順”である。
 
この時点での在籍者
2年:村山千里、沢田玖美子、原田沙苗、高山セナ、白石真由奈
1年:羽内如月、月野聖乃、御厨真南、清水好花
 
(公世が男子の方からこちらに来るので、千里−玖美子、沙苗−公世、如月−聖乃、真南−好花、セナ−真由奈で対戦している)
 
普段の練習で如月は沙苗にだいたい6〜7割勝っているので、段位では逆転するが、如月を上位に置いた。もっとも沙苗は手抜きしているのではという疑惑はある。だいたい男子初段の公世といい勝負してる人が、如月にそんなに負けるというのが怪しい。沙苗は「相性の問題」とは言っているが。
 
沙苗は最初自分は団体戦に出ないと言っていたのだが、玖美子は
「戸籍上も女子になったんだから何も遠慮することはない」
と言った。すると沙苗は
「だったら大将に」
と言った。沙苗が大将になった場合、その前に千里が居るのでほぼ勝敗に関係無くなる。
 
しかし玖美子も顧問の鶴野先生も
 
「単純実力順にすべき」
と言い、沙苗は初めて勝敗に絡むポジションで団体戦に出ることになったのである。
 

新人戦は1・2年生だけで出るので、どうしても頭数が足りなくて出場できない学校が出てくる。今回の女子参加校は4校であった。それで今回は4校で総当たり戦を実施することになった。
 
なお新人戦は“勝ち抜き方式”である。
 
だから実は1人だけでも相手5人を倒せば勝てる。但しこの大会ではエントリー時点で3人以上、当日も2人以上が必要ということになっているので、セナや真由奈みたい子でもいいから最低3人は頭数を揃える必要がある。
 
今回の大会でS中は、初戦のH中戦は聖乃が相手の先鋒次鋒を倒したが、中堅に敗れた。しかしその後3人を沙苗が倒してこちらが勝った。
 
2戦目のM中は、聖乃が相手先鋒に負けたが沙苗が相手の先鋒次鋒中堅副将まで倒す。しかし大将に負けた。
 
玖美子が「また手抜きして」と言った。だいたい沙苗は勝った試合でも全部2-1で勝っているのである。相手に1本は取らせてから勝っている。まるで相手を指導してあげているかのようであった。
 
M中戦は、その後如月と相手大将の吉田さんの対戦になるが、開始早々如月が吉田さんから1本取っちゃう。吉田さんの油断だと思うが、その後、どちらも1本取れないまま時間切れ。如月は実力遙か上位の相手に金星を挙げた感じだ。それでS中の勝利である。ここまで玖美子も千里も出番無しである。
 

そして実質的な決勝戦となるR中との対戦になる。R中はこういうオーダーだった。
 
先鋒:金沢美恵(2級)
次鋒:大島晴枝(2級)
中堅:田詩歌(1級)
副将:前田柔良(初段)
大将:木里清香(初段)
 
「お互いに意味ないオーダーだ」と玖美子が言った。沙苗も全く同意だった。
 
先鋒戦「R中に入って初めて大会に出場できた」と言っていた2年生の金沢さんは聖乃に1分で2本取られて敗退する。次鋒の大島さんは元々聖乃に苦手意識を持っていて、これもあっとういう間に2本取られて敗れる。田さんと聖乃の対決はいい勝負になった。
 
この組合せは、以前は圧倒的に田さんが強かったのだが、最近聖乃はかなり実力を付けてきている。両者1本ずつ取ったところで時間切れで、延長戦に入る。延長戦はお互いに打ちには行くものの、なかなか1本が成立しない。結局判定となるが、審判の票が割れて2-1で田さんの勝ちとなった。ほんとに微妙な勝負だった。
 
次鋒の沙苗が出て行く。あっという間に2本取ってこちらの勝ちである。向こうの前田柔良が出てくる。結構いい勝負だったが、時間内で柔良が1本取り勝った。如月が出ていく。瞬殺される!柔良は、如月が吉田さんに勝ったのを見ていたので最初から全開だった。
 
玖美子が出て行き、これがまた延長戦にもつれ込む勝負になった。結局これも判定になり、玖美子が2-1で勝った。今日はどうも審判の判定が割れるようだ。
 
木里清香が出てくる。玖美子を瞬殺する!
 
ということで千里が出て行く。
 
「ほうら、私たち意味が無かった」
などと玖美子が言っていた。その声を聞いて柔良も笑っていた。同じ意見のようだ。でも玖美子は審判さんに睨まれた!ので「すみません」と謝った。
 

千里と清香の激しい戦闘が行われる。物凄くスピーディーでパワフルである。
 
「凄い。まるで男子の試合みたい」
などという声も出る。なんと言っても全国3位同士の勝負である。
 
結局延長戦までやっても勝負が付かず、判定となる。
 
またまた票が割れて、2-1で清香の勝ちだった。千里は思わず首を振ってから礼をして下がった。
 
ということで、新人戦の団体戦はR中の優勝、S中は準優勝となった。
 

男子の団体戦は8校の参加だったので、1回戦→準決勝→決勝となった。S中のオーダーはこうなっている。
 
先鋒:潮尾由紀(2級)
次鋒:佐藤学(2級)
中堅:吉原翔太(1級)
副将:竹田治昭(初段)
大将:工藤公世(初段)
 
この時点での在籍者
2年:竹田治昭、工藤公世、佐藤学
1年:吉原翔太、潮尾由紀、樋口芳夫、坂本太陽
 
(普段の練習では公世は女子の方に行っているので、竹田−吉原、佐藤−潮尾、樋口−坂本で練習している)
 
ちなみに潮尾(うしお)君の名前“由紀”は「よしのり」と読むのだが、たいてい「ゆき」と誤読されて、女子だと思われる。本人も女装させたら女の子で通りそうな雰囲気である。声変わりもまだしてないので、声を聞いただけでも女の子と思われる。
 
ついでに彼の苗字も“潮”だけで“うしお”と読めるから“尾”が余計だとよく言われる。
 
「尾を取っちゃうといいね」
「ついでに身体の尾も取っちゃうといいね」
などと言われて、ドキドキした顔をしている。かなり“怪しい”感じである。
 
彼は白い道着を使用しているが
「買いに行ったらお店の人にこれ渡されたんです」
と言っていた!
 
(なんかこの剣道部、こういう子が多くないか?)
 

男子団体戦はまずは
「そちらの先鋒と大将は女子じゃないんですか?」
と言われ、潮尾君も公世も剣道連盟の登録証に加えて生徒手帳まで見せて男子と確認してもらってから始まる。
 
初戦は、その潮尾君が相手先鋒・次鋒を倒すが中堅に敗れる。こちらの佐藤も倒れるが、吉原君が残り3人を倒して勝ち上がる。
 
準決勝は潮君が先鋒は倒したが次鋒に敗れる。佐藤君も敗れたが中堅・吉原君は相手の次鋒・中堅・副将まで倒した。でも向こうの大将に敗れる。こちらの副将・竹田君が出て行く。相手大将と接戦になったが、時間ギリギリに1本取って勝った。これで男子は2002年夏以来2年半ぶりの決勝進出となった。
 
相手はR中だった。つまり今回の新人戦は男女ともに(事実上の)決勝がR中対S中となった。
 
R中のオーダーは、先鋒:芳岡、次鋒:佐々木、中堅:広丘、副将:見沼、大将:所沢となっている。
 
向こうの先鋒・芳岡とこちらの潮尾君の戦いは激戦だったが、時間切れぎりぎりに潮尾君が小手で1本取り勝った。でも相手の次鋒・佐々木君に敗れる、佐藤君も負ける。こちらの中堅・吉原君が相手の佐々木・広丘を倒したが、副将・見沼に敗れる。こちらの副将・竹田君が出ていき、見沼を倒したが、相手大将・所沢に敗れる。でも公世が出ていき、所沢君を瞬殺してS中が優勝した。圧倒的な強さだった。
 
公世は準決勝まで座り大将で、団体戦はこの1試合だけだった。
 

午後は個人戦となる。
 
団体戦は男女とも幌延町総合体育館で行われたのだが、個人戦は男子はこのまま総合体育館、女子は幌延中学に舞台を移す。それで千里たちS中女子は700mほどの距離をジョギングで移動した(セナや真由奈がへばっていた)。
 
女子個人戦の参加者は48名だった、1回戦→2回戦→3回戦→準々決勝→準決勝→決勝という流れになる。1回戦から参加するのが32人で、2回戦からが16人である。
 
セナと真由奈はいつものように1回戦で負けた。好花・真南は2回戦に進出したが、そこで負けた。千里・玖美子・沙苗・如月・聖乃の5人は2回戦に勝ち3回戦に進出した(BEST16).
 
3回戦で聖乃が敗れ、残り4人は準々決勝に進出する。準々決勝は次の組み合わせで行われた。
 
村山S○−×吉田M
前田R○−×羽内S
沢田S○−×桜井F
木里R○−×原田S
 
そして準決勝は、村山−前田、木里−沢田となったが、むろん村山・木里が勝つ。
 
3位決定戦の前田−沢田はまた延長戦にもつれる激戦だったが、今度は前田が勝った。そして千里と清香の決勝戦となる。
 
本割では1本ずつ取って、これも延長戦になる。激しい攻防が繰り広げられ、時間切れ寸前に双方面打ちに行く。
 
「面あり!」
の声があるが・・・また旗が割れた!!
 
千里が2本、清香が1本である。それで千里の勝ちになったが、何かスッキリしないなあと思った。
 
そういう訳で、女子個人戦では、1位千里、2位清香、3位柔良、4位玖美子となった
 

男子では公世が圧倒的な強さで優勝した。2位はR中の所沢君、3位はH中の権藤君で、4位にS中の竹田君が入った。吉原君がベスト8,潮尾君がベスト16に入る好成績を収めた。
 
しかしそういう訳で、男子は団体・個人ともS中が勝った。
 
「潮尾君、頑張ったね」
と岩永先生が褒めた。
 
「ぼく、個人戦では毎回『そちら女子じゃないの?』と言われて剣道連盟の登録証と生徒手帳を確認されたんですよ。それでも相手は、ぼくの性別を疑っている感じで。女だと思って手加減しちゃったんじゃないでしょうか」
 
「ああ。それはよくある話だ」
「特にうちの剣道部ではよくある話だ」
 
「潮尾君、道着も白だしね」
「姉が使っていた道着をもらったんですよー。実は防具も姉が使っていたものなんですよね。竹刀は女子の竹刀では男子の試合に出られないから新しいの買ってもらいましたけど」
 
潮尾君のお姉さんは4つ上で、現在は高校2年生である。でも彼(彼女だったりして?)は先日は買いに行ったけどお店の人が白を渡したと言ってたけど?
 

「いや、潮尾君は掛け値無しで僕より強いです。春の大会では彼を次鋒にしましょう」
と佐藤君が言う。顧問の岩永先生も頷いている。
 
でも竹田君は
 
「潮尾“さん”が、春まで男子のままだったら、それで行こうか」
などと言っていた!
 
「それが危ないな」
と吉原君。
 
潮尾君、いや潮尾さんは、恥ずかしそうに俯いていた。やはりかなり怪しい!?
 

大会終了後、沙苗がキョロキョロしている。
「どうしたの?」
と玖美子が訊く。
 
「千里ちゃん見なかった?」
「うーん・・・」
と少し悩んでから
「コリンちゃん居る?」
と声を出す。
 
コリンが出てくる。
「千里は帰っちゃったみたいです。代わりに私を乗せて下さい」
「OKOK」
 
「帰ったって、どうやって?」
と沙苗。
「きっと今日は疲れたからもう寝てますよ」
とコリンが言う。
 
「まあ千里のことは心配する必要ないよ」
と玖美子。
 
それで千里が放置していった荷物をコリンが持ち、沙苗の母の車で一緒に留萌に帰還した。おかげでコリンは今日はバスで道具を持ち帰らずに済んだ。
 

ところでバスケットの試合であるが、新人戦の参加校は3校!で総当たり戦による試合となった。参加表明したのが留萌市内の3校だったので、女子の大会はC中の体育館を使って行われた。
 
第1試合のS中vsC中では、こちらが5人、向こうは7人という少人数対決となった。数子は体力の無い雪子に「あんたは立ってるだけでいい」と言って、実質残りの4人だけで戦ったが、何とか10点差で勝利した。数子は1年生たちが本当に実力を付けてきているのを感じた。
 
2試合目はC中vsR中となった。これはトリプルスコアでR中が勝った。R中は、ちゃんと部員が15人出て来ているから凄い。
 
そして3試合目R中vsS中。事実上の決勝戦となる。向こうは2試合連続だが、こちらは5人ぎりぎりというので、条件はイーブンかなと思った。
 
向こうはこちらに留実子も千里も居ないので、首を傾げていたが、手加減などせずに全力で対戦してくる。さすがに全くかなわないが、それでも1年生たちが食らいついていく。
 
最終的に80-65で敗れた。しかしいくら雪子を温存していたとはいえ、千里・留実子抜きで15点差というのは、数子は充分な成果だと思った。実際向こうの新キャプテン・平山さんにも、監督さんにも笑顔が無かった。
 
試合終了後、ロビーでその・平山さんが数子に声を掛けてきた。
 
「なんでそちら村山さんも花和さんも来てなかったの?風邪でも引いた?」
 
「2人とも兼部してる他の競技の試合に行ってて」
「ああ」
 

剣道大会新人戦の翌日、剣道の級位段位審査が行われた。今回受験した主な人は下記である。
 
村山千里:二段合格
原田沙苗:二段合格
羽内如月:初段合格
 
木里清香:二段合格
大島晴枝:1級合格
 
月野聖乃と田詩歌は初段を受けだが落とされた。でもどちらも「惜しい。あと少し」と言われたので、夏に再挑戦である。
 
玖美子・柔良、M中の吉田さん、F中の桜井さんなどは7月に初段になったばかりでまだ次の審査は受けられない。
 
男子では、佐藤学と潮尾由紀が1級合格した。樋口芳夫は2級を取った。潮尾は・・・女子として1級合格した疑いがあるが、特に誰も突っ込まなかった。
 
性別というものは、疑いがあれば確認されるが、疑いが無いとわざわざ確認しない!
 
新垣結衣や大谷翔平に「あなたの性別は?」と訊く人は居ない。
(神取忍にも性別を訊く人は居なかったりして・・・)
 
吉原君は初段の実力があると思うが、夏に1級になったばかりなので、まだ初段を受けられない。竹田君も7月に初段になったばかりでまだ次の審査は受けられない。公世も8月に特別昇段で初段認定されたばかりなのでまだ二段は受けられない。
 
他校ではR中の所沢君と見沼君、H中の権藤君などが二段に認定された。
 

千里Yは河洛邑で今回、残る光辞の約半分を解読した。残りはもしかしたら毎週少しずつ送ってもらっている分で6月くらいに完了するかも知れないし、夏休みに来て総仕上げをすることになるかも知れないという所だった。
 
それで帰ることにする。
 
昨年の冬は大阪からトワイライト・エクスプレスに乗った。昨夏は上野からカシオペアに乗った。それで頂点2つの豪華列車を体験したのたが今回は
 
「カシオペアよりランクダウンして申し訳無いが、同じ列車に2度乗るのも芸が無いから」
と言われ、北斗星(上野→札幌)を使うことになった。前回は上野駅まで真理さんに付き添ってもらったのだが、なんか色々大変そうでもあるので
 
「上野駅まではひとりで行けますよ」
と言って、名古屋駅まで送ってもらった。
 
これが1月15日(土)の午前中であった。
 
紀美・貞美の姉妹も名古屋まで一緒に行く。彼女たちはもう学校が始まっているのだが、土曜日なので付き合い、名古屋で少しショッピングを楽しもうということのようである。
 
名古屋駅まで行く途中、紀美が漏らすように言った。
 
「私も三重を出ようかな」
 
「大阪あたりの高校に進学する?」
と千里は訊いた。大阪には彼女たちの祖母・藤子が住んでいるから、そこに身を寄せる手があるだろう。しかしそれより彼女がこういうことを漏らすのは、あそこに居づらくなりつつあるのだろう。
 
「ちょっと行きたいなあと思ってる場所があるのよね」
「へー」
 
「ついでに男になろうかな」
「性転換するの!?」
「お姉ちゃんは男でもやっていける気がする」
 

名古屋駅で、豪華な“ひつまぶし弁当”を買ってもらい新幹線のぞみのグリーン席に乗る。
 
名古屋14:47(のぞみ14)16:30 東京16;51-16:58上野
 
新幹線の中では熟睡していて、結局、ひつまぶし弁当を食べないまま東京駅で降りてしまった。
 

発車時刻まで時間があるので、上野公園を散策した。上野大仏という案内表示を見て「そんなのあったんだ?」と思い行ってみたら顔だけだったので「それで有名じゃないのか」と思った。動物園まで見る時間は無いので、駅方面に戻る。
 
駅の近くまで来た時、信号の無い横断歩道で、作務衣姿で、80歳くらいのおじいさんが道を渡れずに困っているようだった。千里はそのおじいさんのそばに寄ると
 
「私が渡らせてあげます」
と言って、おじいさんの手を握る。握った瞬間、おじいさんが驚くような顔をした。なんだろう?と思う。
 
千里は向こうから来る車の運転手を見詰めて手をあげる。車が停まってくれる。反対方向から来る車の運転手も見詰めて手を上げる。それでそちらも停まってくれたので、おじいさんの手を引き、横断歩道を渡った。
 
千里は停まってくれた運転手ふたりに会釈をした。
 

おじいさんが言う。
「ありがとうございます。せめてお名前を。私は四島画太郎(しじま・がたろう)と申します」
「村山千里と申します」
「どちらにお住まいの方ですか?私は水天宮の近くなのですが」
「北海道の留萌という小さな町なんですけどね」
「ああ。留萌には女学校を出てすぐの頃に一度行ったよ。まだ睦仁様が帝をなさっていた頃だったかな」
 
お茶目なおじいさんだなと思った。
 
睦仁というのは明治天皇のことである。女学校は5年だから、女学校を出たばかりなら17歳?明治45年(1912)3月(*11)に女学校を出てすぐ留萌に行ったのなら現在は109歳ということになる。しかしこのおじいさんは100歳越えには見えない。
 
だいたい女学校って言ってるけど、この人、男に見えるし。それとも性転換した??あるいは女性だけど外見が男っぽく見えるだけ?声も男の声に聞こえるけど??
 
あるいはボケ始めているのだろうか。ジョークなのかどうか判別がつかない気がした。
 
「お気を付けて」
と彼?彼女?に言って別れる。その後、コンビニでお茶を買い、通りがかりのパン屋さんでパンを5個買う。上野駅の改札を通って中に入った。
 
(*11) 明治45年は7月30日まで。
 

18:45くらいに北斗星3号(*12) は入線したので、乗り込む。部屋は9号車のA個室寝台“ロイヤル”である。上野−札幌間の運賃 16080円に加えて、ロイヤルの特急料金 20070円が加わる。やはり高級ホテルに1泊する感覚である。
 
(カップルなどで2人で利用することもできる。その場合、運賃・特急券はむろん2人分必要で、それに加えてベッドをダブルベットサイズに広げる料金9810円が必要)
 
ウェルカムドリンクにはお酒が色々用意されているようだが、未成年なのでお茶をもらう。部屋の設備は、ベッドの他に、トイレ・洗面台・テレビ・シャワー室などが装備されている。
 
「でも部屋のサイズはビジネスホテルのシングルルームだなあ」
「まあ列車内だから仕方ない。プライバシーが保たれる分だけで価値があるし、シャワールームがあるのは充分豪華」
「確かにね〜」
「B寝台個室はもっと狭いよ。ほぼベッドがあるだけ。テーブルももっと狭いし、椅子とかも付いてないし、トイレやシャワーも無い」
「なるほどー。そちらを見てからこちらを見ると豪華に見えるんだろうな」
 
(*12) 北斗星は1988年3月13日に青函トンネルが開通したのと同時に運航開始された。初めての本州と北海道を結ぶ特急であった。最初は2+1(+1は臨時離列車扱い:後3便とも定期列車に移行)だった。更に多少設備の落ちる“エルム”も運行されていた。
 
1999年にカシオペアが創設された時に1日2便に減便され、2008年には青函トンネルの新幹線工事のため、1便減らされて1日1便になった。2005年当時は1日2便の時代で、北斗星1号・2号と、3号・4号は微妙に編成が異なる。
 

千里は、しばらく車窓から外の景色を見ていた。既に日が落ちてから2時間ほど立っているので外は真っ暗である。
 
「お腹空いた」
 
「食堂車からルームサービスしてもらうといいね」
と小春が言うので、洋食のディナーを2人前注文する。むろんいつものように
 
「私たくさん食べるので」
と言っておく。
 
30分ほどで持って来てもらったので、小春と2人で食べる。
 
「美味しいね」
「さすが1人前8000円くらいするだけあるね」
「普通はこんな高いの食べないけどね」
「うちの家の一週間分の食材費だなあ」
「まあたまには贅沢もいいんじゃない?」
「まあね」
 

食事が終わって、シャワールームでシャワーを浴びた後、冬休みの宿題の残りを何とか片付けた。苦手な国語や社会も頑張った。
 
今回は宿題をYがやってくれたのでGやVは助かったと思った。でもA大神から「あんたたちもやりなさい」と言われてコピーを渡されたので、結局やることになった。今回宿題を全くやってないのはRである。
 
千里Yは、宿題が終わった算数!の練習問題をする。花絵さんから渡されている問題集で三重に居る間も冬休みの宿題をするかたわら、毎日2ページずつやっていた。計算自体はかなりできるようになってきたが、まだ文章題は苦手である。
 

この列車はこのように停まっていく。
上野1903 大宮1930 宇都宮2029 郡山2155 福島2231 仙台2331 函館641 長万部814 洞爺855 伊達紋別913 東室蘭934 登別948 苫小牧1019 南千歳1041 1115札幌
 
千里は郡山を出た所で
 
「頭が疲れたぁ」
と言って、ベッドに横になった。しばらくは小春とおしゃべりしていたが、30分もしないうちに眠ってしまった。小春は千里の毛布をちゃんと直してから、自分も千里の中で眠った。
 

「Vちゅん、山分けしよう」
とGは言った。
 
「何それ?」
と千里Vは訊く。
 
「名古屋のひつまぶし弁当。Yちゃん食べずに放置してるから、もらっちゃおうよ。今冷凍御飯もチンしてるから」
 
「ああ、御飯を水増しするといいよね」
「ひつまぶしは三度楽しむ」
「それ聞いたことある。どうするんだっけ?」
「1杯目は、そのまま食べる。2杯目は薬味を掛けて食べる。3杯目はお茶漬けにする」
 
「そこまでうなぎがもたないというのに1票」
「そうかも」
 
実際、2人で分けて食べると、そのまま食べた時点でうなぎの残りが少ない感じだったので、2杯目をお茶漬けにした。
 
「でも美味しかった」
「やはり本場のひつまぶしはいいね〜」
 
「ひまつぶしに、ひつまぶしを食べるとか」
「それは言い古されているダジャレだ」
 

千里Yは、翌日朝8時にモーニングコーヒーを持って来てもらったので起きた。ぐっすり眠った感じだった。朝御飯は小春と一緒に食堂車に食べに行った。洋朝食を2つ頼む。
 
パンにサラダとポテト、ハム・ソーセージ・スクランブルエッグ、ヨーグルト、フルーツ、オレンジジュース、それに紅茶(コーヒー)といった所。
 
「少し良さめのビジネスホテルの朝食だなあ」
「まあ列車内だし」
 
でも嫌いなものが無いので完食できた。やはり和定食より洋定食だなと千里は思った。
 
あれ?そういえば、私、ひつまぶし弁当はどうしたっけ??
 
記憶が無いので、いいことにした。
 

札幌駅に11:15に到着する、千里はケンタッキーのチキンセットを食べて一息ついてから旭川に移動した。
 
札幌13:00(スーパーホワイトアロー13)14:20 旭川
 
終点までなので寝ていったが「深川、深川」というアナウンスを聞いて慌てて降りようとして、小春に止められた。
 
「小春が居なかったら、私絶対降りてた」
「いつも留萌行きに乗り換えるのに深川で降りてるからね〜」
 
終点・旭川駅で降りてからはタクシーに乗り、天子のアパートに行く。
 

天子のアパートに入り
「おばあちゃん、あけましておめでとう。私三重県に行ってたから、これお土産」
と言って、名古屋駅で買っておいた赤福を渡す。
 
すると天子は困惑したように
「あけましてって、あんた1月2日にも来たじゃん」
と言った。
 
「あれ〜〜!?」
 

千里(千里Y)はこの日は天子のアパートに泊まり、翌日(1/17)夕方、留萌に帰還した。
 
旭川駅前17:00(特急バス)18:49 留萌駅前
 
しかし留萌に辿り着くと千里Yは、
 
「ただいまぁ。疲れた」
と言って消えてしまった!
 
それで仕方ないので、千里の荷物は小春がタクシーで自分の家まで持ち帰る。
 

「ただいまー」
と言って、家に入ると、源次が居るのでびっくりする。更に小さな女の子キツネまでいる。
 
「どうしたの?」
「小春さん、お帰りなさい。この子、ヒグマに襲われて大怪我した所を千里さんに助けられたんですよ。取り敢えず体力が回復するまでぼくが面倒を見てる所です」
と源次は説明した。
 
源次の言う千里というのは、多分千里Rのことだろう。
 
「へー。可愛い子だね。名前は?私は“こはる”」
「“いと”です。でも、おばあさん、実体が無いみたい」
 
“あばあさん”と呼ばれたのには少しカチンと来る。これでもまだ15の乙女だぞ。バージンだぞ。セーラー服行けるんだぞ。でも怒るのもおとなげないので笑顔で相対する。
 
「私は実はエイリアスなんだよ。実体は別の場所にあるのよね」
「へー。すごーい」
「あんた身寄りは?」
「旭岳の生まれですけど、もう親離れしてるから、母や兄姉の行方は分かりません」
「だったら、あんた私の養女にならない?」
「おばあさん、優しそうだから養女になってもいいかな」
 
それで小春は彼女を自分の養女にし、小っちゃい“いと”だからということで“こいと(小糸)”と呼ぶことにした。
 
小糸の子孫は、小春の苗字“深草”を継ぎ、代々千里に従った。それで小町の系統(幡多)と2系統のキタキツネの眷属体制ができることになる。
 
深草小春=小糸−小絹−小綿
幡多小町−小里−小滝−小道
 
 
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【女子中学生・冬の旅】(2)