【夏の日の想い出・影武者】(1)

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2016年7月20日。
 
この日都内の多くの小中学校で終業式が行われ、8月末までの長い夏休みに突入した。
 
その日龍虎(アクア)が通っている中学の校門の所には「出待ち」をする若い女の子たちが大量に待っていた。学校の事務員さんが4人出てきて
 
「当校に無関係の人は集まらないで下さい。帰って下さい」
と呼びかけるが、一向に帰ろうとしない。更には追いかけるつもりなのか数台のバイクまでいる。
 
そこに白いトヨタ・アクアが走ってきて校門内に入ろうとした。が人だかりがして危険なので、事務員さんが「どいてどいて」と言って4人がかりで左右に押し分けて、やっと車は校内に進入することができた。
 
「事務所の車だよね?」
「うん。ナンバーが1833で間違い無い」
などという声がしている。その白いアクアが学校の生徒玄関の所でドアを開け、学生服姿の子が乗ったのが遠くから認められた。
 
「乗った乗った」
「間違い無くアクア様だよ」
と双眼鏡を手にした子が言っている。
 
やがてその学生服の子を乗せた白いアクアが校門の方に出てきた。事務員さんがまた4人掛かりで女の子たちを押し分けようとするが手強い。車にタッチしようとする子たちまでいるので
 
「危険ですからやめて」
と言って押し返す。しかし女の子たちの集団は多人数居て事務員さん4人ではなかなか大変である。スマホで写真を撮ろうとする子までいるので阻止する。
 
「勝手に写真撮るのは肖像権の侵害です。勝手に撮った人はスマホを没収しますよ」
と事務員さんたちは警告してやめさせる。彼らの努力でなんとか車は校門を離れて走り出す。待機していた数台のバイクがその車の後を追尾しはじめた。校門の所に集結していた女の子たちは
 
「あぁん、行っちゃった」
などと言って、少しずつ解散していった。事務員さんのひとりが携帯で
 
「こちら何とか解散しました」
と連絡を入れた。
 

その連絡を受けると同時に学校の生徒玄関が開放され、多数の生徒たちが出てくる。校門前に人が集まっていて危険なので、こちらは生徒たちを待機させておいたのである。
 
生徒たちが多くは4〜5人程度のグループになっておしゃべりしながら出てくる。その中で3番目に出てきた女子5人のグループは校門を出て300mほど歩いたあと、その中の一人が駅に入っていくのを見送った。
 
「じゃ龍ちゃん、映画もライブも頑張ってね」
と彩佳が言う。
 
「うん。みんなもありがとう」
とセーラー服姿でロングヘアのウィッグをつけた龍虎は笑顔で言って、駅の中に駆け込んでいった。駅の中にはやはりセーラー服を来た西湖(今井葉月)がいて切符を渡す。
 
「お疲れ様です、電車は5分後に出ます」
「ありがとう。今日はたいへんだった」
 
と龍虎は答えて一緒に改札口を通った。
 

7月8日、アクア主演の映画『時のどこかで』(原作筒井康隆『時をかける少女』)の制作が発表され、同時にテレビで15秒のトレーラーが流されると、元からのアクアファンの間で黄色い悲鳴があがるとともに、それまでアクアにあまり興味を持っていなかった人たちもトレーラーに映った彼の演技に注目した。
 
トレーラーの中でアクアは男子制服姿で
「もし生き延びたいなら、僕についておいで」
と顔を泥だらけにした女の子(新人女優の木田いなほ)に言っているシーンは
 
「アクア様、格好えぇ〜!!!」
というコメントを大量に生み出し、またトレーラーのラストにほんの一瞬だけ映った白いドレスの少女について
 
「今のアクア様じゃなかった?」
という意見。
 
早速このコマをネットに転載した人も何人か現れて
 
「やはりアクア様だ」
「可愛い!!!」
 
というコメントがまたまた大量にネットにあふれた。
 

おかげでその日の『ときめき病院物語II』の視聴率は凄いことになったようである。
 
先週は純一(岩本卓也)が友利恵(アクア)を押し倒し、一方佐斗志(アクア:二役)は舞理奈(馬仲敦美)と同じ部屋で一晩すごすことになったのであるが、今週はその先週のラストのシーンがまずプレイバックされる。
 
まず佐斗志と舞理奈のジュニアペアの方は佐斗志が
 
「そっちのベッド使って。僕、こちらのベッドで寝るから」
と言ったのに対して舞理奈が
 
「一緒のベッドじゃダメ?」
と言った所からである。
 
ふたりが見つめ合う。ふたりはすぐそばに立っている。ふたりの顔が近づく。ネットには「きゃー」という悲鳴のような書き込みが多数出る。
 
ふたりの顔が至近距離まで行った時、佐斗志は指で舞理奈の額をポン!と弾いた。
 
「僕たちには早すぎるよ。そちらで寝なよ。僕ドアの方向いてるから、舞理奈、その間に着替えるといい」
と言って佐斗志は舞理奈から離れると本当にドアの方を向いて座り直した。
 

舞理奈も、ふっと脱力するようにして微笑み、着替え始める(カメラは彼女の顔だけを映している)。
 
「佐斗志君って意気地無しだね」
などと言いながら舞理奈は微笑んでいる。
 
「私、ちゃんとあれも持って来たのに」
などと大胆発言。
 
「あれって、目覚まし時計?」
 
この発言に舞理奈は吹き出してしまう。テレビの前でも吹き出した人が多かったようである。
 
「女の子とふたりきりになって、手を出さないなんて、紳士だなあ」
と言って舞理奈は伸びをする。
 
もうパジャマに着替えている。
 
テロップで『馬仲敦美ちゃんはカメラを一時的に停めている間に別室でパジャマに着換えて来ました』と説明が流れている。馬仲敦美のファンも結構番組を見ているので、念のために流しているようである。
 
「じゃ窓の方向いててくれない?僕も着替えるから」
と佐斗志が言うので、舞理奈がそちらを見る。
 
しかし舞理奈は佐斗志の着替え中に振り向いてしまう。
 
「佐斗志、男の子の下着を着けているんだ?」
と舞理奈が言う。
 
(カメラは舞理奈だけを映しており、佐斗志は映していない)
 
「なんで?」
と声だけで佐斗志が答える。
 
「もしかして女の子に興味が無いのは佐斗志が女の子だからじゃないかと疑っちゃった」
 
「ぼく男だけど」
「ほんとに男の子なのかなあ。怪しいなあ」
 
などと言っている内に佐斗志もパジャマに着替えてしまう。パジャマ姿の佐斗志がカメラに写る。
 
「じゃ電気消すよ。おやすみ」
「おやすみ」
 
と言って2人はベッドに入った。
 

このシーンについてネットでは
「佐斗志のアクアは、馬仲敦美に下着姿を晒したのか?」
「そもそもアクアは本当に男の下着を着けていたのか?」
 
という疑問が多数書き込まれていた。
 

一方純一と友利恵のシニアペアの方はふたりが抱き合ってベッドに倒れ込むシーンからである。ふたりはベッドの上で2秒ほど抱き合っていたものの、すぐに純一が友利恵から離れる。
 
せつない目で見つめる友利恵。しかし純一は微笑んで
 
「よかったら並んで寝ない?何もしないから」
と言う。
 
すると友利恵は
「してもいいよ」
と答えた。
 
「まだ僕たちには早いよ」
「そうかな」
「おとなになったらさせて」
「おとなって何歳?」
「うーん。。。18歳かな」
「でも女の子は16歳で結婚できるよ。その時はジュンも結婚できる年齢だし」
「じゃ、その時にまた話し合おう」
 
「お兄ちゃんに何か言われたの?」
「ううん。僕はユリが大事だから、大事にとっておきたいんだよ」
 
それに対して友利恵も頷き、ふたりはひとつのベッドに並んで寝た。
 

「あ、着替えるの忘れた」
 
「着替えるといいよ。僕、目をつぶってるから」
「うん」
 
それで友利恵がカメラの視界の外で着替えてくる。友利恵はとても可愛いネグリジェ姿で純一をトントンとし
 
「着替え終わったよ」
と言う。
 
「可愛いね」
「えへへ。欲情しない?」
「凄いことば知ってるね。欲情はするけど我慢する」
「我慢できないと思ったらいつでも襲っていいからね」
「今夜は大丈夫だよ」
 
それで友利恵がベッドに入り、目をつぶって純一が着替えることになる。しかし例によって友利恵は純一の着替え中に目を開けてしまう。
 
「へー。トランクスなんだ?」
「なんで?佐斗志君はブリーフ?」
 
「言うなって言われてるから内緒にしとこ」
「佐斗志君、まさか女の子の下着とかつけてないよね?」
「一切ノーコメントで」
 

ここでネットでは「やはり佐斗志は女の子下着なのか!?」という書き込みが随分目立った。
 
パジャマに着替え終わった純一が灯りを消してから友利恵の横に寝る。そして身体を起こして顔を寄せ、一度キスすると
 
「おやすみ」
 
と言って目を閉じた。友利恵も微笑んで目を閉じた。
 

そういう訳で、別荘で各々ふたりだけで夜を過ごすことになった2組の恋人たちは、どちらもこの夜は特に「進展」することなく肩すかしで終わったものの、この日の視聴率はこのシーンが終わるまで物凄かった。
 

なおアクア主演『時のどこかで』の映画のトレーラーではバックにこの映画の主題歌『∞の鼓動』が流れていた。この曲のクレジットは「主題歌:∞の鼓動・山森水絵(新人)」となっていたが、この曲についても「いつ発売されるんですか?」という問い合わせが多数あり、制作側では7月20日に発売される山森水絵のアルバムに収録されるとともに、映画公開と同時に発売予定のサウンドトラックにも別テイクのものが収録される予定ですと回答した。
 

ΨΨテレビの「スター発掘し隊」だが、5月12日の放送で花山波歌・月嶋優羽・雪丘八島の3人が「落選者の中からピックアップ」され、ドライという仮名で3ヶ月間レッスンを重ね、8月にCDを1枚制作。それを手売りして1ヶ月以内に3万枚以上売れたら3人でデビュー。ただし売れなかったら3人そろって性転換!?という課題が与えられた。
 
この課題は3人をプロデュースする「大先生」から与えられたものということになっていたものの、その「大先生」は12日の放送では姿を見せず、番組アシスタントの金墨円香が伝達した。
 
しかしこの時点で制作側は実は凄まじいドタバタをしており、泥縄の進行になっていたのである。
 
元々この番組は★★レコードの製品開発室の滝口さん、ΨΨテレビの森原泰造プロデューサーが中心になって進めていた。そして森原プロデューサーはこの番組でデビューするユニットのプロデュースをラララグーンのソウ∽(そうじ)に頼む予定であった。またデビューする歌手の事務は卍卍プロが取り扱う方向で滝口さんが同プロの三ノ輪会長から内諾を取っていた。
 
ところがこのプロジェクトはトラブルに次ぐトラブルが発生する。
 

番組では4月10日に全国26ヶ所でオーディションを行い、全部で40名を合格として4月17日、東京のホールに呼んでパフォーマンスをさせ、12名を二次合格者としてゴールデンウィークに合宿を行った。
 
この審査を行ったのは、森原・滝口の2人である。本当はプロデュース予定のソウ∽にも参加してもらいたかったものの、体調不良で参加困難ということでこの2人だけで決めた。
 
ところが4月下旬、森原プロデューサーがΨΨテレビの社長と対立して退職してしまうという事件が起きる。そのため「スター発掘し隊」は急遽バラエティ番組の経験しかない名古尾さんがプロデューサーとなり、制作作業を進めることになった。
 
名古尾は経験豊かなプロデューサーではあるが、音楽系の番組はやったことが無く、事態に戸惑いながらも各方面と連絡を取りながら体勢を立て直そうとしたのだが、ここでソウ∽さんは元々合格者のお世話の話を断っていたという事態が判明する。その意向は3月末に伝えていたらしいのだが、どうも森原は合格者のデビューは夏頃と見て、それまでにソウ∽を説得するつもりでいたようであった。
 
名古尾は急遽、ソウ∽本人の療養先まで行き、面会して話してみたのだが、ソウ∽は現在絶不調の状態にあり、とても他の人の世話までできない精神状態であると説明され、これには名古尾も引かざるを得なくなった。
 
そこで名古尾は滝口と話し合い、合格者をプロデュースする人については後日あらためて検討することにし、合格者の選考は滝口を中心に★★レコードのスタッフで決める方向で話しあった。
 
ところがここで更に困った事態が5月6日に発生する。その当の滝口が胃癌で入院してしまったのである。
 

このプロジェクトは「そして誰もいなくなった」のである。
 
滝口さんは実は★★レコードの北川さんが入院しているののお見舞いに私が病院に行った時に、偶然遭遇して一緒に付いてきて、病院のロビーにいた所をその病院の先生に「君は胃癌だ」と言われて、入院することになってしまった。
 
連絡を受けて滝口さんの上司の村上専務が病院に駆けつけて来た。そして村上専務は急遽、自分のライバルでもある町添制作部長と話し合い、このプロジェクトは★★レコード側では町添部長配下の制作部のスタッフを使って進めることになった。
 
そして村上さんは、たまたまその場にいた私に「合格者を決めて欲しい」と言った。
 
実は合格者発表の様子は明日5月7日に撮影する予定になっており、今夜までオーディション参加者はゴールデンウィークの合宿の後、そのまま都内のホテルに泊まっているということであった。
 
森原さんの解任、ソウ∽さんの辞退、滝口さんの入院で、企画を進める人がいなくなってしまったものの、それでも放送はしなければならない。しかもそれを明日のお昼過ぎから撮影しなければならないのである。それで私はやむを得ず合格者の選考を引き受けることにした。
 
私は最終合格者候補の3人の歌とパフォーマンスをビデオで見た上で、いったん全員不合格とした上で、この3人でユニットを組ませて数ヶ月レッスンを受けさせデビューを目指すという方向性を示した。村上専務はその方法に興味を示し、名古尾さんとも話した上で、その方針で行くことを決めた。名古尾さんは親しい構成作家さんに徹夜で明日の収録の台本を書いてもらった。
 
実を言うと5月12日の放送で流れた、金墨円香が「大先生の代理」と称してこの方針を花山・月嶋・雪丘の3人に伝えた時、その「大先生」なるものは全くの架空の存在であり、「大先生から3人へのメッセージ」というのも、実は加藤次長が作文したものであった。
 

結果的に巻き込まれてしまった私は村上専務、加藤次長、名古尾さんと更に話し合いを続けた。その結果、放送局との付き合いというものを考えて、滝口さんの後任は佐田常務が直々に統括することになる(結果的に佐田さんが町添さんの部下を使って作業を進めることになる)。
 
また卍卍プロが「合格者であれば事務取扱してもいいが、合格者無しで何ヶ月もレッスンを受けさせるというのでは、こちらは扱いたくない」と言ってきたのに対して、元々卍卍プロが嫌いな加藤次長が「あそことは関わらない方がいい」と言ったので、事務所は別の所を模索することになった。
 
そしてソウ∽に代わるユニットのプロデューサーとしては、この話し合いをしていた所に、たまたま通りかかったドリームボーイズの蔵田孝治さんが
 
「毛利五郎にやらせるといい」
 
と言ったので、私は急遽毛利さんの自宅を訪れ、作業の依頼をした。毛利さんはこの時期「失業状態」に近かったらしく、快諾してくれたものの、その直後に雨宮先生から山森水絵に関する作業を依頼され、また東郷先生からもアクアのCDに関する作業を頼まれ、このあと毛利さんは全く自宅に戻れない状態となった。
 

蔵田さんから毛利さんの過去の実績を説明されて放送局の名古尾プロデューサーは彼に任せることに同意はしたものの、番組内で「大先生」がプロデュースすると発表してしまったことで、毛利さんでは「大先生」とまでは言えないので、そこの整合性をどうするかという問題が提示された。
 
これについて蔵田さんと加藤次長は、ダミーのプロデューサーとして実質もう引退してしまっている作詞家の馬佳祥先生の名前を借りられないかと提案してきた。名古尾さんも馬佳祥先生なら問題無いというので、蔵田さんが町添部長と一緒に馬佳祥先生の所を訪問しこの件の承諾を得た。馬佳祥先生は自分は口出ししないので、その若い作曲家さんに全部任せるが、交渉ごとなどで自分が出ていった方がよさそうな所には遠慮無く担ぎ出してくれとありがたいお言葉であった。
 
こうしてこのオーディションは事態の急変に慌ただしく対応しながら何とか動き始めたのであった。
 
そうして5月19日、翌週の放送が行われた。
 

いきなり、名古尾プロデューサーが椅子に縛られているシーンから始まる。そこに男性用のフロックコートを着てシルクハットをかぶり付けひげまでつけて《偉そうな格好》をして出てきたのは、またもや番組アシスタント金墨円香である。
 
「名古尾君、罪状を自ら告白したまえ」
 
「申し訳ありません。私はドライの3人の名前のふりがなを付け間違えて先週の放送を流してしまいました」
 
実はあまりにも内情がドタバタしていたため、そこまできちんと確認するのを怠っていたのである。また3人の名前が全員きわめて難読であったという背景もあった。
 
「まず『はなやま・しれん』とふりがなを振っていた子は本当は『かやま・しれん』でした」
 
画面下部にテロップで『花山波歌 ×はなやま・しれん ○かやま・しれん』と表示される。
 
「次に『つきしま・ことり』とふりがなを振っていた子は本当は『つじま・ことり』でした」
 
テロップで『月嶋優羽 ×つきしま・ことり ○つじま・ことり』と表示される。
 
「最後に『ゆきおか・やまと』とふりがなを振っていた子は本当は『すすぎ・やまと』でした」
 
テロップで『雪丘八島 ×ゆきおか・やまと ○すすぎ・やまと』と表示される。
 

「それでは、名古尾プロデューサーにふさわしい罰は何だろう?はい、殿山君」
 
と円香が言うと裁判官の服のような衣装を着た司会者の殿山憂佳が立ち上がって発言する。
 
「名前を間違えるなんてとんでもない人は死刑でよいと思います」
「シケイというと、紙で作った型?」
「いえ、この世から追放してあの世に行ってもらうということで」
 
「昼村君の意見は?」
 
するとやはり裁判官のような服を着ている昼村恋子が立ち上がって発言する。
 
「こういう基本的なことを確認し忘れるというのは言語道断ですね。首を切りましょう」
 
「首を切るって解雇するという意味?」
「いえ、胴体と頭をつないでいる首を切断するということで」
 
「陪審員の意見が出ました。それでは判決を言い渡します」
 
椅子に縛られた名古尾さんが不安そうな顔をしている。しかし円香は大いにまじめな顔をしている。司会の殿山・昼村のふたりの方がかえって笑っている。
 
円香は懐から巻物のような紙を取り出すと広げて言った。
 
「判決。本来は死刑の所を罪一等を減じて、あそこ切断の刑」
 
「あそこって?」
と殿山が訊く。
 
「男性のあそこ。それを切断して男性を辞めてもらう」
「おぉ!」
 
「ハサミを持って来なさい」
と円香が偉そうに言うと、昼村が巨大な刃渡り20cmくらいのハサミを持ってくる。
 
「じゃ、私が刑の執行官をしてやる」
と言って円香が名古尾プロデューサーの前でハサミを数回チョキチョキさせると名古尾プロデューサーが椅子にしばられたまま逃げ出す。それを殿山・昼村のふたりがつかまえる。
 
「助けてぇ!男はやめたくない。男じゃなくなったら女房に離婚される」
と名古尾プロデューサーの声。
 
しかしあらためて椅子に座ったままの状態でデンチューの2人に押さえつけられ、その前で円香が
 
「これより刑を執行する」
 
と言って・・・・
 

髪の毛をつかむと、それをざっくりと切った。
 
昼村が
「****を切るんじゃないの?」
と言う。****の所はピー音で消されていた。
 
「切るのは男性のあそこ、つまり男性の髪の毛だよ」
と円香は平然とした顔で言う。
 
そのあと、画像は早送り状態になり、円香がたくさん名古尾プロデューサーの髪を切っている所が映り、最終的に名古尾さんは丸坊主にされてしまった。(実際には途中で理容師さんが入ってきれいにバリカンで切っている)
 
「刑の執行終了〜」
と言って円香は得意げである。
 
ここまでで番組の冒頭10分も使ってしまった。
 
しかし、3人の名前が姓名ともにきわめて特殊な読み方をすることが視聴者に知れ渡り、3人の名前が印象付けられたエピソードであった。
 

番組はそのあと、後ろ姿だけが映る「大先生」と円香、デンチューの2人が話し合うシーンとなる。「大先生」は背広姿であるが、声は機械的に変形してある。更に帽子もかぶって髪型が分からないようにしている。この話し合いの中で「大先生」は、3人の歌や踊りをビデオで何度も何度も見た上で、この3人を組ませるのであれば、メインボーカルはヤマトにし、シレンとコトリはコーラス&ダンスという方針を決定する。
 
それでその伝達役として「大先生のメッセンジャー」と称する毛利五郎が画面に初登場する。実はこの登場シーンは結構大変であった。
 

「大先生」は毛利を呼んで伝達役を命じるのだが、殿山が
 
「この人、このままテレビに映したら苦情が来ます」
などと発言する。
 
(この時点で毛利さんの顔は映っていない)
 
そこで大先生の指示により、毛利の「美化計画」が始動する。
 
まずはお風呂に行かせた上で、エステに行って毛を剃って来なさいと言われる。
 
「なんで、エステとかいくんです?」
と言う毛利に対して大先生は
 
「そのヒゲとか腕毛とか見たら、女の子が怖がって逃げ出すよ」
などと言う。
 
それでエステに行くのだが、ヒゲと腕毛だけかと思ったら、すね毛、胸毛・腹毛まで処置される。しかも剃ると言われていたはずなのに実際は脱毛される。
 
放送局のカメラも当然エステに付いていく。それで映像は「イメージ映像」だけ流すものの、
「やめて。痛い痛い痛い痛い!」
という毛利さんの声はしっかり流れる。
 
ついでに処置が終わった後の着替えとして殿山が女性用の下着から洋服一式用意しておいたのだが
 
「あのさあ。俺の女装姿を電波に流したら、番組に苦情が来るよ」
という毛利さんの言葉に丸坊主姿の名古尾プロデューサーが
「確かに確かに」
 
と言ってアルマーニの男性用ビジネススーツが用意された。
 
「すげー。このスーツだけで俺の2〜3ヶ月分の収入くらいある」
などと言ってそれを身につけた所で、初めて毛利の顔が映されたが
 
「男前じゃん!」
「十分格好良い」
「女装もいけるかも」
などとネットではコメントが出ていた。
 
ちなみに続けて「改造前」の毛利の写真と並べて映されると
 
「劇的Before/Afterだ!」
という声も出ていた。
 

その後、毛利はビジネススーツ姿で、シレン・コトリに個別に面接して大先生を含めた企画会議で決めたこととして、ふたりはコーラス&ダンスで、メインボーカルはヤマトという方針を伝える。
 
シレンは「若い子がいちばんアイドル性高いからそれでいいと思います」と言って納得し、あわせてこのユニットのリーダーに指名された。
 
コトリは「私もメイン取りたいですー」とは言ったものの「でも決定には従います。頑張って練習して、大先生がこの決定を後悔するくらい頑張ります」と言って納得してくれた。彼女はサブリーダーに任命された。
 
最後にヤマトの所に伝達にいくと、彼女は「私がいちばん下手なのに」と戸惑う姿勢をみせたものの「でもシレンちゃん、コトリちゃんに負けないくらい頑張って練習しますね」というアドリブで締めてくれた。
 

この「通告シーン」はあくまで「放送用」である。構成作家が書いた台本に、シレン・コトリの希望を入れて少し調整したものを使っているが、全員演技力があり、不自然さの無い通告シーンが撮れた。
 
実際には毛利さんはシレン・コトリ・ヤマトと保護者同席で個別に会った上で、まず「メインボーカルはヤマト、シレンとコトリはダンス&コーラス」という方針を通告して彼女らをひとりずつ説得した。実際にはシレンは「ヤマトちゃん若いし可愛いから仕方ない」とすぐ納得してくれたものの、コトリは「自分の方が歌は上手いのに」と主張して大変だったのだが、毛利さんの熱い語り口、そしてこの手の説得作業に慣れていて少しも揺るぎのない姿勢に、2時間にもわたる議論の末、最終的には受け入れてくれた。
 

番組ではその後、3人が集合して、名古尾プロデューサー、毛利さん、と一緒にΘΘプロを訪れ、当面1枚目のレコードをインディーズからリリースするまでの事務的な処理の取り扱いを依頼する。
 
ここで対応してくれたのは、旅役者風の国定忠治のコスプレをしたシアター春吉社長と、大きな杯まで持って黒田武士のコスプレをしたターモン舞鶴取締役である。
 
ドライの3人が「ここ大丈夫かな」という感じの不安そうな顔をしたものの、この事務所がステラジオやナラシノ・エキスプレス・サービス、東山三六九などを抱えた事務所ということを毛利さんから説明されると
 
「すごーい!ナラシノ・エキスプレス・サービス、うちの母が好きで全部CD持ってると言ってました」
などとシレンが言って感動しているようである。
 
この部分は台本無しの撮影だったのだが、ここで事務所のトップ・アーティストの名前を挙げるのはシレンは筋が良い。
 
「まあそういう訳でこの3人、CDが3万枚売れたらデビュー、売れなかったら性転換ということになっているんですが」
と名古尾さんが言う。
 
「ああ、じゃ売れた時は引き続きうちが担当してもいいし、売れなかった時は性転換手術してくれる病院を紹介するね」
 
などと春吉社長は言っている。
 
「社長、性転換なさるタレントさんもあるんですか?」
「ここだけの話だけど、海野博晃(ナラシノ・エキスプレス・サービスのリーダー)は密かに性転換してるんだよ」
 
「え〜〜〜!?」
「実は僕も3年前に性転換したし、ターモン舞鶴君も去年までは美青年だったのが手術して美女に生まれ変わったし」
 
と社長が言うと
「社長、私まだ嫁入り前なので実は元男なんて噂流されると困るんですけど」
などとターモン舞鶴さんが笑いながら言っていた。
 
しかしドライの3人はどこまでがジョークなのか判断に苦しんでいる雰囲気だった。
 
結局この日は「女性歌手オーディション」の様子が50分近く流され、もうひとつの「街角からテレビへ」のコーナーはスタッフが町で何人もの女の子に声を掛けるものの全然捕まらない様子が1分ほど流されただけだった。
 

ネットの反応。
 
「海野博晃って前々から性転換でもするのではという噂あるよな。とうとうやったのか?」
「まさか。ジョークだろ?」
「以前入院していた時は、子宮筋腫でしたってジョークかましてたし」
「女装姿はたびたび曝してる」
「女装するとまあ普通のおばちゃんに見えるよな」
 
「いや、海野博晃はただのホモであって、女になりたい訳では無いと思う」
「海野博晃って男役なの?女役なの?」
「たくましい男が好きという噂もあるから女役だろ」
 
「だったら性転換してもいいのでは?」
 
「ホモの女役は入れられてチンコで逝きたいんだと思う。オカマの場合は男の機能自体を使いたくないから、入れられて、なおかつ脳逝きしたいんだと思う。そこがホモとオカマの決定的違いだよ」
 
「その話は微妙な気がする」
 

「オカマであってもチンコという便利なものがついてると、ついそこで逝ってしまうから」
「それでもチンコで逝くとオカマは凄い罪悪感持つんだよ。これ使いたくないのにって」
「確かにホモの場合は自分は男だと思っているからチンコで逝くのは普通であって罪悪感は無い」
 
「でも脳逝きって知らない奴多いから」
「すまん。俺も知らん。それどういうの?」
「ぐぐれ」
「ドライともいう」
 
「まさか、それがあのユニット名の語源か」
「それはさすがにあり得ない!」
 
「ついでにトコロテンも検索してみるといい」
「男の潮吹きというのもあるんだよなあ」
「何それ!?」
 
「男は、チンコで逝く、潮吹きで逝く、ドライで逝くという3通りの逝き方があるんだけど、チンコ以外での逝き方を知らない奴がほとんど」
 
「女は逆にドライ以外での逝き方を知らんやつがほとんど」
「女はチンコで逝けないと思うが」
「さすがに俺もそれは聞いたことが無い」
 
「潮吹きは男にしても女にしても素質の問題があると思う。潮吹きで逝ける体質ってのがある気がする」
 

「ところで大先生って誰なの?」
という疑問には
 
「毛利五郎って本来、雨宮三森の弟子だよ」
というのがすぐ出てくる。さすがネットの論客たちは詳しい。
 
「じゃ大先生って雨宮?」
「違うと思う。雨宮が男装する訳無いし。雨宮なら隠す必要も無い」
 
「ひょっとして雨宮や上島たちの師にあたる東堂千一夜では?」
「確かに東堂千一夜なら『大先生』だろうな」
 
「でも東堂千一夜ならマスコミ好きだから、顔を隠したりしない。出番が無くても無理矢理カメラの前にしゃしゃり出てくると思う」
 
「そもそも東堂千一夜が今更こんな若いアイドルのプロデュースなんてしないと思う。もっと実力派の歌手ならあり得るけど」
 

「そういえばこの番組始まった時に、ラララグーンのソウ∽がプロデュースして歌詞も書いて曲をコンペで募集なんて話が無かった?」
 
「どうもその話は無かったことにされてる雰囲気だよな」
「番組のプロデューサーが解任されちゃったから、その時、ソウ∽の件も吹き飛んでしまったのでは?」
「あれ実際はソウ∽の許可を取らないまま森原プロデューサーが暴走してそういう発表しちゃったんじゃないの?あの人過去にも似たようなことしでかして吉野鉄心さん怒らせてるよ」
 
「そもそもソウ∽が詩だけ書くという話に俺は違和感を覚えた」
「うん。ソウ∽って、詩と曲を同時進行で書いていくタイプのクリエーター」
 
「え?ソウ∽(そうじ)が詩を書いてキセ∫(きせき)が曲を書いてんじゃないの?」
 
「あれは印税を山分けするためにそういう名義にしてるだけ」
「うん。キセ∫は何もしてない。せいぜい楽譜の清書だけだと思う」
「ソウ∽って速筆だから、自分しか分からない記号で楽譜書くんだよ。だからそれを普通の人が読める楽譜に直すのがキセ∫のお仕事」
 
「昔ライブでソウ∽の書いた楽譜をハル√(はると)が晒してたけど、例えばC2と書いてあったら、ミソドレドらしい」
「どういう規則なんだ〜?」
 

番組はこの後、5月26日はレッスンに励む3人の姿が映される。ここで3人の指導役として登場したのは元ラッキーブロッサムの相馬晃である。彼はラッキーブロッサムの解散以後、都内の音楽学校でギター・ベース講座の講師をしていた。今回のレッスンもその学校の設備を使ってやっている。
 
実際には3人は連休明けにドライとして3人でデビューを目指すということになった段階で、全員東京都内に引っ越してきており、学校も都内の中学・高校に転校している。高校生のシレン・コトリに関しては転校ではなく退学させるべきという意見もあったものの、プロジェクトの統括者となった★★レコードの佐田常務が
 
「10代の内はふつうの学生としての社会経験もあった上で音楽活動もした方がいい。芸能馬鹿にしてはいけない」
 
と主張し、転校させることになった。更に「赤点取ったら活動禁止」という条件付きである。どっちみちヤマトは中学生で義務教育中なので、ドライの活動は当面放課後と週末だけに限定されている。しかし3人は5月中旬から、学校が終わった後、毎日9時まで発声やダンス、それに音楽理論などの勉強もさせられている。また体力をつけるため毎朝2kmのジョギングを課されている。
 
高校生の2人は単身で上京してきたが、ヤマトにはお母さんが付いてきている。
 

6月中はそのレッスンをこなしながら、中間試験のため一所懸命勉強する様子などが映される。幸いにもシレン・コトリは赤点は取らず、ヤマトも全教科60点以上で活動停止は免れた。
 
6月後半には、立山みるくのライブのバックダンサーを務める(事前公表無し)ことになり、そのためのレッスンの様子、実際のライブの時の映像などが流れたが、立山みるくは
 
「私のライブがテレビに流れるなんて、デビューした年に2度あって以来」
 
と発言して視聴者の笑いを取っていた。
 
そして6月30日の放送で、とうとう3人に曲が渡されることになる。
 
その曲の作曲者のクレジットを見てネットは大騒ぎになる。
 
『ステラジオ作詞作曲』というクレジットになっていたのである。
 

ステラジオはゴールデンウィーク中に行われる予定であった野外ライブを体調不良のためということで突然中止している。その後「アルバム制作準備のため」と称して、一切のメディアに登場していない。
 
つい先日、6月25日に大阪で行われたロックフェスタにも登場予定であったものの出場をキャンセルし、空いたステージはナラシノ・エキスプレス・サービスの海野博晃と胡堂平祐が『ミニスカート姿』で登場して観客を沸かせてくれた。
 
「可愛い20代の女の子のデュオ期待していた人ごめんな」
「ちょっと年食ってて、女かどうか怪しい2人組だけど頑張って歌うから」
 
などと2人は言った。
 
「しかしスカートなんて初めて穿いたけど、なんかすごく頼りない。まるで裸で歩いているみたいだ」
と胡堂さんが言う。
 
「まあ特にミニスカートは頼りない。お前もこれを機会に時々女装するといいぞ」
と海野さん。
 
「お前は何度も女装でテレビに出てるよな」
「なんか、おもしろがって女装させるプロデューサーがいるんだよ。こんな40男の変態みたいな女装姿、需要も無いと思うんだけど」
 

ともかくも2人はその格好でステラジオのバックバンド・トリテリスに伴奏させステラジオのヒット曲を30分間歌ったのである。
 
「これはこれで凄くいい」
「これCDで出して欲しい」
 
と観客の評価はとても高かった。
 
ただステラジオがこのイベントも欠場したことから、おそらくホシが何かの病気なのではという観測がファンの間には広がった。
 
ちなみにステラジオはホシがスカート嫌いという事情があり、実際のライブ衣装では、ナミも一緒に裾の広がった、いわゆるパンタロンを穿いていることが多い。(まだ売れていなかった頃はホシも渋々スカートを穿いてライブをしていた)
 

オーディション番組の方では、シレンたち3人に曲が渡されるとともに、ここまで「ドライ」という仮名で活動してきたのを、正式名称として『三つ葉』という名前が発表され、エンブレムなども公開された。
 
3人がそのエンブレムの入ったTシャツを着ている姿も披露される。Tシャツには胸の所にそのエンブレムとMITSUBAという文字が染め抜かれているが、Tシャツの色自体は各々のパーソナルカラーとして定められた色が使われている。これはシレンが青、コトリが黄色、ヤマトが白である。その背景に緑色の三つ葉の絵が描かれていて、結構おしゃれな感じである。
 

7月11日(月)。千里がふらりと私のマンションにやってきた。
 
「この花束あげるね」
といって蘭の花束をくれる。
 
「わ、ありがとう。花瓶に活けよう」
と言って、私は押し入れから花瓶を出してくると水を入れ、花束のラップを解いて、花を活けた。
 
「これどうしたの?」
「都内在住の選手数人で、都庁を表敬訪問してきた。バレーの**さんとかも一緒」
「へー!」
と言ってから
 
「あれ?今知事は不在だよね。誰に会ったの?」
と訊く。
 
東京都は6月21日に桝添知事が辞職し、7月14日に都知事選が告示される予定である。
 
「知事代理の安藤立美(副知事)さんが対応してくれたよ」
「へー」
「安藤さんは知事代理をするのは3度目だって」
「え〜〜!?」
 
「2012年11月に石原慎太郎が衆議院選挙に出馬するため辞職した後、2013年12月に猪瀬直樹が政治献金問題で辞職に追い込まれた後、そして今回舛添要一が様々な疑惑噴出で辞職に追い込まれた後」
 
「なんか酷い知事が2代続いたからね!」
 

「合宿は終わったんだっけ?」
「昨日でいったん終わった。次は14日から。今日から13日まで3日間お休み」
「3日だけか!」
 
「今日は合宿所出た後、都庁訪問してきたけど、この後、山森水絵の件で毛利さんたちや鈴木社長(∞∞プロ)・矢作部長(%%レコード)と打ち合わせ。たぶん徹夜になる」
 
「ほんとにお疲れさん!」
「明日は川崎に行ってチームの壮行会に出席する。川崎市役所にも行ってこないといけない」
「休む暇無いじゃん!」
 
「結局自宅に戻れるのは明日の晩だけかな。13日の晩からまた合宿所に入るし」
「千里忙しすぎるよ」
「まあそれはお互いさまで」
 
ご飯でも食べて行きなよと言って、私がお昼を作り、ちょうど起きてきた政子と一緒に3人で冷麺を食べた。
 

「そうだ。矢作部長が、ケイちゃんたちと一度話したいけどと言ってたけど」
と千里が言う。
 
「仕事の話なら勘弁して。今手一杯だから、これ以上は仕事入れられない」
「だろうねぇ」
 
「ローズクォーツからは事実上離れているしスターキッズはアルバムに1曲提供する程度だけど、それ以外で今抱えているアーティストが、ローズ+リリー、KARION, SPS, スリファーズ、花村唯香、鈴鹿美里、そしてアクア。鈴蘭杏梨名義で槇原愛、秋穂夢久名義で貝瀬日南。このくらいかな。ぱらこんずとkazu-manaは事実上休業状態にあるからそれをいいことに放置している」
 
「アーティストが高年齢化している」
「うっ」
 
「若い子はアクアとせいぜい鈴鹿美里くらいじゃん。鈴鹿美里も高3。そろそろ曲がり角になってくる」
「それは言えるけどねー」
 
「SPSなんかはもう放置でいいんじゃないの?自分たちで全曲書かせればいいんだよ」
「いったん手を出した以上そういう訳にもいかないんだよねー」
「あるいは誰かに下請けに出すとか」
「そうだなあ・・・」
 
「担当アーティストが高年齢化していくと極端に採算性が落ちるよ」
「それはあるけどね」
 

「これ、雨宮先生とも話してたんだけどさ」
「うん」
「★★レコード、そして町添部長の命運は冬たちに掛かっている」
「うん?」
 
「山森水絵のプロジェクトも%%レコードに逃げたんだけど、今多くのプロダクションが★★レコードを避けようとしている。5月に滝口さん主導で★★レコードからデビューした三原由希子が古い手法のプロモーションを使っていて実際初動500枚という悲惨な成績だったことで、プロダクションの離反は動かなくなったと思う。その中で多分ここ3−4年★★レコードを支えていくのは、ローズ+リリー、マリ&ケイしかない。他のビッグアーティストはもうピークを過ぎているよ」
 
「うーん・・・・」
 
「ローズ+リリーの成功が町添さんを支えるし、★★レコードが生き残っていけるかにも掛かっている」
 
「ピークねぇ・・・・・」
 
「世間ではローズ+リリーでさえ、ピークは一昨年くらいだったと思っているだろうね」
と千里は言う。
 
「そういうのハッキリ言ってくれるのは千里と青葉くらいだよ」
と私は苦笑しながら言う。
 
「だから今年のアルバムは気合い入れなよ」
と千里は私をしっかり見て言う。
 
「やはり『The City』は失敗だったと思う?」
 
と私は千里に訊いたが、千里はそれには答えず
 
「取り敢えず、アルバム制作中は他の仕事、一切入れない方がいいと思うよ。SPS, スリファーズ、花村唯香、鈴鹿美里、牧原愛あたりはEliseさんや青葉あたりに押しつけちゃったら? KARIONも和泉ちゃんに押しつけて」
と千里は言った。
 
「まあ注力すべき鴨乃清見プロデュースのCD制作にほとんど関わってない私が言っても全く説得力無いけどね」
と千里は笑いながら付け加えた。
 

千里が%%レコードに向かうと言って帰った後、私は千里の言葉を脳内で反芻してみた。
 
「つまり残すのはローズ+リリー、貝瀬日南、アクアの3つということか・・・」
 
と私は独り言のようにつぶやき、少し考えてみた。
 

7月17日(日)の午前中、千里たち女子バスケ日本代表は成田からニューヨーク行きJAL006便で旅出って行った。JFK空港でブエノスアイレス行きに乗り継ぐ。
 
私は成田まで見送りに行き、千里や佐藤玲央美など顔見知りの選手たちと握手して送り出した。
 

この日の午後、来週に迫っている苗場ロックフェスティバルに追加アーティストが発表された。
 
フェスの出場者は2月から順次発表されていたのだが、一応6月17日に第10弾の発表があってそれで確定。7月1日にはタイムテーブルも発表されていたのだが、ここに更に追加というのは異例のできごとであった。
 
それがステラジオとラララグーン・スペシャルだったのである。どちらもアーティスト本人たちのビデオメッセージ付きでの発表であった。
 
ステラジオはホシとナミがおそろいの浴衣を着て映っていた。
 
「ファンの皆さん、色々ご心配掛けて申し訳ありませんでした。色々あったのですが、少しずつ活動を再開させていただきます。年内にアルバム発売、そして年明けから全国ツアーの方向で考えています」
とホシが語るのを見て、全国のステラジオ・ファンが歓喜した。
 
ラララグーン・スペシャルは、ラララグーンのメンバーが“5人”並んでいるのにファンが驚いた。ラララグーンはここ2年ほど公の場に姿を見せていなかったのだが、そこには見慣れたソウ∽(そうじ)、キセ∫(きせき)、ルイ≒(るいじ)、ハル√(はると)の4人の他に、60歳くらいに見える人物が車椅子に座って映っている。
 
ソウ∽が最初に発言して
「俺は事情によって名前を変えることにした」
と言う。
「今までソウ∽と名乗っていたんだけど、実はソウ∽というのは元々こちらの車椅子に座ってるおじさんの名前なんだよね。俺は一部のファンが俺の名前として呼んでくれていたショウジという名前をちょっと変えてショウを名乗る。名前の書き方はこれ」
 
と彼が指し示す所にテロップが表示されて『ショ÷』という文字が表示される。
 
「まあそれで苗場に出してもらうことになったから、良かったら聞きに来てくれ」
と言って、ソウ∽改めショ÷はメッセージを終えた。
 

なお、ステラジオとラララグーン・スペシャルの演奏時刻だが、ステラジオは2日目のHステージに、韓国の歌唱ユニットが出場キャンセルして偶然空いていた枠があったので、そこに入れられることになった。丸山アイとチェリーツインの間である。また、ラララグーンは適当な空きがないので最終日のGステージ先頭に無理矢理枠を作って入れることになった。それで朝9時からという早い時刻の演奏になった。
 

ネットでは、ビデオメッセージの「背景」が話題になっていた。
 
「ステラジオの後ろに見えていた大きな橋、あれどこ?」
「あれは新湊大橋。富山県」
「じゃステラジオは富山県にいるの?」
「ステラジオは春先から何度か富山市や高岡市・南砺市などで目撃情報があった。おそらく富山県内の温泉にでもいるのでは?」
「宇奈月温泉で見たという話もあったぞ」
「じゃ、そこかも」
「元々ホシのお母さんが北陸出身だったはず」
「鯖江かどこかじゃなかったっけ?」
「金沢だった気もする」
 
「しかし怪我でもして温泉で療養してたのかね」
「いや、怪我なら怪我したと発表してもおかしくない」
「結局何してたの?」
「分からんなあ」
「もしや赤ちゃん産んでたのでは?」
「その説もあったけど、男関係の噂が全然無かったんだよなあ」
「実はホシは男でナミがホシの赤ちゃん産んだとか」
「んな馬鹿な!?」
「いやホシの男の娘説は昔からあった」
「赤ちゃんできたのなら、その子もお披露目したりして」
「ホシとナミの子供なら育つと歌うまいだろうなあ」
 

「ラララグーンがいたのは、病院だよね」
「うん。あの雰囲気はどこかの病院だと思う」
「あの車椅子のじいさん誰?」
「あれが本物のソウ∽」
「本物って?」
「今回ショ÷と改名した方のソウ∽は影武者」
「嘘!?」
「本物のソウ∽は物凄いあがり症なんだよ。だからステージには通称ショウ∽と呼ばれていたショ÷が立っていた。でも口パク・当て振り。本物のソウ∽は影でベース弾いて歌っていた」
「知らなかった!」
 
「こういう場に顔を見せたのは初めてだと思う」
「デビュー前のライブ見ていた奴しか知らないよな」
「でも何か心境の変化でステージに立つつもりになったのでは?」
「でも車椅子に座ってたぞ」
「健康上の問題かもね」
「もしかして余命幾許(いくばく)も無いから最後のステージとか」
「マジ!?」
 

ネットではどちらも勝手な噂や憶測が一人歩きし、今からでもチケットが欲しいという問い合わせが殺到する。主宰者は3日通しのチケット・ステラジオが出る2日目だけのチケット、ラララグーンスペシャルが出る最終日だけのチケット2000枚ずつの追加発売を発表したが、1時間でソールドアウトした。
 
 
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【夏の日の想い出・影武者】(1)