【夏の日の想い出・翔ぶ鳥】(5)

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宮城県M市でのカウントダウンライブを終えた私たちは、こけしで有名な遠刈田(とおがった)温泉まで移動して旅館に投宿した。午前1時半頃に到着して、松前会長の音頭で乾杯した後、即解散してほとんどの人がそのままお弁当と飲み物をもらって部屋に入ったが、18人ほどが大広間に残って歓談をした。それでも私や和泉などの常識派は1時間ほどであがって部屋に入ったものの、近藤さん・鷹野さん・黒木さん、それに海香さん・ゆまなどが、まだまだ飲む態勢であった(七星さんは私たちと一緒に2時半頃引き上げた)。
 
私は6時頃目が覚めて、まだ熟睡している政子は放置して温泉に入りに行った。私が出ようとしていた所で和泉も起きたので一緒に行く(部屋数に余裕が無いので、私と政子、和泉・小風・美空が5人で1部屋である)。
 
途中の廊下で、千里・青葉の姉妹と一緒になった。この2人は、ゆま・七星・ヒロミと同室である(七星さんの言うよう『性別の怪しい人の部屋』)。
 
「ゆまは結局海香さんや近藤さんたちと一緒に朝まで飲み明かしたみたい」
「頑張るなあ」
「七星さんも参戦したかったみたいだけど疲れてダウン」
「七星さんは負荷が大きいから、体力もたないだろうね」
 

「他の所のカウントダウン・ライブもかなり盛り上がったみたいだよ」
と千里が言う。
 
「へー」
「ラビット4は予定時間を大幅にオーバーして午前3時頃までやってたらしい」
「それ会館側は何か言わないの?」
「何度ももう時間過ぎてますと言われているのを強引に続けたんで、会館側が物凄く怒っているらしい」
「ああ・・・」
 
「プロダクションの社長とレコード会社の社長が今日にも現地に赴いて、謝罪するという話になっているみたい」
「ルールは守らないといけないなあ」
 
「他のアーティストにも影響が出るからね。特にカウントダウンは本来貸せない時間帯をお正月だからというので特別に貸してくれているんだから」
 

「リダンダンシー・リダンジョッシーは、カウントダウンをやって0時になった瞬間に、リズムセクションの4人とホーンセクションの4人の位置が瞬間的に入れ替わるというイリュージョンをやって、物凄く盛り上がったらしい」
 
「面白いことするね〜!」
 
「実は男性メンバーが女装して、女性メンバーが男装しただけです、などと中村さんが言って、笑いを取っていたとか」
 
「あはは」
 
「スカイヤーズは『新しい年になったので僕らは性転換することにしました』と言って、全員ナース服を着て、0時以降0:30まで演奏したらしい」
 
「冗談がきつい」
 
「『これ、トイレは女子トイレに入らないといけないかなあ?』とかBun-Bunが言ったので、『どちらに入るかは個人の自由だが、痴漢で逮捕されたら、メンバー首だから』とYamYamが言っていたとか」
 
「いや、Bun-Bunは過去の発言からも結構女装が好きみたいだ」
と和泉が言っている。
 
「ステラジオは0時以降はPAを落として、生ギターと生ピアノの音だけで0:30まで演奏したらしい」
 
「ああ、それもいい風情だろうね」
「私たちとアコスティックの順番が逆だね」
 
「でも実際問題として、私たちの場合は、前半が元々アコスティック・タイムだったから、落雷の後、補助スピーカーだけのPAでも何とかなったと思うよ」
 
「うん。それも運が良かった」
 

「そして何と言っても凄かったのがレインボウ・フルート・バンズみたいね」
と千里はニコニコして言う。
 
「何があったの?」
「むしろ何も無かったことが凄い。ごく普通のレインボウ・フルート・バンズの演奏だった」
「へ?」
 
「フェイが妊娠中で演奏できないからハイライト・セブンスターズのヒロシが代役した訳だけどさ、フェイはライブの時、いつも様々な楽器を演奏するんだよね。今日はフェイは何種類演奏したでしょう?とクイズが出るくらい。でもヒロシも昨夜は結局16種類の楽器を演奏したって」
 
「すごーい!」
 
「それからフェイはライブの時、前半は男装、後半は女装なんだよ」
「まさか」
「うん。ヒロシも後半は女装で出てきたけど、それが物凄く可愛かったらしい」
「へー!!」
 
「これは多分後で写真も出ると思うよ」
 
「そういえば、アクアのデビュー番組になった、女装番組でもヒロシは女装していたね。あれすごく可愛かった」
「100点取ってたもんね。マリちゃんの思い人さんも100点だったけど」
と千里が言うので、私はあたりを見回した。
 
「それ人前で言わないでよ」
と私。
「周囲に誰も居ないから言ったのさ」
と千里。
 
「昨夜、政子はアドレス帳に8人と言って7人しか名前を言わなかった。その残り1人がその人だよね?」
と和泉が言う。
 
「ああ、和泉も気付いたか」
「気付いた人はごく少数だと思う」
と青葉。
 
「まあそれでヒロシだけど、何と言っても凄かったのは、彼が全曲ソプラノで歌ったことなんだよ」
 
「おぉぉ!!」
 
「フェイはソプラノだからね。その代役をするんだからソプラノで歌いますと言って、きれいなソプラノを披露したんだよ」
 
「それはマジで凄い」
 
ヒロシはふだんテノールの声域で歌っている。彼がソプラノを出せるというのは私も知らなかった。
 
「フェイはレインボウ・フルート・バンズのメインボーカルだから、けっこうソロを取るところもある。それを全部きれいなソプラノで歌ったから、会場はもう異様な盛り上がりだったらしい。フェイが出ないなんて・・・と思いながら来場した人たちも、かなり満足したと思う」
と千里は言う。
 
「うん。今回は久しぶりのライブで、しかもレインボウ・フルート・バンズ初のカウントダウンだったにも関わらず、やはりフェイが出ないことでチケットの売れ行きが悪かったんだよ。ファンクラブの抽選も倍率が1.2倍くらいしかなかったし、一般発売分もソールドアウトに1週間掛かっている。過去のレインボウ・フルート・バンズのライブだと、ファンクラブの倍率は3倍くらいで、一般発売も2時間で売り切れていたから」
 
と私。
 
「ポールから『春のツアーでもフェイの代役しない?』と言われて、うちの事務所の社長の許可が取れるなら、と言っていたらしいから、春のツアーにも参戦するかもね」
 
「それは今度は物凄く売れると思うよ」
 

「ところでヒロシが言っていた秘密の集まりCBFって何だろう?」
と和泉が言ったのだが
 
「サークル・オブ・バス・フィメール(Circle of Bath Female)」
と青葉が言ったのと
「クラブ・ドゥ・バン・ファム(Club de Bain Femme)」
と千里が言ったのが、ほぼ同時だった。
 
「同じこと考えたね」
と青葉と千里は言っている。
 
「何それ!?」
と和泉が言うが
 
「要するに女湯の会ってこと?」
と私は訊く。
 
「だと思いますよ〜」
と青葉が言っている。
 
「だからアクアを勧誘してるんでしょ? 一緒に女湯に入ろうよって」
と千里は笑いながら言っている。
 
「うーん・・・・・」
と和泉は腕を組んで考えている。
 
「アクアのディレクターさんのご意見は?」
「まあいいや。個人的なことにはあまり興味無い」
と和泉は言った。
 
「まあ確かに私生活の部分だけどね」
 
「実際問題としてアクアが女湯に居ても、私たぶん何も考えずにふつうにおしゃべりしちゃうと思うよ」
と和泉は付け加える。
 
「あの子って透明な気を持っているんだよ。だからどこに居ても不審に思われない」
と千里が言う。
 
「どうもアクアは何人かの女性タレントさんとこれまで女湯で遭遇したことがあるっぽい」
と私。
 
「ああぁ」
 
「それきっと、フェイや丸山アイとも女湯で遭遇しているんだよ」
と千里。
 
「そんな気がする」
 
「ねえ、まさかヒロシも女湯に入る訳〜〜?」
と和泉が訊く。
 
「多分入る技術持っているんでしょうね」
と青葉。
 
「女湯に入るのって技術が必要なんだ!?」
 

今年も昨年と同様に、年末年始の§§プロ系タレントさんが振袖を着て挨拶するCMが年末版「今年もありがとうございました」年始版「今年もよろしくお願いします」とテレビに流れた。私たちはカウントダウンをやっていたので年末版を見逃したものの、動画投稿サイトに(無断)転載されていたので見ることができた。
 
「アクアが今年も振袖だ!」
と政子は喜んで見ていた。
 
昨年出ていたのは桜野みちる・品川ありさ・アクア・高崎ひろか・西宮ネオンの5人と、指揮者の秋風コスモス(社長)・川崎ゆりこ(副社長)だったが、今年はこれに姫路スピカと今井葉月が加わって、挨拶をするのは7人になっていた。
 
そして・・・・この中で、羽織袴を着ていたのは西宮ネオンのみである。
 
つまり、
 
アクアも今井葉月も振袖である!
 
「去年は騙されて振袖着せられたみたいなこと言ってたけど、今年はもうそんな言い訳はできないよね〜」
などと政子は楽しそうに言っていた。
 

2日にはオールジャパンが始まった。
 
関東代表の我がローキューツは1回戦では北信越代表のT大学に勝ち、2回戦では大学2位の強豪と激戦の末僅差で勝利した。しかし3回戦で当たったプロ5位のブリッツ・レインディアとは、まるで勝負にならなかった。
 
5年前の千里在籍時代にオールジャパンに出た時は、3回戦でプロ1位のチームと対決したものの、相手チームがこちらを甘く見ていたため、その油断に乗じて勝利をもぎ取って準々決勝に進出する快挙を成し遂げたのだが、今年の相手はこちらを全くなめていなかったし、ある程度こちらの戦力も分析しており、紫、ソフィア、アミラ、ミナミといった中心選手を各々の弱点を突いてうまく押さえ込んだ。そうなると実力の差は如何ともしがたく、大差で敗れてしまった。
 
「5年ぶりのBEST8を結構狙っていたんですけどね」
と当時から残る数少ない選手の1人であるキャプテンの愛沢国香は残念そうに言っていた。
 
「やはりオールジャパンは3回戦の壁が厚いです」
と次期主将の原口揚羽も悔しそうに言っていた。
 

一方、私たちは3日夕方に札幌公演だったのだが、2日の午後から移動した。
 
実は最初は疲れも溜まっているし、2日まで温泉に泊まって身体を休めてから、3日朝から移動すればいいと言っていた。
 
ところが年内に札幌でライブをする予定だった有名歌手グループが、ライブ当日飛行機が天候不順で停まったため函館から車で長距離移動していて、その車が事故を起こし、乗っていたメンバーが大怪我して入院し、結局ライブは中止になるという事件があった。それで冬の北海道では余裕のあるスケジュールで移動しないとまずいということになり、私たちは2日に移動することになった。
 
その日は仙台空港から新千歳に飛び、札幌市内に前泊した。そして3日の夕方から札幌スポーツパークでのライブを行い、そのまま札幌に連泊する。
 
ローズ+リリーのツアーの、次の日程は7日仙台なので、4日には東京に戻り、私はKARIONのアルバム制作に従事した。政子はひとりにしておくと心配なのでスタジオまで連れて来て、調整室に座らせておいたが、おやつの消費量が凄いので、菊水さんの助手で入っている三川という若い技術者さんが目を丸くしていた。
 

ところで三つ葉たちの『3×3大作戦』だが、彼女たちは毎月何か1つのテーマで鍛えられていた。
 
10月はとにかく走らされて、マラソン大会の結局10kmの部に出場したが、9人全員完走して完走証をもらい、嬉しそうにしていた。9人の中でいちばん辛そうにしていたのは年長の桜野みちる(22歳)で
 
「年齢的限界を感じた」
と発言して
「まだ若いのに何言ってる?ただの運動不足。運動してないと成人病になるよ」
とみちるより年上の円香(26歳)から言われていた。
 
その円香も9人に付き合って一緒に完走した。
 
11月は今度は水泳に挑戦させられたが、9人の中で実はスリファーズの春奈がカナヅチであった。これは彼女が性別問題で、小学校以来水泳の授業を全て見学で押し通していたこともある。
 
それで彼女は特別レッスンを受けさせられ、他の子の3倍くらい泳ぎを練習したようである。しかしお陰で1ヶ月後(実際には撮影スパンはマラソンの練習と重なっており、企画スタートからは3ヶ月経っている)には、水泳大会に出て、100mのタイムが9人中3位(1位はサッカー選手だった品川ありさ、2位は小さい頃から水泳大好きだったというシレン)に入る立派な成績をあげた。この水泳大会にも円香はちゃんと参加して100mを泳いだ。
 
12月はバスケットをやらされていたが、最初はみんなドリブルしながらコートを1往復するだけで息があがって「きつーい」と言っていた。またランニングシュートは、身体の各所の動きがバラバラで全く入らない。
 
それが最後の方ではドリブルで1往復してきた後、ランニングシュート、というのがみんな高確率で入るようになっていた。この指導をしてくれたのは、実はレッドインパルスの選手たちで、練習は川崎のレッドインパルスの練習場と江東区の40 minutesの練習場(当時建設中だった深川アリーナと同じ敷地内の古い体育館)で行われていた。このあたりは千里の人脈である。
 
最後は都内の女子中学生のチームと練習試合をした。勝てなかったものの、結構善戦した。ゴール数は1位がやはり品川ありさ、2位がコトリであった。コトリは試合中スリーも1発決めて、躍り上がって喜んでいた。
 
1月はスキーのノルディック(走るスキー)をやることが予告編の映像で示唆されていた。
 

§§プロ小史。
 
§§プロは元々1996年に∞∞プロで「アイドルとしてのピークを過ぎた」とみなされて、扱いが適当になりかけていた新宿信濃子(1972生−当時24歳)が鈴木社長に独立したいと直訴し、鈴木社長もそれを認めて独立させてあげたのが発端である。その際、彼女のマネージャーをしていた当時39歳の紅川さんが彼女の事務所の社長になったのだが、新宿信濃子に心酔して「妹分」を自称していた上野陸奥子(1974生−当時22歳−天月西湖の叔母にあたる)も一緒に付いていきたいと訴え、それも認められた。
 
それで§§プロは当初、信濃子と陸奥子の2人だけをマネージングする事務所として活動していた。
 
ところが2000年に看板歌手の新宿信濃子が病気で長期間入院するという事態が起きる。もうひとりの上野陸奥子はそんなに大きなセールスのある歌手ではなかったので、§§プロは突然経営危機に陥った。
 
ここで紅川さんは雑誌社と提携してフレッシュガール・コンテストという10代の素人の女の子を選ぶオーディションを実施した。その初代優勝者が立川ピアノ(1983生)で、彼女はカリスマ的な人気を呼び、同社の経営危機を救った。
 
以後§§プロでは毎年フレッシュガール・コンテストを実施。このコンテストから2001大宮どれみ(1984) 2002日野ソナタ(1984) 2003春風アルト(1986) 2004冬風オペラ(1985) 2005夏風ロビン(1987) 2006満月さやか(1989) といった面々が誕生し、各々大きなセールスを挙げて、§§プロの第2黄金期を作った。
 

2006年の準優勝者は秋風メロディー(1988)で彼女は決勝戦の点数も満月さやかと僅差であったため、彼女の方も、少しレッスンを受けさせてから1年後くらいにデビューということで話が進んでいたのだが、実際には本人より前に「たまたま事務所に来た所をスカウトされ」て姉と一緒にレッスンを受けていた、妹の秋風コスモスの方が先にデビューしてしまう。
 
実は当時、∞∞プロでデビュー予定の中学生歌手を起用したCMの話が進んでいたのだが、その中学生がCF撮影当日に喫煙で補導されるという事態を引き起こし使えなくなってしまった。しかしCMは制作しなければならない。そこで∞∞プロは友好プロダクション各社に「歌は下手でもいいから、中学生女子のデビュー前の歌手で1〜2時間以内に新宿区のスタジオに入れる子は居ないか?」と問い合わせる。この時、都内在住の秋風コスモス(1991)が卒業間近の中学3年生であったため「卒業前なら使える」ということになる。それでピンチヒッターでそのCMに出演し、歌も歌ったのである。
 
この時、急いでいたのでCFの撮影もCDのジャケ写も彼女の私服で写っており、録音もわずか1時間で行われた。
 
そしてこの時、あまりにも急に代理を務めることになったため、CF撮影時には実はまだ彼女の芸名は決まっておらず、プレス工場から「歌手の名前は無くていいのか?」と問い合わせがあって、慌てて紅川さんが5秒で考えて付けた名前が「秋風コスモス」であった。更に紅川さんは自分が何と名前を付けたか忘れてしまい、CDが出来てきてから「何て安直な名前を付けてしまったんだ」と後悔して、彼女にはあらためて別の名前を付けてあげてデビューさせようと考えたという。
 
ところがこの歌がヒットしてしまったため、彼女は「秋風コスモス」という名前のまま、歌手として活動を続けることになる(本人も最初「え〜!?」と言って、嫌そうな顔をしたらしい)。しかし彼女が売れた背景には、この安直すぎて覚えやすく親しみやすい名前もあったと私は思う。
 
逆にメロディーの方はデビューキャンペーンが潰れるという事態が3回続いて本人もやる気を喪失し、§§プロとの契約を解除して、一時期はシンガー・ソングライターとしてインディーズ流通で自主制作CDを売っていたものの、その内フェイドアウトしてしまう(後に作曲家・上野美由貴として音楽業界にカムバックする)。
 

2007年の優勝者は“普通に女の子に見えた”のだが、デビュー曲の制作をしている最中に“声変わり”が起きてしまい、実は男の子であったことが判明した。
 
結構可愛い子だったので、紅川さんは「先に言ってくれていたら女性ホルモンを調達したりして声変わりを防止できたのに」と嘆いていたが、彼女はボイトレも受けてみたものの、女声を再獲得することはできなかった。
 
いっそ男性タレントあるいはニューハーフ・タレントとしてやってみる?というのも打診したが、彼女は男扱いされるのは嫌だと言った。それで結局、契約は「無かったことに」してデビューは取り消しになった。
 
紅川さんは当時、コスモスの制作を通して私も知っていて、私の性別も知っていたので、私の“声変わり”問題についても尋ねた。それで私は正直に小学4年生の時から女性ホルモンを摂取していることを話した。
 
それで声変わりが起きないのなら、私を「可愛い女の子アイドル」として売ってあげるから、うちからデビューしないかと誘った。
 
当時、紅川さんは私と、2007年コンテスト準優勝者の蓮田エルミを相次いでデビューさせようと考えていたのだが、私はKARIONに参加する意向を固めたため、エルミだけが2008年のニューフェイスとしてデビューすることになる。この頃、実は紅川さんは私に「川崎ゆりこ」、エルミには別の芸名を考えていたのだが、そのエルミのために用意していた芸名と似た名前の人が当時発生した殺人事件の被害者になり連日テレビで報道された。そこで紅川さんは「川崎ゆりこ」の名前をエルミの方に転用してしまった!このことは、エルミ本人も数年後まで知らなかったらしい。
 

2008年のコンテスト優勝者は浦和ミドリ(1992)で彼女は順調にそのままデビューした。
 
そしてエルミが「川崎ゆりこ」の名前でデビューするのはミドリに数ヶ月遅れて2008年末頃になる予定だったのだが、ここで事件が起きる。
 
2005年デビューの夏風ロビンが独立したいという意向を表明し、紅川さんがそれは契約違反(§§プロの歌手はデビュー当初は5年間の契約を結んでおり、その後は2年単位の更新になる。もっとも5年間の契約が法的に有効かという問題には若干疑義もある)だと言うと、彼女はライブツアーの初日、会場の横浜エリーナ(キャパ12,000人)に姿を見せなかったのである。
 
この問題は結局法廷闘争に発展し、2008年末から2009年春に掛けて、§§プロはとても新人を出してプロモーションする余力が無かった。
 
それで結局、川崎ゆりこのデビューは2009年7月までずれ込んだ。コンテストに準優勝してから2年も経ってのデビューになったが、彼女は元々歌が上手かった上に2年間鍛えられたお陰で、ものすごく歌の上手い歌手として評価を得た。
 
満月さやか・秋風コスモス・浦和ミドリといったこの時期に§§プロから出たアイドルがいづれも極端な音痴だっただけに「川崎ゆりこは§§プロの良心」と言われた。
 
なお、夏風ロビンの問題は結局東郷誠一先生が仲介して法的な和解に至る。ロビンは2009年8月、自腹で主要新聞社にライブツアーをドタキャンしたことに対するファンへの謝罪広告を掲載(実際の広告料は東郷先生が出してあげ、ロビンは借用証書を書いた)して、§§プロとの契約を解除する。そして自分で事務所を設立して、東郷先生の仲介で別の事務所と委託契約を結んだものの、全く売れずにフェイドアウトしていった。その後、2010年になって作曲家・桜島法子としてカムバックするのだが、最終的には2014年になって、東郷先生が再度仲介して、桜島法子が紅川社長を招待する形の席を設け、そこであらためて紅川さんに謝罪して、両者は完全に和解した。
 
ところで、川崎ゆりこより少し早くデビューした浦和ミドリだが、彼女は歌はこの際気にしないことにして!アイドル性が高く、最初から大きな観客動員があったのだが、困ったことに、失言癖が酷かった。
 
それで結局、彼女のライブでは、浦和ミドリ本人は歌う以外、一切しゃべらせないことにした。代わりにほぼ同期の川崎ゆりこを「司会」として起用し、ゆりこの司会(まさに本来の意味でのMC)でミドリが歌うという形式に落ち着かせた。またミドリにはSNSの使用を禁止したし、テレビも生番組には絶対出さないことにした。
 
一方の川崎ゆりこはトークがうまく機転も利くし知識が浅く広いため、後にバラエティやクイズ番組などの司会として活躍することになる。
 

2009年の優勝者は桜野みちるで、彼女の登場は§§プロに第3黄金期をもたらしたと言われる。当時、秋風コスモス・浦和ミドリ・川崎ゆりこ・桜野みちるは、しばしばセット売りされて、大きな観客動員を得ていた。
 
しかし、みちるの後は、不運が続いた。
 
2010年の優勝者・海浜ひまわり(1995)は2011年3月中旬にデビューする予定が東日本大震災で発売が延期になってしまい、出鼻をくじかれたのが影響して、セールスも観客動員も伸び悩み、2014年春にわずか3年の活動で引退することになる。
 
2011年の優勝者・千葉りいな(1995) は2012年にデビューしたものの、体調を崩して長期入院することになり、そのことで保護者と事務所の関係が悪化。結局彼女は2014年夏に引退した。
 
2012年の優勝者・神田ひとみ(1997)は2013年にデビューして順調に売れていたのだが、2014年末に結婚して引退したいと紅川さんに申し出た。紅川さんは最初は激怒したものの、最終的には引退を認め結婚を祝福してくれたし、違約金も免除してくれた。
 
2013年の優勝者・明智ヒバリ(1997)は2014年に、海浜ひまわりと入れ替わるようにデビューしたが、夏のツアー中、ステージ上で歌っている最中に突然錯乱したような様子を見せ、ライブは結局中止になってしまう。その後の彼女の動向はしばらく公表されなかったため、死亡説まで出ていたが、実は精神科の閉鎖病棟に入れられていた。
 
彼女は2015年2月面会に来た紅川さんに唐突に「コスモスの咲いている所が見たい」と言い出した。紅川さんはちょうど2月にコスモスの咲いている所を知っていたため、病院の許可を取って彼女を沖縄の来間(くりま)島に連れて行った。
 
彼女は結局来間島の隣の宮古島にある、紅川社長の実家で静養することになるのだが5月になって突然「ノロ」(琉球の伝統的な祭祀の巫女)として覚醒した。
 
彼女は結局その後、沖縄の地から毎年1回くらい沖縄の歌を歌ったCDを発売することになり、一定のファン層が定着していくことになる。また彼女は画才も高く、画集もしばしば刊行された。
 

2014年の優勝者は品川ありさであるが、彼女はアイドルらしからぬアイドルであった。身長176cmという長身で、中学の部活でサッカーをしていたというスポーツ少女。彼女が選ばれたのは、何と言ってもここ数年デビューさせたアイドルが「ひ弱」すぎたという反省から、身体も精神も丈夫な人をという方向に審査員の意識が行ったためである。
 
そもそも彼女はアイドルになるつもりなど毛頭無かった。しかし背が高いからモデルさんやらない?と言われて、そちらのオーディションを受けるつもりで町に出てきて、迷子になって誤ってフレッシュガール・コンテストに参加してしまったのだが、お陰で異色のアイドルが誕生することになった。
 
この年は、新機軸を開拓しようというので「ロックギャル・コンテスト」というのも実施した。その優勝者が田代龍虎だが、紅川さんは具体的な契約の話をしようと保護者に会いに行って、ワンティスの長野支香がいるので驚愕し、更に龍虎が女の子ではなく男の子であったことを知って二度驚愕した。
 
「女の子になりたい男の子?」
「女の子にはなりたくないです。ぼく、普通の男の子のつもりです」
「でもコンテストの時はスカート穿いてたし、女の子水着も着てたけど」
「スカートは別に普通に穿くし、水着は忘れたと言ったらワンピース水着を貸してもらったので、それを着ただけですが」
「水着を着た時、おちんちんの形とか出てなかったと思うけど」
「ぼくのは小さいから目立たないんです」
「でも君、中学1年生だよね。声変わりはまだ?」
「ぼく小さい頃大きな病気をしたから、成長も遅れているみたいなんです」
 
それで長野支香が、龍虎は幼稚園の時から小学1年生の時まで2年ほどにわたって入院し、身体の難しい場所に出来た腫瘍の治療を受けたこと、その時非常に強い薬を使ったので、一時期は髪の毛も全部抜けてしまい、ペニスも2cmくらいまで縮んでいたことを説明した。
 
「今はもう大丈夫なのですか?」
「はい。年に1度定期的に検診を受けていますが、再発の気配はありません。それどころか、風邪も引かない丈夫な子に育ったんですよ」
「それは良かった」
 
「中高生時代に陸上をしていたお父さんに似たのか、運動神経も割といいようで、体育の成績が5は取れないのですが、だいたい4で」
「それは頼もしい」
 
紅川さんは、そんな大病をした子ならタレントとしての活動に耐えられないのではと心配したのだが、その方面は大丈夫なようである。
 
「でも彼は・・・支香さんと、どなたのお子さんですか?」
「いえ、それが・・・」
 
と言って支香は、龍虎の実の父母のことを話す。
 
そして紅川さんは、龍虎が実は高岡猛獅と長野夕香の遺児であると聞いて三度驚愕することになる。
 

結局、龍虎は「ふつうの」(?)男の子アイドルとしてデビューすることになるが、彼(彼女?)が高岡猛獅と長野夕香の遺児であることは少なくとも20歳になるまでは公表しないこと、長野支香も表には出ず、田代さん夫妻の子供ということにしておくことにした。
 
そして!優勝者が男の子だったので、結果的に初代「ロックギャル」は準優勝だった高崎ひろかということになり、彼女も龍虎(アクア)とほぼ同時にデビューした。
 
結局フレッシュガール・コンテストは翌年以降は実施しないことになり、品川ありさは最後のフレッシュガールということになった。
 
2015年の第2回ロックギャル・コンテストでは、優勝したのは白鳥リズムであるが、彼女は大人びて見えるので、みんな中3か高1くらいに思っていたのだが、2004年生まれの小学5年生であった。本当は応募条件を満たしていなかったのだが、だからといって失格にするには惜しい人材だったので、小学校の間はレッスンだけ受けさせ、中学に進学する2017年春のデビューということになった。
 
この第2回コンテストで特別賞をもらったのが、男子高校生の西宮ネオンである。彼は“姉に騙されて”コンテストに参加してしまったものの「次の審査はスカートを穿いて」と言われて仰天する。そこで男の子であることが分かったが、美少年なので「じゃスカートじゃなくてショートパンツでいいから」と言ってその後の審査にも参加してもらい、最終選考まで残った。
 
それで男の子なので「ロックギャル」にはしないものの、特別賞をもらい、§§プロにとって2人目の男性タレントとしてデビューすることになる。
 
そして2016年の第3回ロックギャル優勝者が姫路スピカで、彼女は2016年12月14日にデビューした。
 

「ああ、いよいよデビューに向けての準備を始めるんだ?」
 
その日沢村さんに連れられて、KARIONの制作をしているスタジオに来訪した白鳥(しらとり)リズムに私は言った。
 
「何かやっとという感じです」
「この1年半かなり鍛えられたでしょ?」
「楽しかったけど、きつくもありました」
と彼女は正直に言う。
 
「白鳥(はくちょう)がいよいよ飛び立つんだな」
と私は言った。
 
「へー。アクアとか高崎ひろかの後輩かぁ。男の娘?」
などと美空が言うので
 
「女です!」
と本人は答える。
 
「生まれながらの?」
「はい」
 
「みーちゃん、そういう質問ってセクハラ」
「ごめーん」
 
「でも§§プロはアクアに続く男の娘タレントは出さないのかなあ」
などと美空は言っている。
 
「デビュー曲は誰にもらうの?」
「まだ決めてませんけど、桜島法子さんから1曲と、あとは東郷先生に頂けないかと言っているんですよ」
 
「へー!§§ミュージックの歌手が桜島法子の曲を歌ったら画期的だね」
と私が言うと
 
「それ、上島先生にも似たようなことを言われましたが、何かあったんですか?お正月に会長(紅川)と社長(コスモス)が、桜島法子さん、霧島鮎子さんと4人で温泉宿に泊まり込んで長時間会談したらしいです。その場で、この子のデビュー曲書いて頂けませんか?という話になったそうで」
と沢村さんは言っている。
 
ああ、最近入った人はあの騒動を知らないんだろうなと私は思った。
 
そんなことを私が考えていたら政子が発言する。
 
「温泉宿に泊まり込んでというと、やはりお風呂の中でかな」
「それ無茶。コスモスと桜島さん・霧島さんは女湯だけど、紅川会長は男湯になるもん」
 
「そこを性転換して」
「さすがに紅川さんは性転換するつもりは無いと思うけど」
「世の中にはかなりの高齢で性転換する人もいるよ」
「マリちゃんは誰でも性転換させたがるなあ」
 

ローズ+リリーは1月7日(土)宮城、8日(日)金沢、9日(祝)大宮と公演をおこなって年末年始のアリーナ・ツアーを終了した。一方、アクアは1月4-5日の関東ドーム公演で年末年始のドームツアーを終了した。
 
1月8日の金沢公演が終わった後、私は政子は金沢のホテルに置いたまま(お目付役は風花)、青葉とふたりで長野県の安曇野に向かった。
 
実は数日前に秋風コスモスから「ちょっとアクアの件で一度、関係者集まっておきたいのですが、もし良かったら大宮先生とおふたりで安曇野まで来ていただけませんか?」という連絡が入っていたのである。
 
それでドライバーの佐良さんに新幹線で金沢まで来て、レンタカーを借りておいてもらった。なお、アクアの件に関する話し合いだというのは政子には言っていない。言えば絶対付いてくると言いそうであるが、コスモスは「できたらマリ先生は抜きで」と言っていたのである。
 
佐良さんには8人乗りヴォクシーを借りてきてもらっていたので、2・3列目に私と青葉は乗り込み、シートベルトをしたまま毛布(イオンに寄って買ってきてもらった:佐良さんにはいつも現金を多少預けている)をかぶって休ませてもらった。
 
「佐良さんは休憩しておられます?」
「大丈夫です。新幹線の中でたっぷり寝てきましたから」
「そうでしたか!」
 
私は車内でコスモスと連絡を取ったのだが、コスモスと川崎ゆりこ、アクアの3人は8日夕方に安曇野に入ったらしい。
 
「非常識な時間に申し訳なかったのですが、関係者が集まれるのが結局今夜2時から5時くらいの間ということになってしまったので」
とコスモスは言っていた。
 
タイミング的には、アクアのツアーが終わった後で「時のどこかで」の1月9日の放送の前にやっておきたいということで、5日夜〜9日午前の間、そして千里は8日までオールジャパンがある可能性があったので、結局8日夜〜9日午前という時間帯になったらしい。そして私はうまい具合に8日の金沢公演から9日のさいたま公演の移動途中になったのである。和泉は8日は新潟の親戚の所に行っていたので、彼女はそちらから移動してくるらしい。
 
「和泉は新幹線での移動ですか?」
「絹川先生は、8日夕方まで新潟で親戚の御用事があったらしいです。それでその後、ご自分の車で移動なさるということでした。安曇野には夜0時頃到着のご予定だそうです」
 
私は和泉はペーパードライバーだみたいなこと言ってたけど、夜間のドライブ大丈夫かなと少し心配した。
 
千里は結局、今日は夕方からオールジャパンの決勝戦を戦い、その後表彰式を終えてから、矢鳴さんの運転するアテンザに乗って現在移動中で、夜2時頃、安曇野に到着するということであった。
 
私たちもだいたい到着するのは2時頃である。
 
しかし、長野というのは、つまり東京に居る人と金沢に居る私たち、そして新潟に行っていた和泉が、できるだけ早く集まれる場所ということだったようである。そして私たちはそのまま明日の昼から大宮に向かえば良いのである。
 

上信越道は例によって妙高高原の所で濃霧が出ていた。速度規制が掛かっているものの、みんな90km/hで走っている!仕方ないので流れに沿って走って行く。この状況で1台だけ減速すれば、視界の悪い中、間違い無く追突される。
 
しかしさすがに濃霧の中での走行はドライバーを消耗させる。それで「妙高SAで代わりましょうか?」と言ったのだが、青葉が「冬子さんは無茶苦茶疲れているから私が代わります」と言い、結局青葉が妙高SAから姨捨SAまで運転し、その間、佐良さんは仮眠していた。
 
結局安曇野IC(以前の豊科ICを改名)を降りて指定された旅館に到着したのは1:30AM頃である。
 
「こんな遅い時間に到着して済みません」
と旅館の人に言うものの
「大丈夫ですよ」
と言ってニコニコした表情で女将さんが迎えてくれた。
 
さすがに起きていたのは女将さんと仲居頭さんだけのようで、そのふたりで対応してくれた。
 
案内されて・・・大浴場に行く!?
 
「こちらで会合ということでしたので。ドライバーさんはお部屋にご案内します。お布団を敷いておりますので」
と言って、私と青葉を大浴場の前に置いて、佐良さんだけお部屋に案内されて行った。
 

「えっと・・・・」
と私と青葉は大浴場の前で悩む。
 
「何か昔さあ」
と私は言う。
 
「はい?」
と青葉。
 
「小さい頃、悩んでなかった?これどちらに入るかって?」
と私は青葉に投げかける。
 
「悩みはしましたけど、結論はいつも同じでしたよ」
と青葉は答えた。
 
「まあ、こちらだよね」
と言って、私たちは女湯の暖簾をくぐった。
 

脱衣場で既に服の入っている脱衣籠が、数えてみると5つある。私と青葉は顔を見合わせてから、服を脱ぎ、浴室に入った。
 
「ああ、お疲れ様〜」
と浴槽の中で和泉が言っている。
 
「和泉、新潟から安全運転で来た?」
と私は身体を洗いながら和泉に声を掛ける。
 
「従姉に運転してもらったぁ」
「なるほどー」
 
「フルビッターのペーパードライバーなんて、日本全国探しても他には誰もいないよ、と言われた」
 
「そのフルビッターもあと2ヶ月半の命だね」
「そうなんだよねぇ、悔しい」
と和泉は言う。
 
道路交通法が改訂され、今年の3月12日から「準中型」免許が創設されるため和泉の「フルビット免許」は「フル免許」になってしまうのである。和泉は既に中型免許を持っているので準中型免許を新たに取ることはできない。
 
「青葉ちゃんはフルビット狙ってるんでしょ?」
と和泉が訊く。
 
「はい。この準中型ができるまでは中型は受験できないと思っていましたが、結局普通免許取って2年もしないうちに準中型ができちゃいました。今度、時間がある時に取りに行きます」
 
「なかなか予定通り進んでないでしょ?」
「霊関係の仕事が忙しくて、かなり予定がくるっています」
「私も本当は大学卒業するまでにフルビットにしたかったけど、KARIONが忙しくて無理だったのよ」
 

私と青葉も身体を洗ったので湯船に浸かる。
 
「そろそろ冬たちが来るだろうと思って、つい10分くらい前に大浴場に移動したんだよ」
 
「なんでわざわざこういう場所で会議するわけ〜?」
と言いながら私はそこにいるメンツの顔を見回す。
 
千里、和泉、コスモス、アクア、川崎ゆりこ。
 
これに私と青葉が加わって7人である。
 
ん!?
 
アクア!??
 
「アクア、女湯に入っているんだ?」
「拉致されました」
「嘘嘘。『さあ、女湯に入るよ』と声掛けただけで、あとは自主的に入ったくせに」
などとコスモスは言っている。
 
「まあ、アクアが女湯に入っていることは、今更気にすることもないと思う」
と千里は言う。
 
「そもそも、今夜は実質借り切り状態ですから」
とゆりこ。
 
「まあ、借り切りならいいか」
と私は言った。
 

そんなことを言っていたら
 
「え〜!? 女湯に入るんですか?」
という男の子の声が聞こえるので、私は青葉と顔を見合わせた。
 
やがて入って来たのは、(男子用)水着を着た西湖と、叔母の上野陸奥子であった。上野さんは裸であるが、年齢を感じさせない引き締まった体つきで「すごーい」と私は思った。(天月西湖の母・柳原恋子は上野陸奥子の姉である)
 
「上野さん、ご無沙汰しておりました」
と私が挨拶すると
「やっほー。ケイちゃん、お久しぶり〜」
と上野さんは言っている。
 
「わっ、女の人ばかりと思ったら、アクアさんがいる!良かったぁ」
などと西湖は言っている。
 
ふたりとも流し場で身体を洗ってから湯船に入ってくる。
 

「しかし凄い場所で打合せやるなあ」
と上野さんが言っている。
 
「実は先日、白鳥リズムの制作の件で、会長と私と霧島鮎子さんと桜島法子さんの4人で、山梨県の永田温泉に泊まり込んで話したのよ。まあ、知らない人もあるかも知れないけど、桜島法子さんとうちの会長は過去に色々あったんだけど、今回お互いプライドも何も全て取り払った裸で話し合って、完全にわだかまりは無くなったと思う。それで、リズムの制作を桜島さん主導でやることになったのよ」
とコスモスは説明した。
 
「そこまで許してあげたというのは、紅川さんも随分丸くなったなあ。若い頃は鬼のマネージャーと言われた人だからね」
と上野さんは言う。
 
「過去に色々あったって、愛人関係か何かだったんですか?」
などとアクアが訊く。
 
「違う違う!」
と上野さんが笑って言う。
 
「昔、桜島法子はわがままな行動でファンの顰蹙も買って、事務所にも大損害を与えたんだよ。たぶん損害額は1億円くらい」
「きゃー!」
 
「だから、その後、うちのタレントさんは彼女とは接触禁止になっていたんだけど、数年前に、東郷誠一さんが仲介して、和解の席を設けて、それで接触禁止は解除されたけど、紅川さんとしては色々思う所もあったと思う」
と上野さん。
 
「そのあたりの感情面でかなり折り合うことができたようでしたよ。桜島さん、泣いて会長に謝って。会長もかなり辛辣なこと言ってましたが、全部言っちゃうとスッキリしたみたいです」
とコスモスは言う。
 
「ああ。口に出してしまうとスッキリするものってあるよね」
と千里は言っている。
 

「しかし永田温泉とは、また凄い秘湯に行ったもんだね」
と和泉が言う。
 
「お客さんも少なかったし、夜の10時から朝の5時まで貸し切りにしてもらってゆっくりと湯船の中で話したよ」
 
「ちょっと待って。湯船の中なの〜?」
「うん。裸のお付き合い」
「コスモスと霧島さん・桜島さんはいいけど、紅川さんも〜?」
「女性陣が湯船から出入りする時は、目をつぶっているというルールで」
「うーん・・・・」
 
「目の前に裸の女性がいるくらいで立ったりはしないから、と言っていたけど、実はもう男性を引退しているのではと、という声もあった」
 
「さすがにまだ引退する年齢とは思えないけど」
 
「万一立ったら即去勢というルールで」
などとコスモスが言うと、西湖が困ったような顔をしている。たぶんやばい状態かなと想像する。
 
9人の中で、西湖だけが水着を着けている。あとは全員裸である。西湖はさっきから視線をどこにやるかも、かなり悩んでいる感じだ。アクアは堂々と他の女子に視線をやっている。たぶん女性の裸を見ても何も感じないのだろう。
 

「あれ? アクアさん、おっぱいがある」
と西湖がアクアの胸を見て、今そのことに気付いたようである。
 
「これはフェイクだよ。ほら、ここに境目があるでしょ?」
と言ってアクアはブレストフォームの末端を西湖に指し示す。
 
「あ、本当だ!作り物か!びっくりした」
 
「ドラマの撮影で使ったのをそのまま付けてきたんだよ。この場面はレギュラー陣では、ぼくと木田いなほちゃん、黒山明さんの3人だけで撮ったからね。西湖ちゃんや他の生徒役の子には次の撮影から、関わってくるんだよ」
とアクアは言った。
 
「あれ?アクアさん、おちんちんが無い。やはり性転換したんですか?」
「それもフェイク〜。西湖ちゃんなら触ってもいいよ」
「え〜〜!?」
と言って、西湖はアクアのお股の所に触っている。
 
「これ接着剤でくっつけてあるんですか?」
「うん。それで隠しているんだけど、あまりたくさんは触らないで。さすがに感じちゃう」
「ごめんなさい!」
 
「まあ龍虎はその格好で実は時々プライベートにも女湯に入っているのではという疑惑があるのだが」
と千里が言っている。
 
「そんなことしませんよ!」
とアクアは否定するが、みんなクスクスと笑っている。どうも誰にも信用されていないようである。
 

「まあそういう訳で、明日の放送から、『時のどこかで』は芳山和夫の性別疑惑がひとつの要素になって展開していく訳で、その放送の前に集まっておきたかったんですよ」
とコスモスは言う。
 
「それでさ、アクア」
とコスモスはアクアに声を掛けた。
 
「はい」
 
「この場だけで、みんな忘れるから、正直に言いなさい。君は女の子になりたいのか、男の子になりたいのか」
 
「ぼくは男の子です」
とアクアは即答した。
 
「その前提が違っていると、全てが変わってくるからね。アクアが実は女の子になりたいというのであれば、プロデュースする側もそれを想定した制作をしていく。でも男の子として成長して行きたいというのであれば、そういう売り方をする。だから、実は女の子になりたいというのであれば、今この場で、正直に言って欲しい。怒ったりしないし、違約金払えとかも言わないから」
 
「女の子にはなりたくないです。女の子の服を着るのは好きだけど、ぼくにとってはファッションの一部なんです」
 
「でも男の子の友人と付き合うのは苦手みたいね」
 
「話題が合わないもので。自分の精神構造がけっこう女の子っぽいことは認めますし、ドラマとも重なるけど、何かの間違いで性転換しちゃったら女の子としても生きていける気はします。でも女の子になりたい訳ではないんです」
 
「まあそのあたりは、私も龍虎とは9年間の付き合いだから、分かってはいるつもりだけど、やはりそういう気持ちを今一度本人の口から聞いておきたかったというところかな、今日の会合の主目的は」
と千里が言う。
 
「うん。それそれ」
とコスモスは言う。
 
「実際問題として、アクアは今日多数の女性と一緒に女湯に入っても全く普段と変わらない。普通の男の子が女湯に連れ込まれたら、今の葉月ちゃんの様子見れば分かるように、落ち着かなくてドキドキしていたりするもの。でもアクアはそういう焦ったような様子がない。つまり女湯に慣れているんだな」
とコスモス。
 
「ごめんなさい。時々女湯には入っています」
とアクアは答える。
 
「正直でよろしい。でもなぜ女湯に入るの?自分は女の子だと思っているから?」
「男湯に入ろうとしても、つまみ出されるんです」
とアクアが言うと、みんな吹き出した。
 
「それで女湯に入っちゃうんだ?」
「男湯には入れさせてもらえないけど、お風呂は入りたいから」
 
「うーん。。。それなら、まあ犯罪性は無さそうだ」
と和泉は言う。
 
「アクアは女性の裸を見ても興奮しないはず」
と千里が言う。
 
「興奮って?」
とアクアが尋ねるので、みんな顔を見合わせ、うなずきあっていた。
 
 

「でも、アクアちゃん、声変わりしないね」
と上野さんが言う。
 
「ぼく、小さい頃の病気のせいで元々発達が遅いんです。でも声変わりについては、色々操作してまだしばらく来ないように抑制しているんですよ」
 
「ああ、女性ホルモンとか飲んでいるのか」
 
「詳しい手法は公開できませんけど、女性ホルモンも使っていることは使っています。でも身体が女性化しないように、男性機能が消えないようにしています」
 
「なるほど。だいたい分かった」
と上野さん。
 
「本当は男性機能は消失しても構わないんですけどね。ぼく結婚するつもりもないし、・・・その、何というかああいうこともしないから」
 
「オナニーね?」
とコスモスが言う。
 
「はい。記者会見では週に1回とか言いましたけど、実はほとんどしたことないんです。ここだけの話」
 
「それ立つの?」
「え?ぼく立ってしたこと無いです。いつも座ってしてます」
 
私たちは顔を見合わせた。話が通じてないが、まあいいことにする。
 
「じゃ、セックスの経験も無い?」
「無いですよー」
 
「へー!」
と言って、私と千里とコスモスはお互いに顔を見合わせた。
 
「アクアって恋愛対象は男性?女性?」
と和泉が訊いた。
 
「ごめんなさい。ぼく、実は個人的には恋愛ってのがよく分からないんです。『ときめき病院物語』では、男の子に好かれる女の子役、女の子を好きな男の子役としてますけど、台本そのまま話しているだけで、恋というものが想像つかないんですよ」
 
「それは無理して分かろうとしなくてもいいと思うよ」
とコスモスが言う。
 
「そういってもらえると気楽です。ぼく、男の子にも女の子にも興味が無いんですよ」
とアクアは言った。
 
「アクアはバレンタインはお父さんと上島さんにしかあげてないね」
と千里。
「他に渡す人いないし」
とアクア。
 
「ホワイトデーは誰かに贈るの?」
と和泉は何気なく訊いた。
 
するとアクアは答えた。
 
「え?だってホワイトデーって、男の子が女の子に贈るものなのでは?」
 
この発言に千里は口に手を当てて笑うのをギリギリ我慢した。コスモスは頷くようにして優しくアクアを見ていたが、上野さんは『はぁ!?』という感じの顔をしていた。和泉は『なるほどー』という感じの顔をして頷いていた。
 

「ところで声変わりだけど、4月からアクアも高校生だよね。どうする?」
とコスモスが言うと
 
「この声を公開しますか?」
とアクアが《男声》で言った。
 
「アクアさん、実は声変わりしたんですか!?」
と西湖が驚いて言っている。
 
「してない。でも男の子の声の出し方、だいぶ練習した」
とアクアは普段の声に戻して言った。
 
「なるほどー!」
 
「まだ長時間のキープはきついんだよ。それと、あまり速くはしゃべれない」
とアクア。
 
「まあケイが小学5−6年生頃に男声を練習していたのと同じような感じだね」
などと千里が言っている。
 
「その言葉そのまま千里に返す」
 
「ケイの“声変わり”はフェイクっぽいけど、私は高校3年の3学期になって本当に声変わりが来たんだよね。あの時はこれどうしよう?と焦ったよ。実際女の子の声を取り戻すのに半年近く掛かった。でも私みたいに、18歳くらいで声変わりする子だっているから、まだアクアは今の《声変わり前の声》のままでもいいとは思うけどね」
などと千里は言っている。
 
「千里は小学生の頃から大量に女性ホルモンのシャワーを浴びてるからなあ。そもそも本当に声変わりが来たのか、疑問を感じるけど」
と私が言っていたら
 
「そこ、内輪もめしない」
と和泉から言われる。
 

「今、ドラマの声はアフレコでボイスチェンジャーで男の子っぽい声に変換して入れているので、最初から男の子の声で話せると、ドラマの撮影が結構楽になるんですよね」
などとアクアは言っている。
 
「『時のどこかで』は、中性的だけどやや男の子っぽい声を使っているね」
と私。
 
「例によって、最初にボイスチェンジャー使っていることを公開していますから、前回みたいに騒ぎにはなりませんでしたけど」
とアクア。
 
「橋元さんと話してみないといけないけど『ときめき病院物語III』では佐斗志の声はそのアクアが開発した男の子っぽい声で、友利恵はアクアの地声で話してもいいかもね」
とコスモスは言う。
 
「男声・女声の両方を使えるというのを見せておくと、結果的にアクアがいつ声変わりしたのかという問題は曖昧にできる気がする」
と和泉が言う。
 
「じゃそれはその線で橋元さんと話してみる。アクアはその男の子っぽい声をもう少し練習しよう」
「はい、分かりました」
 

その後、私たちは女湯の湯船の中で、結局2時間近くかけて、朝の4時頃まで、今後のアクアの活動方針について話し合っていった。のぼせそうになると、適宜あがって涼んでいたが、女性陣が出入りする度に西湖は顔を伏せていた。
 
「西湖、あんただけ水泳パンツというのは、かったるいでしょ?それ脱いだら?」
などと上野さんはいうが
「勘弁してください。まだ去勢されたくないので」
と西湖は言っていた。
 
「去勢?あんた去勢したいの?」
「去勢はいやです」
 

それで本題であるが、やはりアクア本人が俳優志向なので、音楽制作は負荷があまり掛からないようにシングルのみとし、アルバム制作は当面行わないことなども決めた。映画については、制作するにしても、昨年のような高密度・高負荷のスケジュールは受け入れられないことを明確にして行く。
 
そして最後にコスモスは言った。
 
「でもアクアに女の子になる気が全く無いのであれば、安心してたくさん女装させられるな」
 
「え〜〜〜!?」
とアクアは言ったが、全然嫌そうではなく、むしろワクワクした顔をしていた。
 
 
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【夏の日の想い出・翔ぶ鳥】(5)