【夏の日の想い出・龍たちの讃歌】(3)
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(C)Eriko Kawaguchi 2020-09-25
その夜、唐突に龍虎Fはベッドの上で
「セックスしたい!」
と叫んだ。
「何を唐突に」
と隣で眠りかけていた聖子Fが言う。
「ねえ、セックスしたくない?」
「私と!?」
「女の子同士というのも一度体験してみたいけど、やはり基本は男の子とだよ」
「好きな男の子いるの?」
「いたら抱いてもらいに行きたいけど、あいにく居ないし、Mとでいいや」
「龍ちゃん処女じゃないの?もっと処女大事にしなくていい?」
「処女だけど、Mがもらってくれるのなら進呈する」
「自分同士でセックスして万一妊娠したら?」
「他人の種で妊娠するよりいいと思うなあ。それに避妊具つけてればまず大丈夫だよ」
「かもね」
「聖子ちゃんもセックスしたくない?」
「興味はあるけど」
「ねね、一緒に夜這い掛けようよ」
「え〜〜!?」
それで龍虎Fが聖子Fに避難具を渡した。
「使い方分かる?」
「うん。学校の講習で練習した」
「ちんちんに付けたの?」
「あいにく女子校だから、ちんちん持ってる子無かったし、トイレットペーパーの芯にかぶせた」
「なるほどー。じゃそれをしっかり装着してから入れるということで」
「うん」
「表裏間違えないようにね」
「了解」
「よし行こう」
聖子も今夜処女を捨てる覚悟ができたようだ。
龍虎Fと聖子Fは一緒に自分たちの部屋を出ると、こっそりMの部屋に侵入した。ベッドでは龍虎Mと西湖Mが10cmくらいの間隔を空けて眠っている。
「どっちがどっちにする?」
と龍虎Fが訊く。
「やはり各々自分のペアとで」
と聖子F。
「じゃ、それで」
ということで2人は眠っているMたちに襲いかかったのである。
「わっ何!?」
とどちらも状況が把握できない。
「F!?何するの?」
「気持ちいいことしてあげるから」
「馬鹿やめろ」
双方とも数秒間の格闘!?があったものの、龍虎Mが龍虎Fを振り払い、聖子Fに服を脱がされそうになっている西湖Mの手を引いて、部屋から逃げ出す。そしてFの部屋に飛び込むと、内側から鍵を掛けてしまった。
「開けてよぉ」
「お前らちょっと頭冷やせ」
「セックスしようよ。きっと気持ちいいよ」
「許す。お前ら女同士でやってくれ」
「そちらも男の子同士でする?」
「その趣味は無い!」
しかし龍虎Mが絶対に鍵を開けなかったので、仕方なく龍虎Fと聖子Fはこの夜はMの部屋のベッドで寝たのであった。
そして翌日からMは自分の部屋に鍵を掛けて寝るようになった!
青葉が石川県の〒〒テレビのアナウンサーとして作曲家にインタビューする番組『作曲家アルバム』は、3月までに7月上旬放送分までの収録が終わっていたのだが、その続きを6月に収録することになり、6月に自分の車を運転して東京に出て来た。今回は3人の作曲家にインタビューする。これで8月放送分までのストックができる。取材した作曲家は下記の3人である。
海野博晃(ナラシノ・エキスプレス・サービス)
後藤正俊(タブラ・ラーサ)
田中晶星
“本当に活動している”作曲家の中では最年長クラスの3人である。この年代ではもうひとり山上御倉さんもいるが、作曲量はこの3人より少ないので、次回に回させてもらうことにした。
例によってラピスラズリの2人を連れて行き、各先生の書いた曲(事前取材で指定された曲)を2人に歌わせてからインタビューをする。今回は青葉とあまり接点の無い作曲家だったこともあり、私も同行した。
しかし今回の3人は各々個性豊か?で、機転の利く町田朱美にも、なかなか大変だったようである。
海野博晃さんは全くデタラメな人である。訪問すると、裸!で出て来たので、私が「先生、何か服を着てきてください!」というと「仕方ないなあ」と言って、着てきた服は、バーゲンの残りものか?という感じのワンピース!である。私は頭を掻いて廊下に出ると奥の方に向かい「橋本さーん」と奥さんを呼んだ。
「すみません。海野先生にテレビに映してもいい程度のお洋服を着せていただけないでしょうか?」
「ごめんねー。ケイちゃん」
と言って、奥さんの橋本一子さん(元歌手)は、出てくると、いきなり、サイドボードに飾ってあったアカデミー賞のトロフィー!で海野さんを殴った!
「いてぇ、何すんだよ!?」
「あんた、女子中学生の前でこんな格好してたら、逮捕されるからね」
と言って、強引に奥へ引っ張っていく!
さすがの町田朱美が呆気にとられていた。
10分後、不満そうな顔で、一応背広スーツを着た海野さんが奥さんと一緒に出てくる。
「この人、見てないと何するか分からないから付いてますね。カメラさん、後で私の映像は編集で消して下さい」
「いえ、橋本さんも有名人ですし、そのまま放送させてもらえませんか?」
「まあいいけどね」
「でもさっきワンピース着ておられましたが、女装趣味とかあるわけではないんですよね?」
と朱美が訊く。
「あ、俺女装好きー」
と海野さん。
「海野先生は20年前から性転換したいとおっしゃってますね」
と私は言う。
「そうそう。結婚した時から『俺その内性転換して女になるから』と言ってたから、じゃ子供作ったら性転換してもいいよと言ってたんですけど、子供4人できても、一向に手術受ける気配は無いね」
と奥さんが言っている。
「だって、チンコ切ったらすっきりしそうじゃん。君もチンコ切ろうよ」
と朱美に言うが
「すみません。元々付いてないので切りようがありません」
と朱美は答える。朱美もようやく調子が出て来たようだ。
ともかくもどこまでジョークでどこからマジなのか分からない状況で取材は進んだが、海野さんも、ラピスラズリの2人の歌唱には満足していたようである。
「君たちはきっとローズ+リリーを越える。頑張りなさい」
と言うと
「はい、ケイ先生たちを越えられるよう頑張ります」
と朱美が言うので、私も笑顔で頷いた。
どうかした子なら、本人(私)を前にしてこんなこと言われたら、反応に窮するところだが、朱美はやはり巧い言い方ができる、と私は感心した。
初日の海野さんが無茶苦茶だったのに対して、後藤さんはマジな人である。堅物すぎると言う人もある。私はラピスラズリの2人には制服っぽいセーラー服を着せて連れていった。私も青葉もきちんとしたスカートスーツを着る。私がエルメス、青葉がポール・スチュアートである。
後藤さんもベルヴェストのスーツを着ておられる。最初にラピスラズリの歌唱をお聞かせしたが、なんと後藤さんは2人の歌い方に注文をつける!それで20分ほどの“ご指導”で、結果的に後藤さんが「まあこのくらい歌えればいいかな」というレベルまで到達した。後藤さんは特に東雲はるこに「歌詞の意味を考え、その背景を想像しながら歌いなさい。君はそれができる人だ」と言い、はるこも頷いていた。
堅苦しい雰囲気で始まったが、青葉がそつなく予め整理していたメモをもとにインタビューしていくので、青葉の質問と後藤さんの答えがマジに進行して、滞りなく取材は進む。しかし本当にフォーマルなインタビューになった。
終わってから朱美が「疲れたぁ」と言っていたが、私も青葉も同じくドッと疲れた。
海野さんと後藤さんが両極端だったのに対して、田中晶星さんは、わりと普通の人である。田中さんはワークシャツにウールのズボンだったし、こちらもラピスラズリにはお揃いのワンピースを着せ、私と青葉もカジュアルなスカートスーツでお伺いしていた。
朱美もはるこもリラックスして会話に参加することができて、普段発言の少ない、はるこがこの日は積極的に質問したり、色々反応したりして、純粋に楽しいインタビューになった。
青葉も「今日がいちばん楽だった」と言っていたが、私も同感だった。
福岡県筑豊地方、直方(のおがた)市と田川市の間に、福智町という町がある。国道が1本も走っていないという小さな町だが、第三セクター平成筑豊鉄道の伊田線・糸田線が通っており、庶民の足となっている。伊田線と糸田線の分岐点は金田駅で、この金田駅のそばを通る県道22号線を少し行き、町道に入って少し行った所に唐突に立派な構えのお屋敷があった。
ここは戦前までは宮田伯爵のお館だった所である。伯爵家は戦後は炭鉱を経営して、県会議員まで務めていたものの、石炭産業が斜陽化すると経営していた炭鉱は破綻、伯爵家も破産する。この邸も手放して、一時は町が運営して、資料館になっていた。しかし、ほとんど来客が無く、経営が成りたたなくなって閉館していた。
その後、20年以上放置されていたのだが、2020年6月上旬、唐突に周囲に工事用フェンスが建てられ、何か工事が始まった。地元の人たちは、こんな所にマンションとかもないだろうし、誰かが買い取って古い家は崩して新たに別荘でも建てるのかと思っていたが、下旬、どうも工事は終わったようで、何も音がしなくなった。
しかし工事用フェンスはそのままなので、もしかして資金不足などで工事が中断したのだろうか?と訝っていた。
その日、写真家の室田英之(48)は、作曲家の醍醐春海および、彼女の助手3人(撮影助手として醍醐さんが用意した)とともに醍醐春海の自家用機らしい Gulfstream G450 に乗って、早朝、羽田空港から北九州空港に飛んでいた。
醍醐春海が持ちかけてきた「秘密を守る条件でギャラ2億円」という話に飛びついたのである。18歳の女性タレントのヌード写真と水着写真を撮るが、水着写真だけを発表し、ヌード写真は封印して写真家の手元からも消去するし、そのことについては誰にも話さない、という条件に同意し、契約書も交わした。醍醐春海からは前金で2億円振り込まれ、彼は通帳を見て「すげー」と思った(ネットでも見たがわざわざ記帳に行った)。
室田はAV女優・アダルトモデルのヌードグラビアで名を揚げた写真家である。それで男性には名前を知られていたが、女性にはほとんど知られていなかった。またギャラが安いので、名前は売れたものの、お金は全然貯まっていない!
10年ほどに渡り雑誌のグラビアを撮り続け、500人以上の女性のヌードをファインダーに納めてきたが、その1人1人の身体をそのまま絵に描けるほどしっかり記憶に留めている。名前は忘れても身体のラインはしっかり覚えている。
2013年に初めてヌードではない着衣の26歳・女性歌手の写真集に起用され、一躍、女性にも!名前が知られることになる。
彼女は朝、撮影場所に来て、写真家が室田と知ると
「私、ヌード撮るの嫌!」
と泣き出してしまったが、事務所の社長が
「違うよ。着衣だよ」
と言い、室田も
「僕だって着衣の女性も撮りますよ」
と言って(本当はこれが初めて)、それでやっとおそるおそる撮影に応じた。
「裸になったら実は男だってバレちゃう」
などとジョーク(と信じたい)を言ったりして撮影されていた。
彼女は、歌はうまいけど・・・などと言われていたが、写真集が出ると、「この子、こんなに可愛かったのか」と言われ、ファンが急増することになる。写真集は5万部も売れている。
2014年3月、デビュー直前のリダンダンシー・リダンジョッシーのボーカルで、半陰陽で戸籍を女性に訂正したばかりという話だった鹿島信子をグアムで撮影した。その写真集『Lucifer Girl』が、53万部も売れる大ヒットで、撮影料は本来100万円だったのを「あれでは申し訳無い」と言われて追加で3000万円ももらってしまった。税金を収入の半額も払うなどということを初めて体験したものの、税金を払った残額を頭金にして長期ローンで中古マンションを購入。借家暮らしから脱出したし、結婚までした(相手は若い頃撮った元AV女優の塾講師!で9歳年下の33歳。翌年には男の子も生まれる)。
それを機会にふつうのアイドルや女性ミュージシャン・女優などの(着衣や水着の)写真集の仕事が持ち込まれるようになり、現在では毎年7-8冊の写真集に関わっている。雑誌の取材を受けたり、テレビ番組にゲスト出演することもあり、どうも“文化人枠”に入れられているっぽい。
しかし鹿島信子の『Lucifer Girl』ほどのヒットはない。やはりあれは何といっても被写体の魅力が凄かったと彼は思う。半陰陽でしかあり得ない性別未分化な骨格が本当に悪魔的な魅力を持っていた。彼女の写真集を2年後にも撮ったが、その時は随分女らしい骨格に進化していた。それでも10万部売るヒットとなり撮影料も4000万円もらっている(住宅ローンの残額を一括返済した)。
鹿島信子の写真集を撮った2度以外のふだんの年収は、だいたい1000万円を前後している状態だったので、今回のギャラには仰天し即答で承諾した(税金分を除いて投信とか国債にして、子供たちの育英資金と老後資金にするつもり)。
しかしヌード写真も撮るがそれはraw dataを含む画像データを渡すだけで、当面公開しないし、写真家の手元からも消して欲しいというのは、かなりの大物の写真とみた。
それで18歳というのを考えとみると(ヌードを撮る以上高校生ではないだろうから)、各々の誕生日は不確かだが、松梨詩恩、星原琥珀、雪丘八島(三つ葉)、米本愛心(ColdFly20)、宮村尚子(ファレノプシス)、山倉鞠枝(キャッツファイブ)、などといった面々が思い浮かぶ。しかしギャラを2億も払うとなると、雪丘八島か宮村尚子かも知れないと想像した。他のメンツなら、いくら秘密保持条件付きとはいえ、ギャラが1桁か2桁下のような気がする。もっとも雪丘や宮村にしても少し額が大きすぎる気はした。普通に価格交渉すれば秘密保持条件付きでも、雪丘で5000万円、宮村で2000万円くらいのような気がする。
北九州空港に降りた後、レンタカーのエスティマに5人で乗る。醍醐春海自身が運転して1時間弱走る。車内で朝食をとったが豪華な朝食だった!
田舎道を随分走り、更に小さな道に入っていった所に工事用フェンス?に囲まれた場所がある。
「改装工事は既に完了しているのですが、ヌード撮影をするためにフェンスを残してあるんですよ」
「なるほどー」
それで中に入ってみると、フェンスの内側は空色のペイントが塗られており、本物の空の色とよく調和している。このペイントの色を選んだ人は、絵描きさんか写真家だろうと、室田は思った。普通の建築屋さんなら、ここまで調和する色を選んでいない。
建っている邸宅は立派なものである。
「元は伯爵家の邸宅だったのですが、長いこと空き家になっていてかなり傷んでいたのを特に内装についてかなりこだわって改装しました。骨格は傷んだままなので、歩くとギシギシ言うと思いますが、すぐに崩れたりはしませんから」
などと言っている。
土足で上がってよいということだったので、そのまま上がる。玄関から奥へ続く廊下を歩くが、確かにきしんだ音がする。やはり間に合わせの内装改装だったのだろうが、もしここに住むなら本格的な改築が必要だろうなと室田も思った。
奥にあるドアを開ける。古風な明治時代の応接室が再現されている。そこのソファに座っていた少女が立ち上がり、こちらを向いて
「おはようございます、室田先生、よろしくお願いします」
と挨拶した。
室田は仰天した。
「アクアちゃん!?」
と声を挙げる。
確かにこの子のヌードなら2億でもおかしくない。しかし・・・。
醍醐春海を見る。
「女の子と聞いたのですが」
と言う(実は男の子を撮る自信が無い)と、醍醐春海は
「脱いでごらんよ」
とアクアに向かって言った。
「はい」
と言って、アクアは少し恥ずかしそうな顔をしながら服を脱いだ。
やや未熟っぽい女体が露わになる。ちゃんと胸はあるし、お股には変な物はぶらぶらしていない。18歳と聞いたが、まだ14-15歳の裸体に見える。これ、児童ポルノにならないよな?と一瞬不安がよぎった。しかし問題はそこではない。
「嘘!?アクアちゃんって女の子だったの?」
「何も詮索しないという約束ですよ」
「すみません。そうでしたね。でも彼女のことはアクアちゃんと呼んでいい?」
「もちろん」
室田は少しロケハンしたいと言い、フルヌードのアクアと一緒に邸内を歩き廻り、また庭にも出てみた。いくつかの箇所で彼女(と言っていいのだろう)にポーズを取ってもらう。
「済みません。30分くらい構想を練りたいのですが」
「どうぞ」
それでアクアには服を着て待機するように言う。アクアは今日はブラジャーをつけていない。ブラ線をできるだけ消すため、昨日の朝以降つけないように言っていた。休憩中も裸にワンピースを着るだけである。
10時すぎから撮影を開始する。室田の頭の中にグアムで鹿島信子(当時19歳)を撮った時の記憶が蘇る。そうか、この子も実は半陰陽だったのかも知れないと室田は思った。きっと戸籍上は男の子なのかも知れないが、おそらく遺伝子的には女の子だったのだろう。それで普通の女の子にしては発達が遅く、まだ14-15歳くらいに見えるのかも。女の子なら声変わりがしないのも当然。でもこの子、既に初潮は来てるよね?などと考えながら、無心に写真を撮り続けた。
醍醐春海が用意した3人の助手は写真撮影の経験が豊富なようで、撮影用語なども全部理解してくれてストレスの無い撮影ができた。レフ板の使い方がうまい。むしろ露出などのことで「この明るさで大丈夫ですか?」などと注意してくれたりもしたので、助かった。
昼食を取る。室田と助手たち、醍醐春海、それに途中からやってきた、ケイと秋風コスモスはウナギのセイロ蒸しであるが、被写体のアクアは身体の線が崩れないようにサンドイッチとコーヒーだけである。
午後からも精力的に撮影する。室内は、レトロな応接間、ヴィクトリア朝っぽい装飾の洋間、囲炉裏もある古風な和室、どこで調達してきたのか、昭和40年代頃の大型電算機が納められたコンピュータールーム(多数の磁気テープ装置が並ぶ)、太陽がいっぱいあふれるサンルーム、美しいロートアイアンの螺旋階段、アールヌーヴォー調の黄金色の柵(実際金メッキ加工されている)があるテラス、などを使用し、また屋外では、2000坪もある外庭の花壇や生け垣、美しい石畳、梨の木のそば、またミニ山水が造られている中庭でも撮影をする。アクアは物凄く魅力的な被写体だ。「こういう表情をして」というのをよく理解してくれて、こちらの思う通りの表情が撮れる。
おやつを挟んで撮影を続け、夕方の光の中での庭の古ぼけた石燈籠と、鹿威し(ししおどし)のある池のそばで撮影を終えた。
(庭は虫に刺されたりしないように忌避剤も撒き、外庭は扇風機で強制的に風を起こし、中庭はベープノーマットをたくさん焚いている)
「お疲れ様でした」
「それでは明日は同じ被写体・同じポーズで水着写真を」
「あのぉ、この子、和服が似合う気がするので、水着写真だけでなく振袖とかの写真も撮れませんか?」
と室田は言った。
「では明日は振袖から始めましょう。どんなイメージの振袖がいいですか?」
「豪華な加賀友禅とか用意できます?」
「じゃ調達して今夜中に室田先生のスマホにメールしますから、どれがいいか選んで下さい。それを明日朝着付けしておきます」
「お願いします!」
その日は町内の民宿のような所に泊まった。助手さんたち、ケイ、コスモスも一緒だが、醍醐さんとアクアは別の所に泊まったようである。
夜23時頃に青系、赤系、白系の3種類の加賀友禅の写真が送られてきた。アクアには青が似合いそうな気がしたので「青でお願いします」と返信しておいた。
翌日、昨日より1時間早く始める。青い加賀友禅を着たアクアは物凄く魅力的だった。むしろヌードより魅力的だ!すごくいい顔をしている。きっと振袖が好きでたぶんよく着ているのだろう。彼女を応接室、洋間、サンルームなどで撮影、庭でも撮影してから水着に着替えてもらう。
そして様々な水着に着替えながら、昨日ヌードを撮ったのと同じ場所で同じポーズをさせて撮影した。こちらも覚えているし、アクアも覚えているので撮影はスムーズに進む。ただ、タイムキーパーを務めてくれたケイが「あと5分待機してから」などと声を掛ける。
昨日と太陽が同じ角度になるのを待ってから撮影をするということにしているようである。実際室田も「うん。この日射角度」と思いながら撮影を続けた。
そして夕方、昨日のヌード写真の撮影と同じ、燈籠のそばで撮影を終える。
「ありがとうございました。室田先生。ところで、お口汚しで申し訳ないのですが、追加料金で1000万円払いますから、あと1時間ほど、“別の衣装”のアクアを撮ってもらえないでしょうか?」
「いや、2億ももらったから追加料金とか要らないですよ。どういう衣装ですか?」
「別の水着衣装なんですよ。アクア、出ておいで」
とコスモスが言うので、出て来たアクアに仰天する。
「男の子!??」
彼はショートパンツ型の男子水着を着けている。上半身は裸である。
バストが無い!!
双子の兄弟!?とも思ったが、室田はすぐ頭の中で否定した。身体のラインが完全に女の子アクアと同じなのである。男女の双子なら、どんなに似ていても、男女の差で身体のラインは変わる。しかし彼のボディラインは女の子アクアと完全に一致する。それは長年ヌードを撮り続けた自分の目が確信する。更にお腹の所にある傷跡が、さっきまで撮っていた子と完全に同じである。
「えっと・・・」
「何も詮索はしないということで」
「分かりました!」
それで室田は訳が分からなかったものの、男子水着姿のアクアを、応接間、洋間、サンルームで15分ずつ撮った上で、庭でも人工照明の下で撮影した。
ちなみに室田は応接室で「朝一番に撮ったのと同じポーズで」と試しに言ってみたら、アクアはちゃんとそのポーズを取ったので、もしかして本当に同一人物なのだろうか?と疑問が膨らんだ。
19時半頃に全ての撮影が終わった。
「本当にありがとうございました」
「疑問はたくさんありますが、約束通り、何も詮索しないし忘れることにします。データは取り敢えずrawdataは今日のもこれからお渡ししますが、一応の編集をした上で、ヌードのデータは責任持って消去しますね」
「お願いします。二度手間ですが、お手数おかけします」
それで室田は醍醐春海の Gulfstream G450 で東京に帰還した。
東京に戻ったら、基本的にヌード写真で写真集を構成した上で、各々の写真を翌日撮影した水着写真に差し替えたものを作る。それらのデータのオリジナル!をハードディスクごとコスモスに渡した上で室田側には何も残さないことにした。
ヌードだけを消すのは、うっかり消し忘れが発生する可能性があるのでハードディスク丸ごと全部渡してしまった方が安心である。もし後日再編集の必要が出た場合は、あらためてデータをコピーさせてもらうことにする。
なお“男子水着写真”は室田としてもあまり楽しくないので、最後の方に3枚だけ入れることにしてコスモスの了解を得た。
この部分には、室田の悪戯心で
「でもボク男の子だよ〜ん」
というコメントを入れたが、発売後
「誰が信じるか!」
と多くの人に言われた。多くの人はやはりアクアは女の子で、男の子写真はPhotoshop上でバストを消去加工したのだろうと思ったようである。
ちなみに振袖写真は写真集の冒頭に入れることにした。
なお、この撮影場所への往復だが、アクアは東京のマンションからの転送!である。実はこの両日、アクアMは東京でふつうに仕事をしており、普通ならそういう場合マンションで休んでいるFを九州に転送して撮影している。私とコスモスは§§ミュージック専用のホンダジェットで羽田から北九州空港まで飛び、レンタカーで現地に入っている(佐良さんに、一緒にホンダジェットで飛んでもらい、レンタカーは彼女が運転した)。むろんこの撮影はマリには内緒である!
しかし千里が Gulfstream G450 を所有しているとは知らなかった。何でも中古の機体を4億円で買ったもので、普段は“空き地”(??)に駐めているなどと言っていたが、空き地に駐めておいて飛ばす時はどうするのか、大いに疑問である。
ところでこの旧宮田伯爵邸の場所は福智町であるが、平成の大合併の前は“金田町”だったので、この写真集の名前は“アクア:カナダの休日”となった。
実は“金田町”は“かなだまち”と読むのである!
海外に出られないという状況の中、鳥取県の羽合(はわい)、大分県の宇佐(USA!)、和歌山県のソビエト!(という名前の小島−むしろ岩!“そびえとる”からの転化?実は本州最南端!)などを候補に挙げた上で、この福岡県のカナダに旧伯爵邸があることが分かり、下見したところ改修可能と判断。地権者の旅館から5000万円(ほぼ土地だけの値段)で購入した。
(旅館はコロナで経営が物凄く悪化していたが、この売却で生き延びられた)。
3000万円掛けて建物の改修と花壇などの整備をし、撮影に間に合わせたが、この改修をわずか10日間でやり遂げたのは、播磨工務店の“白組”と“赤組”の合同チームである(白組が建物改修、赤組がお庭整備)。撮影終了後の改築は名目上ムーラン建設で建築許可を取ったが、実際に施行したのは、同じ播磨工務店のチームである。
ちなみに写真集の英語のタイトルは Aqua Holiday in Kanada となっており、Canada とは書いていないので、一切嘘はついてない! また写真集の帯にも「撮影場所:福岡県旧金田(かなだ)町」と明記している。
※ 実は筆者の友人ミュージシャンが以前この金田町に住んでいた。公演の打合せなどで電話する時に「金田(かなだ)の**と申しますが」などと言うと、向こうは国際電話かと思い、大急ぎで担当者につないでくれていたらしい。
なお千里はこの撮影が終わった後で旧宮田邸はいったん解体した上で、柱や梁などを新たな木材(町内の古民家を解体した木材使用)に置換した上で建て直し、アクアの写真を撮った時と同じ内装を戻した。そして写真集の発売に合わせて、お食事処として公開(運営はムーラン)したら、写真集の聖地巡礼で訪れる客が凄くて、(経常収支レベルで)充分な黒字運営になった。訪問者が多いので、隣接する山林を買い取り大型バス4台と普通車100台が駐められる駐車場も設定した。訪問者があまりに多いので三密発生回避のため当面予約制にして一度に入る人数を制限した。
年明けには観光バスのコースにまで組み込まれ、町から感謝状をもらうことにもなる。
2020年7月13日(火)、西湖の父とそのお兄さんが共同で経営している“株式会社・黒部(くろぶ)座”は、3000万円分の新株予約権付社債(昔の転換社債に相当する。2002年に制度改定)を発行し、社長の子(西湖のいとこ)天月歩が100万円、専務の息子(娘?)である西湖が2900万円購入した。これで長期間にわたって公演ができない中で、資金繰りを安定化させることができる。
実は政府が近くイベントの開催条件を緩和するのではという予測があったので、それを待っていたのだが、7月10日「定員の50%以内・5000人以内」という発表がなされたので、定員半数の状態で公演をしても、とても採算が取れないことから、西湖から資金援助してもいいと言われていたのを受け入れることにした。
歩に100万円買わせているので、この社債が株式に転換された場合でも、西湖の株数は2900万/6000万で全体の48.3%になり過半数は超えない。むろん西湖は黒部座の運営については何も要求しないので父と伯父で自由にやって欲しいと2人には言っている。(まさにパトロン!)
「会長か何かにしようか?」
「済みません。とても取締役会とか出席できないのでパスで」
「せいちゃん、本当に忙しそうだもんね」
と伯父は言っていた。
「ところで戸籍の性別はもう修正したの?」
「そんなの変えません」
「あれ?元から戸籍では女の子だったんだっけ?」
「ボク男の子ですー」
「それはあり得ない。小学4年生の時に声変わりしないように睾丸を取って、中学に進学する前に性転換手術を受けて女子中学生になったとか言ってなかったっけ?だって僕、中学生の頃の君はセーラー服姿しか見てないよ」
そんな話は初耳だ!
確かに中学の頃からセーラー服はよく着てはいたけど。
KARIONの新しいアルバムは3月の震災イベントの時にちょうど4人が集まったのでタイトルだけ『Game』と決めていたのだが、その後、手分けして楽曲の準備を進めていた。
小風 木製ゲーム→作曲は黒木さんに依頼
美空 おやつゲーム→作曲はカノンがやってくれた。
広田純子&花畑恵三ペアに1曲依頼
櫛紀香さんに1曲依頼
樟南さんに1曲依頼
春美(長丸穂津美)さんに1曲依頼
夢紗蒼依システムに1曲依頼
葵照子&醍醐春海に2曲依頼
森之和泉+水沢歌月で3曲書く
本当は和泉・歌月で4〜5曲書きたかったのだが、鷲尾さんは、和泉も私も多忙なので、無理しない方がいいと言い、それで照子・春海で2曲書いてもらい、夢紗蒼依も使うことにした。KARIONクォリティの曲は松本花子には作れないが、夢紗蒼依なら作れる。
但し依頼を受けた丸山アイは「作曲料300万もらう」と言った。夢紗蒼依といえども、確かにKARIONクォリティの曲ができる確率は低い。期間も1ヶ月もらうと言ったので、その間にできた曲の中で特にクォリティの高いものを回してくれるのだろう。本当はもっと取りたい所なのだろうが、こういう品質の高い曲も作れるというアピールをするその広告料で相殺して300万で済ませてくれるのだろう。
楽曲はだいたい6月頭くらいまでに揃ったのだが、生憎私はローズ+リリーの『龍たちの讃歌』の本格的な制作作業に入ってしまった。それで、元々レコード会社からの要請で、伴奏と歌唱は別録りにしてほしいと言われていることもあり、和泉とトラベリングベルズとで、伴奏の確定・録音作業を先行して進めてもらうことにし、歌唱録音は、マリの出産による休養期間におこなおうということにした。
美空はゴールデンシックスの方に入り浸りで、カノンのマンションに泊まり込んだりしている日もある。どうもゴールデンシックスの第4のメンバーになりつつある感じだ(第3のメンバーはもちろん千里!)。
そういう訳で小風が暇をもてあましていたので、あけぼのテレビに番組を持ってもらうことにした。実は、鮎川ゆまにやってもらっていた旅番組が、テレビの収録や歌手の音源制作などが再開され、彼女が忙しくなってきたので、その分担をお願いしたのである。基本的にはスープラを使うゆまバージョンと、アクアを使う小風バージョンを週交替で放送する。
ここで小風が使うアクアだが、この番組のために特製された“小風のアクア”である。小風のイメージカラーである黄色(wind yellow)の塗装で、妹の羽波さんが描いた小風の似顔絵のシールがロゴマーク代わりに使用されている。またエンブレムは彼女が蟹座の生れ(1991.7.17)なので、蟹座のマーク(69を横にした形)をベースに私がデザインしたものを使用している。
この世界にたった1台しか無い車である(壊さないでよねと、ゆりこから言われた)。ゆまはレスビアンなので男性カメラマンを起用したが、小風はストレートなので、サンシャイン映像制作の女性カメラマンに同行して撮影してもらっている。
なお、小風は運転は普通にできる。“フルビット・ペーパードライバー(**)”の和泉だと心配だが、小風は大丈夫だろう。ついでに和泉は(ペーパーなので)ゴールド免許だが、小風は日常的に運転していることもあり“3年に1度くらい捕まる”ので、ブルー免許である。違反の内容を確認して「まあそのくらいはいいでしょう」と言った春風アルト社長も「取材中は速度厳守で慎重に運転してね」と言っていた。
(**)正確にはフルビット達成後に新設された準中型のビットだけが立ってない。これをどうしても立てたければ、普通・中型・大型の一種・二種を全部返上した上で、普通→準中型→中型→大型、普通二種→中型二種→大型二種と取り直す必要があるが、事実上のペーパードライバーの和泉にはなかなか辛いかも。
「小浜の感染対策工事が終わったから見てみて」
と私たちは若葉から連絡があったので見に行くことにした。私ひとりだけで行くつもりだったのだが、政子も「付いてく!」というので『龍たちの讃歌』制作の息抜きも兼ねて連れていくことにした。
羽田から伊丹までホンダジェットで飛び(「この飛行機可愛いね」とご機嫌だった)、そこから佐良さんの運転するレンタカーのアクアで小浜市のミューズパークに入る。
ミューズセンターの地下駐車場に駐め、私のIDカードで中に入る。政子は外来者なので、受付で記名し、外来者カードを渡された。受付の人が若葉を呼び出してくれる。やがて出て来たので、一緒に構内移動用のリーフに乗ってミューズアリーナのステージ下まで行く(地下通路はHVを含めてガソリン車禁止)。エレベータで地上に出る。
「壁が出来てる」
「うん。アリーナを区画ごとに区切った」
と若葉は言い、その手前のドアを開けて中に入った。
「元々このアリーナは34個の区画に分かれていて、各々でバレーやバスケの試合ができるようになっていた。だからその間に全部壁を作ってみた。
「以前はビニールシートで区切られていたよね」
「そうそう。あれを板壁に置換した。すると各々は4000人程度収容の体育館になる。50%以下の規定なら各々に2000人入れられる」
と若葉は言った。
ここの34区画の内訳はこうなっている。
ハンドボール用(4) 45m×20m 900m
2→法定定員4500人
バスケット用(15) 40m×23m 920m
2→法定定員4600人
バレー用(15) 40m×23m 920m
2→法定定員4600人
「それって、各々に巨大モニターを置いて、ライブビューイングする建前だよね」
「そうそう。かえって1個の巨大な体育館にするより、よくアクアが見える」
“アクア”ということばに政子がピクッとする。
「そうよね。これならアクアのイベントができるよね」
などと言っている。
「政府の制限が50%以下・5000人以下であっても、ここなら2000人×34個の体育館で68000人入れられるわけか」
「まあそれは詰め込みすぎだから、ソーシャルディスタンスを取る前提で計算すると、1平米に1人で計算して、ひとつの体育館に900人で合計3万人だけどね」
「それでも充分大きなイベントができるね」
「それでもワクチンが開発されるまでは待った方がいいかも」
と若葉は言う。
「それ同感。取り敢えずワクチンができるまでは自粛して、できたあたりでこの区分アリーナ方式で3万人のイベントをして、元の仕様に戻すのはウィルスが充分弱体化変異してから」
ウィルスは必ず弱体化方向に変異する。なぜなら、弱いウィルスと強いウィルスがあった場合、強いウィルスは感染した人を速く死なせるから、結果的にあまり他人に感染させない内に宿主とともに滅びる。弱いウィルスはたくさん感染させながら宿主と共に生き延びる。だから原理的にウィルスは弱い変異種のほうが広まりやすい。100年前のスペイン風邪流行の終焉も2年掛けて全てが弱い変異種になってしまった結果と言われる。今回はワクチンによって2年かけずに収束する可能性がある。
「うん。だから元の仕様でできるのは多分2022年の夏くらいから。2021年の年末くらいまではこの壁区切り方式で」
「でもこれ、近隣の学校の練習にもいいんじゃない?」
「そうそう。地元の中体連の人も昨日視察に来たんだけど、これなら安心ですねと言ってくれた。ここ、換気は各々の区画ごとの強制換気だからね」
「二重床が役に立ってるね」
「そうなんだよ。今私たちが立っている床は上の床で、下の床から50cm上げている。上の床の床板の一部を空気を通すグレーチングに交換した。そして下のフロアで空気を吸引しているから、上のフロアの空気はどんどん入れ替わる」
「換気がいぢはん大事だからね」
なおここは1つの区画を1日に2団体以上に貸すことはしない方針で運用している。そして毎日使用終了後に徹底的な床・壁の消毒を行うのである。またボールなどは共用にならないように、各自持参してくれるように言っている。
若葉の説明を聞いてから、この日は“藍小浜”に泊まることにする。ここも定員を半分に制限して運用しているらしい。食堂は閉鎖しており、食事は全て各部屋にデリバリーする。ただし人手を介すると、それが感染拡大の原因になりかねないので、自動配膳システムを使用している。
食事は各部屋入口の所に作られた配膳ボックスに届き、お知らせのアナウンス(自動音声)が流れるので、それで各々のお客さんに取り出してもらう方式である。5分経っても取り出してくれなかった部屋には、スタッフが行き、取り出しをお願いするが、不在だった場合は、スタッフが部屋の中のテーブルに運ぶ。
実際には9割以上が、5分以内に取り出してくれると言っていた。
食事の後は少し仮眠した後“指定された時刻”に、お風呂に行く。若葉はこの春に浴場棟をもう1個建ててしまった。それで結果的に面積を倍にして密度を半分にする作戦にしたのである。更に時間指定をすることで、集中を避けるようにした。時間指定は、子供やお年寄りのいる泊まり客は早い時間帯にして、若い人には遅い時間帯にしてもらうよう調整している。実際若い人は遅い方が助かるという声が多かったらしい。
私たちの指定時間帯は24:00-25:00になっていたので、24:20くらいに出かけた。
「このくらいの時間帯なら、前の時間帯の人はもうあがってしまっているよね」
「そうだろうね」
「入れ替わる時間帯はどうしても前の人と次の人が交錯するし」
「それはやむを得ないんじゃないの?」
などと言いながら配られている入浴券(ロッカーの鍵を兼ねる:腕につけられるようにベルト付き)のQRコードをかざして脱衣場に入る。
「やはり誰もいないね」
「この時間帯の人もほとんどは24:00になったらすぐ来てるだろうし」
などと言いながら服を脱いでロッカーに入れる。ロッカーも入浴券に指定された番号の所に入れる。
それで脱いだ服と、あがった後で着るつもりの替えの下着を入れ、スマホも入れ、蓋を閉じで入浴券をかざしてロックする。
すると、突然アームが降りてきて、そのロッカーが取り外される!
「え!?」
と思っていると、脱衣場内に置かれたベルトコンベヤ(何のためのものだろうと思っていた)に乗せられ、運ばれて行ってしまった。
「え〜〜!?私たちの服はどこ行っちゃったの?」
と政子が叫んだら、近くにいた仲居さんが寄ってきて説明した。
「お洋服は着衣場に運ばれましたから、入浴後はそちらに出て服を着て下さい」
「着衣場!?」
「はい。ここは脱衣場で浴室の向こう側に着衣場があります」
「へー!」
「人の流れが脱衣と着衣でぶつからないように分離したんですよ。コロナ対策の一環なんです」
「すごーい!私がこないだ言った通りだ」
と政子ははしゃいでいる。
先日郷愁村に行った時、政子は「なぜ脱衣場があって着衣場が無いのだろう」と言っていたのだが、若葉はそれを分離することで人の流れを整理することを思いついたのだろう。政子は思いつきだけで言っているが、若葉はそういう思いつきを具現化する力を持っている。
「脱衣場と着衣場の分離は、ここが最初で、先週、藍小浜の海岸店にも導入されました。この後、郷愁村のホテル昭和とかにも導入されるそうですよ」
と仲居さんは説明してくれた。
「若葉も色々考えてるね!」
と私は感心した。
「だったらそれが導入されてから、また郷愁村にも行ってみたいね」
と政子は言った。
政子はそこでやめておけば良かったのだが、また変な妄想をしたようである。
「ねね、男の娘を女湯に入れる場合さ」
「何それ?男の娘は女湯に入っちゃいけないよ」
と私は取り敢えず言っておく。
「女湯の脱衣場にちんちん切断機を置いておいて、服を脱いだ上でそこで、ちんちんを切断してもらうの」
「はあ!?」
「そしてそのちんちんは着衣場に運ばれて、お風呂からあがったら、それをくっつけてもらった上で服を着るというのはどう?」
「人間の身体はブラモじゃないし」
などと私は言ったが、話を聞いていた仲居さんは
「それ、くっつけずに放棄して帰っちゃう男の娘さんが多いかも」
などと言う。
「確かに!」
と政子は叫んで、このシステムの“重大な欠陥”(?)に気付いたようであった。
取り敢えず私たちは忘れ物がないか確認の上で浴室に移動する。浴室からこちらには(非常時以外は)出られないようになっているらしい。
それで洗い場で身体を洗った上で浴槽に入ると
「おはようございます」
という声がある。見るとマリナと葉月である!
「わあい、マリナちゃん、葉月(はづき)ちゃん。おはようございます」
と政子は嬉しそうに言った。
「おはようございます。こちらは仕事ですか?」
と私も彼女たちに声を掛ける。
「『ヒカルの碁』の撮影の途中なんですが、主題歌をアクアさんが歌うことになったので、そのPVを撮影するのに小浜に来たんですよ」
「小浜で撮るんだ!」
「ここのミューズタウンの19×19の通路が碁盤に見えるというので、それをドローンで上空から撮ったんですよ」
「なるほどー!」
ミューズタウンはミューズパークに隣接する1段高くなった土地で、元々はミューズパーク建設のための作業員を泊めた簡易住宅がずらっと並んでいた場所である。現在は作業員住宅は全て撤去されているが、パーク側との境界付近に、藍小浜・小浜ラボ・ヘリポート!などが並んでおり、奥側は公園になっている。
ここはほとんどが花壇になっているのだが、その花壇が約9m×9mの広さのユニットを18×18区画設定している。それで花壇を区切る道路が、19×19条設定されているのである。若葉もここを“碁盤公園”と呼んでいる。それでここを背景にPVを作ろうということになったのだろう。
「だったらアクアも来てるの?」
と政子は西湖に訊いたが、西湖は一瞬マリナと視線を交わしてから
「アクアさんは多忙なので来てないんですよ。私が代理で撮影して、あとでアクアさんの映像と差し替えます」
「葉月ちゃん可哀想。折角ここまで来たのに、映像に残らないなんて」
「いえ、私はそういうお仕事ですから。私はアクアさんの負荷を下げるために存在しています」
「そっかー。じゃ頑張ってね」
と政子は言った。
マリナと西湖が素早く視線を交わした意味にはどうも気付かなかったようである。
「でも葉月ちゃんもすっかり女らしくなったね」
「そんなに言われると恥ずかしいです」
「いつ性別は変更するの?もう変更終わったんだっけ?」
「変更しませんよー」
「だって女の子になったのに、戸籍が男の子だと困るでしょ?」
「大丈夫です。何とかします」
「でも高校卒業前には変更しないとまずいんじゃないの?名前も変えるんでしょう?」
「いえ、名前も性別も変更しません」
「なんで〜?せっかく女の子になったのに。そもそも女子高に入学するのに、入学前に性転換手術を受けたんだったよね?」
ああ、また別の説も流布してるみたいだなと西湖は思った。これはスピカさんあたりが震源の説かも、と思う。
「性別なんて結婚するまでに変更すればいいんじゃないの?もしかしたら葉月ちゃん、女の子と結婚するかも知れないし。その場合、葉月ちゃんが戸籍上男の子だったらそのまま婚姻届出せるじゃん」
と私は言った。
「あ、それは便利かもね」
と政子も言った。
私・マリ・マリナ・葉月(F)が“女湯”に入っている間に、実は“男湯”には、ケイナ・葉月M・アクアMが入って、男の会話?をしていた。実は3人とも普段男湯に入ろうとすると、しばしばつまみ出されそうになるのだが、この日は深夜でスタッフも偶然居なかった(女湯は安全のためスタッフが常駐しているが、男湯はわりと放置されがち)上に、QRコードで男湯が指定されていたのでスムーズに入ることができた。
でもケイナが
「俺たちだけならいいよな」
と言って3人とも偽胸を外さずに入っているので、万一他の男性が入ってきたらパニックになるだろう。更にアクアも葉月もタックを外していないので裸を見られると女の子にしか見えない。
ちなみに実はアクアFのほうは女湯に入っていたものの、ケイとマリが入ってくるのに気付いて先にあがってしまったのである。脱衣場と着衣場が分離されているおかげで、かち合わずに済んだ。
「しかしお前ら、なんでタックしたままなんだよ。外した方が楽だろう?」
「何となく」
「外すの大変だし」
「だいたい洗うのどうしてるのさ?」
「自動洗浄機があるので」
「タックの中に挿入するときれいに洗ってくれるんですよ」
「そんなものがあるのか」
「海外で販売されていたのを買ってきてもらったんですよ」
「へー。でもお前ら、チンコ何cmくらいあるの?
とケイナが訊く。
「僕のは大きくして14cmくらいかなあ」
とアクア。
「1月に測った時に6cmでした」
と葉月。
「それ小さい状態だよな?」
「あ、そうです」
「大きくしたら?」
「分かりません」
「お前ら、ちゃんとオナニーしてるか?」
などとケイナは男子として未熟っぽい2人に言っている。
「僕は週に1回くらいはしてますよ」
とアクアMは言うが
「僕もう5年くらいしてないかも」
と葉月が言っている。
「それはあかん。男は毎日オナニーしなきゃ」
「そんなものですか?」
「お前らそもそもよく週1回とか、全然しないとかで我慢できるな」
「葉月(ようげつ)ちゃんの睾丸は死んでるかも」
とアクアは心配そうに言う。
「それチラッと考えることはあるけど、僕、身体が男性化したらアクアさんのボディダブルとかできなくなるから、今のままでいいです」
などと葉月は言っている。
「まあ僕も葉月も、精子は冷凍保存しているから、万一睾丸が死んでいても、子供は作れるんですけどね」
とアクア。
「アクアは、抱いてくれって女の子が押し寄せてきたりしない?」
「『私をあげます。どこどこに来て下さい』というファンレターは日常茶飯事だけど、行きませんよ」
「ああ、それは純粋にアクアに自分の身体をプレゼントしたいという女の子も多いけど、ハニートラップも多いから気をつけた方がいい」
「コスモス社長にもそれ言われました。それでコスモス社長は僕に幼なじみの女の子を抱かせて性欲の解消させて、他の子にフラフラとしないようにしたいみたい」
「ああ、そんな子がいるんだ?」
「どうも事務所から唆されているみたいで、4月以降、5〜6回襲われているけど、何とか貞操を死守しています」
「そんな子が居るなら抱けばいいのに。つまり事務所公認なんだろ?」
「彼女とは28歳になった時にお互い独身だったら結婚を考えてもいいという約束はしています」
「まだ10年あるじゃん。そんなのその子が我慢できる訳無い。あまり思い詰めるとおかしくなってしまうぞ。一度抱いてやれば向こうも安心するよ。多分強引に襲ったりはしなくなるぞ」
「そうかなあ」
「たとえその子と結婚できなかったとしても、そういう女がいるだけで、お前の演技とか歌も進化すると思う。だいたい恋愛を経験してないのに恋の歌とか歌ったり、恋をする役を演じたりしても、表面的なものになるよ」
とケイナは言う。
「それは言われたことあるんですけどねー」
「ちゃんと毎日オナニーしてれば、その子を抱きたい気持ちになるかもな」
「毎日できるもんなんですか?週1回だって多すぎるかなと思ってたのに」
「いや、お前くらいの年齢の男子はみんな毎日2〜3回してる」
「そんなにして、ちんちん痛くなりません?」
「痛くなってもしちゃうのがお前たちの年齢だけどな」
「そんなものなのかなあ」
「葉月(ようげつ)は取り敢えず今夜は1度オナニーをしなさい」
「できるかなあ。あまり自信無い」
「最初は逝けなくても、毎日やっていれば少しずつ逝けるようになるよ」
「逝くってなんですか?」
「待て。お前、過去にはどういうオナニーしてたの?」
「えっと・・・お布団に寝て、胸とかに触って、乳首をいじりながらHなこと(*1)考えている内になんか気持ちよくなるから、そのまま眠ってました」
と葉月は言う。
「それはオナニーになってない気がする。チンコ触らないの?」
「おしっこする時は小学生の頃は触ってましたけど、今はいつもタックしてるから全然触りません」
ダメだこりゃ、とケイナは思った。
「ちなみにアクアはどういうふうにオナニーしてる?」
「僕ですか?ちんちんに触って動かしてると大きくなるんですよね」
「うんうん」
「それで大きい状態でHなこと(*2)考えてると気持ち良くなるから、たいていそのまま眠ってしまいます」
「出さないの〜〜?」
「出すって何をですか?」
ダメだこりゃ!
だいたいこいつら、どうやって冷凍精子作ったんだ!?
(*1)花嫁衣装を強引に着せられて結婚式を挙げ、初夜を迎えるシーンなどを想像している。
(*2)そのちんちんを切られて女の子に改造されるシーンなどを妄想している。
やがて3人はお風呂から上がって、着衣室に移動する。ケイナはちんちんをぶらぶらさせているが、アクアと葉月のお股には突起物が見られない。
「お前らもタック外せば、ちんこぶらぶらさせられるのに」
「実はその感覚がなんか変な気がしてタック外さないんです」
などとMは言っている。
「ちんこ、ぶらぶらさせるのはいいぞー」
「でも去年は一時期取っちゃってたんでしょ?」
「あの時期は寂しかったよ。ちんこ復活して凄く嬉しかった。前のより少し短いんだけど、あるのと無いのとでは大違いだよ」
「へー」
アクアはパジャマの上下、葉月は旅館の浴衣、ケイナは昼間のような普通のブラウスとスカートを着ている。
「よくスカートで男湯に来ますね」
とアクアがケイナに言う。
「男物の服を着ると違和感があってさぁ」
「ああ、もうずっと女装生活してますもんね」
「それに、スカートのいい所は“ポジション”を直す必要がないことで」
とケイナが言うと
「あ、それ分かります。ズボン穿いてると困ることあるんですよね」
とアクアは言ったが、葉月は
「ポジションって何ですか?」
と訊いた。
「お前、本当にちんこついてんの?」
「取った記憶はないから多分ついてると思います」
と西湖。
「アクアは付いてるよな?」
「一週間くらい見てないけど、まだついてると思うけどなあ」
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【夏の日の想い出・龍たちの讃歌】(3)