【夏の日の想い出・男の子女の子】(1)

前頁次頁目次

1  2  3  4 
 
「え?うそ?君、男の子なの?」
とゆみは驚いたように言った。
 

AYAのゆみはこの春から、何のアナウンスも無いまま実質休業していたのであるが、10月27日にふらりとケイのマンションを訪れ、半月前に北原春鹿(戸奈甲斐)さんと一緒に作った歌『Step by Step』のCubase Dataと自身で歌った仮歌の録音を渡し、
 
「これローズ+リリーで歌ってくれない?」
と言った。
 
北原春鹿はAYAのインディーズ時代の楽曲を書いていたアキ北原(故人)のお姉さんである。
 
ゆみがケイのマンションを訪れていた時、ちょうどそこに別件で醍醐春海先生が来訪。醍醐先生が占いの達人であることを知っているゆみは、自分の運勢を占って欲しいと頼んだ。それで醍醐先生が占ったら北の方位で運が開けると出た。そこでゆみは愛車カイエンに乗って北海道旅行に出てみることにした。
 
大洗からフェリーで苫小牧に上陸し、帯広→道東→旭川→稚内→利尻・礼文→留萌→札幌と移動し、その間にチェリーツインの人たちと遭遇して美幌の牧場にも立ち寄った。ゆみは美幌から旭川に戻る途中、カイエンを運転してくれた桃川春美さんから彼女の悲しい半生を聞き、また稚内・礼文までの往復に同行してくれた細川理歌からは理歌の祖母の話と、醍醐先生の“夫婦事情”を聞き、ゆみは自分の育った家庭以上にややこしい家庭が世の中にはあるものだということを知る。
 
10.28大洗 29苫小牧 30支笏湖 31,1日高 11.02襟裳岬 3帯広 4釧路 5根室 6納沙布岬 7知床 8サロマ湖 9屈斜路湖・摩周湖・阿寒湖 10,11層雲峡 12旭川 13美幌 14旭川 15稚内 16野寒布岬・宗谷岬 17利尻・礼文 18稚内 19留萌 20札幌
 
そして11月21日、理歌とともに醍醐先生の妹・村山玲羅の自宅を訪問。そこに身を隠していた元XANFUSの音羽と会った。音羽はゆみに、醍醐先生のもうひとりの妹である川上青葉にヒーリングをしてもらうことを提案。青葉は翌22日に札幌に飛んできて、セッションをしてくれた。
 
音羽はゆみがこの旅行中に書いた詩の中から『Take a chance』という詩に注目。これに曲を付けた。そして翌23日、醍醐先生のお勧めの旭川のスタジオでこれをふたりで歌い録音してもらった。そしてふたりが帰ろうとしていた時、偶然新人歌手・丸山アイの応援に来ていた∞∞プロの鈴木社長と遭遇する。
 
鈴木社長はゆみと音羽のユニットにXAYAと命名するとともに、音羽に自分の所と契約しないかと誘った。
 

にわかにやる気が起きてきたゆみは、翌11月24日車を札幌に置いたまま、単身飛行機で東京に戻り、ローズ+リリーの『Step by Step』の音源制作に参加した。その制作中に、AYAの元マネージャー高崎さんと、バックバンドのリーダー杉山さんが来たが、ふたりはゆみに笑顔で手を振っただけで帰って行った。
 
この音源制作は27日に終わったが、ゆみはこの音源制作自体でもかなりの刺激を受けたものの、同時に自分の歌唱力が落ちていることを痛感した。それで11月28日、ゆみは醍醐先生に電話を掛けた。
 
「先日から色々お世話になってます」
「いやいや、こういう時はお互い様だしね。それに私もAYA結成に関わった1人だから」
「そうなんですよね!」
「あの時、私とアキ北原さん、雨宮先生、新島鈴世、毛利五郎、それに松前社長と加藤課長。この7人でAYAのデビューミニアルバム『涙の定期券』の制作会議をしたから」
 
「わっ。そういうメンバーだったんですか!」
「だから実はAYAとローズ+リリーは同じ雨宮先生が影の仕掛け人という姉妹ユニットだったんだよね」
 
「知らなかった!」
 
「XANFUSとKARIONもデビュー前の段階で微妙に絡み合っているし、そのKARIONとローズ+リリーはケイ=蘭子がダブっているし。それとケイはPatrol Girlsに参加したこともあるんだよね。だから実はXANFUSにも勧誘されている」
 
「あ、XANFUSに勧誘された話は聞いたことある!なんかこの4組って元々運命共同体だったのかも知れません」
 
「うん。そんな気がするよ」
 

「それでですね、醍醐先生。昨日までローズ+リリーの音源制作に参加してコーラス入れていたんですけど、私、自分の歌唱力低下に愕然としたんです。旭川で音羽と一緒に歌った時も微妙な違和感はあったんだけど」
 
「まあ、ケイみたいに上手な歌い手と歌うと特に感じるかもね」
「あ!それがあったかも」
 
とゆみは今気付いたように言った。
 
「それで私もっと自分を鍛えないといけないと思ったんです。どこかで基礎的なレッスンを受けられませんかね」
 
「うーん・・・・。30分待って」
「はい」
 
それで醍醐先生からは25分後に電話が掛かってきた。
 
「話付けたから。***ミュージック・アカデミーという所に相馬晃さんという人を訪ねて。取り敢えず1ヶ月程度レッスンを受けられるようにした」
 
「わっ。相馬晃ってラッキーブロッサムの?」
「そうそう。解散した後、ここの先生になったんだよ。担当はギター・ベースなんだけど、相馬さんの生徒ということにして、ボーカルの専門の先生のレッスンも受けられるようにするから」
 
「分かりました!」
「授業料は私がサービスで出してあげるから、頑張ってレッスン受けて」
「きゃー、済みません!」
 
それで、ゆみは毎日そこの音楽学校にレッスンに通うようになったのである。学校側では、有名人ということで個室で個人レッスンを受けられるように配慮してくれた。
 
ゆみはこの通学を快適に感じた。
 
半年間引き籠もり生活していた頃はコンビニとかに行くのもおっくうで数少ない親友の国崎朋香(小学校時代の同級生でリュークガールズのリーダー)や、妹の世都子(遠上笑美子)に頼んで色々買ってきてもらったりしていた。ふたりの友人が代行してくれることもあった。
 
しかし今ゆみはむしろ毎日外に出ることが快感になった。
 
幸いにももう最近はマンションの周辺に張っている記者も居なくなったので、安心して外出することができたものの、それでも人相が分からないように、黒いサングラスを掛けていたし、電車は避けタクシーを使用していた。(カイエンで出かけると駐車場に困る)
 

そしてレッスンに通い始めて1週間経った12月5日。ケイから電話が掛かってくる。
 
「ゆみちゃん、ちょっと沖縄まで来ない?」
「え?」
「ローズ+リリーの沖縄公演にちょっと顔出してくれないかなと思って」
「え〜?幕間ゲスト?それはまだちょっと自信ないんだけど」
 
「それでもいいんだけど、私たちがステージ上で『スーパースター』を歌うからさ、その途中から登場して、メインを取ってくれないかと。私とマリがあすかとあおいのパートを歌うから」
 
「3人バージョンのを使うの?」
「うん。本邦初公開だよね」
「確かに! あれは直前で私1人で歌うバージョンに差し替えて発売したから」
 
「ツアー全部に付き合ってくれてもいいし」
「いや、沖縄だけで遠慮しとく。まだそこまで精神力が戻ってなくて」
「うん。いいよ。じゃ沖縄だけ頼んでいい?前橋さんの許可はこちらで取るから」
「うん!」
 

12月7日、今年のYS大賞が発表された。
 
大賞は、しまうららさんの『ギター・プレイヤー』で、優秀賞は次の9組である。
 
松原珠妃の『ナノとピコの時間』、狩野信子の『みちのく恋の花』、秦野恵子の『心の波紋』、貝瀬日南の『花火恋物語』、谷川海里の『Lancer』、ローズ+リリーの『Heart of Orpheus』、KARIONの『アメノウズメ』、eight-eightの『君の学生鞄』、FireFly20の『体育祭の夢』。
 
私はローズ+リリーとKARIONの両方で受賞したが、私がKARIONの衣装の上にローズ+リリーの衣装を着て“早変わり”していたら、周囲の他の歌手さんたちが笑っていた。珠妃など
 
「もういいかげん蘭子とケイが別人って話はやめたら?」
と言っていた。
 
この日は実はタカの結婚式も行われたので、実際には私と政子はタカの結婚式に出席した後、YS大賞の発表会場に移動した。
 

12月9日には政子が自動車学校を卒業した。
 
この日政子が自動車学校に行っている間に私はΦωνοτονの新しい音源製作の現場を訪れた。音羽と光帆が水を得た魚のように生き生きとした表情で熱心に楽曲の調整と歌の練習をしているのを見て、心が温まる思いであった。
 
12月10日はローズ+リリーの『雪月花』の発売日で、★★レコードで発表記者会見をおこなう。むろんいつものように生演奏でいくつかの曲を披露した。
 
政子は翌11日に運転免許センターに行って筆記試験に合格。緑の帯の運転免許証を手にした。そしてその日の夕方、明日の沖縄公演に行くため私と一緒に羽田に向かった。
 

一方、ローズ+リリーの沖縄公演に顔を出すことになった、ゆみも12月11日の夕方、羽田まで出かけて行った。
 
待ち合わせ場所に行くと、ゆみを見て手を振っているのが秋風コスモスなので一瞬逃げようかと思った。しかしコスモスは小走りでこちらに駆けてくる。
 
「はい、ゆみちゃんのチケット」
と言って那覇空港行きのチケットを渡される。
 
「コスモスちゃんも同行するの?」
「私は今回はちょいと顔出して営業する新人のマネージャー役」
「そんなことやってるんだ!?」
「何か押しつけられちゃったんだよ。君もそろそろ他人をブロデュースする仕事も覚えた方がいいとか言われて」
「すごーい。私はそんな話されたことない」
「ゆみちゃんはまだまだ自分を売るの自体で数年行けるもん」
 
「あ。それでそちらの女の子がコスモスちゃんがプロデュースする子?」
とゆみはコスモスとさっきまで並んでいて、コスモスがこちらに走ってきたので置いてけぼりになり、向こうも慌ててこちらに寄ってきた女の子を見ながら言う。
 
「おはようございます。アクアと申します。よろしくお願いします」
とその女の子はきちんと挨拶した。
 
「おはようございます。AYAのゆみです。よろしくね」
とゆみは言ってから
 
「この子、凄く可愛いね!300年に1度の美少女って感じだよ」
と言う。
 
するとアクアが真っ赤になっている。
 
「300年に1度か。ランクが上がったな。★★レコードの町添部長は100年に1度の美少年と言っていたんだけどね」
とコスモス。
 
「いや、100年に一度よりレベル高いと思う」
とゆみは言ってから、今コスモスが言ったことばに何か違和感を覚える。
 
「待って。今美少年と言った?」
「うん。この子は男の子」
「うっそー!?」
 
「君、男の子なの?」
と本人に訊く。
 
「すみません。ボク男ですけど、よろしくお願いします」
とアクアは申し訳なさそうに言う。
 
「まあ少女と見紛うほどの美少年だよ」
とコスモスは言った。
 

12月7日の夜、佐野と麻央は愛車の青いインプレッサで深夜のドライブデートを楽しんでいた。運転している内に、麻央が佐野のあの付近を悪戯すると、佐野も気分が昂揚してくる。
 
「ね、ね、そのあたりに駐めようか?」
「いいよ」
 
などという会話を経て、佐野は安全に駐められそうな場所を探していたのだが、やがて右手に「道の駅」の看板を見る。
 
「よし、あそこに入れよう」
と言って佐野は対向車がいないのを見て道を横断し、その道の駅の看板のある所に車を進入させた。
 
「駐車場はどこだろう?」
「暗くてよく分からないね」
「うん。街灯とかでもあれば分かるんだけど。もっと内側かな」
 
と言って佐野が車をゆっくりと内側に進めた時のことであった。
 
ガシャッ!
 
という、いや〜〜〜な音がする。
 
「うっ」
「前方に何か障害物あった?」
 
その音は車の前方からしたのである。
 
降りて懐中電灯で照らしてみる。
 
「うっそー!?」
「なんでこんな所に階段があるのさ!?」
 
「要するに、道路から入ってすぐのそのあたりが駐車場だったんだな」
 
「ああ。確かに消えかけた線で駐車枠が書かれている」
「これ見えなかった」
 
この道の駅は道路から入ってすぐの所に横一列の駐車場があり、そこで車を降りて石の階段を登ると、少し広場があり、その先にトイレを含む施設の建物があるという、不思議な構造になっていたのである。
 
「せめて街灯があれば気付いたのになあ」
「トシ、これヘッドライトが左右とも損傷してる」
 
「つーことは朝までここから動けないか」
「取り敢えず車を少しバックさせようよ」
「よし」
 
それで麻央は外に立ったまま、佐野が車に乗り込んでバックさせようとしたのだが・・・・
 
「どうしたの?」
と麻央は車内の佐野に尋ねる。
 
「エンジンが掛からん」
「うそ!?」
 
「ほら」
と言って佐野はキーを回してみせるが、シュルルルというセルモーターの音はするものの、エンジンが掛からないのである。
 
「今の衝突のショックでエンジンが壊れた?」
「エンジンが壊れるほど強くぶつけたつもりは無いけど。配線が切れたかな?」
 
「JAF呼ぶ?」
「明るくなったら、エンジンルーム見て修理できると思うんだけどなあ」
「でも寒いよ。雪も降ってるし」
「だよなあ」
 
それで佐野は結局JAFを呼んだが、JAFの人にもエンジンをスタートさせることはできず、結局レッカー移動ということになる。
 
「あちゃあ。お金が・・・」
「でもここに放置する訳にはいかないし」
 

2014年の12月は慌ただしく過ぎていった。
 
11月末までにローズ+リリー『雪月花』の海外版に関する私とマリ側の作業も全て終了したので、12月上旬はKARIONの『四十二二十四』制作の追い込みに集中した。
 
『雪月花』(の日本語版)は12月10日に発売され、予約で80万枚、初動が120万枚に達し、アルバム4連続ミリオン(『Rose+Lily the time reborn, 100時間』、『RPL投票計画』『Flower Garden』に続く)となった。
 
その翌日12月11日、政子が運転免許を取得。そしてその翌日12月12日からはローズ+リリーの全国ツアーが始まった。私たちは11日夕方の飛行機で初日の公演がある沖縄に飛ぶ。
 
今回の沖縄公演に出演するのは、スターキッズ&フレンズ、ヴァイオリン奏者4人、ゲストの小野寺イルザ、そしてアクアとAYAのゆみである。
 
実際にはスターキッズとヴァイオリン奏者は前日に沖縄入りをしている。また小野寺イルザは実は13日に沖縄公演があり、その日程のついでにこちらに出てくれることになっており、12日の午前中に沖縄入りすることになっている。また風花、氷川さん・加藤課長、窓香の4人も前日に沖縄入りしている。
 
それで結局私たちと同行したのが、アクアとゆみであった。
 

政子が出がけにおやつに買ったチロルチョコが無いと言い出し、探し始めたのを「空港で何か買ってあげるから」と言って説得し、何とかマンションを出る。本来乗る予定だった1つ後の電車になってしまったので、空港で落ち合うことにしていたコスモスに連絡を入れた。
 
それで京急を降りてから急いで待ち合わせ場所に行く。コスモス、アクア、そしてゆみがいる。
 
「良かった。間に合った。これケイちゃん・マリちゃんのチケット」
と言ってコスモスが私たちにチケットを渡してくれた。
 
「ごめんねー。雑用までさせちゃって」
とコスモスに言っておく。
 
「まあ今回はどっちみち私は裏方だから」
とコスモスは笑っていた。
 
それで荷物を預け5人でセキュリティを通る。私とマリ、コスモス、ゆみと並んでいると結構目立つので、サインを求められたりもしたものの「ごめーん。今時間が無いから」と言って、握手だけで勘弁してもらった。
 
「AYAさん、活動再開ですか?」
と尋ねてきたファンも居たが
 
「ごめーん。まだ冬眠中。でもそろそろ冬眠の穴から這い出すかも」
とゆみも答える。
 
「ゆっくり待ってますから、無理せずに体調回復させてくださいね」
とそのファンの男性は言っていた。ゆみは彼が離れてから
 
「ありがたいなあ」
とつぶやいた。
 
そしてその様子を見たマリが
「私たちも休業してた頃に、あんな感じでファンに励まされたね」
と言った。
 
ゆみは「あぁ」と当時のことを思い出していたようである。あの時期は私たちが、ゆみに励まされていた。
 

沖縄公演は幕が開いたら観客が1人もいなかった!というドッキリをテレビ局に仕掛けられたものの、20分後に満員の観客で仕切り直し。私たちは2時間半ほどのライブで熱唱した。
 
『雪を割る鈴』で登場したアクアは実は芸能人として一般の人の前に姿を露出させたのは、これが初めてであり、ある意味これがデビューでもあった。
 
どう見ても女の子にしか見えないアクアが出てきて鈴割り役をし、私が“彼”と言及するので会場がざわめく(モニターで映しているのでアクアの顔を会場の後ろのほうにいる人たちもしっかり見ることができた)。
 
「アクア君は間違いなく男の子です。女の子ではありません」
と私が言うと
 
「えーーー!?」
という観客の声。
 
アクアはこれで1000人以上のファンをいきなり獲得した感じであった。
 
ゆみも『スーパースター』の演奏途中で登場して、しっかり6年前に出した自分のメジャーデビュー曲を歌った。私はゆみの歌を聞いてて、先日の『Step by Step』の収録の時より上手くなっている気がした。やはり練習をしているのだろうか。
 

公演が終わった後、加藤課長がまずゆみに尋ねた。
 
「ゆみちゃんさ、だいぶ感覚が戻ってきているみたいだね」
「すみません。色々ご迷惑掛けております」
「いや。今は無理することないからね。でも沖縄だけのつもりだったけど、もう1回くらいどこかで登場しない?」
 
「そうだなあ。じゃ、もう1回だけ」
「どこか日程の希望ある?」
「私、今予定が空白だから、どこでもいいですよ」
「分かった」
 
と言ってから、加藤さんは、コスモスに尋ねる。
 
「アクアちゃんの方も、どこかでもう1回くらい出ない?年内に」
「ちょっと待って下さい」
と言ってコスモスはスマホでコスモスのスケジュールを確認しているようだ。
 
「12月21日(日)は午前中で雑誌のインタビューが終わるので、その後富山に向かえば公演に間に合います」
 
「じゃ、その日お願い」
「分かりました」
と言ってコスモスは予定を入力している。
 
「じゃ、ゆみちゃん、良かったら21日の富山公演でも顔出してもらえない?僕も来るから」
と加藤さんが言う。
 
「いいですよー」
とゆみも答えた。
 
それで12月21日の富山公演でも、今回の沖縄公演同様、アクアとゆみが出演することになった。
 

佐野と麻央は12月9日(火)、中古車屋さんに来ていた。
 
先日道の駅で階段にぶつけて動かなくなったインプレッサはJAFの契約工場まで運んでもらって調べてもらったものの予想外にダメージが大きく「修理するとしたら最低でも50-60万掛かる」と言われ、廃車にすることにした。
 
それで代わりの車を買おうというのである。
 
「こんなことなら、冬子が100万払うと言った時、素直にもらっておけばよかったかな」
「いや、さすがに1週間尾行しただけで100万円はもらいすぎ」
「それでも50万資金があれば、けっこうまともな車が買えるよね」
「まあ、あのインプレッサは8万で買ったからなあ。でもやはり結婚資金に最低30万はキープしておきたいよ」
「じゃ予算は20万以内かな」
「できたら10万以下」
 
そんなことを言いながらふたりが車を見ていたら、中古車屋さんのスタッフが寄ってくる。
 
「車をお探しですが?」
「ええ。なんか安いの無いかなと思って。MT車で」
 
「MT車ですか?ああ、それでしたら、きっとお客様たちが気に入ってくださるものがありますよ」
と言ってスタッフさんが笑顔で連れていく。
 
「わぁ!」
「これいい!」
とふたりが車を見た途端嬉しい悲鳴をあげたのは、トヨタ86GTである。
 
「これまだ1万2000kmしか走ってないんですよ。それでこのお値段ですからお得でしょう?2000cc 6MT FR 200ps。傷とかは全然無いし、禁煙車ですよ」
 
「うーん・・・」
 
と言って、佐野と麻央は車のフロントガラスに張ってあるお値段を見る。
 
「19万円ですかね?」
とわざと麻央が訊く。
 
「あ、いえ、190万円なのですが・・・」
とスタッフさん。
 
この車は定価が279万円だったものである。一応2012年モデルで2年経ってはいるので少し安くなっているものの、なかなか上品なお値段だ。
 
「19万円に負かりません?」
「さすがにそれは・・・・」
 
しばらく押し問答したものの、向こうの雰囲気としてはどんなに頑張っても180万円前後という感じだった。
 
「済みません。予算オーバーです」
「予算はどのくらいで?」
「20万くらい。できたら10万円以下」
 
「え〜〜!?」
 
と言ってスタッフさんがしばらく考え込んでいたが、
 
「あ、これはどうですかね?」
と言って、別の車の所に連れて行ってくれる。
 
「インテグラか!」
「悪くないな」
 
「ちょっと型式が古いんですよ。これ1988年型で。距離も30万km走っているので、このお値段なんですよ。けっこう傷や凹みもありますが、フレームに響くような傷はありません。まあほとんど部品取り用のお値段で車検も付いてませんけど、ちゃんと動きますよ」
 
「少し動かせる?」
「車検切れているので、構内でしたら」
 
それでスタッフさんがキーを持って来てくれて、3人で乗り込み、佐野の運転で構内を少し動かした。
 
「これ結構気に入りました。買います。3万円でしたっけ?」
「5万円なんですけど」
「そこを何とか3万円に」
「無茶言わないでください」
とスタッフさんは言いつつも、こいつら手強いぞという顔をしている。
 
そのあと、主として麻央とスタッフさんの15分ほどにわたる“バトル”で最後は店長さんまで引き出すことに成功し、ふたりはこの車を諸経費込み19万円で買うことに成功した。
 
「いや、うちのセールスに雇いたいくらいだ」
と店長さんは言っていた。
 
見積書を作ってもらったら、結局車の代金は29,000と記入されていた。そうしないと、辻褄を合わせられなかったようである。
 
「では手続き終わりましたらご連絡します」
「はい、それで取りに来ます」
 
むろん、納車費用もカットしたので、自分たちで取りに来る。
 

12月12日のローズ+リリー那覇公演が終わった後、私と政子は翌日の公演地である熊本に移動したのだが、ゲスト出演した、ゆみとアクア、それにアクアの付き添いのコスモスの3人は13日の夕方の便で東京に戻った。
 
羽田空港で、ゆみが「ちょっとトイレ」と言って離れる。するとそれに釣られてアクアも「ボクもトイレ行って来ます」と言って離れる。コスモスは2人の背中を見ていたが、ゆみはむろん女子トイレに入るし、アクアはちゃんと男子トイレに入った。
 
それで荷物の番をするような感じでしばらく待つ。
 
お姉ちゃん、あの人と結婚するんだろうなあ。自分はいつ頃結婚することになるんだろう・・・・でも、このままアクアのプロデューサーってことになったら、ずっと結婚できないかも!?まあそれでもいいけどね。。。などと考えていた時、唐突に中年男性の大きな声が聞こえる。
 
「君、こっちは男子トイレだよ!」
 
あぁぁ、またアクアったら女の子と間違えられたか。どうするかな? と思ってそちらを見ると、その男性に押し出されるような感じで男子トイレから後ずさりで出てきた男の子がいる。最初アクアと思ったのだが服装が違う。
 
あれ?
 
と思って見ていると
「すみません!僕よく間違えられるんですけど男です!」
と明確に《変声済み》の声で男の子が反論している。
 
「あれ?君、確かに男の子の声だね。ごめんごめん」
と男性。
 
そしてちょうどそこに男子トイレからアクアが出てきた。そのアクアを見た男性は「君、ここは男子トイレ・・・だっけ?」と唐突に不安になったようで、男女の表示を探している。
 
コスモスはとても楽しい気分になって、彼らの方に歩み寄った。
 

「へー。小学6年生なんだ?」
と、ゆみが楽しそうに彼に言った。
 
5分後、4人は羽田空港内のレストランに入っていた。好きな物頼んでいいよ。おごってあげるからと言うと「トンカツ定食いいですか?」などというので、コスモスも微笑んでそれを頼んであげた。アクアもハンバーグ定食を頼み、コスモスとゆみはコーヒーのほか、みんなでシェアできるようにピザを頼んだ。
 
「はい。でも小さい頃から、よく女の子と間違えられていたんですよ」
と彼は言う。
 
「お名前聞いてもいい? 私は伊藤宏美、こちらは水森優美香、こちらは田代龍虎」
とコスモスはこちらの3人を一気に紹介した。
 
「はい。アマギセイコと言います」
と彼は答える。
 
「セイコちゃんって、女の子みたいな名前ね」
 
「西の湖って書くんです。なんか中国にそういう名前の湖があるらしいんですよ」
「ああ、あの西湖か!」
 
「僕の両親が西湖に旅行に行った時に、僕を妊娠したらしくて」
「なるほどー。発生場所なんだ!」
 
「でも、そちらのリュウコちゃん?も男子トイレから出てきましたよね?」
 
「僕も女の子によく間違えられるけど、男の子だから。僕のリュウコは空を飛ぶ龍に、吼える虎なんだよ」
とアクアが答える。
 
「わぁっ格好良い!」
 

「でもひとりで飛行機に乗ってきたの?今から乗るんじゃないよね?」
 
「はい。ひとりで福岡のおばあちゃんの所に行って来ました。新幹線より安いし速いから、いつも飛行機使うんですよ。4年生の時までは親と一緒だったんですが、去年からは『もう5年生ならひとりで行けるよね?』と言われて、ひとりで行ってます」
 
「えらーい!」
「しっかりしてるね」
「なんかうちの両親も忙しいみたいだし」
「お父さんは何してるの?」
 
「舞台俳優なんです。母も。実は舞台に穴を開けられないから、僕もひとりでおばあちゃんちくらいは行ってくるんですよ。今回は曾祖父さんの三回忌に両親の代理で出席してきたんですが、夏休みにもひとりで行ってきました」
 
「へー、舞台俳優か。知っている人かな。芸名は?」
「たぶん、ご存じ無いと思います。うちの劇団、あまりお客さん入ってないみたいだし。父は高牧寛晴、母は柳原恋子というのですが」
 
「あら、黒部座なんだ?」
とコスモスが言うと
 
「ご存じなんですか!?」
と西湖は本当に驚いたように言った。
 
「柳原恋子さんって、上野陸奥子さんのお姉さんでしょ? でも柳原恋子さんにこんな可愛い息子さんが居たって知らなかった」
とコスモスが笑顔で言う。
 
「え〜〜!?叔母のことまでご存じなんですか?」
「だって、私、上野陸奥子さんの後輩だもん」
 
「後輩・・・って?」
と西湖は首を傾げながら尋ねる。
 
「私、上野陸奥子さんが所属なさっていたのと同じ事務所に現在所属している歌手で、芸名は秋風コスモスというの」
とコスモスが言うと
 
「うっそー!?」
と言って、西湖は本当に仰天したような顔で立ち上がった。
 
それを見て、ゆみが吹き出した。
 

西湖は秋風コスモスも、AYAも認識していなかったので、こちらはAYAだと紹介すると、またまた仰天していた。
 
「あのぉ、そちらもタレントさんですか?」
と恐る恐るアクアを見ながら尋ねる。
 
「僕は今月末にテレビデビューする予定なんですよ」
とアクアは説明した。
 
「ところで、君、うちのアクアと背丈といい、体格といい、似てるよね。ちょっと並んで立ってみて」
とコスモスが言うと、ふたりは席を立って並んでみる。
 
「ちょっとだけ、西湖ちゃんのほうが低いかな」
とゆみ。
「でもほとんど同じだね」
とコスモス。
「体格もほとんど同じ感じ」
「これなら同じ服が着られるよね」
 
「同じ服って何か?」
「ねえ、君、この子のボディダブルやる気無い?」
「え〜〜〜!?」
「ボディダブルってどういうのか知ってる?」
「はい、それは分かります」
 
「取り敢えずボディダブルをしてもらって、将来的には君も俳優デビューという線とかはどうかな?」
 
「やりたいです!」
と西湖は笑顔で言った。
 
「じゃ、ご両親とも話したいから、都合のつく日時とかを訊ける?これ私の名刺あげておくね」
と言って、コスモスは『ミュージックプロデューサー・秋風コスモス』の名刺を出した。実はアクアのプロデューサーをすることになったので、紅川社長が作ってくれた名刺を渡した第一号であった。
 
「あっ。ただ・・・」
と言ってコスモスは少し考えるようにする。
 
「何か条件とかあるんですか?頭を丸刈りとかくらいは構いませんよ」
と彼は積極的である。
 
「むしろ髪は長いままにしてほしい。それ君が進学する中学校と交渉できるかな?実はアクアは、男の子役と女の子役の1人二役をするんで、西湖君にはアクアが女の子役をする時には男の子の衣装を着て、アクアが男の子役をする時には女の子の衣装を着て、一緒に画面に映って欲しいのよ」
 
「わあ、女の子の服も着るんですか?」
「うん。それをしてもらえるかどうかなんだけど」
 
「僕、女の子の服って着てみたかったんです」
と西湖は笑顔で言った。
 

ローズ+リリーは12月12日の沖縄公演の後は、13日が熊本市、14日は福岡県宗像市(福岡市と北九州市の中間付近)と公演を続けたのだが、この14日に驚くべき報せが飛び込んで来た。
 
&&エージェンシーで悠木朝道社長が解任され、奥さんで副社長だった悠木栄美さんが新しい社長に就任したというのである。
 
XANFUSの件では、11月30日に光帆が&&エージェンシーに対して専属契約の解除申入書を提出したのに対して、悠木朝道社長は逆に光帆が新しいCD制作に非協力的であったとして契約違反を主張し、契約破棄を宣言、違約金1億円の支払いを求めた。これに対して光帆は私からお金を借りて12月3日、その違約金を支払い、光帆は自由の身になった。
 
一方、音羽は12月1日付で@@エンタテイメントと契約。光帆も12月5日付けでそこと契約し、2人は新しいユニットΦωνοτον(フォノトン)を結成。神崎美恩・浜名麻梨奈もここに合流した。
 
それで音羽たちは新たなユニットで活動を再開しようとしていたところでこの《クーデター》が起きたのである。
 
後で聞いてみると、麻生杏華さんが密かに他の株主に根回しをしていた時、悠木栄美さんが★★レコードの松前社長に接触してきて
 
「夫の経営はどう考えてもおかしい」
 
と言い、何か対策を取れないかと相談したらしい。そこで松前社長が町添部長を通して、麻生杏華さんに連絡し、麻生杏華−悠木栄美という秘密会談が都内の料亭で行われた。そこでクーデターの計画がまとまったらしい。
 

栄美新社長は音羽たちと接触し、XANFUSに関する権利譲渡について話し合った。結果、光帆の「契約違反」は&&エージェンシーの誤認であって光帆は違反をしていないことが広告される(光帆の名誉回復)とともに、音羽と光帆が共同で&&エージェンシーに3億円を払ってXANFUSの名前および諸権利(主として過去に発表した曲に関するプロダクション側の権利)を買い取ることになった。この際、先に光帆が違約金として支払った1億円はこれに振り替えることにし、実際2人が新たに支払ったのは2億円である。
 
基本的にアーティストはレコード会社と契約する時、自分たちがリリースした曲を、一定期間は他のアーティストにはリリースさせないという契約条項を入れている。これは自分たちを守るためなのだが、その条項のため、音羽たちのΦωνοτονは過去のXANFUSの曲をカバーすることも許されないのである。自分たちが歌った曲なのに。
 
栄美社長はこの権利を音羽たちに買ってもらったのである。
 
これによって栄美社長は3億円の現金収入を得て、短期間に巨額な赤字を出して倒産の危機もあった同社の経営を立て直すことに成功した。
 
実は同社では10-11月の給料が遅配になり例年なら12月上旬に出ていた賞与も渡されなかったため、社員の間に不安が広がっていたし、一部のアーティストに11月分の報酬が振り込まれなかったことから「どうなっているんですか?」という問い合わせが入る事態になっていた。
 
しかし栄美新社長はこの件について従業員と所属アーティストに陳謝するとともに、遅れていた支払いを実行し、賞与もきちんと払った。むろんこれは光帆たちが2億円を現金で即払ってくれたお陰である。
 
一方で音羽たちは2015年1月以降、再びXANFUSの名前を使うことができるようになるとともに、過去にXANFUSの名前で出した楽曲も今後ベストアルバムなどに収録したり、また新アレンジを発表することも可能となった。
 
結果的にΦωνοτονの名前は1ヶ月弱で消えることになる。
 
なお11月下旬に「XANFUSに追加」された震来と離花は1月以降、新ユニットHanacleとして活動することになった。彼女らのプロデュースは新たに栄美社長が進藤歩さんに依頼して担当してもらえることになった。
 

12月14日(日)の福岡県公演が終わった後、19日(金)の松山公演まで間があるので、私や政子に伴奏者・スタッフなどはいったん東京に戻る。
 
15日(月)の午前中、昨日のクーデターで新社長になった栄美社長から音羽たちにXANFUSの権利買い取りに関する打診があり、それについて私に音羽から(お金を貸してという)相談があったので、私はそれは出していいという返事と、金額について★★レコードあたりに頼んで交渉してもらった方がいいと言った。それでその件に付いては町添さんが、音羽たちと栄美社長の間に入って交渉してくれたようである。
 
ただしその買取資金を私が出すという件に付いては町添さんにも栄美社長にも言うなと音羽たちには言っておいた。自分たちの貯金で払えるように装っておいた方が面倒が無い。音羽たちに実は資金が無いことを町添さんが知ったら、それを★★レコードが買い取りたいと町添さんは言うだろう。
 
音羽たちはこの機会に自分たちの楽曲に関する権利を自分たちで持ちたいのである。
 

この日の午後、政子がせっかく免許を取ったから車を買いたいと言うので日産の販売店まで一緒に出かけて行った。政子はノートに目を付けていたのだが、実際にはそれと似たサイズで、電気自動車のリーフを気に入り、それを買うことにした。そしてついでに、私までエルグランドを買うことになった!(そしてフィールダーは売却することにした)
 
16日は先日千里の尾行をしてくれた佐野君たちに沖縄のお土産を持って行くのとフィールダーを売却することにしたので、どこか高く買ってくれる所を知らないかというのを聞きに行った。
 
すると佐野君たちの車がインプレッサではなく、インテグラになっているので驚く。なんでもインプレッサを「階段にぶつけたら」動かなくなって買い換えたということであった。それでインテグラを買ったのだが、手続きが終わって自分たちで取りに行き、運転して帰る途中で異様に急な盛り上がりになっている踏切の所で、その盛り上がりの乗り越えに失敗し底をぶつけてしまった。その時は気付かなかったものの、あとで調べたらアンダーカバーのボルトが取れていたということで、麻央がその修理をしていた。
 
(車の修理に関しては、腕力を必要とする作業以外は、ガソリンスタンドにも勤めている麻央の方が佐野君より得意である)
 
佐野君は、その手の車を売るなら、あそこがいいはずと具体的なお店の名前を言い、その時はお店での交渉もしてあげるよと言ったので、じゃエルグランドが来た時点で頼むと私は言った。
 
「もしよかったらETCの移し替えとかも頼める?」
「OKOK」
 

その日の午後はまたΦωνοτονの音源製作現場に立ち寄っていたのだが、その最中に作曲家の本坂伸輔さんが急死したという報せが入って来たので、政子を呼び出して一緒に通夜に行くことにした。音羽・光帆も同行した。私はこの時、なぜかふと、先日のテレビ番組で不酸卑惨のメンバーが2008年組をこき下ろすと同時に本坂さんのことも批判していたなというのを思い起こした。後で考えるになぜそのことを思ったのかは私も分からない。
 
ところがこの通夜の席に不酸卑惨の5人が乱入。本坂伸輔はニセ作曲家だなどと言った上で、祭壇に向かって消火器を射出してめちゃくちゃにし、警備員に連れ出される騒ぎがあった。
 

ローズ+リリーの12月21日富山公演は、青葉たちの学校の合唱軽音部に出演してもらった。『苗場行進曲』で、彼女たちに各々の楽器を持ったまま行進してもらう。またオープニングでは、青葉と七星さんのサックスをフィーチャーした『こきりこ』をロック調で演奏した。『こきりこ』は富山県の三大民謡(八尾の『おわら節』、五箇山の『こきりこ』『麦や節』)のひとつで、結構様々なアレンジで演奏されることも多い。
 
実は私は五箇山のすぐ近くの高山の生れなので、小さい頃から『こきりこ』と『麦や節』は聞いていたのである。今回マリには半日レッスンを受けさせている。
 
『雪を割る鈴』では、毎回様々な人に鈴割り役をお願いしていたのだが、この公演でもアクアにやってもらい、聴衆がてっきり女の子と思っているので、「一応男の子です」などと紹介すると「え〜〜!?」という反応が返ってきていた。
 
そういう訳でアクアのお披露目は、正式なデビューとなる12月29日の前に沖縄と富山で2度フライングで行ったことになる。合計約5000人の観客がアクアを見たことになるが、そこからネットでの噂で広がっておそらく数万人規模の人が
 
「近く物凄い美少年アイドルがデビューするらしい」
 
という情報をキャッチした状態でその日を迎えることになる。
 

千里もこの年の11-12月は忙しい時期を送っていた。修士論文はだいたい10月までにほぼ出来ていたのだが、11月は指導教官と話し合いながら最後の調整を掛け続け、中旬にはほぼOKをもらい、12月1日に提出した(最終版を製本して提出するのは3月)。
 
論文提出直前の11月29-30日には水戸市に関東総合選手権(オールジャパン関東予選)を見に行く。自身の40 minutesは東京予選で敗退して出られなかったものの、つい先日までオーナーをしていたローキューツが千葉県代表として出ていたので、それを冬子と一緒に見に行ったのだが、この会場で千里は準優勝となりオールジャパン出場を逃したS学園の篠原監督と遭遇した。
 
監督からは
「君のプレイを少し見せてくれ」
と言われて、大会が終わった後、千里は監督にスリーを撃つのを見せた。またS学園のエースの選手とマッチングの手合わせをした。
 
すると
「全く衰えてないね!」
と言われる。それで篠原さんが監督を務めるユニバーシアード代表の取り敢えず候補として招集するからよろしくと言われた。
 
12月13,21,23日には東京都クラブバスケット選手権があり、40 minutesは決勝戦で江戸娘に敗れたものの、2位で関東クラブバスケット選手権に進出した。
 
実は千里はその試合狭間の22日には貴司と『非結婚記念日デート』をしている。2012年12月22日に「結婚する予定だった」千里と貴司にとってはこの日は『非結婚2周年:綿婚式』で、お互いに練習用の靴下セットを贈っている。
 
貴司は「記念日なんだから、できない?」などと千里に言ったものの千里は
 
「結婚している男性とセックスなんてできません」
といつものセリフを言って『セックスは』拒否した。
 
ついでにやっと安定期に入って、散歩程度はできるようになった安倍子さんのマタニティウェアを選ぶのに付き合い、カルシウム入り煎餅など、妊婦にお勧めのおやつなどを選んでお土産に持たせた。
 
「でも買物助かっているよ。まだとても重たい物なんて持たせられないし」
「まあサポートはしていくよ」
 

12月23日に東京都クラブバスケット選手権が終わった後は、ウィンターカップ見学のために出てきた旭川N高校女子バスケ部有志の子たちを宿泊している安ホテルに訪ねた。
 
「今年本当に惜しかったね」
と千里は声を掛ける。
「あと1歩だったんですけどねー」
と2年生の新キャプテン・志村美月(PF 174cm)が言う。
 
「いや、実力が足りなかったです。私があと2点取っていれば勝てたんだもん」
と1年生の福井英美(C 182cm)。
 
ウィンターカップ道予選で旭川N高校は札幌P高校と延長戦にもつれる死闘の末、1点差で負けている。
 
「インターハイに3年ぶりに出場できたから、この勢いでウィンターカップもと思ったんですけどね」
と3年生で受験目前であるにも関わらず出てきている横宮亜寿砂(SF 165cm)。
 
旭川N高校は2007年から2011年まで5年連続インターハイに出場、特に2008-2010年の3年間はウィンターカップにも出場したものの、2012-2013年は旭川L女子高の後塵を拝してインターハイにも出場できなかった。
 
しかし今年3年ぶりにインターハイに出場することができた。それは何といっても、1年生の福井英美の物凄さによる。彼女は今年のインターハイ道予選、ウィンターカップ道予選の得点女王・リバウンド女王である。今年のインターハイでもその実力を全国に見せつけ、U19代表候補としても招集されている。
 
今回出てきているのは、宇田先生・南野コーチと選手10人で、3年の亜寿砂以外の9人は恐らく来年のインターハイの主力になる子たちだろうと千里は思った。今回は大会に出場する訳ではないので、交通費・宿泊費自費だったのだが、実は千里が交通費だけは負担してあげた。それで貧乏なので行けないと言っていた1年生の三井秋枝(PG 154cm)も来ることができたのである。(秋枝に関しては実は宇田先生が他の部員には内緒で個人的に宿泊費も出してあげたらしい)
 

今回は、合宿とかではないのだが、レベルの高い試合を見て
「私たちも少し汗を流したい」
という声が出たようである。
 
それであちこち問い合わせてみると、横浜市郊外の公共体育館が25-26日の2日間、午後なら空いていることが分かり、試合を見た後、そちらに移動して練習をしていた。
 
これには東京周辺に居るN高校OGに声を掛けて、結局、千里、暢子、夏恋、川南、雪子、薫、揚羽、紫、ソフィア、それに横田倫代、徳宮カスミ、瀬内鮎美といった面々が参加した。
 
「OGの方が多い!」
「まあ若い人はみな1.2倍くらい頑張るということで」
 
それで最初に練習試合をするとOG組が現役組を圧倒する。マッチングした千里に完璧に封じられて1点もあげられなかった福井英美は試合後、顔面蒼白であった。彼女にとっては物凄く良い経験になったようである。
 
「これはこのまま地獄の合宿に移行かな」
と宇田先生が言うと
 
「ひぇーっ」
という声があがっていた。
 

12月29日。AYAのゆみは、妹の遠上笑美子と一緒に、この6月に亡くなった養父(笑美子の実父)の墓参りをした。そのお墓にゆみのマネージャー井深圭子が来ていた。
 
「私、この業界のことよく分からないし、至らないこと多いと思いますけど、頑張りますから、私と一緒にまた歌手活動しませんか?」
と井深は言った。
 
「そうだね。また少し頑張ろうかな」
とゆみが微笑んで言うと、井深は
 
「張り切って営業して取ってきました」
と言ってAYAスケジュール予定という紙を見せてくれる。
 
「何これ〜〜〜!?」
とゆみは悲鳴をあげた。
 

その日の夕方、ゆみは井深と一緒に$$アーツに行き、前橋社長に深々と頭を下げて、この半年ほどのわがままを陳謝した。
 
「じゃ、また頑張る?」
「はい。頑張りますが、少し手加減してもらえると」
「そんなにきついんだっけ?」
「圭子ちゃんが頑張って営業してくれたらしくて」
「ん?」
 
それで井深からスケジュール表を見せられた前橋は吹き出した。
 
「まあ、この後はもう少しゆるりとしたスケジュールを入れることにしても、お正月はこのペースで頑張ろうよ」
と前橋は言い、ゆみも
「分かりました。ではスケジュールの入っている分は頑張ります」
と答えた。
 

ゆみは前橋社長に、今は打ち込み全盛の時代だけど、だからこそ逆に自分は生バンドと一緒に演奏活動をしたいと言ってみた。
 
前橋さんはしばらく考えていたようだが
「君がそうしたいというなら、それでもいいよ」
と答えた。
 
それでポーラースターのリーダー、杉山さんを呼び出し、前橋・ゆみ・杉山の三者会談をした結果、ゆみがポーラースターを雇う形にして、ゆみから毎月ポーラースターのメンツに1人30万円(暫定金額)の給料を払うことにした(振込や源泉徴収などの事務手続きは$$アーツ側でやり、事務手数料をゆみが払う)。
 
「でも杉山君、今ポーラースターのメンツって何人くらい稼働可能なの?」
と前橋社長が尋ねる。
 
「実は残っているのは僕とサックスの神原君だけなんだよ。他の3人は辞意を表明して他の仕事に就いている」
「わっ」
「ベースの諸添君は佐川急便で働いているんだけど、こないだ、もしかしたらポーラースター復活するかもと言ったら『やるやる』と言って、1月いっぱいで向こうを退職することになった。だから2月から稼働できる」
 
「わぁぁ。だったら万一私が復活しないことになったら大変だったのね」
「まあ、ゆみちゃんはゆみちゃんなりの、責任があるよ」
と杉山さんが言うと、ゆみは
 
「この半年間、申し訳ありませんでした」
と杉山さんに謝った。
 
「ドラムスの増川とキーボードの所沢は各々今やっている仕事が簡単には辞められない状況みたいだし、あいつらこの半年全く練習もしてなかったらしい。だから、ドラムスとキーボードは補充が必要」
 
「それ、誰かある程度の技術のある人を探してみようかね」
と前橋社長が言ったのだが、ゆみはある人のことを思い出した。
 
「キーボードは心当たりがあります」
とゆみが言う。
 
「ほほお」
「どういう人?」
 
「チェリーツインの『臨時雇い』状態らしいんですよ。言えばスカウトできると思います」
「臨時雇い?」
「元ラッキーブロッサムのMonkeyさんなんですが」
 
「おぉ!」
「彼なら技術的には全く問題無い」
と言ってから、前橋さんは心配そうに言った。
 
「彼ほどの人なら月30万では無理では?」
 
ラッキーブロッサム時代は恐らく年収が1000万円を越えていたはずである。
 
「チェリーツインは寝る所と食事と、牛乳の配達と雪下ろしの仕事付きで月10万円らしいですから、引き抜けると思いますよ」
 
「牛乳の配達か!」
 

ゆみはもうひとつ、バンドメンバーの収入を確保するため、現在ほとんどの曲を上島先生に書いてもらっているのを、カップリング曲については、ポーラースター名義で出さないかというのを提案した。
 
「それは可能だと思う。上島さんは明らかにオーバーワークで、どうしても楽曲の品質にばらつきがある。ここだけの話」
と前橋社長は言った。
 
「でもポーラースターで書ける?」
「杉山さんには一度アルバムの曲を書いて頂きました」
「去年も一つ作ったけど、他で数が揃ってしまったから使わなかったね」
 
「その曲の譜面出る?」
「この事務所の資料庫にも入れていたはずです。たぶんすぐコピーできます」
と言って席を立とうとするが、前橋さんは彼に「ちょっと待って」と言った。
 
「ゆみちゃん、こないだ北海道に行っていた間に随分詩を書いたとか言っていたね」
と前橋さんが言う。
 
「ああ。はい」
「だったら、ゆみちゃん作詞、杉山君なり神原君の作曲、ポーラースター編曲といった線はどうだろう?」
 
「あ、その方がセールスが見込めると思います。ゆみちゃんもいい年の女性になったから、このくらいの年齢のアーティストが詩を書くのはありだと思いますよ」
と杉山さんが言った。
 
「いい年の男性にならなくて良かった」
「ゆみちゃん、男の子になりたかった?」
「結構なりたかったですよ。まあ女も悪くないかなと今は思っているけど」
 
「じゃ、その件、上島先生の所に相談しに行こう」
と前橋社長は言った。
 
「いつ行きます?」
「今から」
「わっ」
 
 
前頁次頁目次

1  2  3  4 
【夏の日の想い出・男の子女の子】(1)