【夏の日の想い出・少女の秘密】(4)
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(C)Eriko Kawaguchi 2017-06-02
3月12日朝。仙台市内のホテルで私は“政子に”起こされた。
「冬、会場に行こう」
「何時〜?」
と言って時計を見ると、まだ5時である。
「さすがにまだ早い。アクアのステージは8時半開場10時開演だよ」
昨日も政子は朝早く起きて、私が忙しそうにしていたので結局ボランティアのスタッフで来てくれている仁恵を呼び出し7時頃、会場に入り、アクアのステージを見てきたようである。普通の人はアクアのステージは2日間の内どちらかしか見られないのだが、主催者の特権だ。
「じゃ朝御飯食べに行こう」
「まだレストランやってないよ」
「じゃコンビニで何か買ってくる」
「はいはい」
それで結局私は起きて着換え、一緒にコンビニまで行って、お弁当を3つとお茶を買ってきた。むろん政子が2つ食べる!
それで政子は結局今日も仁恵を呼び出して、6時半頃、一緒に会場に移動した。私はその後、少し仮眠させてもらった。
私は結局10時頃準備をしてホテルを出、会場に向かった。控室でみんなと合流する。
「あれ?マリちゃんと一緒じゃないの?」
とゴールデンシックスの花野子から訊かれる。
「アクアのステージ見てるんだよ」
「なるほどー!」
「ファンクラブ会員番号2番さんだから」
「熱心だね〜」
と花野子が言うが
「アクアを性転換させようというのにも熱心だよね?」
と梨乃から言われる。
「そうそう。取り敢えず去勢しようよ、とかなり言っている」
「ああ」
「でもあれみんなから去勢しちゃおうよと言われているから、ついその気になって、やっちゃう可能性は?」
「ありそうで怖い」
「そういや、アクアちゃんはどこの高校に行くの?」
と今日はゴールデンシックスのメンバーとして来ている長尾泰華が訊く。
今日のゴールデンシックスは、南国花野子(KB) 矢嶋梨乃(Gt1) 桂木織絵(Gt2) 黒井由妃(Dr) 長尾泰華(Vn) 村山千里(B) というメンツである。要するにXANFUSから2名ヘルプに入っている。
「どうせすぐバレるだろうから言うけど、東京北区のC学園高校芸術科」
と私は答えた。
実はこれまでは『普通科芸術コース』だったのだが、ここだけ共学にするので《技術的問題》で普通科から独立させ『芸術科』という形にすることになったのである。
「嘘!? あそこ女子校じゃないの?」
と音羽。
「アクア、女子高生になるの?」
と光帆。光帆は何だか目がきらきらと輝いている。彼女も“去勢推進派”である。
「普通科は女子のみなんだけど、芸術科に限っては今年から男子を最大3人まで受け入れることになったらしい。その3人の1人」
「へー!」
と多くの子が言うが
「なーんだ!」
と一部の子が言っている。
「せっかくC学園に入るなら、女子制服着て、女子高生になればいいのに」
と光帆。
「女子制服には興味持っていたみたいだけどね」
「ああ」
「中学の時はけっこうあの子、セーラー服着てたでしょ?」
と音羽が言う。
「唆されてとか、騙されてとか、言ってたけど、まあ本人は喜んで着てたよね」
「きっと高校でも女子制服をたくさん着そうだ」
「女子制服を着てもいいですよ、とは言われたらしい」
「学校の許可があるなら、間違い無く着るだろうな」
今日のアクアのステージも物凄い興奮度だったようである。今日も興奮しすぎで倒れたり退場させられたファンが何人も出ている。
「ここまで熱狂された男性アイドルは多分光GENJI以来じゃなかろうか」
などと、こちらにちょっと顔を出した松前社長が言っていた。
「それ20年くらい前ですかね?」
「そうそう。その光GENJIはたぶんスーパーアイドルと言われた郷ひろみ以来」
「やはり20年に1度の男の子アイドル?」
「まあアクアは男の娘疑惑もあるけどね」
と小風が言う。
「中性的魅力の美少年アイドルとしては城みちるなんてのもいたね」
と松前さん。
「クジラに乗った少年でしたっけ?」
「イルカに乗った少年!」
「あれれ!?」
アクアのステージが終わってから僅か15分ほどで観客を退場させる。このあたりはイベンター推薦の選抜チームが会場係をしているので、そつが無く、うまく誘導して混乱しないようにしている。なおグッズを買いたい人は、サブアリーナの方に誘導してそちらで、ゆっくりと見てもらうようにナビゲートしている。このサブアリーナは入場券のQRコードを携帯またはスマホで提示できる人のみが入場できる(午後のイベントのチケットででも入ってアクアのグッズを買えるがそこまではうるさく言わない)。
場内の清掃をする傍らトイレなどに籠もっている客がいないことを確認(この辺りの手順も選抜チームは、手際が良い)の上、12:20に午後のライブの開場をした。こちらも満員である。チケットは実際問題として30分で売り切れている(アクアのライブは抽選で倍率20倍であった)。顔認証しながら入場させるが、ほとんどトラブルは無かった。
今日のライブのスケジュールは13:00 Golden Six 14:00 KARION 15:00 XANFUS 16:00 Rose+Lily となっている。KARIONとRose+Lilyの間にXANFUSを入れるのは私の体力都合である!
13:55にゴールデンシックスの演奏が終了し、5分間で大急ぎで機材の入れ替えが行われる。
14:00。KARIONとトラベリングベルズのメンバーが出て行く。今日のサポートはグロッケンがスターキッズの月丘、ヴァイオリンが長尾泰華、キーボードが千里である。泰華と千里はゴールデンシックスと続けて2時間の演奏になるが、ふたりとも「平気、平気」と言ってやってくれた。
千里はレッドインパルスがプレイオフの決勝まで勝ち残ったら来られないと言っていたのだが、今年は準々決勝で敗れてしまったので、時間が取れたと言って来てくれた。千里が使えない場合は、昨日歌った川崎ゆりこに頼めないか打診していた。ゆりこは「社長の方がキーボードは上手いですよ」と言っていたが、さすがに多忙なコスモスに伴奏をお願いする訳にはいかない。コスモスは今日もアクアのステージがあったので会場に来ているのだが、なにやら忙しそうであった。
この日のKARIONのステージでは前半は先日発売した『エーゲ海の夕日』の中の曲と、制作中のアルバムから『青銅の愛人』『アクア人魚』を演奏した。後半は過去の曲の中から『アメノウズメ』『海を渡りて君の元へ』『魔法の鏡』、『雪うさぎたち』『Crystal Tunes』と演奏して14:54くらいにステージを終えた。
KARIONのステージが終わった後は、汗を掻いた服を着替えてから仮眠させてもらう。30分ほど寝てから起きて、政子・風花とスターキッズを入れて打合せをする。
15:55。XANFUSの演奏が終わり、急いで機材の入れ替えをする。16:00。最初にスターキッズが出て行き、その後私とマリが出て行く。いつものように私は赤いドレス、マリは白いドレスである。昨年は高校の制服など使ったりしたのだが、今年は全費用を最初から出演者自身で負担しているのと、★★レコードが絡んでいないので過去のライブで使用した衣装を使わない限り権利上の問題が生じないため、実はしまむら!で買ってきた服を使用している。
そのことを冒頭のMCで言うと、会場に笑いが起きていた。
「マリちゃんのドレスが1480円、私のが1280円だったね」
「こんなに安い衣装を着たのは有料イベントでは多分初めてだよね」
「うん。メジャーデビュー前に、デパートの屋上とかでやってた時以来かもね」
最初は千里の龍笛をフィーチャーして『夜ノ始まり』を演奏する。ギャラを払えないという制約があり、限られた人数で演奏しなければならないので今日はストリングセクションを省略し、ヴァイオリンソロは私自身が入れ、風花にピアノを弾いてもらった(この曲では月丘さんはマリンバを弾く)。
結局千里は今日4時間の内3時間稼働である。しかし千里は「バスケでは40分走り回るから、それに比べたら楽」と言っていた。
私はXANFUSの演奏中仮眠を取っていたが、千里はずっとアクアとおしゃべりしていたらしいので本当に凄い体力である。
次に演奏した『灯海』も元のアレンジは多彩な楽器を使用しているのだが、今日は風花のフルートと千里の龍笛以外はスターキッズ・アコスティックバージョンの標準構成である。それから千里と風花も下がってスターキッズのみで『雪虫』を演奏した後、そのままの構成で『神様お願い』を演奏した。
ここは追悼の歌が2つ続いた感じである。もっとも『神様お願い』は実は追悼の歌ではなく、危篤状態になった沖縄の麻美さんの回復を祈って作った歌である。彼女はあの時、向こうに行ってしまいたい気がしたけど、ローズ+リリーの歌が聞こえたので、そちらに戻ったと言っていた。
この後、トラベリングベルズの児玉さんにトランペットを吹いてもらい、また風花にピアノを弾いてもらって『あけぼの』を演奏した。
前半を終えた所で、長めのMCをする。この間にスターキッズは楽器を電気楽器に持ち替えてチューニングの確認などもしている。マリは午前中にアクアのステージを見て凄く興奮したことを楽しそうに語っていた。
「アクアの声って完璧にソプラノなんだよね〜。あの高さの声が出るのは実際女性のソプラノ歌手でも、かなりレアらしいです。実は音域の最高音はケイの実声の最高音より高いんだよね。やはりあの声の高さが失われないように、アクアは早急に去勢すべきだと思うけどなあ」
とマリが言うと、何だか物凄い拍手が起きていた!
アクア本人は、ステージが終わった後、影武者を務める西湖(今井葉月)がアクアと同じ衣装を着て、鱒渕さんの運転する車で会場を脱出したのを見送り、実は会場の(女性用!)控え室で、小風・マリ・光帆・梨乃などとおしゃべりしながらモニターで午後のステージを見ていた。ローズ+リリーのライブ中も、小風たちと一緒に観覧していたらしいのだが、このマリの発言と観客の反応に
「やはりアクアちゃん、高校入学前に去勢しない?黙ってれば分からないじゃん。どうしても必要ならダミーのシリコンボールを入れておいてもいいしさ。そういうの、こっそり手術してくれるお医者さん、紹介できるよ」
と光帆から言われて
「そんなこと言われても困っちゃう」
などと言っていたらしい。
ちなみに例によってアクアが女性用控え室にいてもみんな気にせず着替えたりしているし、アクアはそういうのを見ても何も感じない。
「困っちゃうというのは、ご両親から去勢の許可が出ないということか、契約上去勢が禁止されているのか、それとも、実はもう去勢済みということか」
などと由妃から突っ込みが入る。
「両親は去勢してもいいよとは言ってるし、契約上も禁止する条項は入ってないけど、ぼくが去勢したくないです」
とアクア。
「両親はいいと言ってるんだ!?」
「いや、ふつう去勢するななんてことまで契約書には書かないでしょ」
「性転換は30歳まで禁止と契約書に書かれています」
「ほほぉ!」
「そういう契約書は珍しい」
「でもアクア自身はいづれ女の子になりたいんだよね?30歳すぎてから手術するの?」
「別に女の子になりたくないですー」
と本人は言っているが、どうもそういうことを言われて嬉しがっている雰囲気がある。
「そういえばアクアちゃんって、ヒゲが伸びている所見たことないけど、やはりヒゲは抜いてるの?」
と音羽が何気なく訊いた。
「ヒゲですか? 処理したことがないので分かりません」
とアクアは答えた。
「ん?」
と言って数人が視線のやりとりをする。
「ねぇ、アクアちゃん、今もスカート穿いているけど、すね毛ないよね?」
と黒羽が言った。
アクアがスカートを穿いているのは、いつものことなので、誰もそのことを意識していなかった。
「すね毛って、どこの毛でしたっけ?」
「えっと、足に生えてくる毛をすね毛というのだが」
「足に毛が生えるんですか?」
「ん〜〜!?」
と何人かが声を出す。
「アクアちゃん、髪は美容室?」
「はい。月に1回くらい、近所の美容室で切ってもらっています」
みんな「だよね〜」という顔をしている。
「今のおうちに住むようになった小学1年生の12月以降、いつもそこで切ってもらっているんですよ」
アクアの小さい頃の事情を知っている花野子・梨乃は頷いていたが、他のメンツはその時期に引っ越したのかな、くらいに思った雰囲気はあった。
「その時に顔を剃ってもらったりする?」
「はい。うぶ毛剃っておかないと、メイクするのに邪魔だもんね〜といって、デビュー以来剃ってもらってます」
「うぶ毛だけ?」
「ぼくのうぶ毛って、細いし薄いから、メイクするんじゃなかったら剃る必要も無いけどね〜とか言われますよ」
「うーん・・・・」
と言って、みんな顔を見合わせた。
「だけど埼玉の中学から東京の高校に入ったら、友だち居なくて寂しかったりしない?」
と梨乃が訊くと
「松梨詩恩ちゃんが同期になるんです。向こうは普通科だけど」
「おお!」
「詩恩ちゃんとは割と仲良いんですよねー。ツイッターでもフォローしあっているし」
「そういえばアクアちゃんと詩恩ちゃんと、春野キエちゃんとスリーショットなんてのもあったね」
「キエちゃんとも仲が良いですよ。キエちゃんだけ1つ下の学年なんですよね〜」
「アクアちゃんが女の子タレントと仲良くしててもファンは全然騒がないね」
「確かに確かに」
「アクアちゃんが男の子タレントと仲良くしている写真はあまり出たことがない」
「そういえばそうかなぁ。ぼくあまり男の子タレントさんとは話さないし」
などとアクアは言うが、
「なるほどねー」
という声があがっている。
「それと、ぼくがC学園に入ると聞いて、中学の友だちが2人、じゃ私も行くと言ってC学園を受けたんですよ。一般入試ですが」
「へー!」
「2人とも合格しました。しかも上位で合格したから校納金8割免除で」
「凄い」
「残りの2割は国の就学支援金でカバーされるから、実質無料なんですよ」
「いいね!」
「結果的には公立に行くのと変わらないし、C学園ってMARCHにはたくさん合格しているし早慶や国立にも結構入っているからレベルも結構あるしというので、親も通うの認めてくれたんです」
「修学旅行の積立金がちょっと高いくらい?」
「それもうちはOGからの寄付が割と大きいから、旅費の半額が同窓会から補助されるらしいんですよ。だからもしかしたらどうかした公立より安いかも。行き先は台湾・韓国・ベトナムの選択だし」
「そういう近場は結構安い気がする」
「姉妹校を訪問するんですよ。そちらの宿舎に泊めてもらうから宿泊費と食費も安くて。実質交通費だけなんですよね」
「北海道旅行より安かったりして」
「実際、北海道ツアーよりソウル・ツアーの方が安いよね?」
「希望者はイタリア・バチカンへの研修旅行にも参加できますが」
「それはお金のある人だけでいいな」
「でもその子たちも自宅からは通学できないよね?」
「寮に入ります。寮費は朝食・夕食付きで月1万円なんですよ」
「安い!」
「でもご飯の調理は自分たちで当番でするんです」
「おぉ!」
「そのあたりがやはりミッションだなあと思いましたけど」
「あれ?アクアちゃんはマンション暮らしになったら食事は?」
「自分で作りますよ〜。ぼくデビュー前はいつも夕食、自分で作っていたし。お父さんもお母さんも学校の先生で帰宅が遅くなるから、ぼくが3人分作っていたんですよ」
「えらーい!」
「小さい頃から料理は躾けられていたんですよね〜。料理くらいできないとお嫁さんに行けないよと言われて」
「・・・・・」
「どうかしました?」
「いや、何でもない!」
ローズ+リリーの後半のステージはリズミカルな曲を演奏していく。
まずは近藤・鷹野・月丘・酒向、4人だけの伴奏で『巫女巫女ファイト』を演奏した後、七星さんにフルート、千里にヴァイオリン、風花に篠笛を吹いてもらって『やまとなでしこ恋する乙女』を演奏する。
千里がプロのライブでヴァイオリンを披露したのは恐らく初めてである。実は彼女は「移弦しなければ」結構上手いのである。この日の演奏で千里はG線のみで演奏している。千里のヴァイオリンはインディーズ時代のゴールデンシックスや、その前身のDRKのCDにも結構入っている。
今日使用したヴァイオリンはマリ所有のYAMAHA Artida YVN500S(ストラディバリウス・モデルの「スーちゃん」)である。マリは「千里、私よりうまいじゃん!」と言っていたが、マリより下手な人にはさすがに伴奏させられない。
なおこの曲では、七星さんにヴァイオリンを弾いてもらって、風花がフルートを吹く手もあったのだが、千里が「スターキッズの正フルート奏者は七星さんなんだから、七星さんがフルートもサックスも吹かずに他の人がフルートを吹くというのはよくない」と言い、結果的に千里がヴァイオリンを引き受け、こういう担当になった。ちなみに風花はヴァイオリンは「かろうじてスケールが弾ける程度」である。
その後、今度は千里に龍笛を吹いてもらって『門出』を演奏する。本来は笙も欲しいのだが、今日は都合により無しである。なお、この曲は千里が書いた曲ではあるが、鴨乃清見の名前で書いているので、作曲者自身が演奏に参加していることは紹介しなかった。
「6年前の2011年3月11日は日本人にとって忘れられない日になってしまいました」
と私は語り始めた。
「その日、大船渡で被災したひとりの女子中学生がいました。彼女は地震そのものによる崖崩れでお父さんを失い、その後の津波でお母さん、お姉さん、お祖父さんとお祖母さんを失いました」
会場がざわめく。悲鳴もあがっている。
「それだけの不幸にあったにも関わらず彼女はその後むしろ震災のボランティアになり、得意の気功によるヒーリングで各地の避難所を回っては被災者の人達の心のケアをしてあげていました。当時、私もクォーツの人たちと一緒に避難所の慰問に回っていたのですが、2011年6月19日、ある避難所で彼女と遭遇し、私は彼女が被災者の人達をヒーリングしているのを見ました。私はその様子を見て『聖少女』という曲を書いたのですが、あまりにも感動して書いたので、うっかり曲の中に彼女の気功の波動が紛れ込んでしまいました」
「そこで私はこの曲のクレジットをマリ&ケイ&リーフとしました。彼女とはその後、多くの交流をするようになり、彼女が作曲能力も持っていることを実はマリが見い出しました。それで彼女が書いた曲は鈴鹿美里や槇原愛、スイートヴァニラズ、そして最近ではアクアにも提供されています。特に鈴鹿美里やアクアは作曲者本人と年齢が近いだけに等身大の歌になりやすいようです」
かなりのざわめきがある。
「それで震災にめげずに頑張っている彼女・大宮万葉さんを応援する意味で、彼女の最近の話題作の中から、アクアが歌った『エメラルドの太陽』をマリが歌いたいというので、歌ってもらうことにします」
と私が言うと、大きな拍手が起きた。
それで私はフルートを持った。フルートを吹きながら歌うことはできないので、この曲はマリだけが歌うことになる。なお、七星さんはサックス、千里がまたヴァイオリンを持った。
前奏に続き、マリが歌い出すが、少し歌った所で会場がざわめく。歌詞が違うからであろう。マリは青葉が“無難に”修正した歌詞ではなく、自分が最初に書いたオリジナル歌詞で歌っているのである。
進行係をしてくれている吉村さんが舞台袖でびっくりしているようだ。オリジナル歌詞で歌うというのは松前さんには歌詞を見せた上で了承を取っているので話は通っているはずなのだが、吉村さんはこんな凄い歌詞とは思わなかったかも知れない。
曲が終わり、会場がかなりざわめいている中で私は宣言する。
「それでは最後の曲です」
と言って私はステージに駆け上がってきた小風から渡されたお玉を振る。小風と美空は、私たちにお玉を渡すと自分たちもお玉を持って観客に向かって振っている。
「では行きます。『ピンザンティン』!」
観客の中にもお玉を振っている人がかなりある。
スターキッズの前奏に続いて一緒に歌い出す。小風と美空も私たちのそばにやってきて一緒に歌ってくれる。
「サラダを作ろう、ピンザンティン、素敵なサラダを」
「サラダを食べよう、ピンザンティン、美味しいサラダを」
大きな興奮の中で演奏終了し、私たちはいったん退場した。
アンコールの拍手が沸き起こる。1分ほど待つ。その間にマリがコーラを1本飲み干す。私も水で喉を潤す。スターキッズとローズ+リリーだけで出て行く。
「アンコールありがとうございます。最後に歌った人の特権ですね」
と私は言った。
大きな拍手がある。
「それでは東北復興を祈って『花は咲く』。皆さんもよかったら一緒に歌ってください」
と私が言うと
「わぁ!!」
という声とともに大きな拍手があった。
スターキッズの伴奏が始まると、舞台袖から今日の出演者が歌唱者も伴奏者もみんな出てくる。出てこなかったのは、既に会場を離れていることになっているアクアだけである。アクアのそばには、やっと様々な雑務が片付いたと言ってローズ+リリーの出番が始まる少し前にやってきた川崎ゆりこが付いている。
マイクを持った、音羽・光帆・小風・美空・和泉・花野子・梨乃が客席に降りていき、観客にマイクを向けて、会場全体でこの歌を歌唱した。
演奏が終わり、大きな拍手が贈られると、私は言った。
「それではこのままもう1曲行かせていただきます。折角今日は08年組が中心になって企画したライブなので、08年組で歌った歌、マリ作詞・浜名麻梨奈作曲の『歌姫』」
拍手や歓声が鳴り響く中、客席に降りていたメンバーがステージに戻ってくる。そして肩を組んで歌った。
花野子−梨乃−美空−小風−和泉−私−マリ−光帆−音羽
その後ろに、スターキッズ以外の演奏者も並び、一緒に歌う。
ライブは感動の中、幕を閉じた。
ライブ終了後は、みんなで撤収作業を手伝う。30分ほどでだいたい片付いて、松前社長が
「後は僕たちに任せて。君たちは上がっていいよ」
と言うので、お言葉に甘えてあがらせてもらう。
楽器類も既に千里が借りてきている4トントラック(日野レンジャー)に全部積み込み済みである。このトラックは千里が今日来られなかった場合は、淳が運転してくれることになっていた。トラックには運送屋さんの名前が入っているが、そこの社長の娘さんが千里のバスケ関係の友人というので、借りてきたらしい。千里は借り賃に5万円払おうとしたらしいが、復興支援イベントの機材運搬に使うと聞いた社長さんが「だったらタダでいいよ」と言って無料で貸してくれたらしい。全くありがたい。むろんガソリン代と高速代はサマーガールズ出版から出している。
「まあ売り上げを全て寄付するという、類の無いイベントだから、みんな便宜を図ってくれているという気がするよ」
と千里は言っていた。
「著作権使用料とかは手出しだしね」
「自分たちが作った曲の著作権使用料を自分で払うのはどうも変な気分だけどね。実際問題として払った分の半分も還元されないだろうし」
と花野子が言っている。
「いつもは入場料の中からそれ払っているから気にならないけどね」
と私も苦笑しながら答えた。
今回のイベントは独立した4つの公演から成るので1つの公演に付き113万円、合計452万円(+消費税)の著作権使用料をJASRACに払う必要がある。今回の経費の中で最大の出費項目である。
((入場料8000円×定員7000人−3000万円)×0.20+1740万円)×0.05=((5600-3000)x0.2+1740)x0.05 = 113
会場代は本来なら有料イベントで500万円掛かる所を、県の好意で無料非営利イベントの使用料100万円にしてもらっている。他はアクアのライブでお願いした警備員さんの派遣料、イベンターさんへの委託料、スタッフ専用ウィンドブレーカーやIDカードの制作費、ボランティアの運営スタッフさん(TKRや★★チャンネルの社員さんを含む)のお弁当代などが大きな出費項目である。
撤収後、和実と淳が6月に仙台市内でオープンさせる予定のカフェに行き、ここで、ささやかな、本当にささやかな打ち上げをおこなった。
「あまり食べるものもありませんが、東北復興と各々のユニットの発展を祈って乾杯」
と言って、ビールやシャンパン、ジュースやウーロン茶などで乾杯した。
お店は「建物はできあがっている」という状態である。まだ内装などは全くしていないので、床張りの上に青いビニールシートを広げ、食料を持ち込んでの宴会となった。
シャンパンとビールは千里の持ち込み、ジュース・ウーロン茶などは私の持ち込みである。
ここに来たのは
ゴールデンシックス(4) 南国花野子・矢嶋梨乃・長尾泰華・村山千里
KARION(9) 和泉・小風・美空 相沢海香・黒木信司・木月春孝・鐘崎大地・児玉実・花恋
XANFUS(6) 音羽・光帆・太田美紀子・若村貴子・升山黒美・黒井由妃
Rose+Lily(8) 私・マリ・近藤嶺児・近藤七星・鷹野繁樹・酒向芳知・月丘晃靖・風花
それにアクアと川崎ゆりこまで入れて29名、それと和実と姉の胡桃、和実の娘・希望美ちゃん(8ヶ月)の3人である。
「目が離せないでしょう?」
と千里が言う。
「そうそう。はいはいができるようになったから動き回るんだよね。ちょっとした意識の隙間に、居場所を見失うことがあって焦る。とにかくお部屋はきれいにお掃除しておかないと怖い」
「なんでも口に入れるもんね。うちの京平も、小銭が落ちてるの誤飲して焦った」
と千里が言っている。
「ああ、それは怖い」
「小銭なら害は無いでしょ?」
「うん。3日後に無事回収」
「なるほど〜」
「そちらは彼氏タバコは?」
と和実が訊く。
「吸わない。タバコの誤飲は怖いもんね〜」
と千里。
「毒性強いからね」
「和実ちゃんとこはタバコ吸う人は?」
「私も淳もお姉ちゃんも吸わない。盛岡のお父ちゃんが吸うんだけど、希望美に面会中は禁煙を言い渡した」
「まあ赤ちゃんがいる所ではね」
「じゃ、今日の宴会は禁煙かな?」
と今、タバコを取り出して火を点けようとしていた鐘崎さんが言う。
「よかったら、これを」
と言って、和実は何か箱のようなものを渡した。
「おお!これもう入手したんだ?」
「福岡の知人に頼んで入手しました。他にタバコ吸う方は?」
酒向さんも手を上げるので、彼にも和実は同じ物を渡した。
「何それ?」
と和泉が訊く。
「JTから出た新しいタイプのタバコで、プルームテックというんですよ。火を使わないし、煙もほぼ無臭なんです」
「iQOSみたいなの?」
「似てますけど、iQOSは葉を過熱するのに対して、プルームテックは過熱しないんですよ。だから吸いかけのタバコをふつうにポケットに入れて持ち歩いても問題無い」
「へー!」
「吸い殻とか灰とかが出ないから灰皿も要らないんです」
「電子タバコみたいなもん?」
「感覚的にはかなり近いですけど、私の感覚では一般的な電子タバコより臭わないと思いました」
と和実は言っている。
「これスイッチどこだっけ?」
と酒向さんが言う。
「最初だけ強く吸って下さい。するとスイッチが入りますので」
それで酒向さんがやってみると、うまく行ったようで
「おお、できたできた」
と言っている。
「あ、これは普通のたばこに近い感覚。電子タバコよりずっと美味しい」
と鐘崎さんが言っている。
「ほんと臭いが軽いね。iQOSは結構臭うのに」
と花野子が言っている。
「このくらいなら、あまり気にならないでしょ? 一応ここは空気清浄機も置いているから、臭いはほとんど籠もらないと思う」
と和実。
「カプセル1個で50パフ可能で、途中で中断したら、その続きが吸えるから、ふつうの紙巻きたばこより結果的に安上がりになりますよ」
「確かに、たばこは結構何か考えながら吸ったりするから、2〜3回吸っただけで放置になってしまうことあるもんなあ」
と酒向さん。
「火を点けただけで、考え込んでしまって全然吸わないまま放置って人、結構いるよね」
と梨乃。
「iQOSはその中断して後で続きをってのができないんですよね。あれは過熱しているから、吸いかけのタバコを持ち歩くことができない。それと過熱しないからだと思いますが、プルームテックはiQOSに比べて充電が遙かに早いらしいです」
と和実。
「それ値段は?」
「カプセル5個入りで460円です。メビウスのふつうのたばこが20本入りで440円ですけど、さっきも言ったように普通のたばこはいったん火を点けると吸っても吸わなくても燃え尽きてしまうし、短くなってくると吸いにくくなるから、1日に1箱吸っていた人も、プルームテックに変えると1日で無くならないという話です」
「スターターキットが要るんだよね?」
「4000円するんですが、現在キャンペーン中で2000円で買えます」
「iQOSはもっと高かった気がする」
「6980円ですね」
「今は福岡だけなんでしょ?」
「そうなんですよ。今は実験的に福岡市だけで売っているんです。6月には東京でも発売するらしいです」
「だったら、このお店がオープンする頃には東京でも入手可能になっているね?」
「ええ。今とりあえず何とか10個確保した内の2個をお渡ししたのですが、東京でも入手可能になったらもっとたくさん確保して、たばこを吸いたい方はこれでお願いします、ということにするつもりです。今年いっぱいくらいはスターターキットはサービスということで」
「サービスにしたら赤にならない?」
「千里がその資金を提供してくれたんで」
「おお」
「まあ赤ちゃんのいるママの連合ということで」
「なるほど」
「でもそれなら、喫煙者と非喫煙者が共存できそうだね」
「ええ。こういう小さなカフェは禁煙にするのは難しいし」
「エヴォンは銀座店が分煙していたね」
「はい。あそこは広いから、1階は禁煙で2階だけ喫煙可にしたんですよね。人工的な空気の流れを作っているから、1階では全くタバコの臭いがしません。ファミレスなんかも広いから分煙している所多いですけど」
「いやファミレスの分煙はアバウトな所が多い。結構禁煙席までタバコの煙が流れてくるよ。エヴォンはしっかりコントロールしていると思った」
「立地の関係で客席が1階と2階に分かれてしまったおかげですけどね」
「でもここの所、赤ちゃん誕生が続いたね」
と小風が言う。
「その和実ちゃんが昨日出産に立ち会った人って、ローズ+リリーの仕掛け人の1人なんでしょ?」
「うん。ローズ+リリーは表向きには、上島先生と、UTPの須藤社長が仕掛け人ということになっているけど、実は雨宮先生、山吹若葉、○○プロの丸花社長あたりが、裏で色々動いている」
と千里が言っている。
「醍醐先生もそういう裏で動いている仕掛け人のおひとりなのでは?」
と和泉が言う。
「2人組でデビューした方がいいというのは雨宮先生から言われたんだけど、それを提案したのが千里らしい」
と私は言った。
「それどういう関わりな訳?」
と音羽が訊く。
「冬が2008年春に作ったデモ音源はかなり大量の人が聞いている。私はその中のひとりで私が思いつきで言ったことばに雨宮先生が反応しただけだけどね」
と千里。
「白浜さんの所が木曜日だったね?」
「うん。白浜さんは2014年に流産してたから、もうそれで赤ちゃん産む機会は終わったと思っていたんで、今回の妊娠出産は本当に嬉しかったみたい」
と音羽が言う。
「何歳だっけ?」
「38歳」
「年齢的には限界に近い付近だなあ」
「まあ40歳すぎて産む人もいるけどね」
「いや、この業界にいると、仕事が忙しいし、結婚しない女性多いから、つい行きそびれてしまう場合もあるよ」
と光帆が言っている。
「&&エージェンシー時代に比べて、仕事の負荷も小さいし、鈴木会長ができる範囲で仕事してもらえばいいんだよと言ってくれたから、結局妊娠9ヶ月に入るところまで勤務していたからなあ」
と光帆。
「夏までには職場復帰します、なんて言ってたね」
とmike(太田美紀子)。
「そしてフェイの出産だけど、結局状況がよく分からん」
と和泉は言っている。
「和泉は前日の打合せにも出てたね」
と私は言う。
「コスモスとラジオ局で遭遇したら『ちょっと顔貸して』と言われたんで出ただけなんだけどね」
と和泉。
「本当の父親が誰かをカモフラージュするのに頭数がある程度必要だったみたいだね。恐らく絶対に明らかにできない人物」
と私は言う。
「フェイちゃんがインターセックスだというのは本当?」
と和泉。
「それは事実っぽい。周囲の人間がわざと色々ミスリードするような発言をするから、実態がよく分からないけどね」
と私。
「まあ千里は正確な実態を知っているだろうけど、守秘義務があるから絶対に口を割らないだろうなあ」
と私は千里を見ながら言うが、千里は微笑んでいるだけである。
「結局、フェイって男の子なんだっけ?女の子なんだっけ?」
とkiji(若村貴子)が訊く。
「赤ちゃんを産むために渋々戸籍を女性に変更したみたいだけど、実態は男の子だよね?」
と私は長尾泰華の顔を見ながら言う。
「私の認識している範囲では、あの子は女装男子」
と泰華。
「妊娠出産は事実?」
と音羽が尋ねる。
「それは事実」
と私。
「だからあの子は妊娠可能な男の娘なんだよ」
と泰華。
「理解不能!」
とmikeは言っている。
「まあフェイが妊娠出産できたということは、私や冬も出産可能だし、和実も出産可能」
などと千里は言っている。
「どうも原理が分からん」
と光帆。
「私もけっこう妊娠する意欲あるんだけど、私や千里が出産可能ということは、もしかしたらアクアちゃんも出産可能かもね」
と和実が言うと
唐突に話を振られて
「え〜〜!?ぼくが赤ちゃん産むんですか?」
とアクアはびっくりしたような顔をして言った。
「ドラマではどうなるの?やはりケンの赤ちゃん産むの?」
「すみません。その話は明日以降の放送で」
「ふむふむ」
「あれ性転換してたのをまた再度男に性転換手術して戻すの?」
という質問があるが
「どうせ明日バレるから、そのくらいはこのメンツには言ってもいいかな」
と言って、川崎ゆりこの顔を見る。ゆりこが頷いている。
「和夫はそもそも性転換してないんですよ」
「うっそー!?」
私たちは仙台に1泊して翌13日東京に戻った。私と政子はその日の午後、若葉のお見舞いに行った。
「出産おめでとう。それとムーランの開店もおめでとう」
「ありがとう。この子も予定通り生まれて来てくれて満足」
などとすやすや眠る若竹ちゃんを見ながら言う。
「どのくらい入院するの?」
「大きな問題は無いし、4〜5日かなあ。今週中には退院できると思う」
「お店の反響はどう?」
「空き地にトレーラーショップってのが目立つからさあ。お昼時が凄い列になってしまって」
「へー!」
「お店が狭いでしょ。それでテイクアウトにできないかという声があったんで早急に検討することにした。保健所に確認したら、飲食店として営業許可を取っているから、テイクアウトをするのは問題無いらしい」
「ほほお」
「もともともこういう移動店舗の場合は、ほとんどがテイクアウト方式で営業しているんですけどね、と保健所の人は言っていた」
「確かにそうかも!」
「お昼時と夕食時が凄い忙しいから、スタッフも増員しないとやばい」
「好調で良かった」
「初日は見かねてエヴォンのメイドさんたちがお手伝いしてくれたんで何とか乗り切れた。あの子たち接客に慣れているから、そつがないんだよね」
「なるほどー。それは助かったね」
「エヴォンの永井オーナーはしばらくはお手伝いしていいと言ってくれている。あの子たちみんな調理の訓練受けているから、ハンバーグとかも上手に焼いちゃうし、玉子焼きやオムレツをきれいに作るし、凄い戦力。それと取り敢えずは時間の都合のつくスタッフに、たくさんシフトに入ってもらって当座をしのぐしかないかなという感じ。あとあるいはテイクアウトを始めたら少し緩和できるかも」
「だといいね」
「ついでにトレーラーを3つ追加発注しちゃった」
「おお!」
「客が減って不要になったら不要になったでいいしね。最初から採算考えてないし」
「さっすがお金持ち!」
3月13日の『時のどこかで』の放送では、とうとう“ネタバレ”が行われた。
最初に話が飛んで2日後の学校である。今日の体育も水泳である。最初に和夫は先日和夫に女子用スクール水着をプレゼントしてくれた女生徒(演:今井葉月)に声を掛ける。
「水着ありがとうね」
「サイズ合うかなとちょっと心配したんだけど。女子みんなで共同で買ったんだよ」
「うん。ありがとう。試着してみたらピッタリだったよ」
そこにクラス委員の子が来て、和夫に言う。
「芳山さん、先生と話して、体育の着替えだけど、個室を使ってもらった方がいいんじゃないかということになったの。1階の会議室横の教材準備室、実質使ってないから、芳山さんの着換えに使ってって。これ鍵借りてきた」
「ええっと、僕は別にみんなと一緒に着換えて問題無いけど」
「じゃ女子更衣室に来る?みんな受け入れてくれると思うよ」
「まさかあ。僕は男の子だから男子更衣室だよ」
「え、でも・・・」
「それに今日は最初から下に水着着てきたしね」
「ああ、なるほど」
それで和夫は平気な顔をして、男子更衣室に行く。男子のクラスメイトが遠巻きにする感じで和夫の着換えを見ている。
和夫がズボンを脱ぐ。ワイシャツを脱ぐ。水着の腰から下の部分が見えるが、みんな遠くから見ているので、よく分からないようである。そして和夫がアンダーシャツを脱いだが、みんな
「嘘!?」
という声をあげた。
「どうかした?」
と和夫は男子のクラスメイトたちに言う。
「芳山、お前おっぱいあったのでは?」
「まさか。ぼくは男の子だから、おっぱいなんかある訳無い」
と和夫は言うと、そのままプールの方に行った。
和夫は男子用水着を着けていた。ただしカメラは和夫の後ろしか映さない。和夫の胸の付近は画面に出ないようにしていた。
和夫が男子水着で更衣室からシャワーを通って出てきたのを見て、女子たちが
「うっそー!?」
と声をあげる。
「みんなどうかした?」
「芳山さん、女の子になったんじゃなかったの?」
「えー!? ぼく男の子だよ」
「ね、ね、私たちが買ってあげた女子用スクール水着、試着したとか言ってたよね?」
「試着させてもらったよ。わりと好きだなあと思ったけど、体育の授業で着たら叱られそうだから、今度市民プールにでも行った時に着るよ」
と和夫は答えた。
「芳山さん、おっぱいあるような感触だったのに」
「無いよ〜」
「でも芳山、お前水着にチンコの形が出てない。やはりチンコ無いのでは?」
と男子のクラスメイトが言う。
実際にカメラが映すが、確かに和夫の水着の前の部分がスッキリしたラインなのである。
「ぼくの小さいから目立たないんだよね〜」
と言って和夫はプールの中に入った。
ここでCMになるので、ネットでは議論が巻き起こる。
「これ、やはり逆性転換手術で男に戻したんだよな?」
「だと思う。それでおっぱいは無くなったんで、男子水着でもいいことになったんじゃないの?」
「しかしカメラはアクアの胸を一切映さなかった」
「映したらやばいんじゃないの?」
「やはりアクア、既におっぱい大きくしているのかね?」
「おっぱいは大きくしてもいいけど、という発言何度か過去にあったもんな」
「水着で確かにチンコが目立たなかったけど」
「取り敢えず体内に埋め込んでいたシリコンを抜いておっぱいは元に戻ったけど、チンコはまだ戻してないのでは?」
「ニノの性転換手術が終わって少し置いてから、きっとそのチンコを移植するんだよ」
CM明けはテロップで2日前のことという表示がある。
ニノがストレッチャーに乗せられて手術室に運び込まれた後、別の医師が来て
「じゃ、芳山さんの方は男の子に戻しましょうか」
と和夫に言う。
「はい、お願いします」
と言って医師と和夫、ケンの3人で小部屋に入る。
ここで和夫が服を脱ぐが、18歳未満が見る時間帯の番組なのでモザイクが掛かっている。しかし和夫の裸を見て、ケンは言う。
「このまま結婚したいくらいだよ。ねえ、本当に性転換しちゃわない?」
「ごめんねー。ぼくは女の子になるつもりはないから」
と和夫は言う。
「ではブレストフォームを取り外しますね」
と言って、医師は
「剥離液を塗ります」
と言って何か塗っている。そして和夫の胸の所から何かを取り外してしまう。中高生が見る番組なので、取り外した物にもモザイクが掛かっている。
「これまるで本物のおっぱいみたいな感触だなあ」
とケンはそれに触っている。
「もう一方の方も外すね」
と言って医師は反対側の胸からも何かを取り外した。
「でもこれ凄くいい素材で出来ているんですね。蒸れたりもしなかったし、つけている間は、ブレストフォームの表面に触っても、ちゃんと感触があるんですよ」
「神経伝導性の素材を使っていますから」
と医師は言っている。
ここで初めて、アクアの上半身がカメラに映る。
その瞬間、ネットには「きゃー!」という女性ファンの悲鳴のような書き込みがあふれて、いくつかの貧弱なSNSサーバーがダウンした。
そこに映ったのは普通の男の子の上半身である。
「でもブラ跡がついてる」
などとケンが言う。実際肩の所にストラップの跡が付いている。
「だってこのバスト、Cカップくらいあるから、ブラジャーつけてないと支えきれなかったんだよね〜。ちゃんと感触があるから、ブラ着けてないと歩いただけで痛いし」
と和夫が言う。
「ごめんね〜。ぼくが手術に間に合っていれば」
とケンが謝る。
「肝心な時に遅刻してくるんだもん」
と和夫が文句を言っている。
「お股の方も元の形に戻しますね。剥離液を使います」
と医師。
「これ凄くしっかりしているんですよね。汗掻いてもお風呂入っても取れないんだもん」
と和夫。
「医療用の接着剤ですので。その程度は平気ですし、一度付けたら、接着剤の成分が安定する3ヶ月後までは医師でも外せなくなるんですよね」
「まあ3ヶ月間限定の女の子生活も悪くはなかったけどね」
「悪くなかったら、今度は本手術を」
とケン。
「それは勘弁して〜」
と和夫は言った。
「はい、これで元通りです」
と医師が言う。
「わあ、久しぶりに見る***」
と和夫は自分のお股の付近を見て言った。***の所はピー音で消されている。
(むろん、カメラはその付近は映さない)
「へー。これがそのおっぱいか」
と吾朗が取り外したブレストフォームを持っている。
「男の子がそういうのいじってほしくない」
と言って真理子が取り上げる。
和夫、吾朗、真理子、一彦(ケン)の4人は和夫の自宅でお茶とおやつを食べながら、詳しい話を聞いていた。
「性転換手術を受ける予定だった、ケンの弟さんと間違えられて手術室に運びこまれてしまったんだけど、ぼくが麻酔を打たれる前にためらっていたという報告を聞いたお医者さんが、性転換手術ではなく疑似性転換をしてくれたんだよね」
と和夫は言う。
「うん。そういう規則になっているから。性転換手術は一度してしまえばもう取り返しがつかない手術だから、万全を期しているんだよ」
とケン。
「それで、胸には触った感触もある神経伝導性のブレストフォームを貼り付けて、お股の所は男の子の器官を全部体内に埋め込んで、おしっこは管で導いて外に出せるようにして、形だけまるで女の子のようにしてしまうんだよね〜」
「それで女の子みたいな身体になっていたわけか」
と真理子。
「だからこの3ヶ月間、ずっと座っておしっこしてたから変な気分だった」
と和夫。
「このブレストフォームは?」
「記念にもらってきた」
「記念にもらってどうすんの?」
「やはり時々付けてみるの?」
「悩んじゃうなあ。これ現代の接着剤で貼り付けた場合は1週間程度で取れてしまうらしい」
「一週間で外れるなら、俺も付けてみたい」
と吾朗。
「芳山君ならいいけど、浅倉君はやめて」
と真理子が言うので
「なんでそうなる訳〜?」
と吾朗が抗議した。
「でも、もしかして女子用スクール水着を試着した時は、これつけてたの?」
「まだ男の子に戻してもらう前だから、女の子の身体だったよ」
「てっきり芳山君は女の子になったんだろうってみんな思ったから女子全員でお金を出し合って買ったのに」
「ごめーん。ぼく代金払うから、みんなにお金返してあげてよ」
「お菓子か何かでも買ってくれたら、みんなで分ける」
「じゃそうしようかな」
と和夫は言った。
「でも芳山君、女子用スクール水着つけて市民プールとか行ってみたいって言ってたね」
「行ってみたい気はするけど、怖くてできないよ」
「女子用スクール水着はどうすんの?」
「それも記念にとっておく」
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【夏の日の想い出・少女の秘密】(4)