【夏の日の想い出・影武者】(3)

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屋台村では和泉・小風とも遭遇して一緒に行動した。これだけの集団で移動していると目立つので結構サインを書くことになる。一枚の色紙にローズ+リリー、ゴールデンシックス、KARIONと3つのサインを入れるスペシャルサインも何枚か書いた。私たちも食事をゲットした後、パフォーマーズ・スクエアの出演者用控え室に移動した。
 
アクアが11:00-12:00の演奏だったが、Hステージでは11:30-12:30にステラジオの演奏が行われていた。小風と和泉はそちらを見に行っていたのだが、そちらも物凄い盛り上がりであったらしい。
 
「ホシがスカート穿いてたからびっくりしたよ」
と小風は言っていた。
 
「何か心境の変化があったんだろうね。結局あの子たち、何してたの?」
と私は訊く。
 
「それについては何も説明は無かった。でも赤ちゃん産んだ訳ではないですと言っていた」
「ああ。ホシは男の娘でナミとの間に子供作ったのではとかいう凄い噂まで出ていたもんね」
と私は苦笑して言う。
 
「ごめんなさい。私ちんちん持ってないし、ともホシは言ってたよ。そしたらいつ性転換手術したんですか?とか突っ込まれていたけど」
「どう答えてました?」
「その観客に、あんたが性転換したら教えてやると言ってた」
 
「ああ、だいぶ精神的にゆとりが出てきているみたいですね」
と花野子が言う。
 
-------------------^
「でも冬、ホシは男の娘に見える?」
と小風が訊く。
 
「見えない。普通の女だと思うよ。青葉はどう思う?」
と私が青葉に話を振ると
 
「さあ。私もホシさんは普通の女性に見えます。ただ波動にやや乱れがあるから、自分の性別に軽い違和感を持っているのかも知れませんね」
と青葉は言った。
 
「スカートを嫌がってたのもそのあたりかもね」
 
「男の娘だと波動で分かる?」
と小風が青葉に訊く。
 
「たいてい分かりますよ。今まで会ったMTF/FTMさんで、マジで悩んだのは和実くらいですから」
と青葉。
 
「冬とか千里も一発で分かった?」
と政子が訊く。
 
「冬子さんは完璧に女の子だったんですけど完璧すぎるのでもしや?と思いましたよ。要するにふつうの女の子より女らしいんです」
「ああ、それは若葉とかからも言われてた」
 

「千里姉はどうも騙された感じで」
と青葉。
 
「うん?」
 
「千里姉は最初会った時、ごく普通の男の娘の波動だったんですよ」
「ふむふむ」
 
「ところが天津子ちゃんは千里姉の波動は最初会った時からずっと純粋に女の子の波動だったと言うんですよね」
「ほほお」
 
「それでよく考えてみると、私、千里姉と会ってから4ヶ月ほどした時に自分のチャクラの回転を女性型に変えて欲しいと言われて、変えてあげたんです」
 
「チャクラの回転って性別で違うの?」
「男女で逆回転なんですよね〜」
「へー」
 
「それ以降は、千里姉の波動はごく自然な女性の波動に近いものになりました。でも考えてみたら、私の前で男の娘を装うのはさすがに疲れるから、私に回転方向を変えてもらったことにして、本来の状態に戻したのかも」
 
「それって凄くない?」
「どうも私は千里姉の手のひらの上を飛び回っている孫悟空という感じです」
と青葉は言っているが
 
「それが分かったということが青葉の成長なのかもね」
と私は言った。
 
青葉も頷いていた。
 

ステラジオは物凄くパワフルなステージだったらしい。新曲2曲を含めて14曲も演奏したという。おそらくはほとんどMCを入れずに、ひたすら歌ったのではという曲数だ。
 
たぶん何かで苦悩していたのをやっと乗り越えたところで、今はただ歌うだけに集中したいのだろうと私は思った。彼女たちが完全復活したら、恐らくは凄いアーティストになる。
 
すると和泉が私の心を見透かしたように言った。
 
「冬、KARIONの方は何とかするからさ、今年後半はローズ+リリーのアルバム作りに専念しなよ。本気出さないと、復活したステラジオに負けるよ。私も負けてられないから、旅行にでも行って詩を書きためる」
 
「実は千里からも似たようなこと言われた」
 
「じゃKARIONは今年後半はアルバムの構想を練って、年明けくらいから制作。ローズ+リリーはひたすら年内は制作かな。楽曲はもうだいたいそろっているんでしょ?」
と和泉。
 
「うん。だいたいそろってる。まだ少し足りないけど、それは制作やっている間に何か着想すると思う」
 

「三つ葉に提供した曲については何か言ってました?」
と花野子が和泉たちに訊く。
 
「あれは元々自分たちのアルバムに入れるつもりで作っていた曲なんだって。でも事務所の後輩になる、彼女たちのために提供することにしたらしい」
と和泉は言う。
 
「ああ、そういうことだったんだ?」
「結構可愛い曲だから、ちょっと自分たちで歌うには気恥ずかしい気もしていたから、ちょうどよかったと言っていたよ」
と小風。
 
「うん。確かにステラジオにしては可愛い曲だと思った」
 
「元々は高校時代に作っていた曲で、この春にアルバムに使おうかと思って少しCubase上で手直ししていたらしいんだよね。それでそのまま提供できたと」
 
「なるほど、なるほど」
 

15:00からはRステージでラビット4があるので、和泉と花野子は見に行くと言っていたが、私は休ませてもらうことにして控え室の隅の簡易ベッドでタオルケットをかぶって寝た。カーテンを引いて目隠しをする。小風も別のベッドで寝ておくと言っていた。
 
青葉・梨乃・政子・美空は調達してきた食料をつまみながらおしゃべりしていたようである。
 
17時に青葉に起こされて私は目を覚ました。
 
「青葉もかなりパワーを使ってアクアのヒーリングしてたけど大丈夫?」
「ええ。千里姉からもパワーをもらいましたから」
「千里って、なんでそんなにパワーが融通できるの?」
 
「千里姉は自分の身体は実質的に空洞なんだと言ってました。だからそこに大量にパワーを蓄えられると。実際には4次元ポケットみたいになっているのではという気がします。千里姉はまるで無限のパワーがあるみたいで」
 
「千里のバスケの試合見たことあるけど、40分間ほとんど出放しでも最後までスピードやシュート精度が落ちないよね?」
 
「ええ。でも千里姉はそういう霊的なパワーは試合では使わないんですよ。本来の体力だけで40分間プレイします」
「そうなの!?」
 
「そういう霊的なパワーを使うのは、アンフェアだと言うんです。スポーツは人間の力だけでやるべきだと」
 
「確かにどこかの雑誌の漫画みたいに超能力バトルになっちゃったら、もうそれはスポーツじゃないかもね」
 
「だから千里姉は相手チームの中に超能力を使ってプレイしている人がいたら、その人の力も封じてしまうんですよ」
「凄い!」
 
「超人的なプレイをする選手が千里姉のチームとの試合では全く活躍できないこともありますよ」
 
「そんなことできるって、千里は凄まじいパワーがあるのでは?」
 
「千里姉の力は私は図り知れません」
と青葉は言った。
 
そして更に付け加えた。
「それなのに、千里姉は自分は何もできない。ただの素人だし霊感も無いと言うんですよ」
 
「うーん。。。。それって、素人を装っている訳?それとも単に自分の力に無自覚なわけ?」
と私が訊くと
 
「それがどうにも分からないんですよ」
と青葉は顔をしかめて言った。
 

美空と政子は「食料調達」に出て(琴絵たちが付き添ったらしい)、小風と梨乃も一足早くHステージに向かったということであったので、私も控え室から青葉と一緒にHステージに向かう。お昼頃まで降っていた雨はもう止み、むしろ蒸し暑い感じである。
 
17:20。Hステージの第1楽屋に入る。16:00-17:00の時間帯に演奏したマンハッタン・シスターズの日本人スタッフさんが少しまだ残っていて最終的な片付けをしていた。
 
「すみません。もう終わりますから」
と言っているのは顔見知りの福田さんだ。雨宮先生の弟子で、昨年東名で事故った時にフリードスパイクを貸してくれた人である。
 
「おはようございます。福田さん、マンハッタン・シスターズに関わっておられたんですか?」
 
「私は下請けみたいなもんですね。マンハッタン・シスターズは元々は雨宮先生と醍醐春海ちゃんが作り上げたユニットなんですよ」
 
「そうだったんですか!?」
「今は基本的には雨宮グループの手を離れていてアメリカのプロデューサーさんが管理しているんだけど、元々絡んでいた縁で、日本公演の時はいつも雨宮グループの誰かが対応しているんです」
 
「それは知らなかった」
 

なおHステージの第2楽屋はXANFUSが使っていた。そのXANFUSの演奏は17:30に始まった。
 
私たちが到着して少しした頃、Rステージを見に行っていた和泉と花野子がやってきた。
 
残るのは美空だが、18時を過ぎても現れないので、花恋が電話するもつながらないようである。
 
「場内アナウンスでも掛けた方がいいかな?」
「美空は誰と一緒なんだっけ?」
「マリと一緒だと思うんですよ」
と言って、私は《琴絵》に電話する。すると、元プロ野球選手で現在は俳優として活躍中の新田金鯱さんと政子がそうめんの食べ比べをしていたのを見ていて遅くなったが、今そちらに向かっている最中ということだった。それで和泉たちに伝えるとホッとしていた。
 
「マリちゃんだけ食べ比べやったの?」
「美空もやりたいと言ったけど、本番直前にダメと琴絵が止めてくれたらしい」
 
「危ない、危ない」
と花野子が言う。
「演奏中に戻したりしたら目も当てられない」
と梨乃。
 
「そんなことしたら、罰金10億円だな」
と和泉は言っている。
 

やがてその美空たちも到着し、私たちはKARIONの4人・黒木さんたちとで今日の演奏について再確認する。
 
楽屋は途中にパーティションを置いて男女で別れて使っているのだが、伴奏者の数が多いので、三島さんと畠山社長が分担してチェックリストをもとに、男女とも伴奏者が全員そろっていることを確認した。
 
18:30。XANFUSの演奏が終わる。余韻が残る中すぐに撤収作業が始まる。18:40, 今回のイベントの主催会社のスタッフさんが「ステージ上の機材片付け終わりました」とこちらの楽屋に伝えてくれる。すぐにこちら側の機材を運び込み、大急ぎで設定をする。18:48。設置が終わり、各楽器の音がちゃんとPAにつながっている確認も取れる。
 
18:56。トラベリング・ベルズを含む、最初の曲の伴奏者がステージ上に出ていく。歓声が上がる。各自楽器の音を再確認する。18:58。KARIONの4人がいつものように、美空を先頭に、私、和泉、小風と並んで出て行く。
 
4つ並んだスタンドマイクの前に立つ。
 
歓声が上がるので手を振る。
 
ちょうど日没となる。
 
太陽は山の陰で分かりにくいものの、空の様子が急速に変わっていく。黒木さんの合図で楽器が前奏を奏で始める。
 
KARIONは、今日のHステージのトリである。
 

最新CDから『ぼくの自転車』を演奏する。この演奏の最中に私たちのパーソナルカラーである、赤・ピンク・青・黄色のディスクホイールを付けた自転車が4台入って来てステージ上を走り回る。これに乗っているのはAPAKの4人である。4人はこのパフォーマンスをかなり練習していたようで、うまくお互い衝突しそうになることもなく、ステージを走り回っていた。
 
演奏が終わった所で挨拶する。
 
「こんばんは!KARIONです」
と挨拶すると、7000人近く入っていると思われる会場からあらためて大きな拍手と歓声が上がった。
 
和泉の短いMCの後、同じく最新CDから『雨のメグミ』『恋はスローイン・ファーストアウト』、更に春に出したアルバムから『長い夏休み』を歌う。
 
この曲では例によって小風が「アクア、君は女の子になれ」という(改変した)セリフを言うと会場は受けていた。この曲では男の子を女の子に改造するため**を潰す音として音源制作ではキハーダを使用しているのだが、貴重な楽器でこういう所には持って来られないので代用品としてヴィヴラスラップを持って来ている。これを鳴らすのは本当は風花の予定だったのだが(男性陣は全員嫌そうな顔をして尻込みした)、政子が「やらせてやらせて」と言って出てきて、楽しそうに鳴らしていた。
 
更にこのアルバムから『待ちくたびれたシンデレラ』と『夏祭りの夜に』を演奏する。前者は葵照子・醍醐春海名義だが、実際は和泉と私の作品、後者は森之和泉・水沢歌月名義だが実際は蓮菜と千里の作品で、名義が逆になっている。
 

ここで和泉がやや長めのMCをして、他の3人との掛け合いもする。その間に和楽器奏者が入って来て、後半最初は『黄金の琵琶』を演奏する。ここには予定には無かったのだが、作曲者の青葉自身も入って来て、一緒にフルートを吹いていた。
 
続けてやはり和楽器を多用した『アメノウズメ』を演奏するが、この曲では青葉はいきなり響美さんからAKAI EWI5000(ウィンドシンセ)を手渡されてびっくりしていたが、即興でこれを吹きこなしていた。
 
その後は過去のヒット曲から『海を渡りて君の元へ』『星の海』と美しい曲を演奏し、最後は6台のキーボードを駆使して派手な『コスモデート』で締めた。
 
このキーボードを弾いたのは、春美(スリーピーマイスの穂津美)、美野里、夢美、響美、Ami(APAK)、青葉の6人である。本当は風花が弾くことになっていたのをその場で青葉に押しつけ青葉は「え〜!?」と言いながらも渡された譜面をほぼ初見で弾きこなしていた。
 
千里にしても青葉にしても、初見や即興に強い演奏者だ。
 
なお、風花は自分はYamaha WX5(これもウィンドシンセ)を持って演奏に参加していた。
 

『コスモデート』の強烈なコーダを演奏し終わり、大きな拍手の中、KARIONと伴奏者が退場する。
 
しかし会場はアンコールを求める拍手である。
 
主催者の進行係さんが「やっていいですよ」と言うのを確認してから私たちはトラベリング・ベルズと一緒に出ていった。
 
和泉がアンコールを感謝することばを言い、そのあと短いMCを入れる。
 
それで私たちは季節外れではあるが大ヒット曲『雪うさぎたち』を演奏する。ヴァイオリン奏者さんたちが美しい彩りを添えている。この曲を書いたのはもう11年も前だ。私は歌いながら色々なことを思い出していた。
 
やがて終曲。拍手をしてくれている聴衆にお辞儀をして全員退場する。
 
再びアンコールを求める拍手が来る。
 
進行係さんに確認してから、KARIONの4人だけで出て行く。和泉が再度感謝のことばを述べた後、私、小風、美空もひとことずつメッセージを言う。
 
『Crystal Tunes』を演奏する。
 
グロッケンは風花が演奏する予定だったのだが、マリが出てきた。ピアノは美野里である。
 
このとてもシンプルでクリスタルな音に乗せて、私たちは美しいハーモニーでこの曲を歌い、この日の演奏を全て終了した。
 

演奏終了後、私たち4人も協力して撤収作業をする。演奏が終わったのが20:15くらいだが、何とか20:30までには、(楽屋内には)ゴミひとつ残さず片付けることができた。
 
私たちは21:00に出演者専用のバスで越後湯沢に移動し、22時から打ち上げを行った。ノリで、青葉・政子・花野子・梨乃も一緒である。琴絵と仁恵は明日のために寝ておくということで、乾杯にだけ参加した。
 

和泉が乾杯の音頭を取って乾杯した後は、自由に飲んで食べてということになる。男性陣は例によって飲み比べをしている。風帆伯母たち和楽器奏者のグループと、和泉が連れてきたヴァイオリン奏者のグループが何だか打ち解けて盛り上がっているようであった。響美は三島さん・土居さんと話し込んでいる雰囲気。夢美は美野里・和泉とどうも芸術論に花を咲かせており、美空と政子は当然ひたすら食べ歩きしている。念のため風花が付いて回っている。
 
私は小風・花野子・梨乃・青葉と5人でのんびりとジュースなど飲みながら食事をしていた。
 
「さっきコスモスから連絡があって『エメラルドの太陽/もっとオブリガード』の音源制作のアクア歌唱の部分も終了したから、高崎市内のホテルでアクアは休ませるということだった」
 
と私は言う。
 
「ハードなスケジュールで動いてるなあ」
と花野子が言う。
 
「伴奏部分は明日再度エレメントガードや他の伴奏者たちにも演奏させて最終的には25日の夕方までに工場に持ち込んでプレス始めるらしい」
 
「歌だけは確定させた訳か」
「今回の場合アクアのスケジュールが鬼畜だから仕方無い」
「ホントに鬼畜だね」
 
「本来なら今夜中に撮影現場の廃校に戻らないといけなかったんだよ。でも疲れがピークに達しているから今夜はぐっすりと快適なベッドで眠らせたいと、紅川さんが監督と交渉して許してもらった。明日早朝から現場に移動する」
 
「アイドルって超ブラックな職業だからなあ」
 
「うん。入院している間だけが休憩の時で、退院したらまたハードなスケジュールで動くなんてアイドルはざらだよ」
と私は言う。
 
「今回の撮影も、他の子だってかなりのハードな撮影をこなしているから、主役のアクアに倒れられると、撮影日程が狂って、更にハードにならざるを得ないからね」
 

「でもアクアは夏休み突入前から撮影やってたんじゃないの?」
 
「うん。毎日学校が終わってからスタジオに入ってアクアと、ケン・ソゴル役の黒山明さん、神谷真理子役の元原マミちゃん、浅倉吾朗役の広原剛志君、福島先生役の沢田峰子さん、それにアクアのボディダブルの今井葉月。この6人でずっと撮影やってた。実は映画の尺の内半分以上が、この5役・6人だけ映っている場面らしい」
 
と私はコスモスや葉月から聞いている内情を話す。
 
「あれ?福島先生って女の人?」
「そうそう。原作では男の先生なんだけど、女の先生に性転換しちゃったらしい」
「まあ、性転換はありがちだよね」
「そもそも主人公が性転換しているし」
 
「あれれ?ボディダブルが必要だってことは、アクア、また二役なんだ?」
「うん。そこまでは言っていいと言われた。それ以上は言うなと言われている。まあ実際私も聞いてないんだけどね」
 
今回はどうもアクアが演じる2つの役が同時に映る場合だけではなく、純粋にアクアの負荷を減らすためのボディダブルとしても葉月(西湖)は使われているらしい。取り敢えず葉月で映像は撮っておいて、アフレコでアクアの声を入れるのである。今日もアクア本人がこちらに来ている間、撮影現場では西湖がアクアの代役を務めて、普通に撮影が行われている。
 

「あ、そうか。予告編で女の子の格好したアクアが一瞬映っていたもんね」
と花野子が言う。
 
「まあアクアに女役もやらせておかないと、世間がうるさいから」
と私。
 
「あれって誰の趣味なの〜?」
と小風が訊く。
 
「誰が主導しているわけでもないけど、アクアには女装させるべし、というのが何となく周囲の暗黙の合意になってるね。本人も嫌がらないし」
 
「嫌がらないというか、むしろ喜んで女の服着てるでしょ?」
と梨乃。
 
「完璧に女装が癖になってるよね」
と私も苦笑しながら言った。
 

打ち上げは遅くまで続いたようだが、私と政子、青葉、花野子と梨乃、それら美空も明日の演奏があるからということで23時で引き上げさせてもらった。政子と美空が「料理残ったら下さい」と言っていたので、海香さんが「あとで全部持って行ってあげるよ」と言っていた。
 
それで私は政子と一緒に部屋に戻り、シャワーを浴びて寝た。ここはスイートルームで、和室部分に私と政子が寝て、ベッドに仁恵と琴絵が寝ている。
 

私は熟睡していたようだが、スマホの着信で目が覚める。海香さんである。それで起きていき、ドアを開ける。
 
「マリちゃんに料理持って来たよ」
とフードパックがたくさん入った紙袋を見せる。
 
「ありがとうございます!でもこんなにたくさん?」
「美空ちゃんにも、これだけある」
と、もうひとつの紙袋を見せる。
 
「凄い。じゃいただきますね」
と言って受け取り、よくよくお礼を言っておいた。
 
それで私は寝室に戻り、政子を起こそうとして、政子がいないことに気づく。枕元のトラベルウォッチを見ると2時である。しかしまあ、こんな時間まで打ち上げをやっていたのか! 私はバスルームとトイレのドアを開けてみたが、誰もいない。
 
仁恵と琴絵は熟睡している。
 
自販機にでも行ったのかなと思い、しばらく起きて譜面の整理をしていたのだが、戻ってこない。あらためて布団の周りを確認すると政子は昼間の服に着替えて出て行ったようで、パジャマが脱ぎ捨ててあり、携帯も持って行ったようである。
 
マーサ、どこに行ったんだ?
 

私はスマホを取って廊下に出ると政子に掛けてみた。10回近く鳴らしたが出ない。よく考えてみたら、そもそも海香さんは政子を呼んでも出なかったので、私のスマホに電話したのだろう。
 
私は腕を組んで考えたが、やがて青葉に掛けてみた。
 
2回鳴らした所で青葉が出た。
 
「おはようございます、冬子さん」
「青葉、夜中にごめん。政子がいないんだ。青葉、政子の波動をキャッチできない?」
 
「ちょっと待って下さい」
と言って青葉は探索してくれているようだ。
 
「このホテルの中にいますよ」
「良かった!」
 
「場所はですね・・・・・12階ですね」
「わっ」
 
私が泊まっているのは14階の女性専用フロアである。
 
「冬子さん、一緒にそちらに行ってみませんか?」
「うん」
 

それで14階のエレベータ前で青葉と待ち合わせた。一緒に12階に降りる。青葉は目を瞑って考えるようにしていたが、右手を指さす。そちらに行く。青葉は時々立ち止まっては、何かを探るようにしていたが、やがてひとつの部屋の前で泊まった。
 
そこは1256号室である。
 
「この部屋の中に居ます」
と小さな声で言う。
 
「誰か友達と一緒にいるのかな?」
と私も小さな声で答えた。
 
「ちょっと戻ってみませんか?」
「うん」
 
それで私と青葉は14階に戻り、そのまま青葉の部屋に行く。ここは青葉と友人の田中世梨奈・上野美津穂さんの3人で使っているが、2人は眠っているようである。
 
青葉は荷物の中から直径4-5cmの水晶玉を取りだした。
 
目を瞑ってその水晶玉を撫でている。やがて青葉はニコッと笑って目を開け、紙に、ある人の名前を書いて私に渡した。
 
「この人と一緒に居ますよ」
 
私は微笑んでその紙を受け取りポケットの中に入れた。
 
「ありがとう。この人と一緒なら問題無い」
と私は言う。
 
「うまく行くといいですけどね」
「まあうまく行ったら行ったで大騒動になるけどね」
 
それで私は青葉によくよく御礼を言って部屋に戻り、安心して眠った。フードパックは冷蔵庫の中に入れておいた。
 

翌朝、私が6時に起きると政子は私の隣ですやすやと眠っていた。起こすのも可哀相なので、目が覚めかけという雰囲気だった仁恵に声を掛けて政子のことを頼んでからひとりで朝御飯に行く。
 
食堂に和泉・花野子・青葉がいた。
 
「サウザンズ凄かったらしいね」
「何かあったの?」
 
「サウザンズは本来なら最終日の夜に登場してもおかしくない格じゃん。でもどうしても枠が足りなくて、サウザンズ、スカイヤーズ、スイートヴァニラズでじゃんけんしたらしいんだよ」
 
「へー!」
「それで負けたサウザンズが2日目に回って、スカイヤーズとスイートヴァニラズは最終日になった。その代わり2日目だから何回でも客が求める限りアンコールしていいということになったらしい」
 
「凄い」
 
「それで樟南さんが、俺たちはアンコールの求めがある限り、無限にアンコールやるぞ!と言って、お客さんも乗って乗って」
 
「何時までやったの?」
「朝5時半」
「え〜〜〜〜!?」
 
「今日は4:44が日の出だったらしいけど、日の出の中のステージは凄く美しかったらしいよ。よし、このまま日没まで演奏するぞ!と樟南さんは叫んでいたらしいけど、主宰者側が今日の日程もあるんで、このあたりで勘弁してと言って」
 
「その間、お客さんもひたすらアンコールし続けたんだ?」
「らしい。だから昨夜19時半から10時間ライブ」
 
「もう演(や)ってる側も、聴いてる側も、精根尽き果てたのでは?」
 
「倒れられたら困るから★★レコードがお客さんにおにぎりとお茶を差し入れたらしいよ」
「それは賢明な判断かも」
 
「それでも、終わった後、立てない客がたくさんいるみたいだから、全員退出し終わるのに2〜3時間かかったりしてね」
 
「伝説になったね」
「うん。これは凄い伝説だよ」
 

やがて小風と梨乃も出てきたので、彼女たちの食事が終わるのを待って一緒にシャトルバスに乗り、苗場の会場に入った。またもや今日も朝一番にGステージに行く。美空は花恋が付いているということだし、政子には琴絵と仁恵が付いているから問題は無いだろう。
 
早朝であるにも関わらず、Gステージはもう半分以上人が入っていた。昨日のアクアのような入場管理はしていないので、最大4万人入れられる状態だ。フェスに来ている主たる年齢層にとってはラララグーンとか、昨日Fステージに出ていたナラシノ・エキスプレス・サービスなどは、若い頃に燃えたであろうアーティストだ。
 
ラララグーンは9時ジャストにステージに登場した。先日のビデオメッセージでは車椅子に乗っていたソウ∽は今日は松葉杖を突いてステージの階段を上ってきた。彼は用意されていた椅子に座る。
 

大きな歓声と拍手があるが、最初にキセ∫がマイクを持って《衝撃の告白》をする。
 
「実はうちのバンドで《ソウ∽》というのは2人いた。ひとりがいつもテレビに出ていた方のソウ∽で、今回ショ÷(しょう)と改名することになった。もうひとり、このじいさんみたいに見えるソウ∽で、まるで60歳くらいに見えるけどこれでもまだ46歳だから」
 
とキセ∫が言うと
 
「え〜〜!?」
「うっそー!?」
という声が上がる。
 
「こいつ高校生時代に部活やってて、引率の先生と間違われたって奴で、若い頃から老け顔だったんだよ」
とキセ∫は言っている。会場から笑い声が多数あがる。
 
「元々ラララグーンはこの年食った方のソウ∽と俺と2人で始めたバンドで、その内ルイ≒(るいじ)とハル√(はると)が加わった」
 
そのあたりの経緯は多くのファンが知る所である。
 
「ところがデビューする時に物凄い問題が起きた。それがソウ∽が無茶苦茶あがり症という問題で、こいつ大勢の観客を目の前にすると足が震えて手も震えて、まともに演奏できなくなるんだよ」
 
この情報はここ一週間の間にネットでかなり拡散していたので、知っている人も多いようである。
 
「それでソウ∽の甥のショ÷(しょう)を影武者に立てることになった。こいつもバンドやってたことあって、当て振りさせると、まあ様になるんだよな。それとわりとトークがうまい。元々親戚だけあって声質も似ているから、それでトークの部分だけショ÷にやらせて、実際のベースと歌は本物のソウ∽がどこか客が見えない場所で演奏することになった。だからショ÷は口パクの当て振り」
 
「まあそれで10年くらいやってきたんだけど、さすがにここ数年はCDの売り上げも落ちてきたし、テレビとかからもあまり声が掛からなくなったし、自分たちの演奏より、若い歌手とかに楽曲を提供したり、プロデュースしたりするような仕事が増えてきた。もう解散しちゃおうかなどという話も出てきたんだけど、解散するなら、ラストアルバム作ってから解散しようという話になった」
 
「そんな時、ソウ∽が結婚を考えていた女が死んじゃったんだよ」
とキセ∫は言う。
 
この言葉に青葉がショックを受けている表情を一瞬見せた。私はそれを見て、もしかして青葉はこのラララグーンの件に関わっていたのだろうかと思った。どうもここ数ヶ月、青葉が私にことさら話せないような仕事に関わっているようだなとは思っていたのである。
 
「そのショックでソウ∽は全く創作ができなくなってしまった。俺たちにしても事務所の社長にしても、ソウ∽の心情が痛いほど分かったから、しばらくどこか温泉にでも行って湯治でもしてこいよと勧めた。それでソウ∽はここ1年近く温泉で湯治していた」
 
「最初は1ヶ月くらいの予定だったんだけど、なかなか気持ちを切り替えられないようで。恋人紹介しようかというと『俺当面女はいいわ』と言うし『何なら可愛い男の娘でも紹介しようか』と言ったけど、『男の子にも男の娘にも興味は無い』というし『いっそお前が女装してみる?』と言ったけど、ハマったら怖いから辞めとくといって。そんなことしている内に1年近く経った」
 
「それがこないだ、こいつ、道路でツキノワグマに遭遇してびっくりして転んで骨折しちまって」
 
というキセ∫の発言に会場からは
「きゃー」
とか
「ひぇー」
という声が出る。
 
「幸いにもそこに車が通りかかってその音に驚いたのかクマは逃げたんで、ソウ∽は助かったんだけど、骨折は全治2ヶ月くらいらしい。その通りかかった車に看護婦の卵みたいな人が乗ってて、その人の応急処置が凄く適切だったんで、軽く済んだらしい」
 
「良かったね!」
という声が会場から掛かった。
 

「そしてふざけた話なんだが、その骨折のショックでこいつ、また曲が書けるようになったんだよ」
 
とキセ∫が言うと拍手が湧き起こる。
 
「そのついでに、俺もしかしたら人前で演奏できるかもと言い出すからさ、それでもう影武者はやめることにして、ここに連れてきた。でも、こいつ人前でも演奏できるかも知れないけど、たくさんの人を見ちゃったら足が震えるかもと言うから、こうすることにした」
 
とキセ∫は言うと、はちまきを取り出し、ソウ∽の目の所を覆うようにして巻いてしまった。会場から笑い声が起きる。
 
「まあそれで今後は年寄りソウ∽はベース&メインボーカル、若い方のショ÷はトークとタンバリン担当ということで行くことにしたから」
 
とキセ∫が言うと、また拍手が起きた。それでショ÷が出てきて挨拶する。
 
「そういう訳で、俺、偉そうにしてたけど、ただの影武者だったのを、取り敢えずトークとタンバリンあるいは手拍子担当ということでラララグーンの正式メンバーに入れてもらったんで、頑張ります」
 
と言うと、これも拍手が起きていた。
 

ここまでの説明で5分ほど使ってしまったのだが、それで演奏に入る。最初はその復活したソウ∽が書いた新曲からであった。
 
ソウ∽は椅子に座ったままベースを弾き、力強い声で歌う。見た目は60歳くらいでも声はまだ30歳でも通るくらいに若い。46歳ということは36歳のキセ∫より10歳年上なのだろうが、歌声だけ聞いたらむしろキセ∫より若く感じるほどである。それ故に今まで影武者がバレなかったのであろう。
 
私はこの人、日々物凄い練習をしているのではと思いながら演奏を聞いていた。
 
ラララグーンはこのあと、ショ÷とキセ∫が掛け合うようにしてトークを入れつつ、8曲を演奏して1時間のステージを終えた。最後はソウ∽も目隠しを取ってから、松葉杖を使って立ち上がり観客に手を振っていた。
 

私たちはラララグーンの演奏が終わると、いったんパフォーマーズ・スクエアに行き、ローズ+リリーの控え室に入る。
 
まだ時刻が早いので、来ていたのは甲斐窓香だけである。彼女がお茶とクッキーを出してくれるので、それをつまみながら、青葉・和泉・小風・花野子・梨乃といったメンツで窓香も入れて7人でおしゃべりしていたら、ふらりと雨宮先生が入って来た。
 
「なんかお酒無い?」
といきなり言う。
 
「ビールでもよければ」
と窓香が言う。
「ああ、それでいいや」
と雨宮先生が言うので、窓香が冷蔵庫からヱビスビールを出してくる。
 
「おお、なかなか分かっているじゃん」
「ヱビスがお好きですか?」
「私は本当はドイツビールしか飲まないんだけどね。日本のビールでもヱビスは好きだよ」
「なるほどー」
 
「もしかしてモルトとホップだけで作られたビールがお好きですか?」
と和泉が尋ねる。
 
「それ以外はビールじゃなくて、ビール飲料だよ。バドワイザーなんてただのジュース」
 
「え〜?バドワイザー好きなのに」
と和泉。
 
「だったら国産ならヱビスとかプレミアム・モルツとか一番搾りとか」
と花野子が訊く。
 
「プレミアム・モルツはまあまあかな。一番搾りは残念賞だな」
「厳しいですね」
 

「先生は今日は誰かのスタッフですか?」
と私が尋ねる。
 
「Hステージのトリを務めるラナ・クリスタルのね」
「ラナ・クリスタルに関わっておられるんですか?」
「あの子は元々私がプロデュースして売り出したのよ」
「それは知らなかった」
 
「あの子は場末のスナックで歌っていたんだよ。それをたまたま私が見つけてね。You can be big.と言って、知り合いのレコード会社の制作者の所に連れて行った。それで開花したんだよ」
 
「へー」
 
「あっ。彼女の曲の多くを書いている Woody A. Castle というのが雨宮先生ですか!」
「そうそう。雨宮三森の宮と森から Woody Castle. Aは雨宮のA。実は最初は雨と森からRainy Woodと名乗ったんだけど、別の日本人と間違えられ、ひっくり返してWoody Rainにしたら今度はWoody Allenと間違えられるからCastleにした」
 
「なるほど」
 
「ラナの曲って、歌詞は本人が書いていますよね?」
「アメリカでは歌詞は歌う本人が書くのが基本。だから作詞家という職業が存在しない」
 
「あ、それは聞いたことある」
 

「でも今日のHステージはさ、代理戦争だね」
と雨宮先生は面白そうに言う。
 
「代理戦争?」
「このラインナップを見てごらんよ」
 
と言ってタイムテーブルのHステージの所を見せる。
 
1000-1030 山森水絵
1100-1130 南藤由梨奈
1200-1300 貝瀬日南
1330-1430 ミラーミラー(ベルギー)
1500-1600 ゴールデンシックス
1630-1730 AYA
1859-1959 ラナ・クリスタル(アメリカ)
 
「山森水絵は鴨乃清見、まあこのメンツは知っていると思うけど醍醐春海と私と鮎川ゆまが中心。南藤由梨奈は鮎川ゆまだけど楽曲は上島とヨーコージ、つまり蔵田とケイ、貝瀬日南は上島と秋穂夢久。これもこのメンツは知ってそうだけど実はマリ&ケイ、ゴールデンシックスは醍醐春海、AYAは上島雷太、そしてラナ・クリスタルは私。新旧のトップ・プロデューサーの戦いだよ」
 
と雨宮先生は言った。秋穂夢久の正体は貝瀬本人も知らないのだが、ここにいるメンツは全員元から知っていたようである。
 

私もあらためてこのラインナップを見て凄いと思った。ミラーミラーを外してプロデューサーの名前で書けばこうなる。
 
鴨乃清見(千里・ゆま・雨宮)
鮎川ゆま・上島・蔵田・ケイ
マリ&ケイ・上島
醍醐春海(千里)
上島雷太
雨宮三森
 
「ゆまも千里も頑張ってるし。私も頑張らないといけないです。まだまだ上島先生にも蔵田さんにも雨宮先生にも全然かなわないですけど、少しでも追いつけるといいのですが」
 
と私は言ったのだが、雨宮先生は
 
「ケイはそういう発言を本気でしているのか、優等生的おべんちゃらで言っているのか分からん」
と言う。
 
「え?何か変でした?」
 
「醍醐春海なら、私や上島・蔵田は早々に引退するかスキャンダルで失脚するだろうから、自分が主役になりますよと言う」
と雨宮先生。
 
「ああ、千里ならそう言いそうだ」
と花野子も言っている。
 
「雨宮グループって、そのあたりがお互い遠慮無い感じですね」
と小風。
 
「そうそう。蔵田グループは、ケイにしてもプリマヴェーラにしても松原珠妃にしても、良い子すぎるんだよ」
 
と雨宮先生は言った。
 
「あれ?上島グループって感じのミュージック・プロデューサーとか作曲家っていませんよね?」
と梨乃が言う。
 
「山折大二郎がいるけどね」
と雨宮先生。
 
「ああ・・・」
「演歌の人か」
「上島は弟子にしたつもりはないけど、本人は上島の弟子を自称している」
 
私はつい吹き出した。
 
「何か言いたそうだね、ケイ」
「いえ、雨宮先生の弟子は逆にみんな先生の弟子だというのを否定しますよね」
「まあ、教育がいいからね」
「でもそんなこと言ってるくせにすごく団結力がある」
 
「また本気なのか、おべんちゃらなのか分からん発言をするし」
「いえ本気ですよ」
「はいはい」
 

ゴールデンシックスのメンバーは11時からリハーサルをするということで練習用スタジオに行った。私と政子、青葉や小風もそちらに見学に行った。
 
今回のゴールデンシックスのメンバーは
 
Gt.梨乃、KB.花野子、B.美空、Dr.長丸香奈絵、Vn.長丸穂津美、Fl:布施恵香
 
となっている。布施(旧姓大沢)さんはゴールデンシックスの元になったDRKのメンバーで北海道在住。千里とは幼稚園の頃からの友人という。千里がオリンピックのため南米に行っていて出られないので代わりに頼むと言われて北海道から出てきてくれたらしい。
 
彼女は久々の道外と言っていた。
 
「結婚すると、なかなか動けなくて。今回も旦那はぶつぶつ言ってたけど、ギャラの金額聞いて、突然機嫌が良くなった」
 
「ご飯とか大丈夫ですか?」
と窓香が訊くと
「カップ麺を20個に、サトウのごはん、レトルトカレーまで置いて来たから大丈夫」
などと恵香は言っていた。
 

ゴールデンシックスのリハが終わった後、同じスタジオでローズ+リリーのリハーサルを行った。
 
「私たちは6人しか居ないけど、そちらはデュオのはずが凄い人数だ」
などと花野子が言っている。
 
「何人いるんだっけ?」
とマリが尋ねる。
 
「うーん。30人くらいかなあ」
と私が言ったが
 
「マリさん・ケイさんまで入れて33人です」
と氷川さんが即答する。
 
さすが氷川さんだ。
 
このリハーサルでは、風花がマリの代りに歌唱する。風花はKARIONの演奏要員で、KARIONのステージには立つもののローズ+リリーのステージには参加しないのでローズ+リリーのリハでマリの代理が務められるのである(音源制作ではフルートやクラリネットを吹いたりキーボードを弾いたりもしてくれている)。
 
政子自身はポテチなど摘まみながら、楽しそうに眺めていて氷川さんなどと言葉を交わしていた。
 

リハーサルの後は、和泉たちはゴールデンシックスとその後のAYAのステージを見に行くと言っていたが、私と政子は控え室に戻って仮眠を取った。
 
16:30に目を覚まして軽く食事を取る。政子は例によって「量が少ない」と文句を言い、氷川さんから「本番前はあまり食べたらダメです」と言われていた。
 
控え室を出て、政子と2人で、氷川さんの運転するカートに乗り会場に向かう。17:20にGステージに到着した。
 
もう既に前の演奏者は撤収しており、ステージではこちらの楽器の設置・接続確認作業が行われていた。ステージ上には赤い薔薇の写真を貼った衝立と、白い百合の写真を貼った衝立が立っている。マリが立つ上手側に薔薇、ケイが立つ下手側に百合という「逆配置」になっている。
 
私たちが行った時点で伴奏者も7〜8割集まっていた。一応集合時刻は17:30である。
 
「昨日のKARIONより早い時刻のスタートだね」
と政子が言う。
 
「うん。昨日のKARIONは日没スタート。今日のローズ+リリーは日没エンド」
「なるほどー」
 

17:55。伴奏者が全員ステージに上る。所定の位置に付き、各自自分の音がちゃんと出るか確認、また最終的な調弦などもする。伴奏者の今日の衣装は白い地に赤で Rose + Lily Naeba 2016 と染め抜かれたポロシャツに、下は女性は白いスカート、男性は白いズボンである。念のため
 
「女性でもズボン穿きたい人はズボンでいいですし、男性でもスカート穿きたい人はスカートでもいいですよ」
 
と言ったら、鮎川ゆまが
「僕はスカートにしとこうかな」
などと言ってスカートを取っていた。ノリで鷹野さんが
「じゃ俺もスカートにしようかな」
と言ったものの、鷹野さんが入るようなスカートは無く「残念」と言っていた。彼はウェストが82cmである。
 
「おたかさん、自分に合うスカートが無いことは分かってて言ってるでしょ」
と七星さんから言われていた。
 
「今度はおたかさんのウェストでも入るスカート用意しとこうかな」
と七星さん。
 
「スカート穿くなら、すね毛は剃っておけよ」
と近藤さん。
 
「スカート穿くなら***も切っておけよ」
と酒向さん。
 
「それはちょっと考えさせて」
 
しかし花野子にも言われたが物凄い人数である。演奏者以外にも主宰者側のスタッフ、★★レコードや○○プロのスタッフもいる。主宰者のスタッフは青いシャツに女性は同色のショートパンツ、男性は長ズボン、★★レコードのスタッフは黄色いシャツにやはり同色のショートパンツあるいはスカート、男性は長ズボン。女性でスカートの人とショートパンツの人がいるのは好みの問題か。○○プロの人たちは白いワイシャツやブラウス姿で腕にスタッフの腕章を付けている。
 
しかし、これだけ居ると無関係の人が1人くらい混じっていても分からないよなあと私は思った。
 
17:59、私と政子はステージへの階段を登る。
 
こういう時、もともと政子が私の左側に立つので、政子が先に立ち、私がその後に続く形になる。
 
物凄い歓声と拍手である。
 
私たちがもうすぐステージ中央にたどり着くという時、NAEBA 2016 と染め抜かれた青いシャツを着た24-25歳くらいの女性がひとりステージ後方から歩いて私たちの方に向かって歩いて出てきた。私はマイクの調整か何かするのかなと思った。
 

その時、突然私の脳内に青葉の
 
『マリさん、ケイさん、逃げて!!』
という声が響いた。
 
へ?
 
そして次の瞬間、私たちに向かって歩いて来ていたスタッフのシャツを着た女性が果物ナイフのようなものを取り出すのを見た。その女性がナイフを構えたまま、マリに向かって突進する。
 
ところが、マリは突然何か見えない壁にでもぶつかったかのように止まった。というより跳ね返された。
 
マリが私の方に倒れてきたので、私がマリを支える形になる。
 
そしてマリに向かってきた女性は目標が不規則な動きをしたことで目測を誤り、マリの目の前を走り抜けて、そのままステージ下に落下した!
 

異変に気づいたのは前の方に居た観客だけだと思う。
 
ステージ下に居た警備員さんが駆け寄り、ナイフを取り上げ、女性を拘束して会場外へ連行して行った。代わりに数人の別の警備員さんがステージ下に走り寄ってきて、警戒に当たってくれた。
 
青葉、七星さん、風帆叔母が駆け寄る。他の人は動かないようにと、ゆまが制止してくれた。
 
「マリ、大丈夫?」
と私は声を掛ける。
 
「大丈夫。でもホントに目の前を走り抜けて行った!びっくり」
 
「怪我してない?」
と言って私はマリを後ろを向かせ、服をめくって目視する。風帆叔母と七星さんが壁になってくれた。
 
見たところ大丈夫のようである。青葉も
「怪我は無いようですね。波動の乱れがありません」
と言う。
 
ステージ脇から進行係さん、風花、氷川さん、窓香が駆け上がってきた。
 
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。演奏を始めます」
 
「お願いします!」
 
氷川さんもマリの身体をチェックして怪我は無いようだというのを確認。それで演奏を始めることになった。
 

「お騒がせしました。演奏を始めます」
と氷川さんがスタンドマイクに向かってアナウンスした。青葉たちも自分のポジションに戻る。更に氷川さんは付け加える。
 
「お客様に念のため再度お願いします。携帯・スマホ・タブレット・デジカメ・ボイスレコーダーなどの電子機器をお持ちの方は確実に電源を落としてください。この曲を福島で演奏した時は、スマホが壊れた方も多数ありました。ちなみにこの曲の音源制作をした時もスタジオの機器が大量に壊れました」
 
客席でポケットやバッグからスマホを出して電源を確認する客が結構いた。氷川さんのこのアナウンスで、一部の客は、さっきのは違法撮影か何かしようとしていた客が警備員に連れ出されたのかなとも思ったようで、かえってきちんと電源を落としてくれたようであった。
 
それで氷川さんたちはステージを降りる。制服を着た警備員さんが2人入れ替わりに登ってきて、下手脇と上手脇に立ってくれた。
 
 
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【夏の日の想い出・影武者】(3)