【夏の日の想い出・東へ西へ】(3)

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それで星原邸を辞そうとしていた時であった。私の携帯に着信があるが、見ると町添部長である。町添さんからなら緊急の要件かもと思い、私は星原さんに断って電話を取る。
 
「はい。ケイです」
「ねね、ケイちゃんとマリちゃん、ESTAは取ってる?」
「エスタって、アメリカに入国するのに必要な電子認証ですか?」
「そそ」
「いえ。ふたりとも取ってませんが」
「だったら即取ってくれない?」
「待って下さい。どこかに行くんですか?」
「ちょっと今週末、ハワイに行ってきて欲しいんだけど」
「ハワイですか!? 分かりました。今外出先なので、帰宅したら即申請します。滞在先の住所を自宅のFAX宛て送って頂けますか?」
「うん。それはすぐ送らせる。じゃよろしく」
 
「君たちも忙しいね!」
と星原さんが言っていた。
 

私はその場で再度、断った上で政子に電話して、自分のパスポートを探しておいてくれるよう言った。そして帰宅すると「やっと見つけた!」と言っていた政子のパスポートと旅行鞄に入っている自分のパスポート、およびFAXで届いていたハワイの滞在先の住所を見ながら、アメリカ国土安全保障省(United States Department of Homeland Security)のサイトesta.cbp.dhs.gov/esta/に接続し、日本語画面に切り替えてから、必要事項を記入していった。幸いにも結果はふたりとも即「渡航認証許可」と表示された。
 
すぐに承認済画面の画像データを町添さん宛てメールした。
 
町添さんからは5分後に電話が掛かってきた。
 
「今自宅だっけ?」
「はい、そうです」
 
「実は今週末、アクア君と一緒にハワイに行って来てもらえないかと思って」
「アクアとですか!」
 
「アクア君の写真集を今週末、ハワイで撮影するんだよ」
「ああ、ハワイになったんですか! でも私たちは何をすれば?」
 
「写真集と一緒にビデオクリップを撮りたいんだよね」
「はい」
 
「それで写真くらいなら、日本に帰国してから選択すればいいんだけど、やはりビデオクリップとなると、アクア君をプロデュースしている、ケイちゃんにも現地で監修してもらいたいと思ってね」
 
「ちょっと待ってください。私、いつの間にアクアのプロデューサーになったんです?」
 
「え?アクアってケイちゃんたちがプロデュースしてるんじゃないの?」
と町添さんは驚いたように言った。
 
「違いますけど」
「あれ〜?ごめん!勘違いしていた。じゃ誰がプロデュースしてるか知らない?」
「それ先日から、アクアに関わる数人で話してたんですよ。このプロジェクトは一体誰が主導してるんだ?と」
 
「その状態はまずいね。誰かリーダーを決めないと」
「ええ。今の状態だと色々混乱が生じると思います」
 
「じゃさ、忙しい時に申し訳ないけど、今回の写真集とビデオクリップ撮影だけでもケイちゃんたちにプロデュースお願いできない?」
 
「まあいいですよ。アクアには色々と関わっているので、やりましょう」
「助かる!」
 
そういう訳で、私は町添さんの勘違い?から、この写真集とビデオクリップ制作のプロデュースをすることになったのである。
 
しかし・・・・写真集の話は千里が上島先生に提案して、そこから紅川社長に話が行ったはずなのに、なぜ町添さんから私に依頼が来たんだ???本当にアクアに関する情報や指示の流れはどうなっているのだろう?
 
「ところで写真とかビデオの撮影は誰がするんですか?」
 
「写真を撮るのは桜井理佳さん、ビデオの撮影は美原友紀さんにお願いした」
「一流どころですね!」
 
「100年に1度のアイドルではないかという声もあるようだから、それなら最高のスタッフで支えなきゃと思ってね」
 
「確かにそのくらいの奇跡のアイドルかも知れません」
「それにこういう素材は、女性の視点から見て撮影した方がいい絵が取れる気がするんだよ」
 
「あ、それ割と賛成です」
 
と私と町添さんは話をし、意見の一致を見た、と、この時は思ったのだが、ここでとんでもない誤解が生じていることを、私も町添さんも気付いていなかったのである。
 

ゆみは帯広で温泉などにも浸かって1日過ごした。北海道外の人にはあまり知られていないものの、実は帯広は結構な温泉地である。
 
その後、釧路・根室と移動して11月6日には納沙布岬で色丹島・水晶島を見た。
 
北海道の東端には2つの半島が出ている。南側がこの納沙布(のさっぷ)岬のある根室半島で、北側が知床(しれとこ)五湖や羅臼(らうす)岳などのある知床半島である(先端は知床岬)。
 
なお東側の根室の先にあるのが納沙布(のさっぷ)岬で、北側の稚内の先にあるのは野寒布(のしゃっぷ)岬である。納沙布岬は日本が実効支配している地域の中で東端であるが、野寒布岬は北端ではなく、北端は野寒布岬の東側にある宗谷(そうや)岬である。
 

納沙布岬の翌日は知床五湖を見に、知床半島に行く。その途中のことである。
 
この日の午前中は結構曇っていて時折雪もちらついていた。道も積雪しているが、ブリザックのタイヤはしっかりとその雪の上を走ってくれる。これ凄いなあなどと思いながら運転していた。
 
他の車が結構な速度で走っているので、ゆみもそれに合わせてかなりの速度を出していたのだが、ちょうど上り坂の左カーブにさしかかった時、突然車がカーブの内側に流された。
 
「きゃっ」
と心の中で叫んで、思わず反対側にハンドルを切ろうとしたのだが、その時、突然頭の中に
 
「左に流されたら左ハンドル!」
という天野さんの声が聞こえた気がした。
 
そうだった!
 
と気付いたゆみは天野さんに言われたように《少しだけ》左にハンドルを切る。すると車体はちゃんと前向きの状態を回復した。
 
ゆっくりとブレーキを踏み、左路側帯に停車させる。
 
やったぁ!無事停まれた!
 
と、ゆみは嬉しくなった。
 
念のため外に出て車体をチェックするが、傷などもできていないようである。
 
初めてのスリップ実体験で安全に停まれたなんて、私って天才じゃない?などとゆみは結構気持ちが高揚した。
 

知床五湖を見たあと、駐車場で少し休憩していたら、窓をトントンされる。制服の警官なので窓を開ける。
 
「免許証を拝見できますか?」
「はいはい」
と言って見せる。
 
「ああ、東京からおいでになったんですね」
「ええ」
「おひとりですか?」
「そうです」
「観光ですか?」
「はい、そうです。車でのんびりと回ってます。苫小牧からこちらまで10日掛けて走ってきました」
「ああ、ほんとにゆっくりとした進行なんですね」
「ええ、北海道出身の友人に絶対スケジュールで無理するなと言われたので」
 
「それがいいです。雪道の運転には慣れておられます?」
「苫小牧で知人にだいぶレクチャーされました。わざとスリップさせて体勢を立て直す練習とかもしましたよ」
 
「ああ、そのくらいしていれば安心ですね。このあと、どちらに行かれますか?」
「この先のカムイワッカまで行ってみようかと思っていたのですが」
 
「あそこは今の時期は無理ですよ」
「あらぁ、そうでしたか」
「夏でないと難しいですね」
「じゃ、このまま網走に回ることにします」
「それがいいですね」
「教えて下さってありがとうございました」
「いいえ。では運転お気を付けて」
 
ゆみは7年間ずっとアイドルとしてちやほやされる生活を送っていたので、こういう地で「ふつうの人」として扱われることに快感を感じていた。
 
私、やはりアイドルである前に、ひとりの人間なんだよなあ、というのを再認識していた。
 

そういう訳で、ゆみは「湯の滝」で有名なカムイワッカは断念し、そのまま網走に入った。翌日は午前中晴れていたのでサロマ湖まで往復してきたあと、夕方は小雪のちらつく中、網走市内を少し歩き回った。
 
11月9日は、また晴れていたのでR391を南下して屈斜路湖・摩周湖を見た上で阿寒湖温泉に行こうと思った。
 
ところがそこに苫小牧で会った天野さんから電話が掛かってくる。
 
「順調ですか〜?」
「ありがとうございます。調子良いです。実は一昨日は知床でスリップしたんですけど、ちゃんと流された方向にハンドル切って無事でした」
 
「それは良かった。あれ一度実際に体験していたら、そのあと全然違うんですよね。怖いけど」
 
「ええ。怖かったです!」
「今どこですか?」
 
「今日はR391を下ってきて、屈斜路湖と摩周湖を見た所なんですよ」
「野上峠すごかったでしょ?」
「ヘアピンカーブの連続できゃーと思いましたが、慎重に走りました」
「ヘアピンは下りの方が怖いから、帰りはスピード抑えて気をつけて下さいね」
 
「あ、はい。でもこの後、そちらには戻らず、R241を通って阿寒湖温泉に泊まって、そのあとR240で美幌町に北上した後、R39で層雲峡へ行こうかと思っているのですが」
 
「・・・・・」
 
「どうかしました?」
「そのルート、初心者には絶対無理」
「え〜〜!?」
 
「網走に友人がいるんですよ。千里とも友人ですが。彼女に運転してもらった方がいいです。連絡しますから、いったん網走に戻って下さい」
 
「分かりました!」
 
「あ・・・ただ・・・」
「はい?」
 
「彼女、実はオカマさんなんですけど、構いません?」
 
「あ、それは全然気にしません!」
 

それでゆみは来た道をほんとに慎重に運転して網走方面に戻った。網走市までは行かず、その前の小清水町の浜小清水駅で、その《彼女》と落ち合った。有名な小清水原生花園の最寄り駅である。
 
「こんにちは〜」
と言って彼女は寄ってきた。
 
「こんにちは」
とこちらも挨拶を返す。
 
言われなければオカマさんというのは気付かないかもと、ゆみは思った。声もちゃんと女声である。身長は170cmくらいだろうか。ゆみは芸能界で多数のモデルさんを見ているので、この程度の身長の人はたくさん見ている。
 
「村山千里の友人で、四谷勾美(よつや・こうみ)と申します。こうちゃんでいいですから」
「水森優美香です。じゃ私もゆうちゃんでいいです」
 
とゆみは応じながら《ゆうちゃん》って、幼い頃に死んだ自分の実父がそう自分のことを呼んでいたよなと思い起こしていた。
 

《こうちゃん》はジョークの好きな人だった。彼女の運転するカイエンの助手席に乗っていて、ゆみはひたすら笑っていた。この人、お笑い芸人になれると思う。ちょっとネタが古いけどねとは思うが。笑っている内に、とっくに彼女の性別のことなどは忘れていた。年齢もよく分からない!ネタの内容からすると40代かなという気もするのだが、見た目はまだ27-28でも通る感じだ。
 
彼女は「自分ひとりならもっとスピード出せるけど」と言いながら「ゆうちゃんのお手本になれるように運転するね」と言って、慎重な運転でR391/R241と走った。ゆみは助手席に座っていて、本当にこの人運転が上手い!と思った。ヘアピンの連続もそんなに辛くない。彼女自身も「カーブを曲がる時の位置取りとかスピード調整とかを身体の感覚で覚えてね」と言っていた。
 
夕方、阿寒湖温泉に到着する。
 
予約はしていなかったので最初満室と言われたものの《こうちゃん》が頑張って交渉してくれて、結局予備の部屋を開けてもらったようである。
 
「ごめーん。部屋が1つしか確保できなかった。絶対に襲ったりしないと誓うから、同じ部屋でもいい?」
 
「こうちゃん、女の子なんだから、一緒でいいよ」
とゆみは笑顔で応じた。
 
彼女は「微妙な問題があるから」と言って、お風呂は夜中、誰も入りに来なさそうな時間帯に入っていた。多分、おっぱいは大きくしているけど、下はまだ手術してないのかな、とゆみは解釈した。彼女が男湯に入ったのか女湯に入ったのかは敢えて尋ねなかった。
 
「でも明日の層雲峡は予約を入れておこう。そしたら2部屋取れるかも」
と《こうちゃん》。
「でもシーズンだもん。2部屋取るのは他の人に悪いよ。私は同じ部屋で問題無いから」
 
とゆみが言うので、《こうちゃん》は翌日の層雲峡温泉の宿も「女2人」と言って1つで取っていた。そういう訳で、ゆみは12日に旭川に到着するまで《彼女》と同じ部屋で過ごしたが、部屋でくつろいでいる時も、彼女は豊富な話題で色々笑わせてくれた。
 
この人、肉体的には男の人なのかも知れないけど、何だか性別を超越しているな、などとゆみは思っていた。雰囲気的には雨宮先生とかに近いような気もした。でも雨宮先生もだけど、女声で話されると、こちらも相手を女に分類できて、警戒心が出ない気がするとも、ゆみは思っていた。
 

私と政子は11月7日・金曜日の昼過ぎに旅行用の荷物とパスポートを持ってマンションを出、成田に向かった。
 
なお、写真家の桜井理佳さん、映像作家の美原友紀さんは、いづれもロケハンも兼ねて先行してハワイに行き、撮影のシチュエーションを練っているという話であった。
 
それで私たちが空港の指定された集合場所に行ってみると、龍虎とコスモスが来ている。
 
「コスモスちゃんも一緒?」
「田所さんが一緒に行く予定だったのが、彼女が腹痛でダウンしたんですよ。沢村さんにあんた代わりに付いていってと言ったら、あの子、パスポート持ってないと言って」
 
「あらら」
「それでパスポート持っている人で誰かアクアの付き添いができそうな人?というので慌てて探して、場合によっては∞∞プロにお願いしようかという話もあったようですが、アクアのことを分かっている人でないと絶対問題が生じると社長が言って、私が付き添うことになりましたが。。。ケイさんは?」
 
「町添部長から今回の写真撮影とビデオ撮影のプロデュースを頼むと言われた」
「わっ。プロデューサーさんでしたか。でもなぜ町添部長から話が来るんですか?」
「私も何がどうなっているのやら?」
 
「でもコスモスちゃんはパスポート持ってたんだ?」
「2年前に私もハワイで写真集撮ったから、その時に作ったんですよ」
「なるほどー。でも龍ちゃんはパスポート持ってたの?」
「今回超特急で作りました」
「よく間に合ったね!」
「海外での撮影になったので、先週の週末の予定が今週になったらしいです」
「そうだったのか」
 

やがて★★レコードの富永純子さんが来る。AYAの他20-30組の女性アイドル、女性シンガーソングライターなどを担当している人である。
 
「みなさんお疲れ様です。こちら航空券です」
と言って、龍虎、コスモス、そして私と政子に航空券を配る。
 
「名前・年齢・性別が間違ってないか確認してください」
と富永さんが言う。
 
「すみません」
と龍虎が言う。
 
「何か違ってた?」
「性別がFになっているんですが」
 
「ん?Fは女性だから間違い無いよ」
「私、男ですけど」
「何!?」
 
それで龍虎はパスポートを見せる。確かに Ryuko Nagano sex:M と書かれている。
 
「あんた男なの〜?」
「そうですけど」
 
「取り敢えず修正しよう。来て」
と言って、富永さんは龍虎を連れて急いで航空会社のカウンターに走って行った。
 
「ね。衣装とか大丈夫だよね?ちゃんと男物の衣装を用意してるよね?」
と私はコスモスに訊いた。
 
「私もそれ不安だ」
とコスモスも言った。
 

そして案の定であった。
 
「私、女の子アイドルとばかり思っちゃって。可愛い女の子の服ばかり調達して現地に送っちゃったよ」
とチケットを変更してきた富永さんは言う。
 
「ぜひ可愛い女の子の服を着せて撮影をしましょう」
と政子がニコニコ顔で言う。
 
「勘弁してください」
と龍虎。
 
「さすがに男の子にビキニの水着とかは着せられないな。何とか対応してもらう」
と言って富永さんは現地のスタッフに電話して、何でもいいしお金はいくら掛かってもいいから、男性用の格好いい衣装を大量に調達してくれと依頼していた。
 
「サイズ、えっとアクアちゃん、サイズはSだよね?」
と富永さんが確認する。
 
「この子は女性用の5号でフィットします。3号でも行ける場合がありますが、直接試着せずに選ぶなら5号が安全だと思います。男物の服はサイズが合いません」
とコスモスが言う。
 
「何て不便なサイズなんだ。日本の5号というと、えっと・・・アメリカでは2号か」
と富永さんはスマホに換算表を表示させて言っている。
 
「念のためスリーサイズは?」
「B70-W55-H82」
「ブラジャーのサイズは?」
「B65でいいと思いますが、この子、ブラはつけません」
 
「あっそうか!男の子はブラジャー使わないか。取り敢えず女性用のコスプレ衣装という線で調達させよう。場合によっては現地でニードルワークかな」
と言って電話で依頼を出していた。
 
「まあでもアイドルにはそもそも普通の人よりサイズが小さい人多いもんね」
と富永さん。
 
「そうなんですよねー」
 
「しかし私どこで勘違いしたんだろう?町添部長から、100年に1度の美少女って聞いた気がしたんだけど」
 
「100年に1度の美少年では?」
と私は言ったが、もしかして町添さんもアクアを女の子と思い込んでいるのでは、とものすごーく不安になった。
 
「たぶん美少年と言われたんだろうなぁ」
と富永さん。
 
「100年に1度の美少女に改造してしまいましょう。ちょっと病院に連れて行って」
と政子。
 
「時間があればそれでもいいけど」
と富永さんは言っている。
 
「少女への改造は勘弁してください」
と龍虎。
 
「でもパスポートがMになっているのを見なければ、あんた女の子としか思えない」
「すみませーん」
 

飛行機は成田を18:55に発ち、ホノルル空港に“同日”6:30に到着した。私たちは翌日の撮影がかなりハードになることが想像できるので、ぐっすりと熟睡しておいた。海外は初めてという龍虎については少し心配していたのだが、ぐっすりと寝ることができたようだ。
 
寝られる時にちゃんと寝ることができるか、というのはアイドルとしてやっていけるかどうかの運命を分ける。アイドルというのは超ブラックなお仕事で、物凄く体力を使う。それに耐えられないと壊れてしまう人もある。どうも明智ヒバリはそれで休業に追い込まれてしまったっぽいが、政子もハードスケジュールに耐えられなくて一度壊れてしまった口だ。
 
しかし、どうもアクアは大丈夫のようである。
 

入国手続きをしてから桜井さん・美原さんと落ち合う予定のホテルに向かう。
 
ホテルのラウンジに私たち5人が入っていくと、私も会ったことがある桜井さん、直接会ったことは無いもののテレビで何度か顔を見たことのある美原さんがいて、こちらを見て立ち上がり笑顔で会釈した。各々助手と思われる女性を連れている。
 
「アロハ〜」
と桜井さんがにこやかに言う。
 
「こんにちは」
とこちらも挨拶して、お互いに自己紹介しあった。
 
お互いの役割も確認しあう。
 
「じゃ今日は桜井さんの写真撮影を中心にやって、その間に美原さんにも被写体を見てもらって明日のビデオ撮影のイメージを膨らませてもらう。そして明日はビデオ撮影だけど、その間にいい雰囲気の所があったらすかさずスティル写真も撮るという線で」
 
と富永さんがまとめる。
 
「そうですね。2日しか時間が無いから、それで行きましょう」
 
ということで、一行はホテルで朝食を取った後、最初の撮影予定地のビーチに向かった。
 

ここで調達した衣服を持ってきた現地スタッフのナカムラさんと落ち合う。
 
「こんにちは〜。どんな感じの服を持って来ました?」
と言って桜井さんが車に積んである服を見る。
 
しかし顔をしかめる。
 
「なぜこんなに男っぽい服ばかりなの? もっと可愛い服は無かった?」
と桜井さんが言う。
 
あぁぁぁ、やはりと私は思った。
 
「すみません、この子、男の子なので」
と富永さん。
 
「何ですと〜!?」
と桜井さん・美原さんが同時に声をあげた。
 
龍虎は困ったような顔、コスモスは例によってポーカーフェイスだが、政子は笑いをこらえきれない様子だ。
 
「美少女アイドルの写真集を作ると聞いたんだけど?」
「いえ、美少年アイドルです」
 
「私も100年に1度の美少女と町添さんから聞いた気がする」
と美原さん。
 
「済みません。町添は何か勘違いしていたみたいで」
と富永さんが謝る。
 
「ちょっと待ってよ。私、女の子の写真撮るつもりでイメージワークしてたのに」
「済みません。性別を変更してください」
 
「面倒だから、本人の性別を変更してよ」
「今病院に連れて行って手術してたら、撮影が間に合わないので」
「仕方ないな。じゃ30分待って。考え直す」
「はい」
 

それで撮影はいきなり30分休憩である。桜井さんも美原さんも椅子に座って目を瞑り、必死に考えているふうだ。
 
結局、アクアはアロハシャツとホワイト・スラックスというハワイでの男性の正装を着せられる。もっとも・・・
 
「このアロハシャツ、レディスじゃん」
「すみません。この子、身体が女の子体型で、レディスでないと合わないんです」
とコスモスが説明する。
 
「女の子になりたい男の子?」
「あまりに可愛いんで、女の子になっちゃいなよと唆す人は多いですが、本人は女の子にはなりたくないということで」
 
「ふーん。まあいいか。あ、このスラックスもレディスだ」
「それでないとサイズが合わないので」
 
それで着せてみる。
 
「このスラックス、身体にピッタリしているのに、お股がまるで女の子みたいなラインだ」
「その点はあまり気にしないことにしましょう」
 
結局、ホワイトスラックスの上に着るアロハを数種類交換して撮影していた。更にビーチということで、旅客船クルーの制服のような衣装、リゾートウェアっぽい服、更に海兵隊のブルードレス風の詰襟衣装、海軍水兵風のセーラー服まで着せる。実はこのあたりはハワイのテレビ局で女の子アイドルに着せたことのある衣装らしい。今回はテレビ局からこの手の女の子の男装用衣装を随分と借りたようである。
 
「セーラー服なら、下はスカートにしたいな」
と桜井さんが言うと
「スカート姿の公開は勘弁してください」
と本人も言うし
「女装写真は困るので」
と富永さんも言うので、諦める。
 
「じゃ、次、水着になる?」
と桜井さんは言ったが
 
「この子、しょっちゅうブラジャー着けさせられているので、実はブラ跡が付いてるんです。それとイメージ戦略上、上半身の裸は見せないほうがいいだろう紅川が言っておりまして」
とコスモスはまた説明する。
 
「うーん。。。だったら女の子水着つけさせる?」
「それは例によって公開できないので」
「公開しなきゃいいんでしょ?なんかこの場所でこの被写体の水着写真を撮らなかったら私、後悔しそうでさ。女の子水着ある?」
 
「実はあります」
と富永さん。
 
「じゃ着けてみよう」
と桜井さん。
 
「え〜〜!?」
と龍虎は言ったものの、車の中で着替えてくる。
 
「可愛いじゃん」
「あんた、やはり女の子なのでは?」
「男です〜」
 
「女の子水着がこんなに可愛い男の子なんてあり得ない」
「そんなこと言われても」
 
「だいたい、男の子が女の子水着を着たら、お股に膨らみができるはずなのになぜできない?ちんちんもう取っちゃった?」
 
「付いてますけど、僕のは凄く小さいんです」
「ふーん。まあいいや。深くは追及すまい。実はついてないかもというのは内緒にしてあげるよ。でもあんた胸は無いね」
 
「男なんで、胸は無いですー」
「バストパッド入れる?」
「それだと女装になります!」
「女装したいんでしょ?」
「したくないですよー」
 
結局、バストパッドは勘弁してもらったものの、龍虎は数種類の水着(ワンピースタイプやタンキニ)を着せられて、たくさん写真を撮られていた。一応コスモスと富永さんが、この写真は公開しないということで、桜井さんに念を押していた。
 

この後、撮影隊の一行はオアフ島内のあちこちの景色の良い場所(必ずしも観光地ではない)に移動しては、龍虎に様々な衣装を着せて撮影を続けた。空港ではパイロットの制服風の衣装、病院の近くではお医者さんの白衣なども着せられていた。桜井さんは、一応男装のアクアも撮るものの
 
「ここはちょっとムームー着てみて」
 
(ハワイでは男性の正装がアロハシャツ、女性の正装がムームーである)
 
「ここはミニスカになってみよう」
「パイロットの服を着たら、やはり女性キャビンアテンダントの服も」
「お医者さんの服の後は、やはり看護婦さんの服で」
 
などと言って、かなり女装のアクアも撮影していた。富永さんが最初用意していた、日本の女学生用セーラー服まで着せられていた!(むろん学生服の写真も撮った)
 
 
「こんな可愛い子に、可愛い衣装を着せなかったら、犯罪のような気がして」
と桜井さんは言っていた。
 
「まあお化粧は勘弁してあげるわ」
と桜井さんが言うと
「まだ女子中学生だし、まだ化粧はいいよね」
と美原さんまで言っている。美原さんは実際問題として様々な衣装のアクアの動画を今日もかなり撮影していたようである。
 
昼過ぎにはハワイ島に移動(空路で45分ほど)して撮影を続け、最後はハワイ島北西の夕日が美しいことで有名なコハラ・コースト(Kohala Coast)で、ハワイ独特のピンク色の夕日の中、たくさんの写真を撮影した。この夕日の美しさには、撮影されている龍虎にしても、コスモスや政子、そして私も半ば見とれていた。
 
(なお、ハワイの大きな島は北西から順にカウアイ島・オアフ島・モロカイ島・マウイ島・ハワイ島である。ホノルルはオアフ島にある。ハワイ島はこの中で特に大きいので Big Island とも呼ばれる。このビッグアイランドは5つの火山から成っており、コハラは実はそのひとつである。他の火山としては、頻繁に噴火して溶岩流を流していることで知られるキラウェア、体積が世界最大の火山マウナロア(4169m)などがある)
 
夕日撮影後は、またオアフ島に戻り、夜景の中での撮影を10時すぎまで続けた。
 
「終了!」
「お疲れ様でした!」
 
撮影終了の時は、龍虎はまた結局ムームーを着せられていた。
 

桜井さんは写真の選択と配列に関して悩むと言い、美原さんも明日の撮影について構想を練るということで、食事が別になったので、結局、私と政子、龍虎とコスモス、それに富永さんの5人で食事をした。
 
「結局私たち何すればいいんだっけ?」
と政子が訊く。
 
「確かに今日は特にすることは無かった感じもある」
と私も言う。
 
「桜井さんも、女の子の写真を撮るという前提が崩れたので、色々模索しながら撮影していた雰囲気でした」
と富永さん。
 
「たぶん桜井さんの方については、写真の選択・配列について相談されるのではないでしょうか?」
とコスモス。
 
「ええ。そのあたりからがプロデューサーと写真家との作業になると思います」
と富永さんも言う。
 
「すると今夜から明日以降が、私たちのお仕事かな」
と私も考えながら言った。
 

「でも僕、今日は女の子の服を着た写真の方をたくさん撮られたような気がするんですけど」
と龍虎が言う。
 
ちなみに龍虎は結局富永さんが撮影用に用意していたセーラー服のひとつを着たまま食事をしており、桜井さんの“趣味”で助手の三輪さんがその食事の様子を多数カメラで撮影しているのである。このセーラー服は黒・青・紺・赤・緑・黄・茶と7種類を同じデザインで用意していて、今日もこの7種類全色の撮影をされていたが、今龍虎が着ているのは、その中の青である。
 
アクアはやはりイメージカラーが青ということで、桜井さんと美原さんの意見が一致し、富永さんとコスモスも同意していた。アクアという名前にもうまくマッチするのだが、この子はそもそも青い服がとても似合うのである。
 
「まあ、女の子の服を着た写真は(たぶん)表には出さないから」
と私は言うが
 
「10年後くらいに唐突に出版されたりしてね」
と政子が言う。
 
「え〜〜〜!?」
と龍虎は困ったような顔で言っていた。
 

食事が終わっていったん各自部屋に戻って休んでいた時、美原さんから相談したいという電話が入るので《政子をコスモスの部屋に預けて!》から、美原さんの部屋に行った。
 
「私も男の子の絵を撮ることになるとは思ってもいなかったから何も考えてなくてね。それでずっと以前にスカイロードの4人を撮った時のことを思い出してたのよね」
 
「ああ。美原さんがPV撮影なさったことありましたね。『Color Ring』でしたっけ?」
と私が言うと
 
「あんた、よくそういうの覚えてるね!」
と感心された。
 
「katahira, keito, kitagawa, komatsu, kubotaの5人が各々自分のパーソナルカラーの服を着て、同色の服を着た女の子と手をつないで町を歩いている図から、やがて全員泉のある広場に集まるんだけど集まってみると、連れていた女の子が同じ顔だったんですよね」
 
「よくそこまで覚えてるね〜!」
 
「あの女の子は誰だ!?ってんで一時期ファンの間で騒然としましたけど、実は往年の大女優・林竜子さんの若い頃の映像をカラー化処理したものだった」
 
「うふふ。リアルの若い娘を使ったら、ファンがその娘を攻撃したりしかねないからね」
 
「そのあたりの機微を理解して映像を作られたのが凄いと思いました」
 
「実はある程度名前の売れている男の子アイドルの絵を撮ったのは、あれが唯一の経験なんだよ。ふつう女の子アイドルの仕事しか来ないから」
 
「町添部長の勘違いから、でしょうけど、私は女性カメラマンを使うというのはつまり、アクアのファンは圧倒的に若い女の子たちだろうから、そのファンの目から見て魅力的なアクアの映像を作りたいということかと思い込んでいたんですよ」
 
「うん。私もそう考えることにした。それでこういうシナリオを考えたんだよ」
 
と言って美原さんは私に説明した。
 
「最初町をアクアと誰か女の子が別々に歩いている。やがて出会って一緒に歩き出すんだけど、そこに多数のモンスターが現れる。そこでアクアが彼女を守ってモンスターと闘う」
 
「その女の子は誰を使うんですか?」
「また往年の女優の顔というのも考えたんだけど、この場合、顔は最後まで映さなくてもいいと思う」
 
「ああ、その方がいいかもですね。でもそれ一緒に歩き出してからモンスターが襲ってくるのではなくて、女の子がモンスターに襲われている所に駆けつけて助けるというのでは?」
 
「あ、そうか。そっちがいいよ!」
 
それで私たちは30分ほど掛けて、だいたいのストーリーをまとめあげた」
 
「でもこれ、出演者がたくさん必要ですよね?」
 
「それを明日速攻で集めて、撮影する必要がある」
 
私たちは深夜ではあるものの、富永さん、コスモス、アクアを呼んだ。コスモスを呼ぶと彼女が「お世話してくれている」政子も一緒に付いてくる。
 
富永さんはその筋書きは面白いと言い、即モンスターを演じるエキストラを明日の昼までに集められるだけ集めて欲しいとナカムラさんに依頼していた。向こうも10人程度だったら、昼までに集めることは可能だと思うという回答であった。
 
「相手役の女の子はどうします?顔を映さないにしても、誰か必要ですよね?」
「演技力のある子でないといけないから、エキストラ的な人という訳にはいかない。でもそのクラスの子を昼までに連れてくるのは多分困難」
 
「それ私がやるしかないよね」
とコスモスが言った。
 
私も実はこのストーリーを彼女たちに説明しながら、結果的にはそれしかないのではという気がしていた。アクアが充分身長があるのなら、私がやってもいい。ところがアクアの身長は154cmしか無い。私が身長167cm, 政子も164cmあって、全く釣り合いが取れない。しかしコスモスなら身長157cmくらいなので、何とかバランスが取れるのである。
 
「確かに今いる中で背丈でアクアちゃんと釣り合いが取れるのはコスモスちゃんだけかも」
と富永さんも私と同じことを考えたようで言った。
 
ところがこの時、政子がとんでもないことを言い出した。
 
「その女の子役もアクアがすればいい」
 
「え〜〜〜!?」
 
「同じ身長であれば背丈の釣り合いは取れる」
と政子。
 
「ちょっと待って」
と言って美原さんが考えている。
 
「行ける」
と彼女は30秒ほど考えてから言った。
 
「僕、女の子役なんですか〜?」
と龍虎がまた情けない顔をして言う。
 
「男の子役と女の子役の両方をしてもらう」
 
「シークレットシューズが入手できないか、訊いてみる」
と言って富永さんがナカムラさんに電話している。
 
「アクアちゃん、靴のサイズは?」
「22cmです」
「ということはアメリカ式ではレディスの5。違〜う。紳士靴だから4だ」
 
今日の撮影は実は男物の靴でアクアに合うものが無いので、レディスの靴でユニセックスなデザインのものを履かせたのである。
 
それで富永さんはしばらく話していたものの、難しい顔をしている。
 
「そんな小さなサイズのは無いか。。。え?ほんと?助かる。だったら、本人の足にあわせて作ってもらえる?分かった。今すぐ連れていく」
 
私たちは顔を見合わせた。
 
「アクアちゃんの足のサイズに合わせて、小道具係の人が今からシークレットシューズを作ってくれるって」
 
「わっ」
 
「それで男の子役をする時はシークレットシューズで、女の子役の時はローファーにすれば、身長差を演出できる」
 
「どのくらい底上げするんですか?」
「3cmくらいが限度ですよね?」
と富永さんが美原さんに訊く。
 
「そのくらいだと思います。5cmやっちゃうと多分不自然になります」
と美原さん。
 
「よし、じゃアクアちゃん行こう」
「はい」
 
それでもう夜中0時を過ぎているのだが、富永さんはアクアを連れて飛び出して行った。
 

「モンスターの造形はどうします?」
「時間があったら、色々な怪物のお面とか作るんだけどねぇ」
「ショッカーの戦闘員みたいなのでは?」
と政子が言う。
 
「うん。それが妥当かも。すると人数をごまかしやすいし」
 
「ボスが1人くらい欲しいですね。猿のお面か何かでも」
とコスモス。
 
「それは何とか調達してもらおう」
 
それで美原さんは移動中の富永さんに電話していた。向こうもそのくらいは多分何とかなるだろうと言っていた。
 
「結果的にアクアを夜遅くまで連れ回してしまったから、撮影が明日の午後になるのなら、明日の午前中は寝せておきません?」
と私は提案した。
 
「それがいいね」
「それこそ私がスタンドインをしてリハーサルしましょう」
とコスモス。
 
「じゃ私とマリはモンスター役のスタンドインで」
「よし。その線で行こう」
 

結局私たちは1時すぎに解散したが、アクアと富永さんは2時頃戻って来たようである。
 
翌11月8日(土)朝は朝食後、確保してもらったスタジオに移動して、すぐリハーサルを始めた。このストーリーの半分以上はスタジオで撮影することになる。別途撮影したハワイの各地の街やビーチの映像にそれを重ね合わせる。
 
それでこのリハーサルは監督の美原さんと主演のアクア抜きでおこなった。アクアは本番に備えて寝せているし、美原さんは午前中、街やビーチの様子を撮影しに飛び回っている。
 
それでコスモスがアクアの役(男の子/女の子の2役)を演じ、私と政子がモンスター役をやってストーリーを実演してみる。男の子と女の子が並ぶシーンでは富永さんに相手役を務めてもらう。これを美原さんの助手・安藤さんが撮影しつつ、気付いたことを言ってもらう。撮影したビデオを私たちも見て、検討を重ねる。
 
実は本番に出演する人も撮影する人もここに居ないのだが、本当に時間の無い中の作業なので、実際のシナリオに添って実行してみて、不自然な所に気付いたら可能な限り調整しておく必要がある。安藤さんは1年ほど美原さんの助手をしている映像作家の卵ということで、さすがセミプロだけに有用な助言を多数してもらった。
 
「格闘技でモンスターを倒すことを考えていたけど、これは剣をふるって倒したほうがよくない?」
 
「美原先生に確認してみます」
 
それで安藤さんがメールしてみると、美原さんも剣を使うの賛成ということであった。それで富永さんが撮影用のスポンジの剣を調達してくれるようナカムラさんに頼んでいた。
 

お昼頃、美原さんが戻って来て、私たちのリハーサルを見てもらう。
 
「けっこういい雰囲気に出来てるね!」
と彼女は言い、多少の修正が入る。
 
それでシナリオを一応確定とした。
 
コスモスがアクアを起こしに行き、私たちはいったん昼食を取ることにした。
 
13時頃、ナカムラさんがエキストラの人たち、男女12人を連れてきた。現地の俳優学校の生徒さんたちらしい。ショッカーの怪人のような雰囲気の衣装を配る。「Oh! No!」「God!」と苦笑するような声が上がっている。
 
「それ顔はどうすんの?」
と政子が訊いた。
 
用意された衣装の顔部分は何も無い。のっぺらぼうである。
 
「ドクロの絵でも描く?」
とコスモスが訊いたが
 
「炎がいい」
と政子は言った。
 
「へ?」
「だって水は火を制するでしょ?」
 
「なるほど〜!」
「アクアは水だもんね」
 
「よし、それ採用」
と美原さんが言い、『絵心のある人』ということで、私が白マジックを使って12枚のマスクに炎のようにも顔のようにも見える絵を描いた。
 
すると「Wow!」「Cute!」などの声が上がる。
 
「ケイ、それ可愛すぎる」
と政子が文句を言うが
 
「いや、いいよいいよ。そういう造形も面白い」
と言って美原さんは笑っていた。
 

ボス用にはライオンのマスクが調達されていた。これは今回来てくれた生徒さんの中で、いちばん演技のうまいデビッド君という人が着けて最後のアクアとの戦いを演じてくれることになった。
 
それでスタジオでの撮影が始まるのだが、ここは基本的にシナリオ後半のモンスター襲撃の所から取り始める。
 
まるで白雪姫かシンデレラのような白いドレスを着けたアクアが歩いている所にモンスターが現れ、アクアが悲鳴をあげるシーン、そして拉致されるシーンを撮影する。
 
その後、今度はコスモスがその衣装を着け、アクアは水を表す青い王子様風の衣装に着替え、シークレットシューズを履いて続きのシーンを撮影する。拉致するのも(戦闘員衣装の)デビッド君がしてくれたが、身長190cm体重90kgでアメフトをしているというデビッド君は体重34kgのアクアを楽々と抱えて走ってくれた。
 
王子様衣装のアクアが走って駆け寄るシーンから、拉致されているコスモスをアクアが救出する場面。そのあと、多数のモンスターとアクアの戦いを撮影する。
 
美原さんは感心するような顔をしながら撮影していた。
 
アクアが1度もNGを出さないのである。傍で見ていても、アクアの演技は物凄く上手かった。この子は自分で俳優志望というだけあって、物凄く動きがいいし、きれいに物語の中の人物になりきっているのである。
 
いつも女の子らしいと言われているアクアが、ここではとてもりりしかった。
 
最後は敵のボスとの戦いになる。これは双方が剣を持ち立ち回りを演じたが、デビッド君も上手いし、アクアも上手いので、初めての手合わせというのにひじょうにいいアクションとなった。どちらも半ば演技を忘れてマジで闘っている雰囲気になる。
 
最後はデビッドが自分の役割を思い出したかのように隙を見せ、その隙にアクアがすかさず斬り込んでいき、ライオン顔のボスは倒された。
 
そこにお姫様の衣装を着けたコスモスが駆け寄って抱き合うというところでカットとなる。
 

結局NGが1度も出ないまま、シナリオの最後まで行ってしまったのだが、念のため再度同じものを撮影しておいた。更にアクアとコスモスが衣装を交換して、拉致されているアクアをコスモスが救出するシーン、ボスを倒したコスモスにお姫様衣装のアクアが駆け寄って抱き合うシーンも撮った。
 
「抱き合った後キスするというのは?」
「それはファンの苦情が来るからやめましょう」
 
スタジオでの撮影を1時間ちょっとやった後で、街に出た。時間の進行が矛盾しないようにするため、まずは白いお姫様風の衣装のアクアが歩いているシーン、それから青い王子様の衣装のアクアが歩いているシーンを街中とビーチで撮影した。その後、お姫様の衣装のアクアがモンスターに襲われ、拉致されるシーンを街外れの少し人通りの少ない場所で一発勝負で撮影した。
 
ここから先はスタジオで撮影した映像をつなぎ合わせる。
 

俳優学校の人たちに「Thank you so much」とお礼を言って、ナカムラさんがギャラをその場で渡す。中を見て、笑顔なので、思っていたよりも良かったということだろう。むろんライオン顔のボス役デビッド君にはひときわ多いギャラを払った。
 
ここまでやったところでもう17時である。
 
この後は、アクアに様々な衣装を着せて街を歩かせ、その様子を高感度撮影した。
 
昨日のスティル写真でも着せたアロハからビジネススーツ、野球のユニフォーム、サッカーのユニフォーム、バスケットのユニフォーム、パイロット風の制服、海兵隊風の衣装、水兵さん風の衣装、アメリカの男子中高生風の制服、更に侍風の着流しスタイル。その合間に美原さんの趣味で、ちゃっかりアメリカの女子中高生風の制服、チアリーダーの衣装、西洋のお姫様風の衣装、日本のお姫様風の衣装、と着せる。うまい具合にハワイというのは日本・アメリカ・ポリネシアの文化がミックスされているので、結構色々な衣装が手に入ったのである。
 
また美原さんは、アクアに様々な楽器を持たせて、それを演奏しているシーンも撮影していた。
 
「あんたギター結構うまいじゃん」
「あんたピアノうまいね〜」
「あんたちゃんとサックスの音出せるんだ!?」
 
と美原さんは感心していた。このあたりはやはりギターの名手だった父親譲りの才能という面もあるのだろう。
 
「あんたひとりでバンドができる」
と美原さんが言うが
「バンドに憧れたこともあったんですけどね〜。でも僕はやはり俳優がしたいなと思って」
とアクアは言っていた。
 
「美原さん、これ実際の何かの曲を演奏させた方がいいかも」
とコスモスが言い、美原さんも同意して、即使っても問題ない曲ということでローズ+リリーの『恋人たちの海』をギターで演奏させた。アクアはこの曲を3回目でほぼノーミスで演奏することができた。
 
「あんた、まじでギタリストになれる」
と美原さんが言うと、アクアは嬉しそうにしていた。やはり父親の担当楽器で褒められたのが嬉しかったのか。
 
富永さんが小道具用に用意していた水色のフルートを持って海兵隊風の衣装で演奏している所は凄く美しいと思ったが、ふだん余計な感情は見せないコスモスまで、大きく頷いていた。
 
「ブルードレス(海兵隊の制服のこと)ついでに白いドレスも着てみようか」
「分かりました」
「だいぶ素直に女の子の服を着るようになったな」
「開き直りました」
「よしよし」
 
しかしこの「横笛を吹く少女」の図も物凄く美しかった。
 
この日も撮影が終わったのは、22時くらいであった。みなお腹が空くので、ナカムラさんが買い出しに行ってくれて、ハンバーガーやサンドイッチなどをつまみながら撮影は続けられた。
 

これで一応作業は完了となったので、ホテルに戻り、今回の遠征メンバー9人(桜井さんと美原さんの助手を含む)で一緒に遅い夕食(ほぼ夜食)を取った。
 
「ライオンボスとの戦いの所を撮影していて、私、ふとバレエの1シーンでも見ているような気がした」
と美原さんが言ったが
 
「実はあれ『くるみ割り人形』の『くるみ割り人形とねずみの王様の戦い』の部分を思い出しながらやったんですよ」
と龍虎は答えた。
 
「バレエやってたんだ?」
「小学2年生の時から6年生まで習ってました」
 
「じゃチュチュとか着けて踊ってたの?」
と政子が訊くが
 
「僕は男の子だから、チュチュは着けませんよぉ」
と龍虎は言う。
 
「それ、くるみ割り人形か、ねずみの王様かやったの?」
 
「ねずみの王様をしました。くるみ割り人形は、中学生の先輩だったんです。あんたも中学生まで続けたら、くるみ割り人形の役をしてもらうよ、と言われてたけど、その前にオーディションで優勝したから、バレエ教室は辞めたんですよね」
 
「なるほどー」
 
「アクアなら、女の子役とかでも踊れそうなのに」
と政子は言っている。
 
「ケイもバレエやってたよね?」
と政子は私に振る。
 
「やってた訳じゃ無いけど、何度かピンチヒッターで舞台に立った」
と私は答える。
 
「ピンチヒッターで立てるということは習ってた時期もあるんだ?」
と美原さんから訊かれるが
「見学してただけです」
と私。
 
「ああ。見学してるだけでできる子って時々いるんだよ」
と桜井さんが言っている。
 
「ケイちゃん、何の役やったの?」
「トロイメライ。これはそこのバレエ教室のオリジナルの振り付け。あとは『眠りの森の美女』のダイヤモンドの精とフロリーナ姫、それから『くるみ割り人形』のチョコレートの精」
 
「いろいろやってるな」
とコスモスが言う。
 
「ああ、やはりケイちゃんは女の子の役だったんだ?」
と美原さん。
 
「そのあたりの経緯も詳しく知りたいんですけどね〜、縛り上げて追及してもなかなか口を割らない」
と政子。
 
「ちょっとちょっと中学生の前で縛るとか言っちゃだめ」
 
龍虎は首をひねっている。
 

「でもアクアちゃん、ほんとに女の子役はバレエでしたことないの?」
 
「あ、えっと・・・コール・ド(群舞)でなら、何度か女の子衣装で出たことありますけど・・・」
 
「ああ。やはり」
「頭数をそろえないといけない場面では僕以外にも男の子でチュチュつけてコール・ドに入っていた子いましたよ」
 
「やはりチュチュつけたんだ?」
「でも小学3年生の時ですよ〜」
 
「アクアのチュチュ姿も撮影しておきたかったな」
などと政子は言っている。
 
「何なら今から撮影しようか?チュチュくらい、すぐ調達できると思うけど」
と桜井さん。
 
「勘弁してください」
と龍虎。
 

すると、その時、唐突に政子が言い出した。
 
「チュチュもいいけど、振袖もいいよ」
 
「おぉ!」
 
「それはいいかも」
と美原さんまで言い出す。
 
「ちょっと待って下さい」
 
「ね、ね、こういうのどう?」
と美原さんが言う。
 
「ビデオの冒頭、振袖を着たアクアちゃんが歩いている。でも女の子の悲鳴を聞いたら、振袖を脱いで、その下には王子様の衣装を着けてて、馬に乗って女の子の所に駆けつける」
 
「それいいかも。女の子かと思ったけど、実は男の子だったという演出になる」
とコスモスも言う。
 
「ぼく乗馬の経験は無いです!」
 
「おとなしい馬を使えば、乗るだけなら誰でも乗れると思う」
と桜井さんが言う。
 
「よし。そのシーン撮影しよう」
「いつですか?」
「今から」
 
「え〜〜〜!?」
 
「アクアちゃん女の子サイズだから、アクアちゃんに合う振袖はハワイでも即入手できると思うけど、誰か着付師を手配しないといけないかな?」
と富永さん。
 
「ああ。着付けなら、ケイができますよ。ケイは民謡の家元の孫娘なんですよ」
と政子。
 
「それは凄い!」
 
「家元じゃないよ。派の代表だよ」
「似たようなもんじゃん」
「それ部長と社長くらいに違うから」
 
「でも着付けできる人いるなら問題無いね」
 
それで富永さんはまたナカムラさんに連絡して、振袖と馬の手配をしていた。しかしナカムラさんも24時間呼び出されている感じで、ご苦労様である。
 

馬については、牧場側が朝にならないと無理と言ってきた。
 
富永さんと私とで協議して、結局滞在を1日延ばすことにした。
 
それで翌日早朝、タクシーに乗って牧場に行った。
 
青い王子様の衣装を着たアクアが馬に乗っているシーンを撮る。またその牧場の小学生の娘さんがうまい具合にまだ身長160cmくらいだったので彼女に王子の衣装をつけてもらって、馬に乗って駆けるシーンを撮影させてもらった。
 
また、馬に王子様の衣装を着けたコスモスとお姫様の衣装を着けたアクアがふたり乗りしているシーンも撮影した。
 
牧場での撮影を1時間ほどで終了し、またスタジオに行く。
 
ここでアクアに王子の衣装を着けさせた上で、その上に(長襦袢などは使用せず)直接振袖を私が着付けてあげた。
 
「可愛い〜」
「アクアちゃん、振袖も凄く似合ってる」
 
この振袖は青い地に古典的な花鳥風月が染められたものである。テレビ局の撮影用衣装を借りてきたということだったが、本格的な型押しで作られた東京友禅である。
 
アクアのイメージカラーということで青系統の物を探してもらったのだが、その青い振袖を着た時に龍虎は何か懐かしいものでも見るような顔をしていた。
 

その振袖で歩いているシーンから撮り始める。
 
この振袖で歩くシーンは念のため、スタジオと実際の街でと、両方撮影しておいた。そしてスタジオで「変身!」のシーンを撮る。
 
アクアが歩いている所で、コスモスが「きゃー!」と高い声をあげる。するとアクアはさっと、そちらを見て、走り出す。走りながら帯を解く。そして着物も脱いでしまうと、下には王子様の衣装である。ここから先はさきほど牧場で撮った乗馬シーンにつなげる。
 
しかし演技の上手いアクアも、このシーンはさすがに1発ではうまく行かなかった。
 
「ちょっともたもたしてしまったね」
 
「あの帯はもっと簡単にははずれないんだっけ?」
「いっそ『あ〜れ〜』をする?」
「あ、それ採用」
 
それで再度振袖を着付けした後、政子が「やってみたかった」と言って帯の端を持ち、アクアが身体を回転させながら、帯を解く演技をした。その後、走りながら着物を脱ぐ、
 
「今回割とうまく行った。もう一度撮ろう」
 
ということで、結局全部で5回もこのシーンを撮影して、今回のビデオクリップ撮影の作業は一通り終了した。
 
 
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【夏の日の想い出・東へ西へ】(3)