【夏の日の想い出・デイジーチェーン】(2)
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(C)Eriko Kawaguchi 2015-05-16
そのKARIONのツアーは2月7日の札幌を皮切りにスタートした。雪祭りの期間にぶつけたのが成功したか、6000人の札幌体育センターが満員であった。
その週は8日に仙台公演をした後、月曜から金曜まではKARION側はオフに近い状態になる。そこでその日程でローズ+リリーの新しいシングル『不等辺三角関係』の制作を行った。
例によって楽曲は5曲である。
まずはマリ&ケイ作の事実上の表題曲『恋愛不等辺三角関係』。「恋愛」という単語を入れた方がいいというのは氷川さんからの提案であった。しかしCD自体のタイトルとしては長くなりすぎるので、そのままの方が良いということになった。
三角関係に陥り、ライバルと激しく争っているものの、冷静に分析すると自分と彼との距離より、ライバルと彼との距離の方が短い。何かと軽んじられやすい。そういう悩みを歌ったバラード調の曲である。
同じマリ&ケイで『デイジーチェーン』は恋とか愛とかいった単語は一切入っていない。あくまで花で作った輪のことを歌っているだけである。しかし花の茎を絡めて作った輪は、とてもはかない。簡単に外れてしまいそうだ。更に自分が絡んでいる花は一方で別の花とも絡まっている。自分とだけつながっていて欲しいのに。
似たような複雑な恋愛関係を歌っていても、こちらはリズミカルな曲に仕上げているし、不等辺三角関係がペシミスティックなのに対して、こちらはかなり冷めている感じで開き直りがある。
2月14,15日のKARION千葉公演・名古屋公演という大会場をした後、次の週もローズ+リリーの制作は続く。
『ファイト!白雪姫』で味をしめた鮎川ゆまからは柳の下のドジョウを狙う曲『ガラスの靴』をもらった。
これもまた楽しい曲だが、魅力的なサックスデュオが入っている。アルトサックスは当然七星さんに吹いてもらうのだが、テナーサックスを誰に頼むか悩んだ。ゆまに「吹いてくれない?」と言ってみたものの「そちらでよろしく」などと言われる。向こうはやはり南藤由梨奈で忙しいようだ。私が自分でウィンドシンセで吹こうかとも思ったのだが、この曲には生のサックスが欲しいと思った。
それで結局、UTPのアーティストであるバレンシアのサックス奏者心亜(ここあ)に吹いてもらったが、七星さんから結構厳しいチェックが入る。
「あんた、そんな淡々と吹くのならMIDIの方がマシ」
などと言われて、丸3日ほど、七星さんのサックス教室という感じになった。生徒は心亜と私の2人である!
かなり鍛えられて心亜は「勉強になります。でも頭が真っ白になります」などと言っていた。結局この曲の録音はこの週いっぱい掛けることになった。
更にKARIONの21,22日神戸・愛媛公演を経て、ローズ+リリーの制作は続く。
4番目に収録したのはGolden Sixからもらった『Golden Arrow』である。私が彼女たちのデビューCDに『ロングシュート』をあげたので、その御礼にともらったものである。クレジットがGolden Sixになっているのは「ローズ+リリーに歌ってもらったらたくさん売れて印税が入りそうだからメンバーで山分けするため」などと千里は言っていたが、実際には、千里作詞・カノン作曲らしい。千里(醍醐春海)といつもペアで曲作りをしている蓮菜(葵照子)は2月上旬の医師国家試験に向けて必死で勉強していたので、とても創作活動をする余力が無かったという話であった。
この曲は、出雲神話の佐太大神の誕生神話を歌ったものである。母の蚶貝姫命(きさがいひめのみこと)が加賀という場所で大神を生んだが、この場所が暗かったので金の弓矢を射た所、明るく輝いたという。この神話は京都賀茂神社に残る、玉依姫が川を流れて来た矢を拾ったら妊娠したという話と類似性があり、実際に蚶貝姫も金の矢で妊娠したのではないかと考える人は多い。これはまたクリムトの名画「ダナエ」で、金の雨になってダナエを妊娠させるゼウスの構図にも似ている。
「要するに金の矢って、金の玉のそばにくっついてる矢のことだよな?」
などと鷹野さんが言ったら、七星さんから壮絶な蹴りをくらって、数分間立てずにうめいていた。
が、まあ実際そういう話であろう。
「金の玉は消失していない?」
と酒向さんから尋ねられて
「消失してしまったら俺、女になるしかないかも」
などと鷹野さんがもだえながら答えたら、七星さんは
「じゃ女になれるよう確実に潰してあげようか?」
と言い
「助けて〜」
と鷹野さんはマジな顔で答えていた。
ところで、この神話の地である出雲の「加賀の潜戸」と呼ばれる海蝕洞は、見に行くのが困難な地として神話フリーク・神社フリークの間では知られている。何が難しいかというと、そこに行く観光船(夏季のみ)があるものの、その船の運行が全く不安定で実際現地に行ってみないと船が出るかどうかが不明だからである。
その船着き場まで到達すること自体もけっこう大変な道のりな上に(だから客が少ないためだと思うが)船がそういう状況なので、見ることができた人はとても幸運である。しかし千里の友人の神社巡り愛好者さんが、この加賀の潜戸を撮影した貴重な動画を所持していたので、コピーさせてもらい、この曲のPVに使用させてもらった。
なお、この蚶貝姫というのは大国主命(おおくにぬしのみこと:だいこく様)が若い頃、兄たちに殺されてしまった時、姉妹の蛤貝姫(うむぎひめ)と一緒に大国主命を蘇生させた神様でもある。
姉妹で薬の神様と考えられている。昔は薬を貝殻に入れていたこととの連想であろうと言われる。
最後に収録したのがマリ&ケイの『スタートライン』という曲である。ローズ+リリーも最初のデビューから6年半、2012年4月にライブ復帰してからでも3年が経過し、また新たな気持ちで、新しいローズ+リリーの歴史を作っていきたいというファンへのメッセージソングである。
この曲では原点に返ろうということで、アコスティック・バージョンのスターキッズで伴奏してもらった。ただいつもとは少し担当楽器が異なる。
近藤さん・鷹野さんがアコスティック・ギター、酒向さんがウッドベース、月丘さんがマリンバ、七星さんがフルート、私とマリがヴァイオリンの二重奏である。そしてこの曲にコーラスを入れてくれたのは、和泉・小風・美空・蘭子、音羽・光帆・mike・noir・ゆみ、という08年組の仲間たちであった。
「ケイがボーカルで、蘭子はコーラスなのか」
と政子が音源を整理しているソフトの画面を見ながら面白そうに言う。
「それ別人だから」
「kijiさんとyukiさんは入ってないのね」
「そのふたりはあまり歌がうまくない、と本人たちの弁」
「ふむふむ」
「noirはXANFASが発足した時はボーカルだったんだけど、喉にポリーブができてしばらく歌えなくなってキーボードに回ったんだよ。mikeは元々Parking Serviceで歌っていた。だからこの2人は上手いんだ」
「あ、なんかそんな話を聞いたことがあるような気がしてきた。あれ?Parking Serviceに居た時もミケって名前だったっけ?」
「当時はミッキー」
「あ、そうか!ミッキーちゃんか」
「XANFASに入る時にミケって名前に変えたら、ファンは同一人物であることにしばらく気が付かなくて、それでXANFUSの立ち上がりは悲惨だったんだよ」
「ほほぉ」
「レコード会社としてはParking Serviceのミッキーが入っているんだから、そこそこ売れるだろうと思っていたのに最初のCDなんて1万枚も売れなかったらしいから」
「全くの新人なら、そんなものだよね」
「でもmikeちゃん自身が言ってたんだけど、ミッキーの名前で出ていたら、自分とその他5人のバンドと思われてしまったかも知れないから、音羽・光帆の若い2人を中心にした体制と思ってもらえなかったかも知れないと」
「そのあたりは難しいよね」
「それにミッキーも別の事務所からバンドデビューする予定で『お疲れ様』とか『新天地で頑張ってね』などと言われて Parking Service 辞めたのに、大して時間おかない内に同じ事務所から再デビューなんて、ファンから非難囂々だった可能性があるから、結果的には良かったんじゃないかと」
「ああ、辞める辞める詐欺っぽいアーティストはよく居るよね」
「うん。あれ何度もやると、狼少年とみなされて、ファンから嫌われるから」
2月27日までにローズ+リリーの新譜のマスタリングが完了し、28日と3月1日はKARIONの福岡・沖縄公演であった。この旅程に政子が「博多と沖縄行くなら、博多ラーメンとゴーヤチャンプルー食べなきゃ」と言って(むろん自費で)くっついてきた。福岡行きの飛行機では、私は自分の席を政子に譲り、政子は美空とひたすら「博多ではどこに何を食べに行くか」「沖縄で押さえておくべきマスト・フードは」などと、議論していたらしい。
B767-300のプレミアムシートだったのだが、この機材のプレミアムシートは1列目と2列目で、左にAC、中央に独立してD、右にHKと並んでいる。美空と政子が1列目のHK、和泉と小風がその後ろのHKに座った。私はあとから取った政子の席なので反対側、1列目のCだった。そして乗っていたら隣のAの席に§§プロの紅川社長が来た。
「おや、奇遇ですね」
などと挨拶したが、私たちの後ろの2列目ACが偶然にも空いていたことから私たちは結構内密の話を福岡までの行程ですることになった。
「社長、明日関東ドームで神田ひとみの引退ライブでしょ?いいんですか?」
「うん。明日朝1番の北九州空港から羽田への便(5:30→7:00)で帰る」
「お疲れ様です!」
「ケイちゃんだから言うけど、実は《明智ヒバリ》のことでね」
と紅川社長が言う。《》の部分は声に出さずに代わりに彼女の名刺をチラッと見せてくれた。
「そういえば彼女、病気か何かですか?」
と私は小声で訊く。
《どうも鬱病みたいでさ》
と社長は手に持つタブレット上に指で文字を書いて私に伝えた。
「大変ですね」
「無理させて自殺でもされては困るからずっと実家で療養させている。様子を見に行くんだけど、このまま引退になるかも知れない」
「なんかここ数年のフレッシュガールが全滅してません?」
「そうなんだよ。2010年の《桜野みちる》がまともに活動してくれている最後。2011年の《海浜ひまわり》、2012年の《千葉りいな》が続けて2年で引退。それで2013年《神田ひとみ》も明日引退。2014年の《明智ヒバリ》は引退ライブもできないまま引退になるかも知れない」
と紅川社長は困ったように言う。名前の所は固有名詞を発音する代わりに名刺を見せてくれた。
「ロックギャル・オーディションとかなさったのは、やはり新路線を開拓するためでしょ?」
「そうそう。それでまさか男の子が合格するとは夢にも思わなかったけど」
と紅川社長は笑いながら言う。
「あの子、本当に可愛いですからね」
と私も応じる。
「あの子、本人が望むなら性転換手術受けさせたい気分」
「唆すと、結構その気になるかも知れませんよ」
「やはり?」
「でも手術が終わった所でメソメソ泣くパターンですね。女の子になんかなりたくなかったのにと」
「うんうん」
と言って紅川さんは頷いている。
「僕はね」
と紅川社長は言った。
「自分のセンスが衰えているのではないかという気がする」
「まだお若いのに」
「いや、自分自身のセンスが落ちているから、必ずしもアイドルに適していない子を合格させてしまっているんじゃないかと思ってね」
「でもこの世界はそもそも水物ですよ」
「兼岩さん(ζζプロ会長)に言ったら、立川ピアノから桜野みちるまで11人連続で売れたこと自体が奇蹟だと言うんだよ」
私は少し考えてから答えた。
「そうかも知れませんね」
「誰か適当な人を社長に据えて、僕は会長になろうかとも思ったんだけどね。兼岩さんなんて会長になってからの方が活躍している」
「そうですね・・・」
「ケイちゃん、うちの社長にならない?」
へ?
私は突然そんなことを言われて驚いたものの、その瞬間、あることを思いついた。
「社長さん、社長さん、いい子がいまっせ。へへへ」
「ほぅ」
「秋風コスモスなんてどうでっしゃろ?」
「ほほぉ!!」
3月3日(火)、★★レコードで、明日発売されるアクアのデビューCDの発表記者会見が行われた。年末の番組で超話題になったこともあり、この日は物凄い数の記者が詰めかけていた。出席していたカノンによると、音楽雑誌だけではなく、女性ファッション雑誌の記者の姿もあったと言う(男性ファッション雑誌の記者はいなかったらしい)。
私と政子はテレビ中継で見ていたのだが、時刻になって会見場にアクアが入ってくると歓声や「可愛い!」という声があがる。アクアは、おひな祭りということでお雛様のような十二単(じゅうにひとえ)を着せられていたのである。
「アクアさん、やはり女性路線で行くんですか?」
などと質問が入るが
「僕、女の子の服は嫌だと言ったんですけど、コスプレだよとか言われて押しきられてしまったんです」
などと、情けない声で言っている。
会見には事務所の紅川社長、★★レコードの氷川さん(暫定担当)、ΛΛテレビの鳥山編成局長、そして上島先生に東郷誠一先生まで出席している。多忙な上島先生がこの手の記者会見に出てくるのは異例だし、東郷誠一先生もあまりこういうところに出てくる人ではない。おそらくはΛΛテレビ側が破格の出演料を出して連れ出したのだろう。
デビュー曲でドラマの主題歌『白い情熱』(霧島鮎子作詞・上島雷太作曲)のさわりが流れると
「上島さんが別の作詞者を入れられるのは珍しいですね」
という声が掛かる。
「ちょっと新機軸を出したかったのでお願いしました」
と上島先生は言う。
「霧島さんって、どなたかの変名なのではという噂も流れているのですが」
「私は直接お会いしていないので分かりません。レコード会社経由で紹介して頂いたもので、彼女とのやりとりもメールだけです」
「彼女ということは女性ですか?」
「さあ、どうでしょうか。女性的なお名前なので彼女と言いましたが、実際の性別は知りません」
更にカップリング曲でドラマの挿入歌『Nurses Run』のさわりが流れる。nurses run というのは英語の回文である。
「東郷さんの曲って色々な傾向のものがありますが、これって川崎ゆりこさんや山村星歌さんが歌っている曲と似た路線ですね」
と質問が入る。
結構あからさまな質問だ。同じゴーストライターの作品かと訊いているようなものだが、東郷先生はさらりと答える。
「そうそう。やはり可愛い女の子にはこういう可愛い歌を歌わせなきゃね」
すると
「アクアさんは男性ですが」
と記者からツッコミが入る。東郷先生、実はアクアの性別を聞いていなかったのでは?と私は思った。しかし東郷先生は堂々としたものである。顔色ひとつ変えずに答える。
「いや、これだけ可愛ければ女の子と一緒だよ。性転換手術の代金、僕が出してあげるから手術受けない?」
すると
「お断りします」
とアクアは言った。
多数の記者から質問が入り、記者会見は盛り上がった。東郷先生はけっこう上機嫌で、たまに暴走しかかったり、失言ぎりぎりの発言もあるが、氷川さんや上島先生がうまくフォローして破綻しないようにするし、アクア自身も結構如才ない対応をする。私は見ていてアクアって、やはり芸能人向きだぞと思った。何よりあがったりしていないし、かなり機転が利くようである。
やがて質疑応答が終わり、実際に歌ってもらうことになる。今日のアクアの伴奏を務めるのはゴールデンシックスである。音源制作にも協力した縁でここに出てきているが、今度の復興支援イベントでも一緒に演奏することになっている。
この日のゴールデンシックスはこういうメンツで出てきていた。
リードギター:リノン、リズムギター:マノン、ベース:ノノ、ドラムス:キョウ、キーボード1:ムーン、キーボード2:カノン
「済みません。ゴールデンシックスのみなさん、以前見た時とメンバーが違うような気がするのですが」
という質問が入る。カノンが答える。
「現在ゴールデンシックスのメンバーは私とリノンの2人だけです。しかし音源制作やライブではしばしば元メンバーの人たちに協力してもらっています。今日出てきているメンバーで、SGもどきのギター持っているマノンとベース持っているノノはゴールデンシックスの初期メンバーです」
真乃と希美が手をあげる。
「ドラムスのキョーはゴールデンシックスの前身のDRKのメンバーでゴールデンシックスにも一時期入っていました」
京子が手をあげる。
「そして私の隣でもう1台キーボードを弾くムーンは、DRKのメンバーではないのですが、DRKの楽曲提供者兼共同プロデューサーです」
それで月夜が手をあげる。
「ちなみに彼女はKARIONの美空ちゃんのお姉さんです」
とカノンが紹介すると記者席から「おお」という声があがった。
「ゴールデンシックスって実際問題として何人居たんですか?」
という質問が出る。
「元々のDRKは最大膨れあがった時で15人です。その他に今日来てもらったムーンさん、1度だけ演奏に参加してもらった、メンバーの1人のお母さん、そしてプロデューサー役の子まで入れると18人、更にゴールデンシックスになってからのメンバーが今日来ているマノン・ノノ以外にもう1人います。そこまで入れると21人ですね」
「凄い人数ですね」
「まあAKBには負けますけど。実はそれ以外にも、DRKが分裂してできたバンドでノーザンフォックス、ヴァイオレットマックスというバンドもあるのですが、そちらの方の実態は私も分かりません」
「分裂したのは路線の違いか何かですか?」
「いいえ。元々DRKは旭川で結成したバンドで全員高校生だったもので、大学進学の時に、北海道に残ったメンバーがノーザンフォックス、東京近辺に来たメンバーがゴールデンシックス、関西方面に行ったメンバーがヴァイオレットマックスを作ったんです。ですから私たちはみんな仲良いですよ」
とカノンが説明すると記者さんたちも納得したようであった。
その後、やっと演奏に入るが、ゴールデンシックスは(後から聞いたのでは)この日集まって30分くらい合わせただけらしいが、まとまりのある落ち着いた演奏をする。そしてアクアは堂々と美しいソプラノボイスで歌う。
上島先生が書いた『白い情熱』はドラマのオープニングにふさわしい平易で覚えやすいメロディーだ。音域も1オクターブ半くらいしか使っていない。アクアは音程もリズムも正確に歌う。
続いて『Nurses Run』を歌うが、こちらはリズミカルでテンポの速い曲である。音符はしばしばドミソ・ファソラドのように駆け上がったり降りてきたりもする。細かい音符もあるが、アクアはそのひとつひとつの音符を正確な音程で歌う。このあたりは歌の上手かった両親から受け継いだ素質もあるんだろうなと私は思った。
一転してゆるやかなサビに入るがここで物凄く広く音程を使う。アクアの声は高い音域まで徐々に登って行き、最高点はHigh-F(F6)まで達する。その音の凄さが分かった風の記者さん数人が顔を見合わせている。
その後Cメロに入り2回繰り返すのだが、これも会場の中でほんの数人の記者さんが途中で「あれ?」といった顔をした。その中で音楽雑誌の記者さん2人がひそひそと話している。そして納得したような顔で頷いていた。
曲はCメロの後ふたたびサビを歌い、Aメロ・Bメロを歌って終わるが、拍手の後でその記者さんが質問した。
「気のせいだったら済みません。東郷先生、Nurses RunのCメロってもしかしてAメロの逆回しですか?」
この質問に東郷先生は「えっと・・・」と言いよどむ。さすがに何か言える内容ではなかったようだが、横から氷川さんが言った。
「東郷先生の悪戯なんですよ。ほとんど逆回しなのですが、実は2箇所だけ違うんです」
「おぉ!」
この回答は誰も予想していなかったようであった。
「元々題名の nurses run というのが英語の回文でして」
と氷川さんが言うと
「へー!」
という声が多数あがる。そのこと自体に気づいていなかった人もいたようである。
「それでAメロの始まりがドソミソファレドですが、Cメロの最後はドレファソミソドになっています。音符の長さは違うのですが。ただ完全対称というのは凶だと昔から言われているんです。完全対称な家に住んだ人間は発狂するという説もありました。ですから昔の画家は対称な絵を描く時にわざとどこかで対称性を崩したと言います。東郷先生もそういう戒めというのは迷信ではなく、やはり人類の長年の知恵だとおっしゃって、わざと2箇所だけ対称性を壊されたのです」
と氷川さんが説明する。
「譜面はいくつかの雑誌の4月号に掲載予定ですので、譜面を見比べてみて下さい」
と氷川さんは最後に笑顔で付け加えたが、東郷先生は「へー」といった顔をしていた。
ネットにも「今初めて知ったような顔だ!」と書かれていた。
中継を見ていた政子が
「東郷先生、面白いことするね。冬もああいうのできない?」
と言うが
「今やったら二番煎じだよ」
と答えておく。
「そっかー」
「ちなみにこの曲、本当に書いたのは千里だよ」
「へー!」
「ちなみに譜面を逆さまにしても演奏できる曲というのも存在する」
「何それ?」
「五線紙をひっくり返すから、演奏順序も逆になるけど、ミが上のファに、ファがミに、ソがレに、ラがドに、と対称に変化する。それでちゃんと曲になっているいうお遊びなんだよ」
「それも面白いね」
「単に対称にするだけなら誰でもできるんだけど、それでどちらでもまともな曲にするというのは物凄く難しい」
「千里すごいねー」
「あの子って才能の無駄遣いしてるって気がする」
「ああ、するする。もっと御飯も食べればいいのに」
「マーサから見たら人類みな少食だろうな」
3月7日、仙台で復興支援ライブが行われた。
仙台の3月上旬はむろん真冬である。その時期に朝6時から夜6時まで屋根も無い野球場でやるというクレイジーなイベントであるが、観客は開演3時間前の3時頃から結構集まり始め、主催者側の判断で予定を早めて4時には観客を中に入れることにした。ただし暖房の効率を考えて5時前の入場者はスタンドの1ヶ所に集め、そこに集中的に温風を流した。
私たちは前日に仙台に入って前泊しており、朝5時半頃会場に入った。出演者の控え室には、むろん6時からの出番のゴールデンシックスとアクアが来ている。が、そこに美空の顔もあるのでびっくりする。
「みーちゃん、どうしたの?」
と私は尋ねる。
KARIONのステージは14時からである。しかもだいたい美空は遅刻魔である。
「私は今日はゴールデンシックス〜」
と美空は言っている。
「ちなみに今朝はカノンに起こしてもらった」
「なるほどねー」
「枕元にカツ丼を置いたらパッと目が覚めた」
などと花野子は言っている。
「なるほどー!」
「朝ご飯にカツ丼3杯食べてきた。美味しかった」
と美空が言うと
「みそりんにしては少食だね」
などと政子が言う。
「朝だからあまり入らないんだよ」
と美空が言うと、花野子たちは笑っていたが、マノン(真乃)は「へ?」といった感じの顔をしていた。
そういう訳で今日のゴールデンシックスは美空が入ってこういうメンツになっていた。
LdGt.リノン、RhGt.マノン、B.コンゴウ(美空)、Dr.キョウ、KB.カノン、Fl.タイモ(千里)
ボーカルのアクアも入って軽く合わせてみるが、最初数回ミスったりしたものの、すぐにちゃんと合う。
「ゴールデンシックスって毎回演奏に出てくるメンツが違うんでしょ?よくそんなにピタリと合いますね」
と7時からの出番の篠崎マイが感心したように言うが
「私たちは元々進学校で愛好会に準じた形で活動していたから、塾とかで出て来られない子も多いし、居るメンバーで何とか演奏するというのをいつもしていたんですよ」
と花野子が説明する。
「だからみんな複数の楽器ができるようになっていったし、誰でも演奏できるように、あまり難しいことはしないように編曲していたし」
と千里も言う。
「まあ要するに私たちのバンドってメンバーが規格品だよね」
「そうそう。簡単に交換可能」
「ふつうのバンドって個性の塊だけど、私たちは合唱部などと同じ」
「誰かが抜けたら成立しないような演奏はしてないもん」
「だから私たちの真似したら、売れないよ」
「そんなこと言いつつ、昨年は私の10倍くらい売れてるじゃないですか!」
とマイは言っていた。
「ところで6時半からのフラワー・フォーの人たちは来てないんですか?」
と篠崎マイが尋ねる。
「あ、それは男性ユニットらしくて、控室が別なんですよ」
と朝から詰めてくれている★★レコードの北川さんが言う。
「あ、なるほどー」
「こちらは女性控え室か」
という声があがる。
しかし、それを聞いてアクアが「え〜!?」という顔をしている。
「あのぉ、僕、男なんですけど」
とアクアが言うと
「ん?」
という声があちこちからあがる。誰もアクアの存在を疑問には思わず、みんな着替えたりメイクしたりしていた。美空なども、この会場まで着て来た服を脱いで Golden Six と染め抜かれた衣装に着替えようとしていたところ?で、スリップ姿のまま千里とおしゃべりしていた。
「ああ。会場前に居たのを私がこっちこっちと言って連れて来たから」
などと梨乃(リノン)が言っている。
「まあアクアは女の子の一変種ということでいいよね?」
と政子。
「僕、男ですよ〜」
と本人。
「まだ第二次性徴が出る前だから中性ということでも良いのでは?」
とスリップ姿の美空(さっさと服着ろ!)。
「うん、全然問題無いね」
と花野子(カノン)も言って、それでこの件はスルーされることとなった。
やがて5:45になって、ゴールデンシックスの6人がステージに出て行く。拍手があるが、まださすがにまばらである。PAさんと電話で連絡を取りながら音響の再確認をするが、早朝なのでメインのスピーカーはオフにしてあり、客席にちりばめた小型のスピーカーだけを鳴らす。会場の回りに立てた防音・防風パネルのおかげで、この音は会場の外までは響かない。
やがて6時の時報が鳴る。と同時にリノンがギターをチャラーンと掻き鳴らす。そしてカノンが『みんな、おはよう!』と叫んで、演奏を始める。最初の曲は昨年8月に出したゴールデンシックスのメジャーデビュー曲『Take Six』である。この曲はカノンとリノンが歌った。観客は律儀に手拍子を打ってくれるが、6拍子なので悩むような打ち方になっていた。ウンパンパン・ウンパンパンという形に落ち着くまで結構時間を要した。
曲が終わった所で拍手がある。
「あらためておはよう」
とカノンが言うと、観客も
「おはよう」
と返してくれる。
「私はゴールデンシックスのカノンだ!」
「私はゴールデンシックスのリノンだ!」
と名乗りをあげると、それぞれ拍手があり名前を呼んでくれる。
「そして残りの4人はNPCだ」
とカノンが言うと会場はドッと笑う。
「私たちも人間だけど」
と後ろで美空が言う。
するとこの時やっと多くの観客がそれが美空であることに気づき、ざわめきが起きる。
「NPCじゃ無かったんだっけ?」
とカノンがリノンに訊く。
「NPCを用意するつもりが予算が取れなかったから、人間が操作することになったんだよ」
とリノン。
「じゃ、しょうがないから紹介するか」
とリノンが言ってひとりひとりを紹介していく。
「リズムギターはマノン。私の大学の同級生で、丸の内のOLだ」
とリノンが言い、マノンがギターを弾き鳴らす。丸の内のOLという紹介に会場では「すごーい」という声が上がるが、マノンは自分のマイクで付け加える。
「まあ、実際には丸の内にあるお菓子屋さんに勤めてるんだけどね」
これに会場が沸く。
「ドラムスはキョウ、高校時代の友人で、東大の大学院生だ」
これにも会場はざわめくが、本人はタム回しを叩いた上で
「大学院卒の女子ってほんっと仕事が無いから。結局就職できずに来年も大学院生をするつもり」
と付け加える。会場からは同情するようなため息が漏れた。
「フルートはタイモ、高校時代の友人で、別名醍醐春海。ゴールデンシックスの作曲担当。南藤由梨奈ちゃんが歌った『魔法のマーマレード』の作者だ」
と紹介すると会場がけっこう騒がしくなる。そして千里がフルートでビゼーのメヌエット冒頭を吹くと結構な拍手があった。私はこの観客の中には、苗場やKARIONのツアーなどで千里のパフォーマンスを見ている人がわりと居るのではと思った。
「では次の曲行こうか」
とリノンが言うと
「え〜〜〜!?」
と会場の声。後ろでは美空が自分を指さしている。
「あ、ごめーん。ひとり忘れてた」
とリノン。
「ゴールデンシックスなんだから6人でしょ?」
と美空。
「いや、あまりに光り輝いていたのでレベルの低い私には見えなかったのだよ」
とリノン。
会場が沸くが、うまい言い方だと思った。美空を無視して、ひとつ間違えばKARIONファンの反発をくらう所である。
「私のような駆け出しのギター弾きには輝かしくて目に入らぬ、KARIONのアルト担当兼食事係、美空金剛Z様であらせられる」
とリノンが言うと、会場から物凄い拍手が送られた。美空も華麗にウォーキングベースを弾いて歓声に応える。
しかしカノンとリノンは、自分達の役目をよく分かっていると思って私は見ていた。前座の目的は観客を乗せて、本番のアーティストにつなぐことである。
「これで全員かな?」
とリノンが言うと
「今日は特別なゲストボーカルがいるんだよ」
とカノンが言う。
会場内から「キャー!」という物凄い歓声がある。歓声を発しているのはみんな若い女子である。
「では今日のゲストボーカル、アクア!」
とカノンが紹介し、下手から王子様のような衣装を着けたアクアが登場すると会場は
「アクアちゃーん!!」
「可愛い!!!」
などの声で埋め尽くされる。
これを見るために早朝から頑張ってこの会場に入ってきた女の子たちである。
「おはようございます。アクアです。今日は一所懸命歌います」
とアクアが挨拶すると、更に凄い歓声。
カノンがドラムスのキョウを見て頷き、キョウがスティックを鳴らして音楽スタート!そしてアクアが歌い始める。
4月から始まる『ときめき病院物語』の主題歌『白い情熱』である。
会場は8万人入るのだが、この時点で既に3万人ほど入っている。その大観衆を前に、アクアは堂々と歌っている。私は今ここに新しいスターが誕生しつつあるのをしっかりと感じていた。
しかし・・・・アクアってこれが初めての男装披露だ!!
物凄いボリュームの手拍子が拍手に変わって曲が終了する。ゴールデンシックスの演奏は続く。2曲目はゴールデンシックスの曲『Golden Aqua Bridge』である。アクアという単語が入っているので選曲した。元々歌唱力のあるカノンのために書かれた曲であるが、アクアもけっこうな歌唱力を持っているので、頑張って歌う。彼は今日のステージのためにここ1ヶ月ほど、物凄い練習をしたようである。今は人気先行ではあるものの、その人気の辻褄を合わせるためによく努力する子のようである。
更にアクアは川崎ゆりこの『白い通学バス』を歌う。元々の歌詞は女性アイドルの歌なので「彼に私の純情を捧げたい」などとなっており、ここを男性のアクアが歌うことから「彼女に僕の気持ちを捧げたい」などと改変していた。
更に女性アイドルグループFireFly20の『あの娘のバレッタ』を歌う。
「アクア、女の子の歌ばかり歌ってる」
と見ていた政子が指摘する。
「あの子、ソプラノだから女の子歌手の歌でないと歌えないのでは?」
と私が言うと
「なるほどー」
と答えてから政子は
「だったら女の子の服着ればいいのに」
などと楽しそうに言っている。
しかし後からネットを見てみたらこのアクアのステージにはこんな感想が多かった。
「アクアちゃん、やっぱり女の子の服が似合うね〜」
「何だかお姫様みたいな豪華な衣装だったよね〜」
「可愛い服の写真集とか出ないかなあ」
アクアは《王子様》風の衣装を着ていたのだが、装飾が多いので、特に遠目にはお姫様の衣装のようにも見えたようであった。
アクアとゴールデンシックスのステージは、その後、ゴールデンシックスのインディーズ時代の曲『スカート』になる。足が太くて短いスカートを穿く勇気が無い女の子の悩みを歌った曲だが、
「アクアちゃんスカート似合うよ!」
などという声が掛かって、アクアが困ったような顔をしていた。
最後はアクアのデビューCD c/w曲『Nurses Run』を歌って終える。この曲でもゴールデンシックスの6人の軽やかで乗りの良い演奏にアクアの美しいソプラノボイスが乗るが、この曲で千里はアルトフルートを吹いて、ソプラノ故に軽くなりすぎるアクアの声の響きを補っていた。
演奏が終わる。
このステージが行われている間に観客は5万人くらいに増えている。その大観衆からの声援にアクアは笑顔で手を振り、ゴールデンシックスのメンバーと一緒に上手に退場した。
代わって下手からはフラワー・フォーが登場する。この名前は会場のほとんどの人にとって初耳であった。しかしフラワー・フォーは男性のユニットと聞いたのに、出てきた人物は全員女性のようである。私は政子とふたりで首をひねっていた。
やがてその中の1人がマイクを持って挨拶した。
「おはようございます。Flower Fourです。私たちの演奏を聞いて下さい」
この挨拶に会場がざわめく。
それは挨拶の声は明らかに男の声だったからである。
マイナスワン音源がスタートするが、流れているのはWooden Fourの曲である。そして歌が始まるが、男声四重唱である!
「ねぇ、ねぇ、これって」
と政子が楽しそうに私に訊く。
「マリちゃんの思い人さんたちじゃん」
「大林亮平は嫌いだよ。私にキスしようとしたんだから」
などと言っている。それ随分昔のことだけど。まだ根に持ってたんだ?
「取り敢えず、大林亮子ちゃんみたいだね。今日は」
「そのまま手術して女の子になるのなら許してやる」
などと政子は言っている。
しかしそんな文句を言っている割にはけっこう楽しそうに彼らの歌を聴いている。会場も彼らの正体が分かったので、手拍子と歓声になっている。
「亮子ちゃ〜〜ん!」
「マキちゃ〜ん!」
「准子ちゃ〜ん!」
「道子ちゃ〜ん!」
などという声も飛んでいる。
こうして会場は彼らのパフォーマンスで盛り上がり、その興奮の中、朝7時から始まるアイドルたちのステージへとつながっていくのであった。
場内はおにぎりやサンドイッチを売る人、暖かい飲み物を売る人、ゴミを回収する人など多数のスタッフ(実は過去に設営運用作業に参加したことがあることを条件に公募したボランティアであるが、タダでライブが聴けてお弁当は出るというので倍率が凄かった。交通費は自費)が回っている。それで演奏を聴きながら御飯を食べたり、水分を取ってくださいということにしていた。トイレに行くのに席を立つのも自由である(立ち上がったままでの鑑賞は禁止)。
私たちはまとめて用意してもらっていた朝ご飯の仕出しを食べてから少し仮眠室で休憩する。目が覚めるとお昼過ぎである。政子はまだ寝ていたが放置してトイレに行き顔を洗ってから控え室に行く。和泉たちが来ているので手を振って挨拶する。KARIONの衣装を着てメイクをする。
これは記者会見でも使用した《四・十二・二十・四》の衣装である。
「でもフラワーフォーのステージ面白かったね」
と美空が言う。
「その話聞いて、しまった、朝から来るんだったと思ったよ」
と小風が言っている。
「彼らは女性ユニットだけど控室は男性控室を使っていたね」
と私はコメントしておく。
「まあ中の人がそうだからね」
などと話をしていた時、Rainbow Flute Bandsのフェイと目が合い、お互い会釈しあう。
「そういえばフェイちゃんは、こちら女性控室にいるんだね?」
と美空も気づいて声を掛ける。
「私とアリスとポールはまとめて別室用意しようかとも言われたんですが、部屋のやりくり大変みたいだからいいですということにしました」
とフェイは言っている。
隣にアリスも居るし、他にジュン・モニカもいるが、ポールは居ないので男性控室の方にいるのだろう。マイク・キャロルも男声控室だろう。
「結局フェイちゃんって、やはり女の子なの?」
と美空が訊くが
「すみませーん。それ非公開ということで」
などと本人は言っている。
「温泉とかはどちらに入るの?」
「家族風呂以外には絶対入りません」
「うーん・・・。女湯には入れない身体?」
「そのあたりも秘密ということで」
「フェイの性別は私たちも知らないんですよ」
などと隣でアリスが言っている。彼女は《女装者》、隣のモニカは《性転換者》でふたりともアルトの担当である。変声期を経ているとさすがにその音域が限界だ。
Rainbow Flute Bandsでソプラノを担当するのがジュンとフェイで、ジュンは天然女性のレスビアン。しかしフェイは結局性別不詳なのである。彼女は仲間にも裸体を見せていないらしい。また彼女の中学や高校の同級生に訊いても
「フェイ君は男の子だよ」
という人と
「フェイちゃんは女の子だよ」
という人がいて、結局よく分からない。彼女は学校にも女子制服で行ったり、男子制服で行ったりしていたらしい。トイレも女子制服の時は女子トイレ、男子制服の時は男子トイレを使っていた。更衣室は学校側の「高次の考慮」により個室をあてがわれていたらしい。
13:50にKARIONとTravelling Bellsは下手袖でスタンバイする。Rainbow Flute Bandsの演奏が終わる。大きな歓声・拍手の中、上手に退場する。Travelling Bells が出て行き、新たな歓声。コードをつなぎ音の出方を確認する。
強烈なリズムとともにRC大賞の金賞受賞曲『アメノウズメ』を演奏する。ひじょうに多数の楽器が必要な曲なので、夢美・美野里・穂津美と3人のキーボード奏者に入ってもらい演奏している。夢美はこの曲以外ではヴァイオリンを弾いてくれる。更に箏奏者2人・鼓奏者・琵琶奏者にまで入ってもらったし、この会場に来ているついでにと千里に篠笛を吹いてもらった(千里はこの曲以外ではフルートを吹いてもらう)。
ひじょうにダイナミックな曲で、CD音源より遙かに迫力があるので会場ではかなり受けたような感じであった。物凄い拍手が来た。
その後「元々は津軽海峡のフェリーの上で書いた曲」と紹介した上で人気曲『海を渡りて君の元へ』を演奏、南藤由梨奈のカバーで広く知られた『魔法のマーマレード』、KARIONが初めてミリオンを達成した『雪うさぎたち』と演奏していく。こういう楽曲のクオリティの高さがKARIONの持ち味だ。
更にステージでは最新アルバムから『もう寝ろよ赤ちゃん』『皿飛ぶ夕暮れ時』を演奏した上で、過去の人気曲から『白猫のマンボ』『Shipはすぐ来る』『星の海』と歌う。
最後に新譜から『Around the Wards in 60 minutes』を演奏した後で最後は『黄金の琵琶』で締めた。この曲では『アメノウズメ』にも入ってもらった琵琶奏者さんに再度参加したもらったが、ひじょうに格好良い曲なのでこれもかなり会場は受けていたようである。
1時間のステージを終えると、かなり疲れている。私は下着を交換していったんメイクを落とした上で仮眠室で休ませてもらった。16:30に窓香が起こしてくれたので、顔を洗いトイレに行ってからローズ+リリーの衣装を着てメイクをする。
KARIONではおそろいの衣装だったが、こちらはマリが白いユリのイメージの衣装、私が赤いバラのイメージの衣装である。このパターンも最近ライブでかなり使っている。宮里花奈さんのデザインの衣装なのだが、彼女もこのパターンで色々と試行錯誤するのが楽しいようで、「こんなのできたよー」と言って送って来てくれるのである。
この日のマリの服は基本はマーメイドスカートなのだが、鉄砲ユリのように一番下だけ横に広がるライン(ボーンを入れてその形を維持している)、私の服は90度くらいの幅の布をやはりボーンで膨らみを持たせて12枚も重ねてある。いわばフラグメント・ラップスカートという感じである。これが動き回るとけっこう素足が露出するので、マリがずいぶんこちらを見ているようであった。
政子がおやつを食べ終わるのを待って5分前に下手でスタンバイする。やがてAYAが最後の曲を歌い終わり、歓声の中、スターキッズと一緒にステージに出て行く。
「こんにちは!ローズ+リリーです」
とマリとふたりで一緒に挨拶する。
「今日は1日お疲れ様でした。そろそろ疲れて眠くなってきたかも知れませんけど、眠りながらでもいいから私たちの歌を聴いて下さい」
などと8万人の観客に呼びかける。
それで前半は眠りを誘うかのように?静かな曲を演奏する!
まずは『眠れる愛』から初めて『アコスティック・ワールド』『遙かな夢』、『時を戻せるなら』『神様お願い』『花模様』と続けていくと、実際客席ではけっこう寝ている感じがある。
ここでちょうど太陽が西の地平に沈む頃、『雪を割る鈴』を演奏するがダンサーとして出てきてくれたのが音羽と光帆である。それに気づいた前の方の観客が騒ぐ。
最初はスローに演奏する。AメロBメロを2回繰り返した所で長さ2mほどもある巨大な剣を持ってAYAのゆみが登場する。そして和泉・美空・小風・蘭子が4人で運んできた大きな鈴めがけて、ゆみが剣を振り下ろす。
ここで蘭子に見えるのは実は私のフェイスマスクをかぶった夢美である。
ゆみが鈴を割った直後、音楽は一転して速いテンポのリズミカルな曲になる。これで結構目を覚ました客があったようである。
音羽・光帆・ゆみ、そして和泉・美空・小風・蘭子が踊る。その賑やかな踊りの中で曲は終了する。
そして8万人の大観衆がやっと目が覚めたようで大きな拍手と歓声がある。
残りの曲は「08年組」総出で演奏した。Travelling Bells, Purple Cats, Polar Star も入ってみんな適当に楽器を鳴らしている。音羽もギター、美空もベースを持っている。和泉はグロッケンを打つ。スコアなど書かずに「適当に演奏して」と言っておいたので、みんな本当に適当だ。
この演奏で『Spell on You』『影たちの夜』『ファイト!白雪姫』と歌った後、AYAの復帰作『変奏曲』、XANFUSの復帰作『Beginning of the Eternal』、KARIONの新曲『アイドルはつらいよ』と演奏して行く。
これらの曲はあくまで私とマリが歌い、ゆみも音羽・光帆も、和泉・小風・美空もダンス&コーラスである。
最後にローズ+リリーの曲に戻って『神様ありがとう』を歌った後で、私は観客に向かって言う。
「それでは最後の曲です。もう太陽は沈んでしまいました。もうすぐ日暮れです。お空の都合でアンコールはできませんので、これが掛け値無し、このイベントの最後の曲です。そしてこの歌を歌わなきゃローズ+リリーのライブは終わらない、ということで『ピンザンティン』!」
会場が沸く。比率的にそんなに多くないもののお玉を振ってくれる人たちも居る。ステージ上にいるメンバーは楽器を演奏するスターキッズ以外全員お玉を持ち、演奏を始める。
「サラダを〜作ろう、ピンザンティン、素敵なサラダを」
「サラダを〜食べよう、ピンザンティン、美味しいサラダを」
会場のみんなも大合唱をしてくれる。
私たちもマリもお腹の底から声を出して、この歌を歌った。
そうして興奮の中、今年の復興イベントは終わった。
3月14日にKARIONの広島ライブを終えた後、私は山陽新幹線・サンダーバード、そして今日開業したばかりの北陸新幹線と乗り継いで富山駅に降り立った。千里が自分の車で迎えに来てくれているので乗せてもらい、市の南部にある富山空港に向かう。
「悪いね。足になってもらって」
「ううん。大阪に寄ったついでだから」
「ああ。不倫してきたんだ?」
と私が訊くと
「うん」
と千里もあっけらかんと答える。
「赤ちゃんは順調?」
「かなり安定している。実は青葉にかなり協力してもらっているんだけどね」
「へー!」
「青葉がいなかったら流産していたと思う」
「そのあたりが弱い人なんだ」
「そうみたい。来週には7ヶ月目に入る。予定日は7月」
「ね、訊いていい?」
「うん?」
「奥さんが妊娠中にさ、千里と浮気してもその彼って罪悪感は無いのかね?」
と私は突っ込んでみる。
「まあ、そんな奴だから」
と千里は言う。
「奥さんは妊娠中だから当然セックスできない。私ともそんなにできる訳じゃない。それで更に恋人を作ろうとして、私に邪魔されているのがあいつの図」
「困った浮気症だね」
「今までにあいつの浮気を潰したのは50回以上になるから」
「いや、それはもう病気じゃないかと」
「でも私が悉く邪魔してるから、あいつが実際にセックスした女性は私と今の奥さんを含めて3人しか居ないはず」
「よく阻止してるね!」
「まあ私とあいつのゲームみたいなものだよ。あいつは私に見付からないように浮気しようとする。でも私は絶対見付けて潰す」
「楽しかったりして」
「まあ多少のカタルシスはあるよ」
「やはり」
やがて富山空港に着く。駐車場に入れて少し待つ内に玄関の所に支香に付き添われた龍虎が出てきたのを見て、千里は駐車場を出て車を寄せる。ふたりが乗り込み高岡に向かう。
「青葉ちゃんの噂は上島からも聞いていたから、会えるの楽しみ」
などと支香は言っている。
「龍虎、自分がどうありたいかという話、支香さんに言えた?」
と私は龍虎に訊く。
「勇気出して言いました。支香おばさんは、自分がそうありたいと思う状態でいればいいと言ってくれました」
と龍虎。
支香は頷いている。
「田代のお父さん・お母さんにも言えた?」
「お母さんは私が密かに女性ホルモン飲んでいるんだろうと思っていたと言いました」
「まあ、ネットでもそう書いている人は多いみたいね」
「川南さんがたくさん女性ホルモン送りつけて来ているんで、困ってるんですけど」
などと龍虎は言っている。
「飲んでみた?」
「飲みませんよ!」
「でもネットって怖いですね〜。こないだ私が頂いた大量のバレンタインのチョコの一部を学校で友だちに配ったら、それも翌日にはネットで拡散していたんですよ」
「まあ人気タレントってそうなるから」
確かにアクアの所に来たバレンタインのチョコの量は凄まじかったようだ。
プロダクションでは、手作りの類いを含めて、デパートあるいは有名菓子店などからの直送品以外は全て廃棄させてもらうことをうたっている。ファンもそのあたりは理解してくれていたようで、廃棄せざるを得なかったのは全体の1割程度だったと紅川社長は言っていた。
「でもバレンタインだけかと思ったらホワイトデーに合わせて今度は男の子のファンから大量にクッキーとかマシュマロとか届きつつあるんですよ、僕、男なのに」
と龍虎は言うが
「それは女の子のアクアちゃんに夢見てる男の子たちだよ」
と千里が楽しそうに言った。
青葉は龍虎に横になって楽にするように言った。
「龍虎君の睾丸はちゃんと活動しているよ」
と青葉は言う。
「え〜?ほんとですか?」
と言う龍虎は嫌そうである。
「中学生の去勢、してくれる先生知ってるけど去勢してもらう?」
と青葉が訊くと
「嫌です!」
と本人は言う。
睾丸は取りたくないけど、活動されるのは嫌という微妙な心情のようだ。
「精子はありますか?」
と支香が尋ねる。
「精原細胞は活動していますよ。精子はあるはずです。濃度は低いと思うけど」
と青葉。
精原細胞は自分をコピーし、そのコピーが分裂してB型精原細胞となり、それが分裂して一次精母細胞、更に分裂して二次精母細胞、更に分裂して精子になる。
「ああ、やはり低いんですね」
と言う龍虎は少し安心した様子。
「赤ちゃん作れます?」
と支香が尋ねる。
「自然な性交では厳しいかも。濃縮して人工授精すれば行けると思う」
「なるほど」
青葉は龍虎の自分のあり方の希望を言うのを聞き、支香にそれで構わないかと確認する。支香は本人の希望に添わせたいと言うので、青葉はホルモンの流れを調整するセッションをする。
「男性ホルモンが影響する範囲を性器周辺だけに留めます。ですから睾丸は今まだ未発達ですけど、今後もう少し発達すると思いますし、陰茎も勃起しやすくなると思います。私のセッションを受けている限りは自慰してもいいですよ。それは身体の上半身と足には影響しないようにします。ですからのど仏は当面発達しないし、声変わりも来ません。肩も今のまま撫で肩のままだと思いますし、足にもすね毛は生えませんよ」
と言った上で
「おっぱい膨らませることもできますけど」
と言う。
「え?ほんとですか?」
と龍虎は言ったものの
「いや、それはいいです」
と少し残念そうな顔で言う。
「いいよ、いいよ。乳首だけ大きくする?」
「え〜?」
と言ってアクアは少し考えていたものの
「いや、それもいいです」
と言った。
「了解了解。じゃ胸は発達しないように、そこもホルモンの利きからバイパスさせるね」
と青葉は言う。
「男性の体内ではテストステロン(男性ホルモン)が脂肪組織でエストラジオール(女性ホルモン)に転換される。その転換を促進して、通常の男性より女性ホルモンの濃度を高くして、ホルモン的に中性に近い状態をキープします。それで性器まわり以外では女性ホルモン優位にするので、脂肪が発達して丸みを帯びた身体になると思う。体つきとしては中性的だけどむしろ女性に近い感じにはなると思う。それがいいんでしょ?」
と青葉が訊くと、龍虎は恥ずかしげに頷く。
「でも女性ホルモンが効き過ぎておっぱいが大きくならないようにそこは調整するね」
「よろしくお願いします」
「そういうルートの《気の巡り》を形成するけど、最低月に1度は電話でいいので私のセッションを1時間程度受けてください」
「半月に1度セッションを受けることにしていた方がいいと思う。そしたらタイミングが合わなくて1回飛んでも何とかなる」
と私が言うと
「それでお願いします」
と龍虎も言う。
「じゃ私も色々用事のある日もあるし、前もって予約入れてくれる?」
「はい。私もスケジュールが事前に決まっていくみたいだから、それを見てご連絡します」
「うん。お願い。多分これ1年も続けたら気のルートが安定して、その後は2〜3ヶ月に1度でもよくなると思いますから」
セッションが終わった後で、青葉の母と千里が協力して作ってくれていた晩御飯を頂いた。
「お魚美味しい!」
と龍虎が言う。
「シーズンとしてはもう終わりつつあるんですけどね。北陸は冬の間のブリが美味しいんですよ。寒ブリと言うんだけど」
と千里。
「まあいちばん美味しいのは12月から2月に掛けてだよね」
「うん。来年、そのくらいの時期にまた来るといいですよ」
「だけど、千里ちゃんが就職先決まったというので私は安心したわあ。やはりあの巫女さんにお願いしたのが利いたのかしらねえ」
とお母さんが言う。
「巫女さん?」
私はその話を知らなかったので尋ねたら青葉が説明してくれた。千里は苦笑いしている。
「まあ青葉の周囲にはいろいろ不思議なことがあるからねえ」
と私は言う。
「不思議といえば、小さい頃の千里さんとの想い出も不思議なんですよね」
と龍虎が言うが
「それは龍虎の夢だと思うけど、それできっと龍虎は自分で命の水を汲みに行ったんだろうね」
と千里は言う。
「夢?」
と青葉が訊くので、龍虎は小学1年の時、大手術を受けた前夜、千里と龍に乗って、ウイタエという所に行き、水を飲んだという話をする。
「ウイタエの水だからアクア・ウィタエ。ちょうど《命の水》という符合になるんだよね。それで龍虎がその大手術に耐え抜いて、元気な姿を見せてくれた時にその話を聞いて私は例の『アクア・ウィタエ』を書いたんだよ」
と千里は言う。
しかし青葉は龍虎が千里と一緒に《龍に乗って空を飛んだ》という話に
「やはりね〜」
などと言っていた。
「でも面白いわね。青葉が冬子さんとつながり、冬子さんが上島さんとつながり、上島さんと龍虎ちゃんがつながり、龍虎ちゃんとその佐々木さんという人がつながり、佐々木さんと千里ちゃんがつながり。人の関係って複雑なんだね」
とお母さん。
「でも私が積極的に龍虎に関わったんで、龍虎が女の子になりたいと思うようになったんじゃないかと私はちょっと心が咎めるんだけどね」
と千里が言うと
「僕、別に女の子になりたくないです!」
と龍虎は主張する。
私も支香も可笑しさをこらえきれない気分で可愛いスカート姿の龍虎を見ていた。
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【夏の日の想い出・デイジーチェーン】(2)