【春水】(2)

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青葉は7月5日に鱒渕水帆のお見舞いに行った後、とにかくも彼女の生命の火が消えてしまわないように、生命維持に絶対必要な器官を中心に遠隔ヒーリングをしていたのだが、なかなか改善が見られず、青葉としても無力感を感じ始めていた。
 
ところが7月27日の夜以降、急に症状が改善され始めた。
 
何があったんだ!?と訝った。
 
ひょっとすると薬を変えたのかも?と思う。それが偶然にも彼女の体質に凄く合っていたのかも? 特に膵臓がかなり弱々しかったのがしっかり動くようになり、肝臓や腎臓の機能も回復し始めたことで、青葉は
 
「ひょっとしたら助かるかも」
 
という気持ちになった。
 
8月中、彼女の身体は日増しによくなっていった。青葉は途中でコスモスにも電話して様子を訊いたのだが、コスモスからは
 
「確かによくなりつつあるんですよ。お医者さんも奇跡だと言っているということで。このままなら年内には退院できるかもということです」
「それは良かった。やはり薬を変えたんですか?」
「症状が改善されているので、より軽い薬に変えたらしいですよ」
 
軽い薬に!?
 
てっきり強い薬に変えたかと思ったのに!
 

一方青葉は千里の治療も同じくリモートで進めていたのだが、こちらはレゴのブロックを組んで行って富士山の高さまで積み上げるような作業という気がした。日々少しずつ改善しては行っているものの、目標は遙かに遠い気分だった。
 
千里の身体を治療しているのは、青葉が治療開始した時「先客」が4人いて、青葉は5人目の治療者だったのだが、7月末頃に6人目の治療者が加わったことを意識した。しかもこの人が物凄くパワーがあるのである。
 
一体、ちー姉の治療をしているのは誰々なんだ〜!?
 
と思う。恐らくはちー姉の眷属の誰か(人を治療する能力のある子がいることは以前から感じていた)と羽衣さんは関与しているっぽいと思う。もしかしたら出羽の美鳳さんも、とまでは思ったものの、残りの2人は見当が付かなかった。
 
(実は千里2と《こうちゃん》から頼まれた虚空である)
 
しかしこの6人目の治療者の参加で、もしかしたらちー姉の身体は本当に2〜3年で治るかもという気がしてきた。その点について8月上旬、《ゆう姫》に訊いてみたら
 
『私も最初気付かなかったのだが、青葉、お前は物凄く大きなことを見落としている』
 
と、姫様は、なぜか笑いながら答えたので、青葉は「何なんだ??」と思った。
 
『千里を治療している6人の中で今この問題に気付いているのは2人だけだな』
とも言う。
 
(気付いている人:虚空・千里2、気付いてない人:白虎・美鳳・羽衣・青葉)
 
『姫様。だったら、千里姉は復活しますか?』
と青葉はあらためて訊いた。
 
『その質問には私が答える必要は無い。青葉、お前は年内にも自分で答えを見つけ出すだろう』
 
と《ゆう姫》は答えた。
 
『まあ、お前がよほどのボンクラでなければな』
と姫は付け加える。
 
むむむ!?
 

8月16-18日。青葉は水泳部のメンバーと一緒に敦賀市に行き、全国国公立大学選手権水泳競技大会に出場した。
 
この大会には青葉が得意の長距離が無いので、400m自由形と400m個人メドレー、400mリレーと400mメドレーリレーに出場した。
 
400mでは決勝には進出したものの7位、個人メドレーは5位でメダルには届かなかった。しかし400mリレーでは準優勝、400mメドレーリレーでは優勝して、青葉はリレーでメダルを獲得した。
 
18日の競技が終わった後、青葉は金沢に戻りお寺で仮眠させてもらってから、その日の深夜、3度目の《幽霊回収》作業を行った。そして翌日の深夜には、千里と一緒に金沢の高層ビル屋上で《最終回収》作業を行った。
 
そしてこれ以降《タクシーただ乗り幽霊》の噂は全く出なくなった。
 

青葉の中学以来の友人で、ユニバーシアードのバスケット女子日本代表に参加している寺島奈々美は8月12-15日に都内大田区の片柳アリーナでU24 4ヶ国対抗2017に出場した。
 
奈々美は控え組であるが、この試合ではむしろ控え組を積極的に使ってくれたので、奈々美はたくさん出場機会をもらい、3試合でスリー8本を含む38点を稼ぎ、スターター陣が腕を組んだり、厳しい視線で見つめるほどであった。
 
この大会が終わるとメンバーは翌日台湾に渡り、19日からのユニバーシアードに備えた。
 

8月7日(月)は前回の予防接種から4週間が経ち、早月の2度目の予防接種の日であった。むろん千里が病院に予約を入れてくれている。
 
さて千里は今日は来るかな?と桃香は窓を開け、晴れ渡る空を見ていた。すると8時半頃、赤いミラがやってくる。
 
「今日は予防接種だから練習は休みにしたんだよ」
と千里(千里1)は言っている。
 
なお千里1はアテンザのことを忘れているので、千里1が運転する車はミラである。
 
(1はミラしか知らない。2は全部知っている。オーリスを使うのは2のみ。3はミラとアテンザを知っているが主としてアテンザを使う)
 
「ああ、それは悪かったね」
と桃香は言うが、今日の千里は、わりとまともかなと思った。
 
それでミラの助手席をいっぱいいっぱいまで前に出した上で、後部座席・左側にベビーシートをセットし、その隣、運転席の後ろに桃香が乗り、千里(千里1)の運転で病院に行った。
 
ところがこの日、病院で待っている内に突然天気が悪くなり、雨が降り出した。
 
「ありゃあ、傘持ってくるの忘れちゃった」
と千里が言うので、桃香は不思議に思った。
 
「千里にしては珍しい。千里が傘持って行きなよと言った日は、朝どんなに晴れていても雨が降っていたから、私は大学3年の時以来、外で緊急に傘を買ったことが無かったのに」
 
「うーん。勘が悪くなっているのかなあ」
と千里1は悩むように言っていた。
 
病院の帰りはもう土砂降りである。
 
「いいよ。私が駐車場まで走って行って車を玄関まで持ってくるから桃香はここで待ってて」
と千里は言った。
 
「すまん」
と桃香。
 

それで千里が物凄い勢いで降る雨を見ながら駐車場まで走ろうとした時。
 
「この傘をお使い下さい」
と言って、スモッグを着た女性が笑顔で傘を差しだした。
 
千里はその女性を病院のスタッフだと思った。
 
「ありがとうございます!助かります!」
 
と千里はその女性に御礼を言って傘を借りると、その傘を差して駐車場まで行き、車を出して玄関の所まで来た。桃香が乗りやすいよう運転席側を玄関に付けるように停めた。手を伸ばして後部ドアを開ける。桃香は乗りこんで早月をベビーシートに載せると、傘を貸してくれた女性に御礼を言って返した。
 
それでミラが去って行くのを見送って
「全く世話が焼ける」
と《たいちゃん》は呟いた。
 
千里1が霊的な能力を失っていた時期、眷属たちはこのようにして千里を守っていたのである。
 

8月6日の関東ドームでのライブで夏のツアーを終えたアクアは翌7日の朝8時、ツアーではリハーサル歌手を務め、映画ではボディダブルをすることになっている葉月、マネージャーの山村と一緒に撮影が行われているスタジオを訪れた。
 
「みなさん、遅くなって申し訳ありません。今日から撮影に参加させて下さい。遅くなった分、みなさんの3倍頑張るつもりなので、よろしくお願いします」
とアクアは挨拶した。
 
「おお、頼もしい。君の出番がたくさん溜まっているよ」
と中村監督は嬉しそうに言った。
 

撮影はアクアが到着してすぐから始まる。
 
何といっても主役なので、大量に出番がある。午前中は出てきている役者さんが少ないので、アクアの独白(どくはく)のような場面、盗みの計画を練っているような場面を中心に撮影を行う。
 
アクアは来生愛だけでなく内海俊夫刑事役もするのだが、監督は本当に高校生のアクアに23歳の俊夫を演じることができるか、かなり不安がっていた感じもあった。しかしアクアがそれまで人前で使ったことの無かったバリトンボイスで落ち着いた演技をするので、監督も助監督も驚いていたようである。
 
「これなら内海刑事どころか課長もできる」
などと褒めていた。
 
「でもアクアちゃん、凄い低い声が出るね。声変わりしたの?」
「いえ、してません。これ発声法なんですよ」
とアクアは普段の女の子のように高い声で答える。
 
「発声法で出せるんだ!?」
 

アクアは午後からは他の人と絡むシーンを演じていったが、各々の役者さんに「参加が遅くなって申し訳ありません」と謝っていたので、多くの共演者がアクアに好感を持ったようである。
 
この日は結局朝8時から夜10時まで、食事とトイレに行く時間を除いて14時間フル稼働で撮影をした。なお、夜10時以降の撮影はマネージャーの山村が拒否したので、監督も
 
「アクア君がNGを1度も出さずにどんどん撮影をこなしてくれたし、当面は高校生以下の俳優さんは夜10時で上がりにしようか」
と言って、それで解放してもらえた。
 
お陰で他の高校生以下のタレントさんも「助かったぁ」などと言っていた。
 

アクアはこの後、お盆休み前の13日まで一週間フル稼働したが、その間1度もNGを出さなかったし、他の人の台詞間違いまでうまくカバーしてしまうので監督が
 
「その展開面白いからそれ採用」
などと言って、そのまま続けたりした。
 
アクアは毎日朝8時から夜10時まで稼働していたが、全く疲れを見せることが無かった。かえってボディダブルの葉月のほうが激しく疲労しているので、山村マネージャーはコスモス社長と話して、アクアと身長の近い姫路スピカを呼び、彼女にもボディダブルをさせることにした。
 
「取り敢えず愛のボディダブルは葉月ちゃんで、俊夫のボディダブルはスピカちゃんでやろうか」
と監督が言うので
 
「葉月ちゃんが男の子で、スピカちゃんが女の子だから、逆がよくないですか?」
とフェイが言う。
 
「え?葉月ちゃんって女の子じゃなかったんだっけ?確か本名は、せいこちゃんと聞いた気がしたし」
 
と監督が言うので、葉月は真っ赤になっていた。
 
しかし結局、監督の言った通り、葉月が愛で、スピカが俊夫というので行くことになってしまった!
 
実際問題としてスピカの方が葉月より長身なので、その方が収まりが良かったこともある。スピカは男の子役に張り切っていたし、葉月はとっても可愛い仕草で女子高生の愛を演じていた。
 
(葉月は現在中学3年だが、多分女子中学生ではなく男子中学生)
 

お盆明けの8月17日、アクア・フェイ・ヒロシ・丸山アイ・城崎綾香(久寿美役)・藤原中臣(海野刑事役)・山田隆幸(蔵星支配人役)・新田金鯱(永石役)および、ボディダブル役8人、そして撮影クルーや数人のマネージャーは、一緒に香港に飛んだ。
 
この映画の前半は《喫茶店キャッツ♥アイ》、《犬鳴警察署キャッツ特捜班》、美術館、ホテル内のカジノなどを舞台にしたシーンが続くのだが、後半はカジノを持つクルーズ船が舞台となる。
 
その客船のシーンの多くはセットで撮影するのだが、船の外観の撮影、船のデッキでの撮影、クルージング中の海を背景にした撮影などなどを本物の客船で撮ろうという趣旨なのである。
 
この撮影に、香港で現役引退していた豪華客船を改修して近距離夜間クルーズ&船上ホテルとして運用しているアフロディテアン社が協力してくれたのである。客船を船上ホテルとして運用している所は多いが、この客船クィーン・セレネ号はちゃんと走ることができるし、夜間宿泊している間に近隣の海を航行するのが売りとなっている。
 
1970年に建造された船で、最近の《豪華客船》のように最初から《海上ホテル》志向で造られ、数階建てのホテルが船に載っているような形のものとは違い、巡航能力が高く、船としてのフォルムがとても美しい(その代わり船のサイズの割に定員が少ないし、眺望も良くないし船内設備も少ない)。
 
脚本家さんはこの船に数年前から注目をしていたので、今回映画会社を通して打診してみたら、撮影協力OKの返事が得られた。そこで、撮影隊が香港まで行くことになったのである。
 
ちなみに3日間のこの船の貸切料金は3000万円である。最初は1億円という提示だったのだが、アクア主演映画と聞いて、アクアのファンだというオーナーが大胆に値引きしてくれたのである。3000万円は事実上実費に近い。
 

3人のアクアをどうやって海外に連れて行くかについて山村勾美こと《こうちゃん》は少し悩んだ。
 
アクア本人は3人に増殖した後、自主的に新幹線の切符や航空券を買い、ホテルなどもできるだけ同じホテルに、無理なら近くのホテルに取って移動していた。その時3人のアクアが必ず別の便になるように気をつけていた。《こうちゃん》がマネージャーになった後も、そのアクアの手法を踏襲していたのだが、海外に行く場合、パスポートの問題がある。
 
香港は日本人の場合90日以内の短期滞在にビザが不要だが、もちろんパスポートは必要である。
 
そこで素直に《くうちゃん》に相談してみた。
 
すると《くうちゃん》は笑って快諾してくれて、アクア3人の内2人を日本から香港のホテルに転送してくれた。
 

「ところで、こうちゃんさん、最初は『四谷勾美』にしていたのに、どうして山村勾美という名前に変えたの?」
と“龍虎たち”は《こうちゃん》に質問した。
 
「最初に言ったように千里にちょっと事故があってさ。それで今、千里は霊的な力を失って、俺や他の眷属とも交信ができない状態なんだよ。それで眷属は全員、開店休業に近い状態だから、それもあって俺はしばらく、お前専門になることにした。でも俺は千里の眷属だし、それを忘れないようにと思って、村山の苗字をひっくり返して、山村を名乗ることを考えた。だから、俺は他人から『山村さん』と呼ばれる度に、自分が千里の眷属であることを思い出せる」
 
と《こうちゃん》は真顔で説明する。
 
「千里さん、早く良くなるといいね」
と龍虎たちは言う。
 
「私は千里さんは半年もすれば完全復活すると思うな」
と龍虎Fは言う。
 
「それだけの事故に遭って半年は厳しいと思う。僕は2年くらい掛かると思う」
と龍虎Mは言ったが
 
「ある程度は復活すると思うけど、完全な復活は厳しいかも」
と龍虎Nは言った。
 
《こうちゃん》はこの3人、やはり性格が違うなと改めて思った。
 

なお、その千里の方も実は分裂していて日本代表の活動や海外のリーグ戦に参加するため、同時に別の外国に行っていたりするのだが、千里は実は元々パスポートが2個あったので、それを《きーちゃん》はうまく利用して出入国記録に矛盾が出ないようにしている。
 
2010年に美鳳が“悪戯”で村山武矢を戸籍筆頭者とする千里が生まれながらの女性になっている戸籍と住民票をでっちあげていた(オリジナルは留萌の戸籍だが、こちらは旭川の戸籍になっている)。その時、《きーちゃん》はこれは何かに使えるかもと思い、その戸籍を使って千里名義のパスポートを申請していたのである。2つのパスポートを《きーちゃん》はパスポートM,パスポートFと呼び分けているが、実際にはMもパスポートを作った時の係の人のミスにより最初から性別はFになっている。こちらは海外遠征や雨宮先生による唐突な海外呼び出しのお陰で査証欄には多数のスタンプが押されている。
 
■パスポートM
2008.05(17) U18アジア選手権代表に選抜されたので作る(M).
2013.05(22) 失効
2015.03(24) ユニバーシアード代表に選抜すると言われて更新
2017.04(26) 千里の分裂でM1,M2,M3に枝分かれ
2018.02(26) 川島信次との婚姻に伴い川島千里名義に切り替え(K).
2020.11(29) 村山の苗字に復氏。記載事項変更で村山千里名義に(M4).
2021.04(30) 細川貴司との婚姻。新婚旅行後新たに細川千里名義に切り替え(H)。有効期限2031年4月。
 
■パスポートF
2010.04(19) 美鳳の悪戯に乗じて貴人が作成。未成年なので有効期限は5年。
2015.04(24) 更新。20歳を過ぎているので有効期限10年。
2017.05(26) クローンを作る(F1,F2).
 
2017年4月以降“千里たち”はこのようにパスポートを使い分けている。
 
■千里1
 2017.04-08 (M1) 2018.03 (K)
■千里3
 2017.04-08 (F) 2017.08-2018.03 (M3) 2018.03-2020.04 (F2)
■千里1+3
 2020.04-2021.04(F2) 2021.04- (H)
■千里2
 2017.04-08 (M2) 2017.08-2018.03 (F1) 2018.03-2020.11 (K+F1)
2020.11-2021.04 (M4+F1) 2021.04- (F1)
 
千里1が新婚旅行に行った2018年3月は綱渡りの運用になった。
 
千里3は2018.03-2020.04の間、村山千里名義のF2を使っていたので自分が結婚していることを知らなかった。
 
千里2は2018.03-2021.04の間、入出国にはK/M4を使用し、普段はF1の方を提示していたので、LFB/WBCBLの関係者も千里が結婚していることを知らなかった。なお千里は2017年にフランスの就労許可を取ったので2022年にはフランスの永住権も獲得している。
 

さて、アクアの映画撮影の方である。
 
香港に着いた初日17日はクィーン・セレネのオーナーがアクアのファンだというので、結局、アクア・フェイ・ヒロシ・丸山アイおよび中村監督の5人がオーナーからディナーに招待され、オーナーはアクアと握手して記念写真を取って、サインをもらって更に1曲歌ってもらって、とてもご機嫌であった。
 
(『アクアのファン』という人はしばしば怖いので《こうちゃん》は付いていきたかったものの、丸山アイが「僕が付いてるから大丈夫」と言ったのでお任せした)
 
クルーズ船は、点検のためドック入りの予定があり、その前、8月18-20日の3日間だけ借りられるということだった。その間に、来生3姉妹がレオタード姿でデッキを歩いているシーン、来生泪(るい/演:ヒロシ)と船のボディーガード(演:ポール)とのロシアンルーレット対決、船のレストランで料理を食べるシーン(厨房スタッフは今回乗船していないので外部のレストランで作ったものを持ち込んだ)、船から潜水艦へ名画『危険な女』を持ちボートで移動するシーンなどが撮影される(潜水艦は後でCGで追加する)。また船に実際に走ってもらい、その様子を船内と地上から、更にはチャーターした別のボートからも撮影した。
 
「ああ、この船にはプールもあるんですね」
と撮影助手の人がなにげなく言った。
 
「泪(るい)が夜のプールで泳ぐシーン、あれここで撮るか?」
と監督も思いついたように言う。
 
ちなみにプールの利用と撮影はOKと船長さんは言った。
 

ところがここに至って、泪(るい)役のヒロシが、カナヅチであることが判明する。
 
「何〜〜〜?」
「すみません。それ言わなくちゃと思っていた」
「あれだけ楽器を何でも弾きこなす人が」
「楽器はレパートリー多いんですが、運動は全般に苦手で」
 
「仕方ない。(ヒロシの泪役ボディダブルの)アリスさんは泳げます?」
 
泳いでいるシーンは顔がほとんど写らないので大部分を吹き替えで撮影できる。
 
「ごめんなさい。私もカナヅチです」
「むむむ」
 
アリスは男子水着を着たくなかったので水泳の授業を小学校以来全部見学で押し通したため、泳げないというより泳いだことが無いらしい。
 
ちなみにヒロシの武内刑事役ボディダブルのポールは泳げるということだったので、彼が渋る所を女物の水着を着けて泳いでもらったのだが(彼は男装者なので、よけい女物を身につけるのを嫌がる)、撮影したビデオを見てみると、男が無理に女水着を着て泳いでいるようにしか見えない。
 
「これは酷い」
とみんな言う。
 
「だから言ったのに。変態にしか見えないって」
とポール本人は言っていた。
 

「監督どうします?」
 
「仕方ない。脚本を変えよう。稲本さん、変えてもいい?」
と脚本家に了承を求める。
 
「いいけど、どう変えるの?」
 
「瞳か愛が泳ぐシーンに変える」
「瞳はダメだよ。その後の展開とつながらない」
と脚本家が言う。
 
「そうか。ということは愛か」
「うん。愛なら何とかなる」
 
「アクア君は泳げる?」
「はい、この夏だいぶ練習したので」
「このプールは12mなんだけど、往復くらい泳げるかな?」
「今の所、25mプールを3往復まではできるようになりました」
「おお、さすが」
 
「元々水泳は得意なの?」
「この春までは全然泳いだことなかったんですよ」
「それで3往復できるようになったって凄いじゃん」
 
「ボク、小学校の低学年ではお医者さんから激しいスポーツを禁じられていたから水泳とかマラソンとかしてないし、高学年の時は男子のクラスメイトに水着を取り上げられたりして、結局参加できなかったんですよ(半ば言い訳)。中学はプールの無い学校だったし。だから今年高校に入って初めて水泳をしたんですけど、ほぼ女子校みたいな学校で、泳げない子が多いから先生が凄く親切に教えてくれて。それで3回目の授業で息継ぎができるようになって、少しずつ泳げる距離を伸ばしていって。ターンは夏休み前最後の授業でできるようになったんですよ」
 
「頑張るなあ」
と監督。
 
「うん。何でも頑張っちゃうのがアクアの良い所でもあり欠点でもある」
と丸山アイが言っている。
 
「よし。だったら泳いでみてよ。ストーリー展開は後で考えるから」
と監督は言った。
 
何とも泥縄な話である!
 

「でも水着持って来てないんですが」
「そのくらい買うよ。サイズは?」
「学校で着ているスクール水着はSです」
 
「それは男子用水着でしょ。今日は女子用水着を着てもらわないといけないけど、女子の服のサイズは男子のとは1つずれるんだよ。だからMかな?」
と監督は言った。
 
実際にはアクアは《女子のS》で適合する。監督はまさかアクアが学校で女子用水着を着ているとは思ってもいない。彩佳は結局男子水着を返してくれなかったので龍虎はこの夏ずっと女子水着で水泳の授業を受けた。実際に授業を受けているのはほぼN(時にM)だが《こうちゃん》は他の2人にも別のプールで毎回同等の練習をさせていた。
 

そういう訳で結局アクア用の水着を買うことにしたのだが、どうせならということで、船の売店でクイーン・セレネのロゴの入った水着を買うことにした。船のスタッフさんはメジャーを出してアクアの身体のサイズを測った上で
 
「あなたはMでいいね」
 
と言った。それでMを購入することにした。
 
「中国のサイズは、同じSとかMという表記でも、日本のより少し小さめのが多いんですよね。だから1つサイズがずれる感覚なんです」
 
などと売店の人は言っていた。むろん彼女は「日本の女性用衣服のサイズと中国の女性用衣服サイズが1つずれる」という意味で言っている。この時点で彼女はアクアのことを女優さんと思い込んでいる。
 
デザインは丸山アイが
 
「私に選ばせて」
と言って、数種類ある内、いちばん可愛いのを選んでくれた。あまりにも可愛いので、アクアが
「これを着るんですか〜?」
と言って、さすがに尻込みしていた。
 
「Mに着せる?」
とアイが小声で言ったのでギクっとして、アクア(アクアF)は
 
「私が着ます」
と言って、更衣室で着換えて来た。
 

更衣室で着換えてきてから、実際にアクアはプールの端から飛び込み泳ぎ始めた。飛び込む少し前あたりからカメラを回す。
 
「うまいじゃん」
と監督が言う。
 
「とても春まで全く泳げなかった人の泳ぎとは思えないですね」
「それとやはり女子高生ならではの未熟な色気があるね」
と監督は言っていたが、
 
「そういう発言は最近はやばいですよ」
と脚本家さんが注意していた。
 
「危ない危ない。ロリコンで逮捕されたら大変だ」
 

「ところで男の子でもロリコンと言うんだっけ?」
と後から中村監督は訊いた。
 
さっきはみんなアクアが男の子であることを忘れていた。
 
「うーん。。。。アクアちゃんの場合はそれで良い気がします」
と高原助監督は答えた。
 
「いやアクアちゃんって女の子役する時は、天然の女の子としか思えないような演技をするんですよね。でも男の子役の時はちゃんと男の子の雰囲気を出している」
 
と永石役の新田金鯱(元プロ野球選手の俳優:マリの食べ仲間)が言う。
 
「女役のうまい俳優って昔からいたし、そもそも本人の女性志向が強い人もいるけど、男女どちらもきれいに演じ分けられる俳優さんは凄くレアだよね」
 
とベテラン俳優の藤原中臣(海野刑事役)も言った。
 
「過去にそういう俳優さんおられました?」
「歌舞伎の中村扇雀は、立役・女形、どちらもこなしていた」
「へー」
 
と藤原さんは言うが、どうもこの名前を知らない人が多いようだ。
 
「扇雀飴本舗はこの人にあやかって会社名をつけたんだよ」
「おぉ!」
 
そちらはみんな知っているようだ。
 

青葉は8月19日深夜の作業を終えた後は、22日、K大学と福井のF大学との合同記録会に参加した。
 
この記録会には1600m個人メドレーなどという、とんでもない種目があるのだが、青葉は女子ではぶっち切りの1位であった。バタフライの400mとかは本当に辛いのだが、それが先頭なのでそこで力を使い切ると、背泳・平泳ぎはいいとして、自由形で泳ぐスタミナが残らない。どっちみちくたくたになる種目なので、男子でも青葉のタイムに及ばない選手がかなりいた。
 
8月26-27日には富山県の水泳選手権が行われた。昨年この大会で争い再戦を約束していた宮内さん・竹下さんと400m,800m自由形と200m,400m個人メドレーで対戦したが、今年は200m個人メドレーでは宮内さんが勝ったものの、青葉は他の3つでは圧倒的な勝利を納めた。
 
「負けたぁ〜〜!でも来年も再戦しようよ」
と宮内さんは言った上で
 
「そういえば、川上さんは国体は石川県の方で参加するの?」
と青葉に訊く。
 
「国体?それどうやって参加するんだっけ?」
「知らないの〜〜!?」
「知らない」
 
それで宮内さんは説明してくれた。青葉の場合は社会人ではないので、住所または卒業した高校の存在する都道府県から出ることになる。つまり富山県からしか出ることはできない(石川県内に職場がある場合は石川県からでも出場することができるが大学では不可)。
 
しかし、どっちみち今年は既に選考会は終了しているようである。
 
「来年は参加しなよ」
「うーん。忙しいから無理だと思う」
「そんなに忙しいんだ!」
 
なお8月27日は、今年も金沢市の金石海岸でビーサン飛ばし世界選手権があり、美由紀から参加しようよと誘われたものの、この水泳の大会とぶつかることから「パス」と言っておいた。結局、美由紀・明日香・星衣良の3人で参加したようである。
 

アクアが香港で豪華客船内のプールで泳いだ8日19日、香港の東700kmほどにある台湾では、ユニバーシアードの開会式が行われた。
 
(台湾島の南端と香港がほぼ同じ緯度:北緯22度)
 
今大会には幡山ジャネが水泳で、寺島奈々美がバスケットで参加する。
 
ジャネは400m, 800m, 1500mの自由形および400m個人メドレーの4種目に出場した。ジャネはこの4種目全てで決勝に進出し、400mでは6位、400m個人メドレーでは3位、800mでは2位、1500mでは優勝し、ひとりで金銀銅のメダルを集めた。
 
インタビューで
「3種類収集は凄いです」
と言われていたが、本人は
「できたら金メダル3つ欲しかったです」
と答えていた。
 

一方奈々美が参加するバスケットの方は、16ヶ国参加で4ヶ国ずつ4グループに分かれて予選リーグを行い、各組の上位2チームが決勝トーナメントに進出する方式である。この予選リーグで監督は奈々美を1回も使わなかった。
 
要するに隠し球としたのである。
 
それでも日本は韓国、ポーランド、カナダに3連勝してグループB首位で決勝トーナメントに進出した。
 
準々決勝はA組2位のスウェーデンであったが、楽勝とみてここでもまだ使わない。そして準決勝ロシア戦で奈々美はスターターとして起用された。
 
序盤から奈々美は2ポイント・3ポイント取り混ぜてどんどんゴールを決める。ロシア側は未調査の選手のいきなりの活躍に混乱する。結局第1ピリオドは12-22の大差となった。その後ロシアも盛り返してきたものの、最初のリードが物を言い、結局63-84でこの重要な試合を制することとなった。84点の得点の内実に28点が奈々美の得点である。
 
そして決勝のオーストラリア戦にもスターターで出て行く。奈々美はこの試合でも活躍したものの、オーストラリアは先の「U24 4ヶ国対抗」で実際に奈々美と対戦しており、最初から充分な注意を払ってきた。向こうのサブエースの人が奈々美に張り付き、なかなか得点を許さない。
 
勝負としては奈々美は彼女にかなり抑えられ、得点が16点に留まったものの、この凄まじく強い相手との対決は奈々美にとっては快絶であり、また奈々美はこの40分間で物凄く進化した。
 
結果的には85-78の僅差で敗れてしまい、日本は銀メダルに終わった。
 
しかし表彰式で銀メダルを掛けてもらった時、奈々美は次は絶対金メダルを取りたいという思いが込み上げてきた。
 
キャプテンの駅田さんが言った。
 
「今回はナナは隠し球だったから2つの試合にスターターとして使ったけど、次からは本当のスターター枠の争いだよ」
 
「はい。次は1桁の背番号をもらえるように頑張ります」
と奈々美は答えた。
 
「よしよし」
 
それで奈々美は他の選手たちと握手を交わした。今回の奈々美の背番号は15(最後の番号)であった。
 

8月11日深夜(8月12日0:10)に石川県ローカルで放送された「タクシーただ乗り幽霊を追う」は物凄い反響を呼び、見逃した人たちから強い再放送の要望が多数あった。そのためお盆を挟んで一週間後の8月18日深夜(8月19日0:10)にも再放送が行われた。
 
「この金沢ドイルさんって、若い霊能者さんだね」
「まだ40歳くらいかな?」
 
などというつぶやきがネットに流れていたのは、気にしないことにした!
 
この日の映像では、青葉はインタビューするシーンにはそもそも映っておらず声だけ出ていたし、大学生グループと調査についての再現劇を撮影した所ではプライバシーに配慮して、全員の顔を映していない(せっかく女子全員きれいにメイクしたのに!と美由紀が文句を言っていた)。そして唯一金沢ドイルの顔が映ったのが《霊回収車》の中で観音様と先代次郎杉の横に乗って合掌している姿で、暗い車内での撮影で顔自体よく見えない上に法衣を着ていた。それで性別を誤解した人もあったようである。
 
「金沢ドイルって若いお坊さんだね」
「え?尼さんじゃないの?」
「嘘!?」
「あれ?男だった?女だった?」
というので録画したビデオを再度見て、前半のタクシー運転手さんにインタビューする時の声から
 
「あ、女だった!」
ということになった人もあったようである。
 

しかし中にはその暗い画面の中にだけ映った映像から顔を認識した人もあったようである。
 
8月23日(水)の夕方、遅くまで水泳部の練習をした後、杏梨・吉田君と3人で近くのイオンに行き、値引きシールの貼ってあるパンを買って食べていたら声を掛ける女性が居る。
 
「あの、すみません」
「はい?」
「ひょっとして、金沢ドイルさんですか?」
「えっと・・・」
と青葉は言い及んだのだが
 
「はい、そうですよ。霊界探偵・金沢ドイルです」
と杏梨が言ってしまう。
 
「あのぉ、先生はやはりご相談料とか高いですよね?」
と彼女は少し不安そうに尋ねる。
 
「この子は、お金持ちからたくさんとって、貧乏な人からは少ししかとらないから、あまり心配しなくていいですよ」
などと杏梨は言っている。
 
「ええ。私はその方針です。ただ何でもお引き受けできる訳ではありません。私の手に余ると思ったものは申し訳無いですが、お断りさせて頂きます」
 
「分かりました。それでは取り敢えず、お話だけでも聞いて頂けないでしょうか?」
 
そんなことを話している内に、青葉は「あれ?この人どこかで会わなかったっけ?」と考えた。必死に思い出す。
 
「6月に**庵で会いました?」
「やはりあの時、あそこにおられた方ですよね?」
 
青葉は、現時点のこちらの状況として、テレビで放送された案件自体を実はまだ処理中の上に色々他にも案件を抱えており、また自身が今インカレに向けて日々練習をしている所なので、取り敢えず話を聞くのはインカレの後でもよいか?と言い、了承を得た。とりあえず連絡先を交換した。
 

青葉は杏梨と吉田君に席を外して欲しいと頼み、彼女と少しだけ話すことにした。
 
彼女は剣崎矢恵と名乗った。K大の学生さんで今度の1月に成人式を迎えるものの、浪人したのでまだ1年生だということであった。
 
「学類はどちらですか?」
「学校教育学類なんですよ」
「わあ、学校の先生とか目指すコースですか!」
 
「ちなみに相談の概要だけでも聞いておいていいですか?」
と青葉は尋ねた。
 
「実は変な夢を見るんです」
「夢ですか。もしかして桜に関わるものですか?」
「よく分かりましたね!」
 
振袖の模様を選ぶのに桜を嫌がっていたからもしかしたらと思ったら当たりだった。
 
「それはいつ頃からですか?」
「5年くらい前からなんです」
「その頃、引越などはなさいましたか?」
「いえ、今の家には私は生まれた時から住んでいるし、お祖父さんの代からだから40-50年住んでいると思うんです」
「夢を見ているのはあなただけ?」
「2年前に亡くなった父が見ていたらしいんです」
と彼女が言った時、青葉は背中がぞぞっとする感覚があった。
 

8月26-27日。
 
東京および千葉では、お正月に行われる全日本バスケットボール選手権の1次ラウンド・都道府県予選が行われた。
 
今年から全日本は各連盟ごとの枠が無くなり、Wリーグ所属チーム以外は全て都道府県予選、エリア別2次ラウンドと勝ち上がっていく必要がある。当然のことながら複数の強豪チームのある都道府県では熾烈な争いになった。
 
千葉では千女会とローキューツが決勝で激突した。去年までのように別ルートで本大会に出るということができないので、どちらも以前に増して真剣度の高い勝負となった。試合は最初千女会がリードするも、第2ピリオドで江向音歌と黒川アミラを中心とする必死の反撃で同点に追いつく。第3ピリオドではシーソーゲームが続いたものの、第4ピリオド、ソフィアが3連続スリーを叩き込むなどベテラン組の活躍で、結局5点差で勝利。
 
ローキューツは2次ラウンド東日本大会の切符を掴むことができた。
 

過酷な争いになったのが東京大会である。東京は有力な大学も多いし、東女会も強いし、何と言っても、玲央美や彰恵・王子たちのジョイフルゴールドと、暢子や誠美・雪子たちの40 minutesがある。どちらも今年の日本代表になった選手のいるチームであり、両者とも実力的にはWリーグの中堅クラスである。
 
「この大会に負けた方が性転換するというのは?」
「それ冗談で済まないからやめとこうよ」
 
40 minutesもジョイフルゴールドも順調に勝ち上がり、準々決勝はこのような組合せになった。
 
東京T高校×−○W大学
東女会×−○ジョイフルゴールド
レピス×−○40 minutes
東京MH大×−○BC運輸
 
W大学は奈々美がユニバーシアードに行っているものの、東京T高校には何とか勝った。T高校も今年のインターハイでbest8に入っている強豪校である。
 
東女会(教員連盟)は今年の全国教員大会で準優勝した超強豪なのだが(優勝は千葉の千女会)、ジョイフルゴールド(実業団)に全く歯が立たなかった。ダブルスコアで敗れてしまう。
 
「強すぎる〜!」
「なぜこのチームがWリーグに行ってないんだ!」
という声があがっていた。
 
レピス(実業団)には坂本加奈など札幌P高校出身のメンツが割といる。ひじょうに強いチームなのだが、40 minutesには全くかなわない。
 
「どうやってもこのチームには勝てる気がしない」
「何か日本代表経験者がゴロゴロいるし」
「まあジョイフルゴールドにも勝てないけどね」
 
とあきらめ顔であった。
 
BC運輸(実業団)の監督は旭川N高校出身の富士涼花で、千里の後輩の夢野胡蝶などもいるチームである。東京MH大との試合はかなり厳しいものであったが、何とか辛勝した。しかし涼花はこの試合の後こう言った。
 
「うちがBEST4に進出できたのは組合せが良かったからだ」
 

準決勝はこうなる。
 
W大学×−○ジョイフルゴールド
BC運輸×−○40 minutes
 
ジョイフルゴールドはこの試合に主力を出さなかった。それでもW大学に20点差をつけて勝った。
 
40 minutesもこの試合に、雪子・暢子・由実・聖子・誠美などといったメンツを出さずに温存した。それでもダブルスコアでBC運輸に勝った。
 
「な?言った通りだろ?」
などとBC運輸監督の涼花は開き直って言っていた。
 

そして決勝戦はジョイフルゴールドと40 minutesとの戦いとなる。ジョイフルゴールドは2010年以来7年連続で全日本に出ている。40 minutesもチーム結成以来2年連続で出場している。しかし今年はどちらか片方は確実にこの大会で出場の芽を摘まれてしまう。
 
序盤から激しい戦いとなった。王子や玲央美がその体格で攻めて来る。誠美や松崎由実がそれを停める。王子が誠美にかなり強引な停め方をされて、しかもそれがファウルを取られなかったことから、思わず王子が興奮して誠美の胸をどつき、アンスポーツマンライクファウルを取られる場面もあった(さすがにその後は自粛した:アンスポは2回取られると退場になる:なお試合後、王子はちゃんと誠美に謝り和解した)。
 
試合は2点差から残り1秒で暢子がゴールを決めて延長戦にもつれ込むものの、最後は玲央美のスリーでジョイフルゴールドが1点差で辛勝した。
 
最後は両チームとも立てない選手が多数出るほど消耗の激しい試合であった。
 
これでジョイフルゴールドは2次ラウンドに行けることになったが、40 minutesは今年からの新しいシステムの前に涙を呑んだ。
 
「これは社会人の試合じゃ無かった」
「プロ真っ青のハイレベルのゲームだった」
「こんな試合を1次ラウンドでやるなんて、もったいなさすぎる」
「上の方の大会でやれば凄い観客呼べるのに」
 
とこの試合を観戦した多くの人が語った。
 

青葉は8月後半、富山選手権に出た以外は、インカレに向けての練習に励んでいた。その間にユニバーシアードでジャネが次々とメダルを獲得するニュースが入ってくるので、水泳部は大いに沸いていた。
 
8月31日(木)、青葉たち水泳部の一行は朝一番のサンダーバード(5:35-8:22)に乗って大阪に出た。今年のインカレ会場は東和薬品ラクタブドーム(門真市)である。大阪駅から更にJRと地下鉄で門真南駅に移動し、会場に入る。11:00からの公式練習に参加した。
 
今回の参加者はこういうメンツである。
 
男子 諸田(4) 中原(2) 吉田(2) 奥村(2) 皆橋(1)
女子 香奈恵(4) 杏梨(2) 青葉(2) 蒼生恵(2) 希美(1)
 
これと顧問の角光先生、マネージャー役の布恋(3年生)という12名である。布恋は実は大阪の企業への就職を狙っており、今週の前半、幾つかの企業を訪問していた。それで「そのついでにマネージャーしてもいいよ」と言い、やることになった。更に布恋は「私だけ月曜日に大阪に出て、その時の交通費とか、部費からもらえませんよね?」などと角光先生に言い、先生も苦笑して、先行して下見をするという名目で部費から出るようにしてあげた。帰りは一緒に帰ってくる。
 

翌2017年9月1日(金)から競技が始まる。
 
50m自由形の後、400m自由形があるので、女子では杏梨、男子では吉田・奥村・皆橋が出て行ったが、杏梨と奥村君がA決勝に進出、皆橋君もB決勝に進出した。吉田君は18位であと2つの所で落選だった。
 
1時間ほどして200m背泳があり、蒼生恵と諸田さんが出て行ったがふたりとも予選落ちであった。お昼過ぎに100平泳ぎがあり、香奈恵がB決勝、中原さんがA決勝に進出した。
 
この日の午前の部には400mリレーの予選があり、男子は予選落ちだったが、女子はA決勝に進出した。
 

「団体出場すると待遇が違うね〜」
と香奈恵が言う。
 
お昼休みは近くにあまり大きな食事処が無いこともあり、マネージャーとして参加している布恋と、リレーに出なかった諸田さんが買ってきてくれたお弁当を食べながら、指定の控え席で女子部員たちは話をしていた。
 
昨年は個人資格での参加だったので、サブプールの端の方で、待遇がかなり悪かったが、今年は女子が団体出場できたので、サブアリーナ(バスケットなどをする施設)ではあるものの、結構良い場所である。
 
ちなみにここを割り当てられているのは団体出場している女子のみで、個人資格での参加になった男子は昨年同様サブプールの端の方である。しかしお昼ごはんは女子の控え場所に来て一緒に食べていた。
 
「来年はシードで出場しましょう」
「8位以内に入ればシードだからね」
「今年優勝すれば、来年はプールサイドの特等席」
「そこまで行けるといいね」
「頑張ろう」
 
この時点で青葉は自分が退部届を出していることをほぼ忘れて、やる気満々であった。
 

「ところでハルちゃん(奥村君)は入場の時、ちょっとトラぶってたね」
「いつものことだから気にしない」
 
彼が男子選手のADカードを持っているのに、容姿が女子にしか見えないので、咎められたのである。
 
「写真と本人は一致しているから問題無い」
と吉田君。
 
「更衣室で着換える時も、女子下着だからギョッとされるし、男子水着姿になっているとブラ跡が付いているから、注視されるけど気にしない」
と奥村君は言っている。
 
「最近そういう人多いから大丈夫だと思うよー」
と布恋。
 
「まあおっぱいも無いからね」
と吉田君。
 
「いや、おっぱい結構ある気もする」
と杏梨は言う。
 
「胸に脂肪が付くようにしているだけだよ」
「乳首も普通の男の子の乳首に見えない」
「乳首マッサージしてるから」
「やはりおっぱい大きくしたいんだ?」
「いや、別にその意図は無い」
「よく分からん」
 
「それにボクは女装趣味があるだけの、普通の男の子だし」
「いや、絶対に普通ではない」
 

15時半から決勝が始まる。
 
女子400mA決勝で杏梨は7位だった。男子400mB決勝では皆橋君はトップの9位、A決勝に出た奥村君は5位だった。奥村君の順位認定の際に、事務方で少し揉めていたようである。男子水着は着ているもののバストは微妙に膨らんでいる感じもあり、見ようによっては女子にも見えてしまうので、本当に男子なのか確認していたようである。
 
「まあ女子の試合に男みたいな選手がいたら問題になるけど、男子の試合に女子みたいな選手がいても問題は無いはず」
 
などと奥村君は5位の賞状をもらった後、杏梨に連行されて女子の控えエリアに来て休憩しながら言っていた。彼は今日はこれで出番終了なので、結局更衣室にも行かず、その場でユニフォームに着換えてしまった。多分彼は男子更衣室に行くこと自体がストレスなのではと青葉と杏梨は後で話した。
 
結局彼はその後ずっとこちらに居たものの、奥村君が女子選手の中に居てもほとんど違和感が無い。
 

17時半を過ぎて100m平泳ぎが行われる。女子B決勝に出た香奈恵はトップの9位、男子A決勝に出た中原君は最下位の8位だった。
 
「やっぱり100mは平泳ぎでも天才の集まりだよ。もう雰囲気で圧倒された」
などと中原君は言っていた。
 
そして今日最後に行われた400mリレーでは香奈恵/杏梨/希美/青葉で泳いで2位と0.01秒差の優勝であった。
 
「やったやった!」
「これで一気に40点」
 
と4人のメンバーは金メダルを掛けてもらってから言った。
 
「最後は青葉がタッチ上達していたお陰で勝てたね」
「うん。去年の青葉なら4位だった」
 
3位とも0.04秒差、4位とも0.05秒差だったのである。観客の目には5人の泳者が同着だったように見えた。
 
アンカーを青葉にするか希美にするかはかなり議論したのだが、引き継ぎ違反になったら怖いというので今日は青葉を最後にしたのである。本当は一番速い希美をアンカーにしたかったのだが。
 
「明日はバタフライが青葉でないと辛いから第3泳者にするけどタッチ頑張ってよね」
「うん、頑張る」
 
メドレーリレーは、背泳ぎ→平泳ぎ→バタフライ→自由形の順序である。
 
この日は予め練習用にレーン貸切の予約をしていた枚方市のプールで青葉は布恋と香奈恵が付きっきりでタッチの練習をしていた。
 

2日目の結果はこうなった。
 
200m自由形 希美(8位) 杏梨(12位) 奥村(12位)
800m自由形 青葉(A決勝へ)
1500m自由形 吉田(A決勝へ)
400mメドレーリレー 男子(予選落ち) 女子(優勝)
 
「よし。これでまた40点」
「金メダル嬉し〜い」
 
女子のメドレーリレーは
蒼生恵(背)→香奈恵(平)→青葉(バ)→希美(自由形)
 
と泳いだのだが、問題の青葉から希美への引き継ぎ時間は予選で-0.02秒、決勝で-0.01であった。
 
「危な〜い!」
 
引き継ぎが-0.03秒未満であると引き継ぎ違反で失格になる。
 
「やはりまだまだだなあ」
「ごめーん。また今晩も練習するね」
「当然」
 
それでこの日も青葉は確保していた枚方市のプールに行き、ひたすらタッチの練習をした。
 
 
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【春水】(2)