【夏の日の想い出・翔ぶ鳥】(3)

前頁次頁時間索引目次

1  2  3  4  5 
 
私は12月23日の名古屋公演を終えた後、名古屋で政子と一緒に1泊。朝は政子を放置したまま、朝一番の新幹線(名古屋6:20-9:41博多)で福岡まで移動した。政子には甲斐窓香に付き添っておいてもらい、私の方は青葉に福岡まで同行してもらった。
 
この青葉を連れて行ったことを私は後から千里に
「やはり冬は勘が良い」
と言われることになる。
 
博多駅から地下鉄を乗り継いで10:08に藤崎駅に到着する。近くのロイヤルホストで、秋風コスモス・三田原課長、および千里と合流する。
 
「おお、大宮万葉さんもご一緒でしたか」
と三田原さんが笑顔で青葉と握手していた。
 
「でもこれはアクアに関する巨頭会談になったね」
とコスモスが言う。
 
「実際問題として、アクアのメインライターは大宮万葉だよね」
と私は言う。
 
「え!?」
と本人はびっくりしている。
 
実際これまでのアクアのCDタイトル曲の(本当の)作詞者・作曲者を並べてみると
 
『白い情熱』日野ソナタ・上島雷太
『ぼくのコーヒーカップ』マリ・千里
『冬模様』マリ・青葉
『桃色の予感』マリ&ケイ
『眠る少年』マリ・青葉
『エメラルドの太陽』マリ・青葉
『モエレ山の一夜』マリ&ケイ
 
となっている。
 
歌詞を書いているのは第2作以降全てマリで、作曲は上島先生1、私が2、千里が1と青葉が3なのである。
 
それを私が説明すると、青葉は焦って
「で、でもカップリング曲は毎回、千里姉さんが書いてるじゃん」
と言うが
 
「カップリング曲とタイトル曲では重みが違うよ」
と千里は言う。
 
「仮にカップリング曲を0.5で数えてみると、私が書いたのは7曲中5曲でタイトル曲1曲と合わせて3.5。青葉もカップリング曲を1曲書いているからタイトル曲3曲と合わせて3.5。同点になるから、そしたらタイトル曲の多い青葉の順位が上」
 
「なんかリーグ戦の順位の決め方みたい!」
 
「まあ、でも今回は私と冬で記者会見はやるから心配しないで」
「良かったぁ。私、普段着で来たのに」
と青葉が言うので、私と千里は顔を見合わせた。
 
「青葉、その服は普段着としてもかなり問題があるから、ここを出た後、そこの商店街で私が服を買ってあげるから、着換えてから放送局に行こう」
と千里が言う。
 
「え〜〜!?」
 
「女子大生向きの適当な服を調達させて持ってこさせましょうか?」
とコスモスが言う。
 
「じゃお願いします」
と私は言った。それでコスモスは事務所の沢村さんに電話していた。青葉のサイズは千里が!伝えていた。
 

「しかし今朝早く名古屋を出てきたのなら、冬たちは爆弾騒ぎのことはまだ聞いてないかな?」
と千里は言った。
 
「爆弾!?」
 
「アクアの福岡公演を爆破するって予告メールが来ているんだよ」
「え〜〜!?」
 
「今警察が必死で発信元を調査しているけど、今日中に辿り着けるかどうかは微妙だと思う。そのあたりの知識のある人がメールで予告したのなら、たぶん海外の串とかを使って、辿りにくくしているはず」
と三田原さんが言う。
 
「串?」
と訊いたのは、ソフトハウスに勤めている専門家のはずの千里である!
 
「姉さん、プロクシーのことだよ」
と青葉が呆れたように言う。
 
「何それ?」
「実際に操作している人のIPアドレスを匿名化するサービス。そういうサーバーは世界中に存在する」
と青葉が説明するものの
 
「アイビー・アドレス?ってメールアドレスとはまた違うの?」
などと千里は訊く。
 
だめだこりゃ!
 
「まあいいけど、要するに本当の発信者が分からないようにうまく偽装するテクニックが色々あるんだよ。串以外に多数の踏み台を使っている可能性もあるからね」
 
「まあそれで警察とイベンター・レコード会社の正社員、ドームの管理会社との合同チームで朝からドームの内部や周辺を捜索しているのですが、今の所爆発物のようなものは見つかっていません」
 
「愉快犯ならいいのですが、本当に爆弾を仕掛けられたら恐ろしいことになりますね」
と私は言う。
 
「アクアやエレメントガード、サポートミュージシャンたちには、こんなの愉快犯に決まってるから、と笑って言っておいたのですが、こちらは正直不安でたまらないんですよ」
と三田原さん。
 

私たちは記者会見でその爆弾問題を尋ねられた時の対応などについても話し合った。
 
「でも今回はマリ&ケイの作品だったので、次回、たぶん春頃になると思うのですが、次回の作品はまた岡崎天音・大宮万葉でいいですかね?」
とコスモスが言う。
 
「ええ。それでいいですよ。映画の挿入曲は変則的になったけど、基本的には私とケイさんとで交互に書くみたいな流れになっていますから。私もアクアに使えそうなものがないか考えておきますので」
と青葉。
 
「ではその線でよろしくお願いします」
 
「しかし岡崎天音がマリちゃんの別名というのは、公表はしてないけど、周知だと思うから、結果的にはアクアのプロジェクトの主導者はマリちゃんだと思っている人もあるかもね」
と千里が言う。
 
「おぉ!」
「それは考えてみたこと無かった」
「確かにマリちゃんはアクアに異様に入れ込んでいる」
 
「だけどマリの思うようにさせたら、アクアは間違い無く高校卒業する頃までには性転換させられちゃいますよ」
と私は警告しておく。
 
「うん。だからアクアのプロジェクトの主催者は大宮万葉さんってことにしておけばいいんじゃない?」
と千里は更に言った。
 
「おぉ!」
「それはいいことだ」
「え?でも私、とてもCD制作とかは指導できませんよ。自分自身、そういうのほとんど経験無いし」
 
「大宮先生はプロデューサーということにして、実際の現場での制作を指揮するディレクターは誰か分かっている人を使えばいい。ケイちゃん、そういうのできる人、誰か居ないかなあ。それなりの報酬は払うから」
と三田原さんが言う。
 
「それ私もこないだから考えていたんですよ。それで思ったんですが、KARIONの和泉とか、どう思います?」
 
「おぉぉぉぉ!!」
「いや、それは凄く良い人選かも」
 
「マリちゃん、XANFUSの光帆、松浦紗雪、このあたりが、何とかしてアクアを去勢しちゃいたいグループみたいで」
「実はKARIONの小風も危ない」
「ああ、確かに危ない目をしている」
 
松浦紗雪はアクアのファンクラブ会員番号1番。マリが2番である。光帆は出遅れたので1桁ではないが2桁で77番、小風も123番の番号をもらっている。概して若い番号をもらっているファンは圧倒的に《去勢推進派》である。
 
しかし和泉はアクアの歌唱力を評価はするものの「まだまだ鍛えてもらわなくちゃ」と言っているだけで、アクアの《声変わり》問題や《男性化》問題には興味は無さそうである。
 
「最初、私の先輩の松原珠妃を考えたんですが、それだと松浦紗雪さんが面白くないと思うんですよ。和泉は派閥抗争みたいなのに無縁の子だから、比較的使いやすいのではないかと思ったんです。もしコスモスちゃんや三田原さんが良ければ話してみますが」
 
「うん。ぜひその話は進めてください。和泉さんなら歓迎です」
とコスモスは言った。
 
「マリの干渉に抵抗できる人物だし、大宮万葉とも協力できそうでしょ?」
と私は言ったが、青葉も
 
「和泉さんとなら、やれそうな気がします。音楽に対する認識が近いから」
と言った。
 
「こういうのは、自分自身が大きなヒットを出したことのある人、そして理論武装している人、こだわりのある曲作りができる人がいいと思うんですよ。毛利さんとの制作を1年ほどやっていて思ったのですが、やはり、アクアは女性プロデューサーとの方がうまく行くのではという気がしてたんですよね。毛利さんが悪いわけではないのですが」
 
とコスモスは言う。
 
「毛利さんは女の子アイドルの売り出しかたはうまいと思いますが、アクアは少し勝手が違ったかも知れませんね」
と千里も笑顔で言っていた。
 
「アクアに関しては少なくとも高校を卒業するまでは学業優先というのを契約の時にきちんと定めているから、音源制作も土日が中心になると思う。だから青葉はその度に富山から東京に出てきて作業に参加できると思うよ」
と千里は更に付け加えるように言った。
 
「何なら私が車で送迎してもいいけど」
と千里。
「いや、新幹線で往復する」
と青葉。
「うん、それがいいと思う」
と私。
 

「ところでここだけの話だけど」
と三田原課長が小さな声で言った。
 
「龍虎君って、本当は去勢してるの?」
 
「してません」
と、私・コスモス・青葉・千里の4人が同時に言った。
 
「ただ実質去勢されているのと似た状態にはあるよね?」
とコスモスが言う。
 
「守秘義務があるので詳しいことは言えませんが、後5年は声変わりしないはず」
と青葉が言うと
 
「私も正確なことは言えないけど、20歳までは声変わりしないと思う」
と千里が言う。
 
「姉さん、龍虎に何したのさ?」
「青葉の邪魔をするようなことはしてないよ」
 
と言って青葉と千里はお互い微妙な笑みを浮かべて見合っていた。
 
「じゃいつかは声変わりも来るわけだ?」
と三田原さんが訊く。
 
「本人が男として生きる決意が出来た時が、声変わりの時だと思う」
と私は言う。
 
「だよね?」
と私は千里と青葉を交互に見て言った。ふたりとも頷いている。
 
「まあそんなもの。今はまだ男にも女にもなりたくないんだよ」
と千里。
 
「けっこう女の子になってもいいかなとは思っているよね」
と青葉。
 
「うん。でも積極的に女の子になりたい訳ではない」
と私。
 
「自己の性別認識は間違い無く男の子だけど、アセクシュアルっぽいよね」
「うん。あの子、恋愛をするつもりが無いみたい」
 
「ただ幼馴染みの女の子がいたよね?」
と三田原さん。
「その子とはどうも1度セックスした経験がある感じなんですよ、ここだけの話」
とコスモスが言う。
 
「じゃ龍虎って性交能力はあるんだ?」
「デビュー記念にさせてあげるって、彼女の方から誘惑したみたい」
「それ今も恋愛関係あるの?」
 
「それが龍虎本人が恋愛に興味無いので。彼女も今はただ見守ってくれているみたいです。実は非公開のファンクラブ会員番号3番はその子が持っているんですよ。もしかしたら将来その子との結婚を発表することになるかも知れないと思って」
とコスモスが明かす。
 
「でもそういう子ならいいけど、一般のファンとかから誘惑された場合にうまく断れないとまずいね」
「本人は『絶対大丈夫です。キスされるような隙とか見せません』と言っていた」
 
「それ、もしかしてそういう練習しているのでは?」
「うん。たぶん、隙を狙ってキスを奪って、『今のは隙があったよ』とか言っているのではないかと」
 
「なんか楽しそうだ」
 
「おそらく、あのふたりは恋愛関係ではなく、純粋に友情で結ばれているんですよ。取り敢えず今の段階では」
「まあ龍虎に恋愛をする気が無い以上、キスしてもセックスしても、友情という段階から先には進まないんでしょうね」
 
「その幼馴染みの子は、自分が龍虎と関係を持つことによって、女の子に対する耐性を付けさせてるのかもね」
「女性との接し方の教育をされている訳か」
 

「じゃ結局アクアは性転換するつもりは無いよね?」
と三田原さんは確認する。
 
「ちんちんは別に有っても無くてもどちらでもいいっぽい」
と千里。
 
「まあ使ってないみたいだけど、別に邪魔だとは思ってないよね」
と青葉。
 
「AVに出させる訳でもなし、ちんちんが付いてたって付いてなくたって別に問題無いよね。本人は男の子の意識なんだから」
と私は言う。
 
こういう話はふつうの人には理解しがたいかも知れないが、ここにいるメンツには理解できる話である。実際三田原さんも頷いている。
 
「でもここだけの話。おっぱいくらいは大きくしてもいいかなって、今かなり悩んでる」
とコスモス。
 
「それはちょっとやばいなあ」
と三田原さんは腕を組んで悩んでいた。
 
「コスモスちゃん、あの子の上半身裸の写真とか写真集に収録するなら早い内がいいかも」
と私は笑って言ったが
 
「未成年のタレントでそういう写真は撮れないよ」
とコスモスは答える。
 
「でも多分おっぱいは大きくしないという選択をすると思うよ」
と千里は笑顔で言う。
 
「私も同感」
と青葉。
 
「このふたりが揃ってこう言ってますから大丈夫みたいですよ」
と私は三田原さんに言った。
 
「だって豊胸手術しちゃったり女性ホルモンでバストを育ててしまうと、男装する時に困るもん」
と千里。
 
「そうそう。だから多分ブレストフォーム使いになるよね?アクアは」
と青葉。
 
「いや多分既にブレストフォームは持っているとみた」
と私も言った。
 
コスモスは笑っていた。
 

11時前に沢村さんが服を持って来てくれたので、ファミレスのトイレで着換えさせる。
 
「こんな可愛い服なの〜?」
と青葉は恥ずかしがっている感じだったが
 
「女子大生はこのくらいチャラチャラした服が良い」
と千里は言っていた。
「桃姉が、スカート穿いたら女装でもした気分だと言っていたのが少し分かる」
と青葉。
 
「うん。これならまあ22-23歳くらいには見えるかな」
と私は言った。実際には青葉はまだ19歳である。
 
膝上丈のスカートで足がたっぷり露出するのが本人は落ち着かないようである。むろんパンティストッキングは穿いているが、これがまた柄物である。
 
そのままロイホを出て地下鉄で天神に出た。歩いて放送局まで行くが、今日はサインを求めて寄ってきたりする人は無かった。それを何気なく言ったら千里が「足止め食うと面倒だから」と言ったので、どうも何か操作をしていたようである。
 
放送局には既にアクアがマネージャーの鱒渕さんに連れられてきていたが、紅川会長に松前社長(★★レコードでは会長だがTKRでは社長である)も来ているので驚く。爆破予告があったので、急遽東京から駆けつけてきたらしい。他にエレメントガードのメンバーおよびサポートミュージシャンもいる。
 
サポートは5人で、22-23歳のフルート奏者(曲によってはクラリネットも吹く)の女性、27-28歳のギタリストの女性、32-33歳くらいのキーボード奏者の女性、37-38歳くらいのサックス奏者の男性、42-43歳くらいのトランペット奏者(トロンボーンも吹く)の男性であった。
 
ここでキーボード奏者は実際にはヴァイオリンのパートを演奏する。3時間の長丁場のライブなので生のヴァイオリンでは体力的にも辛いし、春のツアーでは弦切れトラブルも起きていたこと、そしてドームでは不安定になりがちな生楽器の音響をきちんとするのは大変なこともあり、今回はキーボードで代用することになったらしい。
 
今回のツアーでサポートミュージシャンは2チーム編成している。日程がきついので、アクアとエレメントガードは替えが効かないものの、サポートの人たちは負荷を減らすために、Aチーム・Bチームと編成したようだ。実際、サポートのギタリストがヤコのパートを弾いて負荷の大きいヤコを少し休ませたりもする方針のようである。
 

放送局の人と打合せする。記者会見場には既に50人ほどの記者が詰めかけているらしく、放送局の人も「こんな凄い記者の数は初めて見た」と言っている。
 
打合せが終わった所で青葉に
 
「そうだ、青葉。実はマリからちょっと買物頼まれていたんだけど、博多駅に一足先に行って買物しといてくれないかな」
 
と言うと
 
「ああ、それは青葉が行く必要無いよ。私の友だちにさせるよ。何が必要?」
 
と千里が言うので、博多駅の赤い風船でショートケーキ12個くらい買っておいて、放送が終わった後、博多駅に駆けつけた私に渡して欲しいのだと言う。
 
「了解。うまい具合に近くに居る人がいるから、ちょっと連絡するね」
と言って千里は電話していた。
 
千里が電話する所を青葉がじっと見ていた。
 
「お金は後日適当に精算するから、冬は博多駅で品物だけ受け取って」
「分かった。千里はまだ帰らないの?」
「私は爆弾騒ぎが心配だから、アクアのライブが終わるまで付いていることにするよ」
と千里。
 
「ちー姉は、物探しが上手いから、本当に仕掛けられていたら、見つけるかもね」
と青葉も言う。
 
「助かる。じゃそちらはお願い」
「うん」
 

千里が折りたたみ式のガラケーを使っているので、三田原さんが言った。
 
「醍醐先生はフィーチャホン派ですか?」
「マリちゃんなんかもそうですが、私、静電体質なのでスマホはダメなんですよ。一度ショップで触ったら、いきなり電源が落ちて、その端末はそのあと、お店の人がどうやっても再起動しませんでした」
 
「わあ」
 
「私、銀行のATM落としたこともあります。基本的にはATMに触る前にどこか適当な金属に触って放電させるんですけどね。その時はうっかり忘れていたんですよ」
 
「静電体質の人って大変ですね」
 
そんな会話を青葉がなぜかしかめっ面で聞いていた。何かあるんだろうか??
 

「だけど千里、元々静電体質な上に髪を長くしているから、静電気が更にたまりやすいのもあるんじゃない?」
と私は言った。
 
「うん。それは指摘されたことある。でもこれが私のトレードマークだからね」
と千里。
「スポーツ選手でこんなに長い髪は珍しいよね」
「そそ。だから私はLong tailと呼ばれていることがある」
「ああ。確かにシッポという感じだよ」
 
「スポーツなさるんでしたっけ?」
と三田原さん。
 
「プロバスケットボール選手でこないだのリオデジャネイロ五輪にも出ましたよ」
とコスモスが言うと
「それは知らなかった!」
と三田原さんが言う。
 
「Bリーグとかいうんでしたっけ?」
「それは男子ですね。女子はWリーグです」
「へー!」
 
「ミュージシャンがどこにでも楽器持ち歩くのと同様、私たちスポーツ選手もどこにでもスポーツの道具を持ち歩くんですよ。だからこうやって、バッシュとかボールとか持ち歩いているんです」
と言って、千里はバッグから出して見せる。
 
「すごーい」
「ああ、ボールは空気を抜いて収納しているのか」
とコスモスが言う。
 
「まあ空気入れたままではかさばるから。空気入れも持ち歩いているからすぐ膨らませられるよ」
と言って千里は実際に空気入れで膨らませてみせた。
 
「おお、凄い」
 
それでその場でドリブルなどしてみせる。
 
「パス」
と言って千里が青葉にボールを送ると、青葉はびっくりしながらもそのボールを胸でキャッチしていた。
 
「青葉、なかなか反射神経が良い」
「私も水泳選手だし」
 
「大宮先生は水泳なさるんですか?」
「高校時代はインターハイに出たし、今年もインカレに出たね」
「まあ出ただけだけどね」
 
「それは凄い」
と三田原さんは感心していた。
 

12:00。
 
番組が始まる。最初の10分間は東京のスタジオから放送が行われる。12:10からカメラが福岡のスタジオに切り替わり、記者会見が始まる予定である。エレメントガードとサポートミュージシャンは既にスタンバイしている。エレメントガードの前にテーブルと椅子が並んでいる。カメラが切り替わったところでエレメントガードの前奏が始まり、アクアが出て行って今日発売の曲をショートバージョンで2曲とも歌う。それが終わった所で私・千里・コスモス、三田原さんが出て行き、アクアを中心にして5人で座る。それで15分間の記者会見をする、という段取りである。
 
私たちは控室に置かれているテレビで東京での放送の様子を見ていた。千里が膨らませたバスケットボールは結局青葉がそのまま持っている。
 
12:10。放送局の人の合図でエレメントガードが演奏を始める。アクアが出て行き歌い始める。記者たちが写真を撮っている。ビデオに関してはここの放送局のスタッフが「代表撮影」しておいて後で希望する記者にデータを配ることになっている。
 

やがて歌が終わる。記者たちが拍手をしている。顔を見合わせたりしている人もあるので、おそらく福岡勤務の記者さんで、初めてアクアの生歌唱を聴いた人たちではと思った。アクアが思いのほか上手かったので驚いているのだろう。彼はアイドル歌手にするにはもったいないほど歌が上手い。驚いているのは記者たちだけでなく、伴奏者まで顔を見合わせたりしている。特にキーボードの女性など首を振ったりして何か考え込んでいる雰囲気だ。
 
そこで私たち4人が出て行き、各々のネームプレートの置かれた席に座る。ネームプレートは左から順に、作曲家・醍醐春海、作曲家・ケイ、アクア、§§ミュージック・秋風コスモス、TKR・三田原彬子と書かれたものが置かれている。
 
しかしこのメンツって・・・・5人の内3人が性転換者だ!
しかも主役のアクアはいつも男の娘疑惑が囁かれているし!!
 
この記者会見の放送のため、わざわざ東京から来たらしい、ΛΛテレビの宮嶋容子アナウンサーが司会を務めて、記者会見が始まる。
 
(記者席から見て)右端に座る三田原さんが、今回のCDおよび楽曲に関して説明をする。時々それについてコスモスが補足をする。しばしば記者から質問が出るので、それに答えていくという形で記者会見は進んだ。どの記者に発言させるかは司会の宮嶋さんがコントロールしていた(結構仕込みっぽい雰囲気もあった)。
 
そして会見席での説明と質疑が始まって5分ほどした12:20頃のこと。
 
「誰です?あなたは」
「ちょっとそちらに行かないで」
という声がする。
 
私はギョッとした。長い銃身の銃を持った男が放送局のスタッフを振り切ってこちらに突進してきたのである。
 
とっさに千里が席を立ち、アクアを抱えるようにして立たせると、奥の方に突き飛ばすようにして逃がした。エレメントガードのヤコが走り寄って、アクアを保護する。コスモスはむしろアクアを守るように立ち上がると男に対峙した。
 
恥ずかしながら、私も三田原さんも反応が一瞬遅れた。
 
このあたりは運動神経の差かも!
 
やはり千里が最初に動いたのはスポーツマンの反射神経なのだろう。
 
結果的に乱入してきた男は、コスモスを人質に取った。
 

男は1発天井に向かって銃をぶっ放した。
 
「みんな動くな」
と警告する。
 
この発砲で、みんな確かに動きが停まった。放送局の男性スタッフが数人、男を取り押さえようと迫る雰囲気だったのが、銃が本物と分かり、下手な動きはできないと思ったのか、停まってお互い顔を見合わせている。
 
結果的に男がコスモスを左で抱きかかえるようにしたまま右手で銃を持ち、そのそばで、私・千里・三田原さんが男を睨み、部屋の奥の方にはアクアと彼をしっかり自分の後ろにやって守るようにしているヤコおよび他の伴奏者たち、そして多数の記者が立ち上がって3〜4m以上離れた場所から写真を撮ったりしているという状況になった。
 
放送局のカメラは、しっかり撮影しているが、東京側の判断で映像を切り替えたかもと私は思った。
 

一瞬時が止まったかのようであったが、他の放送局スタッフや紅川さんたちと一緒に入口近くの壁のほうに居た、青葉が歩み寄ってきた。手には先ほどのバスケットボールを持ったままである。
 
「なんだお前、撃つぞ」
と男が青葉のほうに向かって言う。
 
「お兄さん、そんな、か弱い女の子を人質にしちゃダメだよ」
などと笑顔で言う。
 
いかにも無害そうな女子大生が笑顔で語りかけるので、男はちょっと拍子抜けした感じだった。
 
その瞬間青葉は持っていたボールをチェストパスの要領で投げた。
 
男がギクっとするものの、青葉が投げた先は千里である。そして千里はボールをキャッチすると、左手で男めがけてボールを勢いよく投げる。
 

ボールは男の右手手首の所に正確に当たった。
 
男が「ぎゃっ」と言って銃を落とす。
 
次の瞬間、千里は男に駆け寄り、自分の身体を無理矢理男とコスモスの間に割り込ませてコスモスを解放する。テレビ局の男性スタッフが走り寄って、1人は銃を確保。他の数人で男を取り押さえた。
 
宮嶋アナウンサーがすかさずマイクを持ち、カメラに向かって言った。
 
「男は無事取り押さえました。コスモスちゃんもアクアちゃんも無事のようです」
 

紅川さんが走り寄ってきて
「宏美ちゃん、大丈夫?」
とコスモスの本名を呼ぶ。さすがに青い顔をしていたコスモスはそれに対して笑顔を作って
「大丈夫ですよ。『踊る刑事』で人質役をした時のこと思い出しました」
と言ってカメラに向かって手を振った。
 
後ろの方でヤコに保護されていたアクアも走り寄り「社長、大丈夫ですか?」と言って、コスモスを心配そうに見ていた。
 
このあたりまでが全国にそのまま放送で流れたようである。
 

警察の事情聴取のようなものも行われるとは思われたが、私たちは大阪に行かねばならないので、放送局の部長さんや松前社長の判断で、行かせてもらうことにした。
 
「明日の朝また福岡に来ますので、必要なら明日の午前中に事情聴取とかには応じられますので」
「分かりました。警察にはそう言っておきます」
と部長さんは言った。
 
それで騒然としているスタジオを後にして、私と青葉は用意されていたタクシーに乗り、福岡都市高速を通って博多駅に急いだ。
 
新幹線の乗降口の所に居た身長150cmくらいの女性が近づいてくる。
「こんにちは、唐本さんですか?」
「あ。はい」
「これ頼まれたものです」
と言って大きな箱を渡す。
 
「ありがとうございます。取り敢えずお金渡しておきましょうか」
と言って、私は一万円札を出したのだが
「お金は千里さんから振り込んでもらったから大丈夫ですよ」
と彼女はにこやかに言う。
 
「分かりました。でしたら後で千里との間で精算しておきます」
「ではお気を付けて。あ、これおふたりで車内で食べて下さい」
と言って、女性はもうひとつ持っていた小さな箱と駅弁を2つにお茶のペットボトル4本が入った袋を渡してくれた。
 
「こちらは千里さんからのおごりだそうです」
「分かりました!ありがとうございます」
 

それで私は彼女に御礼を言って、改札を通り、新幹線に乗った。結局12:43の《さくら552号》に間に合ってしまった。私たちはいったん自由席に乗ったものの、回ってきた車掌さんに言い、グリーン席に変えてもらった。
 
「あれって、正確に男の手首を狙ったよね」
と私は訊く。
 
「はい。千里姉でなければできないことです」
と青葉。
 
「実は姉から『笑顔で近づいて来て、ボールを私にパスして』と脳内直信で言われたんですよ」
 
「さっすが!そんなの千里と青葉でなきゃできない。それと青葉でなきゃ、あの場面で犯人のそばに寄るなんて恐くてできない。でもうまい具合にボールを膨らませていたし」
 
「私は平気ですよ。でもこういう予定調和を起こすのが千里姉なんですよ。そういうの冬子さんも今までに何度も見てません?」
 
「見てる」
と私は言った。
 
「千里姉はああいう時、準備ができていることについては、何も考えていなかったと言うんですよね。だから事前に何か分かった訳でもないけど、なぜかうまい具合にちょうどいい道具があったりするらしいんですよ」
 
「私なぜここの駐車場に車駐めるんだろうと思ったけど、うまい具合に行ったね、なんてセリフをこれまで5〜6回聞いている気がする」
 
「爆弾のほうも多分千里姉がいたら大丈夫ですよ」
「爆弾って本物だと思う?」
「たぶん本物です。まだ犯人が捕まったという情報がありません。やはり、爆破予告の発信元は複雑に隠蔽されているっぽいです。そこまでするのは愉快犯ではないですよ」
と青葉は言った。
 
「でも千里って、IPアドレスなんてのが分かってなかったみたいだけど、本当に機械とかコンピュータとか苦手みたいだよね」
 
「冬子さん、何なら今二子玉川のJソフトに電話してみましょうか?絶対、千里姉が出ますから」
と青葉は言うが
 
「やめときなよ〜」
と私は言った。
 
「でも人間だった」
「何が?」
 
「博多駅で私たちにケーキとお弁当を渡してくれた人です」
「人間じゃなかったら何なの?」
「眷属か何か使うかと思ったんですけどね〜」
 
私は苦笑した。
「千里は、そういう所は巧妙で、絶対しっぽを掴ませないようにするんだよ」
「そんな気がします」
 
「実際、千里はバスケットの活動を通して全国に友人がいるみたいだよ」
「それは言っていました」
 
実際に、この時私たちが改札口の所で会ったのは、ジョイフルゴールドに所属している熊野サクラの妹さん、熊野ツバキであった。自身は地元のクラブ・バレーチームに所属している。ちょうど祇園町でのバイトが終わって帰ろうとしていた所で千里から電話があったらしい。そういう都合のつく人物に接触できるのが千里の“才能”なのだが、本人はそのことを全く意識していない。熊野さんは、お姉さんは180cmを越える長身だが、妹さんは150cmくらいしかないという対照的な姉妹である。
 
「ついでにたいてい《兄妹》と思われる」
などといつかサクラは言っていた。
 

なお、この銃人質?事件で、事件解決後5分くらいしてやっと駆けつけてきた警察は、最初、ボールをぶつけた行為が危険な行為ではと思ったものの、千里がオリンピック代表のバスケットボール選手で、しかもシューターだと聞いて、納得してくれたようである。
 
「銃に当てると暴発の危険があるから、正確に手首に当てたんですよ」
「なるほど。しかしうまい具合にボールがありましたね」
「事前に妹と遊んでいたので」
「その妹さんがパスしてくれたんですね」
「そうです。妹もバスケでは無いですが、インターハイやインカレに出ている水泳選手で運動神経はいいんですよ」
「スポーツ姉妹ですか。凄いですね」
 
アクアたちは警察に事情を聞かれたが、ライブがあるからというので、すぐに解放してもらえた。やはり私と青葉は明日の午前中、福岡の中央警察署を訪問して事情聴取に応じることになった。
 
結局この事件は一部始終が全国に生中継で流れていた。東京側でカメラを切り替えていったん東京に戻すかどうか協議している間に、あっという間に解決してしまったからである。現場に居た私たちはけっこう長い時間のように感じたのだが、実際には犯人が乱入してから、千里がボールを犯人の手首にぶつけてコスモスを助けるまで、1分も無かったらしい。
 
あまりにもあっけなく解決してしまったため、番組の演出かと思った視聴者まであったようである。
 
なお、犯人は全国放送のカメラの前で何かアピールしたいことがあったらしいが、何も言う前に捕まってしまった。
 

新幹線が広島を過ぎた頃、車内の掲示板に「福岡でアイドルのドーム公演爆弾犯逮捕」というニュースが流れるので、私たちはびっくりしてスマホで情報を収集した。
 
その結果、なんと博多公演のサポートミュージシャンとして入っていた、キーボード奏者が自分の荷物に紛れて爆弾を持ち込もうとした所を警官に見つかり、その場で爆発物取締罰則違反の疑いで現行犯逮捕されたということであった。
 
「やはりあの人でしたか」
と青葉が言うので、びっくりする。
 
「怪しいと思った?」
「怪しいということで、千里姉と意見が一致しました」
「え〜!?」
「だから姉は、わざと彼女が警察にチェックされるように仕掛けたのだと思います」
「うむむ」
 
「普通なら、アーティストやマネージャーまでは荷物チェックしませんからね」
 
「でもキーボード奏者が逮捕されたら、公演はどうするんだろう?」
「きっと姉が代理演奏したと思います」
「あぁ」
 

実際、18時すぎ、大阪ユーホールの楽屋で私たちが最後の打合せをしていた時に千里から連絡があり、今日のアクア公演での追加キーボード(ヴァイオリンパート)はやはり千里が務めたということであった。
 
「千里が代行できる楽器で良かったね」
「うん。私、本物のヴァイオリンはいまだにダメだから」
「それ練習する気が無いとしか思えないんだけど」
「そうかもね〜」
 
「どういう経緯で見付かったの?」
「ドームに行って、中に入る時に、当然私たちはフリーパス。観客は全員金属探知機のゲートをくぐらせた上に、バッグの中を開けさせられて全部警官がチェックしていたけどね」
 
「うん」
「それで楽屋口のところで、私、あの人を転ばせちゃったんだよね〜」
「転ばせた?」
 
「すると彼女が慌てて、バッグの心配をしている訳」
「そりゃ恐いよね」
「まああの爆弾は転んだ程度の衝撃では爆発しないタイプだったけどね」
「そこまで分かってて転ばせたんだ?」
 
「彼女の慌てようが異様だったんで、楽屋口の所で警戒していた警官が近づいて来て、どうかなさいましたか?と」
「なるほど」
 
「いや割れ物が入っていたので、なんて言うからさ。じゃ割れてないか見てみたほうがいいよ、と三田原さんが言って」
「ああ」
 
「ところが彼女、実際のものは取り出さずに、手を入れて触って大丈夫みたいです、と。しかも彼女手を入れる時に、わざわざ手袋をしたんだよ」
 
「怪しすぎる」
 
「そこで私が『なんか金属性の音がしたけど』と言って、そしたら警官が『金属ですか?』と言って、念のため見せてください、と」
 
「千里もけっこう強引だね」
 
「そしたら彼女、荷物を放置して逃げようとするもんだから、警官が『待て』と言って捕まえて。それで荷物を確認すると、中から時限装置の付いた爆弾が出てきた。怪我人が出ないように、公演が始まった後、ロビーで爆発させるつもりだったらしい」
 
「動機とかは?」
 
「自分がなかなか売れなくて食い詰めているのに、へたくそなアイドルが何億も稼ぐのはずるいと思って犯行を思い立ったらしい。ところがお昼に実際にアクアの伴奏をして、アクアが物凄く上手いのに驚いて。それで犯行をやめようかとも思ったけど、テレビ局であんな事件が起きて、荷物をコインロッカーとかに隠したりする時間も無かったらしい」
 
「テレビ局で事件が起きてなかったら、何事も起きなかった可能性もあったわけだ?」
「今日のところはね。明日は分からなかったと思うよ」
「ああ」
 
「しかしまあ今日はアクアは受難日だね」
「どちらも怪我人とかも出なくて良かったよ」
 

「彼女を紹介したインペグ屋さんの社長が青くなって、東京から飛んできて、公演終了後になったけど、三田原さん・松前さんと紅川さん・コスモスちゃんの前で土下座して謝っていたよ」
 
「インペグ屋さんには落ち度は無いよ」
 
「うん。松前さんも紅川さんも、そちらには何の責任も無いです、と言ってた。まあ差し入れてもらったお菓子は出演者で分けて食べたけどね」
 
「色々大変だなあ」
 

「でもこの後の公演はどうするの?」
「Bチームのキーボード奏者さんが残り全部の公演に付き合ってくれることになった」
「わあ、大変だ」
「うん。特に北海道に行った後、1日置いて東京2日間というところが辛いから2チーム作ったんだけど、新たなキーボード奏者を今から手配するのは無理だもん。数日で30曲も覚えるなんて出来ないし」
 
「確かにそんな状態で演奏できるのは千里とか私とかくらいだよ」
 
「うん。私や冬は覚えてなくても初見で弾けるからね〜。ちなみに、醍醐さん、この後の大阪・札幌におつきあい頂くのは無理ですよね?と言われたけど、私はオールジャパンがあるから無理ですと断った」
 
「だよね〜。ちなみにJソフトの方は忙しくないの?」
「どうだろう?私、最近あちらにあまり行ってないし。こないだ青葉が突然来た時くらいかな」
などと千里が言うので、そばで聞いていた青葉が呆れたような顔をしていた。千里も本当に開き直っている!
 
「あの会社も辞めたいんだけど、なかなか辞めさせてくれないんだよ。もう10回以上退職願い出してるんだけど。それどころか、来年4月から課長になってくれないかと言われて困っている」
などと千里は言う。
 
「うーん・・・」
と言って私は青葉と顔を見合わせた。
 

なお、この日発売になったアクアの『モエレ山の一夜/希望の鼓動』は事件の報道が物凄い宣伝になり、初日に120万枚売れても大丈夫なように出荷していたにも関わらず、どこも売り切れが続出。レコード会社では慌てて必死にプレスした所、一週間で200万枚を売る特大ヒットとなって三田原さんが嬉しい悲鳴を上げていた。
 
また現場で気丈に振る舞い、アクアの身代わりに人質になった形のコスモスの人気も急上昇し、コスモスがこの夏に出していた『メタルシティ/佐久間川の川辺』まで品切れが相次ぐというオマケ付きであった。
 
このコスモスのCDはどうせ売れないしというので、実は元々3000枚しか出荷していなかったのだが、2万枚増産したら、それも瞬殺。慌てて更に5万枚出したらそれも即売り切れ、半信半疑で10万枚増産したら、それもほぼ売り切れて地域によっては品薄になったので最終的に更に5万枚出荷。合計出荷枚数は22万3千枚に到達。秋風コスモスにとってデビュー10年目の初ゴールドディスクになってしまった。
 
ちなみにこのCDの作曲者だが、『メタルシティ』は阿木結紀作詞作曲になっているが、阿木結紀というのはコスモスのお姉さん・秋風メロディーの非公開のペンネームのひとつである。『佐久間川の川辺』は東郷誠一作詞作曲ということになっているが、実際に書いたのは明智ヒバリである!
 
メロディーは「これでチャイルドシートが買える!」などと言っていたらしいが、この曲で彼女が受け取るお金は印税だけでも800万円ほどになるはずで、チャイルドシートと一緒にそれを搭載する車も買えそうである。
 
もっとも世間では
「このコスモスちゃんの歌の伴奏している人たち、すごくうまいね」
「オフボーカル版は名曲だと思う」
などという意見が大多数であった。
 
コスモスも開き直って、この2曲を桜野みちるにカバーさせた《桜野版》を出したら、それが27万枚売れて、桜野にとって初めてのプラチナ・ディスクとなった。そして桜野版が売れてから初めて
 
「この歌、歌詞もいいね〜」
「そうか。こういう歌詞だったのか」
「情緒あふれる歌だなあ」
 
などといった意見が出てきていた!
 

12月26日。ローズ+リリーの名古屋・大阪・福岡の三連続公演を終えて東京に戻った私は、神田の和泉のマンションに行き、アクアのCD制作の指揮を頼めないかと打診してみた。
 
「そういうのは作曲家がした方がいいんじゃないの?」
と和泉は心配する。
 
「和泉ちゃんが実は作曲まですることは、けっこう多くの人に知られている」
「まあ、昔ローズ+リリーの打ち込みとかしたなあ」
「うん。あれは助かった」
 
いろいろ話し合った末、和泉は次回のアクアの音源制作で取り敢えず指揮を執ってみて、それで行けそうなら、また次回以降検討するということにさせてもらえないかと言った。その意向をコスモスに伝えた所、それでいいということだったので、春頃に予定しているアクアの8枚目のCDは和泉が青葉と一緒に指揮を執って制作することになった。
 
結果的に青葉は頻繁に東京に出てこなければならなくなるが、彼氏に会えるので好都合のようである(青葉の交通費は当然制作費の中から支払われる)。またアクアにとっても頻繁に青葉に会えると体内のホルモンコントロールの調整をしてもらえるので好都合のようである。
 

今年の08年組のクリスマス会はこの26日夕方から、例によって私のマンションで開催した。出席者は、私とマリ、七星、風花、夢美、和泉・小風・美空に海香、音羽・光帆に神崎・浜名、美紀子・貴子・黒美・由妃という17(18?)名である。
 
「今日来てるのはどっちのゆきちゃん?」
と私が訊くと
「ゆきは妊娠中だからおうちで休んでいるよ」
と言ったので、男の娘の方の由妃が来ているのかと思ったら、21時頃になって
「妊婦は夜更かしするなとゆきが言ってたから、私先に帰るね」
と言い、親友の黒美が付き添って帰って行ったので、ひょっとしたら途中で入れ替わっていたのかも知れない!
 
取り敢えずその時点で残っている料理やおやつを適当に3人分(黒美の分も入れて)渡しておいた。
 
それでその後は残りの15人で徹夜態勢になった感であった。
 

「この世界もけっこう世代交代が進んできた感じだね」
「うん。テレビ局とか行くと、私たちがかなり上席に座らされる。つまり上が居なくなりつつある」
「その内、私たちも居なくなっていく」
 
「実際そうだと思う。私たちの世代もそろそろピークを過ぎて下り坂に入りつつある感じ」
 
「どうしても20代前半くらいの人たちが中心になるよね」
「1993-1997年生まれくらいだよね」
 
その年代というとこういうメンツである。
 
1993 小野寺イルザ、谷崎聡子、ステラジオ、谷川海里
1994 桜野みちる、槇原愛、丸山アイ、フェイ、リダン♂♀のベージュ系4人
1995 杉田純子
1996 スリファーズ、坂井真紅、ムーンサークル、奈川サフィー
1997 富士宮ノエル、篠崎マイ、LLL, Hanacle
 
この中で目立っているのは、ステラジオ、桜野みちる、富士宮ノエルあたりだろう。
 
しかし1997年生まれというと青葉だよなあと私は思う。なお、山森水絵は1999年生まれ、アクアは2001年生まれでこれより下の世代である。またラビット4はメインの2人が1992年生まれでこれより上の世代になるが、ロックバンドや演歌の人はどうしてもデビュー年代が遅くなりがちだ。ピークも流行歌手より少し上の年齢になる。
 

「しかし男の娘歌手も随分増えた気がする」
と光帆が言う。
 
「ケイ、スリファーズの春奈、鈴鹿美里の鈴鹿、アクア、フェイ、ステラジオのホシ・・・・」
 
「ステラジオのホシは天然女では?」
「そうだっけ?」
「てっきり男の娘かと思ってた!」
「男の娘疑惑はあるよね」
「うん。ナミと出来てるのではという説もあるけど、本人達は恋愛関係は無いと言っている」
「ホシがナミを妊娠させて今年の前半休んでいたという説もあったが」
「さすがにそれは眉唾」
 
「フェイは男の娘に分類していいんだっけ?」
「あちこちで指摘されてたけど、例の記者会見はかなり嘘ついてると思う」
「妊娠だけは事実」
「要するに妊娠可能な男の娘なんだと思う」
「それどういう原理なの?」
「そのあたりはよく分からん」
 
「でも最近なんか男の娘が妊娠しても不思議に思わなくなってきた」
と私は言った。
 
「父親は結局誰な訳?」
「丸山アイではないかと、かなり噂されている」
「嘘!?」
「丸山アイも男の娘なんだっけ?」
「その疑惑はあった」
「いや、あの子、大学の友人たちには自分は男だと言っていたらしい」
「でも高校には女子制服で通学していたらしいね」
「それもしかしてFTMなのでは?」
「FTMなら精子は無いでしょ」
 
「いや男の娘が妊娠できるんだから、FTMで精子のある人もいる」
「すまん。もう私には理解できん」
 
アイは結構男装が好きなようで、しばしば男装で歩いている所に私は遭遇している。ただ彼(彼女?)は女装時と男装時の雰囲気があまりに違いすぎて、同一人物に見えないのである。まるで男と女の2つの人格が1つの身体に同居しているかのようである。いわゆる"two-spirits"に近いのではないかという気もしている。「リボンの騎士」のヒロイン(ヒーロー?)サファイヤなども two-spirits なのかも知れない。
 
「実はフェイと丸山アイが一緒にラブホテルに入っていった所を見たという話は以前からけっこうあるんだよ」
「実は丸山アイの方が妊娠しているんだったりして」
「うーん・・・・」
 
「でも、やはり自分で言うのも何だけど、私やスリファーズの春奈とかが出て、売り出す側が『別に男の娘でもいいようだ』と思うようになったから、これだけ男の娘歌手が増えたんだと思う。以前だと歌の上手い男の娘が居ても、オカマじゃねぇとか言われて、出してもらえなかったんだよ」
 
「それはあるだろうな」
「女声を出す練習していて声域が結果的に広くなってる子も多いし」
「若い内から女性ホルモン飲んで声変わりを食い止めた子も増えてる」
「理解は進んでいるね」
 

「しかしやはり★★レコードの上半期の売上は激減したみたいね」
と織絵(音羽)が言う。織絵はこの手の話が好きである。
 
「アクアの分が抜けたから?」
「いやアクアとかステラジオの分を昨年の分から除外してもかなり落ちている」
「今年は★★レコードから出た新人歌手が、三つ葉以外は全部こけてる」
「正直、三つ葉も担当が別の人ならもっと売れてる気がするよ。ここだけの話」
「うん。日吉さんも佐田常務のおかげで復職させてもらえて凄く頑張っているけど、手法が一昔前のやり方だと思う」
「今年は北川さんのダウンも大きい。更に森元さんも課長に昇格して、明らかに制作部は人手が足りてない」
 
「さっきの話になるけど、ベテランの人たちも次第に売れ行きが落ちてきているからなあ」
「私たちより上の世代で頑張っているのは、松原珠妃、スカイヤーズくらい」
「セールス的にはローズ+リリーの分が★★レコード売上の2割を占めていると思う」
「そんなに!?」
「今音楽業界でミリオン連発しているのはAKB48, スカイロード、とローズ+リリーの3組くらい。もっともローズ+リリーは年間2枚くらいしかCD出さないから、シングルの売上金額では小さいけどね」
「それ以上出すのは無理」
と私は言う。
 
「だからシングルの年間売上高という面では実は50万枚を確実に取って年間4枚出しているストーム5とか、クロコダイルとか、テスカイケといったクラスの方がローズ+リリーより大きい」
 
「そのあたりはCDの値段そのものが高い」
「うん。ローズ+リリーは良心的すぎる値段設定」
「今以上に高く出来ないよ」
と私は言う。
「まあローズ+リリーのCDは変なオマケとか付けてないから」
と和泉。
 
「最近はCDにしろ雑誌にしろ、オマケ商法が広まっているからなあ」
 
「でも実際、ローズ+リリー、マリ&ケイが★★レコードを支えていると思う」
と光帆も言う。
 
「まあそういう訳で今年の夏以降は、冬をKARIONからいったん解放した訳だけどローズ+リリーのツアーが終わったらKARIONのアルバムに集中してよね」
と和泉が言う。
 
「うん。頑張る」
 

12月30日。今年のRC大賞が発表された。
 
大賞は男性アイドルグループ・テスカイケの『サンダレング・ノード』が受賞したが、私は会場でそのタイトルを聞くまでこの曲を知らなかった。隣に座っていた珠妃に尋ねると「私も知らないけど、このグループはファンが大量にCD買うから」と言っていた。そういえばこないだの夜、そんな話が出ていたなと私は思った。
 
金賞は
安藤つばさ『母の残した唄』
松原珠妃『還流』
小野寺イルザ『マジックスクエア』
ハイライトセブンスターズ『パイポパイポのチューインガム』
レインボウ・フルート・バンズ『Sweet Sweet Rain Drops』
ローズ+リリー『振袖』
ラビット4『僕のアリス』
アクア『エメラルドの太陽』
 
といったところが受賞した。
 
結局今年、YS大賞の優秀賞とRC大賞の金賞を同時受賞したのは、松原珠妃・小野寺イルザ・ローズ+リリー・アクアの4組である。
 
また最優秀新人賞は蝦口友華。その他新人賞としてCat's Five, 山森水絵、西宮ネオン、奈川サフィー、三つ葉が受賞した。
 
三つ葉の3人は名前を呼ばれると「嘘〜!?」と叫び、その後、まるで最優秀新人賞を取ったかのような物凄い喜びようで、涙を流しながら歌っていた。彼女らは「君たちは受賞する訳ではないけど、後学のために見学しなさい」と言われて、会場に連れてこられていたらしい。そのあたりの楽屋裏は後日、「3×3大作戦」の中で放送されていた。
 
 
前頁次頁時間索引目次

1  2  3  4  5 
【夏の日の想い出・翔ぶ鳥】(3)