【春からの生活】(6)

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父と一緒に東急で渋谷に戻ってから別れ、事務所に行った。そして結局S学園に入ることにしたこと、3年間女子高生生活をすることになったことを報告した。
 
「女役の修行のために女子高生生活か!」
「凄い理由での女子校就学を認めてもらったもんだね」
 
とコスモス社長やワルツなども驚いていた。
 
「私も父が突然そんなこと言い出すからびっくりしました」
「事前にお父さんとは話してなかったんだ?」
「聞いてませんでした」
 
「でも確かに、若い頃の柳原蛍蝶さんの女形は物凄く美しかったらしいね。映像が残ってないのが惜しいと言ってた人もいたよ」
「私も写真でしか見たことないんですよねー」
と西湖も言った。
 
せっかくJ高校に入れるようにするために醍醐先生に骨を折ってもらったのに申し訳無いというので、醍醐先生にはコスモスが電話して謝罪。むろん途中で西湖に替わってよくよく謝った。
 
「こちらは全然問題無い。何も実害は無いし。でも3年間女子高生するのもいいかもね。西湖ちゃんなら破綻無く女子高生を演じられるよ。頑張りなよ」
 
「はい!」
と西湖は明るい声で答えた。
 

コスモスと西湖から連絡を受けた千里は千石一美に電話して、骨を折ってもらったのに辞退になってしまい、申し訳無いと謝った。
 
「J高校に合格させてもらったからS学園に辞退の連絡をしたつもりが、うっかり間違って、J高校の辞退手続きをしてしまったんだよ。両親物凄く忙しくてさ。J高校の面接に行ったのは、お父ちゃんだけど、辞退の手続きをしたのはお母ちゃんで、事情が把握できていなかったし、両方の学校の名前がごっちゃになってしまって間違ってしまったみたい」
 
「ああ、そういうことだったのか。結局辞退という話で、私もうっそー!?と思ったんだよ。でもその後、編入者があって定員いっぱいになってしまったんだよね。1年間我慢して来年度編入という手もあるけど。親の転勤とかでどうしても退学者は出るんだよ。それで枠が空くと思うから優先的に確保するようにしてもいいよ」
 
「途中で学校変わるのはまた授業の進行度の違いとかで大変だし、もう諦めて3年間女子高生をすると言っているから、そのままで」
「OKOK」
 
「ところで買ってしまった、教科書・内履き・通学靴・体操服とか、返品できないよね?」
「制服はネームも付けているし無理だけど、それ以外は未使用なら引き取れるよ。持って来て」
「じゃ事務所の人に持っていかせるよ」
「うん。こちらで処理して返金する」
「ほんと、手数ばかり掛けてごめんね」
「大丈夫だよ」
 

それで千里は桜木ワルツに連絡し、西湖が買ってしまった教科書や体操服を返品してもらうことにした。それで西湖に持って来させて内容を確認する。
 
「どれも特に傷んでないね」
「全然触ってませんから」
 
念のためワルツはひとつひとつ確認していた。
 
体操服を(透明な包装の外から)見ていた時、ワルツは気付いてしまった。
 
「この体操服さ、胸の所に内張がある」
「え?」
「これは多分ブラジャーの線が外に見えないようにするためのものだと思う」
「男子もブラジャーするんでしたっけ?」
「そんな訳ない。これは女子用だよ」
「え〜〜!?」
「だから、SじゃなくてMだったんだよ」
「そういうことか!」
 
「このローファーも内側が派手模様なのは女子用だからじゃない?」
「あはははは」
 
「でも、メンズの靴だと25cmくらいからしかないから、どっちみち私は女子用でしか合わなかったかも」
 
「あんた何cmだっけ?」
と言いながらワルツはその返品するローファーを見ている。
 
「22.5cmです。実はアクアさんと同じです。本当は22cmでもいいんですが、3年間使うから余裕があった方がいいと言われて」
 
「22cmなら女子でも小さい方だ」
「小学生の頃は低い年齢用のを履いていたんですけどね〜。最近は女子用ばかりでした」
「ああ、サイズの小さい人も大きい人も、みんな苦労してるんだよ」
 

3月29日の午後、先日逮捕された人たちの中で、上島雷太を含む数名の有名人が処分保留のまま釈放された。
 
今日釈放された数人は、名義を貸しただけで一切具体的な取引には関わっていなかったことが、明らかになったため、罪が軽いと判断されたようであった。
 
上島は夕方、弁護士と一緒に都内のホテルで記者会見を開いた。
 
そして安易に名前を貸して結果的に広告塔のような役割をしてしまったこと、関係各方面に多大な迷惑を掛けたことを謝罪し、音楽活動を無期限で自粛。ワンティスからも辞任すること、当面公の場などには出ず、謹慎することを述べた。
 
記者達から厳しい質問や批判の声があり、上島はひたすら謝っていた。
 

青葉は3月14日に出てきて以来、ずっと大宮に滞在していて、その間にアクアの新曲記者会見に出て、千里の結婚式、千里の義兄になった太一の結婚式に出席しているものの、ここの所ずっとひたすら曲を書いている。
 
今年はかなり大量の楽曲を書かなければならないのが確定的なので、誰か定型詩を書くのがうまい人がいないかと、友人たちに照会していたら、東京外大に通っている日香理が
 
「もし私が書いている詩でも良かったら使える?」
 
と連絡してきた。幾つか送ってもらったら、けっこう良いものを書いている。ただ幾つか問題のある詩もあった。
 
「基本的にメッセージソングは困るんで、毒にも薬にもならない詩がいいんだよね。恋とか自然を歌った歌がいい」
 
「そっかー。お金になるのはそれだよね」
 
「もし良かったら、取り敢えずそういうノンポリな詩を10個くらい送ってくれない?1本3万で買い取るから」
 
「3万もくれるの?」
「買取りならね。それでリリースした楽曲が3000枚以上売れた場合は、印税方式の方が有利。でも3000枚も売れるのはごく一部の有名アーティストに限られる。多くのCDは数百枚も売れない」
「買取りでいい!」
 
上島先生は大物歌手に渡す物以外はほぼ買い取り制(しかもかなり安価)にしていたので、代替曲も作家が特にこだわらない限り、基本的には買い取り方式で行く予定である。
 
「長さとしては、二部形式16小節、サビ16小節、二部形式16、サビ16、サビ16という感じ。だから七五七五×4のパターンが5回繰り返される。二部形式の部分とサビの部分は雰囲気を変えてもらいたい」
 
「二部形式ってAABAだよね?」
「そう。だから3行目は1,2行目と感じを変える」
 
「分かった!既存の詩をその長さに調整していいよね?」
「未発表の詩であったら問題無い」
「じゃ書き上げたら随時送る」
「よろしく」
 

4月2日(月)には東京辰巳国際水泳場に行き「第94回日本選手権水泳競技大会」に参加する。今回も圭織に監督をお願いした。青葉が参加するのは女子800m,1600mの自由形と女子400m個人メドレーである。この3つの競技にはジャネも参加する。
 
この大会は第18回アジア大会(8/18-9/2)代表選手と第13回パンパシフィック大会(8/9-12)代表選手の「第1次選考会」を兼ねている。このあと5/24-27に行われるジャパンオープンが「追加選考会」となっていて、代表は両大会の成績から「総合的な判断により選考する」ことになっている。両大会の代表は、ほぼ同一メンバーになるものと思われる。
 
青葉が参加した競技は下記である。
 
3日女子800m自由形予選
4日女子800m自由形決勝
5-6日は参加競技無し
7日女子1500m自由形予選
8日女子400m個人メドレー予選
8日女子1500m自由形決勝
8日女子400m個人メドレー決勝
 
8日がなかなかハードである。
 

実際には青葉は3つの競技全てで決勝に進出したが、800m自由形では4位、1500m自由形では3位、400m個人メドレーでは5位であった。この3つの競技でジャネは全部優勝したので、おそらく日本代表に選出されるだろう。インカレで青葉と争った永井が、800mで3位、1500mで2位、400m個人メドレー4位とと全て青葉より1つ上であった。
 
1500mでは1位がジャネ、2位が永井、3位が青葉で、メダルを掛けてもらってから、青葉は隣の段のジャネとハグし、向こう側の段の永井と握手して、喜びを分かち合った。
 
8日の夜、競技が終わった後で、また青葉・圭織・ジャネの3人で焼肉屋さんに行き、打ち上げをした。
 
「青葉も次は違う色のメダルを狙いたいな」
「私、あまりハマり込みたくないんですけどー」
「退部届けはどうなってんの?」
「保留されたままです」
「あははは。それは卒業するまで保留のままだな」
 

4月2日の午後、川崎のレッドインパルスの体育館に1軍選手たちが集まり、今年度の《ティップオフ》をおこなった。球団代表、ヘッドコーチ、アシスタントコーチのお話があり、その後、16名の選手がひとりひとり誓いの言葉を述べた。その後、広川主将が音頭を取ってサイダーで乾杯する。
 
「新しいシーズンを新たな気持ちで頑張ろう!」
 
それでピザ、チキン、サンドイッチ、ケーキなど、軽く(?)おつまみを食べながら歓談した後、今年度最初の練習で夕方まで汗を流した。
 
首脳陣は「籍だけ置いて休部」ということにした“村山十里”が午前中に行われた2軍の《ティップオフ》には現れなかったので少し心配したのだが、こちらにはちゃんと“村山千里”が現れて、元気そうだったので、ホッとした。
 
山笠コーチが夕方、“2軍の千里”に電話し、在籍のままでいいことを再確認したが、その時、本人の要請に基づいて登録名を“川島十里”に変更した。結局“村山十里”は8ヶ月間だけ存在したことになる。山笠は“細川十里”に変更してと言われるかもと思っていたので意外に思った。そして川島って誰なんだろう?と首をひねった。
 

レッドインパルスの《ティップオフ》が行われた4月2日。
 
“村山十里”こと千里1は実際には自分でも青葉に言っていた通り、頼まれた10曲の内最後の曲を書きあげて送信すると、そのまま倒れ込んで布団の中で爆睡した。15時頃、千里が本来の約束時刻13時に来ないので様子を見に来た信次が睡眠中の千里を“発見”し、一緒に千葉に移動した。山笠コーチからの電話はその移動中に受けた。
 
千里がアパートを出た後、眷属たちによる“お引越”が始まった。
 
まず楽器類、作曲用のパソコン、ハードディスク、プリンタなどの類いをまとめると、《くうちゃん》が一気に千葉のマンスリーマンションに転送してしまった。精密機器が多いので車で運ぶとトラブルが発生するのではということになり、《くうちゃん》に頼むことにしたのである。マンションでは「眠いよー」と文句を言っていた《せいちゃん》を召喚して配線をさせる(機械音痴の千里にできる訳が無い)。
 
《きーちゃん》が軽トラを借りて持ってくる。《きーちゃん》は『忙しいから御免』と言って軽トラを置いて帰っていった。寝具・書籍などをその荷台に載せ、《いんちゃん》が運転して経堂まで1km程度の距離を2往復して、移動させる。
 
その後、和服を含む衣類はタンスごと荷台に載せてしまう。化粧品やシャンプーなどの類いは女性眷属が個別に包装して段ボールに詰める。それでまた《いんちゃん》が運転して、千葉の信次の実家近くの時間貸し駐車場に駐める。ヤマゴ経由で千里に連絡したので、明日朝千里本人が回収するであろう。
 

その後、お掃除に入る。
 
換気扇・ガス台の掃除は《げんちゃん》、エアコン・空気清浄機・冷蔵庫・洗濯機の掃除は《りくちゃん》がして、他の3人で、天井・天袋などの掃除、押し入れの掃除などをする。これが明け方頃終了するので一休み(眷属だって休まなきゃ稼働できない)して、その後、男3人で畳の表替え、女2人で襖の張り替えをした。夕方頃どちらも完了するので、最後に窓掃除、居室の掃き掃除、台所の床掃除をして完了である。
 
「お疲れ様!」
「掃除機はどうするの?」
「しまった!これは千葉のマンションに持っていくんだった!」
「面倒くさいから放置しない?」
「そうだ。忘れたことにして放置しよう」
 
と言って、眷属たちはフィルターを交換し、表面をきれいに拭いてから、掃除機は押し入れに放置して、ゴミは桃香の所に持っていって!ミッション完了したことにした。
 

「ところでここにこの後、入るの誰なの?」
「ここは京平君の神社だから、誰か住んでないといけないんだよな」
「誰でもいい訳ではなく男の娘でないといけない」
 
「ああ、それが貴人がちょうどこの近くに引越先を探していた高校生の男の娘を見つけたんで、その子に住んでもらうことにしたらしい」
「それはまた都合良く、そんな子が見つかったもんだな」
 
「俺たちはここに来てもいいんだよな?」
「もちろん。所有者は千里だから、いつでも来て“食事”していいらしい」
「じゃ問題無いな」
「青龍はどうするの?」
「退職するまでの1ヶ月はホテル暮らしだと」
「ホテルに帰れるのかな?」
「それがかなり問題だな」
 

千里1は疲労が激しかったので、結局4月2日は千葉の信次の家に辿り着き、康子に「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」と挨拶すると、そのまま布団に入ってすやすやと眠ってしまった。
 
「やはりソフトの仕事って大変なのね!」
と康子は言っていた。
 
なお禁欲中なので信次は別の部屋(兄・太一の部屋)に寝ている。別の部屋に寝ているので康子が心配したが、体外受精実行までは禁欲中なのでと説明するとホッとしていた。
 
3日はヤマゴからの指示で近くの駐車場に駐めてあった軽トラを自宅前まで運転してきて、タンスの類い、段ボールなどを、千里と信次の2人で家の中に運び込んだ。
 
「千里ちゃん、力があるのね!」
と康子が驚いていたが
「一応バスケットボールの選手なので。インターハイとかにも出ましたから」
と言うと、感心していた。
 
その後、段ボールを開けるのは保留して信次と一緒に仙台市に向かい、産婦人科で代理母をしてくれる女性と面会した。中国人で潘さんという人である。自分の子供を既に3人産んでおり、代理母も今回が3回目ということであった。穏やかな性格で、とても人の良さそうな人だったので、千里たちも安心した。
 
仙台市内のホテルに1泊し(この日も万が一にも射精したりしないように別々の部屋!に泊まった)、4日の午前中に一緒に病院に行き信次の精子を採取する。信次が採精のあと、スッキリした顔をしているのを見て微笑んだ。
 
そして検査の上で、前日に採取した桃香の卵子と受精させた。
 
その受精の瞬間、千里は桃香に対する嫉妬の気持ちが起きたので、ああやはり自分は信次のことが好きなんだなと再自覚した。
 
ふたりはその日のお昼の新幹線で東京に戻った。
 

一方桃香は3日の朝仙台に入り、入院して検査を受ける。夕方卵子の採取を行って、その日は病院で1泊する。そして朝異常がないのをチェックしてから退院になり、10時の新幹線で東京に戻った。病院の方針で千里たちとは顔を合わせていない。
 
12時前に東京に着き、朱音の所から早月を回収する。13時半に東京に戻ってきた千里・信次と合流し、一緒に遅めのお昼をたべながら、今日受精させた子供が育つことを祈った。
 
それで早月と一緒に経堂のアパートに戻ったのだが、室内に大量のゴミがあるのにギョッとする。
 
「桃香ごめん。引越のゴミをここに置かせて」
 
という千里の字(実は千里2の字)のメモがあったので、桃香は腕を組んで悩んだものの、千里の本棚とか寝具まで室内にあるのに気付き、千里はやはりこちらに時々来てくれるんだな、と解釈した。
 
「千里〜、早く離婚して戻ってこいよ」
 
などと桃香は言いながら、日本酒を熱燗にし始めた。
 

4/2 千里3が1軍のティップオフに出る
4/2夕方 千里1が千葉へ
4/2夜 眷属たちによる“お引っ越し”開始
4/3 桃香は朝から仙台に行き入院
4/3 千里1、信次と一緒に仙台に行き代理母さんに面会
4/3 夕方 桃香の卵子採取
4/3 夕方 眷属たちによる引越・清掃完了
4/4 桃香退院して東京に戻る。10:07→11:44
4/4 AM 信次の精子採取→受精
4/4 昼 千里1・信次東京へ。11:57→13:32
4/4 西湖が用賀に引っ越してくる
4/6 受精卵を潘さんの子宮に投入
 

2018年4月1日(日).
 
西湖は桜木ワルツに付き添ってもらい、世田谷区のS学園に行った。
 
もちろん女子制服に身を包んでいるし、下着も全て女物、胸はブレストフォームを貼り付け、股間はタックして女体偽装している。西湖はこれから3年間は身も心も女子高生として過ごすことになる。
 
この学校では昨日3月31日(土)に中等部のオリエンテーションが行われ、今日が高等部のオリエンテーションである。
 
西湖の両親はこの日が舞台の千秋楽なので来られない。それで桜木ワルツが保護者代わりに付き添ってくれたのだが、ワルツは実際問題として1月以来ほんとに西湖の保護者のような感じになっていた。
 
「私を本当のお姉さんと思っていいからね」
とワルツは言っていた。
「そう思わせてください」
「じゃ、あんたは私の可愛い妹ということで」
「そうか。私は妹なんですよね」
「うん。弟ではない」
 
ここは中規模の学校である。定員としては中等部1学年210人、高等部1学年270人で、中等部は35人学級×6、高等部は内部進学組が進路別に6クラス(20-50人)、高校募集組が35人学級×2となっている。ただし実際には定員一杯にはなっておらず、現在中等部580人、高等部770人くらいらしい。
 
私立の中学高校では学費が払えなかったり、授業に付いていけなくなったりして退学していく子がだいたい1割ほど出ると言われるのだが、ここは私立にしては学費が安い上に親の年収による減免制度もあり、また授業の水準が低い!ので、逆に他校から転校してくる子がいて中高ともに上の学年の方が人数が多いという。
 
(芸能人や音楽家などになったOGがたくさん寄付してくれるので学費を安くすることができるらしい)
 
西湖は「天月聖子(あまぎせいこ)」の名前で4年7組に入れられていた。7組は芸術は音楽の選択、8組が美術と書道である。西湖は音楽に入れてもらって良かったぁ!と思った。
 
今日のオリエンテーションに出てきているのは、高校募集組の70人のはずだが実際には62人という話であった。合格した後辞退した子がいて二次募集もしたらしいのだが、それでも人数を割り込んでしまったらしい。ちなみに今年は入試で落ちた子は居ない!という話であった。
 
西湖はもし自分が「女子でないから」という理由で落とされていたら、唯一の不合格者になっていたかもと考えて冷や汗を掻いた。
 

校長先生の挨拶の後、教頭先生が色々とこの学校に関する説明をしたが、皆さんの中には中学の授業に付いていけずに苦労した人もいるかも知れないが、うちの学校は国語の古典・漢文、英語、数学、理科については学級とは独立した習熟度別に編成したクラスで授業を行うので、中学1年からやり直す気持ちで勉強して欲しいと言っていた。西湖は、それいいなあと、またこの学校が好きになった。
 
今日来ている生徒はもちろん全員女子である。
 
付いてきている保護者もお母さんが多いが、少数お父さんが来ている子もいるようだ。そのお父さんたちは全員写真入りの保護者証を首からぶらさげている。お母さんたちはそのようなものを付けていないので、男性の入構者をコントロールしているのだろうと西湖は思った。
 
生徒はほぼ全員が標準服の冬服を着ている。私服の子が何人かいるが、製作が間に合わなかったのか、あるいは私服通学の予定なのか。
 
教務主任からカリキュラムの説明、生徒指導主事から校則の説明などがあり、生徒会長から生徒会活動と部活動についての説明もあった。入学担当の先生からこの後、会場で購入してもらいたいものの説明があった。
 
一通りの説明が終わった後、順番に生徒手帳用の写真撮影をした。その後、教科書購入の所に並んでいたのだが、いくつか人だまりができている。見ると、アイドル歌手の田川元菜、FireFly20の酒井水希、ドラマで活躍中の女優・稲川奈那である。
 
「すごーい!サインが欲しい」
などと西湖が言うので
「あんた、自分が芸能人であることを忘れている」
とワルツから言われた。
 
むろん学校ではサイン禁止である。
 

教科書は重いのでワルツが車に持っていってくれた。それで西湖がひとりで体操服購入の所に並んでいた時、トントンと肩を叩かれる。
 
「おはようございまーす」
「おはようございまーす」
とつい業界習慣の挨拶を交わす。
 
あまり売れているとはいえないグループアイドル“Flower Lights”の立花紀子ちゃんである。
 
「知ってる顔があって嬉しい」
と紀子。
「覚えて頂いていて光栄です」
と西湖。
 
「だってリハーサルの時はたいてい葉月(はづき)ちゃんが来てるし」
「Flower Lightsとは随分遭遇したね〜」
 
「でもやはり葉月ちゃんって女の子だったのね」
「なんで〜?」
「男の子みたいな声出してるときもあるから、女の子に見えるけどアクアちゃんと同様の男の娘ではという疑惑もあったんだけどね」
「そうなの?」
と言って西湖は笑っている。
 
もうこのあたりは開き直るしかない。
 
「女子校にいる以上女の子だよね?」
「まあ普通そうだね」
 
「でもアクアちゃんは男の子なのに女子校のC学園に通っているんでしょ?凄いね。やはり心は女の子だから?」
「違うよ。C学園は去年から男子も1学年3人だけ入れることになったんだよ」
「そうだったんだ!みんなアクアちゃんなら女子高に入れるかもねなんて言ってた」
「本当に入れそうで怖い」
 
「この苗字は何て読むの?」
と紀子は西湖のネームプレートを見ている。「天月」はなかなか読みにくい。
 
「あまぎ。本名はあまぎせいこ、なんだよ」
と言って自分のフルネームをスマホのメモ帳に天月聖子と書いてみせる。
 
「なんか本名の方がよほど芸名っぽくない?」
「それはローズ+リリーのマリさんからも指摘された」
「紀子ちゃんは本名?」
「そうそう。うちのユニットは全員本名で活動している。悪いことしても改名できない」
と言って紀子は笑っていた。
 

この日はほかに、電子辞書、内履き、体育用の運動靴(屋外用・屋内用)、水泳用水着、通学用リュック、通学用ローファー、を購入した。水着はサイズを計られて「Sでいいかと思ったけど、あなたはバストが大きいからMでないときついね」と言われてMを購入した。リュックや通学用靴は指定のものでなくても、ありあわせのものでもいいと言われたが、西湖はお金には余裕があるので買うことにした。ついでに校名ロゴの入ったスポーツバッグも購入した。
 
「スポーツ系の部活とかしない限り特に使わなくてもリュックに体操服くらいは入っちゃうけどね」
「まあ持っていても悪くない」
 
「でもこのローファー凄く可愛い」
「さすが女子校の指定靴だね」
と西湖はワルツと話していた。
 

西湖はこの日は桶川の自宅から出てきたのだが、4月4日に引越をすることにしていた。それで2日と3日の2日間掛けて荷造りをして4日の午前中に父が劇団の2tトラックを借りてきて、荷物を運んでくれた(実際には荷物は軽トラでも乗る程度である)。
 
運んだのは基本的には衣類と書籍類、CD/DVDにテレビとラジオである。衣類の中には仕事で使う衣装類が大量にある。また書籍の中には中学時代の教科書や参考書などもある。これを全部勉強し直すつもりである。進研ゼミの中学講座にも申し込んでいる。
 
西湖の実家はマンションだが、エレベータがあるので問題無い。用賀の新居は1階だから問題無い。
 
いったん荷物を入れた所で、ホームセンターに行き、勉強机と本棚、それに炊飯器とホットプレート、スピードカッター、電動泡立て器を買った。ついでに父はドレッサーを買う。更に母に言って、生理用品とトイレの汚物入れまで買った。
 
「女の子には必要なもの」
と父は言った。
「生理用品はこの生理用品入れに入れていつも持っておきなさい」
と母も言った。
 
生理用品入れはピンク基調の花柄の折りたためるもので、中にナプキン2枚とパンティライナー2枚が収納できる。
 
「うーん。意識革命が必要だなあ」
と西湖は言った。
 
「28日周期で自分の生理の日を決めてカレンダーか手帳に印を付けておいて、その日はナプキンをつけておくといいんだよ」
「なるほどー」
 

ホームセンターで買ってきた本棚を父と西湖で組み立て、そこに本を並べた。
 
「お、これは蛍蝶さんの写真集じゃん」
と父。
「静止画でしか、見られないんだよねー」
と西湖。
 
「何度かテレビ中継されたことあるらしいけど、昔のことだからビデオとかも多分無いだろうという話なんだよね」
「昔はビデオ自体物凄く高かったんでしょ?」
「そうそう。だから放送局も放送の時にビデオを使っても、すぐ次の回の放送用に上書きしていたらしい」
 
「逆に今はいつまでも残って困るけどね」
「それは言えるなあ」
 

「でもここは知り合いの作曲家さんが使っていた部屋ということだったけど、畳も表替えしてあるし、襖もきれいに張り替えてあるし、新築みたいにきれいだね」
と母が言う。
 
「知り合いというか、こないだJ高校の面接に付き合ってくれた人だよ」
「ああ、あの人か!でもお金持ちそうなのに、随分安っぽい所に住んでいたんだな」
「そういえばそうだね。だけど畳や襖はそのままでも良かったと思うんだけど、きれいにしてくれたみたい」
と西湖。
 
「このアパート自体、建ってまだ7-8年って感じだ」
と父。
 
「ここ1階3室、2階3室だけど、他の部屋には住人さんは居ないのかしら?」
「うん。他は空き室らしい」
「駅から割と近いのにね」
 
「でも前回来た時も思ったけど、ここ凄く気持ちいいんだよね」
「俺もよく崇敬されている神社みたいな気持ちよさだと思った」
「その玄関入ってすぐの所にある梵字みたいなのはその作曲家さんの忘れ物?」
「いや、その梵字とそこの奥にある桐の箱に入った鏡だけ置いておいてくれということだったんだよね。ここは伏見稲荷とつながっているんだって。だから私はここの巫女みたいなものかも」
 
「へー!変な宗教は困るけど、伏見さんなら問題ないだろうね」
「お供えとかはしなくていいの?」
「何もしなくていいって。ただセックスは禁止らしい」
「まああんたはしないだろうね」
「私、そのセックスというのが実は分かってないんだけど」
 
と西湖が言うと両親は顔を見合わせていた。
 
「何なら実演して見せようか?」
と母は言った。
「ここではダメ!」
と西湖は言いながら、やはりうちの両親って絶対変だと思った。
 

母と西湖(もちろん女装)で近くのスーパーまで買物に行き、数日分の食材のほか、冷凍食品やレトルト、乾燥食品などを買っておく。
 
「まあ非常食に」
「うん。スーパーが開いている時間に帰ってこられない日が多い気がするし」
「時間の取れた時に買いだめしておいた方がいいよ」
「そうする」
 
「らでぃっしゅぼーやとか頼む?」
「何だっけ?」
「野菜を宅配してくれるのよ。らでぃっしゅぼーやのいい所は詰め合わせのセットで送ってくれることで、こちらがいちいち考えて指定しなくていい」
「あ、それいいかも」
「じゃ手配しとくね。ここ宅配ボックスもあるから受け取れるだろうし」
 
その日は今日買ってきたホットプレートを出して焼肉をして3人で食べて引越祝いとした。
 
両親は21時頃帰っていった。西湖も疲れが溜まっているので22時には灯りを消して寝た。
 

日付が変わって4月4日。
 
“彼”はそっと102号室に侵入した。
 
西湖の真新しいS学園ロゴ入り通学リュックを開けると、その中から茶色の封筒を取り出す。中に入っている紙を取り出し、取り敢えず1枚は戻す。残った2枚を並べて“彼”は
 
「どちらにしようかな、てんのかみさまのいうとおり」
と言って
「こっち!」
と言って1枚を選び、もう1枚は封筒に戻した。
 
「じゃ女の子に1歩近づこうね」
などと言うと、楽しそうに布団をめくり、ネグリジェの裾をめくり、パンティも下げてお股を露出させる。
 
ここまでの行動はまるで強姦魔だ。
 
「上手に偽装してるなあ。まるで本物の女の子の股間みたいだ」
などと言って、タックを解除しようとした。
 
が、
 
「へ?」
と声を出してしまった。
 
どうもその股間は偽装ではなく本物のようなのである。
 
「嘘!?西湖ちゃん、いつの間に性転換手術しちゃったの?」
 
と彼が呟いた時、寝ている人物は“彼”の腕を掴むと物凄い力で投げ技を掛けた。
 
“彼”は半回転して畳に叩き付けられる。そして寝ていた人物は“彼”の上に馬乗りになると、片手で首を押さえつけた。そしてもう片方の手で“彼”のズボンのベルトを切ってしまう!と、いったんその付近を強打する。
 
「ぎゃっ」
と思わず声をあげて悶絶する。
 
“彼”はあそこに何か鋭い金属製のものが当てられたのを認識する。
 
「今のは軽く打った。次は潰れるくらいに打とうか?それともこれを切り落とした方がいいか?」
と“彼”のよく知っている声で言われた。
 

「千里!?そんな馬鹿な」
 
「私の腕力を知っているだろ?男の睾丸くらい握り潰すぞ」
 
“彼”は姿を変えて逃げようとした。ところが変身が掛からない!?
 
「我が息子の領域で勝手な真似はさせん」
と千里が言う。
 
ハッとして“彼”は横を見た。そこには京平が立って厳しい顔でこちらを見ている。そうか。これは京平の力か!?なんてパワーだ!
 
「誰の指示で動いている?言え、浮羽小碓(うきは・こうす)よ」
 
“彼”はギョッとした。そんな馬鹿な、それは誰も知らないはずの“彼”の《真名(まことのな)》である。
 
「申し訳ありませんでした。これは誰かの指示ではありません。私の勝手な趣味です」
「虚空の指示でもないのか?」
 
またギョッとする。虚空さんとつながっているのもバレてた!?
 
「本当に違います。私ただひとりの行動です」
 
「喉仏を取ったのはお前か?」
「すみません。それについては言えません」
「ふーん。あの人がやったのか?」
「勘弁して下さい。言えないんです」
 
まあ守秘義務を守るのは感心なので、それ以上は追及しない。
 
「J高校を辞退させたのはお前か?」
「はい、私がやりました」
「私がせっかくJ高校に入れるようにしてやったのに。あれで私もカチンと来たぞ」
「あれ千里がしてあげたの?知らなかった!ごめんなさい」
 
と言いつつ、そんな馬鹿な。あの時期、千里はハワイに行っていたはずなのに、と思う。
 
「S学園に受け入れてもらえるよう、女の子に興味が無いかのように性格検査を改竄したのもお前か?」
「はい。私がやりました」
「まあよい。そうしないと、あの子は行き先が無くなっていたからな」
「そうなんですよ」
 

「しかしお前、同じ手法で去年は竹西佐織も女に変えただろ?」
「申し訳ありません」
「ずっと前には鹿島信子を女に変えて、あれは大混乱になったし」
「ごめんなさい。あれは少し反省してます」
 
“少し”反省してると言う所がいかにも“彼”らしい。千里は“彼”がもう抵抗する意思が無いのを認識すると、立ち上がって“彼”を解放した。“彼”は起き上がると、千里の前に土下座した。
 
「数々の勝手な行動、大変申し訳ありませんでした。どんな処分にも甘んじます」
と勾陳は言った。
 
「では以後、私に従え、紹嵐光龍よ」
「はい、従います」
 
「じゃ、美鳳さんの眷属で勾陳として千里に貸し出し中というのと、私の直接の眷属の兼任ということで」
 
と千里はシーリングライトを点けた上で、普段の口調に変えて言った。
 
「京平もお疲れ様、これお駄賃ね」
と言って、千里は京平にシュークリームをあげる。
「わーい、これ大好き」
 
「京平。ついでにこれ、ママが読む雑誌のページの間に隠しといて」
と言って1万円札を渡した。
 
「うん。ママ、わりと何でもその付近にあるもの本に挟む癖あるんだよねー」
と京平も言っていた。
 
それで京平は帰っていった。
 

「でもでも、千里、今夜は仙台に行ってたんじゃなかったの〜?もしかして、貴人か誰かに転送してもらった?」
と《こうちゃん》は戸惑うように言う。そしてハッとした表情になる。
 
「これは・・・千里ではない?今の千里がこんな凄まじいオーラを出せる訳が無い」
 
「君が美鳳さんの指示で守護している千里は仙台だよ。そもそもあの子は霊感を失っている」
 
「じゃ、あなたは誰?」
「私も千里だよ。千里は100人いるんだよ。知らなかった?」
 
「うっそー!?」
「まあ嘘だけどね」
 
「うっ・・・」
 
「実際には3人だよ。仙台に行ってる千里が1番、私が2番、川崎のマンションに住んでいる千里が3番。これ3番の住所。津田山駅の近くだから。何かあった時は助けてやって。3番にはちゃんと君が見える。但し3番は自分があと2人いることを知らないから言動には気をつけて」
 
と言って、千里2は川崎のマンションの住所を書いた紙を渡す。
 
「最初から3人いたの〜〜!?」
「去年の春に落雷に遭った時に3つに別れてしまったんだよ。でも別れていなかったら、私はもう死んでいたね。1番が死んだのを私と3番で協力して蘇生させたからね」
 
「そうだったのか・・・・」
 

「あまり勝手な性転換はしないように」
「でもこれ私の趣味なんですよ〜」
 
「女の子になりたがっている子はたくさんいるんだから、その意志の無い子まで勝手に変えちゃダメだよ。鹿島信子はうまく女の子として適応したけど、適応できない子もいるよ」
 
「そうですか?でも男にしてしまうにはもったいないような可愛い男の娘を女の子に変えてあげたいんですけどね」
 
「本人の意志を確認してからにしなさい。取り敢えず西湖の身体を勝手にいじるのは許さん。本人が変更を望んだ場合は私がその時に考えてから指示を出す」
 
「分かりました」
「その手術同意書は私が回収する」
 
「はい」
と言って《こうちゃん》は湖衣が書いた3枚の手術同意書と封筒を千里に渡した。千里は同意書を封筒に入れると、自分のバッグにしまった。
 

「竹西佐織も元に戻しますか?」
「あれはそのままでいい。あの子は女の子になりたがっていたし、そもそも彼女の男性器は他で使ってしまっているだろ?」
 
「実はそうなんですけどね。でも男性器くらい、いくらでも調達してきますけど」
 
それって誰かから取っちゃうんだろうな、と千里は思う。
 
「黙認していたけど、長野龍虎にも色々干渉しているだろ?」
「あの子は私が関わってないと過労で倒れていたので」
「うん。それについては私があらためて指示する。あの子を守ってやれ」
「はい。指示を承ります」
 
「あの子の男性器って実はそろそろ治療が終わってないの?」
「すみません。実は終わってますけど、あの子は中性のままで居たいようなので」
「でももうあの子たちも高校2年生だからね。睾丸は保留してペニスだけでも返してやったら?」
 
「ああ、それでもいいかな。あれ?『あの子たち』って、龍虎の分裂にも気付いてました?」
「当然」
 
「あれれ?もしかして千里が分裂したから龍虎も分裂したとか?」
「関連はあるだろうけど偶然の要素もあると思う。あの子は3つの性別を生きたいと思っていたんだよ。分裂できたのは命の水の持つパワーだろうね」
「その件は私と千里しか知らないことですね」
 

「だけどさあ、マジで西湖に3年間女子高生生活をさせるの?」
と千里は行った。
 
「あの子は、充分女の子で通せると思いますよ〜」
と《こうちゃん》は言う。
 
「まああの子は女の子と話すのに緊張しないし、女の子の裸や下着姿程度では興奮しないしね」
「だから女の子になれる素質あると思うんですけどね〜」
 
「あの子ってオナニーするんだっけ?」
「最近はほぼ常時タックしてるから、普通の男の子みたいなオナニーができないんですよ。しかもタックでちんちんは肌に固定されているから、そもそも勃起ができない。勃起させようとすると激痛が来ますよ」
 
「それって辛くないの?」
「龍虎の影武者を始めた頃はかなり辛かったみたいですけど、今はもう平気になってしまったみたいですね」
「それって将来、EDになったりしない?」
「別にEDでもいいんじゃないですか?精子は保存してあるんだし」
 
千里も少し考えたが
「まあ、いいかもね」
と言った。
 
「だったら、睾丸取ってもいいですよね?」
「ダメ」
「はーい」
と《こうちゃん》は気の無い返事をした。
 

「でも睾丸が働いていると辛いと思いますよ。睾丸取らないのなら、女性ホルモン投与してホルモンニュートラルにしておきません?」
 
「胸が膨らんで来ない程度にコントロールできる? 胸が大きくなってしまうと、龍虎Mの影武者ができなくなっちゃうから。龍虎のホルモン状態は青葉が精密にコントロールしてるけど、あんた青葉みたいにマメに制御できないでしょ。いいかげんな性格だもん」
 
と千里が指摘すると《こうちゃん》は頭を掻いている。
 
「だったら、いっそ龍虎もおっぱい大きくしましょう。あの子は間違い無くおっぱい欲しいと思ってますよ」
 
「それはダメ」
「はーい」
 
「でも西湖の男性ホルモン量を減らす程度はいいよ」
「そうしましょう、そうしましょう。男っぽい体つきになったら、将来女形をやる時も障害になりますよ」
 
その夜の話し合いは明け方近くまで続いた。
 
「じゃそういう時はしてもいいですね」
「まあいいよ。逮捕されるのはまずいから」
「了解しましたぁ」
と《こうちゃん》は楽しそうである。
 
5時頃
「そろそろ西湖が目覚めるかも知れないから、ここに戻そう」
と言って、千里は《こうちゃん》と一緒に部屋を出る。その後に《きーちゃん》が葛西のマンションで寝ていた西湖を転送した。
 

4月5日の夜。《こうちゃん》が赤羽のマンションを訪れると、龍虎のひとりが裸になっているので、ギョッとする。
 
「お前ら何やってんの?」
「あ、こうちゃんさん」
 
「この子たちに女の子の構造を教えてあげていたんだよ。性教育」
と言っているのは多分龍虎Fだろう。
 
「そんなもん、安易に男に見せるもんじゃないぞ」
「他の男には見せないけど、自分で自分のを見るのはいいんじゃない?」
 
「ところでNはどっちだ?」
と《こうちゃん》は、かなりドキドキした顔をしていたふたりの龍虎に訊く。やはり自分たちには付いてないものを見て、息を呑んでいたのだろう。
 
片方が手を挙げる。
 
「パンツを脱げ」
「え?」
「いいから」
 
パジャマを脱ぎ、パンティーを下げると、そこには女の子のお股に見える股間が露出する。
 
「タック外して」
「はい」
 

除光液とハサミを使ってタックを外す。マニキュア用の除光液でだいたい外れるのだが、どうしても毛にくっついて取れない接着剤の塊があるので、それはハサミで切ってしまうしかない。
 
《こうちゃん》は龍虎の股間に触り、指を少し体内にも押し込んで、睾丸が存在しないことを確認する。
 
「確かにお前Nだな」
「うん」
 
「じゃこれ取るから」
と言って、おちんちんを握ると、ぐいっと引っこ抜いてしまう。龍虎Nの股間からおちんちんが無くなるが、睾丸も無いため陰嚢が身体に張り付いていて、いわゆるヌルに近い状態になる。ヌルとの違いはおちんちんを抜いた跡がまるでヤオイ穴のように開いていることである。
 
「このちんちんはお前の本物。治療が終わったから、返す。本物だから大事にしろよ」
と言って、そこに別のちんちんをぐいっと押し込んでくっつけてしまった。
 
「なんか大きい」
とNは自分にくっついたペニスを触りながら言う。
 
「僕のより大きいじゃん」
とMまで言っている。Fは触っている!
 
「それが3年前にお前の身体から取って、治療を続けていたもの。高校生にしてはやや小さいけど、中学生程度のサイズはあるぞ。タマタマの方はまだ待て。もう少し治療に時間が掛かる」
 
「うん。でもこんなに大きくてちゃんとタックで隠せるかなあ」
「要らないなら廃棄するが。サービスで女に改造してやってもいい。Fと同じ形にしてやろうか?」
 
龍虎Nは数秒考えたが
「取っちゃうのはいつでもできるから、今は付いてていい」
と言った。
 
なんとも龍虎らしい返事である。
 
「うん。じゃ時々“可愛がって”やれよ。じゃまた明日な。北千住駅に7時集合だから絶対遅刻するなよ」
 
と言って部屋を出ようとして、まだFが裸であることに気付く。
 
「こら、ちゃんと服着ろ」
「はーい」
 
とFは返事して、下着を着け始めた。
 

千里1は4月4日に仙台で体外受精をして(この作業には千里自身は全く関わっていない。卵子を提供したのは桃香で、精子を出したのは信次で、子宮に投入されたのは代理母の潘さんである)、信次と一緒に東京駅まで戻り、桃香と会食をした後は
 
「悪いけど仕事が溜まっているから」
 
と言って、信次と別れ、信次とは別ルートで千葉市内に移動して、青葉が借りてくれた(本当に借りたのは千里2)マンスリーマンションに入り、大量に依頼されている作曲の作業に取りかかった。
 
それで信次がひとりで帰宅したので、またまた康子を仰天させることになる。
 
そういう訳で千里1の「春からの生活」は、なかなか始まらないのである。
 

2018年4月9日(月)、西湖は“天月聖子”の登録名で女子校である世田谷区のS学園高等部に入学した。
 
入学式を終えてから教室に入り、4年7組担任の大月先生のお話を聞く。その後、ひとりずつ自己紹介をした。入学式の時に教頭先生のお話で聞いたのでは現在この学校には64名、芸能活動をしている生徒がいるということだったので、1学年10人くらいの計算かなと思っていたのだが、このクラスには自分も含めて6人でびっくりする。どうも高校募集組の芸能人と音楽特待生を7組に集めたようである。(スポーツ特待生は8組に集めたらしい)
 
出席番号順(五十音順)で自己紹介するので、トップバッターで自己紹介した青島瀬梨香(歌手の田川元菜)には凄い歓声があった。まだ大きな賞こそ取っていないが、中高生にかなりの人気だし、昨年は1年間ラジオ番組 Times of JC の水曜日担当であった。彼女の自己紹介の後、しばらく騒然とした雰囲気が続く。
 
2番の浅井童夢ちゃんを経て、出席番号3番、西湖の番である。
 
「なんか凄い人たちがいますね」
と言ってから
「こんにちは、天月聖子(あまぎせいこ)と申します。私も芸能活動していて、女優のはしくれで、今井葉月(いまいはづき)の名前で、あちこちに端役として映っているのですが、それ以外に男の子アイドル、アクアさんのボディダブルおよびリハーサル歌手をしています」
 
と言うと
「すごーい!」
という声があがる。
 
(西湖は葉月をいつも「はづき」と誤読されるので、もう「はづき」でいいことにしてしまった)
 
「いえ、凄いのはアクアさんで、私は事実上彼のスタッフなので」
と西湖は言うが、騒動は収まらない。
 
「私、アクアさんと背丈がほとんど同じだし、わりと男装が行けるので、アクアさんがデビュー以来、代役を務めているんですよね。リハーサル歌手の時は代理歌唱もしないといけないので頑張って歌の練習をして何とか2オクターブ半くらいは出るようになりました」
 
「葉月(はづき)ちゃんって男の子の声も出るよね?」
「これかなり練習したんですよ」
と男の子の声で言ってみせる。
 
「それも凄い」
 
「アクアさんが1人2役すること多いので、アクアさんが女の子に扮している時は私が男装してアクアさんの男役の方の代理を務めます。その時、私が普通の声で話すと、雰囲気が出ないんで、さっき出してみせたような男の子の声でセリフを言うんです」
 
と西湖は女の子の声に戻して説明する。
 
「もしかしてアクアちゃんと一緒に男声の練習したの?」
「そうなんです。お互いにチェックしあっていました。アクアさんは事務所の費用でボイトレの先生に就いて本格的に練習したんですけど、私はそこまでしてもらえないから、アクアさんが練習しているのを見て、真似して練習しただけで」
 
というと、笑い声が聞こえる。
 
そういう訳で西湖の自己紹介もかなり時間が掛かった。あんまり時間が掛かるので田川元菜が嫉妬するような目をしていた。それで西湖は言った。
 
「でもこんなに騒がれては困ります。私は凄いアクアさんのスタッフをしているだけで、それより田川元菜ちゃんとか、稲川奈那ちゃんとかは本人が凄いから」
 
すると田川元菜も、突然名前を挙げられた稲川奈那も笑っていた。
 
このようにして西湖の女子高生生活は始まった。
 

この日はごく普通通り、7時間目まで授業があった。明日からは朝7時登校である。通常の授業は8:25に始まる0時限目から15:50に終わる7時限目であるが、その前に7:10-7:55の補講、更に7時限目の後に15:55-16:40の補講があり、1日に授業が10回もあるのである。各々M(モーニング)時限目、8時限目と通称されている。授業日数不足になりやすい芸能人の生徒はM時限目からの登校を半ば義務付けられている。0時限目と1時限目の間の休み時間は少し長めの15分に設定されているので、その間に朝御飯を食べる子も多い。
 
西湖はさすがに出席できないが、土曜日も任意参加の授業が行われており、これで学力の低い子もしっかり指導するとともに、ハイレベルの子も鍛えられて上位の大学を狙うのである。昨年はお茶の水女子大合格1名を含む国公立大学合格15名の実績を上げている。“偏差値30”の底辺校と言われながらも、上の方はまた凄いのである。
 
西湖はこの初日は15:50に授業が終わると、それに合わせて迎えに来てもらっていた事務所の車で放送局に入り、バラエティ番組のリハーサルに出た。アクアはその時間帯、ラジオ番組の収録をしており、そちらが終わってから放送局に来て、番組の本番収録に参加する。そしてアクアがその収録をしている間に西湖は今度は歌番組のリハーサルに出て、アクアの曲をしっかりと代理歌唱する。アクア本人はバラエティ番組の収録が終わってからこちらの放送局に来て、本番に臨んだ。
 
リハーサル歌手で大事なのは、体格や身長が本人と近いことが第1だが、できたら雰囲気や声質も本人と似ていると助かる。そのため芸歴の長い歌手はずっと専任のリハーサル歌手を伴っていたりする。あまりスポットライトが当たることは無いのだが、美空ひばりのリハーサル歌手を務めていた山本愛などは比較的知られている例である。
 
実はアクアのリハーサル歌手は2015年度は高崎ひろか、2016年度は白鳥リズムが務めたのだが、昨年春から西湖が務めるようになり雰囲気が似てる!と言われて放送局関係者に評判が良いので今年度も引き続き務めることになった。
 
「どちらも男の娘だから雰囲気も似てるよね」
などと山村マネージャーは言うが
「ボク男の娘じゃないです〜」
とふたりともすぐ反応してくるので山村は楽しそうである。
 
(ちなみに山村マネージャーが女装者であることに、西湖は気付いていない)
 

結局その日用賀のアパートに戻ったのは23時頃である。コンビニで冷凍うどんとハンバーガーを買ってきて、チンして食べる。オーブンレンジは千里が残していったものを使っているが、千里が料理好きだったことから、かなりしっかりしたものである。これで色々お料理してみたいなと西湖は思った。
 
S学園の女子制服もまだ脱がないままうどんを解凍している間に郵便物を見る。
 
「CBF事務局??」
 
心当たりの無い名前だなあと思いながら封書を開けると、天月西湖名義の会員証なるものと規約?が入っていた。
 
・CBF(Club Bain Femme)は女湯に入る会である。
 
・女湯に入るのは純粋に入浴するためであり、よこしまな気持ちを持ってはいけない。
・女性の裸を見て性的に興奮しないことが絶対条件。
・本人の性別は問わない。
・入浴時に化粧は禁止、水着は禁止。お股をタオルで隠すのも禁止。
・男性器が付いている人は何らかの方法で隠して見えないようにすること(一時的陰茎切断推奨)。
・バストが無い人は何らかの方法であるように見せること(一時的豊胸術推奨)。
・携帯電話やカメラなど撮影が可能な機器を持って入ってはいけない。
 
・一緒に入っている女性の身体を注視したりしてはいけない。
・声を掛けられた時は、女声で明るく応じること。
 
・一緒に入っている女性たちに騒がれないように。女性たちに溶け込んで、まさか女ではないとは疑いもされないように、邪魔にもならないように、目立たず静かに入ること。
 
・最低2回は騒がれずに女湯に入った経験があれば入会資格を得る。
 

「一時的陰茎切断とか、一時的豊胸術って無茶なこと言ってる」
と呟く。でもちょっと妄想してドキドキする。
 
銭湯の女湯の入口に「おちんちん預かり所」なんてあって、付いている人はそこで切断されて、お風呂からあがったあと、またくっつけてもらうとか!?
 
西湖は最後の行を見て吹き出した。
 
《CBF共同代表 久保早紀・成宮真琴》
 
(久保早紀は丸山アイの本名、成宮真琴はフェイの本名)
 
「何なの〜〜!?これ」
 
と西湖は呆れて声を出した。
 
 
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【春からの生活】(6)