【夏の日の想い出・龍たちの讃歌】(2)

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昨年夏に小浜でやって好評だった夏のアクアのイベントだが、今年は実施しないことを6月頭に§§ミュージックは発表した。大規模イベントの開催に関する政府の制限の解除日程の見通しが立たない中、準備期間を考えるともう実施は不可能と判断された。
 
(7月10日に定員の50%以内かつ5000人以内まで緩和されたが7万人のミューズパークではどっちみち無理)
 
ファンの間からは惜しむ声もあったが、多くの人は現状ではやむなしという感想だったようである。
 

§§ミュージックが『ロックギャル・コンテスト』の代わりに今年限定で実施する『2020ビデオガールコンテスト』の一次審査は、6月上旬で終了。このあと数グループに分けてリアルタイムに実演(歌唱など)をしてもらったり質疑応答に応じてもらう“リモート審査”に移ることになった。一次審査の合格者は98名と発表された。
 
「ロックギャルの“ギャル”が女の子という意味だと知らなかったと主張する男の子が毎年いるけど、さすがにビデオガールの“ガール”が女の子の意味だと気付かなかった、なんて子はいないよね?」
とコスモスは言ったが
 
「いや、分からん。きっとこの98名の中には男の子が4〜5人はいる」
と川崎ゆりこは言った。
 

ゴールデンウィーク直前に公開予定だった映画『気球に乗って5日間』は全国的な映画館休業のため公開延期していたのだが、5月25日に全ての都道府県で休業要請が解除されたことから、配給会社では6月1日(月)に公開することを発表した。平日公開にするのは、初日に客が集中するのを避けるためである。また各映画館は定員を減らして三密回避を図る。
 
なお、アクアの舞台挨拶も、混雑回避のため実施しないことにし、代わりに当日ネットにアクアと河村助監督の挨拶動画を公開することとなった。なおこの作品のビデオは当初の4月公開の場合のスケジュール通り、7月下旬に発売されることになった。
 
これも夏休みで映画館が混雑するのを避けるための苦肉の策である。配給会社としても、映画の動員数が落ちるのは承知で、このスケジュールでの発売に同意した。
 
しかし結果的にこの作品はビデオが(ストリーミングも含めて)物凄い数売れ、事実上の写真集である豪華版パンフレット(2750円-普通のは792円)やグッズも売れに売れて、映画館動員の減少を充分補う売上となり、制作会社・配給会社も、グッズ等のバックマージンをもらえるタレント事務所側も、嬉しい悲鳴をあげることになる(ただし映画館の経営会社は辛い)。
 

この映画の主題歌は、ドイツの女性歌手ベネディクタ・ハンセンが歌う『大空(Grosser Himmel)』で、挿入歌がアクアの歌う『風まかせ』である。後者は3月に“アクアのアクア”のCF曲『ぼくのアクア』とカップリングして発売されていたのだが、あらためてハンセンの歌う主題歌とセットにして、更に1曲新たに『ぼくたちは兄弟姉妹』という曲を加え、3曲入りのCDが映画の公開に合わせて発売されることになった。いったん編集が終わっていた映画の映像データにエンディングロール曲として加えられた(元々は主題歌のインストゥルメンタル版が流れていた)。
 
日本で発売されるCDでは『風まかせ』はTKRからの要請で3月に発売したのとは別テイクのもの(オーケストラ版!−東京アンサンブルオーケストラの演奏−深川アリーナで演奏してもらった)が収録された。『ぼくたちは兄弟姉妹』はドイツ系ブラジル人少女歌手ステファニーが歌っているのだが、日本ではこれをアクアにカバーさせて結局4曲入りとし、主役4人の写真をジャケットにしたCDとして発売された。
 
2020.06.03『大空/風まかせ/ぼくたちは兄弟姉妹』
 
これが日本では120万枚も売れて制作会社を驚かせた(ドイツでも5万枚、ブラジルでは5000枚程度しか売れていない−ドイツ版・ブラジル版にはアクアのカバーは入っていない。また風まかせは日本で3月に発売されたテイク)。
 
映画会社もあらためてアクア人気の凄さを認識したようである。
 

公開された映画で、(日本で)やはり話題になったのは、アクア演じるカオルが男湯、またカオリが女湯に入るシーンである。
 
男湯に入るシーンでアクアは上半身の裸を曝している。女湯に入るシーンは、脱衣場での上半身後ろ姿および、湯船に浸かっている、首から上だけの前からの映像が入っている。
 
このシーンに関する感想は様々であった。
 
「ああん、アクア様っておっぱい無いのね。残念!」
「女の子のアクア様を男湯に入れるなんてセクハラだ!」
「アクアちゃん、まだちんちんあるのかなあ。早く取ればいいのに」
 
などという反応がある一方で、ネットの一部ではアクアが3月に性転換手術を受けたなどという噂(震源不明)が流れていたので、そういうクラスターでは
 
「バストの無いアクア、最後の姿かも」
などという声もあがっていた。
 
ちなみにアクアが女湯に入るシーンについては、誰も話題にしなかった!!
 
(日本以外の国では“男湯シーン”は、アクアの“男性ボディダブル”の身体との合成だろうと思われたようである)
 

ローズ+リリーのミニアルバム『龍たちの讃歌』の制作は6月上旬から始めて音源制作だけでも8月上旬まで掛かっている(田中さんと上野さんも2ヶ月ほど東京に滞在した。ついでに彼女たちの親友で東京で就職した鶴野明日香さんが何度か陣中見舞いに来ていた)。
 
この作品はアニメにもかなりこだわったので、同じくらい制作期間がかかっており、アルバムは9月に発売されることになった。
 
それでローズ+リリーの今年のオリジナル・アルバム(『across』の予定)は、9月から準備を始めることにするが、マリが臨月になるので、実際の制作は出産の1ヶ月後くらいから始めることにし、私は七星さんに聴いてもらいながら、楽曲の整備を進めることにするのだが・・・・。
 
結果的にこの『across』という企画は延期または中止になることになる。この件は後述する。
 

今回のミニアルバムの制作はかなりヘビーで密度の濃いものになったので、曲と曲の間に休養日を入れている。最初に制作した『青龍』が完成してから次の『朱雀』に取りかかる前に2日ほど休養日を入れた。するとマリが
 
「ちょっと出かけてくるね」
というので、
「どこに行くの?」
と訊いたら
「パン買ってくる」
というので、私はてっきりコンビニにでも行ってくるのかと思った。
 
「いってらっしゃーい」
と送り出したのだが、マリは4時間戻って来なかった!
 
これがあるからマリは恐いのである。私は誰か付き添いを付けるべきだったかなと後悔し、マリのスマホを呼んでみるが
「今首都高走ってるから、もうすぐ帰り着く」
というお返事である。
 
(マリの車には一応ハンズフリーで話せるキットを取り付けている)
 
しかしパンを買うのに、なんで首都高に乗る必要があるんだ!?
 
と私は疑問を感じた。まあ帰ってくる途中というのであれば、ナビもあるし大丈夫だろうと思っていたら20分ほどで戻って来た。
 

それでマリが買ってきたパンは、昭和40年代頃に使われていたような、筋入り・未漂白の薄い紙で作られた紙袋に入っている。こんな紙の袋を使っているお店がまだ残っていたんだと驚いた。
 
しかし美味しい!
 
「これ美味しいね。どこまで行ったの?」
「えっとね。よく分からないけどカーナビに記憶させた」
「まあそれが無難だね」
「それでね。私、パン屋さん作ろうかと思って」
「は!?」
 
それでマリの話を聞いてみて、これは“サワークリーム食パン”(ザマーミロ鉄板から改名)の常務さんと話した方がいいと判断した。それでそちらに電話してお話をして、やっと事情が分かった。
 
「それ法的なこととか、保健所とかの審査とか、色々ありますよね」
「そうなんですよ。私にそのあたりやってもらえないかと言われたんですが、私も食べ物屋さんをしたことがなくて、どこから手を付けたらいいかと思って」
 
「だったら、友人で食べ物屋さんをしてる子に一度そちらに行かせますよ」
「助かります!」
 
それで私は若葉に電話し、若葉も忙しいので、ムーラン東京店の洋食部門の副店長さんが話を聞きに行ってもらえることになった。結局はムーランリゾートのスタッフの人に駅そばの廃業したパン屋さんの店舗の賃貸契約、そして今月いっぱいで廃業する予定だったパン屋さんの“居抜き”交渉などをしてもらうことになる。一方で“マリ・ベーカリー”の設立作業は正望にしてもらうことにした。ただ、私にはひとつ懸念があった。
 

早朝から自宅に来訪したアクア(アクアF)から、その日秋風コスモスは思わぬことばを聞くことになった。
 
「社長、ボクのヌード写真集を撮ってくれませんか?」
 
コスモスは驚いたものの
「なんでそんなこと思うの?」
と尋ねた。
 
「3年前に突然3人に分裂して、それ以来ずっと3人でやってきたから、このまま3人なのかなとも思っていたけど、1月にNが消えて、やはり自分はいづれ1人に戻るんだということをあらためて認識したんです。最終的にボクとMとどちらが残るのかは分からないけど、ボクが消えた場合に、ボクが存在していた証(あかし)を残しておきたいんです」
 
「君の存在もMの存在もNの存在も、私は忘れないよ」
 
「そう言ってくださると嬉しいです。消える前に赤ちゃん産みたいなと思ったこともあったけど、やはり人気アイドル・アクアの妊娠なんて許されないし。だからせめてヌード写真撮れないかなと思って」
 
(自分の卵子を冷凍保存したことはコスモスには言っていない)
 

コスモスは少し考えていたが言った。
 
「龍ちゃんは知らないだろうけど、昔あった『アラベスク』という漫画にこういうシーンがある」
とコスモスは語り始めた。
 
「バレエの公演の初日に主役が遅刻しちゃう。端役なら誰か代われるけど、主役を代える訳にはいかない。その時、主役の人のライバルの人がその役を密かに練習していて、彼も踊れることが分かって、劇場支配人は彼に踊ってくれと言う」
 
「ライバルの人は言った。ボクは代役なんかしない。踊れと言うのなら自分の『アラベスク』を踊る、と」
 
「その気持ち分かります。ボクでもそう言いたいかも」
 
「それで彼が踊るけど、物凄く斬新な踊りで観客が熱狂する。でも翌日は本来の主役の人が踊ることになる」
 
「それ、つらーい」
 
「そこで出てくることば。アクアやシナモンの色の後に赤や黒を見せるのはいい。でも燦然とした黄金色が出てしまったら、その後は何を見せても観客は満足しない」
 
「ですよねー。ビーフステーキ食べた後で、ハンバーガー食べても寂しい思いがしちゃう」
 
「その例えの方がうまいかも。それでさ。アクアのヌード写真集なんて出したら、きっと200万部かひょっとしたら300万部売れる」
 
「はい」
 
「でもその翌年、何の写真集を出す?」
 
「あっ」
 

「ヌード写真集の翌年に水着写真集とか出しても、もう誰も買わないよ」
「うーん・・・」
 
「だから使い捨てされるようなアイドルなら、ヌード写真集を出してもいいけど、私はアクアと死ぬまで付き合っていきたいと思う」
 
「ありがとうございます」
「結婚してもいいけど」
 
「それはちょっと留保させてください」
「今すぐ私を抱いてもいいけど」
「ボク、ちんちん付いてませーん」
 
「だからそれを出したら先が無いという写真集は、私は作らないよ」
とコスモス社長は言った。
 
アクアは少し考えた。
 
「だったら撮影だけして出版しないとかは?撮影費用は私が個人的に出します」
 
コスモスは考えた。
 
「そこまで18歳のヌード写真を残したいなら、こうしようか。ある程度名前が通っていて、口の硬い写真家に頼んで、まずヌード写真を撮ってもらう」
 
「はい」
 
「その後、同じ配置・同じポーズで水着写真も撮ってもらう」
「ああ」
「そして水着写真集のみ発売する。ヌード写真は私と龍ちゃんだけがデータを保管する。写真家さんの手元からも消してもらう」
 
「それやりたいです」
「だったら手配するね。6月中にやろう。たぶん7月になったら、アクアはかなり忙しくなる」
 
「はい!」
とアクアFは嬉しそうに言った。
 
「ちなみに男子水着の写真はどうする?」
「それ需要無いと思いますー」
「だよねー」
 
「まあアクアは男の子だよという証拠に1枚くらい」
「まあそんなものかな」
 

4月から放送開始予定だった◇◇テレビの新しいクイズ番組『日本クイズ紀行』は予定を遅らせて7月から取り敢えず12月まで半年の予定で放送されることになり、6月中旬から撮影が始まった(好評なら継続)。感染対策のため、回答者は全員個室で撮影されるという方式である。メインスタジオには司会者のサイン・コサイン、アシスタントの宮村尚子のみが居て、そのほかは液晶パネルが並ぶだけである(放送映像はハメ込み合成)。
 
テレビ局が用意する小型スタジオでなくても、事務所などが用意した場所、環境が整えば自宅からでも撮影に参加できるという方式で制作されることになった。不正解を3つやった場合に上から白い粉が落ちてくるシステムまで用意してもらえる条件である!
 
これに出演することが1月の段階で決まっていたローザ+リリンは、自宅の防音室から参加することにした。むろん白い粉が落ちてくる機構も作り込んだ!掃除を楽にするため、撮影時には下にビニールシートも敷いておく。初回はあと1つ正解したら優勝か?という所で3回目の不正解をやって、2人とも真っ白になった。
 
「まあローザ+リリンはそういう役どころだよな」
「美味しい役柄だよ」
「水を掛けるのではなく粉にしたのは妊婦に配慮したか?」
とネットの声。
 
実際には貸しスタジオや自宅は水浸しにできん、という事情で白い粉になった。一部出演者の「ビールを浴びたい」という要望はアシスタントの宮村尚子!に却下されていた(この番組は次第に司会のサイン・コサインより宮村尚子のほうがよほど番組の仕切り役になっていくことになる)。
 
なお、初回はやはり自宅から参加していて3回不正解になった吉本宏太の白い粉がスイッチを押しても落ちてこず、結局自分で白い粉をかぶっていた。この程度のハプニングはそのまま放送しちゃうというのが制作陣の方針である(実際の所、クイズ番組はよほどのことがない限りNGを出せない)。
 
ちなみに初回優勝はゲストで出ていたスパイス・ミッションの3人で
 
「シナリオ通り過ぎる」
などとネットには書かれていた。
 

アクアが出演している『ほのぼの奉行所物語』は3月上旬に2回分の撮影だけが行われていたのだが、その後の撮影のメドが立たず、今年は一昨年放送した第1シーズンのものが再放送されていた。
 
環境さえ整えば撮影を再開するという話だったのだが、6月中旬、今期は撮影をしないことが決定された。
 
これは、この番組は例年3月から7月までの期間に撮影をしていたのが、もう残り1ヶ月半程度では、まともな話を組み立てるだけの撮影が困難であるという判断になったためである。また他の番組の撮影などが復活してきているため、特に7月は人気役者さん(アクアを含む)の日程確保が大変である。
 
再放送分の視聴率がいいので、来期も『ぼのぼの奉行所物語』は制作される予定だが、今年2回分撮影したものの続きを撮影するのか、それとも全く新たなシナリオで撮影されるのかは、現時点では未定である。
 
役者さんの日程確保の問題を考えると“続きの撮影”は困難と思われるので、今年の撮影分はそのままお蔵入りになる公算が高い。一部には「振袖火事の祟りかも」などという声まで出ていた。
 
既に4000万円ほどの予算を消費しているし、更に役者さんへのキャンセル料支払いも必要になるので、橋元プロデューサーは進退伺いを提出したが、制作部長が「君のせいではないよ」と言って慰留した。橋元さんは夏の賞与の返上を申し入れ、それは認められた(奥さんが悲鳴をあげた)。責任のある人たちも大変である。
 

ローズ+リリーのミニアルバムの制作は『朱雀』が完成した所でまた2日間の休みを取ったのだが、政子は
「温泉に行きたい!」
と言った。
 
「不特定多数の人と接触の可能性のある所には行かないでくれと町添さんから直々に要請されてるんだけど」
 
「それでも行きたい!」
と政子は言う。困ったなあと思うが、制作で強いストレスが発生しているのは承知である。何とかマリのストレスを解消しておかないと次の曲の制作に影響が出かねない。
 
そこで私は若葉に電話してみた。
 
「郷愁村のホテル昭和でさ、コテージタイプの桜だったっけ?今日明日とか空き無いよね?」
 
「あるよー。あそこは消毒のために1日おきに使うようにしてるから、今から来るんだったら、使えるようにしておく」
 
「ありがとう!ちなみにホテル昭和の温泉は混雑するかなあ」
 
「時間帯指定して、集近閉にならないように分散してるんだよ。冬たちどうせ時間帯が遅いよね?深夜の時間指定にすれば混雑しないと思う」
 
「じゃそれで予約入れてもらえない?」
「OKOK。誰と来るの?」
「政子となんだけど」
「まだ赤ちゃん出て来ない?大丈夫?」
「さすがにまだ大丈夫」
「万一の時は医者が駆け付けられるようになってるからフロントに言ってね」
「了解」
 

それで私はドライバーの佐良しのぶさんにお願いして“アクアのアクア”を運転してもらい、熊谷市の郷愁村に出かけたのである。若葉からは、桜のコテージ番号と、そこを開けるQRコードの“電子鍵”が送られて来ていたので、フロントも通らずに直接そのコテージそばに車を駐め、送られて来ていたQRコードで鍵を開けて中に入った。中に入ったことでチェックイン処理がなされる。
 
「ここ広くて好き〜」
などと言って政子は大きなベッドに横になっている。過去にも数回泊まっているが、ここは本当に快適である。だてに高い料金は取っていない。
 
夕食はコテージまでデリバリーしてもらえる。(“プラスチックスタイル”の配膳人さんが来たので、政子が面白がっていた)
 
御飯を食べて
「美味しい!」
と政子が喜んでいるので私も楽しい気分になるが、油断していると、私のおかずがいつの間にか消滅している!
 
元々桜・昭和は各部屋にデリバリーする方式だったが、現在コロナ対策で、元々は食堂に食べに行く方式だった富士の方も(料金はそのまま)各部屋に配る方式で実施しているらしい。また数人で泊まる場合でも大皿は使用せず、個人別にきれいに盛り分けて配膳する方式にしており、そのためにたくさん人も雇ったということで、費用は物凄く掛かっているはずだが、例によって若葉は
 
「お金が減って助かる」
などと言っていた。
 
若葉の巨額すぎる資産は、お母さんの命令!で本人が直接資産運用するのは禁止され(実際あの資産ができた経緯は偶然と幸運の重なりの部分が大きいと思う)、複数の証券会社のプロの手により運用されているので、毎年どんどん増えているようである。
 

夕食後少し仮眠し、真夜中になってお風呂に行く。スマホを持って行き、大浴場の入口の所でQRコードをかざすとドアが開き、中に入れる。これで予約時間帯、更には性別のチェックまでしているらしい。
 
「ちなみにアクアには女湯を指定した」
などと若葉は言っていたが、それが多分無難だろう。きっとMの方は部屋に付いているお風呂に入ったのだろうと思う。
 
脱衣場で、おしゃべりしながら服を脱いでいたら、政子は何か考え込んでいる。
 
「どうしたの?」
「ここは脱衣場でしょ」
「うん」
「なんで脱衣場だけあって、着衣場が無いんだろう」
「そんなの分離して、誰が脱衣場で脱いだ服を着衣場に運ぶのさ?」
「確かに大変そうだ」
「分離する意味が無いと思うよ」
 
政子の発想はやはり面白いと私は思った。
 

浴室に移動する。元々100人くらい入れられる仕様なので広々としている。現在は最大20人で運用しているらしいが、夜中だけあって人が少ない。私たち以外には3人しか人影を見なかった。
 
髪と身体を洗ってから、湯船に浸かる。近くに居た女性と目が合う。向こうもこちらも驚く。
 
「おはようございます、マリさん、ケイさん」
「おはようございます、マリナさん」
 
ということでローザ+リリンのマリナであった。
 
「こちらには休暇?」
「いえ『ザ・ドサ廻り』の取材なんですよー」
「ああ、ここを取材したんだ?」
 
「桜に泊まってるの?」
と政子が尋ねる。
「あんな高い所には泊まれません。昭和ですよ。それもあけぼのテレビの費用でですけど」
とマリナ。
「あけぼのテレビがお金出すなら桜に泊めてあげればいいのに」
と政子は私を見て言う。
「ごめーん」
と私は謝っておいた。
 
「あれ?ケイナちゃんは?」
と政子が尋ねる。
 
「男湯に入ってますよ」
「男湯に入れるんだっけ?」
「番組の取材では貸し切りだから一緒に女湯に入りますけど。一般客と一緒なら女湯に入る訳にはいかないので」
 
「でも10月のローズクォーツのツアーの時は女湯に入っていたという話が」
「あれ不思議なんですよ。あの時は2人とも女の身体になっていたんですが、ツアーが終わった後、ケイナだけ男の身体に戻ったんですよ」
 
「そんなことあるんだ!?」
と政子は驚いているが、私は何となく察したので
 
「まあたまにあることだよ」
と言っておいた。
 
「世間では、ケイナは性転換手術していったん女になったけど、その後で再度手術して男に戻ったなんて噂が立ってましたが、当たらずといえども遠からずですね」
 
「手術無しで性転換とかもあるの?」
 
「大宮万葉さんによると、夢魔の悪戯らしいです。昨年夏にテレビ番組の撮影で行った、棒那市の女化神社前に出没していた痴漢がきっかけみたいです」
 
「へー!青葉が関わっていたのか」
 
「事件は大宮万葉さんと醍醐春海さんの連携で解決したみたいですけど、最終的に私は女の子になったまま」
 
「そして妊娠しちゃったわけか」
「戸籍の性別も変更しちゃったから、もう今更男には戻れませんね」
 
「じゃ元々女の子になりたかったの?」
「そんなこと一度も考えたこと無かったんですけどねー」
とマリナは言った上で
「女の身体にハマっちゃったので、このままでもいいかと思って」
 
「ああ。やはりハマるよね!アクアも一度性転換してあげたら、きっと女の子の身体にハマるんじゃないかなあ」
などと政子は言っている。
 

その時、私は唐突に思い立った。
 
「ねぇ、マリナちゃんさ。340万円くらい買物しない?」
「へ?」
 
それで私はマリがパン屋さんを作ることになったので、その運営会社にマリナが34%出資してくれないかという話をしたのである。
 
「ああ、あそこのパン屋さんを買い取る話ですか」
「そうそう。この話知ってた?」
と私が訊くと
 
「あの時、マリナちゃんもいたもんね」
と政子は言っている。
 
「だったら話が早い」
と私は言い
 
「マリが100%出資した会社なんて、絶対誰かに欺されて乗っ取られるからさ。お目付役が欲しいんだよ。私ができたらいいけど、忙しくて」
 
「ケイさんは忙しいでしょうね!」
「それで私に代わって、マリ・ベーカリーの34%の株主になって、この子の暴走を止めてくれないかと」
 
「ああ。特別決議を否決できる株数なんですね」
「そうなんだよ。資本金1000万円の予定だから」
 
会社の合併などの重要な案件は株主総会で株数の3分の2以上の賛成が必要である。従って34%持っている株主はそれを単独で否決に持ち込むことができる。
 
「今現金が無かったら貸してもいいから」
「設立日はいつですか?」
「7月上旬の予定」
「それなら340万は大丈夫ですよ。株式申込書を送って下さい」
「じゃ東京に戻ったら送るね」
と私は答えた。
 
「マリナちゃんも出資するなら、マリ&マリナ・ベーカリーとかの名前にする?」
と政子は言ったが
「長いからマリ・ベーカリーでいいですよ。美しいものは常にシンプルなんです」
とマリナは言う。
 
「それわりと基本的な原理だよね」
と私。
 
「逆は真ではないですけど」
「そうそう」
 
そういう訳でマリナが“マリ・ベーカリー”の第2株主となり、マリのお目付役になってくれることになったのである。それでマリが社長、マリナが副社長ということになった。
 

6月21日(日・大安).
 
丸山アイと女優の城崎綾香(=ジュブナイル作家の久美浜映月)は、ネット記者会見を開き、ふたりが婚約したことを発表した。ふたりとも!左手薬指にダイヤのエンゲージリングをつけていた。
 
実は綾香が事務所との契約で25歳になるまで結婚が禁止されていたので、昨日25歳の誕生日を迎えたことから、今日婚約を発表したのだということだった。
 
「すみません。同性婚でしょうか?異性婚でしょうか?」
「ナイショ」
 
今日はふたりともお揃いのサンローランの白いドレスを着ている。もちろん2人ともきれいにお化粧して、お揃いのカチューシャまでつけている。
 
「結婚式はどちらがウェディングドレスを着るか、あみだくじで決めて私が着ることになりました。アイがタキシードです」
と綾香が言う。
 
「まあジャンケンしたらボクが勝つからね」
とアイが言うと、記者たちはみんな頷いていた。
 
「アイさん、戸籍上は男性なのでしょうか?」
「秘密」
 
「もう同棲なさってますか?」
「お互いのスケジュールが結構すごいので、すれ違いが多いんですけど、一緒にいられる日はデートしたり、どちらかのマンションで過ごしてますね」
 
「でも結婚する時はどちらかのマンションを売却して一緒に住もうかと」
 

「婚姻届を出しますか?それともパートナーシップ宣言ですか?」
と、うまい訊き方をした記者があった。
 
「パートナーシップ宣言するつもりです。それで実は綾香のマンションがある中野区はパートナーシップ宣言の制度があるので、そちらに一緒に住む案が濃厚です」
 
「その場合、アイのマンションのガラクタは廃棄しないと」
「あれガラクタじゃないよぉ」
「自動性転換機とか、空中歩行器とか、地球破壊爆弾とか、あやしげなものが並んでいるし」
「地球破壊爆弾はまだ実際には試してみたことないんだけどね」
 
「それ試すのやめてください」
と記者からの声。
 
「でもパートナーシップ宣言なんですね?」
「そのつもりです」
 
それでやはり2人は同性(多分どちらも女性)なのだろうと多くの記者が思ったようである。
 

「妊娠しておられますか?」
「どちらが?」
「えっとアイさんは妊娠しておられますか?」
「質問されるかもと思って今朝念のため妊娠検査薬使ってみたけど陰性だったよ」
「綾香さんは妊娠しておられますか?」
「私も一緒に妊娠検査薬使ってみたけど、陰性でした」
 
「将来赤ちゃんができる可能性は?」
「大いにあると思うけど」
「だったら異性婚なんですね?」
「さあ、どうなんだろう?」
 
「2人で1人ずつ産もうかという案もあるんだけどね」
「まあ、冷凍精子もお互い1個ずつ作っているから、相互に使ってもいいよね」
「それで子供作ると、母親も父親も違うのに、両親は同じというきょうだいができる」
 
このあたりは記者たちもどこまでマジで、どこからジョークなのか、判断に苦しんだようである。
 
例によって祝賀会は7月18日(土・友引・たいら)に、ネット中継方式で行い、あけぼのテレビで2時間生放送で放送するということであった。結婚式ではアイがタキシードを着るものの、祝賀会はふたりともウェディングドレスを着るつもりとアイは言った。
 
どうも今年は、ローザ+リリン、XANFUS、そしてこの2人と、同性婚の結婚式の中継が続くなと、私は思った。
 
もっとも、実際には異性婚の結婚式祝賀会の中継も結構している。祝賀会又は披露宴を2時間丸ごと放送するなんてのは、地上波では考えられないので、ネット放送局ならではの需要が生まれたようだ。それで、休日の吉日には、あけぼのテレビで芸能人やスポーツ選手などの結婚式が中継されるのが定着してしまった。
 

6月下旬、ローズクォーツは、ローザ+リリンとの代理ボーカル契約を9月までとしていたのを来年3月まで延長することを発表した。つまり、今回のローザ+リリンの代理ボーカルは2年間続くことになる。
 
実はマリナの出産予定日が10月なので、その直前の9月で契約を終了するというのは、女性差別以前に、妊婦保護の原則にも反すると言われる可能性がある、という意見が○○プロの法務担当者からあり、それにこの時期に新しい代理ボーカルを採用しても期間が中途半端になることから、このまま3月までローザ+リリンで行こうということになったという背景もあった。
 
マリナは予定日の1ヶ月前から出産の1ヶ月後までを産休とすることになった。その間にテレビ出演などの話があった場合は鈴鹿美里が臨時ボーカルを務める。鈴鹿美里も今年は何度も臨時の代理を務めているし、ベスト盤でも3曲歌ったし、ローズクォーツに大きく関わっている。
 
ファンの間では鈴鹿美里はこのまま来年の代理ボーカルになるのでは?という予測が流れ始めていた。もっとも彼女たちは代理ボーカルを務めるには、やや忙しすぎる感はある(ローザ+リリンもかなり忙しくなっているけど)。
 

7月、AYAのゆみと、俳優の高橋和繁の熱愛が週刊誌で報道された。
 
その件について2人はオンライン記者会見を開いて交際中であることを認めた。
 
「結婚式はいつですか?」
「まだ婚約していないので」
「婚約しないんですか?」
 
これに対して、ゆみが
「指輪もらったら考えてもいいかな」
などと言うので、高橋和繁は
 
「すぐ買いに行きます!」
と言った。それで近いうちに婚約ということになりそうである。
 
「ところで高橋さん、ゲイではなかったんですね。それともバイだったのでしょうか?」
などと質問する記者がいる。するとゆみまで
 
「そういえば大林亮平さんとの熱愛が報道されたことあったね」
などと言っている。
 
「あれはたまたま女装の大林君と並んでいた所を記者に撮影されただけだよ」
と高橋は言っている。
 
「大林君は私もファンだからデートくらいしてもいいよ」
とゆみは言うが
 
「妃登美ちゃんに叱られるよ」
と高橋は言った。
 

2人は実際に既に実質同棲していることも認めた。ゆみが、高橋の自宅にほぼ住んでいるに等しい状態らしい。ただ、荷物は移動していないので、ゆみは週に1度くらいは自分のマンションに戻り、色々ものを持って来たりしているらしい。
 
「ずっとその状態ですか」
「まあ結婚式を挙げたら、移動してもいいかな」
 
なお、ゆみは現時点では妊娠しておらず、結婚した後も仕事は続けるつもりであると表明した。結婚式の日程などは、婚約する時点で決めるということだった。
 
今回は雑誌報道を受けての緊急会見という性質が強く、2人はまだ結婚に向けての具体的な作業はあまりしていない感じであった。芸能人の“スクープ”は事務所側がわざと情報を流して話題作りに利用していることが実際には多いのだが、今回は、おそらく本当に予定外の報道だったのだろう。
 

その日アクアが仕事を終えて帰宅したら、またまたマンションのエントランスで、AYAのゆみと遭遇した。
 
「あ、ゆみさん、おはようございます。それとご結婚おめでとうございます」
「おはようございます、アクアちゃん。でもまだ結婚はしてないけど」
「ごめんなさい!」
「でもエンゲージリングもらっちゃった。見る?」
「え、えーっと」
「取って食ったりしないから大丈夫だよ。ちょっとうちに寄りなよ」
 
アクアは少し考えたが、結婚を決めた女性なら襲われたりもしないかなと思った(その認識が間違っていたことをアクアはすぐ思い知ることになる)。それで
 
「じゃ、見せてもらうだけお伺いします」
と答えた。
 

2人で一緒に最上階の18階まで上がる。そして彼女の部屋である1803号室に入る。
 
ゆみはアクアをリビングの応接セットのソファに座らせると、コーヒーを入れてくれた。取り敢えずそのまま1口飲んでみる。
 
「美味しい!トアルコトラジャですか?」
「さっすが、アクアちゃん。いいもの飲んでるね」
「何か結構豪華なお食事とかに招待されることがあるので」
「それで結構舌が肥えるよね〜。シュガーは好きなだけ入れてね」
「すみません。2袋頂きます」
「どうぞ、どうぞ」
 
それでアクアはスティックシュガー(実際にはパルスイート)を2袋入れさせてもらった。
 
「でも広いですね〜」
「まあリビング自体広いよね。ひとりではちょっと持てあましぎみ」
「ああ」
「ルンバが無かったら、お掃除できない」
「そうか、こういう所こそルンバか」
「アクアちゃん、ルンバとか使ってない?」
「なかなかお掃除する時間がなくて」
「そうかもね!」
 
「ここは5LDKくらいですか?」
「一応4LDK2S-WTCかな。でもサービスルームも充分普通の部屋として使えるレベル」
「すごーい」
 
(WTC = Walk Through Closet : 出入口が2個以上あり通り抜け可能な物置き)
 
「実際はお洋服で2部屋占有している」
「さすがー」
「アクアちゃんもお洋服すごいでしょ?」
「ファンの方からたくさん送ってこられて、中学の頃までは段ボールに入れて積み上げていたんですが、キリがないので、今はもう事務所のほうで処分してもらって、全部福祉施設とかに寄付しています」
 
「まあそうなるよね」
「だからうちの部屋は洋服ダンスは15個しかないです」
「私より持ってるじゃん!」
「そうですか!?」
 
「お洋服は女の子の服ばかりだよね?」
「男物の服を買ってるとなぜか無くなるんで、男物の服が少なくて困ります」
「アクアちゃん、女の子なんだから、高校卒業したし、もう男の子の服着る必要無いよ」
「そうですかねー」
「20歳までは性別の変更ができないんだろうけど、戸籍の性別とか忘れて、フルタイム女の子でいいじゃん」
 
「そうかなあ」
 
などと言うアクアは実際今日も花柄のAライン・ドレスを着ている。上半身はシルエットでCカップ近いバストがあるのが分かる。
 

「じゃ、指輪見せてあげるね」
「はい」
 
それでゆみは奥の部屋から水色のジュエリーケースを持って戻ってきたが、アクアはギョッとした。
 
「ほら、これだよ」
と言って、ゆみはケースを開けて見せてくれた。
 
「あのぉ、なんで裸なんですか?」
「別に気にすることないじゃん。女の子同士だし。アクアちゃんも裸になるといいよ」
 
アクアは逃げ出すべきかどうか悩んだ。
 
ゆみは自分でダイヤの指輪を左手薬指につけてみせた。
 
「きれーい」
 
「アクアちゃんも、きっとあと6−7年したら、誰かがこういう指輪を買ってくれるよ」
 
「そうかな」
 
「アクアちゃんを奥さんにしたいという男性は大量にいるから。あ、男性とは限らないけど」
「私、男女双方から、結婚してほしい、お嫁さんになって欲しいというファンレターが来ます」
 
「アクアちゃん、男女どちらとも行けるんでしょ?女の子の奥さんになるのもいいかもよ」
 
「私、実は恋愛が分からないんですー」
 
会話しているので何とか冷静さを保てているものの、ゆみのヌードがどうにも気になる。
 

「そういえば、そんなこと言ってたよね」
 
と言ってゆみは少し沈黙していたが、突然、アクアに襲いかかった!
 
「何するんですかぁ!?」
「アクアちゃんも脱いじゃおうよ」
と言って、ゆみはアクアを組み敷いて服を脱がせてしまう。今日はドレスだったので容易に脱がされてしまった。ブラジャーまで外される。何とかパンティだけは死守した!
 
「ほぉら、アクアちゃんは女の子」
などと、フルヌードのゆみは言っている。
 
「恥ずかしいですー」
「女の子同士恥ずかしがることないじゃん。パンティも脱いだらいいのに」
「勘弁してください」
 
「この胸はシリコンじゃない。女性ホルモンの作用で育ってるね」
と、ゆみはアクアのバストに触りながら言う。
 
「手術とかはしてないですー。私が手術したのは小学1年生の時の腫瘍の手術だけです」
 
「その時、ちんちんも一緒に取ったんでしょ?そしてその後、腫瘍が再発しないようにするため女性ホルモンを投与してたんだっけ?だから実質女の子として成長している。でもその傷跡、結構目立つよね」
 
そんな噂があるんだっけ?とアクアは思う。
 
「ビキニ写真なんかにこの傷が映ってるから、手術をしている女子から、勇気づけられました、というお頼り、わりともらうんですよ」
 
「うん。アクアがそういう傷跡を堂々と見せていたら、勇気づけられる人多いと思うよ」
とゆみも言っている。
 

「でもここお引っ越しなさるんでしょ?」
「うん。彼の家は一戸建てなんだよね」
「ああ、そういうのもいいですね」
「ここより広いんだよ。お掃除考えると頭痛くなる」
「あぁ」
 
その時、ゆみは唐突に言った。
 
「ねね、結婚するのにここを売却するんだけどさ、ここアクアちゃんが買い取ってくれたりしない?」
 
「へ?」
「ここ3億円で買ったんだけどさ、この値段のマンション買い取れる人なんてあまり居ないじゃん」
「そうかも」
「といって、不動産屋さんに買い取ってもらうと、1億4千万円かせいぜい7千万程度だと思うのよ」
「ああ、そんなものですか」
「そして別の人に2億5千万くらいで売る」
「なんか凄い儲け」
 
「不動産屋さんに仲介してもらって誰か買い手を探す手もあるけど、その場合は手数料を恐らく1500万円くらい払わないといけないし、必ずしもいい値段では買ってもらえないと思うのよね」
 
「手数料で1500万円かぁ」
「私がアクアちゃんに直接売れば手数料とか無しで済むし。ここローンとかは使ってないし、もちろん抵当とかも設定されてないから。何ならそれそちらの弁護士さんとかに確認してもらってもいいよ」
 
「えっと・・・」
「アクアちゃんなら2億円でいいよ。分割払いでもいいよ」
 
「ちょっと待ってください」
「年内に結婚するつもりだから、11月くらいまでに売却できないかなあと思っているのよ。もし良かったら検討してみてくれない?」
 
「でも私、10階にも部屋があるし」
「うん。だからこちらは別荘ということで」
「別荘かぁ」
 

結局アクアはゆみの部屋に2時間ほど滞在して、あれこれ芸能界のことなども話したのだが、AYAのインディーズ時代に醍醐春海が関わっていたという話は初耳でびっくりした。
 
「ある意味では醍醐先生の姉妹弟子になるかもね」
「ああ」
「だからアクアちゃん、私の妹分を名乗ってもいいよ」
「妹?」
「少なくとも弟ではない」
「あはは」
 
「でもボク、きょうだいとか居ないから、なんかそういう感覚もよく分からない」
「だから私と姉妹ということで。お互い裸も見せ合ったしね」
「そうですね」
と言って赤くなったら「可愛い!」と言われた。
 
結局夜中過ぎに退出したが、アクアはやはり安易に女の人の部屋に行くものではないと、服を着ながら思ったのであった。でもゆみさんから
「姉妹になった記念にこれあげる」
と言われて、ゆみさんとお揃いのイルカのイヤリングをもらった。遠上英美子さんともお揃いらしい。
 
「遠上笑美子さんとの関係がよく分からないんですが」
「あの子は私のお母さんの再婚相手が別の女性との間に作った子供なんだよ」
 
アクアは少し考えた。
 
「つまり血はつながってないんですか!」
「そうなのよ。同じ戸籍に入っているのに」
「へー!」
 
アクアはやはり世の中には自分と同様に複雑な家族関係の人っているんだなと思い、ゆみに親近感を持った。
 

7月の下旬、醍醐春海さんから電話が掛かってくる。
 
「龍ちゃんさ、1ヶ月くらい、ひょっとしたら2ヶ月くらい、西湖ちゃんと同居してくれたりしない?」
 
「はい?西湖ちゃんなら問題ないですけど、何で?」
 
「今西湖ちゃんが住んでいるアパートを建て替えるのよ」
「へー」
 
「あそこ、すごくいい場所に建っているから、あの子が卒業した後もそのまま住んでもらおうと思ってさ。でも年収が億を超えるタレントが1DKのアパートに住むのも問題があるじゃん。ストーカーとかに狙われた時に最低でもオートロックでないと心配だし」
 
「そうですね」
 
「だからあのアパートをマンションに建て替えることにした」
 
「あそこ、千里さんの所有物件だったんですか?」
「買い取った」
「へー!」
「ついでに隣にあった駐車場も買い取った」
「なるほどー」
「それで合筆してひとつの土地にしてマンションを建てる」
「ああ」
 
「この地区は建蔽率50% 容積率200%なんだよね。高さ制限は16m。だから6階建てまで建てられる。でも容積率の問題で全体の33%以内の土地に建てる必要があるから隣の土地まで買い取った。ここに地上6階・地下1階のマンションを建てる」
 
「地下の面積は関係無いんですか?」
「全体の3分の1以内なら地下の面積は容積率に算入しなくていい」
「へー!」
 
「両方合わせて24m×25mで600m2の土地だから、ここに9m×20mプラス若干の共用スペースのマンションを建てて、90m2弱の戸を12個設定する。そのひとつに西湖を入居させる。今住んでいる部屋は4m×7mの28m2だから、3倍広くなって楽器とかを置くスペースもできるね。まあ地下を音楽練習室とかにしようと思うから、グランドピアノとかはそこに置いてもいい」
 
「ああ、それいいですね。あとの11戸は分譲ですか?」
「不動産会社に預けて、分譲でも賃貸でもどちらでもいいかもね」
「あの土地って本来は人が住めない場所という話もありましたけど」
「既に浄化は終わっているよ」
 
(実は京平のコネで伏見の大狐様にリセットしてもらっている)
 
「すごーい!」
「龍ちゃん、愛人を囲うのとかに1戸要るなら安く分譲するけど」
「愛人とかいません!」
「龍ちゃんが囲われるんだっけ?」
 
千里は龍虎とそんなことを言いながら、明日香に取り敢えず入ってもらった経堂のアパートの方はどうしようかなと考えていた。実はあそこはそのままにしておくと、2023年頃に崩壊しそうなのである!(元々違法スレスレの弱い造りになっている)
 

それで西湖が一時的にアクアの代々木のマンションに同居することになったのである。この客人にはアクアFが喜び
 
「(聖子)Fちゃん、一緒に寝ようね」
などと言っていた。実際、同居期間中は、聖子Fが龍虎Fと同じベッド、西湖Mが龍虎Mと同じベッドで寝ることにした。
 
西湖たちはこのマンションに以前にも来たことはあるのだが、泊まったりしたことは無かったので、あらためてこの部屋を見て
 
「ここ凄く広い」
と感心していた。
 

昨年制作した映画『ヒカルの碁〜棋聖降臨編』の続編『ヒカルの碁2〜プロ試験編』は制作されることが決定し、7月から作業が始まった。昨年の映画ではヒカルは院生のB組まで上がってプロ試験を迎えることになっていた。
 
A組なら直接本戦に出場できるのだが、B組(10名)の場合は外来予選通過者4名と一緒に14名で総当たりの予選をおこない、上位6名が本戦出場となる。
 
この予選の様子に関しては昨年郷愁村に作った日本棋院のセットで撮影を行う。コロナの折、出演者は(その日出番の無い人も)毎日検温して報告することになっている。またその日の出演者もスタッフも全員医師の診察を受けてから現場に入(い)れるという厳戒態勢で臨んでいる。
 
8月に入ってから、本戦の撮影が始まるが、これを本来は郷愁村に、囲碁研修センターのセットを建て、そこで撮影する予定だったが、映画制作スタッフはその建築を取りやめた。
 
そして本戦はネット碁方式でおこなうことを決めたのである。これは撮影が長時間になること、ヒカルの対局(13局)だけを撮影すればよかった予選と違って、本戦では上位陣の他の対局も合格者決定に関わりが出てくるため、撮影対局数が多くなることから、“三密”の発生が回避困難であるとして、ネット碁対局ということにしたのである。
 
この結果、ヒカルは毎日自宅のパソコンから対局に参加することになったし、今回のストーリーでの重要人物、椿俊郎も会社を辞めずに毎日ネットで他の受験者と対戦できることになった。
 
そもそもヒカルの碁が少年ジャンプで連載されていた当時と違って、現在なら普通の家庭に、普通にネットにつながるパソコンくらいあっても普通だし、プロ試験参加者にそれを条件として求めてもそう負荷ではない。
 
ネット碁の対局システムは、昨年のsaiのネット碁100人斬りの撮影に協力をしてくれたネット碁サーバーを運営している会社に協力を求め、この撮影のためのサブシステムを設置してもらった。
 

試験の途中の箸休めエピソードとして、奈瀬明日美(演:今井葉月)が、男の子にデートに誘われ付いて行くも、彼から「君が囲碁を打っている所を見てみたい」などと言われて碁会所に行き、そこで熟練の囲碁師を鮮やかにねじ伏せ
「私の格好いい所、見てもらえたかな?」
と振り向くと、彼氏の方は、ビビって逃げて行くところだったというストーリーが挿入されている。
 
強面の囲碁師を演じたのは、実際に囲碁二段の免状を持っている獄楽(サウザンズ)であるが、この対局は
「一度マジに勝負してみよう」
と監督が言って本当に両者マジの対局をしたら葉月の圧勝だったので、そのままマジの対局が映画に残ることになった。
 
「強ぇ〜、あんた五段か六段くらいの実力あると思うよ」
と獄楽は言っていた。
 
「葉月ちゃん、石の持ち方、打ち方もうまくなったね」
と中村監督が感心していた。
 
「はい、頑張りました」
と葉月も褒められて嬉しそうだった。
 
葉月は「お千代さんに稲荷寿司買って帰ろう」と思った。西湖のアバートに置かれていた“鏡”は現在アクアのマンションのNの部屋に置かせてもらっている。
 
 
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【夏の日の想い出・龍たちの讃歌】(2)