【黄金の流星】(7)

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ゼフィランは車が停まる音で目を覚ました。
 
「ここどこ?」
 
何やら大きな館が建っている。見回すとかなり広い庭もある。
 
「ゼフィラン様のお館です」
とセルジュは答える。
 
「は!?」
 
ゼフィランが戸惑っていると、
「お帰りなさい」
という可愛い声がある。見るとシルヴィア(木下宏紀)である!
 
「ダカール様から電話がありましたので、お食事なども用意しておりました」
 
「どういうこと!?」
とゼフィランは状況が把握出来ない。
 
「取り敢えず中に入って下さい」
と言われ、ジルヴィアに案内されて館の中に入る。
 

長い廊下を歩いて通された部屋は、20m2(12畳)ほどの広さである。周囲に本棚がずらっと並んでおり、その中の半分くらいが埋まっている。
 
「本をきちんと本棚に収納しなさい、とミレイユ様から命じられましたので、私も分からないことばだらけだったのですが、頑張って勉強してジャンル別に分類したつもりですが、どうでしょうか」
 
ゼフィランの心の声「待て。なぜミルの指示で動いてる?雇い主はぼくなのに。不在中に給料渡すのだけミルを通してルクール銀行に頼んでいただけなのに!」
 
語り手「ゼフィランは本棚の並びを眺めてみましたが、自分でも捜し出しきれなくなっていた本が見付けやすい位置にあります。天文学、暦、物理学、電気、化学、薬学、医学、生物学、地質学、鉱物学、植物学、歴史学、音楽、辞書、と大別され、各ジャンルは著者の苗字順に並べられているようです」
 
「きれいに並んでる。よく勉強したね」
 
「機械類はよく分からないので、元の順序をできるだけ崩さないように、こちらに並べたのですが」
と言ってシルヴィアは隣の部屋に案内した。
 
「これはぼくも分からなくなってたから、これでいいと思う」
「良かった」
 

「こちらには電話(*108) が設置されています。これでミレイユ様といつでも連絡が取れますよ」
 
「電話か!」
 
「実は先ほどもダカール様から電話で連絡を受けて、待機していました」
 
「可愛い格好してる」
「ありがとうございます。ゼフィラン様も可愛いですよ。やはり、そういうの、お好きだったんですね」
 
「違うよ。ぼくの服が隕石の爆発で全部無くなっちゃったからミレイユから借りただけだよ。ズボンに着替えなきゃ」
「恥ずかしがらなくてもいいのに。でもお洋服が無くなったのなら、少し買ってきましょうか?」
「助かる。頼む」
 
それでシルヴィアに洋服を少し買って来てもらうことにした。
 

(*108) フランスの電話サービスは1880年に3つの民間会社が統合されてSGT (Societe Generale du Telephones 電話総合会社) が設立されて実質的にスタートしている。グラハム・ベルが電話を発明して4年後である。
 
この会社が1889年に国有化され、1900年には郵便事業・電信事業と統合され PTT (Postes, Telegraphes et Telephones 郵便電信電話公社) (*109) となっている。PTTは1990年に民営化されてフランス・テレコムとなり、1991年には郵便事業を La Poste に分離。2013年にブランド名のオランジュ(Orange) に社名を合わせた。
 
19世紀末から20世紀初頭のフランスは電話導入のハードルが高く、当時のヨーロッパの中では電話普及率が異様に低い電話後進国であったらしい。
 

(*109) フランスの古い小話。
 
「あれ?テレフォンのfって1個だったっけ?2個だったっけ?」
「(遠慮がちに)phだと思いますけど(Telephone)」
「あ、そうか。テレグラフと勘違いしてたよ」
「・・・・・」
 
むろんテレグラフも Telegraphe.
 

「でもそもそもこの家は?」
「安いアパルトマンとかに住んでるから、機械を勝手に動かされたりするとミレイユ様がおっしゃって。それでアパルトマンからここに引っ越してきたんですよ」
「引っ越しちゃったのか」
「重たいものは男の人に持ってもらったけど、本とか食器とかは私が頑張って運びました」
「それはご苦労様」
 
「車の運転も練習しましたから、車でだいぶ運んだんですよ」
「へ。それは凄いね。でもここどこだっけ?」
 
「ここはミレイユ様の御自宅の隣です。ここに住んでいた人は、黄金の隕石が落ちてきて、みんなお金持ちになるからと言って、財産を使い果たして」
 
「ああ、そういう人結構いるらしいね」
 
「それでミレイユ様が買い取ったんですよ。お隣ですから、歩いて行けますよ」
 
ゼフィランの心の声『なんかあれこれ、ミルにこき使われそう』
 
シルヴィアは説明を続ける。
「御飯はミレイユ様のお館の方からこちらに配送してもらえます。私、料理とかあまり得意じゃないし助かります。洗濯も向こうで一緒にしてくださるそうです。エンジン式の自動洗濯機があるんですよ」
「それは凄い」
 
「ゼフィラン様、何か機械を失くされたんでしょ?ぜひもう一度作ってとおっしゃっていました」
 
「あれはモチベーションが無いとなあ」
 

「あと、夜のお供も命じられているのですが」
「それはいい!」
「気持ち良くしてあげるのに」
「遠慮しとく」
 
「私、しっかり助手ができるように、九九(*110) も覚えたんですよ。3×0=0, 3×1=3, 3×2=6, 3×3=9, 3×4=10, 3×5=16, ...」
 
「待て。3×4=12 だし、3×5=15 だぞ」
「あれ〜〜!?」
 

(*110) フランスでは0×0=0 から 10×10=100 まで“教える”ので、九九というより十十。12×12まで教えていた時代もあったらしい。
 
ただ問題は実際には覚えている人が少ない!ことである。フランスでは引き算ができたら“計算の得意な人”に分類される。割り算ができるミレイユは行員たちにとても尊敬されている!
 

語り手「ゼフィランはミレイユと話し合い、今回の事件で迷惑を掛けたナヴィク町に4万フラン、現代の日本円にして1億円、を共同で寄付することにしました。デンマークの銀行振出の小切手で送り届けました。これで『たまりすぎてるから何とかしろ』と言われていた、ゼフィランの預金残高が少しだけ減りました」
 
「ナヴィク町長は感謝し、津波で壊れた港湾施設や漁船の修理や再作成の費用に当てるということでした。丁寧な感謝状を頂きましたし、ゼフィランとミレイユをナヴィク町の名誉町民に認定するといって、メダル(銀製)を送って来てくれました」
 
メダルを手に取る、ゼフィランとミレイユが映る。
 
語り手「ナヴィク町ではもらったお金で病院と学校を建てました。また隕石落下地点近くに“Guld Park”(黄金公園)という公園を作ることも考えました。しかしウペルニヴィクへの交通に難があるので、結局、ナヴィク島内に隕石のレプリカ!を設置した公園を作ることにしました。観光客が来るといいですね」
 
映像はその公園ができて人が集まり記念パーティーをしている様子。
 
そこに映っている“燃える隕石”は実はウペルニヴィク島の場面で撮影に使用した本物(北海道の島に作ったセット)であるが、まだ銅箔を乗せる前の状態で撮影している。そのため造り物っぽさが出ている。
 
集まっている人たちは千里の会社・朱雀林業とその友好会社であるH新鮮産業の社員さんたちである。
 
語り手「グリーンランド政府は今回の事件ではひたすら振り回されただけで、シュナク大臣の寿命が縮んだのでは?と心配になります。でも実は大量に押し寄せた観光船や軍艦に水・食料・石炭を補給してあげたことで、その売上が60万フラン(15億円)ほどに達しています。それでここから仕入れ価格を引く必要はありますが、結構美味しい利益があったようです」
 

「ゼフィラン様、お洋服買ってきましたよ」
とシルヴィアが言うので、ゼフィランはドキュメント作成の手を休めて
「ありがとう」
と言い、そちらを見た。
 
「・・・・・・」
 
「ほら可愛いでしょ?これとかレース使いですよ。このスカートはちょっとポワレっぽくないですか?本物のポワレはとても高くて買えないけど、これわりとモダンでいいと思います。この服はコルセット無しで着れるんですよ。ゼフィラン様、細いからコルセット使わなくても大丈夫ですよね?」
 
(当時 ポール・ポワレがデザインした服は平均的な給与労働者の賃金2ヶ月分くらいの値段がしたらしい)
 
「・・・あのさ」
「はい?」
「なんで女物ばかりなの〜?」
「え、だって、ゼフィラン様、これからは女物を着るんでしょ?」
「男物を着たいから、男物を買ってきて」
とスカート姿のゼフィランは言った。
 
「え〜?せっかく買ってきたのにぃ」
 

字幕:9月18日(金).
 
「え?ミレイユ婚約したの!?」
とゼフィランはびっくりして訊き直した。
 
「今日市役所に公示(*111) してきた。9月30日・水曜日に結婚式を挙げるから、ゼフ、証人になってよ。唯一の親族だしさ」
とミレイユ。
 
「いいけど相手は?」
「エトワール・ダカール」
「何〜〜〜!?」
 
ゼフィランの心の声「そうか。ミルが日曜日ごとにアトランティスでクルーズしていたのは、実はデートだったのか!そして船長がデートするから、あの船にはそれ以外に航海士が3人乗っているんだ!」
 
語り手「ミレイユはどこかの企業経営者の息子や貴族などど結婚すると結果的にそこの企業や貴族の家系に銀行を支配されるのが目に見えているので、絶対に経済界や名家以外の人と結婚するつもりでした。エトワールは実は小学校の同窓生です」
 

(*111) フランスでは、日本のように婚姻届を提出するだけで結婚することはできない。結婚契約書を公証人のところで作成した上で、結婚式を挙げる10日以上前に市役所等に提出して「この2人が結婚する」という公示をする必要がある(例えば9月2日に婚約公示したら12日に結婚できる)。堂々と市庁舎に貼り出される。その上で市役所で法的な結婚式をおこなう。
 
結婚式の様子は後述。
 
教会で結婚式を挙げる場合は、それ以前に法的な結婚式が終了していなければならない。つまりフランスでは市役所での結婚式(Mariage civil) は結婚するための必要条件であり、省略できない。
 
今日のフランスでは多くのカップルが市役所結婚式のみで済ませており、更に教会でも結婚式を挙げるカップルは3割程度にすぎない。教会に法的な結婚式をさせないのは厳格な政教分離の考え方から来ている。
 
結婚の手続きがあまりにも面倒なので、フランスでは昔から事実婚が多いし、結婚しないまま子供を産んでも手厚い保護がなされる。近年フランスではこの法的なシングルマザーの保護政策を充実させたことで、出生率が上昇している。今日のフランスでは同棲しているという証明書も発行してくれる。また最近ではPACS(パートナーシップ)を選択するカップルも多い。
 
PACSは元々は同性婚をする人たちのために1999年に導入された制度だが、正式な結婚よりも手続きが簡単なので、異性のカップルでも多く利用されるようになった。またフランスでは2013年から同性でもPACSではなく正式の婚姻もできるようになった。
 
なお結婚は市役所で申請するが、PACSは小審裁判所に申請する。
 

「こんにちは〜、掃除しに来たよ」
と言って、ナタリー(立花紀子)が部屋に入って来たので、ゼフィランは目をパチクリさせた。
 
「ナタリー?ここを掃除するの?」
「もちろん。私はムッシュー・ジルダルの部屋の掃除と洗濯に食事作りをするという契約をしてるから、引っ越したら引越先にちゃんと仕事に来るよ」
とナタリーは言っている。
 
「ムッシュー・ジルダルが2ヶ月ほどおられなかった間はマダム・ジルダルの指示で掃除してましたから」
 
「マダム・ジルダル!?」
と言って、シルヴィア(木下宏紀)を見ると、口に手の甲を当てて、おかしそうにしている。
 
「でも洗濯と料理は隣の家に住んでいるお姉さんのところでしてもらうんだってね?私は掃除とかキッチンの片付けとか買物で頑張るね」
と言っている。シルヴィアが買物メモを渡すと
「ダコー(OK)」
と答えて、メモをポケットにしまった。
 
ゼフィランの心の声『ナタリーが掃除に来るのでは“安いアパルトマンに住んでるから勝手に機械を動かされるのよ。引っ越しなさい”とミルが言って引っ越した意味が無い気がする。まあこの人も面白いけど』
 
ナタリーが掃除をしている内に、窓際に置いている天体望遠鏡に触ろうとするので、
「駄目。それに触ったらいけない」
とシルヴィアが停めている。
 
どうもシルヴィアとナタリーの攻防も継続中のようであった。
 
天体望遠鏡は戻って来てから新たに買ったものである。彼は6兆フラン儲けるどころか、かなりの余分な出費になったようであった。
 

9月30日、ゼフィランは
「面倒くさいなあ」
などと言いながらもフロックコートに着替える。シルヴィアは
「ドレス着たら?お化粧はしてあげるよ」
と言ったが、拒否した。
 
そしてシルヴィアの運転するプジョー・リオン・フェートン(*112)に乗って市役所まで出掛けて行った。
 
(*112) ここで車が付けているナンバープレートは、ミレイユのType 91 は 314-E, セルジュが使っていたフェートンは 108-U, シルヴィアが運転しているフェートンは 726-U であった。但し撮影では、同じフェートンをナンバープレートを付け替えて使用している。この当時のナンバープレートは、3桁の数字の後に1桁の地域コードで、パリが使用していた地域コードは、 E/U/I/G/X であった。
 

ゼフィランは結婚の証人になるので、出生証明書を提示して本人確認した。ダカールの側の証人は、お母さんのルイーズ・ランド(助監督の美高鏡子!)(*114)が務める。彼女も本人確認書類を提示していた。
 
この結婚式に来ているのは、ダカールの姉2人と母、親族6人、ルクール銀行の副頭取、本店副店長、その他銀行の役員10人、そしてアトランティスの乗組員で3人の航海士、甲板長、機関長、司厨長、チーフパーサーのセルジュ、それにゼフィランで、合計30人、にプラスその配偶者たちである。シルヴィアは車で待機しておくつもりだったのが「奥様もどうぞ」と言われて「きゃー私こんな格好」と言いながらも出席することになった。
 
ミレイユたちは、教会結婚式も結婚パーティーもしないので、市役所結婚式の人数が膨れ上がった感じもある。
 
司会役の市長が到着したということで市役所内の結婚式場(*115) に入場する。全員入場して着席し少し待つと、トリコロールの“たすき”を掛けた市長(友情出演:紅川勘四郎)が入ってくる。全員起立する。
 
市長は笑顔でお祝いのスピーチをする。副頭取とシャルル1等航海士がお祝いのスピーチをする。市長は、結婚に関する民法の条文をまとめたものを朗読する。これが法的な結婚式ではとても重要である(映画では大半を省略!)。
 
「結婚契約書はできていますか」
「はい」
と2人で言って提示する。その上で2人が結婚同意書を交換する。市長が結婚の意思について最終確認をする。
 

「エトワールさん、あなたはこのミレイユさんを配偶者にしますか?」
「はい (Oui)」
とエトワール・ダカール(松田理史)。
 
「ミレイユさん、あなたはこのエトワールさんを配偶者にしますか?」
「はい (Oui)」
とミレイユ・ルクール(アクア)。
 
(市長のことばがうまく聞き取れなくても「ウィ」と言えばよい!!)
 
「それでは共和国の名において、ふたりが結婚により統合されたことを宣言します」
と市長は述べた。(*113)
 
参列者から拍手と「ブラボー!」という多数の声があがった。
 
市長から家族手帳を渡される。この後、2人は指輪の交換をし、新郎新婦がメッセージを述べる。結婚証書が朗読された上で、それに新郎新婦および2人の証人が署名して、結婚式は終了した(*116).
 

(*113) 宇菜や美高さんから
「ひょっとして今の結婚式って本物だったのでは?」
とアクアと理史は言われていた。
 
市長を演じた紅川相談役も
「なんかふたりが本気で『ウィ』と言った気がしたんだけど」
と言っていた。
 
そして映画を見た人たちの中からも「この2人マジで怪しくない?」という声が出ることになる。
 

(*114) フランスは基本的に夫婦別姓であるが、統一することもできる。複合姓を使用することもできる。配偶者の姓に改名した場合は、元の苗字を通称として使用できる。
 
子供の苗字はどちらかに統一しなければならない。例えば男の子には父親の苗字、女の子には母親の苗字を名乗らせるなどということは許されない。子供は自分の親の苗字を通称として使用できる。
 
例えば、ジャン・ベルナールさんと、エマ・リシャールさんが結婚した場合、子供の苗字は、ベルナールかリシャールのどちらかに統一しなければならない。ベルナールを選んだ場合、娘のリサは、法的にはリサ・ベルナールだが、母親の苗字を利用して、リサ・リシャールを通称として使用することもできる。
 

(*115) フランスの市役所にはどこも立派な結婚式場がある。特にパリのは立派である。今回撮影に使用した結婚式場のセット(春日部)は、1908年当時の実際のパリ市役所の結婚式場を当時の写真と証言に基づき5000万円掛けて再現したもので、フランスの映画観覧者に評価が高かった。このセットは後で郷愁村に移設して一般公開される。ここで結婚式を挙げたいという希望も多く、2022年夏以降、結婚式で本当に使用されるようになった。
 
(*116) そういう訳で、結婚式に最低必要なのは、結婚する2人、各々の証人、市長の5人である。5人だけで結婚式を挙げているシーンを筆者は昔のドラマで見たことがある。
 
日本だとカップルが結婚を決めたら「式場を予約しよう」となるが、フランスでは「市役所に行こう」となる。
 
市役所は日曜日がお休みなので、必然的に結婚式は土曜日が多く、土曜日の結婚式は半年くらい前から予約しておかないと取れない。このあと教会結婚式も挙げる場合は出席者が大移動する。
 
概して市役所結婚式と教会結婚式の間で数時間待たされる。その後、パーティーが続くのて、結婚式に招待された場合、だいたい丸一日潰れる。出席者の服装は一般に平服である。ミレイユの結婚式ではアトランティスのクルーは制服を着た。
 
市長が出張などで不在の場合は、市議会議員などが代行する場合もある。また市長の業務がずれこんで、予定通りの時刻に始まらないことも多い。(予定通りの時間に物事が行われないのはフランスでは普通のこと)
 

語り手「結婚式の後、2人は日曜まで“結婚航海”するという話でした。普段のデートなのでは?とゼフィランは思いました」
 
画面はアトランティス(*117) がルアーブル港を出るのをゼフィランたちが見送る所。そしてゼフィランがシルヴィアの運転するフェートンで帰宅する所。
 
部屋の中でくつろいでいると、シルヴィアが熱々の夕食を持ってくる。
 
「料理はいつものようにミレイユ様の家から配送されてきてましたから、鍋とフライパンで温めました」
「お疲れ〜。でも助かるね、これ」
「ほんと楽でいいです。 自家製のバゲットやソーセージ、スープストックに、コンフィとかも時々置いてってもらえるから、お腹が空いた時はそれで結構食べられますし」
 
「うん。夜通し作業してる時とかも助かる」
 

(*117) 今回の撮影では、春日部の“スタジオ村”に『シンドルバット2』のために建造途中であったガレオン船を一時的に蒸気船仕様に外観偽装して、モジーク号に関する撮影を行った。一方でアトランティスについては、千里が所有するクルーザー、アクパーラ (Akupara) を多少外装加工して、アトランティスに見立てて撮影した。ウペルニヴィク島に関する撮影以外では実は勝浦漁港をルアーブルやセントジョンズに見立てて撮影している。
 

ゼフィランは机で何かの計算をしながら食事を取っている。シルヴィアは部屋の中に置いたサブテーブルで食べている。
 
やがて食事が終わったようなので、シルヴィアは食器を片付けて台所で洗った。部屋に戻るとゼフィランは難ししそうな本を読んでいる。シルヴィアは邪魔しないようにサブテーブルの所に座って、算数!の練習問題をしていた。
 
カメラは時計を映す。23:23である。
 
ゼフィラン(アクア)が眠り掛けてハッとして起きたので
「今夜は休みになったら?」
とシルヴィア(木下宏紀)が声を掛けた。
 
「そうだな。今日は結婚式で疲れたし」
と言い、トイレに行って来てからベッドに入った。ベッドで寝るなどというのは、子供の頃以来しておらず、アパルトマンでは本に埋もれて寝ていたのだが、航海中、またこの家に来てからは毎日ベッドで寝るようになり、これもいいかもという気がしている。
 
シルヴィアもトイレに行って来たようである。彼女は普段は同じ部屋の中のサブベッドで寝ている。ところがこの日、トイレから戻ったシルヴィアは自分のベッドには行かず、ゼフィランの傍(そば)まで行くと、ドレスを脱いだ。
 

「うっ」
とゼフィランが声を挙げる。
 
彼女がゼフィランの目の前で着替えるのは日常茶飯事なので気にしないようにしていた。彼女は普段はドレスの下にはシュミーズを着ていた。彼女はコルセットをしない。「あんなの、きつーい」と言っている。ミレイユもコルセットをしない。ミレイユの場合は「コルセットなんか着けて仕事はできん」と言っている。
 
しかしこの日のシルヴィアはデザビレ (deshabille) (*119) を着ていた。
 
「その服は・・・」
 
シルヴィアは何も答えずに、ゼフィランのベッドの中に入ってきた。
 
いきなりあそこを揉む!  (という設定!)
 
「待って、シルヴィア。ミレイユに何か言われたかも知れないけど、夜のお供は本当にしなくていいから」
 
「違うの」
とシルヴィアは言った。
 
「これはお仕事でしてるんじゃないの」
「え?そうなの?」
「私ゼフィーのこと好きになっちゃった」
 
「ゼ、ゼフィー!?」
 
「好きだからしたいの。ね、していいでしょ?」
と言って、彼女は毛布の中に潜り込むと“作業”を始める。
 
「うっ・・・」
とゼフィランは声をあげたが、されるままにされていた。
 
字幕:9月30日23:45、ゼフィランは、とうとう“落ちた”。彼はこの夜、シルヴィアと事実婚した。
 

(*119) デザビレ (deshabille) は、フランスでは今日でもこの名前で呼ばれることが多いが、日本では“ネグリジェ(negligee)”と呼ばれる。フランスでは18世紀から使用されていた女性用ナイトウェアである。
 
“ネグリジェ”という名称は1927年に発表された、ロイヤル・ドルトンの陶磁器に、この服を着た女性の絵が描かれていた時、そう呼ばれたことから広まった。
 
デザビレにしても、ネグリジェにしても“服を着ていない”という意味である。日本では必ずしもそうではないが、元々はシースルーのものを言った。このシーンで木下宏紀が着ているのも、シースルーのデザビレ(ネグリジェ)である。
 
わざわざ20世紀初頭のデザインを再現している。ちなみにバストがあるように見えるのはフェイクである!(木下君にバストが無いのは舞音も証言している)
 
この場面は、男の子(男の娘?)の下着姿だから映しても倫理的に問題は無い!?
 
デザビレのショート丈のものがベビードール(Babydoll) だが、ベビードールが生まれたのは1942年で、この時代にはまだ無い。ベビードールが生まれたのは実は第二次世界大戦中の物資不足、生地不足のせいだった!
 

ケイト(薬王みなみ)が判事公邸のお庭を掃除していたら、向こうの方からバイク(*120) に乗ってセス・スタンフォート(七浜宇菜)と、アルケイディア・ウォーカー(アクア)がやってきた。ケイトは今回は少し時間が掛かったなと思った。ふたりが5月18日に離婚して4ヶ月半ほど経つ。
 
バイクは公邸の前に停まる、
「ハロー、ケイトちゃん。判事さん居る?」
「はい、おります。お久しぶりですね」
 
2人は、セスがバイクを運転し、アルケイディアはその後ろにタンデムで乗ってセスに抱きついていた。
 
「ぼくたち結婚するから、判事さん呼んでよ」
「分かりました!」
 
ケイトが門を開けたので、2人はバイクに乗ったまま徐行で庭を進み、公邸の玄関前に停車させた。ケイトが判事を呼びに行く。
 

(*120) ここに登場したバイクは、ハーレーダビッドソンのV-Twin 880cc エンジンを搭載したバイクで最高速度は100km/h である。1907-1910の間に非常に少数だけ製造されている。現存のモデルが存在するかどうかは不明。バイクマニアの山村マネージャーがこの貴重なモデルの写真を持っていたので、それを元に「走行は映画撮影中に限る」という条件付きでハーレーダビッドソン本社の特別な許可を取り、某バイクメーカーに依頼してレプリカを作成した。ただしアクアや宇菜の身長で足が届くサイズに調整している。
 

プロス判事(大林亮平)が出てくる。
 
「お久しぶりです、スタンフォートさん、ウォーカーさん」
 
「ぼくたち結婚します」
「私たち結婚します」
と2人は唱和するように言った。
 
「書類は揃っていますか?」
「はい、揃えてきました」
と言って、2人は書類を提出する。
 

「書類は揃っています。スタンフォートさんはまた男性になったんですね」
「そうなんですよ。おかけでまたアルカと結婚できるようになりました」
 
「では結婚式をしましょう。取り敢えずバイクから降りてください」
と判事は言ったが、多分降りないだろうなと思った。
 
ところがふたりは
「はい」
と言って、バイクを降りた!
 
プロスもケイトも「へー」と思った。
 
公邸に向かって左側(判事から見て右際)にアルケイディア、公邸に向かって右側(判事から見て左側)にセスが立った。
 

それで判事はまず、セス(七浜宇菜)に言った。
 
「セス・スタンフォートさん、あなたは、このアルケイディア・ウォーカーさんを妻として結婚しますか?」
「はい」
 
続いて判事はアルケイディア(アクア)に言った。
 
「アルケイディア・ウォーカーさん、あなたは、このセス・スタンフォートさんを夫として結婚しますか?」
「はい」
 
判事は言った。
 
「法の名において、セス・スタンフォートさんとアルケイディア・ウォーカーさんは結婚してひとつになったことを宣言します」(*121)
 
それで2人はキスをした。ケイトが拍手をした。
 
アルケイディアが
「あ、私“細かいの”が無い」
と言った。
「じゃまとめて払ってよ」
 
とセスは言って500ドル札(約650万円)をアルケイディアに渡し、アルケイディアが1000ドル札(約1300万円)を出してプロス判事に渡した。
 
「手数料分を取って残りは貧しい人たちのために使ってください」
と2人は言った。
 
「分かりました」
 
「ありがとうございました。さようなら」
「さようなら。お気を付けて」
 

(*121) 日本の観覧者の感想。
 
「要するにアクアは男の子、女の子、男の娘と結婚したのか」
「それ、宇菜とみのりちゃんと、どちらが女の子でどちらが男の娘?」
「びみょー」
「微妙なのか!?」
 

アルケイディアとセスは今度はアルケイディアがバイクの運転席に座り、セスがそれに抱きつくようにしてタンデムに乗り、判事たちに手を振ってからバイクを発進させ、走り去っていった。
 
判事は呟いた。
「『さようなら』と言っちゃったけど、『ではまた』と言うべきだったかなあ」(*122)
 
するとケイトは言った。
「多分あのふたりもう来ないと思いますよ」
「そう?半年ももたない気がするけど」
 
ケイトは笑顔で2人が去って行った方角を見ていた。
 
『完』
 
(ラストシーンは大林亮平と薬王みなみが並ぶ後ろ姿)
 

(*122) 原文は「Adieu ? ..... J'aurais mieux fait, peut-etre, de leur dire au revoir」
(アデュー?彼らにはオ・ルボワールと言ったほうが良かったかな)
 
英訳本では「Good-bye! ..... I should have done better, perhaps, to add: for the present」
(さようなら。いやその後に「取り敢えず」と付け加えた方が良かったかな)
 
フランス語の「さようなら」には Adieu と Au revoir という2つの表現がある。
 
アデュー(Adieu) は、もう会うことがないような場合の別れ、オ・ルボワール (Au revoir) は、またじきに会う場合の別れである。英語で言えば See you. 中国語で言えば再見(ツァイチェン)である。
 
フランスの小説やドラマのラストで、別れ行く2人が
「Adieu. non. Au revoir」
(さようなら。いや、またいつか)
 
と語り合ってキスをする、などというのは、よくある定型パターンになっている(*123).
 
この物語のラストでは、その定型パターンを下敷きにしてパロディ的に
 
「あいつら、またきっと離婚しにくるだろうな」
 
という意味合いをほのめかして、判事はこのような台詞を言っているのである。
 

(*123) この定型パターンのパロディで
「Au revoir, non, Adieu」
というのも見たことがある。TVフランス語講座のスケッチであった。
 
ファントマを名乗る銀行強盗が窓口の係員を拳銃で脅して現金を奪い「Au revoir」と言って立ち去る。現金を奪われた銀行員が「Au revoir, non, Adieu」と言うシーンである。
 
ファントマはフランスの三大怪盗のひとり。あと2人はアルセーヌ・ルパン (Arsene Lupin) とボッツォ・コロナ大佐 (Colonel Bozzo-Corona) である。コロナ大佐の代わりにジゴマ (Zigomar) をあげる人もいる。
 

『完』が表示された後、タイトルロールが流れる。常滑舞音が歌うハワイ歌謡『Tiny Bubble』の歌が流れる。
 
アルケイディア・ウォーカー:アクア&アクア
セス・スタンフォート:七浜宇菜
 
ゼフィラン・ジルダル:アクア
ミレイユ・ルクール:アクア
セルジュ・ベルナール:七浜宇菜
 
「アクアだらけだ!」と言われた主演・副主演の表示である。
 
ここはラテン文字圏の版では次のようになっていた。
 
Arcadia Walker : SAQUMA & MAQURA
Seth Stanfort : UNA NANAHAMA
 
Mireille Lecoeur : SAQUMA
Zephyrin Xirdal : MAQURA
Serge Bernard : UNA NANAHAMA
 
つまりアルケイディアはダブルキャスト(アクアとアクオ)で演じられたことになっている。ここまで表示された所でロールは一旦停止し、アクア関連の4つの名前の文字が躍るようにして、次のような形に並べられた。
 
SAQUMA -> MS AQUA
MAQURA -> MR AQUA
 
いつものように、先に SAQUMA が表示されているので、この映画の主演はアクアFである。
 

タイトルロールのロールが再開される。この後は次のように表示された。
 
シドニー・ハデルスン:チャンネル
ディーン・フォーサイス:ケンネル
フローラ・ハデルスン:万田由香里
 
ジョン・プロス判事:大林亮平
エトワール・ダカール船長:松田理史
ジェニー・ハデルスン:ビンゴ・アキ
トム・ワイフ:スキ也
メイドのミッツ:内野音子
エヴァルト・デ・シュナク大臣:揚浜フラフラ
グリーンランド首相:健康バッド
フランシス・ゴードン:鈴本信彦
作業員のリーダー:新田金鯱
銀行の守衛 タイガー沢村
ワーフ研究員:計山卓
マリ・ルルー:今井葉月
ナタリー・チボー:立花紀子
シルヴィア:木下宏紀
シャルル・ローザン(1等航海士):坂口芳治
セシル・ルカ(3等航海士)津島啓太
タトカ:ケエク
 
メイドのケイト:薬王みなみ(新人)
ルー・ハデルスン:古屋あらた
女性銀行員:夕波もえこ
女性通信士:広瀬みづほ
 
ナヴィク町長:高牧雅秋(友情出捐)
副店長:高牧寛晴(友情出演)
市長:紅川勘四郎(友情出演)
 

アフタヌーンドレスを着た見物客:川崎ゆりこ
転落直前の見物客:川内峰花、原町カペラ、石川ポルカ
ドリー・ホワイトヘッド:花咲ロンド
 
モジークのチーフパーサー:河村貞治
ルイーズ・ランド(エトワールの母):美高鏡子
振袖を着た見物客:矢本かえで
モジークのガイド:田崎潤也
副頭取:稲本亨
 
Peugeot Type 91 の運転手:座間和春
警官1:滝沢小股
兵士1(小隊長):横川光照
兵士2(分隊長):沢村明美
ハーベイ議長:Thomas Russell
アメリカ軍分隊長:Steven Brown
イギリス軍分隊長:William Seagull
フランス軍分隊長:Henri Lerond
 

警官隊:♪♪ハウス
作業員:播磨工務店
グリーンランド警備兵:信濃町ガールズ関東
計算室の社員:信濃町ガールズ北陸
会議の事務員:黒部座
初日の見物客:§§ミュージックのスタッフ
ミレイユの結婚式出席者:あけぼのテレビ社員
2日目以降の見物客:北海道のテレビ局の社員
その他見物客:ΛΛテレビの社員
パーティーの客:朱雀林業、H新鮮産業
 
子供たち
篠田京平、高園早月、細川緩菜、川島由美、紫尾来紗、紫尾伊鈴、唐本あやめ、唐本大輝、桂木来稀、吉野浪織、大林月花、八雲稲美、田船薫、田船夕霧
 
バスに乗っていた子供たち:J幼稚園の皆さん
 
セスが乗った馬:セブンドリーム号
アルケイディアが乗った馬:ホワイトスノー号
 

朗読者1:西宮ネオン(ボストン天文台)
朗読者2:夢島きらら(パリ天文台)
朗読者3:織原青治(ワストン・スタンダード)
朗読者4:湯元信康(ワストン・イブニング)
朗読者5:篠原倉光(グリニッジ天文台)
朗読者6:木取道雄(中立紙)
 
語り手:元原マミ
字幕読上げ:夕波もえこ
 
歌唱:常滑舞音 with スイスイ
演奏:招き猫バンド
 

(起こし表示)
オガース牧師:藤原中臣(友情出演)
 

監督:河村貞治
撮影(助監督):美高鏡子
撮影:矢本かえで
撮影:田崎潤也
 
CG製作:まほろばグラフィックス
 
脚本(フランス語):レイモン紀子
日本語脚本:稲本亨
英語脚本:Samantha Mining
ドイツ語脚本:Christine Hammerschmidt
 
プロデューサー:大曽根三朗(大和映像)、August Sielmann (Mond Blume) (*124)
サブプロデューサー:鳥山光太郎(ΛΛテレビ)
サブプロデューサー:秋風コスモス(§§ミュージック)
 

(*124) Mond Blume というのは、英語に直訳すると、Moon Flower. “月の花”。Mondはドイツ語で“月”の意味。フランス語で“世界”を表すmonde ではない。
 

タイトルロールの後で、下記のような短いエピソードが複数流れた。バックには常滑舞音 with スイスイ (*126) が歌う『オブラディ・オブラダ』(ビートルズのヒット曲)が流れた。
 

8人の子供たちに完全に振り回されている、アルケイディア(アクア)とセス(七浜宇菜)の図。
 
「だいぶ子供増えたね〜」
「なんといっても2人で4人ずつ産んだからねー」
「ぼくたちもよく性別変わるね〜」
「朝起きてちんちんが無くなってても全然気にならなくなった」
「こんなに子供が多いとなかなか旅行にも行けない」
「その内、クルーザーを1隻買って、みんなで旅行しよう」
「それもいいね」
 
(出演した子供:千里家の子供4人、季里子の子供2人、マリの子供2人)
 

4人の子供が走り回るので
「手に負えないよー。助けてぇ」
と言っているエトワール(松田理史)と
 
「私、忙しいから、エトワ、何とかして」
と言って、タイプライターを打っているミレイユ(アクア)の図。
 
「でも双子で産んだから2回の産休で4人産めて助かったぁ。子供は双子で産むべきね」
などとミレイユ(アクア)は言っていた。
 
(出演している子供は、音羽と光帆の子供・来稀と浪織、原野妃登美の子供・月花に八雲真友子の子供・稲美:この2組はどちらも双子ではないが同じ出生日の同父異母姉妹である。ジールマン社長が「へー、この子、月花ちゃんなの?うちの会社(モンド・ブルーメ=月の花)のマスコットガールに欲しい」などと、笑顔で声を掛けていた)
 

2人の子供に物理学の本!を読んであげているシルヴィア(木下宏紀)と興味深そうに聴いている2人の子供。
 
そして
「まさか子供ができるとは思わなかった」
などと言いながら、何かの機械を組み立てているゼフィラン(アクア)の図。
 
「セックスすれば子供はできて当然。でも子育ては私がやるからゼフィーは研究に専念してね」
とシルヴィアは言っている。
 
「シルって結局男なんだっけ?女なんだっけ?」
「内緒」
 
(出演している子供は、秋風メロディーの子供2人)
 

フォーサイスがトムと2人で天体観測をしている。フォーサイスが
「時間を記録しろ」
と叫ぶ。フォーサイスは天体望遠鏡を覗いたまま、最近導入した電話で親友を呼び出す。
 
「シドニー、彗星だぞ」
「うん。こちらも発見したところだ。今ずっと観測している。後で双方の観測記録を照合しよう」
「OKOK」
 
語り手「この夜2人は新しい彗星を発見しました。2人は共同でこの天体を天文台に報告し、この彗星にはフォーサイス・ハデルスン彗星という名前が付きました」
 

白い雪原で多数の労働者が雪をトラックに積んでいる。それを見ながらシュナク(揚浜フラフラ)は満足そうであった。
 
語り手「ミレイユは名誉市民にしてもらったお礼にナヴィク町長にお礼の手紙を書きました。そして教えてあげました。隕石が落下してくる時は、その一部が燃え、塵となって大気中に放出される。そして隕石が落ちてきた経路の雪原の上にそれが降りそそいでいるはず。だから落下地点に近い付近の雪を融かすとある程度の金(きん)が回収できるかも知れないと」
 
「それで町長はシュナク大臣に連絡し、国が主導して金(きん)回収会社が作られ、せっせと雪を溶かして金(きん)を取り出しているのです。工作機械の購入費用はルクール銀行が融資してあげました。この地域からはその後、50年以上にわたり、金(きん)の回収をすることができ、グリーンランドは結構な量の金(きん)を得ることができました。このことで、ゼフィランとミレイユは今度はグリーンランド政府から勲章をもらいました」
 
(このシーンの撮影は隕石のセットを作った島で実際に雪掻きをして撮影している。雪掻きをしてくれたのは朱雀林業の社員さんたち)
 

アトランティスに乗船したミレイユ(アクア)とダカール(松田理史)が船内にある通信室を見て頷いているシーン。
 
「これで次に金の玉が落ちた時はすばやく情報を伝達させられる」
などとミレイユは言っている。
 
通信室の外見は当時のマルコーニ社の通信設備をかなり忠実に再現しており、送信室と受信室がドアで区切られて別になっている。これは受信の際に雑音に煩わされずにヘッドホンから聞こえてくるモールス信号を聴くためである。モールス信号を打電する女性通信士(演:広瀬みづほ)が映る。
 
広瀬みづほ(信濃町ガールズ2022春の本部昇格者)は、台詞こそないが、このシーン撮影のためにモールス信号を1ヶ月かけて猛練習した。通信士のために新たに作ったという設定の茶色のジャケットにズボンの姿が「りりしい」と観覧者には好評だった。たぶんこのシーンだけでファンが1万人できた。
 
なお彼女が映画の中で打電しているモールス信号は『おひるはまだかな』で、モールス信号の分かる人は大笑いしていた。この信号は海外版では『CAN HARDLY WAIT FOR LUNCH』という英文モールス信号に置換された。これも、みづほ本人が打電している。
 

振袖姿の元原マミが解説する。
 
語り手「ミレイユは黄金の流星事件翌年の1909年、アトランティスに通信設備を導入しました。無線はどこからでも送受信できるのがメリットですが、周波数さえ合わせれば簡単に傍受できるという問題があります」
 
「そこでミレイユは通常の挨拶文や帰還連絡などのほかは、基本的には暗号化した上で電信するようにしました。暗号には、定型文を特定の文に置き換えたもの、例えば“ライオンが走る”とか“赤いバラが咲いた”などといったものと乱数表を通したものがありました」
 
「ここで乱数表を使うものは、黄金の流星事件の時は伝達に苦労したのですが、この頃までにゼフィランの提案で、暗号化された通信文が普通の文章としても何とか?読めるように暗号化手法を改訂していました」
 
「3AE56JGR HI59BV32 みたいな電文を打つのは物凄く大変ですが、 "CE MATIN CECILE LIT UNE JOLIE JUPE CHEZ BOUCHER DES CHAMPS ELYSEES" 、今朝セシルがシャンゼリゼの肉屋さんで可愛いスカートを読んだ、みたいなのなら、同じ意味不明でも何とかなります」
 
映像に一瞬セシル役の津島啓太が可愛いスカートを手にして困ったような顔をしているのが映ったのは特に意味は無い!!
 

語り手「ルクール銀行は多数の金鉱を配下に納めましたが、基本的には現在の経営者にそのまま経営させることにしました。但し後述の理由で一部の経営者には息子などに譲って引退してもらいました」
 
「ミレイユは最初に金鉱の労働環境の改善を進めました。最も先進的な金鉱であると思われたカリフト鉱山の若い技師をアドバイザーに採用し、ゼフィランと3人で協議して、いくつかの改革をしました」
 
「まずは坑道の安全性を高め、また古い精錬法を取っている鉱山に、新しく、より安全な精錬法を導入しました。精錬作業についてはゼフィランが提案したリモート操作の手法に加え、作業者に防護服やマスクを装着させ、換気をよくすることで、当時世界で最も安全な精錬過程が導入できました」
 
「また労働時間を1日に最大10時間に制限、数年後には更に8時間に制限するとともに18歳未満には坑内労働をさせないよう指導しました。これらの改革に消極的な経営者には退いてもらい、息子などに代わってもらいました」
 
「これらの改善は結果的に労働者のモチベーションを上げ、かえって生産能力を上昇させました」
 

広い事務室に制服を着た多数の社員が居て、何かの機械を操作して、表示を書き写している。
 
語り手「シルヴィアがどうにも計算に苦労しているので、ゼフィランは彼女のために自動計算機を発明しました。それに目を付けたミレイユはこの機械を量産して、自分の銀行に導入しました」
 
「それで資産が何千倍にもなり営業規模が拡大したルクール銀行は、この機械のおかげで正確かつ高速に計算作業を進めることができるようになったのです」
 

語り手「このようにしてゼフィランは、しばしばミレイユの仕事を助ける発明や考案をしてルクール銀行の発展に貢献しました。ミレイユは彼の協力に感謝して、彼に多額の報酬を払いました」
 
「またミレイユは『金(きん)が余っているから』と言って、自分の資産も、ゼフィランの資産も。半分は金(きん)に換えて、自宅の地下、ゼフィラン家の地下に“お互いに半分ずつ”置きました」
 
「半分ずつお互いの家に置くのは、むろん安全性のためです。そして金(きん)にしていたお陰で、この後来る、ハイパーインフレにも耐えることができました」
 

クラシカルなデザインのバス(*125) をセス(七浜宇菜)が運転し、その横の席にアルケイディア(アクア)が座っている。パスには16人の子供が乗っている。
 
「子供もずいぶん増えたね〜」
「2人で産んだからね〜」
「最近もう全員の名前を言いきれなくなった」
「御飯食べさせるの忘れないようにチェック表作ったし」
「もう子供の名前を one, two, three, ... と改名したいくらいだよ」
「それは可哀想だよ〜」
「さぁ、みんな今日はナイアガラの滝を見に行くぞ!」
とセスが言うと
 
「はーい」
という子供たちの声が返ってきた。セスとアルケイディアは、笑顔でその返事を聴いた。
 
(出演してくれた子供は、春日部市内のJ幼稚園の園児さんたち)
 
(*125) 普通の日野のマイクロバスにプラスチックの外装を貼り付けて古い B-Type に似た雰囲気にしている。オリジナルのB-Typeは、イギリスのLGOC (London General Omnibus Company) が1910年代に製造し、イギリスやフランスで広く使用されたエンジン式バスのヒット商品である(それ以前のバスは馬が曳いていた)。
 
たくさん売れているから現存品がわりと存在すると思うが、日本国内では発見できなかったので、見た目だけクラシカルなバスを作り上げた。
 
今回撮影に参加してくれた園児たちは
 
「私、アクアちゃんみたいな可愛い女の子になりたいな」
「ぼく、宇菜さんみたいな格好いい男になりたいな」
などと言っていた!!
 

この後、常滑真音 with スイスイが歌う『君の身体は6兆フラン』(エンディングテーマ)に乗せて、この映画の“NGシーン”!が多数流れ、この映画のストーリーを振り返った。NGシーンには葉月がアクアの代役をしている所が大量に映っている。最後はアクアが判事公邸での結婚式のあと退出しようとしてバイクをエンストさせてしまい、再起動するのに苦労しているシーンが映った。そして
 
『本当に完』
 
という文字で終わった。
 

(*126) 今回の映画では、制作側は、アクアに主題歌を歌わせたかった。しかし元々“次の映画”を撮る前に、ほんの2〜3日だけでいいから時間を取って。撮影はすぐ終わるから、などと言われて、受けた仕事である。
 
結果的に出演がかなりの量になり、とても歌まで吹き込む余裕は無かった。そこで「だったら舞音ちゃんに」という話になったのである。舞音は悲鳴を挙げた。そして舞音が主題歌に起用されたことから、普段超多忙なバックバンドの4人も少しだけ休めることになった。そして木下君は貴重な両声類として“チョイ役で”で出演することになった。
 
彼の出番はゼフィランの所に訪ねてくる最初のシーンだけの予定だった。ところが実際にやらせてみると上手い!それで監督が「君、うまいねー」と言い、急遽出番が増えて、結果的にかなり重要な役どころになった。シルヴィアは木下宏紀という存在があって生まれた役である。彼以外には演じられない役だった。
 
彼と抱き合うシーンを演じたアクアは
「宏紀ちゃんの重大な秘密を知ってしまった」
と言い、木下宏紀も
「アクアちゃんの重大な秘密を知ってしまった」
と言っていた。
 
どういう秘密だったのか2人は何も言わなかった!!
 
ちなみにこのシーンを撮影したのはアクアM、宇菜とのベッドシーンを演じたのはアクアFである。
 

結局舞音が歌ったのは下記12曲である。映画の公開と同時にサウンドトラックとして発売された。元々の舞音ファン以外にも、40代以上の世代に異様に売れた!
 
『君の心は流星』主題歌(水野歌絵作詞・琴沢幸穂作曲)
『浦島太郎』(文部省唱歌。乙骨三郎作詞・作曲者不明)
『冬の星』(阿久悠作詞・三木たかし作曲) (*127)
『黒い鷲 (l'aigle noir)』(バルバラ作詞作曲・醍醐春海訳詞)
『昴』(谷村新司作詞作曲)
『愛しのクレメンタイン・隕石落下版』(アメリカ民謡・未来居住改詞)
『白鳥』(サンサーンス作曲・未来居住作詞)
『愛しのクレメンタイン・隕石水没版』(アメリカ民謡・未来居住改詞)
『悲しい悪魔 (Pobre diablo)』(Julio Iglesias, Michel Jourdan 作詞、Manuel de la Calva, Ramon Arcusa 作曲、醍醐春海訳詞)
『タイニーバブルズ (Tiny Bubbles)』(Leon Pober作詞作曲/英語歌詞のままアップテンポで演奏)
『オブラディ・オブラダ (Ob-La-Di, Ob-La-Da)』(Lennon-McCartney作詞作曲/英語歌詞のまま使用)
『君の身体は6兆フラン』エンディングテーマ(水野歌絵・未来居住作詞・琴沢幸穂作曲)
 

(*127) 『冬の星』は伊藤咲子の『木枯しの二人』『乙女のワルツ』と並ぶ代表作である。「つめたく凍える冬の星座を汽車の窓から見ーつめ、私は旅に出る」という歌い出しが印象的。この映画の旅は冬ではなく夏なのだが、寒い所への旅なので、大曽根さん!の希望で使用された。大曽根さん、紅川さんと藤原中臣さんの3人がこの曲を知っていた。
 
モジーク号のレストランで、フォーサイスとハデルスンが近くの席に居るのにお互い気付かないシーンのバックに流れていて、レストランのステージで舞音 with スイスイが招き猫バンドをバックに実際に歌っていた。舞音は間奏でサックスも吹いている。舞音はフルートやサックスも上手い。
 
が!このシーンは編集作業中にどうしても尺が指定の長さに収まらない!というのでカットされてしまった。サントラのPVにはこのシーンが収められている。このシーンは翌2023年に公開された、この映画の完全版で復活した。
 
このシーンでは、舞音・水谷姉妹・招き猫のメンバーの全員が猫のメイクでアールヌーボー風のドレスを着ている。谷口君と篠原君の女装が見られる貴重なシーンである。ステージの両脇に巨大な白猫と黒猫の招き猫が置かれている。この招き猫は常滑焼き組合からお借りしたものである。
 

★後書き
 
この物語の原題は "La Chasse au météore"(流星の追跡) で1908年11月に出版された。ジュール・ヴェルヌ (Jules Verne、1828-1905) の死後に息子のミシェル・ヴェルヌ (Michel Verne 1861-1925) が加筆修正したものである。物語の中に出てくる曜日が1908年の暦の曜日と一致するので、出版した年に合わせて調整したものと思われる。
 
元の物語では計算通りに流星は落ちたが、崖のそばに落ちたので自重でそこから落下し海に沈むという展開だった。流星を操作する科学者ジルダルを登場させたのが、息子ミシェルの加筆部分である。またミシェルはフォーサイス家・ハデルスン家の、家族の深刻ないさかいをかなりカットして、より明るくロマンティックな雰囲気にまとめあげた。
 
この本の英語版のタイトルは "The Chase of the Golden Meteor"(黄金の流星の追跡)となっていて“黄金”が追加されている。
 
日本では1968年に偕成社から塩谷太郎訳で『黄金の流星』のタイトルで出版されたが、この本は現在入手困難である。アマゾンでは品切れ、メルカリやヤフオクなどにも該当せず。古書店などの検索でもヒットしない。少なくとも北陸3県では図書館の横断検索を掛けても見付からない。国立国会図書館あたりに行かないと見ることができないかも知れない。
 
つまりこの物語を日本語で読むことは現在極めて困難である。
 
今回の翻案は、パブリックドメインになっているフランス語の原文↓
La_Chasse_au_Meteore
 
をベースに何とか入手した英訳本 "The Chase of the Golden Meteor" (1998) を大いに参考にした。この本の出版社は First Bison Books Printing というところで 1909年 London の Grant Richards から出た本のリプリントであると書かれている。この本に使用されているイラストは元々の本のものをコピーしている。
 
 
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【黄金の流星】(7)