【夏の日の想い出・秘密の呪文】(2)

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2021年ローズ+リリーのニューイヤーライブ、前半のステージが終わると緞帳が降りる。振袖姿の姫路スピカが出てくると
「今からローズ+リリーは15分ほどお休みを頂きます。その間に今年デビューします新人さんの歌をお聴き下さい」
 
姫路スピカが話している間にステージ中央近くに、スタンドマイクと、キーボードが手早く設営される。伴奏を担当する常滑舞音(黒いドレス)がそこに就く。
 
「最初は1月6日発売『私のサンタさん』を歌います、七尾ロマンちゃんです。彼女は今年度のビデオガールコンテスト優勝者・初代ビデオガールです」
 
拍手が起きて、白いお姫様ドレスを着た七尾ロマンが入ってきてお辞儀をする。
 
振り返って常滑舞音を見て頷く。
 
が、常滑舞音は首を振った。
 
ロマンが首を傾げる。舞音はキーボードの所を離れてロマンの傍に寄り何か言った。ロマンが「あっ」と声をあげた。
 
そして観客席に向かってもう一度お辞儀をした。そしてマイクを持つと
 
「七尾ロマンと申します。右も左も分からぬ新人ですが、アクアさんみたいな大歌手になれたらと思っています。よろしくお願いします」
 
と言って再度ペコリと頭を下げる。この口上を言い忘れそうになったのを舞音が教えてあげたのである。
 
それで再度舞音の方を見てアイコンタクト。頷き合って伴奏がスタートする。8小節の前奏を置いて、ロマンは歌い出した。
 
デビュー第一声である。
 

デビューの時というのは緊張するものである。ロマンは充分度胸のある子だが、それでも相当の緊張があったろう。今日は幕間で歌う新人3人の中でトップ・バッターで出て来た。プレッシャーはハンパ無い。普段出来ていることができなくなる。それにしても常滑舞音は凄い。彼女だってロマンと同期だし、同い年なのに、しっかりサポート役に徹している。
 
今回、新人三人の伴奏については、風花が弾く予定だったが、スピカが
「マネちゃんにやらせませんか?」
と提案し、私もそれは面白いかも知れないと思い、舞音を呼んで打診したら
「ぜひやらせて下さい」
と言った。
「だってその分、ステージに出られるって美味しいです」
ち彼女は付け加えた。
 
こういう姿勢はとても良い傾向なので、やらせたのである。
 

ロマンの歌が終わり、彼女はお辞儀して「ご声援ありがとうございました」と言い、下手に退場する。
 
姫路スピカが舞台袖に姿を現し
「七尾ロマンちゃんでした。歌うまいですよね。私とか完全に負けてます。次は§§ミュージックの友好プロダクシュン、♪♪ミュージックから、本日デビューします羽鳥セシルちゃんです。セシルちゃんは先程は泉を守る娘を襲う男、そして狩衣姿の男から五衣唐衣裳姿の女に変身しちゃう役を演じました。それで女の子になってしまったので、新学期からはセーラー服で学校に通うそうですが、歌手としても少女歌手としてのデビューになります」
 
観客はジョークなのかマジなのかよく分からない気分で聞いている。セシルについては、プロデューサーの雨宮先生から
「性別が曖昧な感じで頼む」
と言われていたので『雪が白鳥に変わる』で少女に変身する少年役をしてもらったのである。アルバムのPVでは町田朱美がしてくれた役である。
 
「それでは羽鳥セシルちゃんです。曲はフルートの吹き語りで『ココと子ギツネのロンド』です」
とスピカは言って引っ込む。
 
多くの観客は何気なく聞き流したのだが、一部「フルートの吹き語りって何?」と思った人たちがいた。
 
ともかくも小鳥柄の小紋を着た羽鳥セシルが、銀白色のフルートを手にして、下手から登場する、客席がどよめいたが、それは彼女に続いて、書生のコスプレ?をした川井唯が彼女を守るように出て来たからである。
 
一部の観客は、伴奏者かと思ったようだが、唯はセシルをはさんで、常滑舞音と対称になるくらいの位置に立った。セシルが口上を言う。
 

「みなさん、こんにちは。本日デビューします羽鳥セシルと申します。女の子になってしまったので今後は女の子歌手ということでお願いします」
 
セシルは言葉を続ける。
「でも今歌った七尾ロマンさん、すごく上手いですね。私なんか、逆立ちしてもとてもかなわないと思いました。この後、出てくる恋珠ルビーさんもうまいんですよ。それで正統派歌手が2人続くと耳が離せなくなるから、その間に耳休めで色物の私の歌で少しお休み下さい。トイレに行くなら今ですよ」
 
「ちゃんと聴くよー!」
という声が掛かるので、セシルが声の聞こえた方角にお辞儀する。
 
「それでは『ココと子ギツネのロンド』。今日は吹き語りバージョンで聴いて下さい」
とセシルは言った。
 
それでセシルがフルートを構える。常滑舞音の伴奏が始まる。前奏にセシルがフルートを入れる。物凄いパワフルな音なので、本当に休んで他のサイトなど見ていた人が「おっ」などと言って、あけぼのテレビの画面をトップに出す。前奏が16小節入ってそろそろ歌かなと思った所で突然セシルが2人に分裂した!
 
観客がどよめく。
 
2人に分裂した内、客席から見て右手のセシルはフルートを吹き続けるのだが、左手のセシルはフルートを口から離して歌い始めた。
 
歌とフルートは絡み合うように曲が進行する。
 
やがて緞帳の上を多数のキツネが走り回る。これは原始的なレーザー光線を使った映像である。ここで注意深い観客は、走り回っているキツネが“フルートを吹いているセシル”の近くには寄らないことに気づき、分裂の仕組みにも気付いたようである。
 
セシルは間奏では歌っていた方のセシルもフルートを口に当て、2人のセシルでフルートの二重奏をした。コーダでは今度は2人のセシルがユニゾンで吹く。そして終曲と同時に2人のセシルが合体した。
 

激しい歓声と拍手が小浜のミューズシアターにこだまする。セシルが客席に向かってお辞儀する。
 
姫路スピカが拍手しながら出てくる。
 
「凄かったですね。今の分身の術はどうやったんですか?」
「アクアさんから習ったんです。アクアさんは忙しすぎるから、いつも3人に分身して、お仕事してるんですよ。私は習い立てだから、まだ2人までしか分身できないんです」
とセシル。
 
「ああ、やはりアクアって3人くらい居ますよね」
「でも本当はシンデレラ日美子さんのお陰なんです」
と言ってセシルが上手の方に手を向けると、ボディスーツ姿のシンデレラ日美子が上手袖から顔を出し客席に向かって手を振った。
 
「そういう訳でシンデレラ日美子さんでした」
とセシルが言うとあらためて盛大な拍手が贈られる。
 
「そして伴奏してくれたのは常滑舞音ちゃんでした」
とセシルは伴奏者を紹介する。実は七尾ロマンが紹介するはずが、緊張していて紹介し忘れたのである。
 
「常滑舞音ちゃんとはアクアさん主演のドラマ『少年探偵団IV(フォー)』でも共演したんですよ」
と言うと、舞音が
 
「セシルちゃんがフルートソロで、私がピアノ伴奏ですね」
と舞音も自分の所のマイクで答える。
 
「そういえば、さっきからセシルちゃんが持ってるフルートの端についてる宝石のようなものが気になっているんですが」
と姫路スピカが言う。
 
「実はこのフルートは『少年探偵団IV』で使用する小道具をお借りしてきたんです。ところでスピカさんはフルート吹きます?」
 
「音が出る程度ですね」
「音が出たら凄いですよ」
とセシルは言ってから
「だったら、これ持ってみて下さい」
といってセシルがフルートをスピカに手渡す。
 
「わっ」
とスピカが声を挙げる(マジで知らされていなかった)。
 
「何この重さは?」
と言ってからスピカは
「もしかしてこれプラチナ?」
 
「そうなんです。これプラチナのフルートだから、普通の銀のフルートの倍の重さがあるんですよ」
 
「いや、銀は普通ではない。私が持ってるフルートは白銅だ」
「私も中学1−2年の頃は白銅のフルートを使っていたんですけど、壊れちゃって」
「それでプラチナにした?」
「これはドラマの小道具ですよ〜。お借りしてきただけです。だから、万一の場合にそなえて、ユイさんにボディガードしてもらっています」
 
「それでユイさんがいたのか」
というスピカに応じて、川井唯は右手をあげて応じる。
 
「ちなみにこちらはアクアのバックバンド・エレメントガードのドラマーでユイさんですが、柔道五段の腕前なんですよね。それでしばしばボディガード役にもかつぎだされています」
とスピカは説明する。
 
「それでこのフルートの端に填まっているルビーやサファイアみたいなのは?」
「ルビーとサファイアですよ」
「嘘!?こんなに大きいのに?」
「実は合成ルビーと合成サファイアなんです」
「びっくりした。こんな大きな天然ルビーに天然サファイアは国宝級ですよ」
「合成でもこの大きさのものを作るには半年かかるそうです。その間、ずっと高温高圧を維持しなければならないから製造コストが凄い高いらしいですね」
 
「なるほどー。だったらこのフルート、もしかして3000万円くらいする?」
「製造費は非公開なんですが、噂によると1800万円くらいしたらしいですよ」
「ひゃー!マジ高かった」
「詳しくは1月4日の『少年探偵団IV』の放送をご覧下さい」
 
「要するに番宣なのね?」
「そうなんですよ。それでこのフルートを小浜まで持ち出す許可が出たんです」
「でもいい目の保養になった」
「番組が放送される翌日の1月5日から月末までΛΛテレビのエントランスに展示されるそうですから、東京近辺の方は見てみて下さい」
「おお、それは見なければ」
 
「それではよろしくお願いします」
「羽鳥セシルちゃんでした!」
 
それでセシルがフルートを持って退場する。川井唯も一緒に退場する。そしてスピカは
 
「それでは最後のゲストです。1月13日にデビューする恋珠ルビーちゃんです。彼女も今年度のビデオガールコンテスト優勝者・初代ビデオガールです。ロマンちゃんとルビーちゃんは同点優勝でした。歌は『サンバ・シャポン』です」
 
とスピカが言う。拍手の響く中、今日3人目のゲスト、恋珠ルビーがミニスカ+タイツの赤いボディコン衣装を着て登場する。
 
この衣装そのものにどよめく。アイドルの衣装ではない。
 
「こんにちは、恋珠ルビーです。名前は“恋する”の“恋”に、真珠の“珠”の字を書いて、カタカナでルビーです。この字を書くと“こいじゅルビー”さんですか?とか言われるんですが“こいたま”です。“こいじゅ”では、湯桶読みになっちゃいますよね。実は私は、沖縄県の宮古島出身なんですが、宮古島の神話で“こいたま”という女神様がいて、そこから取った名前です。宮古といっても東北の宮古市じゃなくて、南の島の宮古島です。それからルビーは私の誕生石なんですよも。私は7月1日の生まれ、ホロスコープ出してみたい方のために出生時刻までお伝えすると、2006年7月1日4時25分です。太陽は蟹座の8度、月は乙女座の7度になります。蟹座はツンデレな星座らしいですが、私は積ん読が得意です。あ、それから私より一週間早くデビューします七尾ロマンちゃんですが、彼女は獅子座です。8月7日の、月遅れの七夕に生まれたからロマンなんだそうです。可愛くていいですね。歌も凄く上手いし。セシルちゃんじゃないけど、私も彼女には、かなわないっ!て思いますよ」
 
と恋珠ルビーは一気に口上を言い、七尾ロマンが言えなかったことまでフォローしてしまった。
 
「それでは聴いて下さい。『サンバ・シャポン』です」
 
伴奏者の常滑舞音と頷き合う。ルビー自ら手に持っていたアゴゴベルで、トンタタタントン・トタンタタントン・トンタタタントン・トタンタタントンというサンバのリズムを刻みだし、それに合わせて常滑舞音の伴奏もスタートする。そして舞音の伴奏が4小節入ったところで、ルビーは歌い出した。
 
その軽快なリズムと歌唱に観客の手拍子も、前乗り気味にタンタンタンタンと打たれ、それに合わせてルビーは細長い脚で軽快なステップを踏んでいる。間奏ではまたアゴゴベルでサンバのリズムを打ち、間奏の終わり付近ではアピート(サンバホイッスル)まで吹く。観客は物凄くヒートアップした。
 
彼女は歌い終わった後、コーダでもアゴゴベル、そしてアピートも入れた。そして最後には宙返りをしてみせて、観客り物凄いどよめきを呼んだ。
 
凄まじい拍手の嵐となった。
 
姫路スピカが出て来て「恋珠ルビーちゃんでした。格好良かったですね。もう一度拍手」と言い、大きな拍手の中、ルビーは退場した。
 

緞帳があがる。
 
観客の中にざわめきが起きる。
 
アクアがマイクを持って発言した。
 
「皆さんこんにちは。アクアと今井葉月(いまい・ようげつ)です。ここに並んでいるのは『愛のデュエット』のセットなのですが、今から1年と1日前、2019年12月31日のローズ+リリーさんのカウントダウン・ライブでも、私と葉月(ようげつ)とで『愛のデュエット』を演奏したのですが、当時はまだ彼が17歳だったので、22時以降のステージに出演することができず、大変申し訳無かったのですが、録画で出演させて頂きました。その時“来年のローズ+リリーのカウントダウンにも呼んでもらったら、是非2人で生出演したいです”と言いました。それで今回、その約束を果たすために出演させて頂きました」
 
アクアは最近名前を“はづき”と読まれ、女性タレントとしか思われていない葉月のことを本来の読み方である“ようげつ”と読み、更には“彼”と言及した。これが実はここにくる飛行機の中での出来事を反映しているものであったことを私は後に知ることになる。
 
アクアはそばに置かれているテレビのスイッチを入れる。
 
「許可を得て足羽放送さんのチャンネルを点けております。ご覧の通り、所ジョージさんの番組が放送中です。それからカメラさん、こちらを映して下さい」
と言ってアクアが新聞を手にしている。カメラが寄って行き、その紙面を映す。
 
「ごらんの通り、1月1日の新聞です。ということで、これは本当に生でやっています。では演奏を始めます。ヴァイオリンさん、お願いします」
 
とアクアが言うと、脇の方に立っている6人のヴァイオリニストが前奏を始める。4小節それを聴いてから、アクアと葉月の演奏が始まる。
 
ピアノの連弾(AメロBメロ)から始まり、そばに置いているリコーダー(サビ)を吹く。更に傍に置いているフルートでピアノで演奏したAメロBメロを再現し、更にウィンドシンセでサビを吹く(ABSABS).
 
1小節の間奏の間に立ち上がってアルトサックスを首からかけ、それからCメロAメロを演奏する。再び1小節の間奏の間にアルトサックスを首から外し、ヴァイオリンでサビを弾く。そしてチェロを抱えてサビのバリエーションを弾く(-CA-Ss)。ギターに持ち替えてAメロBメロを再現し、最後は2小節のブリッジの間にドラムスの所に移動し、ひとつのドラムスを2人で一緒に叩く(AB--Coda)。(以上合計112小節)
 
物凄く大きな拍手がアクアと葉月に贈られた、一応私とマリは歌っているのだが、私たちの歌などどうでもよい世界である!
 

この曲はこれまでこういうメンツにより演奏されてきた。
 
2014.04(PV収録) ヒロシ+フェイ
2018.09(PV収録) アクアM+F
2018.09(夏Fes) 風花/翼→心亜/翼→宮本/田中成美→酒向/レイア・(リレー方式)
2018.12(CountDown) アクア+レイア
2019.07(夏Fes) 葉月+レイア
2019.12(CountDown) アクア+葉月
 
生で2人だけで演奏したのは今回が初めてであった。2018年12月のも本当は生だったのだが、アクアの移動時間を説明できなかったので、建前上録画ということにしておいた(本当に録画なのか生なのかネットで随分議論されていた)。
 
どれも素晴らしいのだが、アクア+葉月版は、絶対に公開できないアクアM+F版を除けば最高の出来だったと思う。
 

アクアたちの演奏が終わると、拍手の中、ステージが回転するので、ざわめきが起きる。このシアターのステージには廻り舞台の機構が組み込まれているので、それを使用して設備を切り替えるのである。
 
『愛のデュエット』のために、9種類の楽器×2セット(ドラムスだけは1)が並んでいたステージから一転して、華麗な平安衣装をつけた人が8人並ぶステージに切り替わる。
 
『百人一首の歌』を演奏する。
 
華麗な雅楽器の音に合わせて、私たちは「秋の田の刈り穂の庵の苫を荒み、我が衣手は露に濡れつつ」とか「奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき」などと歌って行った。
 

雅な世界の歌が終わる。
 
大きな拍手が起きる。私は演奏者を紹介した。
 
「龍笛(りゅうてき):米本愛心、琵琶(びわ):田倉友利恵、笙(しょう):栗原リア、篳篥(ひちりき):花咲鈴美、鞨鼓(かっこ):木原扇歌、箏(そう):坂出モナ、鉦鼓(しょうこ):山里エルカ、楽太鼓(がくだいこ):弘田ルキア、以上、ColdFly5+3 の皆さんでした」
 
私が名前を読み上げる度に拍手があり、最後にまた大きな拍手があった。
 
「彼女たちが着ている衣装は一般には“十二単(じゅうにひとえ)”と呼ばれていますが、これは後世に出て来た俗称で、平安時代の呼び方では“五衣唐衣裳(いつつぎぬ・からごろも・も)”というものです。多数の服を重ねるので、着るのに1時間くらい掛かります。トイレの近い人には着られない衣装ですね」
というと笑い声がある。
 
「重さも5kgくらいありますので、体力の無い人は着ただけで動けなくなってしまいます」
 
また笑い声がある。
 
「着ているだけで運動になりますから、皆さんもダイエットにこれで通学か通勤してみませんか?ただしこれまでより1時間早く起きないといけませんし、裙を引き摺ってしまうので、裙を持つ係を雇う必要がありますが」
 
というと更に笑いがあった。
 
ちなみに、弘田ルキアが五衣唐衣裳を着ていた件に付いては
「やはりルキアちゃんは、こういう衣装も似合うね〜」
「平安時代なら、きっとたくさん男の人から恋文もらってるよね」
などと言われて、普通の女子と同じ扱いだった!
 
この日の夕方までは!!!
 

「それでは折角1時間かけてこの服を着てもらったので、もう1曲行きます。『紅葉の道』」
 
拍手があり、演奏が始まる。この曲は元々和楽器を入れた編成で書いた曲だが、今回は完全雅楽器バージョンの編曲をしている。音階も和音律(ピタゴラス音律 *1)で歌う。私は自分で歌いながら、この音律は美しいなあ、と思っていた。
 
(*1)日本音律は壱越(レ)の音が基準点となる。ここから周波数で3/2倍(完全5度上=半音×7)と3/4倍(完全4度下:半音×5)《順八逆六法》あるいは4/3倍(完全4度上)と2/3倍(完全5度下)《順六逆八法》という美しく響き合う音程を頼りに他の音を決めていく。近年の雅楽では少し違うのだが、平安時代の方式では、次のようにする(田辺尚雄の推定)。
 
壱越(レ)↑5度で黄鐘(ラ)↓4度で平調(ミ)↑5度で盤渉(シ)↓4度で下無(ファ#)《順八逆六法》。

 
壱越(レ)↑4度で双調(ソ)↑4度で神仙(ド)↓5度で勝絶(ファ)↑4度で鸞鏡(ラ#)↓5度で断金(レ#)↑4度で鳧鐘(ソ#)↑4度で上無(ド#)《順六逆八法》。

 
日本音名:壱越(レ)断金(レ#)平調(ミ)勝絶(ファ)下無(ファ#)双調(ソ)鳧鐘(ソ#)黄鐘(ラ)鸞鏡(ラ#)盤渉(シ)神仙(ド)上無(ド#)
 
今回のライブではこの平安時代の音階に調律した楽器(龍笛・琵琶・笙・篳篥)を使用している。(西洋音階の龍笛を作ってくれた雅楽器屋さんと共同で半年掛けて制作したもの:取り敢えずこの1個しか無い!。箏は柱の移動で自由に調律できる。鞨鼓・鉦鼓・楽太鼓は調律不要)
 

雅な演奏が終わる。
 
私はあらためて「ColdFly5+3でした!」と紹介した。
 
米本愛心(龍笛)、花咲鈴美(篳篥)、木原扇歌(鞨鼓)、山里エルカ(鉦鼓)、弘田ルキア(楽太鼓)の5人が退場し、田倉友利恵(琵琶)、栗原リア(笙)、坂出モナ(箏)の3人は残る。スタッフが楽器を片付ける。ステージの前後を区切っていた幕(中幕)をあげると、そこにスターキッズ(近藤・鷹野・酒向・月丘・七星・宮本)、さっきアクアたちの伴奏をした6人のヴァイオリニスト、それに詩津紅と千里がいる。近藤(A.Gt)・宮本(A.Gt)・鷹野(B)・七星(Fl)・千里(龍笛)は前面に出てくる。
 
田倉友利恵(琵琶)・栗原リア(笙)・坂出モナ(箏)は楽器を交換する。実は西洋音階に調律したものと交換したのである。西洋音律の琵琶は以前から風帆伯母と一緒に製作したものがあったが、西洋音律の笙は取り敢えずこれ1個だけの試作品である。箏は西洋音律の音が出る位置に柱を置いたものである。千里は最初から西洋音階の出る龍笛(30本程作った内の1本)を持っている。
 
『振袖』を演奏する。
 
アコスティック楽器の美しく重厚な音が響く中、私たちは歌い始める。
 
舞台上手から振袖姿(実はワンタッチ振袖)の常滑舞音が出て来て、扇を持って舞い始める。彼女は正式に日本舞踊を習っている訳ではないのだが、お母さんが日舞の“名取一歩手前”(名取り披露の費用が無いので名前は取らなかった)だったらしく、幼い頃から母が舞うのを見ていたので、結構まともに舞うことができる。
 
美しい演奏と美しい舞のコラボに聴衆は手拍子も忘れて聴きほれていた。
 

演奏が終わるとそれまで静かに聴いていた観衆が一斉に大きな拍手をする。
 
常滑舞音が上手に退場する。
 
6人のヴァイオリニストの内の4人、田倉友利恵(琵琶)と坂出モナ(箏)は下手に退場する。箏をスタッフが片付ける。栗原リア(笙)は残る。
 
私はMCも入れずに次の曲に行く。
 
『門出』を演奏する。
 
この曲は、千里が他の女性と結婚してしまった彼氏(貴司さん)との関係で悩んでいた時に、自分の遺伝子を受け継ぐ京平君の誕生を機会に“超妻”としての自信を取り戻した時に書いた曲である。その後、ふたりの仲は進行するかに見えたが、貴司さんは更に別の女性と結婚するという迷走を経て、この秋にやっとふたりは結婚できる状態になった。結婚式の日程はまだ未定ではあるが、今月仲に籍だけは入れてしまうらしい。
 
今千里はどんな気持ちで龍笛を吹いているのだろう?などと考えながら歌っていたら、盛大な落雷が来た!
 
千里が龍笛を吹けば落雷があるのはいつものことである。ギターやヴァイオリンの弦が切れたり、音響機器のICが壊れる青葉よりはマシな気がする?が、今日は特に盛大で5〜6発落ちた気がした。むろん、この落雷の音はあけぼのテレビを通して全国に伝わった。
 
ちなみに今日の福井県地方は午前中は雪が降っていたものの、お昼にはやんでいた。しかしこの雷で「また降ってくるかな」と思った地元の人もかなりあったらしい。
 

演奏が終わると盛大な拍手があった。私は「龍笛、醍醐春海。笙、栗原リア」と紹介した。
 
ヴァイオリニスト2人、栗原リアが退場する。千里は龍笛をスタッフに渡してキーボードの所に行く。世梨奈(Fl)・美津穂(Cla)が入ってくる。
 
『H教授』を演奏する。
 
この曲も初披露の時は、物語の展開に不安を感じながら観客が聴いていたが、もう何度も演奏しているので、多くの聴衆が話の結末を知っている。それで安心して楽しい顔で聴いている感じだった。
 
演奏中に上手からH教授に扮する白衣姿の宮本さんが出てくる。そして歌で女が出てくる所で、今回はこれだけの出演となる風花が出てくる。そして歌の内容に合わせてパントマイムをする。インターネットにつなぐために鳩を飛ばすところは本当に服の中に隠していた鳩を飛ばした。実はシンデレラ日美子さんが手品のネタに飼っている鳩である。最後は赤ちゃんまで出てくるが、これは『とりかへばや物語』で使用した自動人形である。
 

演奏が終了する。みんな笑顔で拍手をしてくれている。私は
「H教授・宮本越雄、女・古城風花」
と紹介した。
 
ふたりが上手に消える。
 
青葉・山森さん・香月さんが入ってくる。
 
『Atoll(アトール)-愛の調べ』を演奏する。
 
2017-2018年の不調から抜け出すきっかけになった曲で、自分としてもかなり良い感触があった。セールスも180万枚(DL含む)売れている。沖縄本島の近くにある“ルカン礁”(Rukan atoll)という美しい環礁を見た印象から書いた曲だ。
 
3人のキーボーディストが入っているが、詩津紅はピアノ、山森さんはフルー管系の音、そして千里は電子音系の音を入れている。環礁の美しい姿には電子音がわりと似合う。それは聖なるものと交信しているかのような音である。
 

同じメンツで『雪を割る鈴』を演奏する。
 
宮本さんがバラライカを持ち、千里がバヤンを持つ。
 
バラライカはいいとして15kgのバヤンを抱えて演奏できる人は多くない。ロシアではたくましい男性奏者が街頭で本当にこれを抱えて演奏しているのだが、女性でこれをできる人はひじょうに少ない。さすが日本代表のバスケット選手である。
 
七尾ロマンと恋珠ルビーが、お揃いのサラファンを着て入ってくる。そしてスローな演奏に合わせて踊り始める。
 
1分半ほど演奏した所で、上から薬玉(くすだま)が降りてくる。そして大きな剣を持ち、ウェディングドレスのような衣装をつけた坂出モナが入ってきた。そして近藤さんの合図で
 
「えいっ!」
と大きな声をあげて剣を振るう。
 
薬玉が割れて多数の小さな鈴が飛び出す。
 
(クス玉は剣が当りさえすれば電気的な処理で自分で割れるようにできている)
 
曲が突然アップテンポになる。七尾ロマンと恋珠ルビーがサラファンをさっと脱ぐと、下にはミニスカタイプの青いテニスウェアを着ている。テンポの速い曲に合わせてハイテンポで踊る。
 
坂出モナはウェディングドレス(?)なので激しい動きはできないものの、身体を揺すりながら手拍子を打っている。
 

そして終曲。
 
「ダンサー、七尾ロマン・恋珠ルビー。鈴割り役・坂出モナ」
と私は紹介した。
 
「続いて『青い豚の伝説』」
 
モナは退場するが、ロマンとルビーは引き続き、この曲でもダンスする。
 
更に『コーンフレークの花』『フック船長』と演奏する。
 
『フック船長』ではフルートの吹き手が足りないので羽鳥セシルにフルートに加わってもらったが、今回は“宝石付きフルート”ではなく、普通の?フルートを使用していた。宮本さんがいつものようにメトロノーム係(チックタック鰐を表す)で入っている。
 
ラスト付近で目覚まし時計が鳴り始め、宮本さんが止めようとするもののどうしても止まらない、やがて、宮本さんが取りだした“お玉”で叩いたら止まった。これもいつもの演出である。
 
曲は終わるが宮本さんは、お玉を見ながら首をひねっている。そして客席の方に向ける。客席から
「ピンザンティン!」
という声が返ってくる、
 
宮本さんが手に持っていたお玉を私に渡し、更にもう1本取り出すとマリに渡す。そしてお玉を振りながら『ピンザンティン』を演奏した。
 
「サラダを〜作ろう、ピンザンティン、素敵なサラダを」
「サラダを〜食べよう、ピンザンティン、美味しいサラダを」
 
客席の1000個のプロジェクタの中でも多数の人たちがお玉を振ってくれた。その様子がまた、あけぼのテレビの回線を通して全国に中継される。また最前部に並んでいる100人の(バーチャルな)信濃町ガールズたちがお玉を振るのもテレビには映る(私たちには見えない)。
 

「応援ありがとうございました」
と私はアナウンスする。スタッフが入ってきて、月丘さんが演奏するマリンバを移動して、詩津紅が弾くピアノと背中合わせの位置に持って行く。
 
「次はいよいよ最後の曲になりました」
 
と言うと客席からは「え〜〜!?」という声が返ってくる(日本の観客は本当に約束事が分かっていて律儀である)。
 
「昨年2020年は本当にコロナで大変な1年でした。志村けんさんが亡くなり、岡江久美子さん、高田賢三さん、ジスカール・デスタン元大統領、ダース・ベイダー役のデビッド・プラウズさんが亡くなりました。オリンピックは延期され、甲子園は中止になり、様々な大会・お祭りが中止。マスク不足から様々なマスクが手作りされ、全国民に10万円が支給。学校が3ヶ月お休みになり、三密を避けてソーシャルディスタンスを取り、リモート授業、リモート出勤が普及しました」
 
「コロナ以外では、九州で豪雨、安倍首相が退任して、イギリスはEU離脱、ヘンリー王子が王室離脱、香港は荒れ、バイデンがトランプを破りました。そんな中、鬼滅の刃が受けて緑と黒の市松模様がはやり、高校生の藤井聡太が棋聖・王位の二冠を取り、大坂なおみが全米オープンに優勝し、野口聡一さんはスペースシャトル・ソユーズ・クルードラゴンと3ロケットを制覇。スーパーコンピューター富岳は世界一になり、そして昨日、嵐が活動休止しました」
 
「新しい年が明けました。今年は良い年になるといいですね。それでは最後の曲、『時の鏡』です」
 

私とマリは背中合わせでハンドマイクを持ち歌う、近藤さんと鷹野さんは背中合わせでギターとベースを弾く。七星さんと世梨奈が背中合わせでフルートを吹く。生方さんと荒井さんが背中合わせでヴァイオリンを弾く。詩津紅と月丘さんは背中合わせの位置でピアノとマリンバを弾いている。ドラムスの酒向さんだけがひとりでドラムスを打っている。
 
私たちは本当に今年が良い年になりますようにという願いを込めてこの歌を歌った。
 
そして終曲。
 
私とマリが向き合い、近藤さんと鷹野さんが向き合い、七星さんと世梨奈が向き合い、ヴァイオリンの生方さんと荒井さんが向き合う。そして月丘さんが弾いているマリンバごと、詩津紅のピアノを中心に180度グルっと公転!して、詩津紅と向き合う形になった。
 
このマリンバと月丘さんの回転(自転ではなく公転)には観客の間に物凄いどよめきがあった。これを初めて見た人が大半だったようである。
 
拍手が鳴り響く中、私とマリは客席に向かって大きく頭を下げる。
 

そこに司会者の姫路スピカが入ってくる。
 
「以上でライブは終わったのですが、通常ならここからアンコールになる所、放送枠で納めなければならないので、ここからアンコール代わりにボーナスステージということで2曲お願いします。それでは『影たちの夜』」
 
それで大きな拍手の中、『影たちの夜』の演奏が始まる。
 
普段の年ならここでこれまでの出演者が全員ステージに再登場して、密集!して踊りまくるのだが、今年はそれかできない。それでテレビの枠の右側と下側ぎ切り取られて↓のような状態になる。
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そして、右側・下側の部分に、各々の部屋に居る出演者が映し出され、一緒に踊ったり歌ったりしたのである。
 
今回のライブでは、大型の楽屋は用意していない。各々個室の楽屋で着替えたり休憩したりするようになっている。だから今回は進行係の鱒渕さんは、各々にスマホで呼びかけてステージに呼び出す形式で行った(反応が無い場合は白石・竜木が部屋まで走って行ってノックして注意する)。
 
なお各個室にはトイレも付いているし、ティーサーバー・コーヒーサーバーも用意している。また食事は電話かメール1本でデリバリーする体制を取っているので(協力:藍小浜)、部屋の外に出る必要はほとんど無かった。
 

お祭りのような『影たちの夜』が終わった後、伴奏者が全員退場し、あけぼのテレビの画面もステージを映す映像だけになる。
 
私はスタインウェイのコンサートグランドピアノの前に座り、マリは私の左側に立つ。ピアノの向こう側から移動カメラが私とマリを映す。
 
ブラームスのワルツ(ミードドミ・ミードドミ・ファソファミレミ)をモチーフにした前奏に続き、私たちは『あの夏の日』を歌う。
 
この曲を書いた2007年夏から13年半。色々な想い出が頭の中に蘇ってくる。『A Young Maiden』を発表した時は「マリちゃん、まさか赤ちゃん産んだ?」とか言われたけど、マリも本当に2人の子持ちになった。
 
でも独身!
 
それで未だに男性ファンは減らないようである。
 
どうもいくら赤ちゃん産んでも誰かと結婚しない限りは「誰の物でもない」という状態にあるようだ。そのマリはいつものように私の左側で歌っている。
 

私は時計の秒表示を見ながら演奏している。
 
歌が終わる。
 
コーダを弾く。
 
そしてピアノの最後の音が余韻を残して減衰していく中、私は椅子から立ち上がり、マリと一緒にステージ前面に出て、客席に向かって深くお辞儀をした。
 
大きな拍手が響く中、放送は終了した。
 

今回のライブの『雪を割る鈴』の剣で薬玉を割る役は、愛心の推薦で坂出モナにやってもらったのだが、彼女がウェディングドレス姿で出て来たのは、私も話を聞いていなかったので、びっくりした。
 
この件は、ライブを観ていた人たちの間からも「なんでウェディングドレス?」という声が多数あがっていた。
 
この件に付いて、坂出モナはライブの後、1月1日の夕方に、所属事務所の○○プロとの連名で報道各社にFAXを送って次のようなことを発表したのである。
 
・坂出モナは12/31付で WindFly20を卒業したこと。
・坂出モナは○○プロとの契約を更新しなかったこと(12/31付で自動消滅)。
・坂出モナは弘田ルキアと婚約したこと。
・結婚式は2人が高校を卒業した後2022年3月におこなうこと。
 
WindFly20の中でも特にファンの多い子のひとりだけにこの件は大きな衝撃を与えた。
 
「でもルキアって女の子になりたいのかと思ってた」
「テレビではいつも女装してるし」
「というかほとんど女性タレント扱いだし」
「既に性転換しているという説もあった」
「いや、本人はいつもそれ否定していた」
「単に恥ずかしがって否定しているのだと思ってた」
「ひょっとしたらレスビアンかも」
「もしかしてウェディングドレス同士で結婚とか」
「そういえば今日もルキアは十二単(じゅうにひとえ)着ていた」
 
記者会見を開いて欲しいという意見が圧倒的だったので、行きがかり上、私がお膳立てをすることにした。○○プロでWindFly20を管理していた丸花社長に電話して承認を取った(*2)上で、私と坂出モナ・弘田ルキアの3人で、代表取材ということで、あけぼのテレビが記者会見を放送した(★★チャンネルとЮЮネットも(無料で)同時配信した)。
 
(*2)○○プロは、事実上、丸花社長系、浦中副社長系、津田元専務系、の3つの派閥の集合体であり、この3つは各々独立して運営されている。WindFly20は丸花社長系であった。ローズ+リリーはこの3つの派閥に跨がって活動していた特異な存在だった。
 

記者会見の直前に福井県の地方テレビ局である、足羽放送と敦賀テレビが来て一緒に取材させて欲しいというので、許可する。それでこの記者会見はネットだけでなく在来局からテレビ電波でも全国に流れることになった。
 
2人の服装だが、モナは白いワンピース、ルキアはブラックスーツを着ていた。実はルキアのスーツは、香月さんのものである。ルキアが適当な服を持っていなかったので香月さんが貸してくれた。(モナからワンピースなら貸すけどと言われたのを断っていた)
 
「結婚するのにWindFly20を辞めたの?」
「いえ。辞めてから交際を始めて婚約しました」
「1日で結婚を決めたんだ?」
「はい、そうです。だってWindFly20では恋愛禁止だし」
 
近くから、鷹野さんが「おお、建前、建前」などと声を出している。当然、それが全国に流れる。
 
「世間では結婚式では2人ともウェディングドレスを着るのでは?と噂されているようだけど」
「ボクはタキシードですよぉ」
「いや、ウェディングドレス着てもいいんだよ、と唆している所です」
「それは楽しみですね」
 
「だけど結婚するまでまだ1年あるんだね」
「ルキアが男の子だから18歳になるまで結婚できないんですよねー。性転換して女の子になれば16歳以上で結婚できるよと言ったんですけど、ちんちん無くしたくないと言うし」
 
「念のため確認するけど、ルキアちゃん、ちんちん付いてるんだよね?」
「ついてますよー」
「タマタマは無いよね?」
「そのあたりは個人情報ということで」
「ふむふむ」
 
「モナちゃんはその辺は承知の上で結婚するんだよね」
「まあ女の子同士の夫婦みたいなものですよー」
「なるほどね。お互い承知の上でなら問題無いよね」
 
「でも私が秘密の呪文を唱えると、ひとつになれるんです」
「ほほぉ。その呪文は?」
「秘密の呪文だから秘密です」
 
「まあいいでしょ。一緒に暮らすの?」
「それも高校を卒業するまでは我慢します」
「うん。それがいいだろうね。まだ若いし」
「週末だけ一緒に過ごすつもりです」
「いいんじゃないの?」
 
テレビ記者からいくつか質問があるが、地方のテレビ記者だけあって、あまり意地悪な質問などもなく、記者会見はなごやかな雰囲気で進んだ。
 
「坂出モナさんと弘田ルキアさんでした!お幸せに」
と私が結ぶと、会見場に控えていたスターキッズのメンバーやColdFly5+3のメンバーから拍手が起きていた。
 

1月1日の夕食は豪華なディナーを各自の個室にデリバリーしてもらった。お風呂は各個室にも付いているが、大きなお風呂(天然温泉)に入りたい人は予約をしてもらえば旅館・藍小浜のお風呂に入れるようになっている。お風呂は三密回避のため完全予約制である。
 
政子は12/31の夜は、私がまだ東京にいたこともあり、子供たちと一緒に過ごしたのだが。1/1の夜は、子供たちをお母さんに任せて、私の部屋に来た。
 
「今夜は姫始めだよ」
「それって1月2日の夜じゃないの?」
「今夜中に1月2日になるからいいんだよ」
「まあいいけどね」
 

それですること(?)もして、私も疲れが溜まっていたので熟睡したのだが、私は夜中に唐突に目が覚めて叫んだ。
 
「マチカ・マチリカ」
「何?何?」
と寝ぼけ気味に政子か訊く。
「魔法の呪文なんだよ」
「へー」
 
私は部屋に置いているバッグから“赤い旋風”(愛用しているボールペンの名前)とレターペーパーを取ってくると(裸では寒いので)ベッドの中に舞い戻り、そのままベッドの中で詩を書き綴った。
 

マチカ、マチリカ
 
今日彼女が電話してきて
バイトを首になったって言うの
マチカ、マチリカ、マチカ、マチリカ
それはほんとに大変だねって、私は言った。
 
今日友だちが電話してきて
USBメモリ落としたって言うの。
マチカ、マチリカ、マチカ、マチリカ
あまり自分を責めないでねって、私は言った
 
世の中色々大変だけど
辛いことばかりじゃないよ、きっと
悲しみの後には喜びが来るって
アポリネールも言ってるよ
 
今日母親が電話してきて
ばあちゃんが入院したって言うの
マチカ、マチリカ、マチカ、マチリカ
そちら行けないけどお大事にって、私は言った
 
今日彼氏が電話してきて
彼女できたから別れてって言うの。
マチカ、マチリカ、マチカ、マチリカ
この浮気者、てめー死んじまえって、私は言った
 
辛いよー、寂しいよー、苦しいよー
心が揺れて暴走してる。
ビートの強い音楽掛けて
心を麻痺させないと生きてられない。
ぽっかり空いた心の穴、お願い誰か埋めて満たして
 
呪いの言葉は良くないわ
浮気者と別れたら、まじめな人と出会うかも
悲しみの後には喜びが来るって
アポリネールも言ってるよ
 
マチカ、マチリカ、マチカ、マチリカ
魔法の言葉を唱えるの
マチカ、マチリカ、マチカ、マチリカ
きっと眠って起きたら明日(あす)は
何か新しいこと起きる
 
彼女はきっといいバイト見つかるよ
友だちはきっと流出事故は起きないよ
ばあちゃんはきっと大したことないよ
私もきっといい恋できるよ
 
マチカ、マチリカ、マチカ、マチリカ
魔法の言葉を唱えてみよう
悲しみの後には喜びが来るって
アポリネールも言ってるよ
 

私は最初↓のような文を書いたのだが、少し思い直して削除し、↑のような結びにした。マリは「性善説すぎる」と言ったが。
 
私をこれまで抱いた回数、土下座したって許さない
この気持ち、どこにぶつければいいの?
メモリー見つかるよ
退院するよ
 

「ところでマチカ、マチリカってどういう意味?」
「知らない。唐突に出て来た」
 
「訳の分からない言葉というと、キュピパラ・ペポリカもあったね」
「懐かしいね。あれは更に訳の分からない歌詞になった」
「私あれもう歌えないかも」
「しばらく歌ってなかったしね」
 

1月2日の午前中、今回のライブに参加したメンツはまとめてエアバスA318で郷愁飛行場に戻った。これに乗ったのは1以下46名である。定員100人のA318に座席間隔を空けて座った。
 
ローズ+リリー(2) マリ・ケイ
中田家(4) あやめ・大輝・中田晃義・恵美
スターキッズ(8) 近藤・七星・鷹野・酒向・月丘・宮本・香月・山森
ヴァイオリニスト(6) 生方芳雄・荒井路代・桜沢玲美・大野恵美・中森弘恵・坂井絵奈
ColdFly5+3(8) 米本愛心・田倉友利恵・栗原リア・花咲鈴美・木原扇歌・坂出モナ・山里エルカ・弘田ルキア
その他出演者(5) 姫路スピカ、七尾ロマン、恋珠ルビー、羽鳥セシル、常滑舞音
その他出演者(4) 青葉、近藤詩津紅、上野美津穂、シンデレラ日美子
スタッフ(3) 古城風花、近藤妃美貴、川井唯
マネージャー(3) 鱒渕水帆、白石絵菜、竜木梨沙
レコード会社(3) 八雲真友子、秩父光恵、寺尾友紀
 
セシルと舞音がフライトアテンダントのコスプレをして飲み物を配っていたが、それを見てロマンとルビーも「私たちもします!」と言って、予備のフライトアテンダント衣装を着て参加していた。花咲鈴美・木原扇歌も手伝おうとしたが、「もうフライトアテンダントの衣装が無いので」と言って!?、「気持ちだけもらっておきますね」とセシルが言っていた。それにColdFly5は一応“お客様”であり、“内輪”の舞音たちとは違う。
 
でもルキアには(スカートタイプ)のフライトアテンダント衣装を着せていた!
 
なお、アクアたちは来た時と同様、彼らだけでホンダジェット(Red)で移動している。
 
アクアF・アクアM・葉月F・葉月M・千里
 
彼らは予定が詰まっているので、郷愁で更にヘリコプターに乗り継いで、新木場の東京ヘリポートまで飛んで、すぐ仕事に入ったようである。
 
葉月が何か物凄く悩んでいた。どうも千里に何か言われたようだが、何を言われたのかについては、3月まで千里も葉月もアクアも話してくれなかった。
 
なお、あけぼのテレビのスタッフ、音響技術者などはこのA318を再度小浜に飛ばし、第2便で東京に戻した(機材などの荷物も結構大きいので、行く時もA318で運んでいる)。
 

ところで男子高生になるか女子高生になるか悩んでいた、男子(?)信濃町ガールズの上田信貴だが、彼(彼女?)が、母親・川崎ゆりこと3人で話し合って決めた進学先は葛飾区内のL高校である。
 
私立で、進学校でもないし、必要出席日数が少なめなので、芸能活動が忙しくなっても、何とかなりそうである。
 
それよりここは制服が無い! 実際には標準服があるので、多くの生徒がそれを着ているが、あくまで標準服にすぎず、制服ではないので何を着るのも自由である。だから彼(彼女?)が男子の標準服を着ても、女子の標準服を着ても、全く自由である。
 
念のため、ゆりこが学校側に打診した所、性別について悩んでいるのなら、男女どちらの標準服を着てもいいですよと確認してもらった。入るのであれば、それなりの準備もしたいと言われたので、12月中に保護者・ゆりこも付いていき、高校で事前面接をした。信貴は母親に勧められて(唆されて)セーラー服で面接を受けた。
 
「あんたセーラー服着こなしてるね」
「というか、セーラー服持ってたのか」
などと両親からは言われていた。彼(彼女?)のセーラー服姿は男子寮の中ではよく見るのだが、実際にはそれでは学校には行っていなかったようである。
 
面接の結果、明るい性格でもあり、内々定ということにしてもらった。一応推薦入学扱いにすることになり、現在通学している中学に依頼して、校長先生の推薦文を書いてもらった。
 
一応高校側から面接の際に言われたのでは、トイレは(女学生的な服装をしている限り)女子トイレを使用してよいこと、体育の時の着換えは個室の更衣室を準備すること、身体測定は個別に測定してくれるということだった。
 
それでここに進学して、取り敢えず性別の確定を高校卒業まで3年間モラトリウムすることになったのである。
 

もっとも彼(彼女?)は既に男には戻れない状態にある気がする。睾丸はどう考えても無いし、ペニスもあるかどうか、かなり怪しい。ヴァギナまであるかは微妙だが。バストはAカップくらいあるように見える(偽装の可能性もあるにはあるが)。
 
だいたい信貴は、弟(妹?)には自分のことを「お姉ちゃん」と呼ばせているし。
 
ゆりこは、春から彼(彼女?)に
「女子寮に移動しなよ。妹さんも一緒でいいよ」
と勧誘している。女子寮への移動は花ちゃんやありさたちも容認している。
 
「L高校に行くなら通学にも便利だしさ」
とゆりこは言った。
 
実は女子寮最寄りの五反野駅からL高校の最寄り駅までは電車で30分ほどで行ける。車で運んでもらえば15分である。これに対して男子寮からだと、電車では1時間半、車でも40分かかる。
 
それを指摘された時、上田信貴は
「しまったぁ!」
と叫んだ。
 
どうも、ゆりこの計画的犯行だった気がする。
 

むろん事務所では彼(彼女?)が、男子寮から“女子標準服を着て”葛飾区のL高校に通学したいと言えば、ちゃんと車で送迎する。女子標準服で男子寮内に居るのも問題無い(今更だし)。
 
結局、彼(彼女?)が女子寮に移動するのかどうかは、4月までに本人が決めるということになっている。
 
 
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【夏の日の想い出・秘密の呪文】(2)