【女子中学生・秋の嵐】(3)

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女装カフェは昨年の1年1組同様、好評であった。たくさんお客さんが来るので(恐い物見たさかも)、
「みんな女装が好きみたいね〜」
と言っていた。
 
飛内君などは女装にかなりの無理があるのだが、開き直って頑張っていた。
「でもこの衣裳、結構ミニスカートっぽい」
「本当は普通の膝上丈なんだけど、男子が穿くとミニっぽくなるね」
「母ちゃんに頼んで足の毛を剃ってもらったけど、毛の無い足を見ると何か変な気分になる」
「ああ、女装にハマりかけだね」
「さすがに俺がこんな格好で外を歩いてたら、お巡りさんに捕まりそうだけど」
「大丈夫だよ。最近そういう人多いから」
 
転入生の児玉君は様子を見に来たお父さん(かなりガッチリした体格)にウェイトレス姿を見られて恥ずかしがっていたが、お父さんは面白がって
 
「お前、性転換手術受けて本当の女になって嫁に行くか?」
などと言う。
 
児玉君は
「どうしよう?」
と迷うように答えていた!
 
(お父さんは)ジョークとは思うが、これを機会に彼が道を誤らないことを祈る。
 

女子としてカウントされ、厨房に入った雅海はセーラー服姿を同級生たちに初公開となった。
 
「普通に女子中学生にしか見えない」
「どこにも不自然な所が無い」
「来週からこれで出て来なよ」
とみんな言っていたが、本人はかなり恥ずかしがっていた。
 
(雅海のセーラー服姿は、これまで5月のパーキングサービスのライブにダンサーとして参加した人しか見てないし、その人たちは、みんな雅海のことを普通の女子中学生と思っていた。ワンピース姿は、千里・沙苗・公世たちに見られている。でも雅海は今年の水泳の授業を女子用スクール水着で受けたので、今更である!)
 
「公世ちゃんのセーラー服姿も見たかったなあ」
「見せるようなものじゃないから」
「だって絶対可愛いよね」
「間違い無いと思う」
 
なお予想通り、公世は男子トイレに入ろうとして、来場している保護者の男性に「君ここ違う」と言われて追い出され、女子トイレを使っていた。
 
「きみよちゃん、いらっしゃーい」
「今後はずっとこちら使うといいね」
「火曜からは男子トイレに戻るから文化祭の間だけこちら使わせて」
「ずっと女子トイレでいいのに」
「だって、ちんちん無いのに男子トイレは不便でしょ?」
 
取り敢えずひとりででも女子トイレに入れるようになったので、公世もだいぶ女子トイレに慣れてきた?
 
雅海はふだんは男子制服で女子トイレを使っているのだが、今日はセーラー服なので、来場者が多数居る中でもノートラブルで女子トイレを使えた。結局、雅海は女子制服を着るしか無かったのである。
 

10時過ぎに沙苗と千里(厨房内の女子はみな基本的にセーラー服姿)は教室を抜け出し、音楽室に集まる。そして吹奏楽部の今日の演し物の練習をする。
 
「え?5曲も演奏するの?」
「コンクールに出た2曲以外は、みんな知ってる曲だから大丈夫だよ」
 
ということで、今日の演し物はコンクールで演奏した『吹奏楽のための「風之舞」』、『ポップホーン』に加えて、『ボギー大佐』『ルパン三世のテーマ』『ラデツキー行進曲』となっていた。コンクールでやった2曲は大丈夫でしょうからということで、『ボギー大佐』『ルパン三世のテーマ』『ラデツキー行進曲』を練習したが、千里は完璧な初見である。でも“だいたい”間違えずに演奏できた気がしたのでいいことにした!
 

すぐ体育館に移動する。体育館後方で体操部の華麗なパフォーマンスが行われている。千里たちは緞帳の下りたステージに椅子を持ち込んで並べ、全員配置に就く。進行係の生徒会副会長さんが「行きます」と声を掛ける。
 
緞帳が上がる。
 
近藤先生のタクトが振られ、『吹奏楽のための「風之舞」』を演奏する。約1ヶ月ぶりの演奏であったが、何とか(ほとんど)間違えずに吹けたと思う。続いて『ポップホーン』に行く。これもコンクール以来1ヶ月ぶりの演奏である。20年くらい前にポール・モーリアがヒットさせた曲で日本では自動車のCMとかに使われていたらしいが、千里はコンクール直前に譜面をもらうまで知らなかったし、聴いた記憶も無かった。しかし軽快で格好良い曲だと思った。主役は“ホーン”の名の通り、金管楽器なので、木管は裏方であるが、『風之舞』に比べると気楽に演奏できる曲だった。
 
続いて『ボギー大佐』である。吹奏楽や鼓笛隊ではおなじみの曲である。よく聴いている曲でもあるので、千里は「サル・ゴリラ・チンパンジー」と頭の中で歌いながら楽しく演奏した。『ルパン三世のテーマ』は冒頭に3年・山田さん(soprano /Clarinet) の 「Lupin the third」 という声が入った。これも金管主体の演奏である。しかしこの曲は色々な演奏の仕方がありそうだなと思う。こういうアコスティック楽器で演奏しても楽しいし、エレキギターを入れたロックバンドでの演奏も面白いし、またシンセサイザをバリバリ使ってテクノ風に演奏してもまた格好いい曲になりそうである。サンバにもなるかも!?
 
そして最後の『ラデツキー行進曲』に行く。しばしば注意されるが“ラデッキー”ではなく“ラデツキー”である。これは原曲名スペル Radetzky-Marsch を見ると判る。
 
この曲↓
Radetzky_Marsch_WBI
 
この曲を格好よく演奏して、パフォーマンスを終えた。
 

吹奏楽部の演奏の後は昼休みになる。カフェのお客さんが増えるので千里も教室に戻り、調理の手伝いをした。お客さんがどんどん来て、とうとう給仕の手が足りなくなり
 
「あんたもしかしたら男に見えるかも」
と言われて、蓮菜・絵梨とセナ!がウェイトレスさんの格好をさせられて、給仕係に徴用された。セナは
 
「君、充分女の子に見えるよ。いっそ性転換して女の子にならない?」
などと言われ
 
「人生考え直してみようかな」
などと答えていた。
 
セナは久しぶりに男声を使った:セナは沙苗に比べて女性化がまだ浅いので男性的な機能がこの頃までは結構残存“していた”(過去形)。これが12月に急進するのだが、この件は後述。雅海はきっと修学旅行近くまで男女の境界をウロウロしていると思う。
 
蓮菜と絵梨は性別に全く疑問を持たれず、女装男子として通っていた!
 
「君、そういう服を着てたら結構女の子にも見えるよ」
「君は背が低いからわりと女装が似合うよ」
などとお客さんに言われていた!
 
背が低くても、逞しい体格の絵梨をまさか女の子とは思わないようだ。絵梨よりよほど背があるのに華奢な体格の公世が女の子に見えてしまうのとは対照的である(公世の腕はだいぶ太くなってきたが、まだ絵梨の方が太い)。
 

昼休みが終わると、体育館では有志による演奏が3グループ続いた。
 
最初のグループは3年男子6人によるバンド演奏(Gt/B/Dr/Vox3)であった。ORANGE RANGE のコピーをしていた。ORANGE RANGE と同様に高音・中音・低音の3人の男声ボーカルを揃えていて、結構聴き応えがあったらしい(千里はカフェが忙しくて聴いてない)
 
2番目のグループは2年女子4人でオカリナによる合奏だった。唱歌を4曲演奏したが「可愛い!」という声があがっていたという。
 
最後のグループは1年女子3人によるバンド演奏でGO!GO!7188のコピーだった。千里はこのグループだけ聴くことになった。
 
まずは『浮舟』で聴衆の心をツカみ、『こいのうた』でしっかり聴かせ、最後は『ジェットにんぢん』のラストで大爆笑を取って、大きな拍手に送られて退場した。
 
この有志演奏の1番目と3番目は後方のスペースを使用、2番目はステージ下のスペースを使用した。
 

有志演奏の後はチア部のパフォーマンスがステージで行われた。一糸乱れぬ美しいフォーメーション、そしてアクロバット的な動きに歓声が起きる。物凄く盛り上がったステージとなった。
 
そしてその後、体育館後方で剣道部のパフォーマンスが行われた。
 
最初に藁を束ねて立てたものが出てくる。日本刀を持った千里が出て来て、鞘から抜くと、1秒に1回くらいのペースで刀を振り、藁束を5箇所で斜めに試斬りした。これはテレビなどでは見たことがあるだろうが、リアルでは見たことのある人が少ないので凄い歓声があがった。千里は刀を鞘に収め、玖美子に託す(玖美子はすぐコリンに渡し、コリンが某所に持って行って厳重に格納した)。
 
そして今度は木刀を持ち、沙苗と2人で向き合って、様々な「木刀による型の演技」をした。美しいパフォーマンスではあるが、退屈でもあるので、これは2分ほどで切り上げる。
 
そして試合が行われる。最初は、竹田君と吉原君の試合を行う。審判役は岩永先生である。竹田君が2分ほどで2本勝ちした。続いて玖美子と沙苗の試合をする。これがかなりの熱戦になり、歓声があがる。どちらも1本ずつ取った上で、3分ギリギリに玖美子が2本目を取り、勝った。
 
最後は千里と公世でやる。これがまたスピーディーで、竹刀の動きを普通の人はもはや追い切れないほどの試合になり、ざわめきまで起きる。試合は1分で千里が1本取り、3分になる直前にもう1本取って2本勝ちである。
 
これで剣道部のパフォーマンスは終了した。
 

観客の声。
 
「全国大会に行ってきた2人の試合は見応えあったね」
「でもやはりメダル取った村山さんが少し手加減してた気がしたよ」
「やはりBEST4とBEST8の違いなんだろうね」
 
「だけど、木刀の演技も女子だったし、試合も女子の試合が2つで男子の試合は1つだけだったし、今剣道部は女子の方が充実してるのかな」
「やはり鐘ヶ江さんが卒業した後、なかなかそれに匹敵する男子選手が出て来ないみたいね」
 

剣道部の後は、合唱同好会の演奏がステージで行われる。千里は
 
「そういえば、自分は合唱同好会に入っているはずとか映子ちゃんに言われたな」
と思い出す。その同好会のメンバーがステージ下のスペースからステージに上がる。あれ?セナがピアニストなんだ?などと思って見ていたら、そのセナがステージ上に多数這っているケーブルに躓いて転んだ!(セナらしい)
 
「あぁ、あの子、よく物を見てないからなあ」
と思う。
 
本人はすぐ起き上がったものの、手を押さえている!?
 
ありゃあ、手を痛めた?と思って見ていたら、その傍に立っている映子と目が合ってしまった。
 
「千里〜!ちょっと来て」
と映子が叫ぶ。
 
やれやれ。
 

千里は小走りにステージに向かった。
 
「怪我したの?」
「指をぶつけたみたい」
「ごめーん。アンメルツでも塗って30分もおけば治ると思うんだけど」
と本人。
「つまり今弾けないのか」
「千里弾いてよ」
と映子。
 
「私、譜面も見てないんだけど」
「初見でも弾けるのは千里だけだよ」
「サブピアニストを作っておくべきだなあ」
と言いながら、セナから譜面を受け取り、結局、道着・袴姿のまま、千里はピアノの前に座った。
 

ささっと譜面をめくる。演奏する曲は4曲だ。
 
B.B.クィーンズ『おどるポンポコリン』、平井堅『瞳をとじて』、千里が知らない曲で谷川俊太郎作詞・松下耕作曲の『信じる』という曲、そしてポルノグラフィティの『メリッサ』。『信じる』以外は知ってる曲だ。『信じる』の譜面を瞬間読みしたが、何とかなる気がした。
 
「OK。たぶん何とかなる」
「じゃよろしく」
 
セナが譜めくり係として隣に座る。
 
部長の映子が指揮棒を振り、千里は最初の曲『おどるポンポコリン』をピアノ伴奏した。
 
ダンス曲なので、踊るようなリズムで演奏する。しばしば指を鍵盤に叩き付けるように弾く。それで非常にノリのいい演奏になった。セナが感心して隣で見ている。たぶんこんな感じの演奏はあまり見たことがないのだろう。
 
観客もよく知っている楽しい曲から始まったので、みんな聴いてくれているし、手拍子まで起きていた。
 
続いて『瞳をとじて』。じっくり聴かせる曲なのでピアノも静かに弾く。腕の動きも一転してあまり上下させず、横に流れるように動かしていく。しかしこれも最近の話題曲なので、おとなしいナンバーにしては、わりとみんな聴いてくれているようである。
 
『信じる』に行く。聴いたことの無い曲だが、後から話を聞くと、合唱コンクールの課題曲で先月の大会で歌った曲らしかった。千里は完全な初見演奏になったが、持ち前の度胸で何とかした!!(例によってドミソの和音をソドミで弾いたり、などの誤魔化しがある:自分の弾きやすい音に勝手に直しているだけで、歌唱にはあまり大きな影響は無いハズ?)
 
そして最後は『メリッサ』。アニメ『鋼の錬金術師』の主題歌になっているので知名度がとても高い。しかし結構難しい曲である!千里はとにかく和音(の構成音)を間違わないように気をつけながら何とか弾ききった。
 
大きな拍手がある。全員観客に向かって礼をする。千里もピアノの椅子から立ち上がって一緒に礼をした。
 

「千里〜、ありがとう」
と言って、映子がハグした。
 
「だいぶ間違ったけど、まあ破綻しなかったかな」
「間違った?全然気付かなかった」
と映子。
 
穂花や佐奈恵は分かったはずだが、映子は本当に分からないかも?と思ってから、「あ、たぶん佐奈恵は弾けたはず」と思い至った。
 
「いや初見であれだけ弾くのは、やはり千里にしかできない」
 
とその佐奈恵は言っている。弾けはするだろうけど、自信が無かったのかな。
 
(でも実は、おだてておいて、↓の要請の下準備をしている!)
 
そしてみんなから言われる。
「千里、よかったら練習にも出て来てよ」
「昼休みに練習してるんだっけ?」
「そうそう」
「ふーん。じゃ考えとく」
「よろしくー」
 

合唱同好会の後は、体育館後方でバスケット部のパフォーマンスがある。
 
先日の大会で引退した3年生もパフォーマンスに加わっているようである。最初に男子が出て、一列に並び、一斉にドリブルして、そのドリブル中のボールを同時に隣の人に渡すなどというパフォーマンスもしていた。その後、ランニングシュートをするパフォーマンスをするが、時々外してしまう子がいる。
 
「あ、貴司だ」
と思って見ていたら、その貴司も外した!
 
「あいつ、わりと本番に弱いからなあ」
などと千里は呟いていた。
 

男子のパフォーマンスが終わった後、女子が出たが、こちらも3年生まで出ている。メンバーは8人である。
 
「スリーポイントコンテストをします」
と数子がマイクを持って言う。
 
「90秒以内(*25)に、ゴール周囲5ヶ所に置かれたボールラックに5個ずつ置かれたボールをシュートし、入れた数が点数になります。ただし普通のオレンジボールは1点ですが、こちらのカラーボールは2点になるので、25個全てのボールを入れることができたら30点です」
と数子は説明した。
 
「へー。そういうゲームがあるのか」
と千里は思って見ていた。
 
(*25) 一般にプロ選手のイベントでは60秒で行なう。しかしここでは60秒ではとてもまともなゲームにならないため90秒にしたものと思われる。
 

コンテストが始まる。ゲームクロックを1分30秒に設定し、これがカウントダウンする間に25本のシュートを撃たなければならない。
 
シュートが入ったかどうかは留実子が判定し、雪子が記録する。雪子の細い腕では、とてもスリーポイントラインからゴールまでボールが届かないだろうから、記録係に回ったのだろう。留実子は・・・なぜ参加しないのだろう?
 
(留実子は腕力はあるがコントロールが無いので6.75mの距離からゴールに正確に放り込むことができない。雪子はそもそ6.75m先までボールを放れない。それでこの2人は外れた。留実子はフリースローも苦手である。またゴールしたかどうかの判定をする係はシュートミスのボールがぶつかる可能性があり、丈夫な選手にしか務まらない。華奢な雪子では危険)
 
1年生の他の3人から始める。雅代は4本入れて5点だったが、泰子は1本、伸代は2本しか入れきれなかった。2年生に行き、数子は2本で2点である。
 
その後、久子さんが2本で3点、友子さんが5本入れて6点であった。
 
ということで、1位友子6点、2位雅代5点かなと思った。
 
ところが数子は
「ここで真打ちに御登場頂きます」
と言う。誰だろうと思ったら
「村山千里さん、こちらにいらして下さい」
と数子がこちらを見て言う。
 

「何で私が」
などと言いながら、結局剣道着のまま体育館後方に行く。
 
「では真打ちの名技の披露を」
などと数子が言うので
 
「ではちょっとお茶濁しに」
と言って、屈伸運動、足首・手首の運動をした上で位置に付く。
 
「始め」
という声で撃ち始める。他の人のパフォーマンスを見ていて、このゲームは「いかにして90秒以内に最後のラックまで辿り着くか」が鍵だということに千里は気付いていた。
 
友子さんも雅代も4番目のラックまで到達していた。低い本数に留まった人は2番目か3番目の所でブザーが鳴っている。これはいちいちゴールを狙っている時間は無く、どんどん撃つ必要がある。だいたいラックからラックへの移動を5秒×4=20秒とすると、残りは90-20=70秒。25×3=75だから、3秒弱に1本シュートしないと間に合わない(←計算よくできました☆花絵さんのドリルやってたお陰だね)。まともに狙ってる時間は無い。単純なシュート動作だけで3秒使うはずだ。
 
それで千里は「始め」の合図で、先頭のラックのボールを取り次から次へと撃った。撃つ時はチラッとゴールを見るだけである。しっかり狙う時間は無い。そして5本撃つとすぐに走って2番目のラックに向かう。ここでもどんどん撃つ。ゴールはチラッと見るだけだし、入ったかどうかも確認せずに次のボールを撃つ。
 
5本撃ったら、また走って3番目のラックに行く。5本撃って4番目のラックへ。5本撃って最後のラックへ。ここで5本目を撃った次の瞬間ブザー!!
 
ぎりぎりじゃん!!!
 
(袴と足袋なのでハーフパンツとバッシュに比べて走りにくかったのもあると思う。また60秒でやるプロのイベントを見ていると、みな“撃つ”のではなく“投げ”てる。いちいち撃っていたら間に合わないのだと思う。千里が90秒で25本撃てるのは下半身が剣道で鍛えてガッチリしているからである。筋力の無い友子には絶対無理)
 

会場はシーンとしていた。
 
千里はどうしたんだろう?と思った。
 
そして割れるような拍手があった。
 
何?何?どうしたの?
 
数子がマイクに向かって語る。
「凄いですね!パーフェクト。25本全シュートがゴール。30点満点が出ました」
 
嘘!?全部入ったの?適当に撃ったのに。
 
「そういう訳で優勝は村山千里選手です」
と数子は言ったが千里はそのマイクの所に行き
 
「私はゲストなのでノーカンです。優勝は松村友子選手です」
と訂正した。
 
そして観衆に手を振って体育館を去った。しかし退場する千里に凄い拍手が送られた。
 

体育館ではこの後、英語部の爆笑?英語劇『かぐや姫』が上演された。
 
そもそもかぐや姫が3年男子で5人の貴公子は全員女子という配役!だったが、男子部員が少ないための窮余の一策だったらしい。3年男子は「最後の年だから主役をやってもらおう」と言われて、かぐや姫を演じることになったそうだ。
 
その後、先生たちの楽器演奏、PTAの合唱があり、最後に、体育館にいる全員の合唱(伴奏:セナ!)で『川の流れのように』を歌って、演目は終了する。
 
(この選曲は親世代も祖父母世代も分かる曲という選曲だと思う。秋元康の作品で美空ひばり最後のヒット曲(平成元年)である。この日のプログラムの裏表紙に歌詞が印刷されていた。セナはこういう曲の伴奏はわりと上手い)
 
そして生徒会副会長による閉会の辞で文化祭の体育館でのパフォーマンスは全て終了した。
 
千里はスリーポイントコンテストの後、セーラー服に着替えてから教室に戻ったが、既にカフェは売り切れで終了していた。
 
「コーヒーも無くなった」
「たくさん売上金ができた」
「素晴らしい」
 
「この売上金はどう処理するんだっけ?」
「仕入れ代金の支払いとか、他にも調理器具なんかを貸してくれた人へのお礼とか、した上で、去年の1組は余った分はクラスのクリスマス会で使ったよ」
「なるほどー」
 
ということで、全員に何か個人で負担したものは無いか聞いて調査した上で、余った金額はクリスマス会で使うことにした。
 

文化祭の片づけをしていた最中、昨日千里と囲碁の対戦をした峰山さんのお師匠さんという、桜田・元碁聖が来たので囲碁部員たちが仰天した。顧問の先生が校長を呼んできて、校長室で付き添いの平川四段・峰山アマもあわせて応対し、その後、被服室(畳が敷ける)で千里と対局した。
 
凄いギャラリーになった。
 
五子置いての対局であるが、むろん五子程度では全くハンディにはならない。まともな対局ではなく、桜田九段は千里の力量を測るような手を打ってきて、千里はそれに応じていった。100手くらい打ったところで九段は「このくらいで、いいかな」と言い、千里が「ありがとうございました」と言って対局終了である。その後、かなり“検討”をやった。
 
上段者なら普通にやることだが、局面を戻して「ここの所は」とか九段と千里が検討しているのを見て「よく途中の局面を再現できるね」という声が出ていた。囲碁の素人はまずそこで驚く。でもある程度囲碁の分かる人にはこの検討でのやり取りがかなり参考になっていたようである。
 

「しかし君は凄く強い上に、勘が鋭いね」
「そうですね。わりと勘だけで打ってる部分があります」
「僕のここの仕掛けに気付いたのは“うっ”と思ったよ」
「ここはハネるのが普通なのにツケられたので、ひょっとしたら何かあるかもと思って考えたら、それに気付きました」
 
恐らく千里が気付くかどうか試してみたのだろう。
 
「凄い勘だね。ネット碁とかしてる?」
「いえ」
「こういう地方都市ではなかなか強い人とリアルでは対局できないだろうし、ネット碁で鍛えるといいよ」
と九段は言った。
「やってみます」
「段位は三段を申請しなさい」
「はい!」
 
それで元碁聖が推薦状を書いてくれたので、それを添えて申請することにした。
 
「あのぉ、推薦状のお代とかは」
「要らない、要らない、ただ日本棋院への申請料は掛かるけどね」
「ありがとうございます!」
 
(でも後で免状申請料が6万円と知って、一瞬「ぎゃっ」と思った)
 

このあと、サービスで桜田元碁聖と平川四段の記念対局までしてくれて、これも凄いギャラリーとなった。
 
お車代とか渡さなくていいのかなぁ?と思って峰山さんにこっそり訊いてみたものの「要らないよ。留萌に凄く強い女子中学生がいると聞いて、それを見に来ただけだから」と笑って言っていた。
 
でも校長先生がポケットマネーで、神居酒造の純米大吟醸酒“コタンピル”と、黄金屋の洋菓子“かもめのしらせ”を急遽用意していてくれて、桜田・元碁聖と平川四段、峰山さんに渡していた。また帰りは車の運転がうまい山口桃枝教頭が自分の車で3人を
「お泊まりになる町までお送りしますよ」
と言った。3人は教頭とは知らずに、校長の奧さんか何かと思って
 
「じゃ、良かったら札幌まで」
と言い、名刺をもらってから教頭と知り、かえって恐縮していた。実は、平川四段、峰山さんと女性2人が入っているので、「私の方がいいでしょう」と教頭が校長に言って、そうなったようである。(このため山口教頭は千里の対局中仮眠を取っていた)
 

「なんか昔の大歌手と似た名前ですね」
「よく言われます。ちなみにこちらが、私の愛車“真っ赤なポルシェ”でございます」
と言って、ポルシェカイエン(4511cc V8-engine) を見せると、3人とも驚いていた。
 
「ポルシェでも後部座席にゆとりがあるんですね」
と感心して元碁聖たちは乗り込んでいた。
「そうなんです。有名な911は2+2シートだから後部座席が狭いんですが、これは元々5人乗りのSUVなんですよ」
と教頭は説明した。
 
助手席に峰山さんが乗り、元碁聖と平川四段が後部座席に並んで座ったが、教頭も囲碁初段を20年前!に取ったということで囲碁界の情報はフォローしていたし、『ヒカルの碁』も愛読していたということで、札幌までの2時間では結構楽しい囲碁談義が続いたようである。
 
札幌では、夕食を教頭が「資金は校長から頂いてますから」と言って、予約していたレストランで3人にごちそうして、解散となった。
 
山口教頭はお疲れ様だが、本人としては札幌までドライブができて、美味しい料理も食べられて満足だったようである!
 

その教頭から後で話を聞くと、峰山さんは、今日も一緒に来た、直接の師匠である平川四段が元々この日北海道に来る予定だったので、それを連れてくるつもりだった。ところが、連絡した時、たまたま桜田九段が平川四段と会っていて
 
「僕が見てあげよう」
と言って一緒に飛行機に飛び乗って、来て下さったらしかった。
 
なお、峰山さんは札幌在住で昨日はたまたま留萌の親戚の家に来ていて、S中文化祭は全くの通りがかりだったらしい。
 

文化祭の代休だが、9月8日に台風で臨時休校していたので、その分を引いて1日だけ代休が設定されることになる。9月27日(月)は休みだが、28日(火)から授業が行われることになる。
 
「火曜日間違って休まないように」
とみんな言い合った。
 

9月27日(月).
 
学校は文化祭の代休だが、世間的には平日なので、沙苗は母と一緒に札幌に出てS医大を受診した。
 
MRIも取って内部の状態も確認したが、それを見て主治医は
 
「女性化が更に進行してますね」
と言った。
 
尿道口は先月より更に後方に移動している。小陰唇が形成され始めている。元は陰茎亀頭だった部分は既に完全な陰核亀頭の形になっている。触った感じを尋ねられたが、沙苗は
「触ると物凄く気持ちいいです」
と答えた。自慰についても尋ねられたが
「7−8月はずっと剣道の合宿やってたので、毎日くたくたになって自慰もしてなかったのですが、今月に入ってからは週に1〜2回してます」
 
「逝った感覚はある?」
「逝ってると思います」
「男の子だった時の自慰の感覚に近い?」
「私男の子時代は自慰をしてなかったのでよく分かりませんが、頭がぼーっとして凄く気持ちいい感じが数分続きます。濡れるし」
「ああ。ちゃんと濡れるのね。本当に女性的な性機構が働いているみたいね」
 
医師が要点をカルテに記録していた。母は恥ずかしがっていたが、これはわりと重要な問題である。
 
次の診察は10月下旬にすることにした。
 

9月29日(水).
 
この日の昼休み、千里Rはふらりと、学校の校門を出た所にあるQ神社御旅所に姿を見せた。
 
「千里!」
「来てくれたんだ!」
と合唱同好会のメンバーから声が掛かる。
 
「へー。こんなところで練習やってたのか」
「特別教室棟には空きがないのよね〜」
「うち、そんなにたくさん部活あったっけ?」
 
この日は文化祭でも歌った『瞳をとじて』『メリッサ』の他、ポルノの曲で『アポロ』『サウダージ』『アゲハ蝶』などを歌った。
 
でも千里はピアニストのセナに
「乗りが悪い」
と文句を言い、ちょっと自分で弾いてみせる。
 
「全然雰囲気違う」
という声があがる。
 
「セナ、元の曲のCDとか聴いてないでしょ」
「うん」
「ポルノは恵香が全部持ってると思うから、聞かせてもらいなよ。こういう曲って、音楽の時間に習うような曲とは弾き方が全然違うから」
 
「確かに違うね」
 
この日は結局ほとんどの曲を千里が弾いたが「歌いやすーい」という声が多かった。そしてセナも、こういうロック系の曲のピアノ演奏法を勉強し直すことになり、これは年末頃までにはかなり改善されることになる。
 
この日の練習、最後の会話。
 
「千里、良かったら時々でもいいから来てよ」
「じゃ時々ね」
 
ということで、千里Rはこの後、週に1度くらい、合唱同好会の練習に顔を見せるようになった。
 

ところで、中村裕恵(旧名:裕太)は、7月に東京の音楽事務所ユングツェダーを退職(事務所閉鎖に伴う解雇)した。実際には6月からもう出社しなくてよくなっていたので、その時点から再就職を試みたものの、ファミレスと居酒屋は面接で落とされ、コンビニを1日でクビになる(気が利かないからコンビニには全く向いてないと思う)。
 
運転にだけは自信があるので応募してみた佐川急便のドライバーは仕事内容を聞いただけで、きつそうと思った。一応3日だけ仕事したが、東京→新潟→仙台→青森→金沢→東京と走ったところで「すみません。体力がもちません」と言って、辞めさせてもらった。それにここでも“10kgを持てない”という問題から同僚に結構迷惑を掛けた(苦情も出ていたみたい)。
 
電話で実家の母と話し合い「取り敢えず実家に戻るか?」と言われたので、アパートは解約することにし、荷物は整理して捨てるものは捨て、使えそうなものは実家に宅急便で送り、7月14日に羽田から旭川行きに乗った。この時、羽田で高岡猛獅の付き人をしていた義浜配次(灰麗)と偶然遭遇。この日は旭川にある、灰麗の知人女性・貴子さんの家に泊まった。しかし翌日7月15日に中村は唐突に貴子さんから「性転換手術を受けない?今日予約してるんだけど」と言われ、よく分からないまま!? 7/16手術を受けちゃった!(自分でもさすがに軽はずみすぎたかもという気はした)
 
手術は想像した以上に痛いものて、一応一週間で退院したものの、手術から1ヶ月経った8月中旬まで、ベッドからほとんど動けない生活を送った。退院後は灰麗のアパートにずっと居候して、彼?彼女?にずっとお世話になっていたのだが、貴子さんはどうも自分と灰麗が恋人同士と誤解していたようである。しかし灰麗とは元々仲が良かったので、取り敢えず共同生活するのは悪くないかという気はした。実際手術後しばらくは誰かにサポートしてもらわないとどうにもならない状態だったし。
 
「女になったのに名前が裕太じゃ不便だよ」
と貴子さんが言い、勝手に!裁判所に改名の申請をしてくれたようで、これは8月13日に改名を許可する通知をもらった(通知をもらってびっくりした)。それで中村は法的に名前が中村裕恵になった。なお改名前に分籍して親の戸籍からは独立させてあった(勝手にされてた!!)。
 
実家には「旭川で用事ができてしばらく実家に戻れない」とメール連絡だけしていたのだが、お盆過ぎの8月17日、心配した母親が様子を見に富良野から旭川まで出て来た。それで裕恵は母に実は性転換手術を受けたことを打ち明けた。居合わせた灰麗は揉めるかな?と心配したのだが、60代の母親の反応は思いもよらぬものだった。
 

「あんた、そんな手術受けるなら、先に言いなさい」
「ごめーん」
「だったら、もしかして義浜さんって、あんたの彼氏さん?」
「うーん。何というか」
「すみませんね。お世話になって」
「いえ、かれこれ2年くらいの付き合いだし」
「あら、もう2年も交際してたんですか」
 
ここで灰麗は仕事で2年ほど関わっているという意味で言ったのだが、母親は2年間恋人として付き合っているという意味に取ってしまった!
 
でもやはり自分は普通、男に見えるよな!とあらためて灰麗は思った。
 
「結婚式はいつ挙げるの?」
と母親は訊く。
 
あれ〜!?反対とかしないの??息子がいつの間にか女になってて、男と結婚するなんて聞いたら、普通の親なら激怒しない!?と灰麗は訝る。それとも最初から“理解”されてたのだろうか?東京の事務所に居る頃はそういう雰囲気感じなかったのに。
 
「えっと、まだそういう話は・・・」
と本人も戸惑い気味に言う。
 
「ああ、あんたの体調が戻ってからよね」
「そうですね。ここ数日やっと起きれるようになった所だから」
「でも手術成功して良かったじゃん、この手術3人に1人は死ぬんでしょ?」
「それは500年くらい前の話かな。今はほとんど死ぬ人は居ないよ」
「あら、そうなんだ」
「大改造で傷の面積が広いから痛みが取れるのに数ヶ月かかるけどね」
「じゃまだ痛いんだ」
「3ヶ月も経てば何とかなるんじゃないかなあ」
 
だけど、この話の流れだと、私、ヒロちゃんと結婚することになる!??と灰麗は不安に思ったが、元々命を捨てるつもりだったんだし、まあなるようになれかな、という気もした。
 

母が(裕恵の)父と兄・姉たちを呼ぶ。彼らは2時間ほどでやってきた。
 
「だから、高校出てすぐに性転換手術受けなさいと言ったのに」
と姉。
 
「あんた男になるのは絶対無理と言ったじゃん」
と別の姉。
 
「10代の内に性転換してれば、まだ少しは女に見える外見になれたかも知れないのに」
と兄。
 
「お前はいっそ女になった方がまだ少しは使えるかもと思ってたよ」
と別の兄。
 
「こんな変態息子を嫁にもらってくれるなんてありがたい」
と父。
 
なにげに理解されてるじゃん、と灰麗は思ったのだが、要するに裕太は、男として生きるにはあまりにも様々な点で問題がありすぎるので、いっそ女なら何とかなるかも知れないと思われていたということらしい。
 

彼は高校卒業後、愛知の工場に就職して4年働いていたものの、バブル崩壊後の不況で整理され、バス会社に転職。この時代に大型二種と牽引免許を取った。しかし遅刻が多い上に、路線を間違う!ミスを2度やって3年で首になる。タクシードライバーになったが、体力が無いのであまり稼げず2年で辞めた。イベンターに入り、大型車が運転できるので機材の搬送の仕事をしていて、ユングツェダーが設立された時、そちらに転職した。ここでも機材の搬送や雑用で使われていたが、ミスが多く、普通ならクビにされる所を、専務の千代さんが優しいので、始末書はたくさん書いたもののクビにはならず使い続けてもらっていた。
 
彼の問題点。(1)パソコンが全く扱えないし、機械音痴で電気のプラスとマイナスもよく分かっていない。(2)計算が苦手で、お釣りの計算ができないし九九さえも怪しい。電卓もまともに使えない!(3)忘れ物が多いし、遅刻も多い。物をよく失くす。(4)想像力が無く、イレギュラーなことが起きた時の対応が苦手。また言われたこと以外のことができない。(5)絶望的に腕力が無い。10kgの荷物を持てないし、野球のボールを投げてマウンドからキャッチャーの所まで届かない。(6)体力も無く、徹夜作業ができない。(7)お酒は好きな癖に無茶苦茶弱い。ビール2杯でダウンする。
 
良い所は(1)運転はうまい (2)手順をきちんと教えられたことは確実にできるし決して手抜きをしたりしない(だから実は工場のライン作業などは得意)。(3)料理は上手い!(4)わりと掃除好きで部屋に余計なものが無い。(5)子供には結構好かれる。
 
イベンターで集団アイドルのお世話などした時に、メンバーたちにかなり好かれたし、工場勤務していた時も、実はこの性格を知られて、工場内の託児所の雑用をかなり引き受けていた。それで託児所の子供たちにもかなり慕われていたのである。大阪で巫女さんたちの集団と仲良くなっちゃったのもこの性格のせいだと思う。子供や若い女性から「人畜無害」に見えるのである。
 
仕事能力が低く腕力が無い一方で、料理がうまく掃除好きで子供に好かれるというのは、結婚して主婦になり子供を産んで?育てるのには向いてるかも!?と兄姉たちには思われていたふしがある。
 
それで姉たちからは
「あんた、高校出たらすぐ性転換手術受けなさい。手術代は出してあけるから」
と本当に言われていたらしい。
 
でも当時の裕太は、主婦向きの性格だからと言われても、男を捨てる気にはなれず、愛知の工場に勤める話に乗って、そちらに就職したらしかった。
 
でも愛知時代にその趣味の先輩に唆されて女装の味を覚え、通販で女物を買ってクローゼットをやっていたと言う。外出は夜間に数回しただけだったらしい。
 
(夜間外出は痴漢にあったりレイプされたりする危険があるのだが、彼の場合は逆に痴漢と誤解されて通報される危険があったと思う)。
 

しかしそういうわけで、この日、裕恵の両親・兄姉と会ったことで、灰麗と裕恵の“結婚”が決まってしまった!!
 
それで翌日(8/18)の午後(夜間は灰麗は仕事をして午前中仮眠する)、灰麗は裕恵と母親を車に乗せて、旭川の市街地に行き、宝石店で0.5ctのダイヤの指輪を買って裕恵にプレゼントしちゃった!!
 
裕恵の方も直前まで「ぼくハイちゃんと結婚するの〜?」と思っていたものの、いざ指輪を左手薬指に填めてもらうと、なんか物凄く嬉しくなって、自ら灰麗にキスした、これが2人のファーストキスだった!!
 
なお灰麗が指輪を現金で買ったので、裕恵の母親は「この人、経済力あるのね」と思ったようだが、実態は灰麗はクレカの類いを持っていないので、キャッシュで買っただけのことである(餞別をもらったのの残りがまだあった)。
 
この時点では、もう少し体調が落ち着いた所で、裁判所に性別の変更を申請し、裕恵が女性になったら、義浜配次との婚姻届けを出そうかと言っていた。
 

ところが8月30日に灰麗の方が男→女の性別変更(と思い込んでいる)と、配次→ハイジの改名が認可されたという通知をもらう。
 
「え〜!?私、改名の申請も性別変更の申請もしてないのに」
「貴子さんが親切心でやってくれたんだろうね。僕の改名も唐突に認可通知が来てびっくりした」
と裕恵は笑っている。
 
「でもどうしよう。私まで女になってしまったら結婚できない」
「だったら僕は性別変更を申請しないよ。そしたらハイちゃんが妻、僕が夫という形にして婚姻届けが出せる」
「でも法的に女にならなくていいの?」
「名前は女名前になったから大きな問題は無いと思う」
 
実際MTFの人で性転換手術を経済的な問題や健康上の問題で受けられないため名前だけ女名前に改名する人は結構いるが、女名前になっていると、あまり生活に不都合は起きないと言う人が多い。
 
むろん貴子は最初から意図的に、灰麗の性別を“訂正”し、裕恵の方は改名だけさせたのである。それは灰麗には子供を産んでもらおうという貴子の構想があったからなのだが、そのことをまだ2人は知らない。
 

杉村家ではこのような事情であった。
 
9月頭に、長男の初広が突然性変して女になってしまったと聞き、父親の蜂郎は衝撃を受けた。聞くと元々性染色体もXXで本来女だったのが、何かの間違いで男と誤認される股間の状態で生まれていただけであったという医師の診断だったらしい。
 
蜂郎は息子が3人もできて跡継ぎは安泰と思っていたのが、いちぱん下の弟・古広は“おかま”で、女の格好をして学校に通うようになり、父親を失望させた。しかし兄が2人いるからと蜂郎は考え、渋々、古広の“女装”を容認した。古広は将来的には性転換手術も受けたいと言っていたが、まあ仕方ないかと思った。母親(蜂郎の妻)の町子は「手術は20歳を過ぎてからね」と言っておいた。
 
ところがここで期待していた上の男の子2人の内、蜂郎が自分の後継者にと思っていた初広が女になってしまったので衝撃を受けたのだが、次男の真広もいるから大丈夫よと町子に励まされる。
 
それで蜂郎と町子は「兄の初広が女になってしまったので、悪いがお前に自分の後を継いでもらいたい」と真広に言おうと思い、9月3日の夕方、札幌まで出掛けた。真広はまだアパートに戻っていなかったので、町子と2人で勝手にアパートにあがって待っていた。
 
2時間ほど待って、真広が「ただいま」と言って入ってきたが、真広が女の子の格好をしているので蜂郎は衝撃を受けた。
 
町子は
「あら可愛い格好ね」
などと笑顔で言っていたが、蜂郎は
「お前、何て格好してるんだ!?さっさと脱いで男の服を着ろ」
と言う。しかし真広は言った。
 
「それがさあ。どうもお兄ちゃんが女の子になりたがってるみたいだから、ぼくは頑張って男として生きていこうと思ってたんだけど、朝起きたら女の子になってたんだよねー」
 
「あんた性転換手術受けたの?」
「そんな手術受けてないよ。目が覚めたら女の子になってたから、まあ仕方無いかと思って女の子として暮らすことにした」
 
「じゃお前、もうチンコ無いのか?」
「そんなのはさすがに無い」
 

それで蜂郎はショックのあまり、立てなくなり、結局、運転手さんと真広の2人に支えられるようにして、車に乗せられたが、真広が女体になっているのを身体の接触で感じ取り、もはや思考停止してしまった。結局真広も付き添って旭川の実家まで行ったものの、蜂郎はもう生きる気力も失ったかのように寝込んでしまった。
 
旭川の杉村家で、真広は母の前で服を脱いで裸になってみせた。
 
「美事に女の子になっちゃったね」
「お兄ちゃんは前から怪しいなと思ってたからさ。ぼくが頑張るしかないと思ってたけど、ぼくも女の子になっちゃったから、ぼくはお嫁さんもらって跡継ぎを作ることできなくなっちゃった。でも誰か有力社員さんの所にお嫁に行けと言われたら、先方さえよければ行ってもいいよ」
と真広は言う。
 
「まあ向こうが元男の子の女の子でもいいと言ってくれたらね」
「うん。そういう奇特な人がいたら」
 
「あんた、たとえば従兄の桂助君とかと結婚しろと言われたら結婚してもいい?」
「彼とは元々仲が良かったから、彼が結婚してくれるならお嫁さんになっていい」
「そういう話になる可能性はあるから考えておいて」
「分かった。でもね」
「うん」
 
「貴子さんが言ってたんだよ。お父さんの男系の孫が1年以内に産まれるって」
「え?男系の孫と言っても、男の子が3人とも女の子になっちゃったのに」
 
古広はまだ性転換してないけど、あの子、睾丸取っちゃったみたいだから、子供は生まれないし、と町子は考えている。それとも、あの人(蜂郎)、隠し子とかしてるのかしらなどとも町子は考えた。
 

その古広は実はまだ去勢していなかった。彼は母親に
「避妊とかしてないけど、妊娠することはないから大丈夫」
などと言っていたので、町子は避妊せずに妊娠させないというのは、もう睾丸を取っちゃったという意味かと思った。
 
ところがこれは、古広の恋人・柚美の大勘違いがもたらしたものだった。
 
柚美は古広に
「女性の性周期は、排卵から2週間で生理になり、その2週間後に排卵が起きる。だから、生理の前後1週間はセックスしても妊娠しない」
と性周期の図まで提示して説明していた。

 
それでふたりはその時期に避妊具無しでセックスをしていたのである。
 
オギノ式!?
 
むろんこんな危険な理論は無いわけで、美事妊娠してしまったのである。
 

妊娠が発覚したことで、柚美は産みたいと言った。しかし古広は
 
「ぼく女の子なのに父親とかなりたくないよー。堕ろしてよ」
と言った。
 
「コーヒンが女の子なのはちゃんと分かってるよ。じゃ最悪認知しなくてもいいから、出産と育児の経済的なサポートだけしてよ」
と柚美は譲歩する。
 
しかしそれにはそんな無責任なことはできないと古広は言う。ふたりは激論したが、古広が泣いて土下座して頼むので、柚美もしぶしぶ中絶に同意した。
 
しかし古広は中絶の費用を持っていないので母に借りようとして、母が妊娠のことを知る。すると母は
 
「その赤ちゃん、産んで欲しい」
と言った。古広の父も、古広が恋人を妊娠させたと聞くと、たちまち元気になり
 
「男の子だよな?」
などと言う。
 
「そんなの分かんないよー」
 
ここに至って、もはや古広の意志は無視される!両親は柚美に会いに行き
「全面的にサポートするから、ぜひその赤ちゃん産んで欲しい」
と頼んだ。
 
柚美は驚いたものの、元々中絶したくなかったので
「ありがとうございます。頑張って元気な赤ちゃん産みます」
と明るく答えた。
 

古広の両親は古広(高校の女子制服姿)を“連行”して柚美の両親の所に一緒に行き、まずは
 
「おたくのお嬢さんを妊娠させてしまい申し訳無い」
と手を突いて謝る。その上で
 
「妊娠出産に関わる費用は全て自分たちが持つので、ぜひ産んで欲しい」
ということと、
 
「そちら様さえよければふたりを結婚させて欲しい」
と申し入れた。
 
向こうの両親は驚いたものの、結婚前提であれば、全てOKという話になった。相手はお金持ちの息子(娘?)だし!
 
それで当人たちは放置!して双方の両親同士の話し合いでこのようなことを決めたのである。
 
・柚美が妊娠中の子供を古広が胎児認知する。
・古広が18歳になった所で婚姻届と子供の入籍届を出す。
・妊娠・出産に関する費用は全て杉村家が負担する。
・古広が大学を卒業するまでは、赤ちゃんを含めた一家の生活費・学費・育児費用は杉村家が全面的に負担する。
・柚美の卒業までの学費もよかったらこちらで負担したい。
 
取り敢えず古広が女装者なのは気にしない!
 
向こうのお母さんは女装について
「当人たちかそれでいいなら、いいんじゃないですか」
と言っていた。
 
それで古広も柚美に
「中絶してなんて言ってごめんね。ぼくの赤ちゃん産んでね」
と謝った。
 
そして古広は母に借金して、1カラットのダイヤの指輪を柚美に贈った。(結局親に多額の借金をしてないのは真広だけ!)
 

柚美は指輪を填めてもらって涙を流して喜び、その晩はフェラをしてくれた。
 
「これ気持ちいいでしょ。これ手術して取っちゃうのを躊躇わない?」
「そんな迷うようなこと言わないでー」
 
でもこの後も、デートの度にフェラしてもらい古広は極上の快感を味わうことになる。
 
一応、柚美は「コーヒンが女の子になったらレスビアンしようね」などと言っている。彼女は元々バイだと思うと言っている。実際これまでの交際でも実は柚美が古広に入れるのも、よくやっていて、古広はこれも凄く気持ちいい、“女の悦びを感じる”などと喜んでいた。
 
実を言うと2人は、生理の前後1週間くらいは真広が柚美に入れ、それ以外の期間では、柚美が真広に入れていたのである。柚美も相手に入れるというのにかなり快感を覚えていて「私男になってもやっていけるかも」と思っていた。
 
また真広はマジックコーンを自作して沢山!あげ、柚美に立ち小便を覚えさせた。柚美も「これ楽でいい!」と喜んでいた。
 
「男の子って便利だなあ。コーヒン、性転換手術してちんちん取ったら、そのちんちん私に頂戴」
「考えておく」
などと言っていたらしいが、妊娠したことで、柚美はペニスを取り付けるのは諦めたようである。
 
「出産の時に助産師さんにペニス見られたら恥ずかしいし」
などと言っていた。
 
なお古広の通っている高校には「妊娠した者、妊娠させた者は退学」という校則があるものの、取り敢えずバッくれておく!ことにした。
 
ただ古広本人に父親としての自覚と責任感を持たせるため、年明けからふたりを同棲させることにした。杉村家の敷地内に離れを建て、そこで古広と柚美、妊娠中・出産後のサポート役として柚美のお母さんの3人が暮らすことになった。
 

「ところでお前、男に戻って俺の跡継ぎになる気はない?」
と蜂郎は古広に言ったのだが
 
「ぼくは女の子だよ。男になるのは絶対嫌だし、20歳になったら性転換手術を受けるから」
などと古広は言う。
 
「お前奧さんがいても性転換しちゃうの?」
「それは性転換してもいいとユミのお許しはもらってる。でも大丈夫だよ。ぼくお仕事頑張って、ちゃんとユミや子供を育てていくから」
 
なお、古広と町子・柚美の話し合いで、古広の精液を冷凍保存することにした。それで古広が性転換手術を受けた後でも更に子供が作れるようにする。
 
「女として就職するの?」
と父親は訊く。
 
「そのつもりだけど。戸籍は修正できなくなっちゃったけどね」
「仕事先あるか?性別を変えた元男とか」
 

「頑張って探すよ。それより、跡継ぎは真広姉ちゃんがいいと思うよ。3人の中でいちばんしっかりしてるもん。頭もいいし、スポーツもできるし。女社長でもいいじゃん」
 
蜂郎も言われてみればそんな気がしてきた。
 
現役で国立大学に合格し、高校時代はインターハイにも出場しているというのは考えてみたら、物凄く素晴らしい経歴だ。性別のことを考えなければ!
 
それで真広はいっそ正式に女にした方がいいと、蜂郎と町子は話し合った。
 
男だけど女装してる、というのより、戸籍上も女、という方が“世間体”に良い。
 
真広も「法的にも女の子になっていいなら女の子になりたい」と言うので、弁護士に書類を作ってもらい、裁判所に性別訂正の申し立てをおこなった。これが9月13日(月・大安・ひらく)のことであった。
 

柚美の出産予定日は来年の5月8日である。このタイミングはうまくすると、休学せずに!出産できる可能性があるので、その方向で考えようということにした。しかし妊娠しているのに、バスで通学するのは大変なので、5ヶ月目に入る11月下旬くらいから出産まで車で通学させることにする。そのため専用の車を用意し、ドライバー(できたら女性)を雇おうという話になった。
 
車はある程度の安全性があり、小回りの利く車種としてプリウス(この当時は5ナンバーのものがあった)が選定され、即購入手続きした。10月くらいに納車されるはずである。
 
それで適当な女性ドライバーを探す。
 
八助(蜂郎の父)から訊かれた貴子は言った。
 
「ひとり東京の会社で運搬関係の仕事をしてた人がいるんですけどね」
「女性?」
「実は7月に性転換手術を受けて女になったんですよ」
「ああ。それは構わない。うちの孫が3人揃って性転換して三兄弟から三姉妹に華麗な変身したし」
などと八助は笑っている。
 
「華やかでよろしいんじゃないですか?」
「全く全く。1人はもう成人式やった所だけど、下の2人はこれからだから、振袖で成人式するのが楽しみだよ」
と八助は言っている。この人は器量が大きいなと貴子は思った。
 
「でも今は女なの?」
と確認される。
「はい。手術の結果、立派な女になりました。年齢は33歳です」
「持ってる免許は?」
「バスの運転手、タクシーの運転手をしていたので、大型二種と牽引を持ってます。ほかに個人的に大型二輪も取っています。他に国内A級ライセンスも持っています」
 
「凄いじゃん!」
 
「東京の会社では、芸能人のドライバーをしていて、ポルシェとかフェラーリも運転していたみたいですよ」
「それは凄く優秀な人だ」
 
「ただこの人、ドジなんですよ。忘れ物が多いし、約束事を忘れるし、遅刻も多いので、それでバス会社もタクシー会社もクビになったんです。でも最後に務めた会社は専務が優しい人で、何枚もの始末書を書かせられながらもクビにはされなかったんですよ」
 
「遅刻が多いなら、古広の住まいの隣に住まわせればいい」
「へー!」
 
さすがお金持ちは発想が違う、と貴子は思った。
 

それで杉村家の敷地内に建設中の離れのそばにもうひとつユニット工法で家が1軒建てられる(置かれる?)ことになった。
 
貴子は中村裕恵を連れて行って、杉村家に紹介した。
 
「すみません。女性と聞いたのですが」
と町子。
 
「女に見えなくて、申し訳ありません。7月に性転換手術を受けたんです」
「ああ、じゃ医学的には女性なんですね」
「はい。卵巣と子宮が無いので妊娠はできませんけど、一応女の形になりました」
「だったら問題無いわね」
と町子は言った。
 
本人たちにも面会させたが、柚美は面白がっていた。
「なんか無害な感じの人で私は好きだな」
などと言う。
 
「私、子供には懐かれるんですー」
「ああ、分かる気がする」
「私もコーヒンもほとんど子供だから、相性いいかも」
 
「ユミが気に入ったのならぼくは全く異論が無い」
と古広。
 
「性転換手術を受けた先輩なら、コーヒン色々教えてもらえばいいんじゃない」
「クローゼットの時代が長かったので、あまり参考にならないかも知れないですけど」
 
「今は療養中なんですね」
「はい。婚約者の家でずっと療養してます。7月中旬に手術を受けたから、10月中旬くらいからは稼働できるんじゃないかと思うんですけどね」
 
「こちらは4ヶ月に突入する頃からだからちょうどいいね」
 
ということで採用になったのである。結局、裕恵のほぼ唯一の特技であった、運転で仕事を得られたことになる。
 
 
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【女子中学生・秋の嵐】(3)