【夏の日の想い出・日日是好日】(6)

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1月15日(日・なる).
 
朝10時、信濃町の§§ミュージック事務所に、レディス・ビジネススーツで決めた23-24歳に見える女性が訪問してきた。
 
「大宮万葉先生にご紹介いただいたのですが、人事担当の方に」
と言って、“作曲家・大宮万葉”の名刺を見せ履歴書を渡した。
 
応接室に通され、コロナの検査を受ける。
 
「ちなみに富山からこちらへはどういう交通手段を使われましたか?」
と白衣を着てコロナ検査をしてくれた女性に訊かれた。
 
「友人がちょうど東京に出ると言っていたので彼女の車に同乗してきました。この事務所の前で降ろしてもらいました」
「なるほど。丁度良かったですね」
 
事務の男性社員がケーキとコーヒーを持って来てくれる。わあ男の人でもお茶を持って来るとか、さすが女性社長の会社だなあと思う(ように実はお使い以外の女性客にはたいてい男性社員がお茶を出す!)。
 
川崎ゆりこが対応する。基本的にはゆりこは朝1番から夕方まで、コスモスはお昼過ぎから夜中までの勤務で、このどちらかは事務所に居るようにしている。彼女は午前中に来たのでゆりこが対応した。
 
「大宮万葉先生からはお話を聞いております。楽器をなさるんですね」
と笑顔でゆりこが言った・
「はい。小さい頃からピアノとヴァイオリンを習っていました。高校時代にトロンボーンとアコスティック・ギターを覚えました」
と杉本美滝は答える。
 
「トロンボーンとは面白いですね」
「大宮万葉先生と一種に合唱軽音部というのに入っていて、そこでトロンボーンの担当になったので覚えました。トロンボーンは誰でもすぐ覚えられるからと言われて」
「でも音感のいい人にしか吹けない」
「それはありますね。でもヴァイオリンやってたからスケールが分かるんです」
「なるほどー。でも弦楽器・管楽器どちらもできたら頼もしいですね」
 

そのあと一般的な話をした。
 
「個人情報に関わることで申し訳無いのですが、なんでも結婚する予定が御破算になったとか」
「そうなんです。話が違うということで」
「でも仲直りして復縁という可能性は?」
「ありません。向こうは結婚しちゃいましたし、私は完全に熱が冷めましたから」
「二股ですか?」
 
「そうです。私には“妹”と言ってた人が実は彼女だったんですよ」
「それは酷い」
「その“妹”と言ってたのが実は男性だったんですよね」
「ほほお」
「それで男同士になるから婚姻できないんで私と法的には結婚するつもりだったみたいで」
「偽装結婚ですか」
 

「だと思います。知り合ってから結婚するという話になっているのにまだ1度もセックスしてなかったから変な気はしてたんですけどね」
「ああ」
「EDかもと思ってたらとんでもなかったです。それで、その“妹”が性転換手術を受けて戸籍も女に直したから結婚できるようになったんですよね。で私は振られてしまったんですよ。君には済まない、慰謝料も払うと言われたけど、全部断りました」
 
「なんか大変な目に遭いましたね」
 
「きっと向こうとしては彼を失いたくないから性転換手術を受けたんですよ。きっと彼はそこまでしてくれたその子に感動して向こうと結婚することを決めたんじゃないでしょうかね。でも私はどうなるのよ?という感じで」
 
「いやそもそも二股が悪い」
「ですよねー」
「戸籍なんか気にせずに最初からその“妹”と結婚してれば良かったのに。こちらは無駄に巻き込まれただけですね」
 
「全く。一時的にでもそんな奴を好きになった自分が許せない感じ。もう恋愛は5年はしませんから、ぜひ仕事をさせてください。周囲に『結婚するから』と言ってて、結婚式の招待状も出してたのに結婚しないなんて、もう恥ずかしくたまらないと思ってたら、大宮万葉さんが東京に行く?というのでそれもいいなと思って、金沢を出て東京に移住しようと思って出て来たんです」
「分かりました」
 
会社としては年齢が微妙なだけに結婚するからと言ってすぐ辞められたら困るので踏み込んだことまて聞いたのだろう、と美滝は思った。
 

「演奏を聴かせて下さい」
と言われ、スタジオに入って、ピアノ・ヴァイオリン・トローンボーン・アコスティックギターの演奏を見てもらった。桜野レイアさんが同席して聞いているので「わあ」と思う。
 
ゆりこ副社長が
「どう思う?」
とレイアさんに訊く。
 
「ピアノはセミプロレベル。他のは上手なアマレベル」
とレイアは答えた。
 
わー。評価が厳しーと思う。さすが音楽の会社だ。私不合格かなあ。
 
「でも欲しかったのはピアニストだもんね」
「うん。だからゆりこちゃんが判断していいと思うよ」
「じゃあなた仮採用。いつから入れますか?」
「今日からでも」
「OKOK。じゃ3月末まで一応試用期間ね」
「分かりました!」
 

「住む所は決まってますか?」
「採用して頂けたら探すつもりでいました」
「そしたら良ければ岩槻の社員寮に入ってくれる?」
「はい。助かります」
「それで今日の午後、ちょっと沖縄まで行って来て」
「はい、行きます」
 
ゆりこ副社長はどこかに電話した。
「ああ、秋世ちゃん?キーボード奏者が見付かったから。今日の午後から入ってもらう。三村ちゃんの方にはキャンセルの連絡しとくね。よろしく。え?名前?」
と言ってから、ゆりこはこちらを見て
「あなたの名前なんだったっけ?」
と訊いた。
「杉本美滝(みたき)です」
 
「みたきちゃんだって。え?性別?」
と電話の向こうに言ってから
「あなた女性だっけ?」
「はい。女です」
「女性みたいよ。うん。じゃよろしくー」
 

そういう訳で杉本美滝は、薬王みなみ、三田雪代(Gt) 篠崎希(B) 坂上透(Dr) および永田秋世マネージャー、プロデューサー役の花咲ロンド、録画録音スタッフとともにGulfstream G450で那覇空港まで飛んで沖縄で日帰り!撮影をしてきたのである。
 
12:30 熊谷郷愁飛行場発
14:30 那覇空港着
15:00-20:00 撮影(日没18:10日暮18:40天文薄明終了19:29)
21:00 那覇空港発
23:00 郷愁飛行場着
24:00 岩槻の社員寮着
 
美滝はすぐ郷愁飛行場に行ってと言われ譜面を渡されてSCCの車で熊谷に向かった。キーボードもひとつ借りて車の中でずっと練習していた。そして熊谷を離陸してからG450の中で他の人と合わせる。初めての参加だったのに一発で合わせるだけは合わせることができたので美滝はホッとした。
 
しかし飛行機の中で演奏するというのも面白い体験だった。
 
「これでやっと“浄瑠璃(じょうるり)バンド”の完成だね」
と花咲ロンドさんが言った。
 
「浄瑠璃って文楽ですか?」
「いや“薬王”というのが薬師如来の別名なんで、その薬師如来がおられるのは東方・浄瑠璃世界というのでこういう命名なんだよ」
 
「へー」
 

美滝はあいにく仏教にはあまり興味が無い。
 
「観音菩薩が南方・補陀落(ふだらく)世界、阿弥陀如来が西方・極楽浄土、薬師如来が東方・浄瑠璃世界」
 
「北は無いんですか?」
「うーん。仏教に詳しくないのでよく分からない」
「でもひとりの仏にひとつの浄土があるともいうからなあ」
「きっと浄土はたくさんあってどこに行ってもどこかの浄土に行き着く」
「我々が住んでいる世界こそが浄土(密厳浄土)という説もある」
「あっ。そちらがしっくり来る」
 
「だいたい日本的な信仰では亡くなった人は“あの世”に行ってお盆になると帰って来る。輪廻して生まれ変わったらもう戻って来られないし、遙か彼方の浄土に行っちゃってもそう簡単には戻ってこれる訳がない。きっとその付近の“草葉の陰”に居るんだよ」
 
「そのあたりの死生観って矛盾してますよね」
 
「人形劇とはあまり関係無いんですか」
「あれはね。薬師如来の申し子の浄瑠璃姫の物語が人気演目だったので、その人形劇のこと自体も浄瑠璃と呼ばれるようになったもの」
「へー」
「マラトンの戦いの勝利の報せ(エヴァンゲリオン)を42km走ってアテナイに届けたことから長距離走をマラソンと呼ぶようになったようなものかな」
「なるほど」
 

「ちなみに文楽というのは人形浄瑠璃を演じるプロ劇団の中で最後まで残ったのが文楽座だったから」
「ああ、固有名詞ですか」
 
「元々浄瑠璃とはサファイアのことだから浄瑠璃姫って今で言うとサファイア姫だね」
「あっ、なんかかっこいい」
「リボンの騎士みたい」
「あれはサファイヤ姫(王子)(*47)だけどね」
 
「私たちもサファイア・バンドでもいいかも」
「英語名はそれにしよう。sapphire bandで」
「いいですね」
「sapphiresでもいいかも」
「あっ、そっちがいいかも」
「いや浄瑠璃バンドという名前に違和感を覚えるという意見も多かった。サファイアズを正式名にしよう」
と花咲ロンドは言った。
「おぉ!」
 

「でも薬王みなみのカラーは“浄瑠璃イエロー”だよ」
「黄色いサファイアで」
「補色なのでは」
などという意見も出る。
 
「実は浄瑠璃光というのも青い光なんだけど」
「そうか!瑠璃光がラピスラズリの色だ!」
「正確にはそれを砕いて作ったウルトラマリンの色だね」
 
「誰かが間違えた可能性が濃厚だな」
「ゆりこ副社長が怪しい」
 
「ちょっとその件も花ちゃんと話しあってみるよ」
と花咲ロンドは言った。
 

(*47) “リボンの騎士”サファイヤは天使の悪戯の結果、女の子の心と男の子の心の両方を持って生まれた。だから彼女は姫であると同時に王子でもある。特に騎士の服装をして出歩いている時は男の子の心がメインに働いているものと思われる。アメリカ・インディアンの一部の種族に見られるtwo spirits に近いかも。
 
"non binary"の人は“男50%女50%”などと言ったりするが、サファイヤの場合は“男100%女100%”であり、完全に2人分の心を持つ。ある意味アクアに近い。
 
主人公の名前は連載時には“サファイヤ”であったが、宝石の方は日本語の正記法では「サファイア」と書くことになっている。それで、後日虫プロはこの名前も“サファイア”と訂正した。しかし固有名詞を変更するのはおかしいとして、虫プロで実際に制作に関わっていた辻真先ほか、このマンガの古いファンはだいたい“サファイヤ”と書く。筆者は辻真先の信奉者なので辻真先流に“サファイヤ”と書く。
 

ということでこのあと、花咲ロンドさんの指示で曲を練り上げていく。
 
演奏が安定したところで薬王みなみちゃんも入ったが(それまで寝てた)、彼女が凄い上手いので驚いた。那覇空港に到着するまでにだいたい完成する。。
 
それで現地で演奏して撮影した。夕闇迫る中で演奏し、最後は星空の下で演奏した。
 
そして帰る!
 

「え〜〜〜?沖縄日帰りなんですか?」
「いつものこと、いつものこと」
「あはは」
 
私いったん金沢に戻って引越の作業するつもりだったけど、もう帰れなかったりして(正解!お母さんに頼むことになる)。
 
この日のお昼は熊谷に向かう車の中でもらったお弁当を食べた。夕食は帰りの飛行機の中でやはりお弁当を食べた。また演奏撮影中はハンバーガー、チキン、ジューシー(*48) などの軽食?が出た。
 
「この仕事で大事なのはしっかり食べておくことだよ」
とギターの三田ちゃんに助言されたのでハンバーガーなども3個くらい食べた。
 
そして美滝は郷愁飛行場に帰着した後、永田秋世マネージャーが岩槻の社員寮まで送ってくれる。フロント(門の近くに独立棟になっている)で社員証引換証と交換に、部屋の鍵、社員証(idカード)、名刺、健康保険証などを渡された。
 
「誕生日などは大宮万葉さんに聞きました。年金手帳を出してください。部屋番号は多分同じフロアで近い内に移動になるので大型荷物の購入・引越荷物の搬入は少し待ってください」
というメモが添えられていた。
 
お夜食にとパンをもらい、永田マネージャーにお礼を言って別れ、2号棟9階の部屋に入ると寝具や冷蔵庫・洗濯機・テレビ・電子レンジなどは用意されていた。お茶などもあったのでお湯を沸かして紅茶を一杯飲む。その後でコンビニにでも行こうと思い、フロントで尋ねたら
 
「同伴ロボットを使ってください」
と言われた。この同伴ロボット(“しゅん”君)(*49) と一緒にコンビニまで往復したがちゃんと付いてくるし会話もできてなかなか面白かった。
 
しかしそういう訳で薬王みなみのバックバンド“サファイアズ”が正式発足したのである。
 

(*48) ジューシーは沖縄の庶民的な料理でピラフのようなもの。スーパーのお惣菜コーナーで食品パックに詰めて売られている。今回も再生プラスチックの食品パックに詰め、厚紙スプーン(割箸に交換可)付きで提供された。
 
(*49) 社員寮同伴ロボット個体名
 
1号:アクア、2号:セレン、3号:クロム、4号:リズム、5号:アケミ、6号:マネ、7号:ビーナ、8号:セシル、9号:シュン、10号:ミナミ
 
(社員寮自治会の女子部会で決められた。主に使うのが女子社員だからである。なお男の娘も戸籍上の性別によらず「自分は女である」と宣言すれば女子部会に出席できる。投票権もある)
 

1月21日(土).
 
昔話シリーズの今季最後の作品『海幸彦と山幸彦』がアクア主演で放送された。
 
主な配役
山幸彦:アクア(2001)
海幸彦:岩本卓也(1994)
豊玉姫:アクア
玉依姫:坂出モナ(2003)
大綿津見神:光山明剛(1977)
塩土老翁:藤原中臣(1950)
語り手:元原マミ(1998)
 

語り手(元原マミ)「昔、九州は日向国(ひゅうがのくに)、今の宮崎県に、海幸彦(うみさちひこ)・山幸彦(やまさちひこ)という兄弟が住んでいました。兄の海幸彦は海で魚を釣るのがうまく、弟の山幸彦は山で鳥や獣を狩るのがうまく、それぞれ得意なものは違えども仲良く暮らしておりました」
 
映像はいずれも髪を美豆良(みずら)に結い、生成り色の筒型衣を着た海幸彦(岩本卓也)と山幸彦(アクア)が、各々釣り竿で魚を釣り上げるシーン(*50), 弓矢でウサギを射留めるシーン(*51) が映ります。
 
その後、ふたりがいろり端で獲れたての魚の刺身、獲れたてのウサギ肉を串焼きにしたものをお酒を飲みながら食べているシーンも映ります。
 
挿入歌:広瀬みづほ『海の幸・山の幸』
 
(*50) 釣りは本当に宮崎の海岸で岩本君に釣らせたが全然釣れない!ので案内人さんに代わってもらうと10分で釣れた。2時間で10匹も釣れたが110cmほどのオオニベを釣り上げてくれたので、この様子を映像に残した。
 
岩本君は「こんな大きな魚、釣り針に掛かっても引き上げきれない」と言っていた。
 
(*51) アクアが演じる(予定だった)のは弓矢を放つシーンだけである。これは白雪物語でもかなり練習したので結構“さま”になっていた。アクアの放った矢は動くウサギのぬいぐるみに刺さった。ちゃんと当てたので凄いと言われたが、さすがにまぐれである。そしてこのぬいぐるみをアクアが持ち帰るシーンを撮影した。
 
山村マネージャーが
「俺かきっちり本物のウサギを弓矢で仕留めてあげます」(←女を忘れてる)(*52)
と言ったが
「あんた本当にできそうだけど、日本では現在弓矢による狩猟が禁止されてるんだよ」
と監督が残念そうに言う。
 
「なぜー!?」
「下手糞で半矢にしてしまう人が多いかららしい」
「俺ならちゃんと仕留められるのに」
 
ということで動くぬいぐるみを使って撮影した。
 

(*52) “この”勾陳(雨水)はアクアのマネージャーになった時点で男性器を除去されその後完全な女性に性転換させられた。だからバストもあるし女性器もあり生理もある。でもパスポートは男!
 
千里曰く
「お前を男のままアクアのマネージャーにするのは、狼に羊の番をさせるようなもの」
 
同様の理由で鹿島信子担当の“雷鳴”も女に性転換させられた。
 

ある日のこと、山幸彦は
「ふたりの道具を交換して仕事に出てみない?」
と提案しました。
 
「うまく行くとは思えない。気が進まない」
と海幸彦は否定的です。
「でも一度良っやみようよ」
と弟が言うので兄も応じました。
 
それでこの日は海幸彦が弓矢を持って山に出ました。そして山幸彦が釣り竿と釣り針を持って釣りに行きました。
 
しかし元々あまり得意ではないことをしてますし、道具にも慣れてないので海幸彦は矢を放っても全く当たらず、虚しく帰宅します。
 
「成果ゼロだったよ。岩に当たって矢を3本も壊しちゃった。ごめん」
と海幸彦は言います。
 
「まあそれはいいよ。ぼくも全然釣れなくて、釣り針まで無くしちゃうし。ごめんね」
 

「釣り針を無くしただとぉ!?」
と海幸彦は突然怒ります。
 
え?そんなに怒るもの!?自分だって矢を壊したくせに?
 
「どの鈎(はり)を無くした?」
「ええっと、残ってるのはこれだけど」
と持ち帰った釣り針を見せます。
 
「よりによって一番大事な“マジカ”を無くしてる」
と海幸彦は釣り針を全部広げて見て言います。
 
そんな大事な鈎だったら言っといてよ。使わなかったのに。
 
「だから道具の交換なんてしたくなかったんだ」
「ごめんなさい」
 
「返せ」
「返せと言われても魚ごと逃げちゃったし」
「今すぐ返せ」
「そんな無茶を言われても」
 

その日から海幸彦は口もきいてくれません。
 
困った山幸彦は、鍛冶屋(*54) のツネオのところに行きました。
 
「この刀を細かくして釣り針をたくさん作りたいのですが」
と山幸彦(アクア)は言います。
 
「え?そんな立派な刀を?」
と鍛冶屋(獄楽)は驚きますが、山幸彦が事情を説明すると
「お兄さんもおとなげない」
とは言ったものの釣り針の制作をしてくれました。粘土で釣り針の型を作り融かした青銅(*53) を流し込みます。いったん冷えた後で再加熱し水を掛けて急冷して焼き入れ、更にさっきより低い温度まで加熱してから今度はゆっくり冷まし、焼き戻しします。
 
挿入歌:常滑舞音withスイスイ『村の鍛冶屋』(作詞作曲者不明・文部省唱歌)
 
しばしもやまずに槌打つ響
飛び散る火の花、走る湯玉(ゆだま)
鞴(ふいご)の風さえ息をも継がず
仕事に精出す村の鍛冶屋。
 
(この歌詞は時代を経て微妙な表現が改訂されている。↑は最初の歌詞。この件は放送後かなりの問合せがあった)
 
できあがった釣り針を山幸彦は1本ずつ丁寧に研磨して、結局1ヶ月ほどの作業で釣り針が1000個ほど作れました(*53).
 

(*53) 当時の剣は青銅製と思われる。ただ日本では釣り針を使った漁法はかなり新しい。恐らくBC5-6世紀頃からと思われる。古代は釣り竿と釣り針ではなく銛(もり)などで魚を刺して捕まえていたと思われる。だからこの話の年代は随分新しいはず。また海神は水田を作る話をしている。日本で稲作が始まったのはBC3世紀と思われる。輸入された鉄製の農機具が使用されていた。
 
剣の重さを1kgとして1gの鈎が1000個作れる。現代の釣り針はもっと軽いが古代の釣り針はけっこう太くて重かったかも。
 
ここでは釣り針を鋳造したことにしたが、まっすぐの線状に作ってそこから鍛造する手もある。しかしかなりの日数が掛かると思われる。多分半年はかかる。
 
(*54) 日本で青銅器の製造が行われるようになったのはBC1世紀頃、鉄器の製造が行われるようになったのはAD5世紀頃とされる。ただし中国からの輸入により青銅器・鉄器はBC4世紀頃から九州で使われ始めていた。
 
だから山幸彦の剣が鉄製ならそれを鈎に作り変えることができたのはA5世紀頃ということになり、その時代には既に大和朝廷が始まっている。だからここは青銅剣と考えざるを得ないのである。そしてこの話はBC1世紀より後と考えざるを得ない。
 

山幸彦は出来上がった大量の釣り針を持って海幸彦の所にいきます。
 
「なんだこれは?」
「お兄さんの釣り針の代わりにはならないと思うけど、ぼくの剣を潰して、たくさん釣り針を作った」
「そんな剣から作った釣り針いくらもらっても“マジカ”には及ばん」
と言って海幸彦は許してくれませんでした(*55).
 

(*55) わりと多くの人が指摘していることだが、紛失した釣り針は“鹿の角製”だったのでは?という可能性がある。鹿の角の枝分かれしている所を使う。だから山幸彦がいくら金属製の釣り針をたくさん作ってもそれでは満足しなかったのではないかと。
 
お兄さんも「金属製ではなく鹿の角製がいい」と言えばいいのに、怒っているものだからちゃんと言わなかった。それで面倒なことになったのではと。
 
こういう考え方をもとに今回のドラマでは紛失した釣り針は“マジカ”という名前であったことにした。“真鹿”ということである。
 

困ってしまった山幸彦(アクア)は、どうしようと?と悩み、浜辺に座って海を見ていました。海の中に取りに行けたらいいけど、そんなことできないし、更に海は広いから探すあてもないし、などと考えています。
 
挿入歌:常滑舞音withスイスイ『ウミ』1-2番(*56)
 
海は広いな大きいな
月が昇るし、日が沈む
 
海は大波青い波
揺れてどこまで続くやら
 

(*56) この曲は文部省唱歌(一年)である。作詞作曲者は判明しており、林柳波作詞・井上武士作曲である。林柳波は1974年に亡くなっており、2024年時点では70年経っていないが、文部省唱歌は当時の文部省が権利を買い取っているので、歌詞の掲載は可能(国が使用料を請求する権利があるが徴収していない)。なお原詩は全文カタカナだが、読みやすいよう漢字かなまじりに改めた。
 
なお漢字で『海』と書くと「松原遠く」のほう(作詞作曲者不明)。
 

山幸彦は、その時、水鳥(*57)が足を石に挟まれて飛び立てずにいるのに気付きました。
 
「ああ、今助けてやるな」
普段は狩猟でたくさん鳥獣を殺していますが、この時はなんだか助けてやる気になったのです。それで山幸彦が石を動かしてやると、水鳥は嬉しそうに飛んでいきました。
 
(*57) 原文“川鴈”。特定の種を指したものではなく単に川辺にいるような鳥という意味であろう。“鴈”は“雁(かり)”の異体字。
 

その時、老人(藤原中臣)が彼の傍に寄ってきました。
 
「私は塩土老翁(しおつちのおじ)(*58) である。山幸彦殿、何を悩んでおる?」
「兄の釣り針を無くしてしまって。たくさん謝ったし、代わりの釣り針を作って持って行っても許してくれないんです。何とか元の釣り針を捜し出す方法はないものだろうかと思って」
と山幸彦(アクア)は答えます。
 
「どのようにして無くされたのじゃ?」
「釣りをしていて掛かった!と思って引き上げたら魚はいなかったのです。そして釣り針も無くなっていました」
 
「うーむ。それでは実際に海に探しに行かれるとよい」
「え〜〜!?」
 
塩土老翁は袋の中から櫛を取り出し浜辺に投じました。するとあっという間にそこに竹林ができます。そこで翁は竹を切り、“大目麁籠”(おおめあらこ)と呼ばれる。竹で編み隙間を塞いだ籠を作りました。
 
そして海に浮かべると山幸彦に籠に入るように言い、籠を海に流したのです。
 
挿入歌:常滑舞音withスイスイ『ウミ』3番
 
海にお舟を浮かばして
行ってみたいな、よその国
 

(*58) 塩土老翁(しおつちのおじ)または塩椎神(しおつちのかみ)は、この時点では恐らく潮流の神と思われる。しかし後には製塩の神様として信仰され、宮城県の塩竈神社などに祭られている。
 

「ぼくどこに流されるの〜?」
と山幸彦は不安な気持ちでした。
 
挿入歌:薬王みなみ『浪路遙かに』
 
しかしやがて山幸彦の乗った籠舟はどこかに流れ着いたようでした。山幸彦(アクア)は籠から出ます。するとそれはどこかの陸地か島のようで大きな宮殿が建っていました。
 
おそるおそる近づいて行きますが、人が来る気配があります。山幸彦は手近の杜樹(かつら)の木の上に登りました(*59).
 
宮殿から女性(川泉パフェ)が出て来ます。井戸から水を汲もうとしますが、その井戸が山幸彦が登った杜樹の木の真下にありました。山幸彦は「見付かりませんように」と思っていたのですが、女性が井戸の中を覗き込むと。水面に映った山幸彦の顔があります。女性が
 
「キャッ」
と言って、上を見上げます。山幸彦は照れるようにして女性に手を振りました。
 
女性は急ぎ宮殿の中に入りました。
 
やっばぁ。警備兵にでも通報されると、ぼく弓矢で撃たれたりして?
 
と思ってもこの木を降りてもどこに逃げる当てもありません。山幸彦はこの場に留まる道を選びました。
 

(*59) アクアの腕力ではとても木に登るなんてできないので、実際に木に登ったのは(この時期正式にはまだアクアのマネージングチームに入っていなかった)前橋歌愛(しれん/身長160cm)である。アクアは158cm。歌愛は物凄く身体能力が高い。
 
“木の上に居る”アクアはクレーンで吊り上げて撮影した。
 
ちなみに歌愛は播磨工務店経理部長・前橋善枝の娘。2011年にケイたちを神戸から沖縄に連れて行ってくれた前橋虹彩(こいろ)の妹である。
 

やがて先程の女性が数人の女性を連れて戻って来ます。女性ばかりなのでひとまずホッとしますが、その中に剣を帯び弓矢を背負う者(川泉スピン)が居るのは警戒します。護衛でしょうか。
 
「あなたはどなたですか?なぜ木の上にいるのです?」
とその中で中心っぽい、立派な服を着た女性(アクア2役?)が訊きました。
 
「何もしませんから降りていっていいですか?」
「どうぞ」
 
それで山幸彦は木を降りていきます。
 
「ちょっと失礼」
と言って武装している女性(川泉スピン)がボディチェックをしました(*60).
 

(*60) 視聴者の声
 
「スピンちゃんアクアのおまたに触った」
「ちんちんが付いてないことを確認したんだろうな」
「ちんちんが付いてたら危険物だよな」
「危険物は没収すべきだよな」
「でも空振りしたように見えた」
「やはりちんちんは無かったんだ」
 
この山幸彦はFが演じているので当然ちんちんなど存在しない。
 
(Mであってもちんちんはクリトリスサイズなので『ちんちんやはり無い』とスピンは思ったと思う)
 

山幸彦は女性の前に跪いて言いました。
 
「姫様、私は日向国(ひゅうがのくに)に住む山幸彦と申します。天孫・迩迩芸命(ににぎのみこと)と、大山祇神(おおやまづみのかみ)の子・木花開耶姫(このはなさくやひめ)の子孫です(*61)。私は山で鳥や獣を狩って暮らしております」
 
「海で魚を獲って暮らしている兄の大事な釣り針を紛失してしまい、それを探しに来たのです。海の中でどうやって探そうと思っていたら、塩椎神(しおつちのかみ)という方に籠を作って頂きまして、それに乗って海に入ったらここに辿り着きました」
 
「木に登っていた理由(わけ)は?」
「誰か来たので、見咎められるかなと思い、隠れようとして」
 
「あなたはどうして釣り針を無くしたのですか?」
「1日だけ兄と交替で海で魚を獲ろうとしたのですが、私には海の漁は無理なようで、魚は釣れず、1回だけ引いたものの魚は逃げて釣り針を失いました」
 
「魚は釣らなかったのですが」
「全然釣れませんでした」
 
「普段は釣りはなさらないんですか?」
「はい。私はもっぱら山で鳥や獣を狩っています」
 
「塩椎神(しおつちのかみ)に導かれたのですか?」
「はい。助けていただきました」
 
「だったらお助けしましょう」
 

(*61) 古事記・日本書紀ともに山幸彦は迩迩芸命(ににぎのみこと)と、木花開耶姫(このはなさくやひめ)の末子・ほおりの命(みこと)であると記す。しかしそうすると、出雲一族を屈服させて地上の支配者になったはずの迩迩芸命の息子が、長男は漁師をして末子は猟師をしている理由が全く不明である。
 
そこでこのドラマでは、山幸彦・海幸彦は、天孫の子孫という解釈をした。子孫がたくさんいたらその中には漁師や猟師になった者も居たであろう。
 
多くの研究家がこの神話は恐らく3世紀頃(卑弥呼の時代より少し後)に九州で天孫族と隼人族の争いがあったのを背景に成立した話だろうと推測している。しかし天孫族も隼人族も元は兄弟だったんだというのがこの話である。
 

姫は“豊玉姫”(とよたまひめ)と名乗りました。海神・綿津見神(わだつみのかみ)の娘であるということです。
 
姫は山幸彦を父・綿津見神(光山明剛)(*62) の所に連れて行き、
 
「日向の国から塩椎神の導きによっていらした山幸彦様という方です。お兄さんの釣り針を無くされて、それで探しておられるということです」
と申し上げました。
 
「それは遠い所からいらした。ちょっと訊いてみよう」
と海神はおっしゃって、多数のお使いたちを集めておっしゃいました。
「釣り針が引っかかっている魚がいないか調べてほしい」
 
それで多数のお使いたちは各々調べてみるということでいったん散ります。
 
海神は山幸彦を歓迎し、まずはお酒を勧めます。いろいろ見たこともない食べ物が出て来ますが、これがとても美味しく感激しました。豊玉姫も山幸彦の傍に寄り、色々なお話をしました。
 

(*62) 綿津見神(わだつみのかみ)は海の神様であり、“海神”と書いても“わだつみのかみ”と読む。また“海神社”と書いて“わたつみじんじゃ”とも読む。
 
文献によっては豊玉姫の父の名前は豊玉彦であったとするものもある模様。
 
綿津見神の出自について古事記は2つの説を載せている。
 
ひとつは伊邪那岐・伊邪那美(いざなぎ・いざなみ)両神による“神産み”のところで“次生海神、名大綿津見神”とあり、その少し先には“次生山神・名大山上津見神”とあり、大山津見神(大山祇神)と大綿津見神が対の神であることを示唆する。
 
一方伊邪那岐神の“みそぎ”の所ではこう書く。
 
於水底滌時、所成神名、底津綿上津見神、次底筒之男命。
於中滌時、所成神名、中津綿上津見神、次中筒之男命。
於水上滌時、所成神名、上津綿上津見神訓上云宇閇、次上筒之男命。
 
底筒之男命・中筒之男命・上筒之男が住吉三神で航海の神様。
底津綿上津見神・中津綿上津見神・上津綿上津見神が海の神様である。
 
この2つの綿津見神は基本的には同じ神様とみなされている。
 

豊玉姫が海神の宮殿を案内してくれたりして、お互いに色々な話をしました。その内多数のお使いたちが戻って来ます。お使いは
 
「この者が釣り針が掛かっています」
と言って魚たちを連れてきます。海神は各々の魚から鈎を取ってあげます。
 
「あなたの無くした鈎はこれですか?」
「いえ、それではありません」
 
山幸彦はそれで多数の釣り針を見ますが、無くした釣り針とは違うと思いました。また色々な釣り針を見ている内に、確かにあの無くした釣り針は特別な鈎だったかも知れない気がしました。
 
(お使い:今川ようこ・左倉まみ・大空由衣子。魚はCG)
 
そして一週間後、海神のお使い(直江ヒカル)が連れてきた赤鯛に引っかかっていた釣り針が見覚えのあるものでした。
 
「あ、これです」
「そうか。見付かって良かった」
「赤鯛さんも喉から鈎が取れて良かったね」
「山幸彦さんもはるばるここまで来た甲斐がありましたね」
と海神も喜んでくれました。
 
「これは鹿の角で作った釣り針ですね」
「ああ、やはり特別なものなのんですね」
「釣り針は昔は巻き貝の殻で作ったが(巻き貝先端のカーブを利用する)、どうしても割れやすかった。その後鹿の角を使うものが現れた。最近では青銅や鉄で作ることが多いが、鹿の角の釣り針は丈夫なわりに軽く大物が狙いやすいんだよ」
「へーそういうものだったんですね」
 
兄がこの釣り針を大事にしていた訳が分かったと山幸彦は思ったのでした。
 

日向の海岸まで綿津見神のお使いの者が送ってくれるということだったので山幸彦(アクア)は帰り支度をして部屋をきちんと掃除していました。そこに豊玉姫(アクア)が護衛(川泉スピン)だけを連れてやって来ました。
 
「お帰りになるの?」
と豊玉姫が訊きます。
 
「うん。目的のものが見付かったから。やっと兄に返せる」
と山幸彦は答えます。
 
「お帰りになるの?」
と豊玉姫は再度同じ質問をしました。
 
山幸彦は掃除の手を休めて豊玉姫を見ます。
 
ふたりが見詰め合います。
 
山幸彦は豊玉姫のそばに歩み寄ります。護衛の侍女が見ていますがそれは気にせず、豊玉姫の両肩に手を置きます。姫はじっとこちらを見ています。山幸彦はそっと姫の唇に口付けしました。
 
(接触の寸前でブラックアウト(*63))
 

(*63) 視聴者の声
「これ、してるよね?」
「うん。あの距離からはもう停まらない」
 
監督の指示では寸止めでMもそのつもりだったが、Fはやっちゃった!
 
安易に予想されたできごとではあったが。
 
むろん豊玉姫がMで山幸彦がFである。男アクアが女装し、女アクアが男装するのは両者の雰囲気を近づけるため。
 
「でもFちゃんは男装してても女性に見える気がする」
「まあアクアは女の子になりましたと発表するのも時間の問題かな」
「嫌だ」
「Mちゃんも女の子らしくなってきてる気がするし」
「ですよねー」
「ちんちんとかもう無いんでしょ?」
「アクアにちんちんがあることは国民が許しません」
「国民が許さないの〜?」
 
(10月に性別軸を1回転させたことで体型がより女性的になったのだが、そのことをアクアは意識していない)
 

海神のお使いの運び役(立花紀子)がやってきて、部屋の外に座っている警護役(川泉スピン)に言います。
「お送りする準備はできたが・・・・」
「山幸彦様は今日はお発ちになりません」
 
お使いは部屋の帳(とばり)を見ます。
「分かった。もし急にお発ちになる場合は呼びに来て。念のため仮眠して待機してる」
「了解〜。良かったら休む前に侍女を誰か呼んできて」
「ハオ」
 

語り手「結局山幸彦は豊玉姫と結婚し海神の宮殿でそのまま過ごしました。海神は山幸彦に様々なことを教え、また身体も鍛えさせました」
 
映像は2人の結婚式シーン、2人が仲良くお話ししている所、一緒に食事をし、またお酒を飲んでいるところ、一緒のお布団に並んで寝ている所などを映します。
 
挿入歌:姫路スピカ『甘い生活』
 
また、山幸彦(アクア)が先生たち(秋風コスモス・川崎ゆりこ・桜野レイア)から、何やら習っているところ、走っている所、泳いでいる所、腕立て伏せや腹筋をしているところ、警護役(川泉スピン)から剣を習っている所などが映ります。対戦練習では木刀ですが、藁(わら)相手には鉄の剣も使います。
 
「銅(青銅)の剣とは切れ味が違う」
「鉄の鍛冶が必要ですけどね」
「ああ」
 
挿入歌:薬王みなみ『練習練習また練習』
 
また弓矢は元々上手かったのですが、強弓(つよゆみ)や弩(いしゆみ:クロスボウのこと)も学び練習しました。弩は山幸彦も初めて見たのですが(*64) その威力に驚きました。
 
「これなら虎でも一撃だよ」
「とらって何ですか?」
「物凄く獰猛で強い獣だよ。日本には居ないが中国には居る」
「中国には色んなものがあるし、また居るんでしょうね」
 
「しかし弩(いしゆみ)には大きな欠点があるのだよ」
「なんでしょう」
「連射ができないこと」
「あ、そうか」
「普通の弓なら次から次へと射ることができる。しかし弩(いしゆみ)は矢をつがえて弓を引くのにどうしても時間が掛かる.だからあまり戦闘向きではないね」
「なるほどー」
 

(*64) 弩(ど/クロスボウ)は西洋ではBC10世紀頃には使われていた。中国でもBC7世紀頃から使用され戦国時代 (BC53?-BC221) には弩兵集団が登場している。日本では“弩”の字に“いしゆみ”“おおゆみ”などの訓を当てている。
 
西洋の場合、弩の威力は強烈で当時のかたびら(mail という。金属で編んだ簡易な防具)を軽く貫通した。あまりに強烈で殺傷力が高いため、キリスト教徒に対して使ってはならないなどという禁令を教会が出したが、異教徒の傭兵に使わせた!!
 
クロスボウの連射性の悪さは常に問題にされてきた。多くは機械的な機構で弓を張っており、重力を利用したもの、足で張るようにしたもの。ハンドルを回して張るものなどがあった。普通は弓を引くのに30秒ほどかかるが名人になると5秒で張れる者もあったという。
 
しかしそれでも弓を引く間は盾だけが頼りだった。このため中世ヨーロッパでは、弩兵軍団が通常の弓兵軍団に敗北した例もある。(11世紀頃のノルマン人とアングロ人の戦いの中のどれかだったと思うが、どの戦いか確認できなかった)
 
このドラマで使用したのはハンドルを回して弓を張るタイプである。
 

山幸彦が豊玉姫と結婚し、海神の宮殿で過ごすようになってから3年経ったある日。
 
海神の宮殿に、亀が1匹やってきて男の姿(西宮ネオン)に変わります。彼は海神と何やら話していました。
 
海神はしばらくひとりで考えていました。やがて宝物殿に行くと2つの珠を取り出しました。どちらも掌(てのひら)でちょうど持てるような大きさです。片方は栗のような形、もう片方はバベルの塔のような形です。
 
海神は自室に戻ると側近(大山弘之)に言いました。
「山幸彦を呼んできて」
「はい」
 

場面が変わり、集団と集団の戦闘が映る。黄色い剣を持つ者たちと白い剣を持ち白い鎧(よろい)・白い兜(かぶと)を着けた者たちとの戦いだが、白い剣を持つ者たちが圧倒していく。黄色い剣は全部曲がってしまう。やがて黄色い剣を持つ者たちが全て倒され、白い剣を持ち白い鎧・鎧を着る者たちが勝ち鬨(かちどき)をあげる。
 
(以上は全てCG)
 

「おい、海幸彦」
と言って家に入ってきたのは村人のヤダイ(鈴本信彦)です。
 
「ノリハ村もやられようたぞ」
「うちの村まで来るのは時間の問題だな」
と海幸彦(岩本卓也)も答えます。
 
「明日昼過ぎから戦闘練習やる。お前も来てくれ」
「分かった」
 
「お、なんか美味そうだな」
「ああ、食って行けよ」
と海冊彦が言うので、ヤダイはお刺し身に舌鼓を打ちます。御飯、更にはお酒までもらっています。2時間ほどおしゃべりしてからヤダイは言いました。
 
「ところで俺とお前の仲だ。教えろよ。弟は、お前が殺したのか?誰にも言わないからさ」
 
正直ヤダイは狩りの名人である山幸彦が居てくれたらかなりの戦力になるのにと思っていました。
 
「死んではいないと思う。口論になって、ここから出て行ったんだよ。ただ遠くに行ってるだけだと思う。自殺するようなタマじゃないし。いづれ帰って来るよ」
 
ヤダイは“遠くに行ってる”という表現からやはり死んだのだろうなと思いました。しかし今は人を殺した経験のある者はむしろ頼りになります。
 
映像はクロスフェイドして、村の男たちが木の棒を持ち戦闘練習をしている所を映します。(出演:後述)
 
挿入歌:薬王みなみ『練習練習また練習』
 

語り手「キサハ村もトネリ村も“白い剣を持つ軍団”にやられ、次はとうとう海幸彦たちのウド村に攻めて来そうと思われました。白い剣の軍団にやられた村では男は全員殺され、女は奴隷にされていました」
 
(子供も見ている番組でレイプされたとは言えない)
 
その夜海幸彦は夢を見ていました。立派な宮殿を背景に弟の山幸彦が立っていて言いました。
「お兄ちゃん、白い剣は鉄の剣だよ。白い鎧・兜も鉄の鎧・兜。青銅の剣では歯が立たない」
「鉄だったのか」
「あの軍団と対決する時は奴らをムナの浜に誘い込んで。こちらはムナ坂の上の峠の付近まで退避して」
「分かった」
 

翌日の朝、海幸彦は昨夜見た夢の内容を村人たちに語りました。
 
「なるほど。低い所に誘い込んで、高い所から弓矢で攻撃する手はあると思う」
「弓矢隊が鍵かもな」
「奴ら接近戦では無茶苦茶強いみたいだ」
「こちらの剣は全部曲がってしまうらしい」
 
「それなんだが弟は奴らの剣や鎧は鉄でできていると言ってた」
「鉄・・・」
 
みんな静まります。鉄の強さは知っていても、鉄の武器は簡単に調達できるものではありません
 
「我々の青銅の剣では勝ち目ないな」
「矢なら勢いがあるから何とか倒せるかもしれん」
「うちの弟が熊を倒すときに使ってた鉄の矢尻が30個くらいあるんだ。それを使ってくれ」
「よし、それは頼もしい」
「熊が倒せるのなら、鉄の鎧でも突き破れるかも」
 

“白い軍団”は翌日昼頃、村に近づいてきました。
 
挿入歌:大岩新吾『白い恐怖』
 
村側は見張りからの狼煙(のろし)で男たちが臨戦態勢になります、女子供は山に登らせ隠します。彼女たちには自分たちがやられたらちりぢりに逃げろと言っています。11-12歳の男の子たちと、腕力が無く戦力にならない男にはヒゲや体毛を剃らせ、女の服を着せて女たちの最後の防御役としました。
 
男たち:リョウ(大林亮平)、ヤダイ(鈴本信彦)、海幸彦(岩本卓也)、コダイ(斎藤良実)、ツネオ(獄楽)、田船智史、仁川浩光、春野清志、山崎和泰、間取聡太、平林明季(バインディング・スクリュー)、怪傑ゾローズ
 
女たち:小泉伊代、山口治美、横田香奈恵、野中晴代、西丸優花、道花瞳美(青い傘)、怪傑ゾローズ
 
11-12歳の男の子:劇団桃色鉛筆
 
腕力の無い男:イエローボーイズ
 

まず“おとり”を務める10人ほどが村はずれで待ち受けています。白い鎧兜の軍団が近づいてきます。敵は200-300人いると見ました。こちらは村総出でせいぜい50人くらいで、人数的にも全くかないません。
 
おとり部隊は弓矢で攻撃します。使用しているのは石の矢尻を使った矢です。
 
白い鎧に当たってカンカンと甲高い音はするものの、全くダメージを与えてないようです。
 
連絡係の若いコダイ(斎藤良実)を残して突撃し、敵の前線と剣を交えます。ところが1回剣を交えただけでこらの青銅の剣は折れ曲がったり折れたりします。
 
「あわわ」
 
それでリーダー(仁川浩光)が
「引け」
という声を掛けるので全員逃げ出します。
 

村の者が逃げ出したのを見て“白い軍団”の副官(大岩新吾)(*65)が大将(左座浪源太郎)に訊きました。
 
「これ俺たちをどこかに誘い出そうとする罠では?」
「罠でも結構.俺たちの装備がやられる訳無い」
「そうですね」
 
それで軍団はそのまま進行したのです。
 
挿入歌:大岩新吾『白い恐怖』
 
(*65) 大岩新吾は歌手。元カレーブレッドのボーカル。彼は体格がいいし歌が上手いので、白い軍団の副官を演じてもらい又白い軍団のテーマ曲を歌ってもらった。
 

“おとり”たちはムナの浜まで逃げて行きます。周囲には人影は見当たりません。きっと敵兵は隠れているだろうと思いつつも白い軍団は進みます。そして“おとり”たちがムナ坂を登り切ったころ、白い軍団の全体がムナ浜に入りました。
 
忽然と5人の弓隊が姿を現します。彼らは浜の岩陰などに隠れていて50mほどの至近距離から“鉄の矢尻”を付けた強矢で白い軍団を射ました。
 
すると最初に射られた兵は矢尻が鎧を貫いたようで「うっ」という声をあげて倒れます。
 
「鉄の矢尻だ!しかも強弓を使っている。叩き落とせ!当たるとやばいぞ」
と大将が声をあげます。
 
それで応戦すると半分くらいの矢が叩き落とされ、結局軍団側は3人倒れただけです。そして村側も鉄の矢尻の矢は30本しか無かったのでそれを撃ち尽くしたら、さっと退散します。全員ムナ坂を駆け上がっていきます。
 
白い軍団の大将は被害を確認します。鎧を破られたのは3人(村下康太、風上良次、山根雄一)ですが、当たり所が良くて致命傷には至ってません。大将はその3人に後退して治療するように命じました。それ以外は進軍しようとします。結果的にはこの3人だけが命拾いしたのです。
 
「この村は他の村よりは手強いようだぞ。心して掛かれ」
と大将が号令を掛けます。
 
「おぉ!」
と鬨の声(ときのこえ)があがります。
 

その時、突然海から高い波が押し寄せます。
 
「わぁ」
という声が上がります。
 
波は一時的に来たのではなく、そのまま浜を水で満たしました。水は引きません。
 
「何なんだ!?この水は」
と白い軍団の兵士たちが声をあげます。
 
坂の上にいた村人側もこの水には驚きました。
 
「泳げ!これは泳ぐしか無いぞ」
と大将が大声で言います。
 
それで泳ぐのですが、みんな鉄の鎧兜(よろい・かぶと)を着けているので、重くて身体が沈んで行きます。ひとりの兵士(田阪越郎)が
「せめて兜(かぶと)を」
と言って兜を外しました。
 
そしたらすかさず坂の上から矢が飛んできて頭を射貫かれました。鍛冶屋のツネオが昨日の内に作った青銅の矢尻を強弓で射たものです。青銅では鉄の鎧・兜を貫通できないのは分かっているものの、兜が無ければ殺傷力は高いものです。
 
「これは鎧兜を着けたまま泳ぐしかない」
「ひぃー」
 
兵士たちはどんどん力尽きて沈んで行きます。大将はこれはとんでもない村を事前調査無しで攻めてしまったと後悔しました。きっと村は堤防を操作したのではないかと考えたのです。
 

隊列の比較的前のほうに居た精鋭5人が何とか岸に泳ぎ着きました。
 
するとそこに物凄い速度の矢が飛んできて、先頭に立っていた大将(左座浪源太郎)の身体を射貫いたのです。
 
大将が倒れます。副官(大岩新吾)が駆け寄りますが、どうも心臓を射貫かれているようです。
 
「大将!」
と叫んだ彼も次の矢で胸を射貫かれて絶命しました。
 
「敵はどこだ?」
と残る3人がキョロキョロします。
 
またひとり(タイガー沢村)射貫かれて倒れます。
 
「あ!あそこだ」
と残っている2人の兵士のうちのひとり(デカダン田川)が言います。
 
そこにはイルカに乗った山幸彦の姿がありました。
 
挿入歌:アクア『イルカに乗った少年』
 
「山幸彦だ」
「狩りの名人だ!」
と村人から声があがりました。
 
山幸彦は弓を横にして棒に取り付けたような道具を手にしていますが、そのイルカの上、山幸彦の後ろにもうひとり乗っていてどうも次の弓の準備をしているようです。
 
そして山幸彦を見付けた兵士も胸を射貫かれて倒れます。山幸彦の射撃は正確です。
 
最後に残った兵士(マーズ江藤)は腰が抜けてしまいますが、彼も山幸彦に胸を射貫かれて絶命しました。
 
こうしてユソ国の強襲隊は最初にやられて怪我し、後退して治療していた3人を除き全滅したのです。3人は鎧兜を脱ぎ捨て、慌てて逃げて行きました。
 

「山幸彦!」
 
村人たちから声があがります。イルカが岸に寄ります。イルカから山幸彦が降ります。イルカの後ろに乗っていた人物(月城たみよ)は
「私はいったん戻ります」
と言いました。
 
「うん。ありがとう」
 
イルカが遠ざかると潮は引き、浜辺が再び姿を現しました。
 
「この潮を満ちさせたり、引かせたりしたのは、お前がやったのか」
と海幸彦が訊きます。
 
「あまり人に聞かれたくないからちょっとこっちに来て」
と言って山幸彦は海幸彦を岩陰に連れて行きました。
 

「説明の前にこれ」
と言って山幸彦は鹿の角で作った釣り針を海幸彦に返しました。
 
「凄い。マジカだ」
「無くして御免ね。捜し出してきた」
「これをまさか海の中から見付けたのか?」
「うん」
 
山幸彦は本当にこれは自分の弟なのか判断に悩みました。しかしもし弟ではなく何かの神か精霊が変化(へんげ)した姿だとしても今は自分たちの味方をしてくれているのだから、それでいいと考えました。
 
山幸彦は語ります。
 
「実は海の中を探している内に海の神様に出会った。そして実際に捜し出してくれたのは神の神様だよ」
「そうだったのか」
「すぐ帰ろうと思ったんだけど、海神の娘さんと結婚しちゃって」
「へ?」
「それでそのまま3年くらい海の宮殿で暮らしていた」
「へー」
 
「でも村が危ないと報せてくれた人があって、戻って来た」
「なんか凄い武器使ってたな」
「うん。これ」
 
と言って山幸彦はその武器を見せます。
 

「弩(いしゆみ)って言うんだよ、物凄く速い矢を射れるけど弓を張るのに時間が掛かるから連射が出来ない」
 
「確かにこれは時間が掛かりそうだ」
「だから戦いでは使えないと海神は言ってたんだけど、ぼくは弩を3本くらい用意していればいいと思った。それで弓を張ってくれる人が一緒にいれば次から次へと射ることができる」
 
「なるほどー」
「それで鉄の矢尻の矢をたくさん持って戻って来たんだよ」
「凄いな。鉄の鎧を貫いていた」
「鉄どうしでこの弩の速度なら貫通できると思った」
 
「海を高くしたり低くしたりしたのは?」
「それは妻のお父さんがしてくれた。必要な時にぼくが心の中でお願いすれば海を高くしたり低くしたり、してくれる」
 
山幸彦は本当のことは教えないほうがいいだろうと思い、そう答えておきました。本当は海神から預かった“潮満珠”“潮乾珠”のおかげなのです。
 
山幸彦が懐(ふところ)の中に持つ潮満珠に手を掛けて「潮満ちよ」と命じれば潮は満ち、潮乾珠のほうに手を掛けて「潮引け」と命じれば潮が引きます(*66).
 

海幸彦は、そんな海神の加護を受けている相手であればとにかく仲良くしておいたほうがいいと思います。
 
「いや俺もたかが釣り針無くしたくらいで酷く怒ってしまってごめんな」
「ううん。海神からも聞いたけどこれは本当に凄く特別な釣り針だったんだね、ぼく漁の道具のこと全然分からなくて。でもお陰で妻に出会えたし。ぼくがいったん陸に戻ったから妻も追ってこちらに来る予定」
「そうなんだ?」
 
「白い軍団を擁する国・ユソ国はまた攻めて来るかもしれない。そしたらぼくはしばらくこちらに居た方が良い。それで妻がこちらに来てくれる」
「へー」
 

さて浜辺には敵兵の遺体が200ほど並んでいました。村人は鉄剣を鹵獲(ろかく)し、また遺体から鉄の鎧・兜を剥ぎ取りました。また(こちらが使った)鉄の矢尻を多数回収しました。
 
敵兵たちの遺体を沖まで運んで遺棄してからコダイを使いにやり女たちを村に戻しました。女たちに悲惨な遺体を見せないためです。
 
それから鍛冶屋のツネオは青銅の矢尻も多数作りました。とにかく普通の石の矢尻では全くかなわない相手ということがよく分かりました。
 

少し落ち着いたころ、村長のリョウ(大林亮平)は言いました。
「山幸彦、君が村長になってくれ」
「え〜〜〜!?」
 
「いや、君は村を救った英雄だ」
 
ということで山幸彦は村長になってしまいます。
 
ユソ国は1ヶ月後に新たな軍団を送り込んで来ました。今度は鉄剣だけでなく鉄の矢尻の弓矢も持っていましたが、またもや潮満珠にやられてしまいます。村人はまた多数の武器を鹵獲(ろかく)しました。
 

(*66) 原文は“鹽盈珠”“鹽乾珠”。“鹽”は“塩”の旧字体。盈は皿が一杯になるという意味。盈月(えいげつ)は満月の同義語。
 
原作では兄の海幸彦が攻めてきたので潮満珠で溺れさせ「助けて」と乞われたら潮乾珠で助けてあげる、というのを数回繰り返す内に海幸彦は山幸彦に従うようになったとある。しかしたかが兄を屈服させるのにこんな大げさなものを使うのも情けないし、力で屈服させても面従腹背するだけで真の味方にはならない。兄弟なら話し合いで協力させるべきである。だいたい珠を奪われたら終わりである。
 
このドラマでは「海神の加護がある」とだけ言って潮満珠・潮乾珠のことは秘密にしておくことにした。
 
なお現在「これが潮満珠・潮乾珠」と言って山幸彦ゆかりの鵜戸神宮には2つの珠が伝えられている。潮満珠は丸い形、潮涸珠は円柱を4つ重ねたバベルの塔型である。ほぼ同様のものが出雲大社にも伝わっている。
 
(筆者は出雲大社のほうの実物を見ている。神迎祭の儀式で使用された)
 

語り手「ウド村が2度に渡ってユソ国の精鋭部隊を全滅させたことから、ユソ国は当面この村には手を出さないことを決めました」
 
「そしてユソ国の攻撃を2度も退けたという噂を聞いて、ウド村と協同する村や国が現れ始め、5年後には反ユソ連合が成立。10年後には連合側がツマの戦いでユソ国を破り、南九州の覇者になるのですが、それはまだ先の物語です」
 
 
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【夏の日の想い出・日日是好日】(6)