【夏の日の想い出・男の子女の子】(3)

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アクアは3-5日の3日間名古屋・大阪・福岡とローズ+リリーの公演に出たが、大阪では雑誌社のインタビュー、福岡ではテレビ局の取材にも応じていた。本来は東京でするはずだったものだが、アクアが多忙すぎるので、雑誌社もテレビ局もアクアの行動日程に合わせてくれたのである。
 
雑誌社の方はローズ+リリーの公演の楽屋で、公演の衣装を着けたまま取材に応じたのだが、テレビ局の方は福岡の系列局スタジオに入り、局のスタイリストさんに衣装を選んでもらい、メイクまでした上で取材用の小スタジオに行くことになる。
 
ところが・・・・
 
「あのぉ、この衣装変だと思うんですけど」
とアクアは遠慮がちに言う。
 
「そんなこと無いと思うなあ。君すごく可愛いから、ごてごてした服より、こういうシンプルなドレスの方が似合うと思うよ」
 
とスタイリストさんは笑顔で言っているが、若干「駆け出しの癖にプロの私に文句言うのか?」という雰囲気もある。
 
ちょうどそこにコスモスが入って来た。
 
「アクアちゃん、着替え終わった?」
「こんなの着せられちゃったんですけど」
「ああ」
と言ってコスモスは頷いている。
 
「すみません。スタイリストさん、この子は男の子なので、男性用の衣装を着せていただけませんか?」
と頼む。
 
「え?嘘?」
とスタイリストさんは超絶驚いていた。
 
「でも女の子の下着つけてたけど」
「すみません。悪戯でそんなの着せられちゃったんです」
「でも男の子が女の子下着をつけてるようには見えなかったけど」
「それでみんな面白がってこの子に女装させたがるんですよ」
 

6日は朝一番の飛行機で東京に戻り、日中は『ときめき病院物語』の1〜2回目の撮り直し分を撮影した。院長と社長に絡む部分である。これが早く終わったので番宣用の撮影もすることになり、これが終わったのは夕方4時だった。
 
アクアはタクシーチケット(事務所から支給されている)で自宅に戻って、
 
「お母さん、お父さん、ただいま」
と言う。
 
アクアは花柄のワンピース姿であったが(自分のテレビ番組出演があったコスモスに代わって撮影に付き添ってくれた川崎ゆりこに着せられた)、この程度は田代の父母は全く気にしない。
 
「お帰り。大変だったね」
と母が言うが、ひとりである。
 
「あれ?お父ちゃん、まだ?」
「今日は大阪に研修で行ってるんだよ」
「ああ、そんなこと言ってたね!冬休みなのに大変だ!あ、これ博多で買ってきた。ふくやの明太子と通りもん」
 
「ありがとー。これ好き〜。あ、そうそう。彩佳ちゃん来てるよ」
と母が言う。
 
「え?ほんと?」
「お菓子の方は持って行って、ふたりで食べなよ」
「うん」
 
それで《通りもん》を持って自分の部屋に行くと、彩佳があぐらをかいて部屋に置いていたニコラを読んでいた(ニコラは龍虎の愛読書である。実は川南が毎月ここに置いて行っている)。
 
「待たせた?ごめん」
「ううん。雑誌読んでたから問題無い」
と彩佳は言っている。彩佳も今更龍虎が女の子の服を着ていても驚かない。龍虎のファッションの一部という説明を受け入れている。
 
「ちょっと着替えるね」
と言って龍虎はワンピースを脱ぎ、ポロシャツとジーンズに着替えた。下着はユニセックスなグレイのシャツと女の子でもフレアパンティとして穿けそうなミッキーマウスのトランクスである。彩佳は龍虎の着替えの様子をじーっと見ていたが、龍虎も気にしない。
 
「でも大変そうね〜」
「大変だったぁ。1月1-2日は挨拶回り、3日は早朝から岐阜県まで往復してから東京で会議、そのあと名古屋でライブに顔出しして、4日は大阪で取材のあと公演、5日も福岡のテレビ局で取材の後公演」
 
「龍、私の手の届かない所に行っちゃったみたい」
と彩佳が雑誌を開いたまま龍虎に言う。
 
「ボクはアヤとずっと友だちのつもりだよ」
と龍虎は座りながら言う。
 
すると彩佳は脱力したように
「そうね。友だちだよね」
と言った。
 
龍虎は友だちで無ければ何なんだろう?と疑問を感じた。
 

紅茶も入れて持っていく。彩佳は砂糖たっぷりのミルクティーにし、龍虎は牛乳だけ入れて砂糖無しで飲む。
 
おやつを食べながらしばらくおしゃべりしていたら、母が来て言う。
 
「ごめーん。生徒の保護者さんから、相談したいことがあると言われたからちょっと行ってくる。もう暗くなってきてるから、彩佳ちゃんが帰るときは、龍、ちゃんと送っていきなさいよ」
 
「うん。ちゃんと送っていくよ。お母ちゃんも気をつけて」
と龍虎が言うと、母は車で出かけて行った。
 
その後、龍虎と彩佳は色々おしゃべりをしていたのだが、疲れが出てきたのか龍虎がつい船を漕いでしまった。
 
「疲れたんでしょ? 少し寝るといいよ」
「だったら、その前にアヤを送っていかないと」
 
と言って龍虎が時計を見ると18:10である。
 
「あ、もうこんな時間だもん。ついおしゃべりに夢中になっちゃって」
「実は今日はうち、両親居ないんだよ。ひとりじゃ寂しいから、もう少し居させて」
「だったら、ボクがアヤの家に8時くらいまで居ようか?」
「あ、それでもいいかな。じゃ9時まで居てよ。ご飯食べて、お風呂入るまで居てくれると嬉しい」
「いいよ」
 
それで龍虎は母に《彩佳を送ってくる。今夜は両親居なくてひとりで心細いと言うから9時くらいまで一緒に居る》とメールしてから一緒に家を出る。
 

2人の自宅の距離は400mくらいである。冬なのであたりはすっかり暗くなっている(この日の日没は16:42 日暮れは17:18 天文薄明終了は18:13)。
 
「あ、お月様が出てる」
「満月かな?」
「少し過ぎてる感じ。十六夜(いざよい)と言うのかな」
「十六夜(いざよい)、十七夜(たちまち)、十八夜(いまち)、十九夜(ねまち)だったかな」
「何かそういう日本の言葉って美しいね」
「思う!」
 
ふたりの家の間には他の子の家も数軒あるのだが、この日は誰にも遭遇しなかった。やがて彩佳の家に着き、彩佳が鍵を開けて中に入る。
 
「晩ご飯作るから座って待ってて」
「ボクも手伝うよ」
 
御飯はジャーの中に結構あるのを確認。ふたりで手分けして野菜を切り、野菜炒めを作った。
 
「包丁の使い方とか上手いよね。龍、いいお嫁さんになりそう」
「ボク、お嫁さんにはならないよ!」
「でも小さい頃、将来の夢は?と訊かれて、龍、お嫁さんって言ったことあるよ」
「あの頃はまだ良く分かってなかったんだよ」
「うふふ」
 
龍虎が小学1年生の3学期、退院して学校に編入してもらった時、クラスメイトに彩佳が居て、ふたりは何となく意気投合してよく一緒に遊んだ。あのくらいの年の男の子と女の子が仲良くしていると、からかわれたりしやすいものだが、当時誰もふたりをからかったりはしなかったので、ふたりは本当に仲の良い「女の子同士の友だち」みたいに遊んでいた。実を言うと、彩佳の両親は最初、龍虎のことを女の子と思っていた!
 
テレビをつけてバラエティ番組など見ながら、ふたりで一緒に御飯を食べる。その間にお風呂を入れておいた。
 
「茶碗はボクが片付けるから、その間に、アヤお風呂に入るといいよ」
「じゃ、そうさせてもらおう」
 
と言って、龍虎は茶碗を洗い始める。彩佳は着替えを取ってきてから
 
「一緒にお風呂入らない?」
などと龍虎を誘惑(?)したものの、
「そういうジョークって真に受けられたらやばいからね」
と笑って言っておく。
 
やがて茶碗を片付け終わって、しばらくそのあたりに転がっていた、ちゃおを読んでいたら、お風呂から彩佳が出てくるが、裸である。
 
「ちゃんと服着ないと風邪引くよ」
と龍虎が言うと
「龍って昔から、素っ気ないね」
などと彩佳は言う。
 
「アヤの裸も見慣れてるし」
「確かにお互い裸は見慣れてるね」
「まあ誤解されるから他人にはそういうこと言わない方がいいけど」
 
それで結局、彩佳はわざわざ龍虎の目の前で下着を着ける。
 
「これこないだもらった商品券で買ったぷりり」
などと言っている。先日の番組で賞品としてもらったウィングの商品券100万円分は、実際には長野支香に70万円分、母に20万円分渡し、残りの10万円分を彩佳に贈った(但し彩佳の母には贈ったのは1万円分ということにしている)。
 
「可愛いね」
と龍虎も平気で彩佳の下着姿を見ながら言う。
 
「龍もこういうブラとかパンティとかつけたい?」
「別に」
 
「でもあんなにもらってよかったの?少し自分でも使えば良かったのに」
「ボクは別に女の子下着は使わないし」
「それは酷い嘘だなあ」
と言ってから、彩佳は
 
「龍もお風呂入る?着替え出しておくよ」
と言った。
 
「それも他人には聞かせられない言葉だね」
と笑って言って、龍虎は
「じゃ、お風呂もらうね」
と言って、お風呂に入った。
 
ふたりは小さい頃から頻繁にお互いの家を訪問していたので、実はお互いの服が結構お互いの家に存在する。
 
髪と身体を洗う。お股を洗うとき、妙な違和感があるものの、気にしないことにする。湯船に浸かっていると、彩佳がわざわざ浴室のドアを開けて
 
「ここに着替え置いておくね」
と言う。
 
「うん」
と言って微笑んだ。
 

龍虎はバスタオルで髪と身体を拭くと浴室を出る。脱衣場には真新しいブラとパンティとキャミソール、それに可愛い膝丈スカートとブラウスに女の子仕様のセーターが置かれている。今まで着ていた服は無い。
 
が、この程度は予想していたので、平気でそのブラを着け、パンティを穿く。どうもわざわざ龍虎のサイズで下着を用意していたようである。龍虎はそれを着けながら「ああ、ボクやはり下着はこっちの方が好きかも」などと思ってしまう。男物の下着って楽しくない。女の子の下着をつけると身体が引き締まるような感覚なのである。パンティを付けた時のお股のラインも凄く好きである。龍虎の「もの」は凄く小さかったので、パンティを穿くとまるで付いてないかのように見え、その感覚が快感だった。
 
「あってもなくても大差無い気がするなあ」
 
などと独り言を言ってからキャミも着て、ブラウスを着てスカートも穿き、可愛いセーターも着ると、彩佳の部屋に行った。
 
「可愛い!」
と彩佳が言った。
 
「アヤも可愛いよ」
と言って、座り込み、ふたりは何事も無かったかのおしゃべりを続けた。
 
やがて8時の時報が鳴る。
 
「お風呂も入っちゃったし、帰ろうかな」
「もう少し居てよ」
「じゃ当初の予定通り9時まで」
「うん」
 
しかし疲れていたところでお風呂に入ったので、物凄い睡魔が襲ってくる。
 
「やはり少し寝た方がいいよ」
「じゃ帰ってから寝るよ」
「ここで寝てもいいじゃん。9時になったら起こしてあげるから」
「じゃ、そうしようかな」
 
龍虎は畳の上で寝ようとしたのだが、それじゃきついよと言われて結局、ふとんを敷いて寝ることにした。この布団は来客用だが、実は半ば龍虎専用である。他に彩佳の従兄が使うこともあるが、彼を泊める時は仏間に布団を敷く。しかし小学生時代に龍虎を泊めていた時はいつもこの部屋に彩佳の布団と並べて敷いていた。さすがに小学5年生の時に「男の子を女の子の部屋に泊めるのは良くない」と双方の両親が心配して以来、龍虎はここには泊まっていない。この部屋で寝るのは久しぶりであった。
 
龍虎はセーターだけ脱ぎ、布団の中に入ると目を瞑り、身体の緊張を解除した。龍虎はほんの1分程度で深い眠りの中に落ちていった。
 

龍虎は夢を見ていた。
 
学校の遠足だろうか。数人ずつのグループを作り、広場から出発する。地図とコンパスで道を確認しながら歩いて行く。峠まで来た時、遙か向こうの山の上でスーツを着た実の父・高岡猛獅と青い振袖を着た実の母・長野夕香が並んで手を振っているのを見る。
 
「あれ〜。お父さんとお母さんは死んだんじゃなかったっけ?」とも思うが、龍虎は地図で道を確認しながらルートに沿って進んでいく。
 
「今どこだっけ?」
と隣で彩佳が訊く。
 
「この地図の長坂(ながさか)と書いてある所」
「あ。それナゲシと読むんじゃ無いんだっけ?」
「ナガサカだと思うよ」
 
ふたりを含む5人のグループは、その長い九十九折り(つづらおり)の坂を下って行った。やがて角を曲がった所に体育館のようなものがある。
 
「ここで休憩しよう」
とリーダーの上島さんが言って、グループは中に入り、椅子が並んでいる所に腰を下ろす。
 
ここにいるのは、龍虎、彩佳、志水の父、上島さん、田代の父の5人だ。この時龍虎は志水の父が既に亡いことを忘れていた。
 
「誰かムヒ持ってない?ずいぶん蚊に食われた」
とその志水の父が言う。
 
しかし誰も持っていないようである。
 
「そこに売店があるから、無いか聞いてくるね」
と言って龍虎は体育館の売店に行く。
 
「すみません。ムヒはありませんか?」
と売店の所で尋ねる。売店の係はなぜか川南だった。
 
「プレマリン製剤とプロギノン液ならあるんだけどね。君どこ食われたの?」
「ここなんですけど」
と腕を見せる。
 
「ああ。だったら私が注射してあげるよ」
と川南は言い、龍虎の腕にプロギノン液を注射してくれた。
 
「ありがとう。かゆみが減ったみたい」
「良かった良かった」
 
ムヒはもう少ししたら来る交代の人が知っているはずと言われ、そこでしばらく待つ。そこに橋元プロデューサーがやってくる。
 
「アクア君、君は女の子役をすることになったから、このセーラー服に着替えて」
と言って凄く可愛いセーラー服を渡される。
 
「あ、はい」と言って龍虎はセーラー服に着替えた。
 
そこに今度は紅川社長が来る。
 
「君って水着になった時、おっぱいが無さ過ぎるからさ。少しおっぱい大きくしてもらうことになったから」
 
と言われた。
 
「え〜。そうなんですか?」
と龍虎は言ったものの、セーラー服をめくりあげて胸に注射をされた。何だかおっぱいが凄く大きくなって、きゃーと思う。ブラも今までしていたAカップのブラでは入らないのでCカップのものに交換する。
 
そこに今度は加藤課長が来る。
 
「君、声変わりしたら困るから、睾丸を取ってもらうことにしたから」
「えー?嫌です」
と言ったものの
「もう決まったことだから」
と加藤課長は言い、龍虎のスカートをめくってパンティを下げると、はさみで袋を切り開き、中の玉を2個とも取り出して切り離してしまった。
 
龍虎は10月に《こうちゃん》から去勢された時のことを思い出していた。加藤課長はその睾丸を瓶に入れて持ち去った。
 
そこに彩佳が来たが、彩佳は学生服を着ている。
 
「アヤ、なんで学生服なの?」
「龍こそ、なんでセーラー服なの?」
「女役してもらうからって着せられた」
「ふーん。実は本当に女の子になったんじゃないの?」
と言われてドキッとする。
 
「でもそれなら私たち男と女だし、龍、私のお嫁さんになってよ」
「え〜?」
 
と言ったものの、いつの間にか龍虎と彩佳は教会にいる。
 
「指輪の交換を」
と牧師さんに言われて、ウェディングドレスを着た龍虎とタキシードの彩佳が指輪を交換した。
 
「誓いのキスを」
と言われて、彩佳の唇が自分に迫ってきたところで目が覚めた。
 

大きく息をつく。
 
ちょっと惜しかったな。キスってしてみたい気もするけどと思い、彩佳の顔が至近距離まで迫ってきたシーンを思い出して余韻にひたろうとした時、龍虎はギョッとした。至近距離に彩佳の顔があるのである。
 
「あれ?目が覚めちゃった?キスしちゃおうと思ったのに」
と彩佳が言う。
「ちょっと待って」
と龍虎は焦るように言う。そもそもなぜ彩佳の顔がこんな至近距離にある?
 
必死に頭を働かせた結果、彩佳が自分の寝ている布団に潜り込んでいることを認識する。しかも・・・
 
「なんでアヤ、布団に入っているのよ?」
「なんでって、龍、まさかさっきの忘れたの?」
「さっきのって?」
と言って龍虎は先ほど夢の中で見た彩佳との結婚式のシーンを思い起こす。
 
「龍、凄く素敵だったよ。私もとっても気持ち良かった」
「え?ボク、アヤに何かした?」
「ひどーい。私の処女を奪っておいて、まさか覚えてないと言うの?」
「え〜?ボク、アヤとセックスしちゃった?」
 
と焦って龍虎は尋ねる。慌てて自分の下半身に手をやると、スカートは穿いたままだが、パンティが無くなっている。脱いだのかな? だけどボクそういうことはできないはずなのに。
 
「なーんて、演技をしてみようと思ったんだけどね」
と彩佳は笑って言う。
 
「びっくりしたー。さすがにセックスしたら覚えてると思ったし」
と龍虎も笑って言うと、彩佳は微笑んで言った。
 
「実は龍の寝姿があまりにも可愛いから、私のものにしたくなったのよね」
「えっと・・・」
 
それってレイプじゃん、という気がする。
 
「ね、龍、タレントデビューしたから、きっとファンの女の子がたくさん寄ってくるでしょ?」
 
「どんなにファンがたくさん来てもボクはアヤと友だちだよ」
「うん。その《友だち》と言うところが、龍のいい所でもあり、困った所でもある」
と彩佳が言うが、龍虎にはその言葉の意味が分からない。
 
「セックスさせてあげるよって女の子もたくさん来ると思うし」
「それは事務所からも言われた。絶対にその手の誘惑には乗るなって」
「相手の女の子が龍にレイプされたとか訴えたらタレント生命終わっちゃうしね」
 
「うん。だからそもそも女の子と2人だけになる状況も絶対作るなと言われた。実際には何も起きなかったとしても、やられたと言われると水掛け論だからって」
 
「私たち今2人だけだし」
「アヤは友だちだから問題無いと思ってたんだけど」
「そうだね。私たちが30歳になるまでは友だちということでもいいよ」
 
と彩佳は言った。
 
「30歳になったら何かあるの?」
「30歳になった時に聞いて欲しいことがある」
 
龍虎はしばらく考えていたが
「いいよ」
と答えた。
 

「でも俳優やってたらさ、女優さんとのキスシーンとか、セックスシーンを撮ることもあるよね」
「まああるかもね」
「そういう時、キスとかセックスの経験があった方がいいと思わない?」
 
龍虎は苦笑して答える。
 
「想像で頑張る。実際にキスしたりセックスしたりする訳じゃないだろうし」
「セックスはAVでもなけりゃ実際にはせずに、する振りだろうけど、キスは実際にしちゃうと思うよ」
「そうなんだっけ?」
「寸止めというのもあるだろうけど、本当にしちゃう方が多いと思う」
「うーん・・・」
 
「だから、撮影で実体験する前に、私とキスやセックスの練習してみない?」
と彩佳は言った。
 
「女の子にとって初めてのキス、初めてのセックスって凄く大事なものだよ。それを練習にといってするのはよくないと思う」
 
「私、龍虎のこと好きだから、キスやセックスするのは構わないよ」
「ボクも彩佳のこと好きだけど、キスやセックスは安易にするべきものではないと思う」
 
すると彩佳は苦笑して言う。
「今の私の『龍虎のこと好き』という意味と、龍の『私のこと好き』という意味って違うよね?」
 
龍虎は少し考えて答える。
「ごめん。実はボク、たぶん恋愛ってよく分からない」
 
「うん。龍はそうだと思うよ。でも私にとってとても大事なファーストキスだから龍にもらって欲しいの。芸能界デビューのはなむけに、龍にプレゼントさせてもらえない?」
 
彩佳の真剣な表情を見て龍虎はやがて答えた。
 
「じゃキスだけなら」
 
それでふたりは本当に唇を合わせた。
 
龍虎はこれ、どのくらいやってればいいんだっけ?と心の中で焦りながら考えていた。ふたりのキスはたぶん5分近く続いたが、やがて彩佳は唇を離して微笑んだ。龍虎はキスの姿勢をキープするのに結構体力を使ったので、キスって大変なんだなと思った。
 
「キスしたことはふたりの秘密ね」
「うん。秘密にしよう」
「公式見解では龍はキスとかしたことはないということで」
「うん」
 
「セックスもさせてあげようと思ったのになあ。これではできないよね」
と言って彩佳は龍虎のそこに触った。
 
「あっ・・・」
「いつおちんちん取っちゃったの?やはりデビュー前に女の子の身体になることにしたの?」
 
「取ってないよ。タックしてるだけだよ」
 
「タックなら過去にしてる所見たけど、これはタックじゃないよ。だって割れ目ちゃんが開けるじゃん。栗ちゃんもヴァギナもあるし」
 
そこまで勝手に触ったのか!?
 

龍虎は少し考えていたものの正直に言う。
 
「実は11月30日の昼にトイレ行った時に、無くなっていて仰天したんだよ。朝まではあったのに」
 
「おちんちんって突然無くなるものなの?」
 
「そういう話は聞いたことない。まるで魔法にでも掛かったように無くなっていた。でもその時は、夕方自宅に帰ったら復活してたんだよ。だから何かの間違いだったんだろうと思った。ところがその後、12月11日の夕方、また消滅して、そのあとずっと無いまま。だからボク、ちんちんが付いてない状態で沖縄まで往復してきたんだよ」
 
「おちんちんせっかく無くなったのなら、沖縄でビキニの水着とかも着れば良かったね」
「おちんちん付いてても11月の写真撮影では着せられた」
「ああ、そんなこと言ってたね!」
 
彩佳はしばらく考えていた。
 
「で、おちんちん無くなって何か困った?」
 
龍虎はしばらく考えて言った。
 
「実は全く困ってない。これまでと何も変わらないし、無くても別にいいんだなと思ってる」
 
「龍って立っておしっこしないしね」
「病気で入院していた頃、ちんちん凄く小さくなっちゃって、立ってできなくなったから、それで座ってするの覚えた。でもその後、ちんちん少し大きくなってきたけど、何となく座ってする習慣のままで」
 
「小学2〜3年生の頃はけっこうそれで男の子たちにからかわれていたね」
「うん。でも気にしないことにしたら、その内言われなくなった。だから今ではボクが個室に入っても誰も何も言わない」
 
「じゃ、このままでもいいのでは?」
「日常生活では構わないけど、また性別検査とかされた時に困る」
 
「困るのはそういう時だけか」
と言って彩佳は微笑む。
 
「あと、このままではお婿さんになれない」
「お嫁さんになればいいじゃん」
「ボクはできたら、お嫁さんじゃなくて、お婿さんになりたい」
 
と言いつつ、さっきの彩佳との男女逆転結婚式の夢がまた脳内でリプレイされる。
 

彩佳は言った。
 
「魔法に掛かったのならさ、きっと愛する人のキスで魔法は解けるんだよ」
 
「そういうのはおとぎ話にあるよね。でも愛する人なんて居ないし」
「私、龍のこと好きだよ」
「・・・・」
「だから私が龍にキスしたらきっと魔法が解ける」
「さっきキスしたよ」
「あれは記念のキスだったもん。だから今度は愛のキスをしてあげる」
 
「うーん。。。よく分からないけど、だったらお願い」
「OK」
と言って、彩佳は再度龍虎にキスした。今度は10秒くらいのキスだったが、その時明らかにあの付近の感覚が変わった。
 
「あっ」
とキスされたまま小さな声をあげる。
 
「もしかして魔法が解けた?」
「待って。確認する」
と言って龍虎はその付近を触る。
 
「戻ってる!」
「どれどれ」
と言って、彩佳まで龍虎のその付近に触っている。
 
「ちんちんもタマタマもあるね」
「あまり触らないで」
「でも良かったね」
「うん。このまま女の子みたいな形のままだったら、どうしようと思ってた」
「それは女の子になればいいだけの話だよ」
「うーん。。。彩佳なら分かるよね。マジでボクは女の子になりたい訳ではない」
 

「分かってるつもりだよ。龍は間違い無く男の子だもん。でもちんちんが戻ったから、これでセックスできるね」
 
「今日は勘弁して〜」
「じゃいつだったら、セックスできる?」
と彩佳が訊く。
 
「最低でもボクたちがもっと大人になってから、というのでいい?」
「うん。いいよ」
 
ふたりは微笑んで、何となく自然にキスしてしまった。
 
「あ、またキスしちゃった」
「なんか今のは流れ的にここはキスだよなと思った」
「でもキスしたことは内緒ね」
「うん」
 
「私たちは友だちだし」
「うん。ボクも彩佳のことは友だちだと思ってるよ」
「でも龍、私の身体に触ろうとしないね」
 
彩佳は実は裸なのである。
 
「恋人になったら、触るかも」
「でもその『恋人』って意味が実は分かってないでしょ?」
「うん。そんな気がする」
 
と言ってから龍虎は時計をふと見た。
「きゃあ!もう10時だ」
「このまま泊まっていく?」
「それは叱られるから帰る」
「スカートのまま帰ってね」
「今更だし、そうする」
 

龍虎は起き上がると布団をめくってパンティを探した。彩佳のヌードが目に飛び込んでくるが、気にしないことにする。パンティは布団の下の方にあったので、それを穿く。彩佳が用意してくれていた可愛いセーターも着る。
 
「寒いから、私のコート着ていきなよ。今度返してくれたらいいし」
「そうする。借りるね」
と言って、彩佳のピンクのダウンコートを借りる。
 
「じゃ玄関までお見送り」
「うん」
 
それで龍虎は玄関で彩佳と握手して別れた。彩佳は最後まで裸のままだった。龍虎が玄関の外から「ちゃんと鍵掛けてね」と言うと、鍵を掛ける音がする。
 
「じゃおやすみ」
「おやすみ。気をつけて帰ってね」
と声を掛け合ってから、龍虎は懐中電灯をつけ、自宅への道を戻った。
 
自宅に戻ると、母はまだ帰宅していなかった。ちょっとホッとする。保護者との話し合いがきっと長時間になっているのだろう。学校の先生って大変だなと思う。
 
パジャマに着替えて寝ることにする。セーターとブラウス、スカートを脱ぎ、パジャマを着てから服を畳む。寝る前にトイレに行く。むろん龍虎は座っておしっこをするのだが、おしっこの出る感覚がここ1ヶ月ほど体験していたのとまるで違うので、かえって変な違和感を覚えた。
 
あれも悪くなかったけどなあ・・・・
 
布団を敷いて寝る。
 
ボク、その内、本当に女の子になりたいと思うようになったりしないよね?と龍虎は自分自身に不安を感じた。
 
だってみんなボクを唆すんだもん。
 
女の子の服を着るのは好きだけどね、などと考えている内に、いつの間にか眠っていた。夢の中で龍虎はセーラー服を着て学校に出て行っていた。
 

1月5日の福岡公演が終わった翌日、政子は福岡で食べ歩きしたいと言っていたので、風花にお世話をお願いして私はひとりで帰京するが、東京までは戻らず、新横浜で降りて市内の料亭に行き、アクアのデビューCDの件で打ち合わせた。これに出席したのは、上島先生と霧島鮎子(日野ソナタ)、醍醐春海(千里)と私、それに町添部長であった。アクアのプロデューサーであるコスモスも本来は出席すべき所なのだが、自分のライブがあるので出られず、私に「よろしく」と言われた。どうも私は結果的にアクアのサブ・プロデューサー的になっているような気がしてくる。
 
1月9日には今年の震災復興支援イベントの詳細が発表されたが、アクアがGolden Sixと一緒に前座に出ることになって、アクア人気でチケットはあっという間に売り切れてしまい、追加発売の発表も行われた。
 
会場は最大8万人入るのだが、そんなに売れるとは思えなかったので5万人で席を設置する予定だった。しかしチケットが1時間半で売り切れてしまったことから、あらためて3万枚の追加発売をすることにしたのである。実際にはその3万枚も1時間で売り切れてしまった。
 

1/6の打ち合わせに出てきた千里もここ数日物凄い忙しさだったようである。
 
12/30に大学に行っていて就職先を紹介され、面接に行ったら採用されてしまう。とりあえずRC大賞の授賞式に出席した後、友人の車に同乗して、12/31夜の青函フェリーで北海道に入る。1/1にローズ+リリーの札幌公演の楽屋に顔を出した後、旭川に行って就職に必要な保証人のハンコをもらう。2日は朝から旭川518-643札幌730-1113函館1119-1328新青森1352-1704東京、と乗り継いで東京に戻り、2日夜から3日朝に掛けて高岡さんたちの慰霊会に参加。そのまま私たちをローズ+リリーの公演がある名古屋まで送ってくれた。
 
その後(たぶん大阪の彼氏に会った後)東京に戻って、1/5に誓約書を提出に会社に出て行ったら、サーバーのデータが飛んだとかで、ソースリストからプログラムを入力しなおす作業にかり出され、1/6昼までその作業を続けた。そしてその後、6日の横浜のアクアのCDに関する打ち合わせに出席している。その後、インプで高岡まで走って桃香の実家に行き、10-11日には青葉の仕事に付き合って秋田まで往復してきたらしい。
 
18日に千葉に戻ったものの、先日遭遇した茨城S学園の篠原監督に呼ばれて水戸に行ったら、そこで帰りに雨宮先生につかまり、自分のインプは水戸市内に置いたまま、雨宮先生の車(Ferrari 612 Scaglietti)を運転して都内に戻る。そして居酒屋で何やら怪しい計画の話を聞かされたあげく、★★レコードに寄ってから私のマンションにやってきた。
 

そしてその千里が来る直前、高岡にいる青葉から電話が入る。
 
「ケイさん、絶対に今夜は運転をしないでください」
 
誰かが私に呪いを掛けたというのである。ところが私はその夜、フィールダーを運転して政子と一緒に神戸に移動する予定であった。
 
それで青葉は千里に代わって運転して欲しいと言ったものの、千里はさっき雨宮先生とお酒を飲んでいたので運転できないと言う。
 
そこで政子が「私が運転してあげるよ」と言って、夜中に千里が酔いが覚めた時点で交代することにして、私たちは3人でフィールダーに乗って出かけた。
 

政子は免許を取った後、まだ都内を少し運転している程度で、こんな長距離の運転は初体験であった。首都高に乗ってしまったものの、うまく必要な所で分岐することができず、東名高速に乗るため東京ICに行きたかったのに、関越との接続ポイントである練馬ICに行ってしまった。
 
仕方無いので、そこから圏央道経由で中央道に行き、中央道を通って神戸を目指すことにする(圏央道で東名まで行けるようになったのはこの年の6/28)。この日の中央道は雪が降っており、結構積雪している箇所があった。
 
23:13。政子の運転するフィールダーが雪で左側にスリップ。焦った政子は右にハンドルを切り、車をスピンさせてしまう。私が気付いた時は、フィールダーは道路外の草の上で逆さまになって炎上しており、千里が政子を抱いて立っていた。
 
千里が青葉と連絡を取ると、この事故は呪いとは無関係!だという。
 
そして事故が起きたのが、呪いの成就する直前であったので、呪いは目標を見失って術者に戻って行ったと青葉は言った。
 

青葉との電話を切ると千里は
 
「呪いは青葉がうまく処理してくれたみたいだし、私たちは神戸に向かおうか」
と言った。
 
「どうやって?」
と私は尋ねる。朝までに神戸に行かねばならないのだが、フィールダーは炎上している。ところが千里は
 
「その車を私と冬で押せば道路まで戻せると思うんだ」
 
と言う。その時、私は信じがたいものを見た。今フィールダーは逆さまになって炎上していたと思ったのに、ふつうに屋根を上にしていて炎上もしていない。私は不可解ではあったものの、政子を運転席に座らせ、私と千里で押すのと同時に政子がアクセルを踏む。
 
それで車は何とか路肩まで戻り、その後は千里の運転で私たちは神戸に行った。
 

青葉が朝一番の特急で神戸に出てきてくれて、呪いが解除されていることを再確認してくれた。
 
私たちがイベント終了後、帰ろうとしていたら★★レコードから緊急に会いたいという連絡が入る。そこで私と政子は車の回送を千里と青葉に頼み、新幹線で東京に戻った。
 
ところがその帰る途中、不酸卑惨のメンバーが乗る車が東北道で横転。リーダーのネズダベとボーカルのゴキガバが死亡したという情報が入る。
 
そして★★レコードの会議室で私は、ネズダベが死亡直前に書き込んだブログの内容を見て戦慄を覚えた。彼が私たち、および先月死亡した作曲家の本坂伸輔さんに呪いを掛けたことを事実上公言する内容だったのである。なおその書き込みは書き込まれてすぐに、彼らの書き込みを監視していた事務所のスタッフにより削除されていて、見た人もほとんどいなかった。
 
そして★★レコードはあらためて同社の音楽作品に寄与している作曲家の貢献比率を計算してみた所、概算だが、上島先生、私とマリ、後藤正俊さん、田中晶星さん、葵照子&醍醐春海、スイート・ヴァニラズ、という6組で実に同社の売り上げの9割を占めていることが判明したと言われた。
 
それで、その6組の誰かに万一のことがあれば★★レコードに大きな打撃があるというので、専用ドライバーを無償で付けて交通事故の予防をしたいという話があったのである。
 
むろん私たちが自分たちで運転するのは構わないが、少しでも疲れていると思ったら、遠慮無く呼び出して欲しいと言われた。
 
それで私たちに大きく関わることになったのが、マリ&ケイ第1優先ドライバーの佐良しのぶさんと、葵照子&醍醐春海の第1優先ドライバー矢鳴美里さんであった。
 

『ときめき病院物語』の撮影は、1月17日に第3〜4回目、24日には第5〜6回目の撮影が行われ、24日はマリとケイも撮影現場を訪れ、セーラー服姿のアクアの姿にマリが異様に喜んでいた。
 
25日(日)デビューCDの『白い情熱/Nurses run』の録音作業が何とか完了して夕方4時頃、帰宅すると、母が
 
「頼んでいたセーラー服が出来たって連絡があったから取りに行ってきたよ」
と言う。
 
夏恋が頼んでくれたものである。
 
「わあ」
と嬉しそうな声をあげて箱を開ける。
 
「着てみる?」
と笑顔で母が言うので、身につけてみた。
 
気持ちの問題で、自室に行って、下着を女の子下着に交換してくる。ブラウス(元々持ってる)まで着てから居間に出てきた。
 
制服のスカートを穿き、上着を着ると、何だかドキドキする。
 
セーラー服は写真集・ビデオの撮影でも着たし、ドラマの撮影でもたくさん着ているが、今着ているのは「自分のセーラー服」だと思うと、何だか半ばいけないことでもしているような気分になって、妙に心臓が高鳴るのである。
 
ボクにおちんちんがまだ付いてたら、大っきくなっちゃってた所かな?と思ってから、あれ?ボクおちんちんあったっけ?と不確かになった。後でトイレに行って確認しよう、などと考える。
 

「これリボンの結び方が分からない」
「うーん」
 
と言って母が見てくれたものの、母もアクアの学校の女子制服はよく見ていなかったということで、分からないようである。
 
「彩佳ちゃんに聞いてみる?」
「そうだなあ。ちょっと恥ずかしいけど聞いてみよう」
 
ということで、龍虎が彩佳に電話して、実は学校の制服のセーラー服を買っちゃったんだけど、リボンの結び方を教えて欲しいと言うと、何だか嬉しそう?な声を挙げて、すぐに来てくれた。自分の制服も持参している。
 
「可愛い!凄く似合ってる。どこからどう見ても立派な女子中学生だよ」
と彩佳に言われて、龍虎は真っ赤になった。
 
「これはこうやって結ぶんだよ」
と言ってまずは手本を見せてくれたので、龍虎は真似してやってみる。最初はなかなかきれいな形にならなかったものの、数回挑戦している内に結構良い形になってきた。
 
「これ練習しないときれいにならないみたい」
「そうそう。みんなも最初はうまく結べなかったんだよ。お姉さんとか居る子は最初やってもらっていたみたい」
「なるほどー」
 

「でもとうとうセーラー服で通学することにしたの?」
「いや、そういう訳ではないんだけどね」
 
と言って、夏恋(彩佳も知っている)が、セーラー服を買ってあげるよと言って、龍虎は嫌がったものの、買ってくれたのだと説明する。
 
「嘘はついてはいけないなあ。嫌がったりはしなかったでしょ?」
「えっと・・・」
「だって、龍、明らかに嬉しそうにセーラー服着てる」
「そうかな?」
「龍がセーラー服着て学校に出てきても、誰も変に思わないと思うよ。明日からそれで出てきなよ」
 
「え〜?どうしよう?」
と龍虎は真剣に悩んでしまった。
 
「取り敢えず今日はこの格好で一緒にお出かけしようよ」
「え〜?」
 
「まだ時間いいですよね?」
と彩佳が龍虎の母に訊く。
 
「まあ7時頃までには帰るのであれば」
「だってよ」
「でも・・・」
 
「だってスカート穿いて外出なんて、龍、日常茶飯事じゃん」
「それはそうだけど」
「宏恵も呼んじゃおう」
「え〜〜〜!?」
 
彩佳はスマホを取り出すと友人の宏恵を呼び出していた。
 

結局龍虎は彩佳・宏恵と3人で、3人ともセーラー服姿で駅前まで歩いていき、ロッテリアに入っておしゃべりした(お金は龍虎が3人分出した)。
 
龍虎は小学1年生以来の友人彩佳、2年生以来の友人・宏恵と話している内に「ああ、これ普通の自分だ」という気持ちになってきた。本当にセーラー服で明日から学校行っちゃおうかなとも思うけど、さすがにそれは自分の「イメージ戦略」にはマズいことを龍虎は理解している。そもそも自分は女の子になりたい訳でもないし、セーラー服はやはりこういうプライベートでファッションの一部として着るまでかな、などと考えていた。
 
30分くらいおしゃべりしていた時、大きなカメラを持ち、腕に「週刊**」という腕章を付けた男性がお店に入ってきたのを見て、龍虎は内心ビクッとした。どうか自分に気付きませんようにと祈る。
 
その人は注文して、品物を受け取ると、空きテーブルを探して龍虎たちから3-4mほど離れた席に着いた。そして食べ始めたのだが、こちらを見て「あっ」という声を出して、席を立ち、こちらに近づいてた。
 
やばぁ!女装しているのを何と言い訳しよう?と思ったのだが、どうもその記者さん?は龍虎に気付いた訳ではなかったようである。
 
「ね、ね、君たちもしかしてQR中学の生徒?」
「はい、そうですよー」
と彩佳が答える。
 
「だったら、1年生の田代龍虎君のこと知らない?」
「ああ、私、同じクラスですよ」
と彩佳。
「ほんと?」
「私は同じ部活」
と宏恵。
 
「おお。ねね、彼のこと少し教えてくれない?」
「写真とか録音とか無しで、匿名ならいいですよー」
「OKOK」
 

どうも記者さんは龍虎たちの着ている制服が「アクアの通う中学」の制服であることに気付いて、取材しようとしているようである。
 
その後20分くらいにわたって記者さんは彩佳たちに質問し、熱心にメモを取っていた。龍虎たちは「同じクラスの仮名A子」「同じコーラス部の仮名B子」それに「小学校の時に同級だった仮名C子」ということで、記者さんとたくさん話をした。
 
記者の興味は、龍虎の普段の学校生活の様子や、龍虎の性格などのようである。
 
「まあ、どちらかというと目立たない子ですよ」
「だから、彼がタレントデビューすると聞いて、びっくりした子が多かったみたい」
 
「だけど彼ってオンオフが凄いんだよね」
「そうそう。普段は空気みたいにしているけど、強烈なオーラを放つこともできる」
「小学5年生の時に学習発表会でお芝居をしたんですけど、彼が主役に立候補したから、みんなびっくりしたんですよね。ところがやらせて見ると、物凄い存在感があって、お芝居は大成功だったんですよ」
 
「へー。やはり彼ってその頃から俳優志向だったのかな」
「大学生くらいになったら、どこかの劇団の試験とか受けてみたいなとか言ってたけど、ショートカットの道を歩むことになったみたい」
 
「発声練習とかは、けっこうやってるのみたね」
「そうそう。だから、滑舌がいいのよね、彼」
「鼻濁音とかも美しく発音するし」
 
「友だちは多いですか?」
「あの子は極端だよね」
「うんうん」
「どういうこと?」
「たぶん男の子の友だちはひとりも居ないと思う」
「せいぜい、**君とか**君あたりとしか話してないよね。あ、この固有名詞出さないでくださいね」
「うん。出さないよ。OKOK」
 
「でも女の子の友だちは多いよね」
「それって、凄くもてるってこと?」
「いいえ」
と3人が同時に言ったので、記者さんは少し驚いたようである。
 
「彼と女の子の友人との関係には全く恋愛要素が無いんですよ」
「そうそう。純粋な友人関係なんだよね〜」
 
「彼と話している時って、普通に他の女の子と話している時と同じ感覚になっちゃうんだよね〜」
 
「そうそう。こちらは全く無警戒になる」
「それに女の子が好む話題に完璧に付いてくる」
 
「ジャニーズの子の名前、かなり知ってるよね」
「うん。ジャニーズに対する詳しさではたぶんクラスでも1〜2番だと思う」
「ジャニーズに入りたいのかなとも思ったことあるけどね」
と宏恵が言うと
 
「ああ、なるほどー!」
と記者さんが声を挙げた。
 
「でもニコモについても詳しい」
「うん。ここ数年来のニコモの名前を全部知ってる」
 
「ごめん。ニコモって何だっけ?」
と記者さん。
 
ああ。大人の男性は知らないよなと龍虎は内心思った。
 
「ニコラという雑誌のモデルですよ」
「なるほどー」
「ローティーンの女子向けの雑誌なんです」
「じゃ、それ読んでるんだ?」
「龍虎のお姉さんみたいな存在の人が毎月持ってきて置いていくから、何となく読んでしまうとか言ってました」
 
「へー!そういう人がいるんだ?」
「小学1年の時に入院していた時に知り合ったんだって」
「ああ、そういう関係の人なのね〜」
 

記者さんはかなり3人と話した後で“さりげなく”この質問をした。
 
「龍虎君って、やはりそのうち女の子になりたいのかな?」
 
しかし彩佳が明確に否定した。
「それはないと思いますよ〜」
 
「みんな『女の子になりなよ』『手術は簡単だよ』とか唆してはいるけどね」
と宏恵は言う。
 
「でも彼って女の子の輪の中に居ても、違和感が無いんでしょ?」
と記者さんが訊くが
 
「彼は多分アセクシュアルなんだと思います。恋愛をする気が無いんですよ」
と彩佳は難しい言葉を使った。
 
アセクシュアルという言葉を記者さんは知っていたようだが、宏恵と龍虎は分からないようで、少し首をかしげていた。
 
「まあ実際に女装させてみたことは数知れないよね」
と彩佳。
 
「小学2年生の時は、女湯に連れ込んじゃったこともあったね」
と宏恵。
「え〜〜〜!?」
と記者さん。
 
「まあ小学2年生だし」
「必死でお股を隠してたね」
 
さすがに小学6年でも女湯に連れ込んだことまでは言わない。
 
「でもあの子、女装させると、ほんとに美少女になってしまうんだよねー」
と宏恵。
 
「というか実際問題として男の子の服を着ていても男装少女にしか見えん」
などと龍虎も開き直って言っている。
 
「言えてる言えてる」
と宏恵。
 
「実際、中学の入学式の時、先生から『君何ふざけて学生服着てるの?ちゃんとセーラー服着なさい。それお兄さんの?』とか言われてた」
と彩佳がその“事件”をバラすと
 
記者さんは「おぉ!」と喜んで
「その話、記事に書いてもいい?」
と訊く。
 
「そのくらいの話は今更だから、いいですよー」
と龍虎は平然とした顔で言った。
 
「でもまあみんなで『性転換しちゃいなよ』とか『女になった方が絶対いいよ』とか『ウェディングドレス着てお嫁さんになりなよ』とか唆していれば、その内ふらふらと性転換手術受けちゃう可能性が無いこともない」
 
と宏恵。
 
「まあでも確率的には1%未満という気がするよ」
と彩佳。
 
「女の子みたいと言われるのは結構うれしがっているけど、女の子になりたい訳ではないみたいね」
と宏恵。
 
「あの子は実際問題として、半ば意図的に女の子と間違えられるようなことをしている気がする」
と龍虎。
 
「ああ、するする」
と彩佳。
 
「それで結構女の子のメリットをむさぼっているよね」
と龍虎。
 
「でも男の子のメリットを捨てる気もないんだよね」
と宏恵。
 
「多分あの子、1日だけ完全な女の子の身体になれる薬があったら喜んで飲むだろうけど、永久に女の子になってしまう薬だったら、絶対飲みませんよ」
と彩佳。
 
龍虎も宏恵もその意見に頷く。
 
「なるほどー。龍虎君のことがだいぶ分かった気がする」
と記者さんは大きく頷いていた。
 

記者さんと別れて3人で一緒に帰るが、宏恵から言われる。
 
「今日は龍虎が凄い嘘つきであることが良くわかった」
「ボク嘘ついたっけ?」
 
「天性の俳優ということも分かったね」
と言って彩佳は笑っている。
 
「でもまあ龍の自己分析は結構当たっている気がしたよ」
と宏恵は言う。
 
「まあ龍は男の娘を演じてる男の子ということで」
と彩佳。
「別に演じている訳ではないけどなあ」
と龍虎。
 
「でも男の娘ではないという点では、私と彩佳の意見は一致している気がする」
と宏恵。
 
「まあちょっと変わった男の子だよね」
と彩佳。
「そんな気がするねー」
と宏恵。
 

龍虎が帰宅すると母から訊かれた。
 
「セーラー服外出どうだった?」
「なんか普段と変わらない気がした」
「だろうね。龍のスカート姿なんて珍しくないし」
と言って母も笑っている。
 
「で、どうするの?明日からそれで通学する?そうしたいのなら、私も学校に付き添っていって先生と話してあげるけど」
 
「いや学生服で通学するよ」
「セーラー服でもいいのに」
「でも持っていこうかな」
「ああ、いいんじゃない?」
 

セーラー服を脱ぎ、部屋のハンガーに掛けてから、龍虎はなんとなく普段着のスカートを穿いて居間に戻った。それで夕飯の支度をしている母を手伝う。
 
「お母ちゃんさ」
「なあに?」
「おちんちん切っちゃう時、迷わなかった?」
 
母は苦笑した。
 
「まあ、迷いはあったけど、あれは勢いだね」
「ああ」
「手術しちゃったら、もう女として生きるしかないから、手術した後でやっと決意ができたような感じだった」
 
「そっかー」
と言って龍虎は考えている。
 
「龍もおちんちん、切っちゃいたい?」
「それは嫌」
「ふーん」
と言ってから母は訊いた。
 
「でもあんた実はこっそりおちんちん切ってしまっていたりしないよね?」
「え〜?そんなことはしないよ。それにおちんちん切ったらさすがに1週間くらい入院しないといけないだろうし」
 
「まあ、そうだろうね。でも、あんた最近物凄く女っぽくなった気がして」
「ドラマで女役したりしているからだと思う」
「それにあんた最近ほとんど女の子パンティしか穿いてないよね?」
「なんかそんな気分なだけだよ」
 
「あんたのパンティは女の子と同じ汚れ方をしている。それってちんちんが付いていたらありえない汚れ方なんだけど」
「お母ちゃんに教えてもらったタックをずっとしているだけだよ」
「つまりタックしたいんだ?」
「まあそんな気分なだけで、おちんちん切りたい訳じゃないよ」
 
母はまた少し考えるようにしながら言った。
 
「もしちんちん切りたくなったら、私に相談してね」
 
「それは相談するけど、ちんちん切ったりはしないと思う」
「じゃ、おっぱいだけ大きくする?」
 
「うーん・・・」
と龍虎は悩むような声を挙げる。
 
「お父ちゃんには内緒にしてね。実はおっぱい大きかったらいいなと思うことは時々ある」
「じゃおっぱい大きくする?あんたがおっぱい大きくしたいとか、おちんちん取りたいと言い出した時のために手術代は貯金してるよ」
 
「そうしたら男の子ではいられなくなっちゃうから我慢する」
 
母は苦しそうに笑って言った。
 
「まあそれでもいいかもね」
 

12月に買ったリーフとエルグランドは25日に納車された。それでフィールダーは売却することにし、佐野君お勧めの中古車屋さんに持っていくことにし、彼の運転で中古車屋さんに向かった。私と政子は麻央の運転するインテグラに乗って佐野君の運転するフィールダーの後を付いていった。
 
ところが多摩地区の山道のような所を走っていた時、突然佐野君のフィールダーが左にハンドルを切り、斜面を滑落して炎上してしまった。佐野君は脱出して無傷であったものの、麻央は佐野君に抱きついて泣いていた。
 
佐野君の話だと突然人が飛び出してきたように見えたので急ハンドルを切ったのだという。しかし私も麻央もそういう人物の影は見ていない。
 
そしてフィールダーの燃え方も異常だった。中古車屋さんに売りに行くのにガソリンは必要最低限しか入れていなかった。しかしまるで大量に燃料を積んでいたかのように燃えていたのである。私はその燃え方を見ていて、先日中央道を走っていて政子が車をスピンさせて事故を起こした時の燃え方とそっくりだと思った。
 
それで私はJAFを呼んで燃えてしまった車を工場まで運び、廃車の手続きをそこでしてもらうのに書類を書いた後、佐野君と麻央を料亭に誘い、先日の不思議な話をした。
 
「だから今日燃えてしまったのは、あの時の《辻褄合わせ》なんだと思う」
と私は言った。
 
「でもそれならあの車の燃え方が納得行くよ。神戸まで走るつもりなら燃料たくさん入れてたんでしょ?」
と麻央も言った。
 
「じゃ、やっぱり私が燃やしちゃったのね」
と政子が申し訳無さそうに言うが、私たちは政子に
 
「この事故をバネにたくさん練習すればいいんだよ」
と励ました。
 
むろんこの事故の件も、先日のスピン事故の件も、★★レコードには内緒である。
 
 
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【夏の日の想い出・男の子女の子】(3)