【夏の日の想い出・少女の秘密】(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2017-05-20
2017年1月9日(祝)。
アクアが主演する『時のどこかで』の新年最初の放送が行われたのだが、この日の放送内容は随分と議論を引き起こすことになる。
アクアの芳山和夫が未来に飛び、ケン・ソゴルの弟、ニノ・ソゴル(演:木田いなほ)と会う。するとニノは性転換手術を受ける予定だというのである。
「ニノちゃん、女の子になりたかったの?」
「別にそのつもりは無かったんだけどね。男の子の友だちから、僕の奥さんになってくれないかと言われて」
「へー」
「僕が女の子になったら、きっと可愛い奥さんになれるよとかおだてられて、まあそれもいいかなあと思って、婚約指輪受け取っちゃった」
とニノは言っている。
「うん。ニノちゃん、女の子になったら可愛くなると思うよ」
と和夫も言った。
やがてケンもやってくる。
「あれ?和夫もこっちに来てたの?」
などと言い、一緒に性転換手術をする病院まで行った。
「和夫の時代だと性転換手術って何時間も掛かって、凄く痛いし、手術の後で傷が治って体力回復するのにも何ヶ月もかかるけど、僕たちの時代には手術は30分くらいで痛みも大したことなくて、それも1〜2日で無くなるんだよ。何より15-16歳くらいまでに手術すれば、赤ちゃんも産めるようになるし」
とケンは言っている。
「前にも一度言ったけど、和夫こちらの時代で性転換手術受けて、僕のお嫁さんになる気とか無い?結婚した後は、和夫の時代で一緒に暮らしてもいいよ」
「それは勘弁して〜。僕、別に女の子にはなりたくないから」
と和夫は言う。
「性転換なんて、ちょっとおっぱい大きくして、おちんちん取って、女の子の形にするだけだし」
とケン。
「おっぱいはいいとして、おちんちん取りたくないよぉ」
と和夫が笑いながら言ったが、ニノがその時、複雑な表情をした。
この和夫の「おっぱいはいいとして」という発言に関して、ネットではやはりアクアはおっぱい大きくしたいのか?という意見が出ていた。どうも全体的にアクア本人と演じている役とは混同される傾向にあるようである。
ドラマの中ではやがてケンが仕事の関係で呼び出されて出て行く。「手術が始まるまでには戻ってくるから」と言って彼は出て行った。
ニノと和夫だけが残される。
和夫はベッドに横になっているニノに、その彼氏ってどんな人なの?などと訊いた。ニノは結構おのろけっぽいことを言っていた。
少しした時、看護婦さんが来て、血圧や体温などを測っていった。
「問題無いですね。それでは30分後に手術ですから」
と言って看護婦さんは部屋を出て行く。
その時、唐突にニノは言った。
「僕、おちんちん取るの、気が進まない」
「じゃ結婚やめる?」
と和夫が訊く。
「彼と結婚してもいい気はする。でもそのために女の子にはなるのっては、まだ迷いがある」
とニノ。
「男の子のままでは結婚できないの?」
「男同士、女同士でも結婚できるよ。でも、結婚する時に片方が性転換手術を受けて男女の結婚という形にするカップルが多いんだよ。子供作りたいから」
「ニノちゃんも子供産みたいの?」
「僕は子供は別に要らない気がする。彼のことは好きだし奥さんになっていいとは思っているけど、おちんちんが無くなるのって自分の心の中でイメージができないんだ」
「奥さんにはなっていいの?」
「うん」
「女の子にはなっていいの?」
「ちょっと微妙」
「おっぱいは大きくしてもいいの?」
「それは大きくしていいと思う」
「おちんちんが無くなるのは?」
「なんか嫌だ」
和夫はニノに言った。
「そういうの自分で気持ちの整理が付いてからにした方がいいと思う。今の段階ではまだ、おちんちん取るの嫌だと思うなら、取り敢えず今日は逃げちゃったら?」
ニノはその和夫のことばに、じっと彼を見ていた。
「逃げちゃおうかな・・・・」
「うん。今迷いがあるのなら、今日は手術すべきではないと思う。後悔するよ。あらためて彼とよく話し合ってさ。それでやはりおちんちん取って、おっぱい大きくして、女の子になって赤ちゃん産める身体になってもいいと思ったら、それから手術受ければいいよ。一度逃亡したら、ここの病院じゃ手術してくれないかも知れないけど、性転換手術してくれる病院ってここだけじゃないよね?」
と和夫は言う。
「うん。大きな病院なら、どこででもやってくれるよ。性転換手術なんて盲腸の手術の倍くらい行われているって言うもん」
とニノ。
「だったら、逃げちゃえばいい」
ニノはしばらく考えていた。
「そうする。僕、逃げる。やっぱり、ちんちん切られたくない」
それで木田いなほ演じるニノはベッドから出ると、病院のパジャマを脱いで普段着に着替える。その間、アクア演じる和夫はなぜか後ろを向いていた。
このシーンは
「男同士という設定なのに、なぜ後ろを向く必要がある?」
「いや、実はアクアといなほは女同士だから」
「女同士なら、やはり後ろを向く必要が無い」
などとネットで突っ込みが入っていた。
それで結局、ニノは身の回りのものをバッグに急いで詰めて、逃亡していった。
それを見送って、和夫も病室を出ようとしたのだが、そこに看護婦さんが3人入ってくる。さっきニノの血圧などを測定したのとは別の看護婦たちである。
「ソゴルさんですね?」
「え、いや、僕は・・・」
「もうすぐ手術ですので、麻酔を打ちます」
「ちょっと待って」
「心配しなくてもいいですよ。手術はすぐ終わりますから」
「いや、そうじゃなくて。僕違うんですよー」
と和夫は言うが、ふたりの看護婦に押さえつけられてしまう。そしてもう一人が腕をアルコール綿で拭く。
「直前になって怖がる人もいますけど、手術が終わったらみんな女の子になって良かったと言いますよ。それに性転換手術なんて死亡率はほぼゼロの安全な手術ですから。眠りから覚めたらもう君は立派な女の子だからね」
「いや、だから僕、患者じゃないって」
と和夫は言ったが、注射器の針が腕に刺される。そして画面はホワイトアウトしてしまった。
そして《つづく》の文字が表示された。
「ねぇ、これこのまま性転換手術されちゃう訳?」
「いや、手術までにケンが戻ると言っていた。そこで間違いに気付くと思う」
「そこはやはり遅刻しちゃうのがお約束じゃない?」
「あるいはケンは和夫に女の子になって欲しいから、気付いてもそのまま手術受けさせちゃうとか」
「その展開もありそうで恐い」
「でも和夫が性転換されちゃったらどうなる訳?」
「原作通り和子になるのでは?」
「じゃ次回からはセーラー服のアクア様が見られる?」
「ついでにアクア様本人も性転換しちゃうといいのに」
どうもネットの意見は、和夫がこのまま性転換手術をされてしまい、これ以降は女の子の和子としてセーラー服姿でアクアは登場するのではという半分は妄想のような方向に行ってしまったようであった。
龍虎は翌10日(火)、学校に出て行くと、みんなから質問攻めにあった。
「あれ、やはり和夫君、性転換されちゃうの?」
「そのあたりは秘密ということで」
「秘密ってことはやはり性転換されちゃうんだ?だって、性転換されないなら秘密にする必要ないよね?」
「その問題についてはこの後の放送を見てもらうということで」
と龍虎はひたすらみんなの質問から逃げた。
ところでローズ+リリーのカウントダウンライブで、落雷があったにも関わらずイベントを続行したことについて、このイベントの最高責任者である★★レコード松前会長は新聞記者の取材に対してこのように答えた。
現場は古い水族館が建っていた所で、その水族館を雷から守るための避雷針の鉄塔がまだ解体されずに残っていた。それで会場の範囲は守られると考えた。落雷した電柱は道路上にあり、この避雷針の保護範囲(仰角45度以上)の外側であった。気象台に問い合わせた所、落雷があったこと自体がその夜の気象条件ではレアな現象だと驚かれた。雷を発生させたと思われる雲も、上空の風が強いためかすぐ海上に移動してしまい、上空は快晴に近い状態で、更に落雷が発生する確率は低いと考えた。また、この時はアーティストが1曲歌っただけの状態であり、ここでイベントを中止すると発表すると、5万人の観客が騒いだりして、暗闇の中では危険が生じると判断した。それなら続行したほうが安全であると考えた。万一怪我人が出るような事態があったら腹を切る覚悟でいた。
また東北電力側の調査でこのようなことが分かった。
電柱には通常その電柱を雷から守るための保護用の「架空地線」が張ってあり、また数本の電柱に1個の割合で更に避雷器も設置されているが、落雷した電柱は避雷器の無い電柱であり、また老朽化のためか架空地線が無くなっていた。それで、落雷がトランスを直撃してしまった。
また当日は暗い中で、その電柱と隣の電柱との間の電線も使えるかどうか不明だったので、隣の電柱(避雷器あり)から長い引き込み線を引いてきて、新たに持ち込んだ配電盤につないで復旧したことを電力側は説明した。基本的には落雷の被害を避けられなかったのは、架空地線が無くなっていたことに気付かなかったこちらのミスなので、復旧に掛かった費用はむろん電力側で負担する。落雷した電柱は3日の壁撤去工事が終わったら、電柱そのものを撤去し、現場に新たな施設が建築される時にあらためて新しい避雷器付きの電柱を設置したい、ということであった。
防風壁の撤去に関しては、M市側が、この敷地でもしかしたら春頃に市独自のイベントを行うかも知れないので、良かったらそのまま設置したままにしておいてもらえないかと★★レコード側に打診してきた。
実際問題として★★レコードとしては、撤去工事に掛かる費用の方が、撤去したフェンスを売却(実はフェンス本体と吸音板を剥離しなければ売却できない。一応剥離しやすい接着の仕方はしていた)して得られる見込みの利益より遙かに大きいので、この壁に関する権利を放棄して市の要請に応じることにした。それで結局1月3日に行われるはずだった撤去工事は行われず、会場内に設置した誘導用のロープなどの撤去と清掃作業だけが行われた。その作業が終わった所で落雷した電柱と長い引き込み線は、いったん撤去された。
2017年1月14日(土)。
ローズ+リリー、KARION, XANFUS, ゴールデンシックス、そして§§グループの公式ホームページで『2017東日本大震災復興支援ライブ』の詳細が発表された。
今回は3月11-12日の2日間、宮城ハイパーアリーナ(キャパ7000人)である。
私も氷川さんから聞いて耳を疑ったのだが、この2日間、この大きな会場が空いていたのである。それで即押さえてもらった(予約金は私がサマーガールズ出版の口座からすぐに振り込んだ)。
日程はこのようにした。
3月11日(土) 10:00-12:00 アクア 13:00-17:00 白鳥リズム・姫路スピカ・高崎ひろか・西宮ネオン・品川ありさ・秋風コスモス・川崎ゆりこ・桜野みちる(30分ずつ8人)。
3月12日(日) 10:00-12:00 アクア 13:00-17:00 (Golden Six, XANFUS, KARION, Rose+Lily)
白鳥リズムはこういう大会場には初登場となる。
アクアのステージのチケットの競争率が物凄いことになるのが確実なのでアクアは2日間登場ということになった。彼のチケットに関しては11日と12日を合わせて14000枚で発売し、11日になるか12日になるかは、一応希望を書いてもらうものの、どちらになっても構わない人だけ申し込んで下さいということにした。
今回のイベントも昨年までと同様、売上金額全て(ソールドアウトすれば28000枚×8000円=2.24億円)を福島県・宮城県・岩手県に3等分して寄付する。掛かる費用(約4000万円)はサマーガールズ出版(私とマリの会社)、フェニックストライン(千里の会社)、§§ホールディングが2:1:1の比率で負担することにした。
最初はローズ+リリー, KARION, XANFUS, ゴールデンシックスの4者だけでやるつもりだったのだが、話を聞きつけたコスモスが「うちも1口載せて」と言ってきて、結構大規模なイベントになったのである。
なおチケットの販売は優秀な顔認証システムを持っている§§プロのファンクラブのシステムを通して売ることにした(他のアーティストのファンクラブ会員のデータを一時的にそちらに預ける)。
チケットは携帯電話またはスマホを使ったチケットレス方式である。会場の運営は地元のイベンターに(有料で)依頼するほか、例によってアクア以外のイベントでは運営・設営のボランティアを受け付ける。アクアのイベントでは警備会社にも頼んでプロの警備員も入れる。なお会場のレンタル料は宮城県側が特別に無料ライブのレンタル料で処理してくれた。また今回★★レコードは関わらないのだが、松前社長のTKRは社員のボランティアを出してくれることになった。これは実はひじょうに助かった。
またアーティストも伴奏者も全員ギャラ無し・交通費無し・手弁当なので、交通費とお弁当代に関しては、私とマリ、和泉、千里、コスモス、アクアの6人が個人的に他の人の分を出してあげることにした。
昨年はグッズの売り上げについて若干混乱したのだが、CDや写真集を含むグッズについては売上から(輸送費などの間接費まで含めた)原価を引いた粗利の半額を寄付するということを最初から公表した。昨年も実は最終的にそういう処理にさせてもらったのだが、半分程度は取っておかないと印税などの支払いができないという問題があった。
1月16日(月)、アクア主演の『時のどこかで』の新年になって2度目の放送があったのだが、ここでは前回、和夫がニノと間違えられて麻酔を打たれてしまった後、どうなったかということについては全く触れられないまま!新しい話が展開する。
一部のファンの期待?を裏切って和夫は普通に学生服姿である。
この日の和夫は、蘇我入鹿(そがのいるか)の兵に取り囲まれた山背大兄(やましろのおおえ)皇子とその一族たちの所にタイムスリップした。
「誰か僕に付いてくる?」
と声を掛けた時、いちばん地位の高い感じの女性が
「この子をお願いします」
と言って12-13歳くらいかな?という感じの女の子を和夫に託した。
和夫を彼女を案内して、夢殿に連れて行く。そしてそこに立っている観音様の裏の光背パカッと外してしまう。すると仏像の裏側は開いていて、そこに1人隠れられる感じである。
「ここに入りなさい」
「はい」
それで女の子がそこに隠れた後、和夫は光背を戻した。
和夫の姿がふっと消える。
激しい戦闘の様子が激しい音や鬨の声、女の悲鳴などで表現される。そして日が昇り、日が沈む。
静寂の中、足音がする。
「なんてむごいことを。女子供まで殺さなくてもよかったろうに」
という若い声がする。
「葛城(かつらぎ)皇子さま。山背(やましろ)さまがやられたということは、次はあなた様ですよ」
と少し年老いた男の声がする。
「鎌足(かまたり)よ。私は山背の轍は踏まんぞ」
と若い男。
「では・・・」
「入鹿(いるか)を倒すしかない」
その時、カタッという音がする。
「何者だ?」
と年老いた男の声。
「鎌足、その仏像の中に誰かいる」
と若い声。
それで鎌足が仏像を調べると、背中が取り外せることに気付く。外してみると中から出てきたのは12-13歳の女の子であった。
「そなたは馬屋王女(まやのひめみこ)か?」
と葛城皇子が声を挙げる。
「僕は王女(ひめみこ)なんかじゃない。厩戸皇子(うまやどのみこ)の皇子(みこ)の・・・・ヤマだぞ」
と少女は突っ張った表情で言った。
「威勢がいいな。気に入った。しかしそなたここに居たら、入鹿(いるか)の手の者に殺されるぞ。わが屋敷に来るが良い」
と葛城皇子は言った。
「本人はヤマと言っておりますが、少し変えて『オヤマのみこ』くらいでお呼びした方が、正体がばれにくいかと」
と中臣鎌足が進言する。
「そなたも今すぐ討たれては本望ではあるまい。入鹿はそなたにとっても私にとっても敵だ。ここはいったん引き上げて協力して入鹿を倒す算段をしないか?」
少女はしばらく葛城皇子を見ていたが
「いいよ。協力する」
と少女は言った。
それで鎌足が少女の髪を美豆良(みずら)に結って男のようにし、自分の着ている服を1枚彼女に羽織らせると、3人で静かに斑鳩寺から退去した。
《葛城皇子は現代では一般に中大兄皇子と呼ばれている。後の天智天皇である。そしてこの少女、オヤマのみこは、後の大海人皇子(おおあまのみこ)、つまり天武天皇である》
というテロップが流れ
「そんな馬鹿な!?」
という声が、ネットにはあふれた。
放送時間残り1分で和夫の学校生活が描かれる。現代国語の授業が終わり、何人かの生徒がトイレに行く。和夫は男子の友人たちに誘われ、彼らと話しながら、(男子)トイレに入った。他の子が小便器の所に立つが、和夫はひとり個室に行く。
「あれ?芳山、大か?」
という声に、和夫は
「いや、ちょっと」
と照れるような顔をして、個室に入った。
「あれ?芳山、1時間目の後も個室に入ってたぜ」
とひとりの男子が言う。
「腹でもこわしてんのかね〜?」
などという声が上がっていた。
そこで《つづく》の文字である。
この最後の意味ありげなエピソードに、ネットはかなり過剰に反応した。
「やはり、和夫は性転換されちゃったのでは?」
「チンコ無くなっちゃったから、個室でないとトイレができないんだよ」
「そもそもアクアはチンコ無いから、立って小便する演技できないよな?」
「もうおっぱいもあるのかね?」
「次回はやはり水着ネタか、身体測定ネタで」
「アクア自身、おっぱいがありそうだから、男子水着姿にはなれないはず」
「じゃスクール水着でも着るのか?」
「アクア様のスクール水着姿を見たーい!!」
という感じでそのあと書き込みはどんどんエスカレートして行ったのであった。そしてネット民の間では、和夫は性転換されてしまったというのが、ほとんど確定事項という感じの扱いであった。
龍虎は放送翌日、学校で再びみんなの質問攻めにあう。
が、しらを切り通す。
「ねえ、この後、この手の展開ではありがちな、トイレネタ、水着ネタ、身体測定ネタとかは?」
「そのあたりはまあ期待している人も多いだろうから、それなりに」
「おお、それは期待しよう!」
1月20日(金)。
アメリカのFMIから、"Rose+Lily Simple Single Collection 2008-2009"というCDが北米・オセアニア・ヨーロッパなど全世界で同時に発売された。収録されているのは下記の11曲である。
明るい水、ふたりの愛ランド、七色テントウ虫、その時、遙かな夢、甘い蜜、涙の影、せつなくて、長い道、雪の恋人たち、坂道。
英語タイトルはこのようにした。
Happy Water / AI-Island of You and Me / Rainbow-Colored Ladybird / The Time / Far Dreaming / Sweet Honey / Shadow through the Tears / I miss you / The Long Road / Lovers in Snow / Slope Street
歌詞は作詞者(一部はその遺族)の許可を取ってマリが英訳した。この許可を取る作業は風花にしてもらった。なお長い道は2008年にマリがロシア語原詩から“超訳”した日本語歌詞からの英訳だが、原曲は既に著作権が切れている(戦時加算3794日を足しても詩が1990年6月25日、曲が2009年3月16日で切れた)。
これらの曲は、美野里が弾くスタインウェイ・コンサートグランドのみの伴奏で私とマリが歌った「シンプルな」音作りをしている。実は『やまと』の制作と並行して、私と政子と美野里の3人(とサウンドプロデューサーの七星さん)だけで別途制作を進めていた。
録音に関しては『やまと』を主として有咲に見てもらったので、こちらは麻布先生ご自身の手で録音してもらっている。ダイナミックレンジが広い『やまと』は若い耳でなければ無理だが、こちらはピアノだけで伴奏したシンプルな音なので五十路間近(本人弁)の麻布先生の耳でも問題無いのである。先生もこういう音作りを楽しんでおられたようである。
『やまと』が色彩画とすれば、こちらは水墨画の世界だ。
発売元が★★レコードではなく、ローズ+リリーのアルバムの海外版発売元になっているFMIになったのは、★★レコードの思惑に左右されずに制作したかったからで、このあたりの道筋は、私と町添専務、FMI本社のアレクサンダー部長の三者会談(アレクサンダー氏がわざわざ東京まで来てくれた)で決められた。村上社長にも“過去のCDの海外版制作”ということで了承してもらっている。
FMIが発売元になるということで、FMI東京支社の井手さんという人がスタジオに頻繁に来てくれたものの、彼女は(上からのそういう指示で)制作自体にはほとんど口出しせず、主として七星さんや風花とおしゃべりしていた。
「でも井手さんのお名前も読めませんね」
「うん。今まで私の名前を一発で読んだ人は1人だけ」
と彼女は言う。
彼女の名前は『井手季節』なのである。
「そのまま“きせつ”さんとか、少し頭をひねって“しき”さんとか読まれることはあるんですけどね」
「“せぞん”と読むのは難易度が高すぎますよ。その一発で読んだ人を尊敬したい」
と私は言った。
彼女の海外用名刺は Saison Ide と書かれている。その名刺を見てフランス人とのハーフかと思う人もあるらしい。実際には黒髪ロングヘアの和風美人である。海外のセレモニーなどには振袖で出たりもすると言っていた。
彼女は外資系に勤めるだけあって、英語・フランス語・ドイツ語・スペイン語に韓国語・北京語・広東語と多数の言語を自在に操る。しばしば中国や韓国にも出張しているようである。彼女がマリと北京語などで話していると、こちらは何を話しているのか、さっぱり分からない!
なおこのCDは、海外発売ではあるが、CD自体を日本のArtemisでも買うことができるし、Artemis, gSongs など国際的な大手音源販売サイトからダウンロード版を買うこともできる。
Artemisは国内でもかなり売れると見て張り切って“逆輸入”してくれた。もっともArtemisが大量に注文したので、結局FMIは日本国内の工場でプレスしたものをそのままArtemisに納入して関税を節約した)、
実をいうと、このようなものを作ることにしたのは、千里と若葉の助言による。村上社長が★★レコードの社長に就任して、どう見ても同社が“冬の時代”に突入しそうなので、私たちとしても“生き残り戦略”をしておきたかったのである。この手のものを海外を拠点に売り出すのには、実はかなり複雑な手続きが必要なのだが、そのあたりは若葉の伯母が経営している商事会社の人に作業の大半を代行してもらっている。特に税金に関する処理は極めて煩雑であったようである(売買益と税務の処理を主目的としてサマーガールズ出版のロサンゼルス支店を設立した!)。
このCDについては、ローズ+リリーの公式ホームページに掲載して私が自分のツイッターに書いただけで、日本国内では全く宣伝らしき宣伝をしなかったのだが、発売後数日で口コミでこういうものが出たことが広まっていき、日本国内でも最初の一週間でAmazonで12万枚、ダウンロード版がAmazonとiTunesとで合わせて8万件ダウンロードされていた。国外では初動で40万件売れ、更に伸びる勢いで、特に代表曲とみなされた『雪の恋人たち』がアメリカやイギリスのチャートにランクインした。
日本国内でこれらの曲を聴いた人たちの感想の中で目立ったのが
「何だかホッとする」
「心を落ち着かせたい時に聴きたい」
といった意見だった。多数の楽器の音を使用したふつうのローズ+リリーの曲はどちらかというと心を鼓舞して頑張りたい時に効くけど、こちらは逆に心を鎮めたい時に効く。いわばオンとオフだといった意見もあった。
そして
「これの日本語歌唱版も欲しい!」
という意見も結構出ていた。
私はローズ+リリーの『やまと』の制作が落ち着いた所で、ずっと和泉たちを待たせていたKARIONの次期アルバムとシングルの制作に本格的に取りかかった。KARIONのシングルは6月に『ぼくの自転車』を出して以来止まっていたので、まずはそちらの作業を先行させる。
こちらは数年前に書いたまま、発表の機会を逸していた『エーゲ海の夕日』という美しい曲をタイトル曲にしようと和泉とは話し合っていた。カップリング曲としては、葵照子と醍醐春海に書いてもらった『青い滝の想い出』、そして広田純子・花畑恵三ペアに書いてもらった『ガラスの階段』を使って3曲構成である。6月の『ぼくの自転車』はシングルと称して事実上ミニアルバムだったので、普通のシングルは2015年7月の『魔法の鏡』以来になる。
これらの3曲は1月中旬にKARIONとトラベリングベルズ、それに穂津美まで入り、集中して渋谷のKスタジオで楽曲を演奏しながら調整。菊水さんの手で音源がまとめられた。政子は演奏には参加しないものの、放っておくと怖いので、できるだけ毎回私が同行して調整室に座らせておいた。運転の練習にと佐良さんと一緒に出かけた日、そして「ちょっと会いたい人がいるから」と言って出かけた日だけが別行動になった。会いたい人というのはおそらく、大林亮平君なんだろうなと私は想像した。
この時期、若葉はもうかなりお腹が大きくなっていた。予定日は3月11日で、その日に“ムーラン”をオープンさせる予定である。
若葉のお腹の中に居る子は人工授精で作った子だが、その精子提供者は紺野君といって、実は和実の高校の同窓生で、彼女の元思い人である。但しずっと和実の片思いで、交際したことはないと和実は言っていた。紺野君は実は恋人(というより事実上の婚約者)を2011年3月11日に震災の津波で失っている。若葉は紺野君との間に子供を作ろうということを決めた時、その子を3月11日に産めるように自分の生理周期をわざわざ調整してその38週前に人工授精を行ったのである。
「もしかして若葉、彼氏の恋人を若葉が産み直すつもり?」
と私は若葉に尋ねた。
「まさか。そんなことしたら、さすがの私でもその娘に嫉妬すると思う」
と若葉は言った。
「だから精液を遠心分離器に掛けて、軽い精子だけを選んで投入した」
と若葉は言う。
私は一瞬考えた。
「つまり男の子を産みたいんだ?」
X精子とY精子ではX精子の方が重いので遠心分離器に掛けると両者を分離して生まれる子供の性別を調整することができる。ただし確率は100%ではない。
「要するに性転換かな」
「えーっと・・・」
「前回は女の子だったから、今度は男の子にしたい。次はまた女の子がいいかな」
「若葉まだ子供産むつもり?」
「子供3人の家庭というのが、私の理想なのよね〜」
「でも結婚しないんでしょ?」
「私が結婚生活なんてできるわけない」
「まあ、そんな気はするね」
「紺野君との仲は順調?」
「ううん。別れたよ」
「なんで〜〜!?」
「だって私が男の子と長期間つきあえるわけない」
「うーん・・・・。認知は?」
「冬葉(かずは)同様、認知はしない。吉博は認知したいと言ったけど、心の中で自分の息子だと思っていてくれればいい。認知はしないでと言った」
「認知してもらえばいいのに」
「ただ出産の時はできたら立ち会いたいって。あと出生届けも自分が出してきたいと言ってるから、それくらいはいいよと言っている」
「へー」
出生届を出した人の名前は戸籍に記載される。実は若葉の第1子冬葉の出生届も遺伝子上の父である野村君が出している。若葉は認知は拒絶しておいて子供たちに自分の父親の名前自体は残してあげるつもりなのだろう。
若葉は運転手の西島さんを呼び出すと、私と一緒にムーランの“営業予定地のひとつ”に連れて行ってくれた。
「きれいにできたね〜」
と言いながら私たちは中に入った。
「まだ営業してないから、誰もいないけど、スタッフの練習用に若干の食材は置いているのよ。私が作ってあげるね」
と言って若葉は冷凍庫から材料を取り出すと、鍋に水を汲み、ボイルし始めた。
「だけど面白いこと考えたもんだよね」
「まあ冬とおしゃべりしていて思いついたんだけどね」
このレストランのコンセプトについて若葉と私が雑談していた時、若葉は場所を決めるのが面倒くさいから、どこか空き地に建てといて、開店当日にトレーラーで運んでいって、ポンと置こうかな、などと言った。
そういう訳でムーランというのは、実はトレーラー・レストランなのである。
若葉はムーラン用に都内に3つの“空き地”を確保した。そしてトレーラーハウスを3つ購入して、内部に3種類のインテリアを設定した。若葉曰く、“フランス風”、“中国風”、“日本風”である。
フランス風は実際にフランスから取り寄せた家具を配置し、窓なども洋風の物を使用している。中国風は中華系のコックとして採用した中国人の料理人さん(国籍は台湾だが日本生まれ)に監修してもらって、いかにも中華料理屋さんという雰囲気を出している。日本風は若葉自身の好みで調度を選択し、昭和40年代くらいの日本の山の手のお金持ちの家っぽい雰囲気を出している。このお店は畳敷きで靴を脱いであがって食事をする方式にしている。料理はちゃぶ台のような円卓に配膳する。
この3つのトレーラーショップの内装に掛けた費用はそれだけで1億円近い。テーブルや椅子もかなり良いものを使っている。また食器もフランス風の店はフランス製の食器、中国風の店は台湾産の食器、日本風については有田焼を使用している。スタッフの制服も、フランス風、中国風、日本風を設定した。
そして・・・この3つのトレーラーが日替わりで3つの空き地を移動するのである!
《ムーラン移動予定表》
日月火水木金土
A和*中洋和中洋
B中洋和中洋和*
C*中洋和中洋和
例えば中華のトレーラーショップは日曜はB、月曜はC、火曜はA、水曜はB、木曜はC、金曜はAと移動して、土曜日はお休みである。
なお各々の空き地には、10-20分程度で接続可能なデッキ、電気・水道・ガスの設備が用意されており、食材をストックできる“倉庫”や水洗式のトイレなどが建っている。このトイレが実はかなりゴージャスである。
3つのトレーラーショップが日替わりで別の場所で営業し、週に1回はお休みとなるが、そのお休みになったトレーラーショップでは「第4班」のスタッフが軽食メニューを提供する。つまり、ムーランが巡回する場所の近くに居る人から見ると、日替わりで別のお店が営業しているが年中無休で何かのお店はやっているように見える。第4班は土日月の3日間だけの勤務である。
料理スタッフについては、和洋中の各々専任で確実に週に1回は休める。しかしフロア係については“専任採用”の人、“場所採用”の人、“共通採用”の人があり、専任採用の人は和洋中および軽食のどれかだけに専任。場所採用の人はどのお店が来ていようと毎回同じ場所に行けば良い。そして共通採用の人は、どのショップに行くかを原則として3日前までにメールで知らせる仕組みにしている。(このシステムは和実が勤めていたエヴォンが運用しているメイドさん出勤場所指示システムを流用させてもらって淳が調整した)
なお第4班には“料理スタッフ”はおらず、予め素材が用意されているものをファミレス方式でスタッフが簡単な調理をするだけで提供するようになっている。メニューもハンバーガー、フライドチキン、スパゲティ、ラーメンなど簡易なものであるが、お昼時にはけっこうそれが需要があるのではと私たちは話し合っていた。
なお、このお店はやたらと費用を掛けて作っているし、都内にビルではなくわざわざ空き地の形で場所を確保しているものの、メニューの価格自体は(和実や千里などの感覚で)かなりリーズナブルになる予定である。当然採算は全く取れないと思われるが若葉は全く気にしない。
「私の道楽だから赤字は全部私が個人的に補填する」
などと言っている。
いったいどういう貸借対照表・損益計算書になるのか、話を聞いた会計士さんが悩んでいたようである。
やがて若葉の「調理」が終わり、若葉と私と、車内で休んでいた西島さんも呼んで一緒にスパゲティ・カルボナーラとハンバーグのセットを頂く。
「これ凄く美味しい」
と私は言った。
「この食材自体は、餅は餅屋と思って、ファミレスチェーンのブルーフィンに委託して作ってもらっているけど、最高級の素材を使うことを要求しているから」
「うん。ブルーフィンのよりずっと美味しい」
「ブルーフィンのお店でもこれをスペシャルメニューとして出せないかという打診があったんだけど、こちらで出すお値段聞いて絶句してやめたみたい。このハンバーグも最初はライスとサラダのセットで580円にするつもりだったんだけど、その値段で出されるうちが困ると言われたから妥協して680円にした」
などと若葉は言っている。
「この味のハンバーグは1500円で出してもいいと思う」
と私が言うと、西島さんも頷いている。
西島さんはもう山吹家に30年近く務めている。家庭内に他人を入れることを嫌って家政婦や執事などを置いていない山吹家に、雇われている数少ない使用人のひとりであり、若葉にとってはお父さん感覚に近い人なので、控えめながら感想を表明しているようである。
「でもランチで1500円は出せないでしょ?」
と若葉は言う。
「まあ庶民はそうだね」
と私。
「680円でも高いと思うんだけどね」
「若葉にしては意外に庶民感覚の発言だ」
「それにこれ材料費は300円くらいしか、かかってないんだよ」
「通常は材料費は販売価格の1割くらいに抑えないと採算取れないんだけどね」
「うん。採算取ることは最初から考えてないから」
1月23日(月)放送の『時のどこかで』は、最初に今日取り上げる事件の背景がセーラー服姿!のアクアによって説明された。この「アクア様がセーラー服を着てる!」というツイートで、視聴率が跳ね上がった。
「時は鎌倉時代の後半、元寇が起きる少し前くらいの時期です。後嵯峨天皇には久仁親王、恒仁親王という2人の皇子がおりました。天皇は最初当時4歳だった久仁親王こと後深草天皇に譲位しますが、この天皇が20歳になると、当時12歳の弟・恒仁親王こと亀山天皇に譲位させます。そしてこの後、後深草天皇の子孫である持明院統と、亀山天皇の子孫である大覚寺統の皇子が交互に皇位につくということが行われるようになり、これが後に南北朝の起源となったのです」
とアクアはまず大きな流れをこの付近の天皇の系図付きで解説する。
後嵯峨天皇
┃
┏━━━━╋━━━━━┓
宗尊親王 後深草天皇 亀山天皇
(鎌倉6代 ┃ ┃
┃将軍)伏見天皇 後宇多天皇
惟康親王(持明院統)(大覚寺統)
後の北朝 後の南朝
「時はその兄の後深草天皇の皇子である伏見天皇の時代。正応3年3月9日。西暦では1290年になります。元寇は文永の役が“ひとり船酔い”1274年、弘安の役が“敗走”1281年で、ちょうど元寇が終わった直後の頃のことです。この夜、天皇のお住まいに、数名の武士が突然乱入してきました。乱入した男は、近くに居た女嬬(めのわらわ)を捕まえると、天皇はどこにいるかと訊きました。それで、この女嬬が機転を利かせて嘘を教えたので、武士たちがそちらに行った隙に彼女は急を報せ、天皇は三種神器(さんしゅのじんぎ)と、皇室の宝である琵琶の玄象・和琴(わごん)の鈴鹿を持ち、女装で御所を脱出。難を逃れたのです。乱入した武士たちは天皇を発見できずに自害したため、事件の真相はうやむやになりましたが、亀山上皇の手の者が起こした事件ではと、随分噂されました」
とアクアが解説した所で、和夫の級友・神谷真理子役の元原マミちゃん(昨年度の狙われた学園ではヒロインの楠本和美を演じた)が出てくる。アクアと同じセーラー服を着ている。
「やっほー、和夫。どうしたの?セーラー服着て」
「よく分からないけど、これ着て、これ着てと言って着せられちゃったんだけど」
「ねね、最近クラスでは和夫は実は女の子なのでは?という噂があるんだけど」
「え〜?僕は男の子だけど」
「ね、胸触っていい?」
「なんで〜?」
とアクアは言ったものの、元原マミはアクアの胸の所を触ってしまう。
「やはり思った通り。重大な秘密を知ってしまった」
と元原マミは発言した。
場面は切り替わって、本編が始まるが、和夫はふつうに学生服を着ている。しかし「次の時間は体育」ということになって、男女に分かれて更衣室に入る。当然和夫は男子更衣室に入る。それで着替えていたら、近くでふざけあっていた子が体勢を崩して和夫に倒れかかった。手でちょうど和夫の身体にぶつかった。
「あ、ごめん!」
と彼は言ったのだが、次の瞬間、とても変な顔をした。
和夫は「平気平気」と言って、体操服を着ると出て行く。和夫に倒れかかった男の子が悩んでいるので、別の子が「どうした?」声を掛ける。すると彼は「胸が・・・・」と言って、和夫の身体に触ってしまった手を眺めるようにしていた。
物語は進行して、学校からの帰り、和夫、吾朗、一彦(ケン・ソゴル)、それに真理子の4人が歩いている所にボールが飛んでくる。野球部の子が打った場外ホームランのようである。そしてそのボールが飛んできたのを見た和夫の姿がふっと消えてしまう。
「ああ、またどこかに飛んでいったみたいだ」
と吾朗。
「今日はどこに行ったんだろうね?」
と真理子。
吾朗が転々ところがっているボールを掴むと、取りに来た野球部員に投げ返し、3人は平然として普段通りおしゃべりしながら帰って行った。
一方タイムスリップした和夫はどこかの大きなお屋敷のような所に居る。そして自分の着ている服を見て「何これ〜?」と言った。アクアは袿(うちき)に裳(も:スカート)を着けた平安時代の女性貴族の格好である。
これを見たアクアの女性ファンたちが「きゃー!アクア様可愛い!!」とツイートする。
物語の方では和夫はそのお屋敷をしばらく歩き回る。やがて廊下に女性が2人、侍っている部屋に辿り着く。
「あなたは誰ですか?」
とひとりの女性に尋ねられる。
「すみません。迷ってしまって。私、芳山と申します」
と和夫は答える。
「最近入った子? 芳山と言ったら少納言の所の娘か?ここは帝(みかど)の寝所ですよ」
「申し訳ありません!すぐ下がります」
と言って和夫は下がろうとしたのだが、その時、部屋の中で何か声がした。
「あ、ちょっと待ちなさい」
と和夫は呼び止められる。
そして容器を渡され
「水を汲んで持ってくるように」
と言われた。
「はい、ただいま」
と言って、和夫はその容器を持って下がった。
「水はどこで汲むのかな?」
などと独り言を言いながら廊下を歩いていたら、血相を変えた武士が3人庭から上がって来る。和夫に刀を突きつける。
「ひぃ!」
と言って、和夫は腰を抜かしたように座り込む。水を汲む容器が落ちて庭に転がっていった。
「帝(みかど)はどこに居る?言わねば斬る」
と武士は言った。
和夫の心の声が『教えてはいけない』とつぶやく。それで和夫は自分が今来た方向とは逆を示し
「あちらにおられます。今、水をお持ちする所でした」
と言った。
「よし、行くぞ!」
と武士は他の2人に言い、3人は和夫が指し示した方角に駆けていった。
和夫はその行方を見送ると、すぐに立ち上がり、走ってさっきの部屋の所に戻る。
「何事です?走るとは、はしたない!」
と帝の部屋の前で番をしていた女性が叱るように言う。
「大変です。賊が侵入して、帝を捜しています。刀を突きつけられて帝の場所を教えろと言われたので反対方向を教えました」
と和夫。
「何と!」
それで番をしていた女性2人が襖を開けると中に入り
「申し上げます!」
と言って、中にいた帝に急を告げた。
帝役は大林亮平である。今回の『時のどこかで』TV版では3度目の登場になる。
「なんと。賊はどのくらい居る?」
と和夫に直接訊く。
「わたくしが見たのは3人ですが、もしかしたら他にもいるかも知れません」
と和夫は答える。
「上様、脱出なさった方がよろしいかと」
と帝のそばに付き添っていた女性が言う。同衾していたのだろう。
「分かった。しかし三種の神器は持っていかねばならぬ。供を致せ」
と帝はその女性に言った。
「おまえたちも付いてきなさい」
とその女性は番をしていた2人と和夫に言った。
「はい!女御様」
と番をしていた女性のリーダー格の方が答えた。
「上様、女ばかりの後宮で男の服を着た人がいたら、帝とすぐに分かります。ここは女の服を着られたほうがよいかも」
と女御が言う。
「分かった。誰か服を貸せ」
「私の服をお使い下さい」
と言って、リーダー格の女性が服を脱ぐ。
「私が代わりに帝の服を着てこちらに居ります」
「分かった。頼む」
「命婦、後は頼む」
「畏まりました」
それで帝とその女性が服を交換する。女御が帝の髻(もとどり)を結んでいる紐を切り、長い髪をそのまま垂らす。この当時の男性は江戸時代の武士のように月代を剃ったりしないので、紐を切って垂らすと女性の髪型と区別がつかない。
それで女の服を着ると、大林が元々美青年だけあって、充分女に見える。
「行くぞ」
と言って、帝と女御、番をしていた命婦と呼ばれた女性、そして和夫の4人で移動する。神殿に行き、三種の神器を取り出して、剣と鏡は帝自身が持ち、勾玉は女御が持った。そして宝物の納められた部屋に移動して、命婦に琵琶を預け、和夫に和琴を持たせた。
そこからいちばん近い門に向かい、女御が警護の者に声を掛けて外に出た。
「**殿のお屋敷に参りましょう。ここから近いですし、あの方なら信用できます」
「そうだな。あそこなら大丈夫だろう」
それで夜中の都を4人で急いで歩いて、そちらの屋敷に避難した。
KARIONの方は、シングルの制作が終わったら、すぐにアルバムの制作に進んだ。こちらのタイトルは仮題で『少女探偵団』である。これは江戸川乱歩の少年探偵シリーズへのオマージュで、タイトルも少年探偵シリーズのタイトルを強く意識したものが多く含まれている。
『恋愛二十面相』(怪人二十面相)
『少女探偵隊』(少年探偵団)
『青銅の愛人』(青銅の魔人)
『大安吉日』(大暗室)
『黒と鹿毛』(黒蜥蜴)
『盗人神様』
『アクア人魚』(悪魔人形)(葵照子+醍醐春海)
『天神絵馬』(電人M)(葵照子+醍醐春海)
『夢中快調』(宇宙怪人)(岡崎天音+大宮万葉)
『ハート泥棒』(広田純子+花畑恵三)
『秘密の洞窟』(櫛紀香+黒木信司)
『愛の予告状』(樟南)
(作詞作曲者を書いていないものは森之和泉+水沢歌月)
このアルバムのコンセプトは和泉が夏から秋にかけてあちこち旅していた時、高山市で『盗人神様』を見たことから始まる。私も高山は故郷のようなものなのでここは知っていた。以前、和久俊三の『赤かぶ検事』でも出てきたことがある。「盗る」ことに加護をしてくれる神様である。神社にはこのような額が掛けられている。
1.商人は客をトリ、職人は技をトル
1.勝負は先手をトリ、最後には勝をトル
1.選挙には票をトリ、政治では天下をトル
1.試験では点をトリ、人生の夢をトル
1.女は恋をトリ、男は仕事をトル
1.農業は大収穫をトリ、漁業は大獲物をトル
1.芸術家は賞をトリ、スポーツマンは栄冠をトル
1.若者は嫁をトリ、一人娘は婿をトル
和泉が書いた詩は女の子3人で1人の男の子を取り合うストーリーになっている。私が付けた曲は軽快なポップロックである。これをトラベリングベルズの標準構成に風花のフルートを加えた編成で演奏し、KARION4人の歌を乗せた。
この曲は2016年8月に収録している。
PVでは、小風が男の子役をしたいと言ったのでやらせて、和泉・美空・蘭子の3人がその子を追いかける設定にしている。和泉はアルセーヌ・ルパン風、美空は鼠小僧風、私はキャッツアイ風の衣装である。
「まあキャッツアイの衣装を着られるのは蘭子しかいなかったね」
などと小風は言っていた。
「みーちゃんはかなりやばいし、いっちゃんも最近・・・・」
と言いかけた所で、和泉のパンチが入った!
またPVには高山市の盗人神様(加茂神社)の許可を得て、境内の様子なども撮影して取り込んでいる。
先行して制作したもうひとつの作品が櫛紀香さんから頂いた『秘密の洞窟』だが、これは怪人二十面相がテーマと聞いた櫛さんが
「あ、だったら洞窟とか出してくるといいですよね?」
と言って書いてくれた。少年探偵シリーズでは、洞窟とか洋館とかはよくある道具立てである。
実は櫛さんは田村市内にある“入水(いりみず)鍾乳洞”という所のガイドをしている。
田村市の鍾乳洞というと“あぶくま洞”というのが有名で、こちらはファミリーでも安心して楽しめる鍾乳洞である。ところがその近くにもうひとつ“入水鍾乳洞”というのがあり、マニアに愛されている。
この鍾乳洞の特徴はその観覧コースの大半を水に浸かりながら歩かなければならないことにある。水温は夏でも10度くらいで、当然ずぶ濡れになるしかなり冷たい。ここを観覧するための装備として櫛さんから指定されたものはこのようであった。
・濡れてもよい服装(ジーンズなどは濡れて足が動かなくなるので危険)と着換え。半ズボンの人が多い。足を露出するなら膝のプロテクターも。なお洞の入口の所に更衣室もある。
・ヘッドライトと予備に防水性のある懐中電灯(入口でロウソクも買えるが、火が消えてしまうとどうにもならない)
・毛糸の帽子(狭いので頭をぶつける)
・バックストラップの付いたサンダル(靴は砂が中に入る。バックストラップが無いと脱げてしまう)
といったものである。洞窟は第1洞600mと第2洞300mの合計900mで、第1洞は更にA,Bと2つのコースに分かれており、第2洞はCコースと呼ばれる。ここで、第1洞のAは服を濡らさずに行ける部分。Bは水に浸かりながら行く部分で、途中2ヶ所四つん這いで通らなければならない部分がある。全身濡れるのでカメラを持っていきたい人は密閉できるビニール袋などに入れて持ち込む必要がある。その四つん這いになる部分が狭いのでリュックや大型のウェストポーチはその部分は外して抱えて通る必要がある。
そして第2洞Cコースはガイド付きでなければ入洞禁止のエリアで、この部分は3-11月の土日および夏休み期間中だけ公開されている(*1)。真冬に水の中を行くのは無茶である。櫛紀香さんは、このC洞窟のガイドをしているのである。
(*1)増水などで入洞禁止になることもあるので、行きたい人は直前に照会すること。なおCコースは予約が必要である。なお交通機関は自家用車かタクシーになる。まじで“ケイビング”になるので、体力の無い人はやめておいた方がいい。
歌詞を書いて送ってきてくれた時にそういう話を聞いたので、私たちは実際にその洞窟に行ってみることにした。夏休み期間中はCコースまで入る人が毎日7-8組あるということだったので、シーズンを避けて9月に入ってから、実際には上旬に沖縄まで行って来た後、予約を入れて行ってきた。
KARIONの4人と黒木さんとで、櫛紀香さんの案内でC洞窟の最後まで往復して来たが、ほんとに凄い所だった。
私たちにはバックストラップ付きのサンダルでと言っておいて、櫛さん自身はふつうのサンダルである。それを言うと「慣れですよ」と言っていた。
「紀香さん、すね毛がすごい」
などと美空が言う。
「男だから、すね毛くらいありますよ〜」
と櫛さんは笑う。
「剃らないんですか?」
「別に剃る必要はないと思うけど」
「スカート穿く時は剃った方がいいですよ」
「スカート穿かないし」
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【夏の日の想い出・少女の秘密】(1)