【夏の日の想い出・翔ぶ鳥】(4)

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12月31日、私と政子は別行動になった。政子は朝から風花と一緒に新幹線で仙台に向かった。
 
私は午前中は既に現地に行っている氷川さんや有咲、七星さんなどと電話で話しながら状況の確認をしておいた。
 
お昼を食べてから新宿の∴∴ミュージックで、KARIONの他のメンバーと合流する。今日はローズ+リリーは宮城でのカウントダウンライブのみの予定だが、KARIONは昨年と同様、東京・国際パティオでのオールナイト・カウントダウンライブに参加する。
 
12月31日のお昼に始まり、1月1日の朝6:00に終わるという、18時間ライブである。リダンダンシー・リダンジョッシーなどは、このカウントダウンに参加した後、埼玉県内のホールに移動して、そちらで自分たちのカウントダウン・ライブをする。彼女らも国民的歌合戦には出場しない組である。他に歌合戦には出ず、独自のカウントダウンをするのは、ステラジオ、ラビット4、スカイヤーズ、レインボウ・フルート・バンズなどがある。
 
レインボウ・フルート・バンズはフェイの妊娠に伴いライブ活動を休止中なのだが、このカウントダウンは春頃から会場を押さえていて、宿泊とセットの券も売り出す予定で、企画が進んでいたので、実施することになった。実はこれまでは18歳未満のメンバーがいたのでこの手の企画はできなかったのだが、今年やっと全員18歳以上になったので「18歳到達記念」でカウントダウン・ライブをやろうという話だったのである。
 
フェイはむろん参加できないのだが、ハイライト・セブンスターズのヒロシが代役を務めるというので大いに話題になった。
 
「ぼくと、フェイ、丸山アイ、リダンリダンのノブ、あと匿名の人物数名で秘密のサークルを作っているんですよ。主として音楽のこととかで、お互いに色々アドバイスしあっているんですよね」
とヒロシは笑顔で語っていた。
 
「どんなサークルなんですか?」
「それは秘密です。略称がCBFというのですが」
「なんか気になりますね」
「今アクアを勧誘中です」
「アクアさんをですか!?」
 
フェイは一応会場には顔を出し、挨拶やカウントダウンにだけは参加する予定である。
 
なお、ハイライト・セブンスターズはこの国際パティオのカウントダウンには参加するが、その後は「ヒロシのマンションに行って内輪でパーティーします」という話であった。
 
「ヒロシさんは不在なのでは?」
「不在なのをいいことに食料を食い尽くします」
 

国際パティオのカウントダウンには、某放送局の歌合戦にも参加する、AYA, 南藤由梨奈、スリファーズ、三つ葉なども出ているが、彼女たちは早い時間帯に登場して、放送局のホールに移動したようである。
 
レッドブロッサムは南藤由梨奈と一緒にカウントダウンをした後、由梨奈だけ歌合戦の会場に移動し、レッドブロッサムの4人は新幹線で仙台に移動した。
 
KARIONの登場は昨年よりずっと早い15:00-15:30である(できるだけ早くしてもらった)。∴∴ミュージックで、篠崎マイなど他のアーティストと一緒に「納会」をした後、国際パティオに移動する。
 
時間帯の近い他のアーティスト数組と交款する。
 
美空はひとつ前に演奏するゴールデンシックスのカノンから「美空ちゃん、今日はこちらには来ないの?」と言われて「すみませーん。KARIONの出番より先に出てはいけないというお達しなので」と言っていた。ゴールデンシックスはこの後、横浜エリーナに移動して、XANFUS・丸山アイ・山森水絵・奈川サフィーと共同で「∞∞プロ・グループ」のカウントダウンに出演する。
 
山森は歌合戦に出ないかという打診があったものの、向こうの演出が山森のイメージ戦略に合わないというので、鈴木社長が断ってしまった。しかし、ゴールデンシックスにXANFUSに山森水絵というのでチケットは2万席に対してファンクラブからの申し込みが10万席分もあった(競争率5倍)。一応一般にも2000席発売しているが、こちらは瞬殺だった。
 
チェリーツインはそのゴールデンシックスのひとつ前で、私たちが行った時に演奏中であった。演奏を終えてステージから降りてきた所で手を振って挨拶しておいたが、彼女たちはこのあと飛行機(羽田17:55-18:35女満別)で北海道に戻り、お正月は牧場で迎えるということであった。
 

なお、今日のゴールデンシックスは、KB.南国花野子 Gt.矢嶋梨乃 B.橋川希美 Dr.鞠古留実子 Vn.長尾泰華 Fl.大波布留子 というメンツである。留実子は千里の小学校以来の友人で日本代表にもなったことのあるバスケット選手である。ちょうどお正月の期間は自分が所属するチームは試合が無く、出身校の旭川N高校がウィンターカップに出てきていたので、その応援を兼ねて、夫と一緒に出てきていた所を徴用されたらしい。
 
彼女は・・・・ふつうに男性に見える!ので「今日のゴールデンシックスは男の子が混じってたね」「男性メンバーを入れることもあるんだね」などと観客が言い合ったりしていて、それを耳にした長尾泰華が自分のことを言われたかと思ってギクッとしたらしい。
 
大波布留子は滋賀県在住で銀行勤めだが、今年は31日は土曜日で銀行の仕事が無いので参加できた。しかし30日は0時近くまで仕事をしていたらしい。全くお疲れ様である。東京には朝一番の新幹線で出てきたものの、その後は控室でひたすら寝ていたらしい。
 
その彼女たちが降りてきたのとハイタッチして、私たちはステージに上がった。
 

「こんにちは〜!KARIONです」
と4人揃って言うと、大きな歓声が来る。
 
「それでは最初は春頃にリリースする予定のアルバムから『青銅の愛人』」
 
観客が顔を見合わせている。「愛人」ということばに違和感を覚えたのと、おそらくこのタイトルはエロティックな意味にも取れるからだろうなと私たちは想像した。
 
むろん、それは織り込み済みである!
 
トラベリングベルズの伴奏に合わせて、私たちは歌って行くが、歌詞の内容を聞くとみんな安堵するような表情になっていく。
 
「ちょっとびっくりした方もあったかも知れませんが、KARIONのコンセプトは家族で安心して聞ける曲ですので」
と和泉が歌唱後“解説”すると、会場からは笑いが漏れる。
 
「それでは同じアルバム予定曲の中から『大安吉日』」
 
さきほどの『青銅の愛人』に続いて、何のストレスも無い、とっても楽しい歌に聴衆はノリノリで拍手をくれる。私たちもとても楽しい気分でこの歌を歌うことができた。
 
その後は、6月に出したシングルから『ぼくの自転車』と『雨のメグミ』を歌い、過去のヒット曲から『海を渡りて君の元へ』と『雪うさぎたち』を歌ってステージを終えた。
 

次の出番のステラジオに手を振って交替する。ステラジオのホシは今までと同様私と視線を合わせなかったが、ナミは深くお辞儀をしてからステージに上がった。
 
何か心境の変化でもあったのかな?と私は首をかしげた。
 
KARION, Travelling Bells, そして花恋も含めて10人で国際パティオを出ると、小走りに急ぎ、10分ほどで東京駅に到達する。着換えなど、楽器以外の荷物関係は既に他のスタッフの手で宮城県に運ばれている。
 
16:20の《はやぶさ》に乗り込み、全員グリーン席に座った。
 
「俺たちまでグリーン席というのは待遇がいい」
などと黒木さんが言う。
 
「すみませーん。いつもは経費節減で、伴奏者は普通指定席にさせてもらってます」
と花恋が申し訳無さそうに言う。
 
「申し訳無いとは思ってますが、スターキッズも普通指定席にさせてもらっています。歌唱者と伴奏者がいつも同じ待遇だったのは、XANFUSですね。移籍前ですけど」
と私は言う。
 
「音羽と光帆も含めて全員普通指定席だったらしいね」
と和泉が言う。
 
「うん。音羽・光帆もグリーン席ではなかった」
 
「あれは本来音羽・光帆・三毛・騎氏・黒羽・白雪の6人でXANFUSだったからなんだよね」
と私。
 
「そうそう。だから6人は印税も6等分だし、ホテルの部屋のクラスなど待遇は全部同じ。でも6人分もグリーン料金を払うとXANFUSのプロジェクトの収支が厳しくなるから、普通席にしてその分ギャラを上乗せする」
 
まあ実際は7人分だった訳だけどね、と私は心の中で付け加える。
 
「移籍後は変わった?」
「近距離だと指定席料金を惜しんで自由席にしているようだ」
「マジ?」
「ホテルも全員ツインにしているみたいだし」
「嘘!?」
 
ホテルの組合せは音羽+光帆、神崎+浜名、三毛+騎氏、黒羽+白雪らしい。マネージャーが同行する場合はマネージャーと黒羽が同室になる。白雪は「1人」で2人いるからだ!三毛と騎氏も元々の親友である。
 
「会社が出すんじゃなくて自分たちで出すことになったから、経費節減って頑張ってるよ。さすがに東京−大阪とか、東京−仙台みたいな距離は自由席で座れなかったら演奏に影響が出るから指定席取るみたいだけど」
 
「しかし、そのくらい節約するのが、正しい姿かも知れん」
と児玉さんが言う。
 
「いや最近、みんな懐具合の厳しい歌手が多いから、結構名前の通った人でも自由席で移動しているケースあるみたいよ」
と海香さん。
 
「うーん。。。」
「明日は我が身だなあ」
 
「取り敢えず今回はローズ+リリーのゲストアーティストということで、グリーン席で手配させてもらいました」
と私は説明した。
 

私は和泉にも促されて新幹線の中では熟睡した。しかし仙台駅から先は少しずつ自分を覚醒させていった。
 
会場最寄り駅に着いたのは19時すぎで、既に前座は始まっているはずだが、音は全く聞こえない。防音壁がけっこう効果をあげているようである。
 
海岸側まで回り込んでからスタッフ専用出入口のドアを開けてもらって中に入る。控室に行くと、政子がすき焼きっぽいものを食べながら手を振った。
 

この日、政子は朝から「眠いよぉ」と言いながら、取り敢えず服を着て風花と一緒に仙台行き新幹線に乗り、会場に入った。ラッシュを避けるため東京駅7:16の新幹線に乗ったのだが、新幹線の中でも、仙台で乗り継いだ電車の中でもひたすら眠っていた。
 
既に仮の防風壁(防音壁を兼ねる)が設置され、客席には区画毎にロープが張られている。午後くらいから、その客席に断熱暖房シートを敷いていくらしい。その他、会場内には多数のストーブを置く予定である。
 
「けっこう風が強くないですか?」
と政子は加藤次長に言った。
 
それには★★レコード仙台支店の奥山課長が説明する。
 
「今は昼間ですから海からの風が吹いてきて寒いのですが、夕方以降は陸から海への風に変わるので、昼間よりむしろ暖かくなるんですよ」
 
「なるほどー」
 
「いわゆる海陸風というやつですね」
と鷹野さんが言う。
 
「ステージはいちばん海側にありますから、会場の熱気が風と共に押し寄せてくる感じになると思います。ですからけっこう暖かいかも知れません」
と奥山さん。
 
「逆に言うと会場のいちばん後ろにおられる方は少し寒い可能性ありますね」
「ええ。ですからいちばん後ろにはストーブを多数配置します。防音の問題もありますから防風壁の高さも高くしていますし」
 

音響を担当する麻布先生は数人の助手と一緒に数日前からここに入り、音の遅延や反響、スピーカー同士の位相干渉の計測・調整をかなりやっておられたようである。こういう広い会場では、音の遅延を入れないとステージ脇のメインスピーカーから直接来る音と、座席近くに多数配置する補助スピーカーの音とがズレてしまい、音が二重になって聞こえる。
 
それで補助スピーカーは遅延を入れて鳴らさなければならない。この会場ではステージと客席最後尾の距離は52mあるので、伝達に必要な時間は0.16秒である。従って最後尾に置く補助スピーカーはそれだけの遅延を入れることになる。客席の真ん中付近に置くスピーカーなら0.08秒程度の遅延になる。
 
「風速は関係無いんですか?」
とマリが尋ねる。
 
「音の速度は摂氏0度の場合で330m/s。これに対して風は木の葉が絶えず動いているような風力3のレベルでも風速としては4m/sくらい。秒数としては0.002秒くらいの差だから、誤差の範囲だよ」
と麻布先生は説明してくださる。
 
「0.002秒ではハンガーがー食べられないな」
「いくらマリちゃんでも20秒は掛かるでしょ?」
「最高速度は8秒だけどね」
「ふむふむ」
 
「口の中に入れるだけなら3秒で出来るけど、飲み込めない」
と政子。
「マリちゃんに窒息死されるのは困るから、そういう危険なことはやめて」
と加藤次長。
 
「気温の変化はどのくらい影響するんですか?」
と近藤さんが尋ねる。
 
「気温が1度変わると音速が0.6m/s変わりますが、5度変わったとして3m/sですから、時間に直すと0.0014秒。これもまあ誤差の範囲ですね」
と麻布先生。
 
「なるほど」
 
麻布先生によると実際に補助スピーカーから鳴る音は、メインスピーカーの音が届いた0.001-3秒後くらいに鳴るのが理想だそうである。人間の耳はその音を最初に聞いた方角を音源の方角と感じるので、ちゃんとステージで演奏している音を聞いている感覚になるのである。
 
逆に補助スピーカーが先に鳴ってしまうと、音がステージからではなく、その補助スピーカーから来ている感覚になって臨場感が失われてしまう。
 
補助スピーカーはあくまで「音量を補う」ためのものなのである。
 
また近くに2つの補助スピーカーがある場合、両方から来た音の位相がずれると最悪、波動同士が打ち消し合って、特定の周波数の音が聞こえなくなってしまう場合がある。このような現象の起きる場所を見つけ出して是正するのは物凄く手間が掛かる。
 
一応コンピュータ上でシミュレーション計算して「音消失ポイント」を無くすような配置を決めているのだが、現場で確認すると、どうしてもシミュレーションの計算結果とは異なる場合もある。この調整には数日かかるのである。
 
「調整が難しい場合は『ここに座るな』という紙をそのゴーストポイントの所に貼っておきますよ」
と加藤次長は言っている。
 
「ええ。最後どうにも調整がつかない時は、その対応でお願いします」
 

「そういえば、ここ電気はどうなっているんですか?」
と政子は尋ねた。
 
「元々、水族館があったので電線自体はすぐそばまで来ていたんですよ。そこから臨時の引き込み線を引いてきて、防風壁の工事を始めた1週間前から電気は使えるようにしています。念のため東北電力の技術者さんが今日は常駐して電力の使用状況をモニターしてくれています」
と奥山課長が説明した。
 
「最初は電力使用量の見当がつかなくて、だいぶブレイカー落としたとか言っておられましたね」
「ええ。その度に設定を変えて、現在はかなり大きな容量になっているようです」
「ああ、ブレイカーが付いているんだ」
「過電流を防止する意味もありますし」
「なるほど」
 
「今夜で使用終了?」
「1月3日に防風壁の撤去工事をしますので、その日まで電気が使えるようにする予定です」
 
「なるほどー」
 

15時。お客さんを入場させ始める。会場はブロック指定なので、自分のブロックの中ならどこに座っても良い。入場者には温熱効果のある座布団と手袋を配布しており、その座布団に座って、手袋もして聞いててねということにしている。座布団は持ち帰ってもらう前提で、名前を書けるようにサインペンも貸し出している。座布団と手袋にはRose+Lily Countdown Miyagi 2016-2017の文字が入っている。この文字を入れるだけでライブ終了後会場に放置される確率が減るという意見に従い入れることにした。またこの手袋は内側に硬い素材を細かい破片にして貼り付けてあり、このまま拍手ができるのである。ゴムの破片を貼り付けた作業用手袋の応用である。
 
実はカウントダウンライブは大会場だし、近郊の人以外は宿泊とセットで購入してくれるし(結果的に購入額が15000-20000円くらいになる。更に航空券や新幹線切符とのセットの販売もしている)、ツアーの他の会場より安い7560円に設定しようかという案もあったのだが、この座布団・手袋をセットにして他の会場と同じ8640円にした経緯もあった。
 
最前列ブロックを除いては、昨年同様に、宿泊する温泉地またはホテル地域単位ごとにブロックを分けており、終了後送迎バスへの案内をよりスムーズに行えるようになっている。最前列のブロックに入れる人には、ライブ終了後、ここのブロックに移動して下さいという案内を一緒に渡している。
 
会場内には出店も出ており、やはり暖かいおでん、牛丼などを買い求める人が多かった。仙台名物牛タンなども随分売れていたし、肉まん・あんまんの所にも長い列ができていた。
 
政子も★★レコードの綾野さんに頼んで、牛タンと肉まんを買ってきてもらい食べていた(一応その前に夕食を仕出しで食べているのだが)。
 

17:45。前座が始まる。
 
今年の前座を務めてくれるのは、次のアーティストたちである。
 
17:45-18:45 ボニアート・アサド(2000-2009年のヒット曲を歌う)
19:00-20:00 金華山金管合奏団(行進曲などを演奏)
20:15-21:15 姫路スピカ(主として§§プロの先輩の歌を歌う)
 
ボニアート・アサドは(宮城県)栗原市の女子高生3人のユニットである。3人で学校の文化祭や地域のイベントなどで歌ったりしていたが、NHKの「のどじまん」の予選に落ちた!ところを偶然見ていたζζプロの谷崎聡子が見い出して勧誘した。来年春くらいにメジャーデビューさせる予定である。
 
金華山金管合奏団は、石巻市周辺のブラス好きのメンバーが集まって結成した合奏団だが40名も団員のいる大合奏団である。
 
姫路スピカはこの12月14日にデビューしたばかりである。この中の唯一のメジャー・アーティストなので前座の最後に登場する。しかし本人は
 
「え〜!?私が前座のトリなんですか!??」
と言って焦っていた。
 
なお前座は地元との約束でメインスピーカーを使わず、会場全体にちりばめられた補助スピーカーからのみ音を流すので後ろの方の観客にはBGM的に聞こえる。(この音の響きで、本番の音響を心配した人もあったようである)
 
さて、昨年ムーンサークルが1980-1999のヒット曲を歌ったので、今年のボニアート・アサドは「その続き」を歌うことになった。選曲したのは氷川さんであるが、そのラインナップを見た時、私は苦笑した。
 
2000『恋のダンスサイト』(モーニング娘。)
2001『アゲハ蝶』(ポルノグラフィティ)
2002『大きな古時計』(平井堅)
2003『明日への扉』(I WiSH)
2004『Jupiter』(平原綾香)
2005『粉雪』(レミオロメン)
2006『六合の飛行』(ラッキーブロッサム)
2007『ゴツィック・ロリータ』(松原珠妃)
2008『Blue Island』(大西典香)
2009『愛の定義』(篠田その歌)
 
「がんばろうという気になるでしょ?」
と氷川さんは私に言った。
 
最後の2006-2009年が曲者である。千里は笑っていたが、私は彼女が笑っていたことで、ライバル心を刺激された(「要するに嫉妬ね」と政子に言われた)。
 
『ゴツィック・ロリータ』の作曲者は《ヨーコージ》の名義になっており、世間的には蔵田孝治のペンネームということになっているが、実態は私と蔵田さんの共同ペンネームである。『愛の定義』の作曲者は《秋穂夢久》になっているが、これは非公開だが、私と政子のペンネームのひとつである。
 
『六合の飛行』の作曲者は《大裳》になっているが、これは千里の初期のペンネームである。器楽曲で歌詞は無かったのだが、今回女子高生歌手に歌わせたいのでと打診したら、千里の相棒の蓮菜(葵照子)が幻想的な歌詞を書き下ろしてくれた。初公開となる(後日ボニアート・アサドのCDに収録予定)。そして世界で600万枚売れたワールドヒット『Blue Island』の作曲者《鴨乃清見》の実態は蓮菜と千里である。
 
「まあ、この作詞作曲者の名義だけ見ても、それがケイちゃんと醍醐さんだと気付く人は日本国内でも10人居ないだろうね」
と氷川さんは私に言っていた。
 
「秋穂夢久を知っている人が特に少ないですからね」
と私は言う。
「うん。鴨乃清見は結構知っている人がいる。あの子、わりと大量に名刺を配っているから」
と氷川さん。
 
「ああ、過去に既に200枚以上配っていると言っていた」
 

今日は、11時から姫路スピカ、12時から金華山金管合奏団、13時からボニアート・アサドがリハーサルを行った。ローズ+リリー自体は、ケイの到着が夕方になるのでリハーサル不能である。一応、現時点で来ている人だけ集まり、楽曲ごとの人の出入りを確認する。ローズ+リリーの楽曲は曲毎に演奏者の入れ替わりや楽器の持ち替えが多数発生するので、その楽器は予め持ってステージに上がるのか、それとも誰かが持って来てくれるのか、というのも明確にして行く。
 
「楽器を持ち替える場合は、PAのコードを繋ぎ直したり、ピックアップを繋ぎ直したりすればいいの?」
 
「状況によります。計画表をみなさんにお配りしますし、端末にも表示しますので、その指示に従って下さい。万一間違った場合も、大抵はPA側で対処できると思いますので、間違った!と思っても焦らずそのまま演奏して下さい。もしそもそもケーブルがPAにつながってないなどのトラブルがあったら、手を挙げてステージ脇で待機しているPA技術者を呼んで下さい。PA技術者は緑色のパーカーを着ています」
 
と有咲が説明する。
 
「音出し確認する間を置かずに次の曲に行く場合が結構あるからな」
と鷹野さんが言う。
 
「私、何度か間違った!」
と言っているのは干鶴子であるが、彼女はあまりにも多数の楽器を扱うので、間違うのもやむを得ない所である。
 

16時頃に和楽器奏者たち、17時頃に鮎川ゆまとレッドブロッサムのメンバー、18時頃にヴァイオリニストたち、19時前にムーンサークル、19時過ぎにケイとKARION・トラベリングベルズのメンバーが到着する。
 
「だいぶ揃ったから、一度ステージの出入りだけリハーサルします」
と風花が言う。控室の中に「仮想ステージ」を作り、各々の楽曲で誰が入り何の楽器を演奏するのかのシミュレーションを19時半から20時半まで1時間近く掛けて行った(マリは寝せておいた)。
 
「結構複雑〜!」
 
「よく皆さんこんな複雑な出入りをやってますね!」
と海香が言っている。
 
「男装したり女装したりしている人がうっかり入るトイレを間違いそうになるくらい複雑だよね」
と政子が言うのは、取り敢えずみんな曖昧に笑っておく。
 
「各々の方の出番、次の曲で何の楽器を使うかは、皆さんにお配りした端末にも表示しますし、次にステージに上がる方には私がお声をお掛けしますのでよろしくお願いします」
と風花が言っている。
 
今回のツアーではステージへの出入り、楽器の持ち替えが複雑なので、それを演奏者に指示するために、全員にリストバンド付きの小型スマホを配布していて、そのスマホに表示される内容を見て楽器を持ち替えたり、あるいはステージに出たり下がったりしてもらっている。
 
このスマホは85mm x 42mm 52gという小型のアンドロイド端末で、リストバンドで腕に付けて使えるようにしているが、腕に付けるのが苦手な人には、首から提げるようにしているケースもある。ここに毎回次の曲で何の楽器を演奏すればいいかを表示するようにしているのである。
 
このシステムは実は淳に書いてもらい、本番前にコンピュータに強い月丘さんにその日のセットリストを元にデータ調整をしてもらっている。ソフトのセットアップは淳の指導の下、★★レコードの技術部の人たちが10人掛かりで手分けして行なったが1台につき環境設定まで入れて2〜3時間掛かるので、複数台同時進行できるとはいえ、なかなか大変だったようである。
 
開発にあたっては最初(念のため)千里に打診したら「私がプログラム組める訳無いじゃん」と言っていた!
 
ただ千里は「ステージ上でスマホ使ったシステム作るなら、そのスマホにはアースを付けたほうがいい」と言い、淳も賛成したので、ステージの床に接地する長さのアースを全部取り付けた。おかげで、実際「赤い玉・白い玉」の演奏にもしっかり耐えてくれている。
 

「でも今日はツアーのと少しパターンが違っていたね」
「参加者が違うから担当が変わる曲が結構あるんだよね」
 
「しずかちゃん、七美花ちゃん、照香ちゃんが18歳未満で出場不可。リダンリダンが自分たちのカウントダウンがあるので、代わりにトラベリングベルズに入ってもらいました。七美花ちゃんの担当楽器をレッドブロッサムの4人掛かりで代替します。しずかちゃんの代わりに醍醐春海さんが龍笛、桃川春美さんの代わりに近藤詩津紅がピアノを弾きます」
と風花は説明している。
 
「七美花ちゃん1人を大人4人で代替しなきゃいけないというのが凄い」
「あの子、いろんな楽器弾いてたからなあ」
「七美花の担当楽器は、笙・篠笛・クラリネット・ホルン・サックス・トロンボーンと6個でした」
と私。
 
「すげー!」
「干鶴子もバスクラリネット、マリンバ、トランペット、トロンボーン、ユーフォニウム、シンセサイザ、と6種類演奏しています」
と私は更に言う。
 
「なんで、そんなに弾けるの〜?」
 
「いやあ、あちこち手を出したり『あんたこれ弾いて』と押しつけられたりで覚えたもんで」
などと干鶴子本人は言っている。
 
「ちなみに今日の干鶴子は、バスクラリネット、ホルン、マリンバ、ユーフォニウム、トロンボーン、シンセサイザ、バラライカ、と7種類になっています」
と私。
 
「あ、そんなものだっけ? ホルンとバラライカが増えたから8種類かと思った」
「トランペットがトラベリングベルズの児玉さんが吹けるので外しました」
 
「なるほど。トランペットが無くなったのか」
「でも年明けからのライブではまたトランペットお願いしますのでよろしく」
「OKOK」
 

40分ほど仮眠させてもらう(政子はもう少し前から寝ている)。21時すぎに覚醒する。前座のスピカが最後の曲(自分のデビュー曲『わりと隣にいる女学生』)を歌ってステージを降りる。政子を起こす。
 
トイレに行って来てから顔を洗い、メイクをする。
 
21:30。風花が演奏者を1人ずつ確認して全員揃っていることを確認する。21:35。最初の曲の伴奏者がステージに上がる。拍手が来るので鷹野さんや七星さんが手を振っている。音がちゃんと出ていることを確認する。ここで今日初めてメインスピーカーからの音が出る。これで音響に不安を感じていた後ろのほうのお客さんが、かなり安心したようである。
 
21:40。「まもなくローズ+リリー2016-2017カウントダウン・ライブが始まりますが、出店やトイレに並んでおられる方はそのままの場所でお楽しみ下さい。なお演奏中の離席・戻りは自由ですが、他のお客様の迷惑にならないよう、ひとつ前のブロックのすぐ後ろに設定しております移動経路に沿って移動するなどのご配慮をお願いします」というアナウンスを氷川さんがする。
 

21:44。私とマリがステージに上がる。
 
物凄い歓声が来るので、私たちは笑顔で手を振る。
 
私たちのマイクがちゃんと通っていることを確認する。
 
21:44:50。ステージ脇に振袖を着た和泉が姿を現し「これよりローズ+リリー2016-2017カウントダウン・ライブを始めます」とアナウンスする。和泉の言葉が終わるのと同時に『赤い玉・白い玉』の伴奏がスタートする。そして5万人の大観衆の熱気の中、私たちは歌い始めた。
 
演奏が終わった所で挨拶する。
 
「こんばんは!ローズ+リリーです!」
 
来場の御礼を述べて、今歌った曲と作曲者・東城一星先生のことを話し、それから演奏者を紹介する。そして、次の曲に行こうとした時のことだった。
 

ピカッ!
 
と物凄い光が走るとともにドドドドドドドという感じの物凄い音がした。会場で凄い悲鳴が上がる。マリもびっくりして私にしがみついた。
 
そして電源が落ちた。
 

真っ暗闇の中、私はパニックを防止しなければということだけを考えた。
 
「みなさん、お静かに!」
と大きな声で叫ぶ。
 
「暗い中、勝手に動くと将棋倒しが起きたりして危険です。取り敢えずその場に座りましょう!」
と私は大きな声で言った。
 
私のアナウンスに呼応して会場のあちこちに立っているスタッフもお客さんに「座ってください」と声を掛けている。
 
1分もしないうちに、お客さんはほぼ全員座った様子であった。
 
ステージの脇の方ではレコード会社のスタッフやイベンターのスタッフが走りまわって、情報収集や対策の協議をしているようである。
 
私は伴奏者を全員ステージにあげてくれるよう七星さんに言った。七星さんがいったんステージ脇に降りて行き、氷川さんと話している。それでぞろぞろと私たちも含めて45人の演奏者がステージに並んだ。
 
「電気が落ちていて暗い中不安だと思うのですが、何か対策が決まるまでの間に、取り敢えず1曲演奏します。演奏者の皆さん、アコスティック楽器を持って各々思うままの演奏でいいので音を出してね」
 
と私が大きな声で会場に向かって言うと、客席から結構な数の拍手が来た。
 
「では観客の皆さん、手拍子したくなるかも知れませんが、手拍子を打つと後ろの方まで音が届かなくなると思うので、静かに聴いて下さい。それでは『雪の恋人たち』」
 
拍手があり、それが納まるのを待って、私は風花に持って来てもらった愛用のヴァイオリンRosmarinを抱え、前奏を弾き始める。マリも風花に渡されたフルートを吹く。
 
それに続いて10人のヴァイオリン奏者たちが、私の弾く旋律に合わせるように音を出してくれた。他の演奏者たちも各々の楽器で演奏してくれる。
 
前奏が終わった所で私はヴァイオリンを肩から外すと歌い始めた。
 
マリも一緒に歌ってくれるが、さすがにマリの声は声量が無いので多分近くの席の人までしか聞こえない。私は思いっきり声を出しているので、会場の真ん中付近くらいまでなら届くのではないかと思った。
 
恐らくいちばん音が響くのがヴァイオリンである。それで野村さんと真知子が視線で会話して、私が歌っているメロディーラインをヴァイオリンでそのまま弾き始めた。結局ヴァイオリン奏者の内5人がメロディーラインを弾いてくれる。これで多分私の声が届かない後ろの方の観客にもこのヴァイオリンの音だけは聞こえるのではと私は思いながら歌っていた。
 
(この時、実際には私の声は会場の後ろの方までしっかり聞こえ、マリの声も真ん中より少し後ろのあたりまでは結構聞こえていたらしい)
 

歌い終わった所で大きく拍手がある。
 
そしてそこに麻布先生と有咲ほか数人の音響技術者がステージに登ってきた。
 
「冬ちゃん、このマイクで歌って」
と言ってワイヤレスマイクを渡すので私とマリは渡されたマイクを手に取った。
 
技術者さんたちがステージの数ヶ所にマイクを設置している。
 
「それで補助スピーカーが鳴ると思うから」
と麻布先生。
 
「試してみます。白いスカート、浜辺の砂♪、熱い日差し、君の瞳♪」
 
と私は『夏の日の想い出』の冒頭を歌う。すると会場全体の補助スピーカーのほとんどから音が流れた様子である。物凄い拍手が会場全体から来た。
 
「メインスピーカーは電源が無いと無理だけど、補助スピーカーはバッテリーで駆動させているから電源が落ちていても使えるんだよ。大本のミキシングシステムも電源が復活しないとどうにもならないけど、車に積んでいたテスト用のアンプとトランスミッターを使う。アンプは車に積んでる補助電源で稼働させるけど、マイクが6本しか使えない。だから2本を冬ちゃんと政子ちゃんが持って、残り4本はステージ上のあちこちに置く。楽器単位の音量調整ができない。そのあたりは各演奏者に加減してもらって」
 
「はい、それでいいです」
と私は麻布先生に言い、この渡されたマイクから補助スピーカーを通して、私は予備システムを稼働させたことを観客に説明した。
 
「それではこのまま前半のアコスティックタイムに入ります。暗いのは申し訳ないのですが、このままお聴きください。それとメインスピーカーが動かないので臨場感の乏しい音響になってしまいます。それも大変申し訳ありません。それからトイレなどで移動なさる時は、できたら懐中電灯などを持って、足下に気をつけてください」
 
と私はアナウンスした。
 
このようなことをしている間に、運営スタッフの人たちが場内に数台の車を入れ、その車のヘッドライトで会場内を照らした。これで結構明るくなった。
 
「だいぶ明るくなったね」
とマリが言う。
「うん。でもまだまだ暗いから、みなさん移動は気をつけて下さいね」
と私。
「このくらい明るければおやつ食べるのには困らないよね」
「まあそのくらいは大丈夫じゃない?」
「性転換手術をするのには足りないかも知れないけど」
「なぜそういう話になる?」
 

私は『夜ノ始まり』から演奏する旨を告げ、その曲に参加する演奏者だけ残って、他の人は下に降りた。
 
なお、演奏者全員に配っているスマホだが、会場に持ち込んでいるサーバーと無線LANの親機も落ちているので「オフラインモード」で使ってくれるよう風花が演奏者全員に告げていた。何人か設定変更の仕方が分からないと言って風花や月丘さん・鷹野さんなどが手分けして調整してあげていた。
 
なお、冒頭の『赤い玉・白い玉』で3本の龍笛の内の1つを吹いた林田さんはここであがって、矢鳴さんの運転する千里のアテンザに乗って千葉に向かった。
 
実は林田さんは千葉市内L神社の巫女なので、お正月は朝からお仕事があるのである。それでこの先頭の1曲だけ吹いて、帰ることになっていた。ただハプニングが起きたので、2曲目まで付き合ってくれた。
 
しかし演奏者はみんなプロだけあって、演奏が再開すると、さっと気持ちを切り替えている。何事も無かったかのように演奏する。それで会場内も最初はかなりざわついていたものの次第に平静を取り戻していく。やがて「控えめの音で」手拍子も打ってくれるようになった。
 
しかしトラブルが起きて状況の良くない中での演奏になった結果、会場全体が一所懸命「聴こう」とする雰囲気になり、一体感が増したような気もした。
 
その中で『灯海』『雪虫』『来訪』『ダブル』『あけぼの』『神秘の里』と演奏を続けていく。
 
私は更なる落雷の危険を避けるため、イベント自体を中止する事態になった場合も想定しながら歌っていたのだが、どうも中止にはならない雰囲気である。相変わらずステージ脇では多数の人が走り回っているものの、演奏は続行していいようなのでMCを短めにしながら演奏を続けていた。
 
そして前半のアコスティックタイムもあと少しで終わりという『寒椿』を演奏していた時、突然会場の灯りが復活した。
 
演奏中であるにも関わらず「わあ」という声がかなりあがった。そしてその曲を演奏し終えたところで有咲が駆けあがってきて
 
「冬、電源が復活したから、メインスピーカーを起動する。スタンドマイクの方で何かちょっと歌ってみて」
と言う。
 
それで私は「あなたはいつも私を無視して♪」という『Spell on You』の冒頭を歌ってみた。ちゃんと、私の歌声がメインスピーカーを通して会場に響く。会場全体で物凄い歓声が上がる。
 
「どうしたの?」
 
「さっきの落雷でやられたのは会場そばの電柱だけだから、隣の電柱から線を引いてきて復活させた。東北電力さんに感謝感謝」
 
と有咲が言うので、私は有咲にマイクを向ける。それで有咲が東北電力さんのお陰で、電気が復活したことを説明した。物凄い拍手と歓声があがった。
 
それで前半最後の曲『振袖』は復活したメインスピーカーを通して歌った。会場全体が力強い拍手と歓声にあふれる中、私たちもこの曲を熱唱した。
 

ツアーのいつもの流れだとこの後、ゲストアーティストが2組登場するのだが今日は前半が終わった所で休憩時間ということにした。15分間の休憩が入る。
 
私はステージの脇に降りると氷川さんに訊いた。
 
「結局、イベントは中止しなくてよかったんですね?」
 
「松前会長が、もし何かあったら腹切るから続けさせてくれと言ったんだよ。それで続行になった。実際あそこで中止していたら観客が騒いで、その方がパニックになったと思う。5万人って小さな市の人口だからね。それが制御できなくなったら下手すると死人が出るもん。それに幸いにも雷雲は遠くに行ってしまったみたいだしね」
と氷川さん。
 
「わあ。今回は松前さんに本当にお世話になっている」
 
実際問題として今回特に雷の音などは聞こえていなかったのが、あの時だけ突然落雷したのである。
 
千里が龍笛を吹いた時にはしばしば落雷が発生するが、その場合はたいてい海の上など無害な所に落ちている。今回の落雷とは性質が違うと私は思った。
 
「それと東北電力の人が付いててくれていたので、すぐに対策が取れた。やられたのはいちばん近くの電柱と、この会場に電気を流している配電盤の間だけ。だから隣の電柱から新たに電線を引いてきて、配電盤は新しいのに交換」
 
「それ結構な損害なのでは?」
「復旧の費用負担に関しては後日、東北電力と話し合う」
「それ、必要でしたら、サマーガールズ出版から費用出しますから」
「東北電力と、★★レコードとサマーガールズの三者で出し合うことになるかもね」
 

休憩時間が10分過ぎたところで、ステージにムーンサークルと、トラベリングベルズの海香さんと黒木さんがあがる。この2人の伴奏でムーンサークルが彼女たちの最新の持ち歌を歌う。何のアナウンスも無しに歌い始めたのだが、客席に戻っている人はそこで、トイレや食べ物屋さんの列に並んでいる人はそこで、手拍子を打ちながら聴いてくれた。
 
彼女たちの演奏が終わった所で、振袖姿の和泉が登場し、これより後半のステージを始めるというアナウンスをする。
 
後半はリズミックタイムである。黒木さんはそのまま残り、スターキッズと一緒に『Twin Islands』を演奏する。この曲はベースが2人必要なので、第1ベース(メロディベース)を黒木さんが、第2ベース(リズムベース)をスターキッズの鷹野さんが演奏した。
 
その後、さきほど歌ったムーンサークルが巫女さんの衣装を着て出てきて、『巫女巫女ファイト』を演奏する。この曲は今度はギター2本とベース1本なので、黒木さんは下がり、スターキッズ準メンバーの宮本さんが出てきてセカンドギターを弾いた。
 
その後『かぐや姫と手鞠』『やまとなでしこ恋する乙女』と演奏する。
 
『かぐや姫と手鞠』では手鞠風にペイントしたバスケットボールを撞きながら振袖(ワンタッチタイプ)を着て出てきたのは千里である!(本当はムーンサークルが出てくる予定だった)
 
この曲は今日の計画書では、千里が龍笛を吹くことになっていたのだが、龍笛を持って出てきて吹いているのは、篠笛の予定だった青葉で、篠笛を吹いているのはレッドブロッサムの咲子である。
 
恐らくその場で風花とも話し合ってパートを交替したのだろう。千里はその手鞠風バスケットボールを使って華麗なドリブル技を披露するので、このパフォーマンスに結構会場が沸いたようである。
 
なおステージの様子は、電源が復活したので、会場の途中数ヶ所に設置したモニターのプロジェクタにも表示されており、後ろの人にも見えている。
 

この後ステージは電気楽器を使って、『やまとなでしこ恋する乙女』『青い炎』 『東へ西へ』『門出』『コーンフレークの花』と続いていく。
 
『コーンフレークの花』を歌い終えたのが23:54:28秒くらいだった。そこから会場の3ヶ所に立てられた大きな電光文字式の時計を見ながら、私はMCをする。そして年内最後の曲『雪を割る鈴』を演奏し始める。
 
バラライカ、バヤン(アコーディオンに似た楽器)といった特殊な楽器が入っているが、こういう楽器を知らない人には単に三角形のギターとアコーディオンに見えるかも知れない。
 
この曲は前半は静かにスローテンポで演奏する。ムーンサークルもゆったりした動きの踊りを踊っている。
 
23:59:00。
 

演奏をいったん停める。私はMCをする。
 
「いよいよ、2016年も残り1分を切りました。熊本での大地震など色々なことがあった年ですが、来年は良い年になるといいですね」
 
私は時計の秒数を見ながら話している。その間にスタッフの手で大きな鈴を下げたバスケットのゴールが上手から運び込まれてくる。そして下手からは振袖を着た小風と美空が登場する。小風が大きな剣を持っている。
 
「それではいよいよカウントダウンです!」
と私は言う。
 
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1」
とマリと一緒にカウントダウンする。
 
時計が0:00:00を示した瞬間
 
「Happy New Year!!!」
と一緒に叫ぶ。
 
小風が大きな剣を振って鈴を割る。
 
多数のキラキラするもの(氷の粒)が飛び出す。
 
同時にステージ脇からバスケットボールが飛んできて、ゴールにきれいに飛び込む。
 
そして近くの浜で花火が打ち上げられる。
 
新年になったばかりの空に大輪の菊・牡丹が広がり「わぁ」という感じの声が客席から多数あがる。
 
ズタズタズタズタという威勢の良いドラムスの音が響く。『雪を割る鈴』の後半、アップテンポの激しい曲になる。ムーンサークルも激しいダンスをしている。鈴を割りに出てきた小風と美空、バスケットにロングシュートを決めた千里も一緒に踊っている。
 

やがて歌が終わる。
 
「改めて明けましておめでとうございます。本当に今年は良い年にしたいですね。それではライブは最後の曲になります」
 
「え〜〜!?」
という声が返ってくる。
 
小風と美空が私とマリに1本ずつ、お玉を渡す。自分たちの分も袂から取り出す。千里、ムーンサークルもお玉を持っている。
 
「では最後の曲『ピンザンティン』!」
 
客席でも多数の人がお玉を振っている。
 
私たちは歌う。
「サラダを〜作ろう、ピンザンティン、素敵なサラダを」
「サラダを〜食べよう、ピンザンティン、美味しいサラダを」
 
大きな盛り上がりの中、歌は終わった。
 

演奏終了とともに、私たちは全員ステージ脇に降りる。
 
会場では物凄い熱気でアンコールを求める拍手が起きる。私はペットボトルのお茶を一気飲みする。政子はオレンジジュースを飲んでいる。時計は0:08を示している。
 
「よし、行こう」
と政子に声を掛け、一緒にステージに登る。スターキッズおよび多数の出演者がそれに続く。
 
アンコールを求める拍手が普通の拍手に変わる。私たちが観客席に向かって手を振ると、ひときわ拍手と歓声は高まり、やがて静かになる。
 
「アンコールありがとうございます。この会場は地元の方たちとの約束で0:20までに完全に音を落とさなければならないので、この後2曲演奏させて頂き、それで本当に終了にしたいと思います。『影たちの夜』『あの夏の日』、続けて聴いてください」
 
私たちはまずスターキッズの演奏で『影たちの夜』を歌った。この曲は伴奏しているのはスターキッズのみで、他のあがってきた人たちはバックで踊ってくれるのである!
 
この曲は2010年3月に鬼怒川温泉で体験した不思議な夜のことを歌ったものである。あれはどうしても合理的な説明のできない本当に不思議な体験だったのだが・・・・その後、青葉や千里と出会ってから、何だか私はしょっちゅう不思議な体験をしている気がする!
 
その青葉や千里もバックで踊ってくれている。
 
会場でも多数の観客が立ち上がって踊っている。
 
興奮の中、曲が終了する。
 

スターキッズと踊ってくれた人たちがステージを降りる。
 
私とマリだけが残る。
 
スタッフさんが、キーボードを押して前の方に持ってきてくれる。私がその前に座り、マリはその左側に立つ。リセットスイッチを押してピアノの音にする。タッチコントロールが効いていることを確認する。マリの顔を見て頷き合う。
 
ミードドミ、ミードドミ、ファソファミ・レ・ミ、というブラームスのワルツから借りた前奏に続き、私とマリは静かに歌い出す。
 
『あの夏の日』。2007年8月4日に伊豆のキャンプ場でふたりで作った曲である。あの日から私たちのコンビは始まったのである。
 
そういえばあのキャンプの時は政子に私の胸を触られてしまったから、絶対おっぱい大きくしていることがバレたと思ったのに、バレなかったよなあなどと変なことまで考える。
 
もっともローズ+リリーとしての公式な活動はその1年後2008年8月3日、宇都宮のデパート屋上が最初であった。いや、その前6月29日にストリートライブをしたのもある!
 

やがて私たちの歌が終わる。私は立ち上がり、マリと手をつないで前に出ようとしたのだが・・・・
 
マリはここで私にキスをした。
 
「きゃー!」という声を聞いた気がする。
 
しかしここでマリが私にキスするのは、割とよくあることなので、気にせず一緒に前面に出る。
 
そしてふたりで一緒にお辞儀をした。
 
ここで和泉がステージ脇に出てきて
「以上でローズ+リリー、2016-2017カウントダウン・ライブの全ての演奏を終了します」
というアナウンスを入れた。
 
続いて氷川さんが観客に退場についての案内をする。
 
「旅館・簡易宿泊所とのセット券をお持ちの方で、先頭ブロック以外の方はその場を動かないで下さい。そのブロックの所にバスが行きます。電車または高速ICそばの臨時駐車場にお越しの方はCゲートの所にお集まり下さい。駅や臨時駐車場へのシャトルバスを運行します。電車の駅まで歩いていきたい方は仙台行き臨時便が0:40の発車ですので遅れないようにしてください。また途中に民家がありますので、大きな声を出さずに静かに歩行してください。駅のトイレは既に施錠されています。トイレは会場内で済ませてからお越しください」
 
「なお、ゴミは各自お持ち帰り下さい。座布団や手袋を捨てる場合もいったん自宅などに持ち帰ってから捨てて下さい。その場に放置しないでください。『立つ鳥跡を濁さず』の精神でよろしくお願いします」
 

演奏者・スタッフは、まだ現地に残る人を除いて2台のバスに分乗し、1時間ほど走って遠刈田温泉の旅館に移動した。この旅館は出演者とスタッフだけで利用することになっており、一般の観客は泊めていない。
 
夜中の1時半に旅館に到着。取り敢えず大広間に入って、松前会長の音頭で乾杯をした後、そのまま解散!となる。
 
大半の人が「寝ます」と言って、お弁当・お茶(またはお酒)をもらって各々指定された部屋に入った。部屋はだいたい4〜5人くらいで1部屋使えるようにしている。性別に関しては「自己申告」で、男性・女性・MTF・FTMで分けさせてもらったが、その分類は氷川さんだけが知っている。
 
大広間に残ったのは、私と政子、近藤・七星・鷹野、海香・黒木、和泉・小風・美空、風花、窓香、青葉、千里、ゆま、詩津紅、氷川、綾野、といった面々である。
 
「あの落雷って、千里が龍笛吹く時にいつも落ちている落雷とは性質の違うものだったよね?」
 
「うん。あれは完全に自然現象だったよ。不意打ちだったから、私も対処できなかった」
と千里は言う。
 
「不意打ちでなければ雷をどうにかできる訳?」
と詩津紅が訊く。
 
「青葉なら多分何とかする」
と千里。
「それは無茶だよぉ!」
と青葉。
 

「今年の復興支援ライブはどうすんの?」
と小風が訊く。
 
「今年はどうも★★レコードさんの支援が得られないみたいなんだよね」
と私は言う。
 
「すみません。村上社長が、そんな利益が出ないどころか費用だけ発生するものに社員を使えないとおっしゃるもので」
と氷川さんが謝る。
 
「だから08年組だけでやらない? 出演者も私たちだけ。スターキッズもトラベリングベルズもお休みで」
と私は和泉に言う。
 
しかし和泉が答える前に近藤さんが言う。
 
「俺たちは手弁当でいいよ」
 
「俺たちも自腹でやるよ」
と黒木さんが言う。
 
「まあローズ+リリー、スターキッズ、KARION、トラベリングベルズ、XANFUS, Purple Cats。それだけでやるなら何とかなるんじゃない?伴奏者のお弁当と交通費は私とケイ・マリの3人で負担」
と和泉が言う。
 
「いつやるの?」
「3月11日土曜日でいいと思う。場所は去年が福島だったから今年は宮城県か岩手県のどこかで。空いている会場を探して押さえるよ」
 
千里は手帳を見ていたが言った。
「その日、私はWリーグの決勝戦やってるかも知れないけど、ゴールデン・シックスは空いているから、参加させようか。ゴールデンシックスの分の費用は全部私が出す」
 
「ゴールデンシックスなら同世代だから一緒にやってもいいかな」
と私は和泉と視線を交換しながら言った。
 
「参加ユニットが4つなら会場代とかイベンターへの委託費とかも4者で分担できるでしょ?」
と千里は言う。
 
「たぶんXANFUSは会場代とかまで負担できないと思う」
と私。
 
「だったら、冬、マリちゃん、私と和泉さんの4人で負担するというのは?」
と千里。
「負担できるのはその4人だろうね」
と和泉も言った。
 
「でしたら会場の手配とかだけ私がやります。その分はボランティアで」
と氷川さんが言う。
 
「じゃよろしくお願いします。キャパは1万人くらいが理想ですけど、東北は大きな会場が少ないので5000とかでもやむを得ないです」
 
「了解」
 
「話が決まったみたいだから取り敢えずゴールデンシックスのスケジュールを押さえる」
と言って千里は花野子に連絡していた。
 

「紙の手帳と電話連絡というのが千里らしい」
とゆまが言う。
 
「電子的に記録したものは一瞬で消えるからね」
と千里。
 
「それでどんどん情報が蒸発しているのがマリちゃんだな」
と私。
 
「だからマリちゃんの携帯のアドレス帳はいつも10人程度しか載っていない」
「なんで?」
「携帯が壊れて消えちゃうから」
「うむむ・・・」
 
政子は自分の携帯を出して見ていたが
「今8人載ってる」
と言っている。
 
「ケイ、風花、氷川さん、美空、うちの母ちゃんと父ちゃん、アクア」
と政子は言った。
 
8人と言っておいて、この時政子が挙げた名前は7人だったのだが、その問題には誰も気付かなかったようである(私や青葉など数人を除いては)。
 
私は自分のスマホのダイアリーに予定を入れていて気付いた。
 
この3月11日って、若葉の『ムーラン』の開店予定日だ、と。
 
 
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【夏の日の想い出・翔ぶ鳥】(4)