【夏の日の想い出・東へ西へ】(1)

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10月23日(木)。私は朝から上島先生のご自宅を訪問し、アクアのデビューに関して意見を交換した。
 
「すみません。すぐ来るつもりだったのですが、テレビ番組の収録で昨日・一昨日はインドネシアまで行っていたんですよ。こちらお土産です」
と言って、私はインドネシアの空港で買った缶入りのチョコレートを3つとマンゴーケーキを渡す。
 
「なんか沢山だね!」
「同行した記者から聞いたのではインドネシアはカカオの生産量が世界第3位らしいです」
「へー。1番はどこだろう?」
 
と言っていたら
「1位はコートジボワール、2位がガーナ」
という声がする。
 
見ると髪もばさばさのままで、眠そうな顔の雨宮先生が部屋に入ってくる。スカートも乱れている!?
 
「雨宮先生もいらしたんですか?」
「昨夜、下川と3人で飲んでた」
と雨宮先生。
「僕は早々にダウンしたから、結果的にぐっすり寝た」
と上島先生。
 
「下川先生は?」
「まだ寝てる」
「ああ」
 

雨宮先生はさすがにスカートの乱れは手で直してからソファに座ると
 
「美味しそうなチョコだ」
と言って、勝手にチョコの缶を開けて食べ始める。
 
「ああ、さすが本場だね。美味しいじゃん」
 
「どれどれ」
と言って上島先生も取る。それを見て春風アルトさんも取って
 
「あ、美味しい美味しい」
と言っている。
 
「例の件は後にしましょうか?」
と私は言ったが
 
「この2人なら問題無いから」
と上島先生がおっしゃるので、私はアクアのデビューに関する企画について率直な意見を言った。
 
「基本的にいいとは思うのですが、少し懸念があって」
「うん」
 
「そもそもああいう女の子と見紛(みまが)うような子ですし、それをいきなり女装で登場させた場合、いわゆるニューハーフ・キャラと思われるのではないかと私は心配なんですよ」
 
「それは実は醍醐君からも言われた」
と上島先生。
 
「ああ、醍醐は昨日お伺いしたみたいですね」
 
この件は現在千里を尾行中の麻央からも連絡を受けている。
 
「うん。しかしあの子も忙しいみたいだね。夕方からバスケの練習があって大会が近いのでと言って3時間ほどで帰っていった」
 
それは上手い言い訳だと私は思った。上島先生のお宅に来ると、しばしば徹夜になってしまう。
 
上島先生は言う。
 
「龍虎は、口では自分は男ですーとか言っているけど、結構女の子の服を着るのを喜んでいるみたいだし。小学生の頃、遊園地とかに連れて行ってたら、だいたい女の子と思われるみたいで、ゲームとかに参加して女の子用の景品もらったりしていた。でも自分では女の子になりたい訳ではないと言っているんだよね、昔から」
と上島先生。
 
「それって、つまり性同一性障害ではなく、ただの女装趣味なんじゃないの?」
と雨宮先生が言う。
 
「ああ、実は僕も雨宮とかローズ+リリーのタカとかに近いのかなと思った」
と上島先生。
 
「あら、私は普通の男で、女装趣味じゃないけど」
と雨宮先生。
 
しかし私も上島先生もその発言は黙殺する。
 
「先生、タカはテレビ局がおもしろがって女装させているだけで本人は別に女装趣味は無いです」
と私。
 
「え?そうなの?てっきり元々女装趣味があったのを隠していたけど、最近その傾向をカムアウトしたのかとばかり」
と上島先生。
 
「本人もあまり女装させられるので困っているみたいです。でもそのお陰であちこち呼ばれるから、取り敢えずはあの路線で行くしかないみたいですね」
と私。
 
「その内ふらふらと去勢したくなったり、おっぱい大きくしたくなったり」
と雨宮先生。
 
「それはないですよー。それに彼、12月には結婚しますし」
「それ、双方ウェディングドレス着て、結婚式あげるんでしょ?」
「そんなことしたら、向こうの親が怒りますよ」
「そのあたりは頑張って説得して理解してもらって」
「何を理解させるんですか!?」
 
「精液冷凍しておけば、本人が性転換しても、特に問題無いということね」
「えっと・・・」
 
実はこの時期、雨宮先生は冷凍精液による4人目の子供(後の秋山怜梨)が生まれたばかりだったのだが、私はそのことを15年くらい先まで知らなかった。
 

私は話を本題に戻す。
 
「それで龍虎君がちゃんと男の子だということを何かで明示しておいた方がいいと思うんですよね」
と私は上島先生に言った。
 
「醍醐君が、男装の写真集を出したらどうかと言っていた」
「ああ、それはいいアイデアだと思います」
 
「裃(かみしも)つけさせて武士の姿とか、パイロットの制服着せたり、男らしい服装の写真集を出す。学生服姿を公開してもいいし」
と上島先生。
 
「じゃついでに最後のページにセーラー服姿とスクール水着姿を」
と雨宮先生。
 
「それはまずいですよー」
 

「ケイ君もその方針に賛成なら、それ紅川さんに打診して見るよ。11月中に沖縄かどこかにでも連れて行って写真を撮って、1月に発売できるようにしようか」
 
「そのくらいのタイミングがいいですね。放送が12月29日でしたっけ?」
「そうそう」
 
「だったら1月1日発売が理想的だな」
と雨宮先生が言う。
 
「だったらあまり時間無いね。今すぐ紅川さんに言ってみよう」
と言って上島先生は紅川さんに電話をしていた。
 
「すぐ企画を進めるそうだ。今度の連休に伊豆大島かどこかに連れて行って撮影するという線で」
 
「今から間に合うんですか!?」
「そのくらいの予定で進めていれば、たぶんその翌週になる」
「ああ」
 

「ああ、そうそう。それと龍虎の歌手デビュー曲なんだけどね」
と上島先生は、何だか言いにくそうに言った。
 
「一応俳優デビューを優先する予定だから、CDデビューの件は少し遅れて公開するらしいけどね」
「ああ、それがいいと思います」
 
「僕もそれでいいんだけど、そのデビューCDに、加藤さんから、上島先生も1曲書いてくださいよ、と言われちゃって」
「なるほどー」
 
「何か自分の息子に曲を渡すみたいでどうも変な感じで」
と上島先生が言うと
「最初だけ書いて、あとは誰かに押しつければいい」
などと雨宮先生は言っている。
 
「ゆきみすず作詞・東郷誠一作曲なんてビッグネーム使うのに、僕まで参加するのは、屋上屋を重ねませんか?と加藤君には言ったんだけど、ビッグネームの共演で華々しくスタートさせたいと言われて」
 
「いいと思いますよ、そのくらいやって」
と言ってから、私は疑問に思った。
 
「ところで上島先生、アクアのプロジェクトって誰が主導してるんですか?」
「ん?」
「いえ、アクア関連の情報って何だかあちこちから断片的に入って来て、各々の人がどうも全ては知らないまま動いているみたいで」
 
「ああ、それは僕も感じていた。明確なプロデューサーが居ないよね。でも中心は紅川さんか加藤君じゃないの?」
「実は紅川社長に訊いたら上島先生じゃないの?と言われて」
 
「あれ〜〜〜!?」
 
雨宮先生が何だか笑っていた。
 

上島先生の所に林葉課長から連絡が入り「ああ、ごめん!」と言って先生が何か曲を書き始めたのを幸いに、私は帰ろうとしていた時、★★レコードの加藤課長から連絡が入る。あまり電話では話せない内容というので、私は電車で都心に出て★★レコードを訪ねた。
 
加藤さんは氷川さんにも席を外させ、私と2人だけで話した。
 
「この話を今★★レコード内で知っているのは僕と町添だけなんだよ」
「何の話でしょうか?」
 
私は加藤さんの言い方から、会社の経営にでも関わる重大問題かと思った。
 
「実は上島雷太君の隠し子の娘さんがデビューするんだよ」
「本当ですか!?」
 
私は驚いた。でもそういう話があるなら、なぜさっき私が行った時にそういう話が出なかったのだろう?
 
「それで、今度ローズ+リリーが全国ツアーをするでしょ?」
「はい」
「『雪を割る鈴』の鈴割り役が要るよね?」
「はい。その人選に関しては、氷川さんの方で各公演ごとに適当なアイドル歌手とかタレントさんなどにお願いするということで、手配をしてくださっていたのですが」
 
「その先頭の沖縄公演に、その子を登場させたいんだよ」
「私は構いませんが、どういう子なんですか?」
 
「歌を聞いたけど、物凄く上手い」
「さすが、上島先生の娘さんですね。上島先生も凄く歌がうまいから。名前とかは決まっているんですか?」
 
「うん。アクアちゃんと言って、今中学1年生なんだよ。凄い美少女だよ」
 

私は脱力して頭を抱えて笑いをこらえることができなかった。
 
「どうしたの!?」
と加藤さんが驚く。
 
「課長、少し誤解があるようですが」
「え!?」
 
「アクアのことなら私もよく知っています」
「そうだったの!?」
 
「ローズ+リリーのライブへの登場は問題無いですよ。ただ沖縄公演は12月12日なんですが、あの子が芸名“アクア”というのを発表するのは12月29日放送の番組なんです。それは構わないんですか?」
 
「ああ、それは実は指摘があったのだけど、ローズ+リリーの公演で口頭で名前を言うくらいは、むしろ前宣伝になって良いのではということで、公式発表前のフライングということでいいそうだ。そもそもその番組は12月1日に収録するからその時に付けられた名前を12月12日に口にするのは矛盾が無い」
 
「そういうことであれば問題ないですよ」
「よかった。じゃ、それはそれでお願いするね。でも誤解って何?」
 
「アクアは上島先生の子供ではなく、高岡さんの子供です」
「へ?」
 
「高岡さんと夕香さんの間に2001年8月20日に生まれた子供なんですよ。再度上島先生に確認してみてください」
と私は手帳で誕生日を確認しながら言った。
 
「嘘!?夕香ちゃんが子供産んでたの?」
「だから2001年当時、夕香さんはほとんどライブに出演していなかったはずです」
 
「あれ〜〜?どこでそんな勘違いが起きたんだろう」
 
「それともうひとつの問題ですが」
「うん」
 
「アクアは女の子ではなく男の子です」
 
「それ何の冗談?」
と加藤課長が言う。
 
「何でしたら、お医者さんに見せて性別判定してもらいます?」
 
「え〜〜〜〜!?だって女の子にしか見えなかったよ」
 
「まあ、デビュー前に手術受けさせて女の子に変えちゃう手もありますが」
と私は言った。
 

2014年10月。私は南へ北へと18000kmに及ぶ大移動をした。
 
10.16-17(木金) 『光る情熱』の音源製作のため福岡に。同行者:政子・千里・ 風花・氷川・スターキッズ。現地共同作業者:里美・純奈・明奈
10.18-19(土日) 織絵を避難させに札幌へ。同行者:蔵田・樹梨菜・政子・千里・ 織絵・龍虎。
10.21-22(火水) 番組収録のためジャカルタへ。同行者:松原珠妃, Elise,  高柳記者。現地合流:麻生杏華。
10.22(水) 帰国後そのまま札幌へ。同行者:上記4人。
 
それで、さすがに私も疲れたのだが、私は千里と4日間にわたる旅をしていて、彼女が「元バスケ選手」ではなく「現役バスケ選手」なのではという疑惑を抱いた。それで親友の麻央に千里を尾行してもらった。するとやはり千里が間違い無く現役選手であったことが確認されたし、千里の《不倫相手》が大阪に住んでいることも分かった。また、千里が「一体いつ寝ているのか?」とマジで悩むような物凄い生活をしていることも知る。
 

26日の午後、私の恋人・正望が突如来訪した。
 
「フーコ、お腹空いたぁ、何か食べさせて」
と言ったのだが、あいにく私は忙しい。
 
「ごめーん。今とても手が回らないから、悪いけど何か適当に作って食べて」
と私がCubaseと取っ組み合いながら言うと、
 
「もっと彼氏には優しくしなよ」
と政子が言って
 
「どれどれ私が御飯を作ってあげる」
と言う。
 
「ほんと?助かる!」
と正望はありがたがっている。私は政子の作る料理なんて恐ろしいと思った。しかし手が空かないので、そちらは政子に任せて私はCubaseでスコアの調整作業を続けていた。
 
やがて政子の料理が出来たようである。
 
「えっと・・・・これ何だろう?」
と正望は政子に頼んだことを少し後悔しているような声。
 
「えっとね。カレーヌードル御飯のトマト味かな」
 
私は吹き出した。正望がこちらを恨めしそうに見ている。
 
「御飯をフライパンで炒めて、味付けにラーメンスープを入れたんだよね。仕上げにカレーパウダーを振って、最後にトマトピューレを加えてみた」
 
「政子さん、これ味見とかはした?」
「私は出来上がるまでは味見はしない主義だよ」
 
「そう?でもありがとうね。頑張って挑戦してみる」
と言って正望は食べ出したが、いきなり口を押さえて
 
「ごめん。水かお茶ちょうだい」
「だったら、これあげるね」
と言って伊右衛門の2Lペットボトルを持ってくるので
 
「助かる」
と言って、それを自分で取ってきたコップに注ぐと飲み干している。それでも正望は何とか、政子のそのカレーヌードル云々という料理を食べ続けた。こんなに頑張って食べてくれるなんて、良く出来た彼氏だなぁ、と私は他人事のように思いながら作業を続けていた。
 
「でも正望さん、今日は何だっけ?冬の誕生日はこないだ過ぎたし」
「実は司法試験予備試験の口述試験が昨日・今日と2日間あったんだよ」
「へー。何か試験だったんだ?」
「でも順番の関係で今日はお昼を食べ損なったんでお腹空いてお腹空いて」
「コージュツシケンって何するの?」
「まあ面接みたいなものだね」
 
「へー!」
 
正望は、政子の作った正体不明の御飯をしっかり完食してくれた後、出てきたお菓子を「これ美味しいね〜」と言いながら食べ、その後、政子と3時間近くおしゃべりしてから帰った。
 
私とセックスしたがっているのは分かっていたのだが、申し訳ないが今日は時間が無いのである!
 

正望が帰ってから少しして、仁恵が加藤課長から言付かったという書類を持ってうちに寄ってくれたので、これ幸いと彼女に頼んだ。
 
「ごめん。政子が焼肉に行きたいと言っていたんだけど、今夜私は忙しくて手が回らなくてさ。代わりに付き合ってあげてくれない?」
「軍資金、そちら持ちなら」
「もちろん」
 
それで政子は仁恵と一緒に出かけたので、これで仕事がはかどり、私は何とかこの日の20時までに仕上げてスターキッズと氷川さんに渡さなければならなかったツアー用のスコアを完成させることができた。
 

データを送信して、ほっと一息ついた所で政子が帰宅するが、入って来たのを見ると、青葉と一緒なので、びっくりする。
 
「ちょうど玄関の所で一緒になった」
と政子は言っている。
 
「ちょうど来た時、政子さんが居たので声を掛けました」
と青葉。
 
青葉は20日から今日まで、札幌に行き織絵のヒーリングをしてくれていたのだが、織絵の様子を私に報告するために、夕方の飛行機で新千歳から羽田に飛んできたのである。
 
「やはり最初はホントにショックで何も考えられないという感じだったのが、少しは落ち着いてきた感じです。最初は音楽も聴けない状態だったのが、今はもうXANFUSの過去のアルバムとか聴いているんですよ」
と青葉は言った。
 
「随分改善したね! でもありがとう。助かるよ。実際問題として、いちばん心配したのが発作的に変なことしないかという心配でさ」
と私が言うと
 
「変なことというと性転換?」
などと政子が茶々を入れる。
 
「それも早まったことという気はするけど」
「織絵さん、男になりたいと小さい頃は結構思っていたそうですよ。でもそういう女の子はわりと普通にいますから、FTMとかではないみたい」
 
「あの子、バイだよね?」
と私は訊いたが
「すみません。今回のご依頼内容と直接関係ないと思われる個人の秘密については、依頼者といえどもお話できないので、必要であれば直接本人に聞いて下さい」
と青葉は答える。
 
「うん、いいよいいよ」
と私は笑って答えるが
 
「これだから青葉は信頼できるけど、それだから青葉は使えん」
と政子は言っている。
 
「しかし男の子になりたいと思う女の子は正常で、女の子になりたいと思う男の子は概して異常とみなされるのはなぜだろう?」
と政子が疑問を呈する。
 
「そのあたりは色々説はあるけど、ほとんどの説が非当事者の人が考えたものだから、かなり的を外している気がするよ」
と私は言う。
 
「例えば男性優位説というのがあるよね。男の方が女より優れているから、女がより優れた男になりたいと思うのは正常だけど、男がより劣った女になりたいと思うのは異常だというの」
 
「なんか違う気がするなあ」
と政子まで言う。
 
「これの変形でこういうのもある。やはり男が女より優れているという前提で、女がより優れた男に変身するのは困難だと思って諦めるけど、男はランクダウンして女になるのは容易だと思って女になってもいいと考える」
 
「それはおかしいです。女の子になりたい男の子は、みんな女の方が優れていると思っています」
と青葉が言う。
 
「だよねえ」
 
「女性だけにある、子供を生み出す力にそういう子は憧れているんですよ。子宮羨望と乳房羨望というのが、女の子になりたい男の子の主たる原動力という気がします。もっとも乳房羨望は決断さえできたら実現できるけど、子宮羨望は今の医学技術では実現不可能で、子宮羨望に付随する膣羨望で代用して我慢しているんです」
と青葉は言う。
 
「だから女の子にはなりたいけど、おちんちんはできたら無くしたくないという微妙な子もいるよね」
 
「います。特に小さい内はそういう傾向があるけど、女の子になりたいという気持ちのほうが勝るから、やがてはおちんちん無くすのは仕方ないか、とそちらは諦めるんですよ」
 
「そういう子は、積極的に自分の意志でおちんちん無くすのは抵抗があるから、誰かに拉致されて強制的に性転換手術されちゃったりしないかなあ、と妄想する」
 
「ですです。無理矢理取られちゃったら、まあ仕方ないかという感覚なんですよ」
 
「もしかして両性体が理想?」
と政子が訊く。
 
「両性体が理想という人はいますね。男でもあり女でもありたい。おっぱいはある前提で、おちんちんがあって、ヴァギナもあるという身体に憧れている人いますよ」
 
「無性体が理想の人もいるしね」
「そうなんですよ。そういう人はおちんちんとタマタマが無くなればいいんです。ヴァギナは欲しくないんです」
 
「その人たちの中でも、割れ目ちゃんは欲しいという人と、割れ目ちゃんも要らないという人がいるよね」
 
「いますね〜。ほんとこの付近って、微妙なんです」
 
「ネット上の有名人で、性転換手術して女の形にしたのに、男性ホルモンを取っていて、射精能力を維持していて、自分は男だと主張している人がいるよね」
 
「あの人ですね。やはり色々な人がいるんですよ」
 
「ちんちん無いのに、どうやって射精するの?」
「クリちゃんをぐりぐりしていると射精する」
「え〜〜!?」
「だって性転換手術で睾丸は取っても、射精するシステム自体は除去しないから射精は可能なんだよ。男性ホルモン優位の状態にある前提で」
 
「それって性転換手術したことを後悔して男性ホルモン取り始めたの?」
と政子が訊く。
 
「違うと思います」
と青葉。
「うん。あの人は元々意識が男だったけど、おちんちんもたまたまも要らないと思ったんだと思う」
と私も言う。
 
すると政子は
 
「全然分からん!」
と言った。
 

夜10時頃、政子がお腹が空いたというので(焼肉をたっぷり食べてきたはずだが)ピザを焼いて食べた。
 
「青葉は今夜帰るの?」
「新宿を0時に出て、高岡に7時半に着くバスがあるので、それで帰ります」
「今夜泊まって、明日朝の新幹線で帰ればいいのに」
「それだと高岡到着が10時半になって、3時間目までを欠席することになるんですよ。一週間休んだから、できたら今日は1時間目から出たいので」
 
「上野発の夜行列車とか無かったんだっけ?」
「4年前に無くなっちゃったんですよね〜。夜行特急『北陸』と急行『能登』ですね」
「それは残念だ」
 
「新潟乗り継ぎの夜行急行とかも無かったっけ?」
「それ一時期随分使っていたんですが、昨年無くなったんですよ。夜行急行『きたぐに』。あれがあると、東京を21:40に出て長岡で乗り換えて高岡2:35着だったんです」
 
「でも深夜バスが営業しているってことはJRでも需要あると思うのに」
「需要あると思います。バスより電車の方が寝やすいもん。座席の質は悪くても」
「関越で起きた事故みたいなのあったら怖いもんね」
「それもあるんですよね〜。絶対電車の方が安全率高いし」
 
そんなことを言いつつ、青葉は11時前に帰って行った。
 

青葉が帰って少し経った後、私のスマホに麻央からメールが届く。少し前に届いたメールも私は見落としていたようだ。順に見て行くと、千里が今日の試合には勝ち、そのあとチームメイトと居酒屋で打ち上げした後、恵比寿に向かったので、もしかしたら私のマンションに行くのかもと思ったということ。ところがマンションの近くで女子高生を拾い、マンションには寄らずに北へ走り出したとあった。
 
拾った女子高生というのは青葉だろう。
 
私は青葉を高速バスの出る新宿まで送って行くのかなと思ったのだが、麻央が「首都高に乗ろうとしている」というので、麻央に直接電話をして
 
「追尾はもうやめていい」
と言った。
 
一応昨日の時点で尾行はもういいよということにして、報酬なども払っているのだが、最初一週間という約束だったしということで今日までは尾行を続けると言っていたのである。
 
「たぶんそれ高岡往復だと思う」
「高岡って・・・富山県か金沢県あたりだっけ?」
「うん富山県」
 
「きゃー」
 
「こないだ大阪までノンストップで往復したんだったら、今回も高岡までノンストップ往復するつもりなんだと思う。追尾する側の体力が大変だし、それで事故でも起こしたらいけないから中止しよう」
 
「分かった」
 
それで麻央たちはマンションに呼んで、お疲れ様でしたということで、お酒とお夜食で1時間ほど休んでもらい、今夜はそのまま泊まってもらった。ふたりは翌朝“私と”一緒に朝御飯を食べ、10時頃帰って行った。(むろん政子が朝御飯の時刻に起きているわけがない)
 

ところでこの時期08年組でXANFUSの他に、私たちが心配していたのがAYAのゆみである。彼女は2月にシングル『雨の恋人岬』を発売、そして4月にヌード写真集『Saintes-Maries-de-la-Mer』を大手新聞に全面広告を出すという大胆な宣伝で発売して日本中を驚かせた後、メディアから姿を消した。
 
この3月には、マスコミ等にその関係は公開していないもののゆみの妹世都子が遠上笑美子の名前でデビューしており、私や和泉などは、それとも何か関わりがあるのだろうかとも思ったが、私たちもゆみとは全く連絡が取れなかった。あまりに露出が無いので死亡説まで出ていたが、事務所側は「ちゃんと生きてます」と言明した。
 
「AYAは休業中なのでしょうか?」
という質問に事務所は
「休業している訳ではないのですが、ただ活動予定が入っていないだけです」
と答えた。
 
テレビ番組の出演に関して、AYAが出演予定だった所を同じ事務所の麻生まゆりやLLL, 田代より子などが代替出演したケースがあったことをテレビ局の関係者が匿名を条件に語ったという情報も一部週刊誌が報じていた。
 

そのゆみが10月27日の朝、唐突に私のマンションを訪れたので、私は驚いた。(麻央たちが帰ってすぐである)
 
車で来たというので地下駐車場のシャッターを開け、来客用駐車場の場所を教えた。5分ほどで上まで登ってくる。
 
「ゆみちゃん、どこに居たの?」
「ずっとマンションに居たけど」
「マンションで張っていても姿を見ないからどこか外国にでも行っているのではなんて言われていたけど」
「ああ。どこにも出てないし。食料は通販で取り寄せたり、事務所の人とか友達とかが持って来てくれたし。私、マンションでずっと映画のビデオ見たり、本を読んだりしてた。源氏物語、宇津保物語、平家物語、それに宮本武蔵、徳川家康、大菩薩峠とかも読破した」
 
「随分読書が進んだね!」
 
「源氏物語は涙が止まらなかったよ」
「あれは若い内に1度読んでおくべきものだって、ゆきみすず先生が言ってたよ」
 
「ゆき先生とも先月1度会った」
「へー」
「先生、何も言わなくてさ、美味しいケーキあったからって持って来てくれて1日中ずっとおしゃべりだけして帰ったの」
 
「優しいね」
「うん。先生が帰ってから、私涙が出た」
 
「涙は出してしまえばいいんだよ。出るだけ出しちゃう」
 
「そうだね。。。でさ、これローズ+リリーで歌ってくれないかなあ」
と言って、ゆみは譜面とUSBメモリーを差し出す。
 
タイトルは『Step by Step』と書かれており、クレジットは水森優美香作詞・戸奈甲斐作曲となっている。水森優美香は、ゆみの本名である。
 
「これトナカイって読むの?」
「そうそう。実は本名にひっかけたシャレなんだけどね。古い知り合いなんだよ。実は色々なアーティストの制作に関わっている人」
「へー」
 
USBメモリの中にはCubaseのデータ、MIDIのほか、mp3が2本入っている。
 
「そちらの1は純粋にCubaseから落としたデータ、2の方が私が仮歌を入れたもの。自宅で録音したからノイズとかごめんね」
 
「ううん。問題無い」
 
それで仮歌の入っているものを聴いてみたが、凄くいい歌である。ゆみも半年休んでいた割には、しっかり歌っていると私は思った。
 
「これ、ゆみちゃんが自分でリリースすればいいのに」
「まだあまり表に出たくないんだよね〜」
「だったら、私たちと一緒に歌わない?私からも前橋社長にお願いしてみるよ」
「そうだなあ。まあコーラスくらいなら入れてもいいよ」
 
「じゃボーカル収録の準備が出来たところで呼ぶね」
「ああ。そちらはスターキッズが伴奏するんだよね?」
「そそ。ゆみちゃんはいつも打ち込みだね」
「うん。うちはそういう方針みたいだから。生バンドで歌うのも気持ちいいんだけどね」
「そのあたりも社長にお願いしてごらんよ。ゆみちゃんほどの子なら、ある程度のわがままもきく筈だよ」
 
「そうだなあ。私のやる気スイッチがオンになったら」
「ああ、オフになってるね」
「今そのスイッチの場所を探しているというか」
「分かる分かる」
「いっそ性転換でもしたらスイッチ入るかもと思ったんだけどね」
「スイッチ壊れたりして」
 

そんな話をしている内に、千里が来訪する。
 
私は昨日までの一週間(20-26日)、麻央に頼んで千里を尾行してもらったので、やや後ろめたい気分になった。昨夜はたぶん青葉を自分のインプで高岡まで送って行ったと思うのだが、もう戻って来たのか。高岡まではノンストップでも6時間掛かるから、23時に出て向こうに着くのは5時。今11時だから、ほとんど休んでない計算になる。
 
「千里車で来たの?」
「うん。マンションの下まで来たけど、友達に頼んで自分の駐車場に回送してもらったから大丈夫だよ」
「ああ、友達と一緒だったんだ?」
 
その友達と交代で運転したのだろうか??
 
そのあたりも聞こうかと思った時、千里が、ゆみに声を掛ける。
 
「ゆみちゃん、おっひさー」
「わっ、醍醐先生、おはようございます」
 
私は驚く。
 
「前から知り合いだったっけ?」
「まあ某所でね」
と千里。
 
ゆみは千里に自分の運勢を占って欲しいと言った。すると北の方位で運が開けると出る。
 
「北かあ。北海道にでも行ってこようかな」
「ああ、旅に出るのはいいことだと思う」
 
「そうだ。北海道に行ったら、札幌に寄ってここを訪ねてくれない?ごはんくらいは食べさせてくれると思うから」
と千里が言った。
 
「村山玲羅?妹さんか誰か?」
「うん。2つ下の学年。ついでにそこにXANFUSの音羽ちゃんが今滞在しているから」
「うっそー!」
 

最初ゆみが来た時はまだ政子は寝ていたのだが、千里も来て色々話している内に起きてきた。
 
「へー。車で北海道に行くの?すごーい。ゆみちゃん、どんな車?」
 
それで4人で一緒に下に降りて見る。ポルシェ・カイエンである。
 
「かっこいい〜」
と言って政子はこの車が気に入ったようである。
 
「スタッドレスとかチェーンとか持ってる?」
「ううん」
 
「最低それは装備した方がいいな。あとワイパーとかウォッシャー液も北国仕様に交換する必要があるけど、これは北海道に行ってからでないとこちらでは売ってないと思う。大洗から苫小牧のフェリーに乗るなら、苫小牧市内の友人に連絡しておくから現地でその人に教えてもらって交換するといい」
と千里。
 
「ありがとうございます。助かります」
 
それで結局、4人でカイエンに乗り、カー用品店まで一緒に行って、ブリジストンのブリザックを履かせ、チェーンも“いちばん装着が簡単なの”を買い、その場で一度着脱の練習をさせた。
 
カイエンで私のマンションに送ってもらってから別れる。ゆみは非常食とか防寒具とかを買いそろえてから明日、大洗からフェリーに乗るということだった。
 
ゆみを見送ってから政子が私に訊く。
 
「あの車はいくらくらい?」
「1200万円くらいだと思うよ」
 
「あの車も格好良いなあ。私もカイエン買おうかなあ」
「いいんじゃない?こないだ言ってたマイバッハ57よりは実用的だと思うよ」
 

「あれ?そういえば今日は千里、何か用事あったんだっけ?」
と私はマンションの部屋の中に戻ってから訊いた。
 
「そうそう。龍虎のことなんだけどね」
「あ、うん」
 
「これ説明するには、龍虎の病気のことと、私たちが関わった経緯を説明する必要があって」
 
と言った。
 
「待って。コーヒーでも入れよう」
 
と言って私は先日ジャカルタに行ったときに買ってきたコーヒー豆をコーヒーメーカーにセットした。
 
「おやつ無いの?」
などと政子が言うので、やはりジャカルタで買ったマンゴーケーキを出して来てスライスする。
 
「美味しい美味しい」
と言って、政子はまだコーヒーが入る前から食べている。
 
やがてコーヒーができる。
 
「これブルマン?」
と千里が一口飲んでから言う。
 
「そそ」
「でもジャカルタと言わなかった?」
「これはニューギニア産のブルーマウンテンなんだよ」
「ああ、それは聞いたことある」
「さすがさすが」
 
日本ではあまり流通していないニューギニア産ブルーマウンテンだが、ヨーロッパなどでは、本家のジャマイカ産に匹敵する評価をする人もある。
 

それで千里は龍虎のことを話し始めたが、彼女の話は1時間以上に及んだ。そもそも龍虎は高岡さんの友人の志水さんという夫婦に預けられて育てられていたこと、幼稚園の時に原因不明の病気で倒れ、あちこちの病院で実に様々な診断名を付けられたこと。そんなことをしている最中に志水さんが事故死し、結果的にお金にも困窮して、とても龍虎の医療費の負担ができない状態になったことから、奥さんが長野支香に泣きついて来て、支香も初めて龍虎の存在を知ったこと。
 
その時点で龍虎には戸籍が無かったので、上島先生が弁護士の手を借りて戸籍を作り、支香が親権者となったこと。上島先生のサポートにより、ついにこの病気に詳しいお医者さんが渋川市にいることが分かり、そこの病院で手術を受けたこと。
 
「この手術を受ける前日に、インターハイで渋川に出てきていた私たちのチームが練習で借りた小学校の隣に龍虎が入院していた病院があってさ。私たちが帰ろうとしていた時、ちょうど病院を脱出して散歩していた龍虎と遭遇したんだよ」
 
「それは凄い出会いだね」
 
「それで私たちは龍虎と約束した。明日の試合、私たちも頑張るから龍虎も手術頑張れって」
 
「わあ」
 
「その時、うちのチームのメンバーの川南(かな)って子があの子をからかったんだよ。手術頑張らないと、ちんちん切られちゃうぞって」
 
「あはは」
と私は笑ったのだが、政子が「へ?」という顔をする。
 
「ちんちん切られるって、アクアは女の子だよね?」
「男の子だけど」
 
「うっそー!?」
 
「まあよく女の子と間違えられるけどね」
「でも私があげたスカート穿いてたよ」
「うん。あの子はよく女の子の服を着せられちゃう」
「でもあの子、自分のブラのサイズを知ってたよ」
「ブラジャーもよくつけさせられる」
「うむむ」
 
「でも私たちの翌日の相手が実力では全国No.2って学校でさ」
「ひゃー」
「敗戦確実だった所から試合終了間際に私のトリックプレイに向こうの選手が美事に引っかかって、ギリギリで追いついた」
「おお」
「延長戦に持ち込んで逆転勝利」
 
「劇的だね」
「龍虎も手術中に急に血圧が降下して心臓まで停止したんだけど、看護婦さんから『龍虎君、おちんちん切られちゃうよ』って耳元で言われたら、心臓が再度動き出した」
 
「なんつー蘇生法だ」
と政子。
「よほど、ちんちん切られたくなかったんだろうね」
と千里。
「まあ男の子ってしばしば命よりおちんちんが大事って言うから」
と私。
 
「でもおちんちん切ってもらって女の子になれば良かったのに」
と政子。
 
どうも龍虎が実は男の子と知って、更に関心が高まったようである。
 
「それで私たちも試合に勝ったし、龍虎も手術を生き延びた。それで、その後も彼女と私たちの交流は続いているんだよ」
 
「彼女?」
「あ、彼の間違い」
 
どうも千里もわざと間違えて言っているようだ。
 

「その後龍虎は入院中に田代夫妻と知り合って、結局そこの里子になることになった。実際問題として支香さんは仕事忙しいし、ツアーとかに参加すると1ヶ月くらい帰宅できないような場合もあるからさ。龍虎が入院中は良かったんだけど、退院した後はどうしようと悩んでいたらしい。そこに里親になってくれる夫婦が現れたんで、話がとんとん拍子に進んだんだよ」
 
「でもこないだ龍虎も言ってたけど、その田代のお父さん・お母さんとうまくやっているみたいだね」
 
「うん。いい夫婦に預かってもらったと思う」
と千里も言う。
 
「まあそれで、私たちのチームの中で、いちばん龍虎と意気投合して頻繁に関わってきたのが川南って子でさ」
 
「そのおちんちん切られちゃうぞと脅した子か」
「そうそう。それで川南はしばしば龍虎に女の子の服とか下着とかをプレゼントと称して送りつけている」
 
「なぜ〜〜〜?」
「最初は本当にジョークだったみたい。龍虎もこんなの送りつけられても困りますと抗議していた」
 
「うん」
 
「でもその内さ」
と言って千里は笑う。
 
「僕もう120のスカート穿けなくなったとか言ってくる訳」
 
「穿いてるんだ!?」
「それで、じゃ少し余裕見て140送ってあげるね、とかやってたんだよ」
 
「女の子の服にハマったんだ!」
「うん。川南による女装教育だね」
 
「まあ、いいんじゃない?あの子、本当に女の子の服が似合うし」
と私は言う。
 
「それで本人も女の子になりたくなったのね?」
と政子。
 
「それは違う」
と千里。
「ああ、やはり違うよね?」
と私。
 
「あの子は純粋に男の子だよ。女の子になりたい訳ではない」
と千里。
「うっそー!?」
 
「ただの女装趣味だよね」
と私。
 
「そうなんだよ。女の子の服を着るのは好きだけど、別に女の子になりたい訳ではない」
 
「え〜〜〜!?」
 
「実は数日前にも上島先生のところでその話をしてきた。だからあの子女装が凄く似合うから、話題を取るのに女装でテレビに露出させるけど、男装の写真集を発売して、間違い無く男の子であることも強調しておく」
と私は説明する。
 
「ああ、やはり写真集出すことにしたのか」
と千里。
「近日中に沖縄かどこかに連れていくと言ってた」
と私。
 
「沖縄でビキニとかミニスカとか着せる?」
と政子が言う。
 
「まさか。パイロットの制服とか、ビジネススーツとか、野球選手のユニフォームとか着せる」
 
「いや、やはり沖縄に連れて行くならビキニの水着着せなきゃ」
「胸無いし、おちんちんあるから無理」
「じゃ、おっぱい作って、おちんちんは取ればいい。ちょっと手術してさ」
 
政子はすっかり龍虎に女装させて性転換させることに燃えているようであった。
 

「だけど龍虎って、中学1年生なんでしょ?なんでまだ声変わりしてないの?女性ホルモン飲んでるんだっけ?」
と政子は疑問を呈した。
 
「あの子が大病した時の治療でかなり強い薬を使っているんだよ。その副作用であの子、髪の毛が全部抜け落ちるくらい身体もダメージ受けてる。爪も折れるし、肌も荒れて、そちらも大変だったみたい。どうもその影響が生殖器にも出ている感じなんだよね。それで性的な発達も遅れているみたい。身長も低いけどね」
と千里は説明した。
 
「ああ、女の子の背丈だよなとは思った」
と政子。
 
「それ睾丸が死んでいたりしない?」
と私は訊く。
 
「毎年1度は数日入院して徹底的な検査を受けている。だから睾丸が死んでいたら、その時にチェックされていると思う」
 
「じゃ死んでないけど、弱いという感じ?」
「だと思うよ。まあ20歳くらいまでには声変わりも来るんじゃない?」
 
「ねね、それ20歳頃まで声変わりが来なかったら、物凄く魅力的な少年歌手にならない?」
と私は言った。
 
「あの子は色々な意味で奇跡の存在だと思うよ」
と千里も意味ありげな微笑みで答えた。
 

千里は龍虎が事務所の先輩・日野ソナタのヒット曲『いちごの想い』を歌っている歌唱録音を聞かせてくれた。
 
「なんて可愛い歌い方するの!?」
と政子が喜んでいる。
 
「まあ男の子の歌い方じゃないよね」
「うん。この歌を聞いたらみんな歌っているのは可愛い女の子だと思う」
 
「いや、この子、とても13歳とは思えない上手さだよ。音程もリズムも物凄く正確」
と私は言う。
 
「元々お父さんの高岡さんも、お母さんの夕香さんも歌が上手かった。最初の里親・志水さん夫妻もふたりともミュージシャンで歌がうまいし、家庭にはいつも歌と音楽があふれていた。3歳の時からピアノ習わせていたし、退院後はヴァイオリンとバレエも習っている。今の里親の田代夫妻にしても、田代父は社会科の先生だけど吹奏楽部の顧問、田代母は音楽の先生で合唱部の顧問。実は学生時代には歌手をしててレコードも出してる。自宅にグランドピアノがあり、龍虎はいつもそれを弾いている」
 
「英才教育されてるね!」
 
「環境が良すぎるよね。この歌でCD出したら、ミリオン確実と思わない?」
「宣伝次第だけど、充分行く可能性あると思う」
 
「私、アクアのファンクラブ会員番号1番になりたい」
と政子が言い出す。
 
「まあ、それは紅川さんに相談してみて」
と私は言った。
 

「まあここまでが前提でね」
と千里は言った。
 
「うん」
 
「それで、その龍虎にいつもかまっている川南(かな)から提案があってね。デビュー前に、ご両親のお墓参りとか、あと事故現場にも連れて行ってあげられないかと言ってさ」
 
「ああ、それはいいことだと思う」
「良かったら、関係者一同と一緒に。もっとも全員スケジュールが取れる日は無いだろうから何度かに分けてでいいと思う」
 
「それ命日がいい?」
 
「それはこだわらない」
 
「ちょっと待って」
と言って、私は自分のパソコンで日程を確認する。
 
「高岡さんたちの命日は12月27日だね」
「うん。それで彼のデビュー番組は12月29日に放送される」
と千里が言ったら
 
「どういう番組でデビューさせるの?」
と政子が訊く。
 
私は苦笑しながら言う。
「『性転の伝説Special』と言って、男性タレントさん20人を女装させてその美しさを競うという番組。その番組のラスト20番目に龍虎を登場させる」
 
「おお!それなら優勝間違いないから、優勝賞品で性転換手術を受けさせよう」
 
「優勝賞品は性転換手術らしいよ」
「おぉ!!!」
「でもやらせだから、優勝者は既に決まっている」
「アクアなんでしょ?」
「ハルラノの慎也」
 
「なぜだ〜〜〜!?」
 
「だって、普通のタレントさんを性転換手術しちゃう訳にはいかないじゃん」
「じゃ慎也を性転換させる訳?」
「そのあたりは、そもそもおふざけの番組だから適当に処理するんだろうけどアクアみたいな美少年を性転換しちゃうと言ったらマジな番組になるじゃん。どうやっても女には見えない慎也ならお笑いにできるんじゃないの?」
 
「そうだね。慎也なら性転換手術しちゃってもいいかな。おちんちん無くなったら後は頑張って女として生きてもらうとして。あんな顔のおばちゃんも日本全国探したら2〜3人いるかも知れないし」
 
「いや、ほんとに手術する訳じゃないでしょ」
「そうなの?」
「そんな番組作ったら、テレビ局の社長の首が飛ぶよ」
 
ただ私は龍虎が言っていた「何か秘密があるらしい」という言葉が少し気になっていた。
 

千里はこの墓参りと事故現場での追悼について、誰に話を持っていけばいいか迷っていると言った。
 
「要するに、龍虎の親代わりの人が、取り敢えず里親の田代夫妻、親権者の長野支香、そして支香の心の支えになり、しばしば龍虎の遊び相手にもなってやり、何より高額な医療費とか本人が小さい頃からしていた音楽関係やバレエ関係のレッスン代を出している上島さん、と3組いるから、そのどこに話を持っていくかによってその先の展開が違う気がしてさ」
 
「あぁ・・・それは物凄く微妙な問題だね」
「でしょ?」
 
「それと川南が言っていたんだよ。できたら龍虎の最初の里親の志水さんも誘えないかって」
 
「そういう話なら、多分長野支香と話し合うのがいい」
「そうなるかな」
 
それで私は千里の同意のもと、長野支香に電話してみた。幸いにも支香はすぐに捕まった。
 
「お久。どうしたの?ケイちゃん」
「実は龍虎ちゃんのことで相談があるんですが」
「龍虎?ケイちゃん、龍虎を知っているの?」
「先日から色々関わっているんですよ」
と言って、私は“龍虎を昔から知っているお姉さん”から、こういう提案があってということを話した。
 
「ああ、それ佐々木川南ちゃんでしょ?」
と支香は笑いながら言った。
 
千里が頷いている。
 
「あの娘には随分龍虎を可愛がってもらったよ。まるで龍虎のことを《実の妹》みたいに優しく可愛がってくれている。よく映画とか買物とかにも連れて行ってくれたし」
 
「へー」
と言いながら支香までわざと《実の妹》と言ったなと思った。どうも龍虎の周囲の人間はみな龍虎のことを“よく理解”しているようである。しかし《妹》ということは、きっと女装させて連れ回しているのだろう。
 
支香はテレビ局の仕事があと1時間くらいで終わりそうだから、その後そちらに回ると言った。支香は結局16時頃、マンションに来訪した。
 

「初対面だよね?」
と支香が千里に言った。
「なぜか顔を合わせてませんでしたね」
と千里も言う。
 
ふたりは握手して名刺も交換している。
 
「電話では昔から何度も話したね」
「ええ。でも歌手の長野支香さんとはつい先日まで思いもよりませんでした」
「私もそれ龍虎から聞くまで作曲家の醍醐春海さんとは思いも寄らなかった」
 
「ああ。時々電話ではいつも話してるのに顔合わせてない人っているよね」
と私も言った。
 
それで私と千里と支香の“3人”で話し合った(政子は茶々を入れる専門であった)結果、慰霊は2度に分けた方がいいという結論に達した。
 
「1度目はできたら初仕事の前に、内輪の人間で。この時は志水さん、田代さん両方の里親も誘う。2度目はいわば公的なメンツで、ワンティスのメンバーにできるだけ全員出席してもらう」
と千里がまとめる。
 
「うん。その線でいいと思う。田代さん夫妻と志水さんは特に確執のようなものはないよね?」
と私。
 
「それは無い。志水さんは今でも月に1〜2度は田代家を訪問して一緒に御飯食べたりしている。龍虎は志水のおばちゃんのことも『お母さん』と呼ぶし、田代さんの方も『お母さん』と呼ぶ」
と支香。
 
「だったら問題無いね」
 
「ちなみに支香さんのことは?」
と政子が訊いたが
「支香お姉さんだね」
と意味ありげに言う。
 
「あはは」
「アルトさんのことも『アルトお姉さん』とか『茉莉花お姉さん』と呼んでたね」
 
(茉莉花:まりか:は春風アルトの本名)
 

「内輪の方は田代さんと相談して日程を決めるよ。公的な方は上島君と相談してみる」
「結局その2チャンネルで進める必要があるんだろうね」
 
しかし支香は上島先生のことを「上島君」と呼ぶんだなと私は内心思っていた。ふたりが恋愛関係にあった時期は別の言い方だったのだろうが、例の事件以来ふたりは完全に恋愛感情を断ち切り、支香とアルトさんも一応和解している。もっとも、アルトさんとしては、上島先生と支香との関わりにはいつもかなり神経を使っているようである。特にワンティスが復活して以来、ふたりが会う機会は増えている。
 
「どちらにも提案者グループは参加したいね。村山さん、龍虎に特に関わっている子といったら、村山さんと佐々木さん、白浜さんあたりだよね?」
と支香が尋ねる。
 
「その3人が多いです。あと、若生も東京に出てきてから顔を出す頻度が増えました」
 
「ああ、あの子も昔からよく来てくれていたね。じゃ、龍虎の芸能活動の日程を見てから、私が田代さん、志水さんと相談していくつか良さそうな日程を選んでそちらに伝えるよ」
 
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 

それで支香は龍虎のスケジュールに関して§§プロの田所さんに電話して空きを確認していた。向こうは途中で紅川社長自身と代わったようである。
 
「なるほど・・・・なるほど」
と支香は頷いている。
 
そして電話を切ってから言った。
 
「龍虎のスケジュールは12月以降は、全ての土日祝日が埋まっている。冬休みは全て埋まっている」
「あぁ・・・・」
 
「アクアの写真とか歌唱とかを見聞きして、どこのテレビ局も物凄く興味を持っているらしい。それと、春からのドラマに出演が決まった」
「わっ」
 
「それで本当に時間が無くなるみたい。でも1月3日は空けられるかもということ。これ紅川さんの方で調整してくれるらしい」
 
「助かります。じゃ、公的慰霊はその1月3日で、私的慰霊は11月中がいいかな?」
「うん。紅川さんもその線を推奨してた。やはり公的な慰霊については上島君に音頭を取ってもらうのがいいだろうと紅川さんも言ってた」
 
「じゃ、その線で進めましょう」
 

千里と支香は20時頃一緒に帰って行った。
 
その後、私は晩御飯を作りながら政子とおしゃべりしていたのだが、そこにΛΛテレビの武者プロデューサーが来訪した。
 
「突然お伺いして済みません。マネージャーの秋乃さんにご連絡したら、そういう複雑な話は直接御本人と話してくださいと言われまして。今夜はおられるはずだとお伺いしたので」
という。
 
「ええ。今日はたまたまいたんですよ。明日はまた予定が入っていたのですが」
 
ここの所、ローズ+リリー、KARIONの両方の制作で今私は物凄く多忙である。ちなみに(秋乃)風花は別にマネージャーではないのだが。
 
「あ、そういえばさっき風花から何か連絡入ったよ。内容はよく分からなかったけど」
などと政子が言っている。
 
「それで実は」
と言って武者さんが話し始めたのは、12月1日(月)に収録し、12月29日に放送する『性転の伝説Special』という番組の審査員になってくれないかというのである。
 
私はこの企画自体に関わっていたので、その件で話が回ってきたのかと思ったのだが、話している内に、武者さんは、私が元々この企画に関わっていることを知らないようであることに気付く。政子も自分たちがその企画を知っていたことは決して言わないものの、武者さんの話を面白そうに聞いている。
 
「どういう人が出演するんですか?」
と政子が訊くとリストを見せてくれた。
 
Wooden Fourの本騨真樹、ハイライトセブンスターズのヒロシ、Rainbow Flute Bandsのポール、俳優の高橋和繁、ハルラノの慎也、スカイロードのkomatsu, ローズクォーツのサト、サッカー選手の田安達郎、大学教授の篠川英太、などといった名前が並んでいる。
 
しかしヤスじゃなくて結局サトになったのか!?
 
まあ笑いを取るにはいいかもね〜。
 
Rainbow Flute Bandsは先日の企画書ではキャロルになっていたが、多分断られてポールが代わってくれたのだろう。
 
「それで審査員長には『朝起きたら』の映画監督・荻田美佐子さんが決まり、他にお笑い系の人が欲しいということでハルラノの鉄也さん、最近女装者として人気の高いローズクォーツのリーダー・タカ子さんと、この3人が確定しているのですが、あと2人入れて5人にしたいということで、性転換者の中でいちばん旬の人は誰だろうと考えたら、ケイさんのような気がしたので、お忙しいとは思ったのですが、お願いできないかと思いまして」
 
ああ・・・ハルラノの慎也が優勝予定だから、相方の鉄也は審査員なのかと思い至る。しかしタカはみんなから本当の女装者だと思われているようだ。ついでにクォーツのリーダーと思われてるし!
 
なお、『朝起きたら』は女装者を含む男2人と女(?)1人の共同生活を描いた映画で、1970年代の人気青春ドラマ『俺たちの朝』へのオマージュであることを監督自ら語っている。制作費2000万円は荻田さんの自腹だが、ひじょうに美しい映像になっており、この低予算でこの品質の映画を作ったのは凄いとも評価され、荻田さん自身の出世作にもなった。
 

「面白そうな番組ですね。でも私、今物凄く多忙で、本当に時間が取れないんですよ。特にその時期はツアーの直前ですし」
 
「ああ、やはりそうですか」
 
「それと私のイメージ戦略として、あまり三枚目的なキャラは演じない方針なので、その手の番組は基本的にお断りしているんですよね」
 
「ああ、確かにそういう傾向でイメージ作りをなさってますよね。トランスジェンダーの方も色々ですよね。椿姫彩菜さんなども正統派イメージですが、はるな愛さんとかはお笑い系で売ってますし」
 
「そうそう。トランスジェンダーも色々なんですよ」
 
その時に唐突に政子が言い出した。
 
「ケイが出ないなら私が審査員で出ようか?」
「ほんとですか? ぜひぜひお願いします」
と武者さんが嬉しそうに言った。
 
マリはテレビなどへの露出が、私以上に少ない。武者さんが喜んでいるのも、めったにテレビに出ないマリを引き出すことができたからだろう。
 
しかしマリとアクアの絡みを考えたら、私は頭が痛くなってきた。
 

ゆみは大洗港から10月28日18:30のフェリーに愛車ポルシェ・カイエンごと乗船した。《さんふらわあ》のデラックスルームでぐっすり眠り、夜が明けた後は、のんびりと船内を散歩して回ったりした。自分に気付いた人からサインを求められたが
 
「じゃ私と会ったことをどこにも書いたり話したりしない条件で」
と言ってサインに応じた。
 
29日の13:30、苫小牧港に到着する。フェリーから車に乗って下船したあと、送迎見学者用駐車場に入れる。ここで待っていてくれというのが、醍醐先生からの指示だったのである。
 
寒いのでアイドリングしたまま待っていると、すぐに23-24歳くらいの女性が近づいて来た。ゆみは窓を開けた。
 
「こんにちは。水森さんですか?私、村山千里の友人で、天野貴子と申します」
と笑顔で挨拶する。
 
「こんにちは、水森優美香です。よろしくお願いします」
とゆみも笑顔で挨拶した。
 

ゆみは天野さんと一緒に地元のカー用品店に行って、ワイパーとウォッシャー液を寒冷地用に交換、解氷剤とアイスクレーパーを買い、ホームセンターに移動してプラスチック製雪かき、カセットコンロと鍋に水も買った。また天野さんは
「あなたの格好は寒すぎる」
と言って、衣料品店に行き、北海道の冬向けのパワフルな防寒服を勧めてくれた。確かにそれを着ると暖かさがまるで違った。
 
「東京では暑すぎるかも知れないけど」
「いえ、北海道で凍死したらやばいですから」
 
その後、彼女の運転で少し山の方に行き、雪の積もっている広い駐車場に行った。そしてここで「スリップする練習」をさせてもらったが、これがなかなかスリル満点だった。しかしこの練習のお陰で、ちょっとだけ自信が付いた。
 
また駐車したらワイパーを立てておくこと。もし立てるのを忘れていたら確実に融かしてから使わないと一発で破損することを教えてくれた。
 
「そのためにカセットコンロと鍋が必要なのか」
「コーヒー入れたりカップ麺食べるのにも使えますし」
「そちらが目的かと思った」
「男性は最悪体内から出るある物体を掛ける手もあるのですが、女性はやめといたほうがいいです」
「あははは」
 
また万一車中泊になった時にアイドリングしていると積雪で排気口がふさがり一酸化炭素中毒死する危険があるから絶対アイドリングしたまま寝ないようにと言われた。
 
「毛布は持ってますかね?」
「登山用寝袋持って来ました」
「じゃ大丈夫ですね」
 
苫小牧で2泊し、翌30日は支笏湖まで往復したが、この往復にも天野さんが同乗してくれたので、その道すがら「急のつく運転(急ブレーキ・急ハンドル)をしないこと」など雪道の運転について色々教えてもらった。またタイヤが左に流されたらハンドルを少しだけ左に切れと言われた。
 
「ああ!それ自動車学校で習った記憶ある」
「みんな習うけど、いざという時は忘れて右ハンドル切ってスピンしちゃうんですよ」
 
その後、天野さんと別れて31日は日高に移動。牧場などを見る。11月2日には襟裳岬に行き『襟裳岬』の歌碑が2つ(島倉千代子・森進一)あることに驚いて、思わずケイたちにメッセを送った。そして3日は帯広に移動した。
 

11月3日の夕方XANFUSの光帆がテレビ局から出てくるところを“偶然”音楽雑誌の記者がキャッチ。インタビューを求めたのに応じて、光帆は「音楽の勉強のため」離脱した音羽はいづれ戻ってくると信じているということ、音羽自身とはちゃんと連絡が取れていること、そして今度のドームツアーは1人だけだけど頑張ると言った。
 
この光帆の生の声が公開されたことから、全く売れていなかったXANFUSのドームツアーのチケットは少しだけ売れた。
 
しかし売り上げが悲惨な状況は変わらず、悠木社長は大量にテレビCMを打ち始めた。しかしCMを打ってもチケットの売れ行きの数字が全く動かないため、悠木社長は焦りの色を濃くしていった。
 
 
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【夏の日の想い出・東へ西へ】(1)