【黄金の流星】(2)

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字幕:5月2日(土).
 
フランスのパリ天文台は驚くべき発表をした。
 
そのメモが画面に表示され、朗読者2(夢島きらら:男声)(*20)が読み上げる。
 
「フォーサイス・ハデルスン天体が放っている光のスペクトルを分析した所、この天体の少なくとも表面にある物質は金(きん)であることが判明した」
 
語り手(元原マミ)は言う。
「この発表に対して、世界各地の天文台が同様に天体のスペクトル分析をしたところ、皆、パリ天文台の発表を確認しました。これが世界的な大騒ぎを引き起こし、フランシスとジェニーの結婚式の予定通りの実施は絶望的になってしまうのです」
 

(*20) この手の細かな役は原則として§§ミュージックで引き受けている。
 
§§ミュージックには男性タレントがそもそも少ないが、その中で男声が出るタレントは更に少ない。夢島きららは貴重な戦力である。今回男声が出る子は全員投入されている。といっても、西宮ネオン、夢島きらら、篠原倉光の3人だけだが!このほか、アクア、水森ビーナ、今井葉月、木下宏紀の4人が両声遣いだが、この内、多忙な水森ビーナ以外の3人はこの映画に出演している。
 
ビーナはアクアがこの映画を割り込みで撮ったことからアクアの本来の仕事を一部代替することになり更に忙しくなっている。かなり学校を休む羽目になった。羽鳥セシル・松梨詩恩も同様である。
 
花園裕紀(高1)立山煌(中2)杉本ひかり(中1)の3人はまだ声変り前である。立山煌は「ぼくは普通の男の子です」と言っているので多分今年中に声変りする。「きらめきちゃん。お願い。声変りしないように去勢して。去勢しても私が結婚してあげるから」などという女性ファンからの嘆願書は結構来ているが、本人は「そんなこと言われても困る」と言っている。声変りでファンが減っても仕方ないと本人は割り切っている。川崎ゆりこは「声変り前に1枚アルバム作ろう」と言って実は昨年秋から制作中である。
 
花園裕紀が高校生にもなってまだ声変わりしていない理由はセレンやクロムにも分からない模様。彼は女装もしないから女の子になりたい訳ではないようで「恐らくホルモンもしてない」とセレンたちは言う。
 
長浜夢夜・鈴原さくらは、睾丸除去済みなので声変わりしない。山鹿クロム(中3)三陸セレン(中3)長岡飛鳥(中3)は、微量の女性ホルモンを服用して男性化を停めているので声変わりしない見込みである。
 
そういう訳で男声タレントの頭数が足りないので♪♪ハウスの男性タレントも借りることになった。
 

語り手(元原マミ)「天体が金(きん)でできているという分析結果が発表されると、様々なマスコミがこの天体の価値について論評しました」
 
字幕:ワストン・スタンダード
 
朗読者3(織原青治@♪♪ハウス)「この天体が全て金(きん)で出来ていて、直径が10mだったとすると、重さは10083tになり、350億フランの価値がある」(*21)(*22)(*23)
 
字幕:ワストン・イブニング
 
朗読者4(湯元信康@♪♪ハウス)「この天体の直径は100m程ではないかと推測される。その場合、この球体が純金でできていれば重量は1008万3488トンになり、その価値は 34兆7320億フランになる」(*21)(*24)
 
※♪♪ハウスの2人は朗読の訓練を受けていない。ここは非専門家のコメントという雰囲気を出すために、わざとそういう子を起用した。
 

(*21) アメリカの新聞なのにフランで書かれているのは、この小説がフランスで出版されたので、フランスの読者に分かりやすいように換算したものと思われる。
 
(*22) 直径10mの球の体積は、4/3 πr3= π×53×4÷3 = 523.5988m3になる。これに金の密度19.32 g/cm3を掛けると、10115.9tになる。
 
(算数の便法だが、g/cm3と t/m3は実は等しいのでm3に密度≒比重の数値を掛けるとトンに変換できる)
 
10083tという計算は逆算すると金の密度を19.258で計算していることになる。なぜそういう数値を使用したのかは不明。金の密度は大雑把にいうと温度10度で0.01g/cm3変わるので、これはもしかしたら摂氏80度くらいでの密度かも知れないが、その場合なぜその温度を採用したのかが分からない。
 
(*23) ここで原文は金1gを3.1Fとしているのだが、これは作者の勘違いだと思う。
 
当時のフランは金本位制であり、10/31 gの金貨が1F と定められていた。それで作者は金の価値は1g = 31/10 F = 3.1F と考えたのではなかろうか。
 
ところがこの金貨は純金ではない。900‰の金貨なので、10/31 gの金貨に含まれる金の量は 10/31 × 900/1000 = 9/31 g しか無い。だから1gの純金は3.1Fではなく、31/9 = 3.4444F になるのである。以下、金の塊を価格に換算する部分は、全て3.1ではなく 3.4444F で計算し直したもので記述した。
 
日本で2022年12月現在、金1gの価格は約8700円である。すると 3.4444F = 8700円なので、当時のフランは 1F=2526円(約2500円)の価値があるという換算が出来る。
 
(*24)スケールを10倍にしているから質量は1000倍になる。
 

字幕:5月6日(水).
 
記事の表示。
 
朗読者5(篠原倉光)「グリニッジ天文台はフォーサイス・ハデルスン天体について、そのサイズの分析を結果を発表した。この天体の直径は110mで、体積は69万6千m3になる。これが全て純金であればその質量は1300万トンになる。しかし、天体の質量は186万7000トンと推測される。これは直径57mの球に相当するものである。このことから、この天体は表面以外の部分が金以外のもっと軽い物質でできているか、あるいはスポンジ状の物体である可能性があるとのことである。天文台が見積もった天体の質量がもし全て純金であればその価値は6兆4308億フランになる」(*25)(*26)(*27)(*28)
 

(*25) 計算を検証する。
 
直径が110mの球の体積は 4/3 πr3を計算して、V=696,909.97m3でこれに金の密度19.32を掛けると M=13,464,300.63t になる。
 
逆に質量が1,867,000tであれば、密度19.32で計算すると体積は96,635.61m3となり、半径が28.468m で直径は56.94m となる。
 
ヴェルヌの小説では、体積と質量の不一致は、天体に空洞があるか多孔質なのではと推測したと書いてあるが、普通は天体の構成物質の密度が低いのだろうと考える。
 
質量と体積から単純に密度を計算すると、体積が696,909.97m3, 質量が1,867,000t なら、密度は2.679 g/cm3となる。これは岩石の一般的な密度であり、これから常識的に考えられるのはこの天体はほとんど岩石で出来ており、金はごく表面にわずかにあるだけという考え方である。なぜ天文台がそう考えなかったのか、全く理解に苦しむ。
 

(*26) 簡単に質量は何トンと書いているが、天体の質量を求めるのは非常に難しい。現代なら、小惑星探査機を飛ばすと、その探査機が小惑星から受ける重力の大きさから質量を求められるが、そうでもなければ事実上測定不能である。
 
遙か遠くの天体は実際問題として質量を求める手段が無い。連星の場合のみ、ケプラーの法則により連星の合計質量が求められる程度である。月はとても大きいため、地球と連星系をなすと考えられる。そこで求めた合計質量から地球質量を引いて月の質量が計算された。地球質量は1798年にヘンリー・キャヴェンディッシュが天才的な発想による実験装置で計測している。この実験から万有引力定数も求められたのだが、本人はそんな大発見をしたことには全く気付いておらず75年後に別の研究者が指摘してキャヴェンディッシュは再評価されることになった。
 
小さな衛星では「地球とその衛星の合計質量」と「地球の質量」の差が誤差の範囲に入ってしまい意味のある数値が得られない。
 
木星や土星の質量は、その衛星の軌道から求められた。天王星や海王星では遠すぎてこの手法が使えず、ボイジャー2号の接近(1986/1989)によって判明した。冥王星は質量の前に直径さえも2015年にニュー・ホライズンズが接近するまでは正確な値が不明であった。
 
小惑星の場合は見かけの大きさから体積を推測し、そこから小惑星の一般的な密度を掛けて質量を推測というより想像しているのが現状である。この物語でグリニッジ天文台が、一体どうやってこの天体の質量を求めたのかがよく分からない。ここは小説ではよくある巧みな誤魔化しかも知れない。
 

(*27) 1,867千tに、1g=3.4444F (1t=3.4444百万F) を掛けると、6兆4308億フランということになる。これは1g=8700円で計算すると 1京6242兆9千億円になる。
 
イングランドのグリニッジ天文台の発表を元にした記事なのにフランで書かれているのは、先のアメリカの新聞の記事と同様、フランスの読者に分かりやすいように換算したものだろう。
 

(*28) 2022年時点で、人類がこれまでに採掘した金の総量は 20万トンほどとされる。体積にすると約1万m3で、50mプール(50x50x3=7500m3) 1,4個分にすぎない。私が子供の頃はプール1杯分と言われていた気がする。採掘技術の進歩を考えると100年前の金の総量はこの5分の1くらいだったかも知れない。約4万トンと考え、フォーサイス・ハデルスン天体の重量が200万トンだったと考えると何が起きようとしているかが想像つく。
 
後にルクールが言うように世界戦争を引き起こしかねない危険な量であり、誰かが個人で独占できるものではない。個人の物にしたかったら世界と戦う覚悟が必要だが、多分3日で殺される。そして歴史書には「人類の財産を独り占めにしようとした極悪人」と記されるだろう。
 
↓多分こういう世界(BOSS7 世界を敵に回したシンちゃん)
https://youtu.be/dAeg20xAuXI
 

語り手「フォーサイス・ハデルスン天体が金で出来ているという報道があって以来、世界中の人々がこの天体のことを話題にしましたが、それはフォーサイスとハデルスン本人たちの対立も更に煽ることになりました。フォーサイスはフランシスに『あの娘の家に行くな』と言いましたが、ミッツがフォーサイスに睨みを利かせて『どうぞお出かけください』と言いますし、フランシス自身も『僕は何があっても行くよ』と言って出かけます。そしてハデルスンも彼の訪問を快く思わないものの、フローラが歓迎しますし、ジェニーのフランシスへの思いは、強くなりこそすれ決して損なわれることはありませんでした」
 
「しかし、フランシスの叔父・フォーサイスはまだいいとして、ジェニーの父親であるハデルスンがこの結婚に同意してくれないと、さすがに父親の反対を押し切って結婚式を挙げるのは困難なので、フランシスもミッツも、フローラもジェニーもルーも、本当に困っていました」
 
そう言って語り手(元原マミ)は厳しい顔をした。
 

字幕:5月8日(金).
 
街の通りを(当時)最新型のN型フォード(*30)が走っている。運転しているのはフロックコードを着た七浜宇菜である。
 
一方、同じく街の通りをもう1台のN型フォードが走っているが、こちらは運転しているのはアールヌーボー風のドレスを着たアクアである。
 
2代のN型フォードは、プロス判事の公邸前にジャスト同時に到着した。
 
ケイト(薬王みなみ)が邸から走り出してきて門を開ける。
「どうぞ中へ」
「ありがとう」
と2人は言って、車を並んで庭の中に進めた。ドアの前で停止する。
 
「判事さん、いらっしゃいますか」
と男性(七浜宇菜)が言う。
 
「呼んできます」
 

それでプロス判事(大林亮平)が出てくる。
 
「こんにちは、セス・スタンフォートさん。こちらは・・・前のハズバンドの妹さんですか?」
と女性(アクア)を見て尋ねる。
 
「いえ。私は、セスの元夫・本人です」
と女性は答える。
 
「以前は男性でしたよね?」
「赤い卵を食べたら女になってしまったんです」
「はあ」
「朝起きたらちんちん無くなっててびっくりしましたけど、慣れると平気ですね」
「そういうもんですかね」
 
「これが医師に書いてもらった性別鑑定書と、性別を女性に訂正した市民登録証です」
と言って彼女は提示する。
 
判事が見ると、医師の診断書には「この人物は女性である」と書かれている。市民登録証を見ると、名前がアルケイディア・ウォーカーになっていて、性別も sex:F と書かれている。
 

「それで今日のご用件は?」
とプロスは“念のため”訊いた。
 
「私たち結婚します」
「僕たち結婚します」
と2人はハーモニーを作るように言った。
 
「以前の問題は解決したんですか?」
とケイトが尋ねる。
 
「ゆで卵の食べ方については、こういう食べ方をすることにしたんです」
とアルケイディア(アクア)は言うと、ゆで卵を取り出す。
 
2人は車の座席から身を乗り出すと、細い方をアクアが、太い方を宇菜が咥え、同時に食べ始める。
 
(映画公開時に多数の非難の声!)
 
カメラは2人が食べ始めた所で、呆れたような顔をしたケイトの映像に切り替わり、最後に卵を食べ終えて必然的にキスしているふたりを映した。(*29)
 

(*29) 公開時
「これ本当にキスしてるよね?」
という声多数。
 
実際にキスしたかどうかについて訊かれた2人は
「卵は完食しました」
「全部食べたよ」
と公式チャンネルでコメントしたので多数の悲鳴があがる!
 
しかし今井葉月がアクアと宇菜のコメントのわずか3秒後!に
 
「あれは最初に口に咥えて食べ始めた所だけを撮影し、そのあと卵は真ん中からナイフで2つに切って、各々の口を付けた側を完食したんです」
 
とコメントしたので多くのファンが胸をなで下ろした。
 
葉月のコメントが3秒後だったことでも分かるように3人示し合わせての“犯行”である。
 
実際、本当にふたりが卵を咥えたまま完食したのなら、その映像を残したはずである。映さなかったということは何かの作為があったと考えるのが自然である。
 
実は監督は卵は口を付ける所まで撮ったら廃棄するつもりだったが、2人が「もったいない」と言うので、葉月が言ったようにナイフで分割して渡した。
 
「でもアクアと宇菜ちゃんならキスしても許せる」
という声も多かった。
 
「だって女の子同士だから結婚できないし」
というコメントが続いた!
 

映画に戻る。
 
2人が卵を凄い食べ方をして最後はキスで終わったのを見てケイトは
 
「幸せな食べ方ですね」
と笑顔で言った。
 
(しばらく新婚カップルなどで、この食べ方が流行ったらしい)
 
「フォーサイス・ハデルスン天体に関しても、私はあれはきっと双曲線軌道か放物線軌道で2度と地球には接近しないと言ったのに対してセスは長円軌道で50年後くらいに地球に戻ってくると言ったのですが、離心率の小さな、円に近い楕円軌道ということが判明しましたし」
 
「天体の組成についても、僕はあれはきっと氷の塊だよと言ったのに対して、アルカは岩石だよと言ったのですが、金(きん)の玉だということが分かりましたし」
 
「ふたりとも外れたから、おあいこです」
とアルケイディア(アクア)は言った。
 

「では結婚しますか?」
と判事は確認する。
 
「はい」
と2人は仲良く答える。
 
「では結婚式をしましょう。取り敢えず車から降りてください」
「それは必要なのでしょうか」
「いえ、結婚するための要件ではありません」
「ではこのままで」
「分かりました」
 

それで判事はまず、車に乗ったままの男性(宇菜)に向かって言った。
 
「セス・スタンフォートさん、あなたは、このアルケイディア・ウォーカーさんを妻として結婚しますか?」
「はい」
 
続いて判事は車に乗ったままの女性(アクア)に言った。
 
「アルケイディア・ウォーカーさん、あなたは、このセス・スタンフォートさんを夫として結婚しますか?」
「はい」
 
判事は言った。
 
「法の名において、セス・スタンフォートさんとアルケイディア・ウォーカーさんは結婚してひとつになったことを宣言します」
 
それで2人は各々の車に乗ったまま握手した。そして各々が自分の札入れから500ドル紙幣を出して判事に差し出した。
 
「手数料分を取って残りは貧しい人たちのために使ってください」
と2人は言った。
 
「分かりました」
 
「ありがとうございました。さようなら」
「さようなら。お気を付けて」
 

それで2人は車を並行してバックさせ、そのあと、アルケイディアの車の後ろにセスの車が続く形で走り去った。
 
2人の姿が消えるとケイトは言った。
 
「妻が夫になり、夫が妻になって、また結婚するって素敵。ロマンティックですね」
 
プロスも言った。
「これで落ち着くといいね」
 
プロスは、そう言ってから「ん?」と思った。
 
ケイトと顔を見合わせる。
 
「まさかね」
 

(*30) N型フォードは有名なT型フォードのひとつ前の型で、現代では極めて稀少なモデルである。国内にこれを1台所有しているコレクターさんがいたので、その方からお借りした。屋根(幌)はあるがT型のようなドアは無いので、2人は座席から乗り出す形でキスすることができた。
 
お借りしたのは1台なので、アクアが走らせているシーンも、宇菜が走らせているシーンもこの借りた同じ車体である。操作についてはオーナーさんに指導してもらった。車検は到底通らない車だが、スタジオ内は公道ではないので、走らせることが可能である。
 
ナンバープレートはアルケイディアが運転する時は“AW”、セスが運転する時は“SS”が取付けられている。アメリカでの初期のナンバープレートは所有者のイニシャルを表示していた。
 
アクアのマネージャー・山村が知り合いの自動車マニアに頼み、このN型フォードのレプリカを作成した。ただしエンジンは積んでないので走らせることはできない。本人は走れるようにしたかったようだが、コスモスが禁止した。だからレプリカは自力走行でききない(はずである)。
 
この車体は見てくれだけだが、ふたりが庭に並んでいるシーンの撮影に使用した。タイヤはロックされていないので、牽引することで移動可能である。庭を前進してドアまで行く所と、バックして門に戻る場面は実は細いワイヤーで牽引している。結婚式の撮影中は車止めで固定しておいた。また、2台並んで走っているシーンは先行する本物に、後続のレプリカを牽引させた。停車する時は声を掛けて同時にブレーキを踏む。
 
なおT型フォードが発売されたのは、この物語の時代のすぐ後、1908年10月1日である。きっと2人はすぐ買ってる。
 

字幕:1908年5月10日(日)パリ。
 
唐突に登場した人物を最初アクアだとは認識できなかった人も多かった(*46).
 
字幕で“ゼフィラン・ジルダル”(Zephyrin Xirdal) と紹介される。
 
髪はボサボサで無精ヒゲを生やしており(*31)、油汚れや食品の染みがついたシャツに、同様に油汚れがあったり穴が空いていたりするズボン。部屋の中には大量の本が天井近くまで積み上げられており、よく分からない機械も多数転がっている。かろうじてカーペットの上に置かれた小さなテーブルの上にも何冊もの本やノートが積み重ねられている。彼は新聞を読んでは何か思いついたようにノートを取り出してペンを走らせていた。
 
(*31) アクアにはヒゲは生えないので、この無精ヒゲは付けヒゲである。特殊メイク?
 
やがてお腹が空いたのか、台所に行き、シンク内に大量に積み重ねられた食器や鍋などの中からフライパンを取り出すと、軽く水道の道で洗ってから調理用ストーブの上に載せてマッチで火を点けた。そしてバゲットをスライスし、その上にコンフィのお肉(*32) も載せて焼いた。一方で、シンクから発掘した小型の鍋に、陶器の壺に入ったスープを少し取り、それも暖めた。
 
パンの皿とスープの皿を部屋に持って来て食べるが、食べながらも何か一心に書いている。うっかりスープの皿を落とし、スープが服に掛かるが気付かない??食べ終わると皿を片付ける。この時、初めてズボンにスープがこぼれているのに気付き、ズボンを穿き換えた(アクアのお着替えシーン!)。
 
彼は丸一日何かの計算をしていた。それから部屋の中のあちこちから発掘した材料を使って何かの機械を組み立てた。パラボナアンテナが付いている。彼は窓のそばにその機械を置き、度数を計測してアンテナを正確な方向に向け、作動させた。
 
そして本の山に埋もれて眠った。
 
彼が寝ている間に、彼の機械のアンテナはゆっくりとした速度で勝手に動いていた。
 

翌日、彼は目覚めると懐中時計を見た。望遠鏡を計算した方角に向ける。
 
「うん。うまく行った」
と呟くと昨日窓の傍に置いた機械の向きを少し調整した。
 
彼は数日このような生活を続けた。
 
訪問家政婦のナタリー・チボー(演:立花紀子)(*33) がやってきて台所を片付けてスープストックやコンフィ(*32) を作ったり、洗濯をしたりしてくれる。彼女は部屋の中の、ジルダルのテープル近くに散乱している食器や衣類を回収した。
 
「ジルダルさん、部屋を片付けましょう」
と彼女は言うが、
 
「本とか機械には触らないでね」
と言っては、ひたすら何かの計算をしていた。
 
部屋中に本や機械が転がっているので、それに触らずに掃除することは不可能と思われた。
 
(*32) コンフィはフランスの伝統的な保存食。肉や魚をたっぷりの油の中で加熱し、その加熱に使った油ごと保存する。油により空気と遮断されているので、長期間の保存が可能である。
 
なお当時冷蔵庫は存在したがゼフィランは使用していない。1人暮らしのアパルトマンでは不要だと思う。当時の冷蔵庫は電気を使わずアンモニアで冷やす方式。電気冷蔵庫は1911年にアメリカのゼネラル・エレクトリックが発売したのが多分最初。
 

(*33) 原作では Vve Thibaut と書かれている。Vve は veuve (ヴァーヴ:女やもめ)(*35) の、今は使用されていない古い時代の略称で、既婚女性の敬称 Mme (マダム) (*34) の代わりに使用されることもあった。恐らく、夫を失った女性が、この手の雑用を請け負って生活の糧としていたものと思われる。原作ではチボーの亡き夫は肉屋さんだったと書かれている。原作でのチボー夫人の年齢は恐らく40-50代か。しかし前述のように制作上の都合で若い女性に改変され、ナタリーというファーストネームも付けられた。
 
原作ではチボーが請け負っているのは掃除だけだが、ジルダルが時間を掛けて料理や洗濯をしたりマーケットで食材を買ったり、あるいは彼が外食している姿が想像できない。彼はきっとその時間を惜しんで何かの研究をしている。それでチボーは料理も作ってくれ、洗濯もしてくれることにした。
 
もっとも、ジルダルは掃除されたくないと思うのて、そもそも単純な掃除人を雇う意義を感じない。料理と洗濯をしてくれる人を雇ったらサービスで掃除もしようとするのにジルダルが抵抗しているという状況が想像できる。
 
(*34) フランスでは現在では女性の敬称はMme(マダム)に統一されており、、既婚・未婚を問わず Mme が使用される。未婚女性のみに使用されていた Mlle (マドモアゼル)の使用は2012年に禁止された。
 
(*35) カトリックでは、離婚は原則として認めないので法的に離婚しても他の人と再婚するのは許されない。少なくともカトリック教会では結婚式は挙げられない。しかし死別した場合は問題無く再婚できる。教会結婚式でも司祭や牧師は「死が2人を分かつまで」と言う。
 
どうしても離婚したい場合、実際にはバチカンまで行き、ローマ教皇に許しを乞えば離婚が認められる。藤圭子(宇多田ヒカルの母)と前川きよしは、離婚するためにわざわざバチカンまで行って許可をもらった。しかし庶民にはそんな遠くまで行くこと自体が難しい。
 

ゼフィランはその日、また機械の向きを変えてから出掛けた、
 
かなり酷い格好でパリの町並みを歩いて行くが(*36)、本人は自分の格好など全く気にしていない。やがてルクール銀行に至る。中に入ろうとするので、守衛(演:タイガー沢村)が一瞬停めようとするが、彼を認識して笑顔で通してくれた。ゼフィランはロビーに居る副店長(友情出演:高牧寛晴(*37))に声を掛けた。
「ミルちゃん居る?」
「おはようございます。ジルダル様。お呼びして参りますので、こちらでお待ち下さい」
と言って、副店長は彼を特別応接室に通した。すぐ女性銀行員(演:夕波もえこ)(*38)がカフェとお菓子を持ってきてくれたので、それを頂きながら待った。
 

(*36)ゼフィランがパリの通りを歩くシーンは(アクア以外)全てCGである。町並みは1908年頃のものを再現する必要があったし、道行く人々の服装も当時のものを使う必要があるので、リアルでの撮影は事実上不可能であった。
 
(*37) 今井葉月の父である。黒部(クロブ)座の副社長。クロブ座はシェイクスピアが属していたグローブ座のもじり。いつも舞台ばかりなので、映画の撮影は緊張したと言っていた。更に彼は基本的に女形で、いつも女役ばかりで男役をしたのは久しぶりなので男物の衣裳で演技するのに違和感を感じたと言っていた。更にトイレに入るのに女子トイレに入りそうになって葉月から停められて焦ったらしい。
 
(*38) 当時のパリは“ベルエポック”の時代である。アールヌーボーの中心地であり、女性の社会進出も始まっていた。フランスでは1880年にカミーユ・セー法が作られて女性の中等教育が制度化されている。ルクール銀行は特に女性頭取の銀行なので、女性銀行員の採用も早かったと思われる。
 

やがて、アールヌーボー風の服を着たこの銀行の頭取、ミレイユ・ルクール(演:アクア)(*41)(*46) が入ってきて、
「お待たせ〜、ゼフ」
と言い、向いの席に座る(*39).
 
(*39) 向かい合って座るのがミソである。それで葉月をボディダブルに使って撮影すると面倒な合成の必要が無い。。。。。という建前で本当はアクアMとアクアFで撮影している。
 
なお、会話シーンで、ゼフィランを演じているアクアは男声、ミレイユを演じているアクアは女声で話している。
 

ここで映像に割り込む形で振袖姿の元原マミが登場し、人物の関係を解説する、
 
語り手「ラフな格好の男性はゼフィラン・ジルダル (Zephyrin Xirdal), アールヌーボー風の服を着ている女性はミレイユ・ルクール (Mireille Lecoeur) で、この銀行の頭取です。彼女はゼフィランの母の兄の娘、つまり従姉に当たります」
 
「ゼフィランが幼い頃に両親は亡くなり、彼の母は『財産は年金の形で息子に渡して欲しい』と兄のロベール・ルクールに遺言しました。それでロベールは、ゼフィランにとっては伯父ですが、彼が毎年15,000フラン、現在の日本円でいうと3750万円ずつ受け取れるように手続きをしたのです。その後、そのロベールも亡くなり、銀行は娘のミレイユが継承。ゼフィランの資産管理も彼女が引き継いでいます。ミレイユの父は亡くなる時に『間違ってもゼフィランとだけは結婚するな。ビジネス的な才能はゼロだし、絶対人に欺されて銀行を潰すから』と言い残しました」
 

女性銀行員(夕波もえこ)が入ってきて、ミレイユにもカフェとお菓子を出す。またゼフィランにはお代わりのカフェを出して、空いているカップは下げた。
 
「だけどゼフも少し何とかして欲しいよ」
とミレイユは言う。
 
「何が?」
「あんたの口座には毎年1万5千フランが振り込まれるんだけど、あんた全く使わないから、もう残高が少なくとも15万フラン(3億7500万円)程度(*42)は越えてるよ」
 
「余ってどうしようもなくなったら、どこかに寄付しちゃえばいいんじゃない?」
「どこに寄付するのさ?」
「よく分からないなあ」
 
「それで今日はいくら降ろしていく?いつものように200フラン(50万円)?」
「1万フラン(2500万円)欲しい」
「へー」
と言ってミレイユはドアを開け、ロビーにいる副店長を呼び寄せ、ゼフィランの口座から1万フラン引き出して現金を適当なカバンに入れて持ってくるよう指示した。
 

「いい傾向だね。本当は顧客のプライバシーを訊いてはいけないけど、私と君の間柄だから教えてよ。1万フランも使って何するのさ?」
 
「旅行に行って来ようかなと」
「へー。どこに?」
「まだ決めてない。それとさ、こういうの僕はよく分からないから、ミルちゃんに頼みたいんだけど、土地を買ってくれない?」
 
「いいけど、結婚でもするの?」
「そういうんじゃないけどね」
「ふーん。広さは?」
「2-3km2
「それはまた大邸宅だね」
「家は30m2(9坪)もあればいい」
「それはまたこぢんまりとしてるね。場所は?」
「それも今から決めるけど、およそ周囲10kmくらいには誰も住んでないような場所がいい」
「ああ、誰にも邪魔されずに彼女または彼と夜を楽しみたいのね」
 
「さすがに男と結婚する趣味は無い」
「そう?女の子に興味無いみたいだから怪しい気がしてるんだけど」(*43)
 
「恋愛が面倒くさいだけだよ。つまらない用事で作業を中断されたくないし。該当する土地はたぶんフランス国内には無いと思う。外国でいいから、きちんとした法治国家で、公式にその土地を買うことができて、その所有権を国家が保証してくれるような国」
 
「となると、ヨーロッパ圏内か、アメリカ・カナダ、あとはインド・日本あたりだな。その範囲ならうちの銀行の支店があるから買わせるよ」
 
「日本もいいね。たくさん小さな島がありそうだし」
「ああ。島を丸ごと買ったら?」
「それもいいかも知れない気はする」
 

「で、結婚するんじゃなかったら何するのさ?そこでこっそり女装する?」
「別に女装の趣味は無いよ。ちょっとお金を儲けようかと思って」
 
「へー。いい傾向だね。まあ、ゼフなら失敗して1万フラン+土地代程度失っても平気だろうから、思いっきりやってみるといいよ。どのくらい稼ぐつもり?」
 
「6兆フランくらい」
とゼフィランが言うと、ミレイユは腕を組んで、椅子の背もたれに自分の身体を預けた。そして少し考えてから言った。
 
「ゼフ、セックスしてなくて頭おかしくなってない?誰か可愛い女の子紹介するから結婚しなよ。男の子でも男の娘でもいいけど」
 
「結婚は面倒臭いから、しない。でも頭はおかしくないよ」
「だいたい、6兆フランのお金(かね)を発行するために必要な金(きん)の量の100分の1も、この地球上には存在しないんだけど」
 

ここで場面が切り替わって振袖姿の元原マミが登場し解説する。
 
「第一次世界大戦前には、どこの国でも“金本位制”と言って、紙幣は金(きん)と交換できる引換券として発行されていました。ですから6兆フランの紙幣を発行するためにはそれに相当する量の金(きん)が必要です。当時の交換レートは1フラン=9/31 (31分の9)グラム = 0.2903g なので、6兆フランの紙幣発行には174万トンの金塊が必要です」
 
といって、下のような計算式を書いたフロップを掲げる。
 
6,000,000,000,000 F × (9/31) g/F = 1,741,935,483,871 g
 
(桁が大きすぎて分からんという声多数)
 
「2022年現在、人類がこれまでに採掘した金の総量は20万トンくらいと言われます。100年経ってもゼフィランが言っている量の10分の1くらいですね。でもミレイユは100分の1と言っているので、きっと当時はまだ1500トン程度だったのでしょう。つまりゼフィランは地上に存在する金(きん)総量の100倍の金(きん)を持って来ようとしているのです」
 
と元原マミは言った。
 

場面が戻る。
 
ゼフィランは言った。
「地上には無くても400km上空にはあるさ」
 
ミレイユは考えてから言った。
「例の天体か!だけど400km上空からどうやって持ってくるのさ?」
「落とす。だからその落とすための土地か欲しい。僕の土地に落ちたら僕のものになるよね?」
 
ミレイユは腕を組んで目を瞑り、5分くらい考えていたが、やがて目を開けて言った。
 
「落とせるの?」
「僕が作った装置で、天体の軌道を変更する。そうすれば落とせる。だからその落とす場所周辺の土地を買って欲しいんだよ」
 
「面白いね。その話乗った」
とミレイユは笑顔で言った。この時、ミレイユの頭の中には最後までのシナリオができていたのであった。
 

アパルトマンに戻ったゼフィランは地図帳を広げてあちこち見ていた。そしてある場所に印を付けると、何やら多数の数式を書き、それを解いているようであった(*44).
 
ドアをノックする音がある。
「ナタリー?」
と言いながらゼフィランがドアを開けると、可愛いドレスを着た美人の女性(演:木下宏紀)が立っている。
 
「えっと、どなたでしたっけ?」
と尋ねると
 
「ジルダルさんですか?今夜のお供を頼まれてきました」
と可愛い声で言って彼女は、いきなりゼフィランに抱きついてキスした。
 
(悲鳴多数!)(*45)
 
「待って、待って。僕女の子には興味無いから」
と言ってアクアは、もとい、ジルダルは彼女の腕を振り払おうとする。
 
「あら?だったら男の子の方がいい?」
と彼女は唐突に男声に切り替えて言った。
 

「へ!?」
とジルダルは驚いて、その拍子に彼女(彼?)に押し倒されてしまう。
 
「ぼくは男の子役も女の子役もできるよ。好きな方で逝かせてあげる」
と彼女は男声で言って、ゼフィランのズボンを脱がせようとする。
 
「アレー!」(*40)
とゼフィランは叫びながら何とか彼女の身体を押しのける。
 
「お金はあげるから帰って」
と言って、5フラン硬貨を2枚押しつけると追い出してドアを閉め鍵を掛けた!
 
そして大きく息をしながら呟いた。
 
「ミレイユの馬鹿ぁ!ぼく別に女の子にも男の娘にも興味無いのに」
 
(*40) 腰元が帯を引っ張られて回転しながら叫ぶ声ではなく、きっと arrete (アレットゥ:「やめて」)の言いかけ。
 

ゼフィランはその後も一晩掛けて計算をしていた。そして軌道変更機に少し改造を加えて窓際にセットする。一晩寝て翌日に望遠鏡でフォーサイス・ハデルスン天体の位置を確認した。
 
そして「これで行ける」と呟くと、買って欲しい土地の場所、正確な緯度経度まで手紙に書く。ルクール銀行に行くと
「これミルに渡して」
と副店長さんに預けた。
 
ゼフィランは銀行からの帰り、部材屋さんでいくつかの部品を買い求めて帰宅する。そして装置の更なる改造に取りかかった。そして手作業で機械の方角を変更しなくても、毎日適切な方向にアンテナが向くようにする方角自動変更システムを取り付けた。
 
「これで放置していてもいいな」
と彼は呟いた。
 

(*41) 原作では銀行でゼフィランと話すのは伯父(母の兄)のロベール・ルクール (Robert Lecoeur) であるが、後述の理由(*46) により、娘のミレイユが登場することになり、原作のロベールは亡くなっていることにされた。
 
今回の映画ではゼフィランの関係者がほぼ全員設定変更されている。
 
Robert Lecoeur (叔父)→Mireille Lecoeur(従姉)
Vve Thibaut (女やもめ)→Natalie Thibaut (若い娘)
Marcel Leroux (友人)→Marie Leroux [後述]
 
原作ではゼフィランの両親が亡くなったのは彼が18歳の時とされ、ゼフィランの年齢は31歳と記述されているが、それでは演じているアクアの年齢と違いすぎるため、亡くなったのはゼフィランが幼い頃だったことにした。彼は両親が亡くなってから、原作と同じく13年間にわたって年金を受け取っているという設定である。なお彼は天才すぎて学校には行かず独学で様々な学問を修めたと原作には書かれている。実際、エジソンと同じで、こんな天才に教えられる教師なんてほぼ存在しない。
 
電算機の無い時代に天体計算をしていた人には、しばしば7-8桁の計算を暗算でできる人たちがいた。古い天文学者のノートなどを見ると、10桁以上の連分数を暗算で計算しているとしか思えないメモが残っていたりする。恐らくゼフィランもその類いと思うが、そういう子が筆算とかもせずに答えを出したら、凡人の教師はカンニングしたと思うだろう。
 
ローズ+リリーのマリもこういう才能を持っているという設定である。
 
筆者は昔塾の講師をしていた時、3桁の掛け算を一瞬で答える小学生を見たことがある。「どうして解いた?」と訊いたら「そうだと思いました」と彼は答えた。私は、この子、スポイルされずにこの才能を伸ばせたらいいけどと祈った。
 

(*42) 原文では残高が10万フランを越えたと書かれている、彼が13年間に受け取った年金総額は1500×13=195,000フランのはずで、10万フランしか残高が残っていなかったら半分も使ったことになり、ルクールが文句を言うとは思えない。彼の生活環境を見るとたぶん生活費で年間200万円程度、書籍や工作材料の購入費で300万円程度、合計500万円、当時のフランて言うと2000フラン程度しか使ってない気がする。実際、ルクールは「いつものように200フラン?」と言っている。これが1ヶ月の費用と考えると年間2400フラン。すると口座残高は (15000-2400)×13 = 163,800 つまり16万フラン程度のはず。それでセリフは“15万フラン”に書き直した。
 
(*43) フランスではわりと最近まで、30歳までに女性と結婚しなかった男は恐らく同性愛者なのだろうと周囲から思われて誰も縁談を持って来なくなっていたらしい。原作のゼフィランは31歳である。但しこの映画ではゼフィランは23-24歳くらいの設定である。
 
(*44)この数式は、天文学の専門家に頼んで、衛星の軌道を計算する計算式を書いてもらったものを元に、それをアクアが書き写している。
 
(*45) 女の子(男の娘?)がジルダルに抱きつくシーンは例によって悲鳴多数であった!でも「みのりちゃんならいいか」と言われた。羽柴みのりは木下宏紀の芸名だが、彼はこの芸名を現在使用していない。
 
このシーンの外国版での吹き替えは、女性俳優と男性俳優が2人で行った。但し日本国内で制作した英語版については本人が両声で吹き替えた。
 

(*46) ■重要コメント■
 
ゼフィラン・ジルダル役には当初、松田理史が予定されていた。また“ロベール”・ルクール役にはキャスティングは未定だったが、50代の俳優さんを当てる予定だった。
 
ところが制作にモンド・ブルーメ社が関わって来て世界配信されることになった時点で問題が生じた。
 
この映画では、アクアと宇菜が演じるカップルが何度も結婚・離婚を繰り返す。これが、世界配信した時に、宗教規律の厳しい国では宗教指導者の怒りを買うことが容易に予想された。
 
そこで、モンド・ブルーメのジールマン社長と§§ミュージックのコスモス社長の直接の電話会談(コスモスはドイツ語が話せる)で、そういう規律の厳しい国に配信するバージョンでは、アクアと宇菜の結婚・離婚シーンを(最後の結婚式を除いて)全てカットすることが決まった。判事とケイトだけの会話部分は残す。また2人が馬に乗っているシーンやN型フォードを走らせているシーンは残るが多分意味が分からないかも。
 
しかしそうなると、アクアと宇菜の出番は極端に減ってしまう。
 
主役なのに!!
 
そこで急遽、アクアにジルダルも演じさせることにしたのである。すると、“アクアちゃんが出るなら当然アクオ君も出るよね?”と期待する海外の“アクオ・ファン”の期待を裏切らないよう、男女のアクアを出す必要が出てくる。それで、ルクールの娘を登場させることになり、ジルダルとルクールの2人をアクアが演じることになった。従姉弟の顔が似ているのは自然である。結果的にロベールはお亡くなりになったことにされてしまった。
 
結局今回の映画ではアクアは1人3役することになる。
 
ちょっと顔出すだけだからと言われて、オファーを受けたのに!
 

ジルダルの予定だった松田理史は、アトランティスの船長ダカールの役に回った。彼にフランシスを演じさせる案もあったが美高助監督が反対した。
 
「アクアちゃんの映画なのに、彼に他の女性と結婚する役を演じさせるのは可哀想だよ」
 
アクアと松田理史の関係は“河村班”の主なスタッフや俳優たちにはほぼ知れ渡っている。
 
彼がフランシスを演じる場合は、アクアにジェニーを演じさせてはという意見もあったのだが、これは河村監督が反対した。
 
「親を説得できず、駆け落ちとかもせず、単に運命に流されてしまうジェニーは、アクアの“路線”とは相容れない」
 
アクアが演じる女性は、シンデレラにしても白雪姫にしてもジュリエットにしても“次の映画”のヒロインにしても、自ら状況を打破していく強い女性である。そういう女性を演じるからこそ、アクアは同性たちにも人気が高い。
 
だから実は大銀行の女性総帥という役柄こそアクアにふさわしいのである。
 
(↑の“同性”はむろん“女性”という意味。アクアがひょっとして男の子かもという話はほぼ忘れられている)
 

語り手「世間では、フォーサイス・ハデルスン天体について、それが金(きん)で出来ているということが判明してから、物凄い話題になりましたが、一週間も経つと誰も話題にしなくなりました」
 
「確かに物凄い量の金(きん)が空の上にあるというのは凄いことではありますが、天文学者の計算では軌道は安定しているので、それが地上に落ちてきたりすることはないと思われました。結局のところ、これまで地球には“月”という衛星があったところに、もうひとつ小さな衛星が加わって、月が2つになっただけのことにすぎなかったのです」
 
(原文:La terre possedait un second satellite, voila tout. 地球は2つ目の衛星を持った。それだけのこと−“voila tout”は英語なら“That's all”)
 
「天文学者たちでさえ、この天体の軌道要素が確定し、サイズや質量まで分かったら、それ以上調べることも無いので、興味は他の天体に移っていきました。ただ2人、ディーン・フォーサイス氏と、シドニー・ハデルスン博士を除いては!」
 
「周囲の熱狂が冷めてしまっても、その2人だけは天体が見える範囲の空を通過する度に、望遠鏡でその天体を観測し、記録を付けることを怠らなかったのです」
 

5月11日(月).
 
いつものように“フォーサイス天体”を観測していたフォーサイスが顔面蒼白になり、まるで酔っ払いのようにふらふらとした足取りで書斎に入った。それから彼は書斎に閉じ籠もったまま、食事も取らずに何かの計算をしていた。彼が食事にも来ないので心配したフランシスが無理矢理ドアをこじ開けた。そして食事を差し出すが
 
「今は要らない」
とだけ応えて、ずっと計算をしている。
 
「今俺が欲しいのは集中できる静寂だけだ。頼む。邪魔しないでくれ」
と彼は言った。
 

このような状態が丸2日続いた。
 
5月13日、フランシス(鈴本信彦)はハデルスン家を訪れ、フローラ夫人(万田由香里)と、2日後に迫った結婚式について話し合った。
 
フランシスが、伯父はこの2日間食事も採らずに何かしていると言うと、フローラも
「うちの夫も全く同じです。あなたの叔父さんもうちの夫も頭が変になっているとしか思えない」
と怒って言った。
 
「私がこの世の支配者(*47)だったら」
とルー(古屋あらた)は言った。
 
「支配者だったらどうするの?僕の可愛い妹さん」
「何をするかって?簡単なことよ。あの嫌らしい金の玉(*48)を遠くの遠くに飛ばして2度と地球に近寄らないようにしちゃう」
 
確かにあの天体が無くなれば2人は争いをやめるかも知れないとフランシスも思った。
 
ともかくも結婚式については、ギリギリまで様子を見ることを、フランシスとフローラで決めた。
 

(*47) 原文は"maîtresse"(メトレス). これは"maître"(メートル)の女性形である。メートルと言っても距離の単位(metre)ではなく、レストランのメートル(Maître d'Hotel フロア責任者)と同じ。英語ならmaster に相当する語で一般的には主人とか支配者という意味。ここではこの世の支配者、つまり神を表す。その婉曲表現である。例によってこのセリフは宗教観の厳しい国のバージョンでは「私に超能力があったら」などと言った表現に改竄された。
 
どうでもいいが原文をChromeの自動翻訳で見ていたら「私がもし愛人だったら」と表示されたので、ぶっ飛んだ。確かにmaîtresse (英語なら mistress)には、妾(めかけ)という意味もある。
 
(*48) 原文 affreuse boule d’or. affreuseは“醜い”とか“いやらしい”。bouleはボール、orは金。ということで、別に変な意味は無い!少なくともフランスでは未婚女子が言ってはいけないような表現では無い。古屋あらたは度胸があるので、このセリフを1発で言って監督に褒められた。
 
「私、金の玉・女を名乗ろうかな」
「やめなさい、お嫁さんに行けなくなる」
と、夕波もえこに停められた。
 

5月14日(木).
 
ワストンの2つの新聞が次のような報道をした。
 
字幕:ワストン・スタンダードの記事。
 
朗読者3(織原青治)「フォーサイス天体の発見者であるディーン・フォーサイス氏によると、5月11日以来、天体に何か別の天体の摂動が作用しており、これまでの安定した軌道からずれ始めた。それで軌道の傾斜角に変化が認められるとともに。天体の高度が低くなり始めた。このまま行くと、フォーサイス天体は6月28日に日本の南部に落下するであろう」
 
字幕:ワストン・イブニングの記事。
 
朗読者4(湯元信康)「ハデルスン天体の発見者であるシドニー・ハデルスン博士によると、5月11日以来、天体に何か別の天体の摂動が作用しており、これまでの安定した軌道からずれ始めた。それで軌道の傾斜角に変化が認められるとともに。天体の高度が低くなり始めた。このまま行くと、ハデルスン天体は7月7日にパタゴニア(*49)のどこかに落下するであろう」
 
両者の見解はほとんど一致しているのだが、最後の結論だけが異なっていた!
 
フォーサイス:6月28日・日本
ハデルスン:7月7日・パタゴニア
 

 
語り手(元原マミ)「この2つの新聞には、いつものようにフォーサイスとハデルスンがお互いを非難する声明も掲載されていました。明日結婚式なのに!新聞を見てフランシスはすぐにハデルスン家に走ります。ハデルスン家では、フローラ夫人が本当に困ったような顔をし、ジェニーは泣いていて、ルーは怒り心頭でした。しかしフランシスとフローラは明日の結婚式を延期せざるを得ないという決断を下しました」
 

(*49) パタゴニア(Patagonia) は南アメリカ大陸のコロラド川以南、大陸南端までの地域の名称である。
 
パタゴニアは位置的には西経65-74度、南緯40-53度くらいで、日本南部というのを九州の北緯31-34度、東経129-132度付近と考えると、フォーサイスとハデルスンは物凄く大雑把には、地球の裏側に落ちると予測したことになる。
 
2人の計算結果が大きく異なったのは、後にボストン天文台のローウェンサルから批判されるように、功を焦ってまだ充分な情報が得られない内に強引な計算をしたせいである。
 

ケイト(薬王みなみ)は、プロス判事(大林亮平)の部屋を掃除していて、判事がフォーサイス・ハデルスン天体に関する新聞記事などを見ていることに気付いた。
 
「あのぉ、お仕事のことを訊いたらいけないことは重々承知ですが、例の天体って金(きん)でできてるんですか?」
 
「どうもそうらしいね、巨大な金の玉らしい」
 
とプロス判事はケイトの興味を許容するように言った。正直あまりにもアホらしい裁判で、判事も投げ槍な気分だったのである。
 
実はフォーサイスとハデルスンはお互いに相手が自分の権利を侵害したとして告訴したのである。2つの告訴はまとめて審理されることになり、プロス判事のもとで裁判が行われることになっている。彼はその下調べをしていた。
 
「そんなものが金でできていたら100万ドル(100億円)くらいします?」
「とんでもない。1兆ドル(1京円)くらいだよ」(*50)
「兆!?なんか想像もつかないんですけど」
「人は兆を数えることができないよ。ケイト、君が100歳まで生きたとしても数えられるのは10億ドルが限界。1兆ドルはその1000倍」
 
「もう想像できない世界です」
 
「1兆ドルの札束があったとする。君が1秒に1ドル(1万円)数えた場合、1時間で3600ドル数えられる。1日10時間数え続けて36000ドルだ。これを1年続けて1300万ドルになる。これを80年間続けても10億ドル。1兆ドルはその1000倍だから数えるのに8万年掛かる」
 
「私、100枚目までに数え間違う自信あります」
「ま、たいていそんなものだよね」
とプロス判事は笑った。
 

(*50) 当時はフランもドルも金本位制の通貨なので、単純換算が可能である。
 
1F = 9/31 g = 0,2903 g
$1 = 1.5046 g
∴ $1/1F = 1.5046÷0,2903 = 5.18
 
つまり大雑把に言うと、フランで書かれた金額を約5分の1すればドルで書いた金額になる.
 

その日ゼフィランは、また欲しい材料があって買物に出掛けていた。目的の物をゲットして帰ろうとしていたとき、彼に声を掛ける者がある。
 
「ゼフ!」
「マリ!」
とゼフィランは友人(演:今井葉月)(*51) に返事をした。
 
「何かまた色気の無いものを買ってるなあ」
「マリは旅行鞄持ってどこか旅行?」
「休暇もらったからニースまで行ってくる。しばらく仕事がきつかったから、のんびりしてくるつもり」
「へー。ニースか。小さい頃行ったなあ」
「そうだ。ゼフも来ない?ずっと部屋に籠もって研究してるのもいいけどたまには息抜きしたら?」
 
ゼフィランは少し考えたが、例の天体軌道変更装置は毎日自動で必要な方向を向くように作っている。ここ数日彼自身も機械には触っていないが、ちゃんと仕事をしてくれている。
 
「行こうかな。着替え持ってないけど」
「そんなの現地で買えばいいよ。行こ行こ」
と言って、マリ・ルルーはゼフィランと手を繋いで、駅に向かった。
 

(*51) 映画公開時、日本の観客は今井葉月の顔を知っている人も多いので、マリの性別には何も疑問を感じなかった。当然女性であり、ゼフは彼女と婚前旅行をするのだろうと思った。
 
しかし海外の観覧者の間では、マリの性別について意見が分かれた!
 
マリという名前は、フランスでは男女どちらにもある名前である。そして葉月の服装がラフな服装だったので、男とも女とも取れる格好だった。
 
それで女性だと思った人たちは「ちゃんとゼフィランには彼女がいたのか」と思ったし、男性だと思った人たちは「男2人でリゾート地に出掛けて、女の子でもナンパするのかな」などと思ったのであった。
 
これを観覧者の想像に任せるため、わざと葉月には性別微妙な服装をさせた。実はこの役柄は短期間で撮影を進めるためにボディタブルとして奮闘してもらった葉月に顔出し出演をさせるために設定した。この映画撮影のリハーサルでは、葉月と木下宏紀がアクアの代役として活躍している。2人とも両声類なので、男女どちらの役もできたのである。
 
なお、原作ではマルセル・ルルーとなっていて男性の親友という設定である。
 
 
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【黄金の流星】(2)