【夏の日の想い出・生存競争の日々】(上)

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2月初旬、唐突にテレビに美少女が踊りながら歌う『恋の妖分身』という曲のCMが流れた。そのビデオの中で少女は最初ひとりでソロで歌っていたのが途中で2人に分身してデュオ(ソプラノ・アルト)で歌い、やがて3人に分身してトリオ(ソプラノ・メゾ・アルト)で歌い、最後は4人に増えてクァルテット(ソプラノ1・ソプラノ2・メゾ・アルト)で歌うという技(?)を見せた。
 
見た目も可愛いし、歌も上手いし、その分身の映像効果も、本当に一卵性四つ子が歌っているみたいというので話題になる。
 
「しかしこの子、どんだけ広い声域持ってるんだよ?」
「上はソプラノのD6、下はアルトのF3まで出てる」
「声域が3オクターブ? すげー!」
「しかも音程取りが物凄く正確。ピッチのズレが細かい音符を除けば2-3Hz以内。見た目は14-15歳くらいだけど、この年齢でここまでの歌唱力があるというのは物凄い新人だぞ」
 
やがてその曲は2月下旬から放送開始された特撮番組『東京新撰組』の主題歌であることが明らかにされる。番組の放送開始とともにCDとダウンロード音源も発売され、予約を(公式には)いっさい受け付けていなかったにも関わらず初動で15万枚を売る物凄いヒットとなる。
 
そしてこの歌を歌っている宮城イナイという女性歌手についてもレコード会社に問い合わせが殺到するも、レコード会社は日本人で誕生日は6月9日であることだけを明らかにしただけで、年齢や出身地に関する情報は明らかにしなかった。
 

3月3日、宮城イナイのCDを発売している新興レコード会社ЮЮレコードは社長自らが出席する記者会見を開き、衝撃の告白をおこなった。
 
それは宮城イナイというのは、仮想アイドルだというのである。
 
彼女の歌は声優の道川佳美の声素を使用して組み立てたボカロイドであり、そのプログラミングと調整は新進のソングライター・佐原メルによるものであること、伴奏は同じく新進の作曲家・松居夏鈴がDTMで組んだもの、そして画像は新進の映像作家・横井友奈によるCGであるというのである。
 
「宮城イナイの宮城というのはかつての仮想アイドル伊達杏子をリスペクトして伊達から宮城という連想、イナイというのは文字通り『居ない』ということで、非存在をあらわします」
 
とまだ28歳の三方社長は説明した。
 
この衝撃の告白に対して日本中で宮城イナイに憧れていた人たち(特に若い男性)から悲鳴の声があがり、同じ日に十二単を着た「美少女姿」を見せたアクアの記者会見がかすんでしまうほどの話題になったのである。
 
翌日のワイドショーは時間の半分をアクアに、半分を宮城イナイに割いて熱論をしていた。
 
この件に関しては三方社長は不当表示防止法違反容疑で東京地方検察庁から事情聴取されるというおまけもついた(容疑不十分で不起訴処分)。
 
しかしそんなことも更に話題となって宮城イナイの『恋の妖分身』のセールスはあっという間に30万枚/DLを越え、その影響で『東京新撰組』の視聴率も上がるという現象が起きる。
 
レコード会社では検察側の判断が出たところで、宮城イナイのライブをこの夏に実施することを発表した。方式は初音ミクのライブと似たようなものになるという説明があった。
 
一応、声素を提供した声優の道川佳美、作詞者で歌のプログラミングをした佐原メル、作曲者で伴奏作成者の松居夏鈴、CG作成者の横井友奈、振付担当のエヴリン・ジュペ、服飾デザイナーの伊藤みゆき、の6名が「宮城イナイ」のプロジェクト・メンバーということであった
 
「私は最初に声を録っただけで、その後は関与してなかったんですけどねー」
 
などと声優の道川佳美は言ったのだが、彼女は宮城イナイの声で話すことができるので、イベント関係にはしばしばチーム代表という名目で出て行くことになる。(顔は全然違うのだが)『恋の妖分身』で宮城イナイが着ていた衣装を着てコスプレなども披露していた。ちなみに彼女自身は歌は極端な音痴なので私の生歌は勘弁してください、などと言っていた。
 
(でも高校時代にカラオケで歌った歌声が流出して「ホントに下手だ!」とネットには書かれていた)
 
チームでは、しばしば「宮城イナイの今日の出来事」なる短いムービーを動画掲載サイトに無償公開し、これがけっこう話題になっていた。
 
内容は「目玉焼きを作ろうとして、卵を割ったのはいいが、うっかり中身の方を捨てちゃった」とか、「遅刻しそうになってキビダンゴ咥えて走っていたら道の角で桃太郎とぶつかった」とか、しょうもないエピソードで時間も30秒程度ではあったものの、CG自体はふつうに実写に見える精巧なもので、ネットの住民たちから称賛があがっていた。
 
また「宮城イナイ」プロジェクトでは彼女の「出身地」「在籍している高校の名前」「血液型」などといったデータを投票で決めるというイベントを行ってこれもまた彼女の人気を高めた。
 
プロフは福島県南相馬市生れ、永遠の高校1年生、私立浪江実業高校美術科、血液型はABといったものが、ファン投票によって決められた。
 

「大学合格おめでとう」
と私は3月7日、電話で沖縄の麻美さんに言った。
 
「ありがとうございます。入試会場に行ってもまわりが若い子ばかりだったし、私世間の動きを全然知らないからけっこう戸惑ってますけどね」
と彼女は言った。
 
麻美さんは高校1年の秋に原因不明の病気に罹って入院し、昨年夏まで7年弱の入院生活をした。現在23歳である。一応2010年3月に高校の卒業証書は特例でもらっているが、実際問題として2011年頃までは勉強などする余裕がない状態で病気と闘っていた。しかし病気が快方に向かい始めた2012年頃から高校の教科書を友人から譲ってもらって読むようになり、昨年夏に退院した後は頑張って予備校に通い、地元の国立大学の医学部保険学科(看護師等養成コース)に美事合格したのである。
 
「看護婦とか激務だと思うけど、身体には差し障りない?」
「薬はずっと飲んでいないといけないですけど、昨年秋以来、毎朝ジョギングするようになったからだいぶ体力付きましたよ」
「ジョギングはひとりでしてるの?」
「陽奈ちゃんと、お姉さんの花奈さんが付き合ってくれて3人でジョギングしてます」
「陽奈ちゃんも頑張るね!」
「私にとってはケイさんたちと並ぶ恩人です」
「いやいや、私たちは何もしてないから」
 
「あ、そうだ。あのぉ、こんなことケイさんに頼むのは失礼だとは承知の上なんですけど」
「ん?どうしたの?」
「ケイさん、アクアちゃんとお知り合いだそうですね。彼のサインとかもらえませんよね?」
 
私は苦笑した。
 
「いいよ。書いてもらってそちらに送るよ」
「ありがとうございます!」
 

「だけどアイドルも一気に世代交代した感があるよね」
 
その日私は美空・小風の2人とお茶を飲んでいた。和泉は大型二種の免許取得のため運転免許試験場に行っていた。彼女は高校1年で原付、高校2年で小特を取った後、高3で普通免許と自動二輪、大学1年で中型免許と大特、大学2年で大型免許と牽引、大学3年で大型自動二輪、大学4年で普通二種、昨年中型二種と大特二種を取った。これで今年大型二種を取り、このあと牽引二種を取れば晴れてフルビッターになれるのである。それも夏くらいまでには取りたいと言っている。
 
ただし2017年には普通免許と中型免許の間に「準中型免許」が新設される予定なので、9年も掛けてやっとフルビッターになったのに、和泉がフルビッターで居られるのはわずか2年ほどである。
 

生年度別アイドル・元アイドル一覧(デビュー年)
1991 貝瀬日南(2007), 秋風コスモス(2007), Rose+Lily,AYA,KARION,XANFUS(2008)
1992 ピューリーズ(2009), 浦和ミドリ(2008), 川崎ゆりこ(2009)
1993 小野寺イルザ(2010), 谷崎聡子(2009), ステラジオ(2011), 谷川海里(2013)
1994 桜野みちる(2010), 槇原愛(2011), 丸山アイ(2014)
1995 杉田純子(2012)
1996 スリファーズ(2010), 山村星歌(2010), 坂井真紅(2009)
1997 富士宮ノエル(2010), 篠崎マイ(2014), LLL(2014)
1998 南藤由梨奈(2014), 遠上笑美子(2014), 鈴鹿美里(2013)
1999 丸口美紅(2013), 光丘ひなの(2014), 品川ありさ(2014)
2000 森風夕子(2013), 北野天子(2014)
2001 アクア(2015)
 

「去年くらいまでは坂井真紅・富士宮ノエルがトップアイドル、山村星歌やスリファーズがそれに続く感じだったけど、スリファーズは大学受験のため半年間休業していて、坂井真紅は先月18歳になってしまったし、ノエルも7月にやはり18歳になっちゃう。するとその下の世代の森風夕子、丸口美紅、光丘ひなのといったあたりが台頭を伺う。去年爆発的に売れた南藤由梨奈とか遠上笑美子・篠崎マイあたりも、うかうかしていられない」
 
「そこに、アクア、宮崎イナイという強力新人が出てきたし、今まだセールスは小さいけど、北野天子はあれかなり売れると思う」
 
「でもアクアは男の子だし、宮崎イナイは仮想アイドルだし」
「いや、仮想アイドルって絶対にスキャンダルとか起こさないから、2次元の恋人としての需要がかなり伸びると思うんだよね。アクアの場合、女の子たちは美形男の子アイドルとみなすし、男の子たちは女の子みたいに可愛い子とみなす。実際ダウンロードサイトでの売れ行きを分析してみると、あの子、男女半々くらいに売れているんだよ」
 
「まあどっちみち、私たちはもうアイドルと呼ばれることはないだろうね」
「うん。後は実力だけの勝負の世界になる。芹菜リセ・松浦紗雪・松原珠妃・鞍元真須子といったあたりと真っ向勝負だよ」
 
「あれ?年末くらいにその4人ともうひとり誰かの名前あがってなかったっけ?」
と美空が言い出すが、小風はえーっと・・・と言って考えている。私はおかしくなった。
 
「冬、分かってるみたい」
「青嶋リンナだよ」
「あっそうか」
「でも彼女は元々大して売れてないし」
と美空が言うので
 
「シー!」
と小風が言ってあたりを見回す。
 
「そういう発言は危険だから慎むように」
と小風が注意する。
「はーい」
と美空は気のない返事をした。
 

「だけど私たちがデビューした2008年頃を境にアイドル戦国時代に突入した気もする」
「うんうん。最初は多人数のアイドルグループが売れ始めたんだけど、やはり秋風コスモス、AYAが出て、そのあと山村星歌・坂井真紅・富士宮ノエルが出てきて、小野寺イルザが出てきて、ほんとに多数のソロ・アイドルも出てきた」
 
「まあ秋風コスモスに少し遅れて貝瀬日南も出ているんだけど」
「忘れてた!」
 
「日南ちゃんの場合は時間を掛けて売れるようになっていったけど、話題にもされずに消えていくアイドルも多いね」
「まあ北嶋花恋(現在KARIONのマネージャー)もそういう子のひとり」
「確かに確かに」
 
北嶋花恋は2008年にデビューしたものの全く売れずにCDを1枚出しただけで事実上の引退状態になってしまった。契約は存在していたものの仕事の話が全く来ないので、開き直ってスーパーの店員をしていた時に三島さんと出会って、誘われてマネージャーに転身したのである(元の事務所から移籍金1円でトレードしてもらった)。
 
「だけど私たちはもう脱アイドルしてしまったけど、秋風コスモスはまだ10年くらいはアイドル続けます、なんて言ってたね」
「いや、100歳までアイドルしますなんて言ってた」
「100歳のアイドルはそれなりに存在価値がありそうだ」
「きんさん・ぎんさんみたいな?」
 
「まあ彼女は実力派ポップス歌手とかにはなれないから」
「あれだけ音痴で8年も歌手を続けてられるというのも凄いね」
「でも幕張を満員にするからなあ」
「ライブは物凄く盛り上がるみたいだもんね」
「もっともあの子のライブは4割くらいがトークらしいけど」
「うん。そしてお色直しの間に伴奏陣が歌抜きで演奏しているのも好評だとか」
「CDも歌抜きのカラオケバージョンの再生率が高いという説もある」
 

2015年3月11日(水)。ローズ+リリーの20枚目のシングル『不等辺三角関係』が発売された。
 
昨年7月にリリースした『Heart of Orpheus』以来8ヶ月ぶりのシングルである。その間、私たちはアルバム『雪月花』の制作に忙殺されていた。ローズ+リリーのシングルは2013年3月『言葉は要らない』、4月『100%ピュアガール』、8月『花の女王』、2014年4月『幻の少女』、7月『Heart of Orpheus』と5作連続ミリオンを記録している。今回も『雪月花』がひじょうに大きな話題となっていたことから、予約自体が80万枚入り、初動でいきなり100万枚を突破した。
 
ローズ+リリーのシングルでそれ以前にミリオン売れているものが『甘い蜜』、『神様お願い』、『夏の日の想い出』、『涙のピアス』、『天使に逢えたら』の5枚で、これでローズ+リリーのミリオン・シングルは11枚目となった。
 
なお、アルバムでミリオンを達成しているのは
2012年3月『Month before Rose+Lily, A Young Maiden』
2013年4月『Rose+Lily the time reborn, 100時間』
2013年6月『RPL投票計画』
2013年7月『Flower Garden』
2014年12月『雪月花』
 
の5枚で、100時間から雪月花まで4枚が連続ミリオンである。前作『Flower Garden』は最終的に国内盤210万枚、国外盤80万枚が売れている。『雪月花』も2月末の時点で国内180万枚、国外90万枚が売れていて前作を上回る売上げになりそうな勢いであった。
 
私はFM番組でこの売り上げについて訊かれて答えた。
 
「たいへんありがたいことだと思います。買ってくださったひとりひとりの方に感謝したいです。また良いものができたら出して行きますので、これからもよろしくお願いします」
 
と私は簡単に感謝のことばを述べた。
 

「一昨年、ケイちゃんは何かのイベントの時、これからも素敵な音楽を届けて行きたい、みたいなことを言っていた。でも先日の放送では、良いものができたら出して行きたいと言った。方向性が変わったんだね」
 
そう上島先生は言った。
 
「去年、色々なことがあって私も考えさせられたんです。特に昨年は色々なクリエイターの方とお話する機会がありまして。DTMで独自の世界を築いておられる進藤歩さん、ひたすら可愛い曲を書いている萌枝茜音さん、うちの民謡の家元の若山桜盛、ベテラン作曲家の東堂千一夜先生・東郷誠一先生・山本大左先生、FireFly20の全ての曲の歌詞を書いておられる月村山斗先生、独自の世界観で創作をなさっている田中晶星先生、それに上島先生と蔵田さん、と同世代の作曲家である、浜名麻梨奈、醍醐春海」
 
「醍醐君とは元々親友だったんでしょ?昔から話していたんじゃないの?」
「親友ではありましたが、作曲家をしているなんてのは昨年の夏まで全然知りませんでした」
「へー!」
 
「彼女は醍醐春海あるいは大裳の名前で書いている曲って年間15-16曲にすぎないけど、ゴーストライターで書いているものが無茶苦茶多いみたいですね」
 
「なんか僕もそのあたりの実態って見えないね」
と上島先生は言う。先生はゴーストライターが大嫌いなのである。もっとも先生の盟友・雨宮先生は逆にゴーストライター斡旋の元締めのひとりのようである。
 
「そして醍醐はどうも埋め曲の達人みたいなんですよね」
と私。
 
「いや、そういう人材は必要だよ。ここだけの話、自分で言うのも何だけど、僕の作品も98%くらいは埋め曲だから」
「私も正直な話、水沢歌月の名前で書いている曲はかなり洗練するのですけど、ケイや鈴蘭杏梨の名前で書いている曲はけっこう妥協が多いんですよ」
 
「うん。それは分かるけど、それ売れる方向に妥協してるでしょ?」
「そうなんです。でも世間に受け入れられる方向に突き進んでいけば全ての楽曲はワンパターンになってしまうと思うんですよね」
 
「1990年代に爆発的なブームとなった某プロダクションがその道を歩んだよね。ひたすら売れるよう曲を規格品のように大量制作して、ひたすら売れるようなアーティストを何組も世に出した。その結果、ブームが去ると全て売れなくなった」
 
「まあ同じ物をたくさん出せば飽きられてしまいますから」
「そうそう。同じカゴに盛った卵は落とせば全部一気に割れる」
 
「それは投資の格言ですけど、あそこはまさに同じカゴに盛った卵でした。どんなに凄いものでも、結果的に同じものをたくさん書くと価値は無くなります。ルノワールの『ブージヴァルのダンス』は凄い絵だけど、『ブージヴァルのダンス』の真作が1000枚あったら、少なくとも商業価値は低くなります」
 
「そういう意味ではモネの『積藁』とか『睡蓮』は凄い」
「あれは画商も頭が痛かったかも」
「いや、当時は割と売れたかも知れないけどね」
 
「ですね。でも創作家は究極の作品を追及したらダメだと思うんですよ」
「うんうん」
 
「究めようとしたら、全てベートーヴェンの第九になっちゃうと思うんです。ベートーヴェンという音楽史上最高の天才がその人生全てを掛けて辿り着いた究極の作品ですよ。それを越えるものが作れる訳が無い」
 
「かも知れないね。僕なんかは思いついたら全部作品にしてるだけだけどね」
「醍醐は芸術は最大(maximum)のものを追及しても意味無い。極大(maximal)であればいいと言うんですよね。私は必ずしも賛成できないんですけど」
 
(数学用語で、最大とは全てのものより大きいもののこと、極大とはそれより大きなものが無いこと:つまり比較不能なものが存在する可能性がある)
 
「いや、それはある意味当たっていると思う」
「私はそれでも最大を目指していたんですけどね。しばしば完成していると思うものを捨てて新たな発想で書いたり」
 
「でも方針を変えるんだ?」
「ここしばらく自分の作品がどうしても似てきていることに危機感を感じているんです」
「そういう危機感を持つことはいいことだと思う。いかに新境地を開拓するかだよね」
 
「ですね。ケイは忙しすぎるんだよ。もっと仕事を絞った方がいい、と浜名からも醍醐からも言われました」
 
「うん。僕の轍を踏んじゃいけないよ」
「先生の場合は凄すぎます。私にはやろうとしてもできないですよ。でも醍醐はどうしてもケイの名前の作品が必要なら、私がケイの名前で書いてあげるよなんて言うんですけどね」
「あはは」
 
「これ、彼女がサンプルで書いてくれた作品なんですよ」
と言って私は上島先生に『ボクのコーヒーカップ』という作品を見せる。
 
「これケイちゃんが書いたとしか思えない!」
「でしょ? 私も自分が過去に書いた作品で忘れているものではと思っちゃいましたよ」
「彼女ってコピーの天才なんだね」
 

「ケイちゃん、宮城イナイをどう思う?」
と上島先生は訊いた。
 
「ああいうアーティストが出てくるのは時間の問題だったと思います。私、初音ミクのライブなども見ましたけど、充分いいライブ・パフォーマンスをしていたんですよね。あとは技術力だけの問題でした」
と私は答える。
 
「宮城のCGは作成者の横井さんが自作のスーパーコンピュータで作っているらしいね」
「ええ。インテルのCore i7オクタルコアを32個並列したお化けマシンらしいです。実際に組み立ててOSとかを調整したのはTS大学の院生さんらしいですけど。でもこんなのを使わないといけないのはあと数年で、その内 1 CPUでこのくらい楽々と生成できるパソコンが出てきますよ、と横井さんはおっしゃっていたようです」
 
「だけど僕は思うんだけど、そもそもアイドル自体が虚像だよね」
 
「同感です。たとえば最近売出中の丸口美紅ちゃんにしてもファンが見ているのは丸口美紅プロジェクトが作り出した虚像であって、木村聡海ちゃんは実は丸口美紅というキャラクターを演じている人にすぎないんですよ」
 
「でも多くのアイドルはいつかその虚像を捨てて本来の自分を見せ始める」
「それとともに人気も凋落するんです」
 
「まあ中には30歳、40歳までその虚像をキープする人もいるけどね」
「ええ。それもまた驚異的です」
 

「ところで宮城イナイ、男の娘疑惑というのがあるらしいね」
「ええ。あの子の顔の部品の配置が男の子っぽいらしいです」
「顔写真から性別判定するソフトに掛けたら80%の確率で男性と出たとか」
 
「でも、アイドルって目鼻立ちのハッキリした子が多いから、わりと男顔の女性アイドルっているんですよね」
「うんうん。そういえばうちのアクアなんだけど」
「ああ、女顔と判定が出たらしいですね」
「そうそう」
と言って上島先生は笑っている。
 
「実は女の子なのに、男の子のふりをしているだけではとか疑われたらしい」
「そんなこと言われても困っちゃう、とかアクアは言っていたけど、またその困った風な感じが女の子っぽくて」
 
「あの子、僕は本当は神取忍さんみたいな男の中の男になるのが理想です、と言って、神取忍さんは女性ですがと突っ込まれてました」
「神取忍さんの性別を誤解していたみたいだね」
 

3月9日(月)。私は★★レコードの加藤課長から相談したいことがあると言われ出て行った。行くとЯRテレビの高梁制作部長も来ている。
 
「実は10月放送開始予定のアニメの企画を練っているのですが、週刊カトレアに連載中の『ハイスクール・ロッカー』を原作に使う予定なのです」
 
と高梁さんが説明する。
 
週刊カトレアは昨年創刊された史上初の少女漫画週刊誌である。少女漫画家は少年漫画家に比べて絵のディテールにこだわる人が多く結果的に遅筆な人が多い。しかし少女漫画を原作としたアニメは大量のオリジナルストーリーを追加した上でちゃんと週単位の制作が行われてきた。
 
この雑誌はそういうアニメ制作の理論を雑誌制作の現場に逆輸入した体制を取っている。1週間というスパンで漫画を完成させるため、徹底的なデジタル化と社をあげての組織的なアシスタント運用を行っている。アシスタントは漫画家から手当をもらうのではなく雑誌社から給料を支給されておりタイムカードに従って残業代もきっちり払われている。純粋に作画のみのお仕事であり、食事作りなどの雑用をする必要もない。
 
ほとんどの作品でネームと絵を分担しており、『ハイスクール・ロッカー』も2人のネーム作者と1人の絵担当者の3人でチームを組んで描いている。絵もメインキャラ(この漫画の場合はバンドメンバーの4人と主人公・副主人公の憧れている男の子、合計6人)以外はアシスタントが描く。但しキャラごとに担当するアシスタントは固定されていて絵柄がぶれないようにしている。ネームは基本的に隔週の交代なので「今週のネームは**だからなあ」などといった会話が読者の間ではなされていたりする。
 
その新しい試みの少女漫画週刊誌の中で『ハイスクール・ロッカー』はこの雑誌の人気の中核となっており、女子中生・女子高生などのアンケートを見ても、この漫画を読みたいからこの雑誌を買うという人がかなりあるようである。
 

「それでその作品内で登場する女子高生バンド『ピーチ・ピッキー』の演奏を番組内で流したいのですが、この手の過去の映像作品では、だいたい大人のソングライターが、女子高生っぽい雰囲気で書いた作品が多かったんですよね」
と高梁さんは言う。
 
「でもそれは高校生らしい未熟さが無いですよね」
「そうなんです! 特に放送局や企画側が良質のものを求めるほど、とても女子高生の作品には見えなくなってしまうんです」
 
「そこにリアルさを求めるのでしたら本当の女子高生作家に書かせるしかないと思います」
と私は言った。
 
「私もそう思ったんです。それで、ちょっと小耳にはさんだのが、槇原愛の最近の作品を書いている鈴蘭杏梨絵斗という作者が実は女子高生とかで。作品は実際に女子高生の作曲家が書いたものをケイさんがとりまとめておられるとお聞きしたので、ちょっとご相談できないかと思ったんですよ」
 
なるほどー。私は青葉のマネージャー役か!
 
私は若干青葉に嫉妬の心を持ちながらも笑顔で応じる。
 
「そういう用途にでしたら、彼女はとても使えません。これが彼女の渾身の作品ですよ」
 
と言って私は高梁さんにKARIONの『黄金の琵琶』を聴かせる。
 

「これ、KARIONですよね? 今年のRC大賞候補になると思います」
「要するに彼女はうますぎるんですよ。全然女子高生らしくない」
「音楽関係の高校とかに在学しておられるんですか?」
「いや。そういう教育を受けている人にはこういう才能をそのままぶつけたような作品は書けないです。彼女はひじょうに高い霊的な能力を持っていて、アカシックレコードから浮かび上がってきたイマジネーションをそのまま作品として固定する力を持っているんですよ。それでこういう作品になる。だからもっとへたな人を探した方がいい」
 
「そうなりますか・・・・。実は、オーディションをやってみようかとも思ったのですが、そうすると優秀すぎる作品ばかり集まりそうな気がして」
 
「女子高生離れした凄いのばかり応募されてくるでしょうね」
と私は苦笑しながら言う。
 
「それでですね。実はこの絵斗というか固有名では大宮万葉の名前を使っているのですが、その大宮の友人に、今一所懸命作曲の勉強はしているものの、まだまだ未熟な子がいましてね」
と私は言った。
 
「おお!その人を紹介してもらえませんか?」
と高梁さん。
 
そこで私は清原空帆を紹介することにしたのである。
 

青葉を通して空帆と連絡を取ったところ、3月15日のKARION金沢公演に合わせて会おうということになった。
 
(この金沢公演にはアクアがゲスト出演したが、私は彼女、もとい彼を3月14日の夜に青葉に会わせてセッションを受けさせている。結果彼は自分の第二次性徴の出現をもう数年停めておく選択をした。男性能力は放棄しないものの、あと数年は中性的な状態をキープすることになるし、彼のボーイソプラノも当面保持されることになる)
 
それで私はその日KARIONのライブが終わった後、高梁さん・加藤さんと青葉・空帆を引き合わせた(加藤さんはKARIONのライブに顔を出すのを兼ねてきてくれた)。
 
「これが私の最新の作品です」
と言って空帆は譜面を見せる。
 
「おお、いいね、いいね。僕が持っていたイメージに近い。もっと古い作品はあります?」
「言われたので発掘してきました」
と言って、昨年、一昨年書いたもの、更には中学生時代に書いたものまで見せる。
 
「おお、これは素晴らしい!これこそ中高生の作品だよ。こんな歌詞は絶対に大人の作詞家には書けない」
 
と言って高梁さんは空帆が3年前に書いた作品の譜面を見て興奮している。
 
「私、これ褒められてるんだっけ?」
と空帆は怪訝な様子。
 
「需要にちょうどピッタリなんだからいいのでは?」
と青葉は言う。
 
「この時代の作品の譜面、もっとあります?」
「過去に書いた作品は全部取ってあります」
「ぜひ今回のアニメに使用させてください」
 
「まあいいですけどね」
と空帆は不本意ながらも承諾する。
 
「アニメの中の、ゆきえ・ひすいたちの成長とともに、空帆の作品も成長していけばいいんだよ」
と青葉は笑顔で言っていた。
 
「彼女たち、やがてプロになるんでしょうかね?」
と空帆は訊くが
 
「私も作者さんたちに訊いてみたんですがね。そのあたり将来の展開はまだ決めてないらしいです。ただ、ゆきえとひすいが仲違いしてバンド分裂などということは絶対に無いし、また女子大生編はあまり書きたくないと言ってました。女子高生ゆえの様々な事象というのを描き込んでいきたいとおっしゃるんですよね」
 
「女子中生・女子高生をターゲットにした漫画なんだからそうでしょうね」
 
「ただ出版社さんが彼女たちの卒業とともに終わらせるというのを許してくれるだろうかと不安がっていました」
「ドル箱漫画ですからね!」
 
「『ハイスクール・ロッカー』が終わる前に『週刊カトレア』が終わったりして」
「それは言わない約束よ」
「今の発言は聞かなかったことに」
 

3月21日から23日までは京都市で全日本クラブバスケット選手権が行われた。私がオーナーを務める千葉ローキューツも出場するのだが、私は21日は大阪、22日は東京でKARIONのライブがある。もっともライブは昼過ぎからなので、私は取り敢えず21日の朝、京都の大会会場に顔を出した。
 
行ってみたら、千里(醍醐春海)と上島先生が立ち話している所に遭遇する。千里は東京40minutes、上島先生は東京江戸娘のオーナーになっており、どちらもこの大会に参加している。
 
「お疲れ様です〜」
と声を掛ける。
 
「昨夜醍醐君と電話で話しててさ、まるでケイちゃんが書いたような曲を見たよと言ったらさ、じゃまるで僕が書いたような曲を持ってきましょうか、なんて言うものだから、見てみたいと言ったら、出て来たのがこれなんだよ」
 
と言って上島先生が譜面を見せてくれる。『渚のストーンステップ』と書かれている。
 
「さすが!これほんとに先生が書いたものみたい」
と私が言ったら
 
「それ、桜島法子さんの作品」
と千里が言う。
 
「おっと」
 
「いや、誰かの癖を真似して書くってのは、わりと楽しい知的なゲームなんだよ」
と千里は言っている。
 
「でも千里、桜島さんとのつながりあったんだっけ?」
「春風アルトさん(上島先生の奥さん)経由でつながってるのさ」
と千里。
「うむむ」
 
「醍醐さんはうちのと古い知り合いみたいだから」
と上島先生は言っている。
 
「いや、こないだ桜島さん、春風さんと3人でちょっと話していたんだけどね。こういうのをこっそり上島先生の机の上に置いておいたら、上島先生気づかずに自分の作品と思って出しちゃうかもと」
と千里。
 
「やめてよ〜。それ絶対僕気づかないから」
と上島先生は言っていた。
 
「それ、上島先生が気付いたとしても、きっとレコード会社の担当は『もうこれでいいです』と言って持ってっちゃうよね」
と私も言った。
 

さて、私は朝一番に顔を出しただけで、大阪のライブ会場の方に移動したのだが、この全日本クラブバスケット選手権は男女とも全国から32のチームが参加していて、この日は1回戦の各16試合ずつが行われた。
 
そしてローキューツは鹿児島のチームに、40minutesは静岡のチームに、江戸娘は兵庫のチームに、各々勝って翌日の2回戦に進出した。
 
多忙な上島先生はこの日の江戸娘の試合を見ただけで東京にとんぼ返りした。ちょうど私がKARIONのライブが終わった後、京都の方に戻ると「ケイちゃん、後はよろしく」と言われて30万円の札束を渡され、新幹線に飛び乗ったようである。それで私はその日の晩御飯は、ローキューツの方は薫に現金を渡した上で私自身は江戸娘のメンバーのホテルの方に顔を出して、彼女たちと一緒に取ったが
 
「京都までの往復旅費が浮いたので助かります」
「浮いたお金で浴衣でも買っちゃおうかな」
 
などといった声があがっていた。江戸娘はこれまであちこちで開かれる大会にずっと部員の自費で参加していたのである。設立された初期の頃は共同設立者のひとりが勤めていたお寿司屋さんが助成金を出してくれていた(それで初期の登録費用やチーム旗、ユニフォームの制作費をまかなった)ものの3年目以降はそういう支援者も無くなっていたらしい。
 
「でも皆さん背が高いから浴衣もふつうに売ってるのでは合わないでしょ?」
と私が言うと
 
「そうそう。私は無理矢理着てるけど、おはしょりが作れない」
「足が大きく出てしまう」
などという声があがる。
 
「私なんて、背の高い人のはこちらだよとお店の人に案内されて行ったら、男物の浴衣のコーナーだった」
「それはひどい」
「いや、でも結構日常的に男物の服にはお世話になってるけどね」
「うん。普通の女性用Tシャツとか着るとヘソ出しTシャツになっちゃう」
 
「私は180cmまでの人向けの女性用浴衣作っているお店に頼んでるよ」
とひとりが言うと
 
「あ、そこ教えて」
と言われて、江戸娘の専用掲示板(非公開)に書き込んでいたようである。
 

2日目は2回戦と準々決勝が行われた。私はこの日はKARIONライブのため1日東京であったが、ライブが終わった後、京都に駆け付けた。
 
午前中の2回戦ではローキューツは山口のチームに、江戸娘は福井のチームに、40minutesは奈良のチームに勝って3チームともBEST8になった。
 
そして午後の準々決勝で40minutesは北海道のチームに、江戸娘は三重県のチームに勝ったものの、ローキューツは愛知県のセントールというチームに70対56で敗れてしまった。
 
「みんなお疲れ様。残念だったね」
と私はローキューツのメンバーに声を掛けた。
 
「完敗だったね」
「うん。鍛え直さないとダメ」
 
試合が16時頃終わったので、残念会を兼ねて夕食を17時すぎから京都市内のしゃぶしゃぶ食べ放題のお店で取っていたのだが、私はその残念会の最後の方に顔を出す形になった。
 
「私、準々決勝で負けた責任取って引退しようかなあ」
などと薫が言い出すが
 
「いや、あと3年は頑張ってもらわなきゃ」
などとみんなの声。
 
「じゃ、あと3年頑張るから、その後、揚羽がキャプテンやってよ」
と薫が言う。
 
「うーん。まだお嫁に行ってなかったらね」
と揚羽が言うが。
 
「それは大丈夫じゃない?」
と妹の紫に突っ込まれて
 
「反論できん」
などと言っていた。
 
「薫、私をお嫁さんにはしてくれないよね?」
などと揚羽が言うが
 
「私、もう戸籍を女に直しちゃったから無理」
と薫は言う。
 
「お姉ちゃんが性転換して男になるのは?」
と紫が言うと。
「うーん。それも悪くないなあ」
と本人は言っていた。
 

明日が平日なので、お勤めしている人はこの日の最終新幹線で帰り、学生や「不良OL」は明日まで居残りして決勝まで見ることになった。私は京都市内で泊まったが、ホテルに今日帰った子たちの分のキャンセル料を支払った。この手の支払いも今までの江戸娘のように個人負担で参加しているとなかなか辛い所だろう。
 
翌日午前中の準決勝では40minutesと江戸娘が激突した。東京都大会決勝、関東大会決勝の再現である。東京都大会では江戸娘、関東大会では40minutesが勝っており、実力は伯仲している。特に関東大会の決勝では江戸娘は準決勝で力を使い果たして決勝で負けてしまったのだが、今日は午前中の試合なので充分なパワーがある。試合はシーソーゲームとなったものの、最後は千里のスリーで40minutesが激戦を制した。
 
もうひとつの準決勝は昨日ローキューツを破った愛知のセントールと京都のサガンレディスとが争い、セントールが勝った。
 
男子の試合をはさんで3位決定戦と決勝が同時進行で行われる。
 
3位決定戦では40minutesとの準決勝で激しく疲労している江戸娘がサガン・レディスに前半大きくリードされたものの、その後、青山さんや六原さんなどの中心選手が必死になって反撃し、最後はブザービーターでギリギリ逆転勝利を納めた。
 
そして決勝の40minutesとセントールとの試合は、事実上の企業チームでよくトレーニングを積んでいるセントールが序盤リードを奪うものの、素質の高い選手の多い40minutesもじわじわと追い上げていく。第3ピリオドの3分で追いつき、その後は激しいシーソーゲームを演じた。しかし最後は疲れを知らない千里がスリーを連発して突き放し、全日本クラブバスケット選手権で初優勝を納めた。
 
クラブの正式登録初年度での優勝は素晴らしい成果である。千里や麻依子など、元ローキューツのメンバーにとっては2012年の優勝から3年ぶりの全国制覇になった。
 
(2012年3月の全国クラブ選手権を制覇したローキューツはキャプテンの浩子が就活のため、麻依子が結婚のため、千里もどさくさまぎれに引退し、中核選手が大量に抜けたものの、その後キャプテンを引き継いだ薫がチーム選手登録期限の5月末までに頑張ってメンバーを集め、秋の全日本クラブ選抜で再び優勝したのであった)
 
なお、この大会で3位までが10月31日〜11月1日に徳島県で行われる全日本社会人バスケットボール選手権に出場するので、40minutes, セントール、江戸娘の3チームが行くことになる。その前に9月には40minutesと江戸娘は全日本クラブバスケット選抜大会にも出場する。
 

「みんなお疲れさま〜」
と言って私は40minutesと江戸娘のメンバーを迎えた。
 
千里が選手として出ているし、上島先生は初日で帰っているしで、私が両チームのオーナー代理のような感じである。両チームの旗を並べてそのそばに座っていたら事務局からも両方のチームの連絡事項が伝えられるし、幾つかの書類で私は40minutes, 江戸娘双方のチーム代表代理として署名をしたりもした。
 
表彰式の後、両チーム合同の祝勝会を、昨日ローキューツのメンバーを連れて行ったしゃぶしゃぶ屋さんでしたが、私の顔を見てお店のフロントの人が一瞬ピクッとしたようであった。
 
「どちらもメダルが取れて良かった良かった」
と私は言うが
 
「金色のが欲しかったなあ」
と江戸娘のメンバーたちは言っている。
 
「まあ時の運で」
と疲れ切った表情の千里が言う。
 
「だけど千里のスタミナは凄まじい」
と40minutesのチームメイトの小杉来夢などは言っている。彼女は実業団やWリーグを渡り歩いているが、ローキューツにも一時的に在籍していた時期があるらしい。
 
「私は中学時代や高校1年の頃まではむしろスタミナが無くて後半ペースダウンしてたんだよね」
と千里は言う。
 
「中学の頃とか後半は守りに戻らずに相手コートにずっといましたよね」
と千里より1つ下の雪子が言っている。彼女は千里と同じ中学の後輩らしい。
 
「そうそう。バスケットにはオフサイドが無いから。あんた走れないのならずっと向こうに居なさいと言われてた」
と千里。
 
サッカーなどでは相手選手より向こう側にいる選手はプレイに参加することができない。待ち伏せはずるいという考え方から来たものだが、現代ではそのルールを逆用した「オフサイドトラップ」などという戦術まである。しかし、バスケットにはこういう規定は無い。
 
「体力付けるのに凄い練習してたみたい」
「うん。まあ死者が出るくらいのトレーニングに参加したから」
「虎の穴みたいな?」
「そうそう。裏世界の修行」
と言って千里は笑っている。
 

「千里、もう例の会社、出社してるんだって」
「出てるけど、まあまあかな。早速サラ金屋さんのシステムに投入された」
「プログラム苦手みたいなこと言ってたけど、何とかなりそう?」
「うん。既にプログラム10本くらい組んだ。簡単なのだけどね」
「へー。やればできるもんだね」
「性(しょう)には合わないけど、頑張るよ」
 
「ユニバの代表もやるんでしょ?」
「先月1回目の合宿やって、明日からというか実は今日から2回目の合宿があっていた。これが代表候補の最後の合宿で、この合宿の状況を見た上で4月上旬に正式の代表メンバーが発表される。でも全日本クラブ選手権に出場したメンツは今日は合宿免除だったんだよ。だからユニバ代表になっている私と雪子はこのあと東京に移動して合宿所に入る。他にもセントールの高橋さんも同じく初日免除組」
 
「あの背の高い人だっけ?」
「そうそう。185cmある。あの人は学生時代はあまり目立たなかったんだ。でも大学院に進学する時に大学のバスケ部辞めてセントールに入ってから、セントールの監督に才能を見いだされて突然今年頭角を現したんだよ」
 
「へー」
「彼女は背が高いからふつうリバウンドを狙わせる。でもあの子、リバウンドが下手なんだよね。勘が悪いんだ」
「はあ」
「だからリバウンド取らなくていいからどんどん点を取れと言ったらあっという間に東海地区の得点王になっちゃって」
 
「そういう指導者との相性ってあるんだろうね」
「うん。大いにある。だからこのチームは水に合わないとかこの指導者の考え方は自分と合わないと思ったらどんどん移籍してみればいいと思うんだよね、私は。特に企業系じゃないクラブチームはどこに入るのも自由だし」
と千里は言うが
 
「でもうちはそもそも何も指導とかしてないね」
 
と江戸娘の監督さんも、40minutesの監督さんも言っていた。
 
どちらのチームもふだんは選手たちが自主的に練習していて、監督さんは試合の日だけ顔を出しているという感が強い。事務的な処理も実際にはキャプテンがほとんどやっている。代表者会議も40minutesの場合、キャプテンの秋葉さんかオーナーの千里のどちらかが出て行っている。またそもそもバイトなどで試合の日でさえ出てこない選手が多いので、ベンチ枠に入れる選手を選ぶのに悩むなどということも全く無いらしい。むしろ人数が足りずに電話を掛けまくって選手を掻き集めなければならないことの方が多いと秋葉さんは言っていた。ローキューツなどは初期の頃どうしても5人集まらずに不戦敗などということもあったらしい。
 

「だけど橘花もユニバ代表に選ばれてもいいくらいの力があると思うんだけど」
と竹宮さんが言っている。
 
「私は全国大会の上位で活躍したのは高3の時国体で優勝したのくらいだから。実績で言うと星乃や誠美のほうが大きい」
「私も誠美も桂華も学生じゃないからねー」
「あとはA代表狙いだな」
 
「だけど40minutesはクラブチームとは思えないほど選手の層が厚いから」
と江戸娘の六原さんが言う。
 
「実際問題として日本代表クラスの選手がゴロゴロしている」
「元プロも数人居るし」
「元プロなら江戸娘さんにも何人も居る」
 
「練習してればもっと強くなるんだろうけどね〜」
「試合のたびにメンツがちゃんと揃えば強いんだろうけどね〜」
 
などとメンバーの声。
 
「でも練習も適当でいいし、大会も出られる時だけ出てくればいいから、という今のシステムが私たちは心地良いんだよ」
「サガン・レディスの人が、バイトがあるから試合に出てこないなんて、あり得ない!なんて言ってた」
「まああそこは事実上企業チームだから」
 
「東京都大会の時とか人数少なかったよね」
「うん。9人しか居なかった。今回は全日本だからさすがに全員出てきたけどね」
「ふだんは結構仕事優先」
「誰かさんは昼寝優先」
 
「そのあたりはうちも同じだなあ」
と江戸娘の青山さんは言っていた。
 

2015年4月。
 
私と政子は24歳になる年である。正望は法科大学院の2年生になり今年は司法試験を受けなければならない。青葉は高3で大学受験の年、彼氏の彪志君は大学4年生になり就職活動が本格化する。和美も修士課程の2年生で今年は修士論文を書かなければならない。千里と桃香は大学院を卒業して各々一般企業に就職した。私の高校の同級生・奈緒は浪人しているので医学部の5年生になる。
 
4月3日にはアクアが出演する「ときめき病院物語」が放送開始になり物凄い視聴率となった。物語の中で院長の息子(中3)と娘(中1)の1人二役をするアクアはリアルでは中学2年生である。写真集も発売されて飛ぶように売れた。写真集ではアクアは基本的に男装であるが3枚だけ女装写真(ドラマでも着ているセーラー服、セーターにチェックの膝丈スカート、夏っぽいキャミソールとミニスカートにオーバーニーソックス)も入っていて、速攻でネットに無断転載されて「可愛い!」という声が主として女子たちから起きていたが、男子たちからも「これだけ可愛い子が目の前にいたら、ついふらふらとベッドに連れ込みたくなる」という意見がけっこう出ていた。
 
「可愛いなあ、ぐふふ。アクアちゃんとHしたい」
 
などと、早速町で買って来た写真集を見ながら政子は言っていた。
 
「だけど、マーサ、アクアの女の子姿のページばかり見てるね」
と私は声を掛ける。
 
「美少年は女の子の格好をさせてスカートの中に手を突っ込んで**を***して陵辱するのが良いのだよ」
 
などと政子は、とても書けないようなことを言っている。
 
「アクアちゃんの男の子姿の写真は要らないや。女の子姿だけで写真集出せば良かったのに」
などと言っているが、実際そういう意見もネットにはかなりあったようである。
 
「それだと色物扱いになるから。アクアは正統派の男の子アイドルとして売れる素材だもん。特に最近の男の子アイドルって高年齢化してたから、こういう若い男の子アイドルが爆発的に売れるのは、久しぶりなんだよ」
 
「あ、そうかも知れないねー」
「女の子アイドルは12-13歳で出て、20歳前後で放置されがちだけど、最近の男の子アイドルってそもそも27-28歳くらいから売れ始めるパターンが多かった」
 
「でも、こんな可愛い子におちんちんが付いてるなんて可哀想。私が切り落としてあげたい」
などとまで言っている。
 
「マーサ、さっきはアクアとHしたいなんて言ってなかった?」
「Hするのに別におちんちんは必要無いし」
「なるほどね〜」
 
「でも中学2年にもなって声変わりしてないのって珍しいね。女性ホルモン飲んでるの?」
「まさか」
「じゃ去勢してるとか」
「玉は付いてるよ」
 
「ふーん。取っちゃえばいいのに。女性ホルモン、プレゼントしてあげようかなあ。冬、この子の住所教えてよ」
「ダメ」
「ケチ」
 
もっともアクアの元には川南が大量の女性ホルモン剤を送りつけたようなので、本人がいつまで、それを「ちょっと飲んでみようかな」という誘惑にあらがい続けることができるかは、けっこう微妙な感じもある。
 

「でもアクアって、今売れているアイドルの中では最年少だよね」
と政子は言う。
 
「多人数のアイドルグループのメンバーには小学6年生とかもいるし、今年中学新入学の子でソロデビューしている子もいるけど、ピンで売れているのはこの子が最年少かもね」
と私は言う。
 
「最年長って誰だろう?谷崎聡子ちゃんあたり?」
「いや、秋風コスモスだと思う。谷崎聡子ちゃんは1993年生まれ。コスモスは私たちと同じ1991年生まれ。コスモスの1年先輩の満月さやかさんはもう歌手はしてないから」
 
「そっかー。さやかさんは司会者になっちゃったね」
 
彼女はクイズ番組やバラエティ番組などの司会をしており、機転が利き柔らかい語り口が幅広い層に人気である。人当たりがソフトで友人も多く誰とでも仲良くできる性格で、敵の少ない人だ。
 
「谷崎聡子ちゃんのお姉さんの谷崎潤子さんも1990年生まれだけど、もう何年もCDは発表してない。あの人はレポーターとかが多いね」
「潤子ちゃんの方はそもそも歌手としては売れてない気が」
「あの人、歌はうまいのに曲に恵まれなかったね」
「そういう人っているよね〜」
 
「こないだ小風たちともその話をしたんだけどね。多くの歌手は20歳から22歳くらいでアイドルは卒業して、タレントや女優に転身したり、ポップス歌手とかに進化したりするけど、秋風コスモスは100歳までアイドルやりますなんて言ってるし」
 
「コスモスちゃんなら、100歳でビキニの水着を着てハワイのビーチで撮影した写真集出すかも」
 
「それができたら、文化勲章もらえるかも」
 

ところがその秋風コスモスについて4月のゴールデンウィーク直前、驚くようなニュースが飛び込んできた。
 
秋風コスモスが所属する§§プロの創業者・社長である紅川勘四郎が会長に退き、秋風コスモスが社長に就任するというのである。
 
「本名の伊藤宏美で社長になられるのですか?」
 
と記者会見で記者が質問する。
 
「私は秋風コスモスだから、§§プロダクション代表取締役・秋風コスモスです」
「代表取締役は印鑑証明が必要なので通称登記はできないはずですが」
「印鑑証明は私がコスモス公国の証明書を作ります」
 
などと本人は主張していたが、実際には公的な書類は伊藤宏美で作成し、一般向けの広報文書などは秋風コスモスで通すのであろう。
 
「現役は引退なさるのでしょうか?」
「現役続行です。プレイング・マネージャーです」
「まだアイドル路線で売るんですか?」
「私は60歳まででも100歳まででもアイドル続けます」
「60歳でもミニスカで踊りながら歌います?」
「当然です。60歳で国立競技場でイベントやりたいですね。もちろんミニスカです。ビキニの水着にもなりますよ」
 
元気なコスモスのパワーに記者たちがけっこう圧倒されていた感じもあった。ネットでは60歳の秋風コスモスのビキニ姿、見たいような見たくないようなと意見が出ていたが、この子なら60歳でも引き締まったボディを維持しているかも、という説も出ていた。
 
「それからフレッシュガールコンテストは今年はもう実施しません。品川ありさちゃんが最後のフレッシュガールということになります。代わりに昨年はアクアが優勝したロックギャルコンテストを今年もやります。歌唱力とパフォーマンス性のある若い人を募集します。詳細はうちのホームページに掲載していますので、どんどん応募してください」
とコスモス新社長は言う。
 
「コスモスさんが審査するんですか?」
「はい。抜群の歌唱力を持つ私が審査するのだから、いい人が見付かるはずです」
 
記者会見場に爆笑が起きる。本人も分かって言っている。
 
「昨年アクア君が優勝しましたが、男性でも応募できるのでしょうか?」
「可愛かったら男の子でもいいです。水着審査とかはしませんから、男の子でも構わず応募してください。スカートを穿ける人なら三次審査の対象です」
 
「スカート穿いてもらうんですか?」
「水着審査の代わりにミニスカ・ダンス審査します。足のむだ毛は処理しておいてね」
 
「アクアさんはスカート穿けるんでしょうか?」
「スカート似合いますよ。いっそ女子中生として通学してもいいのにね」
 
この発言には「そうだそうだ」という声が多数の女子からあがっていた。
 
 
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