【夏の日の想い出・少女の秘密】(3)

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さて、ローキューツであるが、お正月のオールジャパンではBEST16に終わったものの、再度次のオールジャパンに向けてクラブ選手権に挑んでいた。
 
12月3-4日に行われた千葉県クラブ選手権に優勝、2月4-5日の関東クラブ選手権でも優勝して、3月19-21日の全日本クラブ選手権と、9月3-4日の全日本クラブ選抜への出場を決めた。
 
ところが、今年新加入ながらもチームの中心選手として活躍した須佐ミナミが3月いっぱいで退団すると聞き、私はひじょうに残念に思った。私はチームが練習場に使っている千葉市郊外の体育館まで行き、話を聞いた。
 
「わあ、オーナーまで来て頂いてすみません」
とミナミは恐縮していた。
 
「留学するんだって?」
「実は私のプレイを見た、アメリカのKV大学から、うちに来ないかと誘われちゃって。私もこちらに入ってまだ1年目なのにと悩んだんですけど、揚羽さんに相談したら、そういうチャンスは逃すべきじゃないと言われて。行ってくることにしました」
 
「それは大きなチャンスだね」
 
「そういうことで、本当に1年しかいなかったのに申し訳ありません」
とミナミはぺこりと頭を下げた。
 
「ミナミちゃんからは、自分の後任にはこの子をって推薦された子がいて」
と揚羽副主将の妹・紫が言う。
 
「どんな子?」
 
「旭川N高校の3年生なんですよ。江向音歌といって、現在チームではスモールフォワードとして登録されていますが、実際の彼女のプレイを見ていると、むしろガード・フォワードという感じなんです。レッドインパルスの黒木不二子などに近いタイプですね。だから、確かにミナミちゃんが今してくれているポジションをそのまま継承可能なんですよ。よくこういう選手を見つけたなと思いました」
 
と紫は言っている。
 
「へー」
 
「それで凄く優秀な子なんですが、ケイさん、この子とプロ契約できませんか?」
「それはそれなりの実力のある子なら可能だけど・・・監督はその子のプレイ見られました?
 
「うん。ウィンターカップでも凄かった。ここ3年間の旭川N高校は福井英美のワンマンチームと思われがちだったけど、福井が活躍できたのは江向あってだと僕は思った」
と西原監督は言っている。
 
「大学とかには進学しないんですか?」
 
「凄い子なんだけど、あまり注目されていないみたいで。福井英美が何と言っても目立っていたから、その影に隠れていた感じで。江向君本人とは実は紫君が秋頃から接触していたらしいんですが、どこからもまだ勧誘は受けていないと言っているそうです。家庭が貧乏で大学進学は困難らしくて。だから最初は地元のどこかの企業に就職するつもりだったらしいです。バスケットは高校までと思っていたと言っていて」
 
「そういう優秀な子がバスケやめちゃうのはもったいないですね。それならプロ契約していいと思います」
 
「じゃその方向で向こうと接触します」
と揚羽。N高校の宇田監督に話を通すのだろう。
 
「ところで揚羽ちゃんも4月からはプロ契約に移行するよね?」
と私が言うと、揚羽は
 
「え〜〜〜!?」
と声をあげていた。
 

さて、KARIONのアルバム制作だが、1月下旬に頼んでいたサヌカイトのリソフォンができあがってきたので、早速『秘密の洞窟』の制作の続きをおこなった。
 
リソフォンを叩くのはむろん和泉である。
 
鉄琴みたいに強く叩くと割れる可能性がありますから、優しく叩いて下さい、と指示された。
 
しかしこの音が何とも不思議な雰囲気を醸し出し、いつものグロッケンとは違った感じで、色々と刺激されるものも多い。
 
私は和泉と話し合い、この曲には他にも幾つかのパーカッションを加えることにした。何種類かの太鼓(ボンゴ・コンガ・スルド)を加えて、これを小風に打たせる。美空にマラカスを振らせる。ついでにスターチャイムも任せる。
 
それでこの曲はふだんのKARIONの曲からすると色彩感がとても豊かな曲に仕上がった。
 
ひじょうに魅力的な曲なので、これをアルバムの最後に置くことにした。
 

『恋愛二十面相』は「怪人二十面相」(少年探偵シリーズ第一作)に掛けたもので、恋をしていると実に様々な表情、様々な態度を取ってしまうことを歌ったものである。
 
実はこの歌は曲まで和泉が書いている(クレジットはいつものように森之和泉+水沢歌月にしている)。和泉が秋田県の田沢湖を訪れた時に時間の経過で景色がどんどん変わって行くのを見て発想したらしい。
 
同時進行で制作したPVでも田沢湖の様子が映っており、秋田県内で活動している劇団の若手俳優さんに恋人役を演じてもらって、朝昼夕夜と雰囲気の変わる田沢湖を背景に恋人が戯れたり語り合ったりしている様子を撮影した。雪に覆われた冬の田沢湖がとても美しい。
 
今回のアルバムではPVの景色が美しいものが多かった。
 

『少女探偵隊』というタイトルの元ネタにした『少年探偵団』では小林少年の女装が出てくる。
 
「え?ぼくがですか。そんなことできるでしょうか」
「千代は少女ではありませんよ」
「へえー、おどろいたねえ、きみが男の子だったなんて」
 
ポプラ社版では、女装の小林君のイラストもなかなか萌え度が高い。
 
こちらの『少女探偵隊』は、道を歩いていたら、物凄いイケメンの男の子を見たので、思わず後をつけて、彼のことをもっと知りたい、と歌う歌である。この歌も実は和泉が曲まで書いている。
 
この曲のPVではKARIONの4人が歩いている所に実際にイケメン男子が通りかかり、4人が漫画の中に出てくるような探偵の姿(鹿撃ち帽をかぶり虫眼鏡とパイプを持っている)になって、そのイケメンの後をつけるという物語になっている。しかし最後にそのイケメンは美女と落ち合って一緒に歩き出し、4人は失恋してしまうのである。
 
このビデオは男鹿市で撮影した。田沢湖での『恋愛二十面相』に出演してもらった2人にこちらにも出演してもらっている。
 
男鹿半島の名物ともいうべき、なまはげ、八郎潟など、男鹿半島のあちこちの風景も映っていて、こちらもなかなか美しい映像になった。
 
「私たちが入ってない方がもっと美しくない?」
「それは言わない約束で」
 

『青銅の愛人』はブロンズ製の小さな人形をテーマにした可愛い曲である。実は栃木県の某神社で売っている恋のお守りで、男女ペアの形をした携帯ストラップである。昔は根付けとして売っていたようだが、時代に合わせて携帯ストラップ仕様にしたようである。本来はカップルで1個ずつ持って愛の証にするものだったのだが、これを1つの紐に両方通し、1人で一緒に持って恋愛成就を祈るというのを、20年ほど前にある少女漫画家さんが作品の中に描いたことから、その後、そういう持ち方が一時期流行ったらしい。神社でお守りを買う時に言うと、最初から1つの紐に通したものも売ってくれるようになっている。
 
歌詞の内容としては、このストラップを2個一緒に使っている少女が、彼に自分の思いが届きますようにと、この人形に願いを込めて独白をするものである。
 
この曲とPVの制作にあたっては★★レコードから神社に照会して使用の許可を取り、この実際のお守りを映すと共に神社の境内や周辺での撮影もおこなった。
 
それがまた美しい映像になっている。このPVには地元の中学生“男子”のタレント山本深草(みくさ)君に出演してもらっている。
 
最初実は彼はその《あこがれの人》を演じてもらうつもりで、もうひとり中学生女子のタレントさんを、作品のヒロインにするつもりで手配していた。ところが当日、その手配していた女子中学生が風邪を引いて来られないという話になり、誰か代わりのタレントさんをすぐ手配しなければ・・・と言っていた時、監督さんが山本君の“美貌”に目を留めたのである。
 
彼は最初「え〜〜〜!?」と言ったものの、監督さんにうまくおだてられて実際に衣装のセーラー服を着ると本当に美少女になってしまった。それで演じてもらったのだが、これがとても可愛かったのである。
 
それで結局このビデオでは彼は思われる男の子、思っている女の子の二役を演じることになったが、男装と女装で凄く雰囲気が変わるので、気をつけて見ないと同じ人物が演じていることには気付かない。
 
山本君には当初約束していたギャラの3倍のギャラを払った。
 
「ちなみにふだん女装とかしないの?」
「しませんよ〜」
「凄く可愛くなるのに」
「自分でもびっくりしました。ハマっちゃったらどうしよう?」
「このセーラー服、記念にあげようか?」
「遠慮しておきます。その気になっちゃったら恐いもん」
 
などと言っていたが、美空が彼の家に撮影で使ったセーラー服を「記念に」と言って送りつけたらしい!
 

ところで「青銅」というのは、十円玉に使われている素材で、英語ではブロンズであり、実は決して青くはなく、むしろ茶色い。銅メダル(Bronze medal)の色である。この問題は結構質問が来ることも予想されたので、CDに封入した解説書にはそのことを書いている。いわゆる“青銅色”というのは、青銅に緑青が発生して緑色になった時の色である。
 
ちなみに五円玉は黄銅(真鍮:しんちゅう)、英語でブラス、百円玉が白銅、英語でキュプロニッケルである。
 
黄銅=銅+亜鉛 (五円玉)
青銅=銅+錫(すず) (十円玉)
白銅=銅+ニッケル (五十円玉・百円玉)
洋銀=銅+亜鉛+ニッケル(五百円玉)
 
喪ねのも--------------------
この3つの曲はみんなもスカっぽいアレンジにしたので管楽器奏者が必要になった。そこで『夢中快調』に参加してくれた横須賀マリーンブラスの栗山さんに連絡して打診してみた所、選抜メンバー(正確には時間の自由が利くメンバー)で参加してくれた。
 
おかげでこの3曲はひじょうに格好良い曲に仕上がった。
 
『青銅の愛人』は、年末のカウントダウンライブでも公開してひじょうに好評であったため、最終的にアルバムの先頭に置くことにした。なおカウントダウンライブの時は様々な管楽器の音はキーボードで代替し、サポートミュージシャンによって演奏されている。
 

2月中の『時のどこかで』はひたすら、和夫の《女体疑惑》がテーマとなる。相変わらずあちこちにタイムスリップしては、歴史の流れは変えずむしろ奇跡のような出来事の補助者になるのだが、学校では色々クラスメイトたちに疑惑を持たせる事態がある。
 
何人かのクラスメイト(男子も女子も)が、偶然にも和夫の胸に触り、女の子のバストのような感触があったと言う。
 
男子たちが、和夫はここ最近個室でしかトイレをしていないことを証言する。誰も和夫が立っておしっこをしている所を見ていないと言う。
 
体育の着替え中に、和夫のお股に触ってみないか?という意見もあるものの、もし「付いていなかったら」ヤバいという話になる。
 
更に「声」の疑惑まで起きる。
 
「芳山の声が最近少しトーン高い気がしない?」
「思ってた。喉の調子が悪いとか言ってたけど」
「音楽の時間の合唱のグループ分けでさ、芳山は最初低音部に入ってたはずなのに、最近あいつ高音部を歌っているよ」
「あ、だよね? 俺も『あれ?』と思ってた」
 
「低い声が出なくなって、高い声が出るようになっているのでは?」
「きっと身体が女性化して『逆声変わり』が起きたのでは?」
「やはり女性化してるよね?」
「たぶんその内、テノールも歌えなくなってアルトになる」
「あの子、そもそも声域広いから、今現在既にアルトは歌えると思う」
「そのうちソプラノになっちゃうかも」
 
「やはり、間違い無く、あいつ女になったとしか思えん」
「なんでも生まれた時は男の子だったのが、中学生くらいで身体が女に変化してしまう病気あるらしいよ」
「じゃ、それか?」
「あるいは性転換手術受けたとか?」
「あいつ、女の子になりたかったんだっけ?」
「いや、そんな話は聞いたこと無い」
「でも1年生の時、唆してセーラー服着せたことあったね」
「あれ、凄く可愛かった。女子中生で通ると思った」
「もし芳山君、女の子になっちゃったんなら、2学期からはセーラー服で通うように言おうよ」
 
物語の中の設定は現在6月である。
 
「どっちみち、来週からは体育の水泳の授業が始まる」
とひとりが言うと、みんなごくりとつばを飲み込む。
 
「女の身体になっていたら、男子水着にはなれないよな?」
「というか、間違い無く、おっぱいある」
「女子用スクール水着を着て出てきたりして」
 
「むしろ女子用スクール水着をプレゼントしてあげた方が良くない?」
という意見も出て、その場にいたみんなが顔を見合わせた。
 

KARIONのアルバム制作は続いていた。
 
樟南さんからは『愛の予告状』という作品をもらった。例によって実際には曲のラフスケッチのようなものをもらい「適当に組み立てて」と言われて私が組み立てている。
 
怪盗の予告状というものはキャッツアイでは定番化していたが、恐らくモーリス・ルブラン『獄中のアルセーヌ・ルパン』あたりが嚆矢ではないかという気もする。そのルパン作品では予告状を送りつけたことが、結果的に犯罪のトリックに使われるのだが、二十面相もやはり同様に予告状で相手が警戒するのをうまく逆手にとって盗みを実行するパターンがわりと多い。
 
そういう訳でこの作品は「あなたのハートを盗みます」という予告状なのである。
 
樟南さんらしい、ダジャレやダブルミーニングなどの言葉遊びが使われており、相変わらず下ネタも多いので、中学校の先生がこの歌詞を見たら、校内放送禁止にすべきか悩むレベルであるが、小風や美空には、かなり受けていた。
 
曲は軽快なポップロックに仕上げている。通常のトラベリングベルズで演奏して、それに4人の歌を乗せた。この作品の制作中は海香さんが学校の学期末に重なりけっこう忙しかったので、黒木さんがギターを弾き、サックスパートは実は私が入れた(最終的にサックスパートのみ黒木さんの演奏に差し替えているがギターは黒木さんのまま)。
 
なお、ヴァイオリンは夢美、キーボードを穂津美が弾いて、グロッケンは風花が打っている。
 

PVでは、美術館のような所にKARIONを表す、青・赤・ピンク・黄色の4色が並んだ予告状が壁に刺さっている所から始まる。探偵っぽい衣装を着けた小風と美空が虫眼鏡も持って、その予告状を調べている。
 
背景に多数の絵画が掛かっているが、実はこれは和泉が、M大学の後輩が所属している美術研究会の人たちに協力を求め、彼らの作品を都内の画廊に並べたものである。中には有名作品の模写もあるので、けっこう本物の美術館かと思わせるような雰囲気が出来上がった。
 
この作品展は一般公開もしたので、パラパラとではあるがお客さんも来てくれて、その様子も映像には収めている。
 
協力を求めたのが昨年の秋で、実際にPVの撮影をしたのは2月なので、その間にわざわざこのPV撮影を意識して描いてくれた作品もあって、結果的にPVの方も良いものが作れた。
 
例によって怪盗役は私で、黒いレオタードを着て忍び込み、絵画を1枚盗んで立ち去ろうとするのだが、その絵が突然爆発して
 
「これは偽物だよ。怪盗少女さん」
という文字がキャンパスに書かれたものに変わる。
 
そして和泉が演じる刑事が私の手に手錠を掛ける。
 
しかしここで和泉が
「君の愛を捕らえたのは僕さ」
などという、歌詞には無い台詞を言ったのが、後でけっこう物議を醸した。
 
(元々和泉はレスビアン的な発言が多い。ただし、本人はストレートだと主張している)
 

広田純子さんと花畑恵三さんのペアからは『ハート泥棒』という作品を頂いた。
 
内容的には樟南さんからもらった作品とダブる部分もあるのだが、こちらは可愛い《みんなの歌》的な作品である。コードも難しいコードは使われておらず、C F G7 の他はAm Emが一部出てくるくらいである。
 
似たような内容の作品なのでアレンジは大きく変えることにした。こちらはカンパーナ・ダルキと横須賀マリーンブラスの選抜メンバーにも入ってもらって、管弦楽っぽいサウンドに仕上げた。
 
このアレンジは下川工房の岡島さんにお願いした。
 
なお、この作品でも海香さんが出られなかったので黒木さんがギターを弾いている。どっちみち、横須賀マリーンブラスが入ったので、児玉さんと黒木さんの本来のパートはお休みであった。
 

この作品のPVは長野県内で松前会長のご友人が所有しているホテルの庭で大半を撮影した。
 
実は現在はその目的には開放していないのだが、以前このホテルの庭でスキー遊びができるように小さな丘(高さ3m)を造成していた。その丘の形がまるで葉祥明のイラストにでも出てきそうな、可愛い形をしているのである。撮影ではまずこの丘の除雪作業をした上で、芝生を敷き詰めた。すると本当に葉祥明風の丘になってしまう。
 
ここに小学生の男女のタレントさんを連れていき“小さな恋人たち”が戯れているような映像を撮ったのである。女の子には可愛い白いドレスを着せ、男の子にはパブリックスクールの制服風の服を着せている。
 
この丘でのシーンの他、2人乗り自転車に一緒に乗る様子、また諏訪湖でスワンボートに乗る様子なども撮影した。2人乗り自転車(Bicycle built for two)は実際に2人に漕いでもらったが、スワンボートは実際にはおとなが漕いで、岸から離れたところで2人だけ座っている様子を撮影している。
 
その他、信州の美しい景色が入っており、これもまたきれいなPVになった。
 
「これ多分PVのDVDのみ欲しいという要望も出ると思う」
と畠山社長が言う。
 
「それもいいですけどね〜」
 

3月1日にはKARIONのシングル『エーゲ海の夕日』を発売したので、発表記者会見を行った。
 
いつものようにPVの映像のみ背景に流しながら、トラベリングベルズ(グロッケンは風花、ヴァイオリンは夢美、キーボードは夢美の姉の響美が弾いた)の生演奏をバックに4人で収録した3曲をいづれもショートバージョンで生歌唱する。その後で、和泉が今回のシングルの背景などを説明した。そして質疑応答を受け付けた。
 
「これは実際にエーゲ海に行って詩を書いたものですか?」
と記者さんが質問する。
 
「大学4年生だった2013年の6月に、卒論のロケハンで行ってきたんですよ」
と和泉が答えた。
 
「結構慌ただしい旅行だったよね?」
と私が隣から言う。
 
「当時08年組のプロジェクトをしていて、ジョイントライブをやった後、08年組のCDを発売するその記念イベントをする間のわずかな期間に行ってきたんですが、卒論でサッフォーを取り上げたので、レスボス島を見ておきたかったんですよね。それで同じ講座の友人と2人で行って来ました」
と和泉。
 
レスボス島はエーゲ海北部の東端にあり、トルコ本土との距離はわずか10km程度であるが、歴史的な経緯からギリシャ領である。BC5世紀頃に、ペルシャの脅威に対抗するために結成されたエーゲ海諸国のデロス同盟にも参加していた。一度はこの同盟から離脱しようとして失敗。レスボス島の市民は男性は全員死刑、女性は全員奴隷にするという処分が下るものの、直前にこの処分が撤回され、それを報せる船が処刑開始前ギリギリに到着して市民は助命された。なおサッフォーは、それ以前のBC7世紀頃の人である。
 
和泉がそんな話をすると
「だったら死刑よりは奴隷の方がマシと女のふりをする人とか出なかったんでしょうかね?」
などという質問も出る。
 
「女装しても不自然でない人は女装したかも知れませんね。そんなの密告する人もないだろうし」
と和泉は答えていた。
 
「同行した和泉さんのご友人もサッフォーの研究だったんですか?」
「彼女はギリシャ神話だったんです。ですから彼女の目的に付き合って、クレタ島とか、サンドリーニ島へも行きました」
 
「それだけの行程だと結構ハードスケジュールでは?」
「ほんとに駆け足でしたけど、やはり現地に行ってみて得るものは大きかったです」
 
クレタ島はエーゲ海の南端にあり、半人半牛のミノス王がいたというクノッソス宮殿などで有名である。ギリシャでは最も古い時期に文明(ミノア文明)が栄えた島だ。サンドリーニ島(実際にはティラ島など5つの島とその周辺の小島群からなる諸島)はクレタ島の北方100kmほどの所にあり、BC1628年頃に火山が大噴火を起こしてギリシャ全土に厚い火山灰を降らせたことで知られる。一瞬にして廃墟と化したのが、アトランティス伝説のモデルではないかと言われている島である。現在残るサンドリーニ諸島はその火山の外輪山である。
 
アトランティスの場所は「ヘラクレスの柱の向こう」と書かれていて、現代でヘラクレスの柱というと、ジブラルタル海峡のものが知られており、その向こうといったら大西洋になってしまうが、実は同名の岩はペロポネソス半島の先端にもあり、その向こうというのはサンドリーニ島の位置と考えても矛盾しない。
 

「曲を付けた蘭子さんも、エーゲ海に行かれたのですか?」
「私はまだギリシャには行ったことがありません。なかなかまとまって旅行をする時間が取れないもので。それでこの曲は、“日本のエーゲ海”と言われる岡山県の牛窓で書きました」
 
と私が言うと、記者さんたちが爆笑する。
 
「牛窓に半日滞在して、そのあと海上タクシーを使って小豆島に移動し、そこで1泊しましたが、結局この曲は小豆島で朝日に輝く瀬戸内海の島々の景色を見て書きました」
 
と私は説明した。記者さんたちが頷いたりしている。
 
牛窓は小豆島のほぼ対岸付近にある町だが、公共交通機関で小豆島に渡るには少し離れた日生(ひなせ)という所まで移動する必要がある。その余分な時間を掛けたくなかったのと、途中で私を知っている人から声を掛けられたりすると集中が乱れると思い、海上タクシーを使ったのである。
 
なお、PVで流れた映像はFMIのギリシャ支店のスタッフにより撮影されたレスボス島の夕日を使用していることを説明した。
 
「夕日の中にKARIONの4人が並んでいる映像は合成ですか?」
「いえ。その部分は実は伊豆大島で撮影しました」
 
「けっこうきれいじゃないですか」
「はい。伊豆大島の夕日もエーゲ海に負けないくらいきれいだと思います」
と和泉は笑顔で言った。
 
「レスボス島は西側に100kmほど陸地が無いのですが、伊豆大島も冬に沈む夕日はその先に何も無いんですよ。春から秋にかけての夕日は伊豆半島方面に沈むんですけどね」
 
と私は補足した。
 

「青い滝の想い出で背景に流れていたPVに出てきた青い滝は実際に存在するものですか?」
という質問がある。
 
「あの映像は北海道の美瑛町にある白ひげの滝という所のものです」
と私が説明した。
 
「美瑛町には青い池というのもあって、こちらの方が有名なのですが、ここは昨年8月の台風9号で土手が崩れて、下手すると池が消滅するかもという騒ぎだったのですが、無事護岸の復旧工事も終わって復活しました。この曲は昨年の6月に醍醐先生から頂いたもので、実は台風9号にやられる前の7月に撮影しておりました。今回お見せした部分には映っていませんが、台風の被害に遭う前の青い池もDVDの方には収録しています」
 
というと、結構なざわめきがあった。どうも青い池の方は知っている記者さんも多かったようである。
 
「葵先生と醍醐先生は時間差でこの青い池・白ひげの滝を訪れて、詩と曲をお書きになったそうです」
と私は説明した。
 
「けっこう高い位置から撮影しているようでしたが」
「はい。ドローンで空撮したものです」
「あの映像を見ていて思ったんですが、この滝って、上に川が無いですよね?」
 
「こういう滝を潜流瀑(せんりゅうばく)というそうです。地下水が崖の途中から染み出して滝になっているんですね。上に川があるのは渓流瀑(けいりゅうばく)です。他には軽井沢の白糸の滝が潜流瀑、富士宮市の白糸の滝は渓流瀑と潜流瀑のハイブリッドです」
 
こういう話は知らなかった記者さんが多かったようで、潜流瀑・渓流瀑の漢字も訊かれた。おそらく各々社に戻ってから調べてみるのだろう。
 
他に映像に映っているモデルさんについても訊かれたので札幌を中心に活動している人ということで名前を答えておいた。
 

3月2日(木)。青葉が富山から出てきた。私は成り行きで、都内のホテルで行われた彼女たちの打合せに同席することになった。
 
集まっていたのは、青葉、千里、和泉、秋風コスモス、アクア、川崎ゆりこ、ステラジオのホシとナミ、小野寺イルザ、谷崎聡子、阪元アミザ、城崎綾香、谷川海里、リダンリダンの信子、ハイライト・セブンスターズのヒロシ、Rainbow Flute Bandsのポール、ジュン、モニカ、丸山アイ、スカイロードのkomatsu、長尾泰華、奥原沙妃、城島ゆりあ(初対面になったが名刺を頂いた)、それに射水市の病院に勤務している外科の松井医師、それと都内の大学病院に勤務している婦人科の朝倉医師(この方からも名刺を頂いた)、都内で産婦人科を開業している大間医師(同じく名刺を頂いた)、そして@@エージェンシーの野坂社長といった面々であった。
 
総勢27名である。
 
「これで関係者は全員集まったかな」
と司会役らしい千里が言うので、私は
「何の集まりか知らないけど、私、たぶん無関係」
と言う。
 
「うん。実は誰が関係者なのかが分からないようにするため、無関係の人までかなり集めている」
と千里は言う。
 
「父親である可能性のある人物は全員ここにいる」
とヒロシ。
 
「胎児認知した人物もここにいる」
と信子。
 
「妖精本人と、彼のお世話係で付いている光子ちゃん以外は全員揃っていると思う」
と丸山アイが言った。
 
どうもこの3人あたりは“関係者”っぽい。
 
「そういう訳で『妖精創造プロジェクト』も皆さんのご尽力で何とかここまで無事に来ましたので、とうとう明日、子妖精の遊離を実行することになりました」
と千里は言った。
 
「遊離って、無性生殖みたいだ」
という声があがる。
「うん。本人に恋愛をする意志がないから、無性生殖と似たようなもの」
と信子。
「実は本人、自分の精子で妊娠した可能性もある。でもDNA検査はしないことにしているから」
と丸山アイ。
「そういう訳でdeliver 出産というよりrelease 遊離だね」
とヒロシ。
 
朝倉医師が立ち上がって発言する。
「クライアントの体調は万全です。ここまで風邪も引かずに安定した状態で妊娠を維持することができたのは関係の皆様のご尽力のたまものだと思います。手術は明日のお昼過ぎから実行します。どうしても本人の生活リズムがお昼前に起き出して夜中すぎに寝るというサイクルになっているので」
 
「ここ2ヶ月、病院に入院していてもそのサイクルを堅持しているのがなかなか」
とポール。
 
「食事も病院の朝食をパスし、お昼と夕食は病院の御飯食べて、夜食を自主的にとってるし」
 
“妖精”というのは、どうもレインボウ・フルート・バンズのフェイのことらしいと私は思い至る。
 
話を聞いていると、フェイはカウントダウンライブに顔だけ出した後、ずっと入院生活をさせていたらしい。しかしベッドの上でも精力的に曲を書いていたとのこと。
 
「本人が長いこと、そのリズムで生活してきているので、そのままのリズムを崩さない方がいいと言いましたので。それと本人の1日のリズムを観察するとお昼すぎくらいがいちばん出産しやすい状態になるようですので」
と青葉は補足した。
 

これも話を聞いている内におぼろげに分かったのだが、千里と青葉はここまでフェイの妊娠維持のため、霊的なサポートをしていたようである。それで何とか満8ヶ月まで育ったので、帝王切開して子供を取り出そうということのようである。
 
「十月十日まで待たずに8ヶ月で帝王切開ですか?」
という質問がある。
 
「実際問題としてここまで無事妊娠を維持できたこと自体がほとんど奇跡なんです。一般的にこのくらいの週数まで来た子は保育器で本来の出産予定日まで育てることができますので。それと本人の子宮が小さいので大きくなりすぎると圧迫されて色々不都合が生じるので」
と朝倉は説明する。
 
「まあ何度かヒヤっとしたことはあったね」
「その度に川上さん姉妹に助けてもらった」
「本人が不摂生だから」
「制作やってて、もう寝ろよというのに、後少しとか言って、なかなか寝ないんだもん」
 

「結局本人の戸籍上の性別はどうなったんですか?」
とステラジオのナミが質問している。
 
「妊娠が発覚してからすみやかに申請をおこないまして、裁判所から本人と医師も呼ばれて裁判官とお話し合いもしましたが、無事認められましたので、昨年11月に、戸籍上も女性になりました。ですから出産届も問題無く受け付けられるはずです」
と朝倉。
 
「妖精君の性別に関しては色々噂もあったんですが、あの子、本当にこれまで戸籍上は男だったんですか?」
と城崎綾香が訊いている。
 
「プライバシーに関わるのであまり詳しいことは申し上げられませんが、元々性別が曖昧で、出生時にはペニスのようなものが認められたため男児として出生届が出されたのですが、当時ご両親は、性別を留保して出生届が出せることをご存知なかったそうです。実際問題としてこれ産科のお医者さんでも知らない人がけっこう居るんですよ」
と野坂社長が説明した。
 
「でもそのペニス状の突起には尿道が通ってなかったらしいんですよね。だから実はペニスというより大きなクリトリスに近かった。陰嚢は最初から無かったと言うし」
と丸山アイ。
 
「はい。それもあり、本人が物心付く前から、この子、本当は女の子なのでは?という疑惑もあり、大きな病院で精密検査をしたところ、陰茎、睾丸、卵巣、子宮と両方の生殖器を持っていることが判明して、本人が自分で性別について判断できる年齢になった所で、現在の法的な性別にはとらわれずに性別を決めて、必要なら裁判所の審判をあおいで性別を変更し、それにあわせて形成手術もしようという方針になったということです」
と社長が説明した。
 
「ただ排泄とかに絡む部分を修正したり、物理的な位置がこの器官がここにあるとまずい、といったようなものは小さい頃から何度も手術して調整していたらしいです。だから本人は毎年何か手術される、という意識だったらしいですよ」
とポールが言う。
 
そのあたりは医師のほうから説明してもいい気がしたのだが、敢えて医師は発言しなかったのは、『詳しいこと』『正確なこと』は公開したくないからだろうと私は思った。
 

「精神的な発達についても曖昧だったみたいですね」
 
「そうなんです。幼稚園に入る段階で、お前、男の子の制服と女の子の制服とどちらが着たい?と訊いたら、スカートの制服を着たいと言ったので幼稚園側とも話して女児として通園させることにして、小学校にあがる時も再度本人に訊いて、両親と医師で教育委員会まで行き、戸籍上は男の子ということにはなっているものの、半陰陽で実質女の子なので、女子として就学させて欲しいと言い、半陰陽であればということで、教育委員会の許可も出て、女子として通学することになったそうです。でも実は本人、スカート穿いている日もあるけど、ズボン穿いていって男の子みたいな言動をする日もあるので、お友達などもあの子の性別については、曖昧であることを認識していたようです」
 
と野坂社長が言った。
 
「それで小学校で女子として生徒原簿が作られていたので、その延長で中学や高校でも、女子生徒として進学し、基本的には女子制服を着ていたのですが、男子制服も調達して、それを着ている時などもあって、あの子、男装すると男に見えるから、結局曖昧な性別のまま友人たちに受け入れられていたようです」
とジュン。
 
「ただ、そのあたりが人によってとらえ方が違うみたいで、女の子になりたい男の子と思っていた人と、男の子になりたい女の子と思っていた人があるみたいですね」
と丸山アイが言う。
 
そういうMTFなのかFTMなのか、よく分からないのは丸山アイもだよなあと私は思った。
 
「本人の意志で小学5年の時から女性ホルモンを摂取していたので、おっぱいは中学に入る時点でAカップくらいあったそうです。それで体育の着換えなどは女生徒と一緒でも問題なかったみたいです。スクール水着も破綻無く着ていたらしいですし」
と信子。
 
「中学生の頃は、女の子水着を着る時は、ちんちんはうまく隠していたみたいだね。私もそれやってたし」
とモニカが言っている。彼女は高校1年生の時に性転換手術を受けたと聞いたことがある。
 
「小学校高学年の時点で、やはり将来的には女性として生きて行きたいと本人も言ったので、男性器は結局、中学高校時代に段階的に手術して除去して、女性器が不完全だったのも形成手術して女として機能できるようにしたものの、性別変更の申請は20歳すぎてからしようかなどと言っていたそうです」
とヒロシ。
 
フェイ・ヒロシ・信子・丸山アイの4人がいちばんの“仲良しグループ”のようである。例の“女湯クラブ”というのも、この4人が中心メンバーっぽい。しかしヒロシの言い方だと、子宮や卵巣はあったのに、膣は欠損していたのだろうか?あるいは陰唇などが不完全だったのか。しかしそのあたりが人工的に作ったものであれば、経膣出産は無理だから帝王切開にならざるを得ないだろう。
 
「半陰陽の場合は、20歳を待たなくても性別の修正はできるのでは?」
と城島ゆりあが尋ねているが
 
「そのあたりはご両親、特にお父さんの感情にも配慮したみたいですよ」
と丸山アイが言っている。
 
そういえばそんなことを昨年9月の記者会見の時も言っていたなというのを私は思い起こしていた。
 

実際にフェイの帝王切開は翌日のお昼すぎから行われた。
 
青葉と千里、札幌から出てきたフェイのご両親とお兄さんに妹さん、ヒロシ、信子、丸山アイ、川崎ゆりこ、小野寺イルザ、谷崎聡子、阪元アミザ、奥原沙妃、城崎綾香、野坂社長、フェイの事実上の付き人・光子さん、それにレインボウ・フルート・バンズのポールとジュン、それになぜか私が、都内の大学病院に行き、分娩室前の廊下で手術を見守ることになった。昨日の会議の時よりは少ないものの、結構な人数である。
 
この日、ヒロシは女装していた。私も彼の女装は何度か見たが、普通に可愛い女の子にしか見えないし、女声で話せるので、裸にでもならない限り、女でないとは思われないだろう。
 
丸山アイも女装である。そしてヒロシ、信子、丸山アイの3人だけが、手術着に身を包んで手術室内に入り、帝王切開に立ち会った。ひょっとしたら、その3人が父親候補?とは思ったものの、3年も前に性転換した信子が父親のはずはないと思い直す。精液を冷凍保存していて人工授精したとかであれば可能性もあるがフェイの発言を信用するなら「うっかり妊娠してしまった」状況だったようなので、人工授精はあり得ないだろう。そもそも信子は「突然性転換」してしまったので、精液を冷凍保存したりする時間は無かったはずだ。
 
手術は朝倉医師が執刀し、大間医師と松井医師はサポートだったようであった。
 
青葉と千里は廊下にいたのだが、ずっと目を瞑って何かに集中しているようであった。身体は廊下にあっても、霊的には手術室内に入ってサポートしているのだろう。ふたりも手術着を着ていたので、何かあった場合は、中に入って直接手助けすることになっていたようである。
 

2017年3月3日。私の時計で12:22:22、「おぎゃー」という元気な産声が聞こえて、廊下にいた面々は顔を見合わせた。思わず拍手が起こり、フェイのご両親がみんなに頭を下げた。
 
産まれた子供は女の子で、体重は1620g。すぐにNICUに運ばれたものの、生まれてすぐに元気な声で泣いたことも示しているように呼吸がしっかりしていた上に、様々な検査の末“どこにも異常が無い”ということになり、3日後にはGCUに移動されたらしい(*1)。
 
「母親が異常だらけなのに、娘は異常無しというのは偉い」
とフェイは自分で言っていたという。
 
(*1) NICU=Neonatal Intensive Care Unit 新生児特定集中治療室
GCU=Growing Care Unit 発育支援室
 

名前は、事前のフェイ本人と“父親候補”数人(?)との話し合いに従って、歌那(かな)と命名されることになった。
 
成宮歌那 総37○大徳晩成 天16◎仁心覆幸 地21◎朝日黎明 人24◎才知豊栄 外13◎和合繁栄
 
分娩室で産まれた赤ちゃんを最初に抱いたのがヒロシ、次に丸山アイで、信子は遠慮したらしい。信子はずっとフェイの手を握っていたと言っていた。実はこの3人の中で女性は信子だけだ!フェイは手術のあと眠くなる薬を処方してもらって2時間ほど眠ったようだが、夕方にはお乳が出て、自分で歩いてNICUに行き、直接歌那ちゃんに授乳し、凄く嬉しそうな顔をしていたということだった。
 
「ぼく、やはり女になってもいいかなあ」
などとフェイが言うので
 
「何を今更!?」
とヒロシたちに呆れられていた。
 
「女になるなら、ちんちん切っちゃう?」
と信子から訊かれて
「それは絶対嫌」
とフェイは言っていた。私はそれを聞いて甚だ当惑した。
 
「ねぇ。まさかフェイちゃんっておちんちんあるの?」
「あるけど」
と丸山アイが答える。なんでアイが答える!?
 
「ぼく男の子だし」
とフェイも言っている。
 
「でもこれ内緒ね」
とヒロシ。
「特にマリちゃんには言わないでね」
と信子。
「少女の秘密ということで」
とアイ。
 
「うーん・・・・」
 
「小学生や中学生の頃、お医者さんからも親からも、おちんちん切って完全な女の子に形にしちゃおうよとだいぶ言われたけど、絶対無くしたくないと思ったから頑張って死守した」
 
とフェイは言っている。
 
「フェイのおちんちんは実は結構大きい。縮んでいる時は割れ目ちゃんの中に隠れていて、まるでクリちゃんみたいだけど、立つと最大16cmくらいになる」
 
とヒロシが言う。
 
割れ目ちゃんもあって、ちんちんもある!??ふだんはクリちゃんに見える??それって菊千代状態???
 
しかし、なぜヒロシがそういうの知ってる!?
 
あ・・・・ふたりの間には性的な関係があるのか!もしかして認知したのはヒロシ??
 
と私は思い至る。しかし私は別の問題が気になった。
 
「・・・立つの?」
「男の子だもん。おちんちんくらい大きくなりますよ」
とフェイは言う。
「でも妊娠中は勃起禁止だったね」
と丸山アイ。
 
「辛かったよぉ。もう立ててもいいかなあ」
「授乳が終わるまでは禁止って朝倉先生言ってたよ」
「ぐすんぐすん」
 
どうも様子を見ていると、フェイはほんとに心理的には男の子のようである。そして、彼女たちの話を聞いていると要するに勃起させるには数日間にわたり低女性ホルモン状態にする必要があり、それを禁止されているらしい。つまり女性ホルモンは内服薬か自己注射あるいは貼付薬などで摂っているのだろうか?だとすると、妊娠がここまで維持できたのはまさに奇跡だと私は思った。
 

なお、歌那への授乳は、最初は鼻からチューブを入れて与えていたものの、フェイが乳房を近づけると頑張って吸う様子を見せたりして、結構吸引力があるみたいということになり、すぐ哺乳瓶方式に切り替えられた。体重の割に赤ちゃんがたくましいので、医師たちは驚いていたようである。
 
これは後で千里に聞いた所によると、フェイの子宮が通常の女性の半分のサイズしかないので、意図的に胎児の体重が増えないようにコントロールしていただけで、1620gといっても実際には1900g程度の赤ちゃんくらいに“中身”は充実しているのだということであった。
 
ところでなぜ私は出産の場に立ち会うことになったのだろう!?
 

3月4日(土)。旭川N高校を2日に卒業した江向音歌(えこうおとか)が両親と一緒に東京の私のマンションに来訪した。ローキューツの高倉社長・西原監督・次期主将の原口揚羽も来て、なごやかに話し合う。そしてローキューツへの入団とプロ契約の同意書を交換した。ローキューツでは来期から主将の揚羽と副主将の風谷翠花、シューティングガードの水嶋ソフィア、スモールフォワードの黒川アミラの4人がプロ契約することになり既に同意書を交換しているので彼女はローキューツの5人目のプロ選手となる。
 
私は、現在バスケット協会ではクラブチームと実業団との統合が計画されており、将来はWリーグとの入れ替え戦も行われる見込みであるといった現状を説明し、2018年から始まる関東社会人リーグ(8チーム構成で予定されている)に参加できるチーム作りをしていきたいので、ぜひ江向さんには、その中心選手として活躍して欲しいと言った。
 
すると高倉社長が
「オーナーさん、バスケ界のこと、ほんとによくご存知だ」
などと言っていた。
 
「いや、バスケ界に関する私の情報の大半は、友人の村山千里からのものですよ」
と私は言う。
 
「あの子も短期間でチームを渡り歩くなあ」
などと西原さんは言っている。
 
「言えてる言えてる」
などと揚羽。
 
千里は2009-2011年度はローキューツに在籍。2013年秋に40 minutesを結成して2014年度から正式登録したものの、2年半活動しただけで2016年春にレッド・インパルスに移籍した。
 
「また2年くらいで他のチームに移動したりして」
などと揚羽。
 
「しかしWリーグまで行っちゃったら移動する先がないでしょ?」
と高倉さんは言うが
 
「WNBAに行く可能性があると思う」
と西原さん。
 
「それはあるかもね〜」
という声があがった。
 

3月6日放送の『時のどこかで』では、前半でいよいよ水泳の授業が行われる。和夫がどうするのか?とクラスメイト男子がひそひそ声で話している。そこに今井葉月演じる同級生女子が
 
「芳山君、これあげる」
と言って紙袋に入れた女子用スクール水着を渡す。
 
「ありがとう。何?」
と訊く和夫。
 
「芳山君が今日必要なものだと思う」
「ふーん。じゃ取り敢えずもらっておくね」
などと和夫は言った。
 
しかし和夫は平然としてプール付属の男子更衣室に入り、まずは靴下、ズボンとワイシャツを脱いだ。みんなの視線が集まる。
 
ところがそこに校内放送が入る。
 
「3年1組の芳山和夫君、**高校から電話が入っていますので至急職員室に来て下さい」
 
それで和夫は
「ごめーん。遅れるって、体育の先生には言っておいて、とクラスメイトに言い残すと、急いでズボンとワイシャツを身につけ職員室に走って行った。職員室で電話に出ると、高校から特別面談をしたいので、可能ならこれからこちらに来て下さいと言われる。
 
それで和夫は早退の許可をもらって高校に向かった。
 
そういう訳で今日の水泳の授業については肩すかしで終わった。
 

この日の後半では、和夫はまた未来に飛ぶ。そして未来に飛んだ所で和夫が未来っぽい感じの真っ白なスカートスーツを着ているので、またまたアクアの女性ファンが悲鳴のような書き込みをネットにする。
 
女装(?)の和夫は、ニノが入院している病室に入っていった。
 
「元気〜?」
と明るく声を掛ける。
 
「まだ不安」
とニノは答える。
 
「逃げる?」
「もう逃げない。僕は手術を受けて女の子になる」
「その覚悟ができたんだね」
「うん。たくさん彼氏や兄貴と話し合ったら、気持ちがスッキリした。そしたら別に、ちんちんなんて無くてもいいやという気持ちになった」
などとニノは言っている。
 
「名前はどうするの?」
「ニナにする。手術が終わったらすぐ性別と名前の変更して、それが終わったらすぐ結婚届を出す」
「うん。幸せにね」
「うん」
と嬉しそうに頷いてからニノは言う。
 
「和ちゃんは3ヶ月間の女の子体験どうだった?」
「いや、参ったよ〜。女の子の身体も悪くはないけど、男の子としての生活があるから、色々不便で」
 
「女の子として生活すれば良かったのに」
「別に僕は女の子になりたいわけじゃないし」
とスカート姿の和夫は言った。
 
「女装しなかったの?」
「しないしない。なんかこちらに飛ぶとこんな格好になってるけど」
「そのあたりの仕組みはよく分からないね」
 

今日の放送後「女の子体験」ということばについて、ネットでは議論が沸き起こった。
 
「『体験』ということは、最終的には男の子に戻るということでは?」
「ひょっとして、和夫が間違って性転換されちゃったから、ニノが性転換手術を受ける時に切り取った男性器を和夫にくっつけて男の子に戻すとか?」
 
「でもその場合、チンコはまあいいとして、タマタマがニノのものだったら将来、和夫が産む子供はニノの子供になるのでは?」
「分かった!それで和夫が産んだ子供がケンとニノなんだ」
 
「だったらもし和夫とケンが結婚したら、母と息子の結婚?」
「いやその前にニノは自分で自分を産むことになる」
「和夫とケンが結婚して、ケンとニノが生まれるんだったりして」
「それもう訳が分からない!」
「『輪廻の蛇』みたいな話だな」
 
「お前ら、ちょっと待て。和夫が産むんではなく、和夫は産ませる方では?」
 
「いや、アクアは子供くらい産みそうな顔をしている」
 

「ところでアクアはどこの高校に行くんだろう?」
「芸能人の多いK学園かD高校では?」
 
「昔はみんなK学園だったけど、最近はD高校多いよね」
「そのあたりの情報は全然出てこないね〜」
 
「まだ進学先が決まってないってことはないよね?」
「都立高校の合格発表も3月2日にあったし、もうほとんどの中学3年生が行き先を決めたと思う」
 
「埼玉県の地元の高校に進学するということは?」
「それはないと思う。仕事との掛け持ちが大変だもん。高校は中学みたいに甘くないから、アクアがふつうの高校に行ったら出席日数不足ですぐ退学になると思う」
 
「やはり都内の私立高校だろうね」
 
「中学は義務教育だから、特に公立中学は出席してなくても温情で進級・卒業させてくれるけどね」
 

KARIONのシングル『エーゲ海の夕日』を発表した後は、フェイ出産の件を除いては、3月11-12日の震災復興イベントの準備作業を進めた。
 
私とマリ、それに和泉・小風・美空、そしてスターキッズやトラベリングベルズのメンバーは前日に新幹線で移動して仙台市内に泊まった。
 
この日は若葉がオーナーとなるレストラン・ムーランの開店日なので、風花に私の代理でお祝いに行ってもらった。そもそもオーナーの若葉自身が今日が出産予定日で病院に入っており出席してない!それで開店の記念式典には若葉の友人ということで、和実がわざわざ仙台から出てきてオーナー臨時代理として若葉の書いたメッセージを読み上げた。この記念式典には若葉や和実が勤めていたメイド喫茶エヴォンのオーナー夫妻や同僚だったメイドたちが多数出席していたという。
 
3月11日は午前中アクアのステージ、午後からは§§プロの8人の歌手が出演するステージであるが、どちらも満員の観客で物凄く盛り上がった。大会場初体験となった白鳥リズムも堂々と歌い、客席からは「リズムちゃーん!」という声援が飛ぶのに笑顔で手を振っていた。かなり肝が据わっているようである。
 
アクアのステージは例によって興奮しすぎて、暴れたり服を脱いだりなどの行動を取り退場を願うことになった女の子のファンが10人も出た。
 

若葉はこの日の午後3時半、都内の病院で男の赤ちゃんを産み落とした。3400gの元気な子で名前は事前の、この子の父親である紺野君との話し合いに基づき、若竹(なおたけ)と命名することになった。月曜日に彼の手で出生届を出してくることにするらしい。紺野君は若葉とは一応別れているのだが、出産の時は分娩室の前で若葉のお母さんと一緒に待機していて、産まれた赤ちゃんも抱っこさせてもらったらしい。和実もこの出産に立ち会い、実は分娩室の中で若葉の手を握ってあげていた。
 
なお、この3時半というのは、紺野君の元婚約者・竹美さんが6年前に津波に巻き込まれて亡くなった時刻らしい(遺体は結局見つからなかったので亡くなった時刻についても推定)。若葉は紺野君の元カノの命日、亡くなった時刻に自分の赤ちゃんを産んだのである。
 
 
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【夏の日の想い出・少女の秘密】(3)