【春からの生活】(3)

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全日本が終わって1軍・2軍ともに練習が再開された1月9日。
 
午前中に横浜市郊外の練習場にやってきた千里(千里1:登録名66.村山十里)は、新年のささやかな祝いの会の後、2軍コーチの山笠真美に言った。
 
「実は不本意ながら3月17日に結婚することになりまして」
「え?そうなの」
「それで大変申し訳無いのですが、3月いっぱいで退団させて頂けないかと思いまして」
「それは世間が許さん」
 
それで少し話し合った結果、籍は置いたままにして休部ということにしないかということと、休部中でも時間の取れる時はいつでも出てきて「体慣らし」でもするといいといった線でまとまった。
 
千里1(十里)はいつものように午前中2軍のみんなと一緒に練習して帰っていったが、その練習の間に山笠コーチは1軍のスタッフに連絡して、千里の「結婚問題」について協議した。
 

13時頃、川崎の1軍練習場に千里(千里3:登録名33.村山千里)がやってくる。コーチが千里を別室に呼んで尋ねた。
 
「村山君、君、結婚するんだっけ?」
と松山ヘッドコーチが訊く。
 
「え?結婚ですか?特に予定は無いですが」
 
松山ヘッドコーチと黒江アシスタントコーチは顔を見合わせる。
 
「ここだけの話さ、千里ちゃん、細川さんとの関係はどうなってるの?」
と黒江コーチが訊く。
 
2人の関係はマスコミなどには漏れていないものの、球団関係者にはかなりバレている。
 
千里はため息をついて答えた。
 
「何も変わっていません。不倫状態になっているのは不本意なんですが、個人的には私こそが細川貴司の正妻だと思っています。一応セックスは控えていますが、細川とはだいたい2ヶ月に1回くらいは会ってます。実は12月23日にもデートしました」
 
(美映が妊娠に気付き貴司に連絡を取ったのはその翌日24日である)
 

「クリスマスデート?」
 
「本来私と彼は2012年12月22日に結婚式を挙げる予定だったんです。ですから毎年その前後には必ず会って、結婚できなかった記念日デートするんですよ」
 
「面白いことしてるね」
 
「今年は5年目木婚式だったので、木製品を贈り合いました。シャンパンで乾杯して、豪華なディナーを食べます。ホテルのお部屋も取ってそこで一緒に過ごしますけど、セックスはしません」
 
「ホテルで会うのにセックスしない訳?」
 
「はい。現在の法的な奥さんときちんと別れるまではセックスやキスは拒否と言っています」
「微妙なことしてるね」
 
「食事の後はだいたい予約していた体育館に行ってバスケの手合わせをします。それからホテルの部屋に戻ってシャワーで汗を流した後、同じベッドに入って一眠りしますが5cm以上身体を離して、タッチは禁止です」
 
「高校生カップルみたいだ!」
「彼が勝手にひとりで逝くのは黙殺しますけど」
「あははは」
 

「じゃ彼との結婚の予定は無いのね?」
「何とか奥さんと別れてもらって私と結婚して欲しいんですけどね。でも無理矢理破壊することはしません。私、結構奥さんとも仲良くなっちゃったし」
「へー!」
 
「だからあくまでドロップキャッチ待ちです。どっちみち奥さんはそのうち浮気者の彼に愛想が尽きると思うので。とにかく年に5回は浮気してますからね」
 
「村山君はそういう彼に愛想を尽かさないの?」
「まあ腐れ縁ですしね。それでもう15年やってきてるし」
 
と言って、千里は自分のアクオスに取り付けている金色のストラップを見せる。
 
「これは私たちが2007年1月13日に内輪の結婚式を挙げた時以来の記念ストラップなんです。傷んできて1度代替わりしてますけどね。彼はたくさん浮気して、現在は別の女性と法的な婚姻状態にはありますけど、このストラップを自分の携帯にずっと付けたままでいてくれるんです。それが彼の私への愛の証だと思っています」
 
「それでも彼は他の女性との結婚生活を続けているんだ?」
 
「これ、彼のお母さんと話したことあるんですけど、法的な奥さんは大阪の妻、私は東京の妻、という感覚なのかも知れません」
 
「ああ、そういう人はたまにいる」
と黒江ACは言う。
 
「じゃ村山君は4月以降もうちのチームに居てくれるね?」
と松山HC。
 
「もちろんです!ちょっと今シーズンは少し不本意な成績だったのですが、この後もプレイオフ頑張りますので」
「うん、よろしく」
 
と言ってコーチたちは千里と握手した。
 
そういう訳で、レッドインパルスの首脳陣は“村山十里”が言い出した結婚というのは、十里の脳内妄想なのだろうと判断した。
 

2月20日、船橋市のE学院二次募集が発表されたので、西湖はすぐに願書を提出した。試験日は3月10日(土)である。更に22日には浦和のB学園も二次募集が発表された。こちらもすぐに願書を出した。試験日は3月17日(土)である。
 
更に26日になって、ワルツから横浜のG高校も二次募集を発表したよという情報を教えてもらった。ここも芸能人の生徒が3学年で15人くらい居るらしい。確認するとこちらは試験日は3月19日(月)である。
 
今回、高校入試の件については、ワルツに随分支援してもらっている。コスモス社長からも心配して、3月いっぱいはアクアの代理は白鳥リズムや姫路スピカにやらせるから、あんたは入試に集中しなさいとも言ってもらった。
 
3月10日、西湖は船橋に行き、E学院の試験を受けた。ここにはセーラー服こそ着なかったものの、セミロングのウィッグを付けて行った。2月に少し髪を切っているので今の髪は女子と誤解された場合、短すぎると思われてしまうのである。男子と思われた場合は長すぎると思われる危険があるが、今の時期は受験勉強が忙しくて切りに行けなかったと言い訳できると考えた。このあたりもワルツの助言に基づくものである。
 
「結局、西湖ちゃんは女顔で雰囲気も優しいから、男装していても女子の男装と思われてしまう。しかも名前がセイコだし。願書の性別で男に丸を付けていても虚偽申告と思われる危険さえある。だからむしろ女の子っぽい服の方が無難。それで性別で男に丸が付いている場合は単純ミスと思ってもらえる」
 
などとワルツは言っていたが、それって自分の人生を考え直した方がいいのだろうかと悩んでしまう問題である。しかし取り敢えず自分は何とか高校入試を乗り越える必要がある。性別問題は合格してから考えればいい、と開き直ることにした。もっとも西湖は自分の性別問題に悩んでいるアクアとは違って、女の子になりたいような気持ちは全く無い。
 
ここの2次募集の入試は午前中小論文で午後から面接である。小論文のテーマは「日本の景気を良くするには」という壮大なものであるが、西湖は日頃感じていることを織り交ぜてけっこう大胆な提案を書いてみた。
 
午後から面接になる。これはグループ面接である。受験生がそもそも20人しかおらず4人ずつ5回で実施された。
 
小論文と面接での試験というのは、ほとんど人物を見るんだろうなと思った。その場合、おそらく試験官の好みの影響が大きい。ほとんど抽選に近い入試ではという気もした。
 
結果は落ちていた。
 
ここは仕方ないなと思った。
 

3月15日(木)は中学の卒業式であった。それで卒業証書はもらったものの、この時点で行き先の決まっていないのは西湖だけである。先生が心配して
 
「どこかの2次募集の話があったらすぐ報せるから」
と言ってくれた。
 
ただ西湖の場合、どこでもいいから入ればよいというものではなく、芸能活動を容認してくれる高校でないとまずいので、そこが問題なのである。西湖はこの時期、いっそ高校進学を断念しようかというのも悩んでいた。そのことを先生に言うと
 
「その場合、フリースクールに通って、高校卒業程度認定試験を受けることを考えなさい」
と言われた。フリースクールの資料も探して渡してくれるということだった。
 
もっとも芸能活動で無茶苦茶多忙な3年間を送ることになるであろう西湖には高校卒業程度認定試験なんて、まず通る訳が無いと思われた。
 

17日には浦和に行きB学園の試験を受けた。この試験には西湖は開き直って、セーラー服で出かけた。
 
ここは音楽科の二次募集で、試験は英語・国語・音楽であった。
 
西湖は英語と国語はかなり悲惨な状況、特に英語は白紙に近い状態だったものの音楽の試験に賭けた。聴音・楽典問題などを解いてから、実技がある。ピアノまたはキーボード演奏は予め呈示されていた5つの曲の中のひとつをその場で指定されて弾くというものである。西湖はピアノの方が好きだなと思い、ピアノを選択。ちゃんと5つとも練習していたので問題無く弾けた。西湖は学校の勉強はしていなくても音楽のレッスンは欠かしていないので歌もピアノ・ギターもうまいし、楽典にも強い。その後、初見歌唱になる。渡された楽譜をその場で歌う課題である。西湖は最初の音だけもらい、ソプラノでしっかりと歌った。試験官が頷いているので「あ、これはいい感触」と思った。
 
午後からは面接だが個別面接であった。セーラー服を着ているのでトイレも女子トイレを使用した。受験生は8人で、西湖以外全員女子(に見える)だが、西湖も女子に見えるから、全員女子と思われているだろう。
 
西湖は最後に名前を呼ばれて面接を受けた。
 
この面接がひじょうに時間が掛かった。それ以前の子たちはみんな5-6分程度でひとりだけ15分掛かった子がいただけなのに、西湖の面接は30分近く掛かった。
 
今している芸能活動の内容も詳しく訊かれたし、その場でアクアの曲の一節を歌ってみせたりもした。また住所が桶川市なので通学についても訊かれたが、自宅から電車で通えると思うと答えた。他に年収まで聞かれた!
 
面接の最後は笑顔で終わった。
 

この学校は西湖としても割といい感触があったので結構期待していた。
 
しかし翌日の合格発表を見ると落ちていた。
 
結構ショックだった。
 
ワルツは
「募集定員が少なくて枠に入りきれなかったのかもね」
と言っていた。
 
「若干名と書かれていたんですよ。受験生も8人しかいなかったのに」
 
「凄く曖昧な表現だけど1人か2人だったのかも。西湖ちゃんの他にも面接の長い子がいたのなら、その子と西湖ちゃんがボーダーラインだったのかもね」
 
「そうか。ボーダーラインだと面接が長くなるのか」
「そうだよ。だから合格寸前だったと思うよ。惜しかったんだよ」
「惜しい所までは行ったのか」
「うん。だからこの調子で残りの入試に賭けよう」
 
「英語は白紙に近かったけど、音楽の実技はけっこう自信があったんですけどね」
「音楽科受けるような子たちだから、音楽自体の点数は高い子ばかりだろうし、結局英語で差が付いたのかもね」
 
「あぁぁぁ」
 
残る入試はもう横浜のG高校のみである。ここを落とすとマジで行き先が無くなる。
 
中学の先生からはいくつか関東周辺で二次募集のある所の情報を送ってもらったが、芸能活動には困難な所ばかりだった。1ヶ所集団アイドルに所属している子が何人か在籍しているという学校があったものの、高崎なので断念した。さすがに高崎からでは東京での仕事に差し支える。集団アイドルの場合は土日の活動が多いだろうから、高崎でも何とかなるのだろう。
 

18日の夕方、久しぶりに母が帰宅した。
 
西湖が勉強しているので
「あんた、まだ受験終わってないんだっけ?」
と訊く。
 
「明日最後の試験だから頑張る」
「でもこないだ1つ合格したんじゃなかった?」
「あそこは滑り止めというか」
「じゃそこに行けばいいじゃん」
「でもS学園は女子高なんだよ」
「あんた女子高に行くの?」
「そんなの行ける訳が無いから、必死で勉強してる」
「でも男子が女子高を受験させてもらえて、合格するもんなんだ?」
 
「ちょっと色々間違いとか勘違いとかあった末に、そういうことになった。女子として通学するなら受け入れられると言われてしまったし」
 
「ふーん」
と母は言うと、何か自分の机の中で探していた。
 
「だったらあんた、ここに行けばいいよ」
と言う。
 
どこかの学校の案内かと思ったら病院のパンフレット?ここ美容外科??
 
「病院とか行って何するの?」
「女子ならそこに入れるんでしょ?だから入学前に女子になっちゃえばいい」
「え?」
「ほら、この病院では性転換手術をやってるんだよ。あんた性転換手術ってどういうふうにやるか知ってる?」
 
西湖は首を振る。
 
すると母は性転換手術の具体的な方法を説明し始めた。
 

うっそー!?そういうことやるの?と初めて聞く手術内容にかなりのショックを覚えた。というか、あそこがむずかゆい気がする!こんな手術を受けることになっちゃったら、ボクどうしよう??ついでになぜかあそこが大きくなっちゃって、それが母にバレないように、さりげなくお股付近で手を組んだ。
 
しかし話を聞いてから西湖は言った。
 
「お母ちゃん、こういう時にジョークはやめてよ。ボク少しでも勉強していたいから」
 
「冗談じゃなくてマジなのに」
と母は言っていた。
 
確かにこの母は昔からジョークとマジの区別がいまいちよく分からない。西湖がわりと物事に動じない性格に育ったのは、母のジョーク(?)に随分振り回されてきたからだ。
 
「もしあんたが女の子になるんだったら、成人式には振袖買ってあげるよ」
などとまだ母は言っている。
 
でも成人式で振袖か・・・。西湖は仕事柄これまで何度も振袖は着ているのだが、そういうの着て成人式に出るのもいいなあ、と少しそのシーンを想像した後で、でもボク女の子になりたい訳じゃないのにーと思う。
 
しかしともかくも母は「明日勝つように」と言ってトンカツを作ってくれたので西湖は「ありがとう」と言って笑顔でそれを食べてから、また夜遅くまで勉強を続けた。
 

「天月西湖さん」
「はい」
 
西湖は名前を呼ばれて部屋に入った。西湖はもちろんセーラー服を着ている。
 
「あなたに当校に入学する許可をします」
「ありがとうございます」
「ただ当方は女子校ですので、入学する以上、女子になってもらいます」
「はい」
「今すぐ処理しますので、そこのベッドに寝て下さい」
「分かりました」
 
それで西湖がベッドに横たわると、スカートがめくられ、パンティが下げられる。
 
「では、女子生徒には不要なものを除去します」
「よろしくお願いします」
「少し痛いですが、我慢して下さい」
「はい」
 
それで何かされているようだった。
 
「処置が終わりました。あなたはもう立派な当学園の女子生徒です」
「ありがとうございました」
 
それで西湖が自分のお股を見ると、おちんちんもたまたまも無くなっていて、きれいな縦の割れ目ちゃんができていた。
 
西湖はパンティーを上げ、スカートを戻すとベッドから降り、一礼をして部屋から退出した。
 

そこで目が覚めた。
 
まだドキドキしている。
 
やはり、女子校に行くにはおちんちん取らないと行けないのかなあ、などと考える。なぜかそこが大きくなっていた。
 
自分の部屋を出て居間に行くが誰も居ない。母の部屋を覗いてみたものの居ない。母は西湖が起きる前に出かけたようである。
 
しかし台所に行くと、キッチンテーブルの上に朝食とお弁当が用意されていた。西湖はお弁当なんて作ってもらったことがなかったので凄く嬉しかった。
 
それで朝御飯を食べていたら、テーブルの上に何か書類も置かれていることに気付く。封筒に入っているので出してみると4枚ある。
 
手術同意書!?
 
《私、天月湖斐は、天月西湖が去勢手術を受けることに保護者として同意します》
《私、天月湖斐は、天月西湖が豊胸手術を受けることに保護者として同意します》
《私、天月湖斐は、天月西湖が甲状軟骨の切削術を受けることに保護者として同意します》
《私、天月湖斐は、天月西湖が性転換手術を受けることに保護者として同意します》
 
全部署名捺印がされている!
 
日付は「年」「月」「日」だけ書かれているので実際の日付は好きな時に勝手に入れろという意味だろう。ところで甲状軟骨って何だっけ??
 
しっかし・・・もうほんとにお母ちゃんってジョークがきついんだから!(ジョークだよね?)と思いながら西湖はその4枚の書類を封筒に戻し、更にクリア・ファイルに入れて、自分の通学用リュックの中に入れておいた。
 
それから横浜市のG高校の試験を受けるためにお弁当と筆記具、受験票を持って出かけた。
 

青葉は3月14日(水)に朝から新幹線で東京に出てきて、信濃町の§§ミュージックで打合せをした上で、夕方から、北新宿のTKRでアクアの12枚目のシングル『お江戸ツツジ/帯に短し襷に長し』の発売記者会見に出席した。
 
4月から始まる『ほのぼの奉行所物語』のエンディング曲と挿入歌をカップリングしたものである。岡崎天音・大宮万葉の曲と、琴沢幸穂(醍醐春海編)の曲で構成している。
 
なお、このドラマの主題歌は元FireFly20の神尾有輝子が歌う(大店の娘役)。そちらを書いたのはFireFly20の全ての曲の歌詞を書いている月村山斗さんで、曲自体はコンペで募集したらしい。月村山斗さんは恐らく現在日本のポップミュージック界で最も稼いでいる作家である。
 
こちらのアクアの記者会見はいつものように、エレメントガードをバックにアクアが2曲を歌い、その後、趣旨説明と質疑応答をする形式である。会見の本番が行われる前にリハーサルをしていたのだが、そこでアクアの代わりに歌っているのがいつもの今井葉月ではなく姫路スピカなので、青葉は
 
「葉月(ようげつ)ちゃん、今日はお休みですか?」
とコスモスに尋ねた。
 
「彼は今月は高校受験で時間が取れないんですよ」
とコスモスは答える。
 
「わっ、受験の学年でしたか!」
「だからその時代劇ドラマの撮影でも、今月はスピカとリズムにボディダブルをやらせているんです」
 
背の高いスピカが男物の衣裳、背の低いリズムが女物の衣裳をつけて和之介・しのを演じているらしい。
 
「大変ですね!でもまだこの時期に高校入試とかやってるんでしたっけ?」
 
「それがあの子、忙しすぎて全然勉強してないから、ここまで受けた高校をことごとく落としてしまって」
「え〜〜〜!?」
 
「落ちた人を聞いたことのないような高校にも落ちているんですよ」
「それ何かトラブルが起きているのでは?」
 
「ひょっとしたらと、ワルツとこないで言っていたのが、あの子、見た目が女の子に見えるでしょう?」
「ええ」
 
「それで名前もセイコだし。だけど男子として受験しているから、願書の不実記載とみなされて落とされたのではと」
 
「うっ」
 
「最近は性同一性障害の生徒については高校もかなり配慮してくれるようにはなっているのですが、願書にはちゃんと戸籍上の性別を書かないといけないから」
「うーん・・・」
 
確かに青葉も高校の願書は男子として出している。但し事前の話し合いで最初から女子として扱ってくれることになっていたし、生徒手帳の性別は女になっていた。
 
「だから、次の17日の試験ではいっそセーラー服着て受けておいでよと唆した所なんですよ」
 
青葉は考えた。
 
「それセーラー服で受験して、もし合格したらですよ。3年間、女子制服を着て通学しなければならないのでは?」
 
「それでもどこにも行けないよりマシですし」
とコスモスは言っている。
 
それでいいのか!?
 

今回のCDではドラマの紹介とかではなく、あくまで楽曲の紹介だったのだが、やはりドラマに関する質問が多く、それに丁寧にコスモスは答えていっていた。
 
なお、この日は昼間に青山の★★レコードではローズ+リリーのアルバム『郷愁』の発売記者会見が行われたはずである。
 
ローズ+リリーとアクアの同日発売というのもしばしば行われている。こういう大物のCDが続けて発売される場合、1週ずらして発売するより同日発売にした方が相乗効果でどちらもよく売れるのである。CDショップに買いに行った人がついでに買ってくれるのが期待できる。
 
しかもシングルとアルバムなら、ランキング争いもしなくて済む。
 
実際、この2つのCDは恐らくどちらもランキング・トップだろうし、どちらもミリオン行くだろうと思われた。
 

記者会見が終わった後、青葉は千里の所に行こうと思い、多分千葉に居るのだろうと思って念のため電話してみると、用賀のアパートに居るという。
 
あと3日で結婚式だけど、準備とか大丈夫なのかなあと思いながら、青葉は渋谷から東急で用賀まで行った。ちょうど高校生の部活が終わったくらいの時間だったようで、用賀駅には多数の高校生がいた。
 
が青葉はそこに2種類の女子制服が混じっているのに気付いた。制服の胸に刺繍されている筆記体の文字や、彼女らの持つバッグに入っている名前から、J高校というのとS学園というのがあるようだと判断した。
 
用賀のアパートに行ってみると、千里はパソコンを開いてどうも作曲の作業をしているようである。
 
「ちー姉、もう結婚式の準備はできたの?」
「それよりもこの曲を私は明日の朝までに仕上げなければならない」
「大変だね!」
 
どうも食糧も切れているようだったので、青葉は買物に行って来て、御飯を作ってあげた。
 
「助かる。お腹空いてきたと思ってた」
と言って千里はそれを食べながら作業を続けている。
 
しかし・・・“この”千里姉もだいぶ元気になってきたなと青葉は思った。
 
「でも荷物もかなり残っているみたいだけど、引越はいつするの?」
「当面その予定は無い」
「でも結婚式を終えて新婚旅行に行って来たら、千葉で暮らすんだよね?」
「無理。主婦なんかしながら仕事できないから、信次は放置」
「同居しないの〜?」
「5月くらいになったら身の回りのものだけ持って向こうに行こうかとも思ってるんだけど。今の所ゴールデンウィーク前まで仕事が溜まっている」
 

「身の回りの物だけ持っていくなら、ここは?」
「作曲用の設備を置いておかないといけないし。だから千葉から毎日ここに通勤してくる」
 
やはり「この」千里姉は葛西のマンションのことを忘れているようだなと青葉は判断した。あそこなら千葉から近いし、楽器とかも充実しているのに。
 
「だったら、千葉市内にマンションか何か借りて、そちらに作曲関係の装備は移したら?」
「あ、それもいいかも」
「でないと、結婚したのにほとんど居ないって変だよ」
「そうかな」
 
「ちー姉が忙しいなら、私が適当なマンション見つけてあげようか?」
「それ助かるかも」
「だったら明日やっておくよ」
 

実際には青葉はコンビニに行くと言っていったんアパートの外に出てから、千里2に電話して、作曲作業用のマンションを千葉市内に確保できないかと訊いてみた。千里は日本時間で18日午前4時から試合があるから、その後で見つけて手続きしておくよと言った。
 
千里が使うマンションであれば「千里自身」が不動産屋さんと交渉して契約した方がすっきりするのである!
 
一方、千里2は青葉の電話にOKしたものの、これでまた自分の住所が1つ増える!と思った。
 
実は千里2が信次の所に引っ越していったとしても、この部屋は京平のために維持しておかなければならないのである。移転は可能だが、なかなかこういう《良い》土地は見つからない。
 
なお、15日早朝何とか曲を仕上げて新島さんに送信した千里は、雨宮先生から直接「済まないけど今日中にこれを頼む」と言われて、さすがに悲鳴をあげた。千葉の川島宅では、17日朝になっても千里が姿を現さないので、まさか結婚式のドタキャン?と焦って、信次が用賀まで様子を見に来た。そして信次は早朝曲を送信したまま机に打っ伏して爆睡している千里を発見したのであった。
 

3月17日(土)友引。この日の午後、千里は川島信次と千葉市内のホテルで結婚式を挙げ、披露宴を開いた。
 
(千里は結局午前中ひたすら寝ていて、お昼過ぎに千葉に出てきた。疲労で顔が不自由だ!と叫んでいた。美容液パックもしていたが疲労の色は完全には取れなかった)
 
この結婚式・披露宴に出席した千里側の親族は下記である。
 
村山津気子・玲羅(千里の母と妹)、浅谷美輪子・賢二(津気子の妹と夫)、高園桃香、朋子、川上青葉、以上7名。
 
千里はその他にJソフトの社長と同僚8名を呼んでいた。それで合計16名である。千里はバスケ関係者や音楽関係者は、後ろめたさがあって全然呼んでいなかったし音楽関係者には結婚することも言ってなかったが、冬子だけには話したので、冬子はお花を送って来てくれていた。
 
信次側の出席者は
 
川島康子・太一、片野亜矢芽(太一の婚約者)、川島義崇(康子の夫の弟)と妻の松子・息子の茂雄、松子の長兄夫婦、次兄夫婦、小林成政(康子の兄)夫婦、以上12名。
 
信次の上司である千葉支店長と部長、男性同僚2名。これで合計16名。
 
新郎新婦を入れて34名という中規模の披露宴であった。
 

多紀音はまるでその披露宴に出席する人のような感じのドレスを着てホテルに入って来た。同僚も来ているから、見とがめられるとやばいと思う。その人たちに見られなければ、結婚式という状況は、知らない顔があっても誰も気にしないから、わりと楽である。
 
花嫁控室を探して廊下を歩いていたら、近くのトイレから千里が出てくるのを見る。意を決して近づいて行く。千里は多紀音に気付かないようで、向こうの方に歩いて行く。結婚式では白無垢か何かを着るのだろうが、まだ普段着である。
 
千里がふいと角を曲がる。多紀音もそれに続いて角を曲がった。
 
え!?
 
そこは階段になっているのだが、千里の姿が見当たらないのである。
 
どこ?と思ってキョロキョロした時、誰かが多紀音の持つバッグを蹴った!
 
「あっ」
と多紀音が声をあげる。バッグが階段を落ちていく。そして踊り場で止まり、瓶の割れるガチャンという音がすると、白い煙があがった。
 
多紀音は怖くなって、逃げ出した。そして玄関近くにいたタクシーに手を挙げると乗り込んで、駅まで行ってくれと言った。
 

この日の披露宴では青葉は司会をして、宴を大いに盛り上げた。
 
青葉たちは式・披露宴が行われるホテルに泊まっているのだが、翌朝6時すぎ、青葉がロビーに降りて朝食を食べていたらジャージの上下を着た千里が玄関から入って来て、青葉の姿を認めると朝食券を買ってこちらに来る。
 
その凄まじいオーラの量から「2番」と判断する。
 
ジャージの胸には Marseille Basket Feminin という刺繍がある。これがちー姉の所属しているチームか!と青葉は思った。マルセイユということはフランスのリーグ?背中には 32 QUEUE という背番号と登録名が入っている。やはりMURAYAMAの名前は使っていなかったんだなと思う。
 
実は青葉はこれまで色々調べていたものの、千里2が所属しているリーグとチームを探し出せなかったのである。それでとうとう千里が解答を提示してくれたようである。
 
「ちー姉、試合は?」
「さっき終わった。疲れた疲れた」
 
と言ってバイキングで取ってきて、ベーコンエッグ、ウィンナー、クロワッサンにスープを食べている。ウィンナーは6本も取ってきているのだが、試合の後だからだろう。ペロリと食べてしまう。クロワッサンも5個くらい食べている。
 
「そうそう。部屋探ししようかと思っていたんだけど、信次さん、転勤になるみたいね」
と千里2は言った。
 
「嘘!?」
「まだ本人は知らないみたい。だから今千葉にマンション借りても1ヶ月くらいしか使わないことになる」
 
「うーん。。。」
「だから千葉市内のマンスリーマンションを契約した」
「ああ、そういう手が!」
 
「これ住所と鍵ね。1番に渡しておいて」
「OK。ありがとう」
 
「それと信次さん、どこか身体が悪いみたい」
と千里2が言うので
「その件だけど、腫瘍が見つかって、4月上旬に手術するらしい」
と青葉は言った。
 
「あ、そうだったんだ?」
「治療で放射線とかも使うから、体外受精はその1週間前にやるって」
「なるほどー。それで不妊になっちゃうの?」
「いや念のためだよ。生殖器に放射線当てる訳ではないけど、影響が出ないとはいえないから」
 

「まあマウスによる実験では400radの放射線照射で睾丸の重量は6割減少するらしいから(*1)」
「凄いね」
 
(*1)「マウス睾丸に対するHyperthermia, YM-08310 および Misonidazole と放射線併用効果について」(中野泰彦 1985)
 
「減少するのは精原細胞が死ぬため。ただそれ以上照射してもそんなに減らない」
「なんで?」
「そもそも精原細胞には放射線や熱に弱いものと強いものとがある。20段階以上、感度に差のあるものがあって、中には1400radくらい照射しても平気な精原細胞がある」
 
「それって様々な環境に耐えて子孫を残していくための仕組みなんだろうね」
「だから睾丸ってしぶといんだよ。青葉、まだ睾丸があった頃、睾丸を強い熱に曝して機能喪失させようとしたことない?」
「えっと・・・」
「風呂釜の熱湯が出てくるあたりに睾丸を曝していても、睾丸って死なないから」
 
「それやったことあるけど、皮膚が火傷するからその後しばらく辛かった」
「辛かったら、切り落とした方が楽になれるよ」
「ちょっとちょっと」
 
ちー姉、酔ってないか?
 

青葉は別の話をする。
 
「体外受精の時、桃姉の卵子、2番さんの卵子とすり替えたりしなくていい?」
「それはいい。私の卵子は貴司の精子以外とは結合禁止」
「ああ」
「それに朋子母さんが、結果的に自分の孫がもう1人できるというので喜んでいるから、そのまま桃香の卵子で子供を作るのでいいと思う」
 
「それはあるよね〜」
 

「でも雨宮先生も無茶だよね」
と青葉は言う。
「うん?」
 
「私が14日の夕方、用賀のアパートに行った時は、明日の朝までに仕上げないといけない曲があると言って、必死で書いていたんだよ。それを15日の朝5時半に送信したら、すぐ『これを16日中に頼む』って連絡があったらしい。結婚式前日なのに」
 
「まあ雨宮先生は千里の実力を知っているから、そういう無茶なこと頼むのさ」
と千里2は微笑んで言っている。
 
「1番さんが曲を作っていく過程を見ていたけど、凄いと思った。入力手伝おうかとも言ったけど、大丈夫と言って、キーボードで直接リアルタイム入力していくし」
「まあ私はそれが速いから、速く曲を作れる」
 
どうもそのあたりの能力は3人の千里が全員受け継いでいるようである。
 
「でも結婚式を翌日に控えてるのに急ぎの仕事って大変だったね」
 
「その曲は上島さんが三つ葉に書く予定だった。でも上島さんが使えなくなったんで緊急に千里に回されたんだよ」
と千里2は厳しい顔で言った。
 
「上島さん、何かあったの?」
と青葉は訊いた。
「数日中に逮捕されると思う」
「嘘!?」
 
「既に雨宮先生、東郷先生、後藤先生、蔵田さんの緊急会談が昨日行われた」
「上島さん何やったの?」
 
「今逮捕秒読みと言われている代議士Sおよび東京都議Tの共犯と、検察は見ているみたい」
 
「うっそー!?」
 
「だから業界からの永久追放・過去の賞全て剥奪の可能性もあるよ。それどころか数年間のムショ暮らしになる可能性もある」
 
「そんなあ」
「誰にも言わないようにね」
「私には言ってよかったの?」
「私はここには居ない人だからね」
 

「しかし三つ葉も、ブレイクしそうでブレイクしないよね」
と青葉は話題を変えた。
 
「三つ葉の波音(しれん)は大学に進学すべきかどうか、かなり悩んでいたみたいだけど、今よりもう少しは売れるようになる、というのに賭けることにして大学は受験しないことにしたみたい」
と千里が言う。
 
「あの子たち今給料どのくらいもらってるの?」
「月100万くらいだと思う。そもそも給料制で行かざるを得ない所が辛い。印税方式ではあの子たち、やっていけないんだよ」
「もう少し売れる素材だと思うけどなあ」
 
「あのユニットは高校3年・2年・1年だったから、いちばん上のシレンちゃんの責任は重大だったね。シレンちゃんが大学に行かないことを決めたことで、このユニットが存続していけば、来年のコトリちゃん、再来年のヤマトちゃんも、大学には行かないんだろうね」
と千里は言う。
 

青葉はその時、先日§§ミュージックで聞いた話を思い出した。
 
「進学問題といえば、アクアの代役を務めている今井葉月(いまい・ようげつ)ちゃんだけど、高校入試で今たいへんみたい」
 
「高校入試なんて、もう終わったのでは?」
「それがまだ終わってないから、問題で」
 
と言って、青葉は先日聞いた話を千里2にした。
 
「女子高のS学園に合格したんだ?」
と千里は嬉しそうに(?)言う。
 
「そうなんだよ。男の子なのに」
「でもJ高校に落とされた?」
「うん。でも確かにJ高校は成績がある程度ないと厳しいみたいだから」
 
「そうかもね。三つ葉の3人は成績がどんなに酷くても芸能活動でどんなに休んでも進級・卒業させてくれるD高校に行っている」
と千里。
 
「葉月はそのD高校も落とされたらしい」
「あそこを落とされるというのは私も聞いたことない」
「それが性別詐称と思われたのでは無いかと」
と言ってワルツの推測を話す。
 
「だったら、私はもしかしたらセイコちゃんを助けてあげられるかも」
「ホントに?」
 
「取り敢えず、入学式までに女の子の身体になっていたら問題無くS学園に入学できるよね?」
 
と千里2が楽しそうに言うので
 
「そっちの支援なの〜〜〜!?」
 
と青葉は呆れるように声を挙げた。
 

千里が御飯を食べ終わり(3人分くらい食べたと思う)、
「じゃ先に行くね」
と言っていた所、玲羅が入って来た。
 
「玲羅。これ、美輪子おばちゃんの子供たちにあげといて」
と言って、お菓子を玲羅に渡す。
「あと、TDLに行くと言っていたからなあと思ってお小遣い」
「さんきゅ、さんきゅ」
 
「お姉ちゃんはどこに居るの?」
と玲羅が訊く。
 
「試合で疲れたから、マンションに帰って寝てる。用事があったら電話して」
 
と言い、青葉と玲羅に手を振って出ていった。そのままホテルの玄関から出て行く。たぶん、葛西のマンションで一眠りするのだろう。
 

その日は昨日に続けて今度は信次の兄・太一と片野亜矢芽さんの結婚式・披露宴が行われた。これに千里(千里1)と信次、青葉と桃香も太一の親族として出席した。朋子は遠慮すると言っていた。桃香は「私は千里の妹の青葉の姉だから親族」などと主張して出席していた。
 
でも桃姉は、太一さんの甥か姪になる子の遺伝子上の母親になる予定だから、まあ披露宴に出席してもいい程度の親族かも知れないよという気もした。
 
ちなみに早月は昨日から朱音に預かってもらっている。
 
太一の方は双方20人くらいずつ招待した、信次の披露宴より少しだけ人数の多い披露宴で、青葉は余興でピアノを演奏しながら『Everything』を歌った。
 

千里1と信次、太一と亜矢芽は18日夕方、各々新婚旅行に旅立って行った。千里たちはハワイ10日間で、27日に帰国予定である。太一たちはオーストラリア2週間で4月1日に帰国予定である。
 
青葉たちは成田で2組のカップルの出発を見送った。
 
桃香は朱音の所に行って早月を回収して経堂のアパートに行った。朋子も一緒に行った。津気子・玲羅・美輪子たちはこの日も同じホテルに泊まっていて、翌19日はディズニーランドで遊んでから、20日に北海道に戻るということだった。
 
青葉は桃香たちと行動を共にしようかと思っていたのだが、上島先生の件がかなりやばいようなので、情報収集などのため、18日夕方§§ミュージックに行ってみた。最近あまり出社していなかった紅川会長も出てきていて、コスモスとゆりこも、厳しい顔をしてスタッフに指示を出してあちこち連絡を取らせていた。
 
夜22時頃、川崎ゆりこが出て行ったが、会話の節々を聞いていると、どうも春風アルト(上島先生の奥さん)を保護しに行ったようである。恐らく東京近郊の目立たない地区のホテルにでも連れて行くのだろう。
 
青葉は結局§§ミュージックに泊めてもらい、19日の夕方までそこに居た。紅川さんとコスモスも事務所にずっと泊まり込んであちこちと連絡を取っては情報収集と緊急対応をしていたようである。
 

3月19日(月).
 
天月西湖は母が作ってくれたお弁当を持って、早朝からJRと東急、更にJRと乗り継いで横浜市内のG高校まで出て行った。このルートは先日2度も受験会場の最寄り駅として利用した用賀駅を通過する。西湖は駅のホームを見ながら、もし今日の試験に落ちてしまったら、ボクはこの駅で降りる女子高生になるんだろうか?と考え込んだ。
 
ちなみに西湖は今日もセーラー服である。少しでも不安要素は取り除いておきたい。
 
行ってみると、受験生は結構多くて教室3つに分けて案内された。どうも男女が分離されているようで、西湖は女子だけの部屋に入った。受験番号も男子が1から始まり、女子が60から始まるようになっていたようだ。西湖の受験番号は67で、やはり女子として処理されている。つまりセーラー服で出てきて正解だったようだ。
 
実際にはかなり空席が目立つ。願書は出したものの、他の学校で決まって受験していない生徒が多いのだろう。見た感じ来ているのは、男子30名・女子20名くらいのようである。合格枠は「若干名」と発表されているが、その実数がどのくらいなのかは分からない。西湖はひょっとしてここの試験では合格枠が男子と女子で別々に設定されているかもという気もした。
 
試験は朝から 9:00国語 10:00数学 11:00英語 で英語の最後10分間はリスニングの問題であった。西湖は気分を落ち着けるために数学が終わった後、トイレに一度行っておいたが、むろん今日はセーラー服なので女子トイレに入る。
 
そこで落ち着くようにしたお陰か、今日は国語では多分50点くらい、数学は10点くらいではあるものの英語は30点くらい取れた気がした。このくらい書けたら、通してもらえないかなあ。
 

女子は物理教室、男子は地学教室でお昼ということになった。これまでの試験ではいつもコンビニで買ったおにぎりとかを食べていたのだが今日は母の手作りお弁当である。西湖はそれがまた嬉しくて、よし、午後の面接は頑張るぞ、と思った。
 
再度トイレ(もちろん女子トイレ)に行ってから、面接が行われる教室の前の廊下で待機する。男子は2階、女子は3階と分けて行われる。この学校はわりと男女を分けるのが好きなのかもという気もした。女子の面接は5人単位で4回で行われた。受験番号順なので西湖は2回目に呼ばれた。
 
質問の内容はごく普通である。好きな教科、好きな作家、好きな歌手、などを訊かれた。西湖は好きな教科は音楽、好きな作家は西尾維新、好きな歌手はアクアさん、と答えた。同じ組で面接を受けた子でやはりアクアと答えた子がいて、一瞬その子と視線を交わして微笑んだりもした。
 
面接は7-8分で終わり、西湖たちは「ありがとうございました。よろしくお願いします」と挨拶して退出した。
 

その日の帰り、駅の電光掲示板のニュースで
 
《衆議院議員S、東京都議T、作曲家上島雷太、お笑いタレント**、元野球選手**、##大学教授**、国土交通省課長**、JRTT部長**、##建設専務**、##不動産社長**、関東##会組長**らを逮捕》
 
というニュースが流れていたのでびっくりする。
 
上島先生、何したの〜?
 
他に並んでいるお笑いタレントや野球選手、大学教授というのもよくテレビに出ている人たちである。
 
家に帰ってからスマホでニュース検索してみると、鉄道工事に伴う大規模な不正土地取引があり、それに関わっているということのようである。逮捕されたのは電光掲示板で見た人以外にも30人ほどいるようだ。かなり大規模な事件のようである。歌手やタレントの名前も5つある。
 
でもでも。。。上島先生がこういうことになったら、先生から曲をもらっている歌手はどうすればいいの?多分100人を越すぞ、と西湖は思った。
 
コスモス社長から電話が掛かってきて、最初に入試のことを訊かれた。わりといい感触でしたと答えると、合格しているといいねと言ってくれた。そして、上島先生の事件を聞いたかと訊かれるので、ニュースで見てびっくりしていると言う。その件でもし記者のような人から訊かれたりしても「私は分かりません」と答えて、決して余計なことは言わないようにと言われたので「はい、もちろんです」と答えた。
 
実際何も分からないもん!
 

翌3月20日(火).
 
西湖は合格発表を見るため、9時半頃家を出るとJR・東急・JRと乗り継いでまたG高校に着いた。結果はホームページでも公開されるものの、合格していたらその日の内に入学手続きをする必要があるし、居ても立ってもいられない気分だったので、現地まで出てきた。
 
G高校には西湖が来た時も受験生10人くらいとそのお母さんらしき人が来ている。西湖は自分がひとりなので寂しい気持ちにちょっとなった。合格発表が行われる12時には30組ほどに増えていた。自分以外はみんな親と一緒だ。
 
11:59くらいに職員らしき人が出てきて、12時ジャストに2枚の紙を貼り出した。青い紙が男子の合格者、赤い紙が女子の合格者のようである。
 
自分の受験番号67を探す。むろん女子の方のリストだ。
 
60, 61, 62, 64, 65, 66, 68, 69, 70, ... と数字が並んでいる。
 
うっそー!?
 
67が無い。
 
念のため男子の方も見るが、もちろん無い。
 
掲示されている番号は男子が10個、女子は12個だ。受験生は男子が30人、女子が20人だったから、女子の方が競争率が半分くらいである。つまり自分は性別を誤解されたことで有利な戦いになったはずだが、それでも合格できなかった。
 

血の気が引くのを感じる。少しふらついた気もした。
 
近くに居た受験生のお母さんらしき人が
 
「あなた大丈夫?」
と声を掛けてくれた。
 
「あ、はい・・・」
「もしかして落ちたの?」
「私、どうしよう?」
 
「あんた、定時制とかに行ったら?たしか定時制なら今からでも募集を受け付ける所があったはずだよ」
とそのお母さんは言った。
 
「定時制ですか・・・。分かりました。考えてみます」
 
「あなたひとりで来たの?誰かに迎えにきてもらった方がいいよ」
とそのお母さんは言う。きっと自分が自殺でもしないかと心配してくれているのだろう。
 
母は・・・公演中だ。来られない。
 
「だったら、知り合いのお姉さんに連絡します」
「うん。それがいい」
 

それで西湖は桜木ワルツの携帯に電話してみた。
 
「和紗さん、どうしよう?私、G高校も落としちゃった」
と西湖は半分泣き顔になりながらワルツに相談した。
 
「今どこにいるの?自宅?」
とワルツは訊く。
 
「G高校に来ています」
「それ**駅の近くだよね?」
「はい」
「**駅の改札前で待ってて。私そちらに行くから」
「はい」
「改札を通らずに駅の前でだよ」
「分かりました」
 
多分車で来てくれるのだろう。それとしつこく中に入るなと言われたのは、自分が鉄道飛び込み自殺でもしないかと心配してくれたのかもという気がした。
 
自殺はしないよぉ。もうこの際、中卒でもいいもん。それとも女子高生になってS学園に行く?それって自分の人生がまるで変わってしまいそう。ボク性転換しちゃうことになるのかなあ、などと思って、こないだ母が自宅に戻ってきた日の朝、見た夢のことを思い出す。
 
でも、ホントこの後どうしたらいいのか、よく分からないよぉ。さっきのお母さんからは定時制に行ったら?と言われた。定時制のことは全然調べてなかった。ホントに今からまだ募集があるの??
 

駅前にドトールがあったので、入ってロイヤルミルクティーとミラノサンドを頼んだ。そしてボーっとした状態で紅茶を飲みながらサンドイッチを食べていたら駅前にマツダ・ロードスターが停まるのでびっくりする。あれはコスモス社長の車だ。でも運転していたのはワルツさんで、車を一時停止させたまま自分を探しているようだ。西湖は慌てて食べ残しのミラノサンドをナプキンで包んでトートバッグに入れ、飲み残しの紅茶は捨てて、お店を飛び出した。
 
「すみません」
と声を掛ける。
 
「良かった。居た。乗って」
「はい」
 
それで西湖が助手席に乗るとワルツはすぐに車をスタートさせた。
 
「お昼何か食べた?ハンバーガーとドリンク買ってきたから、良かったら飲んで」
「ありがとうございます」
 
それで頂く。ワルツはしばらく何も話さなかった。西湖はボーっとしたまま風景を見ていたので、どこを走っているかも分からなかったが、どうも高速に乗ったような感じであった。
 
風が気持ちいいな・・・と西湖は思った。
 
それとあまり寒くないのが意外に思った。西湖はオープンカーって、てっきり夏向きの乗り物と思い込んでいたのである(実際には夏にトップを開けていると暑くてたまらない)。
 

西湖がハンバーガーとドリンク、それにドトールから持ち出したミラノサンドの残りを全部食べてしまった頃「あきるの」というIC名表示を見た。車は圏央道を走っているようだ。
 
「西湖ちゃんにかなり仕事をしてもらってたけど、それでお勉強の方がお留守になってしまっていたのは、こちらも配慮不足だったと思うってコスモス社長が謝っておいて欲しいと言っていた」
とワルツは話し始めた。
 
「そんなことないです。私が好きでお仕事しているんです。アクアさんのサポートの仕事は凄く楽しいし」
と西湖は言う。
 
「アクアちゃんも中学時代はほとんど勉強してなかったみたいだけど、高校に入ってから、英語とか中学1年の所から自分で勉強しなおしているみたいで、この1年でだいぶ英語が分かるようになったみたい」
 
「凄いですね。あの忙しさなのに」
 
「だから、西湖ちゃんも、高校に入ってから中学1年から勉強をやり直しなよ。アクアちゃんは進研ゼミの中学講座受けているみたいだから、西湖ちゃんもそれやるといい」
 
「それもいいですね!」
 

「それでさ、どうするかだけど、何か考えた?」
とワルツは訊いた。
 
「どうしよう?と思っていた所です。さっき合格発表の所で、私がショックで立ちすくんでいた時に、私に声を掛けてくれた他の受験生のお母さんは、私に定時制に行ったら?と言っていたんですが、どうなんでしょう?」
 
「定時制は、昼間にお仕事をしている人にはいいんだよ。授業は夕方から始まるから」
「へー」
 
「だけど、タレントさんのお仕事はむしろ夕方からの方が多い」
「そうですよね!」
「だから定時制は無理だと思うよ」
「そっかー」
 
「タレントさんで全日制に行けなくなった人で、通信制高校を受けている人は多い」
「通信制ですか!」
 
「普段はテキストとテレビ放送とで勉強すればいい。だから1日のどこかで時間を取ることができたら何とかなる。放送は録画しておけばいいし。ただ、通信制のネックはスクーリングなんだ」
 
「何ですか?それ」
 
「通信制といっても全てが通信教育で完了する訳ではない。1年の内の何日間かスクーリングといって、提携している学校で開かれる授業を受けにいかなければならない。ところがこれがだいたい土日に開かれる」
 
「うっ・・・」
 
「お仕事の量がそこそこのタレントさんなら、何とか日程調整して受けに行くことができるんだよ。事務所もそのくらいの配慮はしてくれるし」
 
「でもアクアさんの仕事は無理です」
「うん。アクアが土日空いているわけない。だから西湖ちゃんのお仕事も土日は空かない」
「そうなんですよ。この3年間、土日を休んだ記憶が無いです」
 
「ということで通信制も厳しいと思う」
 
「中学の先生からはどうしてもどこにも入れなかったら、フリースクールという手もあると言われたのですが」
「フリースクールは、法的にはふつうの塾と変わらない。いったん社会に出ていた人とか、普通の高校を退学させられた子とかが、よく通っている。名前の通り、自由度はあるんだけどさ」
 
「はい」
「自由が利くから結果的に忙しすぎる人は、全く出席できなくなってしまうと思う」
 
「ううううう」
 

「だったらどうしましょう?」
 
「私、コスモス社長や紅川会長とも話し合ったんだけど、S学園が受け入れてくれるというのなら、もうそこに入っちゃったら?」
 
「え〜〜〜!?」
「別に性転換しろとか言われている訳ではないんでしょ?」
「はい。ただ女子生徒として通ってくれるならと言われたんです」
 
「それだけどさ、西湖ちゃん、自然体(しぜんたい)にしていても、女の子に見えるから、特別何かする必要は無い。普通にしていれば、それが女子生徒らしい行動になると思うよ」
 
「あ・・・」
 
それは今まで気付いていなかったことであった。確かに女子らしい行動を取ればというのは、つまり普段の自分のままでいればそれで良いのかも知れない。
 
「でも3年間、女子制服で通うんですよね?」
「西湖ちゃん、いつも女の子の服着てるし」
「トイレも女子トイレですよね?」
「西湖ちゃん、いつも女子トイレ入っているし」
「体育の時の着替えとかは」
「西湖ちゃん、いつも女子の控室に居て、女の子たちと一緒に着換えてるし」
「ボクはいいとして、他の子が気にしないでしょうか?」
「西湖ちゃんが女子控室に居ても誰も気にしてないし、みんな平気で下着姿を曝したりしているし。西湖ちゃん、女の子の下着姿を見て興奮する?」
「それ、実は何も感じないんです!」
 
「だったら普通に女子高生生活を送れるという気がするよ」
「そうかも!」
 
 
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【春からの生活】(3)