【春からの生活】(5)

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天月西湖は3月24-27日の4日間、つくばみらい市のワープステーション江戸に籠もって『ほのぼの奉行所物語』の撮影に参加していて、27日深夜、桶川市の自宅に戻った。
 
郵便物が2通来ていたが、1つはS学園(酒井学園)からの手紙で入学者オリエンテーションのお知らせと、事前面談の打診であった。西湖はS学園への入学辞退の手続きと入れ違いになったなと思った。
 
もうひとつの封書はJ高校(純泉高校)からのものであった。そちらも説明会か面談の通知かなと思って開封した。
 
え!?
 
西湖は目を疑った。
 
そこにはこう書かれていた。
 
「入学辞退の届出を受理しました。今回はご縁が無かったようですが、天月西湖さんの、今後の学業の進展をお祈り申し上げます」
 
西湖はその文章を10回くらい読んだ。
 
入学辞退〜〜〜〜!?
 
なんでこんなのがJ高校から来る訳〜〜〜?
 

西湖は10分くらい考えてから、深夜ではあるものの母に電話した。
 
「お母ちゃん、夜遅くごめんね」
「いいよ。こちらは今、楽日(公演の最終日)の予定を色々話し合っていたところだから」
 
「それでこないだ頼んだ入学辞退の届けだけど」
 
「うん。あの後、ネットで見ていたら、ホームページからも入学辞退の手続きができることに気付いたんだよ。だからあの後すぐネットでその手続きをしたら日曜日に学校から速達で書類が到着したんだよね。それですぐに記入して投函しておいたよ」
 
日曜日に投函した書類が学校には月曜日に到着して、それで届出受理のお知らせが火曜日に西湖の自宅に到着したのだろう。
 
「それ、酒井学園の入学辞退だよね?」
「うん。酒泉高校だよ」
 
西湖は母がやはり2つの高校の名前をごっちゃにしていることに気付いた。後からこの問題について家族3人で検討した所、実は都内には以前、本当に酒泉高校という名前の私立高校があったので、母はその記憶から混乱してしまっていたようであった。酒井学園の方は昔は田畑女子高校という名前だった。
 
「お母ちゃん、学校の名前がごっちゃになってる。ボクが受けたのは純泉高校と酒井学園で、辞退したいのが酒井学園、入学したいのが純泉高校なんだけど」
 
「ちょっと待って」
 
と言って母は何か見ているよう。
 
「私が書いたのは酒泉高校の入学辞退届けだよ」
「いや、そういう名前の学校は無いって」
 

ただならぬ事態なので、母は劇団事務所から深夜車を飛ばして自宅に戻ってきてくれた。父も一緒である。
 
「私が書いたのはこれだよ。出す前に念のためコピー取っておいた」
と言って母は書類を見せる。
 
母の字で「酒泉高校ご担当様」と書かれている。しかし西湖は書類の下部に「純泉高校・入試担当」と小さな字で印刷されていることを指摘する。
 
「う。。。」
 
父はパソコンで少し調べていたようだが言った。
 
「この2つの学校は学校法人名が似てる。学校法人酒井学園と学校法人佐久江学園。ホームページのURLもsakaiとsakueで似てる。住所も酒井学園は用賀3丁目52、純泉高校は用賀2丁目52」
 
「ごめん。私、どこかで間違ってしまったみたい」
と言う母は顔色が青ざめている。
 
西湖はとても母を責めることはできなかった。公演で物凄く多忙な中、自分の受験のためにかなり無理してくれている。
 
「俺が明日の朝いちばんに純泉高校に連絡してみる」
と父が言った。
 
「うん」
 

3月27日(火).
 
千里(千里1)は信次とともにハワイから成田空港に帰着したが、信次が千葉の自宅に戻ったのに対して、千里は信次とは別れて世田谷区用賀のアパートに入り
 
「よし、やるぞ」
と自分に声を掛けて、蓮菜の書いた歌詞を1枚取ると、それに取っ組み合った。
 

一方、信次はひとりで千葉の自宅に帰宅したので康子が驚愕した。
 
「あんた、まさか成田離婚?」
「いや、千里は急な仕事が入って会社に行った」
「新婚早々なのに?」
「何か緊急事態が起きているらしい。他の人では対処できないらしくて」
「大変ね!」
 
「それに僕も4月4日に体外受精しなきゃいけないから、1週間前から禁欲なんだよ。新婚早々の妻がそばにいたら、とても禁欲なんてできないから、逆にこれでいいと思う」
と信次は言った。
 
「あんたも辛いね!」
 
「でも新婚旅行はどうだった?」
「負けた」
「へ?」
「体力が凄すぎる。とてもかなわないと思った」
「はあ」
 

信次がそのように言うので康子はベッドの上で千里がとっても元気で男の信次が精根尽き果てたという状況を想像したのだが、実際には最初の2日ほど千里の観光(?)に付き合って、マノアの滝とか、カイヴァリッジ・トレイルとかに一緒に歩いて行ったものの、とても体力的に付いていけず、3日目以降は千里とは別行動にさせてもらって、ショッピングやビーチでの散歩などを楽しんでいたのである。
 
むろん夜はちゃんとすることはしたし、千里に初めて“入れてもらった”ので、信次としては満足だった。
 
千里は「なんだ。それが好きなら恥ずかしがらずに最初から言えば良かったのに」と言っていた。「私男の子役はあまりうまくないんだけどね〜」と言いながらも結構してくれたので、ああ、やはりこの子レスビアンの経験があるなと思った。
 

千里1が用賀のアパートで頭をアルファとベータの境目の微妙な状態にキープして歌詞にメロディー付けをしていたら訪問者がある。青葉であった。
 
「ちー姉、お帰り」
「ただいま。ごめん。お土産は信次が持っていったはず」
「大変みたいね」
「大変だよぉ。青葉少し手伝ってくれたりはしないよね?」
「私も4月10日までに10曲って頼まれてる」
「あんたもか!」
 
青葉は結局3月19日以降ずっと大宮のアパートで頼まれた作曲の作業をしているのである。ただ4月3-8日には日本選手権水泳に出場する。それを言ったら期限を10日までにしてくれた。
 
「それでこないだ言ってた千葉のマンションの鍵」
と言って青葉は鍵を千里に渡した。
 
「ありがとう。ん?これもしかしてウィークリーマンションか何か?」
「信次さんに名古屋転勤の辞令が出るみたいだよ」
「嘘!?」
 
「たぶん明日会社に出て行ったら言われるんじゃないかな」
「なんで青葉は本人も知らない辞令を知ってる?」
「まあ色々情報網はあるし」
「でも名古屋〜? 私東京でしなければいけないこと沢山あるのに」
 
「名古屋なんて、都内のどこかよりは近いよ」
「確かにね〜。でも名古屋の中の僻地だったら?」
「名古屋駅のそばにマンション借りて、信次さんには頑張って遠距離通勤してもらえばいい」
 
「よし、そうしよう」
「東京往復は新幹線の定期券買えばいいよ」
「そうする!」
 
(東京−名古屋間の新幹線定期券は存在しないが、東京−静岡、静岡−名古屋の定期券を持っていれば東京−名古屋ノンストップの新幹線自由席にも乗車可能である。料金は3ヶ月で75万9980円(1ヶ月あたり25万3327円)になる)
 

「だから今千葉のマンションを借りてもすぐ出ることになるから、取り敢えずマンスリーマンションを借りた。でも名古屋に移動するなら、あらためて名古屋に作業用のマンションを借りるよ」
と青葉は言う。
 
「分かった。そちらはお願い」
と千里。
 
実際には既に千里2(の多分眷属さん)が適当な物件を探している所である。
 
「千葉のマンスリーマンションはもう使えるから今日でも引越できるよ」
「取り敢えず4月4日までは無理」
「4日に体外受精するんでしょ?」
「そうなのよ。だから前日の3日信次と一緒に仙台に入って、代理母さんとも面会しないといけないから2日の午後には一度千葉に行かないといけない」
 
「4日は体外受精終わったら千葉に戻る?」
「そうなるかな。信次の手術にも付き合わないといけないし。私忙しいのに」
「だったら、ちー姉が2日にここを出た後、4日には千葉のマンションで作業ができるように荷物を移動させようか?」
 
「それがいいかな」
「じゃ手配しておくよ」
「助かる。よろしく」
 
と千里は言ったのだが、青葉は自分のスマホを取り出し、あたかも電話でもしているかのような格好のまま、多分この方角だろうと思う付近に視線をやって、
 
『そういう訳で、騰蛇さん、お引っ越しよろしく』
とオープンモードで話しかけた。
 
それで青葉は帰ってしまった。
 

いきなりお願いされた《とうちゃん》はギョッとした。
 
『おい、青葉には俺たちが見えるのか?』
と《りくちゃん》に訊く。
 
『物凄くうまく隠蔽されているから普通の霊能者には見えないはず。しかし青葉の能力もハンパ無いから見えていたとしてもおかしくない』
と《りくちゃん》は言う。
 
『でも千里の引越だし、俺たちでやるか』
『まあ、やってもいいよな』
 
それで眷属たちは話し合って、次のような計画をまとめた。
 
・2日午後、千里がアパートを出たら荷造り開始。
・2日夜の内に荷物を軽トラに積んで移動させる。
・音楽・バスケ関係・パソコン・電話機などは千葉市内のマンスリーマンションへ
・寝具・書籍などは桃香のアパートへ。
・衣類など身の回りの品は千葉市内の信次の家へ
 
・エアコン、こたつ、電気カーペット、空気清浄機、除湿器、洗濯機、冷蔵庫、および調理器具類はそのまま置いておく。
 
・3日に室内全清掃、エアコンや冷蔵庫の清掃、畳の表替えと襖の張り直しをする。
 
・引越作業・清掃作業は《とうちゃん》《たいちゃん》《げんちゃん》《いんちゃん》《りくちゃん》の5人で行い、《びゃくちゃん》《てんちゃん》は千里に付いている。
 

「青龍(せいちゃん)は?せっかく免許取ったから運転頼みたかったのに」
「Jソフトの仕事が忙しいようだ」
「新婚早々大変だな」
「別に青龍が嫁さんになった訳ではないと思うが」
 
「あいつずっと女装しているけど、メスに性転換するつもりはないのか?」
「もう女装生活は嫌だぁと泣きごと言ってるぞ」
「あいつ素顔も美青年だから女でも行けると思うけどなあ」
「凄く若いよな。1000歳越えてるのにまだ500歳で通る」
「寝ている間に手術してしまおうか?」
「龍の性転換手術ってどうやるんだ?」
 
「勾陳(こうちゃん)は最近何やってんだ?あいつが一番戦力になるのに」
「霊感を喪失する直前くらいに千里本人からアクアのガードを頼まれていたらしい。だからしばらくアクアに付いていると言っていた」
「千里の指示なら仕方ないな」
 
「貴人(きーちゃん)も何か最近忙しいようだな」
「話し合いにだけ参加して『後はよろしく』と言ってどこかに行ってしまった」
 
「あいつは大神様からの直接指令があって何か工作活動をしているらしい」
「大神さまからの!?」
「なら仕方ないな」
 
「結局、運転できる奴が3人ともダメなのか?」
「私が運転するよ」
と《いんちゃん》が言っている。
 
「朱雀(すーちゃん)も最近何やってんだ?」
「何か調べ事があるという話だった。それも霊感を失う前の千里の指示らしい」
「千里は結構個別に秘密のミッションをさせていたからなあ」
 

少し時間を戻して、3月16日(金)の夕方、警察関係にコネの多い、○○プロの丸花社長が、2〜3日以内に上島雷太の逮捕状が請求されるという、警察の内部情報を得た。
 
これはとんでもないことになると考えた丸花は最初に、元法学生で法律に詳しく正義感も強いので、絶対にこういうものには関わってないと思われたタブララーサの後藤正俊に連絡して善後策を考えたいと言った。後藤正俊は丸花さんに言った。
 
「上島君が楽曲を提供していた歌手が活動停止に追い込まれるとマジで幾つかレコード会社やプロダクションが倒産しますよ」
と言った。
 
「どうすればいいと思う?」
「上島君が書いていた楽曲を誰かが代わりに書くしかないです」
「それ無理だろ?」
「だから多人数で手分けするんですよ。ゴーストライターの元締めの東郷誠一さん、多数の作曲家をグループとして抱えている雨宮三森、それにグループ化はしていないものの作曲家のコネが多い蔵田孝治も呼んで4人で少し話しませんか?」
 

急を聞いてその4人が集まったのが翌日の午後であった。
 
「上島って、どのくらいのペースで楽曲書いてたの?」
と蔵田が訊く。
 
「昨年1年間で950曲。これはJASRACのデータベースを検索させて割り出した。ただ2割前後のプラスマイナスがあるかも知れない。多すぎて分析できない」
と丸花さんが言う。
 
「それで、その内、どのくらいを本人が書いていたの?」
「全部だ」
「いや、それはありえない」
「彼はゴーストライターが嫌いだったんだよ」
「でも不可能でしょ?そんなに書くのは?」
「彼はメロディーだけを書く。歌詞との精密な合わせ付け、編曲は下川君の工房でやっていた。あの工房は事実上、上島君の楽曲製作を支援するために存在している」
 
全員が腕を組む。
 

「じゃ何?みんなで手分けして950曲書こうという話?」
「それ1人5曲書いたとしても作曲家が190人必要じゃん」
 
この日の話し合いではみんなが上島雷太が書いていた楽曲の量に呆れたものの、何とかしなければならないということで、当面の処置として次のような分担で4月上旬までに100曲用意することにした
 
雨宮系(醍醐・ケイを含む)50曲、東郷系(醍醐以外)20曲、蔵田系(ケイ以外)20曲、後藤系10曲。
 
「過去の楽曲を手直しして出そうよ」
「うん。それで200-300曲は何とかなる気がする」
 
「でもこれもっと多くの作曲家を集めて会議した方がいい」
「誰か適当な人を音頭取りにして集めるよ」
と丸花さんも言った。
 

3月17日の会議を受けて、雨宮派の管理人・新島鈴世はまず、18日朝、天野貴子に連絡し、分担数は任せるが、醍醐春海と琴沢幸穂の2人で4月10日くらいまでに20曲ほど書いてほしいと依頼した。タイトルも悪いがそちらで考えてくれないかという話をする。
 
「やはりそういう展開になりましたか。ではメロディーとギターコードの手書き譜面のレベルでいいんですね?」
 
と天野は言った。天野はこの情報を既に知っていたようであった。
 
「はい、それでお願いします。現在醍醐先生と琴沢先生にお願いしている4月27日までのお仕事は全部約1ヶ月延ばして6月1日(金)までとしますので」
「分かりました。新島さんも大変でしようしタイトルはこちらで考えます」
 
新島は次にケイ(唐本冬子)に連絡したが、ケイも
「やはりそうなりましたか」
と言っていた。ケイもこの情報を得ていたらしいのに驚く。ただケイは様々な方面に幅広い人脈を持っている。それでおそらく察知していたのだろうと新島は思った。彼女もタイトルまで考えてくれるということだった。
 
次に大宮万葉(青葉)に連絡したら
「その話、今朝、醍醐春海から聞いた所でした」
と言われる。
 
ケイと話している内に醍醐経由で連絡が行ったのかなと思ったのだが、どうも醍醐春海自身は別ルートで2-3日前に既にこの情報を得ていたらしい。
 
全くこの業界にはほんとに耳の早い人たちがいる!
 
更に寺内雛子にも連絡したら
「既に4曲書いた」
 
と言われた。
 
新島はさすがに「うっそー!?」と思った。寺内は既に1週間ほど前に情報をキャッチして、多分何曲か代わりに書いてくれと言われるだろうと思い、動き出していたらしいのである。
 
だって、警察の極秘内部情報を元警察高級官僚の丸花さんがキャッチしたのが16日なのに〜〜!!
 
生き馬の目を抜くってのは、まさにこの人たちのことだと、あらためて新島は思った。
 

天野貴子こと《きーちゃん》は、頼まれた20曲は、千里1に10曲、千里2,3に5曲ずつ頼もうと考え、まずはとにかく頑張ってタイトルを20個考えた。
 
実は《きーちゃん》は、いち早く14日に情報をキャッチした紅川会長から、コスモスを通じて、§§プロ系絡みで上島先生に書いてもらっていた曲が10曲あり使えなくなると思うので、緊急に代替してもらえないかという依頼を受けていた。紅川さんは丸花さんより2日前にこの情報を得ていた。
 
それですぐにその10曲を結婚式で忙しい1番を避けて千里2・3に5曲ずつ書いてもらっていたのである。(雨宮から千里1に直接15日に依頼があったのは計算外。実は雨宮も逮捕情報を14日に得ていた)
 
それでその内先行して完成した5曲(千里2が3曲と千里3が2曲)を千里2が22日に直接§§ミュージックに持ち込み、その時西湖と遭遇してJ高校に入学できるように一肌脱いであげたのである。
 
2,3がそちらの作業をしていたので、新島さんの方から来ていた仕事は新婚早々気の毒ではあるが、1に多く振り分けることにした。
 
千里2は「OKOK」と言っていた。
 
千里1は太一の結婚式を前に、控室で休憩している時にその連絡を受け
 
「うっそー!?」
 
と思った。千里1は17日朝、雨宮先生からの“急ぎの仕事”の曲を書き上げ、その後半日爆睡して昨日午後結婚式・披露宴をして、取り敢えず初夜を経て今日は義兄となった太一の結婚式に出ようとしていた所であった。
 
私って結婚式や新婚旅行でも全く休めないのね。。。
 
とは思ったものの、気を取り直して蓮菜に作詞依頼をした。
 
なお蓮菜は3つのメールアドレスから相前後して作詞依頼を受けて「どうなってんだ?」とは思ったのだが、元々千里は機械音痴・パソコン音痴で、自分でもよく管理できているとは思えない多数のアドレスを使用していたので、気にせず依頼のあったアドレスにその分の歌詞を書いては返信していた。今回は短期間に多数の歌詞が必要になったので、7割くらいはストックを使用した。
 

そして。。。《きーちゃん》が千里3に連絡した時、千里3は貴司に多大な“DV”を働いていた所であった。貴司が「落ち着いて〜」「許して〜」と悲鳴をあげていた所に《きーちゃん》からの電話が掛かってきたので、千里3は
 
「いったい何?」
と怒ったように言い、《きーちゃん》がギョッとした。
 
《きーちゃん》が恐る恐る今頼んでいるものに加えて、4月10日までにあと5曲書いて欲しいと言うと
 
「それはいいけどさ、貴司を去勢したいから協力してくんない?」
などと千里3は言った。
 
「いいですよ〜」
と《きーちゃん》は気軽に言い、次の瞬間貴司の男性器が消失する。
 
「うっそー!?」
と貴司が叫ぶ。
 
「いっそ女の子にしちゃいます?」
と《きーちゃん》が言うと
「それやるときっと男と浮気するから、どちらともできない形がいい」
と千里3は言って電話を切った。
 
「貴司、そのビバビバだかビバノンノンだかという女と離婚して、私の所に戻って来たら、ちんちん戻してあげるから、それまではちんちん無しで過ごしなさい」
 
と千里3は怒りの表情で言い、最後に「これは阿倍子さんの怒りの分」と言って貴司に数回蹴りを入れてから、
 
「この部屋、私が投げつけたものはちゃんと片付けておいてよね」
 
と言い残してホテルの部屋を出た。
 

貴司は「1月にこの件は話したのに〜」と情けない顔で言うと、渋々部屋を片付け始めた。その様子をリモートで眺めていた千里2は含み笑いをしてから
 
「ああ、スッキリした」
と言った。
 
そして貴司が千里に渡しそこねたエスティローダーの春のセットと、千里3が渡しそこねたホワイトチョコのセットを《つーちゃん》に頼んで入れ替えてもらった。
 
「千里も人が悪い。あのホワイトチョコ、きっと美映さんが見つけるよ」
と《つーちゃん》が言うと
 
「だから、いいんじゃない」
と千里2は苦笑しながら言った。
 

23日(金)の深夜。
 
息子(多分娘ではない)の西湖から純泉高校の入学許可証をもらったので酒井学園の入学辞退手続きのため月曜日に学校に連絡して欲しいと言われた天月湖斐は、自分が“酒泉女子高校”の電話番号を持っていないことに気付いた。
 
それで「酒泉女子高校 東京都」でネット検索したら「酒井学園」というのがヒットする。あれ〜?何か名前が違うような気がするけど、と思うものの、入試関係の連絡先を調べていると「入学辞退をする場合は」という項目があり、そこをクリックすると、氏名カナ・生年月日と電話番号を入れるフォームが出てきた。
 
入力しただけで確認無しで辞退にはなるまいと思い、アマギセイコ・H14.08.20 048-***-**** と入力すると、受験番号と「天月西子・桶川市***」と表示されて
 
《入学辞退届を登録された住所に郵送しますか?》
と表示された。
 
名前の漢字が違う〜!と思ったものの、どうもここで良かったようだと考える。念のため、コマンドキーを押しながらクリックして、このページはそのままにしてトップページを表示させてみると、確かに女子校のようである。
 
西湖が辞退すると言っていたのは女子校だったはずだから、この学校で間違い無いなと湖斐は判断した。
 
『あの子、本人は忘れているみたいだけどそもそも『いやじゃ姫』役で初舞台を踏んでいるし、幼稚園の時は将来の夢はお嫁さんと言ってたし、他の生徒は女子ばかりというピアノ教室にずっと通っていたし、本人けっこうスカート穿くのが小さい頃から好きだったみたいだし、女子校でもやっていける気がするけどね〜。高校では少ないかも知れないけど大学では女子大の授業を資格取得のため受けに来る男子学生は普通に居るし』
 
などとも思いながらも
 
『まあ辞退すると言っているからいいか』
 
と思って、湖斐はOKボタンを押そうとした。
 
ところがそこに劇団の女性が
「常務、すみません」
と言って呼びに来た。
 
「こんな時間まで起きてたの?」
「それが。これちょっと見てもらえませんか?」
 
それで湖斐は、こういう時は落ち着いてからクリックすべきと思い、画面を放置したまま、その女性と一緒に部屋の外に出て行った。
 

湖斐が出て行った後、足音も立てずにその部屋に入ってきた人物がいる。その人物はしばらくパソコンを操作した上で
 
「これでよし。男の娘が女子校に入れるチャンスなんてまずないし、わざわざ男とバレにくいように虚空さんが喉仏を“変形させて”突起の無い状態にしてあげたのに無駄にしちゃいけないよ。次は去勢が先かなあ、おっぱい大きくするのが先かなあ」
 
などと独り言を呟くと、そっと部屋から立ち去った。
 
20分ほどして湖斐が部屋に戻る。
 
「まったく。あと9日だというのに、こんな時に壊れるなんて。修理代が頭痛い」
とぶつぶつ文句を言いながらパソコンの前に座る。
 
再度表示されている内容を確認して、湖斐はOKボタンを押した。
 
これが3月24日(土)の午前1:30頃であった。
 

西湖は28日(水)も都内で仕事があるので朝から仕事場に出かけた。お昼頃父からメールが来ているのに気付く。
 
話し合いたいから、今夜23時すぎに劇団事務所に来ないかというのである。
 
基本的には中高生は22時で解放してもらえるので、一応現場に来ていたアクアのサブマネージャー高村友香に確認して、こちらの仕事が終わってから行くと返信した。
 
しかし内容を書かないまま単に来ないかというのは良くない話なのだろうか。西湖は動揺したものの、その心理的な不安が表に出ないよう自分を励ましてこの日のお仕事は頑張った。
 
仕事は21:30に鎌倉市内で終わったので、それから西湖はアクアと一緒に友香が運転する車に同乗して信濃町まで戻り、普段着(男物)に着替えて、タクシーで劇団事務所まで行った。到着したのが23時半頃であった。
 
両親と西湖で休憩室に入る。
 

「ごめん」
 
と母が机に頭をつけて西湖に謝った。
 
「ダメだったの?」
 
「朝1番に電話して、間違って別の学校の辞退をするつもりがそちらに辞退の連絡をしてしまったので取り消したいと言ったんだけど、そういう間違いがあってはいけないから、電話やネットだけでは完了させずにわざわざ書類を郵送往復させているのだから、今更取り消しはできないと言われた」
 
と父が言った。
 
「そんなあ」
 
「かなり食い下がった。特にこちらからの辞退確認届の宛名が『酒泉高校』となっていたことに気付かずに処理したのはそちらのミスではないかと、こちらのミスは棚に上げて主張した。それで向こうもその点は謝ると言ったし、他に行く高校が無いということにも同情してくれた。しかし、うちが連絡した後で、親の急な転勤で編入試験を受けた生徒が数人あって、こちらが辞退するというのを見込んで、定員ギリギリになる所まで合格させてしまったらしい。だから西湖の入学を再許可してしまうと定員オーバーになってしまうと。定員オーバーがバレると文部科学省から処分を食らうので、こちらでもどうにもできないと言われた」
 
「じゃ、ボクどうすればいいの?」
と西湖は泣きながら言う。
 
「それでふたりで話し合ったんだけど、お前、やはり.酒井学園に行きなさい」
と父は言った。
 
「え〜〜〜!?」
 

「それで酒井学園からは事前面談をしたいという連絡があっていたから、電話して明日の午前中に行きたいと伝えた。お前明日の午前中は仕事休めるか?」
 
「訊いてみる」
 
それで西湖は事務所に電話してみた。ここの所上島先生の問題の対処の関係で多分まだ誰かいるだろうと思った。
 
電話に出たのは川崎ゆりこである。こんな時間までお仕事しているのか、大変だなあ、と西湖は思う。
 
「おはようございます」
「おはようございます」
と挨拶を交わしてから、急で申し訳無いが、進学予定の学校との面談があるので、明日の午前中、お仕事を休ませてもらえないか言った。
 
「ああ、それは大丈夫だよ。明日はボディダブルのお仕事は無いし。リハーサル歌手の仕事はあるけど、それは代わりに誰か行かせるから、学校に行っておいで。明日は1日休みにしておくよ」
 
「ありがとうございます!助かります」
 
それで明日、西湖は父と一緒に酒井学園に行くことにしたのである。
 

そういう訳で西湖は3月29日(木)の朝から父と一緒にS学園に向かった。服装は母に言われて、セーラー服を着た。
 
「でもお前、セーラー服って割とよく着てるの?」
と父が訊く。
 
「女の子役をする時は、自宅を出る時から女の子の格好して気持ちをそちらに転換しておかないと自然な演技ができないんだよ。それで女子制服っぽい服を何種類か自宅に置いているよ」
 
「お前胸があるみたいだ」
「ブレストフォームつけてるもん」
「どれどれ」
と言って父は西湖の胸に触る。
 
「まるで本物みたいだ」
「これいいブレストフォームだからね。ボクの肌の色に合わせて作られたオーダーメイドだし。股間偽装もしてるよ。触っていいよ」
「ん?」
 
それで父は西湖の股間に触る。
 
「これ女の股間の感触なんだけど。女になる手術したんじゃないよな?」
「手術とかしてないよ。でもこれで女湯に入れるよ」
「女湯に入って興奮しないの?」
「平常心だよ」
 
と西湖は言いながら、先日丸山アイと一緒に女湯に入った時のことを思い出していた。父は「ほほぉ」と小さな声をあげてから
 
「だったらやはり女子高生ができるよ!」
と言った。
 
「結局、女子高生にならないといけないのかなあ」
 
西湖も昨日はショックだったものの、元々一時は女子高生をやるつもりになっていたので、一晩寝て少しは気を取り直すことができている。
 

JRで渋谷まで行き、東急で用賀駅まで行って、北口を出てから5分ほど歩いてS学園に入る。校門の所で守衛さんに呼び止められたので、入学予定者で、父と一緒に個人面談に来たと言うと通してくれた。
 
職員玄関を通ると右側にガラス製の大きな壁があり、その向こう側に職員室が広がっている。西湖は右端の所にある受付のガラス戸を開けて、近寄って来た先生に、アマギセイコと名前を告げ、新入学生で個人面談に来たと言った。
 
それで校長室に通された。すぐに教頭先生、二本松先生ともうひとり女の先生が来た。そのもうひとりの女の先生は《S学園養護教諭・川相玲斐》という名刺を西湖たちにくれた。この「斐」の字の読み方がうちのお母ちゃんと一緒だ、と西湖は思った。
 
「あらためて確認しておきたいのですが、セイコさんは、女性になりたい気持ちがあるのですよね?」
と教頭先生が訊く。
 
すると父は
「いいえ。そのつもりは全くありません」
と言った。
 

ちょっと待って。そんなにハッキリ言っちゃっていいの?入学許可が取り消されたりしてと西湖は焦った。
 
実際先生たちは顔を見合わせている。想定していたことと違うという感じだ。
 
しかし父は続けた。
 
「本人自身が女の子になるつもりはないのですが、誰が見ても女性にしか見えないという状態になりたいのです」
 
何それ〜〜〜?
 
「どういう意味でしょう?」
と困惑したような表情で教頭が尋ねる。
 
すると父は長い説明を始めた。
 

「うちは演劇・歌手一族なんですよ。私と妻は舞台俳優をしておりますし、妻の妹は、上野陸奥子の名前で以前歌手をしておりました」
 
「おお!上野陸奥子さんの姪御さんでしたか!」
 
あ・・・ボクは女の子扱いだから、陸奥子さんの姪になっちゃうのか、と西湖は少し新たな発見をした気分であった。
 
「妻と陸奥子さんの父は大阪の方で昭和40年代頃に役者をしておりまして、当時の芸名は柳原蛍蝶(やなはらけいちょう)と言いまして」
 
「柳原蛍蝶さんの孫娘さんでしたか!」
 
えっと。。。おじいちゃんからは自分は“孫娘”になるのかと西湖は頭の中を再組織化していくような気分になる。でもこないだ藤原中臣さんからも孫娘と言われたなと思い起こす。
 
「ああ、ご存知ですか?」
 
「もちろんですよ。美しい女形(おやま)でした。蛍蝶さんの藤娘、鷺娘、桜姫、どれも物凄く美しくて、男性が演じていることを忘れてしまう名演でした。狐忠信の静御前も美しかったですし、あと凄かったのが『ロミオとジュリエット』を翻案した『富男と珠璃』の珠璃役ですね。私も小学生の頃に見たのですが、少女女優が演じているとしか思えない可憐さでした」
 
と校長先生が言っている。半ば回想モードになっている!
 

「私の劇団は今『リア王』をやっているのですが、私は次女リーガンの役で」
「おぉ!」
「私の兄が長女ゴネリルを演じていて」
 
「もしかして男性ばかりの劇団ですか?」
「いえ、女優もいますよ。三女コーディリアは、劇団の若手スター山北リルカですし、うちの妻も荒野の魔女、兼フランス王の母の役で出演しています」
と父は言う。
 
「女性の悪役はだいたい男性俳優がすること多いよね?」
と西湖も言う。
 
「そうそう。初期の頃、やはり悪役はみんな女優さんがやりたがらなかったんですよ。やはり悪役をやると、そういうキャライメージが定着してしまいがちじゃないですか」
 
「確かに」
 
「それで『封神演義』の配役で揉めていた時に、うちの兄が『だったら俺が女装して妲己をやってやる』と言い出して、ついでに私に『お前が胡喜媚をやれ』と言われて」
 
「なるほど」
 
「それ以来、兄はまだ男役もやるんですけどね。私は毎回悪女役で定着しちゃってるんですよ」
と父。
 

「私は幼い頃から、父のスカート姿を普通に見てたんで、私自身も男の子がスカート穿いてはいけないみたいな概念が全く無かったんですよね」
と西湖は言う。
 
「実際お前もよくスカート穿いてたし、学校にもそれで行ってたよな」
「うん。別に女の子になりたい訳ではないけど、スカートは普通だったです」
 
この会話に先生達が頷いている。
 
「そういう訳で、この子の祖父さんも女形だったし、私も女役の役者として定着しているんで、この子も将来、女役のうまい俳優に育てたいんですよ」
 
え〜〜?そうなの!?と西湖は内心驚愕したが、その驚きを顔に出してしまうほど未熟ではない。役者としての基本として、とんでもないことが起きていても絶対に顔には出さないという修行ができている。
 
しかし先生達は
「なるほどー」
と言って、納得しているよう。そして父は言った。
 
「江戸時代の女形(おやま)は、修行のために日常的に女装して出歩いていたんですよ。だから、こいつも女役が自然にできる役者になるためには、3年間女子高生生活をさせるのもいいかもと妻と話したんです」
 
あはは、嘘みたい・・・。
 
「そういうことでしたか!」
と言って先生たちは笑顔で頷いていた。
 

「ですから、こいつには何の配慮もしなくていいです。普通の女の子として扱ってください。もちろん女子制服で3年間通わせます。下着も全部女物にして男物の服は全部捨ててしまいます」
 
え〜〜〜〜!?
 
「学校では女子トイレ、女子更衣室を使い、水泳も女子水着で泳ぎ、身体測定とかもふつうに女子と一緒にさせていいです。生理用品もちゃんと持たせます」
 
「あのぉ・・・おっぱい大きくしておられます?」
 
「胸なんかなくても、裸になって女でないとバレたりはしないですよ。こいつ女の子の友だちに唆されて、何度か温泉の女湯にも入ってますけど騒ぎになったことなんかないですから」
 
「それは凄い!」
 
何度も入ってないよぉと西湖は思った。昨年1月の安曇野の温泉と、先日の丸山アイと入ったスパだけである。むろんそんなことは顔には出さない。
 
「女湯でも問題ないんだったら、身体測定とか水泳くらい平気ですよね?」
「女湯で問題起きないのでしたら大丈夫でしょうね」
 
「試しに、お前、ちょっと裸になってみろ」
「あ、はい」
 
と西湖は返事をすると、服を脱ぎ出す。男性の校長が慌てて
 
「待って。僕は外に出ている」
と言って部屋の外に出た。
 
男の子が服を脱ぐのに出る必要は無い気もするのだが!?
 

それで西湖はセーラー服を脱ぐが、下にはブラジャーとパンティーにキャミソールといった女の子下着を着けている。そのキャミソールも脱ぎ、ブラジャーも外すと豊かなバストが露出する。先生たちが息を呑んでいる。そしてパンティーも脱ぐと繁みの中には男の子を示すようなものは見当たらない。
 
「あのぉ、普通に女の子にしか見えないんですけど」
「ですから、女湯でも平気でしょ?」
と父は平然として言う。
 
「それ手術して女の子の形にしている訳ではないんですか?」
という質問が出る。
 
「手術は何もしていません。偽装しているだけです」
「偽装なんですか!?」
 
「服を着てもいいですか?」
「はい、着て下さい!」
 
「この子には常時こういう偽装をさせておきます。ですから、普通に女子として扱ってもらっても問題ありませんよね?」
 
と父は平然として言う(実際にはこの時はかなり驚愕していたらしい)。
 
「問題無いと思う」
と二本松先生が腕を組んで言った。
 

西湖が服を全部着終わるのを待って、川相先生は
「あなたのセクシャリティを確認させて欲しい」
と言い、2人だけで別室に入った。
 
川相先生は、用意していたチェックシートと鉛筆を渡して西湖に回答させた。
 
「女性を見てときめきを感じることがありますか?」
「女性を見て性器が反応することがありますか?」
「親しい女性との間に友情を感じますか」
「男性を見てときめきを感じることがありますか?」
 
などなどといった質問が並ぶ。質問は本人の「恋愛傾向」「性愛傾向」「性別の自己認識」「性転換指向」「異性装指向」などを問うもので、ダミー質問を混ぜたり、また正直度チェックをする質問なども混ざって全部で200個くらいあった。
 
先生は「あまり考えずに瞬間的に思ったものを選んで」と言ってこのシートを渡したので、西湖はこれを7分ほどで回答し終えた。先生は西湖がそろそろ回答し終わるかな、というタイミングで電話をして他の先生を呼んだ。来たのは体育の先生で小川先生と名乗った。
 
「私がこのシートを集計していいですか?」
と小川先生が言うので
「はい、お願いします」
と西湖は答えた。
 
それで小川先生がそのシートを持って出た後、川相先生は
「少し質問していい?」
と言って西湖に質問をし始めた。
 

面談室を出た小川先生は、職員室に戻って採点・集計をしようと思った。廊下を歩いている時に、
「すみません」
と呼び止められる。40代くらいの女性である。保護者だろうか。
 
「子供の面談で来たのですが、玄関がどこにあるか分からなくなってしまって。2年生の生徒玄関から来たのですが」
「生徒玄関はそちらに行って突き当たりを左に行って下さい」
「ありがとうございました」
 
それでその女性はそちらに歩いて行ったが、彼女が素早く小川が手に持つシートをすり替えてしまったことに、小川は全く気付かなかった。
 

「少し質問していい?」
と川相先生は面談室の中で訊いた。
 
「はい」
と西湖は答える。
 
「ヒゲは生えますか?」
 
「それはレーザー脱毛しました。私、女の子役ばかりだから、ヒゲを剃っていたのでは剃り跡が見えてしまうので。足の毛と脇毛も脱毛しています」
と西湖は答えた。
 
「オナニーはどのくらいの頻度でします?それともしません?」
 
「しますけど、たぶん他の男の子よりかなり頻度が少ないんじゃないかなあ。月に数回です」
 
このオナニーに関してはかなり詳しく尋ねられた。実際のやり方とか、どういう妄想をするかとか訊かれた。西湖が正直に答えていくと川相先生は深く頷いていた。
 
西湖は実はほぼ常時タックしているので、普通の男の子のようなオナニーができない。それで上から触ってさするようにして気持ちよくなり、射精しないまま頂点に達すると答えた。また妄想としては、男の人と女の人が裸で抱き合ってキスしたりしているシーンを想像すると言った。
 
「実は私、セックスというのがよく分からないんです」
「ああ、あなたほとんど性教育を受けてないでしょう?」
「そうなんです。たくさん授業を休んでしまったので」
 
「それと実はヴァギナってどこにあるのかも知らなくて」
「自分に付いてないから分からないよね」
「イラストとか見ても全然見当がつかないんです」
 
「実は女の子でもそれが分かってない子もいる」
「え〜〜〜!?」
「鏡とか使わないと自分では見えないから」
「そうなんですか!」
 
「うちの学校の性教育では、女子には特にそのあたりほんとに無知な子がいるから、その付近から教えていくからね。芸能人の生徒も多いから、お仕事で欠課にならないように、だいたい1時間目に性教育の時間を入れているのよ」
 
「それだったら私も受けられるかも」
 
「女の子の身体になっちゃう場面を想像することありますか?」
という質問に対して
「あまり考えたことなかったんですが、ここの学校に合格して以来随分想像しました」
と西湖が答えると
「そうよね!」
と言って先生も笑っていた。
 
「これは面談ノーカウントで、参考までに訊いておきたいんだけど、うちの学校に入るなら手術して女の子になって下さいとか言われたらどうする?」
 
「悩んじゃう」
と西湖は本当に困ったように答える。
 
「うん。それでいいよ」
と先生は笑顔で言った上で
 
「女の子になっちゃう所を想像したら、性的に興奮する?」
と訊くので
「します!」
と言うと先生はまた頷いていた。
 
小川先生がさっきのチェックシートを持って来てくれた。小川先生はシートと集計表を渡すとすぐに退出した。
 
川相先生はチェックシートの集計を見ながら「へー!」と声を挙げた。そして言った。
 
「あなたの性的な傾向は、TG30 TS40 CD90 IdM80 IdF40 RoM20 SxM40 RoF10 SxF10」
 
「どういう感じですか?」
「ひとつ明確なのはあなたは自分を男の子と思っていること」
「そう思っています」
「女の子の服を着るのがとても好きなこと」
「ハマってる気がします」
「もし女の子になってしまっても何とかなる気がする」
「何とかなるかも知れません」
 
「格好いい男の子が居るとときめきを感じることもある」
「それ否定しませんけど異常かなあと思ってました」
「女の子には恋愛的な関心も性的な関心も無い」
「女性の裸を見ても何も感じないからそうかも。こないだ女湯に入っても何も感じなかったし」
 
「本当に女湯に入ったの?」
「先輩のお姉さんに唆されて入っちゃいました。一応男湯に入ろうとしたんですけど、スタッフの人に追い出されちゃって」
「なるほどねー」
 
「そういう訳であなたはアセクシュアルに近い女装好きの男の子だ」
「アセク・・・?」
 
「説明が難しいけど恋愛やセックスにあまり関心が無いということかな」
「確かに関心は薄いかも」
 
「どちらかというと恋愛よりセックスに関心がある」
「関心はあるんですけど、どういうことなのか分かってなくて」
 
「相手はどちらかというと男の子とでしょ?」
 
「男の子と恋愛したい訳ではないんですけどね〜。でも女の子とはお友だちになっちゃうから、恋愛的な要素が出ないみたいな気はしていました。同じ事務所の女の子のタレントさんとは仲良くしてるんですけど、男の子のタレントさんとは壁がある感じなんです」
 
「でも女の子に恋愛的な興味も性的な興味も無いなら、女子校の女の子たちの中にいても全然問題無いね」
 
「そうかも知れない気がしてきました」
 

西湖は川相先生と一緒に元の校長室に戻った。校長先生も戻っていた。川相先生が報告する。
 
「この子の性的な傾向の詳細については、個人情報ということで開示は控えさせて頂きたいのですが、基本的に女の子に恋愛的な興味や性的な興味を持っていません。ですから、女子校の中にいても全く問題無いと判断しました」
 
「そういえば西湖さんは、喉仏が無いですよね?」
と校長先生が言ったが
「私のは目立たないみたいです」
と西湖が答えた。
 
その時、父が一瞬「あれ?」という顔をした。むろんすぐに普通の表情に戻る。
 
「声変わりはしているんですか?」
「してます。だからこういう声も出ます」
と言って男の子の声を少し出してみせる。
 
「でも最近女の子の役ばかりなので、女の子っぽい声を出す練習を兼ねて最近学校以外ではこちらの声ばかり使っていたんですよ」
と元の女の子の声に戻して言う。
 
「両声類ってやつですね?」
と二本松先生。
 
「はい、そうです」
「それアクアちゃんと一緒に練習したとか?」
 
「アクアちゃんと私は逆方向だったんですよ。私は男の子の声だったのを練習して女の子の声が出るようにしました。アクアちゃんはまだ声変わりしていないので女の子みたいな声なんですが、練習して男の子っぽい声も出るようにしたんです」
 
「なるほどそういうことでしたか」
 

その後も西湖と父は先生たちと30分くらい話していたが、結局西湖はS学園で女子高生として生活するのに全く問題がないという結論になった。西湖が絶対に男の子とはバレない自信があるというので、西湖の性別についても特に何も他の生徒には言わないことになった。
 
生徒手帳は女子として発行する。もっともそもそもS学園は女子校なので実は「性別女」というのは、生徒手帳自体に最初から印刷されている!
 
登録上の名前は「西湖」でも構わないが、より女の子らしく「聖子」の通称使用とすることにした。実はこの名前は桜木ワルツが考えて提案してくれたものである。この方が運気が上がるとワルツは言った。
 
天月聖子 総23◎立志頭領 天8◎質実剛健 地15○恭謙昇運 人17○不屈昇竜 外6◎福禄強靱
天月西湖 総26△孤独戦士 天8◎質実剛健 地18○難関突破 人10×破滅誤解 外16◎仁心覆幸
 
画数が同じ「誠子」でもいいが、芸能人としての活躍を考えると「誠子」は地味なので派手な「聖子」の方がふさわしいとワルツは言っていた。
 
なお、通称使用に関しては、卒業証書は通称と本名の両方で発行してもよいと校長は言っていた。
 
また先日母から指摘された「アクア卒業後問題」については、教頭先生がこう説明した。
 
「うちの学校は元々中高一貫校で、中等部から入った生徒は5年生までに卒業に必要な単位はほぼ取得できるようになっているんです。6年生で受験や就職に必要な勉強をたくさんしやすいようにですね。高等部から入った生徒も期間が短いので全部という訳にはいきませんが5年生までに本来なら6年生で習う授業の半分は終えるようにしているんです」
 
「だったら」
「つまり聖子さんが6年生になった時に絶対必要な単位は普通の高校の3年生の約半分ですので、比較的楽だと思いますよ」
 
「わあ、やはり私、この学校を選んで良かったみたい」
と西湖が言うと、教頭は笑顔で頷いていた。
 
通学については、既に用賀駅近くのアパートを確保していると西湖が言うと、父は一瞬驚きかけたのをぐっとこらえて
 
「ええ。先日忙しい中を縫って確保したんですよ」
と言った。
 
それでその場で住所変更届を書き、アパートの住所を書いて、父にも署名捺印してもらった。
 
「ここは電話番号は?」
「引いても意味無いので無しです。私がひとりで暮らしますし、私は学校に居ない時は仕事に出ているので、私がここに居るのは平日の深夜から早朝だけだと思いますので」
 
「じゃ連絡は携帯にすればいいですね?」
「はい、それでお願いします」
 

また本題である芸能活動については、できるだけ一週間前までに欠席や早退・遅刻などの予定表を提出して欲しいと言われた。本来は保護者の署名捺印を求めるのだが、西湖は一人暮らしになるし、実家までは遠く、両親は忙しく自宅にさえ居ないことが多いので現実問題として親の印鑑とかをもらうのが困難である。それで事務所の社長印がもらえないかと言われたので、西湖は中学でもだいたい似たことをしていたので、それで行けると思うと答えた。
 
むろん緊急の仕事の場合はその都度対応する。
 
なお欠席は出席必要日数の1/3を越えた場合、進級・卒業できなくなるが、芸能人の生徒に限っては、出席必要日数の1/2以上出ている場合は、不足日数分をレポートによって出席とみなす制度があることをあらためて説明された。主として芸能人向けに、平日の早朝に補講を開いているので、それで授業内容なども補って欲しいと言われた。補講は土曜日、夏休みや冬休みにも開いているが、概して芸能人の場合は出席困難なことが多いんですよね、と教務主任の先生は言っていた。
 
また普通の生徒は校内での携帯・スマホの使用は禁止なのだが、芸能人の生徒については、仕事の連絡に対応するため、マナーモードにしておく条件で携帯・スマホを常時所持しておくことは認める。但し通話は先生に断って廊下に出てからすることと言われた。
 
むろんスマホを所持していても校内での写真撮影やゲームなどの利用は禁止である。あくまで使っていいのは通話とメールのみ。ポケモンやイングレス、インスタグラム、国盗り、コロニーな生活などの類いをしているのが見つかったら没収になる。実際昨年AKBの子がインスタグラムで没収された例があると言っていた(没収されると親が始末書を書いて自分で取りに来なければならない)。
 
また基本的には自動車通学は禁止だが、文化祭などの行事がある場合は違法駐車をしない前提で車を使ってもよい。また、仕事の都合で必要な場合は普段の日でも、事務所の車での移動、タクシー(学校指定業者の指定ドライバー)などでの移動もOKとするということだった。事務所の車は使う可能性のある車を全てナンバー登録をして、入構許可証をダッシュボードに掲示して欲しいと言われたが、それは問題無く対応できると思うと言った。
 
また原付・バイクについても、一般の生徒には禁止しているが、芸能活動をしている生徒については、仕事の都合で必要な場合は学校に申請すれば許可証を発行するということだった。なお、自動車免許の取得は3年生の夏休みに解禁されるが、生徒本人の運転による通学は禁止ということであった。
 

話し合いは明るい雰囲気で2時間ほど続き
 
「それでは4月からよろしくお願いします」
と言って退出した。
 
駅に向かって歩いてる時、父が西湖に訊いた。
 
「お前、以前もっと喉仏大きくなかった?」
「ごめんなさい。こっそり手術して削っちゃった」
「ああ。それなら問題無い」
「問題無いの?」
「病気とかで縮んだんなら問題だと思ったから」
 
そして父は言った。
「お前の身体なんだから、改造したいと思ったら好きに改造していい。ただしあとで後悔しないかだけは考えろ」
 
「うん、分かった」
と西湖は素直に返事した。
 
「ここだけの話、実は去勢したりしてないの?」
「してないよー」
「したくなったら、保護者同意書書いてやるから」
「うん。ありがとう。去勢する気にはならないとは思うんだけどねぇ」
と西湖は言っておいた。
 
「でも去勢せずにおくと、その内、肩が張ってきて女役やるのに不都合が出てくるぞ」
「うーん。。。。それは少し悩んでみる」
 
「まあ25歳くらいまでには去勢した方がいいな」
「そうなの!?」
 

駅の近くまで来た時、西湖のスマホにメールが入る。よく見たら2通入っている。1通は面談中に来ていたようだが、サイレント・マナーにしていたので気付かなかったようだ。
 
内容はどちらも「制服できあがりのお知らせ」である。ひとつはS学園の制服、ひとつはJ高校の制服であった。
 
「じゃ一緒に取りに行こうか」
「うん」
 
それでちょうど走って来た流しのタクシーを掴まえてまずはS学園の制服を扱っているお店のある衣料品店に行った。管理番号と名前を告げる。
 
「はい、こちらですね」
と言って渡される。代金は父がカードで払ってくれた。
 
「試着してみられます?」
「そうですね」
 
それで試着室で着てみたが、少しサイズに余裕を持たせて作られているようだ。3年間着るから、身体が成長しても何とか着られるように余裕を見ているのだろう。
 
試着室から出ると
「なんか凄く可愛いな」
と父が喜んでいた。
 
「うん。2月にJ高校とS学園の試験を受けた時、用賀駅でJ高校の生徒とS学園の生徒が入り乱れているの見たら、S学園の制服の方がいいなあ。こっち着たいなあと思った」
 
「・・・」
「どうしたの?」
「つまり最初から“女子制服”を着たかったんだ?」
「あっ・・」
 

元のセーラー服に戻ってから、もう1軒のJ高校の制服を扱っているお店のあるショッピングモールに行く。これはセーラー服の子が男子制服を受け取るのは変なので父が受け取ってくれることになり、西湖は注文した時の控えを父に渡した。
 
「はい、こちらになります」
と言って、渡されたものを見て父はぎょっとした。
 
西湖もぎょっとした。
 
しかしふたりともそれを表(おもて)には出さず、そのままお店を出る。そして父は言った。
 
「なんで女子制服なんだよ?」
「ボクもびっくりしたー!」
 
「要するに、お前、採寸の時、女子と間違えられたのでは?」
「それしか考えられないよね」
 
「つまりお前はS学園を辞退してJ高校に入っていても、結局、女子高生になるしかなかったってことだ」
 
と父が言う。
 
西湖は悩むように言った。
「ボク、自分の人生を考え直すべきかなあ」
 
すると父は言った。
「性転換手術したいのなら、同意書くらい書いてやるし、タイで手術するなら4月2日以降で良ければ付き添うぞ」
 
うちの両親ってなんでこんなに“理解”がありすぎるの!?
 
 
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【春からの生活】(5)