【夏の日の想い出・男の子女の子】(4)

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さてその★★レコードさんが私たちを心配して付けてくれたドライバーさんの初仕事は1/31-2/01の小田原市での関東クラブバスケット選手権になった。これに千里がオーナー兼選手の40 minutesと、私がオーナーのローキューツが出場するので、私と千里は道具関係を新車のエルグランドに積んで、ドライバーの矢鳴さんに同乗してもらい、小田原に向かった。
 
その間、佐良さんの方は実はリーフに乗って、政子の運転の練習に付き合ってくれていた。
 
なおこのエルグランドには、なぜか雨宮先生まで乗っていた。
 
大会の結果は、1位40minutes 2.江戸娘 3.ローキューツで、3チームとも3月の全日本クラブバスケット選手権に出場が決まった。それでこの3チーム合同で打ち上げをしたが、雨宮先生に言われてこの打ち上げ費用は全額私が出すことになった。更に雨宮先生は、江戸娘にスポンサーが居ないという話を聞き、それなら上島先生に資金提供させるよ、と勝手に決めてしまった!
 

千里は2月1日(日)に小田原での関東クラブ選手権を終えると、2日(月)から就職が決まったJソフトウェアに勤務し始めた。
 
。。。ということだったのだが、2月3日夕方、アクアのデビューCD制作の録音最終日になるということで私が新宿のスタジオに行っていたら、千里がやって来るので私は驚いた。
 
彼女はジーンズにセーターという軽装で、パソコンと(楽器の)キーボードの入ったトートバッグにスポーツバッグを持っていた。メイクはしていない。
 
「今日はもう仕事終わったの?」
と尋ねる。時刻はまだ17時前で、通常の会社が終わる時刻より前だ。
 
この日は平日なのだが、アクアの日程が詰まっているので、学校が終わった後アクアにスタジオに入ってもらい、最終的な歌唱収録をしたのである。
 
「ああ、会社はサボっているから大丈夫」
「昨日から勤務だったんでしょ?早々にサボっていい訳〜?」
「首にされたらされたでいいし」
「まあ、そうだろうけどね」
 
と言いつつも、千里にしては随分無責任だなと私は思った。
 
「今日は午前中に作曲作業、午後にバスケ練習して、その後こちらに来た」
「へー!」
 

今回制作しているアクアのデビューCDは『白い情熱/Nurses run』という両A面の作品で、『白い情熱』は霧島鮎子作詩・上島雷太作曲、『Nurses run』はゆきみすず作詩・東郷誠一作曲である。
 
ただし『Nurses run』は実際には葵照子/醍醐春海で書いたものである。葵照子は2月7-9日の医師国家試験を前に忙しい時期だったのだが、アクアの写真やビデオを見て
 
「可愛い!この子には絶対看護婦役をさせなよ」
 
などと言って、アクアがナース服で病院内を走り回っている所を想像してあの歌詞を書いたらしい。
 
「回文曲」にしたのは、彼女が試験勉強をしている時に椅子からひっくり返りそうになり、身体が逆さまになった状態で作詩ノートを見たのがきっかけで思いついたらしいが、千里は「無茶言いやがって」などとぶつぶつ文句を言いながら曲を書いたと言っていた。
 

この日は私が来た後、上島先生も来たのだが、例によって上島先生は制作にはほとんど口を出さない。私や千里、伴奏音源の制作を主導したGolden Sixのカノン、それに“総責任者”のコスモスが色々指示をして制作は進んでいく。判断が微妙な所や意見が別れた所はコスモスが決めるのだが、コスモスって「耳の音感」は割といいじゃんと私は思った。そういえば彼女はピアノは得意だと、以前紅川さんも言っていたのである。
 
やはり彼女は聴く音は正しく認識できても、その音を自分の声で出せないタイプの音痴なのだろうか。
 
もっとも「どっちの和音がいいか?」みたいな話の時はコスモスには分からないようで、私に決めてと言ってきた。
 
1ヶ所、ここは伴奏を変えた方がいいということになり、千里とカノンが楽器を演奏する場面もあった。千里はドラムスとベース、フルートを吹けるし、カノンもキーボードを弾けるが、本来のギター担当のリノンは(制作の疲労でダウンしているということで)来ていないので、結局私がギターを弾いた。
 
作業が終わったのはもう夜10時半であった。
 
本当はこんな時間まで中学生を働かせてはいけないのだが、スケジュールに余裕が無いのでやむを得ない。
 
「アクアの写真も撮ろうと思っていたけど、今日は疲れているから明日にしよう。明日も悪いけど授業終わったら出てきて」
 
と自分自身がかなり疲労しているような顔のコスモスが言った。
 
「分かりました。お手数お掛けしますが、よろしくお願いします」
とアクアも頭を下げて言った。
 
「まあアイドルの音源製作でここまでこだわる制作者は少ないとは思うんだけどね」
とカノン。
「アクアがあまりにも歌がうまいから、かえって適当なものは作れないという気になる」
と千里。
 

「ああ、適当なもの作るといえば、私のCD」
などとコスモスは言っている。
 
「昔、一緒にコスモスのCD作ったね」
と私は当時を懐かしく思い出しながら言った。
 
「ケイちゃんに色々指導されながら歌っても私の歌はどうにもならなかったね。だからここ数年は、私はどうせ練習たくさんしても改善不能だからと言われて一発録りというパターンが定着してる」
 
「ああ」
 
「その代わり伴奏音源の制作は1曲1週間掛ける。私のCDの価値の80%はオフボーカルバージョンだから」
 
とコスモスは自虐的に言っていたが、ファンの意見もだいたいそうである!
 
「普通CDをmp3プレイヤーやカーナビに取り込んでBGMで聞く人はCDのオフボーカルバージョンを削除して歌の入っている側を残すんだけど、私のCD買ってくれた人は歌の入っているのを削除してオフボーカル版を残すんだよ。エルミ(川崎ゆりこ)もそうしてるって」
 
とコスモスがやや不快そうに言うと、私も千里も笑いをこらえきれなかった。
 

アクアは上島先生が付き添ってタクシーで帰る。千里とコスモス、カノンは電車で帰るということで新宿駅に向かった。私は夜の町を散歩しながら帰ろうと明治通りを南に下っていった。
 
普通に歩けば1時間ちょっとで着くのだが、時々立ち止まっては思い浮かんだメロディーの断片や詩などを書き留めていくので、結構時間が掛かる。
 
それで渋谷駅の近くまで来た時のことであった。
 
目の前を疲れたような顔の千里が通るのでギョッとする。
 
彼女はメイクして(但し少し崩れている)女性用ビジネススーツを着ており、アタッシェケースを持って、(男性用)ビジネススーツを着て色違い同型のアタッシェケースを持った35-36歳くらいの男性と一緒であった。聞こえてきた声では、ふたりはこんなことを言っていた。
 
「さすがに疲れたね。まだ2日目なのにこういうのに付き合わせて御免ね」
「いえ大丈夫です。でも10時間連続の打合せはトイレが辛かったです」
「ああ、女性は男より辛いよね。でもトイレに行きたくなったら遠慮無く中座していいからね」
「今度からそうします」
 
「でも、村山君がオンライン・トランザクション処理のメカニズムを詳しく説明してくれたので、向こうさんもこちらをかなり信頼してくれた感じだよ」
 
「たまたまそのあたりは勉強していたので」
「まるで開発経験があるみたいだった」
「ハッタリです」
「そのハッタリが、君は凄いね!」
 
千里・・・だよな?と私は思う。男性が「村山君」と言っていたし。
 
向こうはこちらに気付いていない感じで、そのまま渋谷駅の中に入っていった。
 
あれが千里だとすると、彼女はどうも今の時間まで客先でシステムの打合せをしていたような雰囲気である。
 
さっきのスタジオでの作業を終えてから行った?
 
いや、それはあり得ない。
 
スタジオを出たのは23時前で、今は0時ちょっと過ぎである。あの後どこかを訪問して今打合せが終わって出てきたのなら、打合せの時間は30分も無かったであろう。
 
そもそもふたりは「10時間連続の打合せ」などと言っていた。
 
やはり千里とは別人??
 
千里のそっくりさんで、名前が村山?
 
でも確か「まだ2日目」とも言っていたぞ。やはりあれは千里だとしか思えない。
 
まさか、千里って2人いるんだったりして?? それでひとりは「マジメ」にソフトウェア会社に勤めていて、もうひとりは「会社サボって」作曲したりバスケしたり、アクアの制作に立ち会っていた???
 
私はしばらくそこで立ち尽くして考えていた。
 

2月5日、私はアクアから個人的に内緒で相談したいことがあると言われ、リーフで出かけていって彼を拾い、モスバーガーのドライブスルーで食べ物をピックアップした上で、それを食べながら車内で話をした。
 
彼は正直に自分は声変わりしたくないのだと言った。
 
ああ、やはり川南に騙されたふりをして結構女性ホルモンを飲んでいたのはそのあたりのせいだったのかなと私は思った。彼はどうもどの程度女性ホルモンを摂れば、身体を女性化させることなく、男性化を止めておけるかの「加減」を知りたくて私に相談してきた雰囲気があった。
 
しかしそういう話なら、お薬で調整するより、青葉に頼んだ方がいいと私は思った。
 
それで私は紅川さんに電話して、アクアを3月15日(日)のKARION金沢公演にゲスト出演させる話をまとめた。そしてそのついでに青葉のセッションを受けさせようという魂胆なのである。土日の日程が仕事で詰まっているアクアを北陸まで連れて行くには、そこに仕事を入れさせるのが最もスムーズである。普通にプライベートな用事を入れようとしても、仕事優先ということになってしまう。
 

2月7日(日)。
 
アクアは放送局でクイズ番組の収録に出た後、事務所デスクの田所さんから「見て欲しいものがある」と言われて、倉庫のような所に連れて来られた。
 
「あのぉ、これ何でしょうか?」
「アクアちゃん宛に送られてきたバレンタインのチョコ」
「あははは」
「14日までに、多分この3倍くらいになると思う。チョコ以外にマフラーとかセーターとか、スカートとか、あと、かなりの量の女性ホルモン剤と思われるお薬があるんだけど」
 
「あははははははは」
 
「これどうしたい?」
「今まで先輩たちのクリスマスとかホワイトデーとか誕生日とかのプレゼントはどうしていたんですか?」
 
「基本的に有名菓子店とかメーカー、デパートなどからの直送品は福祉施設などに寄付。手作りと思われるもの、発送状況が確認できないものは全て廃棄。もったいないけど、万一変なものでも混ぜられていたら危険だから」
 
「じゃ、これもそれに準じて処理していただけませんか?」
「了解。そういうことにするね。一部はもらっておく?」
「じゃ一部」
 
「お洋服とかは?」
「他の方はどうなさってます?」
「高価なブランド物とかは福祉施設への贈り物としてなじまないから衣装としてキープ。実際初期の頃プレゼントしたら入居者間で取り合いの喧嘩になっちゃったことがあって、それ以降高価なものは贈らないことにした。普及品は福祉施設へ。デザインに難があるものは廃棄。手作りのは悪いけど廃棄。高価ではないブランド品とかでサイズが合う物は本人へ」
 
「ではそれに準じて」
 
「OK。じゃ選別してアクアちゃん家(ち)に届けるね」
 
「お手数おかけします」
 
「ファンクラブの会報とかホームページにも一応そういうポリシーは明記しているし、まあ送る側もそのあたりの事情を察して直送にしてくれる人が多いし、そのファンからの応援の大半を福祉施設に寄付できるから、結果的には社会の循環の一部を担っていることになるんだろうけどね」
 
「ありがたいですね」
 
「ちなみに女性ホルモン剤はどうする?」
「すみません。全部廃棄で」
「一部はもらっておく?」
「要りません!」
 

田所さんと別れてから、電車で帰ろうと思ったものの、本屋さんに寄って行こうかと思い直し、新宿に移動した。それで紀伊国屋の方に歩いて行っていたら、バッタリと、彩佳・桐絵・麻由美の3人組と遭遇する。3人とも龍虎のクラスメイトである。
 
「どこ行くの?」
と龍虎は訊いた。
 
「バレンタインのチョコ買いに」
「すごーい。新宿まで出てきたんだ?」
「まあ他にも用事はあったんだけどね」
「デイヴィッド・ハミルトンの写真展があってたんだよ。凄く美しかった」
「へー。Hな写真とかじゃないの?」
「その女性のヌードが美しいんだ」
「中学生が見てもいいの?」
「一応15歳以下禁止だった」
「でも高校生の振りすれば問題無い」
「そうか」
「だから少しお姉さんっぽい服着てきた」
「なるほどー」
 
「龍はお仕事?」
「終わった所」
「じゃバレンタインのチョコ買うのに付き合わない?」
「いいよー。ボクも買わなくちゃと思ってた」
「ほほお」
 

それで結局4人で伊勢丹まで歩いて行く。バレンタインの特設スイーツ・コーナーに行くと、まるで女子校に来たかのように女の子たちでいっぱいである。
 
「でも龍とはよく一緒にバレンタインを選んでいる気がする」
と桐絵が言う。
 
「私は小学1年の時からもうこれで7年連続だな」
と彩佳。
 
「凄い」
「龍ちゃん、誰に贈るの?」
「お父さんと、もうひとりお父さんのお友だちで、ボクと良く遊んでくれていたおじさん」
 
龍虎が毎年バレンタインを贈っているのは、田代父と上島さんである。なお、龍虎の事務所内では「虚礼廃止」ということで、お互いにバレンタインやホワイトデー、誕生日プレゼントなどは原則としてしない取り決めになっている。
 
「へー」
「好きな男の子とか居ないの?」
「ボクは男の子には興味無いよぉ」
「まあ女の子にも興味無いよね」
「うん。実はそう」
「女の子には興味無いみたいだなというのは感じてた」
 

「しかしいろんなチョコがあるね〜」
「見ているだけで楽しいよね」
 
などと言って見ていた時、女子高校生っぽい3人組がチョコを選んでいた。
 
「今年誰に贈るの?」
「私は**さんと**さん」
「ああ。**さん人気だもんね〜」
「たぶんチョコが20-30個集まるよ」
「彼女にしてもらえるとは思わないけど、ちゃんと『ありがとう』と言って受け取って握手してくれるから好き〜」
「まあ恋愛可能性が無いと思うと、結構こちらも気軽に贈れる」
 
「**子は今年もタレントさんに送るの?」
「うん。今年はWooden Fourの本騨真樹くんと、スカイロードのkatahiraくんとあとアクアちゃんに送る」
「おお」
 
そんな会話を耳にして、桐絵たちは一瞬お互いの顔を見合わせた。当のアクア本人がまさかすぐ近くに居るとは思いもしないだろう。
 
「ねね、こないだふと思ったけど、もしかしてkatahiraってキャタピラーから取ったの?」
「そうそう。スカイロードは全員建設土木機械系の名前なんだよ。リーダーはkomatsuだし、kubota, katahira (Caterpillar), keitoは実はカトウ(KATO)の英語読み。加藤製作所は除雪車とかクレーンのメーカー。kitagawaもクレーンとかのメーカー。そもそもskyroadって実は橋のこと」
「そうだったのか!」
 

ところで今日のアクアは七分丈のジーンズにハイソックス、バッシュに上はブルーのダウンコートを着ている。ちなみに彩佳はピンクのダウンコートを着ているが、これは先日アクアが夜帰宅する時に借りたものである。むろん翌日には返した。
 
「でもそういうタレントさんとかに贈って受け取ってもらえるの?」
とひとりの子が尋ねる。
 
「買って自分で包装して送ったらダメ。お店から直送にしてもらうんだよ。そしたら福祉施設とかに寄付してくれるはず」
 
「へー!」
「個人が包装したものは、頭のおかしな人が変な薬とか自分の体液とか混ぜていたりする危険があるから全て廃棄される。お店の包装がされているお菓子を個人が発送したものとかも、注射針でそういうの入れてたら見た目では分からないじゃん。だから個人発送の物は問答無用で廃棄」
 
「なるほどー」
「お店からの発送というのが必須なんだよ」
「でもそれだとメッセージとか添えられないよね?」
「それは別途ファンレターで出すしかない」
「なるほどね〜」
 
「メッセージカード添えて発送してくれるお店とかないの?」
「それは郵便法違反になっちゃうらしいんだよ」
「面倒くさいね!」
 

「だけど、プレゼントしても本人は受け取ってくれなくて、福祉施設とかに贈られるんでしょ?何か意味無くない?」
とひとりの子が訊く。
 
「ところが、ルールを守ってお店からの直送でプレゼントしてくれた子限定で特別なお礼ハガキがもらえる事務所もあるんだよ」
 
「へー!」
 
「Wooden Fourの場合はメンバー5人の誰に出した場合でも、5人が全員映った写真の絵はがきでお返事がもらえる。他には出ない、このお返事専用の写真を使うんだよ」
 
「微妙にファンの心をくすぐるやり方だ」
 
「アクアちゃんの場合はどうなるか分からないけど、あそこの事務所はこれまでのアーティストの場合、各々の宛名のタレントさんのライブショットとか写真集とかに収録されたののアングル違いみたいな写真の絵はがきでお返事を出してくれている。多分アクアちゃんもそういう処理になると思う」
 
彩佳たちは「へー」と言って顔を見合わせる。
 
「そうなの?」
と桐絵が訊くと
「ボクも知らなかったけど、他の人と同様の処理でと言ったから多分そうなると思う」
「ほほお」
 

「アクアちゃんなら女装写真だったりして」
などと女子高生たちは言っている。
 
「実は密かにそれを期待している」
「でもあの子、すっごく可愛いよね。実は女の子ってことないの?」
 
「あの子、声は女の子みたいな声だけど、話し方が男の子の話し方なのよ。だから男の子というのは間違い無い」
 
これにも桐絵たちは顔を見合わせて「へー!」という表情をする。
 
「あるいは女の子になりたい男の子だとかは?」
「その疑惑はあるけど、取り敢えず今はあんな美少年の弟がいて『お姉ちゃん』とか言われたらとか夢見てる」
 
「ああいう弟が居たら、私絶対女装させてる」
「うん、それ同感」
「おちんちん切って女の子になっちゃわない?とか言葉責めして、その気にさせたくなる」
 
「やはり食事に女性ホルモン混ぜて次第に女性化させていくとか」
「おっぱい膨らんで、おちんちん小さくなっちゃったところで眠り薬飲ませて病院に拉致して、手術して女の子にしちゃう」
 
「そういうの妄想している子、かなりいるみたいだよ〜。その類いの書き込みはネットでかなり見た。スカートとかブラジャーとかプレゼントした子もかなりいるみたいだし」
 
彩佳たちは苦笑しながら、女子高生たちのそばから離れた。
 

バレンタインを選び終わった後、マクドナルドに入って少しおしゃべりをする。
 
「龍って、男の子の話し方も女の子の話し方もできるよね」
と彩佳が言う。
「え?そうだっけ?」
と麻由美が言う。
 
「学校の授業とか、あるいは男の子と話しているときは男の子の話し方してる。でも女の子と話してる時は女の子の話し方してる」
と彩佳。
 
「『ぼく』というのも2通りのイントネーションがあるなと思ってた」
と桐絵。
 
「男の子と話してる時は僕と言う」
と龍虎は言う。
「女の子と話してる時はボクと言う」
と龍虎は話し方をチェンジして言った。
 
「今の前半は男の子が話してる感じだった」
「後半がいつもの龍だ」
 
「ついでに言うとスカートとか穿いてる時はしばしば『わたし』とか『あたし』とか言うこともある」
と彩佳。
 
「この3人にはあたし、スカート姿もかなり曝してるなあ」
と龍虎は苦笑しながら言う。
 
「今の『あたし』って凄い自然だった」
 
「脳内でスイッチ切り替える感覚なんだよ。切り替えに0.3秒くらい掛かる」
と本人。
「そのスイッチ切り替えた時に表情も変わる」
「ふふふ」
「男の子モードになってる時は雰囲気も男の子になっちゃうからこちらも緊張する。でも女の子モードになってる時は他の女の子の友だちと同じ。何も緊張しない」
 
「龍と一緒に居ても男の子のそばに居る気がしない」
と桐絵は言っている。
 
「本人が女の子になりきってるからね」
 
「要するに龍って天性の女役ができる俳優なんだ」
と麻由美が感心したように言う。
 
「歌舞伎とかの家に生まれてたらすごい女形(おやま)になってたと思う」
 
「スイッチ切り替えたら、お股の形も変わってたりして」
「まさか!」
「龍、今、おちんちんあるよね?」
「あまり自信無ーい」
と龍虎は苦笑しながら言った。
 

「そういえば龍って個人的にバレンタインもらったことある?」
 
「無い。ボクは女の子の友だちからは女の子の一種みたいに思われているんだと思う」
 
「ああ、確かに私もそういう認識のような気がする」
 
「龍といちばん親しい気がする彩佳は、龍に贈ろうと思ったことは?」
 
「一度もそういうことを思った記憶は無いな」
と彩佳。
 
「やはり龍は恋愛対象外だよね。いい意味でね」
と麻由美。
 
「うん。だから龍とは安心しておしゃべりできるけどね」
と桐絵。
 
龍虎は彼女たちの言葉に微笑んでいた。
 

「でもスカートとかブラジャー贈ってる子がいるとか言ってたね」
 
「実はここに来る前に今の時点で届いているプレゼントの山を見てきたんだよ」
 
「おお、やはりもう来てるのか?」
「スカートとかもあると言ってた。実はこれまでもスカートとか可愛い下着とかのプレゼントは来てる」
「それどうするの?」
 
「福祉施設とかに贈るのもあるし、まあ一部は自分で着てもいいかなというので、もらってくる」
 
「龍が女物の服を着ているのは今更だよね」
「そういえば一緒にブラ選びしたことあった」
「桐絵のお母ちゃんと一緒にランジェリーショップに行った時、一緒に行ったよね」
「なんか行くの断りにくかったし」
「まあ龍はランジェリーショップに居ても違和感無いから」
 
「でも買わなかったよ」
 
「あれ龍はどんなブラ選ぶかなと密かに期待してたのに」
「ボクはブラの試着できないし」
「でもサイズは測られてジュニアブラのSでいいと言われていた」
「でも実は龍はA65のブラで行けることを私は知っている」
「こないだから、ローズ+リリーのマリさんとか、XANFUSの音羽さんとか、先輩の川崎ゆりこさんとかから、随分ブラジャーとか、ブラとパンティのセットとかもらった。みんなB65とかC65のをくれたから、カップが余っちゃって」
 
「それはパッド入れたらいいと思う。バッド持ってないの?」
「持ってるけど、パッドまで入れたら女装になっちゃうし」
 
「ブラ着けてる時点で女装じゃん!」
 

2月8日(月)、青葉が修学旅行(名目上は研修旅行:本来富山県の高校では修学旅行は行われていない。今回の研修旅行も社文科のクラスのみらしい)でヨーロッパに行くので、8日朝は桃香と千里が成田空港に見送りに行った。帰国は2月15日である。(高岡からバスで往復なので、学校発は7日夕方、学校着は16日朝)
 
その7日から9日に掛けては、医師の国家試験が行われ、葵照子(琴尾蓮菜)やGolden Sixの常連メンバーのひとりである前田鮎奈などが受験した。
 
そしてその試験が終わった9日の夜、試験を受けた蓮菜と鮎奈をねぎらおうと、私のマンションに数人の友人が集まった。
 
なぜ私のマンションに集まることになったのかは実はよく分からない。
 
最初集まったのは、主役?の蓮菜と鮎奈、カノンとリノン、千里と桃香、まだ医学生の奈緒。これに私と政子であるが、昼間来ていて帰りそびれていた和実とあきらと小夜子も話の輪に加わった。ついでに淳まで呼び出されて会社が終わった後、こちらに来た。
 
途中で鮎奈が眠くなってきたと言って帰宅。カノンとリノンも明日音源制作があるからと言って離脱したが、それと入れ替わるように11日発売予定のCDをわざわざ持って来てくれた織絵(音羽)が「あ!お酒がある」と言って座り込み、そのまま根をはやしてしまった。
 
そのあたりから話題は何だか怪しい方向に行き始めた。
 
淳はみんなから「そろそろ性転換手術を受けるべきだ」と言われて、かなり悩んでいた。彼女は女装癖が会社の上司にバレてしまったことから「女性のSEさんにお願いと言われた案件で君、女装して担当して」と言われて、2012年3月以来、もう2年近く「OL生活」をしている。
 
「いいかげんもうちゃんと女の身体になるべきだよね〜」
「会社も淳がその内性転換することを想定していると思う」
「むしろいつまでも性転換しないのは詐欺」
 
「実際問題として、そのおちんちん使ってないんでしょ?」
「えっと・・・」
と淳は言いよどんだものの
 
「私たちはレスビアンセックスしかしないよ」
と和実が言っちゃう。
 
「だったらおちんちん邪魔じゃん」
「常時タックしてるんだろうけど、タックって日々のメンテが凄い大変じゃん。取っちゃえば楽になるよ」
「どっちみちふたりの間には赤ちゃんできたりしないから、おちんちんが存在する必要性は無いよね」
 
などとみんなから言われて、淳もかなり心が揺れていたようである。
 

しかし和実は、実は男同士でも子供を作る方法がある、と言って、男性が遺伝子的な母親になる方法を詳しく説明してくれた。IPS細胞を利用して巧みに本人の遺伝子を持つ卵子を作ってしまう方法(IPS細胞自体を卵子に成長させる訳ではない)で、和実の友人の医学生から聞いたらしいが、動物実験では既に成功しているという。
 
しかし、そういう面倒な事しなくてもセックスして妊娠すればいいじゃんという話になり、今居るメンツの中で、私と千里と和実、ここに居ないメンツで青葉はたぶん妊娠可能という結論?に達する。
 
そして何故か奈緒が妊娠検査薬を持っていて、私と千里と和実に、これにおしっこを掛けて来なさい、などと言う。
 
さすがに私は妊娠する自信は無いと思いつつも、結構不純な動機で私は妊娠検査薬なるものを一度使ってみたかったので、やってみたが、私は−(陰性)だった。和実も−だったが、驚くべく事に千里の結果は+(陽性)だった。
 
「千里、妊娠してるの?」
と言って皆驚いたのだが、当の千里は
 
「私が妊娠する訳ないじゃん」
と笑って言っていた。
 

この時期、私と関わりのあるユニットの作品リリースが相次いでいる。
 
1.21 ローズ+リリー『雪月花』海外版リリース
1.28 AYA復帰作『変奏曲/九十九折り』
(変奏曲は上島雷太、九十九折りは水森優美香/PolarStar)
2.04 KARION 9th Album『四・十二・二十四』
2.11 XANFUS復帰作『Beginning of the Eternal』
2.11 Hanacleデビュー曲『花の優しさ』
2.18 福留彰『遠来橋』
 
AYAとXANFUSが復帰したのは、私は感無量だった。
 
XANFUSの前作『DANCE HEAVEN』は公式サイトの作品リストから抹消されて「無かったこと」にされた。それで今回の『Beginning of the Eternal』が40万枚も売れたことから、連続ゴールド(今作品で15作)は継続しているものとみなされた。
 

2月11日(祝)、龍虎は学生服を着て駅まで来ていた。
 
龍虎が属しているコーラス部の新人大会があるのである。
 
龍虎は習い事としては、ピアノ、ヴァイオリン、バレエをしていたのを昨年夏オーディションに合格して§§プロと契約した時点で辞めている。しかし学校の部活については、学校教育の一環ということで継続していた。しかし来月歌手としてデビューすることになったので、コーラス部側のアマチュア規定に引っかかることから、デビュー前の2月いっぱいで退部することにした。
 
新人大会は年内に市の大会があり、龍虎たちのQR中学は優勝して県大会に進出した。それで今日は県大会であった。これが龍虎がコーラス部員として参加する最後の大会ということになる。
 
ところで龍虎はソプラノである。
 
中学生なので、ソプラノ・アルト・男声という三部合唱なのだが、龍虎は実は男声パートが出ない。それで夏の大会でも今回の新人大会でも、龍虎はひとり学生服を着て、周囲がセーラー服の子ばかりのソプラノパートの所に並んで歌った。
 
合唱のパートごとの位置は、ステージ上手(かみて:舞台から見て左=客席から見て右)から低音→高音の順に並ぶのが一般的で、龍虎以外の男子部員たちが上手(かみて)、アルトの子たちが中央付近、そしてソプラノの子が下手(しもて:舞台から見て右=客席から見て左)に並ぶ。
 
もし龍虎がアルトであったら、アルトの子たちの中でいちばん男子たちに近い所に龍虎を立たせれば目立たないのだが、ソプラノだとそういう訳にはいかない。それでこれまでの大会では龍虎は結構目立っていたのである。
 
ただ合唱というものの規定では、合唱のパートは「声」で分けるのであり、生物学的な性別とは関係無いとされている。だから、男子であっても女声が出れば女声パートで歌っていいし、女子であっても男声が出るなら男声パートで歌ってよい。実際、中学生には、まだ声変わりが来ていないボーイソプラノの子がたまに居るので、こういう光景は全く見られない訳ではない。
 
それでも、夏の大会の市大会・県大会、新人大会の市大会で、他の学校で女子の列の中に男子が混じっている学校は龍虎たちの学校以外には無かった。
 

この日は朝7時集合だったので、龍虎は学生服を着て6:45くらいに駅前の集合場所に行った。何人かギリギリで走ってきた子もいたが7:05くらいまでには全員揃う。それで電車に乗って30分くらい走り、県大会の会場のある町まで行った。
 
そして会場に入ってからロビーで待機している時に唐突に部長の真希さんが言い出した。
 
(後から考えると計画的犯行だった)
 
「田代君さぁ、これまでのように男子制服のままソプラノの列に並ぶと目立つよね」
 
「まあ、それは仕方無いんじゃない?」
と副部長の軽井君。
 
「でも今までは良かったけど、田代君テレビに出て有名人になってるから、その目立っている子が《アクア》だ!というのが分かると騒ぎになって大会が混乱するんじゃないかと私心配で」
と真希。
 
「うーん。じゃパートはソプラノでも、男子の所に立たせる?」
と軽井君。
 
「それでも田代君はちゃんとソプラノ歌えると思うけど、周囲の男子が田代君につられて音程を間違ったりしかねないと思うんだよね。田代君、凄く上手いから」
 
「じゃ、どうするの?」
 
「田代君にはセーラー服を着てソプラノの所に並んでもらうというのはどう?」
 
「え〜〜!?」
と龍虎は声をあげたのだが、軽井君は
 
「なるほど!それはいいアイデアだ」
と言った。
 

「でもセーラー服の予備とか無いんじゃないの?」
と顧問の須賀紀枝先生が言う。
 
このあたりの会話を聞いていると、いったい誰々までが「ぐる」だったのかは判然としない。しかし「主犯」っぽい宏恵が発言した。
 
「龍ちゃんのセーラー服、私が持って来ました」
と言って、バッグの中から取り出す。
 
「うっ・・・」と龍虎は思った。そのハミングミントのハンガーに見覚えがあったのである。それはボクの部屋に掛かっていたハンガーだ!
 
ただ、龍虎はそのハンガーに純粋にセーラー服の上下だけ掛けておいたのだが、宏恵が持っているハンガーには、白いブラウスまで掛かっている。これって、絶対、お母ちゃんも共犯だ!
 
「それ誰のセーラー服?」
と先生が尋ねる。
 
「龍ちゃんのですよ。龍ちゃん、自分のセーラー服を持っているんです」
 
「え〜〜〜!!?」
と部員たちから声が上がるが、続いて出てくるのはこういうセリフである。
 
「そんなの持ってるなら、それを最初から着て来れば良かったのに」
「学校にも普段からセーラー服で出てくればいいのにね」
「龍ちゃんのセーラー服写真、写真集で見ちゃった。凄く可愛い」
「やはり田代はもう女子生徒になるべきだよな」
「いや、実はこっそり手術をして既に女の子になっているという疑惑もある」
「噂で聞いたけど、もう戸籍の上でも女になってるんだって」
「名前はやはり《りゅうこ》の《こ》の字を女の子の子に変えて《龍子》でしょ?」
 
それでみんなから
「じゃ、龍ちゃん、セーラー服に着替えてきなよ」
「じゃ、田代、セーラー服に着替えてこいよ」
と言われてしまった。
 

「で、でも、こういうの制服で出ないと行けないのでは?」
と龍虎は焦って反論するものの
 
「セーラー服は間違い無く制服」
とみんなから言われてしまう。
 
「何なら着替え手伝おうか?」
と宏恵は言うが
 
「いい!自分で着替える」
と龍虎は言うと、宏恵からハンガーを受け取る。
 
彩佳になら、下着姿とか裸とかを見せても平気なのだが、宏恵に見せるのは緊張する。もっとも龍虎は小学6年生の修学旅行の時に女湯に連れ込まれてしまったので、その時クラスの女子全員の裸を見ているし、自分の裸も全員に見せているのだが。
 
ともかくも龍虎はそのハンガーを持って、会場の“女子トイレ”に入って行った。
 
一瞬、部員たちが顔を見合わせる。
 
「学生服姿で女子トイレに入って騒ぎになったりしない?」
「いや、龍は学生服を着てても男装女子中生にしか見えないから問題無いと思う」
「確かに」
 
「でも田代、何の抵抗もなく女子トイレに入った気がする」
と男子から声が上がるが
 
「まあ学校でもよくふざけて龍ちゃん女子トイレに連れ込んでいるし」
と女子からの声。
 
「つまり女子トイレに慣れているのか!」
 

それで実際部員たちが待っていると、3-4分でセーラー服を着た龍虎が出てくる。
 
「可愛い!」
「似合ってる!」
と女子部員たちは嬉しい悲鳴をあげているし、男子部員たちも
 
「すげー。ちゃんと女子に見える」
と感心していた。
 
ちなみに女子トイレで何かの騒ぎが起きた気配は無い。
 
龍虎が手に持つハンガーにはワイシャツと学生服上下が掛かっているが、宏恵が
 
「それ預かってあげるね」
と言って、ハンガーごとたたんで自分のバッグに入れた。
 
「でも、龍ちゃん、ちゃんとリボンきれいに結べてるね」
「これだいぶ練習したー」
「最初はうまく結べなかったでしょ?」
「うん。難しかった」
 
「でもいつからセーラー服なんて持ってたの?」
「こないだ知り合いのお姉さんがセーラー服買ってあげるよと言って買ってくれたんだよ。ボクは要らないと言ったのに」
 
「要らない人がリボンの結び方まで練習する訳ないよね」
「うん。なんか龍ちゃん、喜んでセーラー服を着ている気がする」
 
「別に喜んではないんだけど・・・」
 
「恥ずかしいとかは感じないんでしょ?」
「恥ずかしいよぉ」
 
「それは嘘だ」
とみんなから言われる。
 
「龍ちゃんがスカート穿いて町を歩いている所、私見たことある」
と言っている子もいる。
 
「実は小学校の頃は何度かスカートで学校に出てきたこともある」
と古くからの友人がバラしてしまう。
 
「ほほお」
 
「それで明日からはセーラー服で通学してくるんだよね?」
「学生服で来るよぉ」
「恥ずかしがらなくてもいいのに」
 

龍虎はセーラー服を着たままソプラノの子たちと一緒にステージに立った時、これまでのように学生服を着てここに立っていた時より、ずっと気分的に楽な気がした。
 
自分自身がリラックスしているし、周囲の女の子たちも龍虎に対して身構えていない感じがするのである。
 
それで龍虎はこの日の歌唱では、物凄く気持ち良く歌うことができた。
 

結局、セーラー服を着たまま客席に座り、他の学校の歌唱も聴く。途中他の女子に誘われてトイレに行ったが(龍虎がトイレに行けずに我慢しているのではと配慮した子たちが誘ってくれた感じもあった)、龍虎が普通に女子トイレ名物の待ち行列に並んで、おしゃべりしながら待っているので
 
「龍ちゃん、やはり女子トイレに慣れてる」
と複数の子から小声で言われた。
 
トイレを出てから
「龍ちゃん、座っておしっこできた?」
などと心配して訊いてくれた子もいたが、古くから龍虎を知っている子は
 
「龍は男子トイレに入っても個室しか使わない。これ昔から有名」
などと言う。
 
「ほほぉ」
 
「つまり立っておしっこするために必要な器官が存在しないのではという噂は昔からある」
 
「やはり存在しないの?」
「存在してるよー」
と龍虎は困ったような顔で答えたが、若干の後ろめたさもあった。
 

やがて結果発表である。
 
8位から順に学校名が呼ばれる。
 
QR中学は夏の大会では県5位であった。
 
しかし8,7,6,5,4位と名前を呼ばれるもののQR中学の名前は出ない。
 
「あれ〜。今回は入賞を逃したかなあ」
「今日の歌は凄く良くできた気がしたのになあ」
 
などという声が上がる。
 
やがて3位と2位の名前が呼ばれる。どちらも私立の女子中学校だった。
 
「ああ。今回は入賞ならずか」
という声が龍虎の周囲ではしていたのだが・・・最後になって
 
「1位。**市立QR中学校」
 
というアナウンスがあった。
 
「え〜〜〜!?」
という声が上がる。
 
「QR中学さんは代表者3名、ステージにあがってください」
と続けて言われる。
 
部長の真希が
「龍ちゃん一緒に来て」
と声を掛け、部長の真希、副部長の軽井君、そして龍虎の3人で壇上に上がった。
 
優勝の賞状を(セーラー服の)真希、優勝の盾を(学生服の)軽井君、そして賞品目録をセーラー服の龍虎が受け取った。
 
ステージ上で待機していた、2位・3位の学校の代表(どちらも女子中なので全員セーラー服っぽい女子制服である)と、握手を交わした。龍虎も満面の笑みで、2位・3位の女子中の生徒と握手した。つまり壇上にいる生徒は軽井君以外全員女子制服である。
 
そのまま大会長の講評があり、大会は終了した。
 

龍虎は学生服に着替えようと思ったのだが、
 
「電車の時間が無いから、すぐ出るよ」
と言われて結局セーラー服のまま、会場を出て駅に向かう。
 
「でもボク、自分が参加した最後の大会で優勝できて嬉しい」
と素直に龍虎は言う。
 
「龍ちゃんの歌唱が今日は凄くさえてた。それでみんなもうまく歌えたと思う」
 
と部長の真希さんは言う。
 
「うん。龍ちゃん今日はすごく良く声が出てたね」
と顧問の須賀先生も言う。
 
いつの間にか先生も女子たちも、男子生徒を呼ぶ時のような苗字呼びではなく、女子生徒を呼ぶ時のような名前呼びになっている。
 
「新人大会は全国大会が無いからもったいないなあ」
「まあこの後の日程で全国大会があっても、龍ちゃんが参加できないけどね」
 
「龍ちゃん、歌手としても頑張ってね」
「うん。ありがとう」
 
それで龍虎は結局セーラー服を着たまま、電車を降り、駅から自宅まで歩いて帰って、その格好で帰宅したのであった。
 

「ただいまあ」
と言って帰ると、母が
 
「どうだった?」
と尋ねる。
 
「優勝した」
「それは凄い!」
 
「これ記念品にもらったクレージュのボールペン」
と言って、クリップの所が8分音符の形になっているボールペンを見せる。
 
「可愛いね」
「うん。これ宝物にして、これでたくさん詩とか書こうかな」
と龍虎が言うと、母は
「うん。いい詩を書いてね」
と微笑んで言った。
 

龍虎は自分の部屋に戻ると、セーラー服を脱いで、ハンガーに掛けようとしていつものハミングミントのハンガーが見当たらないことに気付く。実は春風アルトさんから「可愛い歌が歌えるように」などと言われて最近もらったものである。
 
あれ?どこにやったっけ?どこかに落ちてる?と思ったものの、仕方ないので取り敢えずマイメロディーのハンガーに掛けた(龍虎の部屋にはサンリオグッズがあふれている)。
 
それで、普段着のチュニックと七分丈のジーンズにフリースの上着という格好に着替えて(龍虎はそれが女物の衣服だということを意識していない)、居間に行こうとしたら事務所から支給されているスマホが鳴る。
 
「おはようございます。アクアです」
「アクアちゃん、今どこ?」
 
と訊いてくる声は、事務の沢村さんである。
「自宅ですが」
 
「じゃ休みの日に悪いけど、至急、赤坂の##放送まで来てくれない?」
「##放送ですか?」
 
「今日8時からのスタジオμで、出る予定だった歌手が1人風邪で倒れたらしいのよ。それで代わりにアクアちゃん出してもらえるらしいから」
 
「何か歌うんですか?」
「まだデビュー曲発表前だから、1月1日に出したビデオの中で歌っていた『恋人たちの海』行ける?」
 
「行けます」
「じゃすぐ来て。電車がいちばん速いと思う。衣装はこちらで準備するから」
「分かりました!」
 

それでアクアは(渋滞を避けられる)自転車で駅まで走り、そこから電車で赤坂の##放送まで駆けつけた。自転車は追って父が回収してくれることになった。
 
何か宝塚の男役?のような衣装を着せられてメイクされ、なぜか花の髪飾りまでつけさせられて、スタジオに行く。
 
たくさんの歌手さんたちがいるので
 
「おはようございます。アクアです」
と挨拶したら、松浦紗雪さんが寄ってきて
 
「アクアちゃん、可愛い! 私、アクアちゃんに会いたかった」
などと笑顔で言い、握手を求めてくるので握手する。
 
「おはようございます、松浦紗雪さん。私も松浦さんの曲、よく聴いています」
「さんきゅさんきゅ。でも私すっかりアクアちゃんのファンになっちゃった」
 
「ありがとうございます。今後もよろしくお願いします」
「今日の衣装、まるで男の人みたーい」
 
「私、男なんですけどー」
「知ってるよー。でもアクアちゃんは女の子の衣装着ればいいのに。せめてスカートにしようよぉ」
 
「いや、そう言われても」
 
アクアが困っていたら、ディレクターさんが
 
「今から着替えさせている時間は無いので、このままで」
と言ってくれたので、アクアは女装させられずに済んだ。
 

やがて番組が始まり、最初はひとりずつ名前を呼ばれて番組のセット中央に設けられている階段を降りていき、挨拶する。
 
その後、ひとりずつ歌い、前後して司会のレイシー(スリーピーマイス)さんとトークをする。トークは基本的に台本のようだが、アクアは突然の参加だったので「申し訳ないけどアドリブで」と言われた。
 
やがて自分の出番になるので、レイシーさんとマジで即興・アドリブで会話をし、それから約3分間、ローズ+リリーの『恋人たちの海』をショートバージョンで熱唱した。
 
今日の歌唱用の譜面は直前に見せられたのだが、うまくノーミスで歌うことができた。歌い終わって、用意されている席の方に行こうとした時、松浦紗雪が凄く厳しい目で自分をまるで睨むように見つめているのに気付きドキッとする。でも紗雪はすぐに笑顔になってアクアに手を振ってくれたので、アクアも彼女に会釈した。
 
松浦さん、どうしてあんな厳しい目をしてたんだろう?ボク何かミスったかな?と思うものの、よく分からない。
 
席に着いた後もカメラで映されている。ここで先日の女装番組でも一緒だった、ハイライトセブンスターズのヒロシさんと即興でジョークの掛け合いをした。
 
天然ボケみたいでいて、意外に絶妙な反応をするアクアに周囲は結構笑っていたようである。
 

この放送では、むろんアクアが出ることは予定されていなかったので、新聞やネットのテレビ欄にもアクアの名前は出ていなかった。しかしオープニングのところで名前を呼ばれ、階段を降りて登場してきたのを見た人が
 
「アクアがスタジオμに出てる!」
とツイッターに書き込む。それで慌ててチャンネルを変えた人が多数出た。それでこの日のスタジオμの視聴率は物凄いことになったようであった。
 

番組が終わった後、松浦紗雪さんから「ぜひお夜食でも」と言われて付き合うことになる。そして「その前にもっと可愛い服着ようよ。買ってあげるから」 などと言われて松浦さんお気に入りのブティックに連れて行かれて、物凄く可愛いドレスを買ってもらった。
 
それでその可愛い服にお着替えしてから、また高そうな洋食店に入って1時間ほどおしゃべりする。むろん双方のマネージャーも一緒である。松浦紗雪さんなら、年齢も離れているし、そういう間違いは無いとは思うものの「アクアを絶対に女性と2人きりにはしない」という原則を守っている。
 

「私、アクアちゃんのファンクラブ会員番号1番になりたいなあ」
などと松浦さんに言われるので
 
「済みません。それ希望者が何人かおられるようなので、後日相談にさせてください。プロデューサーのコスモスに伝えておきますので」
と沢村さんは言った。
 
アクアのファンクラブは12/29の『性転の伝説』放送終了後に募集開始したものの、年内にネットから5万人の仮登録があり、ファンクラブ発足日ということになった2月2日朝までに会費の振り込みをしてネットまたは郵送で登録申請を済ませた人が20万人に達した。
 
会員番号は最初の1000番までを特別な人に贈るためリザーブして、1001番以降を2/2朝の時点で抽選によって番号決定し、会員証(写真付き)を送付している。20万人分の送付には半月以上掛かっており(送付は原則申し込み順)、その後申し込んだ人の会員証は最悪3月以降になりそうである。
 

龍虎が松浦さんと別れて帰宅したのは、23時である。むろん買ってもらったドレスを着ての帰宅である。沢村さんが車で家まで送ってくれた。さすがにこんな可愛いドレスでは電車に乗れないと思ったので助かった。しかし母は服装のことには触れずに
 
「お疲れ様。御飯暖めるね」
と言って、シチューを暖めてくれる。それで龍虎もその服のままシチューを食べる。
 
「突然呼び出されたりして大変ね」
「お母ちゃんもよく生徒さんとかから呼び出されてるね」
「まあ教師は仕方ない」
「たぶんタレントもこういうのは仕方ないよ」
「まあ無理しないでね」
「うん。無理はしないよ」
 
それからドレスは衣装ケースに掛け、お風呂に入ってから、コットンの優しい下着を着けパジャマを着た。自分の部屋に行くと、もうクタクタだったので、何もせずにそのまま布団を敷いて眠ってしまった。
 

翌2月12日(木)朝。
 
龍虎は普段は5時半くらいに起きるのだが、昨夜が結構大変だったので、7時まで寝てしまった。珍しく母に起こされて半分寝ぼけながら朝御飯を食べる。
 
それでもう7時半なので学校に行かなきゃというので、歯を磨いて顔を洗ってからトイレを済ませ、自分の部屋に行く。
 
今日はトランクスの気分では無い気がしたので、ナイロンのパンティを穿く。ピッタリと身体にパンティが張り付く感覚が好きだ。こないだ彩佳から渡されたぷりりのブラジャーを着ける。ライト・バイオレットのキャミソールを着る。夏恋さんに買ってもらったものだが、龍虎のお気に入りの品のひとつである。
 
龍虎は特に疲れている時は女の子下着をつけた方が気持ちが引き締まる気がしていた。
 
学生服で隠れてどうせバレないし今日は体育も無いしと思いブラウスを着てから、その学生服を着ようとして、龍虎は初めてそのことに気付いた。
 
学生服を宏恵から返してもらってない!!!
 
え〜?どうしよう?
 
と思っていたら、母がトントンと部屋のドアをノックする。
 
「龍ちゃん、私もお父ちゃんも出るよ。まだ龍ちゃん出かける準備できない?」
 
「お母ちゃん、ボクどうしよう?」
「どうかしたの?」
 
と言って母は龍虎の部屋のドアを開ける。
 
「昨日学生服を宏恵に預けたまま、返してもらうの忘れてた」
「あぁ・・・。あの後、お仕事が入って、都心まで往復してきたからね」
 
「もう少し早い時間だったら宏恵ん家まで行って返してもらうんだけど」
 
あいにく、宏恵の家までは2kmほどある。
 
「うーん。だったら、そこにある制服を着ていけば?」
と母は指さした。
 
龍虎が母の指さす方向を見ると、セーラー服の上下を掛けたハンガーがある。
 
「それも制服だから、それ着て行ってもいいよね?だいたいあんたブラウス着てるじゃん、今日はセーラー服着ていくつもりだったんじゃないの?」
 
「え〜〜〜? セーラー服着て学校に行くの〜〜〜?」
 
「あんた、そもそもセーラー服で通学したいからそれ作ってもらったんだよね?いつから着て行くんだろうと思ってた」
 
「ちょっと待ってぇ」
 
母は誤解しているのか、それともわざと誤解している振りをしているのか。ともかくも議論している時間が惜しい。
 
「あと3分以内にそれ着たら、学校近くまで乗せていくけど。それ以上遅くなるなら、私たちもうあんた放置して自分たちの学校に行くよ」
 
「待って。1分、いや30秒だけ考えさせて」
と言って龍虎はハンガーに掛かっているセーラー服を見つめた。
 
 
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【夏の日の想い出・男の子女の子】(4)