【夏の日の想い出・翔ぶ鳥】(2)
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(C)Eriko Kawaguchi 2017-03-10
マリとのトークはいつしか食べ物の話に走り、観客がマリの胃袋武勇伝に大いに沸いたりして10分近く話をしたところで、やっと次の曲に行く。
またもや演奏者のやりくりが大変だった曲『ダブル』である。
アコスティック・ギター:近藤・宮本、ウッドベース:酒向・鷹野、ピアノ:桃川・青葉、オルガン:沢田・呉羽、マリンバ:月丘・干鶴子、フルート:田中・久本、ヴァイオリン:野村・鈴木、サックス:七星・七美花。
沢田さんは小さい頃からエレクトーンを習っていて5級を持っているし、呉羽ヒロミも7級を持っている(6級寸前で受講休止中)。七美花は管楽器の天才で、サックスを吹かせても七星さんが焦るほどの腕前だ。スターキッズのベーシスト鷹野さんは普通のスターキッズ・アコスティックバージョンではヴァイオリンを弾いているが、元々ヴァイオリン属は何でも弾けて、その応用で(ヴィオール属になるが)コントラバスも弾きこなし、そこからエレキベースも弾くようになったという経緯があり、実はウッドベースとの付き合いの方がエレキベースより長い。干鶴子は万能プレイヤーだが、グロッケンシュピールも大得意(私のグロッケンの先生である)なので、その応用でマリンバを弾いてもらう。
この組み合わせのパズルに頭を悩ませたのは風花だが、どうにも都合がつかないなら、風花は自分でピアノかフルートかマリンバでも弾くつもりだったようである(風花や夢美はKARIONの伴奏者としてカウントしているので基本的にはローズ+リリーのライブ演奏には参加しない:音源制作にはフル動員する)。
なお今回のツアーには、本来のスターキッズ&フレンズのオルガニスト山森さんは同行していない。彼女は現在ヨーロッパ遠征中である。
しかしギター2つ使う曲はいくらでもあるが、ベースを2つというのは珍しいので、ベース2本のバンドであるリダンリダンの信子と中村君が頷くようにしてこの演奏を聴いていた。
その後、またもやヴァイオリニスト10人を入れて『あけぼの』を演奏するが、この曲で使用している3本トランペットは香月さんをリーダーにして、呉羽ヒロミと干鶴子で吹いてもらった。ピアノを桃川さんが弾いて、マリンバが月丘さん、龍笛は青葉である。スターキッズは近藤さんがアコスティックギター、鷹野さんがヴィオラ、宮本さんがチェロ、酒向さんがコントラバスである。
同じく10人のヴァイオリニストとスターキッズ(アコスティック版)を使い、トランペットは香月さんだけにし、干鶴子のトロンボーン、七美花のホルン、青葉の龍笛、七星さんのアルトサックス、沢田さんのソプラノソックスとフィーチャーして『神秘の里』を演奏する。
その後ヴァイオリニストを、野村・鈴木・伊藤だけ残して下げ、金管楽器とソプラノサックスも下げて七星さんのアルトサックスだけにし、田中さんのフルートに入ってもらい、青葉の龍笛は残して、近藤さんとリダンリダンの中村君にダブルアコスティックギターを弾いてもらって『寒椿』を演奏する。
今回のアルバムの曲はどれもそのまま1曲だけシングルで発売してもいい曲なのだが、この『寒椿』と『夜ノ始まり』が特に美しく、また強烈なヒット性のある曲である。それは私と千里の競演なのである。
そして前半の最後はヴァイオリン奏者をまた10人並べ、笙:七美花、龍笛:青葉、箏:呉羽ヒロミ、三味線:恵麻、太鼓:鹿鳴、琵琶:風帆、尺八:明奈、胡弓:美耶と多数の和楽器を並べて、『振袖』を演奏する。大半の和楽器奏者はここでやっと出番が来たというところだ。箏は風帆伯母が物凄く上手いのだが、伯母にはこの曲では琵琶のほうを弾いてもらった。ヒロミはお母さんが生田流の「名取り寸前」だったことから、母の弾くのを見ている内に自分でも弾くようになったらしい。それで教室などには通ったことは無いものの、かなり弾く。事前に聴かせてもらったら充分使えると思ったので、お願いすることにした。
前半のステージが終わり、私とマリはお辞儀をして下手(しもて)に下がる。他の演奏者たちも、ぞろぞろと下がる。
代わってステージには白と黒の色違い同型ドレスを着たムーンサークル、およびリダンリダンの中村さん(ギター)と信子(ベース)が出てくる。そして2人の伴奏でムーンサークルが3曲歌った。
彼女たちはツアー全部に付き合ってくれる。
彼女たちの後、今度は近々デビューする予定の姫路スピカが出てきて、マイナスワン音源で2曲歌った。1曲は私とマリが提供した『わりと隣にいる女学生』で、もう1曲は「東郷誠一」名義の『スクールガール悪(ワル)さ』だが、実際に書いたのは青葉である。
『わりと隣にいる女学生』というのは“ワルトトイフェルの「女学生」”というのを、政子が「『割と隣にいる女学生』って曲無かった?」と訊いたのが発端になっている。その話を聞いて青葉が、同じワルトトイフェル作曲の有名曲である『スケーターズ・ワルツ』から『スクールガール悪さ』というタイトルを考えたのである。つまりアンサーソングになっている。曲はマリ&ケイのものが「平凡な女子高生」を描き、東郷誠一名義のものは「ちょっとイケない女子高生」を描いて対照的になっている。
発売は今度の水曜日、12月14日の予定である。
後半のステージに行く前に、小さな事件があった。
どこから入って来たのか、白猫が入って来てステージ上のグランドピアノの上に、ちょこんと乗ってしまったのである。イベンターの人が出て行って捕まえようとするも、スルリと逃げて、ドラムスの所に行き、シンバルの上に乗って乗った勢いで音が無ったのでびっくりしたようで、そこからタムタムの上に飛び乗る。イベンターの人は、とうとう3人になり、大の大人3人と白猫の追いかけっこが続く。
結局5分近い追いかけっこの末、やっと白猫は捕まり、退場となった。自分でも自宅で猫を飼っているという会場係のバイト女性が餌で釣って確保したのである。餌は楽屋にあったおにぎりを少し崩して取り、醤油を掛けた猫まんまであった。
私たちは出て行ったものの会場がざわざわしている。
「凄い騒動だったけど、可愛い猫だったね」
「うん。まだ生まれて1年くらいじゃないかな。若い猫だと思ったよ」
「男の子かな?女の子かな?」
「さあ」
と言っていたら、ステージ脇から
「女の子ですよ〜」
という声が掛かるので
「女の子だそうです」
と私は観客に報告した。
しかし少しトークしても観客はまだざわついている。そこで私は言った。
「さて、白猫ちゃんが出てきたから、それにちなんで『白猫のマンボ』行ってみましょう」
すると笑い声と共に大きな拍手があった。
近藤さんが他のメンバーと顔を見合わせて「OK。行けるよ」というので、伴奏をお願いし、私とマリはKARIONの2010年のヒット曲『白猫のマンボ』を歌った。某国営放送の「みんなの歌」でも流れた曲なので、知っている人も多い。ノリノリの手拍子が来て、私たちは楽しく歌って行った。
演奏が終わった所で挨拶する。
「それではあらためて後半のステージ行きましょう。最初は『巫女巫女ファイト』という曲をするつもりで、巫女の格好をしたムーンサークルがそこでスタンバイしたまま、困ったような顔をしております。ムーンサークル、出てきて」
と言うので、巫女の衣装を着たムーンサークルが出てくる。拍手がある。
「では、『巫女巫女ファイト』行きましょう」
この曲は割とシンプルな曲だが、スイートヴァニラズの曲で、ギターが2本のアレンジなので宮本さんがセカンドギターを弾いた。
後半はリズミックタイムということで、電気楽器を使った曲を演奏していく。『巫女巫女ファイト』の次は『Twin Islands』。リダンリダンと一緒に作った曲なので、構成が特殊である。
ベースが2人必要なので、リダンリダンの信子、つまり作曲者本人に参加してもらい彼女の担当パートである第2ベースを弾いてもらって、第1ベースを鷹野さんが弾く。ホーンセクションは、トランペット:香月、サックス:七星、トロンボーン:七美花、ユーフォニウム:干鶴子とした。
何でも演奏しちゃう、七美花・干鶴子というメンツがいるからこそできる構成である。最初はキーボード4台並べて代替することも考えたのだが、念のため干鶴子に電話して「ユーフォニウム吹ける?」と訊いたら、例の市民オーケストラの公演で5〜6回吹いたことがあるというので、やってもらうことにした。でもしばらく吹いてないから練習するのに楽器貸してというので10月頃に渡して練習してもらっておいた。
この他は近藤さんのギターと酒向さんのドラムスで、この曲では月丘さんはお休みである。
次の曲『かぐや姫と手鞠』では和楽器奏者を入れる。
笙:七美花、龍笛:青葉、明笛:明奈、篠笛:美耶。この他はギター・ベース・ドラムス・サックスという構成で、月丘さんは引き続きお休みである。この曲はレッドブロッサムの曲なのでキーボードが構成に入っていない。
昼間の時間の演奏なら、桃川しずかに小振袖でも着せて手鞠を撞かせることも考えたのだが、もう8時を過ぎているので仕方ない。それで結局ムーンサークルの2人に“ワンタッチ振袖”を着せて、手鞠風にペイントしたバスケットボール(6号球)を撞いてもらった。しかし彼女たちはバスケットとかはさほど得意ではないので、途中で失敗してボールが転がっていき、慌てて追いかけるシーンなどもあったが、それも愛嬌ということにした。
何度か目にムーンサークルのリリスがボールを取り損なってはねていったのが客席まで飛び出してしまった。
するとちょうどその付近の3列目の端に座っていた女性が、さっとそのボールをつかむと、リリスに向けてボールを投げた。ボールはストライクでリリスの所に飛んできて、リリスもきれいに胸の所でキャッチする。リリスがお辞儀をし、ボールを拾ってくれた女性は手を振っていたが、その時龍笛を吹いていた青葉が目を丸くしていた。
後から聞くと青葉の中学時代以来の友人、寺島奈々美だったらしい。彼女は実はトラベリングベルズの海香さんの同居人である。食事を作ったり多少のお手伝いをする代わりに実質タダで同居させてもらっている。W大学のバスケット部に所属しているが、彼女のチームもお正月のオールジャパンに出場する。彼女は、ぴあに電話を掛けてこの公演のチケットをゲットしたらしい。(関係者にはこういう3列目のような良い席は渡さない)
続いて『やまとなでしこ恋する乙女』を演奏する。これはゴールデンシックスの曲だが、月丘さんが出てきて、更に真知子ちゃんが出てきてGt/B/KB/Dr/Vn/Flという構成になる。七星さんはフルートを吹く。
和楽器奏者は、箏を今度は風帆伯母が弾き、美耶が胡弓、篠笛は七美花が吹いて鹿鳴が和太鼓を打つ。
ムーンサークルの2人は今度は羽根突きをしてもらうが、これも彼女らはそんなに運動神経がよくないので、なかなか続かない。しかしそれも愛嬌ということにした。
ここでまた少し長いMCを入れて伴奏者を少し休ませる。
「今更だけど、今日のライブのセットは“やまと”ということで、日本全国47都道府県の各々の花をステージ上に並べているんだよね」
と私が言うと
「うん。きれいだね。公演前に説明してもらったほんと可愛い。北海道:はまなす、青森:りんごの花、岩手:桐、宮城:宮城野萩、秋田:ふきのとう、山形:紅花、福島:根本シャクナゲ、茨城:バラ、栃木:八汐つつじ、群馬:蓮華つつじ、埼玉:桜草、千葉:菜の花、東京:染井吉野、神奈川:山百合、新潟:雪割草、富山:チューリップ、石川:黒百合、福井:水仙、山梨:富士桜、長野:リンドウ、岐阜:蓮華草、静岡:つつじ、愛知:カキツバタ、三重:花菖蒲、滋賀:しゃくなげ、京都:なでしこ、大阪:梅、兵庫:野路菊、奈良:奈良八重桜、和歌山:梅、鳥取:二十世紀梨、島根:牡丹、岡山:桃の花、広島:紅葉、山口:夏みかんの花、徳島:すだちの花、香川:オリーブ、愛媛:みかんの花、高知:ヤマモモ、福岡:梅、佐賀:樟の花、長崎:雲仙つつじ、熊本:リンドウ、大分:豊後梅、宮崎:はまゆう、鹿児島:ミヤマキリシマ、沖縄:デイゴ」
と政子が47都道府県の花を列挙すると、結構な歓声と拍手が起きた。
「よく覚えてるね」
と私はほんとに感心して言ったのだが、政子は
「多少間違っても誰も気付かない」
と言う。
思わず会場が爆笑になった。
「私たちの衣装も前半は赤と白の振袖だったけど、後半はいつもの白いユリをイメージしたドレスと、赤いバラをイメージしたドレスになったね」
「後半はマリちゃんが白で私が赤になったね」
「なんかこの方が落ち着く気がする」
「でもケイって、いつもスカートだけど、小さい頃からそうだった?」
「うん。私は物心付いた頃から、スカート穿きたがっていたみたい」
「実際、小さい頃のケイの写真って、みんなスカートとか女物の浴衣とかだもんなあ。でも一般的な男の娘の場合、女の子の服の確保に苦労してない?」
「そういう子が多いみたいだよ。だから最初はお姉さんの服とか、お母さんの服を勝手に着たりしている」
「お姉さんがいるってのが理想だよね」
「そうそう。妹の服ではサイズ的に入らない。それでお姉さんの服を捨てようとゴミ袋に入れられているのをこっさりキープしてたと言う子も多い」
「でも知り合いの男の娘にはそういうのに当てはまらない子が多いよね」
「そんな気はするね。ねえ、この話題やめようよ。レコード会社の担当者がやめてってサイン送ってるよ」
「うん。やめるけど、某匿名C子の場合は、親戚の人が妹さんにって送ってきていた古着が、実際には妹にはまだ大きすぎたのをちゃっかりもらっていたらしいね」
「ああ。言ってたね。それでこないだのオリンピックだけど・・・」
「某男の娘疑惑のある大人気の中学生タレント匿名Aの場合は、知り合いのお姉さんが大量に女の子の服を送りつけてきていたんで、ついふらふらと女の子の服を着ていたと。更に最近はファンの人達がまた大量に女の子の服をプレゼントしてくるから、それを着ているらしいね」
会場で忍び笑いが起きている。全然匿名になってない!
「その子については男の娘疑惑とか、根も葉もない噂を立てられると困るんだけど。それより、関東近辺のおやつといえばさ・・・」
「でも男の娘って、最初はお姉さんの服を勝手に着てたりしてても、やがて自分で女の子の服を買うようになるよね。充分自由になる女の子の服があれば、最初から女装して買いに行けるけど、まだあまり持ってない子の場合は、最初はやはり男装のまま買いに行くのかなあ」
「女の子の服を持っていても、それを来て外出するのが第1の関門」
「なるほどー」
「だからたくさん女の子の服を持っていても、最初の内は服を買いに行く時は男装のままだと思うよ」
「そういうものか」
「家の外に出ること自体に勇気が要るし、人前に出るのに勇気が要るし、更に知っている人に会うのには物凄く勇気が要る」
「ああ、何となく分かる」
「実際に服を買う時も、何度も婦人服売場に近づこうとしては近づけず、うろうろしてしまって。最初の挑戦では結局買えずに帰って来た、なんて人も多い。何も悪いことしている訳でもないのに、自分の心の中の心理的抵抗の壁に打ち勝つのが大変なんだよね」
「そういう自分の心の中の壁を突破するのって難しいよね」
「うん。それは女装だけじゃなくて、何事でも大変なんだよ」
「ステージに立ったときのあがりなんかも似てるよね」
「うん。あれも心理的な壁との戦い。私もマリも頻繁に人前で演奏しているから平気だけど、慣れてない人は、足が震えてしまって、まともな演奏ができなくなっちゃう人もいる」
「ああいうの、どうやったら克服できるんだろう」
「場数を踏む以外の解決策は無いと思う。1回でもうまくあがらずに演奏できたら、それが自信になって、また次もうまく行く。良いスパイラルを作ることなんだよね」
「その最初の1回がうまく行かない人は?」
「何百回、何千回と練習する。するとこれだけ練習したんだから、うまく行かない訳が無い、という自信が生まれる。あがりの原因の大半は、自分の演奏力に自信が無いことから来るんだよ」
「なんか男の娘の話からけっこう深い話に来た」
「レコード会社の人がホッとしてるけど、次回から男の娘ネタはやめてね」
と私が言うと
「はーい」
とマリは気のない返事をした。
「では次の曲行きます。木ノ下大吉先生から頂いた『青い炎』。木ノ下先生と東城先生って兄弟弟子なんですよね。おふたりとも現在は音楽業界から離れてはおられますが、その内復活もあるんじゃないかと思うんですけどね」
などと言っている内に伴奏者が入ってくる。
この曲ではピアノを桃川さんと沢田さんで連弾し、キーボードは月丘さん、ヴァイオリンは真知子、フルートを七星さんが吹き、青葉が龍笛、明奈に明笛を吹いてもらった。本当は龍笛と明笛は持ち替えでも行けるのだが、青葉は明笛は経験が無いと言い、明奈は龍笛は自信が無いというので、2人で分けることにした。
この曲はリハーサルでは桃川母娘にも連弾してもらったが、それも良い感じで、後でツアーのDVDにはその映像も収録しようと則竹さんが言っていた(音源制作の時は木ノ下大吉先生と明智ヒバリが連弾している)。
『東へ西へ』を演奏する。
背景のホリゾント幕には、アルバムのDVDに収録したのとは別編集の忍路漁港の映像が映る。ローズ+リリーのサインが描かれた旗が大漁旗とともに船に掲げられ、漁協のお母さんたちが手を振る中で、私とマリが歌っている映像である。
この曲では近藤さんと宮本さんがアコギでツインギターを弾き、野村さんと真知子のツイン・ヴァイオリンが哀愁を帯びた旋律を弾き、更に七美花と干鶴子がツイン・トロンボーンを吹く。香月さんがトランペットを入れる。青葉に弾いてもらうキーボードでは海の音や鳥の鳴き声を出す(月丘さんのキーボードは普通の伴奏をしている)。
サウンド的には1970年代歌謡曲の雰囲気である。
ある意味、ローズ+リリーの音楽には無かった世界なので、戸惑うような聴衆もいる感じであった。
MC無しで次の曲『門出』に行く。七美花は笙に持ち替え、青葉は龍笛を吹く。干鶴子は青葉と入れ替わりにキーボードの所に行き、様々な効果音を入れる。
昨年『振袖』とセットで出した曲であるが、海外ではこのCDを『The City』とセットにして販売し、実際問題として『The City』の中の曲より、この2曲のほうが評価が高かったようである。個別ダウンロード数はこの2曲が拮抗しており、内心、千里に結構な嫉妬心を持ってしまった曲だ。
この曲は私の(安定して出る)声域をいちばん下からいちばん上まで使い切っているが、その声域の問題以上に音程取りが難しい曲である。しばしば楽器が音を出し始める前に歌い出さなければならない所があり、しかもそれがそこまで演奏した和音と無関係の音だったりするので、どうしても勘違いしやすい。
和泉は私より広い声域を持っている上に絶対音感を持っているので歌えるはずなのに、かなり練習した末「だめだぁ」と言っていた。和泉が言うには
「音感が邪魔して歌えない」
と言うのである。常識的には次の音はこれ!と思うと違っているというのである。
松原珠妃も(移調すれば)歌えるはずなのだが「移調してもどうしても途中の音を間違う」と言っていた。七美花もダメだった。彼女も「この曲、音感のいい人には歌えないかも」と言っていた。七美花がギブアップしたのに、実は姉の篠崎マイは歌えた。七美花は絶対音感持ちだが、篠崎マイは相対音感型なので、ひょっとしたら歌えるのかも知れない。
青葉は歌えたが、それでもこの歌は辛いと言っていた(元々この曲は青葉が歌う所を想像しながら千里が書いた曲らしい)。ゴールデンシックスの花野子、やスリファーズの春奈、リダンリダンの鹿島信子などはファルセットまで使えば声域的には歌えるはずなのに、ギブアップと言っていた。みんな途中の音が取れないと言う。
ちなみにこの曲の(公開している)カラオケ版では、歌いやすいように、必ず楽器が先に音を出すようにしてある。そのカラオケ版を使えば、和泉や珠妃も歌えるものの、けっこう「びっくりする」と言っていた。
更にMC抜きで『コーンフレークの花』を歌う。
青葉・七美花・干鶴子が退場する。
ムーンサークルの2人が振袖を着て出てきて踊るので、会場から「おぉ」という声があがるが、彼女たちは途中でその振袖を脱いだりはせずに、最後まで振袖のままで歌った。
曲が終わったところで
「未成年の子にストリップはさせられないからね」
と私がいうと会場は爆笑に包まれる。
(ムーンサークルは本当は20歳を越えているが、ストリップさせるのは彼女たちのイメージ戦略に反する)
「それでは最後の曲になりました」
と私が言うと
「え〜!?」
という声が返ってくる。
ムーンサークルのセレナとリリスが、振袖の袂に入れていた、お玉を私とマリに渡す。
「それでは最後の曲です。お玉持っている人は振ってね」
と言って私たちは『ピンザンティン』を歌い始める。
客席でも多数のお玉が振られている。ステージ上でも、ムーンサークルの2人が、お玉を振っている。ホリゾント幕の映像では、私とマリにムーンサークルの2人の4人でサラダを作ってドレッシングを掛け、食べている映像が映っている。
この楽しい食の讃歌で、幕が降りた。
白猫騒動で5分使い、予定外の曲を演奏したものの、実はその後、MCを予定より短めにして時間調整してきたので、結局後半は『コーンフレークの花』の前に歌う予定だった『影たちの夜』をカットしただけである。いわば『影たちの夜』を外して『白猫のマンボ』を入れたようなものである。
お客さんがアンコールの拍手をしている。アンコールは『雪の恋人たち』と『あの夏の日』をやる予定だったのだが・・・・
「ねえ、やはり『影たちの夜』をしないのは寂しいよ」
と政子が言い出す。
私は七星さんを見る。
「そうだね。じゃ今日は『雪の恋人たち』はパスして、アンコールで『影たちの夜』をやろうか」
と七星さん。
「よし。じゃ、みなさんそれでお願いします」
「『影たちの夜』なら、私たちも踊ろうか?」
と明奈が鹿鳴と言い合っている。
そういう訳で、私たちは政子が牛丼1杯食べ終わるのを待ってから!ステージに出て行く。アンコールの拍手が普通の拍手に変わってやがて静まる。私たちの後ろの方に、ムーンサークルの2人のほか、明奈・七美花・美耶・鹿鳴・恵麻・青葉・ヒロミ・田中さん・久本さん・沢田さん・林田さん、更に真知子や鹿島信子まで出てきてずらっと並んだ。
スターキッズが『影たちの夜』を演奏し、私とマリは楽しくこの曲を歌った。
この曲の振り付けを覚えているのはムーンサークルの2人の他は、明奈・鹿鳴・青葉など全体の3分の1くらいなのだが、他の子たちも見よう見まねで踊っている。会場でも踊っている観客が多数いる。
興奮の中演奏が終わる。
大きな拍手の中、私たちは挨拶した。
「アンコールありがとうございます。本当にアンコールして頂くと嬉しいです。今日は時間が押しているので、このままもう1曲歌わせて頂いて、それで完全終了にしたいと思います。帰りはお気を付けてお帰り下さい。それでは本当に最後の曲『あの夏の日』」
伴奏者は全員退場して、私とマリだけが残っている。スタッフさんがグランドピアノを中央前方に押してきてくれている。
私がグランドピアノの椅子に座り、マリはいつものように私の左側に立つ。ブラームスのワルツから借りた前奏を入れて、私たちはピアノの音に合わせて歌って行った。
この曲を歌う度に様々なことが思い起こされる。
本当にこの10年間、色々なことがあった。
あれ?もしかして来年はローズ+リリー結成10周年?
そんなことも考えながら、私とマリはこの曲を歌っていった。
やがて終曲。
私は椅子から立ち上がり、満場の拍手の中、マリと手をつないで一緒に深くお辞儀をした。
幕が降りて、鹿島信子!による「これにてローズ+リリーの公演を終了します」という締めのアナウンスが入った。
公演終了後、かなりの数の女の子が楽屋の前まで来て、あの白猫をどうするのか尋ねて来た。
「もし引き取り手がいなかったら私が飼うから、保健所には渡さないで」
と言っている子が10人以上いた。
「保健所には渡しませんから、ご安心ください。スタッフの中の女性がいったん保護することにしました。それで会場周辺に猫の写真のポスターとか掲示して飼い主を探しますが、それで見つからない場合は、みなさんの中で飼える環境のある方にお渡ししたいと思います」
と★★レコードの森元課長が言明した。
それで飼いたいと言っている女の子たちに、各々の住宅環境を尋ねた結果、最初に飼いたいと言った子は、アパート暮らしということで、それでは賃貸契約上、難しいのではということになり、2番目に飼いたいと言った子が両親の持ち家に住んでいるし、既に黒猫を1匹飼っているということだったので、飼い主が見つからない場合は、その人にお願いすることにした。最初に申し出た女の子も、そちらの方が環境がよさそうだから、よろしくお願いします、と言って納得した。
実際にこの猫に関しては1ヶ月待っても飼い主が見つからなかったので、その女の子の家に引き取られることになった。
その間1ヶ月白猫を保護したバイト女性は、既に2匹猫を飼っていたものの3匹のお世話は、なかなか大変だったと言っていた(掛かった経費は全額主催者のサマーガールズ出版が出した)。猫を飼う場合、1匹と2匹はあまり手間が変わらないのだが、2匹と3匹はけっこうな違いになるようである。
このローズ+リリーのツアー最初の公演があった12月10日の夜、龍虎(アクア)が私に「個人的な相談で」と言って電話してきた。
「実は私の高校進学のことについてなんですが」
「ああ。そろそろ受験だもんね」
「両親や支香さん、上島さん、紅川会長・コスモス社長とも話したのですが、やはり都内の私立高校で芸能活動に許容的な学校に行ったほうがいいのではないかということになりまして」
「ああ。そうだと思うよ。普通の高校だと、お仕事とかで授業休んだりするのを認めてくれなかったり、それから龍ちゃんの髪の毛とかもうるさく言われる可能性あると思う」
「ええ。それでいくつか候補をあげてもらったんですが、渋谷区のK学園、品川区のD高校、世田谷区のJ高校、都心から少し離れるけど北区のC学園、多摩市のF学園。芸能活動が可能なのは、この5つらしいんですよ。でもぼくも両親も東京の高校事情はよく分からなくて、特に芸能コースの様子とかは分からないし、それで東京の高校に通っておられたケイさんにちょっとお聞きしてみようかなと思って、お電話してみたんですよ」
「なるほどねー」
と取り敢えず私は答えたものの、何か引っかかる感じがあった。
「まず渋谷のK学園と品川のD高校は、実際に芸能人の高校生が多数在籍しているし、実績もある所だよ。特にK学園の場合は中学時代から活躍していた子しか受け入れないから、龍ちゃんみたいな子にとっては似たような立場の子が多くて、やりやすいかも知れない」
「なるほどー」
「但しK学園はけっこう規律が厳しい。逆に言うと枠からはみ出しがちな子には辛いかも」
「だとぼくには向いてないかも」
「D高校は校風がK学園より自由だし、中学時代の実績の無い子も入ってくるから、より多様な生徒がいると思う。個人的には龍ちゃんはK学園よりD高校のほうが合っている気がする」
「なるほどー。参考になります」
「J高校は割と普通の高校で、芸能コースというのがある訳では無い。でも、芸能活動を許容してくれる。でも許容はするけど特別扱いはしないからしっかり勉強して普通に試験受けて単位取らないといけない。K学園やD高校はほとんど授業に出ていなくても割とそのまま進級させてくれるけど、J高校は赤点取れば留年になる可能性もあるし、出席日数もちゃんと3分の2以上出ていなければならない」
「ぼく、そちらの方がいい気がします」
「かも知れないね。生徒も大半がふつうの生徒。その中に芸能人も混じっているという学校。一応テレビとか収録の仕事があると言えば休ませてくれる。でもそれで出席日数が不足すれば、情け容赦なく留年になる」
「そのくらいの厳しさがあった方がいい気がします」
「うん。それで行こうというのであればそれでいいと思うよ。ある意味この3校の中では最も高校生らしい生活が送れるかもね」
「C学園とF学園はどうですか?」
「どちらもJ高校に近いと思う。緩さではF学園が一番緩い。次がC学園でそれからJ高校という感じかな。C学園は元々音楽教育に力を入れているから音楽では無茶苦茶鍛えられるよ。XANFUSの音羽とかスリファーズの3人がC学園に通った。F学園というと・・・川崎ゆりこがF学園じゃん」
「わっ。でも音楽を鍛えられるというのはいいなあ。C学園にしようかなあ」
「コスモスは普通の高校で3年間頑張ったんだよ。私とマリなんかも公立の進学校だから勉強はたいへんだったよ。KARIONの和泉は私立だけど結構規律の厳しいM高校。小風と美空も公立の普通高校に3年間通った。そういう普通の高校で頑張る子もいる」
「わあ」
「でも龍ちゃんの場合は、無茶苦茶売れているから、やはり芸能活動に理解のあるところがいいと思うよ」
「じゃ、やはりぼくはC学園を第1候補にしようかなあ」
「C学園は埼玉県側から来るのも便利かな。さすがに自宅からの通学は時間的に難しいと思うけど」
「ええ。やはり高校の近くにマンションか何か借りて通学しないと無理だと思います。都心に近い所にマンションがあると、仕事で遅くなった時も帰りやすいし」
「だよね〜。龍ちゃんなら独り暮らしできるでしょ。料理も上手いし」
「料理は母に小さい頃から鍛えられたんですよ。いいお嫁さんになれるようにとか言われて」
「龍ちゃん、やはりお嫁さんに行きたい?」
「いえ。お嫁さんになるつもりはないです。母の冗談だと思うし」
その時私は重大な問題に気付いた。
「ね、龍ちゃんは女子高校生になりたいんだっけ?男子高校生になりたいんだっけ?」
「え〜〜!?いくらぼくでも女子高生にはなりませんよー」
「だったら、C学園もF学園も女子高なんだけど」
「うっそー!?」
「でも龍ちゃんなら受験したら合格したりして」
「その場合どうなるんですか?」
「3年間女子高生生活を送ることになる」
「うーん・・・」
私は冗談で言ったのだが、どうも龍虎はマジで悩んでいるようだ。
さて、一般に(少なくとも人気アーティストの)CD発売日というのはだいたい水曜日に設定することが多い。それは水曜日に発売するのが、売上統計で上位を狙うのに有利だからである。
週間の売上統計は月曜日〜日曜日の売上枚数を集計している。従って“初登場”で1位を狙うには、できたら月曜日発売が有利に思える。
ところが、CDを発売する場合、その日の朝からレコード店では売りたいので、前日までに荷物が届くように送らなければならない。しかし日曜日には配達をしない地域・業者もある。といって金曜日に届くように送ってしまうと、土曜日から店頭に並んでしまい、1週前の統計に入れられてしまう。またそもそも発送できるのが、月曜〜金曜の5日間に限られる。すると
月曜発送→火曜到着:水曜発売:集計期間は水〜日の5日
火曜発送→水曜到着:木曜発売:集計期間は木〜日の4日
水曜発送→木曜到着:金曜発売:集計期間は金〜日の3日
木曜発送→金曜到着:土曜発売:集計期間は土〜日の2日
金曜発送→土〜月曜到着:全国一斉発売できない
となるので、結局月曜日に発送して水曜発売にするのが最も有利になるのである。
12月11日に秋風コスモスから電話があった。
「実は先日制作したアクアの新譜なのですが、12月24日に発売することになりまして」
「早くなったんだね!」
あの曲は1月になってから発売という話だった。
「それがレコード会社の方と話していて、やはりツアー前に出した方が営業的には助かるということになったのですが、工場や広報担当さんとも打ち合わせた所、12月24日が前倒しの限界ということになったんですよ。土曜日なので、統計的には不利なのですが」
「ツアー初日か!」
「そうなんです」
アクアは12月24日から1月5日まで、7大ドーム公演をすることになっている。
「それでその日、ローズ+リリーもライブがあることを承知でのご相談なんですが、当日発売記者会見にマリ先生は体力的に難しいでしょうが、ケイ先生だけでもご出席頂けないかと思いまして」
「あぁ・・」
過去のアクアの発売記者会見には、上島先生が2回出ておられるが、先生にとってはアクアは息子も同然なのでやりにくそうだった。ゴールデンシックスがアクアのバックバンドを務めていた時代には、カノンが制作者を代表して記者たちの質問に答えたりしていたが、エレメントガードのヤコではその手の“音楽的質問”に答えるのは難しい。一度は専門的な質問に困った三田原課長が“東郷先生”に電話して記者の質問に回答したこともあるが、むろん電話の向こうに居たのは実際には千里である!
この夏のシングルの発売の時には、昨年の秋以降アクアの制作を実質指揮していた毛利五郎自身が記者会見の席に並んだ。しかし毛利は、その後三つ葉のほうが忙しくなって、今回のアクアの制作には全く関わっていない。
今回のシングルはマリ&ケイの曲と、葵照子&醍醐春海(蓮菜&千里)の曲を1曲ずつ入れているが、蓮菜&千里の方は実際には「加糖珈琲作詞・東郷誠一作曲」のクレジットになっているので、千里や蓮菜が顔を出す訳にはいかないであろう。といって東郷先生の場合は、デビュー曲の記者会見に出席したものの、自分が書いたことになっている曲のことを全然知らないことが、会見の席でバレてしまって、本人も「あれはやばかった」と後でおっしゃっていた。
しかし・・・こちらもライブをやる日にその手の記者会見に出るのはできたら避けたい所だ。私は念のため訊いてみた。
「それ東京で記者会見するの?」
ローズ+リリーのツアーは23日名古屋、24日大阪である。東京でやるのなら、おそらく当日名古屋→東京→大阪という移動をすることになる。
「それが24日はアクアは博多ドームでの公演なので、福岡市内のテレビ局のスタジオを借りて会見して、そのまま全国に生中継するんです」
とコスモスは説明する。
「福岡か!時刻は?」
「アクアのライブが14時からで記者会見は12:10くらいから20分の予定です。テレビの放送枠を使うので、延長はありません。放送局は天神にあるので、記者会見終了後、車で都市高速を通ると約10分で博多ドームに到着します。ケイ先生の方も、同じく都市高速で10分で博多駅に到達できます。当日渋滞が予測される場合はバイクを手配しますが、ひょっとすると地下鉄が一番早い可能性もあります。12:43の《さくら》に間に合えば新大阪15:24着、次の13:04《のぞみ》になってしまった場合は15:34新大阪着です」
こちらのスケジュールはちゃんと確認しているようだ。
ローズ+リリーは17時開場19時開演なので、充分余裕がある。この日は前日の名古屋との連続公演なので、リハーサルは省略することになっている。スタッフさんの手で音の出方の確認だけなされる予定である。
「分かった。制作陣が誰も出ないのは寂しいし、何とかするよ」
「ありがとうございます!醍醐先生も出て下さるそうですので、お二人並んで頂きますが。実際に話すのはほとんど私とTKRの三田原さんになる予定ですので」
「醍醐も出るの?」
私は驚いて訊いた。
「はい。今回から東郷誠一先生名義というのはやめて、葵照子作詞・醍醐春海作曲にしますので」
「へー!」
「実はアクアが大人気なので、東郷先生、あちこちでアクアのことについて訊かれるものの、実際には全く関わっていないので、何も答えられないということで、困っておられるそうで」
「あぁ」
「それでもう実際に関わっている人が表に出てよということになったそうで」
「それがいいかもね〜」
しまった!千里が出るんなら、私は無理ですと言っておけば良かったと思うがまあいいだろう。コスモスもそのことを先に言わないのは、なかなか策士だ。
「冬、24日、博多に行くのなら、博多駅の赤い風船でショートケーキ10個くらい買ってきて」
などと政子が言っている。
赤い風船は佐世保の洋菓子屋さんだが、福岡市内にも2店舗ある。政子は結構お気に入りのようで、博多に行くとよく買っている。
「博多には翌日25日に行くじゃん」
「クリスマスケーキに赤い風船のケーキが食べたい」
「大阪にも美味しいケーキ屋さん、たくさんあるのに」
「それは当然食べるよ。ユーハイムのクリスマスケーキ3種類、心斎橋店で予約している」
「ユーハイムは神戸のお菓子屋さんじゃん!」
「いや、こないだ大阪に行った時、通りがかりにクリスマスケーキ予約受付中って見たから。12月24日は大阪だと思ったし」
「まあいいや。博多には誰か同行することになると思うし、その人には先行して博多駅に行っておいてもらうことになるだろうから、その人に頼むことにする」
と私は答えた。
私はアクアの件で千里に電話してみた。
「ああ、冬も顔を出すことになったんだ。お疲れ様〜」
「千里、その日は試合とかは無いの?」
「うん。Wリーグは18日まででいったんお休み。オールジャパン、オールスターの後、1月21日再開」
「なるほど〜」
「男子のBリーグはオールジャパンの最中も試合があるみたいだけどね」
「なんで〜?」
「日程を決めた人が何も考えていなかったとしか思えん」
「むむむ」
「あ、そうそう。だから私、ローズ+リリーのカウントダウンに出ていいよ」
「え!?」
「その件で電話して来たんじゃないの?」
「よく分かるね〜?」
「冬は思念が強すぎるから、私たちみたいな人にとっては、いわゆるサトラレに近い。だから冬って絶対嘘つけない性格」
「うーん・・・・」
「政子のほうがまだ嘘をつくのはうまい」
「あ、それは思うことある。でも助かるよ」
「桃川しずかが中学生で、使えないからね」
「そうなんだよ」
「今田七美花のほうは代替演奏者何とかなりそう?」
「あの子も高校生だからね。笙は鮎川ゆまに吹いてもらう。昨年同様、某国営放送の歌合戦は生伴奏ではなくて録音を使うから、南藤由梨奈は歌合戦に出るけど、レッドブロッサムは大晦日の夜に動けるんだよ」
「レッドブロッサム全部使うつもりでしょ?」
「そうなんだよ。七美花は今回のツアーでは、笙のほか、篠笛、クラリネット、サックス、ホルン、トロンボーン、と吹いている」
「よくやるなあ」
「あの子、金管でも木管でも、とにかく管楽器は全部吹きこなす」
「歌も上手いし、ほんとに音楽の天才だね」
「マジそう思う。それでレッドブロッサムも全員管楽器ができるんだよ。咲子ちゃんが横笛はたいてい何でもいける。それで彼女に篠笛とフルートを吹いてもらう」
「そうか。青葉のお友達の1人はまだ高校生だ」
「そうなんだよ。彼女も使えない」
「クラリネットは鈴木さんも貝田さんも吹ける。ゆまは当然サックスを吹いてもらうし、ホルンとトロンボーンに関しては、鈴木さんが吹けるらしいので、それで頼もうと思っている。ただ実際に合わせてみて状況によっては干鶴子にホルンを吹かせて、鈴木さんはトロンボーンのみで行くかも」
千里は少し考えていたようだが
「たぶんそれが正解」
「へー!」
「鈴木さんも本来木管の人でしょ?」
「そうなんだよ。レッドブロッサムって元々が木管四重奏だったから。ギター持ってロックってのは余技だったんだよ」
「『来訪』のホルンは、ホルンをかなり吹きこなす人にしか吹けないよ。専門外の人にはさせない方がいい」
「分かった。そういう指定にしよう」
「しかし、七美花ちゃん1人でやっていたものを代替するのに4人必要なのか?」
「七美花が凄すぎるんだよね〜」
「だけど、千里、カウントダウンの後、オールジャパン会場への移動は大丈夫?去年はギリギリになっちゃったみたいだけど」
「昨年は社会人選手権からの勝ち上がりで出たから1回戦からだったんだけど、今年はプロだから3回戦からなんだよ。それで1月4日からなんだ。そもそも今年のオールジャパンは1日開始ではなく2日開始」
「へー!2日始まりの年もあるんだ?」
「過去には年内の12月28日に始まった年もあったよ(*1)」
「それは違和感がある!」
(*1)2004年のオールジャパンは2003年12月28日が初日であった。1月2日に初日があったのは最近では2011年だが、2001-2003,2005-2007年は1月2日開始である。それ以前の日程は未調査。
「ところで、青葉は、小春ちゃんのこと何か言ってた?」
と千里は訊いてきた。
「春のツアーのビデオを見ていたけど、ビデオでは性別もよく分からないと言っていた。でも人間ではなさそうだけどって」
「くくくくく」
と千里はさも可笑しいという感じで笑っていた。
「どうしたの?」
「やはり青葉は素直でいいなあ」
「え!?」
「あれ誰だと思う?」
「まさか千里自身じゃないよね?」
「やはり冬は勘がいいな」
「え?ほんとに千里だったの?」
「完全正解ではないけど、冬の回答のほうが正解に近い」
「うーん・・・・」
2016年12月13日。
司法修習生考試(二回試験)の結果が発表された。
今年の二回試験は54人もの不合格者(受験者は1800人ほど。昨年の不合格者は33人)を出すという悲惨な結果であったが、正望は無事合格していた。正望はすぐに就職予定の弁護士事務所に連絡を入れ採用が本決定。15日には東京第2弁護士会に登録されて、新米弁護士となった。
「へー。第2弁護士会なんだ?最初はそこに登録して、実務を積んで何年か経ったら第1弁護士会に昇格するの?」
などと政子が訊く。
「ああ、ここにもこういう誤解をしている人がいる」
と正望が嘆く。
「東京には、東京弁護士会、東京第1弁護士会、東京第2弁護士会という3つの弁護士会があるけど、別に上下関係は無い。単に別れているだけだよ」
「民事と刑事で別れているとか?」
「全然。そもそも最初は東京弁護士会という1つの弁護士会だけあったのが、会長選挙を巡る争いで分裂しちゃったんだよ。それで東京第1弁護士会というのができた。その内、中間派の人達も分離して東京第2弁護士会ができた」
「ああ。派閥争いか」
「それも最初喧嘩別れした人たちはお互いそういう意識があったかも知れないけど、今ではその頃の人たちはみんな居なくなってるから、お互いの差はあまり無いとは言われている。純粋に先輩から誘われたからってそこに入る人が大半だよ」
「なるほどー」
「でも第2弁護士会という名前が、まるで二流の弁護士の集まりみたいに思われることがあるってんで、名前を変えたいという意見はあるものの、法務省が認めてくれないんだよね〜」
「でも第2弁護士会は新し物好きが多いとかいう話はあったね」
と私はワーキングデスクでCubaseを操作しながら声を掛ける。
「そうそう。何かイベントとか企画した時に、東京弁護士会だと『他の弁護士会でもやってますから、うちもやりましょう』と言うと企画が通りやすい。これに対して東京第2弁護士会だと『こういう企画、まだどこもやってませんから、うちでやりましょうよ』と言うと企画が通りやすい」
と正望。
「あ、それは面白い」
と政子は本当に面白がっているようである。
「あと東京第1弁護士会は、企業の顧問になっている人とか、やめ判やめ検とかも多くて、概してブルジョア的。逆に労組の顧問みたいなことしている人は東京弁護士会に多いともいうね。第2はやはり中間」
「やめ?」
「裁判官、つまり判事を辞めて弁護士になった人を『やめ判』、検察官を辞めて弁護士になった人を『やめ検』と言うんだよ」
「なるほどー。弁護士やめて裁判官になる人とかはいないの?」
「それは無いよ。基本的に裁判官も検察官も、司法修習を修了した直後の人しか採用しないから」
「ああ」
「まあ基本的には裁判官・検察官・弁護士のどれを選ぶかは本人の性格次第だけど裁判官や検察官するのに疲れて辞めて弁護士になる人もいるし、定年になったらみんな一応弁護士登録する」
「ああ、弁護士は定年が無いのか」
「無いけど、自分の精神力や体力が足りなくなったら引退のし時だと思うね」
「それは歌手も同じだなあ」
「あと弁護士は自由があるからね。宮仕えの嫌いな人は弁護士を選ぶ」
と正望。
「その代わり、仕事が取れなかったら無収入という怖さもあると言ってたね」
と私。
「そうそう。弁護士は歌手と同様の、一種の水商売だよ」
と正望は言った。
「イソ弁の内はいいけど、独立してからが大変と言ってた」
「うん。最近はほんとに食い詰めてる弁護士も多い」
「イソべんって何だっけ?」
「居候(いそうろう)弁護士」
「あ、そっか。急いで食べる弁当じゃなかったのね」
という政子の発言は無視して、正望は説明する。
「最初弁護士になりたての人はコネのある大物弁護士の事務所に居候させてもらい、そこで仕事を分けてもらったり、その弁護士の仕事の助手をしたりする。これをイソ弁と言うんだよ。イソ弁を置いている弁護士事務所の経営者はボス弁と呼ばれる」
「BOSSって美味しいよね。ジョージアも好きだけど」
「イソ弁はボス弁から給料をもらって仕事をするから、仕事もまあまああるし生活もある程度保証される。この間に経験を積み、そして開業資金を貯める」
「そして何年か経ったら独立して自分の事務所を構える」
「その資金を貯めるのが大変そう」
「それもあるし、独立したら自分で仕事を見つけないといけないからね。事務所構えて待っているだけでは、客は来ないし。だから仲の良いイソ弁2〜3人で共同の事務所作って独立する場合もあるよ」
「あ、共同ってのいいな。でも仕事見つけるのは広告出したりするの?テレビCMとか?」
「テレビCM出してるのは大手の事務所だね。そもそも広告料が高いし、そんなの打って、仕事が殺到したらさばききれないし」
「言えてる」
「でも最近は共同ででも独立できない人も多いんでしょ?」
と私。
「うん。共同ででも独立すると言ったら1人あたり数百万単位の資金が必要だからね。それでひとつはノキ弁になる手もある。これはイソ弁と独立した弁護士の中間形態で、大きな弁護士事務所の中にいるけど、実は軒先を借りているだけで、その弁護士事務所の社員ではない。でもその事務所の仕事のおこぼれにあずかってある程度仕事が確保できる」
「なるほどー」
「ノキ弁はイソ弁と似ているけど、給料はもらえず逆に家賃を払わなければならない。でもわりと仕事は確保できる」
「でもノキ弁の枠はそんなに無いし、それでタク弁が出てくる」
「宅配弁当?」
「自宅を弁護士事務所として登録してしまう弁護士だよ。でも自宅の一部にクライアントと相談できる部屋とか作らないといけないし、部屋数に余裕のある家に住んでないと、できない商売の仕方だよね」
「それでケー弁が出てくるんだよね」
と私は声を掛ける。
「ケータリング弁当?」
「携帯弁護士。携帯1個で仕事を受けて、クライアントの家やオフィスまで出かけて行って相談に応じる」
「なんかそれだと信頼度も低くなりそうだ」
「だと思うよ〜」
「まあ事務所作る時の資金や最初1〜2年の家賃とかは、その時点で私がまだ売れてたら出してあげるから、お金のことは考えずに経験を積むことに集中しなよ」
と私は言った。
「そうだね。その独立資金までは貸して。その後、学生時代の予備校の学費とかまで含めて少しずつ返して行くから」
「最後は身体で返してもらってもいいけど」
「えっと・・・」
「あ、私目を瞑ってようか?それともおやつ食べに1時間くらい出てこようか?」
と政子。
「いや、私はとにかくこの楽譜を今夜中にまとめ上げなければ、和泉に叱られる」
「作曲家もたいへんね〜」
12月中旬、XANFUSの音羽(織絵)がマンションにやってきて、2014年に借りていたお金の残金を返すと言った。
「大丈夫?アルバム制作資金とかある?」
「うん。それは大丈夫。独立して以来、かなりケチケチでやっているから」
「へー」
「ポケットティッシュは道で配っているのを積極的にもらう」
「うん。都会に住んでいると、ポケットティッシュを買う必要が無いという人は良くいるよ」
「いちいち書類をコピーせずに、画面で見せたりメールで送る」
「まあそれは最近の会社では常識になっていること」
「それから、お店とかではあまり飲まないようにして、できるだけ自宅で飲む」
「それかなり違うでしょ?」
「うん。お金の減り方が全然違うんだよ。あと、出かける時もできるだけ電車。タクシーはあまり使わない」
「そのあたりは微妙だけどね。私たち芸能人は、公共交通機関を使うことで、かえって面倒に巻き込まれる危険もあるから」
「朝8時頃、都心に出ようとして死ぬかと思った」
織絵は富山県の出身で高校在学中にXANFUSでデビューし、東京では都心から離れた所にある私立高校に通ったので、東京中心部の朝の通勤通学の洗礼を受けていない。
「ああ、あの時間帯の通勤電車はクレージーだよ」
「あれはもう人間を輸送する機関ではないと思った」
「超圧縮されるよね」
「富山から出てきた友人が朝コンビニで買ったお弁当を持って乗ったら、降りた時は4分の1に縮小されていたと言ってたよ」
「ありそうだ」
「あとはケイのマンションに来た時にお酒を少し持ち帰る、と」
私は苦笑した。
「まあいいよ。私もマリも飲まないから、常識的な範囲で持ち帰って」
「さんきゅ、さんきゅ」
「しかし由妃の件だけどさ」
「どうかした?」
「私にはやはりあの2人区別がつかん」
「ほんとによく似てるもんね〜」
「お腹の大きい方が女の子の由妃と思ったんだけど、男の娘の由妃もお腹の見た目が同じになるように詰め物をしているらしい」
「あの子たち、おそらく精神的な基盤を共有しているんだよ。だから全て一緒にしたいんだろうね」
「自分たちが生まれながらの女の子の姉妹だったら、きっと同時に妊娠して、同じ日に出産していると言ってた」
「なんか微笑ましいね」
きょうだいというのも色々だなあ、と私は考えていた。
半一卵性双生児といえば、おそらく鈴鹿と美里もそうだと思うのだが、あの2人の場合は、女の子の美里のほうが主導権を持っていて、男の娘の鈴鹿は美里に頼っている雰囲気がある。
しかし“ゆき・ゆき”の場合は、ふたりが対等でしかも切磋琢磨している感じである。
もっとも2組とも男の娘のほうが歌が上手いのが共通点だな、と私はふと思った。
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【夏の日の想い出・翔ぶ鳥】(2)