【黄金の流星】(3)
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(C) Eriko Kawaguchi 2022-12-23
1908年5月18日(月).
ケイト(薬王みなみ)は判事の部屋の掃除を終えると玄関の掃除を始めた。その時、女性が1人、門の所まで来たことに気付く。ケイトは声を掛けた。
「こんにちは、アルケイディア・スタンフォートさん。中へどうぞ」
「いえ、連れが来るまでここで待っています」
とアルケイディア(アクア)は答えた。
「そうですか」
それでケイトは彼女のことは気にせずに掃除を続けていた。ところがそこに大量の群衆が押し寄せてくる。アルケイディアは口を手で覆い、困惑している。ケイトは門まで行き、彼女の手を引いた。
「危険です。こちらへ」
と言って、彼女を邸内の待合室に通した。
「コーヒーでもお持ちしますよ。しばらくお待ちください」
「ありがとう」
押し寄せた群衆が、案内も乞わずに判事邸の庭に入り込んだ。騒いでいるのでケイトが注意する。
「静かにしてください!厳粛な法廷ですよ」
と叫んだが、全く鎮まらない。
ケイトは肩掛けしている可愛いバッグから大型の拳銃を取り出し、1発空に向けて撃った。
さすがに群衆が静かになる。
「皆様、紳士・淑女ですよね。礼儀正しく静かに待ちましょう」
とケイトは言った。
使用した拳銃は S&W "Triple Lock" (29.8cm .44 1907年発売)てある。ケイトは落ち着いて銃を“メリーさんの羊”が描かれたバッグ(夕波もえこ絵)にしまった。
空から鳩が1羽落ちてくる。どうも今ケイトが撃った銃の弾に当たったようである。
「お昼御飯にしよう」
と言って、ケイトはその鳩を回収した。
そこに警官隊が駆けつけて来て場内の整理をしてくれた。
ケイトは群衆の中で、もみくちゃにされていた女性を発見したので彼女の傍まで行く。
「セシー・スタンフォートさん、こちらへ」
と言って、ケイトは彼女を連れて邸内に入ると、彼女も待合室に入れちゃった!
「プロス判事はひとつ裁判を片付けなければならないんです。大変申し訳ありませんが、3時間くらいお待ちください」
「分かりました」
とセシー・スタンフォート(七浜宇菜)は答えた。
「お昼でも取り寄せますね」
「すみません!」
ケイトが部屋を出て行くと
「遅刻よ」
とアルケイディア(アクア)がセシーを責める。
「ごめーん。さっきそこで気球による天体観測しててね」
てセシー(七浜宇菜)は弁明する。
「気球を飛ばすのに助手が必要だとかて。ところが気球には2人しか乗れない。飛行士と助手だけ。観測の結果を見届けようと、フォーサイス派の人たちとハデルスン派の人たちが集まってて、どちらの派の人を乗せても不公平じゃん。ちょうどそこに私が通り掛かって。街で見かけない人ですが旅行者さんですか?と訊かれて。私が『はい』と答えたら『中立な人物として助手をお願い』と言われて。『女でもいいんですか?』と訊くと『記録を付けるだけだから字さえ書けたら女でもいい』というから、それで観測気球に乗って助手を務めてきた」
とセシーは説明した。
「そんなことしてたんだ?」
「遅れてごめんね」
「ううん。そういうことなら許してあげるよ」
とアルケイディアも言った。
それで2人はキスし(撮影は寸止め)、セシーはアルケイディアの“隣”に身体が密着するように座った。
(映画公開時、アクアファン・宇菜ファン双方から「こらぁ離れろ!」「ソーシャルディスタンス取れ」という声多数)
「でも中立ではない気がするけど」
「まあ熱狂してる人よりはマシかな」
「でも私たち合うと思ったんだけどなあ」
「お互い旅行好きだしね」
「でも私が東へ行きたいと言った時、あなたは西へ行きたいと言った」
「私が北へ行きたいと言った時、あなたは南へ行きたいと言った」
「それであなたはパタゴニアに行くの?」
「うん。それであなたは日本なのね」
「妥協できないね」
「仕方ないね」
「でも私たちの番が来るまでおしゃべりしようよ」
「うん。ふたりでおしゃべりするのは楽しいよね」
「でもさ、私たち男になったり女になったりしたけど、男と女とどちらのほうが気持ち良かった?」
「私は男がいい。また男になりたい」
「私は女でいい。もう男にはなりたくない」
「そういう性別で出会えたらいいね」
「その時はまた結婚しない?」
「考えとく」
一方、庭では、警察が庭に2本のロープを張り、フォーサイス派の人とハデルスン派の人を左右に分け、間に通路を確保した。警官たちはそのまま庭の数ヶ所に立ち、警戒に当たった。
(警官に扮したのは♪♪ハウスの男性タレントさんたち。群衆はCG!)
判事邸の庭にはフォーサイスとハデルスン、本人たちも入ってきた。お互いに相手を見ようともしない。
プロス判事が出てくる。
判事は提訴した両者に、アルファベット順に、各々の主張を述べるように言った。最初にFのフォーサイスが弁論し、次にHのハデルスンが弁論した。2人が充分に話した所で判事は
「裁定は1時間後」
と言って、いったん休廷する。
プロス判事は執務室に戻ると、ケイトが入れてくれたコーヒーとお菓子を頂いた。そして1時間してから“昨日の内に書いておいた”裁定文を持ち、庭に出ていった。
「法廷を再開します」
と判事は宣言し
「裁定を下します」
と言って、裁定文を読み上げる。
「天体は宇宙空間にあり、合衆国の領土内には無いので、合衆国の法律の適用外です。従って現時点ではどちらにも所有権を認定できまぜん。この提訴は無効です。裁判費用は双方で折半して支払うように」
物凄い怒号があるが判事はポーカーフェイスである。
「もしその天体が合衆国の領土内に落下したら、その時はあらためて提訴をするように。でも天体は地球の4分の3を占める海に落ちるかも知れないね」
と判事は裁定文を封筒に戻してから言い、更に
「実際にどこかの領土に落ちた場合、未曾有の災害を引き起こすかも知れない。またその時は、克服できない困難に直面する可能性がありますね」
と判事は謎の言葉を残して退廷した。
語り手「この『克服できない困難に直面する可能性があり』という言葉を、ここに居た誰もが理解できませんでした。この時点で、流星落下後の展開を予想できていたのはプロス判事とルクール頭取の2人だけだったのです」
判事公邸に集まった群衆は騒いでいたが、警察官の指示と誘導で渋々退散した。
判決に納得がいかないフォーサイスとハデルスンは各々
「私はフォーサイス天体の落下を見届けるため日本に行く」(*52) 「私はハデルスン天体の落下を見届けるためパタゴニアに行く」(*53)
と宣言し、多くの拍手と歓声を支持者たちからもらった。
それでフォーサイスはサンフランシスコ行きの列車が出るワストン西駅に向かった。一方、ハデルスンはブエノスアイレス航路のあるニューヨークに行くためワストン東駅に向かった。パタゴニアにはブエノスアイレスから更に船で行くことになる。一部の支持者も各々に同行するもようであった。
フランシスやフローラなどは2人の行動に呆れ返っているので、この裁判にも来なかったし、むろんサンフランシスコやニューヨークに行くつもりなど全く無かった。過激なルー(古屋あらた)は言った。
「パダニアまでの往復って2ヶ月は掛かるよね。お父ちゃんが居ない間に、お姉ちゃんフランシスさんと結婚式挙げちゃいなよ」
すると姉(ビンゴアキ)は
「どうしよう?」
と悩んでいる。フローラも少し悩むようにしていたが
「強引に式を挙げるにしても、お父ちゃんが戻ってからにしようよ」
とルーをたしなめた。
プロスはさすがに精神的に消耗したので、執務室の椅子に座ってぐったりした。ケイトがコーヒーとケーキを持って来た。
「お疲れ様でした。判決を聞いて私感心しました!てっきり双方で半々ずつの権利があるとか、おっしゃるかと思いました」
「実際、他の国に落ちたら合衆国の法律が及ばないでしょ」
「確かにそうですよね!」
「個人的には海に落ちてくれたらと思うよ」
「なんか物凄い量の金(きん)が手に入るからというので、自分の財産を使い果たした人があちこちで出てるらしいですよ」
「そんな人の面倒までは見てられないね」
「全くです」
「一息ついたら、スタンフォート夫妻の件をお願いします」
「あの人たち、“もう”来たの!?」
「私もこんなに早いとは思わなかった」
「だってまだ半月くらいしか経ってないのに」
それで30分ほど休んでから判事はケイトに言って、2人を面談室に案内させた。ケイトは待合室に2人を呼びに行った時、2人が楽しそうに会話していたので、どうなってんだ?と思った。
ケイトは2人を面談室に案内した後、判事を呼んできた。
プロス判事(大林亮平)は席に着くと困惑した。
「アルケイディア・スタンフォートさん?」
「はい」
と女性の服装をしたアルケイディア(アクア)が答える。
「セシー・スタンフォートさん?」
「はい」
と女性の服装をしたセシー(七浜宇菜)が答える。
「セシーさん、前回は男性だった気がしますが」
「赤い木の実を食べたら女になってしまったんです。ちんちん出来て喜んでいたのに、また無くなっちゃってがっかりです。立っておしっこできるのも凄く便利だったのに。コルセットからも解放されていいなあと思ってたのに、また着ける羽目になって辛いし。これは医師の性別鑑定書です」
と言って、セシーは診断書を提示した。確かに「この人物は女性である」と診断書には書かれている。
「それで法的な性別も変更しました」
と言って、性別が変更された市民登録証を提示した。確かに
「セシー・スタンフォート sex:F」
と書かれている。
「それで今日のご用件は?」
「私たち離婚しようと思って」
「性別が変わったからですか?」
「いえ。性別は気にしないのですが」
「女同士って、凄く燃えるし」
「男女のセックスより燃えるよね」
やはり気にしないのか。
「それより、どうしても意見が合わないので」
とふたりは合唱するかのように声を揃えて言った。
仲良いじゃんとプロスは思う。ケイトも意見が合わないとは到底思えないけどなあと思った。
プロスは2人が提出した書類を確認した。必要な書類は全て揃っており問題無い。判事はタイプライターで離婚証明書を作成した。
「あとはここにお2人の署名を」
「あら?私、ペンを忘れたみたい」
とアルケイディア。
「ぼくのを使うといいよ」
と言ってセシーは自分のペンを妻に渡す。
やはり仲いいじゃんと、ケイトも判事も思った。
それでアルケイディアが署名し、セシーも署名した。
「これで離婚は成立しました」
と判事は宣言する。
2人は各々500ドル紙幣(650万円×2)を出した。
「手数料を取った後は恵まれない人々のために」
「分かりました」
それで2人は仲良さそうに手をつないで判事公邸を出て行った。
ケイトは2人を見送って言った。
「プロスさん、あの2人また来ますよね」
「まあ来るだろうね」
と判事も笑って答えた。
判事公邸を出たふたりは、そのまま一緒にワストン西駅まで行った。そしてセシー(七浜宇菜)はサンフランシスコ行きの切符を買って列車に乗り込む。アルケイディア(アクア)は彼女と握手して
「気をつけてね。お土産は忍者の手裏剣がいいなあ」
などと言って見送った。(*52)
結果的にセシーが乗ったのはフォーサイスと同じ列車である。
そしてセシーを見送ったアルケイディア自身はワストン東駅に移動して、アルゼンチン行きの船に乗るためニューヨークに向かった。(*53)
(*52) 当時、ワストン(ワシントン)から日本の九州までは30日程度掛かったものと思われる。
(1) アメリカ大陸横断 4日
アメリカ横断鉄道は、1869年に開通した。それで『80日間世界一周』の旅が1872年である。あの物語ではトラブルが起きて7日掛かっているが、実際には1876年6月4日に運行された大陸横断超特急がニューヨークからサンフランシスコまで83時間39分(3.5日)で到達している。また別の所で「駅馬車で25日掛かっていた行程が4日で行けるようになった」という文書も見たので多分4日で行けた。ただしこういう特急列車が毎日運行されていたかどうかは不明!
(2)日米航路 5+19日
当時、日米航路には東洋汽船(TKK), Pacific Mail, Occidental and Oriental の3社が参入し9隻の船が運航されていたが、最速船を所有するO&O社の場合、太平洋横断14日15時間という記録を1876年に出している。どうも普段でも18-19日で運行していたようである。東洋汽船の船はそこまで速くない。3社は共同運行の形を取り、9日に1回の運航していた。
9日に1回だから平均4.5日待つ必要がある。その後は運良くO&Oの船に乗れたとして19日である。「少年よ、大志を抱け」で知られるクラーク博士は30年前だが 1876.6.1 にサンフランシスコをPM社のGreat Republic で出港し同29日に横浜に到着している。つまり28日掛かっている。
(これらの情報は「北太平洋定期客船史」(三浦昭男1994)による)
(3) 横浜から九州 2日
1907年3月に、新橋−下関間の急行“5・6列車”が導入されている。ダイヤは新橋15:50-翌日20:24下関である。つまり2日あれば九州まで行けたことが分かる。
ヴェルヌ(1905.3.24没) が生きていた時代にはまだ“5・6列車”が走っていない。しかし夏目漱石が1903年1月に熊本から新橋まで2日で移動した記録が残っているので、上記よりは少し時間が掛かっても横浜から九州までは2日で行けたはずである。
以上を合計すると30日であるが、航路は天候不順の場合の遅れを考えると3日くらいは余裕を見たい。また、6月28日に流星が落ちるなら遅くとも6月25日くらいまでには着いておきたい。6/25日の30+3=33日前は5/23である。
するとフォーサイスの出発は、わりとギリギリに近かったことになる。
この移動費用は凄い金額だったであろう。野口英世は1900年にアメリカに留学するとき、渡航費用として知人から300円(現在の約200万円)借りている。彼が乗船したのは“スティアリッジ (steerage)”と呼ばれる最下級船室(ほぼ荷物扱い)である。フォーサイスたちは1等船室に乗るつもりだったろう。
(*53) 当時ニューヨークからブエノスアイレスまで何日かかったかは全く分からない。更にパタゴニアまで行くような船便があったのかは更に分からない。
しかしこちらはどっちみち出発前に旅行が中止されることになる。
今回の事件で、中立的な新聞はこのように論評した。
朗読者6(木取道雄)「フォーサイス・ハデルスン裁判の裁定はきわめて妥当である。無主物先取は基本的なルールであるが、ここで“先取”というのは、その物件を実際に確保し、自分の管理下に置いた時に初めて成立する。魚を単に見ただけでは自分のものとは主張できない。その魚を釣り上げ、自分のフィッシュバスケットに入れた時、初めて自分の管理下に置いたことになり、先取が成立する。ふたりはその天体を単に“見た”だけであり、自分でそれを拾い、自分のバッグに入れたり、自分の家の倉庫に入れたわけでもない。“見た”だけで先取は成立しないので、ふたりのどちらにも天体の所有権は無い」
ミッツがフォーサイスを諫めた時、彼女は実に的確な指摘をしていたのである。
そして、裁判の翌日、ボストン天文台のJ.B.K. ローウェンサルは、このような声明を出したのである。
朗読者1(西宮ネオン)「今の段階では、フォーサイス・ハデルスン天体が本当に落下するかどうかは、まだ予断を許さない。ましてやどこにいつ落ちるかまで予測するのは不可能である。フォーサイス氏とハデルスン博士が、落下の日付と場所を予想したようであるが、それは5月10日に天体の軌道に乱れが生じてすぐの1〜2日の動きだけを見て計算したものと思われる。実際には天体は5月10日の後、数日は極めて不規則な動きをした。高度も一度下がってから上がったリしている。現時点の高度だと、まだ地球との距離が離れて元の安定軌道に戻ってしまう可能性もある。天体は5月15日以降は規則的な軌道のずれ方をしているが、現時点ではまだ天体の確実な落下を予想するのは時期尚早である」
語り手(元原マミ)「ボストン天文台という権威ある機関の発表で、人々は騒然としました。日本に行こうとしていた人々はサンフランシスコまで来た所で報道を知り、その先の旅行を中止しました。またアルゼンチンに行く準備をしていた人たちは出発前に旅行をキャンセルしました。人々はフォーサイスとハデルスンを激しく非難し、損害賠償請求を提訴する人たちまでありました」
「フォーサイスはサンフランシスコで茫然自失の状態になっていたので、見かねた知人がフランシスに電報を打ちました。それでフランシスは大陸横断鉄道に乗り、サンフランシスコまで行って、ホテルでぼーっとしている叔父を連れ戻してきました」
「そしてこの事件をきっかけに2人は信用を失い、フォーサイス派・ハデルスン派の市民グループも解散してしまったのです。これまで2陣営に分かれて2人がお互いを非難する声明を載せてきたマスコミも、全て2人を等しく非難する側に回りました。そして当の2人はショックで生ける屍のようになってしまいました。ハデルスンもフォーサイスも、自分の部屋に閉じこもり、天体観測もせずに、一日中放心状態で過ごしていました」
父の様子を見てルーは言いました。
「今ならお父ちゃん反対する気力も無いだろうから結婚式を挙げちゃおうよ」
しかし母は答えました。
「お父ちゃんが少し落ち着くまで待とう」
語り手(元原マミ)「フォーサイス・ハデルスン天体がもしかしたら落下するかも知れないということになって、世界中の政治家が“落下した場合の帰属”に強い関心を持ちました。そして様々な意見が表明された末、国際会議を開こうということになったのです」
「それで数十ヶ国の代表が集まり、国際会議は5月25日に最初の会合が開かれました。会議は最初に議長にアメリカ人のハーベイ氏を選出しました」
画面はハーベイ氏(演:Thomas Russell)が議長席に就いた所を映す。
「副議長にはロシア人、書記としてフランス人、イギリス人、日本人を選出しました」
それで議事を始めようとした時、1通の電報が議長に届けられる。
議長は一読したものの、こう言った。
「全く世の中、おかしな人が多い。こんな電報が来てますが、無視していいですよね」
と言って読み上げる。
「議長様。御議会で議題になさっている天体は無主物(res nullius)ではなく私の個人所有物であります。従ってこの国際会議をする必要はありません。出席者の方々が審議をなさっても無意味です。この天体は私の意志により地球に引き寄せ、私の意志により私の所有地に落下するので、従って、私に帰属します」
「なんじゃそりゃ」
という声が相次ぐ(*55).
「その電報の差出人は?」
「書かれていません」(*54)
「そんなもん無視していいよ」
「ではこれは放っておいて審議に入りましょう」
(*54) この電報はむろんジルダルが打ったものであるが、差出人の名前はうっかり入れ忘れたものである。でも入れ忘れてよかった気がする。
(*55) 代議員たちの映像はこのようにして作成した。
(1) 配信予定の国(3月の時点で名乗りを挙げた国が41ヶ国)の各配給会社に頼んで、50-60代の俳優またはスタッフ!にフロックコートまたはその国の伝統的な正装をしてもらい、ブルーバックで1〜2分何か話しているかのような映像を撮影してもらう。
(2)これをモンドブルーメに集めてもらい、それを同社と大和映像の共有スペースに入れてもらい、大和映像側で編集して会議をしているかのような映像にまとめあげた。
何ヶ国かセリフをお願いした所には英語で入れてもらい、制作側で日本語の吹き替えセリフも作った。この吹き替えをしたのは黒部座の俳優さんたちである。
議場に見立てたのは都内のホールである。末広がりのいわゆるワイン畑型のホールを使用している。実際にここで演技したのは、議長役のトーマス・ラッセルさんと、記録者役を演じてくれた黒部座の人たちのみ。代議員たちは協力してくれた各国から集めた映像を合成している。
場面は変わってパリのアパルトマンである。
ナタリー・チボー(立花紀子)が入ってくる。
「こんにちは〜って。あれ?居ない?」
と言って、まずは食器や鍋が積み上げられているシンクを片付ける。
「男の人のひとり暮らしってこんなものかなあ。結婚しないのかしら」
などと言ってから
「でも意外とお嫁さんもらうんじゃなくて、お嫁さんに行く方だったりして」
などとも呟いている。
台所のシンクを片付けて“キャパ”が空いた所で、部屋の中に入り、放置されている食器を回収する。ついでに洗濯すべきと思われる衣類を回収する。食器はシンクに放り込み、水を掛けてふやかし、洗濯に取りかかる。
まずは比較的汚れが少ないと思われるものを洗濯機のドラム(*56) に放り込み、水と石鹸を入れ、釜に点火してハンドルを回す。15分くらい回してから衣類は“絞り器”(*57) を通しながら取り出してタライに入れる。汚れが酷い物をドラムに入れ、今度は20分くらいひたすらハンドルを回す。全部洗濯した後、洗濯済みのものをお風呂場でゆすぐ。これを搾って干して洗濯終了である。家事のサービスをする中で何と言ってもこれが最も重労働である。
(逆にこんな大変な作業をジルダルが自分でやっていたとは、到底思えない)
(*56) この時期は電気洗濯機は発明されたばかりで、まだ普及していない。電気洗濯機の発明は諸説あるが1906-1908年頃である。当時一般的だったのは、手回しハンドルを備えた、手動洗濯機であった。電気洗濯機が普及する前にはこれに蒸気機関やガソリンエンジンを取り付けたものも存在した。ミレイユの家ならエンジン洗濯機を使っていたかも。
手動洗濯機はハンドルにより縦に回転するドラムの中に洗濯物を入れ、重力で落下するのを利用して叩きつけるようにして洗う。ヨーロッパはペストに苦しんだので、お湯で洗う方式が早い時期に普及している。それで、洗濯機の下に釜があり、これで水を温めて温水で洗うようになっていた。
排水は下水に流す。パリの上下水道は、19世紀の内にかなり普及しており、20世紀初頭なら、パリに限って言えば、少なくとも平均より上のアパルトマンなら、上下水道につながっていたと思う。19世紀前半のパリを描いた『レ・ミゼラブル』に、その付近の事情が詳しく書かれている。
(*57) 日本では昭和40年代に使われた絞り器だが、ヨーロッパでは18世紀頃から使われていたようである。これは石鹸とお湯の節約が最大の目的だった。
今回このクラシカルな手動洗濯機はドイツの古い家庭に残っていたものをもらってきて、オーバーホールして動くようにしたものである。立花紀子が面白がっていた。撮影に使ったものは実は電気でも動くように改造していて、紀子は5分くらい手で回しただけで、後は電気に任せた。絞り器については、藤原中臣さんが「なつかしー!」と言っていた。
洗濯が終わったナタリーは
「まだジルダルさん、戻って来ないのかなあ」
などと呟きながら、再度居室のほうに入る。
そして腕を組む。
「この散らかりようは、さすがに酷すぎるよね。少し片付けてあげよう。こんなに散らかっていては、必要な資料とかも探せないじゃん」
それでナタリーは、取り敢えず、本の山が崩れたように見えるものを崩れない程度の高さに積み直したり、斜めになっている本はまっすぐしたりして、少しずつ通路を確保した。でもわざわざ、物理学の本と生物学の本が別々の山になっているのをひとつにまとめたりしちゃう!本が開かれたまま伏せてあるのは、きちんと閉じて!適当な場所に積み上げる。
1時間ほどの奮闘で、部屋の入口から窓まで到達する“道”が完成した。
窓の所に変な機械が置いてある。
「窓も汚れているなあ」
とナタリーは呟くと、その機械を“ひょいとどけて”拭き掃除をした。
「ほこりが凄い。1日ではとても掃除しきれない。ジルダルさん、どこか旅行にでも行ったのだろうか。“明日も来て、お掃除してあげよう”」
語り手(元原マミ)「国際会議の方ですが、全く意見がまとまる気配が見られませんでした。どの国も自分が有利になるような意見を言うばかりです」
「まず落下したら、その落下した場所のある国が総取りするという案は、国土の広いロシア、イギリス、中国が賛成したものの、圧倒的多数で否決されました」
この時点で既にジルダルの論理が否定されている。
「全ての国で平等に分配しようという意見は多くの賛成を得ますが、その“平等”の定義について意見が一致しません。国土面積の比というのが即否決された後、人口比というのはかなりの賛同を得たものの僅差で否定されます。全ての国の現時点での“富”を算定して。、貧しい国に多く与えられるようにしてはどうかという意見は結構な共感を呼びましたが、現時点の“富”の算定方法に技術的な問題があると指摘されます」
「アンドラ代表(演:David Alanis)が長い演説を始め、3時間経っても4時間経っても終わりそうにないため、代議員たちがみんな疲れて議席を離れてしまいます。ハーベイ議長(トーマス・ラッセル)は一時閉会を宣言して演説を中断させます。フランス代表が説得して、論説書の提出で代えさせてもらいました」
映像はアンドラ代表が高さ2mありそうな論説書を提出するところを映す。
撮影に使用した論説書の中身は古新聞(リサイクル♪)!演じたDavid Alanisは、実はアンドラの配給会社の社長さん。社長さん自ら、この大迷惑な演説をする役を演じてくれた。ちなみにアンドラは面積468km
2。大津市程度の広さの国。大統領はフランス大統領が兼任する。事実上のフランスの保護国である。
字幕:ボストン天文台のJ.B.K. ローウェンサルのメッセージ
朗読者1(西宮ネオン)「フォーサイス・ハデルスン天体の動きが、5月30日以降、理論的に全く説明できないほど乱れている。天体は5月15日から29日までは規則的な軌道のずれ方をしていたのだが、5月30日以降は、東寄りにずれたかと思えば西寄りにずれ、高度も下がったかと思えば上がり、丸1日まるで天体への摂動が無くなったかのように元の軌道に戻ろうとしていたかと思うと、また東へずれ、とあまりにも不規則である。それはまるで天体が酔っ払ったかのようであり、この後どのような動きになるか、現時点では全く想像がつかない」
語り手(元原マミ)「このメッセージが国際会議にも伝わると、会議は行き詰まり掛けていたこともあり、しばらく天体の様子を見る空気になりました」。
ニースに来たゼフィラン・ジルダル(アクア)は、リゾート地なんて久しぶりに来たので、ひたすら遊びまくっていた。そして・・・
月日の経つのも夢の内??
(常滑舞音withスイスイが歌う『浦島太郎』の歌が流れる!)
ある日、ゼフィランはマリ(今井葉月)と一緒に食事をしていて、ふと何かに手が当たる。何だっけ?と思って手に取り、ふたを開けて見ると、何かの部材である。
これ何だっけ?
(舞音withスイスイの歌で「心細さにふた取れば、開けてびっくり玉手箱、中からパッと白煙」と歌うところと重なる)
何だっけ?と思ってしばらく考えていた時、ゼフィランは唐突に、黄金の天体のことを思い出した。
「しまったぁ!」
「どうしたの?」
とマリが訊く。
「ぼく帰る」
「え〜〜〜?なんで〜?明日ジャンヌちゃんたちと楽しいパーティーなのに」
「大事な用事を思い出した。また」
と言って、ゼフィランはホテル代を概算でマリに渡すと、その部材を入れたバッグだけ持って駅まで走った。そしてパリ行きの急行に飛び乗った。
彼は6月10日(水)に自分のアパルトマンに戻って来た。そして機械を見ると、機械は窓からは外されて部屋の中にあり、アンテナは天井を向いていた。
何が起きたんだぁ!!!!??地震でも起きたのか?
彼はまず機械を止めた。そして天体の位置を確認する。この衛星は1時間40分ほどで地球を1周する。つまり大雑把に言うと45分くらい見えてて55分くらい見えなくなるので、気を付けて空を見ていると、だいたい1時間ちょっとで見付けることができる。
「ひっどーい!」
現在の軌道を確認した上で、すぐに計算を始める。
3時間後、軌道の修正方法の計画が立ったので、機械を再度窓際に置き、正確な位置に向けてスイッチを入れた。1時間半後、天体がちゃんと意図した位置にきたことを確認した。
それでこの機械に、旅行に出掛ける前に買っていた部品を取り付けて機能強化しようと思ったら部品は壊れている!ことが分かった。
(原作では取り付けた所で、物凄い騒音を発生するのだが、それを省略し、先に壊れていることに気付く展開にした)
ゼフィランの心の声「うーん・・・どうしよう?買いに行きたいけど、買いに行っている間にまた異変が起きたらなあと思うと買いに行けない。でもここまでずれた軌道を元に戻すには、この改造をしなければならない」
と悩んでいたらドアをノックする音がある。
「どなた?(Qui est la?)」
「私(Moi)」
なんとミレイユの声である。
ゼフィランはドアを開けるなり言った。
「ミル、ちょうどいい所に来た。ここで留守番してて」
そう言い残すと、ゼフィランは走ってどこかに出掛けた。
「私が留守番するの〜〜?」
とミレイユは言った。
大銀行の総帥に留守番を頼むなんて、ゼフィランにしかできない!
ゼフィランが出かけてしまつたので、仕方なくミレイユが部屋の中で待っているとノックをする音がある。
「どなた?(Qui est la?)」
「私です(C'est moi)」
というのはナタリーの声なのだが、ミレイユは彼女を知らない。
「えっと誰でしたっけ?」
「いやですよぉ、家政婦のナタリー・チボーですよぉ」
と言って、ナタリーは勝手にドアを開けて入ってくる。
「お掃除しますね」
「はいはい。よろしくお願いします」
それでナタリー(立花紀子)は掃除を始める。
「しばらくおられなかったようですが、ご旅行ですか」
「ええまあ」
などと言葉を交わした時、ナタリーはミレイユの服装に気付いた。
「あら、可愛い」
「え?そうですか?」
「ジルダルさん、私前から思ってましたよ。ジルダルさんって女装さたいくらい美形だって」
とナタリー
ミレイユの心の声「あ、私をゼフだと思ってるのか。確かに顔は似てるし」
「ついに目覚めたんですね。いいと思いますよ」
とナタリーは言っている。
「これだけ美人だと、誰かお嫁さんに欲しいっていうかも」
「そうかな」
などと適当に話を合わせておく。
ナタリーは倒れている本とかを起こしながら言った。
「でもジルダルさん、これ本棚買いましょうよ。床に積み上げたままって、本にもよくないですよ」
「それはそうかも知れないね。本棚買おうかな」
とミレイユはマジで思った。
やがてナタリーは窓を掃除するのに、例の機械を動かそうとした。
「ストップ!それを動かしてはダメ! (Arretez! Ne bougez pas)」
とミレイユは叫んだ。
「動かしちゃいけないんですか?」
「それは大事な観測をしている機械だから、動かしたら大変なことになる」
「ごめんなさい」
「もしかして、これ毎日動かしてたりしてません?」
「毎日お掃除してました」
ミレイユの心の声「それが天体迷走の原因か!でもだいたいゼフが部屋を留守にするからいけないんだ。そもそもこんな安いアパルトマンに住んでいるのもよくない」
もっともこのアパルトマンは日本で言えば、ぎりぎりマンションに分類できるような比較的上等の住宅である。しかし8000m
2(2400坪)の邸宅に住んでいるミレイユから見ると「安い」部類になる。
「掃除はしてもいいけど、窓の付近には触らないでくださいね」
「分かりました!でも今日は何だか声も可愛いですね」
などとナタリーは言っていた。
(このエピソードは映画オリジナル)
ゼフィランがずっと不在だったため、食器とか洗濯物などは無い。それでナタリーは1時間ほどで帰っていった。
それから少ししてゼフィランが戻った。
「私、忙しいんだけど」
とまずは留守番させられたことへの文句を言う。
「ごめーん。誰かに留守番しておいてもらわないとさ。旅行に行っている間に機械が倒れてたんだよ。なんで倒れてたのか分からないけど、もしかしたら、このアパルトマンが揺れやすいのかもしれない。前の通りを自動車とか通った拍子に倒れたのかも」
「ふーん。だいたいなんでこんな大事な時に部屋を長期間留守にするのよ?私、あの天体のことでもう気が気じゃなかったんだから」
「あの天体が迷走するとミルが困るの?」
「ゼフがあの天体を落とすというのを聞いて、私、金鉱の株を大量に売ったのに。あんなとんでもない金塊が落ちてきたら、金鉱なんてみんな廃業するだろうからね」
「へー。ミル、金鉱の株とか持ってたんだ?」
「全く持ってなかった」
「ミル凄いね。持ってない株を売るとか!僕にはとてもできないよ」
画面が切り替わり元原マミが解説する。
「株の取引の仕方には2通りの方法があります。ひとつは株を現金で買って、適当な時期に売る方法。これは株が値上がりしていく相場で利益を得ることができます。また売る時期は、いつでも構いません。現物取引の場合は予想が外れて下がってしまった場合でも最悪投資したお金が無くなるだけで済みます」
「もうひとつが持っていない株を売って、定められた期限までに買い戻す方法。持ってないのに売るので“空売り”(からうり)と言いますが、この方法だと、値下がりしていく相場で利益を得ることができます。例えば100万円の時に空売りして、80万円まで値下がりした時に買い戻せば差し引き20万円の儲けになる訳です」
「現実に持っていない株を売るので信用取引と言い、証券会社に認められた顧客のみに許されているものですが、むろんルクール銀行は許された顧客です。この方法では“空売り”した株は買い戻す期限があり、その期限までに必ず買わなければなりません」
「それで下がると思っていたのに上がってしまった場合も、その値上がりした値段で買うことになります。例えば20万円で空売りした株が値下がりすると思ってたのに、2000万円まて高騰したら、差額1980万円を期日までに必ず払わなければなりません。お金が無いからといっても許してもらえず、借金をしてでも代金を払う必要があります。ひとつ間違うと破産する羽目になるので、現物取引より、リスクの高い取引方法です」
画面が戻る。
ミレイユは文句を言う。
「頑張って売ったのに、天体が迷走してるからさ、どうなってんだと思ってアパルトマンまで来てみたら、あんた居ないし」
「もしかして毎日来てた?」
「来てた」
「軌道調整機が倒れているのとか見なかった?」
「部屋の中まで入ってないから。私、このアパルトマンの鍵は持ってないし」
「あ、そうか」
「機械を動かしちゃったのは、掃除人さんみたいよ」
「ナタリーのせいか!!」
「それで天体はどうなるのよ?ホントに落ちるよね?落ちてくれないと、私、大損するんだけど」
「落とす。ちょっと予定がずれるけど。7月6日までにはちゃんと落下軌道に載せるから」
「分かった。掃除人さんには、この機械には絶対触らないでと言っといた」
ゼフイランは少し考えた。
「言われてても、あの人ぼくが居なかったら絶対動かす」
「動かしそう!」
「ぼくが出掛ける時は誰かに留守番を頼んだほうがいいな」
「誰かお友達とかに頼む?」
ゼフィランの心の声「マリの奴はしばらく戻らないだろうし、他にあまり信頼できる友だちとかいないし・・・・あ、そうだ!」
ゼフィランは言った。
「ね、こないだミルがうちに寄こしてくれた子」
「うん」
「あの子に留守番を頼めないかな」
「報酬次第ではやってくれると思うよ。来させるから直接交渉して」
「了解」
「でもやはり男の娘が好きだったのね。女の子に興味がない訳が分かった」
「別にそういう意味じゃないよ。単に留守番を頼むだけだよ」
「恥ずかしがらなくてもいいいよ。誰を好きになったって個人の自由なんだから」
と笑顔で言って、ミレイユはその日は帰って行った。
ゼフィランが一心に計算をしていると、ノックする音がある。
「誰?(Qui ess la?)」
「シルビアと申します(C'est Sylvia)」
先日の子(の女声)である。ゼフィランがドアを開けると、彼女はいきなり抱きついてくるが、ゼフィランは言った。
「セックスはしなくていいから頼みたいことがある」
「どんなこと?私家事とかはあまり得意じゃないけど」
とシルビア(木下宏紀)は(女声で)答えた。
「君、今だいたい月間どのくらい稼いでる?」
「最近あまりいい話が無いのよ。せいぜい月に60フラン(15万円)かなあ」(*58)
「それだと生活大変だね!」
「うん。結構厳しいのよねー」
「倍の120フラン払うから、今のお仕事やめて、ぼくの助手してくれない?」
「私、掃除とかできないよ。あんたの部屋は足の踏み場が無いとよく言われる」
どうもゼフィランと同類のようである。
「掃除をさせないように見張る役を頼みたい」(*60)
「え〜〜〜!?」
(*58) 当時の庶民の月収相場がよく分からないのだが、ドイツの鉄鋼業の労働者の日給が1908年には、5マルク程度だったらしい(*59).
この当時のマルクは、2790Mark = 1kgの金 と定義されていたので、1Mark = 1000/2790 g = 0.3584 g となり、
1F/1M = 9/31 ÷ 1000/2790 = 9×2790 / 31×1000 = 9×90/1000 = 0.81
(279は31の倍数!)
つまり5マルクは 5÷0.81 = 6.17 ということで約6フラン(1.5万円)である。月に26日稼働したとして月収に直せば約130マルク≒160フラン(40万円)になる。しかし鉄鋼業は恐らく高給取りの部類だったと思うので、平均的な庶民はもっと低収入だったかも。ましてやコールガールの月収は、よほど売れてる子以外は、かなり低かったろう。
(*59) 「20世紀初頭, ルール鉄鋼業の労働市場と賃金:クルップ鋳鋼エッセン工場を中心にして」大塚忠 1989-03-10.
(*60) ゼフィランがシルビアに見張り役を頼むことを考えたのは、男を傍に置いておくと、あれこれうるさいし、女性を傍に置いておくと自分がその子の色香に迷う危険がある。それで男の娘ならわりとおとなしいだろうし、恋愛的な“事故”も起きないだろうという発想だったのだが、甘かったことを後に思い知ることになる。
ゼフィランは頭はいいのに、先を見通す力に欠けるようである。
ボストン天文台のJ.B.K. ローウェンサルのメッセージ。
朗読者1(西宮ネオン)「5月30日から始まったフォーサイス・ハデルスン天体の迷走はやっと終了したようである。6月10日以降は、軌道は規則正しくずれて行くようになった。離心率も少しずつ大きくなってきている。但し現段階では、天体が落下するかどうかはまだ予断を許さない。今の高度であれば、またもし不規則な動きが輪割った場合、予想外の軌道に遷移する可能性もある」
ゼフィランのアパルトマンにノックがある。
「どなたですか?」
とシルビア(木下宏紀)が男声で尋ねると
「掃除夫のチボーです」
とナタリーは答える。
「どうぞ、お入りください、お願いします」
と言って、カジュアルなドレスを着たシルビアは笑顔でドアを開けた。
「あなたは?」
とナタリー(立花紀子)が訊く。
「ジルダルさんの友人なんです(Je suis une amie de M. Xirdal)(*68)。お留守番を頼まれています」
とシルビアは男声で説明した。
(*61) 男性の友人なら un ami, 女性の友人なら une amie になる。シルビアは男声を使いながらも自分を女性名詞で受けている。ami と amie は同音(アミ)だが、その前に付く不定冠詞は男性なら un (アン)、女性なら une (ユヌ)である。ここでは Je suis (I am) の後なので、リエゾンして“ザン/ジュヌ”。全部通すと“ジュスィ・ザナミ/ジュスィ・ジュナミ”になる。Mはムッシュー。
「ああ、お友達!」
とナタリーは意味ありげに答えると、まずは食器を洗い、洗濯をしてから部屋の掃除を始める。本などを整理した上で窓の所に行くので
「窓の付近は掃除しないでください」
とシルビアはナタリーを停めた。
「でもほこりがあるよ」
「窓際の機械に触られると地球が爆発するので」
「きゃー、そんな恐ろしい機械なの?」
「触らない限りは全く大丈夫です」
「じゃ触らないよ」
とナタリーは言ったが、翌日もやはり触ろうとしてシルビアに停められた!!以降、ナタリーとシルビアの攻防は毎日続くことになる!
シルビアの心の声「単に留守番するだけで月に120フランももらっていいのかなあと思ったけど、なるほど。これは大変な仕事だ!」(*62)
(*62) このエピソードも原作には無い映画オリジナルである。念のため。宗教規律の厳しい国のバージョンでは、シルビアの吹き替えは全て女性俳優が行っている。マリの声は男性俳優が吹き替えている。
木下宏紀は「ぼくは男ですし、去勢もしてません」と主張しているが、実際問題として女にしか見えないので、多くの人は性転換手術済みだろうと思っているし、本人も諦めて素直に女子トイレを使っている。§§ミュージックのホームページ上で彼の性別は記載されていない:アクアの性別も消すべきではという意見もある!
字幕:7月6日(月)朝。
ゼフィランは天体に関する最後の操作をおこなった。これで後は直前まで放置しておいても天体は目的の場所に落下させられるはずである。
カメラは部屋の時計を映す。9時である。
ノックがある。
「私(Moi)」
という声。ミレイユである。
「入って(Entre)」
とゼフィランが言うので入ってくる。
「もう大丈夫?」
「うん。これで天体は例の場所に落ちる。最後に大気圏突入の操作は必要だけどね」
「じゃ行こうか?」
「うん」
「下に私の車を停めてるから」
荷物は、ゼフィランの着替え、例の機械を納めたかばん、天体望遠鏡を入れたかばん、様々な部材や道具を入れたかばん、の4つである。
「私が半分持つよ」
とシルビアが言うので、彼女に衣類の入ったかばんと部材の入ったかばんを預け、軌道操作機と望遠鏡はゼフィランが持って3人で下まで行く。道に停めてある、Peugeot Type 91 (2207cc 6人乗り max 70km/h) に乗り込む。
シルビアが手を振って見送り、運転手(座間和春:この車を貸してくれた所有者さん本人!)が車を発進させ、ゼフィランとミレイユはル・アーブル港に向かった。
語り手「ル・アーブル(Le Havre)港に、500tのクルーザー(*67) “アトランティス”(Atlantis) が停泊しています。速度は20ノット以上出る船です(*69)」
紺色の制服を着て、4本ラインの帽子をかぶった船長のエトワール・ダカール(Etoile Dakkar, 演:松田理史)(*63) が敬礼で迎え。ミレイユ(アクア)は彼にキスして返礼した!
(観客の悲鳴!)
再度、元原マミが出て解説する。
「フランスではキスは日本の握手程度の挨拶です」
(*63) 原作では名前は出て来ない。Dakkarという名前は“ネモ船長”の本名から採った。Etoileは“星”という意味。女性名詞!なので
「女の子名前じゃないの?女性キャラということにして女装させる?」
とアクアが言ったが、河村監督が却下した。理史は『少年探偵団』で女装させられたことがあり「可愛い!」と好評だったが、本人は
「あれは10代だからできたんだよ。もう無理」
と言っている。
「18歳で去勢しておくべきだったな」
などとアクアは言っていた(*64)
(*64)映画制作中は、河村監督と美高さんもセックス禁止だが、アクアと理史もセックス禁止である。でないと、外出禁止を守っている他の役者さんに示しがつなかい。アクアは自分のパンティを彼にあげてヌード写真まで渡していた。
画面が戻る。
ミレイユとゼフィランはグリーンの制服を着たパーサーのセルジュ・ベルナール(演:七浜宇菜)(*65) に案内されて船室に入った。2人はひとつの部屋に案内される。豪華なキャビンである。
「ね、もしかしてミルと同じ部屋?」
「そうだけど、何か問題ある?」
「男女同じ部屋はまずいよぉ」
「だってゼフは女の子に興味無いんでしょ?だったら女の子と同じだから全く問題無い」
「なんか誤解されている気がする」
一応部屋の中央をカーテンで仕切れるようになっているので、カーテンを閉めさせてもらった!
語り手「ルアーブル(Le Havre)と目的地、グリーンランドのウペルニヴィク (Upernivik) (*70) までは2800海里(*68)あり、最高速度で航海すれば6日弱で到達できます。しかし往路はあまり無理せず、ゆっくりと走りました」
「7月14日にグリーンランドの首都・ゴットホープ (Godthåb 現在のヌーク Nuuk) に到着します。ここで案内役のグリーンランド人で30歳くらいのタトカという男性(演:ケエク)(*66)を乗せました。彼はデンマークに留学していたので、デンマーク語とフランス語・ドイツ語が話せます(という設定)。それでミレイユたちと会話が可能でした」
「あとどのくらい掛かるんだっけ?」
とミレイユ(アクア)は尋ねる。
「あと540海里ほどですので、急げば22-23時間ほどで着きますが、通ったことのない海域なので、慎重に船を進めたいので2日ですね」
と船長(松田理史)。
「氷山とかにぶつかるとやばいもんね」
「それは怖いですね」
「じゃ明るい内だけ進めるの?」
「1日中明るいですよ」
「そういえば明るいね」
「このゴットホープだとまだ日が沈みますか、今の時期だとだいたい北緯68度を越えたあたりで白夜になりますから、1日中太陽が沈まなくなります」
「ああ。白夜か!目的地も白夜?」
「はいそうです」
「良かったねゼフ。夜が来ないから1日中仕事がしてられるよ」
「寝ないと死ぬと思う」
(*66) ケエクさんは、ドイツ在住のグリーンランド人タレントさんである。今回の撮影のためにモンド・ブルーメ社が所有する Cessna Citation Jet Longitude (12人乗り) に乗せて日本に連れて来、撮影に参加してもらった。この飛行機に実は例の手回し洗濯機なども載せてきた。今回のビデオネーム“タトカ”は亡くなったお祖父さんの名前らしい。彼はドイツ式ローマ字で書いた(“島の形”を "Schima-no-katatschi" などと書く)日本語台本を読んで演技をしてくれた。アクアや宇菜は簡単なドイツ語会話はできるので、結構コミュニケーションが取れていた。彼は当然アクアも宇菜も女の子と思っていたので
「君たち2人とも男装がうまいね」
などと言っていた!
グリーンランド人はヨーロッパ人と接触するようになって以来、ヨーロッパ風の名前もかなり輸入した。ただ、元々男の名前、女の名前という考え方が無いので、輸入した名前も男女気にせず使用される。そのため、しばしば男性のエリゼさんとか、女性のペーターさんがいたりするらしい。
(*67) 原文ではyacht(ヨット)と記述されている。欧米でヨットというのは一般的な遊行船を言い、日本でいうクルーザーはこの意味のヨットの一種である。
欧米的なヨットの定義は、漁船・軍艦・客船・貨物船などではなくオーナーの趣味に使う船でサイズが24m程度以上、雇用した船員が運航し、宿泊可能で豪華!なものである。今回実はゲストルームに作業班を乗せているので船室節約でゼフィランはミレイユの部屋に入れることにした。
しかしヨットと書くと、日本人は小型の帆船を思い浮かべるので敢えてクルーザーと訳している。500tというのは遠洋航海をするには比較的小型の船である。広島県の宮島フェリーが250t程度なので、あれより一回り大きな船を考えてもらうと良い。この船は、当時の一般的な外洋客船の1.5倍程度の速度が出るという設定になっている。
(*68) この部分は原文では800海里と書かれている。しかしGoogle Earth上で実際にルアーブル港から目的地までを測ってみると2600海里ほどある。それで2800海里と書いたのが先頭の2 (deux mille) が脱字したものと判断した。同様の箇所が少し先にも出てくる。原作はヤードとメートルの混乱も見られ、どうも校正が不十分っぽい。
(*69) この船の実際の航行日数を見ると、24ノット以上は出ている。
(*70) 原作のUpernivikは基本的に架空の島と考えた方がよいので、今回の翻案でもそういう扱いにしている。
Google Earth で Upernivik を検索すると、71°15′56″N, 52°48′04″W に、その名前の無人島があるが、物語の記述 72°53′30″N, 55°35′18″W からはあまりに遠すぎる。200kmほど離れている。恐らく名前を借りただけ。逆に物語の緯度経度の場所を見てみると、アーッピラットク (Aappilattoq) という大きな島がある。上記の緯度経度はこの島南部の西岸から 800mほど“西”の海上であり、物語の記述とわりと親和性がある。
なお、この経度は“グリニッジ経度”(*71) で書かれているものと思われる。
この島の西方20kmには Upernavik という島がある(aとiが違う)。空港もあり、人口も比較的多く美術館まである島で、この地域の中心となっている。この付近は物凄く密集した多島海だが、この群島をウペルナビク群島 (Upernavik Archipelago) という。群島の北半分は後述のメルビル湾に掛かっている。
(↑wikipediaより引用。画面右が北。赤く塗ったのがウペルナヴィク、オレンジに塗ったのがアーッピラットク)
以下、作中の“ウペルニヴィク”は架空の島であるとして話を進める。
(*71) 現在ては世界的にグリニッジ天文台を“本子午線”とする経度が全世界で使用されているが、昔はカナリア諸島西端のフェロ島(現エルイエロ島)を本子午線とする経度が使用されていた。ここが“世界の西端”なので、ここを基準にすると“世界の全ての地域”がプラスの経度で記述できるからである。カナリア諸島に基準を置くのはプトレマイオスの時代から行われていた。
しかしイギリスは“日の沈まない帝国”を築き、世界の地図を作ってグリニッジ経度で海岸や島の位置を表記した。またアメリカはワシントン海軍天文台を本子午線にした経度を定めていた。
子午線の世界標準を作ろうということになった時、いったんはフランスが推すフェロ経度の採用が決まったが、イギリスが巻き返して1884年の国際会議で、グリニッジ子午線を本子午線とすることが決まった。フランスは投票を棄権し、1911年に至るまでフェロ経度を使い続けた。
両者は17.662819度異なる。この小説が出版された1908年当時、フランスはフェロ経度を使用していたが、小説に記載されている位置がフェロ経度だとしたら、この場所はクリーンランドのド真ん中の雪原地帯で、そもそも当時の技術では人間が到達不能である。それで使用されている経度はグリニッジ経度であると解釈した。
おそらくヴェルヌは近い内にフランスもグリニッジ経度に移行するだろうと考え、その基準で書いたものと思う。
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【黄金の流星】(3)