【春水】(5)

前頁次頁目次

1  2  3  4  5  6 
 
青葉は夕方前には引き上げたのだが、矢恵は他の親族とも会ってから翌日土曜日に金沢に戻るということであった。青葉も本当は他の親族の話を聞きたかったのだが、霊能者などというものを胡散臭く思う人もあるだろうしと考え、ナナさんのことを何か聞けたら聞いておいて欲しいと矢恵に頼んで、引き上げることにした。
 
青葉は土曜・日曜と都内のホテルに泊まり、日曜日に四谷の§§ミュージックに出て行った。
 
アクア主演の映画のラッシュを見る。
 
「現時点では単純につなぎ合わせた状態らしいんですよ。ですからつながりが不自然な所とかもあるし、アフレコをしないといけない所もあるのですが」
 
と今日は朝から出てきていた秋風コスモス社長が言う。
 
ともかくも一同で見た。この日これを見たのは、秋風コスモス、川崎ゆりこ、KARIONの和泉、山村マネージャー、紅川会長、三田原課長、青葉、そしてなぜかそこに居た丸山アイの8人である。
 
「アクア元気だね」
と紅川さん。
「熱演してる」
と和泉。
 
「やはりアクアは演技力あるなあ。本人も歌手より俳優志向というのが分かります」
とゆりこ。
 
「男性の内海刑事を演じているのと、女性の愛を演じているのがまるで別人みたいに雰囲気が違う」
と三田原課長。
 
「女子高生の愛を演じられるのは分かるのですが、23歳の内海刑事もしっかり演じているのが凄いですね」
と和泉は言った。
 
「その点は監督も心配していたみたいですが、実際にはちゃんと23歳に見えるから監督も感心してましたよ。それにあの子、間の取り方がうまいんですよね。だから共演者が凄くやりやすい」
と自分も撮影に参加していた丸山アイが言う。
 
「去年の映画の時は、ハードスケジュールだったせいで、疲れたような表情を隠せなかったんだけど、今年は全編元気なアクアが見られる」
とコスモスは言っている。
 
「やはり映画だけに専念したからだと思います。ライブやりつつ、音源制作やりつつ、映画の撮影もというのでは、どんなバイタリティのある人でも全部中途半端になっちゃいますよ」
と山村マネージャー。
 
「来年以降もアクアの映画を撮る場合、他の日程とダブらせないというのを絶対条件にしよう」
と紅川さんは言う。
 
「やはり今年のサイクルがいいですね。2月から6月までが夏のドラマ撮影、7月はライブツアー、8-10月が映画撮影で、11月と1月は冬ドラマの撮影、12月は年末年始の特別番組やミニツアー」
と青葉は発言した。
 
「ええ、そのサイクルを堅持していきましょうよ」
とコスモスは言った。
 

お昼は新宿に出て、高級フレンチ店で会食をする。丸山アイは
「私もいいんだっけ?」
などと言いながら、遠慮する気配は無い。コスモスは
「どうぞどうぞ」
と言って微笑んでいた。
 
コスモスはこの場であらためて、7月に事故にあった醍醐春海と話し合い、当面醍醐春海は監修と編曲ということにして、アクアのCDのカップリング曲は琴沢幸穂に書いてもらうことにしたことを報告した。
 
「これまでもずっと醍醐先生に書いて頂いてはいたものの、最初の6作品は東郷誠一先生の名前で出していたんですよね。ですから、表面的には東郷先生から醍醐先生になり、琴沢さんとリレーしているように見えるんです」
 
「だったら、あまり不自然ではないですね」
 
「既に2月か3月に発売する予定の次のアクアのCD(来月発売する映画主題歌の次のCD)にも曲を頂くことにしました。これがその作品です」
と言って楽譜を見せてくれた。
 
ここに集まっているメンツは全員、わりとすらすら楽譜が読める。
 
「格好いい曲だね〜」
という声があがる。青葉もこの人は凄く能力が高いと思った。
 
「何歳くらいの方なんですか?私負けそうなんですが」
と青葉は言う。
 
「見た感じは22-23歳くらいに見えました」
「ああ、お会いになられたんですね」
「ええ。なかなか楽しい人でしたよ」
とコスモスはなぜか笑いながら言っていた。
 

話は盛り上がっていたが、青葉はトイレに行くのに席を立った。色々と入っているコーチのトートバッグは、さっき色々資料をもらって重たいのでそのまま席に残し、ハンカチとスマホだけ持って席を立つ。トイレを終えて手を洗っている時に、ちょうど別の個室から出てきた丸山アイと一緒になった。
 
「アイさんも、浅谷刑事とねずみ役、お疲れ様でした。とても男らしいねずみ、とても女らしい浅谷光子と演じ分けられていて凄いと思いました」
と青葉は言う。
 
「まあ私は端役だけどね。今回はアクアが主役、フェイが準主役だから」
とアイは言っている。
 
フェイは瞳と平野猛刑事を演じた。フェイは大型自動二輪の免許を持ち、個人的にもスズキの隼に乗っているということで、映画の中でもハーレーダビッドソン・Roadsterを駆っている(原作の平野が乗っているのは同じハーレーの1980年代のモデルFXB STURGIS)。彼は瞳役の方ではRX-7を運転するシーンが出てきていたが、これも本当にフェイが運転した。運転が好きで国内B級ライセンスも持っていると言っていた。
 
「青葉ちゃんも年代的に近いから私たちのCBFに招待したい所だけど、女性はわざわざ女湯に入る会に誘わなくてもいいから」
とアイは言った。
 
「そうですね。女湯には普通に入りますし」
と青葉も笑って答える。
 
「でもアイさんが男湯にも入っちゃうというのは信じられないです」
「私がどちらも入れるというので、私のおっぱいもおちんちんもどちらもフェイクで実はどちらも付いてないのではと思っている子もいるみたい」
 
「それ私も思ったことあるんですけど、そのおっぱいは偽装には見えないです」
「まあそのあたりは企業秘密なんだけどね」
とアイは言う。
 
「アイさんの時は完璧に女性のチャクラなんですよね。でも竜さんの時は完璧に男性のチャクラだし」
 
「そのチャクラというのは私はよく分からないけど、心のスイッチを切り替える感じなんだよ」
とアイは言った。
 
あらためてこの人見てみると、微かに霊感があるよなと青葉は思った。
 

「そうだ。青葉ちゃん、岐阜県の**不動って知ってる?」
「聞いたことはあります」
 
「こないだ行ったんだけど、凄くいい所だったよ」
「へー」
 
「何か全てを還元してしまうような、不思議なパワーに満ちあふれていた。うちの母がお札をもらってきてというから行ってきたんだけど、青葉ちゃんも、一度行ってみると面白いと思うよ」
 
「じゃ今度近くに行った時に寄ってみます」
 

そんなことを言っていた時、ドーンという物凄く大きな音がした。
 
びっくりして青葉もアイも出て行く。どうも青葉たちが食事をしていた部屋で何かあったようである。青葉たちがそちらに行こうとすると
 
「行かないで下さい」
とレストランのスタッフから停められる。
 
「今、私たちその部屋にいたんです。トイレに出ていたんです」
とアイが言うと、2人を通してくれた。
 
部屋に入ると、騒然とした雰囲気であった。全員席を立っている。テーブルはメチャクチャである。
 
大理石の大きな像、ミュロンの『円盤投げ』の石像が倒れていた。その倒れ込んでいる場所を見て、青葉はゾッとした。
 
「青葉ちゃん、青葉ちゃんが席を立っている時で良かった」
と言ってコスモスが青葉をハグした。
 
自分がトイレに立っていなかったら・・・トイレでアイと話し込んでいなかったら、自分はこの石像の下敷きになっていたかも知れない。
 

メートル(フロアの責任者)さんが写真を撮っている。この後の処理に必要なのだろう。支配人さんは全員に怪我が無いかと尋ねている。
 
写真を撮り終わった後、数人の従業員で石像を動かそうとしていたが、重すぎて動かないようである。
 
「これは機械を持って来ないと無理かも」
などと言っている。
 
「そのバッグだけでも取り出せませんか?」
と紅川さんが言っている。
 
「それだけなら何とか」
と言って、数人掛かりでコーチのトートを取り出してくれた。青葉に渡される。
 
「ありがとうございます」
 
中のものはもうぐちゃぐちゃである。バッグ自体破損している。
 
「そのバッグと中身の弁償は責任持って致します」
と支配人さんが言っている。
 

「今この場で中身を確認した方がいい」
と紅川さんが言うので、出してみた。
 
化粧品入れがぐちゃぐちゃになっている。中の瓶とかスティックも粉々である。中身は普及品の化粧品なので、全部買い直しても2〜3万だと思うと青葉は言った。
 
パソコンも破損している。8万円くらいの品だが、新しいのを買ってソフトをインストールしたりデータを移行したりする作業代で20万請求していいと思うと紅川さんは言った。支配人さんも同意していた。
 
イオンで買ったバッグ。これ自体は1万円くらいである。その中から大量の現金が出てくるので、支配人さんが息を呑んでいる。
 
「現金は使えそうだね」
と紅川さん。
「これは大丈夫のようです」
 
その後もひとつずつ取り出していくが、クレカや電子マネーの類いも無事だった。タロットは入れ物は破損していたが、中身は無事であった。筮竹がケースごと折れている。
 
「それは高価なものですか?」
「これは普及品で3000円くらいのものです」
 
そして・・・先日千里姉からもらった身代わり人形が完全に潰れていた。
 
「それ館林の**寺の身代わり人形だね」
とアイが言った。
「私の身代わりになったみたい」
と青葉は言った。
 

全部確認した所、被害額はコーチのバッグ本体を含めて40万円程度と推定された。支配人は迷惑料も入れて100万円払いたいと言ったので、青葉は了承した。
 
その他、細かい迷惑料その他については後日話し合おうということにし、この日は全員に「洋服のクリーニング代」で1万円を渡してくれた。むろん今日の食事のお代はタダにしてもらう。
 
紅川さんの提案で馴染みのスナックに河岸を移して、軽く1杯水割りを飲む。
 
「ちょっと落ち着いた」
 
「未成年は居なかったよね?」
「はい、未成年です!」
とアイが手を挙げるので、
 
「冗談は10年前に言ってね」
と山村さんから言われていた。
 
青葉は山村さんって、そういえばアイのサブマネージャーの人から推薦されたんだったなと思い起こしていた。気易い感じなので、きっと旧知なのだろう。
 
「あの身代わり人形ですが、実は今月頭に姉の醍醐春海から言われて、もらっていたんですよ」
と青葉は言った。
 
「昨年7月には『エメラルドの太陽』発売前に、アクアがステージ上で倒れたでしょ?12月には『モエレ山の一夜』発売の記者会見でコスモスさんが人質に取られて、3月の『星の向こうに』が発売された後、少し時間は経過していますけど鱒渕さんが倒れて、7月の『憧れのビキニ』の発売前日に醍醐が事故に遭いましたし。この所毎回、アクアの周囲の誰かにトラブルが発生している。次は私の番だよと言われたんです」
 
と青葉は説明する。
 
「それ今気付いたけど、何か怖いね」
と丸山アイが言う。
 
「ちょっと待って。そういうラインナップなら、その次の2月発売のCDでは私かも知れないじゃん」
と三田原さんが言う。
 
確かにアクアに直接関わっている人では、三田原さんは有力人物のひとりだ。
 
「そもそも小学1年の時にアクアが手術を受ける前日にその身代わり人形をもらったんだよね?映画ではその話はやらなかったけど」
と紅川さんが言っている。
 
「そうなんですよ」
 
「その身代わり人形って、どこで売ってるの?」
「群馬県館林市の**寺というところだそうです」
 
「私、ちょっと行ってくる」
と三田原さんは言っている。
 

「これって何かの呪い?」
とゆりこが訊く。
 
「偶然という気がします」
と青葉は言う。
 
「私もその偶然というのに一票」
と丸山アイ。
 
青葉はどちらかというと、みんなの不安を取り除くのに「偶然」と言ったのだが、アイも「偶然」と言ったことで、青葉はこれは本当にただの偶然なのかも知れないと思った。
 
「そういう偶然よくないことが起きている時、厄払いみたいなことする方法って無いんだっけ?」
と紅川さんが尋ねる。
 
「やはりお寺か神社にお参りですか?」
と、ゆりこ。
 
「どこに行くのがいいんだろう?」
と紅川さん。
 
「そうですね。。。。アクアという名前は、そもそも伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が、黄泉の国から戻ってきて、川に入って水中で禊(みそぎ)をしたことにちなんで付けられたものでしたね?」
 
と青葉は言った。
 
「そうそう。知っている人はごく僅かだけどね」
と紅川さん。
 
「彼のホロスコープで水星が強いからとも言っていたね」
と山村さん。
 
「うん。よく知ってるね」
と紅川さん。
「本人から聞きましたから」
と山村。
 
「そういうことでしたら、水の神様がいいです。その伊邪那岐命の禊に関わるのであれば、住吉さんですね」
と青葉は言った。
 
「だったら関係者一同で行きましょう」
とコスモスが言う。
 
「関係者一同って誰々だろう?」
 
「ここにいる8人、サブマネージャーの2人、アクア本人と田代の両親、親権者の長野支香、エレメントガードの4人、今井葉月、行く時にもし退院していたら鱒渕さん、ファンクラブ会長の松浦紗雪、上島先生、雨宮先生、醍醐春海、葵照子、琴沢幸穂、マリとケイ、30人かな」
 
と山村さんは名前を挙げた。
 
「30人か。もう団体旅行だな」
と紅川さんは言っている。
 
「いや、そのメンツはみんなアクアの強い関係者ですよ。ぜひそれ時間を合わせてお参りに行きましょう」
とコスモスは言った。
 
「じゃ、僕が直接その30人に連絡を取って、都合のいい日を探し出すよ。山村君、あらためて今の名前紙に書いておいてくれない?」
と紅川さんは言う。
 
「分かりました。今日中に会長にメール致します」
 
「いちばんスケジュールが厳しいのは、上島先生とケイかな」
 
「いや、多分一番厳しいのはアクア本人」
 
「確かに!」
 

日程調整の結果、マリとケイは9月中はアルバムの作業のためどこかに出かけるのは困難ということで、10月にして欲しいということであった。千里は10月以降リーグが始まるので土日は無理という話だった。ところがアクア本人は平日は学校があるので厳しい。更に上島先生は、現在アルバムの制作を3つ同時でやっていて(つまり30曲ほど書かなければならない)、当面全く時間が無いので、申し訳無いが他の人で行ってきてということだった。
 
紅川さんも困ったようだが、山村は言った。
 
「考えてみたんですが、30人もの人数で移動していたら無茶苦茶目立つと思うんです。ファンが騒いだりして、まともにお参りできないと思うので、日程を3つくらいに分けたらどうでしょう?その方が日程の調整も付きやすいし」
 
「確かにそうだね」
 
それで再度日程を調整した結果、10月7日(土), 10月9日(祝), 10月11日(水)という3つの組に分けることにした。
 
結局、上島先生は不参加になった。また琴沢幸穂は大学の試験日程にぶつかるのであとから別日程で行きたいということだったので交通費と玉串料だけ支給することにした。この話に「まだ学生だったのか!」と驚きの声があがっていた。
 
「ちなみに男性?女性?」
「スカート穿いてたし、胸があったからたぶん女性」
とコスモスは言っていた。
 
「ここにスカート穿いてて胸のある男の子もいるけど」
「出がけに探したんだけど、どうしてもズボンが見つからなかったんですー」
 
龍虎のマンションでは、ズボンや男の子用下着は、買っておいてもすぐに紛失する傾向があるようである。
 

紅川と山村はこのように組み分けをした。
 
7(土)アクア、コスモス、山村、鱒渕、葉月、和泉、大宮万葉、マリ、ケイ、丸山アイ、佐良しのぶ(運転)
9(祝)アクア、ゆりこ、田代涼太、幸恵、長野支香、ヤコ、エミ、ナツ、ユイ、高村友香(運転)
11(水)アクア、紅川、緑川志穂、三田原、雨宮三森、松浦紗雪、醍醐春海、葵照子、矢鳴美里(運転)
別日程:琴沢幸穂、不参加:上島雷太
 
マリ・ケイが参加する日はふたりの専任ドライバーである佐良さん、醍醐春海・葵照子が参加する日はふたりの専任ドライバーである矢鳴さんが入れるので、この際、運転をお願いすることにして、アクアのドライバーである高村はどちらも入らない第2日程のドライバーを務めることになった。
 
「アクアは3回参加?」
とゆりこが訊く。
 
「主役のアクア抜きでお参りって、あまりにも間が抜けているから、忙しいのに申し訳無いが3回行かせる」
と紅川さん。
 

「これは各々の組に、何かあったら運転を交替できる人が付いているんだよね。7日なら大宮万葉さん、9日ならゆりこちゃん、11日なら醍醐春海さん」
と三田原さんが言っている。
 
「ちょっと待って。私、普通免許しか持ってないからマイクロバスは運転できない」
とゆりこが言うが
「第2日程は人数が10人だから定員10人のワゴン車を使う。だからゆりこにも運転できるよ」
とコスモス。
 
「だったらいいか」
 
(普通免許・準中型免許で運転できるのは定員10人以内の車。中型免許なら定員29人までの車を運転できる。但し2017年3月以前の普通免許から移行した5t以下限定の中型免許、2007年6月以前の普通免許から移行した8t以下限定の中型免許では、いづれも定員10人以下の車しか運転できない。マイクロバスを運転するには限定解除の教習と試験を受ける必要がある)
 
「第3日程も9人だからワゴン車。第1日程だけが11人だからマイクロバスを使う」
「これが定員13名のVIPタイプで、座席がゆったりしているんだよ。マイクロバスって窮屈なのが多いからね」
「へー、いいなあ。私もそちらに乗りたい感じ」
 
「ゆりこちゃんも第1日程にする?定員に余裕があるし」
 
「でも私が抜けたら2日目の予備ドライバーは?」
「ワゴン車だから、田代のお父さんも運転できるし、ヤコも運転できる」
「だったらいいか」
「出納係は友香が運転手と兼任でできるしね」
 
「結局1日目が主力、2日目は家族とバックバンド、3日目はお偉いさんという感じになるのかな」
 

「醍醐春海さんはこないだの日曜日に、とうとう国際C級ライセンスの条件を達成してライセンスを申請したと言っていた」
「あの人、忙しそうなのに、よくそんな時間があるね」
 
千里(千里2)は9月10日に十勝でレースに参加して6位に入り、5つめのレース順位認定で(レース除外条件の無い)C級ライセンス取得条件を満たした。
 
「大宮万葉さんは、運転歴10年らしいし」
「あの人もどうも年齢がよく分からない」
 
などという話が起きていたことを青葉は知るよしもなかった! ただ、何かの時は運転をお願いしますと言われて了承しておいた。
 
ゆりこも言っていたように第1日程の移動にはマイクロバス(VIPタイプ座席数13)を使用するので、中型免許が無いと運転できない。しかしそのことをこの時点で青葉は認識していなかった。
 

青葉は9月10日夕方の新幹線で高岡に戻った。その後、矢恵さんと連絡を取り、11日の日中、アルプラザ津幡の駐車場!で会った。
 
店内でケンタッキーを買ってきて、青葉のNISMO Sの車内で食べながら密談する。
 
「川上さんが、お人形のこと聞いておいて欲しいと言っておられたので聞いてきました」
「どうでした?」
 
「ナナさんが持っていた人形は、だいたい女性の親族で分けたらしいのですが、ひとつだけナナさんが凄く大事にしていて、まるで自分の娘のように毎日陰膳まで供えていた30cm大の日本人形があったらしいです」
 
「かなり大きなものですね。そのお人形はどうしたんですか?」
 
「自分の代わりに自分が死んだ後も大事にしてと生前は言っていたそうなのですが、まるで生きているかのような人形で、みんな怖がっていたらしくて」
 
「ああ」
 
「それで何とか1年間は仏檀の横に置いて、水と御飯を供えていたそうなのですが、一周忌の時に、やはりナナさんと一緒に送ってあげようよと長女の貞子さん(五十六や平和の姉)が言うのでお寺でお焚き上げしてもらったんだそうです」
 
「やはりそうでしたか」
 
「その話を聞いて思ったんですが、もしかしてナナさんは自分の呪いをその人形に移していたんでしょうか?」
 
「そうだと思います。たぶんその人形は元々は男の子だったんではないでしょうか。そして息子のように可愛がっていた。だから呪いはそちらに移って、お人形は女の子に変わってしまった。でもそのおかげでナナさんは82歳の天寿を全うできた。多分誰かお坊さんとか拝み屋さんとかにそのあたりの処理をしてもらったんですよ」
 
「でもその人形を処分してしまったので、呪いが父に移ってしまった」
 
「だと思います。でも貞子さんを責めないで下さいね」
と青葉は言う。
 
「いや、私でも死んだ人の遺品の、生きているかのような人形なんて、怖くて処分したくなると思います」
と矢恵。
 
「でも取り敢えず、同じ手法が矢恵さんにも使えると思います」
「なるほど。でもずっと将来に私が死んだ後のことが心配」
 
「ええ。ですから、別の方法も私、考えますけど、当面の危機回避策として人形の用意を進めましょうか。次の夢で万一突然危険なことを予言されると怖いので」
 
「はい、お願いします。それ実費が結構掛かると思うんですけど、支払いは少し待って頂けませんか?」
 
「いいですよ。余裕ができた時で」
 
「すみません」
 

9月16日は、タクシーただ乗り幽霊の方の処理をした。千里にも金沢に来てもらい、放送局の人、HH院の住職と一緒にこの問題の最終的な処理、そして打合せを行った。先代の次郎杉の燃え残りは、結局観音堂にそのまま安置して供養をすることになった。
 
一部の霊が新しい次郎杉にも入ったことを確認する。住職は、ひょっとしたら水商売関係の新しい霊が、そこが居心地が良くて入ったのかもと言っていた。
 
「あらためて考えたのですが、この次郎杉が境内ではなく、山門の外にあるのは、かえって良いのかも知れないです」
と住職は言った。
 
「お寺の中まで入るのは、信心が無いとわりと敷居が高い。でも山門の外なら、安心して居られるのかも知れません」
 
「それはいいことかも知れないですね」
と神谷内ディレクターも言っていた。
 

そこまで終わってから、青葉と千里は高岡の自宅に戻り、一緒に晩御飯を食べてから、夜0時頃、オーリスで帰って行った。身代わり人形についても千里に頼んだ。千里は例の館林のお寺に相談してみると言っていた。
 
ところが翌朝7時頃、その千里から電話があり、突然だが結婚することになったと言う。青葉はてっきり貴司さんと結婚するのかと思ったのだが、別の男性で、仕事で知り合った川島信次という人だと言ったので青葉は戸惑う。何でも昨日彼および彼のお母さんと会い、結婚の約束をしたらしい。
 
「ちー姉、真剣に訊くけど、貴司さんのことはもういいの?」
「貴司のことは好きだよ。忘れられるものではないと思う」
 
千里がまだ悩んでいるようなので青葉はハッキリ言った。
 
「悪いけど、私はちー姉のその結婚話に賛成できない」
 
しかし千里はその後、朋子の携帯にも電話してきて、朋子はその結婚に賛成だと言った。その後で朋子は青葉に言った。
 
「千里ちゃんが不倫しているようだなというのは思っていた。でもそちらを諦めて、他の人と再婚するというのなら、それでいいんじゃないの?青葉は納得できない所があるかも知れないけど祝福してあげようよ」
 
「それはそうだけどさ」
 
朋子に諭されて青葉も千里の信次との結婚に反対しないことにしたものの、どうにも割り切れない気持ちであった。
 

ところが10時頃に千里は青葉にメールして来た。
 
《青葉ごめーん。そちらに私のバッグ忘れてない?》
 
そのバッグの中に免許証なども入っていて身動きできないので、忙しい所を申し訳無いが、届けてくれないかと言われた。
 
《今、東部湯の丸SAにいるから》
《東京じゃないの?》
《午前3時頃ここに着いてから、1時間くらい仮眠するつもりが、疲れが溜まっていたのか、さっきまで寝ていた》
 
は?
 
青葉はあらためて自分のスマホの着信履歴を見てみたのだが、7時の結婚するという電話は、東京の用賀のアパートから掛かってきているのである。7時に東京に居た千里が、まだ東京への移動途中の東部湯の丸にいるというのはおかしい。
 
そして考えた。だいたい7時の電話で千里姉は、信次さんとそのお母さんに昨日会ったと言っていたが、千里は昨日は1日こちらに居て、自分と一緒にただ乗り幽霊の処理をしていたじゃん!
 
青葉は何か自分の理解できないことが起きていることを認識すると、母に言って、アクアに乗り、北陸道を走って、東部湯の丸SAまで行った。
 

千里と落ち合う。
 
「ちー姉、携帯見せてくれない?」
と青葉は言った。
 
「これ?」
 
と言って千里は赤い折り畳み式のガラケーを取り出した。
 
そのガラケーは4月の落雷で焼損した筈だった。しかし、メイド喫茶でマキコが言っていた。ガラケーを持った千里を見たと。そしてその千里は『私の偽物には、確認できただけでも、アクオス持ってる子とアイフォン持ってる子とアローズ持ってる子がいるんだよ』と言っていたと。
 
では、今目の前にいる千里が本物で、7月に一度死んだのが蘇生した千里(アイフォンを持っていて、ヤマゴのストラップを付けている)は千里の偽物なのだろうか?
 
そんな筈は無い。偽物:千里の代理を務める眷属:が事故にあって重症を負ったのなら、その眷属は任務から外して治療に専念させるだろう。そのまま千里の代理を務め続けるはずがない。そもそもあの千里が死んだのは羽衣がエネルギーを取り出し過ぎたからである。千里の眷属からエネルギーを引き出せる訳が無い。だからエネルギーを引き出されすぎて死んだのは間違い無く千里本人だ。
 
今目の前にいる千里は強いオーラを帯びている。昨日一緒にタクシーただ乗り幽霊の処理をした千里と同一人物だと思う。今朝7時に結婚するという電話をしてきた千里は妙にオーラが弱いような気がした。あらためて目の前にいる千里を観察する。これは絶対に人間だ。精霊の類いではない。微かにお乳の匂いもする。早月に授乳しているからだが、そもそもは京平を産んだから授乳できる。偽物にお乳が出る訳ない。
 
青葉は10分以上、その場で黙って千里を見つめながら考えていた。そして結論に達した。
 
千里は2人いる!
 
1人は7月に代表合宿をしている最中に桃香から呼び出されて早月が熱を出していたのに対処し、その後合宿所に戻る途中の東京駅で事故に遭い、いったん死んだものの蘇生した。しかし霊的な力を全て失いバスケの能力も落ちて、日本代表から落とされた。その千里が多分川島信次と結婚しようとしている。
 
もう1人は別の千里で、日本代表に復帰し、インドまでアジア選手権に行ってきた。タクシーただ乗り幽霊の解決に協力してくれて、一方ではレースに出て、C級ライセンスを取得した。これが多分目の前にいる千里だ。
 
最近、千里姉が異様なペースで楽曲を書いていたのは、2人居るからだ!
 

青葉は言った。
 
「ちょっと電話したいんだけどいい?」
「うん。いいよ」
 
それで青葉は千里の用賀のアパートの家電に電話した。
 
千里が電話に出る。青葉は頷く。
 
「ちー姉、考えたんだけど、やはり不倫をずっと続けるのはよくないよね。さっきは変なこと言って悪かったけど、結婚おめでとう。それでちー姉の披露宴の司会させてくれない? うん。幸せになってね」
 
と青葉は電話の向こうの千里に言った。電話の向こうの千里はとても弱々しいオーラであった。
 
電話を切ってから、青葉は目の前の千里に言った。
 
「ちー姉。この春から、どうも納得の行かないことが多かったんだけど、やっと原因が分かったよ」
 
「青葉にしては気付くのに時間が掛かったね」
 
と笑顔で言う千里の左手薬指には金色の結婚指輪が輝いていた。
 
「その結婚指輪は?」
「貴司との結婚指輪だよ。私は貴司の妻だから」
 
と千里は明言した。
 

青葉は千里に詳しい話を聞きたいと言ったのだが、千里は
 
「自分が見聞きしたことで判断すればいい」
とだけ言って、説明を拒否した!
 
しかしまあ東京まで一緒に行こうかというので、SAで軽く軽食とお茶を取った後で、一緒に東京に向かった。
 
上信越道−関越−外環道−首都高(S1-C2)と走って、清新町で降りる。青葉はここに何があるんだろうと思った。
 
千里のオーリスがイオン葛西店に入るので青葉のアクアも続く。
 
千里は
 
「ここから先は私の車に同乗するといいよ。アクアはしばらくここに駐めておけばいい」
と言った。
 

それでイオンで食料品を買ってから、オーリスに同乗して近くの月極駐車場に入る。そこから少し歩いて、ワンルームマンションに千里は入って行く。
 
「ちー姉、ちょっと待って。ここは」
「最悪の環境でしょ?」
「これ何とかしないの〜?」
 
「最悪だからいいんだよ。ここって住民が居着かないから」
「居着かないだろうね!」
 
千里はエレベータに乗って4階にあがる。
 
「ここ居るだけで凄く気持ち悪いんだけど」
「だよね、普通の感覚の人なら」
 
それで404号室に行くのだが、青葉はびっくりした。
 
「霊道が2つこの部屋だけを迂回している」
「迂回してくれないと、私が住めないから」
 
それで千里に案内されて中に入ると、その部屋の中だけが物凄く清浄に保たれているのである。
 
「すごーい」
「ライオンの檻の隣に住んでいても防御壁があれば平気」
などと千里は言っている。
 
「まさにそういう状況だね。千葉の桃姉と一緒に暮らしていたアパートも凄かったけど、ここはあれより完璧」
 
「ここは元々私の作曲作業部屋なんだよ」
「楽器がたくさんあるね!」
 
「ここは住人が少ないし、入ってもすぐ出て行くから、防音工事もしてないのに、楽器を生で演奏して苦情が来ない。まあ、夜間はヘッドホン使うけどね」
 
「楽器の音より、それ以外のもので落ち着かないだろうね」
 

「大学2年の時にさあ」
と千里は言う。
 
「それまで住んでいたアパートが大雨で崩壊したんだよ」
「わっ」
「海外の大会から戻って来たら瓦礫の山になってるから呆然としたよ」
「それはショックだね」
 
「それで桃香がだったらうちに同居しなよ、襲わないからというから、同居させてもらったんだけど」
 
「その後半は全く信用できない」
と青葉。
「うん。私も信用してないから、自分の身は自分で守っていた」
「なるほど」
 
「でもさすがに楽器類までは桃香のアパートに入らないから、楽器置き場として、ここを借りたんだよ。駐車場に近いし」
 
「もしかして駐車場を先に借りてたの?」
「そうそう。雨宮先生が勝手に借りて、ここ使ってというんだもん。何でも安かったからって」
「あの場所なら安いかも。不便だもん」
「そうなんだよ。JRの駅からあそこまでタクシーに乗る必要がある」
「うん。かなりの距離があるよね」
 
「それで基本的には楽器置き場だったんだけど、作曲作業していて泊まり込むこともあるから、最低限寝られる設備も置いている」
 
「2段ベッドの上が寝る場所で、下は楽器置き場な訳か」
「とにかく楽器が多いからね」
 

「まあ、そういう訳で4月の落雷で私、分裂しちゃったから、1番を表に出して私は裏工作している。だから用賀のアパートに住んでいるのが1番だよ。あの子のアイフォンは故障していてつながらないから、家電(いえでん)に電話した方がいい」
 
「壊れてるの!?」
 
「本人は電話が掛けられなくても、自分の操作が悪いから掛けられないと思っている。あの子は本格的な機械音痴だから」
 
「ああ、やはり少し性格が違うんだ?」
 
「不均等に分裂したみたいだね。あの子は本当は貴司より桃香の方が好きなんだよ。だから、たぶん信次と結婚しても2年くらいで離婚して桃香との共同生活に戻ると思う」
 
「そうなの!?」
「青葉は川島信次を見てないよね?」
「今朝話を聞いたばかりだし」
 
「明らかに浮気性の顔をしている。結婚生活が維持できる訳ない」
「うーん。。。」
 
顔で浮気性が分かるのか!? それと浮気性の貴司さんと千里2なら結婚生活を維持する自信があるのか?と突っ込みたい気分だったが、やめておいた。
 
「まあでもあの子は結婚したいと言っているから、させればいいんじゃない?」
 
と千里は無責任な感じで言う。
 
「ちー姉、開き直ってるね。でもその1番さんが結婚してしまったら、その間、ちー姉、貴司さんと籍を入れられないのでは?」
 
と青葉。
 
「そうだねえ。入れる方法はあるんだけど、まあ時期が来たら貴司とは法的にちゃんと婚姻できると思うから焦っていない。来年中には、もう1人、子供も産むつもりだし」
 
「貴司さんとの?」
「もちろん」
「京平君の弟か妹になるんだ?」
「うん。その弟か妹かというのが問題でさあ」
「まさかオカマさん?」
「それとは少し違う」
「半陰陽?」
「それとも少し違う」
 
「うーん。。。」
「まあ時が来たら分かるよ」
 

「ところでさ、青葉、この電話番号に電話してみない?」
と千里は言って自分の携帯から電話番号をメモ用紙に書いて渡した。
 
080で始まっているので携帯の番号のようである。
 
あれ?と思って、自分のアドレス帳を確認する。
 
これは《千里の携帯電話番号》のひとつだ。
 
「これは?」
と言って千里を見る。
 
「掛けてみれば分かる」
と千里は言っている。
 
それで青葉はその番号に掛けてみた。
 
「はい」
と言って聞こえてくるのが千里の声なので青葉は驚く!
 
「こんばんは。私」
「ああ、青葉か。どうしたの?今まだ私、チームの練習場にいるんだよ。あと2時間くらい練習続けるけど」
 
何〜〜!?
 
青葉は電話の向こうの千里を「感じ取る」。すると確かに体育館にいることを認識する。そして、この千里のオーラもかなり強い。結婚すると言っていた千里とは段違いである。
 
青葉は一瞬考えてから言った。
 
「ちー姉、私今東京に出てきているんだよ。よかったら、練習終わってから食事しない? 私今から川崎に出て行くよ」
 
「そう?だったら、練習場まで来てくれたら、帰り一緒にどこかに行こうか?」
「うん。じゃそちらに移動するね」
 
それで青葉は電話を切った。
 
そしてたっぷり3分くらい考えてから目の前にいる千里に訊いた。
 
「つまり、ちー姉って3人いるんだ!?」
 
「まあ、青葉が感じ取るように感じ取ればいいね。ついでに言うと、私が3人に分裂したのと同時に、アクアも3人に別れちゃったから」
 
「え〜〜〜〜!?」
 

青葉はイオンまで千里に送ってもらい、少し非常食を買ってからアクアに乗って川崎のレッドインパルスの体育館まで行った。千里はチームメイトたちと熱心に練習していた。
 
練習が終わってから、青葉のアクアで川崎市内の飲食店に移動する。千里は、「言い忘れたけど、川崎市内にマンション借りたんだよ」と言って、住所を教えてくれた。
 
「練習場まで電車で3駅なんだよね」
「それは便利だね」
 
「基本的には寝るだけだから、作曲のデータ送信用に電話回線自体は引いているけど、電話機は付けてないんだ。留守の時間が多いから、そこに掛けられても出られないし」
 
「確かに確かに」
「連絡用には携帯があればいいしね」
 
「ちー姉の携帯、見せてもらえる?」
「これ?」
と言って、千里はピンクのアクオス・セリエを見せてくれた。
 
「海外ではもうガラケーは使えないと聞いたから、スマホに変えたんだよ。これ確か青葉のと同じシリーズだよね」
「うん。私はこれ」
と言って、ブルーのアクオス・セリエを取り出して見せた。
 
ちなみに千里のはAQUOS PHONE SERIE mini SHV38、青葉のはAQUOS PHONE SERIE mini SHL24である。
 
『ガラケーが海外で使えない』ということは無いはずだが、多分2番の千里が混乱防止のために取り上げたのだろうと思った。この千里は・・・多分3番と呼んでいいんだろうな。。。他の2人の千里の存在に気付いていないようである。つまり2番が全てを知っていて、3人の千里がぶつからないように調整しているのだろう。
 
青葉はハッと思った。
 
今度のアクアの厄払い旅行。アクアは3日間とも参加すると言っていたが、それは本当はアクアが実は3人居るから、その全員を参加させるためだったんだ! だからアクアが3人いることは多分、山村マネージャーとコスモスくらいだけが知っているのかも知れない。
 

千里3をアクアでその川崎のマンションまで送って行き、その後で青葉は千里2に電話した。
 
「3番と会ってきた」
「お疲れ様。まあそういう訳で、川崎のマンションに居るのは確実に3番、オーリスに乗っているのは確実に2番、葛西には2番が居ることが多いけど、3番も使う。1番は葛西を知らない。一度死んで青葉に蘇生してもらったオーラの弱い子が1番だから」
 
「やはり、その1,2,3でいい訳ね」
「うん。私もそう呼んでいる」
「これって、ずっとこのままな訳?」
 
「1番が霊的な能力を回復させたら、1と3は合体して元に戻ると思う。落雷の影響をいちばん強く受けたのも1番なんだよ。そこから回復の途中でまた死んじゃったから、蘇生はしたものの凄く弱い。今の状態では合体する能力も失われているんだ」
 
「じゃいづれ1人に戻るんだ?」
 
「まあ東京オリンピックくらいまでには戻れると思うよ。多分私がひとりに戻ったらアクアもひとりに戻る」
 
「やはりそのくらい掛かるか・・・」
「青葉も1番の治療をしてくれているね。助かっている。私も治療しているけど」
「治療者のひとりは、ちー姉だったのか!」
「まあ自分のことだし。でも別れている状態も結構便利なんだよね〜」
「便利かも知れないね」
 
「だから何か面倒なことがあって『千里』に相談したいことがあったら、まず私、2番に連絡してよ。それで適当に調整して3人の中の誰かが行けるようにするから」
 
「分かった、そうさせてもらう。ところで厄払い旅行に参加するのは誰?」
「1番。今、あの子には神仏の加護も欲しい。それに私と3番はリーグ戦で忙しいし」
 
「・・・ちー姉、もしかしてWリーグじゃない所に参加してる?」
「私はリーグ戦は9月29日に始まると言ったよ」
 
むむむ。知りたければそのヒントで調べろってことか?
 
「海外?」
「もちろん。日本に居たら私が複数の場所に現れていることになるもん」
「それ今更だと思うけど」
 

青葉は結局この日、大宮に移動し、彪志の所に泊まった。
 
翌18日、千里2と一緒に館林の**寺に行き、御住職と会って、呪いを掛けられている人を救うため、大きなサイズの男の子の身代わり人形が欲しいと言った。
 
「確かにそういうご要望はあります。どのくらいのサイズが必要ですか?」
「30cm大のが作れますか?」
「大丈夫です。でも制作には2ヶ月くらい待ってもらえますか?」
「分かりました。お願いします」
 
青葉は住職にお代を尋ねたのだが、住職は「おこころざしで」と言って金額を言わない。しかし千里が「50万円くらいでいかかでしょうか?」と言ったら、「はい、いいですよ」と住職は答えた。
 
住職の脳内を読んだなと青葉は思った。千里姉はそれが得意なのである。
 
それで青葉がその場で現金で50万円払って領収書をもらった。しかし今回の事件も赤字確実だなと青葉は思う。とっても貧乏そうな矢恵に50万円なんて、とても請求できない!まあ、5万円くらい請求するかなぁ。
 
青葉は千里と一緒にお昼を食べた後、彪志のアパートに行って掃除などをし、夕食を一緒に食べ「一休み」してから、夜中にアクアで高岡に帰還した。
 

千里2と青葉が金沢・東京を往復していた9月16-18日(土日祝)、北海道の湿原の風アリーナ釧路、黒部市の黒部市総合体育センター、大分県のダイハツ九州アリーナの3ヶ所に別れて、全日本バスケットボール選手権大会(天皇杯・皇后杯)の2次ラウンドが行われた。
 
これは各都道府県の代表が出場し(男子はB2のチームも)、3会場で合計15個のトーナメントを行い、各トーナメントの優勝者が次のラウンドに進出できるという仕組みになっている。
 
これに出場した千葉のローキューツ、東京のジョイフルゴールドは、いづれも優勝して、11月に全国8府県で行われる3次ラウンドへの進出を決めた。
 

2017年9月26日(火)、青葉はまた例の自動車学校に行き、今度は中型免許のコースに申し込んだ。
 
「あんた頑張るねぇ」
と言って受付のおばちゃんが入学手続きをしてくれる。
 
「あら?あなた性別が女って書いてあるけど」
「はい、法的に女になりました」
「ほんと!良かったね!免許証の性別も書き換えた?」
「はい、運転免許試験場に行って、性別変更届けを出して書き換えてもらいました」
 
免許証の表面には性別は記載されていないものの、中に入っているICカードには性別も記録されている。それを書き換えてもらった。また警察のデータベース上の性別も同時に変更してもらっている。
 
「じゃ、この後は女で問題無いね。あら?あなたまだ最初の免許を受けてから2年経ってないけど」
「第1段階の修了試験を受けるのがちょうど2年目になります」
「なるほど!だったら問題無いね」
 

それで青葉は26-28日の3日間、実技の教習を受ける。例によって
 
「君は上手すぎる。中型じゃなくて、大型を取ればいいのに」
と言われたが
「まだ20歳なので」
と言うと
「うそ!?」
と驚かれるのは、もう気にしない!!
 
そして順調に第1段階の教習を終えて、9月29日に修了試験にも合格し、仮免を取る。
 
青葉が普通免許を取ったのが2015年9月29日なのである。
 
その後、9月30日と10月1日に第2段階の実技教習を受ける。準中型を持っている場合、中型を取るには、第1段階5時間、第2段階4時間の実技を受ければよく、学科は受ける必要が無い。
 
そして10月2日(月)に卒業検定を受けて美事合格。翌日10月3日に富山市の運転教育センターに行って、新しい免許証を手にした(高岡市の運転免許センターは更新のみとなっていて、新規取得は富山市まで行く必要がある)。
 
これで青葉の免許証にセットされた免許は原付・小特・普通・準中型・中型・普通二輪・大型二輪・大特・牽引の9種類となった。残りの大型と5種類の二種免許は来年の9月29日以降しか取れない。
 

9月30日、今年の大阪バスケット実業団のリーグ戦が始まった。
 
三善美映はその日、Bリーグのアルバルク東京−大阪エヴェッサの試合を見に行くつもりだった。その試合は府民共済Super Arenaで行われていたのだが、美映はアパートを出た後で、試合の会場が分からなくなった。
 
あれ〜?どこだったっけ?と悩み、スマホで調べようとしていたら近くで
 
「あんたもバスケット見に行くの?」
「うん、今から行く所」
 
と会話している若い女の子2人の声が聞こえる。
 
あ、この人たちも見に行くのかな?だったら付いていけばいいか、と思った。
 

それで来てみたら、東淀川体育館である。
 
え?こんな狭い体育館でBリーグの試合するんだっけ?と思ったものの、確かに試合が行われるようである。それでチケットを買って中に入ると、ここで行われる試合がBリーグの試合ではなく、実業団1部の試合であることに気付いた。
 
(普通はチケットを買う段階で気付くものだが美映はとってもアバウトな性格である)
 
あちゃー!間違った。紛らわしい日程で実業団の試合なんかするなよ!などと考えているが、さすがにそれは無茶な話だ。
 
ここを出て会場を調べ直して移動しようかと思ったものの、まあいいか。今日はたまには実業団の試合でも見るかと思い、座席に就いた。
 
そして始まったのだが・・・・
 
美映は試合の一方のチーム、サウザンド・ケミストラーズに物凄く上手い選手がいるのに気付く。
 
全体的にそちらが劣勢なのだが、その選手ひとりでどんどん敵の隙間を抜いて得点をあげていく。相手がたまらずダブルチームを掛けても、うまく逃げてパスを受ける。そしてとうとう、その選手ひとりだけで逆転勝ちしてしまった。チームの得点の半分以上をひとりであげている。
 
背番号4を付けたその選手の名前はHOSOKAWAとユニフォームに染め抜かれていた。
 
でも・・・なぜこの選手、Bリーグじゃなくて、実業団なんかにいる訳〜?この選手の実力ならB1の優勝を狙うようなチームでも充分行けると思うのに!いや、むしろこの人、日本代表に欲しい!
 

9月30日はフランスでキュー(千里2)もLFBのリーグ戦初戦を迎えた。
 
リーグ戦自体は29日に始まったのだが、初日は1試合のみで、他の試合は30日から始まった。
 
今日の相手は昨シーズン3位の強豪であったが、キューや同じく新戦力のセネガル人選手マレベの活躍で10点差で勝利した。
 
「試合には勝ったが(スターター枠キープの)お尻に火がついた」
などとシモーヌが言っていた。
 

阿倍子はその日、少し調子が良かったので京平に留守番をさせて、ひとりで近くのスーパーまで買物に出た。
 
トイレに行きたくなったので、入ったら
 
「あんた男じゃないの?」
という声が聞こえる。
 
それで見てみると、見覚えのある人物が50歳くらいのおばちゃんに捕まっている。
 
阿倍子は近寄って声を掛ける。
 
「晴子ちゃん、どうしたの?」
 
「あ、阿倍子さん?」
と晴安は女声で阿倍子に返事した。
 
「あんた、この人の知り合い?」
とおばちゃんが訊く。
 
「そうですけど、何かありました?」
「この人、本当に女?」
「間違い無く女ですよ〜。一緒にお風呂入ったことあるし」
 
などと言うと、晴安は少し恥ずかしがっている。確かに昔入ったことはあるがそれは混浴の温泉で、全員水着をつけていた。
 
「ほんと?ごめーん。てっきり女装で女子トイレに入って来た痴漢かと思った」
 
「私、時々間違えられるんです! 私は女ですというプレートでも下げておこうかな」
と晴安。
 
「それはさすがに怪しすぎる」
と言って、阿倍子もおばちゃんも笑う。
 
それでおばちゃんは
「間違ってごめんねー」
と言って、トイレから出て行った。
 
それから晴安は阿倍子に言った。
 
「助かったぁ。ありがとう!」
 
阿倍子は晴安をあらためて見て言った。
 
「晴子ちゃん、可愛いよ」
 
「そう?でもほんと助かった。大抵女子トイレやプールの女子更衣室はパスしてるんだけどなあ」
 
「顔の調子があまりよくなかったのかもね。今日は眉毛が少し太いし」
 
それで晴安は鏡を覗いてギョッとして言った。
「しまったぁ、眉毛の処理忘れてた!」
 
と言って、慌ててバッグを取り出し、眉毛を細くしていた。
 
「ああ、それで女度が上がったね」
「警察に突き出されてもちゃんと説明する自信はあるけど、結構面倒だから」
 
「たいへんね〜」
と阿倍子は微笑んで言った。
 

「最近は、女装が多いの?」
 
と阿倍子は結局晴安と一緒に買物をした後、店内の休憩コーナーで自販機の80円のコーヒーを買って飲みながら話す。結婚している身で“男性”と会うのは罪悪感を感じるが、女装の相手なら“女子”に準じてもいいよなと思う。
 
「こういう格好は昔からだけどね。あくまで息抜きだよ」
と晴安は話している。
 
「奥さん公認?」
「公認しているわけではないけど、黙殺されている気がする」
 
「ふーん。まあ黙認でもしてもらっているのなら、いいんじゃないの?」
「時々、勝手に女物の服が捨てられている」
 
「それ、やはり奥さんは嫌がっているのでは?」
 
「嫌がられても、我慢できるものではないし」
「晴子ちゃん、女の子になりたい訳ではないよね?」
 
「それは無いつもり。あくまで私は女の子の服が着たいだけ。だから女性ホルモンも飲まないように我慢しているよ」
 
飲まないように我慢してるって・・・つまり時々飲んでいるのか!
 
「男性機能はまだあるの?」
「あるし、失いたくないと思っている」
「ちゃんと奥さんとしてる?」
 
阿倍子はあまり深い意味があって訊いたのではないのだが、晴安は少し悩むようにしてから答えた。
 
「妻が今3歳の子、1歳の子、そして妊娠中の子と3連発で子供を作ったのもあって、結果的に4年くらい妻とはセックスしてない」
 
「でも子供ができたということはその前にはセックスしたんでしょ?」
 
「僕は妻の中ではどうしても逝けないんだよ。ひとりでなら出来るんだけど。だから全部人工授精なんだ」
と晴安が言った。
 
阿倍子はその話を聞いて、彼に親近感を感じてしまった。
 
 
前頁次頁目次

1  2  3  4  5  6 
【春水】(5)