【夏の日の想い出・翔ぶ鳥】(1)

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深川アリーナの落成式が終わった後、私は千里、上島先生、と一緒に食事をする約束をしていたので、ロビーで待っていたのだが、そこで物凄く強烈なオーラを持つ女性と目が合った。
 
「花園亜津子さん?」
「確かローズ+リリーのケイさん?この体育館のオーナーグループの」
 
私たちは握手して名刺を交換した。
 
「千里を待っているんですか?」
「ええ。ちょっと話しておきたいことがあったもので」
「わざわざ、名古屋・・・でしたっけ?から?」
「その近くの刈谷市って所なんですけどね」
「ああ、刈谷ですか!実は私も江南市出身なんだけど、みんなから名古屋でしたよね?と言われます」
「なるほどー。愛知より名古屋のほうが有名ですからね〜」
「福岡全部博多にされたり、宮城全部仙台にされたりするのと似てますね」
 

そこに千里がやってきたが
 
「上島さん、都会議員のTさんって人に呼び出されて、何か緊急の要件とかで行っちゃったよ」
などと言う。
 
「T議員か・・・」
 
私は顔を曇らせた。少し悪い噂も耳にする人である。例の築地移転問題でも名前の出てきている人で、そういう人と上島先生がどういう関係があるのだろうと私は少し心配している。先生はどうもここ1年程、そのT議員とかなり会っているようなのである。
 
「あ、だったら、花園さん、もしお時間があったら、代わりに一緒しません?キャンセルするのももったいないし」
と私は笑顔に戻して言った。
 
「どこか行く予定だったんですか?」
「ちょっとこの体育館のオーナー3人で食事しようなんて言ってたんですよ」
「わあ」
「花園さんの分の代金はきっと千里が出すだろうし」
 
花園さんは吹き出した。
 
「仲がいいみたい」
「千里と花園さんには負けます」
 

そういう訳で結局、ドライバーの佐良さんが運転するエルグランドに、私と千里と花園さんが乗り、体育館から少し離れた都区内の料亭に連れて行ってもらった。
 
「では近くにいますので、お帰りの際は呼び出して下さい」
「ありがとう、またよろしく」
 
と言って降りる。
 
「凄いなあ。運転手付きか」
と花園さんが言っている。
 
「私と冬子の書いている楽曲の比率が★★レコードの売上の中で高い比率を占めているから、レコード会社が心配して、私たちが疲れている時に運転して事故を起こさないようにというので運転手を付けてくれているんだよ」
 
と千里は説明する。
 
「千里はそこが信じられん。よく作曲とかする時間があるものだ」
「バスケの練習している最中によくフレーズが思いつくんだよね」
「なるほどねー」
 

ともかくも3人でその料亭に入る。上島先生の名前で予約していたものの、その上島先生が来られなくなって代わりに友人を1人連れてきたと私が説明する。私もこのお店には何度も来ているので、店主さんは笑顔で了解しましたと言い、私たちを奥の座敷に案内してくれた。
 
「しかし高そうな店だ」
「まあ私も接待されてくることが多い」
「こういう所で接待されるのもなかなか恐い」
「まあ悪い相談とかすることもあるからね」
 

料理はすぐにお茶と前菜が運び込まれてくる。
 
「お酒のほうがよろしいでしょうか?」
と仲居さんに訊かれるが
「いえ。みんなあまり飲みませんから、お茶のほうが嬉しいです」
と私は答える。
 
しかしここはお茶も美味しい。静岡の川根茶だと仲居さんは説明していた。
 
「でも、あっちゃん、今日ははるばる名古屋からお疲れ様」
と千里が言うので、私と花園さんは吹き出した。
 
「どうかした?」
と千里が戸惑うように言う。
 
「いや何でも無い」
と私も花園さんも言った。
 
「まあそれで本題を言っちゃうとさ。私、来期からWNBAに行くから」
と花園さんは言った。
 
千里が厳しい顔になる。そして数秒考えるようにしてから言った。
 
「あっちゃんは、もっと早くアメリカに挑戦して良かったと思う」
「なかなか踏ん切りが付かなかった部分もあるし、今のチームとの契約の問題とかもあってね」
 
「9年いたのかな」
と千里が訊く。
「うん。いつの間にか9年経ってた」
と花園さん。
 
「年齢的にはけっこうギリギリの挑戦になるかもね」
「千里もおいでよ」
 
「私はまだ1年目だもん。無理だよ。こちらである程度実績残しておかなきゃ向こうでも評価してもらえないだろうしね」
「千里も大学なんか行かずに、高校出たらすぐプロになればよかったのに。さらに大学院まで行って学生を6年もやるし」
「まあ確かに私も大学院の2年は余分だった気はする。その間、あっちゃんはずっとプロだったんだもんね〜。MVPも2回取ったし」
 
「優勝できたら良かったんだけどね」
と花園さん。
「準優勝が最高だったね」
と千里。
 
後で確認すると花園さんの所属するエレクトロウィッカはWリーグでは2013年に準優勝、オールジャパンで2012,2015,2016年に準優勝している。
 
ちなみに千里がオールジャパンに出たのは2008,2012,2016の3回で、2012年の大会では対戦していないが、2016年(今年のお正月)では準決勝で対戦して僅差で千里のチーム(40 minutes)が負けている。
 

「おまけに性転換したなんて嘘もつくし」
と言って花園亜津子は千里を見る。
 
「そうだね〜。私、性転換もしたし、子供も1人産んだし」
「それ凄く矛盾してるんだけど」
「ふふふ」
 
そして花園さんは言った。
 
「だからさ。今年は私と千里が同じリーグで戦える最初で最後のシーズンだよ」
 
千里はじっと彼女を見ていた。そして言った。
 
「Wリーグの決勝、オールジャパンの決勝、オールスターで対決しようよ。まあ全部私が勝つけどね」
「もちろん対決して私が勝つよ」
と花園さんも笑顔で言った。
 
そして2人は硬く握手をした。
 
「フェニックス翔び立つって感じかな」
と私は言ったのだが、
 
「あっちゃんはフェニックスよりガルーダのイメージがある」
と千里は言う。
 
「それ実は、アメリカで入る予定のチームのキャプテンからも言われた。You are Garudaって」
 
「あっちゃんはその周囲の空気を支配してボールを撃つんだよ。大抵の相手は圧倒されて停めきれない。私は相手に気付かれないようにこっそり撃つ」
 
「うん。千里はしっかり見ていないと、すぐ目の前から消えるんだ。どこ行った?と探している内にもう撃たれている。だから千里は素早く動き回るハヤブサ、ファルコンだと思う」
と花園さん。
 
「褒め言葉と受け取っておくね」
と千里は笑顔で答えた。
 

ところで今年の年末年始のローズ+リリーのツアーの中には12月31日夜から1月1日の0:30(後述の理由により0:20に切り上げ)まで掛けてのカウントダウン・ライブが含まれている。
 
実は今回、このカウントダウン・ライブを行う場所については、随分と迷走することになった。
 
最初は7月頃の時点で、山形県内某市近郊に大型ショッピングセンターの建設計画があり、その敷地を昨年同様に借りる方向で交渉していた。ところがこの建設計画に当地の市議会の野党議員が噛みつき、結果的に計画が遅れることになった。それで現地の樹木伐採などもしばらくできず、こちらのイベントでも使えなくなってしまった。
 
そこで8月になってから慌てて代替地を探し始めたのである。温泉とセットのチケットを販売する関係上、そこの宿泊枠を最低でも8月末までには押さえる必要がある。
 
条件は
・3万人程度の観客が入れられる所
・住宅地にあまり近くないこと、あるいは音を遮るものがある場所
・近隣の温泉などにアクセスしやすい場所
・昨年が北陸新幹線沿線だったので今回は東北新幹線沿線で
 

最初「いわて沼宮内(ぬまくない)駅」周辺というのが候補にあがった。
 
昨年が“新幹線の秘境駅”と言われた安中榛名駅の近くだったが、安中榛名駅は1日の平均利用者が267人と“日本第2位”である。そして実は1位がいわて沼宮内駅で、1日の平均利用者は85人である。
 
なぜそんなに利用者が少ないのに駅があるかというと、ここが交通の難所だからである。
 
この駅と、北側の一戸駅の間にある十三本木峠が大きな高低差があり、非電化時代は、補助機関車の連結・解結をここでおこなっていたため、当時は特急の停車駅であった。
 
そしてその頃に、ホームで
 
「弁当〜弁当〜」
という売り子の声に混じって
「ぬまくなーい(うまくなーい)、ぬまくなーい」
という駅名アナウンスが聞こえる、というので落語のネタにされた駅である。(三代目三遊亭圓歌『授業中』)
 
東北本線が電化された後は、特急も停まらなくなっていたのだが、東北新幹線が作られることになった時はここにやはり新幹線駅が設定された。
 
これは非電化の時代と同様、ここに駅が無いと、山越えの難所で何かあった時に困るからである。
 
つまりこの駅は乗客のためや、政治家の我田引鉄などによる駅ではなく、運行上の安全性のために作られた駅なので、乗降客は無くても構わないのである。
 

ここを最寄り駅にした場合、会場候補にあがったのが、岩手町の総合運動公園なのだが、念のため★★レコード盛岡支店の人が現地まで行って確認してみたところ、せいぜい1万人くらいしか入らないということが分かった。これでは狭すぎるので、別の場所を模索することになった。
 
次に候補にあがったのが、福島の飯坂温泉である。ここは新幹線福島駅から福島交通飯坂線の電車に乗り20分ちょっとで到達できる場所に温泉がある。なんといっても温泉のそばなので、観客の宿泊場所を確保しやすいというのがあったのだが、ここも適当な会場を見つけることができなかった。
 

仙台市を本拠地とするプロスポーツチームのホームグラウンド(スタンド席のみで3万人、グラウンドに多分2万人収容可能)も検討されたのだが、非公式に接触してみた所、天然芝の養生問題があるので、グラウンドを使ったイベントは困るということであった。
 
同じ仙台で2015年3月の復興支援イベントを行った、みちのくスタジアムも検討したが、あの時のイベントに関わった人が全員反対した。アクセスが悪すぎる問題と、スタジアムの形自体が局所的に強い風が吹きやすくなっていて、ストーブ焚いたり温熱シート敷いたりしていても、けっこう寒かったというのである。しかも今回は3月よりもっと寒い正月である。
 
北上市の総合運動公園(恐らく3万人収容可能)、山形市総合スポーツセンター(恐らく2万人収容可能)、天童市の山形県総合運動公園(多分4万人収容可能)なども検討されたが、各々微妙であった。山形市の施設は数年前までは5万人収容可能だったのが、広場の南半分を潰して野球場を作ってしまったため収容人数が減っており、2万人のキャパでは厳しいということになった。
 

万策尽きて、もうこれは東京周辺でやるしかないか?と言っていた時、ちょうど出張で本社に来た★★レコード東北支店の若い係長さんが
 
「M市の水族館跡とか使えませんか?」
と提案した。
 
そこは2015年春まで水族館があったのだが、震災による施設の傷みなどもあり閉鎖され、現在更地になっているのである。水族館自体は別の場所に移転し、跡地には社会教育施設が建設される予定だが、とにかく現在は何も無い。
 
そこで★★レコードの松前会長が直接現地の市長さんと直談判をしたところ、昨年の安中榛名ライブ同様に、防音壁(風よけを兼ねる)を仮設置すること、1月1日0:20(厳守)までに公演を終了することを条件にイベント開催に同意してくれたのである。レンタル料は新しく建設する予定の施設のポスターなどを会場に掲示することを条件に、結構リーズナブルな金額でまとまった。
 

現地は東側はすぐ海であり、北側は公園、南〜西側は森である。森の向こう側に実は住宅があるのだが、松前会長は現地の町内会と話し合いを持ち、市長と合意した0:20までに公演を終えることと、町内会に夏祭りの「祭礼協力金」を払うこと、車の渋滞が起きないように工夫することを条件に、受け入れてもらえることになった。
 
「ところでカウントダウンして1月1日0時ジャストには何かなさるんですか?」
と町内会長さんは松前会長に尋ねた。
 
「ボーカルのケイちゃん・マリちゃんが5,4,3,2,1,0!とカウントを言って、そのあと何か威勢の良い曲を演奏すると思いますが」
 
「花火打ち上げたりはしない?」
「打ち上げましょうか?」
 
ということで、向こうから提案されたような形で、0時ジャストに花火の打ち上げをすることになった。
 

ところで、M市を会場とする場合の最大のメリットが、実はこの町が温泉町であることで、市内の温泉旅館組合、隣接するE市の温泉旅館組合が公演終了後送迎バスを運行してくれることになった。それ以外に宮城県内で最大収容能力を持つ秋保温泉も共同で送迎バスを運行してくれることになり、この3ヶ所で4000人分の温泉宿泊枠を確保することができた。このあたりは旅行代理店との共同作業で確保作業を進めたのだが、温泉枠は他の少し遠い温泉、必ずしも有名でない温泉などを入れて最終的に8000人分、また仙台・石巻市内のホテルにも1万人分の宿泊枠を用意できた。
 
それでやっと、ローズ+リリーの公演地は決定したのである。
 
交通に関しては、松前会長がJRと交渉して、イベント終了後、最寄り駅から仙台駅までの臨時列車を運行してもらえることになった。また三陸自動車道のIC近くに臨時駐車場を確保し、そこおよび最寄り駅と会場の間を騒音の少ない電気自動車のバスでピストン輸送することにした。
 
今回のイベントについては、この手の交渉事に慣れておらずコネも無い村上社長は何をすればいいか分からないようで、町添専務は忙しすぎて身動きが取れない中、松前会長がよく動いてくれて何とか形を整えることができた。
 
なおカウントダウンライブのチケットは当初3万人ということで予定していたのだが、ファンクラブへの申し込み倍率が、他のツアー地では2倍程度(1.5-3.0)であったのに対して、カウントダウンライブでは競争率が5倍を越えたため、急遽5万人まで枠を広げることにした。
 
実は現地はΛのような形になっており、その片側に四角形のエリアを確保して会場設営する予定だったが、Λの頂点部分にステージを設営し、両翼に客を入れることで5万人に増やすことができた。その会場設営予定図を見て政子が「鳥の形だ」と言った。
 
それでツアーの他の会場はファンクラブ7割、一般発売3割だったのだが、カウントダウンだけは一般発売は3万の3割で9000枚、ファンクラブで残りの41000枚となり、一般発売率は18%、ファンクラブ抽選の競争率は2.5倍に緩和された。
 
チケット販売数を増やしたことから、宿泊枠の拡大も必要になった。これはかなり距離のある遠刈田温泉・鳴子温泉、更には山形県内や福島県内の温泉、ホテルなどにも手を広げ、最終的に温泉枠15000人分、ホテル2万人分の確保に成功した。また当日宿泊が確保できない人が出た場合、主催者側できちんと清掃などをする条件で地元の公共体育館や学校体育館などを開放してもらえることになった。体育館に簡易ベッドを並べて対応する。食事も地元の商工会がテント村を出してくれることになった。
 
体育館の簡易宿泊施設では、男女を別の体育館に分離して、変なトラブルの発生を防ぐが、性同一性障害の人までは対応しきれないので、そういう人は値段は高くなるが、旅館かホテルとのセット券を購入してくれるよう案内した。旅館は相部屋だが申し込みの画面で性別に男・女・MTF・FTMと設定し、MTF同士、FTM同士で相部屋にして、トランスジェンダーではない人と一緒にならないよう配慮している。
 
MTFの人が戸籍上男性だからといって普通の男性と同じ部屋に入れられると、本人も他の男性も困ってしまうし、お酒の入っている人が多いのでレイプ事件の発生の危険も生じる。かといって普通の女性と同じ部屋に入れられた場合、本人のパス度によっては女性側が不安を感じる。
 
このあたりの問題は昨年若干トラブルが発生していたので(トランスジェンダーの客を従業員用の部屋に寝せて急場をしのいだケースがあった)、その反省を元に最初からちゃんと対応することにした。
 
今回実際に(体育館での宿泊を含めて)宿泊を申し込んだ約4万人の客の内、MTFが800人、FTMも400人ほどいて「こんなにいるのか!」と森元課長が驚いていた。ただ実際問題としてローズ+リリーのファンには私の性別問題があってトランスジェンダーのファンが元々多いと思う。更に「完全パス」している人はMTF/FTMとは申告せずに、パスしている性別で申し込んでいると思うので実際にはたぶんこの倍くらい居るかも知れない。
 

12月4日(日)。今年のYS大賞が発表された。
 
今年の大賞は小野寺イルザが『マジック・スクエア』で受賞した。彼女は賞が取れそうで取れないという微妙なポジションのまま、ここ数年くすぶっていたのだが、2014年に上野美由貴(=秋風メロディー)の書いた『夜紀行』でRC大賞の金賞を取り、昨年も久保佐季(=丸山アイ)の『雨の青葉通り』が賞こそ取れなかったもののゴールドディスクを獲得して大きな話題になった。そして今年は鴨乃清見が書いた『マジック・スクエア』で、初めて大きな賞を取った。
 
作曲者の鴨乃清見は寡作で秀作書きの作曲家として世間的には名を知られ、大西典香と津島瑤子の作品にだけその名前を見ていた。そして大西典香の引退に伴い、その枠を歌う歌手を募集して山森水絵がオーディションに優勝。今年デビューした。
 
鴨乃がそれ以外の歌手に楽曲を提供するのはひじょうに稀である。鴨乃については、プロフィールが全く明かされておらず写真さえもない。しかしさすがに大賞を取ったら発表会場に姿を現すのでは?という観測もあったものの、この日当人は出席せずに、∞∞プロの鈴木社長が代理で出席していた。
 
「名誉ある賞を頂き、大変感激しております。そちらにお伺いしたかったのですが、どうしても時間的にダブるお仕事を抜けられないため、大変申し訳無いのですが、欠席させて頂きます」
という鴨乃のメッセージを鈴木さんが読み上げていた。
 
実は千里はこの日、宇都宮でWリーグの試合をしていたので、さすがに出席不能だったのである。
 

ネットでは「時間的にダブるお仕事」って何だろう?と議論されていた。
 
「まあ普通の会社勤めではないんだろうな」
「締め切りに追われている週刊漫画家とか」
「それなら予め1日早く作品を仕上げれば済むこと。そのくらいの調整はできるだろ」
「病院の先生でその時間帯に手術があるとか」
「ああ、医者ではないかという説はあった」
「歌詞にそれを感じさせるものが出ていたことがあったな」
「裁判官でその時間帯に法廷があるとか」
「裁判官説があったのは、むしろ秋穂夢久(あいお・むく)だな」
「あの人も徹底していた。篠田その歌の結婚式にはさすがに顔を出すだろうと言われていたのに出なかった」
「いや、あれは実は出席していたらしいよ。その歌ちゃんが結婚後に出たラジオ番組で言っていた」
「へー」
「あれだけたくさん招待客がいれば、紛れることも可能だろうし」
「なるほどー」
 
「でも鴨乃清見のお仕事って何だろう」
「その手の、時間が動かせないタイプの仕事、しかも同僚や友人に代わってもらうことが不可能な仕事なんだろうな」
「ハンバーガーショップのバイトで、その時間帯シフトが入ってるとか」
「まさか」
「それこそ誰かに代われるだろ」
「鴨乃の年収があれば、そういうバイトをする必要は無いはず」
 
「でも公務員とかなら、そちらやめて専業になってもいい収入あるよな」
「だから多分、作曲家なんかやめて、そちらの専業になってもいいんじゃない?と言われるようなお仕事なんだよ、きっと」
「あ。そうかも知れない」
 

YS大賞では、そのほか優秀賞として、松原珠妃『還流』ローズ+リリー『振袖』 KARION『雪の世界』AYA『18.2482』ステラジオ『ぷかぷかゴーゴー』ゴールデンシックス『明日のために走れ!』丸山アイ『花一匁』アクア『エメラルドの太陽』 などが選ばれた。
 
また最優秀新人賞はCats Five『猫猫ワルツ』、そのほか新人賞としては、山森水絵『∞の鼓動』、高崎ひろか『鎖を解き放て!』などが選ばれていた。
 
AYAの『18.2482』というのはルート333(平方根のrootと国道のrouteを掛けている)ということだそうで、北海道の国道333号をAYA自身がフェアレディZで走る風景がPVになっていた。
 
「AYAさん、以前はカイエンに乗っておられませんでした?」
とレポーターに訊かれ
「すみませーん。あれぶつけて壊しちゃって。新しくフェアレディ買ったんですよ」
とゆみは答えていた。
 
事故を起こしたので、ゆみは免許証を事務所に(正確には元マネージャーの高崎さん個人に!)取り上げられていたのだが、今年の春にやっと返してもらった。それでその車を買ったものの「何事があっても交通法規を遵守します。疲労運転は絶対にしません。自分の技量を超える道は走行しません」といった誓約書を改めて提出したらしい。
 
(事故の原因は長い下り坂で、ずっとブレーキペダルを踏んで減速していたことで起こしたフェード現象である)
 
『雪の世界』は福留彰・相沢孝郎のペアがKARIONに提供してくれた最後の作品である。ステラジオの『ぷかぷかゴーゴー』は歌詞があまりにもぶっとんでいて「ステラジオ大丈夫か?」と言われたものの、直後にマリが歌詞を書いたアクアの『エメラルドの太陽』が出て、「マリちゃんはもっと壊れてる!」と言われ、結局、薬物疑惑(?)で警察が動いたりなどということにはならなかった。
 

2016年12月7日(水)。
 
ローズ+リリーの4枚目のオリジナル・アルバム『やまと』が発売された。ローズ+リリーのアルバム自体としては12枚目になる。
 
2009.06 RLA01『ローズ+リリーの長い道』(Best1) 41万枚
2011.07 RLA02『Rose+Lily After 2 years』(Mem1) 54万枚
2011.10 RLA03『After 3 years,Long Vacation』(Mem2)80万枚
2012.03 RLA04『Month before Rose+Lily, A Young Maiden』(自主制作) 140万枚
2012.04 RLA05『Rose+Lily after 1 year, 私の可愛い人』(自主制作) 60万枚
2012.08 RLA06『Rose+Lily after 4 years, wake up』(Mem3) 70万枚
2013.04 RLA07『Rose+Lily the time reborn, 100時間』(自主制作) 120万枚
2013.06 RLA08『RPL投票計画』(Best2) 150万枚
2013.07 RLA09『Flower Garden』(Org1) 国内210万枚 海外80万枚
2014.12 RLA10『雪月花』(Org2) 国内220万枚 国外120万枚
2015.12 RLA11『The City』(Org3) 国内130万枚 国外(振袖とセット)65万枚
 
(ベスト盤2枚、自主制作盤3枚、メモリアルシリーズ3枚、オリジナル4枚)
 
当日はアルバムの中から『夜ノ始まり』『東へ西へ』『かぐや姫と手鞠』、『青い炎』『寒椿』の5曲を、私とマリで生歌唱したが、伴奏については実はけっこう大変であった。
 
この日の演奏ではキーボード/ピアノに詩津紅を入れて月丘さんにはマリンバやヴィブラフォンを弾いてもらっている。七美花の笙、千里の龍笛、照屋時子さんという明笛奏者、そして風花の篠笛を入れる。ツインギターを入れるのに(スターキッズ準メンバー)宮本さんを入れている。そしてヴァイオリン奏者を10人並べている。
 
特に4つの笛が合奏する『かぐや姫と手鞠』の演奏前には私は記者さんたちに警告した。
 
「この曲を演奏する前にお願いがあります。録音機器、スマホ・携帯の類いは全て電源をお切り下さい。この演奏はエネルギーが凄まじいので、その手の電子機器は確実に壊れます。この曲の録音中にもスピーカーが壊れたり棚の本が落ちたりしました」
 
それで演奏し始めるが、警告を聞かずに電源を入れたままにしていた記者さんもあったようで「わっ」という声が数ヶ所で起きていた。
 

12月10日(土)。ローズ+リリーの年末年始のツアーが始まった。12月31日のカウントダウン・ライブも含めると13ヶ所16万6400人の動員になる。チケットは7割をファンクラブの抽選で売った後、残りを11月19日(土)に発売し、翌日までに全て売り切れている。
 
ちなみにアクアのツアーはドーム7ヶ所で動員23万人、チケットは9割をファンクラブの抽選で売り、残り1割を一般発売で売ったが5分で売り切れている。(つまり発売開始と同時に電話がつながった人だけが買えた)
 
アクアの興行成績に、氷川さんなどは、かなり対抗意識を持っている感じではあるが、私は
 
「比較しても仕方ないですよ〜」
と言っておいた。
 
ちなみにチケット売上総額はローズ+リリーが14.4億円、アクアは19.3億円になるが、アクアは9割がファンクラブ経由直売、こちらは直販が7割なのでアクアの方が利益率が高い。もっともローズ+リリーもカウントダウン・ライブの温泉宿泊券と航空券/新幹線切符とのセット販売分を入れると単純な売上は20億円を越えている(実はそちらのマージンが結構おいしい)。
 
しかし1年前にアクアのプロジェクトを別会社に分離したのは本当に正解だったと私は思った。★★レコードの社員さんもTKRの社員さんも明らかにかなりのライバル意識を持ってライブ企画を進めている。まさに松前さんが言ったように「切磋琢磨」しているのである。
 
なお、どちらも“同行者を含めて”写真付きの公的身分証明書またはファンクラブ会員証が入場の際に必要である(社員証は偽造が容易なので不可)。特に実態性別を変更しているものの戸籍上の性別は変更していない人はファンクラブの会員証無しでは事実上入場困難である。同行者にも身分証明書を求めるのは最初から2〜3枚余分に買っておき、それを高額転売して「同行者」ということにして一緒に入場しようとする人があるからである。
 
さて今回のローズ+リリーのツアー初日は先日落成したばかりの深川アリーナ、つまり91Club体育館である。
 
350台の駐車場はあるものの、それを解放すると大渋滞が発生するのは目に見えているので、今回のライブでは「身障者手帳・養育手帳をお持ちの方のみ駐車場をご利用になれます」という案内をし、事前に許可番号を発行するようにしておいた。それと別にチケットと宿泊・往復航空券をセットで販売したツアー客は羽田空港や東京駅からバスで会場地下まで連れて来た。
 

今回のツアーでは、このような演奏者を連れて全国を旅することになった。
 
ローズ+リリー:マリ、ケイ
 
スターキッズ:Gt.近藤 B/Vn.鷹野 Dr/Cb.酒向 Marimba/Vibraphone/KB.月丘 Sax/Fl.七星 Tp/Vla.香月 Gt/Vc.宮本
 
琵琶:風帆(若山鶴風)笙:七美花(若山鶴海)尺八:明奈(若山鶴鳴) 胡弓:美耶(若山鶴宮)和太鼓:鹿鳴(若山鶴鹿)三味線:恵麻(若山鶴朝)
 
龍笛:青葉・林田風希・桃川しずか
 
ヴァイオリン 野村美代子・鈴木真知子・伊藤ソナタ・桂城由佳菜・前田恵里奈・佐藤典絵・山形歩美・金香昌栄・富永英美・古賀有輝子
 
ピアノ:桃川春美。ギター:中村正隆。ベース:鹿島信子。クラリネット:野乃干鶴子。トランペット:呉羽ヒロミ。フルート:田中世梨奈・久本照香。サックス:沢田立花。
 
ダンス(一部コーラス):ムーンサークル(月野美鶴・月原清花)
 
総勢38名。昨年の海外ツアーの時の人数(25名)よりかなり多い。この他に風花や氷川さんなど、スタッフが15人。また現地の★★レコード支店のスタッフ、イベンターのスタッフが加わって人数はもっと多くなる。
 
ムーンサークルはダンサー兼幕間の歌の担当である。幕間にはムーンサークルのほか、公演ごとのゲストも招く。
 
ヴァイオリン奏者は10人揃えているが、これはアスカ人脈でツアー全部に付き合える人で“女子更衣室で女性の衣装が着られる人”ということで推薦してもらった。
 
「女の衣装が着られたらいいんだな?本人の性別は問わないな?」
「そんなの裸になってもらう訳ではありませんから気にしません」
「よしよし」
とアスカは何だか楽しそうだった。
 
この10人のヴァイオリニストの中には、『やまと』の制作に協力してもらったメンツも2人入っていた。和楽器関係は私の親戚を動員している。但し龍笛に関しては専門色が強いので、別系統で揃えた。
 
青葉は年末年始でもあり、日程が土日中心なので付き合ってくれることになった。林田さんは千里のお弟子さんのひとりである。コンサートのようなものは初体験ということではあったが、会ってみるとかなり度胸がありそうなのでお願いすることにした。千里自身はWリーグの試合が土日中心なので参加不能である。例の“謎の男の娘”深草小春さんは「青葉の前に出すと正体がバレるから勘弁して。彼女のことは内緒にしといて」と千里が言っていた。
 
そして桃川しずか(戸籍名:真枝しずか)は実は海藤天津子の弟子である。妹の織羽が天津子を「お母さん」と言って慕っているのだが、織羽は霊的な才能は高くても、笛は苦手らしい。しずかの方が楽器が好きで、龍笛・篠笛・篳篥・高麗笛などを天津子に習っているという。中学生なのだが、保護者の桃川春美も今回はピアニストとしてツアーに参加してくれるので、一緒に参加してもらえることになった。ただし中学生は20時以降は使えないので、龍笛を3本使用する曲(『赤い玉・白い玉』)はそれ以前に演奏する必要がある。
 

なお『赤い玉・白い玉』で必要な追加のギターとベースだが、この曲を発売前にFMで聴いたというリダンダンシー・リダンジョッシーの鹿島信子が電話してきて訊いた。
 
「この曲のギターとベース、どうやって演奏してるんですか?人間業とは思えないけど、ローズ+リリーは打ち込みはしませんよね?」
 
それでギター・ベースともに、同じ楽器・同じ弦・同じピックで2人で分担して演奏していることを明かすと
 
「面白い。今度やらせてもらえません?」
などと言っていたので、リダンリダンのギタリスト中村さん共々、今回のツアーに参加してもらうことにした。(事前に2日掛かりでスターキッズと合同練習をした)
 
「じゃ中村君と2人でお願いしますね。部屋は1つでもいい?」
と私が言うと、信子は
「ええ。ひとつの部屋でいいですよ〜」
と言ったものの、中村君のほうが
「え?それはまずいです。ノブは女の子だから。僕の方は倉庫でもいいですから2つ取ってください」
と焦った顔をして言っていた。
 
中村君が信子を見る時の目が明らかに好意以上のものを感じるのだが、おそらくまだ告白していないのであろう。
 
2人には『赤い玉・白い玉』での演奏と、幕間の歌の伴奏をしてもらう。
 

『あけぼの』の三本トランペットは、スターキッズの香月さんをリーダーにして、青葉の親友・呉羽ヒロミ、そして万能プレイヤーの線香花火・野乃干鶴子に吹いてもらう。実は干鶴子が何の楽器でも演奏できるので、演奏者のやりくりが物凄く助かるのである。
 
しかしトランペットは男性奏者の多い楽器だが、男性1人と女性2人というやや珍しい構成になった。フルートでは、青葉の友人で苗場にも出てもらっている田中世梨奈と久本照香にも参加してもらっている。
 

「これ男の娘、元男の娘は何人いるんだっけ?」
と演奏者リストを眺めながら初日前夜に風花は言った。
 
「うーん・・・。確実なのは私も入れて5人。でも多分10人以内」
と私が言ったので、風花は悩んでいたが
 
「ケイと青葉以外の3人というのが分からん!」
といきなり音を上げていた。
 
私が「確実」と言ったのは、私・青葉・ヒロミ・信子・桃川春美である。しかしアスカがひじょうに思わせぶりなことを言っていたので、ヴァイオリニストさんの中にも男の娘がいそうだ。
 
「でもたぶん8人くらい居ない?」
「さぁ・・・」
 
ちなみに後で千里に訊くと「たぶん9人」と言っていたので、風花の勘も結構良い線を行っている。
 

初日。午前中にリハーサルをする。体力の無い数人(桃川しずか・マリなど)はパスしてもらって、身体を休めてもらっている。例によってリハーサルではマリのパートは風花が代理歌唱する。
 
午後いっぱいはお休みにして各々休憩を取ってもらう。
 
青葉が何だか悩むような顔をしているので声を掛けた。
 
「どうしたの?青葉」
「千里姉も随分ふざけてると思いません?」
私は苦笑しながら、
「何かあった?」
と訊く。
 
「今日、千里姉のチームは北海道で試合があってるんですよ」
「うん。今日明日は旭川だって言ってたね」
「ところがですね。さっき私、うっかり間違って二子玉川のJソフトに電話しちゃったら、ちゃんと千里姉が出勤しているんですよね」
 
「その問題は考えても仕方ないよ」
と私は言った。
 
「で、千里姉の言うようが、『私、13時から試合だから、12時から16時くらいまでは、さすがに電話には出られないからね』と」
 
「あはははは。でもそんなの分かってるくせに千里の携帯じゃなくて、会社に電話してみる青葉も人が悪い」
 
青葉は「うっかり」と言ったが、わざと掛けて試してみたに決まっている。
 
「冬子さんは千里姉を捕まえるにはどうしてます?」
「川崎の練習場に行くよ」
「まあ、それが普通なんだろうな」
「きっとソフトハウスに勤めているのは千里に似た別人」
「という気はするものの、あそこに1度訪ねて行っても間違い無く千里姉本人に会えたんですよ」
 
私は苦笑した。
 
「まるで量子力学の観察問題みたいだね」
「ほんとに千里姉は量子的に存在しているのではと思いたくなることがあります。ほんとに神出鬼没だから」
 
「それ多分、私も青葉も、周囲の人たちから似たようなこと言われている」
と私が言うと、青葉も苦笑していた。
 

私と風花が春のツアーの時のビデオを見ていたら、青葉がチラッと見てから「え!?」と言う。
 
「どうかした?」
「何です?この覆面して龍笛吹いてる人は?」
「青葉が急に出られないということになって、千里も天津子ちゃんもゆまもダメだったんで困っていた時に、千里から紹介してもらったんだよ。本人は《謎の男の娘》と名乗っていた」
 
「男の娘!?うーん。。。ビデオで見ただけでは性別は分からないなあ。でもこの人というか・・・・」
「本人は人間では無くてキツネだと名乗っていたけど」
「キツネか。。。人間ではない気はしたのですが、本人を直接見ないと、そのあたりも良くは分かりません」
 
などと青葉が言っているので、千里が言っていた「青葉に見せると正体がバレる」というのは、そのあたりか、などと思う。
 
「その人、こないだは悪のりしてベビーメタルの『女狐』をエレキギターで弾き語りしてたよ。『キツネ、キツネ、ワタシハ、メギツネ』って」
と風花が言うと、青葉は吹き出した。
 
「でもこの人、無茶苦茶龍笛が上手い」
「うん。凄く上手いと思った。どうも千里の先輩らしいけど」
「先輩ね〜」
と言って青葉はまた悩んでいた。
 

16:40。開場する。本来は17時開場なのだが、来場者が敷地内に納まりきれず、一部道路にまで列ができ始めたので、警察から注意される前に対処することにした。ゲートではファンクラブ会員は、会員証をタッチした上で顔認証で入場できる(座席番号を印刷した紙がプリントアウトされる)。顔認証がエラーになった場合も、運転免許証・パスポート・学生証など顔写真付きの公的機関が発行した身分証明書で本人確認できた場合は入場させるが、顔認証用の写真をその場で撮影して更新させてもらう。会員以外の人も公的身分証明書での入場になる。
 
(性同一性障害で戸籍名と通称が異なる場合、特別永住者で本国名と通称が異なる場合も、ファンクラブ会員証には通称が印刷されているが、ホストコンピュータの会員マスターには戸籍名・本国名も登録されているので戸籍名の身分証明書や特別永住者証明書で本人確認が可能である)
 
不幸にして、身分証明書を持っていない人、身分証明書の写真と本人が同一人物とは認められない場合は、残念ながら入場お断りとなる。明らかに写真が異なる人が15人も断られた。チケット転売サイトでは身分証明書を貸してまでチケットを売る例が横行している。今回9000人のチケットを所持した来場者の内、31人が「お断り」になったが、内1人は頑張って横浜の自宅まで往復してきて忘れてきていたという学生証を取ってきて、開演直前に無事入場することができたらしい。(「お疲れ様」賃でサインを贈呈した)
 
開演までの間、ロビーでは30台のモニター、5台のプロジェクターに過去のPVなどを流している。CDやビデオDVD、写真集、またグッズなどの販売、ファンクラブ入会受付コーナーなどの他、サンドイッチやおにぎり・飲み物などの販売コーナーも設けており、晩ご飯を食べずに来ていた人たちがかなり購入していた。またロビーで営業している牛丼屋さんも満員で、今日はお店のスタッフさんが近隣店舗からの応援の人も入ってフル回転の様子であった。
 
なお、飲食物は座席への持ち込みは禁止である(糖尿病や胃潰瘍などで水分補給が必要な人などは申請により認め、承認シールを貼らせてもらう)。念のため牛丼屋さんは開演15分前に一時オーダーストップした。開演後、スタッフさん・出演者!と練習に来た40 minutesや江戸娘の選手のために営業再開したが、政子は幕間に買ってきてもらって食べていた。
 

18:55。1ベルが鳴る。ロビーに居たお客さんが自分の席に戻る。出演者もステージに上がり、楽器の音を確認する。私とマリもスタンバイする。あらためて携帯やスマホの電源を切るよう注意があった。
 
「過去のローズ+リリーのライブでは警告を聞かずに電源を入れたままにしておいてスマホが壊れた方が多数発生しております。あらためて、ちゃんと電源が切ってあるか、ご確認ください」
と氷川さんは注意を促すアナウンスをしていた。
 
18:59:30。2ベルが鳴る。客電が落ちる。客席に静寂が訪れる。そして19:00ジャスト、緞帳(どんちょう)がアップすると同時に強烈な16ビートのリズムを刻むドラムスの音、そして多数の楽器が鳴り出す。
 
しかしマリとケイの姿はステージ上に無く、代わりに大きな赤白ストライプの風船がある。そしてその風船が割れると、中から赤い振袖のマリと白い振袖のケイが出てくる。
 
大きな歓声と拍手が起きる。
 
私たちは歌い出す。観客が総立ちになる。
 
この曲は『赤い玉・白い玉』である。
 
この曲を先頭に持って来たのは、桃川しずかを使うので出来るだけ早い時間に演奏したかったこと、ギターとベースは各々2人の演奏者が同じ楽器・同じ弦・同じピックで演奏するが、ライブが進行していくと、どうしても微妙なズレが生まれてくる。それで最初に調整したままの状態で演奏したかったのもあった。
 
東城先生の意欲的な作品は、普通使わないようなコード進行が多数使われているものの、妙に聴き心地の良い曲である。
 
今回のローズ+リリーのツアーでは、ステージ上に日本全国47都道府県の「花」を飾っている。私たちはその花に埋もれるようにして演奏した。ただしメンテの都合上全て造花である。
 
チューリップとかツツジとかはよいが、桜などはどうしても盆栽っぽい感じになってしまったが、やむを得ない。
 
背景のホリゾント幕には後ろ側から映像を投影するようにしている。この『赤い玉・白い玉』では、赤い玉と白い玉が動き回って甲子園の人文字のように、様々な言葉を浮かび上がらせるCGが流された。そこで出てきた文字は『ローズ+リリー』 『Rose+Lily』『やまと』『Yamato』『赤い玉・白い玉』『Red ball White ball』 『東北復活』『Dona nobis pacem』などなどである。政子にだいたい選定させた後、氷川さんの判断で政治的とも受け取られかねないものをカットさせてもらった。そういう訳で『たいやき食べたい』『牛肉美味』とか『アクア、女の子になれ』などというのもあり、演奏中、失笑が漏れていた。
 

演奏が終わったところで拍手があり、それが納まった所で私たちは挨拶する。
 
「こんばんは!ローズ+リリーです!」
 
また拍手な歓声がある。
 
「今のは東城一星先生から頂いた『赤い玉・白い玉』という曲でした」
 
「私たちの衣装も赤と白だけど、それにちなんだの?」
「私たちが赤と白を着るのはいつものこと」
「でもふだんは私が白で、ケイが赤だよ」
「うん。私も逆じゃないかと思ったけど、いや今日はそれでお願いしますと言われたから」
「まあ、たまには逆でもいいよね」
 
「ところで東城先生のお名前は今の若い方はご存知ないかもしれませんが、20年ほど前にたくさんヒット曲を書いた方なんですよ」
 
と私が言うと、マリが
「東城先生は性別が無いと言っていたね。全部取っちゃったんだって」
などと言い出す。
 
「そういう個人的な情報を勝手に言ってはいけないよ」
と私は注意したものの
「wikipediaにも書かれているよ」
などとマリは言う。
 
「だからと言って勝手に言っていいものではないよ。マリがラーメン10杯食べたことがあるなんてのもwikipediaに書かれているけど、あまり言われたくないでしょ?」
「別に構わないけど」
 
ここで爆笑される。
 
「それでもプライバシーは大事にしなさい」
「はーい」
 

「まあそれで先生は、今は某所で隠遁生活を送っておられますが、久々に意欲が湧いたということで書いて頂きました。本当に意欲的な作品でしたね。演奏する人も大変だったようです。ということで、演奏者を紹介します」
 
「第1ギター、近藤嶺児、スターキッズ」
「第2ギター、中村正隆、リダンダンシー・リダンジョッシー」
 
ここで会場の女の子たちから歓声があがる。
 
「第1ベース、鷹野繁樹、スターキッズ」
「第2ベース、鹿島信子、リダンダンシー・リダンジョッシー」
 
ここで会場の男の子たちから物凄い歓声があがり、私は「おっ」と思った。
 
「ドラムス、酒向芳知、スターキッズ」
「キーボード、月丘晃靖、スターキッズ」
「ピアノ、桃川春美、チェリーツイン」
 
「ヴァイオリン、鈴木真知子。ピッカピカの女子大生ですが、実は私のヴァイオリンの先生です。私が中学生の頃、まだ小学生だった鈴木さんにヴァイオリンを教えて頂いてました」
 
と私が言うとけっこうざわめいている。
 
「フルート、田中世梨奈」
「笙、若山鶴海」
「龍笛、川上青葉・林田風希・桃川しずか」
「アルトサックス、近藤七星、スターキッズ」
「ソプラノサックス、沢田立花」
「コーラス、月野美鶴・月原清花、ムーンサークル」
 
「そしてボーカルは」
「私マリと」
「私ケイです」
 
ここで大きな拍手がある。
 
「今の曲は以上19名での演奏でした。このあと曲毎に演奏者はかなりコロコロ入れ替わります」
 
実際、リダンリダンの中村と鹿島、ムーンサークルの2人、龍笛の林田・桃川、といった面々が下がる(青葉は残る)。代わりにヴァイオリニストが9人入って来て、真知子もそこに並ぶ。スターキッズはアコスティック楽器に持ち替える。月丘さんはキーボードの所から離れてマリンバの所に行く。入って来たヴァイオリニストの先頭に立っていた野村美代子さんが私に愛用のヴァイオリン"Angela"を渡してくれた。この曲はその私のヴァイオリンソロから始まる。
 
前半のステージはアコスティックタイムで、アコスティック楽器中心の演奏をしていく。
 
「では次の曲、『夜ノ始まり』」
と言って、私はヴァイオリンを弾き始める。
 
私が8小節のイントロを弾いた所で10人のヴァイオリニストの音、香月さんのトランペット、七星さんのサックスが響き、青葉の龍笛が踊るように鳴り、他の楽器も誘われるように少しずつ演奏に加わっていく。
 
そして私とマリが歌い始める。
 
太陽が落ちた後のまだ静まりきれない地上の情景を私たちと多数のアコスティック楽器が奏でて行く。私は間奏とコーダでもヴァイオリンを弾いた。
 
この曲のPVでは太陽が北海道の忍路に沈む所の美しい映像から始まり、各地の都会や田園・漁村・温泉地などの日暮れ時の風景が流れて行く。撮影した場所は札幌、東京、名古屋、福岡、那覇、津軽のリンゴ園、長野のレタス畑、新潟の水田、和歌山のミカン畑、小豆島のエンジェルロード、沖縄のサトウキビ畑、登別温泉、浅虫温泉、草津温泉、伊香保温泉、和倉温泉、鹿教湯温泉、湯の峰温泉、湯の児温泉、波佐見温泉などである。実はあちこち撮影に行った時についでに撮っておいた映像を★★レコードの佐久間さんがうまくまとめあげてくれたものである。
 

演奏後10人のヴァイオリニストとトランペットの香月さんを紹介する。
 
続いて『灯海』を演奏する。ヴァイオリン奏者は4人退場して6人になる。月丘さんはグロッケンシュピールの所に移る。今日は似たような楽器が、グロッケン、マリンバ、ヴィブラフォン、シロホンと並んでいて、月丘さんは曲毎の使用楽器を確認しながら移動していた。
 
(左前にマリンバ、右前にヴィブラフォン、左後にシロホン、右後にグロッケンシュピールと置いている。つまり共鳴管のある楽器が前で無い楽器が後ろ、木琴が左で鉄琴が右である。但し今日のシロホンはコンサート用で一部の鍵の下に共鳴管が付いているので一瞬マリンバにも見える)
 
フルート奏者が青葉の友人の田中・久本と、さっきは龍笛を吹いた林田さん。彼女は元々がフルート奏者らしい。クラリネットが七美花、バスクラが干鶴子。龍笛が桃川しずか。篠笛が明奈。サックスが七星・青葉と沢田さん。
 
と、この曲ではけっこう楽器のやりくりが大変であった。私は曲毎に初めて登場した演奏者、担当を変わった演奏者を紹介していった。
 
なお、中学生の桃川しずかはこの曲であがりである。本来はホテルに返すべきだが、ホテルには誰もいないので、客席に座らせ、★★レコードの綾野さんが付き添ってくれることになっている。本人としては楽屋にでもいた方がのんびり出来るのだが、8時以降に楽屋に座らせていると仕事場に居るということで労働させていると見られかねない。しかし大人同伴で観客席に座らせておくのは問題無い。
 
大変な曲が続いたので箸休めに『雪虫』を演奏する。スターキッズ以外では青葉と沢田さんだけが残る。青葉が鈴を持ち、沢田さんはキハーダを持って、この静かな曲を演奏した。
 
続いて『来訪』ではヴァイオリニスト10人が戻り、七美花がホルンを持ってカスケーディング・ストリングスの重厚なヴァイオリンの音の中、ホルンが神々を先導するかのように鳴り、本当に今神々がここに来訪してくるかのような、厳かな響きの中、私とマリは歌っていた。
 

ここで少し長めのトークをする。演奏者たちに束の間の休憩を与えるためで、私とマリ以外の演奏者がいったん下がる。
 
「そういう訳で今日のコンサートはこの深川アリーナのこけら落としとして使わせてもらっているのですが、都心にこういう大きな会場が出来たのは嬉しいです。2〜3年前から東京周辺の大きな会場がいくつも閉鎖になったり、あるいは改修工事に入って使えなくなって、会場が明らかに足りない状態になっているんですよね」
 
「私、牛丼屋さんが気に入った。本番前にも3杯食べちゃった」
「まあ3杯でレフリーストップが掛かっていたからね」
「体育館で食べ物屋さんって意外に無いよね」
 
「公共の施設だと色々制約もあるみたいだしね。ここは女子バスケット選手たちが主導して建てた私設の体育館だから自由がきくみたい。練習でお腹が空くから、牛丼食べたいということで牛丼屋さんを誘致したんだよ。特に、まき家は同系列のファミレスで作ったケーキ類も置いてあるから、女の子たちには嬉しいんだよね。ピザも頼めばそちらからデリバーしてくれるし」
 
「そういうのいいなあ。うちのマンションに焼肉屋さんを誘致できないかな」
「さすがにお客さんがマリちゃんだけでは商売にならないし、マリちゃんは特別料金にしないと採算が取れない」
「むむ、残念だ」
 
このあたりで忍び笑いが漏れる。
 
「でも実際、ライブをやったのは私たちが最初だけど、既に女子バスケットの試合は行われているね」
 
「うん。元々この体育館は、私がオーナーをしている千葉ローキューツ(Rocutes), 私の友人・醍醐春海がオーナーをしている東京40 minutes(フォーティー・ミニッツ)、そこと交流のある同じく東京のクラブチーム・江戸娘(えどっこ)、そして実業団のKL銀行・ジョイフルゴールドという4チームが共同で建設したものだからね。最初にその4チームが運営しているクロスリーグの試合をした。その翌日にはWリーグのレッドインパルスとブリッツ・レインディアの試合をした。レッドインパルスもクロスリーグに参加しているのと、醍醐春海が今年の春からレッドインパルスに移籍したので、その縁で、そこの試合をこちらに持って来た」
 
と私は説明する。
 
「醍醐さんは自分は40 minutesのオーナーで、選手としてはレッドインパルスの選手なんだ?」
「うん。なりゆきで、そういうことになってしまった」
 
「でも女子バスケのチーム4つで体育館建てちゃうとか凄いね。誰かスポンサーとかあったの?」
「いや、だから私とか醍醐春海とかがスポンサーだよ。江戸娘のオーナーは上島先生だし」
「ああ。じゃケイもお金出したんだ?」
「まあ私は3割だけどね。醍醐が4割、上島先生が2割。残り1割はKL銀行」
 
会場がざわめいている。
 
「ケイって割とお金持ちなんだね」
「実は株で儲けたんだよ。私と醍醐と2人合わせて50億ほど儲けたから、こういうあぶく銭は使っちゃおうと醍醐と話し合って体育館を建てることにしたんだよ」
 
「株って50億も儲かるんだ?」
 
会場がかなりざわめいている。
 
「たまたまだと思う。こういう危険な相場は2度としない。何十億も損した人もあったようだし」
 
などと私が言うと、「あぁ」という感じの顔をしている観客もいる。この春の★★レコード株の大変動で大損した人・大儲けした人が多数いたことに思い至ったのだろう。
 
「でも民間の建築で、しかも運営グループに銀行さんが入っているから、経費は徹底的に節約されている。公共工事ならたぶんこの3倍の費用が掛かっていると思う」
 
「へー。なんか廊下に子供の落書きのされた板が壁板に使われていた」
「うん、ここに建ってた小学校で使われていた木材とかガラスとかをかなり再利用しているから」
「ああ、そういうので節約しているんだ?」
 
「エコだよ。控室の椅子とか黒板は教室の椅子や黒板をそのまま置いているし、時計も教室に掛かっていたものだし、トレーニング室には小学校の体育館にあった鉄棒とか平均台とかも置いている。場内アナウンスのスピーカーとかロビーのモニターテレビとかはほとんどリサイクル業者から買ったもの」
 
「なるほどー。それでいろんなメーカーの物が混在していたのか」
 
「最初醍醐はバスケット専用の体育館を作るつもりだったけど、私が入ったことで、コンサートにも使える音響をきちんと計算したホールにしたんだよね。だからこうやって固定のステージも作られている」
 
「ドラムスのセットを脇のほうで組み立てて配線もつないでおいて、動く床でステージに出せる装置とか凄いね」
 
「多数のバンドが出演するイベントでドラムスの入れ替えは物凄い課題だから。春には軽音の大会で使うことが決まっているよ。入れ替え時間1分でやれるという計算ができている。実験もしてみた」
「すごーい」
 
 
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【夏の日の想い出・翔ぶ鳥】(1)