【夏の日の想い出・男の子女の子】(2)
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(C)Eriko Kawaguchi 2017-01-08
ローズ+リリーのライブツアーは続いていた。
12.12(金)那覇 13(土)熊本 14(日)宗像 19(金)松山 20(土)倉敷 21(日)富山 23(祝)長岡 24(水)河口湖 26(金)浜松 27(土)大宮 28(日)神戸 30(火)東京 31(水)福島 1.1(木)札幌 3(土)名古屋 4(日)大阪 5(月)福岡 9(金)広島 10(土)仙台 11(日)千葉 12(祝)横浜
といったスケジュールである。
ここで27日の大宮までは2000-3000人クラスのホールなのだが、28-31日は5000人クラスの体育館、1月1日以降は1万人クラスのアリーナになっている。
『雪を割る鈴』演奏途中の“鈴割り役”は12/12 12/21 12/30-31の4日間をアクアにやらせて、それ以外の日は、様々な人にお願いしていた。特に年内は各公演地のローカルアイドルや地元放送局のキャスターさんなどにお願いした。
大宮では埼玉県を地盤に活動しているリュークガールズのリーダー国崎朋香にやってもらった。
リュークガールズは以前はテレビにも出ていたので結構知名度もあるのだが、最近ははほとんどテレビには出ておらず、すっかり「地下アイドル」と化してしまった。朋香は今年一杯でリュークガールズを辞めて、芸能活動も終えることになっているということでこれは彼女にとって花道になった。
ローズ+リリーはデビューして間もない頃、リュークガールズの前座を務めたこともあり、私たちは彼女に花束を渡し、彼女が今月いっぱいで引退することを会場でアナウンスすると、大きな拍手が送られ「お疲れ様−!」という声が掛かっていた。
28日神戸では§§プロの新人・高崎ひろかを出した。これが彼女にとっては、この名前で公の場に出る最初の体験である。年内に幾つかのテレビ番組の収録には出ていたものの、放映されるのは年明けになる。
彼女は実は§§プロの第1回ロックギャル・コンテストの準優勝者である。優勝者のアクアが男の子だったため、結果的には彼女が初代ロックギャルとなった。
「いや、アクアちゃんがあまりにも可愛いし歌もアイドルにするのはもったいないくらい上手かったから、完璧に負けた〜と思っていたんですけどね」
「男の子だったと聞いて仰天しました。女の子ではないようには全然見えなかったんだもん。ただ、おっぱい小さいなとは思ったけど」
などと彼女は言っていた。
「ひろかちゃんに真剣に訊きたい」
と政子が言った。
「何ですか?マリさん」
「コンテストって水着審査もあるよね?」
「ありましたよ」
「アクアも水着になったの?」
「もちろん」
「それ、男の子水着を着たの?女の子水着を着たの?」
「ロックギャル・コンテストですから、当然女の子水着ですよ」
「おぉ!!!」
と言って、政子は喜んでいる。
「ね、ね、その時、お股の所どうだった?」
「別に意識して見てないですけど、変だったら、え?と思ったと思いますよ」
「だったら、やはりアクアって、おちんちん無いんだ?」
「その疑惑は一部にありますけど、こないだ病院で診察受けて間違い無く男の子という診断書もらったらしいですよ」
「それうまく病院の先生をごまかしたとか」
「それは無茶だよ」
と私は言った。
ローズ+リリーの公演では、30-31日にアクアに鈴割り役をしてもらった上で、1月1日以降は当初はXANFUSの光帆にやってもらう予定だった。この計画を立てた時は、音羽が解雇されて精神的に辛い状態にある光帆の応援の意味もあった。
しかし12月1日に光帆まで解雇されてしまったため、計画を見直すことになった。&&エージェンシーは光帆が辞めたので、震来か離花にしてもらえないかと言ってきたが、光帆に頼んでいたのはこれまでのローズ+リリーとの交流があったからというので、これまで接点の無かった新人さんでは困るとお断りした。すると向こうは出さないのならキャンセル料を払えと言ってきた。これには町添さんが激怒して、迷惑料を払うのはそちらでしょ?と言って交渉している内に、向こうでクーデータが起きて社長交代。栄美新社長はこの件に関して不手際を陳謝した上で、うちから出演料相当額を払うから、Φωνοτονの光帆さん・音羽さんに出てもらう線ではどうでしょう?と言ってきた。
それで、こちらでもその線で予定していたのだが、30日の深夜、町添さんから電話が掛かってくる。
「アクアに対する反響が凄まじすぎる」
「今日はアクアを一目見ようと楽屋口に若い女の子が集まって、外に出すのに苦労しました」
「それでだけど、今回のツアー、1月1日以降、全部アクアちゃんに鈴割り役をしてもらえないかと思って」
「こちらでは構いませんよ。でも、鈴割り役に予定していたXANFUSは?」
「彼女たちには歌を2〜3曲歌ってもらうということで」
「行けると思います。つまり幕間ゲストを2組にするんですね。ちょっと連絡してみます」
それで私は音羽に連絡した。音羽は10月に可愛いアクアの姿を見ているので、笑って快諾してくれた。一方町添さんはコスモスに連絡して、アクアの日程を押さえてもらった。
そういう訳でこのツアーの後半はアクアが毎日出演することになったのである。
この30日には、今年のRC大賞が発表された。私たちはこの日は東京公演だったので、RC大賞の会場で撮影に臨んだあと公演会場に向かった。
今年の大賞はワンティス『フィドルの妖精』で、上島先生たちが発表会場のステージでこの曲を演奏すると大きな歓声が起きていた。なおリードギターは元クリッパーズのnakaさんである。
その他、ローズ+リリーの『Heart of Orpheus』、KARIONの『アメノウズメ』、松原珠妃の『ナノとピコの時間』、しまうららさんの『ギター・プレイヤー』、などといった所が金賞を受賞したのだが、実は私はここまでの5曲全部に関わっているので、上島先生から「今年はケイちゃんのためのRC大賞だね」などと言われた。
(私は『フィドルの妖精』(FK名義)『Heart of Orpheus』(ケイ名義)『アメノウズメ』(水沢歌月名義)の作曲者で、『ナノとピコの時間』のテーマになっているピコ本人で、『ギター・プレイヤー』は作曲名義になっているヨーコージの一部である。つまり5通りの名義で各曲に関わっている)
私はむろんローズ+リリーとKARIONで歌唱したが、松原珠妃は自分の歌の間奏が流れている最中にわざわざステージから降りて私を連れにきたので、ナノとピコのツーショットが11年ぶりに公の場に出ることとなった。
この日は千里も新人賞(最優秀新人賞ではない)を取った阪元アミザの作曲者としてドレス姿で会場に来ていたものの、言葉を交わす時間は無かった。
実は醍醐春海がこの手の式典に出てきているのは珍しいので、私は、彼女もいよいよ大学院を卒業するし、この後は専業作曲家として、この手の場所にも露出するつもりかな・・・とこの時は思った。
31日の福島公演の後は、移動して仙台で泊る。そして翌1月1日朝の飛行機で新千歳に飛び、1月1日の札幌公演とこなす。
「鈴割り役」はこれ以降は毎日アクアである。
30日は予告無しに登場してアクアの登場シーンの歓声が凄まじかったのだが、その後
「アクアちゃんはこの後、ローズ+リリーの公演には登場しないんですか?」
という問い合わせが31日の10時以降、★★レコードやUTP、そしてイベンターにも物凄かった。(UTPやイベンターさんの電話が一時使用不能になった)
それで31日以降は全ての公演に登場しますというと
「チケットはもう無いんですか?」
と質問される。
むろんローズ+リリーのチケットは全て売り切れているが、こちら側ではこの事態を予測して手は打っておいた。
「1月1日以降の各会場、市内数カ所で有料のライブ・ビューイングを行いますので、詳細はローズ+リリーの公式ホームページ、および★★レコードのローズ+リリーのコーナーで情報をご確認ください」
と案内した。
それで今度はこの2つのサイトが、つながりにくい状況が正月3ヶ日くらいまで続いた。(あおりをくらって★★レコードの他のページまで閲覧しにくい状況に陥った)
§§プロのホームページには12月29日の放送終了後即アクアの名前と写真が掲載され、ローズ+リリーのライブ・ビューイングの案内も行われた。また先日ハワイで撮影した写真やビデオの一部が公開され、写真集もビデオ集も1月1日発売と案内されたので、アマゾンへの予約が凄まじい数入った。
その予約の凄まじさが紅川さんや町添さんの予想を遙かに超えていたので、31日夜、町添・紅川・コスモスの三者電話会談を経て、写真集の増刷、DVDの追加プレスを決めた(紅川さんは東京にいるが、町添さんは仕事で渡米中、コスモスは自身のライブで大阪に居た)。
アクアの写真集とビデオが発売されることは30日の東京公演、31日の福島公演でも案内している。
1月1日は朝から仙台→新千歳の飛行機で移動して、札幌入りしたのだが、午前中軽くリハーサルをしてから、お昼を食べていると、政子が今日発売されたばかりのアクアの写真集とビデオDVDを持っている。
「もう手に入れたんだ!?」
「窓香ちゃんに頼んで、買ってきてもらった」
と政子。
「マリさんが自分で買ってくるとおっしゃったのですが、公演前にマリさんを外に出す訳にはいきませんから」
と窓香。
「大変じゃ無かった?」
「行列ができていて、整理券配ってました」
「人気ゲームの発売日みたい!」
「まさにそれでした。リハ終わった後行っても買えなかったと思います」
「なんか凄いですね。他人事みたいに言うけど」
とキュロットを穿いているアクア本人が近くで言う。政子にスカートを穿かされそうになったところをキュロット(本人が持っていた)で勘弁してもらったのである。
「自分の写真が何十万人もの人に見られているって少し変な気分だけど」
「まあ、アイドルってそういう仕事だよ」
「ぐふふ。アクアちゃんの写真可愛いなあ。特に最後のページがいい」
などと政子は言っている。
実はこの写真集の最後のページには「七色セーラー服」を着たアクアの写真が掲載されているのである。中央に学生服のアクアが大きく写っており、それを取り囲むように七色のセーラー服を着た小さな写真が配置されている。
「29日の放送の後、友だちからの電話やラインが凄まじかったんですよ。可愛いかった。このまま女の子になっちゃいなよとか。この写真集を見た後の反応が気が重い」
とアクアは言っている。
「冬休み明けからはセーラー服で通学するんでしょ?」
「そんなことしませんよ!」
「マリ、そんなことあまり言っているとセクハラだからね」
と私は注意するが、とっくにセクハラ・パワハラになっている気もする。
そんなことしている内に、千里が来訪してチョコレート菓子を差し入れしてくれる。里帰りしてたの?と訊くと、就職することになったので保証人のハンコをもらいに来たというので驚く。
「千里、就職するの!?」
「それが先輩から勧められて行った会社の専務さんが気に入ってくれて。私は女にしか見えないから性別は気にしなくていいし、ぜひうちに来てくださいなんて言われて。ソフトハウスなんだけど」
と千里。
12月30日に大学の院生室にいたら、そこにやってきた先輩から、君就職は決まったの?と訊かれ、面接40連敗だと言ったら「ここに行ってみて」と言われて行ったら採用されてしまったらしい。
「でも30日って、千里、RC大賞の会場に来てたよね?」
「うん。大学からその会社に行って採用された後、会場に行った。そしてその後、北海道に帰省する友だちの車に相乗りして戻って来た」
「忙しい!」
「でも千里、プログラム書けたんだっけ?」
「私、自分が組んだプログラムがまともに動いたことない」
「うーん。。。だいたい千里、就職する必要なんて無いでしょ?」
「雨宮先生から叱られた。とりあえず毎月回す作曲依頼の数を4月以降今までの倍にするつもりだったけど、3倍にするからと言われた」
「あぁぁ」
「私、3月にはユニバーシアードの代表にも招集されるし」
「大丈夫〜?」
「代表活動の間は休んでいいと専務さんは言っていた。まあ、それでクビになっても構わないし」
「それ早々にクビにしてもらった方がいい気がする」
私たちは翌日には東京に戻り、あちこち年始回りをした。
明治神宮に参拝した後、★★レコード→○○プロ→∴∴ミュージック→下川先生宅→上島先生宅→東郷先生宅→雨宮先生宅とこの日は移動した。
実は東郷先生宅で終わるつもりだったのだが、上島先生宅で奥様の春風アルトさんから「雨宮さんとこにこれ持って行ってあげて」と言われて、アルトさんお手製のおせちのお重を言付かり、更に東郷先生から「これあいつに持って行って」と言われて秋田の日本酒・白瀑を言付かったので行くことになった。
「行ってもおられなかったらどうしましょう?」
と尋ねたのだが、アルトさんも東郷先生も
「居なかったら暗証番号付きの宅配ボックスに入れておけばいいから」
と言って、暗証番号も教えてもらった(実は知っていた)。
それでまあ多分おられないだろうと思って行ったものの、ご在宅であった。
同じワンティスの三宅先生、バインディング・スクリューの田船智史さんとお姉さんで作曲家の田船美玲さんまで居る。
それで4人の服装を見て、政子がはしゃぐ。
「どうしてみなさん、そういう格好なんですか?」
実は雨宮先生と美鈴さんが紋付き袴を着ていて、三宅先生と智史さんが振袖を着ているのである。
私は雨宮先生の男装も、三宅先生の女装も初めて見た。田船姉弟のほうがお互い紋付き袴・振袖がわりと似合っているのに対して、雨宮先生の男装も三宅先生の女装もかなり酷いものである。これで外を歩けば職務質問されるレベルだ。
「年越し徹夜麻雀してたんだよ」
と女装の三宅先生。
「それで負けたら言われた服を着るというのやってたら、いつの間にかこういうことになった」
と男装の美鈴さん。
「バインディング・スクリューはカウントダウン・ライブやってませんでした?」
と私は田船姉弟に訊く。
「大宮でやった。ケイちゃんたちが27日に使ったのと同じ会場だよ」
「わあ、あそこですか」
「その後、麻雀のメンツが足りんと言われて呼び出されたのよ」
「僕たちと入れ替わりに、パンダの着ぐるみの桜木八雲と、チュチュ着た毛利君が出て行った」
「着た服のまま帰らないといけないんですか!?」
「最初着て来た服は没収されちゃったし」
「僕、とてもこんな格好では帰られないから、夜になるまで待ってた」
「君たち代わってくれない?」
「すみません。私もマリも麻雀のルール知らないので」
「ルール知らないなら仕方ないか」
アルトさんから言付かったお重と、東郷先生から言付かった白瀑・斗瓶囲を出すと
「おお。食料が尽き掛けていたから嬉しい」
「今、次に負けた奴が今着ている服のまま食料を買いに行ってくるなどと言っていた所だ」
などと言われる。
もっとも、お酒は「これ以上飲んだら今夜の予定に差し支える」ということで、明日帰宅してから飲むとおっしゃって、棚に置いておられた。それを見て田船姉弟もホッとしていたようである。
ともかくもそれで結局しばらく私たちもおつきあいすることになる。
「しかしマリちゃんがいると、あっという間にこれ無くなる気がする」
「大丈夫です。ピザの宅配頼みましょう」
と言って、私はピザハットに電話してピザのLサイズを10枚、よりどりで持って来てと注文した。
「パーティーか何かですか?」
とピザハットの人が尋ねる。Lを10枚というのはかなりの量だ。普通の食欲の人であれば40-50人分くらいある。
「ええ。バスケットチームの打ち上げなんですよ」
「なるほどですね!」
と向こうは納得していたようである。
念のため、マリの前には、これが食料ストックの最後という話であった八戸煎餅の袋を3つ、どーんと置いて、ピザが来るまで、おせちを守ることにする。
「でも雨宮グループというのも、全貌がよく分からない。何人くらいおられるんですかね」
と私が言うと
「ああ、それは知っているのは仕事の振り分けをしているカズヨちゃん(新島鈴世)だけだと思う」
「たぶん雨宮先生本人も知らない」
「そもそも各々が雨宮先生と直につながっているからね。序列が無いし」
と美鈴さん。
「そうそう。だから雨宮の弟子は、first, second, third とは数えない。one, two, threeと数える」
と三宅先生が言う。
「何だかバチカンの枢機卿の話みたいですね!」
バチカンの枢機卿は教皇以外は(建前上)全員対等であり、上下の序列が存在しない。それでCardinals are not counted by first, second, third,..; They are counted by one, two, three, .... と言われる。ここでCardinalというのは「枢機卿」の意味と「基数詞」の意味の掛詞(かけことば)になっている。言語学的にfirst, second, third などは「序数詞(ordinal)」であり、one, two, threeなどは「基数詞(cardinal)」である。
「ほぼ全員が、その内雨宮先生を倒して自分が盟主になるんだと言ってるしね」
と智史さん。
「まあ私はそういう子が好きだからね。美鈴にしても(高倉)夏恵にしても(福田)瑠美にしても、そういう目をしているし、そう公言しているし」
と雨宮先生。
私は唐突に訊いてみたくなった。
「醍醐春海もですか?」
「ああ。あの子も『雨宮先生はその内セックス・スキャンダルで音楽業界から追放されるだろうから、その後は自分が中心になる』とか、よく先生の前で言っている
と美鈴さん。
「僕は雨宮はそのうち、誰か売れなかった歌手に逆恨みされて刺されると思う」
「泥酔して裸になって暴れて警察に捕まるのでは?」
「選挙違反か贈収賄では?」
とみんなが言っているので、私は
「いいお弟子さんをお持ちですね!」
と思わず言った。
そのあたりでピザが届いたが、むろんマリの前に箱を重ねておいて、おせちを守ることにする。ちなみに八戸煎餅はほぼ無くなっていた。一緒に頼んだコーラを飲みながらピザを食べていたのだが、
「しかし千里は面白くない」
と雨宮先生が言っている。
「何かありました?」
「やっと大学を出るから、これからは今までの3倍仕事してもらおうと思っていたのに、就職先が決まったとか言うからさ」
「ああ。本人も困っていたみたいです。先輩から言われて面接に行ったら採用されてしまったとかで。でも、すぐ辞めると後輩が採ってもらえなくなるから1年くらいは頑張るとか言ってました」
「だから罰として1月中に100曲書いてと言ってリスト渡したら、いつの間にか10曲に減らされていたし」
「100曲はさすがに無茶です。10曲でも、事実上それ以外のことは何もせずに、作曲だけやってないと無理ですよ」
と私は言う。
「でもあの子、色々バイトしてたよね?」
と美鈴さん。
「バスケットの選手でもあるみたいね。あの子の試合見に行ったこともあるよ」
と三宅先生。
へー!と思う。三宅先生が千里とそんなに関わりを持っていたことは知らなかったし、千里の口から三宅先生の名前を聞いたことも無かった。
(青葉同様、他の知り合いの話はしない癖が付いているのかな?とも思う)
「それでもこれまで毎月5〜6曲書いていたね」
「うん。あのペースが信じられない。他のみんなは月に1〜2曲が限度なのに」
「(松居)美奈ちゃんは割と書くけど、それでも月に3〜4曲だよね」
「私なら1曲書き上げたら、1週間は休まないと、次の曲の発想が得られない」
「というか、前のと混線しちゃうよね」
「千里は自分の曲は埋め曲だから速く書けるんだ、とか言ってたね」
「そうそう。売れそうには無いけど、それなりに可愛い曲、あるいは格好良い曲を書くのが得意」
「うんうん。元々のファンだけが満足してくれる曲」
「あれは頭で書くんだと言ってた」
「あと書き上げたら、即それを忘れちゃうからと言ってた」
「あの子は脳内リセットが上手いみたい」
「たぶんバスケの練習で頭をリセットしてるんだと思う」
という声があり、なるほどーと私は思った。
「もっとも前のと混線しにくい順序で書くとは言っていたね。大人の男性歌手向けの曲を書いた後10代の女性歌手とか」
「ああ、そういう順序入れ替えは私もやります。やはり鈴鹿美里の次に富士宮ノエルみたいな感じの連続は辛いです。私もわりと書いた曲は即忘れるんですけどね」
と私は言う。
「ケイちゃんのペースも信じられないね」
「年間100曲くらい書いてるでしょ?」
「昨年は80曲くらいだと思います」
「それでも凄い」
「私は自分たちで歌う歌以外は下川先生のところで編曲してもらいますから。私が書いてるのはギターコード付きメロディー譜までなんですよ。でも上島先生が凄まじいです」
「ああ。あいつは異常すぎるから」
と三宅先生が言っている。
「一時期は年間1000曲くらい書いてたね」
「今でも700-800曲書いているんじゃないかな」
「基本的には午前中1曲、午後1曲、夜1曲書くと言っていた。どうしても書けない日もあるから、それで結果的に700曲程度になる」
「あいつその内、破綻しそうだけど」
と雨宮先生。
「その前に身体壊しそうで僕は心配だ」
と三宅先生も言った。
夜8時頃、風花が私のカローラフィールダーを運転して迎えにきてくれた。雨宮先生から
「秋乃君だったっけ? 君、フルート凄く上手いよね」
と言われている。やはり管楽器奏者には注目するのだろう。
「ありがとうございます」
「君は生まれた時から女の子なの?」
「生まれた時からずっと男の子ですが」
と風花は顔色も変えずに言う。
「今も男の子なの?」
「そうですよ」
「確かめさせてよ」
「100億円頂けるなら考えてもいいです」
「先生、うちのスタッフを誘惑しないでください」
と私が言った。
「まあいいや、君もおとそ飲みなさい」
などと言われるが
「済みません。運転しなければならないので」
と風花は柔らかく断り、ピザとおせちだけ少しつまむ。
その後、更にワンティスの海原先生と山根先生がやってきたので、それと入れ替わりに、私たちと田船姉弟は退出した。
私たちは風花の運転でいったん政子の実家に行って、政子は振袖だけ脱いでから、このまま実家で夜24:30(1/3 0:30)からの『これが性転換だ!』を見るのでテレビをつけておくと言っていた。先日の『性転の伝説』の結果発表で、ハルラノの慎也が「優勝」と言われて、強制的に性転換手術を受けさせられるために連行された続きである。
マンションではなく政子の実家に行ったのは、お正月で道が混んでいる中、都心まで往復すると時間が掛かるからである。
私は政子のご両親に新年の挨拶だけした上で、振袖を脱いで普段着に着替え、また風花の運転で上島先生のご自宅に向かった。
私は雨宮先生から自宅まで、また自宅から上島先生宅までも、ひたすら車内で寝ていた。上島先生宅に夜9時半頃に到着するが、そこでもまた仮眠させてもらう。風花はフィールダーを置いたまま、タクシーで自宅に戻る。
11時頃、予めフィールダーに積んでおいた喪服に着替えて、フィールダーに上島先生と、私の後からやってきていた下川先生・水上先生を乗せて私が運転して出発した。
1時に初狩PAに集合厳守だったのだが、実際には0:45には全員集まった。
私が運転するカローラフィールダーに上島先生・下川先生・水上先生。
山根先生が運転する(雨宮先生の)フェラーリFFに、雨宮先生・海原先生・三宅先生。
加藤課長が運転するブルーバード・シルフィに田代夫妻と長野松枝。
千里が運転するインプレッサに佐々木川南・白浜夏恋・龍虎・長野支香。
最後に到着したのが加藤課長の車で
「ごめーん。遅くなった」
と課長は言ったが、
「まだ集合時刻15分前だよ」
と上島先生が言っていた。
加藤さんとそちらの同乗者がトイレに行って来て0:55頃、出発する。私の車は下川先生が運転してくださって、私はその間仮眠していた。千里のインプは三宅先生が運転してくださって、その間千里はフェラーリに移って仮眠していた。フェラーリは海原先生が運転した。シルフィは田代父が運転した。
途中のPAで休憩して、再度ドライバー交代する。私、千里、加藤課長、雨宮先生の運転で、事故現場の先にあるSAに辿り着いたのが1/3 4:40くらいであった。全員でSAの端まで歩いて行き、龍虎が花束を置く。そして加藤課長の「4時51分」という声で全員合掌する。海原先生が般若心経を暗誦する。全員合掌したまま、目を瞑ってその心経を聞いていた。うろ覚えの上島先生と雨宮先生もそれに合わせて声を出していた。
その後、龍虎の求めに応じて千里が龍笛で『アクア・ヴィタエ』を演奏した。全員その美しい音色に浸っている。曲のクライマックスで落雷があったが、千里によると事故現場のカーブの所に寄ってきた龍たちが落としてくれたらしい。
全員喪服を着てきているのだが、龍虎は可愛いティアードスカートの喪服で、髪には黒いカチューシャまで付けている。この喪服は実は川崎ゆりこが買ってあげたものらしいが、川南にうまいこと乗せられ、着せられてしまったようであった。
更にこの可愛い格好を見た夏恋が
「君の学校の女子制服を私が買ってあげるよ」
などと言い出す。
アクアは表面的には「え〜!?」などと、嫌がるような言葉を発していたものの、表情を見ると、むしろ喜んでいる風にも見えた。この子、マジで女装にハマッているみたいだなと私は思った。きっとセーラー服を本当に着たいのだろう。
「アクアちゃん、年末の番組のあと、友だちから何か言われなかった?」
と三宅先生から訊かれている。
「可愛すぎる。このまま女の子になっちゃおうよ、とかだいぶ言われました」
とアクア。
「写真集とビデオが1日に出たけど」
「早速何人か買ったらしいんですよ。まだ入手できない子もいるみたいですが」
写真集は30万部、ビデオDVDは10万枚、と物凄く強気のプレスをしたのだが、それが1月1日だけで全部売り切れてしまい、§§プロでは「正月明けから頑張って増刷するので、しばらく待って下さい」というアナウンスを出す羽目になった。当然入手できなかったファンが大量に居た。Amazonにも大量の注文が入っていた。
「それで結局入手できた子の所に集まって、みんなで見たらしいですけど、写真集の最後に入ってたセーラー服の写真とか、ビデオのボーナストラック『お着替え200発』に入っていた写真とか見て、ぜひ3学期からはセーラー服で出ておいでよと言われました。僕がそんなの持ってないと言うと、洗い替えを持っている子が貸してあげようかとか言って」
「それはぜひセーラー服で出て行かなければ」
と川南。
「女子制服は特急で作ってもらわねば」
と夏恋。
「勘弁してくださいよぉ」
と本人は言っているものの、やはり嬉しそうにしている。この子、マジでセーラー服で通学し始めるのではと少し心配になってきた。
ちなみに、アクアの§§プロとの契約書の中には「26歳まで恋愛禁止」という条項とともに「30歳まで性転換禁止」という条項が入っているらしい。性転換を禁止する条項が入った契約書というのは、私も初めて聞いた。本人は「僕は別に女の子にはなりたくないから問題無いです」と言ったらしいが。
ちなみに契約で女装やお化粧、去勢、ホルモン摂取などは禁止されてないらしい!それどころか紅川さんからは
「もし去勢手術受けるなら、スケジュールの都合があるから、デビュー前に受けといて」
と言われたらしいが
「去勢したくないです!」
と本人は言ったらしい。
また契約書に「声変わり禁止」という条項を入れようかという話もあったらしいが(さすがにジョークだろうが)、アクアは「それは困ります!」と言ったものの、そう発言するまで数秒間考えていたとも聞いた。
追悼が終わった後でSAの施設内に入り、みんなで朝食を取る。私と千里、川南・夏恋、それに龍虎の5人で料理や飲み物を全員に配った。
「お料理来てない人います?」
「みんなあるみたいね」
「じゃ私たちも席につこう」
「龍、飲み物ここに置くね」
と川南が言っていた。
「ありがとう」
と龍虎。
それでこの日は加藤課長や雨宮先生などが積極的に話題を振って2001年春から2003年末に至るワンティスの活動時期のことをたくさん話題にした。龍虎もそのあたりの話は興味深そうに聞いていた。
「まあ高岡って妥協を知らない奴だったね」
と懐かしそうに海原先生が言う。
「この歌詞は意味不明だから変えようと言っても聞かない」
「ここはアルトサックスよりフルートがいいと思うと言っても譲らない」
「かなり険悪になったこともあったなあ」
「ここは音楽理論的にこの和音でないといけないと言っても、そんなの理論が間違っているとか言って、なかなか譲らない」
「ああ。参ったね。あの時は」
「仕方ないから、高岡の書いた通りの演奏と、音楽理論に添った演奏とやって録音したのを聞き比べてみた」
「それで『あ、ごめーん。君たちの意見が正しい』とか」
「その手のことをひとつずつ確認しながらやっていかないといけないから、音源製作が進まないこと進まないこと」
「あれでキャンペーンの話が消えて違約金取られたこともあったからね」
と水上先生。
「でも加藤さんが担当になってからは、そのあたりのトラブルも減りましたよ」
と下川先生が言う。
「まあ僕は学生時代の部活で、わがままな部長の下の副部長をずっとやってたから、あの手の説得作業には慣れていたんだよ」
と加藤さんは言う。
「何の部活だったんですか?」
「軽演劇部だったんだけどね」
「おっ、凄い」
「部長が凄い人だったけど、凄すぎてみんなが付いていけない。だから僕は緩衝材であり、またあまりに高尚で難解すぎるものを観客が見て分かるものに軟着陸させるのが役割だった」
「まさに高岡タイプだったんだ?」
「マリが言っていましたよ。高岡さんの詩って凄いけど、完璧すぎて付いていける人が少ない。夕香さんの詩は悪く言えば平凡だけど、わかりやすくて共感を呼びやすいって」
と私は言う。
「うん。実はそれだから、ふたりが亡くなった後、僕らもこの詩はどっちが書いたものかというのを判別することができた」
と水上先生が言っている。
「高岡が書いた詩を夕香が清書することもあったから、筆跡だけでは判別できなかったんだよね」
「時計色の空に誓うとか、まるでアノマロカリスのように君が好きとかいった、理解不能な言葉が入っているのは間違い無く高岡」
「詩を見てて、推敲したくなってくるのが夕香」
「ああいう詩を書いた夕香さんって、別の意味での天才だとうちのマリは言ってました」
と私が言うと
「ああ。それは霧島鮎子さんも似たようなこと言っていた」
と上島先生が言った。
私は上島先生が霧島鮎子さんと面識があるのか、と意外に思った。
私たちの会話は1時間ほど続いたが
「そろそろ出ないと午後から用事のある人もいるし」
「人が増えてくると、これだけのメンツが集まっているのは目立つし」
といった声も出てきたので解散することにする。
龍虎は自分の前に置かれた飲み物にまだ手を付けていなかったことに気づきそれを一気に飲み干した。
が・・・変な顔をする。
「カルピスかと思ったら違った」
などと言っている。
「ああ。それは***製薬のエストロパワーだよ」
と川南が言う。
「へー。ガーリックパワーとかのシリーズの新製品?」
「これは結構前からあるらしいよ」
「あ、そうなの?知らなかった」
「ガーリックパワーは医薬部外品だけど、エストロパワーは第1類医薬品で薬剤師しか販売できないんだよ。親しい薬剤師さんがいる薬屋さんで買ってきた」
と川南は言っている。
ここで千里が川南に尋ねた。
「そのドリンクの主成分は?」
「エチニルエストラジオールだけど」
「ああ、やはり」
龍虎はキョトンとしている。意味が分かってないようである。
「まあ要するに女性ホルモンだね」
と千里が言うと
「え〜〜!?」
と龍虎は驚いていたが、私も上島先生も苦笑している。
「龍ちゃん、川南からそれしょっちゅうやられてのに、気付かないというのは実は女性ホルモン摂りたいんだとしか思えん」
などと夏恋は言っていた。
「女性ホルモンはやめてくださいよ〜」
「じゃ男性ホルモン摂りたいの?」
「それはちょっと・・・」
「やはり女性ホルモンがいいんだ?」
「違いますよぉ」
「先月は女性ホルモンの注射しちゃったね」
などと川南は言っている。
「ボク、女の子みたいな身体になっちゃったらどうしよう?」
「既に女の子みたいになっているから問題無い」
「デビュー前にちんちんも取っちゃおうよ」
「それは契約違反です」
と言いながら龍虎がちょっと焦ったような顔をしたので私は何だろう?と思った。
「言わなきゃバレないって。ケイだって大学2年生で性転換手術したと言っているけど、実際は小学生の内に済ませてるし」
などと千里が言っているので、私は千里はどうなんだ?と突っ込みたくなった。
「しかし今日はアクア君は女子トイレを使ってるね」
と海原先生が言う。
「まあその服で男子トイレに入れば痴漢で捕まる」
と雨宮先生。
「捕まるんですか〜?」
「だいたい龍虎、お前男子トイレに入っても個室にしか入らないし」
と田代父が言う。
田代父は龍虎と一緒に男子トイレに入ったりする数少ない人のひとりだ。女子トイレに龍虎を連れ込む子はたくさん居る!
「座ってする方が落ち着いていいし」
などと龍虎は言っている。
「龍虎が立っておしっこをしている所は誰も見たことが無いという説もある」
などと川南が言っている。
「立ってすることもあるよぉ」
と川南に対しては口をとがらせて文句を言う。
「じゃここにいる男の人の誰かと一緒に男子トイレ行って、立ってしてみせる?」
「この服じゃ無理です」
「まあ確かにその服では立ってするのは不可能だ」
「でも実は立ってするために必要な器官が存在しないから、立ってしないのではという説もある」
などと川南は更に言う。
「存在してるよ〜」
と龍虎。
「まあ、こないだそれを病院に行って確認されたね」
と私が言う。
「病院に行って何したの?」
と水上先生。
「アクアがあまりにも女の子にしか見えないので、一部の関係者が不安がって、本当に男の子なのかをお医者さんに検査してもらったんですよ」
「それどうやって検査するの?」
「お股の所とか、胸とか、お医者さんに見せました。あと、尿とか血液とか取ったし、MRIに入れられて色々検査されました」
と本人。
「何か大変そうだ」
「それで男性器は存在しないし、胸は女の子のように膨らんでいて、体内には子宮や卵巣があって染色体もXXで、ホルモンは女性ホルモン優位だと診断されたんでしょ?」
などと雨宮先生が言うので
「違いますよぉ」
と龍虎は反論している。
「一応ちゃんと男性器は陰茎も睾丸・陰嚢も存在するし、胸は女の子みたいに膨らんではいないし、染色体はXYで、体内に膣や子宮に卵巣は無く、前立腺が存在すると診断されましたよ」
と私はフォローする。
「なんだ。つまらん」
などと海原先生が言う。
「ただホルモン的にはまだ中性らしいです。やはり小さい頃にした大病のせいで、性的な発達も遅れているみたいですね」
と私は言う。
「だったら、今から女性ホルモン摂っていたら、凄く可愛い女の子になれるのでは?」
と下川先生。
「別に女の子にはなりたくないですぅ」
と龍虎は言っていた。
「え?でも君、将来は女の子になりたいんでしょ?」
「違います!」
この時、川南が
「今日は夜中から長時間車に乗って疲れたでしょ。このあと東京にとんぼ返りして更に名古屋にも行かないといけないし、大変だから滋養強壮剤あげるよ」
と言って、錠剤のシートを出し龍虎に渡す。
「ありがとう。これ何錠飲めばいいの?」
「3錠かな」
それで龍虎は、その錠剤シートから3粒、錠剤を取り出すと飲んでいた。水で流し込む。そして残りのシートは可愛いポシェットにしまっていた。
「川南、今龍虎に渡した薬は何?」
と千里が訊いた。
「DB-10だけど」
「それ何?」
と上島先生が訊く。
「プロゲステロン。黄体ホルモンです」
と千里。
「なるほどー」
と上島先生は言って笑っているが、またまた龍虎はキョトンとしている。
千里が苦笑しながら
「つまり女性ホルモンだね」
と言うと、またまた龍虎は
「え〜〜〜!?」
と言った。
「さっき卵胞ホルモン・エストロゲンのドリンク飲んだから、黄体ホルモン・プロゲステロンも飲まなきゃ」
などと川南は言っている。
「やはり君は女性ホルモンを飲みたいんだとしか思えん」
と夏恋は少し呆れたような顔で言う。
「まあ、エストロゲンだけでなく、プロゲステロンもちゃんと飲まないと、おっぱい大きくならないよね」
などと千里は言っている。
「ボク、おっぱい大きくなっちゃったらどうしよう?」
「おっぱい大きくしたいんでしょ?」
「まだ大きくしたくないです!」
と龍虎が言ったので
「『まだ』・・・ね・・・」
と言ってワンティスの面々はお互いに顔を見合わせて苦笑していた。
「加藤さんの意見は?」
と雨宮先生が訊くと
「僕としてはアクア君の声変わりはできるだけ遅くなった方がいいからアクア君が自主的に微量の女性ホルモンを飲むのは問題無い」
などと加藤課長は言っている。
「微量で済むといいわね」
などと雨宮先生は苦笑していた。
「ボク自主的に女性ホルモン摂っている訳ではないんですけど」
と龍虎が言うと
「嘘つけ!」
と海原先生からまで言われていた。
この日はローズ+リリーの名古屋公演があるので、私は千里の車に上島先生・加藤課長と一緒に乗り、そのまま名古屋に向かった。政子は昼過ぎに風花がピックアップして、名古屋に連れてきてくれることになっている。
龍虎はいったん東京に戻って昼過ぎから『ときめき病院物語』の打ち合わせに出席する。そのあと新幹線で名古屋に向かうということだった。全く忙しい。1月1-2日は紅川社長・コスモスと一緒に各方面への挨拶回りをしたらしいし、全く休む暇もないようである。
本来は1月3日はアクアは休みになっていたのだが、12月29日の放送の反響が予想を大きく上回っていたためローズ+リリーの公演にずっと付き合うことになった他『ときめき病院物語』も、ここに来て、院長役の中年俳優さんが病気で降板し、急遽別の人が出ることになったことから、打ち合わせが必要になったらしい。
『ときめき病院物語』は、昨年秋の段階では、院長役が内海四郎さん、その子供の姉弟が、神田ひとみとアクアという配役で企画が作られた。
それで12月1日に収録された「これが性転換だ!」に看護婦の衣装を着せられて出演したアクアが
「ときめき病院物語で院長の息子役をしますアクアです」
と言ったのだが、そのナース姿があまりに可愛かったため、司会の古屋さんから「息子じゃなくて娘の役をしなよ」などと言われてしまう。
これに反応したのがこの番組の橋元プロデューサーだった。
実はその時、出演予定者にトラブルが起きていたのである。
アクアの演じる上原佐斗志の「姉」友利恵の役を演じて主題歌も歌う予定だった神田ひとみが11月末に内々に紅川社長に結婚して引退したいという意向を伝えた。
17歳のひとみが結婚というのは紅川さんにとっても想定外の事態だった。
紅川さんは最初激怒したものの、ひとみが真剣に謝り、違約金を払ってもいい。ただ、一度には払いきれないから10年くらいのローンにしてもらえば、などと言い、ひとみから連絡を受けて驚いて上京してきた両親、またひとみの結婚相手の俳優さんと、その両親、事務所社長も一緒に来て紅川さんに平謝りしたことから、紅川さんはその結婚を認めてあげることにした。
違約金は、俳優さんの事務所の社長が個人的に自分が払ってもいいと言ったものの、結局紅川さんはそれも勘弁してやることにした(向こうの事務所社長が肩代わりすれば、結局ふたりは結婚後、そちらに長期ローンで返済していくハメになる)。
それで神田ひとみの引退と結婚が12月28日、アクアのデビュー前日に発表され、3月1日に関東ドームで引退ライブを行い、4月に結婚式を挙げることも同時に発表された。
元々『ときめき病院物語』のキャラ設定では、
院長・上原(内海四郎)と、その高校時代の友人で会社社長の黒間(鞍持健治)がいて、
上原院長の子供が姉・友利恵(高3:神田ひとみ)と弟・佐斗志(中3:アクア)、
黒間社長の子供が兄・純一(高3:岩本卓也)と妹・舞理奈(中3:馬仲敦美)、
となっていて、友利恵と純一、佐斗志と舞理奈が各々同級生で、微妙に気になる関係。
ということになっていたのだが、古屋さんが言った
「アクア君、娘さんの役をしようよ」
ということばに反応した橋元プロデューサーはアクアに、院長の娘と院長の息子の二役をさせるという案を提示した。
最初、アクアに女役をさせるという話に難色を示した紅川さんであったが、元々が自分の事務所のタレントが配役に穴を開けてしまったのだから、あまり強くも言えない。それで男役もするのであれば、と譲歩した。
そこで設定の変更が行われることになった。
アクアの演じる佐斗志は中3のままなのだが、友利恵は高3ではなく中1とした。アクアは高校生を演じるにはさすがに若すぎるのである。それで姉弟から兄妹に変わったことになる。そして純一・舞理奈の兄妹も高2・中2に1歳設定年齢を下げた。
結局、高2の純一と中1の友利恵、中3の佐斗志と中2の舞理奈が気になる関係ということになり、同級生という設定が消えた。純一を演じる岩本卓也君は実際には20歳、馬仲敦美ちゃんは16歳なので、設定年齢を下げるのもこのくらいが限界である。ちなみに神田ひとみは17歳であった。
しかしアクアが二役をやる場合、友利恵と佐斗志が同時に画面に出ないというわけには行かないので、結果的に誰かアクアと似た体格の子をボディダブルで使う必要がある。
プロデューサーは最初、アクアと似た背丈の男の子と女の子、2人のボディダブルを使う方向で検討し、密かに内々のオーディションをすることで、紅川さんと合意した。ところが実際にはこのオーディションは行われなかった。
コスモスがアクアとひじょうに似た体格の男の子をスカウトしてきたので、彼にボディダブルをしてもらうことにしたのである。
「で、男の子の側のボディダブルをするんだっけ?女の子側のボディダブルをするんだっけ?」
と橋元さんはコスモスに尋ねた。実は橋元さんは当初、西湖の性別が分からなかったのである。
「その両方をやらせるんですよ」
その言葉に橋元さんは少し考えたものの
「おお!」
と声をあげた。
「この子なら、男装も女装も行けると思いませんか?身長はアクアより2cm小さいだけなんですよ」
「そのくらいの身長差なら靴底の厚いのとか履かせたら、充分行けるね。ところで、この子は男の子?女の子?」
と橋元さんは言う。
「どちらだと思います?」
とコスモス。
「うーん。。。女の子でしょ?」
「外れ。男の子です」
「え〜〜!? なんか最近は女の子みたいな男の子が流行り?」
と橋元さんは参ったという顔をして言った。
元々が俳優一家なだけあって、西湖の両親、そして叔母である上野陸奥子も、西湖の芸能活動には理解を示してくれて、暫定的に§§プロの研究生としての契約を結ぶことになった。
それでアクアと西湖に、各々男子制服と女子制服を着せてみたのだが、二人とも、男子制服を着たら一応男子に、女子制服を着たらちゃんと女子に見える(正確にはアクアは男子制服を着せても男装女子中生にしか見えない)。
それで『ときめき病院物語』はこの配役で行くことになった。
ところがクランクインして最初の2回分の撮影(撮影は役者さんたちのスケジュールの都合で毎回2回分続けて行う)が終わった年末に院長役の内海四郎さんが癌のため入院するということになり、橋元さんは慌てた。
急遽シナリオライターさんとも打ち合わせた結果、社長役の鞍持健治さんが院長役に横滑り。新たな社長役には内海さんと同じ事務所の藤原重蔵さんをお願いすることになった。藤原さんは3月まで別のドラマの撮影が入っていたのだが、社長の出番を前半は減らすことで、何とか乗り切れるという判断になり同じ事務所の俳優さんのトラブルをカバーしてくれることになった。
それで1月3日は先日の撮影の一部を撮り直すことになったということで全員(西湖も含む)集めて打ち合わせをしたのである。
「僕間違って、鞍持さんに『お父さん』と言ってしまいそう」
と黒間純一役の岩本卓也君。
「そのあたりはお父さんに準じるくらい仲が良いということで」
「僕は間違ってアクアちゃんに『佐斗志』とか言ってしまいそう。ちゃんと『友利恵』と言わなくちゃ」
と新しく院長役をすることになった鞍持健治。
「いや、アクア君は友利恵でもあるけど、佐斗志でもありますから」
「あれ?そうだったんだっけ?てっきり女役をするのかと」
「女役もしますが、男役もしますので」
「そうだっけ?なんか僕も頭の中が混乱してきた」
鞍持さんは実は年内は多忙だったため、第1回の撮影冒頭に出ただけで、すぐ離脱していたので、アクアが男女2役をした所を見ていなかったのである。
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【夏の日の想い出・男の子女の子】(2)