【夏の日の想い出・少女の秘密】(2)
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(C)Eriko Kawaguchi 2017-05-26
最初水に入った所で美空が「冷たいよぉ」と騒いでいたが「あんたは脂肪があるからいちばん耐性があるはず」と和泉から言われていた。四つん這いになる必要がある“胎内くぐり”の所では
「私通るかな」
と美空が心配していたが
「美空さん、どう見ても僕より細いから大丈夫」
と櫛さんは言っていた。
計算上は小錦でも通ると櫛さんは言っていたが、万一途中でつっかえてしまうと救出が大変な気はした。
夏休みは終わっているのだが、小学生2人連れの家族がCコースに挑戦していた。もっとも、お母さんがギブアップして途中で引き返し、お父さんと息子2人だけで最後まで行ったようである。途中結構な段差を登らなければならない所もあり、美空は黒木さんと櫛さんに上下から支えられて何とか登った。
流れている水がとてもきれいなので「飲めますか?」と櫛さんに訊くと「美味しいですよ」というので、手ですくって飲んでみたが、ほんとに美味しい水だった。
Cコースのいちばん奥の付近に“天国の夢”“第2音楽堂”という所があり、何本もの鍾乳石が竪琴のように並んでいた。ここは鍾乳石を叩いて音を出せるんですよという話だったので、実際にやらせてもらった(櫛紀香さんがその様子をビデオ撮影してくれた)。
「あまり強く叩かないでね、割れるから。そっとね」
と櫛さん。
「もし割ったら罰金1億円だな」
と和泉。
「うっそー!?」
と美空。
「だって鍾乳石は1cm成長するのに100年掛かるんだから」
「じゃ10cmくらい折っちゃったら1000年?」
「1000年の努力を台無しにしたら1億円でも安いくらいだな」
それでそっと叩かせてもらったが、確かにひとつひとつ違った音程の音が鳴るので、ひじょうに楽しい体験であった。ここまで入って来た人へのご褒美という感じである。
「ところで下に鍾乳石の破片みたいなのが落ちてるんですけど」
「誰かここに来た人が割っちゃったんでしょうね」
「強く叩きすぎたんだろうね」
「うん。ここはその内、叩くの禁止になる気もします」
《Cコース終点》と書かれた札の先にも洞窟は続いている。
「この先もかなり続いているんですよ。何人かで入ってみたことあるんですけどね。どのくらい続いているかは分かりません。僕たちは30-40mくらい進んだ所で帰ってきたけど、もっと深く入ってみた人もいるんですよ。少なくとも100mくらいは行けるみたいです」
「でもかなり細いですよね」
「ずっと四つん這いで歩きましたよ」
「わあ」
「転回できないから帰りは四つん這いで後ずさり」
「ひゃー!大変そう!」
「ま、ちょっと観光化は厳しいかもですね」
「いや、この第2洞窟自体が観光化されているのが凄いと思った」
「そのあたりは田舎のおおらかさで」
「でもこんなに大量の水が流れているということは、どこかに水源があるんでしょう?」
「この付近を仙台平(せんだいひら)と言って、少し行った所にはたくさんドリーネのある地域があるんですよ。あぶくま洞は鬼穴という巨大なドリーネから水が供給されているんですが、この入水鍾乳洞は猫杓子というドリーネが出口になっています。いや、向こうが入口でこちらが出口か」
「じゃそこまでは通り抜けられる訳?」
と小風が訊くが
「水は通れるけど、人がそこまで行けるかどうかは不明ですね」
と櫛さん。
「無人探査機とかでも通してみないと様子は分からないなあ」
と和泉が言う。
「あとでそちらに回れます?」
と私は訊いた。
「仙台平までは行けますよ。あとで案内しますよ」
Cコースまで往復してくる標準時間は1時間半なのだが、私たちはゆっくりとしたペースで進み、写真なども撮ったりしていたので結局2時間半近い時間を掛けての往復になった。但し第2洞窟内で遭遇したのは例の親子連れだけだった。一応洞窟の運営事務所には倍の時間くらいガイドさんを拘束するのでということで倍の料金+取材御礼を予め払っておいた。
洞窟を出てから更衣室で服を着替える(さすがに黒木さんと櫛さんは男子更衣室に行く)。
「櫛さん、これであがりですか?」
「もう1組予約が入っているんですよ。仙台平への案内、その後でもいいですか?」
「もちろん。待ちますよ」
黒木さんはこの待っている間に車からギターを持って来て、櫛さんが書いた『秘密の洞窟』の詩に曲を付けていた。私たちは事務所の隅で待たせてもらった。櫛さんが次に案内していたのは、女子大生っぽい4人組であった。言葉が関西っぽかった。2時間弱で戻って来たが、帰って来た時は凄く興奮していた。やはりあの洞窟は物凄い刺激だったのだろう。
ところが戻って来た後の彼女たちを何気なく見ていたら、3人は女子更衣室に入ったものの、ひとりは男子更衣室に行く。櫛さんは彼女が男子更衣室から可愛いマリンっぽいボーダー柄のショートワンピースを着て出てくるまで外で待っていた。彼女は櫛さんに一礼してから、女子更衣室に入って!他の3人と合流していた。その後で櫛さんが男子更衣室に入り着換えた。
櫛さんが着換えている内に女子大生4人組は女子更衣室を出て、事務室の方に「ありがとうございました」と声を掛けて駐車場に向かったようである。
櫛さんが事務室の方に来てから、美空が興味津々で訊く。
「今のお客さん、何でひとりだけ男子更衣室使ったんですか?」
「美空さん、すみません。お客様のことについてはお答えできません」
「やはり男の娘?」
「すみません。守秘義務があるので」
と櫛さんが言うので、和泉が
「美空、やめなさい」
と注意した。
まあ、色々事情はあるよね?
その後、一緒に管理事務所を出て、彼の車に先導してもらい、こちらの車(黒木さんのSuzuki Escudo XG 2393cc 166ps 5MT)がそれに続く形で仙台平に向かう。
途中、鬼穴があるので、まずはそこに寄る。ここはあぶくま洞に水を供給しているドリーネである。120m x 140m depth 85mという巨大なドリーネでここから流入した水が、まずは大滝根洞という流入型鍾乳洞を形成し、その先で流出型のあぶくま洞を形成している。
「これ自体が結構凄い」
「洞窟内にいる絶滅危惧種のコウモリを保護するためにそこに扉が設けられていて、原則としてこの先は立ち入り禁止なんですよ」
「なるほどー」
車に戻って、その先を行く。結構凄い感じの道を走って仙台平のキャンプ場に到達する。もう夕方も近いので、バーベキューの準備をしている人たちもいた。
「僕もひとつひとつのドリーネの名前とかまでは、よく分からないんですけどね」
と言いつつも、案内してくれる。
「これは壮観だ」
と和泉が言っている。この景色を見ただけで創作意欲をかき立てられる感じである。
「でもキャンプ場になっていたのね」
「予約がいっぱいじゃなかったら、泊まっていただくとまた風情があると思うのですが、まだ今月くらいまでは、早いタイミングで予約しておかないと取れないらしいんですよ。今日もバンガローはいっぱいみたいで。テント張るのなら泊まれるけど、9月のテントは寒いですから」
「ああ、そうでしょうね」
「もし来年でも良ければ押さえておきますけど」
「夏はこちらもフェスとかあるから、じゃ後で日程を調整して」
「分かりました」
「入水鍾乳洞の位置から考えると、その流入口はあの付近になると思うんですよね」
と櫛さんが指さす方向に確かにドリーネっぽいものが見えるが、それが本当に猫杓子なのかは分からない。
「実際問題として、ああいう大きな鍾乳洞は複数のドリーネから来ているのでは?」
「その可能性もあると思います。ここ腰を据えて時間を掛けて調査分析するとけっこう凄いことになっている可能性ありますよね」
バーベキューの匂いに美空が強く反応していたので、私たちは折角キャンプ場に来たしということて6人でバーベキューをしてから山を下りた。
この曲のアレンジには多数のパーカッションを使いたいと考えた。そんな話をしていたら、小風が、洞窟の奥で叩いた鍾乳石の音が凄くきれいだったけど、あの音は使えないか?と言い出した。
「グロッケンじゃダメ?」
「似てるけど、あの音が欲しい」
ビデオを見た海香さんが
「サヌカイト製のリソフォン(Lithophone,石琴)の音が近い」
と言った。
サヌカイトというのは「讃岐石」ともいい、香川県地方に見られる独特の安山岩である。叩くとひじょうに甲高い音がする。
海香さんは以前、ショッピングモールのイベントコーナーでそれを弾いてパフォーマンスしている人を見かけたことがあるらしい。
それで誰かそういうものを持ってないかと、知り合いにあちこち訊いてまわった所、蘭若アスカの同僚の音楽大学の教授が、平均律十二音階に調律したサヌカイトのリソフォンを持っていると教えてくれたので、聞かせてもらいに行った。
2オクターブ25個の石が並べられている。先生が実際に弾いてみてくださった。
「確かに音が似てる!」
鍾乳洞で撮影したビデオをその先生にも見てもらった。
「ああ。確かに似た感じの音だよね」
とその先生も言う。
「外国には鍾乳石で作ったリソフォンも存在するみたいだけど、少なくとも現代の日本ではそういうのを作るのは許されないだろうね」
KARIONの制作にこの楽器をお借りできないか、あるいは新たに購入できないかと尋ねると、これを作った工房は営業しているので紹介するよと言って、教えてもらった。実際にその先生と一緒に工房に行くと、一般向けに販売しているのはドミソドの4音のものや、ドレミファソラシドの8音のもの、あるいは音階を気にせず2〜3個の石を組み合わせたものらしいが、教授からのご紹介でしたら、また25鍵のものは制作できますよということであった。そこで私は言ってみた。
「それを純正律の音階で作れませんか?」
「作れると思います。各々の鍵のピッチを指定して下さい。それに合う石を探して微調整を掛けますので」
「じゃお願いします!」
制作には4〜5ヶ月掛かるということであったので、この曲の制作は途中で保留にし、楽器を入手してから続きを録ることにした。
先行してPVを制作することにした。それは洞窟内の撮影が夏季しかできないからである。
福島ローカルの10代男女の俳優さんを使い、特に許可をもらって営業時間外に入水鍾乳洞の洞内で洞窟内デートをしているような映像を撮ることにしたが、撮影地に到達するまでにふたりともずぶ濡れになってしまうので、奥で服を着替えて撮影するという、かなり大変なことをすることになった。
(つまり奥での撮影用衣装と帰りの洞窟を通るための服を持って洞内に入る必要がある。それ以外に自宅から洞窟入口までの往復のための服、行きの洞窟を通るための服の準備が必要)
秋も深まると寒いので、できるだけ早い時期にということで9月中旬、実際には私たちがここに行った次の金曜日の午後、撮影を行った。
ガイド役の櫛さん、撮影のカメラマン、荷物持ちの助手(兼照明係)、ふたりの俳優さんという5人でCコースの奥まで行く。Cコースを通れるというのが条件なので、体力と運動能力のある女優さんということで手配したが、高校時代にバスケ部だったという女子大生と、高校時代野球部だったという男子大学生が来てくれた。女性の方はこのCコースの奥まで中学生時代に1度入ったことがあると言っていた。男性の方はこの洞窟自体が初体験だったものの、さすが運動部員で、問題無くCコース終点まで到達できた。しかし彼は結構途中息が乱れていて「ここ凄い所ですね」と言っていた。
なお女子大生は「どうせ濡れるし」と言ってワンピース水着を着た上に洞内を往復する時の服と撮影用衣装を着たので、結局洞の奥まで行く時の服と帰りの服を兼用にして、持ち運ぶ服の量を節約していた。
また実際にはカメラマンの助手の人は荷物を運ぶだけで精一杯で、途中洞窟の中を歩いている映像を撮る時はけっこう櫛さんが照明係を務めた。また櫛さん自身、許可をもらって自分のスマホでも撮影していたが、結果的にはその映像を一部利用させてもらった。
しかし苦労して撮影しただけあり《凄い洞窟の奥》で密会しているという雰囲気の映像になって、反響は良かったようである。
また、女性が167cm, 男性が182cm なので結構良いバランスになったし、ふたりとも長身なので、洞内がよけい狭く見えて良かった。
2016年10月、青葉(大宮万葉)が政子(岡崎天音)の書いた『夢中快調』という詩に曲を付けて送って来てくれた。
政子の詩は、部活動に夢中になっている中学生か高校生を描いた作品である。マリ自身、中学生の時の吹奏楽部の活動を思い起こしながら詩を書いたらしいが、青葉も中学・高校でのコーラス部での活動を思い出しながら曲を書いたようである。また青葉は先月まで水泳部でインカレなどにも出たりしていたので、その時のことなども想起しながらの制作になったようだ。
マリが吹奏楽部の活動をベースに詩を書いたと聞き、青葉はこの曲の冒頭にスッペの『軽騎兵序曲』のファンファーレを入れ、更に間奏にはヨハン・シュトラウス1世の『ラデツキー行進曲』のテーマも組み込んでいる。青葉には忙しそうだから、メロディーの手書き譜面レベルでもいいよと言っていたのだが、彼女はCubaseで完全なスコアを作ってくれていて、トランペット・トロンボーン、ホルン、チューバ、フルート、クラリネットまで指定されていた。
この曲の収録にはこの管楽器セクションが必要なため、和泉や黒木さんなどに相談した結果、黒木さんの大学時代の友人の友人が海上自衛隊の音楽隊を退職したメンバーを中心に作っている横須賀マリーンブラスという小編成の吹奏楽団に参加しているのだが、どうだろう?という話が出てきた。偶然にも横浜市内で行われるイベントに出演予定があったので、私と和泉と黒木さんの3人で聴きに行った所、充分プロレベルの演奏だと判断する。そこで、そのツテのつながる人物を介して、譜面も見せて打診してみた所、やってもいいということであったので、お願いすることにした。
この曲はそれで向こうの編曲担当・栗山さんと、こちらの私・和泉・黒木、それに下川工房で吹奏楽や管弦楽のアレンジを得意とする岡島さんとの会談を経て、岡島さんが書いてくれたアレンジを再度このメンツで検討・調整してスコアをだいたい確定させた。
その上でトラベリングベルズ(のギター・ベース・ドラムス・キーボード・グロッケン・ヴァイオリンの6人)と横須賀マリーンブラスとで、まず11月上旬の土曜日に合わせてみて、更に再調整した上で、翌週の土曜日に演奏を確定させた(メンバーは他に職業を持っているので週末しか稼働できない)。
この演奏にKARION4人の歌を乗せた。
そういう訳でこの曲はひじょうに厚みのあるサウンドの格好良い曲になった。
(この曲ではトランペットの児玉さんとサックスの黒木さんはお休みであるが黒木さんは全体のバランスを見てくれた。黒木さんはリーダーを継承して以降、わりとこういう仕事をしてくれている)
『時のどこかで』の1月30日の放送では、先週の事件の後日談が語られる。乱入した武士たちは、後宮をあちこち探し回るものの、どこにも帝が居ない。そのうち、事件に気付いた護衛の武士たちが駆けつけてくる。そこでもはやこれまでと、3人の武士は切腹して果てた。結局、帝の身代わりを務めた掌侍(ないしのじょう)も無事であった。彼女は典侍(ないしのすけ)に昇進することになった。
乱入者に嘘を教え、帝に急を告げた女孺(めのわらわ)はその後誰も見ることがなかった。芳山少納言に照会しても、後宮に出した娘は居ないということであったので、結局あれは伏見のお稲荷様のお使いの狐が女孺の姿をとって帝を助けてくれたのではないかということになり、帝は伏見稲荷にたくさん寄進をした。そして自分の子の胤仁親王(後伏見天皇)に譲位した後は、伏見稲荷の南方にある伏見離宮(現在の桃山駅付近)に住み、ここから院政を行った。そして長く伏見宮にお住まいになったことから、お隠れになった後は伏見天皇と追号されたのであった、とナレーターによって語られた。
この日の放送の後半は和夫の学園生活が描かれる。
今日も体育の時間なのだが、和夫が着替える時に何だかみんなの視線がある。和夫は視線を敢えてそらしていた。その日はバスケットだったのだが、ゴール近くでの乱戦で和夫がドリブルしてゴール近くに迫ってきた時、相手チームのゴール下に居た子が和夫を停めようとして「あっ」という顔をして結局逃げてしまった。それで楽々和夫はレイアップシュートを決める。
「なんであれ逃げるんだよ?」
と言われて
「だってさあ」
と言って和夫を見る。
「確かに・・・」
などと意味ありげにつぶやいた。
ところでこのシーン。実は龍虎はミドルシュートは割とうまいのだが、レイアップは苦手であった。しかしミドルシュートでは衝突しそうになって相手が逃げるという展開にできないので、千里の所属するレッドインパルスのメンバーから半日がかりで指導を受けてレイアップシュートの練習をした。
元々運動神経はよいので、丁寧に教えられるとかなり上達して、最後は9割以上入るようになる。
(龍虎は筋力は無いが身体は柔らかいし運動のセンスも良い。それで実は小学校の時の体育の成績は、彼の良い所を見てくれる教師からは4をもらったものの、筋力の無さを見る教師からは1や2をもらっている)
「アクアちゃん、才能あるよ。アイドル引退したらうちに入らない?」
などと渡辺純子からおだてられて
「あ、それもいいですね。なんか楽しくなってきちゃったし」
などとまんざらでもない様子。
すると黒木不二子が
「やっぱ、アクアちゃん、入るなら女子バスケットチームだよね?」
と突っ込み、
「あれ〜〜!?」
などと声をあげて悩んでいた。
さてドラマの方は、体育が終わった後、このまま身体測定をしますと言われる。それで男子は理科室と言われて、和夫たちは理科室に移動する。
「じゃ男子は体操服脱いで、シャツも脱いでパンツだけになって」
と男性の体育教師が言う。
それでみんなぶつぶつ言いながら脱ぐ。ところが和夫は体操服の上下は脱いだものの、グレイのシャツを脱がずに「どうしよう?」みたいな顔をしている。そこに体育教師が来て
「どうした。芳山?シャツも脱ぐんだぞ」
と言ったが、そこに保健委員の子が助け船を出す。
「先生、芳山は少し体調が悪いらしいんですよ。シャツ着たまま測定してもらえませんか?」
「あ、そうなの?分かった。じゃ芳山はそのままでいいから、シャツの分0.3kg引いといて」
と先生。
「分かりました。そうします」
と保健委員は答えて、和夫に向かってニコッと微笑んでVサインを出す。和夫は会釈で返した。
今日の放送内容で、ネットでは
「もう和夫が性転換したのは確定だな」
という意見があふれていた。
「おっぱいも大きくなっちゃったから、男子の前ではシャツを脱げない」
「ブラジャーも着けてるのかね?」
「アクアはきっとふだんからブラジャー着けてる」
「アクア様はぷりりのA70を愛用しているよ」
「ぷりり使ってるんだ!?」
「いや、ぷりりが好きというのはラジオ番組でしゃべっていた」
「あとはいつセーラー服姿になるかだ」
「でもアクア様のプライベートなセーラー服姿って写真が全然ネットに出回らないよね」
「一度記者会見までやるハメになった時だけだよね」
「目撃したという書き込みはよくあるから、結構アクアはプライベートでセーラー服を着ていると思う」
「たぶん監視チームがあって、どこかにアップされると速効で削除させているんだと思う」
「恐らく検索サイトとも話を付けて、検索されないようにしているのでは?」
「セーラー服姿でなくても、スカート姿とか女子水着姿の写真も出てこない」
「アクアって女子水着をプライベートで着るの?」
「スカートは普通に穿くと本人も言っていたが」
「アクアにとってはスカートは普通の服であって、スカート穿いても女装している意識は無いらしい」
「アクア様はスカート似合うからいいのよ」
「しかし男子水着姿のアクアは想像ができない」
「やはり女子水着を着ていると思うなあ」
「アクア様のビキニ姿とか見たーい」
「写真集ではリゾートウェアみたいなの着てたね」
ところで龍虎(アクア)本人は現在中学3年生なので、来春は高校に進学することになる。
彼は芸能活動しながら通える学校として、昔から芸能人が多い渋谷区のK学園、近年多数の芸能人高校生が在学している品川区のD高校、立山みるくなどが通った世田谷区のJ高校、スリファーズの3人などが通った北区のC学園、川崎ゆりこなどが通った多摩市のF学園という5つを候補にして、都内の高校に通った私にも、各々の高校の雰囲気はどうかと尋ねて来た。
私が知っている範囲でそれらの学校について話していたら、アクアは音楽教育に力を入れているC学園に興味を示していた。ミッションスクールなので英語と音楽に関して伝統的に良いスタッフが揃っている。都の合唱コンクールでは上位の常連校だし、ここ出身のオペラ歌手やピアニストもいる。
ここは埼玉県内に住んでいる彼にとっては、自宅からの移動も楽だというのもある。むろんどこに進学するにしても、自宅からの通学は困難なので、マンションか何かを借りて独り暮らしすることになるだろう(彼の収入なら分譲のを1軒買ってもよい)。
しかししばらく話している内に、私はアクアが候補にあげていたC学園とF学園は女子高であることに気付いた。それを言うとアクアはC学園が好きになりかけていただけに残念がっていた。
規律の厳しいK学園は自分には合わないかなあ、などと言っていたので、たぶんD高校かJ高校にするのだろうなと私は思った。
その龍虎から、1月下旬、電話があり、進学する高校が決まったということであった。
「北区のC学園になりました。合格通知も頂きました。マンションも赤羽駅の近くに確保しました」
とアクアが言うのでびっくりする。
「龍ちゃん、女子高生になるの!?」
「それが今年からC学園は高等部の芸術コースに限って男子も受け入れることになったらしいんですよ」
「そうだったんだ!」
「芸術コースって一般入試はやってなくて、推薦選考のみなんですよ」
「へー」
「定員もこれまで中学からの生徒10名と高校からの生徒5名で中等部・高等部あわせて75名しか居なかったんですが、今年から高等部の定員を5名増やした上でその増やした分の半分程度までは男子も受け入れることにしたらしくて」
「なるほど」
「だから1学年に男子は最大3名ですね」
「なんか狭き門だね」
「そうなんですよ!話を聞いてびっくりしました」
「もしかして勧誘されたの?」
「いや、それが何というか」
以下は龍虎の話である。
龍虎は最初はふつうに公立の高校に行くつもりでいたのだが、龍虎の今の仕事の忙しさを考えると、公立に行きながらというのは厳しいのではないか?私立で芸能活動に理解のある学校に行ったほうがいいのではと、数人の友人から助言され、12月に入ってから、慌てて情報を調べ始めた。
幸いにも両親がそもそも学校の先生なのである程度情報を集められたし、事務所の先輩などからも聞いたりして、結局都内の私立高校がいいだろうということになり、候補として渋谷区のK学園、品川区のD高校、世田谷区のJ高校、北区のC学園、多摩市のF学園、という5つの高校が浮上した。
それで何人かの人にそれぞれの学校の様子などを聞いたものの、ひとつひとつの学校については知っている人がいるものの、なかなか全部知っている人が少なく、その中で私から得た情報は大いに参考になったと言っていた。
それで実は私の前にもC学園が龍虎には合うのではと言ってくれた人もあり、私との話でもいい雰囲気だったので、C学園を受けようかな・・・と思い始めたところで、C学園は女子高ということを知り、愕然とする。
それで結局、D高校とJ高校に的を絞り、都の中心部でも学校説明会が開かれるというので聞きに行くことにした。これが
D高校の説明会が12月17日(土)13時から品川マリンプラザ、
J高校の説明会が12日18日(日)15時から渋谷メロンホール、
だったので、各々予約を入れておいた。お母さんが付いていこうか?と言ったものの、合唱部のクリスマスコンサートの準備で忙しそうだし、お父さんは今年中学3年生を受け持っていて進路指導で大変そうなので、その後の個別相談会の時だけ付いてきてと言い、ひとりで聞きに行くことにした。
それで“17日”に龍虎は東京に出てきて、13時に“渋谷メロンホール”に行ってしまったのである!
両方の会場の名前が似ていたこともあり、うっかり違う所に行ってしまったのである。実は龍虎も少しホールの名前の記憶が不確かだったのだが、実際にそこに行くと、学校説明会が行われているようである。「あ、ここでよかったみたい」と思い、電話で予約した時の予約番号と名前を言う。
ところが
「あれ?その予約番号は田代さんではないですよ」
と言われる。
受付の人は「タシロ・リュウコ」という名前で検索してくれたものの、その名前は登録されていないという。しかし会場には余裕があるので、説明会にそのまま出て下さいと言われ、新たな予約番号を発行してもらって、龍虎は会場の席に座った。
なお、龍虎は、服装は制服かなぁとも思ったのだが、どちらも学校のホームページには「気軽な格好でおいでください」と書かれていたので、結局セーターと黒いコットンパンツで出てきている。実際会場を見ても、制服を着ているのは半数くらいでけっこう私服が多いようなので、安心した。ただ、この会場は女子が多いみたいだな、というのは感じた。
ミッションスクールなので、説明に立ったシスター服の先生の「ごきげんよう」という挨拶で始まる。参加者も「ごきげんよう」と返す。
そして始まった説明を龍虎は聞いていて「あ、この学校わりといい感じ」と思う。ミッションスクールということで、来ている先生たちの半数くらいがシスター服や、似た感じの服だが、ふつうの服の人もいる。最初にうちはカトリックの教義に沿ってカリキュラムを組んでいるが、入信の必要は無いし、ミサへの参加も任意なので、欠席しても構わないという説明があった(信者でなくてもミサに参加できるが聖体拝領は信者の生徒のみ)。実際現在の在校生でクリスチャンは2-3%程度だという。
結構な進学校のようで、国立や私立医学部を目指すS(特進)コースと、私立や短大を目指すA(進学)コースに分かれると説明される。それ以外にG(芸術)コースもあるが、これは一般募集は行わず推薦選考のみで、特に優れた音楽的技能を持つ生徒に限って入れていると説明された。
スマホか何かで動画撮影しPremiereでつないだ説明用ムービーがプロジェクターで投影される。
登下校の生徒の様子、授業風景などが映された後、図書館・視聴覚室・音楽室・語学学習室・コンピュータ室・理科室・調理室・3つの体育館・温水プール・研修施設・お御堂などといった校内設備が実際に映像付きで説明される。文化祭・体育祭など学校行事の様子、クラブ活動の紹介などもある。大会に参加した時の様子、取った楯や賞状なども映る。ここは文化部ではコーラス部と吹奏楽部、体育部ではバレー・バスケット・水泳が強いらしい。ミッションスクールなのに《狛犬愛好会》などというのがあるのを紹介されたのにはアクアもびっくりした。
また進学先について、昨年度の進学実績、今年度の志望校の一覧などが映され、東大文三に合格した女子生徒のメッセージも入っていた。東大ってすごーい!と龍虎は思いながら見ていた。現時点で龍虎は大学に行くつもりはない。もし高校卒業時点でも芸能のお仕事をしていたら大学には行かずに、お仕事に専念するつもりでいる。
制服についてはビデオではなく、リアルに女子の在校生が夏服・冬服・コートに体操服を着て紹介してくれたが、可愛い!と思ってしまった。男子制服はどんなのだろうと思ったが、今日は紹介は無いようであった。
ビデオが終わった後、若干補足的な内容がPowerPointを使って説明された。多少の質疑応答が行われる。SコースとAコースの途中での移籍のこと、またバイトについての質問があった。
ひととおり説明会が終わった後で、もっと詳しい話を聞きたい方は、この後、個別に説明して質疑応答も受けますと言われる。それで龍虎はそれに申し込んだ。会場に来ていたのは200人くらいであるが、50人くらいが個別説明を申し込んだようである。残った人たちを見ていると、半分くらいはお母さんが同伴しているものの、残りは1人だけか、友だちと一緒に来ていたようであった。それで龍虎も「今日はボク1人でもいいよね」などと思っていた。なお残っているのは自分以外は全員女子のようであった。
面談は会場内に設置された4つのブースで行われたが、龍虎は元々が実質予約無しで飛び込んで来ているので、面談は最後になった。名前を呼ばれて面談ブースに入る。面談してくれるのは40歳くらいかなあという感じの優しそうな女性でシスター服っぽいトゥニカ(チュニック)を着ているが、ウィンプル(頭巾)は付けていないし、十字架も付けていないので、修道女ではない先生なのであろう。
「よろしくお願いします。田代龍虎と申します」
「こんにちは。タシロ・リュウコちゃんね。私は山科亜津美(やましなあづみ)です。担当は国語です」
最初は学園生活のことや、カリキュラム、コース別のクラス分けなどのことを話す。それで龍虎は実はと言って本題に入る。
「私、実は芸能活動をしていて、そういう活動と学業を両立できる学校としてこちらの学校があるよと知り合いから聞きまして、それで興味を持ったのですが、実際問題としてお仕事が学校の授業や行事に重なった場合の扱いについてもしよろしかったら教えて頂けませんか?」
「あら、あなた芸能活動をしているの?」
「ええ。大して売れてませんけど」
「一応芸能活動も含めて、学校側が許可しているお仕事で休む場合は、できるだけ一週間程度前までに届けを出して欲しいのですが、緊急の場合は担任に電話してください。最近メールで済ませようとする人もありますが、メールでは許可を取ったことになりません。必ず電話で連絡して口頭でいいので許可をもらってください」
「はい。それはちゃんとやります」
「実際、どのくらいお仕事で時間が取られるの?」
「昨年は、映画の撮影とか、ライブの準備とかで結構休んだんですよ。年間20日くらい休んだと思います」
「あら、20日も休んだのなら、あなた結構売れているんじゃないの?」
「まあ拘束時間は長いんですけどね〜」
「でも20日くらいは大丈夫よ。うちは年間の授業日数が195日くらいだから、その3分の1の65日以上休んだら留年になるけど、20日くらいは大丈夫」
「良かった」
と言って龍虎は笑顔になる。
「微妙な日数になった場合は、10日程度なら補講をしてもいいしね」
「それは助かります」
「ただ試験で赤点取ったらどっちみち留年だから、休んだ分、自分でしっかり勉強しておかないといけないけどね」
「はい。それは頑張ります」
と龍虎は言った。
「でもあなた本名で活動しているの?タシロ・リュウコちゃんだっけ。アイドルグループか何かに入っているの?」
「あ、いえグループではなくてソロなんですよ。芸名はアクアというんですが」
その時、山科先生の顔が何とも形容しがたいものに変わった。
「あなた、アクアちゃん!?」
「はい」
「お正月に関東ドームで公演するアクアちゃん?」
「はい。1月4日と5日に関東ドームでライブする予定です」
「『時のどこかで』に出ているアクアちゃん?」
「はい。出させて頂いてます」
「ちょっと待って」
と言って、先生は席を立つと、60歳くらいの(本物の)シスター服を着た女性を連れてきた。説明会の冒頭で挨拶した先生である。教頭先生ということであった。ウィンプルをかぶり、十字架もつけている。
「あなた、あの超人気アイドルのアクアちゃん?」
と教頭先生から訊かれる。
「超人気というほどでは」
「いや、凄い人気だよ。あれだけ人気だったら、ほとんど学校に出られないのでは?」
「それが、私の父親代わりの人が、実は芸能界で結構な地位のある人で、その人が睨みを利かせて、原則として私の活動は土日のみ、どうしても必要な場合は週に2日までは放課後を使ってもよい、ということになっているんですよ。ホントにどうしても忙しい時は1日お休み頂いて仕事に出ることもありますが。そのお陰で、もしかしたら他のアイドルよりも学校を休む率は低いかもという気はします」
「父親代わり?」
「あ、いえ。話せば長くなるのですが、私、本当は里子なんですよ。ですから学籍簿上は田代龍虎になっていますが、戸籍上は長野龍虎と言って、ここだけの話ですが、実の父はワンティスの高岡猛獅。父親代わりというのは同じくワンティスの上島雷太と申しまして」
「うっそー!?」
それで龍虎は自分が高岡猛獅と長野夕香の間の子供であること。ふたりが交通事故で死んでしまったので、親権者(未成年後見人)は母の妹・長野支香になっていること。親権者の支香が歌手活動で多忙であったことから、知人の田代夫妻の里子になり、小学1年生の時から、ずっと田代夫妻の子供として育てられてきたことを語った。
「でも私、親の七光りとかでちやほやされたくなかったので、両親のことや上島さんとの関係は私が20歳になるまでは公開しないということにしてもらったんです」
と龍虎は言う。
「それはしっかりした考えだと思うよ」
と教頭先生は言った。
龍虎は生徒手帳のダイアリーの所を見せて、実際にどんな感じで仕事が入っているかを先生たちに見てもらった。
「ほんとに平日はできるだけ予定を入れないようにしているのね」
「はい。その代わり、土日は早朝から深夜までとかになったりするので宿題は移動中の車の中でしたりしています」
「偉い、偉い。それなら学校の勉強との両立もできるかもね」
時間が掛かりそうというので会場の撤収もしなければということで別室に移動し、龍虎は山科先生と教頭先生の2人で1時間以上、龍虎本人の生まれと里子になった経緯に関する詳しい話、幼い頃の大病のこと、また芸能活動の様子などについて話した。それで結構良い雰囲気になってきた所で、教頭先生がおもむろに訊いた。
「ところでうちは女子校なのですが、うちを志望なさるということは、やはり田代さん、一部で噂されているように実は女の子なのですか?あるいは性転換して女の子になったんですか?」
「え?私は男の子ですが。性転換もしてません。でもD高校さんって、女子高だったんでしたっけ?」
と龍虎は答えた。
この反応に、ふたりの先生は当惑したような顔をして言った。
「えっと。うちはD高校ではなくて、C学園ですが」
「え〜〜〜〜!?」
それでやっと龍虎はそもそも違う学校の説明会に来てしまっていたことに気付いたのであった。
山科先生が調べてくれたら、D高校の説明会は今日、品川のマリンプラザで行われていたことが分かった。ついでに龍虎が来てしまった渋谷のメロンホールでは明日、J高校の学校説明会があることも分かる。
「ごめんなさい。両方がごっちゃになってしまったみたいで」
と龍虎は先生たちに謝った。
それで龍虎は自分は確かに男なので、女子校には入れないですよね、と言って退席しようとしたのだが、教頭先生が呼び止めた。
「でも田代さん、声がまるで女の子の声みたい」
「ええ。だから私も言われるまで女の子ではないなんて、思いもしなかったんですよ」
と山科先生も言う。
「私、声変わりが遅れているんですよ。でもハイドンとかは18歳くらいで声変わりが来たとかいうし、遅い人もいるよ、と言われています」
と龍虎は答える。
「ああ。そもそも昔は全体的に今より声変わりの時期は遅かったみたいね」
「栄養事情もあるんでしょうけどね」
「その辺りは、さっきも話しましたように小さい頃に大きな病気をした後遺症もあると思うんですが、全体的に身体の発達が遅れているんですよ。身長も156cmだし」
「そうそう。身長もふつうの女子の身長なのよね。それで男の子だなんて、気付かなかった。体重は?」
「36kgです」
「痩せすぎの気もする」
と山科先生。
「けっこう食べているんですけど、身長も体重も増えないんですよ」
と龍虎。
「それ仕事が忙しすぎるのもあるのでは?」
「かも知れません」
「名前もリュウコちゃんと聞いたからてっきり女の子名前かと」
「私のリュウコは空を飛ぶ龍に、吼える虎なんですよ」
「ああ、その龍虎だったのか!」
「ところで、あなたの歌とか、テレビやCDで聞くと、凄く上手いんだけど、あれは生歌唱?」
と教頭先生が訊く。
「ええ。うちの社長(秋風コスモス)は、どんなに体調が悪い時でも口パクはしてはいけないと言っています。歌手としての誇りが少しでもあるなら、どんな時でも必死で歌えと言います」
「それは素晴らしい。ちょっと生で何か歌ってみてもらえないかな?」
「いいですよ」
と言って、龍虎は宇多田ヒカルの『Automatic』をアカペラで歌った。音域がF3-E5の2オクターブあるなかなかの難曲だが、龍虎はこれを楽々と歌った。
先生たちが凄い拍手をしてくれる。
「あんた、マジで上手い!」
「歌手になれるよ、と言おうとして、既に歌手だったことを思い出した」
などと言っている。
「あなた、それだけ歌えるなら、うちの芸術コースに入らない?」
「え? それ去勢してね、とかいう話じゃないですよね?」
「カストラートなんて150年も前に無くなっているよ」
と山科先生。
「うちは女子校だけど、芸術コースだけは来年度から男子も取ることになったのよ」
と教頭先生。
「そうなんですか!?」
「芸術コースは中学からの生徒10人と高校からの生徒5人という定員だったんだけど、来年度から高校からの生徒枠を10人に増やすことになって。それに合わせて、その増やした分の半分までは男子を受け入れてもいいということにしたんです」
「知らなかった!」
「ええ。ホームページとかにも掲示していません。来期は創立70周年の節目の年なので、それに合わせてということでの計画なのですが、ずっと女子校としてやってきていたのに、男子生徒を入れるというのにはOGからも凄い反発が来ることが予想されまして」
「なんか大変ですね〜」
「それで最初の年に入れる男子生徒は、本当に学校が誇れるくらい優秀な生徒を入れたいんですよ。実は今2人内々定しているんですけど、アクアちゃんなら充分学校が誇れる生徒だから、入ってもらえるなら大歓迎ですよ」
「ちょっと待って下さい。私、そんなに優秀じゃないですよ〜」
「いや、充分優秀」
と教頭先生は言った。
「それに私、芸能活動でずいぶん休むかも知れないし」
「それは他の2人も同様ですね」
と先生は言う。
「1人は国際***音楽コンクールのヴァイオリン部門で昨年3位になった人で。その前年・前々年は4位で初めての入賞だったんですけどね」
「優秀じゃないですか!」
「***音楽コンクールは知ってる?」
「ええ。私もヴァイオリン習っているから」
「あら、あなたヴァイオリン弾くの?」
「はい。父親代わりの上島さんにも勧められてずっとヴァイオリンとピアノは習っていました」
「へー!今度よかったら聞かせてもらえない?」
「はい」
「そういう訳で、その人はコンクールに出たり、特別な先生の集中レッスンを受けたりするのに結構休むかもということなんですよ」
「なるほどー」
「もう1人はピアニストなんですよ。彼もいろんな大会に出たいということで、やはり結構お休みするかもということなんですよ」
「でもそんなクラシック系の凄い人に混じって、たかがアイドル歌手の私なんかが、いいんですか?」
「歌手なら芸術コースの今度3年生になる学年に山森水絵さんもいますよ」
「わっ。山森さんがC学園でしたか」
「彼女の場合は在学中にデビューすることになったんですけどね」
「そういうのもありなんですね」
「うちの学校は規定の授業日数出ていて、ちゃんと試験も60点以上取っていれば、違法なことで無い限り個人的な活動については自由という立場ですので」
「あ、そういうの好きです」
「他に芸術コースではなく進学コースですが、松梨詩恩ちゃんが4月に新入生として入ることで、内々定なんですよ」
「わぁ、詩恩ちゃんと私わりと仲良いです。よく音楽番組で会うんですよ」
「あの子もけっこう売れているみたいね」
「ええ。同世代の男の子に凄い人気なんですよね〜」
そういう訳で龍虎は教頭先生に気に入られてしまった感じもあり、この春からC学園に新設される芸術コースの男子枠に入るという方向で話が進んだ。それで翌日、日曜日ではあるが、両親と一緒に実際にC学園を訪れて更に突っ込んだ話をすることになった。
なお、ドタキャンしてしまった結果になったD高校には、電話をして、会場を間違ってしまい、他の学校の説明会に誤って出席してしまったことを伝え、よくよくお詫びをしておいた。そういうことであれば、何でしたら学校に来てもらえたら、個別に説明をしましょうか?と言ってもらったが、その誤って出席してしまった学校の先生に気に入られてしまったので、そちらに進学する方向で検討することになったので、取り敢えず辞退させてくださいということを伝えて了承を得た。D高校からは「もしそちらとの話し合いが不調になったような場合は遠慮無く、うちに声を掛けてくださいね」とまで言ってもらった。
また翌日学校説明会に行くことになっていたJ高校にはキャンセルの連絡を入れた。
それで翌日、龍虎は田代夫妻、長野支香、上島雷太の4人と一緒に東京北区のC学園を訪れた。
学校側からは、理事長・校長・教頭、それに芸術コース主任の窪田先生が出てくれた。まずは龍虎の歌、ピアノ、ヴァイオリンを披露する。
龍虎はこの日はまず上島先生の伴奏で鴨乃清見作詞作曲の『門出』を歌った。上島先生は『原曲通り』の伴奏をしたので、歌の方が伴奏より先に出る所が数ヶ所有り、これを龍虎は正確な音程で歌った。
自分の歌唱力をマックスに見せられる歌を歌うのがいいと上島先生に言われてこの曲を選んだらしい。
この曲は和泉とか七美花、松原珠妃など《絶対音感持ち》には辛い歌らしいのだが、私や槇原愛、青葉など《相対音感型》の歌い手には意外に歌えてしまうのである。但し、声域が最低3オクターブ無ければならない。アクアも相対音感型で、しかも私などと同様に西洋音階でも和音階でも純正律でもその曲によってさっとその音階の感覚に切り替えることができる。
アクアは「平均律はなめらかな感じ、和音階は響き合う感じ、純正律は階段みたいな感じ」と言っていた。
龍虎の歌唱を聴いて、理事長・校長・教頭は凄い拍手をしてくれたがも窪田先生だけは
「移調しました?」
と訊いた。
「はい。これを歌ったケイ先生の声域はF3-E♭6なんですが、私は下の方がG3までしか出ないんですよ。それで本来C-Majorなのを2度上げてD-Majorで歌わせて頂きました」
「うん。それはいいけど、それで結果的にF6を歌っているのが凄い」
「気合いを入れていると一瞬ならF6は出るんです」
「だったら『夜の女王のアリア』を原キーで歌えるでしょ?」
「歌えますけど、私はクラシック歌手ではなくてポップス歌手なので、ポップスで勝負した方がいいだろうと上島さんの助言だったんです」
上島先生は微笑んでいた。窪田先生も頷いていた。
その後、龍虎は音楽室のグランドピアノ(Yamaha S4B)でショパンのノクターン2番を弾いた。
「きれ〜い!」
という声があがる。
「簡単な曲で済みません」
と龍虎は言うが
「難しい曲を弾いて間違うより自信を持って弾ける曲を弾きなさいと私が言ったもので」
と上島先生は言うが、窪田先生は
「いや、この曲自体、結構難しいですよ。上級者レベルの曲だと思う。そして解釈がきちんとできていた」
と評価してくれた。
続いてヴァイオリンを弾く。今日持って来たヴァイオリンは、E.H.Rothのもので、小学5年生の時にヴァイオリンの大会で入賞したお祝いに上島先生から買ってもらったものである。それまでは鈴木の520番を使っていた。
この日龍虎が演奏したのはツィゴイネルワイゼンであるが、伴奏は田代母がしてあげた。こういうクラシック曲の伴奏となると、上島先生は畑違いである。田代母は音楽の先生だけあって、龍虎をしっかりサポートしてあげた。この曲は途中で弱音器を付けたり外したりする場面があるが、スムーズに着脱していた。
演奏が終わると、理事長・校長・教頭が凄い拍手をするし、窪田先生も掛け値無しで頷きながら拍手をしていた。
「これも簡単な曲で済みません」
と龍虎は言うが
「いや、簡単な曲だけに差が出るんですよ。君は上手い」
と窪田先生は言った。
「簡単な曲なんですか!?」
と理事長が訊く。
「凄く難しい曲に聞こえたのに」
と校長。
「格好いいけど、シャコンヌとかに比べると難易度は低いよね」
と窪田先生。
「そうなんです。この曲、凄く難しい演奏しているみたいに聞こえる、お得な曲なんです。逆にシャコンヌは難しいのに、地味で、全然難しいことしているように聞こえないんですよ」
と龍虎は言った。
窪田先生も笑いながら頷いている。
「ちなみにシャコンヌも弾ける?」
「まだ微妙に怪しいです」
窪田先生はまた頷いている。龍虎が正直に言うのを好感しているようである。
「でもピアノもヴァイオリンも上手いけど、歌がやはりいちばん凄い」
と窪田先生は龍虎を評価するように言った。
「実は私もそう思ったので、この子が歌手になりたいと言った時、いいよ、それでやってごらんと言ったんです」
と田代母は言った。
結果的には、この龍虎の歌唱・ピアノとヴァイオリンの演奏が実質的な入試代わりになったようである。
この後は実際の入学手続き、就学のための費用、また校則などについて学校側から説明があり、龍虎と保護者群!も了解していた。
「寮は別に必要ないですね?」
と窪田先生。
「私、寮に入ったら門限を全然守れないと思います」
と龍虎。
「ああ。そうでしょうね」
「駅の近くにでもマンションを借りるといいと思うよ」
と上島先生が言った。
「それでいいでしょうね」
「買ってもいいけど」
と上島先生。
「高校生で自己所有マンション暮らしというのは分不相応だと思うので、取り敢えず20歳までは賃貸マンションでいいと思います」
と龍虎。
先生たちも頷いていた。
「制服というのは無いんですね?」
と田代母。
「はい。まだ初年度ということもあり定めてないんですよ。女子の制服を着せる訳にもいきませんし。学生らしい服装であればということにしたいと思います」
と教頭が言った時、龍虎が微妙な顔をした。それで教頭は付け加えた。
「えっと・・・女子制服を着たいということであれば、着ても構いませんが」
「いえ、それまた誤解を生むから自粛します」
と龍虎。
「あんた中学では時々女子制服着てたしね」
と田代母。
「あれは色々唆されたり、騙されたり」
と龍虎。
「いや、ほんとに女子制服が良ければそれでもいいですよ。色々噂されているみたいですけど、MTFかひょっとしてMTXってことないですよね?あ、この辺りの言葉は分かるかな?」
と教頭先生が訊く。
「はい。MTFもMTXも分かります。でも私の場合はMTXじゃなくてただの女装趣味だとか、ある作曲家の先生(醍醐春海)に言われちゃいましたけど。実際、私、よく女装している気もするんですけど、女の子になりたい気持ちは無いので」
と龍虎が言うと、上島先生が笑っている。
「確かによく女装させられているよね」
と上島先生。
「私が嫌がるそぶりとか見せないから、これパワハラじゃないよね?とかプロデューサーさんとかからも言われるんですよ」
と龍虎。
「まぁ嫌じゃなかったら、構わないんじゃないの?」
と上島先生。
「そうですね〜。わりと女の子の服も好きだけど」
と龍虎。
「あんたのタンスの中身は9割以上女の子の服だし」
と田代母。
「だって川南さんが送りつけてくるし、ファンの人たちからも日々大量に送られてくるし」
と龍虎は言い訳している。
「やはり女装趣味だな」
と田代父は言った。
「まあ中学の時と同様の学生服とか、夏はワイシャツでいいんじゃない?」
と田代母が言う。
「はい、そういう服であれば問題無いと思います」
と教頭は言った。
「女子制服も作っちゃう?」
「え〜?どうしよう?」
「じゃ、女子制服でもいいことにしておきましょうか?」
と教頭先生が言うので
「うーん・・・」
と言って、龍虎は悩んでしまった。
そういった訳で、龍虎は4月から、これまで完全な女子校であったものの一部のみ共学となるC学園に通うことになったのであった。住まいは高校の最寄り駅近くの賃貸マンションを契約した(田代父の名義だが、家賃は田代龍虎名義の口座から引き落とす)。そこなら仕事に出るのにも、今までよりかなり便利になりそうであった。
なお龍虎はこの高校でも、今まで通り、田代龍虎の名前で通学するが、卒業証書などは通称の田代龍虎、戸籍名の長野龍虎の双方の名義で発行してもらえるらしい。
「で、結局、龍ちゃん、女子制服を着るの?」
と私は訊いたが
「着ませんよ〜。着てみたい気はするけど」
などと言っている。
「ミッションの制服って可愛いんじゃないの?」
「ええ。すごーく可愛いんですよ。だからコートとかは学校指定の買ってもいいかなあと思っているんですけどね。ぼく、右前とか左前とか全然気にしないし」
「コートだけじゃなくて、制服も買えばいいのに」
「女子制服でもいいよというのは教頭先生のジョークだと思うんですけどね」
「そうね。ジョークだったらいいね」
などと私は言っていたのだが、2月中旬になって“制服採寸会のご案内”という通知が送られてきたらしかった!
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【夏の日の想い出・少女の秘密】(2)