【黄金の流星】(4)

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振袖姿の語り手(元原マミ)が登場して経過を語る。
 
「ゼフィランやミレイユたちの一行が目的地のウペルニヴィク島に到達したのは、7月16日でした」
 
「ウペルニヴィク島は無人島ということです。島の取り敢えず西側に船を停泊させました。この島の北側にナヴィク・フィヨルドの本流があり、また東側はフィヨルドの奥側になるのでいづれも流氷が多く、大きな船は航行自体が危険とのことでした」
 

画面は船内に切り替わる。
 
船長(松田理史)が首をひねっている。
 
「オーナー、島の位置が変なのですが」
「ん?」
 
「オーナーから頂いた地図では、この島は72°53′30″N, 55°35′18″W にあるということだったのですが、その緯度経度は海の上になってしまうんですが」
 
「え〜〜〜!?」
 
案内人のタトカさんに確認する。
 
「この島がウペルニヴィク島ですか?」
「間違い無くこの島です。あの山の形が特徴的です。人は今は住んでないけど、南東側に漁師が緊急時に使う小さな港がありますよ」
 

語り手「1時間ほど、ミレイユ、ゼフィラン、船長と1等航海士のシャルル(演:坂口芳治)、およびタトカの5人で議論したところ、要するにゼフィランが持っていた地図帳が、あまりにチャチだったことが判明しました」
 
タトカが
「この地図は酷すぎる。島の形が全然違う。位置関係もおかしい」
と言った。船長が持っている海図はかなり正しいが、それでも東側の地形が少し違う気がすると彼は言う。
 
アトランティスに積んでいる小型のエンジン(*72)付きボート“アルジャン”で、案内人さんとシャルル、記録係としてパーサーのベルナールの3人で島を一周して、それを元にだいたいの地図を描いてみた。
 

 
(↑小説の記述とできるだけ矛盾しないように描いた地図。上方の青い線の格子の所がゼフィランの買った3km×3kmの“土地”)
 
語り手「ゼフィランが“買った”72°53′30″N, 55°35′18″W 周囲の9km2の領域はその半分以上が海の上であったことが判明しました。島にも少し掛かっていますが、一部です。島にかかる部分は3分の1にも満たない、2.72km2しか無いことが分かりました。中心点は島の北端から251m(*73) 北にありました」
 

(*72) エンジンは1876年にニコラウス・アウグスト・オットーにより発明された。いわゆるオットーサイクルである。
 
(*73) 原文では最初に大雑把に見た時 250m, 正確に測ったら1251m と書かれているが、1251 は 251 の誤りだと思う。中心点から1251mも南に行くと残りは249mしかなく、面積が2.72km2なら、東西が 2.72÷0.249 = 10.92km もあることになり 3km×3km という話と矛盾する。
 

「馬鹿。本当に馬鹿」
とミレイユ(アクア)がマジで怒っている。
 
「なんできちんとした地図で見なかったのさ。この地図帳って小学生が使うような地図帳じゃないの?」
「ごめん」
とゼフィラン(アクア)も謝る。
 
「それでどうすんの?わざわざグリーンランドまで来て金玉を海に落として帰るの?」
 
「今のままなら確かに海に落ちる」
 
(台本は“金の玉”だったが、アクアは“の”を見落として“金玉”と言っちゃった。それで監督が面白がって、それを活かした!)
 

ミレイユは少し考えてから言った。
 
「でもさ。400kmも離れていた天体に力を作用させてたんでしょ?今天体はだいぶ降下してきてるよね?距離が近くなってるんだから、もっと簡単に力を作用させられるんじゃないの?」
 
「無理だ。距離が近くなると地球の重力も強くなる。距離が近い分、天体の角速度も大きくなる。更に空気の密度も大きくなって、その抵抗があるから動かしにくくなる。大気圏突入の時は操作するけど、落下地点を無理に南に変えようとすると進入角度が浅くなって、大きな被害が出る危険が出てくる」
 
「大きな被害というと?」
「周囲30km全滅とか」
「有人島があるじゃん!」
「だから進入角度はあまり浅くできないんだよ」
 
「じゃ何も打つ手は無いの?」
 
ゼフィランは怒りに燃えた目で言った。その怒りは自分に対する怒りである。
 
「難しいけどやってやろうじゃん」
「よし」
 

語り手「船の上では波で揺れて正確な操作ができないので、上陸することにしました」
 

 
「買った土地の中心点真南の海岸近くに小屋を建てます。天体操作のため時間が惜しいので、ゆっくりと建てている時間はありません。それでテントのようなものを建てることにしました」
 
「島の北岸は高さ40-50mの切り立った崖ばかりで、上陸に適した場所がありません。かろうじて西側に高さ10m程度の場所があるので、ミレイユとダカール船長はここをダイナマイトで爆破して上陸可能にしました(*76)。そして“アルジャン”を何度か往復させて作業班を上陸させます」
 
「あのボートってなんで銀色なの? (Pourquoi ce bateau est en argent?)」
とゼフィランが訊きます。
 
「私、金銀財宝が大好きだから (Parce que j'aime bien l'argent.)」 (*74)
 
とミレイユ。
 
「確かに好きそうだね!」
 
(*74) フランス語で「銀」と「お金」がどちらも argent (アルジャン)というのに掛けたダジャレなのだが、日本語台本を書いた稲本亨さんが悩んでいた。ちなみにこれは映画オリジナルのエピソードである。念のため。
 
今回の台本はオリジナル脚本を、レイモン紀子さんがフランス語で書いて大和映像・モンドブルーメ双方の承認を取り、それを元に稲本さんが日本語台本を作成。同時にモンドブルーメでドイツ語台本、大和映像で英語台本を作成している。台本に変更があると4つの台本を同時に修正する。“次の映画”が控えているので、この4つのバージョンを同時公開したいため、こういう流れにした。多言語台本の同時修正は昨年の『白雪物語』でも実施している。
 

語り手「まずは材木を組んで骨組みを作り、帆布で屋根と壁?を作り、床の半分くらいに板を並べました。傾いていても構わないから平たい床が無いと安定して操作ができません。そして実は屋根が布で電波が通るため、室内で作業できます!」
 
「取り敢えずそこにゼフィラン(アクア)が入り、監視役!のミレイユ(アクア)、雑用係としてパーサーのセルジュ・ベルナール(七浜宇菜)(*78) も入りました。ゼフィランが機械の改造をしている間に、セルジュが暖房、食器、調理器具、寝袋などを搬入します。北東の風が強い(*77) ので、そちらにはまともな壁を作ることにし、これはゼフィランが作業をしているのと並行して、作業班が丸太を並べて壁を作ってくれました。これで随分寒さがやわらぎました」
 
「更に作業員たちは、小屋の西側に櫓(やぐら)を組み、望遠鏡で天体観測ができるようにしました。この櫓は小屋の屋根より高く、天井はガラスになっているので、凍えずに観測ができます」
 
「作業班は更に小屋内の、床を敷いていない所を掘って地下室を作ってくれました」
 
(この作業をしたのは“本物の”播磨工務店のメンツで、彼らの手際良さに河村監督が感心していた)
 
「お休みになられる時は、地下の方が多分暖かいです」
と作業員のリーダー(演:新田金鯱)。
 
「私もセルジュもそこで寝よう」
「ジルダル様は?」
「寝ている時間なんて無いはず」
とミレイユが言った所でカメラは何か計算をしているっぽいゼフィランの後姿を映す(むろん演技しているのは葉月)
 

語り手「ゼフィランはその日(?)の内に機械の改造をあらかた終え、作動させました。ミレイユは航海中もそうでしたが、普段なかなか読めない、顧客からの手紙に目を通し、お返事を書いていました」
 
「太陽が沈まないから、どうも時間感覚が分からない」(*75)
「自分の時計で生活すればいいよ」
「うん。アトランティスの時計はグリニッジ時刻のまま」
「そのほうが換算しなくてすんで楽だ」
 
「ところでミルって、結婚しないの?」
とゼフィランは訊いた。
 
「好きな人はいるよ」
とミレイユ。
 
「どこか大きな企業の社長の息子とか貴族とか?」
「仕事を持ってる人だよ」
「ふーん」
 
「もちろん結婚しても銀行のお仕事はやめないし、それを彼は納得してくれてる」
「奧さんになれという男とは結婚できないだろうね」
「うん、そんな男とは結婚しない。赤ちゃんも彼に産んでもらう」
「ああ、いいかもね」
 

(*75)(この物語の)ウペルニヴィク島の位置では、1908年の場合、5月6日から8月8日までが白夜だったと思う。白夜は気象条件によって光の屈折が変わるためこの計算から数日ずれていたかも知れない。
 
(*76) ダイナマイトは1866年にアルフレッド・ノーベルにより発明された。1875年までにそれに改良を加え、今日のものに近い形にしている。
 
(*77) ここは極地なので、常に北東の風(極偏東風)、つまり北東から南西に向けて吹く風が吹いている。それで櫓も小屋の西側に組んであまり寒くないようにした。しかし、この風が実はあとで問題になる。
 
高緯度:極偏東風 北半球では北東の風、南半球では南東の風
中緯度:偏西風 北半球では南西の風、南半球では北西の風
低緯度:貿易風 北半球では北東の風、南半球では南東の風
 
貿易風も偏東風と呼ばれることがあるので区別するため、貿易風を熱偏東風、極地のものは極偏東風と呼び分けることが多い。
 
(*78)宇菜はアクアが2人いることを知っているので、ここはボディダブルを使わずに撮影できて便利である。宇菜はコスモスや山村でさえ知らない、2人のアクアの各々のスマホ番号を知っている数少ないひとり。もっとも宇菜は2人とも女の子なのだろうと思っているふしもある。
 
宗教規律の厳しい国用バージョンでは宇菜の出番が物凄く減ってしまうので、端役ではあるが、ここで宇菜が二役登場である。長髪でフロックコートやスーツを着たセスと短髪で制服姿のセルジュではかなり印象が違うので、二役であることに気付かなかった人も結構あったようである。
 

振袖姿の元原マミが出て来て、隕石落下の衝撃について語る。
 
「ここにあげる写真(写真省略)は有名なアリゾナの隕石孔、バリンジャー・クレーター (Barringer Crater) です。、直径1.2km, 深さ200m あります。この巨大なクレーターを作った隕石は、直径30-50m くらいのサイズだったと言われています。今回の物語の隕石にわりと近いですね」(*79)
 
「この隕石衝突のネルギーは10メガトンくらいで広島型原爆のおよそ1000倍程度と推定されます。落下した時は、マグニチュード5.5の地震を起こし、半径3-4km以内が超高熱となり、衝突の衝撃で発生した火の玉で半径10km以内のものを焼き尽くしました。マッハ2の衝撃波が半径40km以内に広がりました」
 
「奇しくもこの物語が発表された直前1908年6月にロシアのツングース地区で起きた隕石落下の場合、半径30-50kmの範囲の森林が炎上し、1000km離れた所でも窓ガラスが割れたとされます。この爆発を起こした隕石は直径50-60mと推定されています。ツングースの爆発のエネルギーはバリンジャーのものの半分以下の規模と推定されます。ただしツングース事件は隕石の激突ではなく、空中爆発であったことを考慮する必要があます」
 
「ちなみに明治時代に噴火して山体を吹き飛ばした磐梯山の噴火は25メガトンくらい。エネルギー的にはバリンジャー衝突の倍くらいの規模です。また、東北地方太平洋沖地震の地震エネルギーは約500メガトンで、バリンジャー衝突の50倍です」
 

(*79) 筆者が極めて大雑把な計算をしてみた所、この物語の隕石の衝突は質量は大きいものの速度がかなり遅いので、“原作通りにぶつかった場合”、恐らくアリゾナのバリンジャー隕石の1.4倍程度の衝撃に留まるものと
思われる。それでも落下地点から10km以内に居た場合、生命の保証は全くできない。特に2km以内に居た場合は即死(即蒸発)すると思われる。
 
この計算に基づき、今回の翻案ではミレイユたちの行動、ツアー客たちの行動を一部修正している。
 
落下地点から500mの所の小屋など中に居る人もろとも瞬間的に蒸発する。また隕石が落ちた後、3日程度は“普通の装備では”見える所までも近づけない。
 
原作では、天体落下の時は「激しく揺れた」と書かれているが“激しく揺れた”程度では全然済まない。パワーの桁が違いすぎる。
 

字幕:1908年7月15日(水).
 
ボストン天文台が声明を出した。
 
(ジルダルたちがグリーンランドに到着する前であることがミソ)
 
朗読者1(西宮ネオン)「我々はフォーサイス・ハデルスン天体の動きを慎重に観察してきた。5月30日から6月9日に見られた不規則な動きが消え、6月10日から7月5日に掛けては秩序のある何かの力が作用して軌道がずれてきた。そして7月6日以降はその未知の力も消え、この10日間、天体は地球の引力だけを受けて物理法則に従った動きをしており、高度も降下してきた。ここまで降りてくると、空気の抵抗などもあるので、天体が元の軌道まで上昇することは考えにくい。従って天体は落下するものと思われる」
 
「空気抵抗などは予測しがたい面もあり、また何かの作用が働く可能性はあるが、現時点では下記のことが予測できる」
 
(1) 天体は落下する
(2) 現在の動きが保持された場合、落下はグリニッジ時刻で8月19日の2時から11時の間であろう。
(3) 落下はグリーンランドのウペルニヴィクを中心とする半径10kmの周囲と思われる(*80).
 
語り手「この発表が行われると、金鉱株はそれまでの価格の5分の1程度まで暴落しました。相場が底まで落ちたところで、ルクール銀行は、ミレイユが予め出しておいた指示にもとづき、先に空売りしていた金鉱株を全て買い戻しました。これによって同銀行は莫大な利益を得ました」。
 

(*80) この声明は明らかに矛盾している。落下時刻を2時から11時までという物凄い時間幅で予測しているのに、落下地点が特定できるわけがない。9時間もあれば、天体は地球を5周するのに!(落下地点候補が5つできるはず)
 
しかし小説の展開としては、場所を特定しないと話が進まないので、ここは誤魔化したものと思われる。
 
ゼフィランが正確に落下地点を制御できるのは、自分で軌道を管理しているし、自分で大気圏突入のタイミングと角度を制御するつもりだからである。
 
むろんこれは難しい計算である。1979年のスカイラブ落下の際には、NASAはアフリカのケープタウン南南西1000kmの海上に落とすつもりだったのが、僅かな計算ミスがあり、実際にはオーストラリア南西端近く、パース(Perth) という町に落下してしまった。幸いにも怪我人などは無かったが、町長はジョークでNASAに400ドル(10万円)の罰金を科した。NASAは黙殺していたが、2004年にアメリカのテレビ番組がこのことを取り上げ募金を呼びかけた。そして400ドルをNASAに代わって町に届けた。
 

振袖姿の語り手(元原マミ)が出て解説する。
 
「グリーンランドは世界最大の島です。大陸ではないかという意見もあります。グリーンランドという名前は10世紀に活躍した“赤毛のエリク”(Erik the Red) が付けたものです。彼は元々はノルウェー人ですが、故あってアイスランドに住んでいました。982年頃、アイスランドの西に大きな島か大陸があるという噂を聞き航海してこの島に辿り着きました。彼は3年ほど島の周囲を探検して回った末、人を集めてここを開拓しようと考えました」
 
「アイスランドが、その名前からしていかにも寒そうなので、新しい土地には人がたくさん来てくれるようにと、グリーンランド、緑の島と名付けたと言われます。結構な入植者が集まり、町も作られて400-500年にわたり栄えました。しかし、この入植地の人々は後に絶滅してしまいました。原因は寒冷化などによる栄養失調という説が有力です」
 
「13世紀頃に今度はカナダ方面から移住してきた人たちがあり、彼らが現在のグリーンランド人、別名カラーリットの祖先となりました。ノルウェー出身の移民たちの絶滅原因は、彼らとの争いに敗れたためという説もあります」
 
「17世紀になってから今度はデンマークとノルウェーが共同で開発をおこない、カラーリットたちを軍事力で屈服させました。その後、ノルウェーは撤退。第二次世界世界大戦中はアメリカが一時的に保護しましたが、戦後デンマークに戻されました。1979年に自治政府の設立が認められ、自治権を獲得しました」
 
「この小説が書かれた時期はデンマーク単独管理時代ですが、ヴェルヌの小説では、グリーンランドは数年前にデンマークから独立したことになっています。彼がこの小説を書いた1901年の時点では、多分数年後に独立が認められるだろうと考えていたのかも知れませんが、実際の独立にはそれから100年以上かかることになりそうです」
 
「ちなみにこの小説の中ではアメリカ国旗の星の数が51個になっています。51番目の州はどこになると思っていたのでしょうか?」
 

映像はどこかの港町に移る。
 
字幕:1908年7月27日(月) チャールストン港。
 
語り手「フォーサイス・ハデルスン天体がグリーンランドに落下するというニュースに、多くの人がそれを見に行こうとしました。旅行会社が仕立てた蒸気船モジーク(Mozik) がこの日、サウスカロライナ州のチャールストン港を出発しようとしていました。これ以外にも世界各地から多数の客船がデービス海峡を越えてバフィン湾に行こうとしていました」
 

 
「ちなみに、デービス海峡やバフィン湾は冬になると氷山が多数漂うので航行不能になります。短い夏の時期のみ航行できます。タイタニックが氷山と衝突して沈没したのは、デービス海峡の南側、ラブラドール海の南端より更に1000kmほど南方です。あれは1912年4月のことでした。この物語の4年後です」
 
まだ充分自分を取り戻していない風のフォーサイスと、彼の忠実なしもべであるトム、そして付き添いのフランシスが乗り込む所が映される。彼らが乗り込んだ後に、今度はやはり同様にまだ自分を取り戻してない風のハデルスンと付き添いにジェニーが乗り込む所が映される。
 
語り手「フォーサイスは黒いフロックコートを着ており、トムは乗り込む段階では、夏なのでワイシャツ姿ですが、航行中に緯度が上がって気温が下がれば防寒着を着るのでしょう。フランシスはグレイのスーツを着ています」
 
「またハデルスンは黒のフロックコートで、ジェニーは白いドレスですが、彼女も航海中に緯度が上がっていけばズボンを穿き、防寒着を着る予定です。グリーンランドでスカートを穿くのは無理なので、少し、はしたない気はしたのですが、フランシスの勧めでズボンを穿くことにしています」
 
「フランシスとジェニーはフローラ・ルーも含めた話し合いで、2人でフォーサイスとハデルスンに付き添うことを決めました。ただ、顔を合わせるとまた喧嘩するかも知れないということで、両者の船室は離れた場所に確保しました。ミッツ、フローラ、ルーはお留守番です」
 

語り手「この船にはグリーンランドの資源大臣・エヴァルト・デ・シュナク (Ewald de Schnack) も乗っていました。彼はアメリカで開かれていた天体の帰属に関する国際会議に出席していたのですが、会議は行き詰まっている中、天体がグリーンランドに落ちるという予報が出たので、独断で帰国して天体の落下に立ち会うことにしました」
 
映像はフロックコートを着たシュナク(演:揚浜フラフラ)が映る。
 
語り手「当時はまだグリーンランドには海底通信ケーブルが来ていないので、アメリカからグリーンランドへは手紙以外の通信手段がありません。その手紙も船で運ばれるので、ほんの一週間では首相の意向を確認できませんでした。しかし国際会議もしばらく親睦会が開かれるだけで実質的な審議が停止した状態(会議は踊る?)だったので多分帰国してもよいだろうと判断したのです。一応首相への手紙では、自分は帰国するという件に加え、大量に人が行くと思うので補給の体勢を整えて欲しいと書いておきました。旅行会社各社もグリーンランド政府に協力を求める要請書を手紙で出しているようです」
 
「天体が陸地に落ちるか海に落ちてしまうかは全く分かりません。しかしシュナクは島の地面の上に落ちるものと考え、その莫大な金(きん)をどう使うか、捕らぬ狸の皮算用をしていました。航海中、彼は様々な国の政治家と会話を交わしました。どこの国もグリーンランドと仲良くしようと熱心です」
 
「一方、フランシスとジェニーは、天体が海に落ちてくれるよう祈っていました」
 

映像は船のレストランで、フォーサイスたちと、ハデルスンたちが近い席に座っている所を映す。
 
フランシス(鈴本信彦)はハデルスン博士(チャンネル)に挨拶に行きます。
 
「ご無沙汰しております、博士。お元気でしたか」
「ああ、元気だよ」
と博士は、あらぬ方向を見たまま答えました。
 
語り手「ハデルスン博士はフランシスを全く認識していない雰囲気です!フォーサイスとハデルスンは近くの席に座っているのに、お互いの存在に全く気付きませんでした」
 
(こういう演技は下手な役者にはできない。ケンネルもチャンネルも美事だった)
 
ジェニーが少し離れた所でフランシスと話す。
 
「お父ちゃんも、フォーサイスさんも、魂が抜けたままだね」
「あれから2ヶ月半。ずっとこの状態」
「こちらも。今ならフランシスが私のドレス着てお父ちゃんに話しかけたらきっと私が話しかけてると思うよ」
「さすがにぼくにジェニーのドレスは入らない」
「コルセットで締め付けたら何とかなるかもよ」
「窒息しそう」
 
(公開時には、鈴本君、細いからビンゴアキちゃんのドレス着れるかもという意見多数)
 

字幕:7月30日(木)ボストン港。
 
語り手「モジーク号はチャールストンを出た3日後の7月30日、ボストン港に寄港しました。食料・水・石炭の補給が目的ですが、ここで数十人の客が旅を中断して下船しました。彼らはここまでの航海で船酔いしてしまいました。大西洋やグリーンランドの海はこんなものじゃないと聞き、とても耐えられそうにないというので中断することにしたのです。モジークはここで元々ここから乗ることを予約していた人に加え、下船した乗客の船室が空いた分、キャンセル待ちの客を乗せました」
 
映像は、白いスーツを着た、セス(七浜宇菜)が船に乗り込む所を映す。
 
「セス・スタンフォートもそのキャンセル待ちで乗ってきたひとりでした。彼は日本行きをサンフランシスコで中断した後、中華街で日本の忍者が使っていたという手裏剣(本当か?)をゲットしますが、実はアルケイディアとの連絡方法がありませんでした。お互い旅行好きで、いつも旅をしているので、各々の本来の家には、めったに帰らないのです」
 
「彼は5月13日に離婚した時は女性になっていましたが、アルケイディアのことを考えながら、中華街で“シーホース”という、オスが子供を産むらしい、小さなドラゴンのような形をした金色の干し魚を食べたら、また男になってしまいました」
 

セスの心の声「おぉ、またちんちんできちゃった!これいいなあ。もうぼくはこのままずっと男で良い気がする。男の服持ってきてないから、取り敢えず2枚くらい買ってこなくちゃ。それに男に戻れたら、アルカと再度結婚できるかも。彼女どこに居るのかなあ」
 
(宇菜の本音では?という声多数。宇菜様が男になったら結婚したいという女性ファンの声多数)
 
語り手「セスは来た時とは別の鉄道会社の大陸横断特急でニューヨークまで戻り、更に地元のボストンに戻って、市民登録の性別を男に変更しました。その後、女の服は家に置き、男の服を持ってしばらくカナダ旅行をしていました。トロントに滞在していた時、ボストン天文台が、フォーサイス・ハデルスン天体がグリーンランドに落ちると予測したニュースを聞きます。興味を感じ、いったんボストンまで戻って天体落下見学ツアーを予約しようとしましたが、既に予約満杯でキャンセル待ちを登録しました」
 
セスの心の声「アルカはどうしてるかなあ。あの子もグリーンランドに行くだろうけど、チケットは確保できたかな?」
 

語り手「モジーク号は8月1日ボストンを出港した後、ポーツマス、ポートランド、ハリファックス沖を通過し、セントローレンス湾に入ります。ベルアイル海峡を通ってラブラドル海に出ます。ここから先は氷山によくよく注意しなければならない領域です」
 
「氷山の回避は、充分な距離を取っておこなう必要があります。氷山で海の上に出ているのは、ほんの11%で、水面下にその8倍の塊があります。そこまで余裕を見た回避が必要なのです。タイタニックの場合、水面上の氷山を避けたつもりが、水面下の部分に激突してしまいました」
 
「モジーク号は事故も無くラブラドール海を北上。デイビス海峡の南側を横断してグリーンランド沿岸に到達します。モジーク号は8月7日朝にコンフォート岬 (cap Confort) (*81) の沖合を通過しました」
 
語り手「やがてモジーク号はグリーンランドの首都ゴットホープ、現在のヌークに到着。ここで若干の補給をおこないました。新鮮な魚が手に入り、料理人が喜びます。そしてここから北上し、ホルスタインボルク (Holsteinborg) とクリスチャンシャープ (Christianshaab) (*82) を通り、8月9日の早朝、ディスコ島 (Disko island) (*83) に到着しました」
 
「そして8月10日の夕方6時、ウペルニヴィク島から20kmほど離れた有人島ナヴィク島に到着(*84)。西側の港に停泊しました」
 
↓再掲

 

(*81) 英訳本では Cape Comfort と書かれている。ConfortかComfortか不明だが、とっちみちそれらしき岬を見付けきれない。おそらく名前が変わったものと思われる。グリーンランドでは、17世紀以降にヨーロッパ人が勝手に付けた名前を、自治政府成立後次々と本来の名前に戻している。ゴットホープ→ヌークなどは分かるが、変更履歴を追えない名前も多い。
 
(*82) いづれも自治政府樹立後、グリーンランド語の名前に戻されている。Holsteinborg→Sisimiut, Christianshaab→Qasigiannguit.
 
(*83) ↑の地図で見るディスコ島の上に見えるもうひとつの大きな島のようなものは島では無く半島で、ヌースアク(Nuussuaq)半島 である。この半島の上に小さな島が2つ並んでいるが、その右側が実はリアルのウペルニヴィク島。位置は 71°16′N 52°45′W で、小説本文に書かれた位置とあまりに違いすぎる。それで今回の翻案ではこの島を採用せず、小説に書かれた緯度経度にある島のほうをモデルに、小説の記述に沿う架空の島を想定した。
 

(*84) 原作ではウペルニヴィク島に停泊したことになっているが、それでは天体落下の際の激烈な熱風と津波で大量の死者が出てしまう(全滅するかも)。それで観光船は近くの別の島に停泊したことにした。この映画における“ナヴィク島”はリアルのウペルナヴィク島をモデルにした架空の島である。
 
ウペルナヴィク島は18世紀にデンマーク人により開発された古い島である。イルカやアザラシ、北極熊の狩猟などが主たる産業である。ウペルナヴィクは「春の島」という意味だが、別名の“女の島”というのは、もしかしたら昔は女性はこの島に留まり、男たちが内陸に入って狩猟をしたりしていたのだろうか?
 
ここは人口も多く、現在は空港もある。実は空港ができたことで一般の人も来られるようになった。ウペルナヴィクと周辺の島々の間はヘリコプターで結ばれている。この付近の海は氷山が多くて危険なので、フェリーは運行される時より欠航する時のほうが多い。
 
ウペルナヴィクは、かなりとんでもない場所にある米軍のチューレ空軍基地を除けば、ほぼ北限に近い町である。
 
現代では、ウペルナヴィクにはホテルや塔を持つ教会もあるし、大学の分校に、体育館とか“世界で最も北にある美術館”まで存在していて、実は結構観光客が来る。小説に描写されている“ウペルニヴィク”の様子は、実はむしろウペルナヴィクの実情に似ている。
 

島の映像が流れながら、解説が入る。
 
語り手「グリーンランドは寒い国ではありますが、観光船が停泊したナヴィク島はグリーンランド語で“春の島”という意味で、別名“女の島”とも言います。バフィン湾に面しているため、比較的暖かい島です。冬季も零下20度くらいまでしか気温は下がらず、7月から8月の間は気温はプラス7-8度まで上昇し、氷も解けてナヴィク・フィヨルドの内側まで船で行くこともできます。12月から6月まではフィヨルド内は氷で覆われてしまうので、犬ぞりでしか移動できません。目的のウペルニヴィクはこのフィヨルドの奥にあります」
 
「人口数百人の小さな町なので、押し寄せて来た4000-5000人の見物客を泊めたり食事を提供するキャパはありません。それで見物客たちはみな船の上で過ごし、船の上で食事を取りました」
 
「シュナク資源大臣はここで首都から駆けつけて来た首相(演:健康バッド)と会うことができました。首相はシュナクの帰国を追認し、天体落下を見届けて欲しいと要請しました。首相は警備兵50人(*85)を連れてきていましたし、大量の食料や石炭・水に加え、多数の衣類も持って来てくれていました」
 
「実は見物客の中には防寒着を持っていない客、信じがたいことにドレスなどを着ている女性客も結構いたため、グリーンランド政府が用意した衣類がこれらの来客に配られました。食料・石炭・水は有償で提供しましたが、これらの衣類はグリーンランド政府から客たちにプレゼントされました。首相は観光船の多さに驚いたようで、まだ持って来させると言って、首都に戻りました」
 

(*85) 警備兵に扮したのは信濃町ガールズ関東のメンバーたちである。健康管理されているので、使いやすい。ほとんどが女子だが、警備兵の制服を着ていると性別が分からない。ついでに顔もほとんど分からない!
 

語り手「モジーク号が到着して5日半後の8月16日朝、ここに集まった船の中では最後の船となった蒸気船オレゴン (Oregon) 号が到着しました。船には51個の星が並ぶアメリカ合衆国の旗が立っていて、アメリカから来た船であることが分かります」
 
↓51星旗想像図

 
「船から大きな荷物を持った1人の男性が水夫の漕ぐ小型ボートで上陸しました。彼はすぐにナヴィクの町役場に向かいました」
 
映像は、ボートから男性(演:計山卓)が降りてくる所を映す。彼は通り掛かりの人にデンマーク語で尋ねて町役場に行く。そこに町長(演:高牧雅秋:友情出捐)とシュナク大臣(揚浜フラフラ)が居る。
 
「グダー(こんにちは)。ボストン天文台から参りました」
「あなたがJ.B.K.ローウェンサルさんですか!?」
「いえ。私は使い走りの研究員でワーフ(Wharf)と申します。天体落下の様子を見てくるよう天文台長に言われて、やって参りました」
「お疲れ様です」
 
彼が持って来た大きな荷物は天体望遠鏡だった。
 
※高牧雅秋は今井葉月の伯父(父の兄)で黒部座の社長(座長)。
 

セス・スタンフォート(七浜宇菜)が上陸して散歩していたら、最後に到着したオレゴン号から乗客が20-30名、ボートに乗って降りてくるようだった。何気なくその様子を見ていた時、彼はひとりの人物に気がついた。
 
手を振ると向こうも笑顔で手を振った。
 
ボートが接岸し、乗客が降りてくる。
 
「アルカ!」
「セス!」
と言ってふたりは駆け寄り、お互いに手袋を外して握手した。でもすぐ手袋を填めた。ここは素手でいるのは寒すぎる。
 
(舞台が現代の映画ならキスしてる)
 
「少し散歩しよう」
「うん」
 

「セスはいつ着いたの?」
「モジークという船に乗ってきたんだけど、一番乗りだったみたい。到着したのは、8月10日」
「早いね!」
「アルカどうしてるんだろう?見に来ないのかなあと思ってたけど会えて良かった」
「私も嬉しい」
 
2人はしばらくナヴィクの町を歩く。。
 
「家はみんな赤く塗ってる」
「白い雪の中では赤い家が目立っていいのかもね」
「材料が煉瓦じゃないみたいね」
「この付近の家は木で作るらしいよ」
「煉瓦でおうちを作るお金が無いの?」
「木の家の方が煉瓦より暖かいらしい」
「そうだったのか!国土も広いし、あまり開発の手が入ってないだろうから森はたくさんあるのかなあ」
「寒すぎて木が育たないみたいね」
「そっかー」
「北緯70度くらいが森林限界だから。グリーンランドの南端付近には少しだけ森がある。でも大半はノルウェーとかから輸入しているみたい」
 
「セスは白い防寒着を着てるのね」
「白い国に行くなら白い服がいいかなと思って」
「私も思った!でも完全な白だと雪の中で倒れてても見付けてもらえないかもと思って薄いグレーにした」
「なるほどー」
 
「でもここはグリーンランドじゃなくてホワイトランドと改名すべきよ」
「あはは。でもそれだと名前聞いただけど凍えそうだよ」
 

「ところで・・・」
とセスは聞きたくてたまらなかったことを訊いた。
 
「うん?」
「アルカ、今も女?」
 
防寒服を着ていると性別がよく分からない。
 
アルカが無言で自分の市民登録証を見せる。アルケイディア・ウォーカー Sex:F と書かれている。
 
「良かった。女の子のままなんだね。僕は男になったよ」
「へー」
それでセスが自分の市民登録証を見せると、セス・スタンフォート、Sex:M と書かれている。
 
「だから結婚できるよ」
とセスが言うと
 
「それは考えておく」
とアルカは答えた。
 

「でも、私、男になっちゃった」
とアルカ(アクア)は言う。
 
「嘘!?」
とセス(七浜宇菜)は驚く。
 
「5月18日にワストン西駅でセスを見送ってからさ。いったんワストン東駅からニューヨークに行って、アルゼンチン行きの船を待ってる最中に、ボストン天文台が、まだ天体は落ちるかどうかも不明と発表したニュースを聞いて」
 
「ぼくはそれサンフランシスコまで行ってから聞いた」
「お疲れ様」
「そうだ。お土産の、忍者の手裏剣」
と言って、セスはバッグの中から手裏剣を出してアルケイディアに渡した。
 
「日本まで行ったの!?」
「行ってない。これはサンフランシスコの中華街で買った」
「へー。中華街か」
と言いながら、アルケイディアは手裏剣を弄んでいる。
 
「アルカは結局、乗る前に旅行中止?」
「そそ。それで代わりにドミニカ共和国(*86)行きの船に乗って」
「へー」
 
「しばらくのんびりと過ごしている内にある朝起きたら男の身体になってて」
「うーん・・・」
 

(*86) イスパニョーラ島(ハイチ島)の西半分がハイチで東半分がドミニカ共和国である。
 
ドミニカ共和国の語源は旧名のサントドミンゴ(聖ドミンゴ)から来ている。この名前は現在も首都の名前として残る。一方“もうひとつのドミニカ”、グアドループとマルティニークの間にあるドミニカ国はコロンブスが日曜日(スペイン語でdomingo)に、この島に来たのでドミニカと呼んだのが残っているものである。つまり両者の語源は全く異なる。ドミニカ国の本来の名前はワイツクブリである。将来的にはその名前に戻るかも知れない。
 
日本ではドミニカ共和国のほうが有名で、単にドミニカというとそちらを指すが、アメリカ界隈で単に“ドミニカ”というとむしろドミニカ国を指し、サントドミンゴのほうは必ず“ドミニカ共和国”と呼ぶ。
 
女の子が12歳くらいになると男の子に変わってしまう現象(グエベドーセ)が多発しているのはドミニカ共和国の西部にあるラス・サリナスの町である。
 

「思うに、私もセスも、元々性別が不安定なんじゃないかなあ。青いキノコとか赤い卵とか食べたのは単なるきっかけに過ぎない気がする」
「そうかもね」
 
「その時は、きゃー、またちんちんできちゃった。やだなあと思って、取り敢えず男の服に着替えなきゃ、また市民登録証の性別も変更しなきゃと思って帰国したのよね。それでトレントン(ニュージャージー州)にいったん戻ったんだけど、帰国途中いろいろ考えている内に、別に身体が男でも、自分が女として生きたいのなら、女として暮らせばいいんじゃないかという気がして」
 
セスは腕を組んで考えている。
 
「だから私、ずっと女の服を着ていることにした。法的な性別も、もう女のまま変更しない。ずっと身体が男のままでも構わない。私は女として生きる」
 
「それでいいと思う」
とセスは即答した。
 
「ぼくもこのままずっと男として生きようかな。もしまた女に変わってしまっても」
「いいと思うよ」
とアルケイディアも言う。
 
「だからさ、セス、もし私が男の身体でもよかったら・・・」
とアルケイディアは言いかけたが、その時セスに声を掛ける人があった。
 
「スタンフォートさん、船に戻るボートが出ますよ」
「あ、はい」
とセスは返事をした。
 
(この声だけで顔が映らなかった人物はカメラマンのひとり、田崎潤也)
 
「じゃ、話の続きはまた後で」
「うん。セスが乗ってる船、何と言ったっけ?ムスカ?」
「モジーク。じゃまた」
「また」
と言って、2人は握手して別れた。
 

語り手「天体が落下するのは、ウペルニヴィク島から10km以内の範囲という予想なのですが、フィヨルドの奥で暗礁もある上に氷山も漂っており、大きな船が近づくのは危険とナヴィク町長から言われました。また島には漁船が着けられる程度の小さな港しかありませんし、人も住んでいません。更に天体が落下した時に、万一船に衝突したら大変危険ということで、みんな20kmほど離れたナヴィク島で待機していました」
 
「幾つかの船は現地の人の漁船に先導してもらって、ウペルニヴィク島を見に行きました。ただし、西岸と南岸を見ただけで帰ってきました。東側は氷山が多く、北側はナヴィク・フィヨルドの本流なので、どちらも危険という話でした」
 
「ボストン天文台のワーフは現地で天体を観察し、既に高度180km付近まで降りてきていることを確認しました」(*87)
 
「9月16日と17日は天気が悪く、ブリザードが吹き荒れていました。どの船も客の上陸を禁止し、見物客たちは船の中で過ごしました」
 

(*87) 原文では、高度がかなり低くなってきているのを確認したとだけある。しかしJ.B.K.ローウェンサルの7月15日の発表では天体の高度が50kmくらいまで下がっていると語っている。これはおかしい。人工衛星はだいたい高度150km程度以下になると、空気抵抗により失速し、衛星は墜落してしまう。流れ星が発光し始めるのがだいたい高度150kmの付近である。このあたりは、1900年頃の宇宙科学の水準では分からなかったろうが。
 
日本の試験衛星『つばめ』は2019年に高度167.4 kmの軌道を7日間維持して、低軌道衛星の世界記録としてギネスに認定されている。
 

8月18日早朝。
 
夜通し、フォーサイス・ハデルスン天体を観測していたボストン天文台のワーフ研究員は、天体が見える範囲を通過する度に、どんどん明るくなってきているのを認識した。0時頃の観測で東の空に見えた天体が、1時半頃の観測、3時の観測、で天頂に近づいてくる。4時半の観測ではもう今落ちるのではとも思ったが、落ちずに南の空へ遠ざかっていった。
 
(この緯度が近地点なので、ここを通り過ぎると地球から離れ、1時間半後まで戻って来ない)
 
「これは確かに6時頃の接近でここに落ちそうだ」
と彼は呟いた。
 

朝5:50頃、北の空に大火球が現れる。ワーフ(計山卓)は震え上がった。
 
「やばい!」
 
彼は観測機器を町役場の庭に放置したまま、建物の中に駆け込んだ。そして町長(高牧雅秋)と資源大臣(揚浜フラフラ)を起こす。
 
彼が資源大臣を起こそうとしていた時、外は熱帯の昼間のように明るくなり、物凄い衝撃音が2度続いた。地面が激しく揺れ、ワーフも町長もその場に倒れる。3人が表に出て東の空を見ると、巨大なキノコ雲ができていた。
 
「何あれ?」
「あんな雲、見たことない」
「天体が落ちた衝撃でできたのだと思います」
「あんな凄い雲ができるのなら、もし近くにいたら・・・」
「一瞬で蒸発したでしょうね」
「ひゃー!」
 

語り手「このあと、島には大量の黒い雨が降りました。どうも衝突の衝撃で上空に吹き飛ばされた土砂が雲に到達し、雨になって降ってくるようでした。なお、核爆発ではないので、この“黒い雨”に放射能は含まれていません」
 
「シュナク資源大臣はすぐに、派遣されてきている警備兵たちに指示し、港に停泊している船に被害が出てないか聞き取りに行かせました。また警備兵の半数とこの町の警官(全部で2名)、不測の事態のために待機していたボランティアの人たちで、住人たちに被害が出てないか町内を見て回りました」
 
「町や観光船などで大混乱が起きている中、1隻の船が全速力で南に向かって走って行ったことに、ナヴィク島内と停泊中の船に居た人たちは誰も気付きませんでした」
 
「島内の住民たちはみな寝ていたので、激しい衝撃音と揺れで全員飛び起きたものの怪我人はほとんどいませんでした。家屋も激しく揺れましたが、木造住宅の強みで、壊れたりした家はほとんどありませんでした。窓ガラスは結構割れていましたが、みんな取り敢えず布や板で塞ぎました。年寄りや女ばかりの家では、見回りで訪れた人たちが片付けたり、応急修理をしてあげました」
 
「ナヴィク湾には物凄い津波が来て、一部の港湾施設に被害が出、小型の漁船がかなり壊れたものの、岸から離れて停泊していた客船の中には転覆した船はありませんでした。しかし立っていた人は全員転倒し、船室の窓ガラスがかなり割れました。窓を塞ぐ材料が足りないので、乗客の衣類を借りて窓を塞いだりしました。このあたりの処理は各々の船のクルーやスタッフで何とかなりそうでした」
 
「まだ朝になる前でデッキに出ていた人が居なかったのも幸いでした。デッキにいたら、間違い無く海に投げ出されていたでしょう」
 

字幕:夕方、町役場。
 
「住民は全員寝ていたので、怪我人は無かったようです。一軒だけカツェルターシビクで、古い家が崩れてしまったんですが、住んでいた人たちに怪我はありませんでした。親戚の家に避難しています。衣類と食料を提供しました。ほか崩れた家が10軒ありましたが、全て無人でした」
と警官1(演:滝沢小股)が町長に報告する。
 
「旅客船のスタッフの中で、警備で巡回していた人や、朝食の準備をしていた人の中に、転んだり、また揚げ物をしていてその油が掛かって軽い怪我や火傷をした人が全部で52名ありましたが、全員、船に積んでいた医療品で何とかなるらしいです」
と兵士2(演:沢村明美:男子@信濃町ガールズ関東)も報告した。
 
「それは良かった。もう君たちが女だと言われても驚かないくらいびっくりしたよ」
と町長が言うと、警官が困惑したような顔をしている。
 
「どうかした?」
「本官は女でありますが」
と警官1(滝沢小股)。
「こういう時にそういう冗談はやめてくれる?」
 
「自分は子供の頃、よく女に間違われました」
と兵士2。
「ああ、君は女にしてあげたいくらい可愛い顔をしてると思うよ」
と町長も言った。
 
語り手「ともかくも8月18日は夕方までこの激しい衝撃波や津波の被害の処理で島民も船員・船客たちも忙殺されました」
 

語り手「8月19日(水)、住民や見物客たちも少し落ち着いてきたので、シュナク大臣は“天体が落下した?”場所を調査してこようとしたのですが・・・」
 
「無理です。これ以上近づけません」
と兵士1(横川光照@信濃町ガールズ関東)の声。
 
語り手「あまりにも熱くて近くに寄れないのです。この日、シュナクたちは恐らく天体が落下したと思われるウペルニヴィク島から3kmほどの地点で引き返さざるを得ませんでした」
 
「こんなに熱いということは。天体はやはり島に落下したかね」
とシュナク(揚浜フラフラ)が期待を持って訊くが、ワーフ研究員(計山卓)は
 
「分かりません。大半が海に落ちたものの、天体に熱せられた岩などが熱を持っている可能性もあります」
と冷静に答えた。
 
語り手「この日の観察では、近くの島の氷雪が全て融けて地面が露出しているのが観察されました。あたりには氷山なども見当たりません。全て天体衝突の熱で融けてしまったようです。フィヨルドがかなり増水していました。島々には山火事がおきたような跡も見られました、地衣類などが燃えたのでしょう。観光船の乗客たちの関心は、天体が地面に落ちたのか、海に落ちたのかでしたが、この時点では、政府にも判断が付きませんでした。地面か海か賭けをしている客も多くありました」
 

語り手「天体落下の調査は20日も行われました。海上からの目視で、どうも天体は島の北岸付近に落下したようだというのが分かりますが、あまり近寄れないので詳しくは分かりません」
 
「島の北岸にあった山が無くなってる」
と町長。
 
「衝突の衝撃で吹き飛んだのでしょうね」
とワーフ。
 
語り手「島の南側の港には上陸できるようでしたので、シュナク、ワーフたち、および兵士が上陸します。しかし熱さのため北岸までは到達できず、途中で引き返すことになりました」
 
「でもこの分だと明日には確認できるかな」
とシュナク。
「断定はできませんが、明日なら、もう少し冷めて、落下地点を少し離れた所から確認できる可能性はありますね」
とワーフも答えた。
 

語り手「8月21日(金)、シュナク大臣やワーフたちの他に、天体の様子がどうなっているか知りたくて待ちきれない見物客の一部も見に行くことにしました。12隻の観光船の各船から5名ずつ合計60名が参加します。ただし見物客の中に居る、フォーサイス氏(ケンネル)とハデルスン博士(チャンネル)は、特に一緒に行くことを許されました」
 
「見に行く人たちは、原則30歳以下で体力があり、道なき道を歩ける人という条件でした。フォーサイスやハデルスンは条件から外れますが、付き添いとしてフランシス(鈴本信彦)とジェニー(ビンゴアキ)も同行することで許可されました」
 
「フォーサイス氏とハデルスン博士は、天体を見に行くというと、フロックコートに着替えました。天体落下のせいで気温が上がっているので、実際防寒着を着なくても結構行ける感じでした。フランシスとジェニーは、普通の服の上に念のため防寒着を着ました。ただしジェニーは下はズボンですし、靴もプリムソールです。これはスニーカーの原形のような靴です。いくら気温が上がっていても、さすがにスカートで外に出るのは無理でしたし、ヒールのある靴では歩けないような所を通る可能性がありました」
 

「各船から選ばれた乗客の中にはモジークに乗ってきたセス・スタンフォートと、オレゴンに乗ってきたアルケイディア・ウォーカーも居ました。ふたりは互いを見付けると手を振って近寄り、手を繋ぎました」
 
映像はセス(七浜宇菜)とアルケイディア(アクア)が手をつなぐ様子。
 
「調査用のグリーンランド海軍の船がウペルニヴィク島に近づくとみんなその暑さに驚きます。防寒着を着ていた人たちはそれを脱ぎました。船は島の南東にある港に入り、そこから数回に分けてボートに乗り、上陸しました」
 
「島の西岸は山が海岸近くまで迫っているので、東岸の古い猟師道を歩いて落下地点と思われる北岸まで行くことにします。フォーサイスとハデルスンは、いよいよ“自分の天体”が見られるというので、とても嬉しい顔をしていました。ふたりは前後して歩いているのですが、お互いのには全く気付いていないようです」
 
フランシスに手を引かれたフォーサイス、ジェニーに手を引かれたハデルスンの映像。そのすぐ後ろに、手をつないだセスとアルケイディアが歩いている。
 
(この見物客は実は、§§ミュージックのスタッフ!参加者は5000円の商品券と撮影弁当をもらって喜んでいた)
 

道のような道でないような所を一行は歩いて行く。
 
シュナクはワーフに語っていた。
 
「この天体が我が国に落ちたのは大きな天の恵みです。この金(きん)で、グリーンランドは他国から借りている債務を返済して、首都に多数の人が住める住宅を作り、製鉄所とかも建築して・・・・」
 
歩いて行くと、結構崖崩れして道が途切れている所もある。そういう箇所は少し内側の高い所に回避するが、これが結構な体力を使う。
 
「私プリムソール履いてきて良かった」
などとジェニーが言っている。
 
それでもひとりで歩くのがやっとである。とても父親まで引き上げきれずに困っていたら、後ろを歩いていたセスとアルケイディアが助けてくれた。
 
「ありがとうございます」
「私たち、あちこち旅をして回っているから」
「結構な山道とかも歩きますよ」
「凄いですね」
「おふたりはご夫婦?」
とアルケイディアがフランシスとジェニーを見て言う。
 

「それが・・・」
と言って、フランシスは自分たちのことをセスたちに話した。
 
「フォーサイスさんとハデルスンさんが対立しているのは知ってたけど、子供たちの結婚にまで文句付けなくてもいいのに」
とアルケイディアが怒って言う。
 
「親と子供は関係無いよ。親は放っといて結婚しちゃえばいいよ」
とセスも言う。
 
「この旅が終わってワストンに戻ったら、たとえ反対されても結婚しちゃおうと言っているんですよ。教会だとあれこれ言われるかも知れないけど、無宗教で判事さんのところで結婚する手もあるし」
とフランシスが言うが、ジェニーは悩むような顔をしている。
 
「私たちもプロス判事さんの所で結婚したんですよ」
とアルケイディアが言う。
 
「そうだったんですか!」
「合衆国の法律には、結婚式は教会で挙げなければならないなんて書いてないですから」
とセスも言う。
 
「それもいいかなあ」
とジェニーもやっと言った。
 

角を曲がった所で、猛烈な暑さを感じる。しかしそれよりもみんなの目に“それ”は映った。
 
「天体だ!」
「やはり地面に落ちたんだ」
「でも物凄く熱くなってるみたい」
「あれ熔けてるよ」
「もう少し近づいてみよう。暑いけど」
 
と言って、みんな近寄る・・・が唐突に、あり得ないものを見た。
 

そこには、左右にずっと続くフェンスがあり、紙が貼られていて、下記のような文章が、英語・フランス語・デンマーク語で書かれていた。
 
《私有地に付き立入禁止》
 

シュナクは戸惑うように立ち止まった。
 
「こんな所に私有地があるって凄いですね」
とワーフ。
「いや、そんな馬鹿な。南国のリゾートなら私有地があるのも分かるけど、こんな何も無い場所になぜ私有地とかあるんだ?」
とシュナク。
 
落下した天体は目に見える場所にある。ここから2kmくらいだろうか。しかしここに私有地がある。私有地に勝手に入ることはできない。
 
シュナクが連れてきた警備兵たちは無言で立っている。しかし見物客たちの間には、戸惑いの空気があり、やがて小さな囁き声が生まれ、次第に大きくなってやがて彼らは勝手な行動に出た!
 
フェンスを乗り越えだしたのである。見物客たちの7割くらいがオーバーフェンスして“私有地”内に入ってしまうと、大臣と町長、それにワーフは顔を見合わせた。
 
「どうしますか?」
と町長が訊く。
 
「入ろう。国として“被害の調査”をして、必要なら、所有者に国が“支援する”必要があるかも知れない」
とシュナクは言った。
 
それでシュナクもフェンスを越えて私有地に入っちゃった。シュナク大臣が入ると、町長、ワーフ、兵士たち、そして様子を伺っていた20人ほどの見物客もそれに続いた。大臣の後で中に入った見物客の中に、フォーサイス、ハデルスン、付き添いの2人、そしてセスとアルケイディアもいた。
 

しかし私有地に無断侵入した群衆はまたいったん停止する羽目になった。
 
敷地内に立っている小屋から、ひとりの男性が出て来て、言ったからである。
 
「君たち、何してるんだ?ここは私の私有地だぞ」
 
 
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【黄金の流星】(4)