【春水】(6)

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10月3日に青葉は運転免許センターにアクアを運転して行ったのだが、新しい免許をもらうと、いったん新高岡駅まで戻り、新幹線に飛び乗って東京方面に出た。その日は彪志のアパートに泊まる。
 
翌10月4日、電車で都心に出て、お昼過ぎから§§ミュージックでコスモス、山村マネージャー、和泉と打ち合わせる。その後、TKRに移動して三田原さんとも打ち合わせた。
 
17時頃、高村友香に連れられてアクアが来る。今日のアクアは普通に右前袷のブレザーにズボンを穿いている。
 
「今日はスカートじゃないの?」
と和泉から言われて
 
「ボク、別にスカートは穿きませんよ」
などとアクアは言っている。
 
「そういう見え透いた嘘を言わないように」
とコスモスからまで言われていた。
 
しかし実際にはアクア(龍虎)はプライベートでかなりスカートを穿いている気がする。それでもそういう写真がネットにほとんど出回らないのは不思議だと青葉は以前から思っていた。レコード会社の方で監視していて即削除させているのだろうか?
 

夕方からテレビ局の中継も入って『真夜中のレッスン/恋を賭けようか』の発売記者会見が行われた。
 
いつものようにアクアがエレメントガードをバックに生歌でショートバージョンの2曲を歌い、その後コスモスから今回の楽曲について説明があった。
 
この記者会見に出席しているのは、アクア、コスモス、青葉、和泉、三田原課長、そして映画『キャッツアイ』の監督、中村さんである。今回は通常のPV以外に映画のトレーラーも流された。
 
質疑応答に入るが、質問はやはり映画のことに集中した。映画の出来上がり状況について主として中村監督が説明していた。
 
ルーレットについても質問があった。
 
「予告編の中で、ねずみが賭けたノワールの26の隣のルージュの30に瞳が賭けちゃおうと言っている場面があるんですが、26の隣って3じゃないんですか?」
 
「記者さんが見られたのはヨーロピアンスタイルのルーレットかと思います。アメリカンスタイルのルーレットの場合は、ノワール26の隣はルージュの9と30です」
 
「ああ、配置の異なるものがあるんですね」
 
「瞳が賭けた目にちゃんと玉が入っているようですが、撮影上はどうやっているんですか?電磁石か何かですか?」
 
「電磁石で強引に玉をそこに入れようとすると、玉の動きが不自然になります。実はルーレットの盤面は全てCGです。実際の撮影では数字が全く入っていないブルーのルーレットで撮影しています」
 
「なるほどー!」
 
「ちなみに玉を投げ入れるシーンは、マカオ等で実際にディーラーをなさっていた方3人の技を撮影しています。但し泪役のヒロシさんはそのディーラーさんの指導でかなり練習して撮影に挑んでいます」
 
「おぉ!」
 
「ヒロシさんは元々器用なので、かなり上手くなりまして指導した方から『あんた本場でディーラーやらない?』と勧誘されていました」
 
「おぉ!!!」
 
「この物語では、好きな目に玉を放り込めるディーラーというのが出てくるんですが、そういうディーラーさんって実際には居るものなんでしょうか?」
 
「いないと思いますよ。本当に居ても、カジノは絶対採用しません。だってそういう人は客と結託してイカサマをやる危険があるじゃないですか」
 
「あ、そうか!」
 

だいたい質疑応答が終わり、立ってホワイトボードに絵を描いたり図なども提示して説明していた中村監督が席に戻り座ろうとした時のことであった。
 
中村監督が座ると同時に大きな音を立てて椅子が壊れてしまい、中村監督は尻餅をついた。
 
記者たちが騒然とする。
 
「大丈夫ですか?」
とびっくりして隣に居た三田原さんが席を立って助ける。アクアや青葉たちも席を立つ。
 
「いや、大丈夫、大丈夫」
と言って、中村さんはすぐに自力で立ち上がった。
 
「すみません」
と言って★★レコードのスタッフが飛んでくる。
 
「多分長年の金属疲労が、僕の100kgの体重で限界を超えたんじゃないかね」
と中村監督は言って、記者たちの笑いを取っていた。
 

会見終了後、中村さんは念のため★★レコードの医務室で看護師さんに見てもらったものの大丈夫そうということであった。
 
「もし後で痛みなど出たらすぐ連絡して下さい。ちゃんと医療費を出しますので」
と三田原さんは言った。
 
「しかし、マジでアクアのCD発表の度に何かあるなあ」
と和泉が言う。
 
「え?何それ?」
と中村さんが訊くので、コスモスが最近のアクアのCD発売の度に関係者に何か起きているというのを説明する。
 
「先日打ち合わせの時には大宮万葉さんの椅子の所に大理石の像が倒れてきて」
「うっそー!?」
「今回はそれで終わったかと思っていたんですけどね」
 
「もう厄払いの旅行に行こうよなんて言っていたんです」
「僕もその旅行に参加していい?」
 
「現在予定しているものではもう定員いっぱいなので、映画関係者だけで別途行ってきた方がいいかも」
とコスモスが言う。
 
「そうする。君達はどこ廻るの?」
「住吉さんがいいということなので、東京の住吉神社と大阪の住吉大社に行ってその後、お伊勢さんにも行ってきます」
 
「じゃ映画関係者もそうするよ。そのスケジュール教えてくれない?同じルートで回るから」
 
「では後でメールしますね」
 
結局映画関係者はコスモスたちの翌週土日に大型バス!で行ってきたようである。
 

10月4日、青葉は記者会見が終わった後、東京駅まで染宮さんにバイクで送ってもらい、最終新幹線で高岡に帰った。
 
2017年10月6日(金)。青葉は大学の授業が終わると、帰りのアクアの運転は明日香にお願いして自分は新幹線に乗り、またまた東京に出た(ずっと東京に居ればいいのにと言われたのだが、どうしても講義を欠席しがちなので、出席できる時はできるだけ出席したいのである)。
 
そして翌7日朝からアクアの厄払い旅行第1日程に同行する。
 
今日の参加者は以下の12名である。
 
アクア、秋風コスモス、川崎ゆりこ、山村勾美、鱒渕水帆、今井葉月、絹川和泉、大宮万葉、マリ、ケイ、丸山アイ、佐良しのぶ(運転)
 
月島駅に7時・現地集合だったので、青葉は大宮からJRで有楽町まで行き、地下鉄有楽町線でそこまで辿り着いた。既に絹川和泉と丸山アイが来ていたので挨拶する。6:45頃、秋風コスモス・川崎ゆりこ・今井葉月がゆりこの運転するポンガDXに乗って来る。少し遅れてアクアが山村勾美、鱒渕水帆と一緒に事務所の白いアクアでやって来る。7時ジャストにマリとケイが佐良さんの運転するエルグランドで来た。
 
「ごめーん。寝坊した」
とマリが謝っていた。
 
しかしこれで全員揃った。
 
「鱒渕さん、だいぶ元気になったみたい」
「ご迷惑お掛けしました。みなさんのお陰で回復しました。取り敢えず日常生活には戻ったという感じです。昨日はゼロダのライブに行って来ました」
 
「おお、かなり元気になってる!」
 
駅から7分ほど歩いて住吉神社に行き、拝殿前でお参りした。
 
青葉は鱒渕さんをずっと観察していて、本当に普通の状態に戻っているのを確認し、マジで何があったんだろうと思った。まさに奇跡的な回復だ。
 

駅まで戻り、青葉と和泉・アイもエルグランドに同乗させてもらい東京駅に向かう。青葉はむしろケイが焦燥しているのに驚いた。
 
「ケイさん、大丈夫ですか?」
「うん・・・」
と力の無い返事をするケイが全然らしくないと思った。アルバムの制作があまりうまく行ってないのだろうか?
 
東京駅近くの駐車場に3台の車を駐め、新幹線で大阪に移動する。
 
東京8:30-12:03新大阪
 
新幹線は目立たないように複数の車両に分散してグリーン席に乗った。新大阪駅近くのレンタカー屋さんで、予約していたマイクロバスを借りる。
 

「すごーい。これ豪華!」
 
座席の幅が新幹線のグリーン席並みに広い。全席独立シートで肘掛けとヘッドレストも付いているし、革張りである。
 
しかしこの車を見て青葉は焦った。
 
「ワゴン車じゃなくて、マイクロバスだったんですか!」
と青葉。
 
「どうかした?」
「だったら先月の段階では、私、運転できなかったな、と思って」
「ん?」
 
「万葉さん、大型免許持ってないんだっけ?」
「先月の段階では準中型しか持ってなかったんです。でも3日に中型を取りましたから今は運転できます」
 
「青葉ちゃんに大型トレーラー運転してもらったことあると雨宮先生から聞いたことある」
などと山村さんが言っている。
 
「あれ、緊急避難だったんです。機材をライブに間に合わせないといけないのに、他の人みんなお酒飲んでたんだもん」
と青葉。
 
「それ私もやらされたことある」
とケイが言っている。
 
「雨宮先生絡みではその手の話が多い」
とコスモス。
 
「まあつまり万葉さんは大型トレーラーも運転はできるんだ?」
「えっと・・・」
 
「どっちみち今はマイクロバス運転できる免許持っているのね?」
「はい、そうですが」
「では全く問題無い」
 

佐良さんの運転で住吉大社まで行った。到着したのは13時前である。全員で昇殿して開運厄除の祈祷を受けた。
 
近くの和食の店に座敷を予約しており、ここでお昼を食べる。その後、少し休憩してから、また出発する。
 
佐良さんの運転で、マイクロバスは阪神高速/第二京阪/名神を走って彦根ICまで行き、いったん降りてから下り線に乗り直して多賀SAに入る。到着したのが16時頃である。
 
このSAに車を駐めたまま多賀大社まで歩いて行って、みんなでお参りした。アクアに気付いてサインを求めてきたファンが居たが
 
「お参りの後、境内の外で待っていてくれるなら」
という条件でサインに応じた。結局10人の女性にサインをして握手をした。
 
その後SAに戻り、お茶を飲んで休憩した後、マイクロバスに戻る。
 
「佐良さん、私が運転しましょうか?」
と青葉は言った。彼女は結構疲労しているはずである。青葉は住吉さんからここまで車内で仮眠しておいた。
 
「うん、じゃよろしく」
それで青葉の運転でマイクロバスは走り続ける。
 
今日のメンツの中でマイクロバスを運転できる免許を持っているのは、佐良さんの他、青葉・山村・和泉の3人である。しかし山村は今日の旅行の幹事・出納係で忙しくしているし、和泉は《ペーパー・フルビッター》なので『人が乗っている車を運転する自信が無い』などといつも言っている。そういう訳で交代できるのは実際には青葉しかいなかった。
 
名神を戻り草津JCTから新名神へ。亀山JCTから東名阪/伊勢自動車道と走る。途中少し渋滞したので、土山SAで佐良さんと運転交代した。ついでにトイレ休憩をする。結局3時間近く掛けて伊勢ICまで行った。
 
この日はマイクロバスをホテルの駐車場に駐めて投宿する。
 

もう20時なので夕食を取るが、まだ参拝旅行の途中なので、今日はアルコール無しということでお願いした。
 
「今日のメンツは大丈夫だな」
「9日のメンツも大丈夫」
「11日のメンツが危ない」
 
11日には雨宮三森・松浦紗雪というワガママな人が入っている。
 
「お参りの旅行の途中でお酒なんか飲んだら、次はあなたがテロリストに人質に取られるよと脅しておくように、と三田原さんに言っておきました」
などとコスモスが言っている。
 
雨宮の制御は本当なら同じ日に参加する千里ができたらいいのだが、今回参加する千里はパワーダウンしている千里1なので、とても制御できないだろうなと青葉は思った。三田原さん頼りである。
 

夕食の席で
 
「ケイの元気が無い」
という声が、みんなからあがる。
 
「悩んでいる」
とケイは本当に困っているようである。
 
「やはりアルバムの進捗がよくないの?」
とコスモスが心配そうに訊く。
 
「私は作り直すべきだと言っている」
と和泉が言う。
 
「でもレコード会社を説得できないよ」
とケイは言う。
 
どうも和泉は「先月末で完成したはず」の音源を実際に聴いて、出来がよくないと認識しているようだ。
 
「その音源、今聴ける?」
と丸山アイが言った。
 
「このメンツならいいと思うよ」
 
と和泉が!言い、ケイの荷物から勝手にパソコンを取り出して、再生する。ケイはパスワードを設定しているのだが、和泉はそのパスワードを知っているようだ。ケイは力なく、和泉の動作を見ていた。
 
演奏が始まってから、腕を組む人、頭を抱える人、難しい顔をする人がある。65分間の演奏時間の間、山村が追加オーダーをして全員の前に天麩羅が配られる。当然マリの前には3人分くらい積み上げたが、実際にはケイが食べないので、マリはケイの分まで食べていた。その後、マリがまだ食べ足りないと言うので、鰹茶漬けもオーダーして配った。
 
アクアは追加オーダー分もペロリと食べていたが、葉月と鱒渕が「とても入らない!」というので、葉月の分はアクアが、鱒渕の分は山村が食べていた。
 
「セイコちゃん、しっかり食べないと、おっぱいが大きくならないよ」
などと山村から言われて葉月は
 
「えぇ?困ったな」
 
などと悩んで(?)いた。おっぱい大きくしたいのか??
 

再生が終わって全員が言った。
 
「これはローズ+リリーの音ではない」
 
「こんなもの発表したら、もうローズ+リリーは終わってしまうよ」
とコスモスが言った。
 
「全体的に未完成だと思います。もっと改良できるのにと思う箇所がたくさんありました。それとローズ+リリーの近年の音作りって多数の楽器を使うのが特徴なのですが、その楽器の音が完全に混じりきってないんです。お料理の材料を鍋に入れたまま、かき混ぜ不足、煮込み不足。だから素材のままの状態で、お料理になってないんです」
 
と鱒渕が言ったが、その意見に多くの人が頷いていた。
 
「レコード会社と喧嘩しても、違約金払ってもいいから延期して作り直すべきだと思う」
と丸山アイも言っている。
 
「私もそれを考えた。でもどうやって交渉しよう?」
とケイは本当に悩んでいるようだ。
 
「ケイさん、俺に任せてくれない。俺、海千山千だから、絶対村上社長を説得するよ」
と山村さんが男声で言っている。
 
女性の姿にしか見えない山村が男声でしかも「俺」なんて言っているので、葉月とマリ、佐良さんがギョッとしたようだ。コスモスが
 
「男に戻ってる」
と小さい声で注意するので
 
「あわわわ」
と言って、山村は女声に戻してから再度言った。
 
「だいたい、ローズ+リリーって、マネージャーが居ないでしょ?秋乃さんはあくまで事務方だし。交渉事とかも全部ケイがひとりでやってる。それで雑用に煩わされてしまうのも、よくない。音楽だけに集中できるように、弁が立って交渉力のある専任のマネージャーを雇うべきだよ」
 
と山村さんは言った。
 
しかし・・・今山村さんが男声を使っても、葉月・マリ・佐良さんの3人以外は驚かなかった。ケイは心ここにあらずなので別にしても、他のメンツは彼女が男だというのを知っていた、あるいは今日の旅行中に気付いていた、ということか?と青葉は思った。
 

「山村さん、ケイはこの状態で、今物事が判断できないけど、ローズ+リリーのリーダーとして私がお願いします。そのレコード会社との交渉、やってもらえませんか?」
とマリが言った。
 
「分かった。任せて。どのくらい延期すればいい?」
と山村が言ったのに対して
 
「最低半年。だからこのアルバムは来年の3月か4月の発売」
と丸山アイが言う。
 
「よし。そのくらいの延期を呑ませてみせる」
と山村は力強く言った。
 
「ところでローズ+リリーのリーダーってマリちゃんだったんだ?」
とゆりこが言う。
 
「ああ、そういう話は昔聞いたことがあった」
と和泉が言っていた。
 
「どの曲を誰に渡すとかいうのは、だいたい私が決めてるよ」
などとマリは言っている。
 

制作中のアルバムを丸ごと聞いたりしたので、食事会が終わったのは23時である。それから各自の部屋に入り、部屋に付いているおふろに入ったが、青葉は飲み物が欲しいと思い、自販機まで行った。
 
するとそこで高倉竜と遭遇する。
 
「今夜は竜さんなんだ!」
と青葉は驚いて言う。
 
「疲れて男性的欲望を感じたからこちらになった。でも朝までには丸山アイに戻るよ」
とバリトンボイスで語る竜は、何だか凄く男らしい。イケメンなので女子としては、ついふらふらとしてしまいそうなくらい格好いい。
 
「ついでに大浴場の男湯にも入って来た。バレなかったよ」
などと言っている。
 
うーん。。。バレなかったって、やはりバストをうまく隠して入浴したのか?下の方は無いものを付けるのはどうにでもなる。それとも実は付いているのだろうか??
 
「そうだ、青葉ちゃんさ、こないだ言ってた**不動に、お札もらってきてと今度は映月から頼まれちゃって。あ、映月って分かる?」
 
「・・・・****さん?」
「そうそう。さすがさすが。で、お伊勢さんが終わって解散した後、そちらに回るつもりなんだけど、良かったら青葉ちゃんも来ない?襲ったりしないから。本音を言うと交代のドライバーが欲しいんだよ」
 
「じゃアイさんにだったら付き合いますよ」
と青葉は微笑んで言った。
 
「OKOK。じゃ、またね」
と言って、竜は手を振って去って行った。
 

10月7日には、日本のWリーグも開幕した。千里(千里3)が所属するレッド・インパルスは10月7-8日の2日間はリーグ下位のバタフライズと対戦。2連勝して、今季のスタートを切った。
 
青葉は千里3のスマホに《まずは初戦勝利おめでとう》というメールを送っておいた。千里3からは《ありがとう。まあ負けてはいけない相手だったけど、ひとつひとつ頑張って行く》と返信があった。
 

青葉たちのお参り旅行であるが、10月8日は、朝4:30にホテルの玄関前に集合した。遅刻常習犯のマリも今日はちゃんとケイと一緒に時刻前に来ている。どうもケイのHPが落ちているので、その分マリが頑張っているような雰囲気だ。なお、丸山アイはちゃんと女の子に戻っていた。
 
ホテルから歩いて15分ほどの所にある外宮(げくう)にまだ暗い中お参りした。
 
その後、いったんホテルまで戻り、チェックアウトして荷物を持ちマイクロバスで内宮(ないくう)に移動する。ここでバスを駐車場に駐めて、内宮に入るのに宇治橋を渡ろうとしたら、ちょうど日出になった。
 
「美しい」
という声があがる。
 
「やはりここは日本の心のふるさとだよ」
とアイが言っていたが、青葉も同感だった。
 
みんなで一緒に内宮にお参りする。終わってまた宇治橋を出たのが6:30頃である。
 
「これで一応解散ということにします。マイクロバスはこのまま名古屋駅まで走り、そのあと最終的には大阪に戻ります。そのまま東京に戻られる方や、大阪方面に行かれる方は乗っていくといいですし、他に用事のある方は、都合の良い所で降りて下さい」
 
とコスモスは言った。
 
「じゃ僕と大宮万葉は別行動になるから、宇治山田駅前のトヨレンで降ろしてもらえない?」
 
と丸山アイが言う。《僕》なんて言っているのは微妙に高倉竜が混じっているなと青葉は思った。
 
「分かりました。他はおられませんか?」
 
他は全員名古屋駅から東京に戻るようである。それで青葉はアイと2人、トヨレンの前で降ろしてもらい、アイが予約していたアクアを借りだした。
 

最初はアイの運転で伊勢自動車道を北上する。途中で先行していたコスモスたちのマイクロバスを追い越してしまう! 向こうでマリが手を振っていたので、助手席に座る青葉は手を振り返した。
 
アイの運転するアクアは伊勢湾岸道・東海環状道を走って、岐阜県内の某ICを降りる。その後、結構な山道を走って、大きなお寺の前に駐まった。お寺の前の空間が事実上の駐車場になっているようである。
 
「ここは・・・黄檗宗ですか?」
「そうそう。禅宗でお不動さんが本尊ってのは珍しいよね」
「ええ。あまり多くないと思います」
 
「千里ちゃんはお寺に入れない体質みたいだけど、青葉ちゃんは大丈夫だよね?」
「はい、私はむしろお寺系の体質なんですよ」
 
「そんな感じがする。面白い姉妹だなあと思って見ている」
とアイは言っていた。
 

中に入って、まずはお参りをした。そしてアイは御札授与所で、芸事発展の御札(その場でお坊さんが『藝事発展』と書いてくれた)と服の内側に付けておく肌御守を頂いていた。
 
もっともアイは
「彼女の芸事が発展して売れちゃったら、僕、捨てられちゃうかも知れないけど」
などと悩ましそうに言っていた。
 
「女性タレントの恋愛は難しいですからね」
「うん。今はあの子と仲良くしていて実は半同棲状態なんだけど、そもそも芸能人同士の恋愛って不安定なんだよね」
 
「同棲しているのなら、もう結婚してしまったら?」
 
「でもアイがフェイに指輪を贈っちゃったから」
「アイさんはアイさんとして、竜男さんは別に結婚してもいいと思いますよ」
 
「そうだなあ」
と言ってアイは悩んでいるようであった。
 
「法的には結婚できるんですか?」
と青葉はさりげなく訊いてみた。しかしアイはニコリと笑うと
「内緒」
と言った。
 

散歩しようよと言って境内を歩く。ここの境内は結構な広さがある。
 
「紅葉がきれい」
「ここはそれを見に来る人もあるようだよ。春の桜もきれいだし、初夏のミヤマキリシマもきれい」
「へー」
 
などと言って歩いていたら意外なものを見る。
 
「桜が咲いてる!?」
 
「匂い桜だよ。ルクリア(Luculia)。ちょっと桜に似ているけどアカネ科の植物なんだよね。中国には多いけど、日本では少ないかもね。これは10月から12月頃が開花時期」
 
とアイが説明する。
 
「へー!」
 
それでその匂い桜の傍に寄ってみると、その左右に池がある。
 
「その池に落ちないように気をつけてね。性別が変わっちゃうから」
「へ?」
 
「左にあるのは男化泉。そこに落ちると女が男になってしまう。右にあるのは女化泉。そこに落ちると男が女になってしまう」
 
「嘘!?」
 
「元々は北京の近くの**山という所にあった泉なんだよ。それをこのお寺の開基の中国人僧・按雀が来日する時、そのふたつの泉の水を汲んできて、ここに壺ごと埋めたら、各々泉となって湧き出したという伝説がある」
 
とアイは言う。
 
**山って・・・それ、羽衣さんが言ってた山の名前じゃん!
 
「アイさん、それいつ頃のことですか?」
 
「按雀は黄檗宗を開いた隠元の弟子なんだよ。隠元は徳川家綱の時代の人だから今から300年以上前のことだね」
 
「その泉って、今も中国にあるんですか?」
「枯れてしまったと聞いている」
「それでここの泉に落ちたら本当に性別が変わるんですか?」
「青葉ちゃん試してみる?ちなみに効果は1回だけだから、男化泉に入った後で女化泉に入っても元の性には戻らないらしいよ」
 
「遠慮しておきます!」
 
しかししかし・・・これはナナさんが落ちた宦官泉と同じ系統のものだ。こんなものが日本にあったなんて・・・
 
多分多分、矢恵さんをここに連れて来たら、呪いを返納できる!
 

「アイさん、ありがとうございます。これ今抱えている案件に使えるかも」
と青葉は言った。
 
「ああ。何か楽曲作成のヒントが得られた?」
とアイ。
 
「曲を書いてもいいですね!」
 

帰りは青葉が運転して名古屋まで行った。
 
「この車、このまま使いたいんですけど、いいですか?料金は私が払いますので」
「うん。いいよ」
 
それでレンタカー屋さんに電話して、延長の申し込みをした。そして
 
「物凄く大事なヒントを得られたのでここまでの料金も私に出させてください」
 
とアイに言って、借りる時にアイが払った、レンタル料+乗捨て料の約11000円を現金でアイに払いたいと言った。
 
「うーん。僕は僕の用事で来たからね。じゃ半分こしよう」
ということで、アイは5000円だけ受け取った。
 
アイと別れるとすぐ、青葉は矢恵に電話した。
 
「矢恵さん、明日くらいお時間ありますか?」
「今日は今からバイトですが、明日なら大丈夫です」
「でしたら、すみませんが、明日の朝一番に、名古屋まで出てきて頂けますか?人が少ない内にやりたいので」
「はい!」
 

青葉はアクアでそのまま高野山の★★院まで行った。
 
「あれ?今日の車は例の“弩ピンク”のじゃないんだ?」
などと言われる。
 
「今日はレンタカーです。瞬醒さん、こういう御札作れますか?」
 
と言って、青葉は瞬醒に、事件のあらましと、実行したいことの概要を説明した。
 
「ああ、それなら、あの御札が使える」
と言って、瞬醒さんは御札を調整してくれた。
 
実際の御札の制作は、このお寺の次席に入っている瞬山さんに作業してもらった。
 
「僕もかなり体力の衰えを感じているから、僕が作るより瞬山が作った方がより強いものになる」
 
と瞬醒さんは言っている。瞬山さんは長谷川一門主座の瞬嶺さんの甥に当たり、以前は瞬角さんのお寺で長期間修行していた。瞬角さん亡き後はその寺の後継者候補一番手だったのを、二番手の瞬行さんに譲り、一時的に瞬嶺さんのお寺に戻っていた。それが今年の春から★★院に来て次席に就任した。都会のお寺が長かったので、この「何も無い」環境に最初は絶句したらしい。
 
「お寺の境内にセブンイレブンを開きたい」
などと言って
「それ配送トラックが悲鳴上げるから」
とこのお寺が長い瞬練(元・醒練)さんなどに言われていた。
 

御札を作ってもらった後は、すぐ帰ろうかと思ったのだが、瞬醒さんが
 
「青葉ちゃん、かなり疲れている。泊まっていった方がいい」
と言うので、その日はお寺に泊めてもらった。
 
ここは男性だけのお寺なのだが、青葉はしばしばこのお寺に泊めてもらっている。ここに泊まった女性は、この10年間で、青葉・菊枝・千里の3人だけらしい。
 
「青葉ちゃんのファンクラブもあるんだけど」
「勘弁してください」
 

翌10月9日朝、朝御飯まで頂いてから、出発する。
 
名古屋駅には9時頃着いた。しらさぎ2号(金沢5:48-8:51名古屋)で出てきていた矢恵をピックアップする。そして昨日行った、岐阜県の**不動まで行った。
 
まずは一緒にお参りし、その時、
 
『お不動様、境内で呪法をおこなうことをお許し下さい』
と言ってみた。
 
するとお寺の奥の方から明るい雰囲気のレスポンスがあったので、認めてもらったものと解釈する。
 
それで青葉は矢恵を男化泉・女化泉の所に連れて行った。
 
「こんな時期に桜が」
「匂い桜と言って、10-12月に開花するんですよ」
 
矢恵はその桜をしばらく見てから言った。
 
「これ私の夢に出てくる桜です。普通の桜とは少し違う気がしていたんですよ」
 
「中国には多い品種らしいので、もしかしたらナナさんが落ちた宦官泉の近くにも咲いていたのかも知れませんね」
と青葉。
 
「あ、それ不思議に思っていました。こないだ仙台でおばちゃんたちと話していて気付いたんですが、ナナさんが泉に落ちたのって1939年の秋くらいだったはずなんです。それなのに、夢に桜のモチーフが出てくるから」
と矢恵は言った。
 

「矢恵さん、その匂い桜の木の下に立って下さい」
「はい」
 
「目を瞑って合掌して下さい」
「はい」
 
それで青葉は★★院で作ってもらった御札を取り出すと心の中で真言を唱えた。
 
『お返しします』
 
と青葉が心の中で念じると、風が吹いて、鳥たちが騒いだ。
 
女化泉の中から大きな《手》のようなものが出てくる。そして矢恵の中から何かを回収して行った。
 
風が止む。
 
静寂が戻る。
 
「もう大丈夫ですよ。目を開けていいです」
「何かが取り外された気がします」
「呪いを回収して行ってくれたんですよ」
 
矢恵はしばらく考えていた。
 
「それで・・・私、男に戻ってしまうことは?」
「それは無いですよ」
と青葉は笑顔で言った。
 
ふたりが話していたら、老齢の僧がこちらに来た。
 
「君たち、今ここで何かした?」
と訊く。
 
「御住職、境内で勝手なことをして済みません。このお嬢さんに取り憑いていた呪いをここの池が取り除いてくれたんです」
 
「おお、そういうことなら良い。この2つの泉は結構霊験あらたかなんだよ」
と住職は笑顔で言った。
 
「で、君たち、どちらの泉に入ったの?」
「泉自体にはとても怖くて入れません」
 
「うん。入らない方がいいよね。20年くらい前にふざけてて、ここに突き落とされた若い坊さんが女になってしまったことあったし」
 
「ホントに性別が変わったんですか!?」
 
「その子は最初は泣いていたけど、女になってしまった以上、女の人生を楽しもうと言って、一念発起して大学の法学部に入って、今は凄腕の女弁護士になって男顔負けの仕事をしているよ」
 
「なんか少し違うような気がします」
 
青葉と矢恵は一緒に名古屋駅まで帰り、レンタカーを返してから、しらさぎで金沢まで戻り、その後別れた。
 

翌日10月10日(火)。
 
この日、青葉の振袖をお渡しできますという連絡が入っていたので、大学からの帰りに寄って受け取った。
 
受け取るだけのつもりだったのだが、記念写真撮りましょうかと言われるので着付けをしてもらい記念写真も撮る。
 
「おお、きれいきれい」
と美由紀たちから声があがる。
 
「馬子にも衣装だね」
「振袖着てたら一応20歳なんだろうと思ってもらえる」
「ちゃんと女の子に見える」
「付き添いさんはこちらへと言われなくても済むな」
 
などと無茶苦茶言われる。
 
「なんかもう成人式が済んだみたい」
「まだこれからが本番だよ」
 

11月3日(祝)大安。
 
この日の午後、北海道から千里の母・津気子が飛行機で東京に出てきた。
 
都内のホテルで川島信次と結納の交換をすることになっていたのである。津気子は夫の武矢に「千里の結納だから一緒に来てよ」と言ったのだが、「千里?誰それ?俺は知らん」などと言うし、せめて玲羅に来て欲しいと言ったものの「私はその結婚に賛成できない」と言って、同行拒否された。
 
仕方ないので、ひとりで来たのである。交通費は千里が事前に“3人分”振り込んでくれていた。
 
そういう訳で出席したのは、川島信次と母の康子、千里と母の津気子の4人である。ホテルの1室で、千里と信次が各々手配して準備していた結納品を交換した。
 
また信次から千里に婚約指輪を贈り、千里は信次に腕時計を贈った。
 
婚約指輪は0.5カラットのダイヤが入ったジルコニウム製である。これは信次が金属アレルギーなので、アレルギーの起きにくい結婚指輪を選びたいということから、ジルコニウムを使うことにし、婚約指輪もそれに素材を合わせることにして選んだものである。
 
腕時計はオメガ製の40万円ほどのもので、指輪の価格とだいたい合わせている。
 

その後、千里は婚約指輪を左手薬指に付け、信次も腕時計を左手に付けて、4人で会食をする。
 
津気子は、夫と玲羅を連れて来れなかったことを康子に謝った。
 
「性別を変更すると、色々軋轢もあるんでしょうね。でも私は千里さんが気に入っているから、ぜひこのまま進めましょう」
と康子は笑顔で言った。
 
康子の本心としては、女性の影なんて今まで全く無かった信次が結婚する気になっているのだから、千里ちゃんが元男性だったとしても、この際気にしないことにしよう。こんな機会は多分もう2度と無いから、気が変わらないうちにさっさと結婚させてしまおう、という所である。
 
体外受精とかで赤ちゃんも作れるという話だし。私は孫の顔を見たい、などとも思っている。
 
会食はなごやかな雰囲気で進行していた。
 
なお、千里の周囲の人でこの日結納が行われたことを知っていたのは、各々の会社関係者以外では桃香と青葉くらいであった!
 
いつもJソフトで仕事をしている《せいちゃん》は
 
「今日は結納だ!1日仕事を休める!」
と言って、ホテルを取ってひたすら寝ていた。
 
津気子は「久々の東京だし」と言って都内のホテルに2泊して銀座や新宿を歩いた上で、5日夕方の便で北海道に戻った。
 

11月4-5日、愛知県小牧市のパークアリーナ小牧で、全日本社会人バスケットボール選手権大会プレ大会が開かれた。
 
今年は組織改定の年で、今回の参加チームは女子ではクラブ連盟3、教員連盟2、実業団連盟3の8チームである。40 minutesはクラブ1位、Rocutesはクラブ2位で参加しているが、40 minutesのオーナーである千里は当日Wリーグの試合があって出席不能、Rocutesのオーナーであるケイはアルバム制作のため出席不能。ということで、この日の大会には川崎ゆりこと白鳥リズムが両チームの代表を代行して来場。結構な騒ぎが起きていた。
 
「いつもうちのソフトボール部をケイさんに助けてもらっているので、今日はその恩返しです」
とゆりこは言っていたが、ふたりにサインを求めるファンの列もできていた。
 

4日に行われた1回戦は次のようになった。
 
セントール×−○山形D銀行
千女会×−○Joyful Gold
クレンズ×−○40 minutes
東女会×−○Rocutes
 
ローキューツは先日の全日本予選では千女会に勝って二次ラウンドに進出したのだが、今日は東女会に勝って準決勝進出である。その千女会はいきなり大本命のJoyful Goldと当たって涙を呑んだ。
 
そして5日午前中に準決勝が行われた。
 
山形D銀行×−○Joyful Gold
Rocutes×−○40 minutes
 
この4チームはお互いに頻繁に練習試合をしたり、部員を相互に留学させていて、手の内は知り尽くしている。どちらも熱戦になったものの、Joyful Goldと40 minutesが試合を制した。
 

3位決定戦ではRocutesが山形D銀行に勝った。
 
決勝はJoyful Goldと40 minutesという、先日の全日本東京予選決勝の再現となった。
 
両者とも午前中の試合でかなり疲労しているものの、40 minutesは雪辱に燃えていたし、Joyful Goldはここで負けては全日本3次ラウンド進出の実績に傷がつくとして、どちらも必死の試合となった。
 
前半はJoyful Goldがリードしていたものの、後半中折渚紗が連続でスリーを決め、森下誠美が王子のシュートを何度もブロックするなど、根性で食いついていく。どちらが勝つか予断を許さないシーソーゲームとなったが、とうとう最後は残り1秒からキャプテン竹宮星乃の本人も
 
「まさかあれが入るとは」
 
と言ったロングスリーポイントシュートが入り、ローキューツが1点差で勝利をもぎ取った。
 
コート上の5人が喜んで抱き合い、ラストシュートを決めた星乃がもみくちゃにされた。
 
一方のジョイフルゴールドはサクラやローザが座り込んでしまい、王子は放心状態だったが、玲央美は厳しい表情でコートを見つめていた。
 

大会終了後は、Rocutes, 40 minutesの合同で打ち上げをした。
 
「Joyful Goldさんも誘ったんだけど、今日は悔しいから帰って練習すると言っていた」
とゆりこが言う。
 
「これから練習!?」
「よし、私たちも東京に戻ったら練習するぞ」
「うっそー!?」
 
「深川アリーナは24時間使えるし」
「コンサートをするため防音にしているから、結果的に夜間に練習しても音が響かないんだよな」
 
「実は千里が頻繁に真夜中に練習しているようだ」
と暢子が言う。
 
「嘘!?」
 
「一度遭遇した。集中して練習できていいからとか言ってた」
「やはり世界のスリーポイント女王はそれだけの努力してるんだなあ」
「よし、今夜は帰ってから練習だ」
 
「それやると明日ダウンしている気がする」
 
「来年、東京予選でJoyful Goldに勝つためだよ」
「また全日本に行きたいよね」
「まあ頑張るか!」
 

11月11日(土)の朝、青葉は剣崎矢恵からの電話を受けた。
 
「昨夜桜の夢を見なかったんです」
「良かったですね!じゃ終わったんですね」
 
これまでの周期で行くと、矢恵は11月10日に次の夢を見るはずだったのである。
 
「はい。6年間ずっと怖い思いしていたから。凄く嬉しくて」
「これからは、その不安が無くなった分、明るく生きていきましょう」
「はい、ありがとうございました!」
 

11月16日(木)。青葉は館林のお寺で出来上がった身代わり人形を受け取るとNISMO Sに乗って北陸に戻り、そのまま津幡の剣崎家に行った。
 
「先日のお不動さんの池で解決したと思うので、こちらは不要になったとは思うのですが、この人形どうします?」
 
「可愛いお人形ですね!お代は払うのに少し時間が掛かると思いますけど、頂きたいです」
 
「じゃ置いて行きますね」
と青葉は笑顔で言った。
 
「これ陰膳とかあげないといけないですか?」
「いえ。魂が入っていないから、普通のお人形の扱いでいいですよ」
「分かりました」
 
「きちんと魂を入れないまま陰膳あげてたら、変なのが入り込む危険もありますので、あくまで普通のお人形の扱いで」
 
「気をつけます!」
 

11月25日(土)大安。
 
青葉の中学・高校時代の友人たちで今度の1月に成人式用に振袖を買ったりもらったりした子が高岡市内のホテルに集まり、事前撮影会をすることにした。
 
集まったのは、青葉、美由紀、明日香、世梨奈、美津穂、奈々美、空帆、純美礼、杏梨、の9人である。
 
「こんなに買った人がいるのか。みんなお金持ちだな」
などと言っているのはこの撮影会のためにわざわざ東京から戻ってきた空帆である。
 
「私は買ってないけど、この撮影会のためにレンタルしてきた」
と美由紀が言っている。
 
「私はお母ちゃんが成人式の時に着た振袖を着ることにした」
と明日香は言っている。
 
「この振袖、本格的な友禅だもん。20年経っても褪せない美しさがある」
と奈々美。
 
「昔はインクジェットなんて無かったし」
「でも振袖着る人も今ほど多くなかったかも」
 
「ヒロミは元々お母さんから譲ってもらった振袖でおとこの会とか出てたみたいだけど」
 
「男の会!?」
「ちがった!おこと(お琴)の会」
 
「一瞬、振袖着た男たちの集まりを想像した」
「それはちょっと怖い」
 
「でも恥ずかしいから今日は遠慮するって」
「残念。解剖してみようと思ってたのに」
「多分それを予想して逃げたんだと思う」
 
「まあ東京組も借り物だけどね」
 
と空帆は言っている。空帆と奈々美は相沢海香の所に同居しており、旅館のキャンペーンで使う和服もたくさん置いてあるので、これでよかったら成人式で着てもいいよと言われていたので、それを持って来たらしい。純美礼もその話を聞き「ついでに私にも貸して」と言って借りてきた。日香理も誘ったのだが、レポートがあるとかで欠席である。
 
そういう訳で、結局買ったのは、青葉、世梨奈、美津穂、杏梨、の4人であった。
 

「それで私は着付け係な訳か」
と言って、朋子、明日香の母、と3人で手分けして振袖の着付けをしてあげている千里が言う。
 
「それで私は撮影係な訳か」
とLumixを持った桃香が言う。
 
ケイから借りたエルグランドに、桃香・早月・空帆・奈々美・純美礼を乗せて東京から走って来たのである。
 
着付けを待つ間、早月はみんなのかっこうのおもちゃと化し、かわりばんこにみんなに抱かれていた。早月もみんなに愛想を振りまいていた。
 

10時に集まって、午前中に着付けをし、1時間ほど桃香の持って来たLumixや各自のスマホなどで撮影をしてもらった。
 
その後、振袖を脱いで普段着に着替え、このホテルのランチを食べる。
 
「私最近、桜の夢を見るんだあ」
などと純美礼が言うので、青葉はギョッとする。
 
「どんな夢なの?」
と世梨奈が訊く。
 
「私はどこかに入学することになって、振袖を着て、そこに行くの。でも私の前で門は閉じられて『残念ながらあなたは不合格です』と言われて、桜の花が散ってくるのよ」
などと純美礼は言っている。
 
青葉はつい吹き出してしまったが、みんな同様に笑っている。
 
「それは現実に何かの試験に失敗する予兆だな」
と美由紀が言う。
 
「何に失敗するんだろう?」
「単位取れずに留年とか」
「いやだー!」
 
 
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【春水】(6)